説明

電気粘着シート及びその製造方法

【課題】安定した電気粘着効果を発現でき、しかも低コスト化を実現することができる電気粘着シート及びその製造方法を提供する。
【解決手段】少なくとも2層に積層した多孔シート20に、粘弾性を有するシリコーンゲル30、ウレタンゴム又はブタジエンゴムを組み合わせて形成した電気粘着シート10であって、前記多孔シートの1層20Aは、前記シリコーンゲル30、ウレタンゴム又はブタジエンゴムの表面位置に配設され、他層の多孔シート20Bは該シリコーンゲル30、ウレタンゴム又はブタジエンゴム中に配設されている。前記多孔シート20は、有機高分子材料からなる繊維22を縦横に交差させて形成した格子形状を有するメッシュシートであることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気粘着シート及びその製造方法に係り、特にクラッチ、ダンパ、アクチュエータ等の動力伝達装置や制動装置等に適用して好適な電気粘着シート及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、電圧を印加することにより見かけの粘度が上昇する、いわゆる電気レオロジー(以下、ERという)効果を発現するER流体が知られている。ER流体は、印加する電圧を変化させることによってその粘度を可逆的に変えることができ、しかも電圧の変化に対する応答性に優れていることから、このER流体を一対の電極間に配したER素子の形態で、クラッチ、ダンパ、アクチュエータ等の動力伝達装置や制動装置等に適用可能な電子部品として使用することが期待されている。
【0003】
この場合、ER流体には、印加電圧の変化に伴う安定した剪断(応)力の変化、即ち、ER効果が求められることになる。
【0004】
ところが、ER流体は、通常、シリコーンオイル等の電気絶縁性分散媒中に分散相粒子(ER粒子)が分散した形態であるため、長期間静置しておくとER粒子が沈降・凝集してしまうことから、剪断応力にばらつきが生じ、安定したER効果が得られにくかった。
【0005】
そこで、より安定したER効果が得られるように開発したものとして、電気で粘着性が変化する電気粘着効果(EA効果)を発現するERゲルが提案されている(例えば、特許文献1、2参照)。
【0006】
このようなERゲルは、例えばシリコーンオイル等の電気粘性流体、即ち前記ER流体をゲル化することにより形成したシリコーンゲルに、有機無機複合ER粒子(例えば、アクリル樹脂の微粒子をコアとして半導体酸化スズをコーテンィングした粒子)を分散させた構造をとる(例えば、特許文献3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−255701号公報
【特許文献2】特開2008−266407号公報
【特許文献3】特開2001−26793号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、前記従来のERゲルは、シリコーンゲルに微粒子であるER粒子を分散させた構造をとるために、その分散の状態により性能にばらつきが生じやすく、しかもER粒子は前記のように特殊であるため、粒子そのもののコストが高いという問題があった。
【0009】
本発明は、前記従来の問題点を解決するべくなされたもので、安定した電気粘着効果を発現でき、しかも低コスト化を実現することができる電気粘着シート及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、電気粘着シートにおいて、少なくとも2層に積層した多孔シートに、粘弾性を有するシリコーンゲル、ウレタンゴム又はブタジエンゴムを組み合わせて形成したことにより、前記課題を解決したものである。
【0011】
ここで、前記多孔シートの1層は、前記シリコーンゲル、ウレタンゴム又はブタジエンゴムの表面位置に配設され、他層の多孔シートは該シリコーンゲル、ウレタンゴム又はブタジエンゴム中に配設されているようにすることができる。
【0012】
また、前記多孔シートを、表裏貫通する多数の孔が形成されたメッシュシートとすることができる。また、前記メッシュシートが、有機高分子材料からなる繊維を縦横に交差させて形成した格子形状を有しているようにすることができる。
【0013】
