電波吸収材料用の磁性結晶および電波吸収体
【課題】25〜160GHzの周波数域で電波吸収量のピークをもつ電波吸収体に適した、新規な構造の磁性結晶を提供する。
【解決手段】ε−Fe2O3結晶と空間群が同じであり、ε−Fe2O3結晶のFeサイトの一部がMで置換されたε−MxFe2-xO3、ただし0<x<1、の構造を有する、電波吸収材料用の磁性結晶。ここで、Mは、前記置換によりε−Fe2O3結晶の保磁力Hcを低下させる作用を有する3価の元素からなる。具体的なM元素として、Al、およびGaが挙げられる。これらの置換元素Mを添加した「M置換ε−Fe2O3結晶」を磁性相にもつ粒子の充填構造を有する電波吸収体は、M元素の置換量によって電波吸収ピークの周波数がコントロール可能であり、例えば車載レーダーに利用される76GHz帯域に適応する電波吸収体が得られる。
【解決手段】ε−Fe2O3結晶と空間群が同じであり、ε−Fe2O3結晶のFeサイトの一部がMで置換されたε−MxFe2-xO3、ただし0<x<1、の構造を有する、電波吸収材料用の磁性結晶。ここで、Mは、前記置換によりε−Fe2O3結晶の保磁力Hcを低下させる作用を有する3価の元素からなる。具体的なM元素として、Al、およびGaが挙げられる。これらの置換元素Mを添加した「M置換ε−Fe2O3結晶」を磁性相にもつ粒子の充填構造を有する電波吸収体は、M元素の置換量によって電波吸収ピークの周波数がコントロール可能であり、例えば車載レーダーに利用される76GHz帯域に適応する電波吸収体が得られる。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ε−Fe2O3系の鉄酸化物からなる磁性結晶であって、25GHz以上の高周波帯域で使用される電波吸収材として適した磁性結晶、並びにそれを用いた電波吸収材料および電波吸収体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、情報通信技術の高度化に伴い、さまざまな帯域の電波が身近な用途で使用されるようになってきた。例えば、携帯電話、無線LAN、衛星放送、高度道路交通システム、ノンストップ自動料金徴収システム(ETC)、自動車走行支援道路システム(AHS)などが挙げられる。このように高周波域での電波利用形態が多様化すると、電子部品同士の干渉による故障、誤動作、機能不全の発生などが懸念され、その対策が重要となってくる。その対策の1つとして、電波吸収体を用いて不要な電波を吸収し、電波の反射および侵入を防ぐ方法が有効である。
【0003】
特に昨今では、電波を用いた取り組みの一つとして自動車の運転支援システムの研究が盛んになり、76GHz帯域のミリ波を利用して車間距離等の情報を検知する車載レーダーの開発が進められ、特にこの帯域で優れた電波吸収能を有する素材の開発が待たれている。今後は100GHz帯域、あるいはさらに高い周波数帯域での電波利用が考えられる。これを実現するには、そのような高周波域で電波吸収性能を発現する素材の開発が必須である。
【0004】
従来、電波吸収性能を有するものとしては、六方晶フェライト粒子などがよく利用されてきた。たとえば、特許文献1にはBaFe(12-x)AlxO19、x=0.6のマグネトプランバイト型六方晶フェライトを用いた電波吸収体において、53GHz付近で吸収ピークをもつものが示されている。また同文献には、BaFe(12-x)AlxO19系のマグネトプランバイト型六方晶フェライトを使用すると強磁性共鳴周波数を50〜100GHz程度にすることができると記載されている。しかし、50〜100GHzで優れた電波吸収性能を呈する電波吸収体を実現した例は示されておらず、高周波側から低周波側にかけ任意の周波数で吸収ピークを持つ材料としては提供されていない。
【0005】
特許文献2には炭化ケイ素粉末をマトリクス樹脂中に分散させた電波吸収体において、76GHz付近で吸収ピークをもつものが示されている。しかし、炭化ケイ素粉末は炭化ケイ素繊維に比べると安価ではあるが、電波吸収体用の素材としては高価である。また、導電性を有するため電子機器内部(回路付近)において接して使用する時などは、絶縁処置を施す必要がある。
【0006】
特許文献3には、比表面積が0.05m2/g以上の海綿状鉄粉を分散混合してなる電波吸収体シートが記載されており、実施例として42〜80GHzの範囲に電波吸収ピークを持つものが例示されている。しかし、吸収ピークの位置はシート厚さに敏感に依存して変動し、上記の周波数帯域で吸収ピークの位置を所定の周波数に合わせるには、シート厚さを0.2〜0.5mmの狭い範囲で精密に設定する必要がある。鉄粉を使用するため耐食性(耐酸化性)を確保するための工夫も必要である。また、80GHzを超えるような領域に吸収ピークを持つものは実現されていない。
【0007】
一方、酸化鉄系磁性材料の研究においては、最近、20kOe(1.59×106A/m)という巨大な保磁力Hcを示すε−Fe2O3の存在が確認されている。Fe2O3の組成を有しながら結晶構造が異なる多形(polymorphism)には最も普遍的なものとしてα−Fe2O3およびγ−Fe2O3があるが、ε−Fe2O3もその一つである。このε−Fe2O3の結晶構造と磁気的性質が明らかにされたのは、非特許文献1〜3に見られるように、ε−Fe2O3結晶をほぼ単相の状態で合成できるようになったごく最近のことである。このε−Fe2O3は巨大な保磁力Hcを示すことから、高記録密度の磁気記録媒体への適用が期待されている。
【0008】
磁性体の電波吸収特性は、その磁性体が持つ保磁力Hcと関連があり、一般に保磁力Hcに比例して磁気共鳴周波数が高くなることから、保磁力Hcが増大すれば電波吸収ピークの周波数が高くなる傾向を示すとされる(非特許文献4)。本発明者らの検討によって、ε−Fe2O3は高い保磁力を有することが確認されているが、ε−Fe2O3の電波吸収能力に関する知見や性状に関しては未だ報告がない。
【0009】
【特許文献1】特開平11−354972号公報
【特許文献2】特開2005−57093号公報
【特許文献3】特開2004−179385号公報
【非特許文献1】Jian Jin,Shinichi Ohkoshi and Kazuhito Hashimoto,ADVANCED MATERIALS 2004,16,No.1、January 5,p.48-51
【非特許文献2】Jian Jin,Kazuhito Hashimoto and Shinichi Ohkoshi,JOURNAL OF MATERIALS CHIMISTRY 2005,15,p.1067-1071
【非特許文献3】Shunsuke Sakurai,Jian Jin,Kazuhito Hashimoto and Shinichi Ohkoshi,JOURNAL OF THE PHYSICAL SOCIETY OF JAPAN,Vol.74,No.7,July,2005、p.1946-1949
【非特許文献4】金子秀夫、本間基文著、「磁性材料」、丸善、1977年、p.123
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述のように、車載レーダーに利用される76GHz帯域を含む広い周波数領域において、所望の周波数で優れた電波吸収性能を発揮するような安価な素材を使用した電波吸収体を構築することは必ずしも容易ではない。
本発明は、上記のような広い周波数領域における所望の周波数で優れた電波吸収性能を発揮しうる新たな酸化鉄系磁性結晶を提供すること、およびそれを用いた電波吸収体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者らは詳細な検討の結果、ε−Fe2O3結晶のFeサイトの一部を、3価の金属元素で置換した磁性結晶において、上記目的が達成し得ることが明らかになった。
【0012】
すなわち本発明では、ε−Fe2O3結晶と空間群が同じであり、ε−Fe2O3結晶のFeサイトの一部がMで置換されたε−MxFe2-xO3、ただし0<x<1、の構造を有する、電波吸収材料用の磁性結晶が提供される。以下、ε−Fe2O3結晶のFeサイトの一部がMで置換されたε−MxFe2-xO3を「M置換ε−Fe2O3」と呼ぶことがある。
【0013】
ここで、Mとして、ε−Fe2O3結晶(すなわち、Feサイトが置換元素で置換されていないε−Fe2O3)からなる磁性酸化物の保磁力Hcを、前記置換によって低下させる作用を有する1種または2種以上の3価の元素を利用することができる。具体的には、Mとしては例えばAl、Ga、Inなどが挙げられる。MがAlである場合、ε−MxFe2-xO3で表される組成において、xは例えば0.2〜0.8の範囲とすることができる。MがGaである場合も、xは例えば0.1〜0.8の範囲とすることができる。MがInである場合は、xは例えば0.01〜0.3の範囲とすることができる。
【0014】
このようなM置換ε−Fe2O3磁性結晶は、例えば後述の、逆ミセル法とゾル−ゲル法を組み合わせた工程および焼成工程によって合成することができる。本出願人らが特願2007−7518号に開示した直接合成法とゾル−ゲル法を組み合わせた工程および焼成工程によって合成することもできる。このようにして合成される当該磁性結晶を磁性相にもつ粒子は、TEM(透過型電子顕微鏡)写真から計測される平均粒子径が5〜200nmの範囲にある。また、粒子の変動係数(粒子径の標準偏差/平均粒子径)が80%未満の範囲にあり、比較的微細で粒子径の整った粒子群となっている。本発明では、このような磁性粒子(すなわち上記のM置換ε−Fe2O3結晶を磁性相にもつ粒子)の粉体からなる電波吸収材料が提供される。ここでいう「磁性相」は当該粉体の磁性を担う部分である。「M置換ε−Fe2O3結晶を磁性相にもつ」とは、磁性相がM置換ε−Fe2O3結晶からなることを意味し、その磁性相に製造上不可避的な不純物磁性結晶が混在する場合を含む。
【0015】
本発明の電波吸収材料には、磁性相を構成する結晶、または非磁性結晶として、ε−Fe2O3結晶と空間群を異にする鉄酸化物の不純物結晶(具体的にはα−Fe2O3、γ−Fe2O3、FeO、Fe3O4およびこれらのFeの一部が他の元素で置換された結晶)が混在することがある。しかし、本発明の電波吸収材料は、上記「M置換ε−Fe2O3磁性結晶」を主相とするものである。すなわち、当該電波吸収材料を構成する鉄酸化物結晶の中で「M置換ε−Fe2O3磁性結晶」の割合が、化合物としてのモル比で50モル%以上であるものが対象となる。結晶の存在比は、X線回折パターンに基づくリードベルト法による解析で求めることができる。磁性相の周囲にはゾル−ゲル過程で形成されたシリカ(SiO2)等の非磁性化合物が付着していることがある。
