説明

電流注入磁壁移動素子

強磁性体の磁化反転に必要な外部磁場をなくし、消費電力の省力化を図ることができる電流注入磁壁移動素子を提供する。
電流注入磁壁移動素子であって、反平行の磁化方向を持つ二つの磁性体(第1の磁性体1と第2の磁性体2)と、それらに挟まれた第3の磁性体3の微小接合を有し、この微小接合界面を横切るパルス電流(電流密度が、104−107A/cm2)を流すことにより、このパルス電流と磁壁との相互作用により電流方向もしくは逆方向に磁壁を移動させ、素子の磁化方向を制御する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性半導体素子に係り、特に、電流注入磁壁移動素子に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、記憶媒体等に利用される磁性体の磁化反転には、外部磁場の印加が必要とされてきた。
【特許文献1】特開2003−272114号公報
【特許文献2】特開2003−272112号公報
【非特許文献1】Sicence Vol.301,pp.943−945(2003年8月15).
【発明の開示】
【0003】
磁性体不揮発固体メモリの集積密度向上にはメモリ・セルの微細化が不可欠であるが、微細化による反磁場の寄与の増大は強磁性体の磁化反転に必要な外部磁場を増大し、磁場発生に要する消費電力の増大をもたらす。従って、微小磁性体の磁化反転手法の新しいスキームが求められている。
【0004】
本発明は、上記状況に鑑みて、強磁性体の磁化反転に必要な外部磁場をなくし、消費電力の省力化を図ることができる電流注入磁壁移動素子を提供することを目的とする。
【0005】
本発明は、上記目的を達成するために、
〔1〕電流注入磁壁移動素子であって、互いに反平行の磁化方向を持つ第1の磁性体と第2の磁性体と、これらの第1の磁性体と第2の磁性体に挟まれた第3の磁性体の微小接合を有し、この微小接合界面を横切る電流を流すことにより、この電流と磁壁との相互作用により電流方向もしくは逆方向に磁壁を移動させ、素子の磁化方向を制御することを特徴とする。
【0006】
〔2〕上記〔1〕記載の電流注入磁壁移動素子において、前記磁性体が磁性半導体であることを特徴とする。
【0007】
〔3〕上記〔2〕記載の電流注入磁壁移動素子において、前記磁性半導体が(Ga,Mn)Asからなる強磁性半導体であることを特徴とする。
【0008】
〔4〕上記〔2〕記載の電流注入磁壁移動素子において、前記磁性半導体が(In,Mn)Asからなる強磁性半導体であることを特徴とする。
【0009】
〔5〕上記〔1〕から〔4〕のいずれか一項記載の電流注入磁壁移動素子において、前記電流がパルス電流であることを特徴とする。
【0010】
〔6〕上記〔5〕記載の電流注入磁壁移動素子において、前記パルス電流の電流密度が104−107A/cm2であることを特徴とする。
【0011】
〔7〕上記〔1〕記載の電流注入磁壁移動素子において、前記互いに反平行の磁化方向を持つ第1の磁性体と第2の磁性体を、磁場中成膜によって形成することを特徴とする。
【0012】
〔8〕上記〔1〕記載の電流注入磁壁移動素子において、前記互いに反平行の磁化方向を持つ第1の磁性体と第2の磁性体を、保磁力差を利用して成膜後に外部磁場を印加することにより形成することを特徴とする。
【0013】
〔9〕上記〔8〕記載の電流注入磁壁移動素子において、前記第1の磁性体と第2の磁性体が異種材料であることを特徴とする。
【0014】
〔10〕上記〔1〕記載の電流注入磁壁移動素子において、前記第1の磁性体と第2の磁性体が同種材料であって、前記第2の磁性体膜上に反強磁性膜を形成し、前記第2の磁性体膜と磁気的に結合させることにより、前記第1の磁性体と第2の磁性体に保磁力差をつけることを特徴とする。
【0015】
〔11〕上記〔1〕記載の電流注入磁壁移動素子において、前記第1の磁性体と第2の磁性体が同種材料であって、前記第1の磁性体と第2の磁性体との膜厚を変えることにより、前記第1の磁性体と第2の磁性体に保磁力差をつけることを特徴とする。
【0016】
〔12〕上記〔1〕記載の電流注入磁壁移動素子において、前記第1の磁性体と第2の磁性体が同種材料であって、前記第1の磁性体と、前記第2の磁性体とに形状差をつけ形状異方性の差により、前記第1の磁性体と第2の磁性体に保磁力差をつけることを特徴とする。
【0017】
