説明

電気泳動用カセット及び電気泳動用ゲルカセットの製造方法

【課題】本発明は、複雑な外部形状、例えばバッファー溶液槽などの外部空間を備えた電気泳動用カセットにゲルを充填する際に、外部の凹凸にゲルが入り込んで除去が困難となるのを防ぐことである。特に、電気泳動用カセットをゲル前駆溶液を満たした浸漬層に浸漬し、カセット底部の開口部からゲル前駆溶液をカセット内に導入する際に、カセットの外部空間にゲルが付着することのない電気泳動用カセットを提供することを課題とする。
【解決手段】電気泳動用ゲルを内包するための電気泳動用カセットであって、電気泳動用ゲルを保持するための内部空間と、前記電気泳動用カセット外部に設けられた外部空間を備え、前記外部空間をふさぐ封止材を備えていることを特徴とする電気泳動用カセットとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気泳動用カセット及び電気泳動用カセットにゲルを充填して電気泳動用ゲルカセットとする方法に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子や蛋白質を分離するための方法として、電気泳動法が知られている。特に、電解質を含むゲル媒体中に分離試料を導入し、ゲル媒体の両端に電圧をかけることで分離する方法が一般的である。
【0003】
蛋白質混合物を分離する際に広く普及している方法のひとつとしてSDS−PAGEと呼ばれるゲル電気泳動法がある。分離試料をSDS(ドデシル硫酸ナトリウム)でコートすることで蛋白質に電荷を与え、これをポリアクリルアミドゲルに導入し、ゲル媒体に電圧をかけることでゲル中を移動させる(電気泳動)。蛋白質のサイズにより移動距離が異なるため、種類の異なる蛋白質を分離することができるという方法である。
【0004】
SDS−PAGEは分離試料(サンプル)をゲル媒体に導入後、陰極とゲル媒体の一方の端、陽極とゲル媒体の他方の端とをバッファー溶液を介してそれぞれ接触させ、両電極間に電流を流すことにより行われる。ゲル媒体に電流を流し始めると蛋白質は陰極から陽極に向かってゲル中を移動し始め、その分子量が小さいほど速く移動する。
【0005】
SDS−PAGEに使用するゲルプレートは、2枚の平板な支持体(プレート)と、これの間に設けられ、ゲルを保持する空間を作り出す支持枠(スペーサ)と、これらの部材によって作り出された内部空間に充填されたゲル媒体からなる。その作成は、実験者自身が平板なガラス板(プレート)の間にゲル作成のための溶液(ゲル前駆溶液)を流し込み、これを重合させるのが一般的であった。しかし近年では、利便性、再現性のため既製品としてのプレキャストゲルプレートの需要が大きくなってきている。プレキャストゲル(プレート)も基本的にはガラスや樹脂などの平板な透明基材によってゲル媒体を挟み込んだ構造となっており、電気泳動時にはゲル媒体の一方の端部と他方の端部とをそれぞれバッファー溶液に触れさせ電圧をかける。
【0006】
特許文献1には電気泳動のためのバッファー溶液槽をプレキャストゲルプレートに一体化して設けた電気泳動用カセット(以下、単にカセットとする)が記載されている。この電気泳動用カセットは2枚の平板の間にゲルを挟みこんだ従来のゲルプレートとは異なり、カセット外部にカセットと一体化した電気泳動用のバッファー溶液を保持できる空間(外部空間)を予め設けたものである。このカセットは、カセットの他にバッファー溶液槽を用意しなくても電気泳動が可能であるので非常に便利である。
【0007】
ところで、(空の)電気泳動用カセットは、内部空間に電気泳動用の(ポリアクリルアミド)ゲルを充填して電気泳動用ゲルカセット(以下、単にゲルカセットとする場合がある)として用いる。この充填には、従来、カセットひとつひとつに上部のカセット開口部からゲル前駆溶液を注ぎ、固まるのを待つという方法がとられていた。