【0016】
また、本発明では、上記M置換ε−Fe2O3結晶を磁性相にもつ粒子の充填構造を有する電波吸収体が提供される。特に、横軸に周波数、縦軸に電波吸収量をとったグラフにおいて、25〜160GHz帯域に電波吸収量のピークを有するものが提供される。Mの置換量を調整することなどによって、電波吸収量のピーク位置を76GHz±10GHz帯域にコントロールすることが可能であり、この場合、車載レーダー用途に適した電波吸収体を構築することができる。また特に40〜160GHz帯域に電波吸収量のピークを有するものとして、ε−MxFe2-xO3におけるMがGaであり、xが0.1〜0.65である磁性結晶を磁性相にもつ粒子の充填構造を有する電波吸収体、あるいはMがAlであり、xが0.2〜0.8である磁性結晶を磁性相にもつ粒子の充填構造を有する電波吸収体が提供される。このような粒子の充填構造を維持するためには、個々の粒子が非磁性高分子化合物をバインダーとして固着された充填構造を形成させることが有利である。
【発明の効果】
【0017】
本発明の磁性結晶によれば、車載レーダーに利用される76GHz帯域を含む幅広い周波数領域の任意の位置に電波吸収量のピークを有する電波吸収体を簡便に構成することができる。この磁性結晶では、M元素の置換量によって電波吸収量のピーク位置をコントロールすることが可能であり、110GHzを超える高周波領域においても、電波吸収量のピークを実現することが可能であることが確かめられた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
非特許文献1〜3に記載されるように、逆ミセル法とゾル−ゲル法を組み合わせた工程と、熱処理(焼成)工程によれば、ε−Fe2O3ナノ微粒子を得ることができる。逆ミセル法では、界面活性剤を含んだ2種類のミセル溶液、すなわちミセル溶液I(原料ミセル)とミセル溶液II(中和剤ミセル)を混合することによって、ミセル内で水酸化鉄の沈殿反応を進行させる。次に、ゾル−ゲル法によって、ミセル内で生成した水酸化鉄微粒子の表面にシリカコートを施す。シリカコート層をもつ水酸化鉄微粒子は、液から分離されたあと、所定の温度(700〜1300℃の範囲内)で大気雰囲気下での熱処理に供される。この熱処理によりε−Fe2O3結晶の微粒子が得られる。
【0019】
より具体的には、例えば以下のようにする。
n−オクタンを油相とするミセル溶液Iの水相には、鉄源としての硝酸鉄(III)、鉄の一部を置換させるM元素源としてのM硝酸塩(Alの場合、硝酸アルミニウム(III)9水和物、Gaの場合、硝酸ガリウム(III)n水和物、Inの場合、硝酸インジウム(III)3水和物)、および界面活性剤(例えば臭化セチルトリメチルアンモニウム)を溶かし、同じくn−オクタンを油相とするミセル溶液IIの水相にはアンモニア水溶液を用いる。その際、ミセル溶液Iの水相に適量のアルカリ土類金属(Ba、Sr、Caなど)の硝酸塩を溶解させておくことができる。この硝酸塩は形状制御剤として機能する。すなわち、アルカリ土類金属が液中に存在すると最終的にロッド形状のM置換ε−Fe2O3結晶の粒子を得ることができる。形状制御剤がない場合は、球状に近いM置換ε−Fe2O3結晶の粒子を得ることができる。
【0020】
両ミセル溶液IとIIを混合した後、ゾル−ゲル法を適用する。すなわち、シラン(例えばテトラエチルオルトシラン)を合体液に滴下しながら撹拌を続け、ミセル内でM元素を含有する水酸化鉄の生成反応を進行させる。これにより、ミセル内で生成した微細な水酸化鉄沈殿の粒子表面にはシランの加水分解によって生成するシリカがコーティングされる。次いで、シリカコーティングされたM元素含有水酸化鉄粒子を液から分離・洗浄・乾燥して得た粒子粉体を炉内に装入し、空気中で700〜1300℃、好ましくは900〜1200℃、さらに好ましくは950〜1150℃の温度範囲で熱処理(焼成)する。この熱処理によりシリカコーティング内で酸化反応が進行して、微細なM元素含有水酸化鉄粒子は微細なM置換ε−Fe2O3粒子に変化する。この酸化反応の際に、シリカコートの存在がα−Fe2O3やγ−Fe2O3の結晶ではなく、ε−Fe2O3と空間群が同じであるM置換ε−Fe2O3結晶の生成に寄与すると共に、粒子同士の焼結を防止する作用を果たす。また、適量のアルカリ土類金属が共存していると、粒子形状がロッド状に成長しやすくなる。
【0021】
また、より経済的なM置換ε−Fe2O3結晶の製法として、本出願人らが特願2007−7518号明細書に開示した方法が利用できる。これを簡潔に説明すれば、初めに3価の鉄塩と置換元素(Ga、Alなど)の塩が溶解している水溶媒に、撹拌状態でアンモニア水などの中和剤を添加することで、鉄の水酸化物(一部が別元素で置換されていることもある)からなる前駆体を形成する。その後にゾル−ゲル法を適用し、前駆体粒子表面にシリカの被覆層を形成させる。このシリカ被覆粒子を液から分離した後に、所定の温度で熱処理(焼成)を行うと、M置換ε−Fe2O3結晶の微粒子が得られる。
【0022】
Fe2O3の組成を有しながら結晶構造が異なる多形(polymorphism)には最も普遍的なものとしてα−Fe2O3およびγ−Fe2O3があり、その他の鉄酸化物としてはFeOやFe3O4が挙げられる。上記のようなM置換ε−Fe2O3の合成において、このようなε−Fe2O3結晶と空間群を異にする鉄酸化物結晶(不純物結晶)が混在する場合がある。このような不純物結晶の混在は、M置換ε−Fe2O3結晶の特性をできるだけ高く引き出す上で好ましいとは言えないが、本発明の効果を阻害しない範囲で許容される。
【0023】
発明者らの詳細な検討によれば、置換量に応じて、M置換ε−Fe2O3結晶の保磁力Hcをコントロールしやすい3価のM元素として、Ga、AlおよびInを挙げることができる。発明者らはこれらの元素を置換元素Mとして、種々の置換量でM置換ε−Fe2O3結晶を合成し、磁気特性を調査した。置換後の結晶をε−MxFe2-xO3と表記するときのxの値(すなわちMによる置換量)と、保磁力Hcの測定値を表3に例示する。これら各組成のM置換ε−MxFe2-xO3結晶は後述の実施例に示す手順に準じて作成したものである。置換元素MとしてGa、Al、Inなどを選択すると、M置換ε−MxFe2-xO3結晶は、Mによる置換量が増大するに伴い保磁力Hcが低下していく挙動を示す。
【0024】
そして、この保磁力Hcの低下に伴い、電波吸収量のピークも低周波数側にシフトする(後述の図6参照)。つまり、M元素の置換量により電波吸収量のピーク周波数をコントロールすることができる。例えば、置換元素を含有しないε−Fe2O3磁性結晶からなる磁性相を有する粒子を充填した電波吸収体(例えば厚さ2〜10mm)では、その磁性結晶の巨大な保磁力Hcによって、測定可能周波数領域では電波吸収量のピークが見られない(おそらく更に高い周波数域に電波吸収量のピークが存在すると考えられる)のに対し、Feの一部を適量のM元素で置換して保磁力Hcを低下させたM置換ε−Fe2O3磁性結晶からなる磁性相を有する粒子を充填した電波吸収体では、140GHz以下の領域で電波吸収量のピークが実際に観測された。なお、一般的に用いられている磁性酸化物の場合、電波吸収ピークの周波数から遠ざかると電波吸収量はほとんどゼロになる。これに対し、ε−Fe2O3結晶やM置換ε−Fe2O3結晶からなる磁性酸化物の場合は、電波吸収ピークの周波数を外れても、広い周波数領域で連続して電波吸収現象が起こるという特異な電波吸収挙動を呈する。
【0025】
本発明で提供される電波吸収材料の典型的な形態は、上記のような工程で得られた「磁性粉体」である。この粉体は前述のM置換ε−Fe2O3磁性結晶を磁性相にもつ粒子で構成される。その粒子の粒子径は、例えば上記工程において熱処理(焼成)温度を調整することによりコントロール可能である。電波吸収材料としての用途では、磁性粉体の粒子径が大きいほど吸収性能の向上が期待できるが、あまり大きなε−Fe2O3粒子を合成することは現時点において困難である。発明者らの検討によれば、前記の逆ミセル法とゾル−ゲル法を組み合わせた手法や、特願2007−7518号に開示した直接合成法とゾル−ゲル法を組み合わせた手法によって、TEM(透過型電子顕微鏡)写真から計測される平均粒子径(後述の「TEM平均粒子径」)で5〜200nmの範囲の粒子を合成することが可能である。このような微粒子であっても後述実施例で示すように、電波吸収量が20dBを超える実用的な電波吸収体を構築することができる。個々の粒子の粒子径が10nm以上である粉体がより好ましく、30nm以上であることが一層好ましい。分級操作により、粒子径の大きいε−Fe2O3粒子だけを抽出する技術も研究されている。
【0026】
TEM写真からの粒子径の計測は、60万倍に拡大したTEM写真画像から各粒子の最も大きな径(ロッド状のものでは長軸径)を測定することにより求めることができる。独立した粒子300個について求めた粒子径の平均値を、その粉末の平均粒子径とする。これを「TEM平均粒子径」と呼ぶ。
【0027】
本発明の電波吸収材料は、磁性相が一般式ε−MxFe2-xO3、0<x<1、で表される組成の単相からなるものであることが理想的であるが、上述のように、粉体中にはこれと異なる結晶構造の不純物結晶(α−Fe2O3等)が混在することがあり、その混在は本発明の効果を阻害しない範囲で許容される。粉体にはこれ以外にも製造上混入が避けられない不純物や、必要に応じて添加される元素が含まれることがある。また、粉体を構成する粒子には非磁性化合物等が付着していることがある。これらの化合物の混在も、本発明の効果を阻害しない範囲で許容される。
【0028】
例えば、逆ミセル法とゾル−ゲル法を組み合わせた工程を実施する際に、ミセル内に適量のアルカリ土類金属イオンを共存させておくと最終的にロッド形状の結晶が得られやすくなる(前述)。形状制御剤として添加したアルカリ土類金属(Ba、Sr、Caなど)は、生成する結晶の表層部に残存することがあり、したがって、本発明に従う電波吸収材料は、このようなアルカリ土類金属元素(以下、アルカリ土類金属元素をAと表記)の少なくとも1種を含有することがある。その含有量は、多くてもA/(M+Fe)×100で表される配合比が20質量%以下の範囲であり、20質量%を超えるアルカリ土類金属の含有は、形状制御剤としての機能を果たす上では一般に不必要である。10質量%以下であることがより好ましい。
