説明

静電型イオントラップ

【課題】異なる質量電荷比(M/q)および運動エネルギーを有する複数のイオンを、自己共鳴現象を利用して非調和ポテンシャルウェル内に閉じ込める静電型イオントラップ、このイオントラップを用いた質量分析計、イオン捕捉方法、質量スペクトル生成方法を提供する。
【解決手段】本発明のイオントラップは、複数のイオンを固有振動数での軌道に閉じ込めるための非調和の静電ポテンシャルを生成する電極構造体1,2,3と、電極構造体1,2,3の少なくとも1つの電極に接続された、励起用周波数を有する交流励起源21とを備えるイオントラップ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
静電型イオントラップを用いた質量分析計およびイオン捕捉方法に関するものである。
【関連出願】
【0002】
本願は、2006年11月13日付の米国仮特許出願第60/858,544号の利益を主張するものである。この米国仮特許出願の全教示内容は、参照によって本明細書に取り入れたものとする。
【背景技術】
【0003】
科学文献や技術文献では、異なる幾つかの方法により、現在利用可能なあらゆる質量分析計測技術が列挙かつ比較されている。最も基本的なレベルにおいて、質量分析計は、質量分離や質量分析を行うのにイオンを捕捉または蓄積する必要性が有るか無いかに基づいて区別することができる。非トラップ型の質量分析計はイオンを捕捉したり蓄積したりしないので、質量分離や質量分析を行う前に、装置内のイオン濃度が増加または蓄積することはない。この型の一般的な例として、高出力の動的な電場を用いた四重極質量フィルタや、高磁場を用いた磁場型質量分析計があり、単一の同じ質量電荷比(M/q)を有するイオンビームの軌道を選択的に安定させるために用いられる。トラップ型の質量分析計は、さらに2つに分類することができる。1つは、例えばPaulによる構造の四重極イオントラップ(QIT)などの動的トラップであり、もう1つは、ごく最近開発された静電型閉じ込めトラップなどの、静的トラップである。最近登場したものであって、且つ質量分析に用いられる静電型トラップは、調和ポテンシャルのトラッピングウェルを用いることにより、イオンエネルギーに依存しない振動をイオンがトラップ内で確実に行うようにしている。この振動の周期には、イオンの質量電荷比のみが関係する。現代の一部の静電型トラップを用いた質量分析は、離れた位置にある誘導ピックアップ型の電子機器や感応電子機器、および高速フーリエ変換(FFT)スペクトル解析を用いて行われている。あるいは、高電圧のトラッピングポテンシャル(捕捉用ポテンシャル)を高速で切り替えることによって、任意の瞬間にイオンを取り出すことが可能である。イオンが全て放出されると、飛行時間分析(TOFMS)によって質量電荷比が決定される。最近では、円筒状のトラップ構造内に、動的(擬似的)ポテンシャル場によるイオン捕捉と、静電ポテンシャル場によるイオン捕捉とを組み合わせたものが開発されている。これは、四重極による径方向の閉じ込め場を用いて径方向のイオン軌道を制限し、他方、静電ポテンシャルウェルを用いることにより、実質的な調和振動運動でイオンを軸方向に閉じ込めている。軸方向にイオン運動を共鳴励起することにより、質量選択的なイオン放出が行われる。
【発明の概要】
【0004】
本発明は、異なる質量電荷比(M/q)および運動エネルギーを有する複数のイオンを非調和ポテンシャルウェル内に閉じ込める静電型イオントラップの構造および動作に関する。このイオントラップには、閉じ込められたイオンを励起する小振幅の交流駆動が設けられている。交流駆動の周波数とイオンの固有振動数との間の自己共鳴により、閉じ込められたイオンの、質量に依存する振動振幅は、当該イオンのエネルギーが上昇するにつれて増加する。これは、イオンの振動振幅がトラップの物理的寸法を超えるまで、またはイオンがフラグメントもしくは他の物理的変化や化学的変化を生じるまで続く。イオンの軌道は、イオン閉じ込め軸心の近傍をこの軸心に沿って延在するものであってもよい。イオントラップは、その軸心に関して円筒対称であってもよく、イオン閉じ込め軸心は、当該イオントラップの軸心とほぼ一致するものであってもよい。
【0005】
上記イオントラップは、2つの対向したミラー電極構造体(鏡に映ったような同じ電極構造体)と、中央のレンズ電極構造体とを備えるものであってもよい。これらミラー電極構造体は、カップまたはプレートで構成されるものであってもよく、軸心の開口、軸心外の開口またはこれらの組合せを有する。レンズ電極構造体は、軸方向に位置した開口を有するプレート、または開いた円筒であってもよい。2つのミラー電極構造体は不均一にバイアスされていてもよい。
【0006】
上記イオントラップには走査制御部が設けられていてもよく、この走査制御部は交流の励起用周波数とイオンの固有振動数との振動数差を減少させる。これは、例えば、分析対象であるイオンの固有振動数よりも高い周波数からイオンの固有振動数よりも低い周波数へと交流の励起用周波数を走査したり、イオントラップの中央のレンズ電極に印加される電圧を、例えば、分析対象であるイオンを閉じ込めるのに十分なバイアス電圧から、これよりも絶対値が大きいバイアス電圧へと走査したりすることにより、達成される。交流の励起用周波数の振幅は、閾値振幅よりも大きく且つ中央のレンズ電極に印加されるバイアス電圧の絶対値よりも少なくとも1/1000に小さくされてもよい。交流の励起用周波数を走査する掃引比率は、駆動の周波数が低下するにつれて減少されてもよい。
【0007】
イオントラップにおける最も軽いイオンの固有振動数は、例えば、約0.5〜約5メガヘルツ(MHz)とされてもよい。閉じ込められた複数のイオンは、複数の質量電荷比および複数のエネルギーを有し得る。
