説明

青枯病予防剤および青枯病の予防方法

【課題】異なる様々な青枯病菌株による青枯病の発症、すなわち異なる様々な植物品種での青枯病の発症を予防できる青枯病予防剤、および、当該青枯病予防剤を利用する青枯病の予防方法を提供する。
【解決手段】青枯病予防剤は、φRSM1型線状ファージおよび/またはφRSM3型線状ファージが感染している青枯病菌(Ralstonia solanacearum)を有効成分とすることを特徴とする。青枯病の予防方法は、当該青枯病予防剤を植物に接種する工程を含むことを特徴とする。当該植物は、トマト、ジャガイモ、ピーマン、ナス、タバコ、トウガラシ、シソ、ダイコン、イチゴ、バナナ、マーガレット、キクまたはヒマワリのいずれかであることが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、バクテリオファージが感染している青枯病菌(Ralstonia solanacearum)を利用する青枯病予防剤、および当該青枯病予防剤を用いる青枯病の予防方法に関する。
【背景技術】
【0002】
青枯病(立枯病)は、ナス科植物をはじめ200種以上の植物に感染し枯死させる農業上深刻な被害をもたらす病害である。病気の進行が急激の場合には青みが残ったまま枯れることもあり、この名がついたと言われている。青枯病になった植物の地際部の茎を切断し、その茎を水につけると、乳白色の粘液(細菌粘塊)を出すのが特徴である。
【0003】
青枯病対策の主農薬には、クロロピクリンまたは臭化メチルが提案されているが、いずれも劇薬である。臭化メチルについては、その上オゾン層破壊物質であり、平成17年に使用中止となっている。一般に、比較的温暖地域で発生する青枯病であるが、地球温暖化傾向が拍車をかけ、青枯病菌の蔓延と農作物生産低下により、既に世界的に年間9.5兆円程度の損失が生じている。
【0004】
前述のように、青枯病は比較的温暖地域で発生する。しかし、米国では低温適応したrace3biovar2phylotype IIの青枯病菌株によるジャガイモの青枯れが既に大きな脅威となっており、日本への侵入も時間の問題とされている。そのため、青枯病菌を効果的に予防または防除等するための代替手段が日本だけでなく、世界レベルで開発、研究されている。
【0005】
例えば、特許文献1には、ナス科植物の土壌病害防除方法が記載されている。具体的には、シュドモナス・ソラナシアラム(Pseudomonas solanacearum、現在の学名はRalstonia solanacearumであり青枯病菌と同意)菌株M4Sの生菌、および、当該菌と病原性のシュドモナス・ソラナシアラムとの両者を溶菌するバクテリオファージを固定化し、得られた固定化物を土壌に施用する方法が記載されている。また、特許文献2には、青枯病菌に対して溶菌性を示すバクテリオファージ自身を植物または土壌に散布する、青枯病菌の防除方法が記載されている。さらに、当該バクテリオファージを土壌に添加することによる土壌の改良方法も記載されている。
【0006】
一方、特許文献3、および、非特許文献1ないし非特許文献3には、青枯病菌に特異的に感染するバクテリオファージについて詳細に記載されている。例えば、青枯病菌を溶菌しない特性を持っている、φRSM1型線状ファージ、φRSM3型線状ファージおよびφRSS1型線状ファージの詳細について記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開昭63−22005号公報
【特許文献2】特開2005−278513号公報
【特許文献3】特開2011−041527号公報
【0008】
【非特許文献1】Takashi Yamada, Takeru Kawasaki, Shoko Nagata, Akiko Fujiwara, Shoji Usami and Makoto Fujie、2007、New bacteriophages that infect the phytopathogen Ralstonia solanacearum.、Microbology 153、2630-2639
【非特許文献2】Takeru Kawasaki, Shoko Nagata, Akiko Fujiwara, Hideki Satsuma, Makoto Fujie, Shoji Usami, and Takashi Yamada、2007、Genomic Characterization of Filamentous Integrative Bacteriophages,φRSS1 and φRSM1, That Infect Ralstonia solanacearum.、J. Bacteriol 189、5792-5802
【非特許文献3】Askora A., Kwasaki T., Usami S., Fujie M., and Yamada T.、2009、Host recognition and integration of filamentous phage φRSM in the phytopathogen, Ralstonia solanacearum.、Virology 384、69-76
