説明

電着塗膜形成方法および多層塗膜の形成方法

【課題】優れたつきまわり性を電着塗料組成物に付与することによって、自動車車体などの外板部で約15μm、内板部で約10μmの膜厚を有する電着塗膜を形成することができ、しかも、平滑性、耐候性、耐衝撃性、耐チッピング性などの機能を電着塗膜に付与することによって、中塗り塗膜を省略することができる電着塗膜形成方法の提供、ならびに、中塗り塗膜を含まない多層塗膜の形成方法の提供。
【解決手段】電着塗料組成物を被塗物上に電着塗装し、次いで加熱しながら層分離せしめ、その後硬化させて、少なくとも2層からなる複層硬化膜を形成する工程を包含する電着塗膜形成方法であって、電着塗料組成物が、
塗膜形成性樹脂成分(a)および(b)、
ブロックドポリイソシアネート(c1)および(c2)、
オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)、および
顔料
を含み、
塗膜形成性樹脂成分(a)および(b)が、互いに不相溶であり、
塗膜形成性樹脂成分(a)が、ブロックドポリイソシアネート(c1)と、オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)とを含むエマルション粒子Aを形成し、
塗膜形成性樹脂成分(b)が、ブロックドポリイソシアネート(c2)と、オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)とを含むエマルション粒子Bを形成し、
エマルション粒子Aのガラス転移温度(Tg(A))(℃)およびエマルション粒子Bのガラス転移温度(Tg(B))(℃)は、式(1)および式(2):
[{Tg(B)−Tg(A)}の絶対値]≦10 (1)
11≦[(電着塗料組成物の浴温度(℃))−({Tg(A)+Tg(B)}/2)]≦17 (2)
の関係を満足する、電着塗膜形成方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車車体などの塗装に適用可能な電着塗膜形成方法に関し、詳細には、電着塗料組成物に含まれる複数のエマルション粒子のガラス転移温度(Tg)と、電着塗料浴の温度の両方を制御することによって、電着塗料組成物に優れたつきまわり性を付与し、中塗り塗装工程の省略に適した電着膜厚および各種機能を有する多層電着硬化塗膜を形成することのできる電着塗膜形成方法に関する。また、本発明は、自動車車体などの塗装において、中塗り塗装工程を省略した、いわゆる中塗り塗装レス系の多層塗膜の形成方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
自動車車体などの塗装分野では、一般に、鋼板などの被塗物に、防錆性向上を目的として、下塗り塗膜として電着塗膜を形成した後、その上に中塗り塗膜を形成し、さらにその上に上塗り塗膜として、着色ベース塗膜、クリヤー塗膜などを順次形成して塗装が完了する。
【0003】
しかし、近年では、自動車車体などの塗装分野においても、省資源、省エネルギー、省コストおよび環境負荷低減(例えば、低VOCおよび低CO)を目的として、塗装工程の短縮および簡略化が求められている。例えば、特開2002−294145号公報(特許文献1)には、環境負荷低減および高いつきまわり性の達成を目的とした、無鉛性カチオン電着塗料組成物が開示されている。
【0004】
一般に、簡略化した塗装方法としては、3コート1ベーク(3C1B)法がよく知られている。3C1B法では、電着塗膜の上に、中塗り塗料、ベース塗料およびクリヤー塗料をウェット・オン・ウェット(wet-on-wet)で順次塗り重ね、これら塗り重ねた塗膜を同時に焼き付け、硬化させることによって、電着塗膜の上に、中塗り塗膜、ベース塗膜およびクリヤー塗膜の順でこれら3層を含む多層塗膜を一度に簡便に形成することができる。3C1B法では、硬化電着塗膜形成後、たった1回の焼き付け硬化で多層塗膜を形成することができるので、省エネルギーおよび省コストなどの観点から非常に有益である。また、3C1B法では、一般に、形成される多層塗膜が中塗り塗膜を含むため、優れた耐衝撃性および耐チッピング性を塗膜に提供することができる。
【0005】
また、近年では、さらに簡略化した塗装方法として、中塗り塗装工程を省略した、いわゆる中塗り塗装レス系の多層塗膜の形成方法が検討されている。自動車車体などに適用する多層塗膜において、中塗り塗膜を省略する場合、一般には、電着塗膜が中塗り塗膜の役割を担う必要がある。従って、電着塗膜は、被塗物に対して、優れた防錆性だけでなく、優れた耐衝撃性および耐チッピング性などの機能を有していなければならない。また、この場合、中塗り塗膜を省略しても、3C1B法で形成される塗膜と同等またはそれ以上の外観を提供しなければならない。さらに、電着塗膜の本来の目的である防錆機能に着目すれば、複雑な構造を有する被塗物であっても、その全ての部位で電着塗膜の膜厚を所定値にする必要がある。そのため、膜厚にムラがあると、厚い部分は塗り過ぎであり、塗料が過剰に使用されることになる。従って、塗料の使用量を削減するためには、電着塗料のつきまわり性も向上させる必要がある。
【0006】
例えば、特公平2−33069号公報(特許文献2)には、二層塗膜形成型厚膜電着塗料組成物及び電着塗装方法が開示されている。特許文献2に開示の電着塗料組成物は、組成物中にベンゼン核を有するモノマーを50重量%以下含有し、かつ軟化点が80℃以上であるカチオン性アクリル樹脂(A)と、軟化点が75℃以下であるカチオン性フェノール型エポキシ樹脂(B)とを含有し、(A)対(B)の重量比が1〜30対1であることを特徴とする。特許文献2に開示の電着塗料組成物では、樹脂(A)と樹脂(B)との相溶性、重量比、軟化点等を規定することによって、防錆性に優れたフェノール型エポキシ樹脂層からなる下層と、耐候性に優れたアクリル樹脂層からなる上層とを含む2層構造の電着塗膜を形成することができる。また、特許文献2に開示の二層型電着塗膜は、外板部で50〜200μm、内板部で5〜30μmの厚みを有する。このように、特許文献2では、外板部が厚膜でかつ優れた耐候性を有し、内板部ではそれよりも薄く優れた防錆性を有する二層型の電着塗膜を形成することができる。しかし、特許文献2に開示の二層型の電着塗膜は、全体としての膜厚が非常に大きく、電着塗料自体の使用量が多いため、中塗り塗膜を省略しても、経済性に優れているとはいえない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2002−294145号公報
【特許文献2】特公平2−33069号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
近年では、さらに省資源、省エネルギー、省コストおよび環境負荷削減の観点から、外板部では約15μm、内板部では約10μm程度の厚みの電着塗膜を達成することが求められており、しかも、電着塗膜に防錆性だけでなく、平滑性、耐候性、耐衝撃性、耐チッピング性などの機能を付与して中塗り塗膜を省略することも求められている。
【0009】
従って、本発明は、優れたつきまわり性を電着塗料組成物に付与することによって、自動車車体などの外板部で約15μm、内板部で約10μmの膜厚を有する電着塗膜を形成することができ、しかも、平滑性、耐候性、耐衝撃性、耐チッピング性などの機能を電着塗膜に付与することによって、中塗り塗膜を省略することができる電着塗膜形成方法の提供を目的とする。また、本発明は、中塗り塗膜を含まない多層塗膜の形成方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、鋭意検討の結果、複数のエマルション粒子を含む電着塗料組成物を用いて、少なくとも2層からなる電着硬化塗膜を形成する際に、電着塗料組成物に含まれるエマルション粒子のガラス転移温度(Tg)および電着塗料浴の温度を制御することによって、優れた防錆性に加えて、優れたつきまわり性を電着塗料組成物に付与することができること、特に、自動車車体の電着塗装において、外板部では約15μm、内板部では10μm程度の厚みを達成することができ、しかも、少なくとも2層の複層電着硬化塗膜を形成することによって、電着塗膜の上層に、耐候性、耐衝撃性、耐チッピング性など従来の中塗り塗膜が有していた機能を付与することができ、中塗り塗膜を省略することができることを見出した。なお、本発明は、電着塗料組成物に含まれる「エマルション粒子」のガラス転移温度を制御するものであり、当業者は、本発明がエマルション粒子を構成する「樹脂」自体のガラス転移温度もしくは軟化点を制御するものではないことに留意すべきである。
【0011】
電着塗料組成物を被塗物上に電着塗装し、次いで加熱しながら層分離せしめ、その後硬化させて、少なくとも2層からなる複層硬化膜を形成する工程を包含する電着塗膜形成方法であって、電着塗料組成物が、
塗膜形成性樹脂成分(a)および(b)、
ブロックドポリイソシアネート(c1)および(c2)、
オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)、および
顔料
を含み、
塗膜形成性樹脂成分(a)および(b)が、互いに不相溶であり、
塗膜形成性樹脂成分(a)が、ブロックドポリイソシアネート(c1)と、オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)とを含むエマルション粒子Aを形成し、
塗膜形成性樹脂成分(b)が、ブロックドポリイソシアネート(c2)と、オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)とを含むエマルション粒子Bを形成し、
エマルション粒子Aのガラス転移温度(Tg(A))(℃)およびエマルション粒子Bのガラス転移温度(Tg(B))(℃)は、式(1)および式(2):
[{Tg(B)−Tg(A)}の絶対値]≦10 (1)
11≦[(電着塗料組成物の浴温度(℃))−({Tg(A)+Tg(B)}/2)]≦17 (2)
の関係を満足する、電着塗膜形成方法。
【0012】
本発明の電着塗膜形成方法は、好ましくは、
塗膜形成性樹脂成分(a)が、ガラス転移温度(Tg(a))30〜50℃のカチオン変性アクリル樹脂であり、
塗膜形成性樹脂成分(b)が、ガラス転移温度(Tg(b))20〜35℃のカチオン変性エポキシ樹脂であり、
塗膜形成性樹脂成分(a)の溶解性パラメータ(δa)および塗膜形成性樹脂成分(b)の溶解性パラメータ(δb)が、式(3):
{δb−δa}≧0.4 (3)
の関係を満足する。
【0013】
本発明の電着塗膜形成方法は、好ましくは、塗膜形成性樹脂成分(a)および(b)の配合比((a)/(b))が、固形分重量比で50/50〜40/60である。
【0014】
本発明の電着塗膜形成方法は、好ましくは、
オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)のオニウム基が、アンモニウム基およびスルホニウム基からなる群から選択される。
【0015】
本発明の電着塗膜形成方法は、好ましくは、
オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)が、エマルション粒子AおよびBの塗膜形成性樹脂成分(a)および(b)ならびにブロックドポリイソシアネート(c1)および(c2)の合計100重量部に対して、1〜10重量部含まれる。
【0016】
本発明の電着塗膜形成方法は、好ましくは、
ブロックドポリイソシアネート(c1)が、脂肪族系のポリイソシアネートを封止剤でブロックしたものであり、