【0008】
上記イオントラップには、イオンビーム源を形成するイオン源が設けられてもよい。イオントラップには、プラズマイオン質量分析計を形成するイオン検出器が設けられてもよい。これにイオン源が追加されることにより、当該イオントラップは質量分析計として構成できる。上記イオン源は電子衝突イオン化源であってもよい。上記イオン検出器は、電子増倍装置を含むものであってもよい。イオン検出器は、イオントラップの直線状軸心に対して軸心外に位置決めされるものであってもよい。イオン源は、交流駆動の周波数を走査する間、連続的に動作されるものであってもよいし、交流駆動の周波数の走査を開始する直前に、イオンを生成するものであってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】短い静電型イオントラップのイオン軌道シミュレーションをCG(コンピュータグラフィックス)で示した図である。
【図2A】短いイオントラップにおける、イオントラップ軸心に沿ったイオンポテンシャルエネルギー対イオンの位置を、正の非調和ポテンシャル、調和ポテンシャル、負の非調和ポテンシャルの各々について示した図である。
【図2B】非調和ポテンシャルにおいて、異なるエネルギーおよび異なる固有振動数を有するイオンの相対位置を示した図である。
【図3】イオンの自己共鳴放出を行う、非調和静電型イオントラップに基づく質量分析計を示す概略図である。
【図4A】図3に示された非調和静電型イオントラップの質量分析計を用いて測定した、10−7トル(Torr)での残留気体の質量スペクトルを示す図である(1x10−7トル(Torr)でのパーフルオロトリブチルアミン(PFTBA)スペクトル。RF=50ピーク・トゥ・ピークミリボルト(mVp−p)、掃引繰り返し比率=15ヘルツ(Hz)、I=10マイクロアンペア(μA)、U=100ボルト(V)、倍率:x10)。
【図4B】図3に示された非調和静電型イオントラップの質量分析計を用いて測定した、10−7トル(Torr)での残留気体の質量スペクトルを示す図である(1x10−7トル(Torr)でのパーフルオロトリブチルアミン(PFTBA)スペクトル。RF=50ピーク・トゥ・ピークミリボルト(mVp−p)、掃引繰り返し比率=15ヘルツ(Hz)、I=10マイクロアンペア(μA)、U=100ボルト(V)、倍率:x1)。
【図5】トラップポテンシャルを20ミリ秒(ms)で200ボルト(V)から600ボルト(V)まで走査した際の、10−7トル(Torr)での残留気体の質量スペクトルを示す図である(一定のRF周波数0.88メガヘルツ(MHz)、200ピーク・トゥ・ピークミリボルト(mVp−p))。
【図6】非調和静電型イオントラップの第2の実施形態における電子軌道およびイオン軌道をCGで示した図である。
【図7】2x10−8トル(Torr)でのバックグラウンドガスの質量スペクトルを比較した図であって、上のスペクトルは図6の静電型イオントラップの質量分析計で得られたものであり、下のスペクトルは市販されている四重極型質量分析計(UTI)で得られたものである。
【図8】軸心外の電子銃と単一の検出器とを備える静電型イオントラップを示す概略図である。
【図9A】対称のトラッピング場、二重の検出器および軸心外の電子銃を有する静電型イオントラップを示す概略図である。
【図9B】外部で生成されたイオンが静電型イオントラップに導入される経路を示す概略図である。
【図9C】質量選択イオンビーム源として構成された、電子衝突イオン化源を備え検出器は備えていない静電型イオントラップを示す概略図である。
【図10】プレートのみを使用して、放出軸心に沿ってイオン閉じ込め体積空間、静電場および非調和トラッピングポテンシャルを形成した、静電型イオントラップの第3の実施形態を示す概略図である。
【図11】SIMONモデリングを用いて、第3の実施形態(図10)における等ポテンシャルをCGで示した図である。
【図12】第3の実施形態(図10)の動作から得られた質量スペクトルの図である(分解能M/△M:28amu(原子質量単位)でのピークが60、RF=70ミリボルト(mV)、P=7x10−9、I=1ミリアンペア(mA)、U=100ボルト(V)、掃引繰り返し比率=27ヘルツ(Hz)、U=200ボルト(V))。
【図13A】図11の集束ポテンシャル場内で生じる周回周期のxおよびy依存性を補償するために2つの平面状の電極開口が追加された、第4の実施形態を示す概略図である。
【図13B】軸心外の検出器を備える静電型イオントラップの一実施形態を示す概略図である。
【図14A】図10に示された質量分析計(MS)を使用して、3.5x10−9トル(Torr)の圧力で補償用プレートを用いずに得られた、最良の分解能走査を示す質量スペクトルの図である(RFのピーク・トゥ・ピーク振幅(21)は60ミリボルト(mV)、放出電流は1ミリアンペア(mA)、電子エネルギーは100ボルト(V)、走査掃引繰り返し比率は27ヘルツ(Hz)、U=2000ボルト(V)、直流オフセット(22)は1ボルト(V)。質量44でのピークをGaussianフィッティングしたものは0.49amu(原子質量単位)のピーク幅を示しており、これは分解能M/△Mが90であることを示している)。
【図14B】図13Bに示された質量分析計(MS)を使用して得られた、6x10−9トル(Torr)の圧力での残留気体の高分解能走査を示す質量スペクトルの図である。RF駆動のピーク・トゥ・ピーク振幅(21)は20ミリボルト(mV)、放出電流は0.2ミリアンペア(mA)、電子エネルギーは100ボルト(V)、走査掃引繰り返し比率は7ヘルツ(Hz)、U=1252ボルト(V)、直流オフセット(22)は1ボルト(V)である。質量44でのピークをGaussianフィッティングしたものは0.24amu(原子質量単位)のピーク幅を示しており、これは分解能M/△Mが180に向上したことを示している)。
