説明

電気粘性流体

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、電圧の印加によって粘性を増大する電気粘性流体に関するものである。
【0002】
【従来の技術】電気粘性流体は、非導電性の油の中に微細に分割した誘電性の固体が分散している懸濁液で、充分に強い電場の作用の下で極めて速やかに、しかも可逆的に粘度が増加する流体である。粘度を変化させるためには直流の電場だけでなく交流の電場も使用することができ、必要な電流は非常に小さく、少ない電力によって液体からほぼ固体状態になるまで大きな粘度変化を与えるので、例えば、クラッチ、バルブ、ショックアブソーバー、バイブレータ、各種防振ゴム、アクチュエータ、ロボットアーム、制振材などの装置や部品を制御するための構成要素として、電気粘性流体は検討されてきた。
【0003】従来、電気粘性流体の構成要素の一つである固体粒子としては、例えば米国特許第2,417,850 号公報、米国特許第3,047,507 号公報、米国特許第3,397,147 号公報、米国特許第3,970,573 号公報、米国特許第4,129,513 号公報、特公昭60-31211号公報、或は西独公開特許第3,427,499 号公報に開示されているように、表面から水を吸収させ微粉化させたセルロース、デンプン、シリカゲル、イオン交換樹脂、ポリアクリル酸リチウム等を、また他の構成要素である液相としては、ハロゲン化ジフェニル、セバシン酸ブチル、炭化水素油、塩素化パラフィン、シリコーン油等を使用したものが知られているが、実用性に乏しく、実用価値のある極めて高性能且つ安定度の高い電気粘性流体はいまだ存在しない。
【0004】実用的な電気粘性流体に要求される特性としては、広い温度範囲において大きな電気粘性効果を示し、電場が印加されたときの電力消費が少なく、電場が取り除かれたときには小さな粘性を持ち、且つ分散相が沈降せず長期的に安定した特性を持続することである。
【0005】しかしながら、上記のように電気粘性効果の発現を促進するために水を吸収させた分散相では粒子間を流れる電流も同時に増えてしまうため、電力消費に大きな問題があった。特にこの傾向は高温になるにつれて強まり、従来の分散相を用いた電気粘性流体の使用温度の上限は70〜80℃くらいで、それ以上の高温で使用すると電流が過剰に流れてしまい消費電力が非常に高くなるとともに電気粘性効果の発現力や応答性の低下などが時間とともに起こり、自動車のエンジンルーム等、高温の雰囲気で使用する装置、部品への応用は不可能であった。更に、このように水分を吸収させた分散相を含む水系電気粘性流体は0℃以下の低温では水分の凝固により電気粘性効果を発現しなくなる。
【0006】このように電気粘性流体として機能するために分散相が水分を含有する必要のある水系電気粘性流体は温度範囲および水の蒸発に伴う耐久性に本質的な問題を持ち、それらが長らく該流体が実用化されない理由となっていた。そのため、分散相に水分を必要としない実用化可能な非水系の電気粘性流体の登場が待たれていた。
【0007】このような非水系の電気粘性流体の発現機構の一つとして電場を印加した際、分散相粒子中の電子または正孔の移動による界面分極が起こり、分散相粒子が引き合い、粒子のブリッジを形成し、ビンガム流体としての降伏応力が上昇するため、見かけの粘度を上昇させることが考えられる。このことから本発明者らは特許願昭和63年第212615号明細書に開示したように、電子または正孔の移動による界面分極に必要なラジカル(不対電子)濃度が高く安定な、いわゆる低温処理炭素材料に注目し、非水系電気粘性流体の分散相として使用することを検討した。その結果直流および交流電場の印加により広い温度範囲で高い電気粘性効果を示すが、電力消費が少なく、電気粘性効果を長時間維持できる炭素質微粉末を分散相とする電気粘性流体を開発した。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】この炭素質微粉末を分散相とした電気粘性流体は耐熱耐寒性や耐久性に優れ、またポリジメチルシロキサンからなるシリコーン油を分散媒として用いた場合はゴムへの膨潤性が少なく防振ゴムなどへの応用に好適であるが、クラッチ、ショックアブソーバーへの応用には更に数倍高い電気粘性効果が求められている。