【0029】
さらに、ゾル−ゲル法で水酸化鉄微粒子の表面にコーティングされたシリカコートが、熱処理(焼成)後の粉末粒子の表面に存在することがある。粉末粒子の表面にシリカのような非磁性化合物が存在していると、この磁性粉体の取り扱い上や、各種用途の磁性材料として使用する場合に、耐久性、耐候性、信頼性等を改善できるメリットが生じる場合がある。このような機能を有する非磁性化合物としてはシリカのほか、アルミナやジルコニア等の耐熱性化合物が挙げられる。ただし、非磁性化合物の付着量があまり多いと、粒子同士が激しく凝集してしまうなどの弊害が大きくなり好ましくない。種々検討の結果、非磁性化合物の存在量は、例えばシリカSiO2の場合だと、Si/(M+Fe)×100で表される配合比が100質量%以下であることが望まれる。粒子表面に付着したシリカの一部または大部分は、アルカリ溶液に浸す方法によって除去することができる。シリカ付着量はこのような方法で任意の量に調整可能である。
【0030】
なお、本明細書ではM置換ε−Fe2O3結晶の合成法について、その前駆体となる水酸化鉄とM水酸化物の微粒子を逆ミセル法や直接合成法で作製する例を挙げたが、M置換ε−Fe2O3結晶への酸化が可能なサイズ(数百nm以下と考えられる)の同様の前駆体が作製できる手法であれば、上記以外の手法を採用しても構わない。また、該前駆体微粒子をゾル−ゲル法を適用してシリカコーティングした例を挙げたが、該前駆体に耐熱性皮膜をコーティングできれば、その皮膜作製法はここに例示した手法に限られるものではない。例えばアルミナやジルコニア等の耐熱性皮膜を該前駆体微粒子表面に形成させる場合でも、これを所定の熱処理温度に加熱してM置換ε−Fe2O3結晶を磁性相にもつ粒子の粉体を得ることは可能であると考えられる。
【0031】
本発明の電波吸収材料(磁性粉体)は、その粉体粒子の充填構造を形成させることによって、電波吸収体として機能する。ここでいう充填構造は、粒子同士が接しているかまたは近接している状態で各粒子が立体構造を構成しているものを意味する。電波吸収体の実用に供するためには充填構造を維持させる必要がある。その手法として、例えば非磁性高分子化合物をバインダーとして、個々の粒子を固着させることによって充填構造を形成させる方法が挙げられる。
【0032】
具体的には、本発明の電波吸収材料の粉体を非磁性の高分子基材と混合して混練物を得る。混練物中における電波吸収材料粉体の配合量は60質量%以上とすることが好ましい。電波吸収材料粉体の配合量が多いほど電波吸収特性を向上させる上で有利となるが、あまり多いと高分子基材との混練が難しくなるので注意を要する。例えば電波吸収材料粉体の配合量は80〜95質量%あるいは85〜95質量%とすることができる。
【0033】
高分子基材としては、使用環境に応じて、耐熱性、難燃性、耐久性、機械的強度、電気的特性を満足する各種のものが使用できる。例えば、樹脂(ナイロン等)、ゲル(シリコーンゲル等)、熱可塑性エラストマー、ゴムなどから適切なものを選択すれば良い。また2種以上の高分子化合物をブレンドして基材としてもよい。
【0034】
高分子基材との相溶性や分散性を改善するために、電波吸収材料粉体には予め表面処理剤(シランカップリング剤、チタネートカップリング剤等)による表面処理を施すことができる。また、電波吸収材料粉体と高分子基材との混合に際し、可塑剤、補強剤、耐熱向上剤、熱伝導性充填剤、粘着剤などの各種添加剤を添加することができる。
【0035】
上記混練物を圧延により所定のシート厚に成形することで前記充填構造が維持された電波吸収体が得られる。また、圧延の替わりに混練物を射出成形することにより所望の電波吸収体形状に成形することもできる。また、本発明の電波吸収材料の粉体を塗料中に混合し、これを基体の表面に塗布することによっても、充填構造が維持された電波吸収体が構築できる。
【実施例】
【0036】
《実施例1》
本例は、置換元素MとしてGaを使用し、ε−Ga0.46Fe1.54O3組成の結晶を合成した例である。以下の手順に従った。
【0037】
〔手順1〕
ミセル溶液Iとミセル溶液IIの2種類のミセル溶液を調整する。
・ミセル溶液Iの作製
テフロン(登録商標)製のフラスコに、純水6mL、n−オクタン18.3mLおよび1−ブタノール3.7mLを入れる。そこに、硝酸鉄(III)9水和物を0.002295モル、硝酸ガリウム(III)n水和物を0.000705モルを添加し、室温で良く撹拌しながら溶解させる。さらに、界面活性剤としての臭化セチルトリメチルアンモニウムを、純水/界面活性剤のモル比が30となるような量で添加し、撹拌により溶解させ、ミセル溶液Iを得る。ここで、硝酸ガリウム(III)n水和物は和光純薬工業株式会社製の純度99.9%でn=7〜9の試薬を使用し、事前にこの試薬の定量分析を行ってnを特定してから仕込み量を算出した。
このときの仕込み組成は、GaとFeのモル比をGa:Fe=x:(2−x)と表すときx=0.47である。
【0038】
・ミセル溶液IIの作製
25%アンモニア水2mLを純水4mLに混ぜて撹拌し、その液に、さらにn−オクタン18.3mLと1−ブタノール3.7mLを加えてよく撹拌する。その溶液に、界面活性剤として臭化セチルトリメチルアンモニウムを、(純水+アンモニア中の水分)/界面活性剤のモル比が30となるような量で添加し、溶解させ、ミセル溶液IIを得る。
【0039】
〔手順2〕
ミセル溶液Iをよく撹拌しながら、ミセルI溶液に対してミセル溶液IIを滴下する。滴下終了後、混合液を30分間撹拌しつづける。
【0040】
〔手順3〕
手順2で得られた混合液を撹拌しながら、当該混合液にテトラエトキシシラン(TEOS)1.0mLを加える。約1日そのまま、撹拌し続ける。
【0041】
〔手順4〕
手順3で得られた溶液を遠心分離機にセットして遠心分離処理する。この処理で得られた沈殿物を回収する。回収された沈殿物をクロロホルムとメタノールの混合溶液を用いて複数回洗浄する。
【0042】
〔手順5〕
手順4で得られた沈殿物を乾燥した後、大気雰囲気の炉内で1100℃で4時間の熱処理を施す。
【0043】
〔手順6〕
手順5で得られた熱処理粉を2モル/LのNaOH水溶液中で24時間撹拌し、粒子表面に存在するであろうシリカの除去処理を行う。次いで、ろ過・水洗し、乾燥する。
【0044】
以上の手順1から6を経ることによって、目的とする試料(電波吸収材料の粉体)を得た。その製造条件を表1にまとめてある。
【0045】
この粉体のTEM写真を図3(a)に示す。TEM平均粒子径は33.0nm、標準偏差は17.3nmであった。(標準偏差/TEM平均粒径)×100で定義される変動係数は52.5%であった。
【0046】
得られた試料を粉末X線回折(XRD:リガク製RINT2000、線源CuKα線、電圧40kV、電流30mA)に供したところ、図1(a)に示す回折パターンが得られた。この回折パターンにおいて、ε−Fe2O3の結晶構造(斜方晶、空間群Pna21)に対応するピーク以外は観察されなかった。
【0047】
得られた試料を蛍光X線分析(日本電子製JSX―3220)に供したところ、GaとFeのモル比をGa:Fe=x:(2−x)と表すとき、仕込み組成はx=0.47であったのに対し、分析組成はx=0.46であった。不純物の鉄酸化物結晶は、ほとんど検出されなかったことから、得られた磁性結晶はほぼε−Ga0.46Fe1.54O3組成の結晶であるとみなせる。
【0048】
また、得られた試料について、常温(300K)における磁気ヒステリシスループを測定した。磁気ヒステリシスループを図4(a)に示す。磁気ヒステリシスループの測定は、カンタムデザイン社製のMPMS7の超伝導量子干渉計(SQUID)を用いて、印加磁界70kOe(5.57×106A/m)の条件で行った。測定された磁気モーメントの値は酸化鉄の質量で規格化してある。その際、試料中のSi、Fe、Gaの各元素は全てSiO2、GaxFe2-xO3で存在しているものと仮定し、各元素の含有割合については上記の蛍光X線分析で求めた。印加磁界70kOe(5.57×106A/m)の測定条件での保磁力Hcは7.30kOe(5.81×106A/m)、飽和磁化σsは28.61emu/g(A・m2/kg)であった。
【0049】
次に、得られた試料を用い、厚さ10mmの電波吸収体を模して、粒子の充填構造を形成し、自由空間法により、その電波吸収特性を測定した。自由空間法とは、自由空間に置かれた測定試料に平面波を照射し、そのときのSパラメータを測定することにより電波吸収特性を求める方法である。粉末を直径26.8mm×厚さ10mmの円柱状に装填できる石英製の試料ケースを用意し、この試料ケースに上記の試料粉末12.33gを装填することにより直径26.8mm×厚さ10mmの円柱状の充填構造を形成した。この充填構造からなる構造体をここでは「電波吸収体試料」と呼ぶ。電波吸収体試料を送信アンテナと受信アンテナの中央に置いて、電磁波を試料に垂直に照射し、反射波および透過波(すなわち反射係数S11および透過係数S21)を測定した。そして、エネルギー吸収量を、1−|S11|2−|S21|2により算出し、これを電波吸収量(dB)として表示した。測定は、25〜110GHz帯域(Kaバンド、Vバンド、Wバンドで行った)。結果を図2(a)の中に示す。
表2に、得られたGa置換ε−Fe2O3結晶からなる磁性酸化物の分析組成および特性をまとめてある。
【0050】
《実施例2〜6》
手順1におけるミセル溶液Iの仕込み組成を表1に示すように変更した以外、実施例1と同様にGa置換ε−Fe2O3結晶からなる磁性酸化物を作成し、実施例1と同様に特性を調べた。これらいずれのGa置換ε−Fe2O3結晶も図1(a)と同様のX線回折パターンを呈した。各粉体のTEM写真を図3(b)〜図3(f)に示す。また、電波吸収特性を図2(a)中に示す。表2に、各磁性酸化物の分析組成および特性をまとめて示す。
【0051】
《実施例7〜9》
手順1におけるミセル溶液Iの仕込み組成を表1に示すように変更した以外、実施例1と同様にGa置換ε−Fe2O3結晶からなる磁性酸化物を作成した。得られたGa置換ε−Fe2O3結晶は図1(a)と同様のX線回折パターンを呈した。また、得られた粒子のTEM写真を図3(g)〜(i)に示す。