【図15】トラップと補償用の電極とが一体であって、内径rを有する、トラップ用の2つの円筒状の電極6,7が、半径rの開口を有する端部キャップをそれぞれ備えており、これらトラップ用の電極6,7は、それぞれ、プレート1,2から距離Zcで離間している、第5の実施形態を示す概略図である。
【図16A】3x10−9トル(Torr)でのバックグラウンドガスの試料質量スペクトルを倍率x1で示した図である。
【図16B】3x10−9トル(Torr)でのバックグラウンドガスの試料質量スペクトルを倍率x10で示した図である。
【図17】3x10−7トル(Torr)での空気の質量スペクトルの図であって、窒素ピークおよび酸素ピーク(それぞれ28amuおよび32amu)が示された図である(自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)の初期の試作品を有するターボ排気されたシステムにリークバルブによって空気が導入された)。
【図18】3x10−6トル(Torr)での空気の質量スペクトルの図であって、窒素ピークおよび酸素ピーク(それぞれ28amuおよび32amu)が示された図である(自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)の初期の試作品を有する排気されたシステムにリークバルブによって空気が導入された。性能は分解能のために最適化された。この圧力において、バックグランド信号に対する浮遊イオンの影響が顕著になり始める)。
【図19】1.6x10−5トル(Torr)での空気のスペクトルの図である(自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)の初期の試作品を有する排気されたシステムにリークバルブによって空気が導入された)。
【図20】6x10−7トル(Torr)の空気中のトルエンのスペクトルの図である(気体トルエンは気化されて空気と混合し、この混合気体が、自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)の初期の試作品を有する排気されたシステムにリークバルブによって導入された)。
【発明を実施するための形態】
【0010】
前述の内容は、添付の図面に示された本発明の例示的な実施形態についての以下の詳細な説明から明白になる。図面をとおして、同一の符号は同一の構成要素を示している。図面は必ずしも縮尺どおりではなく、本発明の実施形態を示すことに重点を置いている。
【0011】
本発明の例示的な実施形態の説明を以下に示す。
【0012】
本明細書中に挙げられた全ての特許、出願公報および引用文献の教示内容は、その全体を参照によって本明細書に取り入れたものとする。
【0013】
本発明の静電型イオントラップは、小振幅の交流駆動の使用と自己共鳴現象とに基づいて、非調和ポテンシャルおよびイオンエネルギー励起機構内にイオンを捕捉する。この静電型イオントラップは、小振幅の交流駆動に接続されている。この静電型イオントラップは、自己共鳴励起の原理に基づいて、イオン化された分子を励起する。一実施形態では、交流駆動に接続された純粋な静電型トラップにおいて、予備選択した質量電荷比(M/q)を有するイオンをイオンエネルギーの自己共鳴励起の原理に基づいて放出する、パルス質量選択イオンビーム源として構成される。他の実施形態では、交流駆動に接続された純粋な静電型トラップにおいて、イオン化された分析対象分子を自己共鳴励起の原理に基づいて分離かつ検出する質量分析計として構成される。
【0014】
従来技術の静電型イオントラップとは異なり、本発明の構造は、小寸法の純粋な静電型トラップにおける軸方向のトラッピングポテンシャルウェル(すなわち、非線形の静電場)の高い非調和性を用いるものである。軸心に沿って非線形振動運動を行うイオンのエネルギーは、トラップ条件を制御して変化させることによって、交流駆動によって意図的に増される。このイオンの非線形振動運動の励起は、科学文献において過去に自己共鳴と定義された、非線形振動系における一般的な現象によるものである。トラップ条件の変更として、一定の静電トラッピング条件下における周波数駆動(すなわち、周波数走査)の変更、または一定の駆動周波数を維持する条件下におけるトラッピング電圧(すなわち、電圧走査)の変更が含まれるが、これらに限定されない。一般的な交流駆動として、RF電圧(典型例)、電磁放射場および振動磁場が含まれるが、これらに限定されない。この方法において永続的な自己共鳴を確立するには、駆動強度が閾値を超える必要がある。
【0015】
静電型イオントラップ
定義によれば、純粋な静電型イオントラップとは、イオンビームを閉じ込めるために、静電ポテンシャルのみを利用したものである。純粋な静電型イオントラップの動作の基本原理は、光共振器の動作原理と類似しており、例えば、H.B. Pedersen et. al., Physical Review Letters, 87(5) (2001) 055001 and Physical Review A, 65 (2002) 042703などの科学文献において過去に記載されている。直線状空間の一方の側にそれぞれ配置された2つの静電ミラー、すなわち第1のミラー電極構造体および第2のミラー電極構造体が、共鳴空洞を形成している。これら2つの静電ミラー間の中央箇所に配置された静電レンズ装置、すなわちレンズ電極構造体は、適切にバイアスされており、(1)純粋な非調和静電ポテンシャルウェルにおいてイオンを軸方向に閉じ込めるのに必要な電気的なポテンシャルバイアスと、(2)イオンを径方向に閉じ込めるのに必要な径方向の集束場とを備える。