説明

電気浸透流ポンプとその製造方法

【課題】
能力の高い電気浸透流ポンプを得る。
【解決手段】
電気浸透流ポンプは送液部10と直流電源12からなる。送液部10を構成する絶縁性基板1,2のうち、基板2には流路2aが形成され、流路2a内には多孔質構造体3が形成されている。多孔質構造体3は、直径3μm以下の酸化珪素微粒子が凝集したものである。多孔質構造体3は、酸化珪素微粒子を含む単分散コロイド溶液を毛管現象により流路2a内に導入し、コロイド溶液を乾燥させることにより形成することができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えばμTAS(Micro Total Analysis System)分野のような、チップ上で微量な試料液を用いて化学分析や化学反応を行う際に、電気浸透流を利用して微小量の溶液を送液する電気浸透流ポンプとその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
チップ上に設けられた電気浸透流ポンプ、いわゆるオンチップマイクロポンプは、流路内へ高効率で高精度に液体を送液し、システム全体の小型化を可能にするために重要な役割を果たす。
【0003】
図3に示すように、従来の電気浸透流ポンプは、キャビラリー管の両端又は石英ガラス等の絶縁性基板に微細加工を施して形成した流路20の両端に高電圧を印加し、生じる電気浸透流と呼ばれる動電現象を利用する(特許文献1参照。)。
【0004】
流路20は電解液のpHによって表面22のゼータ電位が変化して正又は負に帯電する。流路20が石英ガラスとすると表面22に水酸基が存在しており、中性またはアルカリ性の電解質を注入すると水酸基が解離して負に帯電する。さらに電解質中のカチオンは表面22の近傍に引き寄せられて、カチオンが高濃度に存在する拡散層24を形成し、ゼータ電位と呼ばれる電位を生じる。流路20の両端に高電圧を印加すると拡散層24が負極に引き寄せられて、拡散層24の内側の電解質も電荷の補償のために負極方向に流れるため、正味として負極方向に流れを生じる。これが電気浸透流である。
【特許文献1】特開2003−065906号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
電気浸透流ポンプの能力はゼータ電位が大きいほど高くなるが、ゼータ電位の大きさは流路を構成する材質に依存する。
本発明は、流路を構成する材質のゼータ電位が大きい場合だけでなく、ゼータ電位が小さい場合であっても、高い能力を発揮できる電気浸透流ポンプとその製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
電気浸透流ポンプは、絶縁性基板に形成された流路内の溶液を、その流路に沿った電位差に基づく電気浸透流により流路の一方から他方へ送液するものであり、本発明の電気浸透流ポンプは、流路内の少なくとも一部に、表面に電荷をもつことのできる絶縁物製微粒子が凝集してなる多孔質構造体が形成されていることを特徴とするものである。
【0007】
多孔質構造体を構成する絶縁物製微粒子は、例えば直径が3μm以下の球形粒子である。絶縁物製微粒子の粒径を小さくするほど、多孔質構造体の表面積増大の効果が大きい。一般に市販品として入手可能なコロイドの最大粒径は3μm程度である。
【0008】
絶縁物製微粒子の好ましい例は、酸化珪素(シリカ:SiO2)粒子である。他の絶縁物製微粒子の材質としては、炭化珪素(SiC)やプラスチックのほか、酸化珪素以外の金属酸化物も使用することができる。
多孔質構造体の好ましい例は、絶縁物製微粒子の単分散コロイドが乾燥して生成した規則的多孔質構造体である。
【0009】
絶縁性基板は石英ガラスその他のガラス製とすることもできるが、ライフサイエンス分野ではDNA等の生体試料の送液を行うために、安価で使い捨てが可能であるプラスチックデバイス上に集積が可能な電気浸透流ポンプによるマイクロポンプの必要性がますます高まっているので、樹脂製とすることが好ましい。
【0010】
絶縁性基板に使用する樹脂は、特に限定されるものではないが、シクロオレフィンプラスチック(COC)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリカーボネート(PC)のほか、ポリメタクリル酸メチル(PMMA)などが適当である。
【0011】
本発明にかかる電気浸透流ポンプを製造するための製造方法は、流路内に多孔質構造体を形成するために、(A)流路に絶縁物製微粒子の単分散コロイド溶液を入れる工程、及び(B)その微粒子を自己集合させるために流路内のコロイド溶液を乾燥させる工程を備えている。