しかし、この方法ではカセット1つの充填に対し1以上のゲル前駆溶液供給のためのノズルが必要であり、個別に充填していかなくてはならないので、ゲルの充填量や組成など品質にバラツキが生じる可能性がある。また、時間がかかり大量処理に向かないという問題があった。
【0008】
この問題を解決するために、複数個の空のカセット(ゲルプレート)全体をゲル前駆溶液に浸漬し、カセット底部の開口からカセット内部にゲル前駆溶液を充填するという方法が提案されている(特許文献2)。カセット底部の開口は電気泳動時にゲルがバッファー溶液と接触するための開口部でもあるため、カセット自体に特別な構造は必要としない。
この方法によれば、複数の電気泳動用ゲルカセットを一度に作成することができる。複数個のカセットが入る大きさの浸漬槽を準備すればよいだけなので、設備が簡素化でき、かつ、浸漬槽を大きくすれば大量処理に向くという利点がある。また、同じ品質の電気泳動用ゲルカセットを大量に得ることができるという利点がある。
【0009】
しかしながら、外部空間を備えたカセットは、先に述べたカセットを浸漬槽に浸漬し、底部開口部からゲル前駆溶液を充填するという方法には向いていない。なぜなら、外部空間にも不要なゲルが付着し、除去が非常に困難となってしまうからである。従って、外部空間を備えた複雑な形状のカセットについては、従来どおりの上方開口部からの充填しか、ゲルの充填方法がなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開2007−64848号公報
【特許文献2】特許第3071927号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明の課題は、複雑な外部形状、例えばバッファー溶液槽などの外部空間を備えた電気泳動用カセットにゲルを充填する際に、外部の凹凸にゲルが入り込んで除去が困難となるのを防ぐことである。特に、電気泳動用カセットをゲル前駆溶液を満たした浸漬層に浸漬し、カセット底部の開口部からゲル前駆溶液をカセット内に導入する際に、カセットの外部空間にゲルが付着することのない電気泳動用カセットを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために成された本発明は、電気泳動用ゲルを内包するための電気泳動用カセットであって、電気泳動用ゲルを保持するための内部空間と、前記電気泳動用カセット外部に設けられた外部空間を備え、前記外部空間をふさぐ封止材を備えていることを特徴とする電気泳動用カセットである。(1)
【0013】
さらに、前記封止材は熱融着フィルムであることを特徴とする電気泳動用カセットである。また、前記外部空間は前記電気泳動用カセットの一方の面に設けられていることを特徴とする電気泳動用カセットである。(2,3)
さらに、前記封止材は金属層を含むことを特徴とする電気泳動用カセットである。(4)
【0014】
さらに、前記電気泳動用カセットは前記内部空間と前記外部空間を接続する開口部を備え、当該開口部は前記外部空間側から除去可能な方法で封止されていることを特徴としている。また、前記外部空間を封止する封止材を除去したときに同時に、あるいは連動して、前記開口部を封止する封止材が除去される構造であることを特徴とする電気泳動用カセットである。(5,6)
【0015】
さらに、前記電気泳動用カセットは、前記外部空間は第1外部空間と第2外部空間とに区分され、前記内部空間と前記第1外部空間とを接続する第1開口部と、前記内部空間と前記第2外部空間とを接続する第2開口部と、前記内部空間と前記電気泳動用カセットの外部とを接続し、当該内部空間にゲル前駆溶液を導入可能な第3の開口部とを備えた構造である。(7)
【0016】
また、上記課題を解決するために成された本発明の方法は、電気泳動用ゲルを内包するための電気泳動用カセットにゲルを充填し電気泳動用ゲルカセットを作成する方法であって、当該電気泳動用カセットは電気泳動用ゲルを保持するための内部空間と、前記電気泳動用カセット外部に設けられた外部空間を備え、前記電気泳動用カセットと封止材とを交互に配置し、当該封止材により前記電気泳動用カセットが備える外部空間を封止した状態で前記ゲルとなるゲル前駆溶液を前記内部空間に充填する工程を備えることを特徴とする電気泳動用ゲルカセットの製造方法である。(8)
