説明

電気絶縁油及びその製造方法

【課題】良好な酸化安定性を保持し、かつ低い帯電度を長期間維持するといった優れた電気特性を兼ね備えた実用性能に秀でた有用な電気絶縁油を提供する。
【解決手段】%CPが55以上、%CAが3〜10、%CNが25〜35であって、含有硫黄分濃度が質量10ppm以下、引火点が130℃以上、40℃における動粘度が3〜10mm2/sである電気絶縁油、及び(A)%CPが60以上、%CAが3以下、%CNが30〜40であって、含有硫黄分濃度が10質量ppm以下、引火点が130℃以上、40℃における動粘度が5〜10mm2/sの潤滑油基材と(B)%CPが50以上、%CAが20以上、%CNが10以上であって、含有硫黄分濃度が10質量ppm以下、引火点が130℃以上、40℃における動粘度が2〜10mm2/sのアルキルベンゼンを、(A)/(B)の質量比として、90/10〜60/40で配合する前記電気絶縁油の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸化安定性が良好で、特には使用中における帯電度の上昇を抑制した実用性能に優れた電気絶縁油及びその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
市販の電気絶縁油としては、主には精製鉱油、アルキルベンゼン、ポリブテン、アルキルナフタレン、アルキルジフェニルアルカン、シリコーン油及び精製鉱油とアルキルベンゼンの混合油からなるものが用いられている(JIS C2320参照)。この電気絶縁油は、トランス、高圧ケーブル、高圧遮断器、コンデンサ等の高圧電気機器に充填されて使用される。これらの機器のうちトランスなどは、コイル等で発生する熱を逃がすために強制的に又は自然対流によって電気絶縁油が循環され冷却されるように設計されているが、電気絶縁油の循環量が増加するにつれて電荷の分離が発生し、放電によって絶縁破壊に至ることが、すなわち短絡して壊れてしまうことがある。
そこで電気絶縁油における帯電度の問題が重視されている。特に長期間使用すると酸化安定度の低い絶縁油は劣化されて帯電度が上昇することが知られている。さらに、経済的な面から大容量送電を行うために、50万ボルト乃至300万ボルトの超高圧送電技術が実用されるに伴って、高圧電気機器は高圧化、大容量化(大型化)が図られてきた。超高圧トランスなど高圧電気機器の高圧化、大容量化は上記の問題をさらに助長している。
【0003】
また、電気絶縁油に含まれる適度な硫黄分は、適量の芳香族分と共存して酸化防止性能を与えるが、トランスに使用される銅への影響は皆無とは言えない。また、芳香族分の少ない油は酸化防止剤を添加した場合の効果が大きいが、電気絶縁油中に芳香族分が存在しなくなると、水素ガス吸収性が著しく悪化し、電気機器のトラブルの原因となり得る。
【0004】
本出願人は、先にレジン含有量が100重量ppm以下である精製鉱油を用い、好ましくは更に該鉱油のスルフィド型硫黄分が50〜1000重量ppm、全窒素分が1重量ppm以下である電気絶縁油を提案した(特許文献1)。しかしながら、この電気絶縁油は、帯電度を低く保つという面では優れているものの、酸化安定性の面ではスラッジの生成等の面で必ずしも十分満足できるものではなかった。
また、非環状パラフィン類及びモノシクロパラフィン類を90質量%以上含む精製鉱油に、フェノール系酸化防止剤を配合する電気絶縁油も提案されている(特許文献2)。しかし、この電気絶縁油も、%CA及び%CNが少ないため、長期間の使用における酸化安定性の保持と低い帯電度を維持する点では十分なものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特許第3679272号公報
【特許文献2】特開2009−4159号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、良好な酸化安定性を保持し、かつ低い帯電度を長期間維持するといった優れた電気特性を兼ね備えた実用性能に秀でた有用な電気絶縁油を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記の課題を解決するために鋭意研究を行った結果、特定の炭化水素タイプの構成からなるサルファーフリーの電気絶縁油が、良好な酸化安定性を保持しながら、低い帯電度を長期間維持するといった優れた電気特性を有し、また特定の潤滑油基材とアルキルベンゼンを配合することにより、このような電気絶縁油を製造できることを見いだし、本発明に至った。