この酸化物粉末を直径40mm×高さ10mmの紙筒の中に装填することによって充填構造を形成し、96〜140GHzの範囲で電波吸収特性を調べた。8GHz〜11.8GHzのネットワークアナライザーと、12倍のアップコンバーターを用いて上記のような高周波測定を実現した。送信側、受信側のアンテナはホーンアンテナである。結果を図2(b)の中に示す。表2中にこの磁性酸化物の分析組成および特性を示す。
【0052】
【表1】
【0053】
【表2】
【0054】
《実施例10》
置換元素MをGaからAlに変えたものを作成した。すなわちここでは、手順1においてミセル溶液Iの仕込み原料のうち硝酸ガリウム(III)n水和物を硝酸アルミニウム(III)9水和物に変え、AlとFeのモル比をAl:Fe=x:(2−x)と表すとき、x=0.30となるように仕込み組成を調整した。それ以外は実施例1と同様の手順を経てAl置換ε−Fe2O3結晶からなる磁性酸化物を得た。X線回折パターンからこの結晶はε−Fe2O3結晶と空間群が同じであることが確かめられた。得られた粒子のTEM写真を図3(k)に示す。
組成分析の結果、Fe:46.0質量%、Al:4.43質量%であり、分析による置換量はx=0.33と求まった。
この磁性酸化物の300Kにおける保磁力(Hc)は13kOe、飽和磁化(Ms)は26.6emu/gであった。
この酸化物粉末を用いて充填構造を形成し、電波吸収特性を測定した。測定方法は実施例7〜9と同様である。測定結果を図2(b)の中に示す。
【0055】
図2(a)、図2(b)に見られるように、実施例1〜8、10の各電波吸収体試料は、25〜140GHzの間に電波吸収量のピークを有していた。これらの試料は、後述の対照例のもの(置換元素無添加のε−Fe2O3)より保磁力Hcが低下し、それに伴って磁気共鳴周波数が低下したことにより、電波吸収量のピークが140GHz以下の領域に現れたものと考えられる。
【0056】
実施例9は140GHzまで周波数を高めても、さらに電波吸収量が増大していく挙動を呈した(図2(b))。これより高周波数側での電波吸収特性については、現時点で直接測定する方法が確立されていない。そこで、ローレンツ関数によりスペクトルを補外して共鳴周波数を推算することを試みた。その結果を図5に示す。それによると147GHz近傍に電波吸収ピークを有すると考えられる結果が得られた。
【0057】
図6に保磁力Hcと電波吸収ピーク周波数の関係を示す。実施例1〜8、10の実測データによるプロットからわかるように、保磁力Hcと電波吸収ピーク周波数は直線的な相関関係を有している。また、実施例9については実測された保磁力Hcと推算による電波吸収ピーク周波数の値をプロットしたが、これについてもほぼ上記実測データ直線の延長上に位置している。一方、置換元素MがGa、Al、Inなどである場合、MとFeのモル比をM:Fe=x:(2−x)と表すときのxの値が大きくなるほど(すなわちMによる置換量が多くなるほど)保磁力Hcは低下する(表2および前述の表3参照)。したがって、この種の置換元素Mを用いると、Mの置換量(すなわちxの値)を変化させることにより、電波吸収ピークの位置を所望の周波数に精度良くコントロールすることが可能である。この点がM置換ε−Fe2O3結晶の大きな特長の1つである。Ga、Al、Inなどの置換量を調整することにより電波吸収ピークが160GHz近傍にある電波吸収体を構築することが十分可能であることは、実施例9の上記推算結果からも支持されるとおりである。また、図2(a)、図2(b)に見られるように、各電波吸収体試料はピークを外れた周波数領域においても広く電波吸収現象を発現することがわかる。このような電波吸収挙動もM置換ε−Fe2O3結晶に特有の性質である。なお、図2(a)の実施例1のピーク付近で曲線が分断しているが、これはアンテナ切り替えの操作に起因するものである。
【0058】
《対照例》
本例は、置換元素Mを添加しない、ε−Fe2O3組成の結晶を合成した例である。
【0059】
実施例1において以下の点を変更した。
[1]手順1において、ミセル溶液Iの調整に用いた硝酸鉄(III)9水和物の添加量を0.002295モルから0.0030モルに変更し、また硝酸ガリウム(III)n水和物を添加しなかった。
[2]手順1において、ミセル溶液Iの調整に際し、形状制御剤として硝酸バリウム0.00030モルを添加した。
[3]手順3において、テトラエトキシシラン(TEOS)の添加量を6mLとした。
[4]手順5において、焼成温度を1000℃とした。
上記以外は、実施例1と同じ手順を繰り返した。このときの仕込み組成は、GaとFeのモル比をGa:Fe=x:(2−x)と表すときx=0である。
【0060】
この粉体のTEM写真を図3(j)に示す。TEM平均粒子径は34.8nm、標準偏差は28.9nm、変動係数は83.1%であった。
【0061】
得られた試料を実施例1と同様にX線回折に供したところ、図1(b)に示す回折パターンが得られた。この回折パターンにおいて、ε−Fe2O3の結晶構造(斜方晶、空間群Pna21)に対応するピーク以外は観察されなかった。
【0062】
また、得られた試料について、実施例1と同様に常温(300K)における磁気ヒステリシスループを測定した。ただし、印加磁界を50kOe(3.98×106A/m)とした。結果を図4(b)に示す。印加磁界50kOe(3.98×106A/m)の測定条件での保磁力Hcは19.7kOe(1.57×106A/m)、飽和磁化12.0emu/g(A・m2/kg)であった。
【0063】
次に、粉末を直径46.8mm×厚さ10mmの円柱状に装填できる石英製の試料ケースを用意し、この試料ケースに当該試料粉末16.3gを装填することにより直径46.8mm×厚さ10mmの円柱状の充填構造を形成した。この充填構造からなる電波吸収体試料について、実施例1と同様の手法により電波吸収特性を調べた。結果を図2(a)、図2(b)に示す。
【0064】
図2(a)、図2(b)からわかるように、この電波吸収体試料では、110GHz以下の領域に電波吸収量のピークは観測されなかった。さらに高い周波数域に電波吸収量のピークが存在するものと推測される。
【0065】
【表3】
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1(a)】実施例で得られた粉体についてのX線回折パターン。
【図1(b)】対照例で得られた粉体についてのX線回折パターン。
【図2(a)】実施例1〜6および対照例で得られた粉体を用いた電波吸収体試料について、周波数と電波吸収量の関係を示したグラフ。
【図2(b)】実施例7〜10および対照例で得られた粉体を用いた電波吸収体試料について、周波数と電波吸収量の関係を示したグラフ。
【図3(a)】実施例1で得られた粉体のTEM写真。
【図3(b)】実施例2で得られた粉体のTEM写真。
【図3(c)】実施例3で得られた粉体のTEM写真。
【図3(d)】実施例4で得られた粉体のTEM写真。
【図3(e)】実施例5で得られた粉体のTEM写真。
【図3(f)】実施例6で得られた粉体のTEM写真。
【図3(g)】実施例7で得られた粉体のTEM写真。
【図3(h)】実施例8で得られた粉体のTEM写真。
【図3(i)】実施例9で得られた粉体のTEM写真。
【図3(j)】対照例で得られた粉体のTEM写真。
【図3(k)】実施例10で得られた粉体のTEM写真。
【図4(a)】実施例1で得られた粉体の磁気ヒステリシスループ。
【図4(b)】対照例で得られた粉体の磁気ヒステリシスループ。
【図5】実施例9の周波数と電波吸収量の関係について、実測データとローレンツ関数による補正曲線を表示したグラフ。
【図6】M置換ε−Fe2O3結晶について、保磁力と電波吸収ピーク周波数の関係を示したグラフ。
【技術分野】
【0001】
本発明は、ε−Fe2O3系の鉄酸化物からなる磁性結晶であって、25GHz以上の高周波帯域で使用される電波吸収材として適した磁性結晶、並びにそれを用いた電波吸収材料および電波吸収体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、情報通信技術の高度化に伴い、さまざまな帯域の電波が身近な用途で使用されるようになってきた。例えば、携帯電話、無線LAN、衛星放送、高度道路交通システム、ノンストップ自動料金徴収システム(ETC)、自動車走行支援道路システム(AHS)などが挙げられる。このように高周波域での電波利用形態が多様化すると、電子部品同士の干渉による故障、誤動作、機能不全の発生などが懸念され、その対策が重要となってくる。その対策の1つとして、電波吸収体を用いて不要な電波を吸収し、電波の反射および侵入を防ぐ方法が有効である。
【0003】
特に昨今では、電波を用いた取り組みの一つとして自動車の運転支援システムの研究が盛んになり、76GHz帯域のミリ波を利用して車間距離等の情報を検知する車載レーダーの開発が進められ、特にこの帯域で優れた電波吸収能を有する素材の開発が待たれている。今後は100GHz帯域、あるいはさらに高い周波数帯域での電波利用が考えられる。これを実現するには、そのような高周波域で電波吸収性能を発現する素材の開発が必須である。
【0004】
従来、電波吸収性能を有するものとしては、六方晶フェライト粒子などがよく利用されてきた。たとえば、特許文献1にはBaFe(12-x)AlxO19、x=0.6のマグネトプランバイト型六方晶フェライトを用いた電波吸収体において、53GHz付近で吸収ピークをもつものが示されている。また同文献には、BaFe(12-x)AlxO19系のマグネトプランバイト型六方晶フェライトを使用すると強磁性共鳴周波数を50〜100GHz程度にすることができると記載されている。しかし、50〜100GHzで優れた電波吸収性能を呈する電波吸収体を実現した例は示されておらず、高周波側から低周波側にかけ任意の周波数で吸収ピークを持つ材料としては提供されていない。
【0005】
特許文献2には炭化ケイ素粉末をマトリクス樹脂中に分散させた電波吸収体において、76GHz付近で吸収ピークをもつものが示されている。しかし、炭化ケイ素粉末は炭化ケイ素繊維に比べると安価ではあるが、電波吸収体用の素材としては高価である。また、導電性を有するため電子機器内部(回路付近)において接して使用する時などは、絶縁処置を施す必要がある。
【0006】
