説明

電解液中のHF定量方法、及び、リチウムイオン二次電池の製造方法

【課題】精度良く、電解液中のHFを定量することができる電解液中のHF定量方法、及び、これを利用したリチウムイオン二次電池の製造方法を提供する。
【解決手段】リチウムイオン二次電池100の非水電解液140中のHFを定量する方法であって、非水電解液140は、エチレンカーボネートを含む非水電解液であり、非水電解液140を、エチレンカーボネートと他の電解液成分とに分離する分離工程(ステップS45,S47)と、他の電解液成分について、不活性ガス雰囲気下で中和滴定を行う中和滴定工程(ステップS46)と、を備える電解液中のHF定量方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電解液中のHF定量方法、及び、これを利用したリチウムイオン二次電池の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウムイオン二次電池などの二次電池は、携帯機器の電源として、また、電気自動車やハイブリッド自動車などの電源として注目されている。リチウムイオン二次電池としては、LiMO2(Mは、Co,Ni,Mn,V,Al,Mgなど)からなる正極活物質と、炭素材料からなる負極活物質と、Li塩と非水溶媒からなる非水電解液とを有するものが主流となっている。このリチウムイオン二次電池は、高い放電電圧を示し、高出力であるという利点がある。
【0003】
ところが、このリチウムイオン二次電池を製造する過程で、電池内に水分が混入してしまうことがある。すると、電解液に含まれているリチウム塩(例えば、LiPF6)の加水分解により、HF(フッ酸)が発生する。電解液中のHF量が増えると、電池容量や充放電特性が低下し、さらには、電池内部の腐食が進行する問題があった。このため、製造したリチウムイオン二次電池の電解液中に、どれだけの量のHFが発生しているかを把握する必要があった。HF量が基準値を超えている場合は、上記問題が発生する虞があるからである。
【0004】
例えば、特許文献1には、次のようなHF定量方法が開示されている。電解液20gを採り、指示薬0.1%ブロモチモールブルー/エタノール溶液を数滴加え、0.01規定のナトリウムメトキシド/エタノール溶液を用いて、中和滴定法により定量する。得られた酸当量をフッ酸(HF)量に換算することで、電解液中のHF量を定量する。
【0005】
【特許文献1】WO99/34471号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に記載されている手法では、精度良く、電解液中のHF量を定量することができない虞があった。具体的には、例えば、大気中のCO2の影響を受けて、電解液中のHF量を、適切に定量できない虞があった。大気中のCO2が滴定溶媒中に溶け込み、酸として作用するからである。また、電解液の溶媒としてエチレンカーボネート(EC)を含む場合は、エチレンカーボネートの加水分解によりCO2が発生し、このCO2の影響を受けて、電解液中のHF量を適切に定量できない虞があった。
【0007】
本発明は、かかる現状に鑑みてなされたものであって、精度良く、電解液中のHFを定量することができる電解液中のHF定量方法、及び、これを利用したリチウムイオン二次電池の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
その解決手段は、リチウムイオン二次電池の電解液中のHFを定量する方法であって、上記電解液は、エチレンカーボネートを含む電解液であり、上記電解液を、上記エチレンカーボネートと他の電解液成分とに分離する分離工程と、上記他の電解液成分について、不活性ガス雰囲気下で中和滴定を行う中和滴定工程と、を備える電解液中のHF定量方法である。
【0009】
本発明のHF定量方法では、電解液を、エチレンカーボネート(EC)と他の電解液成分とに分離し、ECを含まない他の電解液成分について中和滴定を行う。これにより、中和滴定工程において、エチレンカーボネートの加水分解により発生するCO2に影響されることなく、精度良く、他の電解液成分中のHF(フッ酸)を定量することができる。なお、他の電解液成分中のHF量は、電解液中のHF量と等しい。従って、本発明のHF定量方法によれば、 精度良く、電解液中のHFを定量することができる
【0010】
さらに、本発明のHF定量方法では、中和滴定工程において、不活性ガス雰囲気下で、中和滴定を行う。具体的には、中和滴定装置内に不活性ガスを流入して、中和滴定装置内に含まれていた大気を不活性ガスに置換した状態で、中和滴定を行う。これにより、大気中に含まれているCO2に影響されることなく、精度良く、電解液中のHF量を定量することができる。
【0011】
なお、「リチウムイオン二次電池の電解液」とは、リチウムイオン二次電池内に存在している電解液(注入後の電解液)のほか、リチウムイオン二次電池内に注入する前の電解液も含む。すなわち、本発明のHF定量方法は、例えば、リチウムイオン二次電池(例えば、出荷前の完成したリチウムイオン二次電池)内に存在している電解液に対し適用することができる。この場合、リチウムイオン二次電池から電解液を取り出し、この電解液について本発明のHF定量方法を適用する。また、リチウムイオン二次電池内に注入する前の電解液に対し、本発明のHF定量方法を適用しても良い。
【0012】
また、中和滴定は、分離工程を終えた後(すなわち、電解液をエチレンカーボネートと他の電解液成分とに分離した後)、全量の他の電解液成分について行うようにしても良い。あるいは、分離工程を行いつつ、中和滴定を行うようにしても良い。具体的には、分離工程において、蒸留により、電解液をECと他の電解液成分(ECより低沸点)とに分離する場合、蒸留期間中(分離工程中)、他の電解液成分が徐々に蒸発してECと分離してゆき、最終的に全量の他の電解液成分がECと分離することになる。従って、蒸留(分離工程)を行いつつ、蒸留途中でこれまでにECと分離した他の電解液成分について中和滴定を行う操作を、何回か繰り返し行い、最終的に、全量の他の電解液成分について中和滴定が行われるようにしても良い。
【0013】
また、本発明の中和滴定工程では、pH7〜10の範囲で変色する指示薬を用いるのが好ましい。具体的には、チモールフタレイン、クレゾールレッド、フェノールフタレイン、チモールブルー、ブロモチモールブルーなどを挙げることができる。
【0014】
また、本発明の中和滴定工程で用いる滴定液としては、テトラブチルアンモニウムヒドロキシド(TBAOH)を溶媒に溶解させた溶液を挙げることができる。TBAOHの他、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド、テトラメチルアンモニウムヒドロキシド、水酸化カリウム、水酸化ナトリウム等を用いることもできる。
