説明

電解槽の製造方法

【課題】起動直後においても良好な電解性能を得ることが可能な電解槽の製造方法を提供する。
【解決手段】構成要素として少なくとも陽極、イオン交換膜及び陰極を有する電解槽の製造方法であって、少なくともイオン交換膜及び陰極と、pH8以上のアルカリ溶液とを接触させる、接触工程と、構成要素を組み立てる、組み立て工程とを有する、電解槽の製造方法とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルカリ金属塩の電解等に用いられる電解槽の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来から、アルカリ金属塩水溶液の電解によって、アルカリ金属水酸化物を製造することがなされてきた。アルカリ金属塩水溶液の電解は、通常、電解槽を用いて行われる。電解槽は陽イオン交換膜を挟んで、陽極室と陰極室とで構成されており、陽極室には陽極を、陰極室には陰極をそれぞれ配置させてなる。そして、陽極室にアルカリ金属塩水溶液を、陰極室に希薄なアルカリ金属水酸化物水溶液を満たして、両電極間に直流電流を通すことによって電解を行う。例えば、塩化ナトリウムの電解にあっては、理論上、理論電解電圧をかけることにより、いわゆるファラデーの法則に従って、消費した電力に応じて水酸化ナトリウム、塩素及び水素が得られる。このような電解槽については、特許文献1〜8に開示されているように、細部の構成から全体構成に至るまで、様々な研究がなされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】国際公開第2010/061766号パンフレット
【特許文献2】特開平6−220677号公報
【特許文献3】特開2000−178782号公報
【特許文献4】特開2001−064792号公報
【特許文献5】特開2001−152380号公報
【特許文献6】特開2001−262387号公報
【特許文献7】特許第4453973号公報
【特許文献8】特開2000−117060号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
上記のように少なくとも陽極、イオン交換膜及び陰極を備えた電解槽の製造工程にあっては、イオン交換膜の組込み時、電解槽の構成部材に対して、不純物をほとんど含まない水(一般的に純水)を用いて水洗を行うのが通常である。この水洗の目的は、電極や電解槽ユニットセルに付着した塵等を洗い流す目的と、イオン交換膜の電極側部材への密着性を向上させるための湿潤目的との両方である。しかしながら、このようにして製造された電解槽にあっては、電解槽の起動後、特に起動直後において、良好な電解性能を得ることができない場合があった。
【0005】
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、起動直後においても良好な電解性能を得ることが可能な電解槽の製造方法を提供するとともに、当該製造方法により製造された電解槽を用いた水酸化ナトリウム、塩素及び/又は水素の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、電解槽の起動直後において電解性能が低下する原因について鋭意研究したところ、水洗後、系内が中性雰囲気であったことに起因して、電解槽を起動(即ち、電解槽に通電開始)させるまでの間に電極(特に陰極)の一部がイオン化してイオン交換膜へ付着する場合があり、このことが起動直後の電解槽の電解性能に悪影響を及ぼすことを知見した。そこで、イオン交換膜の組込みから、電解槽の起動までにおける系内の雰囲気を中性以外の雰囲気とすることが重要と考え、さらに研究を進めたところ、本発明者らは、アルカリ溶液を用いて電極や電解槽ユニットセルの付着塵の除去やイオン交換膜の湿潤を行って、系内の雰囲気をアルカリ雰囲気としておくことにより、電解槽の起動直後においても良好な電解性能を発揮させることができることを知見した。
【0007】
