説明

静脈麻酔薬血中濃度測定装置

【課題】静脈麻酔薬呼気中濃度を測定し、血中濃度を求めることができる測定装置を提供する。
【解決手段】静脈麻酔薬が投与された被検体Pの呼気を採取し、所定温度に加熱し保温するサンプリングライン4と、一次イオン供給装置6bから一次イオンを、サンプリングラインから呼気を導入し、静脈麻酔薬成分と一次イオンとの反応生成物イオンを生成するドリフトチューブ6aを有する反応装置と、一次イオンと生成物イオンから特定質量のイオンを選別するイオン選別室6c1と、選別された一次イオンと生成物イオンの単位時間当りの個数を計数する電子増倍管6c4と、この計数された一次イオンと生成物イオンの各単位時間当りの個数に基づいて所定の算出式により呼気中濃度を算出し、この呼気濃度と血中濃度との既知の相関値に基づいて血中濃度を算出する制御演算装置6c5と、この制御演算装置による演算結果を出力する出力装置6c6と、を具備している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は人間等被検体に投与された静脈麻酔薬の呼気中濃度をリアルタイムで測定し、血中濃度を求める静脈麻酔薬血中濃度測定装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、全身麻酔としては吸入全身麻酔と完全静脈麻酔があり、吸入全身麻酔が全体のほぼ8割程度を占める。麻酔管理の本質は種々の変化する手術侵襲に応じておこる生体反応を抑制する点にあるが、侵襲に対する生体反応には個体差があり、それを抑制するための麻酔薬の効果にも個体差がある。
【0003】
このため、時々刻々と変化する侵襲に従い、その個体に適した麻酔薬濃度を設定し維持すること(タイトレーション)が極めてより重要である。従ってある目的とする麻酔薬血中濃度に設定し、その変化をリアルタイムでモニタリングすることができることが不可欠な要素となる。このため、吸入麻酔の方が完全静脈麻酔より多く利用されている。すなわち、吸入麻酔薬は厳密に校正された気化器を利用することができ、麻酔薬血中濃度の代用として、呼気中の麻酔薬濃度を赤外分光法等でモニタリングできるためである。
【0004】
一方、静脈内注射等による完全静脈麻酔は吸入麻酔よりも、その麻酔の質、覚醒の質で優れている(例えば、非特許文献1参照)。すなわち導入・覚醒が速やかであり、調節性がよく、ボーラス投与により急速に血中濃度を高められるメリットがある。悪心や嘔吐も少なく、回復の質も良好である。
【0005】
現在、セボフルラン、イソフルラン、及びエンフルラン等のハロゲン系ガス麻酔薬が使用される吸入麻酔では、室内空気や大気の汚染、手術スタッフの被爆、肝毒性、脳圧亢進作用、術後の悪心や嘔吐等の欠点が懸念されており、完全静脈麻酔はこれを補いうるものと期待されている。
【0006】
また、完全静脈麻酔では、亜酸化窒素(笑気)の使用を避けることができるので、高濃度吸入酸素が投与可能であるという利点がある。さらに、今後新しい吸入麻酔薬が臨床に出てくる可能性は皆無である。代表的な静脈麻酔薬としてはプロポフォール(ディプリバン)が挙げられ、他にチオペンタールナトリウム、塩酸ケタミン、チアミラールナトリウム、ペントバルビタールナトリウム等がある。これらの理由で、静脈麻酔を使用した全身麻酔が試みられているが、厳密に校正された気化器に相当するものがないことと、静脈麻酔薬の血中濃度をリアルタイムでモニタリングできないことの2点が主に致命的な欠点となっている。
【0007】
静脈麻酔薬の投与方法は、代表的なプロポフォールの場合、Robertsらの提唱するステップダウン方式が標準的に用いられてきた(例えば、非特許文献2参照)。これは1〜2mg/kgでの導入投与後、10、8、6mg/kg/hrと10分毎に減量して行き、必要な血中濃度に維持するものである(例えば、非特許文献3参照)。しかし、必要投与量は手術術式、手術時期で異なり、血中濃度を上げるためには単純に投与速度を上げること、10〜30mgをボーラス投与すること、血中濃度を下げるためには単純に投与速度を下げること、数分間中止して再開すること、等細かい調節が必要となる。プロポフォールには鎮痛作用がないため鎮痛手段が必ず必要で、それにより至適投与量は減少する。
【0008】
また、ハイリスクの患者や高齢者では少な目、若年者では多めに必要となる。ステップダウン方式は麻酔維持に適した注入法の目安になる。しかし、注入速度は常に個々の患者の臨床反応に応じて調整しなければならず、その判断が難しい。
【0009】
そこで、これに代わって、目標制御注入法(Target-Controlled Infusion:TCI)が提案されている。これは、まず上記第1点目の克服のために薬物動態力学を応用し生体をコンパートメントモデル化し、そのモデルにしたがって生体の麻酔薬濃度が変化すると仮定し、薬物動態をコンピュータを用いてシミュレーションし、一定量の静脈麻酔薬を投与したときにどの程度の血中濃度になるかということを予測し、その結果に基づいて薬物投与量を制御する方法である。
【0010】
さらに、その応用として、モデル上の血中濃度を設定する事によりコンピュータで自動的にその設定濃度になるように投与し、その濃度を維持するターゲットコントロール注入装置も市販されている。
【0011】
この装置により、静脈麻酔は格段の進歩をみたが、このモデル化自体は個体のバラツキを無視したものであるため、麻酔本来の目的であるタイトレーションのためには、第2点目の血中濃度のリアルタイムモニタリングがさらにその重要性を増し、不可欠のものとなってきている。しかし、リアルタイムでの血中濃度の測定は全く不可能であり、採血をした後に高速液体クロマトグラフ(HPLC)等で測定しているが、測定結果をリアルタイムでフィードバックできないのが現状である。
【非特許文献1】沼田克雄: Total intravenous anesthesiaとpropofol. 臨床麻酔 1992, 16, 141-148
【非特許文献2】Roberts F. L., Dixon J., Lewis G. T. R. et al: Induction and maintenance of propofol anaesthesia. A manual infusion scheme. Anaesthesia 1988, 43(Suppl), 14-17
【非特許文献3】Wessen A., Persson P. M., Nilsson A. et al: Concentration-effect relationships of propofol after total intravenous anesthesia. Anesth Analg 1993, 77, 1000-1007