〔13〕上記〔2〕、〔3〕又は〔4〕記載の電流注入磁壁移動素子において、前記磁性半導体からなる第1の磁性体と第2の磁性体にそれぞれ異なる外部電界を加えることにより、前記第1の磁性体と第2の磁性体に保磁力差をつけることを特徴とする。
【0018】
〔14〕上記〔1〕記載の電流注入磁壁移動素子において、前記第1の磁性体と第2の磁性体の磁化方向が反平行であるために前記第1の磁性体と第2の磁性体との間に存在する磁壁が、前記第1の磁性体と第3の磁性体の接合界面及び前記第2の磁性体と第3の磁性体の接合界面に位置し易くなるように、前記第3の磁性体の断面積を減らして前記第1の磁性体及び第2の磁性体内より前記第3の磁性体内の磁壁形成によるエネルギー損失を減らすことを特徴とする。
【0019】
〔15〕上記〔1〕記載の電流注入磁壁移動素子において、前記第1の磁性体と第2の磁性体の磁化方向が反平行であるために前記第1の磁性体と第2の磁性体との間に存在する磁壁が、前記第1の磁性体と第3の磁性体の接合界面及び前記第2の磁性体と第3の磁性体の接合界面に位置し易くなるように、前記第3の磁性体として前記第1の磁性体及び第2の磁性体より磁化の小さい異種材料を用いて、前記第1の磁性体及び第2の磁性体内より前記第3の磁性体内の磁壁形成によるエネルギー損失を減らすことを特徴とする。
【0020】
〔16〕上記〔1〕記載の電流注入磁壁移動素子において、前記第1の磁性体と第2の磁性体の磁化方向が反平行であるために前記第1の磁性体と第2の磁性体との間に存在する磁壁が、前記第1の磁性体と第3の磁性体の接合界面及び前記第2の磁性体と第3の磁性体の接合界面に位置し易くなるように、外部電界の印加により前記第3の磁性体として前記第1の磁性体及び第2の磁性体より磁化を小さくした同種材料を用いて、前記第1の磁性体及び第2の磁性体内より前記第3の磁性体内の磁壁形成によるエネルギー損失を減らすことを特徴とする。
【0021】
〔17〕上記〔1〕記載の電流注入磁壁移動素子において、前記第1の磁性体と第2の磁性体の磁化方向が反平行であるために前記第1の磁性体と第2の磁性体との間に存在する磁壁が、前記第1の磁性体と第3の磁性体の接合界面及び前記第2の磁性体と第3の磁性体の接合界面に位置し易くなるように、前記第1の磁性体と第3の磁性体の接合界面、及び第2の磁性体と第3の磁性体の接合界面にくびれを設け、このくびれ位置に磁壁がトラップされやすくすることを特徴とする。
【0022】
〔18〕上記〔1〕記載の電流注入磁壁移動素子において、前記素子の磁化方向の読み出しを可能にすることを特徴とする。
【0023】
〔19〕上記〔18〕記載の電流注入磁壁移動素子において、前記第3の磁性体の磁化状態を、前記第1の磁性体と第3の磁性体の界面に磁壁がある場合と第2の磁性体と第3の磁性体の界面に磁壁がある場合に生じる素子の抵抗差を用いて、電流注入端子と同じ端子に磁壁が移動しない程度の微小電流を流して素子抵抗を計測することで読み出すことを特徴とする。
【0024】
〔20〕上記〔19〕記載の電流注入磁壁移動素子において、前記第1の磁性体と第3の磁性体の接合部と前記第2の磁性体と第3の磁性体の接合部との構造を非対称にすることにより前記素子の抵抗差を生じ易くしたことを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明の電流注入磁壁移動素子の模式図である。
【図2】本発明の実施例を示す層状(縦配置)に形成される素子(その1)の模式図である。
【図3】本発明の実施例を示す層状(縦配置)に形成される素子(その2)の模式図である。
【図4】本発明の実施例を示す層状(縦配置)に形成される素子(その3)の模式図である。
【図5】本発明の実施例を示す層状(縦配置)に形成される素子(その4)の模式図である。
【図6】本発明の実施例を示す垂直磁化膜による磁性体横配置に形成される素子(その1)の模式図である。
【図7】本発明の実施例を示す垂直磁化、磁性体半導体による磁性体横配置に形成される素子の模式図である。
【図8】本発明の実施例を示す磁性体横配置素子の模式図である。
【図9】本発明の実施例を示す垂直磁化膜による磁性体横配置素子の模式図である。
【図10】本発明の実施例を示す垂直磁化による磁性体半導体による磁性体横配置素子の模式図である。
【図11】本発明の実施例を示す垂直磁化による磁性体による磁性体横配置素子の模式図である。
【図12】本発明の実施例を示す電流注入磁壁移動素子(試料)の構成図である。
【図13】Kerr効果偏光顕微鏡によって観察した電流注入磁壁移動素子(試料)の磁区構造を示す図である。