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、前述したように、青枯病に対する問題は近年深刻となっている為、race(分離宿主および宿主範囲)、biovar(生理型、酸の生産能の違い)およびphylotype(菌群)の異なる様々な青枯病菌株による青枯病の発症を予防および防除等できる、多様なワクチン的物質(先立って弱い病原体を注入することにより抗体を作り上げ、それ以降の同様の病原体による感染症にかかりにくくする物質)が必要である。
【0010】
本発明は上記事情に鑑みてなされたものであり、異なる様々な青枯病菌株による青枯病の発症、すなわち異なる様々な植物品種での青枯病の発症を予防できる青枯病予防剤、および、当該青枯病予防剤を利用する青枯病の予防方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成する為に、本発明者らが鋭意研究を行った結果、φRSM1型線状ファージ(Ralstonia phage RSM1、DDBJにおけるアクセッション番号AB259123)(以下、φRSM1ファージ)、または、φRSM3型線状ファージ(Ralstonia phage RSM3、DDBJにおけるアクセッション番号AB434711)(以下、φRSM3ファージ)が感染した青枯病菌は、その病原性を失いトマト等の植物に接種しても青枯病を発症しないことを発見した(φRSM1ファージは微生物の識別の表示:φRSM1/M4S、受領番号:NITE AP−1085として、φRSM3ファージは微生物の識別の表示:φRSM3/106603、受領番号:NITE AP−1086として、いずれも青枯病菌に両ファージが感染した状態で、独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託されている(いずれも受領日は2011年4月19日))。また、これらのファージを感染させた青枯病菌をトマト等の植物に予め接種しておくと、その後に強病原性を有する青枯病菌を接種しても、強い抵抗性を示し、少なくとも2ヶ月間以上青枯病を発症しないことも発見した。
【0012】
さらに、φRSM1ファージおよびφRSM3ファージは、青枯病菌株の宿主特異性が相互に大きく異なる為、これら2つのファージを用いることで、race、biovarおよびphylotypeが異なる計15菌株の青枯病菌株による青枯病の発症を予防可能であることを発見した。つまり、自然界における様々な青枯病菌株は、φRSM1ファージまたはφRSM3ファージのいずれかのファージに感染する可能性が高いと予想されるということを発見した。図1は、本発明に係るφRSM型線状ファージの宿主特異性を示す図である。図1において、+は各々の菌株に対する感受性を示し、−は非感受性を示す。φRSS1ファージ(Ralstonia phage RSS1、DDBJにおけるアクセッション番号AB259124)は比較対照であり、φRSM1ファージおよびφRSM3ファージと同様に、青枯病菌をホストとするが、溶菌しない特性を持っている(非特許文献2参照)。しかし、φRSS1ファージは、φRSM1ファージとφRSM3ファージとの感受性の組み合わせのように相互に多くの青枯病菌株に感染できなかった。図2は、種々の青枯病菌株の特性を示す図である。図2に示す詳細については、「堀田光生・土屋健一、2002、微生物遺伝資源利用マニュアル(12)−青枯病菌 Ralstonia solanacearum−、農業生物資源研究所」、を参照されたい。
【0013】
そこで、本発明の第1の態様に係る青枯病予防剤は、φRSM1型線状ファージおよび/またはφRSM3型線状ファージが感染している青枯病菌(Ralstonia solanacearum)を有効成分とすることを特徴とする。
【0014】
好ましくは、前記φRSM1型線状ファージが感染している青枯病菌(Ralstonia solanacearum)の菌株は、M4S、Ps29、Ps65またはPs74のいずれかであることを特徴とする。
【0015】
より好ましくは、前記φRSM3型線状ファージが感染している青枯病菌(Ralstonia solanacearum)の菌株は、C319、Ps72またはPs74のいずれかであることを特徴とする。
【0016】
本発明の第2の態様に係る青枯病の予防方法は、第1の態様に係る青枯病予防剤を植物に接種する工程を含むことを特徴とする。
【0017】
好ましくは、前記植物は、トマト、ジャガイモ、ピーマン、ナス、タバコ、トウガラシ、シソ、ダイコン、イチゴ、バナナ、マーガレット、キクまたはヒマワリのいずれかであることを特徴とする。
【0018】
より好ましくは、前記植物は、トマト、ジャガイモ、ピーマン、ナスまたはタバコのいずれかであることを特徴とする。
【0019】
また、好ましくは、前記青枯病の予防方法は、植物個体重量あたり前記青枯病菌(Ralstonia solanacearum)を10〜10cells/g接種することを特徴とする。
【0020】
より好ましくは、前記青枯病の予防方法は、植物個体重量あたり前記青枯病菌(Ralstonia solanacearum)を10〜10cells/g接種することを特徴とする。