すなわち、上記課題を解決する本発明は、次のとおりである。
(1)%CPが55以上、%CAが3〜10、%CNが25〜35であって、含有硫黄分濃度が質量10ppm以下、引火点が130℃以上、40℃における動粘度が3〜10mm2/sである電気絶縁油。
(2)(A)%CPが60以上、%CAが3以下、%CNが30〜40であって、含有硫黄分濃度が10質量ppm以下、引火点が130℃以上、40℃における動粘度が5〜10mm2/sの潤滑油基材と(B)%CPが50以上、%CAが20以上、%CNが10以上であって、含有硫黄分濃度が10質量ppm以下、引火点が130℃以上、40℃における動粘度が2〜10mm2/sのアルキルベンゼンを、(A)/(B)の質量比として、90/10〜60/40で配合する上記(1)に記載の電気絶縁油の製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明の電気絶縁油は、酸化防止剤を添加せずとも酸化安定性が良好であり、また低い帯電度を長期間維持するといった優れた電気特性を兼ね備え、しかも硫黄分を殆ど含まないため銅に対する腐食性が皆無であり、実用性能に秀でている。そのため、本発明の電気絶縁油は、特に流動帯電現象が問題となり得る大型変圧器に用いる電気絶縁油として、好適に使用することができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
本発明の電気絶縁油は、炭化水素タイプの構成比率が、%CP55以上、%CA3〜10、%CN25〜35で、かつサルファーフリーであるがゆえに、酸化防止剤を添加せずとも酸化安定性が良好であり、また、低い帯電度を長期間維持でき、しかも銅に対する腐食性が皆無であるといった優れた電気特性を兼ね備え実用性能に秀でている。
このパラフィン、芳香族、ナフテンの構成炭素原子の比率を示す%CP、%CA、%CNは、ASTM D3238に規定されるn‐d‐M環分析法で測定されるものである。
【0010】
%CAは、芳香族炭素原子の構成比率であるが、芳香族分は水素ガス吸収性に寄与し、芳香族分が非常に少ない場合は水素ガス吸収性が著しく悪化し、電気機器のトラブルの原因となり得る。また、芳香族分は適量が存在すると共存する硫黄分との相互作用により、酸化安定性を発揮することが知られているが、芳香族分が多すぎる場合は酸化安定性の問題が起こりうる。したがって、%CAは3〜10、好ましくは4〜8である。
【0011】
%CNはナフテン炭素原子の構成比率であるが、ナフテン分は低温流動性に寄与し、ナフテン分が非常に少ない場合は低温で油が凝固しやすくなり、電気機器内部を流動して冷却するという電気絶縁油の役目を果たすことができなくなる。また、ナフテン分はパラフィン分に比べて引火点が低いというデメリットもあり、ナフテン分が非常に多い場合は安全性の面で課題がある。したがって、%CNは25〜35、好ましくは28〜35である。
【0012】
%CPはパラフィン炭素原子の構成比率であるが、パラフィン分はナフテン分に比べて引火点が高く、密度が低い。電気絶縁油の引火点は安全性の面で高い方が望ましく、また、密度が高すぎる場合には、トランス内に混入した水分が凍結しそれが浮上することにより絶縁の破壊が生じる危惧がある。したがって、%CPは55以上、好ましくは、60〜72である。
【0013】
本発明の電気絶縁油は、サルファーフリー、すなわち、含有硫黄分濃度が電気絶縁油の全量基準で、10質量ppm以下、好ましくは5質量ppm以下、特に好ましくは1質量ppm以下である。硫黄分が10質量ppmを上回ると、トランス等のコイル等銅部材の腐食を引き起こす恐れがあり、また、硫黄の酸化劣化成分が原因となって高帯電度となる恐れがある。
また、引火点(PM)が130℃以上であり、好ましくは135℃以上、より好ましくは140℃以上である。引火点が130℃を下回る場合は、電気絶縁油の保管中あるいは使用中の安全面、防災面の観点から好ましくない。
【0014】
本発明の電気絶縁油は、さらに、40℃における動粘度が3〜10mm2/sのものであるが、好ましくは4〜9mm2/sである。40℃における動粘度が10mm2/sを上回る場合には、流動性が悪化し、トランス等の冷却特性に問題が生じる場合があり、一方、3mm2/sを下回る場合には、引火点の低下を招く恐れがある。