本発明は上記知見に基づいてなされたものである。すなわち、
本発明の第1の態様は、構成要素として少なくとも陽極、イオン交換膜及び陰極を有する電解槽の製造方法であって、少なくともイオン交換膜及び陰極と、pH8以上のアルカリ溶液とを接触させる、接触工程と、構成要素を組み立てる、組み立て工程とを有する、電解槽の製造方法である。
【0008】
本発明の第1の態様において、電解槽が、電気分解によって食塩水から少なくとも水酸化ナトリウムを製造するものであることが好ましい。特にこのような電解槽について、起動直後において良好な電解性能を発揮させることができる。
【0009】
本発明の第1の態様において、アルカリ溶液は、上述の如く、食塩(塩化ナトリウム)を電気分解して水酸化ナトリウムを製造する際には、塩基性ナトリウム塩の水溶液であることが好ましい。「塩基性ナトリウム塩」としては、例えば、水酸化ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、クエン酸ナトリウム等が挙げられる。
【0010】
本発明の第1の態様において、陰極が、ニッケル及びスズを含む活性陰極であることが好ましい。このような活性陰極は、電解槽を起動させるまでの間において該陰極からの金属イオンの溶出が生じやすく、これがイオン交換膜に付着し易い。そのため、本発明による溶出抑制効果が一層顕著となる。
【0011】
本発明の第1の態様においては、アルカリ溶液との接触の前に、構成要素を水洗する、水洗工程を有していてもよい。すなわち、電解槽の構成要素をあらかじめ水洗しておくことで、アルカリ溶液を当該構成要素の洗浄・湿潤水として用いるのではなく、系内をアルカリ雰囲気とするための単なる前処理水として用いることができる。
【0012】
本発明の第1の態様において、電解槽が、ゼロギャップ式イオン交換膜食塩電解槽であることが好ましい。
【0013】
本発明の第2の態様は、本発明の第1の態様に係る製造方法により製造された電解槽に食塩水を供給するとともに、陰極と陽極との間に直流電流を流すことによって食塩水を電解する、水酸化ナトリウム、塩素及び/又は水素の製造方法である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、電解槽にイオン交換膜を組み込む際、イオン交換膜及び/又は陰極が所定のアルカリ溶液と接触されるため、電解槽の起動前において、系内をアルカリ雰囲気とすることができる。これにより、電解槽を起動させるまでの間における陰極からの金属イオンの溶出が抑制される。すなわち、金属イオンがイオン交換膜に付着・吸着して膜性能を低減させることが抑制され、電解槽の起動直後において良好な電解性能を発揮させることができる。このように、起動直後から良好な電解性能を発揮させることで、食塩電解の際、水酸化ナトリウム、塩素及び/又は水素を起動直後から適切に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】一実施形態に係る本発明の電解槽の製造方法を説明するための図である。
【図2】本発明に係る電解槽の製造方法により製造される電解槽の一例を概略的に示す図である。
【図3】本発明に係る電解槽の製造方法により製造される電解槽の一例を概略的に示す図である。
【図4】食塩水の電解メカニズムについて説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
1.第1実施形態
第1実施形態に係る本発明は、構成要素として少なくとも陽極、イオン交換膜及び陰極を有する電解槽の製造方法である。
【0017】
尚、本発明に係る製造方法により製造される電解槽には、上記構成要素の他、電解槽の形態に応じてその他部材が備えられていてもよい。例えば、電解槽枠や電極集電体等である。特に、電解槽としてゼロギャップ式イオン交換膜食塩電解槽を製造する場合、電解槽には、陽極、イオン交換膜、及び陰極の他、電解槽枠、背面隔壁、弾性材、ガスケット、陰極集電体等が備えられる。
【0018】