本発明は、また、電気粘着シートの製造方法において、シリコーンオイル、ウレタン又はブタジエンに架橋剤と共に触媒を混合して混合溶液を調製する工程と、前記混合溶液を型内に充填し、該型内の混合溶液に少なくとも1枚の多孔シートを浸漬する工程と、前記多孔シートが浸漬された型内の混合溶液をゲル化し、粘弾性を有するシリコーンゲル、ウレタンゴム又はブタジエンゴムを形成する工程と、形成されたシリコーンゲル、ウレタンゴム又はブタジエンゴムの表面に、1枚の多孔シートを載置して重ねる工程と、重ねられた多孔シート上に圧力をかけ、余分なオイル分を除去する工程とを有することにより、同様に前記課題を解決したものである。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、安定した電気粘着効果を発現し、しかも低コスト化を実現した電気粘着シートを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】本発明に係る一実施形態の電気粘着メッシュシートを模式的に示す(A)拡大断面図及び(B)拡大平面図
【図2】電気粘着メッシュシートの製造工程を示すフローチャート
【図3】電気粘着メッシュシートの製造工程の特徴を模式的に示す拡大断面図
【図4】電気粘着メッシュシートの表面を拡大して示す顕微鏡写真
【図5】電圧を印加した電気粘着メッシュシートと、これを観察する顕微鏡を示す斜視図
【図6】電圧印加のオフ時とオン時の電気粘着メッシュシートの表面をガラス電極越しに観察した顕微鏡写真
【図7】EA効果による剪断力の評価に使用する測定装置を模式的に示す斜視図
【図8】電気粘着メッシュシートとメッシュシートのみとの剪断力の比較結果を示すグラフ
【図9】電気粘着メッシュシートを構成するメッシュシートの層数と剪断力との関係を示すグラフ
【図10】電気粘着メッシュシートを構成するメッシュの目開きの大きさと剪断力との関係を示すグラフ
【図11】電気粘着メッシュシートを構成するメッシュの目開きの大きさと粘着点との関係を示す拡大断面図
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、図面を参照して、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0017】
図1(A)は、本発明に係る一実施形態の電気粘着メッシュシート(電気粘着シート)を模式的に示す拡大断面図である。
【0018】
本実施形態の電気粘着メッシュシート(EAMS:Electro Adhesive Mesh Sheet)10は、2層の第1メッシュシート20A及び第2メッシュシート20Bと、シリコーンゲル30とを組み合わせて構成され、第1メッシュシート20Aはシリコーンゲル30の表面30Aに略一致する位置に、第2メッシュシート20Bはシルコーンゲル30中に配設されている。
【0019】
本実施形態のEAMS10を構成するメッシュシート20は、図1(B)の平面図に模式的に示すように、所定の糸径aの有機高分子材料(例えば、ポリエチレン等のポリオレフィン、PET等のポリエステル等)からなる繊維22を縦横に交差させて格子状に編み込み、目開きbの表裏貫通する孔が多数形成された多孔シートである。
【0020】
なお、ここでは、このようなメッシュシート20の構造上の特徴を利用し、繊維22の交差部分22AをER粒子と仮定して、図示されている2層を含む多層化を想定している。
【0021】
本実施形態のEAMS10を構成するシリコーンゲル30は、シリコーンオイルを架橋剤により架橋し、ゲル化することにより形成することができる。
【0022】
シリコーンオイルとしては、例えばジメチルシリコーンオイル、フッ素変性シリコーンオイル、フェニル変性シリコーンオイルが挙げられる。これらは1種単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。フッ素変性シリコーンオイルとしては、例えば、トリフルオロプロピル基(CF324−)を有するポリシロキサン、ノナフルオロヘキシル基(C4924−)を有するポリシロキサン、環状型ポリシロキサン化合物などがある。
【0023】
架橋剤としては、例えば不飽和結合をもつアセチレン、エチレン、プロピレン、ブタジエン、イソプレン、イソシアネートなどが用いられる。
【0024】
なお、シリコーンゲル以外に、粘弾性を有するウレタンゴムやブタジエンゴムなどを用いることも考えられる。
【0025】
本実施形態のEAMS10の製造方法について、図2のフローチャートに従って図3を参照しながら説明する。
【0026】
まず、シリコーンオイルに架橋剤と共に触媒を混合し、攪拌して混合溶液Msを調製する(図2のステップS1)。ここで、架橋剤としてはアセチレンを、シリコーンオイルとしては、ジメチルシリコーン(100cSt)を、触媒としては、液状の白金触媒を使用した。
【0027】
次いで、前記混合溶液Msを脱気し、調製時に混入した空気(酸素)を除いた後、該溶液Msを図3(A)に示す電極を兼ねることができる金属ベース40とその周囲に配されたフレーム42とからなる型44に注入・充填し、該型44内に充填された溶液Ms中に前記第2メッシュシート20Bを浸漬した後、更に溶液Msを脱気して混入した空気を除去する(ステップS2)。なお、第2メッシュシート20Bを複数枚とする時は、このステップS2を繰り返す。