ブロックドポリイソシアネート(c2)が、脂環式系または芳香族系のポリイソシアネートを封止剤でブロックしたものである。
【0017】
また、本発明は、上記の電着塗膜形成方法によって形成される電着塗膜の上に、さらに、上塗りベース塗料組成物を塗布して、未硬化の上塗りベース塗膜を形成する工程、
未硬化の上塗りベース塗膜の上に、さらに、上塗りクリヤー塗料組成物を塗布して未硬化の上塗りクリヤー塗膜を形成する工程、および
未硬化の上塗りベース塗膜および未硬化の上塗りクリヤー塗膜を同時に加熱して硬化する工程
を包含する、多層塗膜の形成方法にも関する。
【発明の効果】
【0018】
一般に、電着塗料組成物では、電着塗装時にエマルション粒子の状態で被塗物上に堆積していく。エマルション粒子が粒子状態を保持していれば、球状の物が堆積していっても必ず隙間ができて電気的導通が確保されるので、電流が流れる場所にエマルション粒子がどんどん堆積して、膜厚が大きくなっていく。しかし、膜厚が大きくなっていくだけで、電気的導通が確保されたままなので、電気が流れ易い部分にだけ塗膜が形成され、電気が流れにくい部分には塗膜が殆ど形成されないことになる。これは、つきまわり性が悪いということになる。つきまわり性をよくするためには、堆積したエマルション粒子が互いに融着して、間隙を塞いで電気的な導通を遮断すると、それ以外の部分に電気的導通を求めていき、どんどん別の場所にエマルション粒子が堆積していくことになって、つきまわり性が向上する。しかし、つきまわり性をよくするために、エマルション粒子のTgを低くして、堆積の際にすぐに粒子同士が融着してしまうようにすると、今度は膜厚が確保できずに、塗膜の他の性能(例えば、防錆性など)が不十分になっていく。
【0019】
従って、必要な膜厚とつきまわり性を確保するためには、樹脂粒子の融着しやすさの尺度となるTgと、電着塗料浴の浴温とをコントロールする必要があることが解る。特に、電着塗膜に中塗り塗膜の機能を持たせようとする多層分離型電着塗膜の場合には、そのコントロールが重要になる。外板部分(自動車等の外に見えている部分)では、耐候性、防錆性、平滑性、耐チッピング性等の性能が求められるので、15μm程度、望ましくは少なくとも14μm〜15μm程度必要であり、内板部分(自動車等の外から見えていない内部)では、防錆性のみが求められるので、外板部よりも薄くてもよく、10μm程度、望ましくは少なくとも7μm〜10μm程度である。本発明では、多層分離型電着塗料に使用する各層を形成する成分であるエマルション粒子のTg(℃)と、電着塗料組成物の浴温度(℃)とをコントロールして、つきまわり性と膜厚の確保の両方の性能を達成することができた。
【0020】
詳細には、本発明では、電着塗料組成物に含まれる上述の少なくとも2種類のエマルション粒子AおよびBが、エマルション粒子のTg(℃)および電着塗料組成物の浴温度(℃)に関する上述の式(1)および式(2)の条件を満たすことによって、電着塗料組成物に優れたつきまわり性を付与することができ、しかも自動車車体の外板部で15μm程度、内板部で10μm程度の電着膜厚を達成することができた。なお、上述の式(1)および式(2)は、エマルション粒子のガラス転移温度を規定するものであり、エマルション粒子を構成する樹脂自体のガラス転移温度を規定するものではない。
【0021】
近年では、自動車車体などの塗装分野においても、省資源、省エネルギー、省コストおよび環境負荷低減を目的として、電着塗膜の薄膜化が求められているが、ごく最近では、自動車車体の外板部で約15μm、内板部では約10μm程度(あるいは少なくとも7μm)の膜厚が求められている。しかし、本発明においては、電着塗料組成物が式(1)および式(2)の条件を満たすことによって、優れたつきまわり性を発揮するので、本発明では上述の目標値を十分に達成することができる。しかも、本発明の方法によると、少なくとも2種類の樹脂成分で構成される少なくとも2層の複層硬化膜を形成することができるので、複層塗膜の最上層に耐候性、耐衝撃性、耐チッピング性などの機能を付与し、最下層に優れた防錆性をそれぞれ別々に付与することが可能となった。
さらに、本発明では、上述の通り、電着塗膜を薄膜化できるにもかかわらず、優れた防錆性だけでなく、優れた耐候性、耐衝撃性、耐チッピング性などの性能をも十分に確保することができるので、本発明を自動車車体などの塗装に適用した場合、従来では耐候性、耐衝撃性、耐チッピング性などの機能を付与するために必要であった中塗り塗膜を省略することができた。
また、本発明の方法で形成された電着塗膜の上に、中塗り塗膜を省略した多層塗膜を形成した場合であっても、本発明では優れた塗膜外観を得ることができた。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明は、自動車車体などの塗装において、複層電着塗膜形成を利用して、中塗り塗装工程を省略することができる電着塗膜の形成方法に関する。詳細には、本発明は、電着塗料組成物を被塗物上に電着塗装し、次いで加熱しながら層分離せしめ、その後硬化させて、少なくとも2層からなる複層硬化膜を形成する工程を包含する電着塗膜形成方法に関する。本発明では、電着塗料組成物は、互いに不相溶な少なくとも2種類の塗膜形成性樹脂成分(a)および(b)、少なくとも2種類のブロックドポリイソシアネート(c1)および(c2)、オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)、および顔料を含む。本発明では、塗膜形成性樹脂成分(a)が、ブロックドポリイソシアネート(c1)と、オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)とを含むエマルション粒子Aを形成し、また、塗膜形成性樹脂成分(b)が、ブロックドポリイソシアネート(c2)と、オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)とを含むエマルション粒子Bを形成することを特徴とする。すなわち、本発明の方法で使用することのできる電着塗料組成物は、少なくとも2種類のエマルション粒子AおよびBを含むことを特徴とする。本発明では、これら少なくとも2種類のエマルション粒子AおよびBの物性の差、特にガラス転移温度(Tg)の差によって、中塗り塗装工程を省略することができる、少なくとも2層からなる複層電着硬化塗膜を形成することができる。
【0023】
本発明において、電着塗料組成物に含まれるエマルション粒子AおよびBのガラス転移温度(Tg)は、以下の式(1)の関係を満たす。
【0024】
[{Tg(B)−Tg(A)}の絶対値]≦10 (1)
【0025】
式中、Tg(A)は、エマルション粒子Aのガラス転移温度(℃)を示し、Tg(B)は、エマルション粒子Bのガラス転移温度(℃)を示す。
【0026】
式(1)は、エマルション粒子Aのガラス転移温度(Tg(A))とエマルション粒子Bのガラス転移温度(Tg(B))との差(すなわち、{Tg(B)−Tg(A)}の絶対値)を10(℃)以下に規定するものである。
【0027】
本発明では、式(1)で示す通り、電着塗料組成物に含まれるエマルション粒子のガラス転移温度の差を10℃以下に規定することによって、エマルション粒子がほぼ同時に融着することができ、電着塗膜の形成が円滑に進行する。一般に、電着塗料組成物に複数のエマルション粒子が含まれる場合、エマルション粒子のガラス転移温度は、互いに近い方が望ましく、理想としては、その差は0である。
【0028】
従来では、電着塗膜を形成する際、電着塗料組成物に含まれる樹脂自体のガラス転移温度を規定することはあっても、電着塗料組成物に含まれる樹脂から形成されるエマルション粒子のガラス転移温度を調節することは行われていなかった。例えば、特開2002−294145号公報(特許文献1)では、上述の通り、環境負荷低減および高いつきまわり性の達成を目的として、無鉛性カチオン電着塗料組成物を開示するが、この電着塗料組成物に含まれる樹脂のガラス転移温度(Tg)は規定されていても、それによって形成されるエマルションのガラス転移温度は全く規定されていない。なお、特許文献1に開示の電着塗料組成物は、複層電着硬化塗膜を形成するものではないことにも注目すべきである。また、特許文献1に開示の電着塗料組成物は、電着塗料組成物に含まれるカチオン変性エポキシ樹脂の中和率(MEQ(A))を調節することによって、電着塗料組成物のつきまわり性を改善するものである。
【0029】
また、電着塗膜を形成する際、電着塗料組成物に含まれる樹脂のTgを規定することは可能であっても、形成される複数のエマルション粒子のTgの差を近づけることは、たとえ当業者であっても、非常に困難なことである。というのも、エマルション粒子は、樹脂成分のみから形成されるものではなく、実際には様々な成分が配合されて形成されるものであり、エマルション粒子のTgの調節自体が非常に困難であることは当業者にも明らかである。また、複層電着塗膜を形成する場合、それぞれの層は、互いに異なる機能を担うため、それぞれ異なる樹脂から形成されることが多く(例えば、平滑性、耐候性、耐衝撃性、耐チッピング性などを付与することのできるアクリル樹脂層(上層)と、防錆性を付与することのできるエポキシ樹脂層(下層))、それ故、エマルション粒子はそれぞれ異なる樹脂から形成されるので、実際には、ガラス転移温度を近づけることは非常に困難なことである。
【0030】
しかし、本発明では、機能発現に必要な塗膜の物性値、化学的性質を考慮した上で、各樹脂成分の分子量やガラス転移温度(Tg)、水酸基濃度、イソシアネート/水酸基当量比、配合比率等を設計し、求められる塗膜性能を損なうことなく、電着塗料組成物に含まれるエマルション粒子AおよびBのガラス転移温度(Tg)の差(すなわち、{Tg(B)−Tg(A)}の絶対値)を10(℃)以内にすることができた。
【0031】
電着塗料組成物に含まれるエマルション粒子AおよびBのガラス転移温度(Tg)の差が10(℃)を超えると、2つのエマルション粒子の融着状態に差が生じ、析出塗膜の抵抗発現が不均一となり、つきまわり性の低下は勿論のこと、電着塗膜の平滑性も損なわれるなどの問題が生じる。
【0032】
電着塗料組成物に含まれるエマルション粒子AおよびBのガラス転移温度(Tg)の差は、好ましくは0〜10、より好ましくは0〜5である。
【0033】
本発明において、電着塗料組成物に含まれるエマルション粒子AおよびBのガラス転移温度(Tg)は、電着塗料組成物の浴温度(℃)に関連して、さらに、以下の式(2)の関係を満たす。
【0034】
11≦[(電着塗料組成物の浴温度(℃))−({Tg(A)+Tg(B)}/2)]≦17 (2)
【0035】
式中、Tg(A)は、エマルション粒子Aのガラス転移温度(℃)を示し、Tg(B)は、エマルション粒子Bのガラス転移温度(℃)を示す。
【0036】
式(2)は、電着塗装の際、電着塗料組成物に含まれるエマルション粒子のガラス転移温度および電着塗料組成物の浴温度と、電着塗料組成物のつきまわり性との関係を示す。
【0037】
一般に、自動車車体などに電着塗装を施す場合、複雑な形状の隅々にまで電着塗膜が形成されること、すなわち高いつきまわり性が要求される。特に、近年では、省資源、省エネルギー、省コストおよび環境負荷低減の観点から、防錆性などの電着塗膜の従来の性能は維持しながらも、その薄膜化が強く求められている。例えば、近年では、自動車車体の外板部では約15μm、内板部では約10μm程度(あるいは少なくとも7μm)の厚みの電着塗膜が求められている。