【図14】図12と同様の構造を持つ(Ga,Mn)As層に二段階の段差をつけて形成した電流注入磁壁移動素子(強磁性転移温度100K前後)の模式図である。
【図15】本発明にかかる異常ホール効果〔図14の第3の磁性体23部分の端子対25〕で観測した例を示す図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
電流注入磁壁移動素子であって、反平行の磁化方向を持つ二つの磁性体1と2と、それらに挟まれた磁性体3の微小接合を有し、この微小接合界面を横切るパルス電流(電流密度が104−107A/cm2)を流すことにより、このパルス電流と磁壁との相互作用により電流方向もしくは逆方向に磁壁を移動させ、素子の磁化方向を制御する。
【実施例】
【0027】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。
【0028】
図1は本発明の電流注入磁壁移動素子の模式図である。
【0029】
この図において、1は第1の磁性体、2はその第1の磁性体1と反平行の磁化方向をもつ第2の磁性体、3は第1の磁性体1と第2の磁性体2に挟まれた第3の磁性体、4,5は電流源である。
【0030】
まず、反平行の磁化方向(図中矢印)を持つ二つの磁性体(第1の磁性体1と第2の磁性体2)と、それらに挟まれた第3の磁性体3の微小接合を用意する。磁性体同士の接合は、層状に形成しても素子面内に接合を形成してもよい。また、磁性体1−3は同材料を用いても、異なる材料を用いてもよい。但し、第1の磁性体1と第2の磁性体2の磁化方向は反平行である必要があるので、磁場中成膜等によって反平行の磁化をあらかじめ作り込むか、第1の磁性体1と第2の磁性体2の保磁力差を利用して、成膜後に外部磁場により反平行の磁化を用意する。外部磁場により反平行状態を用意する際、第1の磁性体1と第2の磁性体2が異種材料の場合は元々の材料自体の保磁力差を利用可能であるが、同種材料の場合はスピンバルブ構造で使われているようなピン層を用いる、形状差をつけて形状異方性を用いる、膜厚を変える、材料が磁性半導体の場合は外部電界を加えるなど、様々な手法により第1の磁性体1と第2の磁性体2に保磁力差をつけることが可能である。
【0031】
第1の磁性体1と第2の磁性体2の磁化が反平行であるためには、二つの磁性体1と2との間のどこかに磁壁が存在しなければならない。そこで、その磁壁が第1の磁性体1と第3の磁性体3の接合界面及び第2の磁性体2と第3の磁性体3の接合界面に位置し易くなるようにする。これは、(1)第3の磁性体3の断面積を減らして第1の磁性体1,第2の磁性体2内より第3の磁性体3内の磁壁形成によるエネルギー損失を減らす、(2)第3の磁性体3に第1の磁性体1、第2の磁性体2より磁化の小さい異種材料、もしくは外部電界の印加等により磁化を小さくした同種材料を用いて第1の磁性体1、第2の磁性体2内より第3の磁性体3内の磁壁形成によるエネルギー損失を減らす、(3)第1の磁性体1と第3の磁性体3及び第2の磁性体2と第3の磁性体3の接合界面にくびれを設け、くびれ位置に磁壁がトラップされやすくする、等の手法を採用することにより実現できる。
【0032】
以下、本発明の素子の形成について詳細に説明する。
【0033】
上記したように、磁性体同士の接合は、層状(縦配置)に形成しても、素子面内に接合を形成してもよい。
【0034】
図2は本発明の実施例を示す層状(縦配置)に形成される素子(その1)の模式図である(請求項7の発明に対応)。
【0035】
まず、図2(a)に示すように、基板10上に第1の磁性体膜11を形成して、その第1の磁性体膜11の成膜中に磁場MF1を矢印A方向に印加する。すると、第1の磁性体膜(面内磁化膜)11の磁化の向きは矢印A方向となる。
【0036】
次に、図2(b)に示すように、第3の磁性体膜13を形成する。
【0037】
次に、図2(c)に示すように、第3の磁性体膜13上に第2の磁性体膜12を形成して、その第2の磁性体膜12の成膜中に磁場MF2を、上記した矢印A方向とは逆の矢印B方向に印加する。すると、第2の磁性体膜(面内磁化膜)12の磁化の向きは矢印B方向となる。
【0038】
次いで、図2(d)に示すように、微細加工を行うことにより、本発明の素子が完成する。
【0039】
このようにして基板10上に第1の磁性体膜11と第3の磁性体膜13と第2の磁性体膜12が形成され、第1の磁性体膜11と第2の磁性体膜12が逆方向に磁化された層状(縦配置)の素子を得ることができる。
【0040】