【0021】
また、好ましくは、前記青枯病予防剤は、前記植物の茎に接種することを特徴とする。
【0022】
より好ましくは、前記青枯病予防剤は、前記植物の茎の地上部1〜4cmの位置に接種することを特徴とする。
【0023】
さらに好ましくは、前記青枯病予防剤は、前記植物の発芽後2〜4週間の時期に接種することを特徴とする。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、異なる様々な青枯病菌株による青枯病の発症、すなわち異なる様々な植物品種での青枯病の発症を予防できる青枯病予防剤、および、当該青枯病予防剤を利用する青枯病の予防方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】本発明に係るφRSM型線状ファージの宿主特異性を示す図である。
【図2】種々の青枯病菌株の特性を示す図である。
【図3】φRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603のCPG液体培地での培養後の様子を示す図である。
【図4】φRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603のコロニーの形態を示す図である。
【図5】φRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603および未感染青枯病菌株MAFF106603の詳細な特性を示す図である。
【図6】実施例1に係るφRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603の病原性の確認実験結果を示す図である。発芽1〜6週間後のトマト苗の地上2−3本葉間に10〜10cellsを接種した場合、φRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603は接種トマトの生育に影響しないが(左)、ファージ未感染青枯病菌株MAFF106603は4日〜1週間後に接種上部を完全に枯死させた(右)。各5例ずつに対して100%の再現性があった。
【図7】実施例2−1に係るφRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603での処理における、1日後の青枯病菌株MAFF106603の2次接種に対する抵抗性実験結果を示す図である。発芽10日後のトマト苗第1本葉下に、φRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603または対照とする大腸菌を10〜10cells1次接種し、1日後、接種部から5mm上部に青枯病菌株MAFF106603を10〜10cells2次接種した場合、φRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603の1次接種トマトは健全に生長したが(左)、対照の大腸菌1次接種トマトは4日〜1週間後に完全枯死した(右)。各3例ずつに対して100%の再現性があった。
【図8】実施例2−2に係るφRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603での処理における、2週間後の青枯病菌株MAFF106603の2次接種に対する抵抗性実験結果を示す図である。実験例2−1と同様に1次処理したトマト苗に対して、2週間後、青枯病菌株MAFF106603を10〜10cells2次接種した場合、φRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603の1次接種トマトは健全に生長したが(左)、対照の大腸菌1次接種トマトは4日〜1週間後に完全枯死した(右)。各3例ずつに対して100%の再現性があった。
【図9】実施例2−3に係るφRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603での処理における、2ヶ月後の青枯病菌株MAFF106603の2次接種に対する抵抗性実験結果を示す図である。実験例2−1と同様に1次処理したトマト苗に対して、2ヶ月後、青枯病菌株MAFF106603を10〜10cells2次接種した場合、φRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603の1次接種トマトは健全に生長したが(左)、対照の大腸菌1次接種トマトは4日〜1週間後に接種部位の上部の葉が青枯れした(右)。各5例ずつに対して100%の再現性があった。
【発明を実施するための形態】
【0026】
以下、本発明の実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書において「有する」、「含む」または「含有する」といった表現は、「からなる」または「から構成される」という意も含むものとする。
【0027】
(青枯病予防剤)