【0038】
また、同様に、省資源、省エネルギー、省コストおよび環境負荷低減の観点から、自動車車体などの塗装において、中塗り塗膜を省略することも望まれているので、防錆性を確保したまま薄膜化を実現すると共に、耐候性、耐衝撃性、耐チッピング性など従来の中塗り塗膜が担っていた機能を電着塗膜に付与する必要がある。
【0039】
本発明では、式(2)の条件を満たすことによって、電着塗料組成物は、優れたつきまわり性を有し、自動車車体の外板部では約15μm、内板部では約10μm程度の厚みを達成することができ、形成された電着塗膜は、中塗り塗装工程を省略しても、優れた耐候性、耐衝撃性、耐チッピング性など従来の中塗り塗膜が担っていた機能を有し、特に、外板部において、優れた耐候性、耐衝撃性、耐チッピング性などを達成することができる。また、本発明によって得られる電着塗膜は、自動車車体などの塗装に適用した場合、中塗り塗装工程を省略しても、優れた防錆性および塗膜外観を提供することができる。
【0040】
詳細には、式(2)は、電着塗装時における電着塗料組成物の浴温度(℃)と、電着塗料組成物に含まれる少なくとも2種類のエマルション粒子AおよびBのガラス転移温度の平均との差、すなわち[(電着塗料組成物の浴温度(℃))−({Tg(A)+Tg(B)}/2)]を規定するものである。
【0041】
本発明において、電着塗料組成物の浴温度には特に限定はなく、通常25〜35℃、好ましくは27〜31℃である。省資源、省エネルギー、省コストおよび環境負荷削減の観点から、室温〜30℃で行うことが最も好ましい。
【0042】
複層電着塗膜の形成では、一般に、通電によって、少なくとも2種類のエマルション粒子が、被塗物上に、ランダムに析出しながら互いに融着し、その後、さらに高温で加熱することによって、少なくとも2層に分離し、複層硬化電着塗膜を形成する。通電によって析出したエマルション粒子は、その融着によって膜抵抗を生じ、エマルション粒子が析出した領域は通電しにくくなるので、被塗物のエマルション粒子が析出していない他の領域にどんどんエマルション粒子が平面方向に伝搬して析出する。電着塗料組成物の析出の平面方向への伝搬がいわゆる塗料の「つきまわり性」と呼ばれるものである。
【0043】
しかし、複層電着塗膜形成では、上述の通り、ランダムに析出したエマルション粒子が互いに融着することによって膜抵抗を生じ、そして、さらに加熱することによって、はじめて相分離するので、所望のつきまわり性および複層電着塗膜の膜厚を得るためには、電着槽内の温度およびエマルション粒子のガラス転移温度が非常に重要な因子となる。
【0044】
例えば、通電の際に、析出したエマルション粒子が互いに融着すると、膜抵抗が生じ、その領域では通電がストップし、隣接した他の領域で造膜が進行する。すなわち、この場合には優れたつきまわり性が得られる。しかし、電着塗料組成物の浴温度が高いか、エマルション粒子のガラス転移温度が低いと、析出したエマルション粒子が過剰に融着し、膜抵抗が非常に高くなり、造膜が完全にストップする。この場合、電着塗膜形成は、不完全なものとなる。また、電着塗料組成物の浴温度が低いか、エマルション粒子のガラス転移温度が高いと、粒子の融着はほとんど起こらず、膜抵抗は非常に小さいものとなり、その領域上にエマルション粒子がどんどん縦方向に析出し、平面方向には析出の伝搬が起こらず、この場合にも電着塗膜形成が不完全なものとなる。なお、この場合にはつきまわり性が全く得られない。従って、電着塗料組成物の浴温度と、電着塗料組成物に含まれる少なくとも2種類のエマルション粒子AおよびBのガラス転移温度の平均との差、すなわち[(電着塗料組成物の浴温度(℃))−({Tg(A)+Tg(B)}/2)]が、大きくても、小さくても、優れたつきまわり性および適切な膜厚を得ることができない。
【0045】
本発明において、電着塗装時における電着塗料組成物の浴温度(℃)と、電着塗料組成物に含まれる少なくとも2種類のエマルション粒子AおよびBのガラス転移温度の平均との差、すなわち[(電着塗料組成物の浴温度(℃))−({Tg(A)+Tg(B)}/2)]は、式(2)で示す通り、11〜17、好ましくは13〜15の範囲内である。この差が11未満であると、エマルション粒子の融着が不十分であり、造膜に適切な膜抵抗が生じず、通電が過剰となり、造膜が平面方向に伝搬して進行せず、電着塗料組成物のつきまわり性が著しく低下するなどの問題の恐れがあり、差が17を超えると、エマルション粒子の融着が過剰となり、その結果、膜抵抗が過剰となり、造膜が急激にストップし、電着塗料組成物のつきまわり性が著しく低下するなどの問題の恐れがある。従って、式(2)の値が上記の範囲内であると、優れたつきまわり性を確保することができ、しかも、優れた防錆性、耐候性、耐衝撃性、耐チッピング性を十分に確保することができる膜厚を得ることができる。
【0046】
また、式(2)において、エマルション粒子AおよびBのガラス転移温度が平均値であることから、エマルション粒子AおよびBのガラス転移温度は、互いに近い値であることが望ましい。このことは、上記の式(1)の要件にも共通してあてはまることである。従って、本発明では、式(1)および式(2)の要件を両方満たしていることが望ましい。
【0047】
本発明において、エマルション粒子のガラス転移温度(Tg)(℃)は、Foxの式(T.G.Fox;Bull.Am.Phys.Soc.,1(3),123(1956))によって算出することができる。Foxの式は、n個の成分から構成されたエマルション粒子のガラス転移温度Tg(K)を示し、詳細には、以下の通りである。
1/Tg=w/Tg+w/Tg+w/Tg+・・・w/Tg
式中、w1、2、3...およびnはエマルションを構成する各成分の重量分率(重量%)を示し、Tg1、2、3...およびnはエマルションを構成する各成分のガラス転移温度(K)を示す。ただし、Foxの式で示されるエマルション粒子のガラス転移温度Tgはケルビン温度(K)で示されるので、本発明では、摂氏温度(℃)に換算する必要があるので注意が必要である。
【0048】
本発明で使用することのできる被塗物としては、例えば、自動車車体などを構成することのできる導電性基材であれば特に限定されるものではなく、例えば、金属(例えば、鉄、鋼、銅、アルミニウム、マグネシウム、スズ、亜鉛等およびこれらの金属を含む合金など)、鉄板、鋼板、アルミニウム板およびこれらに表面処理(例えば、リン酸塩、クロム酸塩等を用いた化成処理)を施したもの、ならびに、これらの成型物などが挙げられる。
【0049】
以下、本発明で使用する電着塗料組成物に含まれる各成分を詳細に説明する。
【0050】
塗膜形成性樹脂成分
本発明の方法において使用することのできる電着塗料組成物は、少なくとも2種類の塗膜形成性樹脂成分(a)および(b)を含み、本発明では、塗膜形成性樹脂成分(a)および(b)から、少なくとも2種類のエマルション粒子を形成し、電着塗膜の塗布後、加熱硬化によって、少なくとも2層からなる複層電着硬化塗膜を形成する。本明細書において、便宜上、複層電着塗膜の最上層、すなわち空気と接触する塗膜に含まれる樹脂成分を塗膜形成性樹脂成分(a)と定義し、複層電着塗膜の最下層、すなわち被塗物と接触する塗膜に含まれる樹脂成分を塗膜形成性樹脂成分(b)と定義する。
【0051】
本発明において使用することのできる塗膜形成性樹脂成分(a)および(b)は、互いに不相溶であり、本発明では、塗膜形成性樹脂成分(a)の溶解性パラメータ(δa)と、塗膜形成性樹脂成分(b)の溶解性パラメータ(δb)とが、式(3):{δb−δa}≧0.4の関係を満足する。溶解性パラメータ(δ)とは、一般に、SP(ソルビリティ・パラメータ)とも呼ばれるものであり、これは、樹脂成分の親水性および疎水性の程度を示す尺度である。また、溶解性パラメータ(δ)は、樹脂成分間の相溶性を判断する上でも重要な尺度である。なお、溶解性パラメータ(δ)は、例えば、下記のような濁度測定法をもとに数値定量化されるものである(参考文献:K.W.Suh,D.H.Clarke J.Polymer.Sci.,A−1,5,1671(1967).)。
【0052】
一般に、電着塗料組成物に含まれる複数の樹脂成分の溶解性パラメータ(δ)の差が0.4以上であれば、相溶性を失い、形成される塗膜が多層分離構造を呈すると考えられている。なお、本発明では、2種類の樹脂成分(a)および(b)が、上記の溶解性パラメータに関する式(3)を満たすことによって、十分な不相溶性を確保することができ、その結果、多層構造の電着塗膜を形成することができる。本発明において、樹脂成分(a)および(b)の溶解性パラメータの差、すなわち{δb−δa}は、好ましくは0.4〜1.2、より好ましくは0.8〜1.0である。
【0053】
上述の通り、樹脂成分(a)の溶解性パラメータ(δa)および樹脂成分(b)の溶解性パラメータ(δb)は、式(3):{δb−δa}≧0.4の関係を満足し、これは、樹脂成分(b)が、樹脂成分(a)に対して、相対的に高い溶解性パラメータを有していることを示し、樹脂成分(b)の極性が相対的に高いことを示している。従って、樹脂成分(b)は、同じく極性の高い導電性基材などの被塗物に対して、優れた親和性を有していることを示し、樹脂成分(b)は、加熱硬化後、最下層に含まれ、樹脂成分(a)は、最上層に含まれることになる。このように、樹脂成分の溶解性パラメータの差は、複層電着塗膜形成の際に層分離を引き起こす推進力になると考えられる。
【0054】
本発明において、複層電着塗膜の構造は、電着塗膜の断面をビデオマイクロスコープによって目視観察するか、あるいは、走査型電子顕微鏡(SEM)によって観察することによって、確認することができる。また、各樹脂層を構成する樹脂成分の同定は、例えば、全反射型フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR−ATR)を使用することによって、行うことができる。
【0055】
樹脂成分(a)は、耐候性、耐光性、平滑性、耐衝撃性、耐チッピング性などの観点から、カチオン変性アクリル樹脂が好ましい。
【0056】
カチオン変性アクリル樹脂は、特に限定されないが、分子内に複数のオキシラン環および複数の水酸基を含んでいるアクリル共重合体とアミンとの開環付加反応によって合成することができる。このようなアクリル共重合体は、グリシジル(メタ)アクリレートと、ヒドロキシル基含有アクリルモノマー(例えば2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、2−ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、あるいは2−ヒドロキシエチル(メタ)アクリレートのような水酸基含有(メタ)アクリルエステルと、ε−カプロラクトンとの付加生成物)と、その他のアクリル系モノマーおよび/または非アクリルモノマーとを共重合することによって得られる。
【0057】
その他のアクリル系モノマーの例としては、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、n−プロピル(メタ)アクリレート、イソプロピル(メタ)アクリレート、n−ブチル(メタ)アクリレート、イソブチル(メタ)アクリレート、t−ブチル(メタ)アクリレート、シクロヘキシル(メタ)アクリレート、2−エチルヘキシル(メタ)アクリレート、ラウリル(メタ)アクリレート、イソボルニル(メタ)アクリレートが挙げられる。また、非アクリルモノマーの例としては、スチレン、ビニルトルエン、α−メチルスチレン、(メタ)アクリルニトリル、(メタ)アクリルアミドおよび酢酸ビニルを挙げることができる。