【非特許文献4】Simons P. J., Cockshott I. D., Dougla E. F. et al: Disposition in male volunteers of a subanaesthetic intravenous dose of an oil in water emulsion of 14C-propofol. Xenobiotica 1988, 18, 429-440
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
ところで、一般に静脈麻酔薬の血中濃度は、投与後、代謝あるいは排出により、時々刻々と減少して行く。この静脈麻酔薬の血中濃度をリアルタイムで測定する装置は、現在存在しない。単に手術中の生体変化としてリアルタイムでモニタリングする装置としてはパルスオキシメータが知られているに過ぎない。
【0013】
このパルスオキシメータは、脈拍による動脈血の脈動を光学的に捉え易い指先等で、赤色光と赤外光に対する透過光量の変動を個別に観測し、各々の変動率の比を求め、その結果によって、動脈血酸素飽和度を精度よく測定できる測定原理に依っており、血液中のヘモグロビンの酸化・還元によって酸素が運搬されており、酸化されると赤色光の吸収が減って赤外光の吸収が増え、還元されると赤色光の吸収が増えて赤外光の吸収が減るというヘモグロビンの光学的特殊変化を利用したものである。
【0014】
しかしながら、このパルスオキシメータの場合は酸素結合ヘモグロビンが多量に存在し、かつ非接触で測定できるような大きな光学特性の変化をもたらすことで可能となっている。これに対し、静脈麻酔薬の場合には、これに比べて低濃度であり、しかも可視領域にこれら物質は吸収を持たず、紫外ならびに赤外領域では他の共存物質が妨害となるため、非破壊、非接触な分光学的手法が使用できない。
【0015】
このため、静脈麻酔薬血中濃度を生体を傷つけず、非破壊で直接測定することはほぼ不可能である。また採血を行った場合も、高速液体クロマトグラフ等の通常の分析機器は前処理が必要であることと、少なくとも数分以上の測定時間が掛かり、総じて数10分以上の分析時間が必要ということになる。また時々刻々と変化する静脈麻酔薬の血中濃度を測定するためには、例え迅速分析可能な機器が登場したとしても、何回もの採血が必要ということになり、生体保護の観点から極めて望ましくない。
【0016】
一方、蒸気圧の極めて低い静脈麻酔薬の消失は、気体状態の吸入麻酔薬と異なり肺の関与がないと従来は考えられてきた。例えばプロポフォールの場合、肝臓でのグルクロン酸抱合、及び一部の硫酸抱合という代謝を経て、尿中に排泄されるのが主要経路とされる(例えば、非特許文献4参照)。
【0017】
しかし、近年、薬物動態の上からは、プロポフォールのクリアランスは1.5〜2.0L/分で、総肝血流量を超えるという所見も報告され、肝臓以外の臓器、例えば肺も大きく代謝に与っていると考えられている。このため、肺から排出される呼気中のプロポフォールを赤外吸収分光法を用いて測定しようとする試みもなされたが、全く検知できず、有意に気相への移行がないか、少なくとも極低濃度であるため、既存の技術による測定は極めて困難と考えられた。
【0018】
また、呼気中には二酸化炭素及び水分(水蒸気)が多量に存在することも、物質の選択的検出で一般的に用いられる赤外吸収分光法等の適用を困難にしている。さらに、静脈麻酔薬は可視領域に光吸収を持たず、また紫外領域では重い分子であるために状態数が多く、明確な吸収構造が観られないために他の物質との区別が困難であることが課題であった。
【0019】
さらにまた、呼気中に存在する可能性のある静脈麻酔薬を測定しようとする場合、ガス麻酔薬と異なり水との親和性の大きい静脈麻酔薬では、呼気の採取時に呼気中の水蒸気が凝縮し、それに伴い気相の静脈麻酔薬が吸着あるいは凝縮を起こすという課題が発生する。
【0020】
また、手術中は人工呼吸機によるガス交換の促進、すなわち陽圧換気を行う場合が多く、呼気試料は圧力変動の大きい閉鎖系からの採取となるため、既存の化学イオン化質量分析法を行う装置をそのまま適用することはできないという課題も挙げられる。
【0021】
最も有力な既存技術であるプロトン移動反応質量分析法を実施する市販装置をそのまま実施しても、反応部であるドリフトチューブの圧力は165Paから320Paの範囲で変動する。このようなドリフトチューブ圧力の大幅な変化は、導入速度の変化、ひいては反応時間の変化、ならびに換算電界の変化を及ぼし、定量誤差が著しく増大するという課題がある。
【0022】
本発明者らは、吸入麻酔薬の血中濃度が呼気中濃度のモニタリングにより管理されていることを受け、微視的にみれば静脈麻酔薬の場合においても、肺での血液/ガス分配は起こっており、極低濃度の呼気中の麻酔薬濃度のモニタリングができれば、静脈麻酔薬血中濃度の管理が可能と考えた。
【0023】
このため利用可能な検出技術として、赤外吸収分光法を始めとする光学的方法では、これら物質の光吸収断面積の小ささと、存在濃度の低さから現実的でないと考え、高感度な計測方法としての質量分析法の応用を検討した。
【0024】
一般に質量分析法は、測定対象物質をイオン化し、その質量に応じて電場、磁場、あるいは飛行時間により質量分析計にて選別された特定質量数のイオンを、二次電子増倍管、チャンネルトロン、あるいはマルチチャンネルプレートにより検出し、電気信号に増幅して検出するものである。しかし、その検出感度は質量分析計あるいは検出器の方式よりも、むしろイオン化の方式に負うところが大きい。
【0025】
この種の汎用的なイオン化法としては、例えば70eVのエネルギーを有する熱電子を目的分子に衝突させてイオン化する電子衝撃イオン化法と称するものがある。これによれば、測定対象物を比較的容易にイオン化でき、検出の直線性が良いことから多くの質量分析計に用いられているが、イオン化効率は一般的にはせいぜい10−6以下であり高感度ではない。
【0026】
また大きなエネルギーによるイオン化であるために、分子が開裂したイオンが生成するフラグメンテーションが問題となっている。このために、試料の前処理を行い、カラムにおける保持時間で物質を分離した後に分析するガスクロマトグラフ質量分析計としての利用に限られ、試料を前処理なしにリアルタイムに測定するには適さない。
【0027】
そこで、イオン化効率の高い他のイオン化法としては、測定対象物質に特有な化学反応を用いてイオン化する化学イオン化法が挙げられる。さらに化学イオン化法ではフラグメンテーションがない、もしくは少ないことが大きな利点である。
【0028】