特許文献3には、比表面積が0.05m2/g以上の海綿状鉄粉を分散混合してなる電波吸収体シートが記載されており、実施例として42〜80GHzの範囲に電波吸収ピークを持つものが例示されている。しかし、吸収ピークの位置はシート厚さに敏感に依存して変動し、上記の周波数帯域で吸収ピークの位置を所定の周波数に合わせるには、シート厚さを0.2〜0.5mmの狭い範囲で精密に設定する必要がある。鉄粉を使用するため耐食性(耐酸化性)を確保するための工夫も必要である。また、80GHzを超えるような領域に吸収ピークを持つものは実現されていない。
【0007】
一方、酸化鉄系磁性材料の研究においては、最近、20kOe(1.59×106A/m)という巨大な保磁力Hcを示すε−Fe2O3の存在が確認されている。Fe2O3の組成を有しながら結晶構造が異なる多形(polymorphism)には最も普遍的なものとしてα−Fe2O3およびγ−Fe2O3があるが、ε−Fe2O3もその一つである。このε−Fe2O3の結晶構造と磁気的性質が明らかにされたのは、非特許文献1〜3に見られるように、ε−Fe2O3結晶をほぼ単相の状態で合成できるようになったごく最近のことである。このε−Fe2O3は巨大な保磁力Hcを示すことから、高記録密度の磁気記録媒体への適用が期待されている。
【0008】
磁性体の電波吸収特性は、その磁性体が持つ保磁力Hcと関連があり、一般に保磁力Hcに比例して磁気共鳴周波数が高くなることから、保磁力Hcが増大すれば電波吸収ピークの周波数が高くなる傾向を示すとされる(非特許文献4)。本発明者らの検討によって、ε−Fe2O3は高い保磁力を有することが確認されているが、ε−Fe2O3の電波吸収能力に関する知見や性状に関しては未だ報告がない。
【0009】
【特許文献1】特開平11−354972号公報
【特許文献2】特開2005−57093号公報
【特許文献3】特開2004−179385号公報
【非特許文献1】Jian Jin,Shinichi Ohkoshi and Kazuhito Hashimoto,ADVANCED MATERIALS 2004,16,No.1、January 5,p.48-51
【非特許文献2】Jian Jin,Kazuhito Hashimoto and Shinichi Ohkoshi,JOURNAL OF MATERIALS CHIMISTRY 2005,15,p.1067-1071
【非特許文献3】Shunsuke Sakurai,Jian Jin,Kazuhito Hashimoto and Shinichi Ohkoshi,JOURNAL OF THE PHYSICAL SOCIETY OF JAPAN,Vol.74,No.7,July,2005、p.1946-1949
【非特許文献4】金子秀夫、本間基文著、「磁性材料」、丸善、1977年、p.123
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上述のように、車載レーダーに利用される76GHz帯域を含む広い周波数領域において、所望の周波数で優れた電波吸収性能を発揮するような安価な素材を使用した電波吸収体を構築することは必ずしも容易ではない。
本発明は、上記のような広い周波数領域における所望の周波数で優れた電波吸収性能を発揮しうる新たな酸化鉄系磁性結晶を提供すること、およびそれを用いた電波吸収体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者らは詳細な検討の結果、ε−Fe2O3結晶のFeサイトの一部を、3価の金属元素で置換した磁性結晶において、上記目的が達成し得ることが明らかになった。
【0012】
すなわち本発明では、ε−Fe2O3結晶と空間群が同じであり、ε−Fe2O3結晶のFeサイトの一部がMで置換されたε−MxFe2-xO3、ただし0<x<1、の構造を有する、電波吸収材料用の磁性結晶が提供される。以下、ε−Fe2O3結晶のFeサイトの一部がMで置換されたε−MxFe2-xO3を「M置換ε−Fe2O3」と呼ぶことがある。
【0013】
ここで、Mとして、ε−Fe2O3結晶(すなわち、Feサイトが置換元素で置換されていないε−Fe2O3)からなる磁性酸化物の保磁力Hcを、前記置換によって低下させる作用を有する1種または2種以上の3価の元素を利用することができる。具体的には、Mとしては例えばAl、Ga、Inなどが挙げられる。MがAlである場合、ε−MxFe2-xO3で表される組成において、xは例えば0.2〜0.8の範囲とすることができる。MがGaである場合も、xは例えば0.1〜0.8の範囲とすることができる。MがInである場合は、xは例えば0.01〜0.3の範囲とすることができる。
【0014】
このようなM置換ε−Fe2O3磁性結晶は、例えば後述の、逆ミセル法とゾル−ゲル法を組み合わせた工程および焼成工程によって合成することができる。本出願人らが特願2007−7518号に開示した直接合成法とゾル−ゲル法を組み合わせた工程および焼成工程によって合成することもできる。このようにして合成される当該磁性結晶を磁性相にもつ粒子は、TEM(透過型電子顕微鏡)写真から計測される平均粒子径が5〜200nmの範囲にある。また、粒子の変動係数(粒子径の標準偏差/平均粒子径)が80%未満の範囲にあり、比較的微細で粒子径の整った粒子群となっている。本発明では、このような磁性粒子(すなわち上記のM置換ε−Fe2O3結晶を磁性相にもつ粒子)の粉体からなる電波吸収材料が提供される。ここでいう「磁性相」は当該粉体の磁性を担う部分である。「M置換ε−Fe2O3結晶を磁性相にもつ」とは、磁性相がM置換ε−Fe2O3結晶からなることを意味し、その磁性相に製造上不可避的な不純物磁性結晶が混在する場合を含む。
【0015】
本発明の電波吸収材料には、磁性相を構成する結晶、または非磁性結晶として、ε−Fe2O3結晶と空間群を異にする鉄酸化物の不純物結晶(具体的にはα−Fe2O3、γ−Fe2O3、FeO、Fe3O4およびこれらのFeの一部が他の元素で置換された結晶)が混在することがある。しかし、本発明の電波吸収材料は、上記「M置換ε−Fe2O3磁性結晶」を主相とするものである。すなわち、当該電波吸収材料を構成する鉄酸化物結晶の中で「M置換ε−Fe2O3磁性結晶」の割合が、化合物としてのモル比で50モル%以上であるものが対象となる。結晶の存在比は、X線回折パターンに基づくリードベルト法による解析で求めることができる。磁性相の周囲にはゾル−ゲル過程で形成されたシリカ(SiO2)等の非磁性化合物が付着していることがある。
【0016】
また、本発明では、上記M置換ε−Fe2O3結晶を磁性相にもつ粒子の充填構造を有する電波吸収体が提供される。特に、横軸に周波数、縦軸に電波吸収量をとったグラフにおいて、25〜160GHz帯域に電波吸収量のピークを有するものが提供される。Mの置換量を調整することなどによって、電波吸収量のピーク位置を76GHz±10GHz帯域にコントロールすることが可能であり、この場合、車載レーダー用途に適した電波吸収体を構築することができる。また特に40〜160GHz帯域に電波吸収量のピークを有するものとして、ε−MxFe2-xO3におけるMがGaであり、xが0.1〜0.65である磁性結晶を磁性相にもつ粒子の充填構造を有する電波吸収体、あるいはMがAlであり、xが0.2〜0.8である磁性結晶を磁性相にもつ粒子の充填構造を有する電波吸収体が提供される。このような粒子の充填構造を維持するためには、個々の粒子が非磁性高分子化合物をバインダーとして固着された充填構造を形成させることが有利である。
【発明の効果】
【0017】
本発明の磁性結晶によれば、車載レーダーに利用される76GHz帯域を含む幅広い周波数領域の任意の位置に電波吸収量のピークを有する電波吸収体を簡便に構成することができる。この磁性結晶では、M元素の置換量によって電波吸収量のピーク位置をコントロールすることが可能であり、110GHzを超える高周波領域においても、電波吸収量のピークを実現することが可能であることが確かめられた。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
非特許文献1〜3に記載されるように、逆ミセル法とゾル−ゲル法を組み合わせた工程と、熱処理(焼成)工程によれば、ε−Fe2O3ナノ微粒子を得ることができる。逆ミセル法では、界面活性剤を含んだ2種類のミセル溶液、すなわちミセル溶液I(原料ミセル)とミセル溶液II(中和剤ミセル)を混合することによって、ミセル内で水酸化鉄の沈殿反応を進行させる。次に、ゾル−ゲル法によって、ミセル内で生成した水酸化鉄微粒子の表面にシリカコートを施す。シリカコート層をもつ水酸化鉄微粒子は、液から分離されたあと、所定の温度(700〜1300℃の範囲内)で大気雰囲気下での熱処理に供される。この熱処理によりε−Fe2O3結晶の微粒子が得られる。
【0019】
より具体的には、例えば以下のようにする。
n−オクタンを油相とするミセル溶液Iの水相には、鉄源としての硝酸鉄(III)、鉄の一部を置換させるM元素源としてのM硝酸塩(Alの場合、硝酸アルミニウム(III)9水和物、Gaの場合、硝酸ガリウム(III)n水和物、Inの場合、硝酸インジウム(III)3水和物)、および界面活性剤(例えば臭化セチルトリメチルアンモニウム)を溶かし、同じくn−オクタンを油相とするミセル溶液IIの水相にはアンモニア水溶液を用いる。その際、ミセル溶液Iの水相に適量のアルカリ土類金属(Ba、Sr、Caなど)の硝酸塩を溶解させておくことができる。この硝酸塩は形状制御剤として機能する。すなわち、アルカリ土類金属が液中に存在すると最終的にロッド形状のM置換ε−Fe2O3結晶の粒子を得ることができる。形状制御剤がない場合は、球状に近いM置換ε−Fe2O3結晶の粒子を得ることができる。
【0020】
両ミセル溶液IとIIを混合した後、ゾル−ゲル法を適用する。すなわち、シラン(例えばテトラエチルオルトシラン)を合体液に滴下しながら撹拌を続け、ミセル内でM元素を含有する水酸化鉄の生成反応を進行させる。これにより、ミセル内で生成した微細な水酸化鉄沈殿の粒子表面にはシランの加水分解によって生成するシリカがコーティングされる。次いで、シリカコーティングされたM元素含有水酸化鉄粒子を液から分離・洗浄・乾燥して得た粒子粉体を炉内に装入し、空気中で700〜1300℃、好ましくは900〜1200℃、さらに好ましくは950〜1150℃の温度範囲で熱処理(焼成)する。この熱処理によりシリカコーティング内で酸化反応が進行して、微細なM元素含有水酸化鉄粒子は微細なM置換ε−Fe2O3粒子に変化する。この酸化反応の際に、シリカコートの存在がα−Fe2O3やγ−Fe2O3の結晶ではなく、ε−Fe2O3と空間群が同じであるM置換ε−Fe2O3結晶の生成に寄与すると共に、粒子同士の焼結を防止する作用を果たす。また、適量のアルカリ土類金属が共存していると、粒子形状がロッド状に成長しやすくなる。