【0012】
流路にコロイド溶液を入れる工程の好ましい例は、流路の一端をコロイド溶液に浸し、毛管現象によりコロイド溶液を流路内に引き上げる方法である。
流路が形成された絶縁性基板が疎水性である場合は、工程(A)の前に流路内を親水性化処理する工程を含んでいることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明の電気浸透流ポンプは、流路内に多孔質構造体が形成され、その多孔質構造体は表面に電荷をもつことのできる絶縁物製微粒子が凝集したものであるので、その多孔質構造体部分でゼータ電位のための電気二重層が生成する表面積が増大し、高い圧力又は大きい流量を発生する高性能な電気浸透流ポンプとなり、マイクロ流体デバイスに集積化することができるようになり、マイクロ化学システムの小型化に寄与する。
【0014】
絶縁物製微粒子として酸化珪素粒子を使用すると、酸化珪素はゼータ電位が高いためにより高性能な電気浸透流ポンプとなる。
多孔質構造体が、絶縁物製微粒子の単分散コロイドが乾燥して生成した規則的多孔質構造体である場合は、単位体積あたりの比表面積が大きくなり高効率に電気浸透流が起こるようになり、電気浸透流ポンプの性能が高まる。
【0015】
電気浸透流で大きい流量や高い圧力を得るには大きい電場勾配を必要とし、ゼータ電位の大きい方が電気浸透流が大きい。ゼータ電位は石英で高いが、必要性が高まっている樹脂では低い。そのため、従来の電気浸透流ポンプでは流路を形成する基板として樹脂基板を使用した場合には、ゼータ電位が低いことに起因して電気浸透流ポンプの能力が低くなる問題があった。しかし、本発明では流路内に多孔質構造体があるために、樹脂基板を使用しても電気浸透流ポンプの能力を高めることができる。
その結果、本発明にかかる電気浸透流ポンプは樹脂基板を用いた他の流路部分とともに集積化することができるため、使い捨て可能なマイクロ化学システムを構築する上で好都合である。
【0016】
本発明の製造方法は、流路内に多孔質構造体を形成するために、流路に絶縁物製微粒子の単分散コロイド溶液を入れて乾燥させることによって微粒子を自己集合させるので、多孔質構造体を流路内に容易に形成することができる。
【0017】
流路にコロイド溶液を入れる工程として毛管現象によりコロイド溶液を流路内に引き上げる方法は、コロイド溶液に浸されている部分の基板を除いて、流路内のみにコロイド溶液を入れることができるので、多孔質構造体を流路内に再現性よく形成することができる。
流路が形成された絶縁性基板が疎水性である場合に流路内を親水性化処理することにより、微粒子を自己集合させやすくなる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
一実施形態を図1を参照して説明する。
この実施例の電気浸透流ポンプは、大別して送液部10と直流電源12からなる。送液部10を構成する絶縁性基板1,2として樹脂を使用する。基板1,2用の樹脂は特に限定されるものではないが、この実施例では、疎水性のシクロオレフィンプラスチックを使用する。
【0019】
絶縁性基板2には射出成形やホットエンボス等の微細加工方法により500μm以下の幅と深さを持つ流路2aが形成されている。流路2aの両端部には電極6a,6bが埋め込まれ、基板2の裏面に突出している。
【0020】
流路2a内には多孔質構造体3が形成されている。多孔質構造体3は、直径3μm以下の酸化珪素微粒子が凝集したものである。多孔質構造体3を形成するために、流路2aを酸素プラズマ等の表面処理技術により親水性化処理した後、酸化珪素微粒子を含む単分散コロイド溶液を毛管現象により流路2a内に導入し、コロイド溶液を乾燥させた。その乾燥時に酸化珪素粒子が自己集合して規則的な多孔質構造体3を形成する。
【0021】
流路2a内に多孔質構造体3が形成された状態で、流路2aの両端部に対応する位置に溶液出入口用の貫通穴4,5をもつ基板1が熱圧着により接合されている。
入口4から流路2a内に溶液を導入し、出口5まで気泡のないように溶液で満たすと基板1,2の内壁が帯電するとともに、流路2a内の多孔質構造体3を構成している酸化珪素粒子の表面も帯電する。溶液中の電荷がそれらの表面に移動して、電荷が高濃度に存在する拡散層を形成する。電極6a,6b間に直流電源12を接続して送液部10に電圧を印加すると、拡散層の電荷が電極6a又は6bに引き寄せられ、溶液もその電荷を補償するように電荷と同じ方向に移動して電気浸透流を生じる。
【0022】
この実施例では、電極6a,6bは基板2に埋め込まれているが、出入口4,5に差し込むようにしたり、基板1の表面から出入口4,5を経て流路内にいたるように蒸着やスパッタリング法により薄膜として形成してもよい。