このように磁場印加下でスパッタ法などにより磁性体膜を成膜すると、1mT以下の弱い磁場でもその磁場の方向に磁化方向が向いた磁性体膜が形成される。磁性体膜の形成後は、その磁性体膜の保磁力より弱い磁場が印加されても磁化方向は影響を受けず、磁化方向が変わることはない。
【0041】
図3は本発明の実施例を示す層状(縦配置)に形成される素子(その2)の模式図である(請求項8,9,11,12の発明に対応)。
【0042】
まず、図3(a)に示すように、基板20上に第1の磁性体膜(保磁力小)21を形成し、その第1の磁性体膜21上に第3の磁性体膜23を形成する。次に、第3の磁性体膜23上に第2の磁性体膜(保磁力大)22を形成する。
【0043】
このように、基板20上に第1の磁性体膜21、第3の磁性体膜23、第2の磁性体膜22を順次成膜する。その場合、第1の磁性体膜21と第2の磁性体膜22に保磁力差をつける。例えば、第2の磁性体膜22の保磁力を第1の磁性体膜21の保磁力より大とする。なお、保磁力の大小は逆でもよい。
【0044】
次に、図3(b)に示すように、成膜後、第2の磁性体膜22の保磁力より大きな外部磁場を矢印B方向に印加し、第1の磁性体膜21と第2の磁性体膜22の磁化方向を外部磁場方向Bに揃える。
【0045】
次いで、図3(c)に示すように、第2の磁性体膜22の保磁力より小さく、かつ第1の磁性体膜21の保磁力より大きな外部磁場を図3(b)の矢印B方向と逆向きの矢印A方向に印加する。すると、第1の磁性体膜21の磁化方向のみが向きを変え印加磁場方向Aを向く。
【0046】
次いで、図3(d)に示すように、微細加工により、第1の磁性体膜21と第2の磁性体膜22と第3の磁性体膜23からなる層状(縦配置)の素子を得ることができる。
【0047】
なお、第1の磁性体膜21と第2の磁性体膜22との保磁力の差は、異種磁性材料を用いることで結晶磁気異方性に差を付与する、あるいは膜成長時に磁場印加の有無により成長誘導磁気異方性の差を付与する、あるいは、形状(例えば膜厚)に差をつけ、形状磁気異方性の差を付与することにより実現できる。なお、磁性体膜に磁場を印加する工程〔図3(b),(c)〕と微細加工する工程〔図3(d)〕の順序は入れ替えてもよい。特に、形状磁気異方性による差を付与する場合には工程を逆にする方が好ましい。
【0048】
図4は本発明の実施例を示す層状(縦配置)に形成される素子(その3)の模式図である(請求項10の発明に対応)。
【0049】
まず、図4(a)に示すように、基板30上に第1の磁性体膜31を形成し、その第1の磁性体膜31上に第3の磁性体膜33を形成する。次に、第3の磁性体膜33上に第2の磁性体膜32を形成する。ここでは、基板30上の第1の磁性体膜31、第2の磁性体膜32は同一の磁性材料にて形成する。
【0050】
次に、図4(b)に示すように、第2の磁性体膜32上に反強磁性膜34を成膜する。ここで、第2の磁性体膜32の磁化は反強磁性膜34の磁化と交換力で磁気的に強く結合し、ピンする効果を生じ、第2の磁性体膜32の保磁力は実効的に第1の磁性体膜31の保磁力より大きくなる。以下、図示しないが、図3(b)〜図3(d)と同様の工程を施す。
【0051】
図5は本発明の実施例を示す層状(縦配置)に形成される素子(その4)の模式図である(請求項11の発明に対応)。
【0052】
この実施例では、図5に示すように、基板40上に第1の磁性体膜(膜厚小)41を形成し、その第1の磁性体膜41上に第3の磁性体膜43を形成する。次に、第3の磁性体膜43上に第2の磁性体膜(膜厚大)42を形成する。すなわち、基板40上の第1の磁性体膜41の膜厚は第2の磁性体膜42の膜厚よりは小さくなるように成膜する。
【0053】
このように、磁性体膜の膜厚を変えると、形状磁気異方性により、あるいはその他の組成分布などに起因する理由などにより保磁力が変化し、膜厚の大きい第2の磁性体膜42の方が保磁力が大きくなる。つまり、第1の磁性体膜41と第2の磁性体膜42を同一材料でその膜厚に差をつけて形成することにより保磁力の差を付与することができる。なお、図5では第2の磁性体42の膜厚の方を大きくしたが、膜厚の大小は逆であってもよい。
【0054】
図6は本発明の実施例を示す垂直磁化膜による磁性体横配置に形成される素子(その1)の模式図であり(請求項12の発明に対応)、図6(a)はその側面図、図6(b)はその平面図である。
【0055】
これらの図に示すように、第1の磁性体(磁化M)51、第3の磁性体(磁化M3)53、第2の磁性体(磁化M)52を横方向に配置する。ここでは、第1の磁性体(磁化M)51は幅広く形成している。