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、カセットへのゲルの充填の際に、外部空間にゲルが入り込むのを防ぐことができる。そのため、ゲルを充填するカセットが複数の場合には特に効率よくゲルの充填を行うことができる。また、電気泳動でバッファー溶液槽を使用する時までバッファー溶液槽の汚染を防ぐことができる。
【0018】
さらに、封止材を熱融着フィルムとすることで、大量に封止処理をすることができる。また、外部空間に不要な薬品(接着、粘着剤など)が付着することがない。さらにはこれを易剥離性のフィルムとすることで、不要となったときに容易に剥離することができる。
前記外部空間は前記電気泳動用カセットの一方の面に設けられていることで、当該カセットの一方の面だけを封止すればカセット外部の凹凸へのゲルの付着を防ぐことができる。
さらに、封止材を金属層を含むものとすることで、ゲル前駆溶液のゲル化の際に発生する熱を効果的に発散できる。
【0019】
さらに、前記電気泳動用カセットは前記内部空間と前記外部空間を接続する開口部を備え、当該開口部は前記外部空間側から除去可能な方法で封止されていることで、当該開口部によって内部空間と接続された外部空間を電気泳動のためのバッファー溶液槽として用いることができ、かつ、電気泳動用カセットへのゲル前駆溶液の充填時に当該開口部からゲル前駆溶液が外部空間へ漏れ出してしまうのを防ぐことができる。また、前記外部空間を封止する封止材を除去したときに同時に、あるいは連動して、前記開口部を封止する封止材が除去される構造とすることで、前記外部空間をバッファー溶液槽として使用する際に封止材を除去する手間が一度で済むので便利である。
【0020】
また、内部空間にゲル前駆溶液を導入可能で、外部空間とは接続していない第3の開口部を設けたことで、外部空間にゲルを付着させることなく、カセットにゲル前駆溶液の充填を行うことができる。特に、電気泳動用カセットごとゲル前駆溶液浸漬槽に浸漬し、ゲル前駆溶液充填予定位置より下方にある開口部からゲル前駆溶液を充填する下方充填法においても、外部空間へのゲルの付着を防ぐことができる。
【0021】
また、本発明の製造方法によれば、機能的な外部空間を設けた電気泳動用カセットであっても大量処理に向く下方充填法を効率よく行うことができ、かつゲル硬化時の発熱の影響を最小限に抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【図1】(a)本発明の電気泳動用カセットとして用いることのできる電気泳動用カセットから封止材を除いたものを、外部空間形成面から見た図である。(b)図1(a)のAB線における断面図である。(c)図1(a)をC方向から見た側面図である。
【図2】(a)本発明の電気泳動用カセットの側面の断面図である。(b)本発明の電気泳動用カセットにゲルを充填した電気泳動用ゲルカセットの断面図でる。
【図3】本発明の電気泳動用ゲルカセットの製造方法によって電気泳動用カセット内にゲル前駆溶液を充填する一例を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明を図1から3に基づいて説明する。
本発明の電気泳動用カセットは、電気泳動用ゲルを保持するための内部空間と、電気泳動用カセット外部に設けられた外部空間とを備え、当該外部空間をふさぐ封止材を備えている。
【0024】
外部空間、とは、カセット外部が平坦ではなく、当該カセット外部に、機能を付加するための凹凸が設けられ、これによって空間が形成されている状態。ゲル取り出しのため、カセット内部へ外気を送るための機構(くぼみや空気穴)や、指の引っ掛かりを良くし、取り扱いを容易にするための加工(凹凸や滑り止め)を挙げることができる。特には、図1及び図2に示すように、バッファー溶液を保持するための空間(バッファー溶液槽)を挙げる事ができる。