軸方向の非調和ポテンシャルウェル内に捕捉されたイオンは、2つの静電ミラー間を繰り返し反射して振動運動を行う。静電型イオントラップの最も典型的な実施形態は、Schmidt, H. T.; Cederquist, H.; Jensen, J.; Fardi, A., “Conetrap: A compact electrostatic ion trap”, Nuclear Instruments and Methods in Physics Research Section B, Volume 173, Issue 4,.p. 523-527に記載されているように、対称な円筒状であって、対称軸心に沿ったほぼ平行な直線状にイオン振動が生じるものである。上記ミラー電極構造体は、共通の質量電荷比を有する全てのイオンの移動時間(すなわち、振動周期)が均一になるように、慎重に選択かつ構成されている。
【0016】
一部の飛行時間型質量分析計の構造に用いられる、従来技術の静電型イオントラップは、Daniel Zajfman et. al.に2004年6月1日付で発行された米国特許第6744042号明細書、およびMarc Goninに2005年5月3日付で発行された米国特許第6888130号明細書に記載されているように、寸法が比較的長く(数十センチメートル)、調和的な静電トラッピングポテンシャルを用い、入口側の静電ミラーのポテンシャルと出口側の静電ミラーのポテンシャルとによるパルシング(pulsing)を利用することによりイオンの導入および放出を行うものであり、また、生じた影像電荷の過渡信号を高速フーリエ変換(FFT)分析することにより、捕捉されたイオンの、質量に依存する振動時間に基づいた質量スペクトル出力を生成する場合もある。
【0017】
対照的に、本発明の斬新なトラップ(すなわち、新しい技術)は、(1)寸法が短く(一般的に5センチメートル(cm)未満)、(2)非調和ポテンシャルを用いて軸方向にイオンを閉じ込め、(3)小振幅の交流駆動を用いてイオンエネルギーを励起するものである。この静電型イオントラップにおけるイオンビームの径方向の閉じ込めは、純粋な静電的手段によって達成されるものであり、イオンの少なくとも一部をイオンガイドまたはイオントラップ内の径方向に閉じ込めるのに交流電圧またはRF電圧を用いる従来技術の線形イオントラップ(例えば、Martin R. Green et. al., Characterization of mass selective axial ejection from a linear ion trap with superimposed axial quadratic potential,
http://www.waters.com/WatersDivision/SiteSearch/AppLibDetails.asp?LibNum=720002210EN(最終閲覧日:2007年11月9日)に記載されているもの)とは明確に異なる。
【0018】
図1に示すように本発明の好ましい実施形態である、寸法の短い静電型イオントラップは、極めて単純に実現でき、第1の電極構造体および第2の電極構造体として接地された2つの丸いカップ(直径Dならびに長さL)、およびレンズ電極構造体として、開口(直径A)を有する単一のプレートしか使用していない。単一の負の直流ポテンシャル−Utrapが上記開口を有するプレートに印加されており、これによって正イオンのビームが閉じ込められる。電極の直径および寸法を特定の比率に選択することにより、バイアスされた電極がトラップにおいて唯一必要とすることが可能である(すなわち、その他の全ての電極を接地電位に保持することができる)。
【0019】
我々は、SIMIONシミュレーションにより、カップの長さLがその直径D/2からDまでに相当する場合にイオン軌道が安定であることを示した(図1)。この場合、空間体積I(すなわち、点線で示された、直径Aおよび長さL/2を有する空間体積)内部の任意の箇所で生成されたイオンは、このトラップ内部で永続的に振動運動を行う。水平方向の線は、円Sで示された箇所において生成されてから捕捉された単一の正イオンの軌道を表している。その他の線(多くが縦方向)は、20ボルト(V)間隔の等電位を表している。径方向の集束が効果的であることは、レンズ電極の開口におけるイオンビームのくびれの様子から明らかである。この同一のトラップ内に負イオンを閉じ込める場合は、トラッピングポテンシャルの極性を単純に正の数値+Utrapに切り替えるだけでよい。
【0020】
単一のバイアスされた電極を備える静電型イオントラップ構造の極めて重要な利点として、単一の直流トラッピングポテンシャルバイアスの極性を単純に切り替えるだけで、正イオンビーム閉じ込め動作モードと負イオンビーム閉じ込め動作モードとを容易に切り替えることができ、必要とされる電子機器構造の要件が全く複雑にならない点が挙げられる。
【0021】
図1における電極を中身が詰まった金属製プレートとして説明したが、この金属製プレートを格子状の金属製プレートまたは穿孔された金属製プレートに置き換えた、さらなる実施形態も構成可能である。
【0022】