【0028】
次いで、図3(B)に示すように、前記型44に金属板46で蓋をして100℃で60分加熱し、架橋反応を行ってゲル化させた後、形成されたシリコーンゲル30の表面に前記第1メッシュシート20Aを載置して重ねる(ステップS3)。
【0029】
その後、前記第1メッシュシート20Aの上からシリコーンゲル30に適度な圧力を掛けつつ、滲み出てくる未架橋等のオイル分を十分に除去するオイル抜きを行い(ステップS4)、図3(C)に示すように金属板46及びフレーム42を除外して本実施形態のEAMS10を形成する。
【0030】
図4には、以上のように形成したEAMS10の表面の顕微鏡写真を示す。この図には、前記メッシュシート20を図1(B)に示した状態から約45°回転させた状態に対応するEAMS10の表面が示されており、右上及び右下の各斜め方向にそれぞれ筋状に点在する間欠的な高輝度部分が、メッシュシート20を構成する縦方向及び横方向の各繊維22の交差部分22Aに対応し、同様に点在する球状の低輝度部分が目開き部(孔部)から上方に突出しているシリコーンゲル30に対応している。
【0031】
次に、本実施形態のEAMS10について行った電気粘着効果(EA効果)等の評価結果を説明する。
【0032】
具体的には、図5にイメージを示すように、前記図3(C)に示した金属ベース40をアルミニウム電極とし、EAMS10の最上部に位置する第1メッシュシート20Aの上に、対向電極としてガラス電極50を重ねた状態にし、該ガラス電極50の上方に配した顕微鏡60により観察した。
【0033】
この状態でEAMS10に電圧を印加しない場合と、電界強度2kV/mmで印加した場合の顕微鏡写真を、図6(A)と(B)にそれぞれ示す。
【0034】
この図から、電圧を印加しないと変化しないのに対して、電圧を印加するとガラス電極50との接触点に相当する点状の粘着領域52が観察され、EA効果を発現することが検証された。
【0035】
そこで、EAMS10の性能を評価するために、図7に示す測定装置70を使用し、EAMS10上に載置したガラス電極50の剪断力を、印加電圧を変えて測定した。
【0036】
この測定装置70は、前記アルミニウム電極40を、その上のEAMS10上に載置されたガラス電極50と共に支持固定する基部72と、モーター74によりベルト76を介して回転されるマイクロメーター78により前進駆動される、前記ガラス電極50の後端に当接するロードセル80と、該ロードセル80から出力される電気信号をアンプ82により増幅し、剪断力として記録する記録装置84とを有している。
【0037】
図8には、EAMS10の場合と、2層のメッシュシート20のみ(図中、No Gel)の場合とについて、それぞれ前記測定装置70により測定し、比較した結果を示す。これにより、EAMS10には、電界(電圧)を印加することにより保持力が増加することから、EA効果が認められる。一方、メッシュシート20を積層しただけのもの(No Gel)は、電界を印加しても保持力は発生しない。即ち、EAMS10が発現するEA効果は、単なる静電気力による保持ではないことが確認された。
【0038】
なお、このように、メッシュシート20が2層のEAMS10は十分なEA効果を発現するが、メッシュシート20が1層の場合には、2層の場合よりも低い効果しか認められなかった。
【0039】
この現象は、前記図1について説明したように、メッシュシート20は繊維22を格子状に交差させて形成されており、その交差部分22Aの大きさがERゲルに使用されるER粒子と同程度の大きさであることから、上下に配列された交差部分22AがER粒子と同様に機能していることが考えられる。
【0040】
そこで、メッシュシート20を3層にした場合について評価したところ、図9の結果が得られ、メッシュシート20の層を増やすことにより、電界に対する粘着力(剪断力)が上昇することが認められた。
【0041】
これは、メッシュシート間の引力が高まり、シリコーンゲル30を第1メッシュシート20Aの上に押し上げるゲルの押し出し効果が高まったために、電圧印加時のガラス電極50に対するゲル接触面積が広がったことによると推測される。
【0042】
以上より、メッシュシート20は2層以上とすることが有効であることが認められた。
【0043】
また、2層構造について、メッシュシート20の目開きの大きさが72μmのEAMS10についても同様に評価したところ、図10に示される結果が得られ、目開きが大きくなると粘着力が上昇することが認められた。
【0044】