【0009】一方、炭素質微粉末を分散相とした電気粘性流体で高い電気粘性効果を得るためには、炭素質微粉末の導電性を上げねばならず、消費電力が大きくなってしまう問題があった。
【0010】本発明者らは炭素質微粉末を用いた電気粘性流体では電気絶縁油の誘電率が電気粘性効果に相関することを見出し本発明に至った。
【0011】本発明は直流または交流電場の印加により高い電気粘性効果を示す非水系の電気粘性流体の提供を目的とする。
【0012】
【課題を解決するための手段】本発明者らはこれらの目的を達成するため、鋭意研究の結果、電気絶縁性に優れた油状媒体に誘電体微粒子を分散させることにより得られる電気粘性流体において、炭素原子と水素原子の原子比(C/H)の値が1.70〜3.50の範囲でフリーカーボン含有量が10重量%以下で平均粒子径が0.01〜100μmの範囲である炭素質微粉末と、誘電率が3以上でかつ体積抵抗率10 Ω・cm以上である電気絶縁油からなることを特徴とする電気粘性流体によってこの目的を達成した。
【0013】電気粘性流体に要求される一般的な特性としては、外部電界下で低い電流により大きな粘性変化(見掛けの粘度の増加)をもたらすことに加え、固体微粒子が油状媒体中で沈降しないこと、さらに長期的な使用や温度に対して安定であること、電界の印加に対する応答性に優れていること等が挙げられる。
【0014】こうした電気粘性流体に要求される特性を満足するのに必要な炭素質微粉末について詳細に検討した結果、元素分析における炭素原子と水素原子の原子比(C/H)の値が1.70〜3.50、好ましくは2.00〜3.50、特に好ましくは2.20〜3.00の範囲であることが重要であることが判明した。即ち炭素質微粉末のC/H比が1.70未満の時には炭素質微粉末は電気粘性流体に好適な誘電体微粒子としての機能を充分発揮できず、結果として高い電気粘性効果を得ることが出来ない。一方C/H比が3.50を越えるときには電気粘性流体に流れる電流が大きく、実用上エネルギー効率を低下させる。
【0015】具体的に電気粘性流体の分散相として好適な前記のC/H比を持つ炭素質微粉末としては、コールタールピッチ、石油系ピッチ、ポリ塩化ビニルを熱分解して得られるピッチまたはそれらのタール成分を加熱処理して得られる各種メソフェーズからなる微粉末、即ち加熱により形成される光学的異方性小球体(球晶またはメソフェーズ小球体)を溶剤でピッチ成分を溶解分別またはさらに加熱処理することによって得られる微粉末、さらにそれを微粉砕したもの、ピッチ原料を加熱処理によりバルクメソフェーズ(例えば日本国公開特許昭59-30887号参照)としそれを微粉砕したもの、また一部晶質化したピッチを微粉砕したもの、またピッチ原料を加熱酸化処理により不融化し、さらに高温で加熱処理後微粉砕したもの、フェノール樹脂などの残炭率の高い高分子材料を300〜800℃で炭化したものなど、いわゆる低温処理炭素または炭素前駆体微粉末が例示され、さらに無煙炭、瀝青炭などの石炭類及びその熱処理物を微粉砕したもの、ポリアクリロニトリルの炭化物、ポリエチレン、ポリプロピレン又はポリスチレンなどの炭化水素系ビニル系高分子とポリ塩化ビニル又はポリ塩化ビニリデンなどの塩素含有高分子との混合物を加圧下で加熱することによって得られる炭素球、またはそれを微粉砕したものが例示される。
【0016】この中でも、炭素含有量が80〜97重量%で1018/g以上の高い芳香族ラジカル濃度を持ち、105 Ω・cm以上の電気抵抗を持つ炭素質微粉末が、低い電力消費で高い電気粘性効果を示すという意味で好ましい。
【0017】この意味から前記の具体例の中では、コールタールピッチを熱処理することにより生成する光学的異方性小球体をピッチ成分から分別することにより得られる炭素質微粉末を使用することが特に好ましい。