【0015】
さらに、上記の電解液中のHF定量方法であって、前記電解液は、フッ素元素を有するリチウム塩を含む、電解液中のHF定量方法とするのが好ましい。
【0016】
電解液がフッ素元素を有するリチウム塩を含んでいる場合は、リチウム塩の加水分解によりHFが発生し易い。これに対し、本発明のHF定量方法によれば、発生したHFを精度良く定量することができるので好ましい。なお、フッ素元素を有するリチウム塩としては、例えば、LiPF6を挙げることができる。
【0017】
さらに、上記いずれかの電解液中のHF定量方法であって、前記中和滴定工程では、前記他の電解液成分を塩基性の非水溶媒に溶解させて中和滴定を行う電解液中のHF定量方法とすると良い。
【0018】
リチウムイオン二次電池では、電池内に注入した電解液の多くが電極体(特にセパレータ)に吸収されてしまうことがある。このため、リチウムイオン二次電池内の電解液中のHFを定量する場合、電池内から少量(例えば、1.0mL程度)の電解液しか取り出せないことがある。このような場合、従来(特許文献1参照)のHF定量方法では、感度が低すぎて、少量の電解液に含まれている微量(例えば、100μg以下)のHFを、定量することができなかった。
【0019】
これに対し、本発明のHF定量方法では、中和滴定工程において、他の電解液成分を塩基性の非水溶媒に溶解させて中和滴定を行う。他の電解液成分を塩基性の非水溶媒に溶解させることで、他の電解液成分に含まれているHFの解離定数を高めることができる。これにより、中和滴定の感度を高めることができる。すなわち、微量(例えば、100μg以下)のHFについても、適切に定量することができる。従って、本発明のHF定量方法によれば、電解液中のHFが微量(例えば、100μg以下)であっても、精度良く、電解液中のHF量を定量することができる。
【0020】
なお、塩基性の非水溶媒としては、例えば、ジメチルホルムアミド(DMF)、ピリジン、エチレンジアンミン、ブチルアミン、ジオキサン、エタノールなどを挙げることができる。
【0021】
また、滴定液の溶媒については、中性または塩基性の非水溶媒を用いるのが好ましい。これにより、滴下した滴定液の溶媒によりHFの解離定数を低下させることがないので、高感度な中和滴定を行うことができる。中性の非水溶媒としては、例えば、ベンゼンやエタノールなどを挙げることができる。塩基性の非水溶媒は、前述の通りである。
【0022】
さらに、上記の電解液中のHF定量方法であって、前記中和滴定工程では、前記塩基性の非水溶媒として、ジメチルホルムアミドを用い、滴定液として、ベンゼン及びメタノールを混合した非水溶媒にテトラブチルアンモニウムヒドロキシドを溶解させた滴定液を用いて、中和滴定を行う電解液中のHF定量方法とすると良い。
【0023】
本発明では、他の電解液成分を溶解させる塩基性の非水溶媒としてジメチルホルムアミドを用いて、中和滴定を行う。これにより、HFの解離定数が極めて高くなるので、中和滴定の感度を高めることができる。
【0024】
さらに、本発明では、滴定液として、ベンゼン及びメタノールを混合した非水溶媒にテトラブチルアンモニウムヒドロキシドを溶解させた滴定液を用いて、中和滴定を行う。すなわち、ジメチルホルムアミドに他の電解液成分を溶解させた被滴定液に対し、ベンゼン及びメタノールを混合した非水溶媒にテトラブチルアンモニウムヒドロキシドを溶解させた滴定液を滴下して、中和滴定を行う。テトラブチルアンモニウムヒドロキシドを用いることで、適切に、電解液中のHFを定量することができる。しかも、中性の非水溶媒(ベンゼン及びメタノール)を用いるので、滴下した滴定液の溶媒によりHFの解離定数を低下させることがない。このため、高感度な中和滴定を行うことができる。
【0025】
さらに、上記いずれかの電解液中のHF定量方法であって、前記電解液は、前記エチレンカーボネートと、上記エチレンカーボネートよりも沸点の低い低沸点溶媒とを含み、前記分離工程は、蒸留により、前記電解液を、上記エチレンカーボネートと上記低沸点溶媒を含む前記他の電解液成分とに分離する電解液中のHF定量方法とすると良い。
【0026】
本発明のHF定量方法は、エチレンカーボネートとエチレンカーボネートよりも沸点の低い低沸点溶媒とを含む電解液について、HFの定量を行うものである。
本発明では、分離工程において、蒸留により、電解液を、エチレンカーボネートと低沸点溶媒を含む他の電解液成分とに分離する。具体的には、電解液を、エチレンカーボネートの沸点(240℃程度)よりも低く、低沸点溶媒の沸点よりも高い温度に上昇させることで、電解液から、低沸点溶媒及びHFを含む他の電解液成分を取り出すことができる。これにより、電解液からECを、適切に分離することができる。
【0027】
他の解決手段は、エチレンカーボネートを含む電解液を有するリチウムイオン二次電池の製造方法であって、上記リチウムイオン二次電池を組み立て、上記リチウムイオン二次電池内に上記電解液を注入して、上記リチウムイオン二次電池を完成させた後、上記リチウムイオン二次電池を検査する検査工程であって、上記リチウムイオン二次電池内から上記電解液を取り出し、この電解液について、前記いずれかの電解液中のHF定量方法を用いてHFを定量する検査工程、を備えるリチウムイオン二次電池の製造方法である。
【0028】
本発明の製造方法は、エチレンカーボネートを含む電解液を有するリチウムイオン二次電池の製造方法である。本発明の製造方法では、検査工程において、リチウムイオン二次電池内から電解液を取り出し、この電解液について、前記いずれかの電解液中のHF定量方法を用いてHFを定量する。これにより、製造過程で発生したHFを精度良く定量することができる。従って、例えば、HF量が基準値より高い場合に不良と判断する場合は、精度良く、不良判定をすることができる。
【0029】
なお、検査工程は、完成した全ての電池に対して行っても良いが、大量生産の場合は、完成した複数個(例えば、1000個)の電池から1つを抜き出して、検査(HFの定量)を行うようにしても良い。
【0030】
また、リチウムイオン二次電池では、電池内に注入した電解液の多くが電極体(特にセパレータ)に吸収されてしまうことがある。このため、リチウムイオン二次電池内から少量(例えば、1.0mL程度)の電解液しか取り出せない場合がある。このような場合は、前述した、「中和滴定工程において、他の電解液成分を塩基性の非水溶媒に溶解させて中和滴定を行う電解液中のHF定量方法(請求項2参照)」を用いてHF量を定量する検査工程、を備えるリチウムイオン二次電池の製造方法とするのが好ましい。これにより、前述のように、中和滴定の感度を高めることができるので、検査工程において、少量の電解液に含まれている微量(例えば、100μg以下)のHFについても、適切に定量することができる。