我々の研究室で試験された静電型イオントラップの試作品のほとんどは、電極の作製に導電性材料(すなわち、金属製のプレート、カップおよび格子)を使用したものであったが、非導電性材料も、その表面に導電性材料の連続および/または不連続の被覆物が堆積されることによって静電トラップポテンシャルおよび形状が調整および最適化されていれば、電極を製造する基材として使用できることは、当業者には難なく理解されるであろう。非導電性のプレート、カップおよび格子は、電圧の印加によって所望の軸方向および径方向のイオン閉じ込めポテンシャルが生じるように、一様または非一様な抵抗材料で被覆してもよい。あるいは、非導電性の表面を複数の特別設計された電極で被覆またはめっきしてもよい。これら特別設計の電極は、プレートおよびカップの表面に堆積されることができ、最適なトラッピング静電ポテンシャルを備えるように個々または集団でバイアスすることが可能である。このような電極構造は、標準的な四重極型イオントラップで最近実現された利点と同一の利点を有しており、Edgard D. Lee et. al.に発行された米国特許第 7227138号明細書に記載されているように、機械的な要件を緩和しながら、複数の導電性電極を用いて実質上のトラップを形成することができる。近接離間した複数の電極によって達成される柔軟性を利用し、且つこれらを機械的に調整(個数、寸法および間隔)ならびに電気的にバイアス(個々または集団で)する様々な方法を用いることにより、トラップの性能を向上できるだけでなく、老朽化や機械的不整合による場の補正も可能になる。
【0023】
静電型イオントラップを製造するための作製材料は、トラップ構造と接触する気体物質の使用要件および化学組成に応じて選択される。様々なサンプリング要件および条件と適合させるために、被覆物、セラミック製物質および合金などを検討することが必要になる。本発明の斬新なトラップ構造が単純であることにより、新しい用途に適合させる際に必要となる、代替の構築材料を発見できる可能性が高まる。また、連続使用による二次汚染、腐食、自己スパッタリングおよび化学分解を最小限にするのに特に選択されたトラップ電極用のコーティングを検討することも必要になる。
【0024】
さらに、Bruce LaPradeに発行された米国特許第7,081,618号明細書に記載されているように、Burle Industries社が製造するFieldMaster Ion Guides /Drift Tubesなど、抵抗性ガラスを全体または一部に材料として使用した静電型トラップのさらなる実施形態も構成可能である。不均一な電気抵抗を有するガラス材料を使用することにより、より効率的な非調和場トラッピング条件、径方向閉じ込め条件、およびエネルギー増強条件を達成するようにトラップ内の軸方向電場および径方向電場の両方を調整することができる。
【0025】
なお、我々の研究室で実現された実施形態のほとんどは、開いた構造のイオントラップ(すなわち、トラップ体積空間に気体分子が自由に流出入できる)であったが、トラップの内部体積空間を密封または隔離することが必要になり得る実施形態を構成することもできる。この場合、外部からの気体種とのいかなる分子の交換も介さずに、分子および/または原子をトラップの体積空間に直接導入することができる。異なる圧力でのサンプリング設定(すなわち、トラップ内部の圧力がプロセス圧力よりも低く、低コンダクタンスの開口を通って電子および/または分析対象分子が導入される)については、閉じた形態が好ましい。さらに、閉じたトラップ形態は、冷却気体、解離気体、清浄気体または反応性気体をトラップ内に導入することによる冷却、清浄、反応、解離またはイオン化/中和が必要とされる用途にも有用である。また、閉じた形態は、質量分析の走査と走査の間において分析対象分子のトラップ量の素早いパージが必要になる用途にも有利であり、すなわち、低温または高温の不活性気体もしくは乾燥気体を輸送する気体ラインを用いて、分析と分析の間においてトラップを清浄することにより、二次汚染、反応および誤読取を防止する/最小限にすることができる。これ以降において、静電型イオントラップは、当該真空系の他の部分との気体分子の全交換ができる形状構造および電極形態の場合には開いたトラップとして説明され、トラップの内部体積空間が当該真空系の他の部分から隔離されているか、または制限された気体コンダクタンス路で系の他の部分と通じる場合には、閉じたトラップとして説明される。
【0026】
小形状かつ小型である静電型イオントラップの開発および製作は機械的に実現可能であり、小型化の利点は当業者にとって明らかである。微小電気機械システム(MEMS)方法で製造される小型のイオントラップは、恐らく、質量スペクトル分析法における高圧サンプリングの場合に用いることができるであろう。
【0027】
小型であることは、本発明の斬新な非調和静電型トラップに特有の利点であると考えられ、これにより、携帯式の低電力消費型装置を実現することができるが、特定の専門的な分析または実験を実行するために、大きいトラップが望ましいとされる用途もあり得る。本発明において示される動作原理は、小寸法のトラップのみに必ずしも限定されるものではない。同一の動作概念および動作原理は、その機能性が変わることなく、大きいトラップにも適用することができる。自己共鳴励起は、L.H. Andersen et. al., J. Phys. B:At. Mol. Opt. Phys. 37(2004)R57-R88に記載されているような、イオンバンチング(イオンの集群化)などの他の現象を利用することによって同期性を達成する、飛行時間(TOF)測定用のトラップに組み込まれてもよい。
【0028】
上述したトラップ構造は、明らかに参考用としてのみ提示したものであり、本発明の範疇を逸脱することなく、その基本的構造の形態および細部について様々な変更が可能であることは、当業者には理解されるであろう。
【0029】
非調和振動