【0018】このコールタールピッチから得られる炭素質微粉末の製法の概要を以下に述べる。コールタールピッチを350〜500℃で加熱処理した時にコールタールピッチの成分より球状の光学的異方性小球体(球晶またはメソフェーズ小球体)が成長する(J. D. Brooks and G. H. Taylor, Carbon 3, 185 (1965))。この球晶の大きさは加熱温度及び加熱時間によって決定されるが、所望の大きさになった段階で加熱を止め、キノリンやタール中油などの溶媒で残存のコールタールピッチを溶解し瀘過することによりこの球晶を分別することができる。
【0019】この球晶は液晶類似構造を有し且つ球状の炭素質微粉末である。日本国公開特許昭60-25364号に開示されるように、該球晶の分別時にコールタールピッチ成分の一部(例えばβ−レジン等)が球晶の表面に残るが、必要があれば該球晶を不活性ガス雰囲気中200〜600℃で加熱処理(仮焼)することにより除去することができ、また球晶の電気抵抗やラジカル濃度を変化させることができる。
【0020】前記球晶の粒径はコールタールピッチの加熱時間及び加熱温度によってコントロールできる他、ジェットミルなどによる粉砕処理によってさらに微細なものが得られる。また原料としてコールタールピッチ以外にも、構造が類似の石油系ピッチやタール成分を同様に処理することにより、本発明で使用するに適した炭素質微粉末を得ることができる。
【0021】本発明者ら他は更に研究を重ねた結果、平成2年特許願第175432号明細書に開示したように、通常炭素質微粉末の原料として用いられるコールタールピッチ中に元々含まれるフリーカーボン(別名遊離炭素とも言われる)を予め除去することにより得られる実質的にフリーカーボンを含有しない炭素質微粉末が、電界印加中の電気粘性流体中に流れる電流値を低く抑え、消費電力を低減させることに極めて効果的であることを発見した。
【0022】すなわち、本発明においては炭素質微粉末が実質的にフリーカーボンを含有しないものであることが好ましい。炭素質微粉末中のフリーカーボン量は10重量%以下、望ましくは5重量%以下が好ましい。フリーカーボン量が10重量%を越える炭素質微粉末を使用した電気粘性流体は電流が流れすぎ、エネルギー効率を低下させるため実用上好ましくない。
【0023】タール、ピッチなどに含まれるフリーカーボンはコークス炉において発生するタールが1000℃以上に加熱され、気相熱分解をうけて生成すると言われている極めて炭素化の進んだ無定形の微細炭素粒子である。通常、フリーカーボンは平均粒径2μm以下の光学的に等方性の微細炭素質粒子であり、タール中ではQI(キノリン不溶分)として定量される。従って、かかる炭素化の進んだフリーカーボンが電気粘性流体用炭素質微粉末中に含有されていると全体の不均一性をもたらすとともに、電気抵抗を下げるため電気粘性流体に過剰の電流を流し、期待される電気粘性効果を得ることができないと考えられる。
【0024】このようにして得られた炭素質微粉末に含まれる水分は多くても1重量%以下であり、水分量は電気粘性効果にほとんど無関係であるが、該粉末中の芳香族ラジカル濃度が高く電子または正孔の移動による界面分極によって電気粘性効果を示すと考えられるため、該微粉末を分散相とすることによって、広い温度範囲で高い電気粘性効果を示し、かつ電気粘性効果を長時間維持できる電気粘性流体を得ることができる。
【0025】前記球晶からなる炭素質微粉末は光学的異方性を持つことから導電率も異方性を示し、このことが該微粉末を分散相とした電気粘性流体が低い消費電力を示すことに関係するものと考えられる。
【0026】一方、これらの炭素質微粉末は上記の仮焼温度などを変化することによりC/H比が変わり導電性が変化する。すなわちC/H比が上昇すると共に電気粘性効果が高くなり、同時に消費電流も増加する。そのため消費電流と電気粘性効果が最適点を持つように炭素質微粉末の電気抵抗を設定する必要がある。この意味でもっとも好ましい炭素質微粉末の電気抵抗は107 〜1010Ω・cmである。
【0027】さらに、電気粘性効果をある程度維持し、消費電流だけを下げる方法として前記した炭素質微粉末中の粒子の表面の一部又は全部を電気絶縁性薄膜層で被覆すると有効なことを発明者は見出した。特にこの方法はC/H比及び炭素含有量の高い炭素質微粉末に有効である。