【0025】
電気泳動用カセットは開口部を少なくとも2つ有している。第1電極と接続されたバッファー溶液に触れるための第1開口部と、第2電極と接続されたバッファー溶液に触れるための第2開口部である。
外部空間は少なくとも二つに区分されている。第1電極と接続されたバッファー溶液槽となる第1外部空間と、第2電極と接続されたバッファー溶液槽となる第2外部空間である。
【0026】
電気泳動用カセットにゲルを充填する際には、第1の方法として、いずれか一方の開口部を封止し、封止された開口部を他方の開口部よりも下方になるようにカセットを配置し、他方の開口部から(すなわち、ゲル前駆溶液の充填予定位置よりも上方の開口部から)ゲル前駆溶液を充填していく方法が挙げられる(上方充填法)。本発明の電気泳動用カセットであれば、単数、あるいは複数のカセットにゲル前駆溶液を充填する際に、カセットの外部にゲル前駆溶液が付着しても、カセット外部の複雑な凹凸は封止されているので容易に不要なゲルを除去することができる。
【0027】
あるいは第1外部空間及び第2外部空間を全て封止し、すなわち第1開口部及び第2開口部を封止し、第3の開口部を設け、ここからゲル前駆溶液を注ぐ方法も考えられる。
【0028】
電気泳動用カセットにゲルを充填する第2の方法として、ゲル前駆溶液の充填予定位置の下方に配置された開口部からゲル前駆溶液を充填する方法が挙げられる(下方充填法)。
外部空間を備えないカセットであれば、特許文献2に記載されたように、一方の開口部を下方に、他方の開口部を上方になるように配置し、カセット全体をゲル前駆溶液に浸漬することで、下方の開口部からカセット内部にゲル前駆溶液を充填することができる。しかし、本発明のカセットでは、第1開口部及び第2開口部はいずれも内部空間と外部空間を接続するものであるので、従来の方法をそのまま適用してしまうと下方となった外部空間にまでゲルが充填されてしまう。
【0029】
従って、外部空間を備えたカセットに下方充填法を適用するためには、第1及び第2の開口部とは別に、内部空間にゲル前駆溶液を導入することのできる第3の開口部が必要になる。第3の開口部は外部空間とは接続しない。第3の開口部は1またはそれ以上設けてもよい。
【0030】
第1の開口部を上方、第2の開口部を下方としてゲル前駆溶液を充填すると仮定すると、少なくとも1つ以上の第3開口部はゲル前駆溶液の充填を必要とする位置より下にあることが好ましい。この位置であれば、ゲル前駆溶液の充填量は、(電気泳動用カセットを浸漬する)ゲル充填槽の水位により調節ができ、ゲル前駆溶液の充填量を減じることも可能である。第3開口部の位置がゲル前駆溶液の充填予定位置よりも上にあると、ゲル前駆溶液の充填は可能であるが、充填しすぎた際に廃棄することができなくなってしまう。
【0031】
このように下方の開口部からゲル前駆溶液を充填する際は、空気抜きのために、ゲル前駆溶液の充填予定位置よりも上方に内部空間と外部とを接続する開口部が必要となる。この開口部は、第1の開口部を上方、第2の開口部を下方としてゲル前駆溶液を充填する場合は第1の開口部でもよいし、他の開口部を設けてもよい。第1の開口部を空気抜きの開口部として使用する場合は、第1の開口部及び第1の開口部と接続されている第1の外部空間は封止しない。すなわち、外部空間の一部が封止されている状態となる。このとき、第1の外部空間の形状(あるいは第2の外部空間との区分位置)がゲル前駆溶液の充填予定位置よりも上に来るように設計するか、第1の外部空間のうちゲル前駆溶液に浸漬される位置まで封止し、ゲル前駆溶液の充填予定位置より上方に封止されない部分を設けてカセット内部の空気が抜けるようにする。
【0032】
