説明

電気泳動用低濃度ゲル及びその製造方法

【課題】生体高分子の電気泳動用分離ゲルを作製する方法において、従来の触媒などを用いた化学重合法の製法に代えて、放射線重合法を利用することにより生体高分子の更なる高速分離を可能とし、また、高分子量化合物にも適用可能なモノマー濃度が低い電気泳動用分離ゲル及びその製造方法を提供する。
【解決手段】モノマーと架橋剤とを含むゲル溶液と、糸状体と、に放射線を照射して重合させる方法によって製造され、当該架橋剤はモノマー中架橋剤濃度0〜8.0%C以下であり、当該モノマーと当該架橋剤とをあわせたゲル中モノマー濃度は1.5%T以上3.0%T未満である電気泳動用低濃度分離ゲル。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気泳動用低濃度ゲルに関し、特にタンパク質などの生体高分子を分離するための電気泳動用低濃度ゲルに関する。
【背景技術】
【0002】
2001年にヒトの全ゲノム塩基配列の概要が明らかにされてから、遺伝子の翻訳産物(タンパク質)と生体機能の関係を網羅的に解明する手法としてプロテオーム解析技術が注目を集めている。この方法は、二次元電気泳動を基本とする技術であり、一次元目電気泳動として、棒状もしくはストリップゲルで等電点電気泳動を行い等電点(pI)により分離した後に、二次元目電気泳動としてスラブ(平板)ゲルでドデシル硫酸ナトリウム(SDS)ポリアクリルアミドゲル電気泳動を行い、分子量に従ってタンパク質を分離する。最終的に、分離されたタンパク質は通常はクーマシーブリリアントブルー(CBB)染色、蛍光染色、もしくは銀染色により可視化される(非特許文献1〜2)。この二次元電気泳動技術は、一度に細胞内の数千種類のタンパク質を等電点と分子量とによって分離することができ、非常に優れたタンパク質分離性能を有し、様々な目的に広く適用可能であり、比較的大量の試料処理が可能である、などの他法の追随を許さない優れた特長を有している。しかし、その一方で、熟練した技術を必要とし、特に一次元目ゲルの取り扱いが難しいこと、一次元目の電気泳動に2〜16時間を要し、二次元目の分離終了までに場合によっては2日間もの長い時間がかかること、高分子量タンパク質への適用が困難であり、一次元目から二次元目のゲルへのタンパク質の輸送効率が低く試料の無駄が多いこと、などの問題があった。これらの問題は、分子の網目のような構造をもつゲル内部をタンパク質のような巨大分子が移動する場合には、細孔サイズ(網目構造)の大きさに応じてタンパク質が抵抗を受け、タンパク質の移動速度が低下するためであると考えられる。ゲルの細孔サイズは、ゲル中に含まれるモノマーと架橋剤とをあわせた濃度(以後「モノマー濃度」といい、「%T」で表す)によって制御できる。
【0003】
Candianoらは、通常4%Tであったアクリルアミド濃度を3.3%Tまで低下させることで、ゲルの細孔サイズの拡大を図り、2〜3倍強いタンパク質の染色強度を示す2Dマップ(二次元電気泳動像)が得られたことが報告されている(非特許文献3)。しかし、アクリルアミド濃度が3%T以下になると通常の取り扱いが困難となるため、さらなる低濃度下には至らなかった。
【0004】
李らは、糸を支持体として用いる「糸ゲル」を提案し、モノマー濃度を2.0%Tまで低下させることに成功した(特許文献1、非特許文献4)。しかし、この方法は化学重合法を用いており、モノマー濃度を2.0%T未満まで低下させることはできなかった。
【0005】
ゲル化に際して、化学重合法ではなく放射線重合を用いる方法も提案されている(特許文献2)。しかし、これまでに得られているモノマー濃度は3.0%T〜30.0%Tと高いものであった。
【0006】
また、同一のモノマー濃度においては架橋剤濃度の増加に伴い、ゲルの細孔サイズが小さくなるため電気泳動速度が遅くなる。このため、従来の化学重合法により得られるゲルでは、架橋剤濃度を低くすることが求められていた。