【0023】
〔実施例〕
樹脂基板に形成した流路内にシリカ粒子を高密度に凝集させた多孔質構造体をもつ電気浸透流ポンプを製作した。
樹脂基板に流路を形成するために、金型を用意した。その金型は、導電性基板又は金属蒸着した基板上にエポキシ系ネガフォトレジストであるSU−8膜を形成し、紫外線フォトリソグラフィによってパターン化し、そのレジストパターンの開口部にニッケルめっきを施した後、そのレジストを除去することにより製作した。
【0024】
樹脂基板としてシクロオレフィンプラスチック基板を使用した。その基板に対し、上で述べた金型によってホットエンボス成形を行い、深さ14μm、幅50μmの流路を作製した。
【0025】
流路が垂直になるように基板を立て、流路端をコロイド溶液であるコロイダルシリカ溶液(シリカ粒子の平均粒径は490nm)に浸け、毛管現象を利用してコロイド溶液を流路内に引き上げた。コロイド溶液の引上げ方法として、
(A)酸素プラズマによる表面処理技術により親水性化処理した流路内に水で希釈したコロイド溶液を引き上げる方法、及び
(B)流路内を親水性化処理せずエタノールで希釈したコロイド溶液を引き上げる、
の2種類の方法で行った。
【0026】
その後、基板を乾燥させることで流路内にシリカ粒子を自己集合させた。
そのうち、コロイド溶液の引上げを(B)による方法で行ったものの乾燥後の結果を図2に示す。図2の左端の図は基板全体の平面図、中央の図は自己集合により配列したコロイド粒子構造体の低倍率でのSEM(走査型電子顕微鏡)画像、右端の図は同コロイド粒子構造体の高倍率でのSEM画像である。この結果から、シリカ粒子が高密度に充填されていることが判かる。
【産業上の利用可能性】
【0027】
本発明の電気浸透流ポンプは、μTAS分野において、タンパク質、ペプチド、核酸など生体物質の微小量を送液するのに利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
【図1】一実施例を示す概略断面図である。
【図2】他の実施例を示す図であり、左端は基板全体の平面図、中央は低倍率でのSEM画像、右端は高倍率でのSEM画像である。
【図3】従来の電気浸透流ポンプにおける電気浸透流現象を説明する図である。
【符号の説明】
【0029】
1,2 絶縁性基板
2a 流路
3 多孔質構造体
4 入口
5 出口
6a,6b 電極

【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁性基板に形成された流路内の溶液を、その流路に沿った電位差に基づく電気浸透流により流路の一方から他方へ送液する電気浸透流ポンプにおいて、
前記流路内の少なくとも一部に、表面に電荷をもつことのできる絶縁物製微粒子が凝集してなる多孔質構造体が形成されていることを特徴とする電気浸透流ポンプ。
【請求項2】
前記絶縁物製微粒子は直径が3μm以下の球形粒子である請求項1に記載の電気浸透流ポンプ。
【請求項3】
前記絶縁物製微粒子は酸化珪素粒子である請求項1又は2に記載の電気浸透流ポンプ。
【請求項4】
前記多孔質構造体は前記絶縁物製微粒子の単分散コロイドが乾燥して生成した規則的多孔質構造体である請求項1から3のいずれかに記載の電気浸透流ポンプ。
【請求項5】
前記絶縁性基板は樹脂製である請求項1から4のいずれかに記載の電気浸透流ポンプ。
【請求項6】
請求項1から5のいずれかに記載の電気浸透流ポンプを製造する方法において、
前記流路内に多孔質構造体を形成するために、
(A)前記流路に絶縁物製微粒子の単分散コロイド溶液を入れる工程、及び
(B)その後、前記微粒子を自己集合させるために前記コロイド溶液を乾燥させる工程
を備えていることを特徴とする電気浸透流ポンプの製造方法。
【請求項7】
流路にコロイド溶液を入れる工程では、流路の一端をコロイド溶液に浸し、毛管現象によりコロイド溶液を流路内に引き上げる請求項6に記載の電気浸透流ポンプの製造方法。
【請求項8】
前記流路が形成された絶縁性基板が疎水性である場合、前記工程(A)の前に前記流路内を親水性化処理する工程を含む請求項6又は7に記載の電気浸透流ポンプの製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2006−132998(P2006−132998A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−319996(P2004−319996)
【出願日】平成16年11月4日(2004.11.4)
【出願人】(000001993)株式会社島津製作所 (3,708)
【Fターム(参考)】