【0021】
また、より経済的なM置換ε−Fe2O3結晶の製法として、本出願人らが特願2007−7518号明細書に開示した方法が利用できる。これを簡潔に説明すれば、初めに3価の鉄塩と置換元素(Ga、Alなど)の塩が溶解している水溶媒に、撹拌状態でアンモニア水などの中和剤を添加することで、鉄の水酸化物(一部が別元素で置換されていることもある)からなる前駆体を形成する。その後にゾル−ゲル法を適用し、前駆体粒子表面にシリカの被覆層を形成させる。このシリカ被覆粒子を液から分離した後に、所定の温度で熱処理(焼成)を行うと、M置換ε−Fe2O3結晶の微粒子が得られる。
【0022】
Fe2O3の組成を有しながら結晶構造が異なる多形(polymorphism)には最も普遍的なものとしてα−Fe2O3およびγ−Fe2O3があり、その他の鉄酸化物としてはFeOやFe3O4が挙げられる。上記のようなM置換ε−Fe2O3の合成において、このようなε−Fe2O3結晶と空間群を異にする鉄酸化物結晶(不純物結晶)が混在する場合がある。このような不純物結晶の混在は、M置換ε−Fe2O3結晶の特性をできるだけ高く引き出す上で好ましいとは言えないが、本発明の効果を阻害しない範囲で許容される。
【0023】
発明者らの詳細な検討によれば、置換量に応じて、M置換ε−Fe2O3結晶の保磁力Hcをコントロールしやすい3価のM元素として、Ga、AlおよびInを挙げることができる。発明者らはこれらの元素を置換元素Mとして、種々の置換量でM置換ε−Fe2O3結晶を合成し、磁気特性を調査した。置換後の結晶をε−MxFe2-xO3と表記するときのxの値(すなわちMによる置換量)と、保磁力Hcの測定値を表3に例示する。これら各組成のM置換ε−MxFe2-xO3結晶は後述の実施例に示す手順に準じて作成したものである。置換元素MとしてGa、Al、Inなどを選択すると、M置換ε−MxFe2-xO3結晶は、Mによる置換量が増大するに伴い保磁力Hcが低下していく挙動を示す。
【0024】
そして、この保磁力Hcの低下に伴い、電波吸収量のピークも低周波数側にシフトする(後述の図6参照)。つまり、M元素の置換量により電波吸収量のピーク周波数をコントロールすることができる。例えば、置換元素を含有しないε−Fe2O3磁性結晶からなる磁性相を有する粒子を充填した電波吸収体(例えば厚さ2〜10mm)では、その磁性結晶の巨大な保磁力Hcによって、測定可能周波数領域では電波吸収量のピークが見られない(おそらく更に高い周波数域に電波吸収量のピークが存在すると考えられる)のに対し、Feの一部を適量のM元素で置換して保磁力Hcを低下させたM置換ε−Fe2O3磁性結晶からなる磁性相を有する粒子を充填した電波吸収体では、140GHz以下の領域で電波吸収量のピークが実際に観測された。なお、一般的に用いられている磁性酸化物の場合、電波吸収ピークの周波数から遠ざかると電波吸収量はほとんどゼロになる。これに対し、ε−Fe2O3結晶やM置換ε−Fe2O3結晶からなる磁性酸化物の場合は、電波吸収ピークの周波数を外れても、広い周波数領域で連続して電波吸収現象が起こるという特異な電波吸収挙動を呈する。
【0025】
本発明で提供される電波吸収材料の典型的な形態は、上記のような工程で得られた「磁性粉体」である。この粉体は前述のM置換ε−Fe2O3磁性結晶を磁性相にもつ粒子で構成される。その粒子の粒子径は、例えば上記工程において熱処理(焼成)温度を調整することによりコントロール可能である。電波吸収材料としての用途では、磁性粉体の粒子径が大きいほど吸収性能の向上が期待できるが、あまり大きなε−Fe2O3粒子を合成することは現時点において困難である。発明者らの検討によれば、前記の逆ミセル法とゾル−ゲル法を組み合わせた手法や、特願2007−7518号に開示した直接合成法とゾル−ゲル法を組み合わせた手法によって、TEM(透過型電子顕微鏡)写真から計測される平均粒子径(後述の「TEM平均粒子径」)で5〜200nmの範囲の粒子を合成することが可能である。このような微粒子であっても後述実施例で示すように、電波吸収量が20dBを超える実用的な電波吸収体を構築することができる。個々の粒子の粒子径が10nm以上である粉体がより好ましく、30nm以上であることが一層好ましい。分級操作により、粒子径の大きいε−Fe2O3粒子だけを抽出する技術も研究されている。
【0026】
TEM写真からの粒子径の計測は、60万倍に拡大したTEM写真画像から各粒子の最も大きな径(ロッド状のものでは長軸径)を測定することにより求めることができる。独立した粒子300個について求めた粒子径の平均値を、その粉末の平均粒子径とする。これを「TEM平均粒子径」と呼ぶ。
【0027】
本発明の電波吸収材料は、磁性相が一般式ε−MxFe2-xO3、0<x<1、で表される組成の単相からなるものであることが理想的であるが、上述のように、粉体中にはこれと異なる結晶構造の不純物結晶(α−Fe2O3等)が混在することがあり、その混在は本発明の効果を阻害しない範囲で許容される。粉体にはこれ以外にも製造上混入が避けられない不純物や、必要に応じて添加される元素が含まれることがある。また、粉体を構成する粒子には非磁性化合物等が付着していることがある。これらの化合物の混在も、本発明の効果を阻害しない範囲で許容される。
【0028】
例えば、逆ミセル法とゾル−ゲル法を組み合わせた工程を実施する際に、ミセル内に適量のアルカリ土類金属イオンを共存させておくと最終的にロッド形状の結晶が得られやすくなる(前述)。形状制御剤として添加したアルカリ土類金属(Ba、Sr、Caなど)は、生成する結晶の表層部に残存することがあり、したがって、本発明に従う電波吸収材料は、このようなアルカリ土類金属元素(以下、アルカリ土類金属元素をAと表記)の少なくとも1種を含有することがある。その含有量は、多くてもA/(M+Fe)×100で表される配合比が20質量%以下の範囲であり、20質量%を超えるアルカリ土類金属の含有は、形状制御剤としての機能を果たす上では一般に不必要である。10質量%以下であることがより好ましい。
【0029】
さらに、ゾル−ゲル法で水酸化鉄微粒子の表面にコーティングされたシリカコートが、熱処理(焼成)後の粉末粒子の表面に存在することがある。粉末粒子の表面にシリカのような非磁性化合物が存在していると、この磁性粉体の取り扱い上や、各種用途の磁性材料として使用する場合に、耐久性、耐候性、信頼性等を改善できるメリットが生じる場合がある。このような機能を有する非磁性化合物としてはシリカのほか、アルミナやジルコニア等の耐熱性化合物が挙げられる。ただし、非磁性化合物の付着量があまり多いと、粒子同士が激しく凝集してしまうなどの弊害が大きくなり好ましくない。種々検討の結果、非磁性化合物の存在量は、例えばシリカSiO2の場合だと、Si/(M+Fe)×100で表される配合比が100質量%以下であることが望まれる。粒子表面に付着したシリカの一部または大部分は、アルカリ溶液に浸す方法によって除去することができる。シリカ付着量はこのような方法で任意の量に調整可能である。
【0030】
なお、本明細書ではM置換ε−Fe2O3結晶の合成法について、その前駆体となる水酸化鉄とM水酸化物の微粒子を逆ミセル法や直接合成法で作製する例を挙げたが、M置換ε−Fe2O3結晶への酸化が可能なサイズ(数百nm以下と考えられる)の同様の前駆体が作製できる手法であれば、上記以外の手法を採用しても構わない。また、該前駆体微粒子をゾル−ゲル法を適用してシリカコーティングした例を挙げたが、該前駆体に耐熱性皮膜をコーティングできれば、その皮膜作製法はここに例示した手法に限られるものではない。例えばアルミナやジルコニア等の耐熱性皮膜を該前駆体微粒子表面に形成させる場合でも、これを所定の熱処理温度に加熱してM置換ε−Fe2O3結晶を磁性相にもつ粒子の粉体を得ることは可能であると考えられる。
【0031】
本発明の電波吸収材料(磁性粉体)は、その粉体粒子の充填構造を形成させることによって、電波吸収体として機能する。ここでいう充填構造は、粒子同士が接しているかまたは近接している状態で各粒子が立体構造を構成しているものを意味する。電波吸収体の実用に供するためには充填構造を維持させる必要がある。その手法として、例えば非磁性高分子化合物をバインダーとして、個々の粒子を固着させることによって充填構造を形成させる方法が挙げられる。
【0032】
具体的には、本発明の電波吸収材料の粉体を非磁性の高分子基材と混合して混練物を得る。混練物中における電波吸収材料粉体の配合量は60質量%以上とすることが好ましい。電波吸収材料粉体の配合量が多いほど電波吸収特性を向上させる上で有利となるが、あまり多いと高分子基材との混練が難しくなるので注意を要する。例えば電波吸収材料粉体の配合量は80〜95質量%あるいは85〜95質量%とすることができる。
【0033】
高分子基材としては、使用環境に応じて、耐熱性、難燃性、耐久性、機械的強度、電気的特性を満足する各種のものが使用できる。例えば、樹脂(ナイロン等)、ゲル(シリコーンゲル等)、熱可塑性エラストマー、ゴムなどから適切なものを選択すれば良い。また2種以上の高分子化合物をブレンドして基材としてもよい。
【0034】
高分子基材との相溶性や分散性を改善するために、電波吸収材料粉体には予め表面処理剤(シランカップリング剤、チタネートカップリング剤等)による表面処理を施すことができる。また、電波吸収材料粉体と高分子基材との混合に際し、可塑剤、補強剤、耐熱向上剤、熱伝導性充填剤、粘着剤などの各種添加剤を添加することができる。
【0035】
上記混練物を圧延により所定のシート厚に成形することで前記充填構造が維持された電波吸収体が得られる。また、圧延の替わりに混練物を射出成形することにより所望の電波吸収体形状に成形することもできる。また、本発明の電波吸収材料の粉体を塗料中に混合し、これを基体の表面に塗布することによっても、充填構造が維持された電波吸収体が構築できる。
【実施例】
【0036】
《実施例1》
本例は、置換元素MとしてGaを使用し、ε−Ga0.46Fe1.54O3組成の結晶を合成した例である。以下の手順に従った。
【0037】
〔手順1〕