図1に一実施形態に係る本発明の電解槽の製造方法S10を示す。図1に示すように、製造方法S10は、構成要素として少なくとも陽極、イオン交換膜及び陰極を有する電解槽の製造方法であって、少なくともイオン交換膜及び陰極と、pH8以上のアルカリ溶液とを接触させる、接触工程S1と、構成要素を組み立てる、組み立て工程S2とを有している。
【0019】
1.1.接触工程S1
工程S1は、少なくともイオン交換膜及び陰極とpH8以上のアルカリ溶液とを接触させる工程である。例えば、イオン交換膜及び陰極に対して、ホース等を用いてアルカリ溶液を流しかける形態や、アルカリ溶液を噴霧する形態が挙げられる。特に、アルカリ溶液の使用量を削減可能なことから、噴霧により接触させることが好ましい。接触時間やアルカリ溶液の流量については特に限定されるものではない。例えば、イオン交換膜が電極に貼り付く程度にイオン交換膜をアルカリ溶液と接触させ、湿潤させる、或いは、陰極表面の塵等が除去される程度に、陰極をアルカリ溶液によって洗浄する工程とすることができる。また、この洗浄する工程の際に、電解槽を構成する他の部材(陽極、電解槽枠、背面隔壁、弾性材、ガスケット)も同時に洗浄することが好ましい。該洗浄により、これら部材が湿潤化するため、イオン交換膜が陽極に張り付き組込みやすくなるという効果も副次的に得られる。すなわち、pH8以上のアルカリ溶液を電解槽構成要素の洗浄・湿潤水として用いることができる。ただし、後述するように、アルカリ溶液との接触の前にイオン交換膜及び陰極を水洗し、その後アルカリ溶液と接触させる形態でもよい。
【0020】
工程S1で用いられるアルカリ溶液はpHが8以上であればよいが、下限が好ましくは9以上、より好ましくは10以上であり、pHをこのような範囲とすることで、電解槽起動前において系内の雰囲気を適切にアルカリ雰囲気とすることができ、電解槽の起動直後において良好な電解性能を発揮させることができる。なお、pHが14を超える([OH]>1mol/L)場合、電極からのイオン溶出低減の効果は十分に得られるものの、一方で、該高OHイオン濃度に起因して、イオン交換膜の収縮が起こって、電解槽組立後以降のイオン交換膜の膨潤によるシワの原因になる場合があり、イオン交換膜の性能や寿命へ悪影響を及ぼす可能性がある。そのため、アルカリ溶液のpHは、上限が好ましくは14以下、より好ましくは13.5以下、最も好ましくは13以下である。
【0021】
工程S1で用いられるアルカリ溶液の種類は、電解に供するアルカリ金属塩の種類に応じて選択することができる。特に、食塩電解用の電解槽を製造する場合においては、塩基性ナトリウム塩の水溶液を用いることが好ましい。食塩電解用の電解槽において、塩基性ナトリウム塩は不純物とはならないためである。塩基性ナトリウム塩としては、水酸化ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウム、酢酸ナトリウム、リン酸水素二ナトリウム、クエン酸ナトリウム等が挙げられる。この中でも特に水酸化ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸ナトリウムが好ましく、さらに水酸化ナトリウムと炭酸ナトリウムがより好ましく、水酸化ナトリウムが最も好ましい。ただし、これらの混合溶液でもなんら問題なく、また塩基性ナトリウム塩以外の他のアルカリ金属の塩基性塩(例えば、塩基性カリウム塩等)であっても、製造される水酸化ナトリウムに求められる純度の許容範囲内で使用することができる。
一方、水酸化カルシウム等の多価金属の塩基性塩は、該金属イオンがイオン交換膜に付着した際の膜性能の低下をもたらしやすく、またスケールの生成などの問題が生じる可能性が高いため、できるだけ使用を控えることが望ましい。
【0022】