しかしながら、化学イオン化法では、一般的には第三体反応であるために被測定物質濃度に対して検出されるイオン信号の非線形性が極めて強く、また反応体となる一次イオンと被測定分子以外に、第三体すなわちその他の多量に存在する物質により反応速度が左右され、水蒸気濃度が変化する呼気の直接測定には適用が困難と考えられた。
【0029】
このような化学イオン化による質量分析法は、ppb以下、望ましくはpptオーダーの極低濃度を前処理なしに直接測定する方法として、有力な方法ではあるが、プロトン移動反応質量分析法と類似のプロトン移動反応を用いる大気圧化学イオン化質量分析法では、試料そのものをコロナ放電するために、反応に関わるヒドロニウムイオンの生成量は限られ、水蒸気濃度に大きく影響され、実際の適用可能性は低いとみられた。
【0030】
一方、オーストリア国のインスブルック大学イオン物理研究所は、プロトン移動反応質量分析法(Proton Transfer Reaction Mass Spectrometryもしくは陽電子移動反応質量分析法)を研究し、確立した。同様に数pptの検出感度を有するのみならず、試料中の水蒸気濃度に影響を受けず、独立のイオン源を用いて安定して2×1013個/cm程度以上の大量のヒドロニウム(HO)を生成せしめ、その結果としてppb、あるいはpptのオーダーにある測定対象物質濃度に対して、一次イオンは数100ppmと大過剰になることから、反応速度論で言うところの擬一次反応の条件とみなすことができ、絶対濃度計測が可能である利点を有する。
【0031】
また、呼気中に多量に存在する二酸化炭素等の無機ガス成分はプロトン移動反応を起こさない。さらに重要な点は、このことから少なくともプロトン移動反応質量分析法は、速度定数が未知であっても相対濃度の測定は保証され、速度定数の信頼性及び装置への導入効率を示す装置定数が決まれば、他の質量分析法で行うような標準試料による検量線の作成を常時行う必要がない点である。
【0032】
しかしながら、プロトン移動反応質量分析法を静脈麻酔を施した手術中の患者の呼気分析に適用する場合には、呼気中には水蒸気が多量に存在し、さらに静脈麻酔薬は蒸気圧が極めて低いために、プロトン移動反応質量分析法を実現する装置に試料を導入する前に凝縮ないしは吸着が起こる課題がある。
【0033】
また、被検体の手術中には人工呼吸器による陽圧換気が多く行われるが、導入圧力の変化により反応室の圧力が変化すると、反応時間が変化して濃度定量に誤差を生じる課題がある。
【0034】
本発明はこのような事情を考慮してなされたもので、その目的は、被検体の静脈麻酔薬呼気中濃度をリアルタイムで高効率かつ高精度に測定し、血中濃度を求めることができる静脈麻酔薬血中濃度測定装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0035】
本願請求項1に係る発明は、静脈麻酔薬が投与された被検体の呼気を採取する呼気サンプリング装置と、この呼気サンプリング装置から呼気を導入する配管およびこの配管を所定温度に加熱し保温する加熱保温装置を有するサンプリングラインと、一次イオンを供給する一次イオン供給装置と、この一次イオン供給装置から一次イオンを導入すると共に、前記サンプリングラインからの呼気を導入するドリフトチューブを有し、この呼気に一次イオンを反応させて前記静脈麻酔薬成分と一次イオンとの反応により生成物イオンを生成する反応装置と、この反応装置からの一次イオンと生成物イオンとを導入し、これらイオンから特定質量のイオンをそれぞれ選別するイオン選別装置と、このイオン選別装置によりそれぞれ選別された一次イオンと生成物イオンの単位時間当りの個数をそれぞれ計数するイオン計数装置と、このイオン計数装置によりそれぞれ計数された一次イオンと生成物イオンの各単位時間当りの個数に基づいて所定の算出式により呼気中濃度を算出し、さらに、この呼気濃度から、静脈麻酔薬呼気中濃度と血中濃度との既知の相関値に基づいて血中濃度を算出する演算手段と、この演算手段による演算結果を出力する出力装置と、を具備していることを特徴とする静脈麻酔薬血中濃度測定装置である。
【0036】
請求項2に係る発明は、前記イオン計数装置に代えて設けられ、前記イオン選別装置によりそれぞれ選別された一次イオンと生成物イオンの単位時間当りのイオン計数値に比例するイオン電流値をそれぞれ測定するイオン電流測定器と、前記演算手段に代えて設けられ、前記イオン電流測定器により測定された一次イオンと生成物イオンのイオン電流値に基づいて所定の算出式により静脈麻酔薬の呼気中濃度を検出し、さらに、この呼気中濃度と、静脈麻酔薬呼気中濃度との既知の相関値に基づいて同血中濃度を算出する第2の演算手段と、を具備していることを特徴とする請求項1記載の静脈麻酔薬血中濃度測定装置である。
【0037】
請求項3に係る発明は、前記所定の算出式が以下の(1)式であることを特徴とする請求項1または2記載の静脈麻酔薬血中濃度測定装置である。
【数1】

【0038】
請求項4に係る発明は、前記呼気サンプリング装置は、前記被検体の気管に挿入されたラリンジアルマスクと、このラリンジアルマスクの呼気側流路に接続されたサンプリングプローブと、を具備していることを特徴とする請求項1または2記載の静脈麻酔薬血中濃度測定装置である。
【0039】
請求項5に係る発明は、前記サンプリングラインは、前記サンプリング装置により採取された呼気を前記反応装置に導入する流量を所定流量に制御するキャピラリチューブを有し、このキャピラリチューブよりも上流側の前記サンプリングラインの途中に接続されたバイパス管と、このバイパス管の途中に介装されて前記キャピラリチューブへ導入される呼気の所定流量の余剰分を外気に排気する圧力制御装置と、を具備していることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の静脈麻酔薬血中濃度測定装置である。
【0040】
請求項6に係る発明は、前記サンプリングラインは、その内面を不活性化処理を施しており、少なくとも353K以上に加熱し保温する加熱保温手段を、具備していることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項記載の静脈麻酔薬血中濃度測定装置である。
【0041】
請求項7に係る発明は、前記一次イオン供給装置は、水蒸気を供給する水蒸気供給装置と、この水蒸気供給装置からの水蒸気をホローカソード放電により一次イオンに生成する一次イオン生成装置と、この一次イオンの純度を印加電場により制御する一次イオン純度制御装置と、を具備していることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項記載の静脈麻酔薬血中濃度測定装置である。
【0042】