【0058】
上記のグリシジル(メタ)アクリレートに基づくオキシラン環を含有するアクリル樹脂は、エポキシ樹脂のオキシラン環の全部を1級アミン、2級アミンまたは3級アミン酸塩との反応によって開環し、カチオン変性アクリル樹脂とすることができる。
【0059】
また、アミノ基を有するアクリルモノマーを他のモノマーと共重合することによって直接カチオン変性アクリル樹脂を合成する方法もある。この方法では、上記のグリシジル(メタ)アクリレートの代りにN,N−ジメチルアミノエチル(メタ)アクリレート、N,N−ジ−t−ブチルアミノエチル(メタ)アクリレート等のアミノ基含有アクリルモノマーを使用し、これをヒドロキシル基含有アクリルモノマーおよび他のアクリル系モノマーおよび/または非アクリル系モノマーと共重合することによってカチオン変性アクリル樹脂を得ることができる。
【0060】
かくして得られたカチオン変性アクリル樹脂は、上記の特開平8−333528号公報に挙げられるように、必要に応じてハーフブロックジイソシアネート化合物との付加反応によってブロックイソシアネート基を導入し、自己架橋型カチオン変性アクリル樹脂とすることもできる。
【0061】
樹脂成分(a)は、ヒドロキシル価が50〜150の範囲となるように分子設計することが好ましい。ヒドロキシル価が50未満では塗膜の硬化不良を招き、反対に150を超えると硬化後塗膜中に過剰の水酸基が残存する結果、硬化形成塗膜の耐水性が低下することがある。また、数平均分子量は1000〜20000の範囲であれば好適である。数平均分子が1000未満では硬化形成塗膜の耐溶剤性等の物性が劣る。反対に20000を超えると、樹脂溶液の粘度が高いために得られた樹脂の乳化分散等の操作上ハンドリングが困難なばかりか、得られた電着塗膜の外観が著しく低下してしまうことがある。なお、樹脂成分(a)は1種のみ使用することもできるが、塗膜性能のバランス化を計るために、2種あるいはそれ以上の種類を使用することもできる。
【0062】
樹脂成分(a)としては、ガラス転移温度(Tg(a))が、30〜50℃、好ましくは30〜40℃であり、数平均分子量が7000〜12000、好ましくは7000〜10000であるカチオン変性アクリル樹脂が特に好ましい。樹脂成分(a)のガラス転移温度(Tg(a))は、示差走査熱量計によって測定することができ、数平均分子量は、GPC(ゲル浸透クロマトグラフィー)によって測定することができる。
【0063】
樹脂成分(b)は、被塗物である導電性基材に対して防錆性を発現するような樹脂成分であることが必要である。このような樹脂成分の例として、カチオン電着塗料の分野ではカチオン変性エポキシ樹脂が良く知られており、本発明においても好適に用いることができる。一般にカチオン変性エポキシ樹脂は、特に限定されないが、出発原料樹脂分子内のエポキシ環を1級アミン、2級アミンあるいは3級アミン酸塩等のアミン類との反応によって開環して製造される。出発原料樹脂の典型例は、ビスフェノールA、ビスフェノールF、ビスフェノールS、フェノールノボラック、クレゾールノボラック等の多環式フェノール化合物とエピクロルヒドリンとの反応生成物であるポリフェノールポリグリシジルエーテル型エポキシ樹脂である。また他の出発原料樹脂の例として、特開平5−306327号公報に記載されたオキサゾリドン環含有エポキシ樹脂を挙げることができる。このエポキシ樹脂は、ジイソシアネート化合物、またはジイソシアネート化合物のNCO基をメタノール、エタノール等の低級アルコールでブロックして得られたビスウレタン化合物と、エピクロルヒドリンとの反応によって得られるものである。
【0064】
上記出発原料樹脂は、アミン類によるエポキシ環の開環反応の前に、2官能のポリエステルポリオール、ポリエーテルポリオール、ビスフェノール類、2塩基性カルボン酸等により鎖延長して用いることができる。また同じくアミン類によるエポキシ環の開環反応の前に、分子量またはアミン当量の調節、熱フロー性、可撓性(軟らかさ)、ガラス転移温度等の調整を目的として、一部のエポキシ環に対して2−エチルヘキサノール、ノニルフェノール、エチレングリコールモノ−2−エチルヘキシルエーテル、プロピレングリコール−2−エチルヘキシルエーテルのようなモノヒドロキシ化合物、ステアリン酸、2−エチルヘキサン酸、ダイマー酸などの酸性分を付加して用いることもできる。
【0065】
エポキシ環を開環し、アミノ基を導入する際に使用できるアミン類の例としては、ブチルアミン、オクチルアミン、ジエチルアミン、ジブチルアミン、メチルブチルアミン、モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、N−メチルエタノールアミン、トリエチルアミン酸塩、N,N−ジメチルエタノールアミン酸塩などの1級、2級または3級アミン酸塩を挙げることができる。また、ジエチレントリアミンジケチミン、アミノエチルエタノールアミンケチミン、アミノエチルエタノールアミンメチルイソブチルケチミンの様なケチミンブロック1級アミノ基含有2級アミンも使用することができる。これらのアミン類は、全てのエポキシ環を開環させるために、エポキシ環に対して少なくとも当量で反応させる必要がある。
【0066】
上記カチオン変性エポキシ樹脂の数平均分子量は1500〜5000の範囲が好ましい。数平均分子量が1500未満の場合は、硬化形成塗膜の耐溶剤性および防錆性等の物性が劣ることがある。反対に5000を超える場合は、樹脂溶液の粘度制御が難しく合成が困難なばかりか、得られた樹脂の乳化分散等の操作上ハンドリングが困難となることがある。さらに高粘度であるがゆえに加熱・硬化時のフロー性が悪く塗膜外観を著しく損ねる場合がある。
【0067】
樹脂成分(b)は、ヒドロキシル価が50〜250の範囲となるように分子設計することが好ましい。ヒドロキシル価が50未満では塗膜の硬化不良を招き、反対に250を超えると硬化後塗膜中に過剰の水酸基が残存する結果、硬化形成塗膜の耐水性が低下することがある。
【0068】
樹脂成分(b)としては、防錆性の観点から、ガラス転移温度(Tg(b))が、20〜35℃、好ましくは28〜33℃であり、数平均分子量が2000〜5000、好ましくは2500〜3500であるカチオン変性エポキシ樹脂が特に好ましい。樹脂成分(b)のガラス転移温度(Tg(b))は、示差走査熱量計によって測定することができ、数平均分子量は、GPC(ゲル浸透クロマトグラフィー)によって測定することができる。
【0069】
樹脂成分(a)と、樹脂成分(b)との電着塗料組成物における配合比率((a)/(b))は、固形分重量比で好ましくは50/50〜40/60、さらに好ましくは50/50である。配合比率が50/50〜40/60の範囲を外れた場合は、電着塗装、焼き付け後の硬化塗膜が多層構造とならず、配合比率の高い方の樹脂が連続相を形成し、配合比率の低い方の樹脂が分散相を形成する海島構造(またはミクロドメイン構造)になってしまう場合がある。
【0070】
樹脂成分(a)および(b)は、そのままエマルションとして水中に乳化分散させるか、あるいは各樹脂中のアミノ基を中和できる量の酢酸、蟻酸、乳酸等の有機酸で中和処理し、カチオン化エマルションとして水中に乳化分散させてもよい。硬化剤としては、加熱時に各樹脂成分を硬化させることが可能であれば、どのような種類のものでもよいが、その中でも、一般的な電着塗料組成物の塗膜形成性樹脂の硬化剤として好適なブロックドポリイソシアネートが推奨される。
【0071】
好ましい実施態様として、樹脂成分(a)としてカチオン変性アクリル樹脂を使用してエマルション粒子Aを形成し、樹脂成分(b)としてカチオン変性エポキシ樹脂を使用してエマルション粒子Bを形成することによって、被塗物の上に優れた防錆性を有するエポキシ塗膜、さらにその上に優れた耐候性、耐衝撃性、耐チッピング性などの性能を有するアクリル塗膜を含む複層電着硬化塗膜を形成することができる。このようなエポキシ(最下層)−アクリル(最上層)系の複層電着硬化塗膜を形成することによって、自動車車体などに適用した場合、外板部ではアクリル塗膜による優れた耐候性、耐衝撃性、耐チッピング性が得られ、内板部ではエポキシ塗膜による優れた防錆性が得られ、しかも、外板部および内板部の両方において、適切な膜厚の電着塗膜を達成することができ、非常に有益である。また、このようなエポキシ(最下層)−アクリル(最上層)系の複層電着硬化塗膜は、優れた耐衝撃性および耐チッピング性などを有し、従来では中塗り塗膜が担っていた役割を十分に発揮することができ、中塗り塗膜の代替として特に有益であり、中塗り塗膜を省略することができる。また、自動車車体の外板部においては、約15μm、好ましくは14〜15μmの膜厚を達成することができ、内板部においては、約10μm、好ましくは7〜10μmの膜厚を達成することができ、省資源、省エネルギー、省コストおよび環境負荷低減の観点から、非常に有益である。また、本発明は、優れた塗膜外観を与えることもできる。
【0072】
硬化剤
本発明において、電着塗料組成物は、硬化剤として、ブロックドポリイソシアネートを含む。
【0073】
ブロックドポリイソシアネートの原料であるポリイソシアネートの例としては、ヘキサメチレンジイソシアネート(3量体を含む)、テトラメチレンジイソシアネート、トリメチルヘキサメチレンジイソシアネート等の脂肪族系のポリイソシアネート;イソホロンジイソシアネート、4,4’−メチレンビス(シクロヘキシルイソシアネート)等の脂環式系のポリイソシアネート;4,4’−ジフェニルメタンジイソシアネート、トリレンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート等の芳香族系のポリイソシアネート等が挙げられる。これらを適当な封止剤でブロック化することにより、上記ブロックドポリイソシアネートを得ることができる。
【0074】
封止剤の例としては、n−ブタノール、n−ヘキシルアルコール、2−エチルヘキサノール、ラウリルアルコール、フェノールカルビノール、メチルフェニルカルビノール等の一価のアルキル(または芳香族)アルコール類、エチレングリコール モノヘキシルエーテル、エチレングリコール モノ2−エチルヘキシルエーテル等のセロソルブ類、フェノール、パラ−t−ブチルフェノール、クレゾール等のフェノール類、ジメチルケトオキシム、メチルエチルケトオキシム、メチルイソブチルケトオキシム、メチルアミルケトオキシム、シクロヘキサノンオキシム等のオキシム類、およびε−カプロラクタム、γ−ブチロラクタムに代表されるラクタム類が好ましく用いられる。とくにオキシム類およびラクタム類の封止剤は、低温で解離するため、樹脂硬化性の観点から好適である。
【0075】
ブロックドポリイソシアネートの樹脂成分(a)および(b)に対する配合比は、硬化塗膜の利用目的などで必要とされる架橋度に応じて異なるが、塗膜物性や上塗り塗装適合性を考慮すると、15〜40重量%の範囲が好ましい。この配合比が15重量%未満では塗膜硬化不良を招く結果、機械的強度などの塗膜物性が低くなることがあり、また、上塗り塗装時に塗料シンナーによって塗膜が侵されるなど外観不良を招く場合がある。一方、40重量%を超えると、逆に硬化過剰となって、耐衝撃性等の塗膜物性不良などを招くことがある。なお、ブロックドポリイソシアネートは、塗膜物性や硬化度の調節等の都合により、複数種を組み合わせて使用してもよい。
【0076】