本発明の実施の形態1は、φRSM1ファージおよび/またはφRSM3ファージが感染している青枯病菌を有効成分とする、青枯病予防剤に関する。なお、φRSM1ファージとφRSM3ファージとは、90%以上のDNA塩基配列相同性を有し、その大きな相違点は宿主認識タンパク質pIIIの構造にある。前述したDDBJまたはNCBI(National Center for Biotechnology Information)等のゲノムデータベース上には、これらのファージ(φRSM1ファージおよびφRSM3ファージ)と高い相同性を示すファージ、プロファージが検出される。従って、これらのファージとゲノム配列上90%以上の相同性を示すものについては、同一系統の特性を有するファージであることが示唆される。また、φRSM1ファージおよびφRSM3ファージのその他の詳細な特性については、前述したように、特許文献3および非特許文献1ないし非特許文献3を参照されたい。
【0028】
本明細書において、「青枯病(立枯病)」とは、前述したように、ナス科植物またはマメ科植物等をはじめ200種以上の植物に感染し、枯死させる農業上深刻な被害をもたらす病害を意味する。従って、本明細書において「青枯病予防剤」とは、このような青枯病の病徴および病害等を予防、防止または発症を遅らせることができる、青枯病のワクチン的組成物であればどのようなものでも構わない。また、本実施の形態1に係る青枯病予防剤は、有効成分であるファージに感染した青枯病菌以外にも、一般に薬学、植物学的に許容される他の物質・組成物等を含有していても構わない。
【0029】
φRSM1ファージまたはφRSM3ファージの青枯病菌への感染方法は、当該技術分野において公知であるどの方法を用いても構わない。例えば、CPG液体培地にて培養した青枯病菌の培養液に、溶原タイプの各ファージが感染している青枯病菌株から分離、精製さらに繁殖させたφRSM1ファージまたはφRSM3ファージを、図1および図2を参照に適当な青枯病菌株に添加、培養し、増殖させる方法を用いてもよい(非特許文献1ないし非特許文献3参照)。φRSM1ファージの溶原タイプは青枯病菌株MAFF211270、Ps29またはPs74等が挙げられ、φRSM3ファージの溶原タイプはMAFF106611、MAFF211272またはMAFF730139等が挙げられる。
【0030】
本実施の形態1における「φRSM1ファージまたはφRSM3ファージ(のいずれか)が感染している青枯病菌を有効成分とする青枯病予防剤」について詳細に説明する。青枯病予防剤の有効成分がφRSM1ファージが感染している青枯病菌の場合、当該青枯病菌株はφRSM1ファージが感染しうる青枯病菌株であれば、何れの菌株でも構わない。また、青枯病予防剤の有効成分がφRSM3ファージが感染している青枯病菌の場合も、当該青枯病菌株はφRSM3ファージが感染しうる青枯病菌株であれば、何れの菌株でも構わない。それぞれのファージが感染しうる青枯病菌株は、図1、および、「堀田光生・土屋健一、2002、微生物遺伝資源利用マニュアル(12)−青枯病菌 Ralstonia solanacearum−、農業生物資源研究所」、を参照されたい。
【0031】
具体的には、例えば、φRSM1ファージを感染させる青枯病菌株は、M4S、Ps29、Ps65、Ps74、MAFF211270またはMAFF730138等を挙げることができる。また、φRSM3ファージを感染させる青枯病菌株は、例えば、C319、Ps72、Ps74、MAFF106603、MAFF106611、MAFF211270、MAFF211271、MAFF211272、MAFF301556、MAFF301558またはMAFF730139等を挙げることができる。
【0032】
図1からわかるように、これら2つのファージを用いることで、race、biovarおよびphylotypeのそれぞれ異なる計15菌株の青枯病菌株へ感染させることができる。ここで、race、biovarおよびphylotypeが異なる様々な青枯病菌株は、異なる様々な植物品種に対し青枯病を発症させる。すなわち、これら2つのファージを用いた本実施の形態1に係る青枯病予防剤(ファージワクチン)を適切に組み合わせて用いると、異なる様々な青枯病菌株による青枯病の発症、すなわち異なる様々な植物品種での青枯病の発症を予防することが可能となる。
【0033】
本実施の形態1における「φRSM1ファージおよびφRSM3ファージ(のいずれも)が感染している青枯病菌を有効成分とする青枯病予防剤」については、例えば、図1に示すMAFF211270については、いずれのファージに対しても宿主特異性を有している為、φRSM1ファージおよびφRSM3ファージのいずれものファージが感染している青枯病菌を有効成分とする青枯病予防剤もあり得る為である。また、複数の種類の青枯病菌株を有効成分とした、青枯病予防剤であっても構わない為である。
【0034】