【0056】
この実施例では、面に垂直方向に磁化する同種材料からなる第1の磁性体(磁化M)51と第2の磁性体(磁化M)52に形状差を設け、その形状異方性により第1の磁性体(磁化M)51と第2の磁性体(磁化M)52の保磁力差を付けるようにしている。なお、図6では幅の広い第1の磁性体51の方が第2の磁性体52より保磁力が大きくなっているが、幅の大小は逆でもよい。
【0057】
図7は本発明の実施例を示す垂直磁化、磁性体半導体による磁性体横配置に形成される素子の模式図であり(請求項13の発明に対応)、図7(a)はその素子の構造を示す側面図、図7(b)はその全体構成図である。
【0058】
まず、図7(a)に示すように、磁性半導体により、第1の磁性体61、第2の磁性体62、第3の磁性体63を形成し、第1の磁性体61と第2の磁性体62に絶縁膜64,65を介して電極66,67を形成する。
【0059】
次に、図7(b)に示すように、第1の磁性体61と第2の磁性体62に異なった電界を印加することにより、第1の磁性体61と第2の磁性体62は異なった保磁力となる。正の電界印加で保磁力は減少し、負の電界印加で保磁力は増大する。なお、68,69は電界を印加するための直流電源(電池)である。
【0060】
図8は本発明の実施例を示す磁性体横配置素子の模式図であり(請求項14の発明に対応)、図8(a)はその第1例の素子の構造を示す斜視図、図8(b)はその第2例の素子の構造を示す斜視図である。
【0061】
図8(a)の例では、第1の磁性体71、第2の磁性体72、第3の磁性体73のそれぞれの奥行き幅は等しいが、それぞれの高さを異ならせ、側面断面積が異なるようにしている。特に、第3の磁性体73の高さを低くし、側面断面積が小さくなるようにしている。
【0062】
また、図8(b)の例では、第1の磁性体81、第2の磁性体82、第3の磁性体83のそれぞれの高さは等しいが、それぞれの奥行き幅を異ならせ、平面断面積が異なるようにしている。特に、第3の磁性体83の奥行き幅を小さくし、平面断面積が小さくなるようにしている。
【0063】
図9は本発明の実施例を示す垂直磁化膜による磁性体横配置素子の模式図である(請求項15の発明に対応)。
【0064】
この図9に示すように、第1の磁性体(磁化M1)91、第2の磁性体(磁化M2)92、第3の磁性体(磁化M3)93を形成する。ここでは、第3の磁性体93の磁化M3の大きさが第1の磁性体91の磁化M1、第2の磁性体92の磁化M2より小さいような磁性材料により構成するようにしている。
【0065】
図10は本発明の実施例を示す垂直磁化による磁性体半導体による磁性体横配置素子の模式図である(請求項16の発明に対応)。
【0066】
この実施例では、同一の磁性体半導体からなる第1の磁性体94、第2の磁性体95、第3の磁性体96のうち、第3の磁性体96に絶縁膜97を介して電極98に外部電界を印加し、第3の磁性体96の磁化を第1の磁性体94と第2の磁性体95の磁化より小さくなるように構成している。なお、99は外部電界を印加するための直流電源(電池)である。
【0067】
図11は本発明の実施例を示す垂直磁化による磁性体による磁性体横配置素子の模式図である(請求項17の発明に対応)。
【0068】
この図に示すように、第1の磁性体101と第3の磁性体103との接合界面にくびれ104を、第2の磁性体102と第3の磁性体103との接合界面にくびれ105を形成するように構成している。
【0069】
このようにすることにより、くびれ104,105に磁壁がトラップされやすくなり、第1の磁性体101と第3の磁性体103との接合界面及び第2の磁性体102と第3の磁性体103との接合界面に磁壁が位置しやすくなる。
【0070】
以上のように構成した本発明の素子に接合界面を横切る(パルス)電流(電流密度104−107A/cm2)を流した場合、電流と磁壁との相互作用により電流方向もしくは逆方向に磁壁を移動させることが可能であるので(電流方向と磁壁移動方向の相対関係は電流と磁化の相互作用の符号に依存するため材料に依存)、元々第1の磁性体1と第3の磁性体3の界面にあった磁壁を第2の磁性体2と第3の磁性体3の界面に移動でき、電流の向きを変えることによってその逆も可能となる。つまり、図1(a)と図1(b)に示すように、電流の向きによって第3の磁性体3の磁化方向の制御が可能となる。第3の磁性体3の磁化状態は、第1の磁性体1と第3の磁性体3の界面に磁壁がある場合と第2の磁性体2と第3の磁性体3の界面に磁壁がある場合に生じる素子の抵抗差を用いて、電流注入端子と同じ端子に磁壁が移動しない程度の微小電流(<104A/cm2)を流して素子抵抗を計測することで読み出し可能である。