【0031】
さらに、上記のリチウムイオン二次電池の製造方法であって、前記電解液は、フッ素元素を有するリチウム塩を含むリチウムイオン二次電池の製造方法とするのが好ましい。
【0032】
電解液がフッ素元素を有するリチウム塩を含んでいる場合は、リチウムイオン二次電池内にエチレンカーボネートを含む電解液を注入した後、リチウム塩の加水分解によりHFが発生する虞がある。これに対し、本発明の製造方法によれば、検査工程において、発生したHFを精度良く定量することができるので好ましい。なお、フッ素元素を有するリチウム塩としては、例えば、LiPF6を挙げることができる。
【0033】
さらに、上記いずれかのリチウムイオン二次電池の製造方法であって、前記検査工程では、定量したHF量が、基準値以下であるか否かを判定するリチウムイオン二次電池の製造方法とすると良い。
【0034】
本発明の製造方法では、検査工程において、中和滴定により定量したHF量が基準値以下であるか否かを判定する。前述のように、発生したHFを精度良く定量することができるので、基準値以下であるか否かの判定を正確に行うことができる。
【0035】
なお、HF量が基準値より大きい場合は、例えば、リチウム塩の加水分解により多量のHFが発生したと考えることができる。すなわち、製造過程において、基準を上回る多量の水分が電池内に混入したと考えることができる。従って、製造ラインを点検して、多量の水分が混入している工程を洗い出し、当該工程を改善する措置を講じることができる。これにより、その後は、HF量を基準値以下に抑えたリチウムイオン二次電池を製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0036】
(実施例1)
まず、本実施例1の製造方法によって製造したリチウムイオン二次電池100について説明する。リチウムイオン二次電池100は、図1及び図2に示すように、直方体形状の電池ケース110、正極外部端子120、及び負極外部端子130を備えるリチウムイオン二次電池である。
【0037】
電池ケース110は、金属からなり、図2に示すように、直方体形状の収容部117bを有する電池ケース本体117と、電池ケース本体117の収容部117bを閉塞する電池ケース蓋118を有している。電池ケース本体117の収容部117b内には、電極体150や非水電解液140などが収容されている。
【0038】
電極体150は、図3及び図4に示すように、断面長円状をなし、シート状の正極155、負極156、及びセパレータ157を積層して捲回してなる扁平型の捲回体である。このうち、正極155は、正極集電部材151(アルミニウム箔)と、この正極集電部材151の表面に形成された正極合材層152(正極活物質153を含む)を有している。負極156は、負極集電部材158(銅箔)と、この負極集電部材158の表面に形成された負極合材層159(負極活物質154を含む)を有している。
【0039】
この電極体150は、その軸線方向(図2において左右方向)の一方端部(図2において右端部)に位置し、正極155の正極集電部材151のみが渦巻状に重なる正極集電端子部150bと、他方端部(図2において左端部)に位置し、負極156の負極集電部材158のみが渦巻状に重なる負極集電端子部150cとを有している。正極集電端子部150bは、正極接続部材122を通じて、正極外部端子120に電気的に接続されている。負極集電端子部150cは、負極接続部材132を通じて、負極外部端子130に電気的に接続されている。
【0040】
また、本実施例1では、正極活物質153として、ニッケル酸リチウムを用いている。また、負極活物質154として、炭素系材料(詳細には、天然黒鉛)を用いている。また、セパレータ157として、ポリエチレンシートを用いている。また、非水電解液として、エチレンカーボネート(EC)とエチルメチルカーボネート(EMC)とジメチルカーボネート(DMC)とを、1:1:1(体積比)で混合した溶媒に、1mol/Lの割合でLiPF6を溶解させたものを用いている。
【0041】
次に、リチウムイオン二次電池100の製造方法について、図5〜図7を参照して説明する。
まず、図5に示すように、ステップS1において、二次電池の組み立てを行う。具体的には、まず、ニッケル酸リチウム(正極活物質153)とアセチレンブラックとポリテトラフルオロエチレンとカルボキシメチルセルロースとを、88:10:1:1(重量比)の割合で混合し、これに分散溶媒を混合して、正極スラリを作製した。次いで、この正極スラリを、厚さ15μmのアルミニウム箔151の表面に塗布し、乾燥させた後、プレス加工を施した。これにより、アルミニウム箔151の表面に正極合材152が塗工された正極155を得た(図4参照)。
【0042】
また、天然黒鉛(負極活物質154)と、スチレン−ブタジエンラバーと、カルボキシメチルセルロースとを、98:1:1(重量比)の割合で水中で混合して、負極スラリを作製した。次いで、この負極スラリを、厚さ10μmの銅箔158の表面に塗布し、乾燥させた後、プレス加工を施した。これにより、銅箔158の表面に負極合材159が塗工された負極156を得た(図4参照)。
【0043】
次に、正極155、負極156、及びセパレータ157を積層し、これを捲回して断面長円状の電極体150を形成した(図3参照)。但し、正極155、負極156、及びセパレータ157を積層する際には、電極体150の一端部から、正極155のうち正極合材152を塗工していない未塗工部が突出するように、正極155を配置しておく。さらには、負極156のうち負極合材159を塗工していない未塗工部が、正極155の未塗工部とは反対側から突出するように、負極156を配置しておく。これにより、正極155の正極集電部材151のみが渦巻状に重なる正極集電端子部150bと、負極156の負極集電部材158のみが渦巻状に重なる負極集電端子部150cを有する電極体150(図2参照)が形成される。なお、本実施例1では、セパレータ157として、厚さ25μmのポリエチレンシートを用いている。
【0044】
次に、電極体150の正極集電端子部150bと正極外部端子120とを、正極集電部材122を通じて接続する。さらに、電極体150の負極集電端子部150cと負極外部端子130とを、負極集電部材132を通じて接続する。その後、これを電池ケース本体117内に収容し、電池ケース本体117と電池ケース蓋118とを溶接して、電池ケース110を封止した。