ここで、ファージ感染青枯病菌株とファージ未感染青枯病菌株との差異について、具体例を挙げて詳細に述べておく。図3は、φRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603のCPG液体培地での培養後の様子を示す図である。図3において、左(Uninfected cells)はφRSM3ファージ未感染青枯病菌株MAFF106603培養液であり、中央(φRSM3−infected cells)はφRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603培養液であり、いずれも後期対数増殖期においてCPG液体培地で振とう培養後、2時間立たせておいた状態を示している。右(CPG)は青枯病菌を含まないCPG液体培地のみの様子を示している。図3に示すように、φRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603培養液は容易に沈殿するが、φRSM3ファージ未感染青枯病菌株MAFF106603培養液は懸濁したままである。
【0035】
図4は、φRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603のコロニーの形態を示す図である。図4において、左上(Uninfected cells、CPG)はφRSM3ファージ未感染青枯病菌株MAFF106603のCPGプレート上のコロニーであり、右上(φRSM3−infected cells、CPG)はφRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603のCPGプレート上のコロニーであり、左下(Uninfected cells、MM)はφRSM3ファージ未感染青枯病菌株MAFF106603のMM(最小培地)プレート上のコロニーであり、右下(φRSM3−infected cells、MM)はφRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603のMMプレート上のコロニーである。図4に示すように、φRSM3ファージ未感染青枯病菌株MAFF106603のCPGプレート上のコロニーは、縁が粗くなっており不規則な形状をしている。しかし、φRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603のCPGプレート上のコロニーは、φRSM3ファージ未感染青枯病菌株MAFF106603のコロニーよりも小さく、丸い形状をしている。MMプレートにおいても同様に、φRSM3ファージ未感染青枯病菌株MAFF106603のコロニーよりも、φRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603のコロニーの方が相当小さくなっている。
【0036】
このように、φRSM3ファージを青枯病菌株MAFF106603に感染させることにより、青枯病菌株MAFF106603の形態および特徴が大きく異なる。図5は、φRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603および未感染青枯病菌株MAFF106603の詳細な特性を示す図である。
【0037】
(青枯病の予防方法)
本発明の実施の形態2は、前述の実施の形態1の青枯病予防剤を植物に接種する、青枯病の予防方法に関する。
【0038】
本明細書において「植物」とは、青枯病(立枯病)を発症しうる当該技術分野において公知である全ての植物を含む。例えば、トマト、ジャガイモ、ピーマン、ナス、タバコ、トウガラシ、シソ、ダイコン、イチゴ、バナナ、マーガレット、キクまたはヒマワリ等を挙げることができる。このうち、トマト、ジャガイモ、ピーマン、ナスまたはタバコのいずれかが好ましい。本明細書において「接種」とは、植物の茎等に注射針を用いての注入、または爪楊枝の先端部に青枯病予防剤を付着させ茎に刺して注入等、当該分野において一般的に使用される植物体への接種の意と同様である。
【0039】
なお、「青枯病予防剤を植物に接種する」とは、前述の実施の形態1に係る青枯病予防剤を、適切な植物品種に接種することを意味する。すなわち、race(宿主範囲)等が適したファージ感染青枯病菌株を有効成分としている青枯病予防剤を接種することを意味する。
【0040】
青枯病予防剤を接種する場所については、植物の茎が好ましく、植物の茎の地上部(地際部)1〜4cmの位置がより好ましく、植物の茎の地上部2〜3cmの位置が最も好ましい。また、青枯病予防剤の接種量については、各々の植物の種類、品種によって適当な量を接種すればよい。例えば、10〜10cells、好ましくは10〜10cellsまたは最も好ましくは10cells程度のφRSM1ファージまたはφRSM3ファージ感染青枯病菌を、グラム(g)あたりの植物個体重量につき接種するよう青枯病予防剤の濃度を調整すればよい。さらに、青枯病予防剤を接種する時期については、各々の植物の成長および前述の接種場所に合わせ、適当な時期において接種すればよい。例えば、植物の発芽後1〜5週間、好ましくは発芽後2〜4週間程度の時期の接種が挙げられる。
【0041】
このような方法において、前述の実施の形態1の青枯病予防剤を植物に接種しておくと、青枯病菌に対して2ヶ月以上抵抗性を持つようになる。これは、菌株の異なる強病原性の青枯病菌に対しても同様の抵抗性を持つ(実施例2(2−1、2−2および2−3)参照)。
【実施例】
【0042】