【0028】ここで電気絶縁性薄膜層としては、有機、無機にかかわらず薄膜層を炭素質微粉末表面に粒子径の10分の1以下の平均厚さに形成できれば良いが、薄膜層の最適な厚さは炭素質微粉末の導電率に左右される。即ち炭素質微粉末の導電率が高い場合は電気絶縁性薄膜層は相対的に厚いほうが良好で、逆に該微粉末の導電率が低い場合には電気絶縁性薄膜層は相対的に薄いことが、高い電気粘性効果を保ち、電印加時の電流を低くするために必要である。電気絶縁性薄膜層は炭素質微粉末表面を全体的に被覆していても良いし、部分的に被覆していても良い。
【0029】このような電気絶縁性薄膜層は、高分子溶液から粉体へのコーティング、小径粒子を乾式で混合し粉体の表面で溶融するハイブリダイゼーション、シラン処理等の表面処理、スパッタリング真空蒸着、プラズマ処理、モノマーからの重合などによって形成され、使用される電気絶縁性物質としては、ポリメチルメタクリレート、ポリスチレン、ポリ酢酸ビニル、ポリ塩化ビニル、ポリフッ化ビニリデン、エポキシ樹脂、フェノール樹脂などの合成高分子物質、またはこれらの高分子末端をイソシアネート基などの活性な官能基により変性したもの、メチルトリメトキシシラン、フェニルトリメトキシシラン、ヘキサメチルジシラザン、トリメチルクロルシランなどのシラン処理剤、カルボキシル基や水酸基を持ちジメチルポリシロキサンやフェニルメチルポリシロキサン構造を主鎖とする変性シリコーンポリマーまたはシリコーン界面活性剤、シリカ、アルミナ、ルチルなどの無機化合物が代表例として挙げられる。これらの電気絶縁性薄膜層は、物理吸着により炭素質微粉末表面に固定する場合もあるが、炭素質微粉末表面の表面官能基またはラジカルと反応し化学結合している方がより強固に固定され絶縁破壊を起こしにくい。この意味でイソシアネート基などの活性な官能基で変性したビニル系高分子が薄膜層として好ましい。このようにして作成された、電気絶縁性薄膜層で被覆した炭素質微粉末を電気粘性流体の分散相として用いることにより、高い電気粘性効果を示すが電力消費量の少ない電気粘性流体を得ることができる。
【0030】電気粘性流体の分散相として好ましい粒径は、0.01〜100ミクロン、好ましくは0.1〜20ミクロン、さらに好ましくは0.5〜5ミクロンの範囲であり、粒度分布はなるべくシャープな方が好ましい。0.01ミクロン未満では電場のない状態で初期粘度が著しく大きくなって電気粘性効果による粘度変化が小さく、また100ミクロンを越えると流体の分散相としての十分な安定性が得られない。
【0031】このような炭素質微粉末を分散相とし、多くの電気絶縁油を分散媒として検討した結果、電気絶縁油の誘電率が電気粘性効果に大きく影響し、3以上、好ましくは4〜30、特に好ましくは5〜15の誘電率を持つ電気絶縁油を分散媒とした場合、直流及び交流において高い電気粘性効果が得られることを本発明者らは見出した。
【0032】3以上の誘電率を持つ電気絶縁油としては、フロロシリコーン油、ハロゲン化飽和炭化水素油、ハロゲン化芳香族炭化水素油、一塩基酸エステル、二塩基酸エステル、三塩基酸エステル、ポリオールエステル、リン酸エステル、ハロゲン化芳香族モノカルボン酸エステル、ハロゲン化芳香族ジカルボン酸エステル、ハロゲン化芳香族トリカルボン酸エステルからなるエステル系油またはそれらの混合物が例示される。
【0033】さらに詳しく各オイルについて述べると、フロロシリコーン油は一般式[Rfmn SiO(4-m-n)/2x で表され、置換基Rf は炭素数1〜13の飽和フロロアルキル基で3,3,3−トリフロロプロピル基、3,3,4,4,5,5,5,ヘプタフロロペンチル基、3,3,4,4,5,5,6,6,7,7,8,8,9,9,10,10,10−ヘプタデカフロロデシル基などが例示される。これらの置換基の中でも特に3,3,3−トリフロロプロピル基が好ましい。Rは炭素数1〜6の非置換または置換の炭化水素基でメチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基などのアルキル基、シクロヘキシル基などのシクロアルキル基、フェニル基などが例示され、特にメチル基が好ましい。一般式中のm,n,xはフロロシリコーン油の構造を規定する平均値であり、1.5<m+n<2.5;0.05<m/n≦1;3≦x、好ましくは1.9<m+n<2.2;0.2<m/n≦1;5≦x、の条件を満足し、かつ所望の誘電率、粘度を得るように選択される。