請求項8に係る発明は、前記反応装置は、前記一次イオン供給装置から一次イオンを導入する一方、前記サンプリングラインから呼気を導入するドリフトチューブ内の反応室と、この反応室内を所定圧力に減圧する減圧装置と、この反応室で生成した生成物イオンに、そのクラスタの生成を抑制すると共に、そのドリフト速度を所定値に制御する電界を与えるイオンドリフト速度制御装置と、を具備していることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項記載の静脈麻酔薬血中濃度測定装置である。
【0043】
請求項9に係る発明は、前記特定イオン選別装置は、前記一次および生成物イオンの流路回りに、特定質量のイオンを選別するための所定周波数の電圧がそれぞれ印加される複数の電極を配設していることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項記載の静脈麻酔薬血中濃度測定装置である。
【0044】
請求項10に係る発明は、前記呼気温度を検出する呼気温度センサと、この呼気温度センサにより検出された温度に基づいて呼気サイクルの最終時点を検出し、この最終時点情報を前記演算手段に与え、この呼気最終時点における終末呼気濃度を算出させる呼気サイクル検出手段と、を具備していることを特徴とする請求項1〜9のいずれか1項記載の静脈麻酔薬血中濃度測定装置である。
【0045】
請求項11に係る発明は、前記演算手段は、静脈麻酔薬呼気中濃度から算出した血中濃度に、被検体の個体差を勘案した血液対ガス分配係数を乗算する乗算手段を、具備していることを特徴とする請求項1〜10のいずれか1項記載の静脈麻酔薬血中濃度測定装置である。
【発明の効果】
【0046】
本発明によれば、被検体の呼気を、気管内挿管やラリンジアルマスク等を有する呼気サンプリングラインを介して反応装置内へ直接導入することにより、呼気中に例えば数10ppb以下のオーダーで存在する気体状態の静脈麻酔薬を検出できる。このために、麻酔導入時の静脈麻酔薬の急速な濃度変化、ならびに麻酔維持投与時の変化、さらに覚醒に至る呼気中濃度を出力装置によりモニタリングすることができる。
【0047】
また、呼吸サイクルに注目したとき、被検体の肺における血液/ガス分配平衡が達成される呼気周期の最終時点の終末呼気濃度を捉えることができる。さらに、出力装置により静脈麻酔薬の代謝物質もモニタリング可能である。
【0048】
さらにまた、100例以上の被検体について静脈麻酔薬呼気中濃度を測定する一方、採血を行い事後に分析測定を行って得た既知の血中濃度と採血時点の呼気中濃度計測値を比較することにより、静脈麻酔薬呼気中濃度と血中濃度には非常に強い相関があることが判明した。
【0049】
これにより、被検体の個体差を勘案した血液/ガス分配係数を演算手段により乗ずることにより呼気中濃度を血中濃度に換算できることとなり、静脈麻酔薬の呼気中濃度のモニタリングにより、適正な静脈麻酔薬の投与管理技術が確立可能となった。
【0050】
また、本発明は同時に呼気中の代謝物質が測定可能であるので、種々の症例に特有な代謝反応をもモニタリングすることができる。これにより想定しうる麻酔薬事故の防止、副作用の抑制、術中及び術後の覚醒管理が可能となり、また完全静脈麻酔の広範な普及に繋がることが期待できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0051】
以下、本発明の実施形態を添付図面に基づいて説明する。
【0052】
図1は本発明の一実施形態に係る静脈麻酔薬血中濃度測定装置の全体構成図である。この図1に示すように静脈麻酔薬血中濃度測定装置1は人体等被検体Pに、皮下注射等によりプロポフォール等の静脈麻酔薬を投与したときに、この被検体Pの呼気から静脈麻酔薬の呼気中濃度と血中濃度とをリアルタイムで検出し、かつモニタリングする装置である。
【0053】
静脈麻酔薬血中濃度測定装置1は、呼気サンプリング装置の一例である気管内挿管チューブ2、人工呼吸機3、サンプリングライン4、圧力制御装置5、質量分析計6を具備している。
【0054】
気管内挿管チューブ2は、被検体Pに気管挿入され、吸気チューブ3aと呼気チューブ3bを介して人工呼吸機3に接続されている。人工呼吸機3は例えば被検体Pの手術中等において陽圧換気が行なわれる。
【0055】
サンプリングライン4は、気管内挿管チューブ2の根元部の呼気側流路に、逆流防止用の逆止弁を具備した弁機構のサンプリングプローブ(図示省略)を介して接続されて被検体Pからの呼気を導入する配管4a、この配管4aの外面を被覆する電気加熱用のヒータ、さらに、このヒータの外面を電気絶縁可能に被覆して保温する保温チューブ4b、配管4aの温度を検出するK熱電対等の温度センサ4c、この温度センサ4cからの温度検出信号を受けて、この配管4aを所定温度(例えば353K)以上に保温するためにヒータの通電加熱を制御する例えばPID(比例積分微分)機能を有する温度コントローラ4dを具備している。
【0056】
配管4aは、内径が例えば1.59mm、外径が3.18mmの四弗化エチレン製チューブである。配管4aは、その先端部に、キャピラリチューブ4eとバイパス管7を接続して2股の分岐部4fを形成している。
【0057】
バイパス管7は、その先端部を、外気に導入する外気導入管8の途中に接続している。バイパス管7の途中には、圧力コントローラ5aと圧力検出器Paとがこの順に順次介装されることにより圧力制御装置に構成されている。圧力コントローラ5aはその下流側のバイパス管7の圧力を検出する圧力検出器Paに図中破線で示す信号線を介して接続され、キャピラリチューブ4eの一次側のバイパス管7内の圧力が一定となるように制御することで、キャピラリチューブ4eから一次イオン生成室6b1へ導入される流量を所定値で一定するように制御し、さらに結果としてドリフトチューブ6aの反応室6a2内の圧力が所定値で一定するようにしている。バイパス管7は、キャピラリチューブ4eから一部イオン生成室6b1へ導入される所定流量の呼気流量に対する余剰分を外気導入管8と排気ポンプ9を介して外気へ排気するようになっている。
【0058】
キャピラリチューブ4eは、長さが例えば40cm以下、外径1.59mm以下、内径0.51mm以下であって、このキャピラリチューブ4eから反応室6a2に導入される呼気流量を所定流量に制御することができる。また、キャピラリチューブ4eは、その内面に、シロキシル基を有する有機シリコン化合物を塗布することにより不活性化処理した鏡面仕上げSUS304管等の金属管である。
【0059】
キャピラリチューブ4eの先端部は質量分析計6の反応装置のドリフトチューブ6aに連通可能に接続されている。
【0060】