ブロックドポリイソシアネートの溶解性パラメータは、2層分離後の上層、下層それぞれの塗膜性能を発現させるために必要な硬化性を確保する上で重要となる。すなわち、上層用に設計されるブロックドポリイソシアネート(c1)の溶解性パラメータ(δc1)は、同じく上層を構成する樹脂成分(a)の溶解性パラメータ(δa)と同程度、あるいはそれ以下に設計することが好ましく、より好ましくは、[(δa)−(1.0)]≦δc1≦[(δa)+(0.2)]である。また、下層用に設計されるブロックドポリイソシアネート(c2)の溶解性パラメータ(δc2)は、同じく下層を構成する樹脂成分(b)の溶解性パラメータ(δb)と同程度、あるいはそれ以上に設計することが好ましく、より好ましくは、[(δb)−(0.2)]≦δc2≦[(δb)+(1.0)]である。
【0077】
本発明において、電着塗料組成物は、少なくとも2種類のブロックドポリイソシアネート(c1)および(c2)を含むことが好ましい。より好ましくは、ブロックドポリイソシアネート(c1)は、脂肪族系のポリイソシアネートを上記の封止剤でブロックしたものであり、ブロックドポリイソシアネート(c2)は、脂環式系または芳香族系のポリイソシアネートを封止剤でブロックしたものである。
【0078】
ブロックドポリイソシアネート(c1)は、特に、耐候性、耐光性、平滑性、耐衝撃性、耐チッピング性が求められる多層分離電着塗膜の上層部分に対して有効である。
【0079】
また、ブロックドポリイソシアネート(c2)は、特に防錆性が求められる多層分離電着塗膜の下層部分に対して有効である。
【0080】
オニウム基を有する変性エポキシ樹脂
本発明において、電着塗料組成物は、オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)を含む。オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)に含まれるオニウム基としては、アンモニウム基およびスルホニウム基からなる群から選択される。
【0081】
オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)は、エマルション粒子AおよびBの樹脂成分(a)および(b)ならびにブロックドポリイソシアネート(c1)および(c2)の合計100重量部に対して、1〜10重量部、好ましくは3〜5重量部の量で含まれる。
【0082】
本発明で使用することのできる電着塗料組成物において、オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)は、樹脂成分(a)とブロックドポリイソシアネート(c1)とともに、エマルション粒子Aを形成することができる。また、オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)は、樹脂成分(b)とブロックドポリイソシアネート(c2)とともに、エマルション粒子Bを形成することができる。
【0083】
オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)は、バインダー樹脂のエマルション化(乳化)を助力する樹脂である。ここでいうバインダー樹脂とは、エマルション粒子Aの場合、樹脂成分(a)およびブロックドポリイソシアネート(c1)であり、エマルション粒子Bの場合、樹脂成分(b)およびブロックドポリイソシアネート(c2)である。
【0084】
オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)としては、例えば、4級アンモニウム基を有する変性エポキシ樹脂、3級スルホニウム基を有する変性エポキシ樹脂などが挙げられる。
【0085】
4級アンモニウム基を有する変性エポキシ樹脂は、エポキシ樹脂と3級アミンとを反応させることによって得られる樹脂である。
【0086】
上記エポキシ樹脂としては、一般的にはポリエポキシドが用いられる。このエポキシドは、1分子中に平均2個以上の1,2−エポキシ基を有する。これらのポリエポキシドは180〜1000のエポキシ当量、特に375〜800のエポキシ当量を有することが好ましい。エポキシ当量が180を下回ると、電着時に造膜できず塗膜を得ることができない。1000を上回ると、1分子当りのオニウム基量が不足し、十分な水溶性が得られない。
【0087】
このようなポリエポキシドの有用な例としては、上記の樹脂成分(b)の製造で使用することのできるエポキシ樹脂が挙げられる。さらにエポキシ樹脂として、上記の特開平5−306327号公報に記載されたオキサゾリドン環含有エポキシ樹脂を用いることもできる。
【0088】
特に水酸基を含有するエポキシ樹脂にあっては、ハーフブロックイソシアネートを、その水酸基に反応させて、ブロックイソシアネート基を導入したウレタン変性エポキシ樹脂であってもよい。
【0089】
上述のエポキシ樹脂と反応させるために用いられるハーフブロックイソシアネートは、有機ポリイソシアネートを部分的にブロックすることにより調製される。有機ポリイソシアネートとブロック剤との反応は、必要に応じてスズ系触媒の存在の下で、攪拌下、ブロック剤を滴下しながら40〜50℃に冷却することにより行うことが好ましい。
【0090】
上記のポリイソシアネートは、1分子中に平均で2個以上のイソシアネート基を有するものであれば特に限定されない。具体的な例としては、上記のブロックドポリイソシアネート硬化剤の調製で使用することができるポリイソシアネートを用いることができる。
【0091】
上記のハーフブロックイソシアネートを調製するための適当なブロック化剤としては、4〜20個の炭素原子を有する低級脂肪族アルキルモノアルコールが挙げられる。具体的には、ブチルアルコール、アミルアルコール、ヘキシルアルコール、2−エチルヘキシルアルコール、ヘプチルアルコール等が挙げられる。
【0092】
上記のエポキシ樹脂とハーフブロックイソシアネートとの反応は、好ましくは140℃で約1時間保つことにより行われる。
【0093】
上記3級アミンとしては、炭素数1〜6のものが好ましく、水酸基を有していてもよい。3級アミンの具体例としては、上記で用いることができる3級アミンと同様に、ジメチルエタノールアミン、トリメチルアミン、トリエチルアミン、ジメチルベンジルアミン、ジエチルベンジルアミン、N,N−ジメチルシクロヘキシルアミン、トリ−n−ブチルアミン、ジフェネチルメチルアミン、ジメチルアニリン、N−メチルモルホリン等を用いることができる。
【0094】
さらに上記3級アミンと混合して用いられる中和酸としては、特に制限はなく、具体的には、塩酸、硝酸、燐酸、蟻酸、酢酸、乳酸のような無機酸または有機酸などである。このようにして得られる3級アミンの中和酸塩とエポキシ樹脂との反応は常法により行うことができる。例えば、エチレングリコールモノブチルエーテルなどの溶剤に上記エポキシ樹脂を溶解させ、得られた溶液を60〜100℃まで加熱し、ここへ3級アミンの中和酸塩を滴下して、酸価が1となるまで反応混合物を60〜100℃に保持して行われる。
【0095】
3級スルホニウム基を有する変性エポキシ樹脂は、3級アミンの代わりにスルフィドを用いることの他は上記と同様に反応させることによって得ることができる。用いることができるスルフィドとしては、例えば、脂肪族スルフィド、脂肪族−芳香族混合スルフィド、アラルキルスルフィド、又は環状スルフィドがある。具体的には、ジエチルスルフィド、ジプロピルスルフィド、ジブチルスルフィド、ジフェニルスルフィド、ジヘキシルスルフィド、エチルフェニルスルフィド、テトラメチレンスルフィド、ペンタメチレンスルフィド、チオジエタノール、チオジプロパノール、チオジブタノール、1−(2−ヒドロキシエチルチオ)−2−プロパノールなどを挙げることができる。
【0096】
オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)は、1種を単独で用いてもよく、また2種以上を併用してもよい。
【0097】
オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)のオニウム基によって、エマルション粒子AおよびBの調製の際に乳化性能が向上する。
【0098】
顔料
本発明の方法で使用することのできる顔料は、通常塗料に使用されるものならばとくに制限なく使用することができる。その例としては、カーボンブラック、二酸化チタン、グラファイト等の着色顔料、カオリン、ケイ酸アルミ(クレー)、タルク等の体質顔料、リンモリブデン酸アルミ、ケイ酸鉛、硫酸鉛、ジンククロメート、ストロンチウムクロメート、二酸化ケイ素等の防錆顔料などが挙げられる。これらの中でも、電着塗装後の複層硬化膜中で分散濃度勾配を担う顔料としてとくに重要なものは、二酸化チタン、ケイ酸アルミ(クレー)およびリンモリブデン酸アルミである。特に、二酸化チタンは着色顔料として隠蔽性が高く、しかも安価であることから、電着塗膜用に最適である。なお、上記顔料は単独で使用することもできるが、目的に合わせて複数使用するのが一般的である。
【0099】
上記顔料は、複層硬化膜中において、全顔料重量(P)に対する、複層硬化膜を形成する顔料以外の全ビヒクル成分の重量(V)の比率P/Vで表わすと、1/10〜1/3の範囲であることが好ましい。ここで顔料以外の全ビヒクル成分とは、顔料以外の塗料を構成する全固形成分(互いに不相溶な主樹脂成分、それぞれの硬化剤、およびその他の樹脂成分等)を意味する。上記P/Vが1/10未満では、顔料不足により塗膜に対する光線および水分などの腐食要因の遮断性が過度に低下し、実用レベルでの耐候性や防錆性を発現できないことがある。また、P/Vが1/3を超えると、顔料過多により硬化時の粘性増大を招き、フロー性が低下して塗膜外観が著しく悪くなることがある。なお、この比率は、本発明で用いられる電着塗料組成物中における、全顔料重量に対する全ビヒクル成分の重量と実質的に同じである。
【0100】
顔料分散樹脂(e)としては、一般に、カチオン性またはノニオン性の低分子量界面活性剤や4級アンモニウム基および/または3級スルホニウム基を有する変性エポキシ樹脂などのカチオン性重合体を用いることが好ましく、その溶解性パラメータ(δe)は、下層を構成する樹脂成分(b)の溶解性パラメータ(δb)と同程度、あるいはそれ以上に設計することが好ましく、より好ましくは、[(δb)−(0.2)]≦δe≦[(δb)+(1.0)]である。また、顔料に対する分散樹脂の適性配合量は、5〜40固形分重量%(対顔料重量)である。分散樹脂の配合量が5未満の場合は、顔料分散安定性を確保することが困難となり、また40を超える場合は塗膜の硬化性の制御が困難になる場合がある。
【0101】
電着塗料組成物の調製
本発明の方法に使用することのできる電着塗料組成物は、少なくとも、互いに不相溶な少なくとも2種類の塗膜形成性樹脂成分、硬化剤、オニウム基を有する変性エポキシ樹脂および顔料を含むものであり、各樹脂成分を別々にそれぞれに適合した硬化剤とともに中和剤を含む水性媒体中でエマルション化した後、上記配合比率を満足するようにエマルションをブレンドする方法である。なお、上記中和剤の例としては、塩酸、硝酸、リン酸等の無機酸および蟻酸、酢酸、乳酸、スルファミン酸、アセチルグリシン酸等の有機酸を挙げることができる。
【0102】