【0045】
次に、ステップS2に進み、電池ケース蓋118に設けられている注液口(図示しない)を通じて、電池ケース110内に非水電解液140を注入した。その後、注液口(図示しない)を封止した。なお、本実施例1では、非水電解液140として、エチレンカーボネートとエチルメチルカーボネートとジメチルカーボネートとを、1:1:1(体積比)で混合した溶媒に、1mol/Lの濃度でLiPF6を溶解させたものを用いている。
【0046】
その後、ステップS3に進み、リチウムイオン二次電池100に初期充電を行った。具体的には、公知の電源装置を用いて、リチウムイオン二次電池100について、0.1Cの電流値で、SOC50%まで充電を行った。さらに、0.5Cの電流値で、SOC100%まで充電を行った。その後、所定の工程を経て、リチウムイオン二次電池100が完成する。
【0047】
次に、ステップS4に進み、完成した二次電池100の検査を行った。具体的には、二次電池100内の電解液140中のHFを定量し、HF量が基準値以下であるかどうか検査した。
なお、本実施例1では、完成したリチウムイオン二次電池100の全てについて検査工程を行っていない。具体的には、完成したリチウムイオン二次電池100が所定数(例えば、1000個)となった時点で、所定数のリチウムイオン二次電池100の中から1個のリチウムイオン二次電池100を抜き出し、抜き出したリチウムイオン二次電池100について検査工程を行うようにしている。
【0048】
ここで、本実施例1の検査工程について具体的に説明する。まず、ステップS41に進み、リチウムイオン二次電池100内から非水電解液140を取り出す。具体的には、リチウムイオン二次電池100の電池ケース110を切断し、電池ケース110内の非水電解液140を採取した。なお、本実施例1のリチウムイオン二次電池100では、注入した電解液140の多くが、電極体150(特に、セパレータ157)に吸収されているため、採取できる非水電解液140は少量(約1.0mL)になる。
【0049】
次に、ステップS42に進み、図7に示すように、中和滴定装置1内に不活性ガス(具体的には窒素ガス)を流入して、中和滴定装置1内に含まれていた大気を不活性ガスに置換した。これにより、中和滴定装置1内を不活性ガス雰囲気とすることができるので、その後の中和滴定工程(ステップS46)において、不活性ガス雰囲気下で、中和滴定によるHFの定量を行うことができる。なお、本実施例1では、中和滴定が終了するまで、中和滴定装置1内に不活性ガス(具体的には窒素ガス)を流入して、常に、中和滴定装置1内を不活性ガス雰囲気としている。また、ビュレット2内にも不活性ガス(具体的には窒素ガス)を流入して、滴定液の濃度が、大気中CO2の影響で変化することを防止している。
【0050】
ここで、本実施例1の中和滴定装置1について説明する。中和滴定装置1は、図7に示すように、滴定液を入れるビュレット2と、被滴定液を入れる試験管3と、リチウムイオン二次電池100から採取した非水電解液140を入れる容器4と、容器4(非水電解液140)を加熱するヒータ5を有している。なお、試験管3と容器4とは、連結管8で連結されている。また、容器4内には、熱電対6が配置されており、熱電対6に接続されている温度モニタ7によって、容器4内の温度(ガス温度)を検知することができる。なお、容器4及び連結管8は、その表面がフッ素樹脂加工されている。
【0051】
次に、ステップS43に進み、中和滴定で用いる試薬を準備する。具体的には、試験管3内に、約10mLのジメチルホルムアミド(DMF)を入れると共に、0.1%チモールフタレイン(指示薬)を1滴加える。さらに、ビュレット2内に、ベンゼン及びメタノールを混合した非水溶媒にテトラブチルアンモニウムヒドロキシド(TBAOH)を溶解させた滴定液を入れる。なお、この滴定液(TBAOH溶液)は、ビュレット2内に入れる直前に調整しており、TBAOH濃度を測定したところ0.00238mol/Lであった。なお、滴定液(TBAOH溶液)のTBAOH濃度の測定方法については、後に詳述する。
【0052】
次いで、ステップS44に進み、ブランク測定を行う。具体的には、滴定液(TBAOH溶液)をビュレット2内から試験管3内に滴下し、試験管3内の液体(DMFにチモールフタレインを加えた液体)の色が、透明から青色に変化したところで、滴定液(TBAOH溶液)の滴下を終了する。これにより、後の中和滴定において、DMFの影響を排除することができる。
【0053】
次に、ステップS45に進み、蒸留(分離工程)を開始する。具体的には、ヒータ5の加熱温度を190℃に設定した状態で、リチウムイオン二次電池100から採取した1.0mLの非水電解液140を、容器4内に入れる。これにより、容器4内の非水電解液140を加熱して、非水電解液140の温度を徐々に上昇させることができる。このとき、非水電解液140中に含まれる成分のうち、沸点の低いものから順に、徐々に蒸発(気化)してゆき、そのガスが連結管8を通じて試験管3内に流入し、試験管3内のDMFに溶解する。
【0054】
本実施例1では、非水電解液140として、エチレンカーボネート(沸点240℃)とエチルメチルカーボネート(沸点107℃)とジメチルカーボネート(沸点90℃)とを、1:1:1(体積比)で混合した溶媒に、1mol/Lの濃度でLiPF6を溶解させたものを用いている。従って、容器4内の非水電解液140の温度が上昇すると、ジメチルカーボネートとエチルメチルカーボネートが徐々に蒸発して、連結管8を通じて試験管3内に流入し、試験管3内のDMFに溶解する。このとき、非水電解液140中に存在するHFも、連結管8を通じて試験管3内に流入し、試験管3内のDMFに溶解する。なお、本実施例1では、ジメチルカーボネート及びエチルメチルカーボネートが、低沸点溶媒に相当する。
【0055】
なお、エチレンカーボネートの沸点は240℃であるため、加熱温度を190℃に設定したヒータ5により非水電解液140を加熱しても、エチレンカーボネートが蒸発することがない。これにより、非水電解液140のうち、エチレンカーボネートを容器4内に残留させる一方、ジメチルカーボネート、エチルメチルカーボネート、及びHFを含む他の電解液成分を容器4内から取り出して、試験管3内のDMFに溶解させることができる。なお、他の電解液成分が溶解したDMF(0.1%チモールフタレインを含む)が、被滴定液に相当する。
【0056】
このようにして、本実施例1では、蒸留により、非水電解液140を、エチレンカーボネートと、ジメチルカーボネート、エチルメチルカーボネート、及びHFを含む他の電解液成分とに分離することができる。