【0015】
本発明の電気絶縁油は、%CPが60以上、%CAが3以下、%CNが30〜40であり、かつ含有硫黄分濃度が、潤滑油基材の全量基準で、10質量ppm以下、引火点が130℃以上、40℃動粘度が5〜10mm2/sの潤滑油基材と%CPが50以上、%CAが20以上、%CNが10以上であり、含有硫黄分濃度がアルキルベンゼン全量基準で10ppm以下、引火点が130℃以上、40℃動粘度が2〜10mm2/sのアルキルベンゼンを配合することにより、簡便に製造できる。
【0016】
上記潤滑油基材の%CPは62以上、70以下が、%CAは3以下が、%CNは30以上、38以下が、それぞれ好ましく、また含有硫黄分濃度は、潤滑油基材の全量基準で5ppm以下、引火点は135℃以上、40℃における動粘度は6〜9mm2/sが、それぞれ好ましい。
このような潤滑油基材としては、パラフィン類及びナフテン類を主成分とする精製鉱油であり、例えば、パラフィン基系原油、ナフテン基系原油、或いは混合基系原油を常圧蒸留するか、あるいは常圧蒸留の残渣油を減圧蒸留して得られた留出油および/またはワックスを含む留出油(常圧換算で250〜500℃)を水素化改質、水素化精製、溶剤精製、水素化脱蝋、溶剤脱蝋等の各公知の精製プロセスを適宜組み合わせて製造したものを適宜混合することにより所定の精製鉱油を得ることができる。
特には、市販の流動パラフィンを用いることが、簡便で好ましい。
【0017】
一方、上記アルキルベンゼンの%CPは50以上が、%CAが22以上が、%CNは15以上が、それぞれ好ましく、また含有硫黄分濃度は、アルキルベンゼン全量基準で、5ppm以下が、引火点は135℃以上が、40℃における動粘度は3〜9mm2/sが、それぞれ好ましい。
【0018】
このようなアルキルベンゼンは、一般には、ベンゼンとアルケンとのフリーデル‐クラフツ反応により得ることができ、具体的には炭素数9〜36の直鎖又は分岐のアルキル基で置換されたアルキルベンゼンで、上記特定範囲のものを選定して用いるとよい。
【0019】
上記(A)潤滑油基材と(B)アルキルベンゼンは、質量比で、(A)/(B)が90/10〜60/40、好ましくは90/10〜70/30、より好ましくは90/10〜80/20の割合で配合する。(A)/(B)が90/10を上回ると、電気絶縁油の%CAを3以上のものを調製することが難しくなり、また60/40を下回ると%CPが55以上のものを調製することが難しくなる。
【0020】
本発明の電気絶縁油は、本発明の目的が損なわれない範囲で、従来から電気絶縁油に用いられているトリアゾール化合物を1種類以上適宜添加することができる。
上記トリアゾール化合物としては、ベンゾトリアゾール及びベンゾトリアゾール誘導体を用いることができ、ベンゾトリアゾール誘導体を用いることが好ましく、下記一般式(1)で表わされる化合物を用いることが更に好ましい。
【0021】
【化1】

【0022】
なお、上記式(1)中、R1は、水素原子又はメチル基を示し、R2は、水素原子、或いは窒素原子及び/又は酸素原子を含有する炭素数0〜20の基を示し、窒素原子を含有する炭素数5〜20の基であることが好ましい。
【0023】
上記トリアゾール化合物として、具体的には、2‐(2'‐ヒドロキシ‐5'‐メチルフェニル)‐ベンゾトリアゾール、2‐[2'‐ヒドロキシ-3',5'‐ビス(α,α'‐ジメチルベンジル)フェニル]‐ベンゾトリアゾール、2‐(2'‐ヒドロキシ‐3',5'‐ジ‐t‐ブチルフェニル)‐ベンゾトリアゾール、1‐[N,N‐ビス(2‐エチルヘキシル)アミノメチル]‐ベンゾトリアゾール、N‐ビス(2‐エチルヘキシル)‐アミノメチル‐トリルトリアゾール等が挙げられる。これらトリアゾール化合物は、単独で用いてもよいし、二種以上を組み合わせて用いてもよい。
【実施例】
【0024】
以下に、実施例を挙げて本発明を更に詳しく説明するが、本発明は下記の実施例に何ら限定されるものではない。
潤滑油基材(A)として、表1の比較例1に示した性状を有する市販の食品添加グレードの流動パラフィン(%CP;62.2、%CA;0.0、%CN;37.8、硫黄分;1質量ppm未満)を、またアルキルベンゼン(B)として、表1の比較例3に示した性状を有する市販のアルキルベンゼン(%CP;52.2、%CA;24.1、%CN;23.7、硫黄分;1質量ppm未満)を用い、表1に示した割合(質量比)で配合した。また、比較例4として、JIS7種4号油(鉱油とアルキルベンゼンの混合油からなる従来市販油)を用いた。