【0034】エステル系油としては、ネオカプリン酸のような脂肪族モノカルボン酸、安息香酸のような芳香族モノカルボン酸又はそのフッ化物、塩化物、臭素化物のようなハロゲン化物、アジピン酸、グルタル酸、セバシン酸、アゼライン酸のような脂肪族ジカルボン酸、フタル酸、イソフタル酸、テトラヒドロフタル酸のような芳香族ジカルボン酸またはそのハロゲン化物、クエン酸のような脂肪族トリカルボン酸、トリメリット酸のような芳香族トリカルボン酸またはそのハロゲン化物と、メチルアルコール、エチルアルコール、ブチルアルコール、2−エチルヘキシルアルコール、オクチルアルコール、イソオクチルアルコール、イソブチルアルコール、ヘプチルアルコール、イソデシルアルコール、ヘキシルアルコール、デシルアルコール、ウンデシルアルコールのような脂肪族アルコール、ベンジルアルコールのような芳香族アルコールとのモノエステル類、ジエステル類、トリエステル類が例示され、リン酸エステルとしてトリメチルホスフェート、トリエチルホスフェート、トリブチルホスフェート、トリ−(2−エチルヘキシル)ホスフェート、2−エチルヘキシルジフェニルホスフェート、トリフェニルホスフェート、トリクレシルホスフェート、クレシルジフェニルホスフェート、イソデシルジフェニルホスフェート、トリキシレニルジホスフェート、キシレニルジフェニルホスフェートのようなリン酸エステルが例示される。
【0035】さらにポリオールエステルとして、ペンタエリスリトール、ポリエチグリコール、ポリプロピレングリコール、グリセリンなどの多価アルコールと高級脂肪酸とのエステルが例示される。
【0036】ハロゲン化炭化水素としては、種々の塩素化率を持つ塩素化パラフィンや、テトラクロロトリフェニルメタン、トリクロロジフェニルエーテル、トリクロロジフェニルメタンなどの芳香族炭化水素が例示される。
【0037】この中ではフロロシリコーン油が絶縁性に優れ比重も大きいという意味で最も好適である。
【0038】電気粘性流体に用いる電気絶縁油の体積抵抗率は25℃で109 Ω・cm以上のもの、好ましくは1011Ω・cm以上のもの、特に好ましくは1012Ω・cm以上のものを用いる。109 Ω・cm以下の場合は電圧を印加した際の電流が著しく大きくなり、応用デバイスのエネルギー効率が著しく悪くなる。
【0039】本発明における電気粘性流体は基本的には直流及び交流で使用できるが、粉体の帯電状態により、直流印加の場合、電気泳動により片側の電極に粉体が凝縮する場合がある。このような場合は、正極、負極を頻繁に交換させる目的で交流電圧を印加させるのが好ましい。
【0040】電気絶縁性を向上させる目的で、誘電率は低いが電気絶縁性の良好なポリジメチルシロキサンやポリメチルフェニルシロキサンを骨格とするシリコーン油、鉱油、パーフルオロポリエーテルやポリ三フッ化エチレンのようなフッ素油またはそれらの混合物と前記の誘電率の高い油との混合油を用いることも可能である。この場合、混合比により誘電率を3以上になるように調整し、また油間で相分離しないように相溶性の良いものを選択する必要がある。特にフッ素油とフロロシリコーン油を混合することにより誘電率と体積抵抗率が高くかつ炭素質微粉末の比重と近づけることができるため、電気粘性流体として長期に安定なものが得られる。
【0041】また電気絶縁油の粘度は25℃において0.65〜1000センチストークス(cSt)、好ましくは5〜200cSt、さらに好ましくは10〜50cStの粘度を有するものを用いる。液相の粘度が低すぎると揮発分が多くなり液相の安定性が悪くなる。液相の粘度が高すぎると電場のないときの初期粘度が高くなり電気粘性効果による粘度変化が小さくなる。適度に低粘度の電気絶縁油を液相とすることによって分散相を効率良く懸濁させることができる。