第1の磁性体1と第3の磁性体3に全く同じ材料を用いた場合、この抵抗差は生じ難いが、第1の磁性体1と第3の磁性体3及び第2の磁性体2と第3の磁性体3の接合面積に差をつける、もしくは接合界面に設けるくびれの大きさを変える等、構造を非対称にすることにより、磁壁位置依存の素子抵抗変化機能を付加することが可能である。さらに、非磁性層を介して磁化方向が固定された強磁性層を付加し、巨大磁気抵抗効果もしくはトンネル磁気抵抗効果を用いることで出力を上げた読み出しも可能となる。また、第3の磁性体3に計測用の端子を設け、異常ホール効果や面内ホール効果等の横電流磁気効果によっても第3の磁性体3内の磁化状態の計測が可能である。
【0071】
このように、この電流注入磁壁移動素子では外部磁場を印加することなく、電気的な磁性体の磁化方向の制御、読み出しが可能であるので、メモリ素子を含め広範囲な応用が可能である。
【0072】
次に、本発明の主要部となる電流注入磁壁移動の実際の計測例について説明する。
【0073】
図12は本発明の実施例を示す電流注入磁壁移動素子(試料)の構成図であり、図12(a)はその電流注入磁壁移動素子の構造図、図12(b)はその素子の写真を示す図、図12(c)は図12(b)の断面図である。
【0074】
図12(a)において、111はGaAs基板、112はそのGaAs基板111上に形成されるGaAs層(500Å)、113はそのGaAs層112上に形成される(In0.2Ga0.8)As層(5000Å)、114はその(In0.2Ga0.8)As層113上に形成される、強磁性半導体である(Ga0.967Mn0.033)As層(200Å)である。
【0075】
このように、電流注入磁壁移動素子は面直容易軸を持つ強磁性半導体(Ga,Mn)Asから作製した〔(In,Mn)As層を代わりに用いてもよい〕。(Ga,Mn)As層114の場合は試料表面の一部をエッチングすることで、(In,Mn)As層の場合は、表面の一部に絶縁膜を介して金属電極を蒸着し外部電界を印加すること(上記非特許文献1)で、面内に保磁力の違う同種磁性体の接合を形成する。
【0076】
両方の材料に対する作用効果は同様であるので、ここでは、図12に示すように、(Ga,Mn)As層に対する構造を中心に説明する。
【0077】
この電流注入磁壁移動素子はホール・バー形状を持ち、図12(c)に示すように、右半分を略50Åエッチングした。図12(a)の(Ga,Mn)As層114の強磁性転移温度が60K程度であるため、計測はそれ以下の温度で行った。まず、左半分と右半分の(Ga,Mn)As層114の保磁力差を利用して、磁化の反平行配置を形成した。
【0078】
これは、図13(a)に示すように、Kerr効果偏光顕微鏡のコントラストの差によって観察可能であるが、図12(b)に示されたホール端子対(a),(b)と(c),(d)で異常ホール効果の符号が反転していることから電気的にも計測可能である。図13(b)に示すように、電流注入磁壁移動素子の下から上にパルス電流を印加した場合、磁壁が電流と逆方向に移動し、電流注入磁壁移動素子下半分の磁化が反転している様子が分かる。これは、四対のホール端子電圧の符号がすべて同じになることから電気的にも計測可能である。パルス電流を逆に素子の上から下に印加した場合、接合面に磁壁がトラップされ、電流注入磁壁移動素子の磁区構造に変化は現れない。
【0079】
図14は図12と同様の構造を持つ(Ga,Mn)As層に二段階の段差をつけて形成した電流注入磁壁移動素子(強磁性転移温度100K前後)の模式図である。
【0080】
この図において、121は第1の磁性体(図1の第1の磁性体1に対応)、122は第2の磁性体(図1の第2の磁性体2に対応)、123は第3の磁性体(図1の第3の磁性体3に対応)であり、ここでは、それぞれの磁性体の幅は一様であり、それらの高さは、第1の磁性体121の高さ>第2の磁性体122の高さ>第3の磁性体123の高さの順となっており、二段階の段差が形成されている。124は第1の磁性体121に形成される端子対、125は第3の磁性体123に形成される端子対、126は第2の磁性体122に形成される端子対、矢印は電流の方向である。
【0081】