以下、調製例および実施例を用いて本発明をより詳細に説明するが、調製例および実施例は本発明を限定するものではない。なお、以下の調整例および実施例における詳細な条件等については、「堀田光生・土屋健一、2002、微生物遺伝資源利用マニュアル(12)−青枯病菌 Ralstonia solanacearum−、農業生物資源研究所」、に記載の方法に基づいて実施した。
【0043】
(調製例)
青枯病菌および両ファージに対する調製例について簡単に述べる。各ファージを感染させる前の種々の青枯病菌株(全て独立行政法人農業生物資源研究所(日本)から入手)は、0.1%のカザミノ酸、1%のペプトンおよび0.5%のグルコースを含む蒸留水からなるCPG液体培地で、28℃、200〜300rpmにおいて振とう培養をして調製した。ファージについては、φRSM3ファージは宿主菌である青枯病菌株MAFF106611で繁殖させ、φRSM1ファージは宿主菌である青枯病菌株M4Sで繁殖させた。詳細には、CPG培養液で増殖させた両宿主菌(初期対数増殖期、OD600=0.1)に、MOI=0.01〜0.05となるよう各ファージを添加し、16〜18時間培養後、細菌細胞を遠心分離で除去し(8,000×g)、上澄みをフィルター膜(0.2μm)に通し、0.5MNaClおよび5%ポリエチレングリコール6000で処理し、沈殿したファージ粒子を遠心分離(15,00×g、30分間、4℃)により調製した。これにより、φRSM1ファージおよびφRSM3ファージは1012PFU//mlの収率で回収することができる。両ファージは低温(4℃)で安定して保存可能である。なお、詳細については特許文献3、および、非特許文献1ないし非特許文献3を参照されたい。
【0044】
(実施例1)
本実施例1では、φRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603の病原性の確認実験について詳細に説明する。
【0045】
調整したφRSM3ファージを青枯病菌株MAFF106603に感染させておき(MOI=10)、0.1%カザミノ酸、1%ペプトン、0.5%グルコースおよび1.7%寒天を含む蒸留水からなるCPG寒天培地(pH6.8〜7.0)上で感染単一コロニーを選抜した(制限酵素処理によって確認)。当該コロニーを、0.1%カザミノ酸、1%ペプトンおよび0.5%のグルコースを含む蒸留水からなるCPG液体培地で、28℃においてOD600=0.2まで振とう培養した。その後、培養液5μlを、発芽後1〜6週間のトマト(サターン)の第2本葉−第3本葉間に滅菌注射器を用いて接種した。対照としてφRSM3ファージを感染させていない青枯病菌株MAFF106603も、同条件においてトマト(サターン)に接種した。それぞれ各5株ずつこのような接種の処置を行ったトマトを、人工気象器(28℃、明16時間・暗8時間)内において栽培した。
【0046】
図6は、実施例1に係るφRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603の病原性の確認実験結果を示す図である。図6に示すように、φRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603を接種したトマト(左)は青枯病を発症しなかった。同様の処置を行った他の4株のトマトについても全て健全な生育を示し、接種2ヶ月後でも全く青枯病の病徴は見られなかった(図示せず)。一方、図6に示すように、対照としたφRSM3ファージ未感染青枯病菌株MAFF106603を接種したトマト(右)は、全て接種後4日〜1週間以内に青枯病の病徴を示し、接種部位上部の茎/葉は枯死した。本実施例1の結果から、φRSM3ファージを感染させた青枯病菌株MAFF106603はトマトに対し病原性を示さないということが確認された。
【0047】
(実施例2)
本実施例2では、φRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603で処理を行ったトマトにおける、青枯病菌株MAFF106603に対する抵抗性実験について詳細に説明する。
【0048】
まず、前述の実施例1と同様に、調整したφRSM3ファージを青枯病菌株MAFF106603に感染させておき(MOI=10)、0.1%カザミノ酸、1%ペプトン、0.5%グルコースおよび1.7%寒天を含む蒸留水からなるCPG寒天培地(pH6.8〜7.0)上で感染単一コロニーを選抜した(制限酵素処理によって確認)。次に、当該コロニーを、0.1%カザミノ酸、1%ペプトンおよび0.5%のグルコースを含む蒸留水からなるCPG液体培地で、28℃においてOD600=0.2まで振とう培養した。その後、培養液5μlを、発芽後1.5週間のトマト(サターン)の茎(地上部2〜3cm)に滅菌注射器を用いて接種した。なお、対照として大腸菌JM109を、同条件においてトマト(サターン)に接種した。それぞれ各3株ずつこのように接種の処置を行ったトマト(サターン)を、人工気象器(28℃、明16時間・暗8時間)内において栽培した。
【0049】
(実施例2−1)