工程S1では、少なくとも、イオン交換膜及び陰極、並びに、陰極と接触する部材と、アルカリ溶液とを接触させることが好ましい。「陰極と接触する部材」は電解槽の構成によって異なる。例えば、本発明に係る製造方法により、ゼロギャップ式イオン交換膜食塩電解槽を製造する場合は、イオン交換膜と、陰極をイオン交換膜側に押し付けるための弾性材とが「陰極と接触する部材」となる。ゼロギャップ式イオン交換膜食塩電解槽において弾性材を設けない場合は、イオン交換膜と陰極集電体或いは電解槽の単位セルを区画する背面隔壁とが「陰極と接触する部材」となる。また、本発明に係る製造方法により、陰極とイオン交換膜との間にギャップを有する電解槽を製造する場合は、陰極集電体或いは電解槽の単位セルを区画する背面隔壁が「陰極と接触する部材」となる。また、多くの場合、集電体とイオン交換膜との間にはガスケットが配設されるが、この場合には、該ガスケットも「陰極と接する部材」となる。このように、電解槽の起動前において、イオン交換膜及び陰極、並びに、陰極と接触する部材すべてについてアルカリ溶液と接触させておくことで、特に、陰極周辺をアルカリとすることができ、これにより、電解槽の起動直後における陰極の溶出を一層適切に防止することができる。
【0023】
1.2.組み立て工程S2
工程S2は、工程S1とともに、又は、工程S1の後、構成要素を組み立てる工程である。すなわち、構成要素とアルカリ溶液とを接触させつつ構成要素を組み立てる工程、又は、構成要素とアルカリ溶液との接触が完了した後で構成要素を組み立てる工程である。
【0024】
構成要素の組み立てについては、従来と同様の方法で実施すればよい。すなわち、イオン交換膜を挟んで陽極室と陰極室とを構成し、陽極室には陽極を、陰極室には陰極をそれぞれ配置させるようにして構成要素を組み立て、電解槽を製造する。例えば、まず、陽極室をアルカリ溶液で洗浄した後、当該陽極室の陽極表面にイオン交換膜を貼り付ける。イオン交換膜は工程S1によってアルカリ溶液で湿潤されることで、陽極の表面に容易に貼り付けることができる。そして、イオン交換膜を陽極と陰極とで挟み込むように陰極室を配置することにより、電解槽を製造することができる。
【0025】
本発明に係る製造方法により製造される電解槽としては、アルカリ金属塩水溶液の電解を行うための電解槽が挙げられ、この中でも、電気分解によって食塩水から少なくとも水酸化ナトリウムを製造する電解槽が好ましく、ゼロギャップ式イオン交換膜食塩電解槽が最も好ましい。ゼロギャップ式イオン交換膜食塩電解槽とは、電極とイオン交換膜との間のギャップがゼロとなるようにイオン交換膜と電極とが接触するように配置されてなる電解槽である。
【0026】
図2に、ゼロギャップ式イオン交換膜食塩電解槽10(以下、単に「電解槽10」という。)を構成する電解槽ユニット10aの分解斜視図を概略的に示す。また、図3に、工程S2後における電解槽ユニット10aの断面構造を概略的に示す。図2、3に示すように、電解槽ユニット10aは、陽極室1(電解槽枠1a、背面隔壁1b、陽極1c及びリブ1d)、イオン交換膜2、陰極室3(電解槽枠3a、背面隔壁3b、陰極3c、弾性材3d、陰極集電体3e及びリブ3f)並びにガスケット4、4を備えており、陽極室1と陰極室3がイオン交換膜2やガスケット4によって区画されるように構成されている。
【0027】
陽極室1には、電解槽枠1a、背面隔壁1b、陽極1c及び背面隔壁1bと陽極1cとを電気的に接続するリブ1d、1dが備えられている。また、陽極室1は、電解槽枠1a、背面隔壁1b及びイオン交換膜2によって区画されており、内部に電解液を流通可能な空間1eが設けられている。尚、図2、3には示していないが、陽極室1には、電解液の供給管や電解に伴い発生するガスの排出口等が設けられている。
【0028】