質量分析計6はドリフトチューブ6aのイオン入口側に、一次イオン供給装置6bを配設し、イオン出口側に、イオン検出系6cを配設している。
【0061】
一次イオン供給装置6bは、その本体ケース内に形成された一次イオン生成室6b1、この一次イオン生成室6b1にイオン生成のための分子源として水蒸気を供給する水蒸気源6b2、一次イオン生成室6b1とドリフトチューブ6aとを仕切る入口側隔壁6b3を具備している。
【0062】
一次イオン生成室6b1は、水蒸気源6b2から供給された水蒸気の雰囲気中でホローカソード放電を行なうホローカソード電極を具備しており、水蒸気濃度に影響を受けずに一次イオンの一例である2×1013個程度以上の大量のヒドロニウム(HO)イオンを、測定対象の静脈麻酔薬有効成分濃度に対し大量かつ安定した濃度のプロトンイオン種として生成し供給するようになっている。
【0063】
入口側隔壁6b3は小孔のスキマーを穿設しており、このスキマーを通して一次イオン生成室6b1から一次イオンをドリフトチューブ6a内の反応室6a2に供給するようになっている。
【0064】
ドリフトチューブ6aは、そのイオン出口側に、その反応室6a2とイオン検出系6cとを仕切る出口側隔壁6a1を備え、この出口側隔壁6a1には小孔のスキマーを形成し、このスキマーを通して反応室6a2と、イオン検出系6cのイオン選別室6fに連通させている。
【0065】
ドリフトチューブ6aは、その内部に反応室6a2を形成している。反応室6a2は、一次イオン供給室6b1から入口側隔壁6b3のスキマーを通して一次イオンを導入する一方、サンプリングライン4の配管4aおよびキャピラリチューブ4eを通して呼気を導入し、一次イオンと混合させることにより、イオン−分子反応を発生させる反応室である。
【0066】
また、ドリフトチューブ6aは、静電レンズ6a3、減圧器の一例である第1のターボ分子ポンプ6a4および第1の圧力検出器Pbを具備している。静電レンズ6a3は、反応室6a2内に導入された一次イオンと呼気中の静脈麻酔薬との反応を促進させ、かつその反応により生成した生成物イオンと一次イオンのクラスタの生成を抑制すると共に一次イオンと生成物イオンをイオン入口側からイオン出口側へ所定速度で移動させる、例えば40〜160Td程度の電場勾配を発生させるものである。第1のターボ分子ポンプ6a4は反応室6a2を所定圧(例えば180〜240Pa)に真空引きする排気ポンプである。この第1のターボ分子ポンプ6a4はダイアフラムポンプ等の排気ポンプ9に接続され、この排気ポンプ9を介して反応室6a2内を所定圧に真空排気している。反応室6a2内の圧力は第1の圧力検出器Pbにより検出され、その圧力検出値が所定値(例えば180〜240Pa)でほぼ一定するように第1のターボ分子ポンプ6a4と排気ポンプ9により制御される。
【0067】
イオン検出系6cは、例えば鉤状に屈曲されたケース内に、イオン選別室6c1と電子増倍管6c4とを配設している。イオン選別室6c1は電子増倍管6c4よりも出口側隔壁6a1側(上流側)に配設され、その内部に、イオン質量選別装置の一例である、例えば4個の電極を備えた四重選別電極6c2と、イオン選別室6c1内を所定圧に真空引きする第2のターボ分子ポンプ6c3と、イオン選別室6c1内圧力を検出する第2の圧力検出器Pcを設けている。第2のターボ分子ポンプ6c3は上記排気ポンプ9に接続され、第2の圧力検出器Pcの圧力検出値が所定圧で一定するようにこの排気ポンプ9と第2のターボ分子ポンプ6c3によりイオン選別室6c1内を所定圧に真空排気する。
【0068】
そして、この四重選別電極6c2のイオン下流側に、特定質量のイオン個数を計数する電子増倍管6c4を設けている。この電子増倍管6c4には、演算手段の一例である制御演算装置6c5と出力装置6c6を設けている。
【0069】
制御演算装置6c5は、例えば基本的にCPU,ROM,RAMを有するマイクロプロセッサ等からなり、四重選別電極6c2と電子増倍管6c4に電気的に接続され、一次イオンと生成物イオンを交互に選別するための所要の周波数と印加電圧とを四重選別電極6c1にそれぞれ印加させるための制御信号を与える一方、ここで選別された特定質量の一次イオン(H18)と生成物イオンの個数をそれぞれ計数する電子増倍管6c4から、その計数したイオンの単位時間当りの個数をそれぞれ読み取る手段を有する。電子増倍管6c4は、一次イオンと生成物イオンの個数に応じたパルス状のイオン電流信号を出力するが、このイオン電流信号にはノイズを含んでいるので、制御演算装置6c5はこのノイズのレベルよりも高いレベルをしきい値として設定し、このしきい値よりも高いレベルのパルス状のイオン電流信号の所定時間当りの個数を計数することにより、一次イオンと生成物イオンの個数を計数するようになっている。
【0070】
また、制御演算装置6c5は、この読み取った一次イオンと生成物イオンの単位時間当りの個数を次式(1)に適用して呼気中の静脈麻酔薬濃度を連続的に演算し、その演算結果を、LCD(液晶表示装置)等の表示装置やプリンタ等の出力装置6c6に出力し、モニタ表示や印刷等を実行させるようになっている。
【数2】

【0071】
なお、ここでプロポフォールのプロトン移動反応の正確な速度定数kの文献値は知られておらず、またサンプリング導入における損失が存在する。そこで事前に高純度空気で希釈した既知濃度のプロポフォール気体を測定し、上記(1)式を適用して前述の不確定性を含む速度定数(Ik)ならびに装置の導入効率を乗じた値を逆に求め、静脈麻酔薬の呼気中濃度測定装置における装置定数として制御演算装置6c4の演算記憶手段に記録してある。この値は測定を通して一定であることを別途の検討により確認した。またイオン選別装置における両イオンの透過効率は、四重選別電極6c2の印加極質量分析計の電圧設定を大幅に変えない限りは変化しない。したがって、所定時間当りの生成物イオンの計数値([AH])と一次イオンの計数値([P])との比により、静脈麻酔薬の呼気中濃度の概略値を求めることができる。
【0072】
また、制御演算装置6c5は、図1中一点鎖線で示す信号線を介して温度コントローラ4dに接続され、温度センサ4cにより検出された呼気温度検出値を常時監視し、この呼気温度検出値に基づいて後述する呼気サイクルの終末時を検出し、この呼気サイクル終末時の静脈麻酔薬の呼気中濃度や血中濃度を算出する演算手段を有する。すなわち、呼気サイクルの終末時には呼気温度が最も高くなるので、呼気温度を検出することにより呼気サイクルの終末時を検出することができる。なお、他の呼気特性としては、例えば呼気中のCO濃度、アセトンやイソプレン等の代謝物濃度があり、これら濃度が所定値以上に達したときに、呼気サイクルの終末時として検出するように構成してもよい。また、代謝物濃度を検出する場合には、制御演算手段6c5から四重選別電極6c2に与える電圧と周波数を適宜選択することにより、呼気中のアセトンやイソプレン等の代謝物を選別し、所定時間当りの代謝物イオンの個数を計数し、呼気中の代謝物濃度を制御演算手段6c5により算出することができる。