例えば、図2(a)に示す電気泳動用カセット10では、封止材7が第2外部空間3を全て覆っているが、第1外部空間2は完全には封止されていない。このような電気泳動用カセット10の内部空間1に下方充填法によってゲルを充填する際には、図3に示すように、電気泳動用ゲルカセットの第1開口部4を上方、第2開口部5を下方とし、第3の開口部6が第1開口部4よりも下方にくるようにゲル前駆溶液浸漬槽11に浸漬する。このとき、電気泳動用カセットと封止材とは交互に配置され、当該封止材により前記電気泳動用カセットが備える外部空間を封止した状態で前記ゲルとなるゲル前駆溶液が前記内部空間に充填される。
【0033】
ゲル前駆溶液浸漬槽にゲル前駆溶液12が充填されるにつれて、第3の開口部6から内部空間1内にゲル前駆溶液12も充填される。このとき、第1外部空間2は完全には封止されていないので、内部空間1の気体は第1開口部4及び通気孔14を通じて外部に排出される。また、第1外部空間2を封止する封止材7の端面はゲル前駆溶液12の水面よりも上にあるので、第1外部空間2にゲル前駆溶液12が入り込むことはない。
内部空間の気体を排出するための開口は、一旦外部空間を完全に封止した後、一部封止材を剥離したり、封止材を一部破壊して設けることもできる。
【0034】
図3のように、複数の外部空間を備えた電気泳動用カセットと、外部空間を封止する封止材とを交互に配置して、下部充填法によって内部空間にゲル前駆溶液を充填する際には、封止材とカセットはゲル前駆溶液の充填中に離れてしまわないように密着させる。封止材を貼り付けてもよいが、全体を結束するほうが、ゲル前駆溶液の充填及び硬化が済んだら全体を分割しやすいため好ましい。
この場合の封止材は単なる樹脂板でも、金属板でも、外部空間をふさぐことのできる大きさであればよい。また、カセットに封止材を貼り付けない場合は適度な厚みのある基材が好ましい。
【0035】
隣接するカセットによって封止材が外部空間に押し付けられるので、ゲル前駆溶液の充填中に封止材の剥離が起きにくい一方で、外部空間に封止された気体が膨張しても逃げ場がなく、最悪の場合は第2の開口部の封止材を破って気体がゲルを破壊してしまう可能性がある。その場合、外部空間を区分する凹凸に切り欠きを設け、外部空間の気体を排出できるようにするとよい。このとき、外部空間の機能(特にバッファー溶液槽としての)を損なわないように留意が必要である。
【0036】
第3開口部を複数設ける場合は、電気泳動用カセットの同じ面に設けると、ゲル硬化後にカセットからゲルを除去するのが容易である。複数の第3開口部を電気泳動用カセットの異なる面に設けることで、カセット内でのゲル前駆溶液の組成が均一化しやすくなり、品質のよい電気泳動用ゲルカセットを製造することができる。
【0037】
ゲルを複層にする場合は、上方充填法においては、下層のゲル前駆溶液が硬化した後、上層のゲル前駆溶液を必要量注いて硬化させる。下方充填法においては、上層のゲル前駆溶液を必要な量まで充填し、このゲル前駆溶液が硬化する前に下層のゲル前駆溶液を静かに充填する。このとき、上層のゲル前駆溶液に比べて下層のゲル前駆溶液の比重を大きくすることで、硬化の前であっても層構成を崩さずに多層構成に充填することができる。この際、ゲル前駆溶液の充填に用いる第3の開口部の形成位置は、ゲルと外気の界面を上方とした際に下方であるほど好ましく、上層のゲル前駆溶液の充填量を調整するとともに、上層のゲル前駆溶液の層構成を壊さないために、上層のゲル前駆溶液の厚みよりも低い位置であることが好ましい。
【0038】
複数の組成のゲルを充填する際は、均一な組成のゲル前駆溶液を充填し、途中で切り替える方法でも、濃度変化をもたせながら充填する方法でもよい。例えば、濃度勾配を有するポリアクリルアミドゲルを充填したい場合には、高濃度アクリルアミドゲル前駆溶液と低濃度アクリルアミドゲル前駆溶液を別々に用意し、経時的に混合比率を変えながら充填する方法をとることができる。この際も、一方の溶液にグリセリンなどの比重の高い物質を添加し溶液に比重差をつけて充填することができる。
【0039】
なお、本発明のカセットへのゲル前駆溶液の充填は、第1開口部に、サンプルスロット作成のためにコーム等を取り付けて行ってもよい。