外部磁場を用い、図1の第1の磁性体1と第2の磁性体2に相当する両端部分の磁化の反平行初期配置を用意した。これにより、第3の磁性体123に相当する中心部分の磁化を、第1の磁性体121の磁化と平行の状態から第2の磁性体122の磁化と平行の状態へ、またはその逆へと、パルス電流印加方向により可逆的に自在に操ることが可能である。これを電気的に異常ホール効果〔図14の第3の磁性体123部分の端子対125〕で観測した例が図15である。図15の例ではパルス電流値Ipulse=350μA(電流密度105A/cm2程度に相当)、パルス幅0.1秒で、温度83K、外部磁場はゼロにおいて測定した。
【0082】
この図15に示すように、図14の第3の磁性体123部分のホール端子対125により、異常ホール効果を用いて、第3の磁性体123の磁化方向を検出する。正負の電流パルスを印加することで、ホール電圧の符号が反転することから、図13の磁化方向を電流印加により可逆的に自在に制御することができ、かつその方向の読み出しが可能であることが分かる。
【0083】
なお、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に基づき種々の変形が可能であり、これらを本発明の範囲から排除するものではない。
【0084】
本発明によれば、磁性半導体素子の強磁性体の磁化反転に必要な外部磁場をなくし、消費電力の省力化を図ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明の電流注入磁壁移動素子は、外部磁場を印加することなく、電気的な磁性体の磁化方向の制御、読み出しが可能であるので、メモリ素子を含め広範囲な応用が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに反平行の磁化方向を持つ第1の磁性体と第2の磁性体と、該第1の磁性体と第2の磁性体に挟まれた第3の磁性体の微小接合を有し、該微小接合界面を横切る電流を流すことにより、該電流と磁壁との相互作用により電流方向もしくは逆方向に磁壁を移動させ、素子の磁化方向を制御することを特徴とする電流注入磁壁移動素子。
【請求項2】
請求項1記載の電流注入磁壁移動素子において、前記磁性体が磁性半導体であることを特徴とする電流注入磁壁移動素子。
【請求項3】
請求項2記載の電流注入磁壁移動素子において、前記磁性半導体が(Ga,Mn)Asからなる強磁性半導体であることを特徴とする電流注入磁壁移動素子。
【請求項4】
請求項2記載の電流注入磁壁移動素子において、前記磁性半導体が(In,Mn)Asからなる強磁性半導体であることを特徴とする電流注入磁壁移動素子。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか一項記載の電流注入磁壁移動素子において、前記電流がパルス電流であることを特徴とする電流注入磁壁移動素子。
【請求項6】
請求項5記載の電流注入磁壁移動素子において、前記パルス電流の電流密度が104−107A/cm2であることを特徴とする電流注入磁壁移動素子。
【請求項7】
請求項1記載の電流注入磁壁移動素子において、前記互いに反平行の磁化方向を持つ第1の磁性体と第2の磁性体を、磁場中成膜によって形成することを特徴とする電流注入磁壁移動素子。
【請求項8】
請求項1記載の電流注入磁壁移動素子において、前記互いに反平行の磁化方向を持つ第1の磁性体と第2の磁性体を、保磁力差を利用して成膜後に外部磁場を印加することにより形成することを特徴とする電流注入磁壁移動素子。
【請求項9】
請求項8記載の電流注入磁壁移動素子において、前記第1の磁性体と第2の磁性体が異種材料であることを特徴とする電流注入磁壁移動素子。
【請求項10】
請求項1記載の電流注入磁壁移動素子において、前記第1の磁性体と第2の磁性体が同種材料であって、前記第2の磁性体膜上に反強磁性膜を形成し、前記第2の磁性体膜と磁気的に結合させることにより、前記第1の磁性体と第2の磁性体に保磁力差をつけることを特徴とする電流注入磁壁移動素子。
【請求項11】
請求項1記載の電流注入磁壁移動素子において、前記第1の磁性体と第2の磁性体が同種材料であって、前記第1の磁性体と第2の磁性体との膜厚を変えることにより、前記第1の磁性体と第2の磁性体に保磁力差をつけることを特徴とする電流注入磁壁移動素子。
【請求項12】
請求項1記載の電流注入磁壁移動素子において、前記第1の磁性体と第2の磁性体が同種材料であって、前記第1の磁性体と、前記第2の磁性体とに形状差をつけ形状異方性の差により、前記第1の磁性体と第2の磁性体に保磁力差をつけることを特徴とする電流注入磁壁移動素子。
【請求項13】