本発明で使用することのできる電着塗料組成物において、塗膜形成性樹脂成分(a)が、ブロックドポリイソシアネート(c1)と、オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)とを含むエマルション粒子Aを形成し、塗膜形成性樹脂成分(b)が、ブロックドポリイソシアネート(c2)と、オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)とを含むエマルション粒子Bを形成していることが好ましく、エマルション粒子AおよびBをそれぞれ別々に予め調製しておき、そして電着塗料組成物に他の成分とともに配合することが特に好ましい。
【0103】
本発明で使用することのできる電着塗料組成物は、固形分濃度が15〜25重量%の範囲となるように調整することが好ましい。固形分濃度の調節には水性媒体(水単独かまたは水と親水性有機溶剤との混合物)を使用して行う。また、塗料組成物中には少量の添加剤を導入してもよい。添加剤の例としては紫外線吸収剤、酸化防止剤、界面活性剤、塗膜表面平滑剤、硬化促進剤(有機スズ化合物など)などを挙げることができる。
【0104】
複層電着塗膜の形成
本発明において、複層電着塗膜は、被塗物である導電性基材を陰極として、被塗物に陰極(カソード極)端子を接続し、上述の電着塗料組成物の浴温15〜35℃、負荷電圧100〜400Vの条件で、一般に、乾燥膜厚14〜15μmとなる量の塗膜を電着塗装する。その後140〜200℃、好ましくは160〜180℃で10〜30分間焼き付ける。この焼き付けを目的とした加熱によって、電着塗装された電着塗料組成物に含有される、樹脂成分(a)およびブロックドポリイソシアネート(c1)を含むエマルション粒子A、ならびに樹脂成分(b)およびブロックドポリイソシアネート(c2)を含むエマルション粒子Bは、それぞれ固有の溶解性パラメータに応じて配向する。そして焼き付けを終了する塗膜硬化時には、エマルション粒子Aが空気と直接接する最上層を形成し、エマルション粒子Bが被塗物と直接接する最下層を形成する、複層構造の電着硬化膜を形成する。なお、上記焼き付けの加熱方法は、当初から目的温度に調節した加熱設備に塗装物を入れる方法と、塗装物を入れた後に昇温する方法がある。
【0105】
多層塗膜の形成
上記方法によって形成された複層電着硬化塗膜上に、さらに上塗り塗料を塗装して焼き付けることによって、耐候性および外観に優れた多層塗膜を形成することができる。なお、上塗り塗料は、溶剤型、水性、粉体のいずれのタイプであっても構わない。
【0106】
また、本発明では、上塗り塗料として、2種類の上塗り塗料、すなわち、上塗りベース塗料組成物および上塗りクリヤー塗料組成物を使用して、さらに優れた塗膜外観を得ることもできる。この場合、本発明の多層塗膜の形成方法は、以下の工程(1)〜(3)を包含する、いわゆる、2コート1ベーク(2C1B)法である。
上述の電着塗膜形成方法によって形成される複層電着硬化塗膜の上に、さらに、上塗りベース塗料組成物を塗布して、未硬化の上塗りベース塗膜を形成する工程(1)、
未硬化の上塗りベース塗膜の上に、さらに、上塗りクリヤー塗料組成物を塗布して未硬化の上塗りクリヤー塗膜を形成する工程(2)、および
未硬化の上塗りベース塗膜および未硬化の上塗りクリヤー塗膜を同時に加熱して硬化する工程(3)
【0107】
上記工程(1)または(2)の塗装は、例えば、通称「リアクトガン」と言われるエアー静電スプレー、通称「マイクロ・マイクロベル(μμベル)」、「マイクロベル(μベル)」、「メタリックベル(メタベル)」等と言われる回転霧化式の静電塗装機等を用い、スプレーして塗布することができる。塗布量は、使用する塗料組成物の種類および用途に応じて適宜変更することができる。
【0108】
上記工程(1)または(2)の後にインターバルと呼ばれる時間的間隔を空ける操作を行ってもよく、このインターバルによって、塗膜に含まれる溶剤を十分に揮発させることができ、複層塗膜の外観が向上する。インターバルは、例えば10秒〜15分間である。
【0109】
また、インターバルの時間内にプレヒートと呼ばれる乾燥操作を行ってもよく、このプレヒートによって、塗膜に含まれる溶剤の揮発を短時間で効率的に行うことができる。この乾燥操作は、塗膜を積極的に硬化させるものではない。従って、上記乾燥条件としては、例えば、室温〜100℃で1〜10分間である。プレヒートは、例えば、温風ヒーターや赤外線ヒーターなどを用いて行うことができる。
【0110】
加熱硬化工程(3)は、従来の加熱硬化炉(例えば、ガス炉、電気炉、IR炉、誘導加熱炉など)を用いて行うことができる。加熱硬化温度は使用する塗料組成物に応じて適宜設定することができ、例えば、120〜160℃であり、加熱硬化時間は、例えば、10〜30分間である。
【実施例】
【0111】
以下に製造例、実施例および比較例を挙げて本発明を更に詳しく説明する。各例中の「部」は「重量部」を表し、「%」は「重量%」を表す。
【0112】
製造例1:カチオン変性アクリル樹脂(a−1)(塗膜形成性樹脂成分(a))の製造
攪拌機、冷却器、窒素導入管、温度計および滴下ロートを備え付けた反応容器に、メチルイソブチルケトン50部を仕込み、窒素雰囲気下115℃に加熱保持した。さらにメタクリル酸メチル2.49部、メタクリル酸エチルヘキシル41.76部、メタクリル酸イソボルニル17.75部、メタクリル酸ヒドロキシプロピル11.56部、メタクリル酸ヒドロキシエチル10.44部、N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート16.00部、およびt−ブチルパーオキシ 2−エチルヘキサン酸3.00部の混合物を滴下ロートから3時間かけて滴下し、その後さらにt−ブチルパーオキシ 2−エチルヘキサン酸0.50部を滴下して115℃で1.5時間保持した。得られたカチオン変性アクリル樹脂(a−1)は、固形分65%、溶解性パラメータ(SP値)10.50、ガラス転移温度(Tg)30℃、数平均分子量8000であった。
【0113】
製造例2:カチオン変性アクリル樹脂(a−2)(塗膜形成性樹脂成分(a))の製造
攪拌機、冷却器、窒素導入管、温度計および滴下ロートを備え付けた反応容器に、メチルイソブチルケトン50部を仕込み、窒素雰囲気下115℃に加熱保持した。さらにメタクリル酸メチル8.07部、スチレン15.00部、メタクリル酸エチルヘキシル23.95部、メタクリル酸イソボルニル17.49部、アクリル酸ヒドロキシプロピル19.49部、N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート16.00部、およびt−ブチルパーオキシ 2−エチルヘキサン酸3.00部の混合物を滴下ロートから3時間かけて滴下し、その後さらにt−ブチルパーオキシ 2−エチルヘキサン酸0.50部を滴下して115℃で1.5時間保持した。得られたカチオン変性アクリル樹脂(a−2)は、固形分65%、溶解性パラメータ(SP値)10.50、ガラス転移温度(Tg)40℃、数平均分子量8000であった。
【0114】
製造例3:カチオン変性アクリル樹脂(a−3)(塗膜形成性樹脂成分(a))の製造
攪拌機、冷却器、窒素導入管、温度計および滴下ロートを備え付けた反応容器に、メチルイソブチルケトン50部を仕込み、窒素雰囲気下115℃に加熱保持した。さらにメタクリル酸エチルヘキシル29.63部、メタクリル酸イソボルニル32.37部、メタクリル酸ヒドロキシプロピル11.56部、メタクリル酸ヒドロキシエチル10.44部、N,N−ジメチルアミノエチルメタクリレート16.00部、およびt−ブチルパーオキシ 2−エチルヘキサン酸3.00部の混合物を滴下ロートから3時間かけて滴下し、その後さらにt−ブチルパーオキシ 2−エチルヘキサン酸0.50部を滴下して115℃で1.5時間保持した。得られたカチオン変性アクリル樹脂(a−3)は、固形分65%、溶解性パラメータ(SP値)10.50、ガラス転移温度(Tg)50℃、数平均分子量8000であった。
【0115】
製造例1〜3で製造したカチオン変性アクリル樹脂(a−1)〜(a−3)をまとめて以下の表1に示す。
【0116】
【表1】

【0117】
製造例4:カチオン変性エポキシ樹脂(b−1)(塗膜形成性樹脂成分(b))の製造
攪拌機、冷却器、窒素注入管および滴下ロートを取り付けたフラスコに、エポキシ当量188のビスフェノールA型エポキシ樹脂(商品名DER−331J、ダウケミカル社製)680.94部、ビスフェノールA 237.12部、ステアリン酸105.27部、ダイマー酸(商品名ツノダイム216、築野食品工業社製)68.62部、メチルイソブチルケトン115.54部、およびジラウリル酸ジブチル錫0.10部を加え、均一に溶解した後、130℃から142℃まで昇温し、エポキシ当量1150になるまで継続した。
その後100℃まで冷却し、N−メチルエタノールアミン49.93部およびジエチレントリアミンジケチミン(73%メチルイソブチルケトン溶液)87.84部を加え、110℃で2時間反応させてカチオン変性エポキシ樹脂(b−1)を得た。その後メチルイソブチルケトン71.37部を加えて希釈し、不揮発物85%に調節した。カチオン変性エポキシ樹脂(b−1)の溶解性パラメータ(SP値)は11.40、ガラス転移温度(Tg)は26℃であった。
【0118】
製造例5:カチオン変性エポキシ樹脂(b−2)(塗膜形成性樹脂成分(b))の製造
攪拌機、冷却器、窒素注入管および滴下ロートを取り付けたフラスコに、エポキシ当量188のビスフェノールA型エポキシ樹脂(商品名DER−331J、ダウケミカル社製)680.94部、ビスフェノールA 234.84部、2−エチルヘキサン酸97.78部、メチルイソブチルケトン106.83部、およびジラウリル酸ジブチル錫0.10部を加え、均一に溶解した後、130℃から142℃まで昇温し、エポキシ当量1150になるまで継続した。
その後100℃まで冷却し、N−メチルエタノールアミン47.13部およびジエチレントリアミンジケチミン(73%メチルイソブチルケトン溶液)82.09部を加え、110℃で2時間反応させてカチオン変性エポキシ樹脂(b−2)を得た。その後メチルイソブチルケトン66.25部を加えて希釈し、不揮発物85%に調節した。カチオン変性エポキシ樹脂(b−2)の溶解性パラメータ(SP値)は11.40、ガラス転移温度(Tg)は20℃であった。
【0119】
製造例6:カチオン変性エポキシ樹脂(b−3)(塗膜形成性樹脂成分(b))の製造
攪拌機、冷却器、窒素注入管および滴下ロートを取り付けたフラスコに、エポキシ当量188のビスフェノールA型エポキシ樹脂(商品名DER−331J、ダウケミカル社製)680.94部、ビスフェノールA 268.93部、2−エチルヘキサン酸50.40部、メチルイソブチルケトン105.35部、およびジラウリル酸ジブチル錫0.10部を加え、均一に溶解した後、130℃から142℃まで昇温し、エポキシ当量1150になるまで継続した。
その後100℃まで冷却し、N−メチルエタノールアミン45.55部およびジエチレントリアミンジケチミン(73%メチルイソブチルケトン溶液)79.20部を加え、110℃で2時間反応させてカチオン変性エポキシ樹脂(b−3)を得た。その後メチルイソブチルケトン65.38部を加えて希釈し、不揮発物85%に調節した。カチオン変性エポキシ樹脂(b−3)の溶解性パラメータ(SP値)は11.40、ガラス転移温度(Tg)は35℃であった。
【0120】
製造例4〜6で製造したカチオン変性エポキシ樹脂(b−1)〜(b−3)をまとめて以下の表2に示す。
【0121】
【表2】

【0122】
製造例7:ブロックドポリイソシアネート(c1)の製造