各組成物の特性の測定結果を表1に示す。
【0025】
【表1】

【0026】
なお、表1に示す各物性は、次に示す試験方法に準じて測定した。
・密度(15℃):JIS K2249
・動粘度:JIS K2283
・流動点:JIS K2269
・引火点(PM:ペンスキーマルテンス密閉式):JIS K2265
・硫黄分:JIS K 541(紫外蛍光法)
・環分析(%CA、%CN、%CP):ASTM D3238
・酸化安定度:JIS C2101
・水素ガス吸収:ASTM D2300
・腐食性硫黄:ASTM D1275‐06(Method B:150℃、48時間)
【0027】
・加速劣化試験:加速劣化は、空気雰囲気下において、供試油900mLを触媒の銅線(直径1mm、長さ12.84m)とともに120℃で168時間保持する方法にて行った。帯電度は、ミニスタティックテスタ(IEEE Transaction on Power Apparatus and Systems, PAS-103, 1923(1984))により測定した。
【0028】
表1に結果から明らかなように、%CP、%CN、%CAのいずれもが好適な範囲にある実施例1及び2の電気絶縁油は、酸化安定度や使用中の帯電度の上昇の抑制の指標となる加速劣化試験後の性状が優れている。一方、アルキルベンゼンを含まないので、%CAが0.0と低い比較例1の電気絶縁油は、芳香族成分が寄与する水素ガス吸収性が+41μL/minと著しく高く、ASTM D3487の+30μL/min以下の規定を満足できず、また酸化安定度試験の全酸価あるいは加速劣化試験後の全酸価も高く、酸化安定性に難があることがわかる。さらに、%CAがそれぞれ19.7、24.1と高い比較例2および比較例3の電気絶縁油は、酸化安定度試験においてスラッジは十分に低いものの全酸価がそれほど低くない。比較例4の電気絶縁油は、鉱油とアルキルベンゼンの混合油であり、アルキルベンゼンのみならず鉱油にも芳香族成分が含まれているため、%CAが19.1と高くなっている。また、比較例4の電気絶縁油は鉱油由来の硫黄分が多く含まれており、この硫黄分が酸化安定性に寄与し、酸化安定度試験は良好であったものの、加速劣化試験後の帯電度については悪影響をおよぼしたため240pC/mLと高い値となり、過酷な条件で長期使用される場合は不具合がでる。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明の電気絶縁油は、酸化防止剤を添加せずとも酸化安定性が良好であり、また低い帯電度を長期間維持するといった優れた電気特性を兼ね備え、さらに硫黄分を殆ど含まないため銅に対する腐食性が皆無であるなど、実用性能に秀でているため、特に流動帯電現象が問題となり得る大型変圧器に用いる電気絶縁油として、好適に使用することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
%CPが55以上、%CAが3〜10、%CNが25〜35であって、含有硫黄分濃度が質量10ppm以下、引火点が130℃以上、40℃における動粘度が3〜10mm2/sであることを特徴とする電気絶縁油。
【請求項2】
(A)%CPが60以上、%CAが3以下、%CNが30〜40であって、含有硫黄分濃度が10質量ppm以下、引火点が130℃以上、40℃における動粘度が5〜10mm2/sの潤滑油基材と(B)%CPが50以上、%CAが20以上、%CNが10以上であって、含有硫黄分濃度が10質量ppm以下、引火点が130℃以上、40℃における動粘度が2〜10mm2/sのアルキルベンゼンを、(A)/(B)の質量比として、90/10〜60/40で配合することを特徴とする請求項1に記載の電気絶縁油の製造方法。

【公開番号】特開2011−204498(P2011−204498A)
【公開日】平成23年10月13日(2011.10.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−71239(P2010−71239)
【出願日】平成22年3月26日(2010.3.26)
【出願人】(000004444)JX日鉱日石エネルギー株式会社 (1,898)
【Fターム(参考)】