【0073】
図2はこのようにして測定された初回投入時の呼気中濃度Aの変化を示す。図中の呼気中濃度のピーク及びその後の減衰曲線Aは、被検体Pの血中から肺胞までの到達平衡時間を考慮に入れると血中濃度の変化によく対応し、立上り時間は個体差があまり認められないが、ピーク濃度と減衰時間は個体差があり、また初回投入量に応じてそれらが異なる。
【0074】
一方、図3は同時に血液/ガス分配平衡に達するまでの時間差を考慮して静脈血を採取して高速液体クロマトグラフで血中濃度を分析し、呼気中濃度との相関関係を調べた結果を示している。これより静脈麻酔薬血中濃度と呼気中濃度は高い相関関係があることが判明し、これより呼気中濃度を測定することにより、図3の回帰直線Bの変換係数から精度よく血中濃度が決定できる。この回帰直線Bの変換係数は制御演算装置6c5の演算手段により使用されて静脈麻酔薬の呼気中濃度から血中濃度が算出される。またこの静脈麻酔薬の呼気中濃度と血中濃度との関係は麻酔維持での継続投入時についても同様に調査したところ、算出した血中濃度により静脈麻酔薬の投与量及び投与の時期を管理することができることが判明した。
【0075】
図4はその図中上段に被検体Pの呼気サイクルと温度との相対関係を示し、その下段に、その呼気サイクルに対応して静脈麻酔薬であるプロポフォールの呼気濃度が変化する現象を示している。各パルス状の呼気サイクルの各温度立下り時点は呼気サイクルの最終時点の終末呼気を示し、この終末呼気は温度コントローラ4dと温度センサ4cを介して呼気温度を検出している制御演算装置6c4により検出される。
【0076】
すなわち、図4に示すように呼気温度で検出される吸気・呼気サイクルに対応して、質量数179で測定されるプロポフォール濃度が変動し、呼気サイクルの最終時点の終末呼気濃度を実測できる。図4から判断されるように、被検体Pの呼気が口腔、気道および気管内挿管チューブ2の根元部から完全に排出されずに体内に残るため、吸気中にも静脈麻酔薬が拡散し、ゼロとはならない。
【0077】
これに対し、呼気サイクルの最終時点の終末呼気では、肺胞内で静脈麻酔薬の気液バランスがとれるタイミングであるので、呼気中濃度の測定精度を向上させることができ、ひいては血中濃度の測定精度を向上させることができる。
【0078】
したがって、この静脈麻酔薬血中濃度測定装置1によれば、皮下注射等により静脈麻酔薬が投与された被検体Pが人工呼吸機3により強制的に呼吸されているときに、被検体Pの呼気の一部が気管内挿管チューブ2の呼気側流路からサンプリングライン4の配管4aへ採取され、分岐部4fとキャピラリチューブ4eを介してドリフトチューブ6aの反応室6a1内に導入される。また、配管4a内の呼気温度は温度センサ4cにより検出され、この呼気温度検出値は、温度コントローラ4dに与えられる。温度コントローラ4dは、配管4aの電気加熱用ヒータの通電を制御する一方、呼気温度検出値を制御演算装置4c4に与え、この制御演算装置4c4により呼気サイクルと呼気終末期を検出させる。
【0079】
そして、配管4の分岐部4fでは、その圧力がバイパス管7の圧力制御装置5により制御され、所定量の呼気のみが不活性化処理が施されたキャピラリチューブ4eに導入され、他の過剰部分はバイパス管7、排気管8、排気ポンプ9を介して外気へ排気される。
【0080】
このために、呼気がキャピラリチューブ4e内で反応するのを防止することができる。また、このキャピラリチューブ4eを介してドリフトチューブ6aの反応室6a2内に導入される呼気の導入量を所定量に制御できると共に、反応室6a内の圧力を所定値でほぼ一定に制御することができる。
【0081】
これにより、反応室6a2内に導入された前記一次イオンと前記静脈麻酔薬との反応を促進し、かつこの反応により生成される生成物イオンと一次イオンのクラスタの生成を抑制すると共に、人工呼吸機3の陽圧制御による呼気の脈動を低減することができる。このために、反応室6a2内の圧力変動によりイオン−分子反応の反応時間が変化して呼気濃度測定量に誤差が発生するのを低減または防止できる。
【0082】
そして、反応室6a2内には、一次イオン供給装置6bのスキマーから水蒸気の大過剰の一次イオン(ヒドロニウム(H18)イオン)が供給され、呼気と混合されてプロトンが移動するイオン分子反応が発生し、イオン生成物が生成される。
【0083】
これら一次イオンと生成物イオンは反応室6a2内の静電レンズ6a3により所定速度に加速されて所定速度でイオン選別室6c1内へ移動し、ここで四重選別電極6c2により一次イオンと生成物イオンが、例えば交互にそれぞれ選別され、これら一次イオンと生成物イオンの所定時間当りの個数が電子増倍管6c4によりそれぞれ計数され制御演算手段6c5に与えられる。
【0084】
制御演算手段6c5はこれら一次イオンと生成物イオンの各イオン個数等を上記数式(1)に適用して静脈麻酔薬の呼気中濃度を算出し、さらに、温度センサ4cから呼気サイクルの呼気温度検出値を読み込み、呼気サイクルの最終時点の終末呼気濃度を算出する。
【0085】
そして、制御演算手段6c5は、図3等で示す回帰直線Bを使用してこれら呼気中濃度から血中濃度を算出する。これら呼気中濃度と血中濃度等は出力装置6c6に出力され、モニタ表示またはプリントアウトされる。
【0086】
したがって、この静脈麻酔薬血中濃度測定装置1によれば、被検体Pの肺胞内で静脈麻酔薬の気液バランスがとれるタイミングの呼気サイクルの最終時点の終末呼気濃度を求めることができるので、呼気濃度測定精度を向上させることができる。
【0087】
また、被検体Pの静脈麻酔薬の血中濃度をリアルタイムで求めることができるので、この血中濃度により静脈麻酔薬の被検体Pへの投与量と投与時期を有効に管理することができる。
【0088】
さらに、気道確保した気管内挿管チューブ2とサンプリングライン4bを介して反応室6a2内へ直接導入することにより、呼気中に数10ppb以下のオーダーで存在する気体状態の静脈麻酔薬を検出できる。このために、麻酔導入時の静脈麻酔薬の急速な濃度変化、ならびに麻酔維持投与時の変化、さらに覚醒に至る呼気中濃度を出力装置6c6によりモニタリングすることができる。
【0089】