【0042】本発明の電気粘性流体を構成する分散相と液相の割合は、前記炭素質微粉末からなる分散相の含有量が1〜60重量%、好ましくは20〜50重量%であり、前記電気絶縁油からなる液相の含有量が99〜40重量%、好ましくは80〜50重量%である。分散相の量が1重量%未満では電気粘性効果が小さく、60重量%を越えると電場がない時の初期粘度が著しく大きくなる。
【0043】本発明の電気粘性流体には、本発明の効果を著しく損なわない範囲内で、他の分散相や界面活性剤、分散剤、酸化防止剤等の添加剤を併用または配合することができる。
【0044】以下実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0045】
【実施例1】フリーカーボンを含まないコールタールを20リッターのオートクレーブを使用し450℃で実質的に不活性雰囲気中で熱処理した。得られた処理物をタール系中油(沸点範囲120〜250℃)を使用し抽出・濾過した。この抽出・濾過残留物を内容積2リッターのバッチ型の回転反応炉を使用し、500℃の温度、2.0リッター/分の窒素気流下で再加熱処理して炭素質微粉末を得た。この炭素質微粉末のC/H比は2.38であった。この炭素質微粉末をさらに粉砕後、風力分級機を使用して平均粒径3.8μmに調整した。この炭素質微粉末の20体積%を室温における動粘度86cSt(センチストークス),比重:1.216,誘電率:6.6,体積抵抗率:6.31×1011Ω・cmのフロロシリコーン油80体積%に良く分散し、懸濁液として電気粘性流体を得た。電気粘性効果の測定は、2重円筒型回転粘度計を使用し、内外円筒間に実効値2kV/mm の交流電圧を印加したときの剪断速度366 sec-1、温度25℃における電場の印加による剪断応力の上昇分(Δτ)を測定した結果、Δτ=359.6Pa(パスカル)であった。直流電圧を印加した場合もほぼ同様の電気粘性効果が得られた。
【0046】
【実施例2】実施例1で使用したのと同一の炭素質微粉末20体積%を室温における動粘度22cSt,比重:1.067,誘電率:4.7,体積抵抗率:5.01×1011Ω・cmのフロロシリコーン油80体積%に良く分散し、懸濁液として電気粘性流体を得た。実施例1と同様にして電気粘性効果を測定したところ、Δτ=296.2Paであった。直流電圧を印加した場合も、ほぼ同様の電気粘性効果が得られた。
【0047】
【実施例3】実施例1で使用したのと同一の炭素質微粉末20体積%を室温における動粘度55.5cSt,比重:1.149,誘電率:6.0,体積抵抗率:3.98×1011Ω・cmのフロロシリコーン油80体積%に良く分散し、懸濁液として電気粘性流体を得た。実施例1と同様にして電気粘性効果を測定したところ、Δτ=352.5Paであった。直流電圧を印加した場合も、ほぼ同様の電気粘性効果が得られた。
【0048】
【実施例4】実施例1で使用したのと同一の炭素質微粉末20体積%を室温における動粘度33cSt,比重:1.186,誘電率:6.4,体積抵抗率:7.94×1010Ω・cmのフロロシリコーン油80体積%に良く分散し、懸濁液として電気粘性流体を得た。実施例1と同様にして電気粘性効果を測定したところ、Δτ=345.7Paであった。直流電圧を印加した場合も、ほぼ同様の電気粘性効果が得られた。
【0049】なお実施例1〜4及び実施例8で使用したフロロシリコーン油はポリトリフロロプロピルメチルシロキサン又はポリトリフロロプロピルメチルシロキサンとポリジメチルシロキサンの共重合体である。
【0050】
【実施例5】実施例1で使用したのと同一の炭素質微粉末20体積%を室温における動粘度122cSt,比重:1.165,誘電率:8.3,体積抵抗率:1.11×1011Ω・cmの塩素化パラフィン80体積%に良く分散し、懸濁液として電気粘性流体を得た。実施例1と同様にして電気粘性効果を測定したところ、Δτ=446.4Paであった。直流電圧を印加した場合も、ほぼ同様の電気粘性効果が得られた。
【0051】