【特許文献1】特開2005−84047号公報
【特許文献2】特開昭60−235819号公報
【特許文献3】特開平4−230844号公報
【非特許文献1】奥村宣明、永井克也、二次元ゲル電気泳動、ゲノミクス・プロテオミクスの新展開−生物情報の解析と応用−、今中忠行監修、エヌーティー・エス、468-473、2004
【非特許文献2】Lopez, M. F., 2-D Electrophoresis Using Carrier Ampholytes in the First Dimension (IEF), Methods in Molecular Biology (Totowa, NJ), 112(2-D Proteome Analysis Protocols), 111-127, 1999
【非特許文献3】Candiano, G., Musante, L., Bruschi, M., Ghiggeri, G. M., Herbert, B., Antonucci, F., Righetti, P. G.. Two-dimensional maps in soft immobilized pH gradient gels: A new approach to the proteome of the Third Millennium, Electrophoresis, 23, 292-297, 200
【非特許文献4】Li, J., Ogasawara, A., Odake, T., Umemura, T., Tsunoda, K., A New Isoelectric Focusing System for Fast Two-Dimensional Gel Electrophoresis Using a Low-Concentration Polyacrylamide Gel Supported by a Loose Multifilament String, Anal. Sci. 20, 1673-1679, 2004
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、タンパク質やDNAなどの生体高分子を高速分離できる電気泳動用分離ゲルを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、モノマーと架橋剤とを含むゲル溶液と、糸状体と、に放射線を照射して重合させることにより、従来の触媒を利用した化学重合法では作製できなかったモノマーと架橋剤とをあわせたゲル中モノマー濃度1.5%T以上3.0%T未満及びモノマー中架橋剤濃度0〜8.0%C以下の電気泳動用低濃度分離ゲルを提供する。ここで、「%T」とは、モノマーと架橋剤とをあわせた合計の総モノマーの濃度(the total monomer concentration)を意味し、100×(モノマー+架橋剤)wt/(ゲル溶液)volの値である。「%C」とは、総モノマー中の架橋剤濃度(the cross-linking degree)を意味し、100×(架橋剤)wt/(モノマー+架橋剤)wtの値である。
【0009】
本発明によれば、モノマーと架橋剤とを含むゲル溶液と、糸状体と、に放射線を照射して重合させることを含み、当該架橋剤はモノマー中架橋剤濃度0〜8.0%C以下であり、当該モノマーと当該架橋剤とをあわせたゲル中モノマー濃度は1.5%T以上3.0%T未満である電気泳動用低濃度分離ゲルの製造方法が提供される。
【0010】
また本発明によれば、モノマーと架橋剤とを含むゲル溶液と、糸状体と、に放射線を照射して重合させて形成される電気泳動用低濃度分離ゲルであって、当該架橋剤はモノマー中架橋剤濃度0〜8.0%C以下であり、当該モノマーと当該架橋剤とをあわせたゲル中モノマー濃度は1.5%T以上3.0%T未満である電気泳動用低濃度分離ゲルが提供される。
【0011】