【0057】
ところで、本実施例1のリチウムイオン二次電池100では、注入した非水電解液140の多くが、電極体150(特に、セパレータ157)に吸収されているため、採取できた非水電解液140は、1.0mLであった。このような少量の非水電解液140に含まれている微量のHFを定量するには、高感度な中和滴定が要求される。
【0058】
これに対し、本実施例1では、被滴定液の溶媒として塩基性の非水溶媒(具体的には、DMF)を用いている。すなわち、他の電解液成分を、塩基性の非水溶媒(具体的には、DMF)に溶解させている。被滴定液の溶媒として塩基性の非水溶媒を用いた場合は、HFの解離定数が高くなるので、中和滴定の感度を高めることができる。すなわち、微量(例えば、100μg以下)のHFについても、適切に定量することができる。従って、本実施例1のHF定量方法(検査工程)によれば、電解液中のHF量が微量(例えば、100μg以下)であっても、精度良く、電解液中のHF量を定量することができる。
【0059】
しかも、本実施例1では、滴定液の溶媒として中性の非水溶媒(ベンゼン及びメタノール)を用いている。これにより、滴下した滴定液の溶媒によりHFの解離定数を低下させることがないので、高感度な中和滴定を行うことができる。
【0060】
次に、ステップS46に進み、中和滴定を行う。具体的には、蒸留(ヒータ5による容器4内の非水電解液140の加熱)を開始して、試験管3内の被滴定液の色が青色から透明に変化したのを確認した後、ビュレット1内の滴定液(テトラブチルアンモニウムヒドロキシド−ベンゼン/メタノール)を、試験管3内に滴下する。なお、チモールフタレインを含む被滴定液の色が青色から透明に変化したことで、容器4内の非水電解液140に含まれていたHFの一部が、試験管3内のDMFに溶解したことを確認できる。滴定液の滴下により、試験管3内の被滴定液の色が透明から青色に変化した時点(中和点)で、滴定液の滴下を停止する。
【0061】
その後、容器4内の非水電解液140に含まれているHFの一部が、蒸留により、新たに試験管3内のDMFに溶解すると、試験管3内の被滴定液の色が青色から透明に変化する。この変色を確認したら、再び、ビュレット1内の滴定液の滴下を開始し、試験管3内の被滴定液の色が透明から青色に変化した時点(中和点)で滴下を停止する。
【0062】
その後も、上述のようにして、ビュレット1内の滴定液の滴下(中和滴定)を繰り返し行い、容器4内の温度が上昇しなくなり(一定となり)、且つ、試験管3内の被滴定液が変色(青色から透明への変色)しなくなったのを確認したら、中和滴定を終了する。容器4内の温度が上昇しなくなり、且つ、試験管3内の被滴定液が変色(青色から透明への変色)しなくなったことで、容器4内の非水電解液140に含まれていたHFの全てを、容器4内から取り出して、試験管3内のDMFに溶解させることができたと判断することができるからである。
その後、ステップS47に進み、蒸留(ヒータ5による容器4内の非水電解液140の加熱)を終了する。
【0063】
このように、本実施例1では、蒸留(分離工程)を行いつつ、中和滴定を行っている。すなわち、蒸留(分離工程)を行いつつ、蒸留期間途中で、これまでにECと分離した他の電解液成分(ジメチルカーボネート、エチルメチルカーボネート、及びHFを含む成分)について中和滴定を行う操作を、何回か繰り返し行い、最終的に、全量の他の電解液成分について中和滴定が行われるようにしている。これにより、本実施例1では、非水電解液140中のHFを、適切に、定量することができる。
なお、本実施例1では、蒸留を開始した時点から中和滴定を終了するまでの間、温度モニタ7により、容器4内の温度を監視している。
【0064】
次いで、ステップS48に進み、非水電解液140中のHF量(HF濃度)を算出した。具体的には、中和滴定を開始してから終点に至るまでに滴下した滴定液の滴定量に基づいて、下記式(1)より、非水電解液140中のHF濃度(ppm)を算出した。
HF濃度(ppm)={TBAOH濃度(mol/L)×滴定液の滴定量(L)×HF分子量(g/mol)×106}/{非水電解液量(mL)×非水電解液の比重(g/mL)}・・・(1)
【0065】
なお、本実施例1では、容器4内の温度が上昇しなくなり(すなわち、容器4内の非水電解液140の温度が190℃まで上昇し)、且つ、試験管3内の被滴定液が青色から透明への変色しなくなった時点を、中和滴定の終点としている。中和滴定の終点では、非水電解液140のうちエチレンカーボネートを除く他の電解液成分の全てが、試験管3内のDMFに溶解したことになる。すなわち、非水電解液140中のHFの全てが、試験管3内のDMFに溶解したことになる。
【0066】
その後、ステップS49に進み、算出したHF濃度が基準値(例えば、150ppm)以下であるか否かを判定する。HF濃度が基準値以下である(Yes)場合は、検査を行ったリチウムイオン二次電池100と同時期に製造した所定数(例えば、1000個)のリチウムイオン二次電池100についても、HF濃度が基準値以下であると推定できる。従って、HF濃度が基準値以下である(Yes)場合は、ステップS4Aに進み、所定数のリチウムイオン二次電池100の全てを合格品とする。
【0067】
一方、HF濃度が基準値より大きい(No)場合は、検査を行ったリチウムイオン二次電池100と同時期に製造した所定数(例えば、1000個)のリチウムイオン二次電池100についても、HF濃度が基準値より大きい可能性が高い。従って、HF濃度が基準値より大きい(No)場合は、ステップS4Bに進み、所定数のリチウムイオン二次電池100の全てを不良(不合格品)とする。その後、メインルーチン(図5参照)に戻り、一連の処理を終了する。
【0068】
なお、検査を行ったリチウムイオン二次電池100のHF濃度が基準値より大きかった場合は、リチウムイオン二次電池100内で、リチウム塩の加水分解により多量のHFが発生したと考えることができる。すなわち、製造過程において、基準を上回る多量の水分が電池内に混入したと考えることができる。従って、製造ラインを点検して、多量の水分が混入している工程を洗い出し、当該工程を改善する措置を講じると良い。これにより、その後は、HF量を基準値以下に抑えたリチウムイオン二次電池100を製造することができる。
【0069】
なお、本実施例1では、ステップS4(ステップS41〜S49)が検査工程に相当する。また、ステップS45,S46(詳細には、ステップS45の処理を開始してからステップS48の処理を行うまでの期間に行われた蒸留)が、分離工程に相当する。また、ステップS46が、中和滴定工程に相当する。
【0070】