攪拌機、窒素導入管、冷却管および温度計を備え付けた反応容器にヘキサメチレンジイソシアネートの3量体199部を入れ、メチルイソブチルケトン39部で希釈した後、ブチル錫ラウレート0.2部を加え、50℃まで昇温の後、メチルエチルケトオキシム44部、エチレングリコール モノ2−エチルヘキシルエーテル87部を内容物温度が70℃を超えないように加えた。そして赤外吸収スペクトルによりイソシアネート残基の吸収が実質上消滅するまで70℃で1時間保温し、その後n−ブタノール43部で希釈することによって、固形分80%の目的のブロックドポリイソシアネート(c1)(溶解性パラメータ(SP値)=10.7)を得た。
【0123】
製造例8:ブロックドポリイソシアネート(c2−1)の製造
攪拌機、窒素導入管、冷却管および温度計を備え付けた反応容器にイソホロンジイソシアネート222部を入れ、メチルイソブチルケトン56部で希釈した後、ブチル錫ラウレート0.2部を加え、50℃まで昇温の後、メチルエチルケトオキシム17部を内容物温度が70℃を超えないように加えた。そして赤外吸収スペクトルによりイソシアネート残基の吸収が実質上消滅するまで70℃で1時間保温し、その後n−ブタノール43部で希釈することによって、固形分70%の目的のブロックドポリイソシアネート(c2−1)(溶解性パラメータ(SP値)11.8)を得た。
【0124】
製造例9:ブロックドポリイソシアネート(c2−2)の製造
ジフェニルメタンジイソシアナート1250部およびメチルイソブチルケトン(以下「MIBK」という。)266.4部を反応容器に仕込み、これを80℃まで加熱した後、ジブチル錫ジラウレート2.5部を加えた。ここに、ε−カプロラクタム226部をブチルセロソルブ944部に溶解させたものを80℃で2時間かけて滴下した。さらに100℃で4時間加熱した後、IRスペクトルの測定において、イソシアネート基に基づく吸収が消失したことを確認し、放冷後、MIBK336.1部で希釈することによって、固形分80%の目的のブロックドポリイソシアネート(c2−2)(溶解性パラメータ(SP値)=12.1)を得た。
【0125】
製造例10:オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)の製造
2−エチルヘキサノールハーフブロック化IPDI(MIBK溶液)の調製
撹拌装置、冷却管、窒素導入管、温度計を装備した反応容器に、イソホロンジイソシアネート(以下、IPDIと略す)222.0部を入れ、MIBK39.1部で希釈した後、ここへジブチルスズジラウレート0.2部を加えた。その後、これを50℃に昇温した後、2−エチルヘキサノール131.5部を撹拌下、乾燥窒素雰囲気中で2時間かけて滴下した。適宜、冷却することにより、反応温度を50℃に維持した。その結果、2−エチルヘキサノールハーフブロック化IPDI(MIBK溶液)(樹脂固形分90.0%)が得られた。
適当な反応容器に、エポキシ当量188のビスフェノールA型エポキシ樹脂(ダウ・ケミカル・カンパニー社製)382.2部とビスフェノールA 117.8部を仕込み、窒素雰囲気下、150〜160℃に加熱した。その反応混合物を150〜160℃で約1時間反応させ、次いで120℃に冷却した後、上記で調製した2−エチルヘキサノールハーフブロック化IPDI(MIBK溶液)209.8部を加えた。140〜150℃で1時間反応させた後、ポリアルキレンオキサイド化合物(三洋化成社製、商品名BPE−60)205部を加え、60〜65℃に冷却した。そこへ、1−(2−ヒドロキシエチルチオ)−2−プロパノール408.0部、脱イオン水144.0部、ジメチロールプロピオン酸134部を加え、酸価が1となるまで65〜75℃で反応させ、エポキシ樹脂に3級スルホニウム基を導入し、脱イオン水1595.2部を加えて3級化を終了させることにより、3級スルホニウム基を含有する変性エポキシ樹脂(d)のワニスを得た。(固形分30%)。
【0126】
製造例11:顔料分散樹脂(e)の製造
攪拌機、冷却管、窒素導入管、温度計を備えた反応容器にエポキシ当量198のビスフェノールA型エポキシ樹脂(商品名エポン829、シェル化学社製)710部、ビスフェノールA289.6部を仕込んで、窒素雰囲気下150〜160℃で1時間反応させ、ついで120℃まで冷却後、2−エチルヘキサノール化ハーフブロック化トリレンジイソシアネートのメチルイソブチルケトン溶液(固形分95%)406.4部を加えた。反応混合物を110〜120℃で1時間保持した後、エチレングリコール モノn−ブチルエーテル1584.1部を加えた。そして85〜95℃に冷却して均一化させた。
上記反応物の製造と並行して、別の反応容器に2−エチルヘキサノール化ハーフブロック化トリレンジイソシアネートのメチルイソブチルケトン溶液(固形分95%)384部にジメチルエタノールアミン104.6部を加えたものを80℃で1時間攪拌し、ついで75%乳酸水141.1部を仕込み、さらにエチレングリコール モノn−ブチルエーテル47.0部を混合、30分攪拌して4級化剤(固形分85%)を製造しておいた。そしてこの4級化剤620.5部を先の反応物に加え、酸価1になるまで混合物を85〜95℃に保持し、顔料分散樹脂(樹脂固形分56%、平均分子量2200、溶解性パラメータ(δe)=11.3)を得た。
【0127】
製造例12:顔料分散ペーストの製造
サンドグラインドミルに製造例11で得た顔料分散樹脂を120部、カーボンブラック2.0部、カオリン100.0部、二酸化チタン80.0部、リンモリブデン酸アルミニウム18.0部、二酸化ケイ素15部およびイオン交換水188.1部を入れ、粒度10μm以下になるまで分散して、顔料ペーストを得た(固形分60%)。
【0128】
製造例13:カチオン変性アクリルエマルション(A−1)(エマルション粒子A)の製造
製造例1で得られたアクリル樹脂(a−1)溶液247.1部、製造例7で得られたブロックドポリイソシアネート(c1)溶液120.0部、および製造例10で得られたオニウム基としてスルホニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)のワニス53.0部を加えて30分攪拌した。その後、酢酸5部を加え、イオン交換水で不揮発分30%まで希釈した後、減圧下で不揮発分38%まで濃縮し、カチオン変性アクリル樹脂エマルション(A−1)を得た。
【0129】
製造例14:カチオン変性アクリルエマルション(A−2)(エマルション粒子A)の製造
製造例2で得られたアクリル樹脂(a−2)溶液247.1部、製造例7で得られたブロックドポリイソシアネート(c1)溶液120.0部、および製造例10で得られたオニウム基としてスルホニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)のワニス53.0部を加えて30分攪拌した。その後、酢酸5部を加え、イオン交換水で不揮発分30%まで希釈した後、減圧下で不揮発分38%まで濃縮し、カチオン変性アクリル樹脂エマルション(A−2)を得た。
【0130】
製造例15:カチオン変性アクリルエマルション(A−3)(エマルション粒子A)の製造
製造例3で得られたアクリル樹脂(a−3)溶液247.1部、製造例7で得られたブロックドポリイソシアネート(c1)溶液120.0部、および製造例10で得られたオニウム基としてスルホニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)のワニス53.0部を加えて30分攪拌した。その後、酢酸5部を加え、イオン交換水で不揮発分30%まで希釈した後、減圧下で不揮発分38%まで濃縮し、カチオン変性アクリル樹脂エマルション(A−3)を得た。
【0131】
製造例16:カチオン変性エポキシエマルション(B−1)(エマルション粒子B)の製造
製造例4で得られたエポキシ樹脂(b−1)溶液308.8部、製造例8で得られたブロックドポリイソシアネート(c2−1)溶液112.5部、および製造例10で得られたオニウム基としてスルホニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)のワニス58.8部を加えて30分攪拌した。その後、酢酸6部を加え、イオン交換水で不揮発分30%まで希釈した後、減圧下で不揮発分38%まで濃縮し、カチオン変性エポキシ樹脂エマルション(B−1)を得た。
【0132】
製造例17:カチオン変性エポキシエマルション(B−2)(エマルション粒子B)の製造
製造例5で得られたエポキシ樹脂(b−2)溶液308.8部、製造例8で得られたブロックドポリイソシアネート(c2−1)溶液112.5部、および製造例10で得られたオニウム基としてスルホニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)のワニス58.8部を加えて30分攪拌した。その後、酢酸6部を加え、イオン交換水で不揮発分30%まで希釈した後、減圧下で不揮発分38%まで濃縮し、カチオン変性エポキシ樹脂エマルション(B−2)を得た。
【0133】
製造例18:カチオン変性エポキシエマルション(B−3)(エマルション粒子B)の製造
製造例6で得られたエポキシ樹脂(b−3)溶液308.8部、製造例8で得られたブロックドポリイソシアネート(c2−1)溶液112.5部、および製造例10で得られたオニウム基としてスルホニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)のワニス58.8部を加えて30分攪拌した。その後、酢酸6部を加え、イオン交換水で不揮発分30%まで希釈した後、減圧下で不揮発分38%まで濃縮し、カチオン変性エポキシ樹脂エマルション(B−3)を得た。
【0134】
製造例19:カチオン変性エポキシエマルション(B−4)(エマルション粒子B)の製造
製造例5で得られたエポキシ樹脂(b−2)溶液308.8部、製造例9で得られたブロックドポリイソシアネート(c2−2)溶液112.5部、および製造例10で得られたオニウム基としてスルホニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)のワニス58.8部を加えて30分攪拌した。その後、酢酸6部を加え、イオン交換水で不揮発分30%まで希釈した後、減圧下で不揮発分38%まで濃縮し、カチオン変性エポキシ樹脂エマルション(B−4)を得た。
【0135】
製造例20:カチオン変性エポキシエマルション(B−5)(エマルション粒子B)の製造
製造例6で得られたエポキシ樹脂(b−3)溶液308.8部、製造例9で得られたブロックドポリイソシアネート(c2−2)溶液112.5部、および製造例10で得られたオニウム基としてスルホニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)のワニス58.8部を加えて30分攪拌した。その後、酢酸6部を加え、イオン交換水で不揮発分30%まで希釈した後、減圧下で不揮発分38%まで濃縮し、カチオン変性エポキシ樹脂エマルション(B−5)を得た。
【0136】
製造例13〜15で調製したエマルション粒子A((A−1)〜(A−3))および製造例16〜20で調製したエマルション粒子B((B−1)〜(B−5))のガラス転移温度(Tg)(℃)を以下の表に示す。なお、エマルション粒子のガラス転移温度は、「Foxの式」(T.G.Fox;Bull.Am.Phys.Soc.,1(3),123(1956))を用いて算出した。
【0137】
【表3】

【0138】
【表4】

【0139】
【表5】

【0140】
電着塗料組成物の製造