本発明において用いることができるモノマーとしては、アクリルアミド、メタアクリルアミド、N−メチルアクリルアミド、N−エチルアクリルアミド、N,N−ジメチルアクリルアミド、N−イソプロピルアクリルアミド又はダイアセトンアクリルアミドからなる群より選択されるアクリルアミド系モノマーを挙げることができる。
【0012】
また、本発明において、架橋剤はモノマー中架橋剤濃度0〜8.0%C以下であることが好ましいが、架橋剤を用いなくてもよい。本発明による放射線照射により作製されるゲルはモノマー中架橋剤濃度が8.0%Cと高くても化学重合法により得られるゲルよりも電気泳動時間が短く、細孔サイズが大きくなる。
【0013】
本発明において用いることができる糸状体は、放射線に耐性があり、放射線重合工程において分解や変性などを生じず、また検体の汚染や吸着など電気泳動に悪影響を及ぼさない繊維からなることが必要であり、アクリル、ポリエステル、ナイロンから選択される50〜150D(デニール)の繊維からなる糸状体であることが好ましい。糸状体は、ゲルの物理的強度を向上させることができるものであればよく、モノフィラメント糸でも、数本〜数十本の繊維を撚り合わせて1本の糸とするマルチフィラメント糸でもよい。糸状体とゲル溶液との含有比率は、糸状体:ゲル溶液=0.1〜80vol%:99.9〜20vol%の範囲が好ましい。
【0014】
本発明において、ゲル溶液と糸状体とに放射線を照射する工程は、たとえばガラス製毛細管やガラス製板状体に形成した溝内に糸状体を装入し、次いでゲル溶液を注入して、放射線を照射することが好ましい。照射する放射線は、γ線、特にCo−60を線源とするγ線であることが好ましい。照射する線量はゲルが固化する30kGy以下とすることが好ましく、通常は10kGy/hの線量率で1〜3時間照射する。
【0015】
本発明の電気泳動用低濃度分離ゲルは、タンパク質やDNAなどの生体高分子の電気泳動に好適であり、特に二次元電気泳動に好適である。二次元電気泳動は、一次元目(X軸方向)は電荷の違いで分離する等電点電気泳動を行い、二次元目(Y軸方向)は分子サイズの違いで分離する電気泳動である。
【発明の効果】
【0016】
従来の化学重合法では、重合開始剤や触媒及びゲル化させるための架橋剤が必要不可欠であったが、これらは重合後のゲルに残留し、試料タンパク質の酸化・分解を引き起こす。本発明では、放射線重合を用いることによって、重合開始剤や触媒を不要とする。また、放射線重合により、架橋剤を使用せずに三次元ネットワーク構造を形成することが可能となる。放射線重合により形成される三次元ネットワーク構造は、化学重合法で形成されるゲルの網目構造(細孔)よりも大きな細孔を有するので、従来の電気泳動用分離ゲルでは分析が困難であった巨大なタンパク質の移動が容易になり、より高分子量の生体高分子も極めて高速且つ高性能に分離することができる。
【0017】
一方、架橋剤を8.0%Cと高濃度で使用しても、細孔サイズが小さくならず、短い電気泳動時間を実現できる。
また、ゲル中モノマー濃度を低くすると、ゲル自身の物理的強度が減少し、取り扱いが困難となることが知られている。本発明では、モノマーと糸状体とに放射線を照射して重合させ、糸状体をゲルに一体化させることで、物理的強度を向上させることができる。
【0018】
また、放射線重合を用いることによって、高エネルギーを均一に照射することができるので、ゲルの網目構造のより大きな低濃度ゲルを再現性よく、簡易に作製することができ、大量生産にも適している。
【0019】
さらに、二次元電気泳動に使用する場合には、一次元目のゲルから二次元目のゲルへの検体成分の輸送効率を高くすることができる。
【実施例】
【0020】
以下、実施例に基づいて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
[分離ゲルの作製]
(a)放射線重合法(本発明)