【実施例6】実施例1で使用したのと同一の炭素質微粉末20体積%を室温における動粘度220cSt,比重:0.97,誘電率:4.3,体積抵抗率:5.71×1011Ω・cmのトリメリット酸トリオクチル80体積%に良く分散し、懸濁液として電気粘性流体を得た。実施例1と同様にして電気粘性効果を測定したところ、Δτ=288.6Paであった。直流電圧を印加した場合も、ほぼ同様の電気粘性効果が得られた。
【0052】
【実施例7】実施例1で使用したのと同一の炭素質微粉末20体積%を室温における動粘度41cSt,比重:0.986,誘電率:5.2,体積抵抗率:8.64×1011Ω・cmのフタル酸ジ(2−エチルヘキシル)80体積%に良く分散し、懸濁液として電気粘性流体を得た。実施例1と同様にして電気粘性効果を測定したところ、Δτ=305.4Paであった。直流電圧を印加した場合も、ほぼ同様の電気粘性効果が得られた。
【0053】
【実施例8】フリーカーボンを含まないコールタールピッチを450℃で実質的に不活性雰囲気中で熱処理しメソフェーズ小球体を成長させた後、タール系中油で抽出・濾別を繰り返し、ピッチ成分を除去、530℃で窒素気流中で再度熱処理(仮焼)し、C/H比2.45の炭素質微粉末を得た。この炭素質微粉末をジェット粉砕機で粉砕後、風力分級して平均粒径5.2μmの炭素質微粉末を得た。この炭素質微粉末100gを末端をトリレンジイソシアネートで変性した分子量5000〜10000のポリスチレン1重量%含有シクロヘキサン溶液400ミリリッター中に入れ、70℃で2時間撹拌、反応後残ったポリスチレン溶液を分離し、炭素質微粉末を十分乾燥して溶媒を除去した。このポリスチレンにより被覆された炭素質微粉末20体積%を室温における動粘度29cSt,(比重:1.25,誘電率:6.6,体積抵抗率:1.1×1012Ω・cmのフロロシリコーン油80体積%に良く分散し、懸濁液として電気粘性流体を得た。実施例1と同様にして電気粘性効果を測定したところ、Δτ=944.8Paであった。直流電圧を印加した場合も、ほぼ同様の電気粘性効果が得られた。
【0054】
【実施例9】実施例1で使用したのと同一の炭素質微粉末20体積%を実施例8で用いたフロロシリコーン油とポリ三フッ化−塩化エチレンとの混合油(混合重量比 1:0.429;室温における動粘度20cSt,比重:1.40,誘電率:5.7,体積抵抗率:1.03×1012Ω・cm)80体積%に分散し、懸濁液として電気粘性流体を得た。実施例1と同様にして電気粘性効果を測定したところ、Δτ=323.7Paであった。直流電圧を印加した場合も、ほぼ同様の電気粘性効果が得られた。
【0055】
【比較例1】実施例1で使用したのと同一の炭素質微粉末20体積%を室温における動粘度20cSt,比重:0.95,誘電率:2.7,体積抵抗率:1.98×1012Ω・cmのシリコーン油(ポリジメチルシロキサン)80体積%に良く分散し、懸濁液として電気粘性流体を得た。実施例1と同様にして電気粘性効果を測定したところ、Δτ=169.4Paであった。
【0056】
【比較例2】実施例1で使用したのと同一の炭素質微粉末20体積%を室温における動粘度11cSt,比重:1.87,誘電率:2.8,体積抵抗率:9.69×1011Ω・cmのポリ三フッ化−塩化エチレン80体積%に良く分散し、懸濁液として電気粘性流体を得た。実施例1と同様にして電気粘性効果を測定したところ、Δτ=200.0Paであった。
【0057】
【比較例3】実施例1で使用したのと同一の炭素質微粉末20体積%を室温における動粘度54cSt,比重:1.86,誘電率:2.0,体積抵抗率:4.04×1012Ω・cmのパーフロロポリエーテル80体積%に良く分散し、懸濁液として電気粘性流体を得た。実施例1と同様にして電気粘性効果を測定したところ、Δτ=209.0Paであった。
【0058】実施例1〜9及び比較例1〜3の結果をまとめると下記の如くである。
電 気 絶 縁 油 電気粘性流体の 粘度 誘電率 体積抵抗率 比重 電気粘性効果(Δτ)