ミセル溶液Iとミセル溶液IIの2種類のミセル溶液を調整する。
・ミセル溶液Iの作製
テフロン(登録商標)製のフラスコに、純水6mL、n−オクタン18.3mLおよび1−ブタノール3.7mLを入れる。そこに、硝酸鉄(III)9水和物を0.002295モル、硝酸ガリウム(III)n水和物を0.000705モルを添加し、室温で良く撹拌しながら溶解させる。さらに、界面活性剤としての臭化セチルトリメチルアンモニウムを、純水/界面活性剤のモル比が30となるような量で添加し、撹拌により溶解させ、ミセル溶液Iを得る。ここで、硝酸ガリウム(III)n水和物は和光純薬工業株式会社製の純度99.9%でn=7〜9の試薬を使用し、事前にこの試薬の定量分析を行ってnを特定してから仕込み量を算出した。
このときの仕込み組成は、GaとFeのモル比をGa:Fe=x:(2−x)と表すときx=0.47である。
【0038】
・ミセル溶液IIの作製
25%アンモニア水2mLを純水4mLに混ぜて撹拌し、その液に、さらにn−オクタン18.3mLと1−ブタノール3.7mLを加えてよく撹拌する。その溶液に、界面活性剤として臭化セチルトリメチルアンモニウムを、(純水+アンモニア中の水分)/界面活性剤のモル比が30となるような量で添加し、溶解させ、ミセル溶液IIを得る。
【0039】
〔手順2〕
ミセル溶液Iをよく撹拌しながら、ミセルI溶液に対してミセル溶液IIを滴下する。滴下終了後、混合液を30分間撹拌しつづける。
【0040】
〔手順3〕
手順2で得られた混合液を撹拌しながら、当該混合液にテトラエトキシシラン(TEOS)1.0mLを加える。約1日そのまま、撹拌し続ける。
【0041】
〔手順4〕
手順3で得られた溶液を遠心分離機にセットして遠心分離処理する。この処理で得られた沈殿物を回収する。回収された沈殿物をクロロホルムとメタノールの混合溶液を用いて複数回洗浄する。
【0042】
〔手順5〕
手順4で得られた沈殿物を乾燥した後、大気雰囲気の炉内で1100℃で4時間の熱処理を施す。
【0043】
〔手順6〕
手順5で得られた熱処理粉を2モル/LのNaOH水溶液中で24時間撹拌し、粒子表面に存在するであろうシリカの除去処理を行う。次いで、ろ過・水洗し、乾燥する。
【0044】
以上の手順1から6を経ることによって、目的とする試料(電波吸収材料の粉体)を得た。その製造条件を表1にまとめてある。
【0045】
この粉体のTEM写真を図3(a)に示す。TEM平均粒子径は33.0nm、標準偏差は17.3nmであった。(標準偏差/TEM平均粒径)×100で定義される変動係数は52.5%であった。
【0046】
得られた試料を粉末X線回折(XRD:リガク製RINT2000、線源CuKα線、電圧40kV、電流30mA)に供したところ、図1(a)に示す回折パターンが得られた。この回折パターンにおいて、ε−Fe2O3の結晶構造(斜方晶、空間群Pna21)に対応するピーク以外は観察されなかった。
【0047】
得られた試料を蛍光X線分析(日本電子製JSX―3220)に供したところ、GaとFeのモル比をGa:Fe=x:(2−x)と表すとき、仕込み組成はx=0.47であったのに対し、分析組成はx=0.46であった。不純物の鉄酸化物結晶は、ほとんど検出されなかったことから、得られた磁性結晶はほぼε−Ga0.46Fe1.54O3組成の結晶であるとみなせる。
【0048】
また、得られた試料について、常温(300K)における磁気ヒステリシスループを測定した。磁気ヒステリシスループを図4(a)に示す。磁気ヒステリシスループの測定は、カンタムデザイン社製のMPMS7の超伝導量子干渉計(SQUID)を用いて、印加磁界70kOe(5.57×106A/m)の条件で行った。測定された磁気モーメントの値は酸化鉄の質量で規格化してある。その際、試料中のSi、Fe、Gaの各元素は全てSiO2、GaxFe2-xO3で存在しているものと仮定し、各元素の含有割合については上記の蛍光X線分析で求めた。印加磁界70kOe(5.57×106A/m)の測定条件での保磁力Hcは7.30kOe(5.81×106A/m)、飽和磁化σsは28.61emu/g(A・m2/kg)であった。
【0049】
次に、得られた試料を用い、厚さ10mmの電波吸収体を模して、粒子の充填構造を形成し、自由空間法により、その電波吸収特性を測定した。自由空間法とは、自由空間に置かれた測定試料に平面波を照射し、そのときのSパラメータを測定することにより電波吸収特性を求める方法である。粉末を直径26.8mm×厚さ10mmの円柱状に装填できる石英製の試料ケースを用意し、この試料ケースに上記の試料粉末12.33gを装填することにより直径26.8mm×厚さ10mmの円柱状の充填構造を形成した。この充填構造からなる構造体をここでは「電波吸収体試料」と呼ぶ。電波吸収体試料を送信アンテナと受信アンテナの中央に置いて、電磁波を試料に垂直に照射し、反射波および透過波(すなわち反射係数S11および透過係数S21)を測定した。そして、エネルギー吸収量を、1−|S11|2−|S21|2により算出し、これを電波吸収量(dB)として表示した。測定は、25〜110GHz帯域(Kaバンド、Vバンド、Wバンドで行った)。結果を図2(a)の中に示す。
表2に、得られたGa置換ε−Fe2O3結晶からなる磁性酸化物の分析組成および特性をまとめてある。
【0050】
《実施例2〜6》
手順1におけるミセル溶液Iの仕込み組成を表1に示すように変更した以外、実施例1と同様にGa置換ε−Fe2O3結晶からなる磁性酸化物を作成し、実施例1と同様に特性を調べた。これらいずれのGa置換ε−Fe2O3結晶も図1(a)と同様のX線回折パターンを呈した。各粉体のTEM写真を図3(b)〜図3(f)に示す。また、電波吸収特性を図2(a)中に示す。表2に、各磁性酸化物の分析組成および特性をまとめて示す。
【0051】
《実施例7〜9》
手順1におけるミセル溶液Iの仕込み組成を表1に示すように変更した以外、実施例1と同様にGa置換ε−Fe2O3結晶からなる磁性酸化物を作成した。得られたGa置換ε−Fe2O3結晶は図1(a)と同様のX線回折パターンを呈した。また、得られた粒子のTEM写真を図3(g)〜(i)に示す。
この酸化物粉末を直径40mm×高さ10mmの紙筒の中に装填することによって充填構造を形成し、96〜140GHzの範囲で電波吸収特性を調べた。8GHz〜11.8GHzのネットワークアナライザーと、12倍のアップコンバーターを用いて上記のような高周波測定を実現した。送信側、受信側のアンテナはホーンアンテナである。結果を図2(b)の中に示す。表2中にこの磁性酸化物の分析組成および特性を示す。
【0052】
【表1】
【0053】
【表2】
【0054】
《実施例10》
置換元素MをGaからAlに変えたものを作成した。すなわちここでは、手順1においてミセル溶液Iの仕込み原料のうち硝酸ガリウム(III)n水和物を硝酸アルミニウム(III)9水和物に変え、AlとFeのモル比をAl:Fe=x:(2−x)と表すとき、x=0.30となるように仕込み組成を調整した。それ以外は実施例1と同様の手順を経てAl置換ε−Fe2O3結晶からなる磁性酸化物を得た。X線回折パターンからこの結晶はε−Fe2O3結晶と空間群が同じであることが確かめられた。得られた粒子のTEM写真を図3(k)に示す。
組成分析の結果、Fe:46.0質量%、Al:4.43質量%であり、分析による置換量はx=0.33と求まった。
この磁性酸化物の300Kにおける保磁力(Hc)は13kOe、飽和磁化(Ms)は26.6emu/gであった。
この酸化物粉末を用いて充填構造を形成し、電波吸収特性を測定した。測定方法は実施例7〜9と同様である。測定結果を図2(b)の中に示す。
【0055】
図2(a)、図2(b)に見られるように、実施例1〜8、10の各電波吸収体試料は、25〜140GHzの間に電波吸収量のピークを有していた。これらの試料は、後述の対照例のもの(置換元素無添加のε−Fe2O3)より保磁力Hcが低下し、それに伴って磁気共鳴周波数が低下したことにより、電波吸収量のピークが140GHz以下の領域に現れたものと考えられる。
【0056】
実施例9は140GHzまで周波数を高めても、さらに電波吸収量が増大していく挙動を呈した(図2(b))。これより高周波数側での電波吸収特性については、現時点で直接測定する方法が確立されていない。そこで、ローレンツ関数によりスペクトルを補外して共鳴周波数を推算することを試みた。その結果を図5に示す。それによると147GHz近傍に電波吸収ピークを有すると考えられる結果が得られた。
【0057】
図6に保磁力Hcと電波吸収ピーク周波数の関係を示す。実施例1〜8、10の実測データによるプロットからわかるように、保磁力Hcと電波吸収ピーク周波数は直線的な相関関係を有している。また、実施例9については実測された保磁力Hcと推算による電波吸収ピーク周波数の値をプロットしたが、これについてもほぼ上記実測データ直線の延長上に位置している。一方、置換元素MがGa、Al、Inなどである場合、MとFeのモル比をM:Fe=x:(2−x)と表すときのxの値が大きくなるほど(すなわちMによる置換量が多くなるほど)保磁力Hcは低下する(表2および前述の表3参照)。したがって、この種の置換元素Mを用いると、Mの置換量(すなわちxの値)を変化させることにより、電波吸収ピークの位置を所望の周波数に精度良くコントロールすることが可能である。この点がM置換ε−Fe2O3結晶の大きな特長の1つである。Ga、Al、Inなどの置換量を調整することにより電波吸収ピークが160GHz近傍にある電波吸収体を構築することが十分可能であることは、実施例9の上記推算結果からも支持されるとおりである。また、図2(a)、図2(b)に見られるように、各電波吸収体試料はピークを外れた周波数領域においても広く電波吸収現象を発現することがわかる。このような電波吸収挙動もM置換ε−Fe2O3結晶に特有の性質である。なお、図2(a)の実施例1のピーク付近で曲線が分断しているが、これはアンテナ切り替えの操作に起因するものである。
【0058】
《対照例》
本例は、置換元素Mを添加しない、ε−Fe2O3組成の結晶を合成した例である。
【0059】
実施例1において以下の点を変更した。
[1]手順1において、ミセル溶液Iの調整に用いた硝酸鉄(III)9水和物の添加量を0.002295モルから0.0030モルに変更し、また硝酸ガリウム(III)n水和物を添加しなかった。