上記の製造例で調製したエマルション粒子A 211.4部、エマルション粒子B 190.2部、製造例12で調製した顔料分散ペースト75.5部、ジブチル錫オキサイド3.5部、およびイオン交換水519.4部を混合して、カチオン電着塗料組成物(実施例1〜7および比較例1〜4)を調製した。カチオン電着塗料組成物の固形分はいずれも20%であった。実施例および比較例のカチオン電着塗料組成物を以下の表にまとめる。
【0141】
電着塗装
実施例1〜7および比較例1〜4の電着塗料組成物をそれぞれ用いて、リン酸亜鉛処理鋼板(JIS G3134 SPCC−SDのサーフダインSD−5000(日本ペイント社製)処理鋼板)を用いて、以下の塗装条件1または塗装条件2で電着塗装を行った。塗装後の各鋼板は、水洗した後、160℃で25分間焼き付け、空冷後、膜厚を測定した。
【0142】
電着塗料組成物の浴温度:28℃(または30℃)
塗装条件1:100V、60秒
塗装条件2:200V、180秒
【0143】
塗装条件1は、自動車車体の内板部の電着塗装を想定した塗装条件であり、目標膜厚は7〜10μmである。一方、塗装条件2は、自動車車体の外板部の電着塗装を想定した条件であり、目標膜厚は14〜15μmである。この2つの塗装条件に従って電着塗装を実施し、得られる膜厚が目標値を満たせば、優れたつきまわり性が得られたと評価する。
【0144】
また、実施例1により得られた電着塗膜上に、水性ベース塗料組成物(「アクアレックス AR−3100ベース」、日本ペイント社製、アクリル樹脂/メラミン樹脂系塗料)をエアスプレー塗装にて乾燥膜厚12μmになるように塗装し、80℃で3分間プレヒートを行った。さらに、その塗板にクリヤー塗料組成物(「ポリウレエクセル O−3100 クリヤー」、日本ペイント社製、ウレタン架橋系を有するアクリル樹脂/イソシアナート化合物系塗料)をエアスプレー塗装にて乾燥膜厚35μmになるように塗装し、この2層塗膜を140℃で30分間加熱して同時に硬化させたところ、良好な仕上がり外観が得られた。
【0145】
また、塗装条件1で得られた膜厚と、塗装条件2で得られた膜厚との合計を以下の表に示す。
【0146】
防錆性の評価
塗装条件1で得られた電着塗膜に大刃カッターを用いて、交差する対角線状に、素地に達するクロスカットを入れた。JIS Z2371に規定する塩水噴霧試験器に720時間入れ、クロスカット部の錆ふくれ幅を測定し、以下の基準で評価した。
(防錆性の評価基準(塩水噴霧試験))
◎:2.0mm未満
○:2.0mm以上3.0mm未満
×:3.0mm以上
【0147】
平滑性の評価
塗装条件1で得られた電着塗膜の表面を表面粗さ計(株式会社ミツトヨ製、SURFTEST SJ−201P)で2.5mm幅カットオフ(区画数5)の条件で表面粗度(Ra)を測定した。このRa値が小さいほど、表面に凹凸が少ないことを示す。
(平滑性の評価基準(Ra値測定))
合格(○):Ra値が0.25μm未満
不合格(×):Ra値が0.25μm以上
【0148】
塗料使用量の評価
塗装条件1および塗装条件2によってそれぞれ得られた電着塗膜の膜厚を合計したものが、25μm以下のものを合格(○)とし、26μm以上ものを不合格(×)すなわち不経済であると評価した。
【0149】
【表6】

【0150】
【表7】

【0151】
表中、式(1)の値とは、{Tg(B)−Tg(A)}の絶対値である。
表中、式(2)の値とは、(電着塗料組成物の浴温度(℃))−({Tg(A)+Tg(B)}/2)の値である。
【0152】
表6に示す通り、本発明の実施例1〜7では、式(1)および式(2)の要件を全て満たすことによって、優れたつきまわり性を提供する。また、実施例1〜7では、いずれも、塗装条件1の自動車車体の内板部の電着塗装を想定した条件で7〜10μmの膜厚を達成することができ、しかも、実施例1〜7のいずれにおいても優れた防錆性を提供することができた。
また、実施例1〜7の塗装条件2の自動車車体の外板部の電着塗装を想定した条件では、14〜15μmの膜厚を達成することができ、実施例1〜7のいずれにおいても優れた平滑性を達成することができた。また、電着塗膜の膜厚が外板部で14〜15μmであれば、優れた耐候性、耐光性、平滑性、耐衝撃性および耐チッピング性を十分に提供することができる。
さらに、実施例1〜7では、電着塗料組成物を過剰に使用することがなく、非常に経済的である。
また、浴温度を変更した場合(実施例7)でも、式(1)および式(2)の要件を全て満たすことによって、同等の効果、性能を得ることができる。
従って、本発明では、優れた防錆性だけでなく、耐候性、耐光性、耐衝撃性および耐チッピング性を十分に備え、さらにその上に、優れた平滑性をも有するので、本発明は、自動車車体の塗装において、中塗り塗膜を十分に省略することができる。また、上述の通り、本発明は、優れたつきまわり性を提供することができるので、塗料使用量を有効に削減することができ、省資源、省エネルギー、省コストおよび環境負荷削減を十分達成することができる。
【0153】
対して、比較例1では、式(1)の値が13であり、比較例2では、式(1)の値が15であり、いずれにおいても、本発明の規定範囲(10以下)を逸脱するので、つきまわり性が著しく低下し、特に内板部では電着塗膜が十分に形成されず、防錆性が著しく低下する。また、電着塗膜形成の際に、エマルション粒子の析出および融着がうまくいかず、つきまわり性だけでなく、平滑性も著しく低下する。
【0154】
また、比較例3および4では、いずれも、式(1)の値は満たすが、式(2)の値については、比較例3では式(2)の値が8であり、本発明の規定範囲(11〜17)の下限を逸脱するので、つきまわり性が著しく低下し、塗装条件2での結果が示す通り、外板部に過剰に電着塗膜が形成され、平滑性が著しく低下する。また、塗料使用量の観点からも非常に不経済である。比較例4では式(2)の値が19.5であり、本発明の規定範囲(11〜17)の上限を逸脱するので、この場合にも、つきまわり性は著しく低下し、塗装条件1での結果が示す通り、内板部で電着塗膜が十分に形成されず、防錆性が著しく低下する。また、塗装条件2での結果が示す通り、外板部には過剰に電着塗膜が形成されることになり、塗料使用量の観点から、非常に不経済である。
【0155】
以上のことから、本発明では、式(1)および式(2)の要件を満たすことによって、優れたつきまわり性が得られ、本発明は、省資源、省エネルギー、省コストおよび環境負荷削減に貢献することができる。また、式(1)および式(2)の要件を満たすことによって得られる本発明の上述の効果は、非常に驚くべき顕著なものである。
【産業上の利用可能性】
【0156】
本発明では、電着塗料組成物に含まれる少なくとも2種類のエマルション粒子AおよびBが、式(1)および式(2)の要件を満たすことによって、電着塗料組成物に優れたつきまわり性を付与することができ、自動車車体の外板部で約15μm、内板部では約10μm程度(あるいは少なくとも7μm)の膜厚を達成することができ、省エネルギー、コスト削減の観点から、非常に有益である。また、本発明では、優れた防錆性だけでなく、優れた耐候性、耐光性、平滑性、耐衝撃性、耐チッピング性などの機能を多層電着硬化塗膜に付与することができるので、本発明を自動車車体などの塗装に適用した場合、従来ではこれらの機能を確保するために必要であった中塗り塗膜を省略することができ、非常に有益である。さらに、本発明では、塗装工程を大幅に省略するにもかかわらず、優れた塗膜外観を提供することができるので、非常に有益である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電着塗料組成物を被塗物上に電着塗装し、次いで加熱しながら層分離せしめ、その後硬化させて、少なくとも2層からなる複層硬化膜を形成する工程を包含する電着塗膜形成方法であって、電着塗料組成物が、
塗膜形成性樹脂成分(a)および(b)、
ブロックドポリイソシアネート(c1)および(c2)、
オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)、および
顔料
を含み、
塗膜形成性樹脂成分(a)および(b)が、互いに不相溶であり、
塗膜形成性樹脂成分(a)が、ブロックドポリイソシアネート(c1)と、オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)とを含むエマルション粒子Aを形成し、
塗膜形成性樹脂成分(b)が、ブロックドポリイソシアネート(c2)と、オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)とを含むエマルション粒子Bを形成し、
エマルション粒子Aのガラス転移温度(Tg(A))(℃)およびエマルション粒子Bのガラス転移温度(Tg(B))(℃)は、式(1)および式(2):
[{Tg(B)−Tg(A)}の絶対値]≦10 (1)
11≦[(電着塗料組成物の浴温度(℃))−({Tg(A)+Tg(B)}/2)]≦17 (2)
の関係を満足する、電着塗膜形成方法。
【請求項2】
塗膜形成性樹脂成分(a)が、ガラス転移温度(Tg(a))30〜50℃のカチオン変性アクリル樹脂であり、
塗膜形成性樹脂成分(b)が、ガラス転移温度(Tg(b))20〜35℃のカチオン変性エポキシ樹脂であり、
塗膜形成性樹脂成分(a)の溶解性パラメータ(δa)および塗膜形成性樹脂成分(b)の溶解性パラメータ(δb)が、式(3):
{δb−δa}≧0.4 (3)
の関係を満足する、請求項1記載の電着塗膜形成方法。
【請求項3】
塗膜形成性樹脂成分(a)および(b)の配合比((a)/(b))が、固形分重量比で50/50〜40/60である、請求項1または2に記載の電着塗膜形成方法。
【請求項4】
オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)のオニウム基が、アンモニウム基およびスルホニウム基からなる群から選択される、請求項1〜3のいずれか1項に記載の電着塗膜形成方法。
【請求項5】
オニウム基を有する変性エポキシ樹脂(d)が、エマルション粒子AおよびBの塗膜形成性樹脂成分(a)および(b)ならびにブロックドポリイソシアネート(c1)および(c2)の合計100重量部に対して、1〜10重量部含まれる、請求項1〜4のいずれか1項に記載の電着塗膜形成方法。
【請求項6】
ブロックドポリイソシアネート(c1)が、脂肪族系のポリイソシアネートを封止剤でブロックしたものであり、
ブロックドポリイソシアネート(c2)が、脂環式系または芳香族系のポリイソシアネートを封止剤でブロックしたものである、
請求項1〜5のいずれか1項に記載の電着塗膜形成方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の電着塗膜形成方法によって形成される電着塗膜の上に、さらに、上塗りベース塗料組成物を塗布して、未硬化の上塗りベース塗膜を形成する工程、
未硬化の上塗りベース塗膜の上に、さらに、上塗りクリヤー塗料組成物を塗布して未硬化の上塗りクリヤー塗膜を形成する工程、および
未硬化の上塗りベース塗膜および未硬化の上塗りクリヤー塗膜を同時に加熱して硬化する工程
を包含する、多層塗膜の形成方法。

【公開番号】特開2011−21261(P2011−21261A)
【公開日】平成23年2月3日(2011.2.3)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−168988(P2009−168988)
【出願日】平成21年7月17日(2009.7.17)
【出願人】(000230054)日本ペイント株式会社 (626)
【出願人】(000003137)マツダ株式会社 (6,115)
【Fターム(参考)】