本実施例2−1では、前述の接種の処置を行ったそれぞれ各3株のトマト(サターン)に対し、接種1日後に、φRSM3ファージを感染させていない強病原性である青枯病菌株MAFF106603を、前述と同様の方法において接種(地上部3〜4cm)した場合について述べる。
【0050】
図7は、実施例2−1に係るφRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603での処理における、1日後の青枯病菌株MAFF106603の2次接種に対する抵抗性実験結果を示す図である。図7に示すように、φRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603を接種したトマトへ青枯病菌株MAFF106603を接種(2次接種)しても青枯病を発症しなかった(左)。なお、この結果は何れのφRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603を接種したトマトの株についても同様であり、その後の発病も見られなかった。一方、図7に示すように、比較対照とした大腸菌JM109を接種したトマトは、全て2次接種後2〜3日で青枯病の病徴を示し4日〜1週間後枯死した(右)。本実施例2−1の結果から、φRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603を接種したトマトは、青枯病菌株MAFF106603の2次接種(1日後)に対して抵抗性を示すということが確認された。
【0051】
(実施例2−2)
本実施例2−2では、前述の接種の処置を行ったそれぞれ各3株のトマトに対し、接種2週間後に、青枯病菌株MAFF106603を前述と同様の方法において接種(地上部4〜5cm)した場合について述べる。
【0052】
図8は、実施例2−2に係るφRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603での処理における、2週間後の青枯病菌株MAFF106603の2次接種に対する抵抗性実験結果を示す図である。図8に示すように、φRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603を接種したトマトへ2次接種を行っても、何れの株も健全でありその後の発症もなかった(左)。一方、図8に示すように、比較対照とした大腸菌JM109を接種したトマトは、全て2次接種後2〜3日で青枯病の病徴を示し4日〜1週間後に枯死した(右)。本実施例2−2の結果から、φRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603を接種したトマトは、青枯病菌株MAFF106603の2次接種(2週間後)に対してでも抵抗性を示すということが確認された。
【0053】
(実施例2−3)
本実施例2−3では、前述の接種の処置を行ったそれぞれ各5株のトマトに対し、接種2ヶ月後に、青枯病菌株MAFF106603を前述と同様の方法において接種(地上部8〜10cm)した場合について述べる。
【0054】
図9は、実施例2−3に係るφRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603での処理における、2ヶ月後の青枯病菌株MAFF106603の2次接種に対する抵抗性実験結果を示す図である。図9に示すように、φRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603を接種したトマトへ2次接種を行っても、何れの株も健全でありその後の発症もなかった(左)。一方、図9に示すように、対照とした大腸菌JM109を接種したトマトは、全て2次接種後4日〜1週間で青枯病の病徴を示した(右)。本実施例2−3の結果から、φRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106603を接種したトマトは、青枯病菌株MAFF106603の2次接種(2ヶ月後)に対してでも抵抗性を示すということが確認された。
【0055】
さらに、前述の実施例2(2−1、2−2および2−3)と同様の方法・条件を用い、φRSM1ファージ感染青枯病菌株MAFF211270、φRSM3ファージ感染青枯病菌株MAFF106611で処理を行ったトマトに、青枯病菌株MAFF106603を用いて2次接種を行った場合、全く同じ抵抗性結果が確認できた(図示せず)。これは、異なる組み合わせのファージ感染青枯病菌株を接種した場合であっても、2次接種に対する抵抗性の効果は変わらないということを示している。すなわち、φRSM型線状ファージを感染させた青枯病各株を、それぞれ適当な農作物または園芸用植物等に接種することによって、青枯病菌による感染を長期(少なくとも2ヶ月以上)にわたり予防することができることが示唆される。
【0056】
また、本発明者らは、φRSM1ファージの宿主認識タンパク質をφRSM3ファージ型に組み換えたRSMファージは、φRSM3ファージと同様の宿主特異性を示すようになることも発見している。すなわち、φRSM1ファージ型の宿主認識タンパク質を有するRSMファージ、および/または、φRSM3ファージ型の宿主認識タンパク質を有するRSMファージが感染している青枯病菌を有効成分とすることでも、各々適当な農作物または園芸用植物等に対する青枯病予防剤となることが示唆される。なお、φRSM1ファージおよびφRSM3ファージの宿主認識タンパク質の詳細については、非特許文献3を参照されたい。