請求項2、3又は4記載の電流注入磁壁移動素子において、前記磁性半導体からなる第1の磁性体と第2の磁性体にそれぞれ異なる外部電界を加えることにより、前記第1の磁性体と第2の磁性体に保磁力差をつけることを特徴とする電流注入磁壁移動素子。
【請求項14】
請求項1記載の電流注入磁壁移動素子において、前記第1の磁性体と第2の磁性体の磁化方向が反平行であるために前記第1の磁性体と第2の磁性体との間に存在する磁壁が、前記第1の磁性体と第3の磁性体の接合界面及び前記第2の磁性体と第3の磁性体の接合界面に位置し易くなるように、前記第3の磁性体の断面積を減らして前記第1の磁性体及び第2の磁性体内より前記第3の磁性体内の磁壁形成によるエネルギー損失を減らすことを特徴とする電流注入磁壁移動素子。
【請求項15】
請求項1記載の電流注入磁壁移動素子において、前記第1の磁性体と第2の磁性体の磁化方向が反平行であるために前記第1の磁性体と第2の磁性体との間に存在する磁壁が、前記第1の磁性体と第3の磁性体の接合界面及び前記第2の磁性体と第3の磁性体の接合界面に位置し易くなるように、前記第3の磁性体として前記第1の磁性体及び第2の磁性体より磁化の小さい異種材料を用いて、前記第1の磁性体及び第2の磁性体内より前記第3の磁性体内の磁壁形成によるエネルギー損失を減らすことを特徴とする電流注入磁壁移動素子。
【請求項16】
請求項1記載の電流注入磁壁移動素子において、前記第1の磁性体と第2の磁性体の磁化方向が反平行であるために前記第1の磁性体と第2の磁性体との間に存在する磁壁が、前記第1の磁性体と第3の磁性体の接合界面及び前記第2の磁性体と第3の磁性体の接合界面に位置し易くなるように、外部電界の印加により前記第3の磁性体として前記第1の磁性体及び第2の磁性体より磁化を小さくした同種材料を用いて、前記第1の磁性体及び第2の磁性体内より前記第3の磁性体内の磁壁形成によるエネルギー損失を減らすことを特徴とする電流注入磁壁移動素子。
【請求項17】
請求項1記載の電流注入磁壁移動素子において、前記第1の磁性体と第2の磁性体の磁化方向が反平行であるために前記第1の磁性体と第2の磁性体との間に存在する磁壁が、前記第1の磁性体と第3の磁性体の接合界面及び前記第2の磁性体と第3の磁性体の接合界面に位置し易くなるように、前記第1の磁性体と第3の磁性体の接合界面、及び第2の磁性体と第3の磁性体の接合界面にくびれを設け、該くびれ位置に磁壁がトラップされやすくすることを特徴とする電流注入磁壁移動素子。
【請求項18】
請求項1記載の電流注入磁壁移動素子において、前記素子の磁化方向の読み出しを可能にすることを特徴とする電流注入磁壁移動素子。
【請求項19】
請求項18記載の電流注入磁壁移動素子において、前記第3の磁性体の磁化状態を、前記第1の磁性体と第3の磁性体の界面に磁壁がある場合と第2の磁性体と第3の磁性体の界面に磁壁がある場合に生じる素子の抵抗差を用いて、電流注入端子と同じ端子に磁壁が移動しない程度の微小電流を流して素子抵抗を計測することで読み出すことを特徴とする電流注入磁壁移動素子。
【請求項20】
請求項19記載の電流注入磁壁移動素子において、前記第1の磁性体と第3の磁性体の接合部と前記第2の磁性体と第3の磁性体の接合部との構造を非対称にすることにより前記素子の抵抗差を生じ易くしたことを特徴とする電流注入磁壁移動素子。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図14】
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【図15】
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【図12】
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【図13】
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【国際公開番号】WO2005/069368
【国際公開日】平成17年7月28日(2005.7.28)
【発行日】平成19年12月27日(2007.12.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−517061(P2005−517061)
【国際出願番号】PCT/JP2005/000336
【国際出願日】平成17年1月14日(2005.1.14)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】