また、呼吸サイクルに注目したとき、被検体Pの肺における血液/ガス分配平衡が達成される呼気周期の最終時点の終末呼気濃度を捉えることができる。さらに、制御演算手段6c5から四重選別電極6c2に与える電圧と周波数を適宜選択することにより、呼気中の静脈麻酔薬の代謝物を選別し、所定時間当りの代謝物イオンの個数を計数し、呼気中の代謝物濃度を制御演算手段6c5により算出し、その算出結果を出力装置6c6に与えることにより静脈麻酔薬の代謝物濃度、例えば静脈麻酔薬がプロポフォールである場合には、2、6−ジイソプロピル−1、4−キノールもしくはそれが化学変換した2、6−ジイソプロピル−1、4−キノンもモニタリング可能である。
【0090】
さらにまた、100例以上の被検体Pについて、静脈麻酔薬呼気中濃度を測定する一方、採血を行い事後に分析測定を行って得た既知の静脈麻酔薬血中濃度と採血時点の呼気中濃度計測値を比較することにより、静脈麻酔薬呼気中濃度と同血中濃度には非常に強い相関があることが判明しているので、この相関値により静脈麻酔薬の血中濃度算出値を較正し、その算出精度を向上させることができる。
【0091】
これにより、被検体Pの個体差を勘案した血液/ガス分配係数を制御演算手段6cにより乗ずることにより、呼気中濃度を血中濃度に換算できることとなり、静脈麻酔薬の呼気中濃度のモニタリングにより、適正な静脈麻酔薬の投与管理技術が確立可能となった。
【0092】
また、静脈麻酔薬血中濃度測定装置1は同時に呼気中の代謝物質を測定可能であるので、種々の症例に特有な代謝反応をもモニタリングすることができる。これにより想定しうる麻酔薬事故の防止、副作用の抑制、術中及び術後の覚醒管理が可能となり、また完全静脈麻酔の広範な普及に繋がることが期待できる。
【0093】
そして、被検体Pの呼気中には水蒸気が多量に存在し、また、静脈麻酔薬は蒸気圧が極めて低いために、ドリフトチューブ6aの反応室6a2内に呼気を導入する前に凝縮ないしは吸着が起こる虞があったが、この静脈麻酔薬血中濃度測定装置1によれば、気管内挿管チューブ2aからドリフトチューブ6aまで導入する配管4aを、シロキシル基を有する有機シリコン化合物を塗布することにより不活性化処理した金属管とし、温度コントローラ4dにより少なくとも353K以上に加熱し保温するので、呼気の配管4aへの吸着と凝縮を未然に防止または低減できる。
【0094】
また、一般的に被検体Pの手術中は人工呼吸機3により陽圧換気が行われ、呼気導入圧力の変化によりドリフトチューブ6aの反応室6a2内の圧力が変化すると、この反応室6a2内でのプロトン移動反応時間が変化して濃度定量に誤差を生じる。これに対し静脈麻酔薬血中濃度測定装置1は反応室6a2内の圧力に大きな変動を与えないように、キャピラリチューブ4bを長さ40cm以下、外径1.59mm以下、内径0.51mm以下のシロキシル基を有する有機シリコン化合物を塗布することにより不活性化処理を行い、ドリフトチューブ6aの反応室6a2内に導入する呼気の流量を、残りの部分を分配するバイパス管7の圧力制御装置5による圧力制御によりほぼ一定に制御するので、例えばドリフトチューブ6a内の反応室6a2の圧力を例えば220Paでほぼ一定するようにバイパス圧力を設定した場合、反応室6a2内の圧力の変動を±2%以内に抑えることができた。
【0095】
そして、上述したように、プロトン移動反応質量分析法装置により静脈麻酔薬が定量できるかについては、まず気化させて得た既知濃度の静脈麻酔薬気体の質量スペクトルを調べ、例えば分子量178のプロポフォールではプロトン付加した質量数179のピークの他に、条件によってはフラグメンテーションを起こした質量数95、質量数137のピーク等が存在することが判明している。
【0096】
そこで、静脈麻酔薬血中濃度測定装置1によれば、ドリフトチューブ6aの換算電界を1.3×10−15V/cm以下、反応室6a2の圧力を少なくとも200Pa以上に条件設定することにより、分子量+1の質量数の主ピークのみを検出するようにした。この条件設定において、イオン計数値から逆算される計算濃度との比較により、装置定数及び速度定数を決定した。
【0097】
また、静脈麻酔薬血中濃度測定装置1によれば、被検体Pの呼吸サイクルに追従した計測を実現するために、ヒドロニウムイオン(H18)の質量数19、ただし実際にはその1/500量存在する18O同位体の質量数21、及び静脈麻酔薬の主ピークの質量数について、1サイクルの測定時間を合計で0.8秒以下とし、肺胞内で膜の気液バランスがとれる終末時の呼気濃度を測定するので、呼気中濃度の測定精度を向上させることができ、ひいては血中濃度の測定精度を向上させることができる。
【0098】
なお、上記実施形態では電子増倍管6c4により検出された一次イオンや生成物イオンのパルス状のイオン電流信号をイオン計数装置により計数することにより、所定時間当りのイオン個数を計数する場合について説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、例えばこのイオン計数装置に代えてイオン電流測定器を設けてもよい。
【0099】
すなわち、イオン電流測定器により、一次イオンと生成物イオンの単位時間当りのイオン計数値に比例するイオン電流値をそれぞれ測定し、これら一次イオンと生成物イオンの両イオン電流値の比([AH]/[P])に基づいて静脈麻酔薬の呼気中濃度を上記数(1)に基づいて算出する第2の制御演算装置を設けてもよい。
【0100】
これによれば、イオン電流信号を検出する検出器の時定数を遅くすることができるので、その分、装置コストの低減を図ることができる。
【0101】
また、前記蒸気源6b2には、この蒸気源6b2から一次イオン生成室6b1に供給される水蒸気流量を所定値でほぼ一定に制御する流量コントローラを設けてもよい。これによれば、一次イオン生成室6b1で生成する一次イオンの生成量がほぼ一定するので、イオン計数値の精度を向上させることができる。
【0102】
なお、上記実施形態では、気管内挿管チューブ2を使用した場合について説明したが、この気管内挿管チューブ2をラリンジアルマスクに代えてもよい。
【図面の簡単な説明】
【0103】
【図1】本発明の一実施形態に係る静脈麻酔薬血中濃度測定装置の全体構成図。
【図2】被検体への静脈麻酔薬初回投入時の呼気濃度の経時変化を示すグラフ。
【図3】被検体の静脈麻酔薬血中濃度と呼気中濃度の相関を示すグラフ。
【図4】被検体の呼吸サイクルと呼気中濃度の応答例を示すグラフ。
【符号の説明】
【0104】
1 静脈麻酔薬血中濃度測定装置
2 気管内挿管チューブ
3 人工呼吸器
4 サンプリングライン
4a サンプリングラインの配管
4b サンプリングラインの保温チューブ
4c 温度センサ
4d 温度コントローラ
4e キャピラリチューブ
5 圧力制御装置
5a 圧力コントローラ
6 質量分析計
6a ドリフトチューブ
6a1 出口側隔壁