ガラス製毛細管内に、糸状体(アクリル製またはポリエステル製のマルチフィラメントを装入した。アクリルアミドと、架橋剤モノマーであるN,N’−メチレンビスアクリルアミドと、蒸留水との3成分からなるアクリルアミドゲル溶液を所定の濃度になるように調製した後、ゲル溶液中に溶存する酸素を取り除くために15分間真空脱気を行った。このゲル溶液を、シリンジを用いて、糸状体が抜け落ちないように注意しながらガラス毛細管内に注入した。ゲル溶液注入後、両端をシリコン栓で密封し、室温(25℃)で線量率10kGy/hとなるようにCo−60γ線を1〜3時間照射し、放射線重合反応を行った。放射線重合終了後、ガラス毛細管からポリマーゲル(以下「糸ゲル」という)を取り出し、目的とする糸ゲルを得た。上記の手順によりモノマー濃度が1.5〜2.5%Tまでの範囲にあり、かつ、モノマー中の架橋剤濃度が0〜8.0%Cまでの低濃度範囲にある低濃度糸ゲルを作製した。
(b)化学重合法(対照)
放射線重合法と同様の組成のゲル溶液を用い、真空脱気までは同じ手順である。真空脱気後、ゲル溶液に過硫酸アンモニウムを0.03wt%、N,N,N’,N’−テトラメチルエチレンジアミンを0.2vol%となるように加え、すぐにガラス毛細管にこのゲル溶液を注入した。重合反応は、室温にて1時間以上行い、重合反応終了後、糸ゲルを取り出し、遊離イオンを除去するために少なくとも1時間は蒸留水に浸漬して糸ゲルを得た。
(c)結果
得られた糸ゲルの物理的特性、及び、糸ゲルの取り扱い易さを比較した結果を表1に示す。ここで表す糸ゲルの強度十分とは、実際の電気泳動操作の際に糸ゲルが破損せず、実用的に十分なゲル強度を有することを示しており、強度不十分とは、電気泳動操中に糸ゲルが破損し、実用的には不十分なゲル強度を有することを示す。
【0021】
【表1】

【0022】
放射線重合を利用することにより、化学重合法では固化しない架橋剤濃度0%Cの糸ゲルを作製することができた。放射線重合法では、主鎖モノマーの末端部位だけでなく主鎖ポリマー上の様々な箇所にラジカルが発生し、架橋剤を添加しなくてもポリマーゲル内部で橋かけ反応が起こり、三次元構造を形成することが可能である。放射線重合法により作製したモノマー濃度1.5%Tの分離ゲルの物理的特性を調べた結果、本法で作製した糸ゲルは、化学重合法により作製したモノマー濃度2.0%Tの分離ゲルよりも強靭であり、実用的な機械的強度を有していた。
【0023】
[等電点電気泳動]
上記により作製した低濃度糸ゲルを用いて、3種類の色素タンパク質を等電点電気泳動にかけ、移動速度、移動度、ハンド幅を評価した。本実験では、色素タンパク質としてC-Phycocyanin(MW:264kDa,pI:4.3)、Hemoglobin(MW:67kDa,pI:7.2)、Cytochrome C(MW:13kDa,pI:9.6)を用いた。以下に等電点電気泳動の手順を示す。
【0024】
低濃度糸ゲルを2vol%のポリオキシエチレン(9)オクチルフェニルエーテル(NP−40)、10vol%のグリセロール、2.5vol%のAmpholine(pH3.5〜10)、2.5vol%のAmpholine(pH5〜8)、残量の蒸留水の5成分からなる両性担体溶液に1時間以上浸漬する。浸漬後、等電点電気泳動に先立ち、糸ゲルを等電点電気泳動板の長さ(4cm)に切り、図1に示す等電点電気泳動板の溝にセットした。等電点電気泳動板の液だめへ色素タンパク質を添加し、乾燥防止用オイルを加えた後、蓋をした。この等電点電気泳動板を等電点電気泳動装置にセットし、電圧を印加して電気泳動を行った。このときの印加電圧プログラムは、初期電圧0kVから0.01kV/8sで電圧が上昇するように設定し、1.71kV以降は一定の電圧(1.71kV)となるように設定した。
【0025】
a)モノマー濃度2.5%Tの糸ゲル