電解槽枠1aとしては、その形状及び材質は特に限定されるものではなく、例えば、軟鋼等の金属や電解液に対して耐久性を有する強化プラスチック等を枠状に成形してなるものを用いることができる。背面隔壁1bは、電解槽枠1aの内側に設けられ、隣接する電解槽ユニット同士を区画する。背面隔壁1bは、電解液に対して耐久性を有するものであれば、その材質は特に限定されるものではない。ただし、背面隔壁1bを介して電気を供給する場合、導電性を有する必要がある。例えば、チタン等の金属からなるものが好ましい。陽極1cとしては、電解槽の陽極として用いられるものであれば特に限定されない。特に、陽極活物質として白金族元素の酸化物又はこれに他の金属酸化物を混合或いは混晶としたものをチタン基材上に焼成等によりコートした所謂、寸法安定性陽極(DSA)が好ましい。その形状としてはパンチドメタル、エキスパンドメタル又は網状体が好ましい。リブ1dは、背面隔壁1bと陽極1cとの間に空間1eを形成するとともに、背面隔壁1bと陽極1cとを導電可能に接続する部材である。リブ1dは、電解液に対して耐久性を有し、背面隔壁1bから陽極1cに電気を導くことが可能なものであれば、その形状、材質は特に限定されるものではない。
【0029】
イオン交換膜2としては、電解槽のイオン交換膜として用いられるものであれば特に限定されないが、特に、陽イオン交換膜を用いる。より具体的には、パーフルオロカーボン骨格を有し、側鎖に陽イオン交換基(例えば、スルホン酸基、カルボン酸基、リン酸基、或いはこれらの混合基)が存在するものが好ましい。このようなイオン交換膜としては、例えば、デュポン社製ナフィオン、旭硝子社製フレミオン、旭化成社製アシプレックス等が挙げられる。
【0030】
陰極室3には、電解槽枠3a、背面隔壁3b、陰極3c、弾性材3d、陰極集電体3e、及び背面隔壁3bと陰極集電体3eとを電気的に接続するリブ3f、3fが備えられている。また、陰極室3は、電解槽枠3a、背面隔壁3b及びイオン交換膜2によって区画されており、内部に電解液を流通可能な空間3gが設けられている。尚、図2、3には示していないが、陰極室3には、電解液の供給管や電解に伴い発生するガスの排出口等が設けられている。
【0031】
電解槽枠3a、背面隔壁3b及びリブ3fとしては、上述した陽極室1に係るものと同様の構造のものを用いることができる。陰極3cとしては、電解槽の陰極として用いられるものであれば特に限定されない。具体的には、軟鋼、ニッケル、およびこれらの合金等が挙げられる。なかでも、その表面にニッケルを含む陰極が好ましく、ニッケル及びスズを含む活性陰極がより好ましい。特に、ニッケル分25〜99%、スズ分75〜1%(重量比)のニッケル−スズ系合金を電気めっきによって被覆した陰極が最も好ましい。この場合の心材(基体)としては軟鋼やニッケルを用いることができる。本発明では、特にニッケルを含む陰極すべてについて顕著な効果を発揮する。このような陰極3cとしては、例えば、国際公開第2010/061766号パンフレットに開示されたような、平板状、曲板状、エキスパンドメタル状、パンチングメタル状、網状、多孔板状、或いはすだれ状の導電性・耐食性を有する基体に、ニッケル−スズ合金を被覆した活性陰極が挙げられる。弾性材3dは、電解槽10において、陰極3cをイオン交換膜2側に押し付ける機能を有するとともに、陰極3cと陰極集電体3eとを電気的に接続する機能も有する。弾性材3dとしては、陰極3cをイオン交換膜2側に適切に押し付けることが可能であり、且つ、陰極室3の内部に供給される電解液に対して耐久性を有するとともに、導電性を有するものであれば、その材質、形状は特に限定されるものではない。例えば、金属繊維からなる織物或いは不織布等のマット状体やコイルバネ、板バネを用いることができる。より具体的には、特許第3707985号公報に開示された線径0.02〜0.15mmの金属線を用いた織物であって、クリンプ加工されるとともに、山形のヘリンボーン模様が賦形され、各ヘリンボーン模様が一枚の織物につき2〜9回、120〜160°の角度で変曲しているものが好ましく用いられる。陰極集電体3eとしては、金属多孔板等の公知の陰極集電体を用いることができる。
【0032】
尚、陰極室3においては、例えば特許第3686270号公報に開示されたようなピンを用いて、陰極3c、弾性材3d及び陰極集電体3eを一体に固定してもよい。
【0033】
ガスケット4は、陽極室1の電解槽枠1aと陰極室3の電解槽枠3aとの間に挟持されるように配置され、電解槽10からの流体の漏れ等を防いでいる。ガスケット4の形状、材質は特に限定されるものではなく、公知のものを適宜選択して用いればよい。