定義によれば、調和振動子とは、平衡点から変位すると、その変位に比例した復元力を生じる(すなわち、フックの法則に従う)系のことをいう。線形的な復元力が当該系に作用する唯一の力である場合、この系は単調和振動子と称されるものであり、単振動を行う。単振動とは、振幅(またはエネルギー)に依存しない一定の振動数を有する、平衡点を中心とした正弦振動のことをいう。最も一般的な用語では、非調和性とは、調和振動子からの系のずれとして単純に定義でき、すなわち、単振動で振動していない振動子は、非調和振動子または非線形振動子として知られる。
【0030】
従来技術の静電型イオントラップは、慎重に設定された実質上調和的なポテンシャルウェルを用いることにより、イオンを捕捉し、質量電荷比(M/q)を測定し、試料の組成を決定するものであった。典型的な調和静電型ポテンシャルウェルを、図2Aに点線で示す。図2Aの点線によって示された、2次ポテンシャルウェルにおける調和振動は、振動の振幅およびイオンのエネルギーと無関係である。調和ポテンシャルに捕捉されたイオンは、線形場の影響を受けることにより単振動を生じる。この単振動の固有振動数は、イオンの質量電荷比、および2次ポテンシャルウェルの特定の形状(トラップ形状と静電電圧の大きさとの組合せで決まる)にのみ依存し、且つ一定である。所与のイオンの固有振動数は、そのエネルギーまたは振動の振幅によって影響されず、振動の固有振動数と質量電荷比の平方根との間には厳密な関係が存在する。すなわち、大きい質量電荷比を有するイオンは、小さい質量電荷比を有するイオンよりも小さい固有振動数で振動する。誘導ピックアップ(FTMS)型検出方式および飛行時間(TOF)型検出方式のいずれにおいても、慎重に設定された調和ポテンシャルウェル、自己バンチング、等時性振動および高分解能スペクトル出力を達成するには、厳しい公差を有する機械装置が一般に必要である。従来技術の静電型トラップの場合、静電ポテンシャルの非調和性は、トラップの性能を低下させてしまうので、望ましくない特徴であると一般的に考えられている。
【0031】
従来のトラップとは全く対照的に、本発明のトラップは、イオンの振動運動における高い非調和性を(1)イオンを捕捉する手段、ならびに(2)イオンを質量選択的に自己共鳴励起させて放出する手段として利用している。本発明の典型的な静電型イオントラップにおける、イオントラップ軸心に沿った変位とイオンポテンシャルとの関係を、図2Aの実線の曲線に示す。このようなポテンシャルウェルにおけるイオン振動の固有振動数は、その振幅に依存するので、非調和振動が生じる。これはつまり、このようなポテンシャルウェルに捕捉された特定のイオンの固有振動数が4つの要因により決まることを意味している。これらの要因とは、(1)トラップ形状の詳細、(2)イオンの質量電荷比(M/q)、(3)イオンの瞬間的な振動振幅(イオンエネルギーに関係している)、および(4)端部キャップの形態の電極とレンズ電極との間の電圧勾配によって形成される、ポテンシャルトラップの深さである。図2Aの実線の曲線で示される軸方向の非線形場において、大振幅で振動するイオンは、小振幅で振動する同一質量のイオンよりも低い振動数を有する。つまり、捕捉されたイオンは、そのエネルギーが上昇すると、振動数は減少して振動振幅は増加することになる(すなわち、非調和振動)。
【0032】
図2Aおよび図2Bの実線の曲線は、負の非線形の表れ(sign)を有する非調和ポテンシャルを示したものである。このような非調和ポテンシャルは、本発明のトラップの好ましい実施形態のほとんどにおいて典型的に使用されている。この種の非調和ポテンシャルトラップにおけるイオン振動は、例えば、次の章で説明する自己共鳴によってエネルギーを得ることにより、振動軌道は増大して振動数が減少する。しかしながら、本発明は、線形性からの負方向にずれた非調和ポテンシャルを用いるトラップに必ずしも限定されない。調和ポテンシャル(すなわち、2次ポテンシャル)からの正方向にずれた静電型トラップを構成することも可能であり、この場合、自己共鳴を生じるために必要とされるトラップ条件の変化は、負方向にずれたポテンシャルの場合に必要なトラップ条件の変化とは逆になる。調和ポテンシャルを示す曲線からの、トラッピングポテンシャルの正方向のずれを、図2Aに破線で示す。このようなポテンシャルも、イオンが非調和振動を生じる原因になるが、実線の曲線の場合と比較すると、イオンエネルギーと振動数との関係は逆になる。非調和トラップにおいて正方向にずれたポテンシャルを用いることにより、自己共鳴下で向上したフラグメンテーション率が得られるような、イオンエネルギーと振動数との特定の関係を達成することも可能である。
【0033】
本発明の静電型イオントラップは、イオンを振動運動状態で閉じ込めるのに非調和ポテンシャルを利用しているので、厳密な線形場が要求される従来技術の静電型トラップと比べると、製造要件はあまり複雑でなく、加工公差の厳密性も遥かに小さい。本発明の斬新なトラップの性能は、非調和ポテンシャルの厳密な機能形態または固有の機能形態に依存するものではない。ポテンシャルトラッピングウェルにおける高い非調和性が、自己共鳴によるイオン励起の基本的要件ではあるものの、トラップ内に存在するトラッピングポテンシャルの正確な機能形態に関して、厳密な要件もしくは条件、または固有の要件もしくは条件は存在しない。さらに、質量分析性能またはイオンビーム源としての性能は、装置毎の差異にあまり影響を受けないので、他の従来技術の質量分析技術と比べて、自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)の製造要件は緩和されている。
【0034】
図2Aの実線の曲線で示された非調和ポテンシャルは、明らかに参考用としてのみ提示したものであり、本発明の範疇を逸脱することなく、その形態および細部について様々な変更が可能であることは、当業者には理解されるであろう。
【0035】
自己共鳴