架橋剤濃度を0%C及び5.4%Cとした2系統について、照射線量を10kGyとした放射線重合により作製したモノマー濃度2.5%Tの糸ゲルを用いて、3種類の色素タンパク質C-Phycocyanin(MW:264kDa,pI:4.3)、Hemoglobin(MW:67kDa,pI:7.2)、Cytochrome C(MW:13kDa,pI:9.6)の等電点電気泳動(設定電圧:0.01kV/8s;最大電圧:1.71kV;電気泳動時間:60分)を行った結果並びに化学重合法により作製したモノマー濃度2.5%T及び架橋剤濃度5.4%Cの糸ゲルを用いた等電点電気泳動の結果を図2に示す。また、図2の結果のC-phycocyaninに着目し、泳動時間に対してのC-phycocyaninの移動距離をプロットしたグラフを図3に示す。図3には、比較のため、化学重合法により作製した糸ゲルを用いた結果も併せて示す。
【0026】
図2及び図3に示すように、モノマー濃度2.5%Tの糸ゲルでも等電点電気泳動を行うことができた。放射線重合法と化学重合法とを比較すると、モノマー濃度および架橋剤濃度が同じであるならば、タンパク質の移動速度はほぼ変化しないことが分かった。また、放射線重合法の場合において、架橋剤濃度0%Cと5.4%Cの糸ゲルとを比較すると、0%Cの方が若干タンパク質の移動速度は速いものの、あまり大きな差とはならなかった。
【0027】
また図2から、本発明による2.5%T、0%Cの糸ゲルは、化学重合法で作製した糸ゲルと比較して、タンパク質の試料バンドが小さく、より高い分離性能を示すことがわかる。
【0028】
b)モノマー濃度2.0%Tの糸ゲル
架橋剤濃度を0%C、2%C及び4%Cとした3系統について、それぞれ照射線量を10kGy及び20kGyとした放射線重合により作製したモノマー濃度2.0%Tの糸ゲル6種を用いて、3種類の色素タンパク質C-Phycocyanin(MW:264kDa,pI:4.3)、Hemoglobin(MW:67kDa,pI:7.2)、Cytochrome C(MW:13kDa,pI:9.6)の等電点電気泳動(設定電圧:0.01kV/8s;最大電圧:1.71kV;電気泳動時間:60分)を行った結果を図4に示す。図4の結果のC-phycocyaninに着目し、泳動時間に対してのC-phycocyaninの移動距離をプロットしたグラフを図5に示す。図5には、比較のため化学重合法により作製したモノマー濃度2.5%T、架橋剤濃度5.4%Cの糸ゲルの結果も併せて示す。なお、化学重合法ではモノマー濃度2.0%T、架橋剤濃度4.0%Cの糸ゲルを作製できなかった。
【0029】
図4及び図5に示すように、照射線量10kGyの糸ゲルと20kGyの糸ゲルを用いた両方の場合において、等電点電気泳動を行うことができた。照射線量が及ぼす分離性能への影響について検討した結果、照射線量の増大に伴いタンパク質の移動速度は遅くなり、照射線量20kGyの糸ゲルを用いた場合には、架橋剤濃度に関係なく化学重合により作製した2.5%T、5.4%Cの糸ゲルの移動速度とほぼ同等となった。これは、線量の増大に伴うゲルの橋かけ反応の促進とそれに起因するより小さなゲルの網目構造の形成が原因であると考えられる。以上の結果より、モノマー濃度が2.0%Tにおける照射線量は、10kGyで十分であることが分かった。
【0030】
次に、照射線量10kGyの糸ゲルを用いて、架橋剤濃度が及ぼす分離性能への影響について検討したところ、架橋剤濃度の減少に伴い、タンパク質の移動速度は速くなった。その結果、化学重合法により作製した2.5%T、5.4%Cの糸ゲルでは18分要していた等電点電気泳動時間を、本法で作製した2.0%T、0%Cの糸ゲルを用いることにより14分に短縮することができた。
【0031】
また図4から、本発明による2.0%T、0%Cの糸ゲルは、化学重合法で作製した糸ゲルと比較して、タンパク質の試料バンドが小さく、より高い分離性能を示すことがわかる。
【0032】
c)モノマー濃度1.5%Tの糸ゲル