[2]手順1において、ミセル溶液Iの調整に際し、形状制御剤として硝酸バリウム0.00030モルを添加した。
[3]手順3において、テトラエトキシシラン(TEOS)の添加量を6mLとした。
[4]手順5において、焼成温度を1000℃とした。
上記以外は、実施例1と同じ手順を繰り返した。このときの仕込み組成は、GaとFeのモル比をGa:Fe=x:(2−x)と表すときx=0である。
【0060】
この粉体のTEM写真を図3(j)に示す。TEM平均粒子径は34.8nm、標準偏差は28.9nm、変動係数は83.1%であった。
【0061】
得られた試料を実施例1と同様にX線回折に供したところ、図1(b)に示す回折パターンが得られた。この回折パターンにおいて、ε−Fe2O3の結晶構造(斜方晶、空間群Pna21)に対応するピーク以外は観察されなかった。
【0062】
また、得られた試料について、実施例1と同様に常温(300K)における磁気ヒステリシスループを測定した。ただし、印加磁界を50kOe(3.98×106A/m)とした。結果を図4(b)に示す。印加磁界50kOe(3.98×106A/m)の測定条件での保磁力Hcは19.7kOe(1.57×106A/m)、飽和磁化12.0emu/g(A・m2/kg)であった。
【0063】
次に、粉末を直径46.8mm×厚さ10mmの円柱状に装填できる石英製の試料ケースを用意し、この試料ケースに当該試料粉末16.3gを装填することにより直径46.8mm×厚さ10mmの円柱状の充填構造を形成した。この充填構造からなる電波吸収体試料について、実施例1と同様の手法により電波吸収特性を調べた。結果を図2(a)、図2(b)に示す。
【0064】
図2(a)、図2(b)からわかるように、この電波吸収体試料では、110GHz以下の領域に電波吸収量のピークは観測されなかった。さらに高い周波数域に電波吸収量のピークが存在するものと推測される。
【0065】
【表3】
【図面の簡単な説明】
【0066】
【図1(a)】実施例で得られた粉体についてのX線回折パターン。
【図1(b)】対照例で得られた粉体についてのX線回折パターン。
【図2(a)】実施例1〜6および対照例で得られた粉体を用いた電波吸収体試料について、周波数と電波吸収量の関係を示したグラフ。
【図2(b)】実施例7〜10および対照例で得られた粉体を用いた電波吸収体試料について、周波数と電波吸収量の関係を示したグラフ。
【図3(a)】実施例1で得られた粉体のTEM写真。
【図3(b)】実施例2で得られた粉体のTEM写真。
【図3(c)】実施例3で得られた粉体のTEM写真。
【図3(d)】実施例4で得られた粉体のTEM写真。
【図3(e)】実施例5で得られた粉体のTEM写真。
【図3(f)】実施例6で得られた粉体のTEM写真。
【図3(g)】実施例7で得られた粉体のTEM写真。
【図3(h)】実施例8で得られた粉体のTEM写真。
【図3(i)】実施例9で得られた粉体のTEM写真。
【図3(j)】対照例で得られた粉体のTEM写真。
【図3(k)】実施例10で得られた粉体のTEM写真。
【図4(a)】実施例1で得られた粉体の磁気ヒステリシスループ。
【図4(b)】対照例で得られた粉体の磁気ヒステリシスループ。
【図5】実施例9の周波数と電波吸収量の関係について、実測データとローレンツ関数による補正曲線を表示したグラフ。
【図6】M置換ε−Fe2O3結晶について、保磁力と電波吸収ピーク周波数の関係を示したグラフ。
【特許請求の範囲】
【請求項1】
ε−Fe2O3結晶と空間群が同じであり、ε−Fe2O3結晶のFeサイトの一部がMで置換されたε−MxFe2-xO3、ただし0<x<1、の構造を有する、電波吸収材料用の磁性結晶。
【請求項2】
ε−Fe2O3結晶と空間群が同じであり、ε−Fe2O3結晶のFeサイトの一部がMで置換されたε−MxFe2-xO3、ただし0<x<1、の構造を有する、電波吸収材料用の磁性結晶。
ここで、Mは、前記置換によりε−Fe2O3結晶からなる磁性酸化物の保磁力Hcを低下させる作用を有する3価の元素からなる。
【請求項3】
Mは、Al、Ga、Inの1種以上からなる請求項1または2に記載の電波吸収材料用の磁性結晶。
【請求項4】
MがAlであり、xが0.2〜0.8である請求項1または2に記載の電波吸収材料用の磁性結晶。
【請求項5】
MがGaであり、xが0.1〜0.8である請求項1または2に記載の電波吸収材料用の磁性結晶。
【請求項6】
MがInであり、xが0.01〜0.3である請求項1または2に記載の電波吸収材料用の磁性結晶。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の磁性結晶を磁性相にもつ粒子の粉体からなる電波吸収材料。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれかに記載の磁性結晶を磁性相にもつ粒子の充填構造を有する電波吸収体。
【請求項9】
請求項1〜6のいずれかに記載の磁性結晶を磁性相にもつ粒子の充填構造を有し、横軸に周波数、縦軸に電波吸収量をとったグラフにおいて、25〜160GHz帯域に電波吸収量のピークを有する電波吸収体。
【請求項10】
請求項1〜6のいずれかに記載の磁性結晶を磁性相にもつ粒子の充填構造を有し、横軸に周波数、縦軸に電波吸収量をとったグラフにおいて、76GHz±10GHz帯域に電波吸収量のピークを有する電波吸収体。
【請求項11】
請求項1〜6のいずれかに記載の磁性結晶を磁性相にもつ粒子が非磁性高分子化合物をバインダーとして固着されることにより、当該粒子の充填構造を形成している電波吸収体。
【請求項12】
MがGaであり、xが0.1〜0.65である請求項1に記載の磁性結晶を磁性相にもつ粒子の充填構造を有し、横軸に周波数、縦軸に電波吸収量をとったグラフにおいて、50〜160GHz帯域に電波吸収量のピークを有する電波吸収体。
【請求項13】
MがAlであり、xが0.2〜0.8である請求項1に記載の磁性結晶を磁性相にもつ粒子の充填構造を有し、横軸に周波数、縦軸に電波吸収量をとったグラフにおいて、40〜160GHz帯域に電波吸収量のピークを有する電波吸収体。
【請求項1】
ε−Fe2O3結晶と空間群が同じであり、ε−Fe2O3結晶のFeサイトの一部がMで置換されたε−MxFe2-xO3、ただし0<x<1、の構造を有する、電波吸収材料用の磁性結晶。
【請求項2】
ε−Fe2O3結晶と空間群が同じであり、ε−Fe2O3結晶のFeサイトの一部がMで置換されたε−MxFe2-xO3、ただし0<x<1、の構造を有する、電波吸収材料用の磁性結晶。
ここで、Mは、前記置換によりε−Fe2O3結晶からなる磁性酸化物の保磁力Hcを低下させる作用を有する3価の元素からなる。
【請求項3】
Mは、Al、Ga、Inの1種以上からなる請求項1または2に記載の電波吸収材料用の磁性結晶。
【請求項4】
MがAlであり、xが0.2〜0.8である請求項1または2に記載の電波吸収材料用の磁性結晶。
【請求項5】
MがGaであり、xが0.1〜0.8である請求項1または2に記載の電波吸収材料用の磁性結晶。
【請求項6】
MがInであり、xが0.01〜0.3である請求項1または2に記載の電波吸収材料用の磁性結晶。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の磁性結晶を磁性相にもつ粒子の粉体からなる電波吸収材料。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれかに記載の磁性結晶を磁性相にもつ粒子の充填構造を有する電波吸収体。
【請求項9】
請求項1〜6のいずれかに記載の磁性結晶を磁性相にもつ粒子の充填構造を有し、横軸に周波数、縦軸に電波吸収量をとったグラフにおいて、25〜160GHz帯域に電波吸収量のピークを有する電波吸収体。
【請求項10】
請求項1〜6のいずれかに記載の磁性結晶を磁性相にもつ粒子の充填構造を有し、横軸に周波数、縦軸に電波吸収量をとったグラフにおいて、76GHz±10GHz帯域に電波吸収量のピークを有する電波吸収体。
【請求項11】
請求項1〜6のいずれかに記載の磁性結晶を磁性相にもつ粒子が非磁性高分子化合物をバインダーとして固着されることにより、当該粒子の充填構造を形成している電波吸収体。
【請求項12】
MがGaであり、xが0.1〜0.65である請求項1に記載の磁性結晶を磁性相にもつ粒子の充填構造を有し、横軸に周波数、縦軸に電波吸収量をとったグラフにおいて、50〜160GHz帯域に電波吸収量のピークを有する電波吸収体。
【請求項13】
MがAlであり、xが0.2〜0.8である請求項1に記載の磁性結晶を磁性相にもつ粒子の充填構造を有し、横軸に周波数、縦軸に電波吸収量をとったグラフにおいて、40〜160GHz帯域に電波吸収量のピークを有する電波吸収体。
【図2(a)】
【図2(b)】
【図5】
【図6】
【図1(a)】
【図1(b)】
【図3(a)】
【図3(b)】
【図3(c)】
【図3(d)】
【図3(e)】
【図3(f)】
【図3(g)】
【図3(h)】
【図3(i)】
【図3(j)】
【図3(k)】
【図4(a)】
【図4(b)】
【図2(b)】
【図5】
【図6】
【図1(a)】
【図1(b)】
【図3(a)】
【図3(b)】
【図3(c)】
【図3(d)】
【図3(e)】
【図3(f)】
【図3(g)】
【図3(h)】
【図3(i)】
【図3(j)】
【図3(k)】
【図4(a)】
【図4(b)】
【公開番号】特開2008−277726(P2008−277726A)
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−221236(P2007−221236)
【出願日】平成19年8月28日(2007.8.28)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(506334182)DOWAエレクトロニクス株式会社 (336)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成20年11月13日(2008.11.13)
【国際特許分類】
【出願日】平成19年8月28日(2007.8.28)
【出願人】(504137912)国立大学法人 東京大学 (1,942)
【出願人】(506334182)DOWAエレクトロニクス株式会社 (336)
【Fターム(参考)】
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