該ガスケットとしては、各々、陽極液、陰極液に対して耐性を有するもので、電解槽のシール性を維持するための強度を有するものであれば特に限定されず、各種ゴム系の材料、より具体的には、耐薬品性や硬度よりエチレン・プロピレン・ジエンゴム、エチレン・プロピレンゴム等が挙げられる。
【0034】
電解槽10の製造においては、少なくともイオン交換膜2及び陰極3cを、好ましくは、イオン交換膜2及び陰極3c、並びに、陰極3cと接触する弾性材3dを、アルカリ溶液を用いて洗浄・湿潤させた後、或いは、洗浄・湿潤させつつ(工程S1)、陽極室1の陽極1cの表面に、イオン交換膜2を貼り付け、イオン交換膜2を陽極室1に押し付けるように陰極室3を配置する。この際、陽極室1と陰極室3との間にはガスケット4を介在させる。そして、陰極室3の内部に設けられた弾性材3dの弾性力によって陰極3cがイオン交換膜2へと押し付けられた状態で固定され、電解槽ユニット10aとなる。このような電解槽ユニット10aを任意にモノポーラ式或いはバイポーラ式に複数重ね合わせて固定することにより、電解槽10を製造することができる(工程S2)。
【0035】
尚、ゼロギャップ式イオン交換膜食塩電解槽は、上述の陰極集電体3eやリブ3f、3fを備えないものであってもよい。この場合、陰極3cと背面隔壁3bとの間が弾性材3dによって埋められた形態となる。この形態は、特に、陰極室3の厚みが薄い場合、例えば、イオン交換膜2と背面隔壁3bとの間隔が20mm以下のような場合に有効である。ただし、液や気泡の流路を十分確保し、さらに陰極3の全面に亘って均一に電流を流すためには、陰極集電体3dやリブ3fが備えられることが好ましい。
【0036】
本発明に係る電解槽の製造方法は、電解槽のイオン交換膜を更新する場合に適用することもできる。例えば、食塩電解槽におけるイオン交換膜の更新の際は、電解槽の通電を停止し、内部液を冷却した後、電解槽内から内部液を脱液する。その後、内部に水を貼り込み残存する液を水洗する。水洗液を脱液後、電解槽ユニットセルを解体し、組み込まれていたイオン交換膜を取り出す。その後、本発明の製造方法に係る工程S1、S2を行う。すなわち、所定のアルカリ溶液を電解槽ユニットセルや組み込まれている電極と接触させ、電解槽ユニット間にセットする(工程S1)。そして、電解槽ユニットセルにてイオン交換膜を挟み込むことでイオン交換膜が固定される(工程S2)。
【0037】
以上のように、本発明に係る電解槽の製造方法では、電解槽にイオン交換膜を組み込む際、少なくともイオン交換膜及び陰極がアルカリ溶液と接触されるため、電解槽の起動前において、系内をアルカリ雰囲気とすることができる。これにより、電解槽を起動するまでの間における陰極からの金属イオンの溶出が抑制され、電解槽の起動直後において良好な電解性能を発揮させることができる。
【0038】
尚、上記説明においては、アルカリ溶液を用いて、電解槽構成要素の洗浄・湿潤を行うものとして説明したが、本発明は当該形態に限定されるものではない。例えば、構成要素をアルカリ溶液と接触させる工程S1の前に、構成要素を水洗する水洗工程を備えるものであってもよい。すなわち、水を用いて電極やイオン交換膜に付着するごみ等を洗浄・除去した後、pH8以上のアルカリ溶液を少なくともイオン交換膜及び陰極と接触させることによっても、電解槽起動前の系内雰囲気をアルカリ雰囲気とすることができる。これにより、電解槽を起動させるまでの間における陰極からの金属イオンの溶出が抑制され、電解槽の起動直後において良好な電解性能を発揮させることができる。
【0039】
また、上記説明においては、接触工程の後、又は接触工程とともに組み立て工程を行うものとして説明したが、本発明は当該形態に限定されるものではない。電解槽の組み立てから起動前において系内を適切にアルカリ雰囲気とすることができればよい。
【0040】
2.第2実施形態