自己共鳴は、Lazar Friedland, Proc. Of the Symposium: PhysCon 2005 (invited), St. Petersburg, Russia(2005)やJ. Fajans and L. Friedland, Am. J. Phys. 69(10) (2001) 1096に記載されているように、励起された非線形振動子を駆動する振動数(または周波数)、すなわち駆動振動数(または駆動周波数)が経時的にゆっくり変化する場合に生じる、永続的な位相ロック現象のことをいう。位相ロックにより、振動子の振動数は、駆動周波数にロックされ、これに追随する。すなわち、非線形振動子は駆動周波数と自動的に共鳴する。
【0036】
この状態において、共鳴励起は連続的であり、振動子の非線形性に影響されない。自己共鳴は、ほぼ周期的に加わる比較的小さい外力によって駆動される非線形振動子に見られる。この小さい外力が正確に周期的である場合、振動振幅の小増加は周波数の非線形性によって抑えられる。振幅は、位相ロックにより、経時的に変化する。代わりに、駆動周波数を経時的にゆっくりと変化させた場合(非線形表れにおける正の方向に)、振動子は位相ロック状態のままであるが、平均すると、その振幅は経時的に増加する。これにより、フィードバックを必要としない連続的な共鳴励起プロセスが生じる。摂動との長期間の位相ロックにより、小さい駆動パラメータ下でも、応答振幅の大きな増加が生じる。
【0037】
自己共鳴は、物理学において、特に相対論的粒子加速器の関連において数多くの用途がある。さらなる用途としては、J. Fajans, et. al., Physical Review E 62(3) (2000) PRE62に記載されているように、純電子プラズマにおける原子および分子、非線形波動、ソリトン、渦、ダイオコトロンモード(dicotron mode)の励起が含まれる。自己共鳴は、固有振動運動の基本振動、分数調波振動および高調波振動を含む駆動周波数での、外部振動系およびパラメータ的駆動振動系のいずれにおいて観測されており、このうち、振動子が減衰振動子の場合および非減衰振動子の場合のいずれにおいても観測されている。自己共鳴現象は、我々が把握する限り、いかなる純粋な静電型イオントラップ、パルスイオンビームまたは質量分析計においても関連付けられたり記述されたりしていない。自己共鳴現象は、いかなる公知の従来技術の質量分析計においても、その動作を可能または最適化するために使用されたことはない。
【0038】
自己共鳴現象を説明した理論的枠組み、詳細には、減衰の存在下での自己共鳴を説明した理論的枠組みは、J. Fajans, et. al. Physics of Plasmas 8(2) (2001) p. 423に記載されているように、十分に導き出されて実証されたのはごく最近になってからである。原則として、駆動強度は、周波数の掃引比率に関係していることが判明している。駆動強度は、掃引比率の3/4乗に比例する閾値を超えている必要がある。この閾値関係は、ごく最近になって見出されたものであり、極めて多くの種類の被駆動非線形振動子に適用される。
【0039】
自己共鳴によるエネルギー励起
本発明の典型的な静電型イオントラップにおいて、所与の質量電荷比(M/q)を有するイオン群の自己共鳴励起は、以下のようにして達成される。1:イオンは静電的に捕捉され、非調和ポテンシャル内において固有振動数fの非線形振動を行う。2:初期駆動周波数fを有する交流駆動部が系に接続されており、この駆動周波数fは、イオンの固有振動数を超える(f>f)。3:駆動周波数fとイオンの固有振動数fとの正の差分を、その瞬間的な差分がゼロになるまで継続的に減少させることにより、イオンの振動運動は、交流駆動との恒久的な自己共鳴状態に位相ロックされる。(これ以降、自己共鳴振動子の状態であるイオンは、交流駆動からエネルギーを取り出すことにより、駆動周波数との固有振動数の位相ロック状態を保持するために振動の瞬時振幅を必要に応じて自動的に調整する。)。4:さらにトラップ条件を変化させることによって駆動周波数とイオンの固有振動数との間に負の差分が生じると、交流駆動から振動系へとエネルギーが移動し、イオンの振動振幅および振動数を変化させる。5:図2Aに示したようなポテンシャル(負の非線形性)を有する典型的な静電型イオントラップでは、交流駆動から振動系にエネルギーが移動するにつれて振動振幅が大きくなり、イオンが端部のプレート付近にまで振動するようになる。遂には、イオンの振動振幅は、側方の電極に衝突するにまで達するか、または側方の電極が半透過性(メッシュ)である場合にはトラップを脱出する。
【0040】
上述した自己共鳴励起プロセスは、1)イオンを蓄積した状態で、イオンを励起し、新しい化学的および物理的過程に突入させる、および/または2)質量選択的にイオンをトラップから放出させる、のに利用することができる。イオン放出を利用することにより、パルスイオン源を動作させたり、完全な質量分析検出システムを実現させたりすることができる。後者の場合には、自己共鳴事象および/または放出されたイオンを検出するのに、検出方法が必要となる。
【0041】
自己共鳴による放出
先の章で説明したように、図2Bで示したような非調和ポテンシャルを有する静電型トラップにおけるイオンエネルギーの自己共鳴励起は、純粋な静電型トラップからイオンを質量選択的に放出させるのに利用することができる。自己共鳴状態は、数多くある様々な手段によって達成することができる。静電型トラップからのイオンの自己共鳴放出に用いることができる2つの基本的な動作態様を、図3に示された好ましい実施形態を扱う本章で説明する。この好ましい実施形態は、図1に示されたトラップの好ましい実施形態に基づいたものであり、図2Bの実線の曲線で実質的に表すことが可能な、Z軸心沿いのトラッピングポテンシャルを特徴とする。