ここで、本実施例1で用いた滴定液(TBAOH溶液)のTBAOH濃度の測定方法について説明する。なお、TBAOH濃度は、中和滴定により算出した。
まず、中和滴定装置1内に不活性ガス(具体的には窒素ガス)を流入して、中和滴定装置1内に含まれていた大気を不活性ガスに置換した。次いで、試験管3内に、約10mLのジメチルホルムアミド(DMF)を入れると共に、0.1%チモールフタレイン(指示薬)を1滴加えた。さらに、ビュレット2内に、ベンゼン及びメタノールを混合した非水溶媒にテトラブチルアンモニウムヒドロキシド(TBAOH)を溶解させた滴定液(およそ0.0025mol/Lに調整している)を入れる。
【0071】
その後、ブランク測定を行った。具体的には、滴定液(TBAOH溶液)をビュレット2内から試験管3内に滴下し、試験管3内の液体(DMFにチモールフタレインを加えた液体)の色が、透明から青色に変化したところで、滴定液(TBAOH溶液)の滴下を終了する。これにより、後の中和滴定において、DMFの影響を排除することができる。次いで、試験管3内に、0.005mol/Lの安息香酸−トルエン溶液を1.0mL添加した。その後、滴定液(TBAOH溶液)をビュレット2内から1滴ずつ試験管3内に滴下し、試験管3内の液体の色が透明から青色に変化した時点を中和点とした。
【0072】
次いで、中和滴定を開始してから中和点に至るまでに滴下した滴定液(TBAOH溶液)の滴定量に基づいて、下記式(2)より、TBAOH溶液のTBAOH濃度(mol/L)を算出した。
TBAOH濃度(mol/L)={安息香酸濃度(mol/L)×安息香酸添加量(mL)}/TBAOH溶液の滴定量(mL)・・・(2)
【0073】
本測定では、安息香酸濃度が0.005mol/L、安息香酸添加量が1.0mL、TBAOH溶液の滴定量が2.10mLであったので、式(2)より、TBAOH濃度は、0.00238mol/Lと算出される。本実施例1では、このように、TBAOH濃度を厳密に測定した滴定液(TBAOH溶液)を用いて、検査工程において中和滴定を行い、HF濃度を算出しているので、高い精度で、非水電解液140中のHF量を定量することができる。
【0074】
(検証実験)
次に、本実施例1のHF定量方法(ステップS42〜S48)の妥当性を検証する実験を行った。具体的には、HF濃度が31.8ppmである非水電解液140、及び、TBAOH濃度が0.0026mol/LであるTBAOH溶液(滴定液)を用意し、中和滴定装置1(図7参照)を用いて、実施例1と同様の手順(ステップS42〜S47の処理)で、中和滴定を行った。なお、この実験例におけるTBAOH溶液(滴定液)の滴定量の理論値を、式(1)に基づいて算出すると、0.62mLとなる。
【0075】
ここで、蒸留(ヒータ5による容器4内の非水電解液140の加熱)を開始してから中和滴定を終了するまでの期間において、加熱時間と容器内温度及び滴定量との関係を表したグラフを、図8に示す。なお、加熱時間とは、ヒータ5により、容器4内の非水電解液140を加熱した時間である。また、容器内温度とは、容器4内の温度であり、温度モニタ7によって検知された温度である。また、滴定量とは、中和滴定において、滴定液(TBAOH溶液)を滴下した量である。
【0076】
図8に示すように、本検証実験では、加熱時間が約28分を経過した時点で、TBAOH溶液(滴定液)の滴下を行った後、容器4内の温度が62℃付近でほぼ一定となり、それ以上容器4内の温度が上昇しなくなった。しかも、それ以後、試験管3内の被滴定液が青色から透明への変色しなくなった。このため、加熱時間が約28分を経過した時点で行ったTBAOH溶液(滴定液)の滴下により、中和滴定の終点に達したと判断した。終点までの滴定液(TBAOH溶液)の滴定量は、約0.64mLとなり、理論値(0.62mL)に極めて近い値となった。この結果より、本実施例1のHF定量方法(検査工程)は、精度の高いHF定量方法であるといえる。
【0077】
(従来法との比較)
次に、本発明のHF定量方法(以下、本発明法ともいう)と従来のHF定量方法(以下、従来法ともいう)とについて、中和滴定の精度及び感度の比較試験を行った。
【0078】
具体的には、本発明法として、HFを32μg含有する非水電解液、及び、TBAOH濃度が0.002mol/LであるTBAOH溶液(滴定液)を用意し、中和滴定装置1(図7参照)を用いて、実施例1と同様の手順(ステップS42〜S47の処理)で、非水電解液(詳細には、他の電解液成分)の中和滴定を行った。なお、非水電解液の溶媒は、実施例1と同様に、エチレンカーボネートとエチルメチルカーボネートとジメチルカーボネートとを、1:1:1(体積比)で混合したものである。
【0079】
本試験では、上述の本発明法による中和滴定を10回行い、各回において、ブランク測定における滴定液の滴定量M1(mL)と、中和滴定における滴定液の終点までの滴定量M2(mL)を取得した。さらに、滴定量M1,M2について、それぞれ、平均値(mL)、標準偏差(mL)、及び変動係数(%)を算出した。この結果を表1に示す。
【0080】
【表1】

【0081】
また、従来法として、HFを190μg含有する非水電解液、及び、NaOH濃度が0.01mol/LであるNaOH溶液(滴定液)を用意し、実施例1とは異なる手法で、非水電解液の中和滴定を行った。具体的には、実施例1と異なり(特許文献1と同様に)、非水電解液の蒸留を行うことなく、直接、非水電解液に滴定液を滴下して、中和滴定を行った。すなわち、エチレンカーボネートを含む非水電解液に直接、滴定液を滴下して、中和滴定を行った。さらに、実施例1と異なり(特許文献1と同様に)、中和滴定装置内に含まれている大気を不活性ガスに置換することなく、中和滴定を行った。すなわち、CO2を含む雰囲気下で中和滴定を行った。
【0082】
また、従来法では、実施例1と異なり、被滴定液(非水電解液を含む)の溶媒として、塩基性の非水溶媒を用いることなく、水を使用した。なお、従来法では、指示薬としてBTB溶液を用いている。但し、非水電解液の溶媒は、実施例1と同様に、エチレンカーボネートとエチルメチルカーボネートとジメチルカーボネートとを、1:1:1(体積比)で混合したものを用いている。
【0083】
本試験では、上述の従来法による中和滴定を10回行い、各回において、ブランク測定における滴定液の滴定量M1(mL)と、中和滴定における滴定液の終点までの滴定量M2(mL)を取得した。さらに、滴定量M1,M2について、それぞれ、平均値(mL)、標準偏差(mL)、及び変動係数(%)を算出した。この結果を表1に示す。
【0084】