カセットにゲル前駆溶液を充填した後、ゲル前駆溶液の界面に、ゲル前駆溶液と空気との接触を防ぐために水または有機溶媒を重層してもよい。このとき、カセットの上方に開口した開口部から一つ一つカセット内に注いでもよいし、例えば、図3で示す下方充填法においては、ゲル前駆溶液より比重の軽い溶媒をゲル前駆溶液充填層に注ぎ、電気泳動用カセットに内部空間の排気のために設けられていた封止材の通気孔14及び第1開口部4からカセット内部に流入するようにすることもできる。ここで、溶媒は硬化してしまうことはないので、ゲルの硬化後は容易に除去して次の工程(他のゲルの重層や分析など)を行うことができる。
【0040】
このようにカセットの内部空間に充填されたゲル前駆溶液は、重合が進行しゲル化するまで十分な時間静置し、その後カセットをゲル前駆溶液浸漬槽から取り出す。その後、第3の開口部をフィルムまたは樹脂基材で封止する。
【0041】
内部空間に充填されるゲル前駆溶液は公知のものを用いることができる。例えば、電気泳動法解説書に記載されたアクリルアミドゲル作成溶液を用いることができる。アクリルアミド系モノマー。N,N‘−メチレンビスアクリルアミド等の架橋剤、pH緩衝剤、また必要によりSDS(ドデシル硫酸ナトリウム)などの変性剤からなるモノマー溶液に重合開始剤を添加したものを挙げることができる。
【0042】
これらのゲル前駆溶液は、ゲル化の際に発熱し、しばしばゲル化の妨げになることがあり、この問題はカセットの周囲をゲルで囲まれた状態で硬化を行う下方充填法の場合に顕著であるが、本発明の電気泳動用カセットを用いれば、外部空間が熱伝導を和らげるため、熱の発生が穏やかである。また、複数のカセットを重ねて一時にゲル前駆溶液の充填を行うと、隣接したカセットのゲル前駆溶液から発生する熱がこもってやはり同様の問題が起きるが、本発明の電気泳動用カセットではカセットとカセットの間に外部空間が挟まれるため、このような問題はおきにくい。
【0043】
内部空間にゲル前駆溶液を充填する際には、内部空間と外部空間を接続し、かつゲル前駆溶液の充填予定位置よりも下方に位置する開口部は、内部空間から外部空間へゲル前駆溶液が流入しないように封止しなくてはならない。特に、当該開口部によって内部空間と接続された外部空間を電気泳動のためのバッファー溶液槽として用いる場合には、開口部を封止した封止材は外部空間側から除去可能でなくてはならない。
【0044】
このような開口部用封止材としては、フィルムや樹脂版の貼り付け、適度な弾性と耐薬品性を有する樹脂を開口部の形状に合わせて嵌め込んだ栓状のものを挙げることができる。また、外部空間の封止材と同じものを用いることもできる。特に、外部空間の封止材と一体となった栓や、外部空間の封止材と一部がつながっている、あるいは接着されていることで、外部空間の封止材を除去した際に開口部の封止材も同時に取り除くことができるので便利である。特に、当該外部空間をバッファー溶液槽として用いる場合に優れている。
外部空間の封止材と開口部の封止材が一体となり、外部空間を充填するような栓であれば、後述する外部空間の気体の膨張という問題を解決することができる。
【0045】
外部空間を封止する封止材は、外部空間にゲル前駆溶液が入り込むのを防ぐことができる基材であれば何でも良い。熱融着フィルムであれば、大量処理に向き、適度な接着強度で封止することができるため好ましい。また、適度な弾性を備えた樹脂であれば、外部空間を形成する凹凸に押し付けることでカセットに張り付き、封止材の役目を果たすことができる。また、カセットの外部空間に封止材となる基材を押し当て、紐などで結束してもよい。封止材の強度は、最低限、外部空間に封止された気体がゲル硬化時の発熱により膨張するのに耐えられる程度が必要である。
【0046】
封止材によって外部空間に閉じ込められた気体が膨張し、封止状態が破られるのを防ぐため、外部空間を接続し外部へ気体を排出できる開口部や通気孔をゲル前駆溶液に浸漬されない位置に設けてもよい。