第2実施形態に係る本発明は、第1実施形態に係る本発明の製造方法により製造された電解槽に食塩水を供給するとともに、陰極と陽極との間に直流電流を流すことによって食塩水を電解する、水酸化ナトリウム、塩素及び/又は水素の製造方法である。
【0041】
図4に電解槽100を用いた食塩水の電解メカニズムを概略的に示す。図4に示すように、電解槽100は、イオン交換膜102を挟んで、内部が陽極室101と陰極室103とに区画されている。陽極室101には陽極101aが、陰極室103には陰極103aがそれぞれ設置されている。
【0042】
電解槽100を用いて食塩水を電解する場合は、通常、まず、陰極室103に希薄な水酸化ナトリウム溶液を供給し、ついで、陽極室101に食塩水(精製塩水)を供給する。そして、両液の張り込みが完了した時点より液循環を行なうとともに予備電解を開始(起動)し、電解槽100の内部循環液が所定濃度、所定温度になった時点で本通電を開始する。陰極103aと陽極101aとの間に直流電流を流すことによって、陽極室101においては、食塩水中の塩素イオンが電子を放出して塩素ガスとなるとともに、ナトリウムイオンがイオン交換膜102を介して陰極室103側に移動する。一方、陰極室103においては電子が供給されることで、水が電気分解され、陽極室101から移動したナトリウムイオンの存在のもと、水素ガスと水酸化物イオンとが生じる。すなわち、陽極室101からは塩素ガスと、消費されなかった食塩を含む希薄塩水とが得られ、陰極室103からは水素ガスと、水酸化ナトリウム水溶液とが得られる。
【0043】
ここで、本発明に係る製造方法により製造された電解槽は、構成要素がアルカリ溶液に接触されてなるものであり、起動前に系内がアルカリ雰囲気とされている。これにより、電解槽の起動前までの間における陰極からの金属イオンの溶出が抑制され、電解槽の起動直後において良好な電解性能が発揮される。このように、起動直後から良好な電解性能を発揮させることで、食塩電解の際、水酸化ナトリウム、塩素及び/又は水素を起動直後から適切に製造することができる。
【実施例】
【0044】
以下、実施例に基づき、本発明に係る電解槽の製造方法について、さらに詳細に説明する。
【0045】
実施例1〜8
アルカリ水溶液を複数種類用意し、水洗工程を経た電解槽構成要素を組み立てる際、当該アルカリ溶液を噴霧して、小型電解実験装置としての電解槽を製造した(実施例1〜6)。或いは、水洗工程に替えてアルカリ水溶液で洗浄を行った後、電解槽構成要素を組み立て、小型電解実験装置としての電解槽を製造した(実施例7、8)。電解槽の形態としては、図3で示されるようなゼロギャップ式イオン交換膜食塩電解槽とした。陽極はDSE(ペルメレック社製)を、イオン交換膜はデュポン社製の陽イオン交換膜ナフィオンを、陰極はスズ−ニッケル系の活性陰極を使用した。当該電解槽を用いて食塩電解実験を行った。食塩電解実験においては、まず、陰極室に希薄な水酸化ナトリウム溶液を供給し、ついで、陽極室に精製塩水を供給した。その後、両液の張込みが完了した時点から連続的な液の供給を行うとともに予備電解を開始し、一定時間(2時間)経過後、本通電を開始させた。電解槽の通電面積は0.5dmとし、電解条件は、食塩水供給量が200g/L、水酸化ナトリウムの出口濃度が32%、系内温度が85℃となるように制御し、運転時の電流密度は50A/dmとした。
なお、洗浄液のpHは市販のガラス電極型のpHメーターにより室温(25℃)で確認した。
【0046】
比較例1〜2
電解槽組み立て時にアルカリ溶液の噴霧を行わなかったこと以外は、実施例1と同様にして電解槽を製造し、食塩電解実験を行った。尚、比較例では、洗浄水の温度を実施例と同様に30℃として実施した。
【0047】
実施例に係るアルカリ溶液のpH及び塩基性塩の種類、比較例に係る洗浄水のpH、並びに、食塩電解実験時の初期起動時(本通電開始から5日間後)における電流効率及び電解電圧を下記表1、表2にまとめた。
【0048】
【表1】

【0049】
【表2】

【0050】