架橋剤濃度を0%C、4%C及び8%Cとした3系統について、それぞれ照射線量を12.5kGyとした放射線重合により作製したモノマー濃度1.5%Tの糸ゲルを用いて、3種類の色素タンパク質C-Phycocyanin(MW:264kDa,pI:4.3)、Hemoglobin(MW:67kDa,pI:7.2)、Cytochrome C(MW:13kDa,pI:9.6)の等電点電気泳動(設定電圧:0.01kV/8s;最大電圧:1.71kV;電気泳動時間:60分)を行った結果を図6に示す。図6の結果のC-phycocyaninに着目し、泳動時間に対してのC-phycocyaninの移動距離をプロットしたグラフを図7に示す。
【0033】
図7には、比較のため化学重合法により作製したモノマー濃度2.5%T、架橋剤濃度5.4%Cの糸ゲルの結果も併せて示す。なお、化学重合法ではモノマー濃度1.5%Tの糸ゲルを作製できなかった。
【0034】
図6及び図7に示すように、照射線量12.5kGyの糸ゲルを用い、等電点電気泳動を行うことができた。
架橋剤濃度が及ぼす分離性能への影響について検討したところ、架橋剤濃度4.0%Cでもっともタンパク質の移動速度は速く、化学重合法により作製した2.5%T、5.4%Cの糸ゲルでは18分要していた等電点電気泳動時間を、本法で作製した1.5%T、4%Cの糸ゲルを用いることにより10分に短縮することができた。
【0035】
また図6から、本発明による1.5%T、4%Cの糸ゲルは、化学重合法で作製した糸ゲルと比較して、タンパク質の試料バンドが小さく、より高い分離性能を示すことがわかる。
【0036】
[糸ゲルの大量生産]
上記の実験結果より、放射線重合法を利用することにより電気泳動用低濃度糸ゲルを作製可能であることがわかった。そこで、同時に20本の糸ゲルを作製できる糸ゲル作製装置を用い、放射線重合により糸ゲルの大量生産を試みた。図8に糸ゲル作製装置、および、糸ゲル作製装置を用いた場合の作製手順を示す。
【0037】
図8に示す糸ゲル作製装置は、幅1mm、深さ0.5mm、長さ95mmの溝が20本平行に形成されている本体と、ゲル溶液の注入口及び排出口を設けた蓋と、をパッキン及びクランプで密閉できるように構成されている。
【0038】
まず、糸ゲル作製装置の溝にミネラルオイルを塗り、余分なオイルは拭き取る。その後、各溝内に分離ゲルの支持体となる糸を置き、セットした糸がずれないように丁寧に装置を組み立てる。なお、ミネラルオイルは、放射線重合反応終了後、作製した糸ゲルが装置内壁などに付着することを防止するために用いた。
【0039】
アクリルアミドと、架橋剤モノマーであるN,N’−メチレンビスアクリルアミドと、蒸留水との3成分からなるアクリルアミドゲル溶液を所定の濃度になるように調製した後、ゲル溶液中に溶存する酸素を取り除くために15分間真空脱気を行った。このゲル溶液を、シリンジを用いて、糸状体が抜け落ちないように注意しながらゆっくりと糸ゲル作製装置の蓋に設けたゲル溶液注入口から装置内に注入した。ゲル溶液注入後、注入口および排出口を栓にて密封し、室温(25℃)で線量率10kGy/hとなるようにCo−60γ線を1時間照射し、放射線重合反応を行った。放射線重合終了後、得られたポリマーゲル(糸ゲル)を取り出し、ミネラルオイルを除去するために少なくとも1時間は蒸留水に浸漬し、目的とする20本の糸ゲルを同時に得た。
【0040】
糸ゲル作製装置の材質は、特に限定することはなく、複数の溝を作製することができる素材であれば良い。好ましくは、放射線に耐性があり、放射線重合工程において分解や変性などが起こらない素材を使用する。本実施例では石英ガラスを用いた。
【0041】
本法では、糸ゲル作製装置の溝の本数が20本の装置を用いたが、溝の本数は限定することはなく、溝の本数が多いものほど大量生産に適応可能である。また、糸ゲルの長さは特に限定することはなく、最初に長い糸ゲルを作製した後に、使用目的に応じた長さに切断し、使用することも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0042】