また、これら2つのEAMS10について、電圧印加のオン/オフに伴うEA効果の発現の応答性を評価したところ、30μmの場合は応答性が高いのに対して、72μmの場合は応答性が低いことが確認された。この違いは、図11に両者のガラス電極50の近傍を拡大した断面図を模式的に示すように、同図(A)の30μmの場合は主たる粘着点52が繊維22の交差部分22Aの上にあるのに対し、同図(B)の72μmの場合はメッシュの間隔が大きくなったため、目開きが大きくなって接触面積が拡がったことにあると考えられる。
【0045】
以上説明したように、本実施形態においては、電磁気学に基いて開発した、微細網目構造薄膜であるメッシュシート20とシリコーンゲル30とからなる積層シート(EAMS)10は、ERゲルと同様に電気粘着効果を発現することを実験で確認した。従来のERゲルにおいて、電気粘着効果を示す表面積は高々30%であったのに対し、本実施形態の積層シート10の表面積は60%と非常に高いことを観察により確認することができた。
【0046】
更に、メッシュシート20の層数と目開きの大きさをそれぞれ変えることによって、性能を向上させることができた。
【0047】
特に、本実施形態のEAMS10によれば、目開きが30μmの場合にはEA効果による粘着力と共に、電圧印加のオン/オフに対する高い応答性が要求される用途に有効に利用することができ、72μmの場合には長時間に亘って高い粘着力が要求される用途に有効に利用することができる。
【0048】
また、メッシュシート20はポリエステルやポリオレフィン等から作ることができるため、非常に安価であり、しかも、ERゲルに比べてEAMS10の製造方法は簡単で且つ発生するEA効果も高かった。
【0049】
なお、本発明で用いる多孔シートはメッシュシートに限定されず、孔が不規則に空いた多孔シートや、不定型の孔が空いた多孔シートであってもよい。
【符号の説明】
【0050】
10…EAMS(電気粘着メッシュシート)
20…メッシュシート(多孔シート)
20A…第1メッシュシート
20B…第2メッシュシート
22…繊維
22A…交差部分
30…シリコーンゲル
30A…表面
40…金属ベース(電極)
42…フレーム
44…型
46…金属板
50…ガラス電極
60…顕微鏡

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも2層に積層した多孔シートに、粘弾性を有するシリコーンゲル、ウレタンゴム又はブタジエンゴムを組み合わせて形成したことを特徴とする電気粘着シート。
【請求項2】
前記多孔シートの1層は、前記シリコーンゲル、ウレタンゴム又はブタジエンゴムの表面位置に配設され、他層の多孔シートは該シリコーンゲル、ウレタンゴム又はブタジエンゴム中に配設されていることを特徴とする請求項1に記載の電気粘着シート。
【請求項3】
前記多孔シートが、表裏貫通する多数の孔が形成されたメッシュシートであることを特徴とする請求項1又は2に記載の電気粘着シート。
【請求項4】
前記メッシュシートが、有機高分子材料からなる繊維を縦横に交差させて形成した格子形状を有していることを特徴とする請求項1乃至3に記載の電気粘着シート。
【請求項5】
シリコーンオイル、ウレタン又はブタジエンに架橋剤と共に触媒を混合して混合溶液を調製する工程と、
前記混合溶液を型内に充填し、該型内の混合溶液に少なくとも1枚の多孔シートを浸漬する工程と、
前記多孔シートが浸漬された型内の混合溶液をゲル化し、粘弾性を有するシリコーンゲル、ウレタンゴム又はブタジエンゴムを形成する工程と、
形成されたシリコーンゲル、ウレタンゴム又はブタジエンゴムの表面に、1枚の多孔シートを載置して重ねる工程と、
重ねられた多孔シート上に圧力をかけ、余分なオイル分を除去する工程とを有することを特徴とする電気粘着シートの製造方法。

【図2】
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【図3】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図1】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−49820(P2013−49820A)
【公開日】平成25年3月14日(2013.3.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−189829(P2011−189829)
【出願日】平成23年8月31日(2011.8.31)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 発行者名 :公益社団法人精密工学会 刊行物名 :2011年度精密工学会春季大会 学術講演会 講演論文集 発行年月日:平成23年3月1日
【出願人】(899000079)学校法人慶應義塾 (742)
【Fターム(参考)】