表1、2から明らかなように、アルカリ溶液との接触工程を経た実施例1〜8は、アルカリ溶液との接触工程を経なかった比較例1〜2と比較して、食塩電解時の電流効率を高く維持することができ、また電解電圧も抑えることができ、比較例1〜2よりも効率良く食塩電解を行うことができた。アルカリ溶液との接触により、電解槽起動前において系内をアルカリとすることができ、これにより、電解槽を起動させるまでの間における陰極からの金属イオン溶出が抑制され、電解性能が向上し、効率的に食塩の電解を行うことができたと言える。すなわち、本発明に係る製造方法により製造された電解槽は、起動直後から良好な電解性能を発揮させることができることが分かる。
【0051】
比較例3〜6
比較例3、5は、アルカリ溶液との接触をイオン交換膜のみとし、陰極は通常の純水で洗浄した場合の結果、比較例4、6は逆に、アルカリ溶液との接触を陰極のみとし、イオン交換膜は通常の純水で洗浄した場合の結果である。なお、他の条件は比較例3、4については実施例5と同様にし、比較例5、6については実施例6と同様にして実験を行った。結果を下記表3に示す。
【0052】
【表3】

【0053】
上記表3の結果より、イオン交換膜或いは陰極しかアルカリ処理しなかった場合は、イオン交換膜及び陰極の両方をアルカリ処理した場合に比べて、良好な電解性能が得られなかった。この結果から、起動直後から良好な電解性能を発揮させるためには、アルカリ洗浄をイオン交換膜及び陰極の両方に対して実施することが必要なことが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0054】
本発明は、アルカリ金属塩を電解するための電解槽の製造方法として広く利用することができる。
【符号の説明】
【0055】
1 陽極室
1a 電解槽枠
1b 背面隔壁
1c 陽極
1d リブ
1e 空間
2 イオン交換膜
3 陰極室
3a 電解槽枠
3b 背面隔壁
3c 陰極
3d 弾性材
3e 陰極集電体
3f リブ
3g 空間
4 ガスケット
10 電解槽
10a 電解槽ユニット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
構成要素として少なくとも陽極、イオン交換膜及び陰極を有する電解槽の製造方法であって、
少なくとも前記イオン交換膜及び前記陰極と、pH8以上のアルカリ溶液とを接触させる、接触工程と、
前記構成要素を組み立てる、組み立て工程と、
を有する、電解槽の製造方法。
【請求項2】
前記電解槽が、電気分解によって食塩水から少なくとも水酸化ナトリウムを製造するものである、請求項1に記載の電解槽の製造方法。
【請求項3】
前記アルカリ溶液は、塩基性ナトリウム塩の水溶液である、請求項2に記載の電解槽の製造方法。
【請求項4】
前記陰極が、ニッケル及びスズを含む活性陰極である、請求項2又は3に記載の電解槽の製造方法。
【請求項5】
前記アルカリ溶液との接触の前に、前記構成要素を水洗する、水洗工程を有する、請求項1〜4のいずれか1項に記載の電解槽の製造方法。
【請求項6】
前記電解槽が、ゼロギャップ式イオン交換膜食塩電解槽である、請求項1〜5のいずれか1項に記載の電解槽の製造方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか1項に記載の製造方法により製造された電解槽に食塩水を供給するとともに、前記陰極と前記陽極との間に直流電流を流すことによって前記食塩水を電解する、水酸化ナトリウム、塩素及び/又は水素の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−193437(P2012−193437A)
【公開日】平成24年10月11日(2012.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−59682(P2011−59682)
【出願日】平成23年3月17日(2011.3.17)
【出願人】(000003182)株式会社トクヤマ (839)
【Fターム(参考)】