【0047】
封止材は金属層を含む構成でもよい。金属板でもよいが、外部空間側は熱溶融フィルム、外部側は金属箔などの金属層であるのが好ましい。封止や開封が容易であると同時に、ゲル硬化時の発熱を効率よく伝導し逃がすことができるからである。
【0048】
以上、本発明によれば、カセットへのゲルの充填の際に、外部空間にゲルが入り込むのを防ぐことができる。特に、ゲルを充填するカセットが複数の場合には特に効率よくゲルの充填を行うことができる。また、電気泳動でバッファー溶液槽を使用する時までバッファー溶液槽の汚染を防ぐことができる。
また、電気泳動用カセットごとゲル前駆溶液浸漬槽に浸漬し、ゲル前駆溶液充填予定位置より下方にある開口部からゲル前駆溶液を充填する下方充填法においても、外部空間へのゲルの付着を防ぐことができ、かつ、ゲル硬化時の発熱の影響を最小限に抑えることができる。また、大量処理に向く下方充填法を効率よく行うことができる。
【符号の説明】
【0049】
1 内部空間
2 第1外部空間
3 第2外部空間
4 第1開口部
5 第2開口部
6 第3の開口部
7 (外部空間の)封止材
8 (第2開口部の)封止材
9 ゲル
10 電気泳動用カセット
11 ゲル前駆溶液浸漬槽
12 ゲル前駆溶液
13 ゲル前駆溶液の進行方向
14 通気孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電気泳動用ゲルを内包するための電気泳動用カセットであって、
電気泳動用ゲルを保持するための内部空間と、
前記電気泳動用カセット外部に設けられた外部空間を備え、
前記外部空間をふさぐ封止材を備えていることを特徴とする電気泳動用カセット。
【請求項2】
前記封止材は熱融着フィルムであることを特徴とする請求項2記載の電気泳動用カセット。
【請求項3】
前記外部空間は前記電気泳動用カセットの一方の面に設けられていることを特徴とする請求項1または2記載の電気泳動用カセット。
【請求項4】
前記外部空間の封止材が金属層を含むことを特徴とする請求項1乃至3記載の電気泳動用カセット。
【請求項5】
前記電気泳動用カセットは前記内部空間と前記外部空間を接続する開口部を備え、当該開口部は前記外部空間側から除去可能な方法で封止されていることを特徴とする請求項1乃至4記載の電気泳動用カセット。
【請求項6】
前記外部空間を封止する封止材を除去したときに同時に、あるいは連動して、前記開口部を封止する封止材が除去される構造であることを特徴とする請求項1乃至5記載の電気泳動用カセット。
【請求項7】
前記外部空間は第1外部空間と第2外部空間とに区分され、
前記内部空間と前記第1外部空間とを接続する第1開口部と、
前記内部空間と前記第2外部空間とを接続する第2開口部と、
前記内部空間と前記電気泳動用カセットの外部とを接続し、当該内部空間にゲル前駆溶液を導入可能な第3の開口部とを備えたことを特徴とする請求項1乃至6記載の電気泳動用カセット。
【請求項8】
電気泳動用ゲルを内包するための電気泳動用カセットにゲルを充填し電気泳動用ゲルカセットを作成する方法であって、当該電気泳動用カセットは電気泳動用ゲルを保持するための内部空間と、前記電気泳動用カセット外部に設けられた外部空間を備え、
前記電気泳動用カセットと封止材とを交互に配置し、当該封止材により前記電気泳動用カセットが備える外部空間を封止した状態で前記ゲルとなるゲル前駆溶液を前記内部空間に充填する工程を備えることを特徴とする電気泳動用ゲルカセットの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2011−185750(P2011−185750A)
【公開日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−51477(P2010−51477)
【出願日】平成22年3月9日(2010.3.9)
【出願人】(000003193)凸版印刷株式会社 (10,630)