cSt Ωcm Pa 実施例 1 86 6.6 6.31×1011 1.216 359.6 実施例 2 22 4.7 5.01×1011 1.067 296.2 実施例 3 55.5 6.0 3.98×1011 1.149 352.5 実施例 4 33 6.4 7.94×1010 1.186 345.7 実施例 5 122 8.3 1.11×1011 1.165 446.4 実施例 6 220 4.3 5.71×1011 0.97 288.6 実施例 7 41 5.2 8.64×1011 0.986 305.4 実施例 8 29 6.6 1.1 ×1012 1.25 944.8 実施例 9 20 5.7 1.03×1012 1.40 323.7 比較例 1 20 2.7 1.98×1012 0.95 169.4 比較例 2 11 2.8 9.69×1011 1.87 200.0 比較例 3 54 2.0 4.04×1012 1.86 209.0 ここで誘電率(比誘電率)と体積抵抗率は、室温においてJIS−C2101に準拠した方法で測定した値である。
【0059】また実施例1〜7及び比較例1〜3において使用した電気絶縁油の誘電率と、電気粘性効果との関係を図1に示す。図1ににおいて、横軸は使用した電気絶縁油の誘電率、縦軸は電気粘性効果(Δτ)値を表し、○印は実施例、●印は比較例に対応する。上表及び図1から明らかなように、同じ炭素質微粉末に対して実施例1〜7における誘電率が3より大きい電気絶縁油を使用した場合、比較例1〜3における誘電率が3より小さい電気絶縁油を使用した場合より明らかに大きな電気粘性効果が得られている。
【0060】又表面を電気絶縁性薄膜層で被覆した炭素質微粉末を用いた場合(実施例8)特に顕著な電気粘性効果が得られる。
【0061】また混合油を用いた場合(実施例9)でも誘電率が3より大きければ大きな電気粘性効果が得られている。
【0062】
【発明の効果】本発明の電気粘性流体は、直流又は交流電場の印加により従来より高い電気粘性効果を示すと共に高温安定性及び長期耐久性に優れている。
【0063】
【図面の簡単な説明】
図1は、実施例1〜7及び比較例1〜3において使用した電気絶縁油の誘電率と電気粘性効果との関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 電気絶縁性に優れた油状媒体に誘電体微粒子を分散させることにより得られる電気粘性流体において、炭素原子と水素原子との原子比(C/H)の値が1.70〜3.50の範囲でフリーカーボン含有量が10重量%以下で平均粒子径が0.01〜100μmの範囲である炭素質微粉末と、誘電率が3以上でかつ体積抵抗率が10 Ω・cm以上である電気絶縁油とからなることを特徴とする電気粘性流体。
【請求項2】 電気絶縁油がフロロシリコーン油、ハロゲン化飽和炭化水素油、ハロゲン化芳香族炭化水素油、一塩基酸エステル、二塩基酸エステル、三塩基酸エステル、リン酸エステル及びポリオールエステルオイルのうちのいずれかまたはそれらの混合物である請求項1記載の電気粘性流体。
【請求項3】 電気絶縁油が、フロロシリコーン油、ハロゲン化飽和炭化水素油、ハロゲン化芳香族炭化水素油、一塩基酸エステル、二塩基酸エステル、三塩基酸エステル、リン酸エステル及びポリオールエステルオイルのうちのいずれかまたはそれらの混合物と、シリコーン油、鉱油及びフッ素油のうちのいずれかまたはそれらの混合物との混合油である請求項1記載の電気粘性流体。
【請求項4】 炭素質微粉末が、表面を電気絶縁性薄膜層で被覆されたものである請求項1、請求項2又は請求項3記載の電気粘性流体。
【請求項5】 電気絶縁性薄膜層が、高分子重合体からなる薄膜である請求項4記載の電気粘性流体。

【図1】
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【特許番号】特許第3012699号(P3012699)
【登録日】平成11年12月10日(1999.12.10)
【発行日】平成12年2月28日(2000.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願平3−40614
【出願日】平成3年2月13日(1991.2.13)
【公開番号】特開平4−211499
【公開日】平成4年8月3日(1992.8.3)
【審査請求日】平成10年1月8日(1998.1.8)
【出願人】(000005278)株式会社ブリヂストン (11,469)