【0057】
本発明は、上記発明の実施の形態および実施例の説明に何ら限定されるものではない。特許請求の範囲の記載を逸脱せず、当業者が容易に想到できる範囲で種々の変形態様もこの発明に含まれる。
【0058】
本明細書の中で明示した論文および公開特許公報等の内容は、その全ての内容を援用によって引用することとする。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明者らは、φRSM1ファージまたはφRSM3ファージの感染した青枯病菌は、その病原性を失いトマト等の植物に接種しても青枯病を発症しないことと、これらのファージを感染させた青枯病菌をトマト等の植物に接種しておくと、その後に青枯病菌を接種しても、強い抵抗性を示し、少なくとも2ヶ月間以上青枯病を発症しないことを発見した。さらに、φRSM1ファージおよびφRSM3ファージは、宿主特異性が相互に大きく異なる為、これら2つのファージを用いることで、race、biovarおよびphylotypeの異なる計15菌株の青枯病の予防ワクチン的使用が可能であることを発見し、自然界におけるほとんどの青枯病菌株がこれら2つのファージに感染可能であることが予想される。
【0060】
そこで、本発明によれば、異なる様々な青枯病菌株による青枯病の発症、すなわち異なる様々な植物品種での青枯病の発症を予防できる青枯病予防剤、および当該青枯病予防剤を利用する青枯病の予防方法が提供される。具体的には、トマト、ジャガイモ、ピーマン、ナスおよびタバコ等の主要農作物、ならびに各種園芸作物の苗(圃場および花壇等移動前ポットレベル)を本発明の技術で処理することにより、移植後の青枯病の発症を大幅に予防することができる。この結果は、世界規模で年間9.5兆円の損失と見積もられている青枯病の被害の予防、ならびに化学農薬使用による環境複合汚染および残留農薬問題等の回避に繋がる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
φRSM1型線状ファージおよび/またはφRSM3型線状ファージが感染している青枯病菌(Ralstonia solanacearum)を有効成分とすることを特徴とする、青枯病予防剤。
【請求項2】
前記φRSM1型線状ファージが感染している青枯病菌(Ralstonia solanacearum)の菌株は、M4S、Ps29、Ps65またはPs74のいずれかであることを特徴とする、請求項1に記載の青枯病予防剤。
【請求項3】
前記φRSM3型線状ファージが感染している青枯病菌(Ralstonia solanacearum)の菌株は、C319、Ps72またはPs74のいずれかであることを特徴とする、請求項1または2に記載の青枯病予防剤。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載の青枯病予防剤を植物に接種する工程を含むことを特徴とする、青枯病の予防方法。
【請求項5】
前記植物は、トマト、ジャガイモ、ピーマン、ナス、タバコ、トウガラシ、シソ、ダイコン、イチゴ、バナナ、マーガレット、キクまたはヒマワリのいずれかであることを特徴とする、請求項4に記載の青枯病の予防方法。
【請求項6】
前記植物は、トマト、ジャガイモ、ピーマン、ナスまたはタバコのいずれかであることを特徴とする、請求項5に記載の青枯病の予防方法。
【請求項7】
前記青枯病の予防方法は、植物個体重量あたり前記青枯病菌(Ralstonia solanacearum)を10〜10cells/g接種することを特徴とする、請求項4ないし6のいずれか1項に記載の青枯病の予防方法。
【請求項8】
前記青枯病の予防方法は、植物個体重量あたり前記青枯病菌(Ralstonia solanacearum)を10〜10cells/g接種することを特徴とする、請求項7に記載の青枯病の予防方法。
【請求項9】
前記青枯病予防剤は、前記植物の茎に接種することを特徴とする、請求項4ないし8のいずれか1項に記載の青枯病の予防方法。
【請求項10】
前記青枯病予防剤は、前記植物の茎の地上部1〜4cmの位置に接種することを特徴とする、請求項7に記載の青枯病の予防方法。
【請求項11】
前記青枯病予防剤は、前記植物の発芽後2〜4週間の時期に接種することを特徴とする、請求項4ないし10のいずれか1項に記載の青枯病の予防方法。

【図1】
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【図2】
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【図5】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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