表1に示すように、従来法では、滴定量M1,M2の変動係数がそれぞれ、10.01%、7.11%になった。これに対し、本発明法では、滴定量M1,M2の変動係数が、それぞれ、3.71%、3.84%となり、本発明法の方が低濃度のHF含有非水電解液を用いているにもかかわらず、従来法に比べてかなり小さな値を示した。すなわち、本発明法は、従来法に比べて、中和滴定における滴定量のバラツキがかなり小さくなった。この結果より、本発明法(具体的には、実施例1のHF定量方法)は、従来法に比べて、高い精度で、非水電解液中のHFを定量することができるといえる。
【0085】
これは、本発明法では、非水電解液を、エチレンカーボネート(EC)と他の電解液成分とに分離し、ECを含まない他の電解液成分について中和滴定を行っているからである。これにより、中和滴定において、エチレンカーボネートの加水分解により発生するCO2に影響されることなく、精度良く、HF(フッ酸)を定量することができたと考えられる。一方、従来法では、エチレンカーボネートを含む非水電解液に直接、滴定液を滴下して中和滴定を行っているので、エチレンカーボネートの加水分解により発生するCO2に影響されて、滴定量のバラツキが大きくなったと考えられる。
【0086】
さらに、本発明法では、中和滴定装置内に含まれている大気を不活性ガスに置換し、不活性ガス雰囲気下で中和滴定を行っているので、大気中に含まれているCO2に影響されることなく、精度良く、電解液中のHFを定量することができたと考えられる。一方、従来法では、中和滴定系内に含まれている大気を不活性ガスに置換することなく、CO2を含む雰囲気下で中和滴定を行っているので、大気中に含まれているCO2に影響されて、滴定量のバラツキが大きくなったと考えられる。
【0087】
次に、本発明法と従来法について、下記式(3)により、定量下限値を算出した。なお、定量下限値とは、中和滴定により定量可能なHF量の下限値をいい、定量下限値未満のHFは定量不能となる。
定量下限値(μg)=10×滴定量M1の標準偏差(mL)×{非水電解液中のHF量(μg)/滴定量M2の平均値(mL)}・・・(3)
【0088】
式(3)より定量下限値を算出したところ、従来法では210μgになった。すなわち、電解液中のHF量が210μg未満の場合、HFの定量が不能となる。これに対し、本発明法では、定量下限値が8.2μgとなった。すなわち、電解液中のHF量が8.2μと微量である場合でも、HFの定量が可能となる。このように、本発明法の定量下限値は、従来法の約1/25の値になった。すなわち、本発明法(具体的には、実施例1のHF定量方法)は、従来法に比べて、中和滴定の感度が約25倍も高くなった。この結果より、本発明法(具体的には、実施例1のHF定量方法)は、極めて感度の高いHF定量方法であるといえる。
【0089】
これは、本発明法では、他の電解液成分を塩基性の非水溶媒に溶解させて、中和滴定を行っているからである。他の電解液成分を塩基性の非水溶媒に溶解させることで、他の電解液成分に含まれているHFの解離定数を高めることができるので、中和滴定の感度を高めることができたと考えられる。一方、従来法では、被滴定液(非水電解液を含む)の溶媒として、塩基性の非水溶媒を用いることなく、水を使用しているため、HFの解離定数を高めることができず、中和滴定の感度が低くなったと考えられる。
【0090】
(実施例2)
次に、実施例1の製造方法により製造したリチウムイオン二次電池100を2つ(サンプル1,2とする)用意し、それぞれについて、異なる環境温度でサイクル試験を行った。具体的には、サンプル1については、25℃の温度環境下において、20Aの電流で、電池電圧(端子間電圧)が4.1Vに達するまで定電流充電を行った。次いで、20Aの電流で、電池電圧(端子間電圧)が3.0Vに達するまで定電流放電を行った。この充放電を1サイクルとして、この充放電サイクルを1000サイクル行った。一方、サンプル2については、60℃の温度環境下で、上述の充放電サイクルを1000サイクル行った。
【0091】
サイクル試験を終えたサンプル1,2について、非水電解液140中のHFを定量した。具体的には、TBAOH溶液(滴定液)のTBAOH濃度を0.0021mol/Lとした以外は、実施例1と同様にして、非水電解液140中のHFを定量した。すなわち、中和滴定装置1(図7参照)を用いて、実施例1と同様の手順(ステップS41〜S48の処理)で、中和滴定を行った。なお、サンプル1,2から採取した非水電解液140の量は、いずれも、実施例1と同様に、1.0mLであった。
【0092】
ここで、サンプル1,2の非水電解液140について、蒸留(ヒータ5による容器4内の非水電解液140の加熱)を開始してから中和滴定を終了するまでの期間において、加熱時間と容器内温度及び滴定量との関係を表したグラフを、図9、図10に示す。なお、加熱時間とは、ヒータ5により、容器4内の非水電解液140を加熱した時間である。また、容器内温度とは、容器4内の温度であり、温度モニタ7によって検知された温度である。また、滴定量とは、中和滴定において、滴定液(TBAOH溶液)を滴下した量である。
【0093】
図9に示すように、サンプル1の非水電解液140については、加熱時間が約28分を経過した時点で、TBAOH溶液(滴定液)の滴下を行った後、容器4内の温度が60℃付近でほぼ一定となり、それ以上容器4内の温度が上昇しなくなった。しかも、それ以後、試験管3内の被滴定液が青色から透明への変色しなくなった。このため、加熱時間が約28分を経過した時点で行ったTBAOH溶液(滴定液)の滴下により、中和滴定の終点に達したと判断できる。終点に至るまでの滴定液(TBAOH溶液)の滴定量は、0.66mLであった。
【0094】
一方、図10に示すように、サンプル2の非水電解液140については、加熱時間が約32分を経過した時点で、TBAOH溶液(滴定液)の滴下を行った後、容器4内の温度が60℃付近でほぼ一定となり、それ以上容器4内の温度が上昇しなくなった。しかも、それ以後、試験管3内の被滴定液が青色から透明への変色しなくなった。このため、加熱時間が約32分を経過した時点で行ったTBAOH溶液(滴定液)の滴下により、中和滴定の終点に達したと判断できる。終点に至るまでの滴定液(TBAOH溶液)の滴定量は、1.60mLであった。
【0095】
次いで、サンプル1,2について、非水電解液140中のHF量(HF濃度)を算出した。具体的には、実施例1と同様に、式(1)より、非水電解液140中のHF濃度(ppm)を算出した。
HF濃度(ppm)={TBAOH濃度(mol/L)×滴定液の滴定量(L)×HF分子量(g/mol)×106}/{非水電解液量(mL)×非水電解液の比重(g/mL)}・・・(1)