本発明の電気泳動用低濃度分離ゲルは、タンパク質などの巨大分子からなる生体高分子の高速分離を可能とする。また、遺伝子診断等におけるDNAの高速分離にも適用可能である。そのため、プロテオーム解析のための革新技術として、遺伝子診断あるいはDNAの高速分離などの医療分野や生命科学研究に大きく貢献することができる。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】図1は、本発明の糸ゲルを用いる等電点電気泳動装置の写真、および、その等電点電気泳動の操作手順を示す。
【図2】図2は、モノマー濃度2.5%Tの糸ゲルを用いて、3種類の色素タンパク質の等電点電気泳動を行った結果を示す写真である。
【図3】図3は、モノマー濃度2.5%Tの糸ゲルを用いて等電点電気泳動を行った場合の泳動時間に対するC-phycocyaninの移動距離をプロットしたグラフである。
【図4】図4は、架橋剤濃度、および、吸収線量が異なるモノマー濃度2.0%Tの糸ゲルを用いて、3種類の色素タンパク質の等電点電気泳動を行った結果を示す写真である。
【図5】図5は、モノマー濃度2.0%Tの糸ゲルを用いて等電点電気泳動を行った場合の泳動時間に対するC-phycocyaninの移動距離をプロットしたグラフである。
【図6】図6は、放射線重合により作製したモノマー濃度1.5%Tの糸ゲルを用いて、3種類の色素タンパク質の等電点電気泳動を行った結果を示す写真である。
【図7】図7は、放射線重合により作製したモノマー濃度1.5%Tの糸ゲルを用いて等電点電気泳動を行った場合の泳動時間に対するC-phycocyaninの移動距離をプロットしたグラフである。
【図8】図8は、糸ゲルの大量生産を可能とする糸ゲル作製装置の写真、および、その操作手順を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モノマーと架橋剤とを含むゲル溶液と、糸状体と、に放射線を照射して重合させることを含み、当該架橋剤はモノマー中架橋剤濃度0〜8.0%C以下であり、当該モノマーと当該架橋剤とをあわせたゲル中モノマー濃度は1.5%T以上3.0%T未満である電気泳動用低濃度分離ゲルの製造方法。
【請求項2】
モノマーは、アクリルアミド系モノマーである、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
アクリルアミド系モノマーは、アクリルアミド、メタアクリルアミド、N−メチルアクリルアミド、N−エチルアクリルアミド、N,N−ジメチルアクリルアミド、N−イソプロピルアクリルアミド又はダイアセトンアクリルアミドからなる群より選択される、請求項2に記載の製造方法。
【請求項4】
架橋剤を使用しない、請求項1〜3のいずれかに記載の製造方法。
【請求項5】
糸状体は、アクリル、ポリエステル、ナイロンから選択される50〜150D(デニール)の繊維からなる、請求項1〜4のいずれかに記載の製造方法。
【請求項6】
モノマーと架橋剤とを含むゲル溶液と、糸状体と、に放射線を照射して重合させて形成される電気泳動用低濃度分離ゲルであって、当該架橋剤はモノマー中架橋剤濃度0〜8.0%C以下であり、当該モノマーと当該架橋剤とをあわせたゲル中モノマー濃度は1.5%T以上3.0%T未満である電気泳動用低濃度分離ゲル。
【請求項7】
二次元電気泳動に用いられる、請求項6記載の電気泳動用低濃度分離ゲル。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate

【図7】
image rotate

【図8】
image rotate


【公開番号】特開2010−60510(P2010−60510A)
【公開日】平成22年3月18日(2010.3.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−228714(P2008−228714)
【出願日】平成20年9月5日(2008.9.5)
【出願人】(505374783)独立行政法人 日本原子力研究開発機構 (727)
【出願人】(504145364)国立大学法人群馬大学 (352)