6a2 反応室
6a3 静電レンズ
6a4 第1のターボ分子ポンプ
6b 一次イオン供給装置
6b1 一次イオン生成室
6b2 水蒸気源
6b3 入口側隔壁
6c イオン検出系
6c1 イオン選別室
6c2 四重選別電極
6c3 第2のターボ分子ポンプ
6c4 電子増倍管
6c5 制御演算装置
6c6 出力装置
7 バイパス管
8 排気管
9 排気ポンプ
P 被検体
EX 排気

【特許請求の範囲】
【請求項1】
静脈麻酔薬が投与された被検体の呼気を採取する呼気サンプリング装置と、
この呼気サンプリング装置から呼気を導入する配管およびこの配管を所定温度に加熱し保温する加熱保温装置を有するサンプリングラインと、
一次イオンを供給する一次イオン供給装置と、
この一次イオン供給装置から一次イオンを導入すると共に、前記サンプリングラインからの呼気を導入するドリフトチューブを有し、この呼気に一次イオンを反応させて前記静脈麻酔薬成分と一次イオンとの反応により生成物イオンを生成する反応装置と、
この反応装置からの一次イオンと生成物イオンとを導入し、これらイオンから特定質量のイオンをそれぞれ選別するイオン選別装置と、
このイオン選別装置によりそれぞれ選別された一次イオンと生成物イオンの単位時間当りの個数をそれぞれ計数するイオン計数装置と、
このイオン計数装置によりそれぞれ計数された一次イオンと生成物イオンの各単位時間当りの個数に基づいて所定の算出式により呼気中濃度を算出し、さらに、この呼気中濃度と静脈麻酔薬血中濃度との既知の相関値に基づいて同血中濃度を算出する演算手段と、
この演算手段による演算結果を出力する出力装置と、
を具備していることを特徴とする静脈麻酔薬血中濃度測定装置。
【請求項2】
前記イオン計数装置に代えて設けられ、前記イオン選別装置によりそれぞれ選別された一次イオンと生成物イオンの単位時間当りのイオン計数値に比例するイオン電流値をそれぞれ測定するイオン電流測定器と、
前記演算手段に代えて設けられ、前記イオン電流測定器により測定された一次イオンと生成物イオンのイオン電流値に基づいて所定の算出式により静脈麻酔薬の呼気中濃度を検出し、さらに、この呼気中濃度と、静脈麻酔薬呼気中濃度との既知の相関値に基づいて同血中濃度を算出する第2の演算手段と、
を具備していることを特徴とする請求項1記載の静脈麻酔薬血中濃度測定装置。
【請求項3】
前記所定の算出式が以下の(1)式であることを特徴とする請求項1または2記載の静脈麻酔薬血中濃度測定装置。
【数1】

【請求項4】
前記呼気サンプリング装置は、
前記被検体の気管に挿入されたラリンジアルマスクと、
このラリンジアルマスクの呼気側流路に接続されたサンプリングプローブと、
を具備していることを特徴とする請求項1または2記載の静脈麻酔薬血中濃度測定装置。
【請求項5】
前記サンプリングラインは、前記サンプリング装置により採取された呼気を前記反応装置に導入する流量を所定流量に制御するキャピラリチューブを有し、
このキャピラリチューブよりも上流側の前記サンプリングラインの途中に接続されたバイパス管と、このバイパス管の途中に介装されて前記キャピラリチューブへ導入される呼気の所定流量の余剰分を外気に排気する圧力制御装置と、
を具備していることを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の静脈麻酔薬血中濃度測定装置。
【請求項6】
前記サンプリングラインは、その内面を不活性化処理を施しており、少なくとも353K以上に加熱し保温する加熱保温手段を、
具備していることを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項記載の静脈麻酔薬血中濃度測定装置。
【請求項7】
前記一次イオン供給装置は、
水蒸気を供給する水蒸気供給装置と、
この水蒸気供給装置からの水蒸気をホローカソード放電により一次イオンに生成する一次イオン生成装置と、
この一次イオンの純度を印加電場により制御する一次イオン純度制御装置と、
を具備していることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項記載の静脈麻酔薬血中濃度測定装置。
【請求項8】
前記反応装置は、
前記一次イオン供給装置から一次イオンを導入する一方、前記サンプリングラインから呼気を導入するドリフトチューブ内の反応室と、
この反応室内を所定圧力に減圧する減圧装置と、
この反応室内に導入された前記一次イオンと前記静脈麻酔薬との反応を促進し、かつこの反応により生成される生成物イオンと一次イオンのクラスタの生成を抑制すると共に、そのドリフト速度を所定値に制御する電界を与えるイオンドリフト速度制御装置と、
を具備していることを特徴とする請求項1〜7のいずれか1項記載の静脈麻酔薬血中濃度測定装置。
【請求項9】
前記特定イオン選別装置は、前記一次および生成物イオンの流路回りに、特定質量のイオンを選別するための所定周波数の電圧がそれぞれ印加される複数の電極を配設していることを特徴とする請求項1〜8のいずれか1項記載の静脈麻酔薬血中濃度測定装置。
【請求項10】
前記呼気の所定の特性を検出する呼気センサと、
この呼気センサにより検出された特性に基づいて呼気サイクルの最終時点を検出し、この最終時点情報を前記演算手段に与え、この呼気最終時点における終末呼気濃度を算出させる呼気サイクル検出手段と、
を具備していることを特徴とする請求項1〜9のいずれか1項記載の静脈麻酔薬血中濃度測定装置。
【請求項11】
前記演算手段は、静脈麻酔薬呼気中濃度から算出した血中濃度に、被検体の個体差を勘案した血液対ガス分配係数を乗算する乗算手段を、
具備していることを特徴とする請求項1〜10のいずれか1項記載の静脈麻酔薬血中濃度測定装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2008−3046(P2008−3046A)
【公開日】平成20年1月10日(2008.1.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−175351(P2006−175351)
【出願日】平成18年6月26日(2006.6.26)
【出願人】(506220081)
【出願人】(506220117)
【出願人】(506219339)イオニメット アナリューティク ゲゼルシャフト ミット ベシュレンクテル ハフツング (1)
【氏名又は名称原語表記】Ionimed Analytik GmbH
【住所又は居所原語表記】Technikerstrasse 21a,Innsbruck 6020,Austria
【出願人】(591054886)三友プラントサービス株式会社 (5)
【Fターム(参考)】