【0096】
サンプル1については、HF濃度(ppm)={0.0021(mol/L)×0.66×10-3(L)×20.0(g/mol)×106}/{1.0(mL)×1.2(g/mL)}=23(ppm)となった。
サンプル2については、HF濃度(ppm)={0.0021(mol/L)×1.60×10-3(L)×20.0(g/mol)×106}/{1.0(mL)×1.2(g/mL)}=56(ppm)となった。
この結果より、60℃の高温環境下でリチウムイオン二次電池100を使用した場合は、常温環境下で使用した場合に比べて、HFの発生量が2倍以上になることがわかる。高温環境下で使用することで、非水電解液140に含まれているリチウム塩(LiPF6)の加水分解が促進されて、HF(フッ酸)の発生量が増えるためと考えられる。
【0097】
以上において、本発明を実施例1,2に即して説明したが、本発明は上記実施例に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で、適宜変更して適用できることはいうまでもない。
【0098】
例えば、実施例1,2では、蒸留(分離工程)を行いつつ、中和滴定を行った。具体的には、ステップS45で蒸留を開始した後、ステップS46に進み、蒸留を行いながら中和滴定を行い、その後、ステップS47に進んで蒸留を終了した。詳細には、蒸留(分離工程)を行いつつ、蒸留期間途中で、これまでにECと分離した他の電解液成分(ジメチルカーボネート、エチルメチルカーボネート、及びHFを含む成分)について中和滴定を行う操作を、何回か繰り返し行い、最終的に、全量の他の電解液成分について中和滴定が行われるようにした。
【0099】
しかしながら、蒸留(分離工程)を終えた後(すなわち、蒸留により、非水電解液140をエチレンカーボネートと他の電解液成分とに分離し終えた後)、全量の他の電解液成分について中和滴定を行うようにしても良い。具体的には、ステップS45で蒸留を開始した後、温度モニタ7で、容器4内の温度が上昇しなくなったのを確認したら、ステップS47に進み、蒸留を終了する。その後、ステップS46に進み、蒸留によりエチレンカーボネートと分離した他の電解液成分の全量について、中和滴定を行うようにしても良い。
【図面の簡単な説明】
【0100】
【図1】リチウムイオン二次電池100の上面図である。
【図2】リチウムイオン二次電池100の内部構造を示す図であり、図1のC−C矢視断面図に相当する。
【図3】リチウムイオン二次電池100の内部構造を示す図であり、図1のF−F矢視断面図に相当する。
【図4】電極体150の拡大断面図であり、図3のB部拡大図に相当する。
【図5】実施例1にかかるリチウムイオン二次電池の製造方法の流れを示すフローチャート(メインルーチン)である。
【図6】実施例1にかかるリチウムイオン二次電池の製造方法の流れを示すフローチャート(サブルーチン)である。
【図7】実施例1にかかる中和滴定装置1の構成を示す図である。
【図8】実施例1のHF定量方法によってHFの定量を行ったときの、加熱時間と容器内温度及び滴定量との関係を示すグラフである。
【図9】サイクル試験後のリチウムイオン二次電池100(サンプル1)にかかる電解液についてHFの定量を行ったときの、加熱時間と容器内温度及び滴定量との関係を示すグラフである。
【図10】サイクル試験後のリチウムイオン二次電池100(サンプル2)にかかる電解液についてHFの定量を行ったときの、加熱時間と容器内温度及び滴定量との関係を示すグラフである。
【符号の説明】
【0101】
1 中和滴定装置
100 リチウムイオン二次電池
110 電池ケース
140 非水電解液(電解液)
150 電極体
155 正極
156 負極
157 セパレータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウムイオン二次電池の電解液中のHFを定量する方法であって、
上記電解液は、エチレンカーボネートを含む電解液であり、
上記電解液を、上記エチレンカーボネートと他の電解液成分とに分離する分離工程と、
上記他の電解液成分について、不活性ガス雰囲気下で中和滴定を行う中和滴定工程と、を備える
電解液中のHF定量方法。
【請求項2】
請求項1に記載の電解液中のHF定量方法であって、
前記中和滴定工程では、前記他の電解液成分を塩基性の非水溶媒に溶解させて中和滴定を行う
電解液中のHF定量方法。
【請求項3】
請求項2に記載の電解液中のHF定量方法であって、
前記中和滴定工程では、
前記塩基性の非水溶媒として、ジメチルホルムアミドを用い、
滴定液として、ベンゼン及びメタノールを混合した非水溶媒にテトラブチルアンモニウムヒドロキシドを溶解させた滴定液を用いて、中和滴定を行う
電解液中のHF定量方法。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれか一項に記載の電解液中のHF定量方法であって、
前記電解液は、前記エチレンカーボネートと、上記エチレンカーボネートよりも沸点の低い低沸点溶媒とを含み、
前記分離工程は、蒸留により、前記電解液を、上記エチレンカーボネートと上記低沸点溶媒を含む前記他の電解液成分とに分離する
電解液中のHF定量方法。
【請求項5】
エチレンカーボネートを含む電解液を有するリチウムイオン二次電池の製造方法であって、
上記リチウムイオン二次電池を組み立て、上記リチウムイオン二次電池内に上記電解液を注入して、上記リチウムイオン二次電池を完成させた後、上記リチウムイオン二次電池を検査する検査工程であって、上記リチウムイオン二次電池内から上記電解液を取り出し、この電解液について、請求項1〜請求項4のいずれか一項に記載の電解液中のHF定量方法を用いてHFを定量する検査工程、を備える
リチウムイオン二次電池の製造方法。
【請求項6】
請求項5に記載のリチウムイオン二次電池の製造方法であって、
前記検査工程では、定量したHF量が、基準値以下であるか否かを判定する
リチウムイオン二次電池の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−153289(P2010−153289A)
【公開日】平成22年7月8日(2010.7.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−332098(P2008−332098)
【出願日】平成20年12月26日(2008.12.26)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【出願人】(591006298)JFEテクノリサーチ株式会社 (52)
【Fターム(参考)】