【0042】
図3に示された、質量分析計の好ましい一実施形態において、静電型イオントラップは円筒対称なカップ状の電極1,2を備えており、これら電極1,2はそれぞれ、イオントラップの円筒の直線状軸心の中央に位置し、電極1,2の中ほどに開口を有する平面状のトラップ用の電極3に対して開いている。中央の電極3は、半径rの軸方向に開いた開口を有する。電極1,2は内径rを有する。電極1,2により、z方向におけるトラップの側方全長2×Zが形成されている。電極1,2はそれぞれ、半径r,rの軸方向に開いた開口4,5を有しており、これら開口4,5は、半透過性の導電(conducting)メッシュで充填されている。電極1における開口4内のメッシュにより、高温のフィラメント16からの電子をトラップ内に送り込むことができる。フィラメント16から発せられる電子は電子軌道18に沿ってトラップ内に進入し、電極1,3間に達した後、トラップから脱出する。最大の電子エネルギーは、フィラメント用のバイアス電源10によって設定される。電子発生電流は、フィラメント電源19を調整することにより制御される。トラップ内の気体種に電子が衝突することにより、この気体種の一部がイオン化される。これによって生じる正イオンは、トラップ内の電極1,2,3間にまず閉じ込められる。これらのイオンは、非調和ポテンシャル場内をz軸心に沿って移動する。トラップ内のポテンシャルは、オフセット源22によって小さい直流バイアスUが電極1に印加されていることにより、中央の電極3に関して若干の非対称になっている。この実施形態において電極2は接地されている。電極3における強力な負の直流トラッピングポテンシャルUは、静電バイアス電源であるトラップバイアス電源24によって印加されている。直流電圧ポテンシャルに加えて、プログラム可能な周波数のRF電源21から、小さいRFポテンシャルVRF(ピーク・トゥ・ピーク値)が外側の電極1に印加されている。このトラップ構造は中央の電極3に関して対称であり、電極1,3間の容量結合は電極3,2間の容量結合にほぼ等しい。電極3におけるRFポテンシャルは、抵抗R23によって、トラップバイアス電源24から抵抗分割(resistively decoupled)されている。すなわち、電極1に印加されたRFポテンシャルの半分が中央の電極3で拾われ、且つ、RF場の振幅は、開口4に位置する電子送入メッシュから開口5に位置するイオン放出メッシュにかけて、中央軸心に沿ってスムーズかつ対称的に変化する。
【0043】
この好ましい実施形態において、フィラメント16から発せられる電子は、一般的に、電子軌道18に沿ってトラップ内に進入し、電極1,3間に達した後、トラップから脱出する。イオン化を引き起こすこれらの電子は、フィラメント用のバイアス電源10と電極1のバイアスとの電圧差によって形成される最大運動エネルギーをもって、開口4であるポートからトラップに進入する。これら陰電子は、負にバイアスされたトラップ内を進行するにつれて減速し、最終的には、フィラメントのバイアス電源10の電圧と一致する負の等電圧ポテンシャルまで達したところで方向転換する。電子の運動エネルギーは入口側のポート4で最大となり、方向転換地点でゼロにまで減少する。トラップを出入りする短い軌道のあいだに電子が占める狭い体積空間内のみにおいて、幅広い範囲の衝突エネルギーでの電子衝突イオン化によりイオンが生成されることは明らかである。図2Bには、ポート4の近傍で生成されたイオンの発生位置60、および方向転換地点の近傍で生成されたイオンの発生位置61が示されている。これらのイオンの発生位置60,61は、図3にも参考用として示されている。イオンが、入口側のポート4の近傍の幅広い領域において、幅広い範囲の開始ポテンシャルエネルギーおよび幾何学的位置で生成されることは、図2Bから分かる。例えば、位置60において生成されたイオンは、位置61において生成されたイオンよりも遥かに高い開始ポテンシャルエネルギーを有する。結果として、位置61において生成された、特定の質量電荷比を有するイオンは、位置60において生成された、これと同一の質量電荷比を有するイオンよりも高い固有振動数で振動する(非調和振動)。トラップ内の特定の位置において生成される全てのイオンは、その質量電荷比に関係なく、同一のポテンシャルエネルギーを振動において有することになるが、それぞれ、質量電荷比の平方根に関係する固有振動数で振動する。例えば、位置60において生成された、質量電荷比M,Mをそれぞれ有するイオンA,Bは、同一の運動エネルギーをもって発生するが、それぞれの質量の平方根に反比例する異なる固有振動数で振動し、イオンA,Bのうち軽いイオンは重いイオンよりも固有振動数が大きくなる。イオン生成において、これらのように幅広い様々な開始エネルギーおよび開始位置が存在することは、イオンの共鳴放出、生じた信号の高速フーリエ変換(FET)分析、または飛行時間(TOF)測定を用いる調和イオントラップ型では許されない。なぜなら、生成イオンが幅広い開始エネルギーや開始位置を取ると、共鳴励起または飛行時間(TOF)放出の際の質量スペクトル分解能が耐え難く低下してしまうからである。また、この内部イオン化法は、径方向閉じ込めに多極子場を利用し軸方向のトラッピングに浅いポテンシャルウェル(一般的に約15Vの深さ)を使用するイオントラップに、低エネルギーおよび狭いエネルギー分布を有するイオンを送り込む典型的なイオン化方式と比べて、大きく異なっている。自己共鳴励起であれば、小さい交流駆動を用いて非調和トラップから質量選択的に効率よくイオンを放出できるのみでなく、同一の質量電荷比を有するイオン間にイオン発生位置およびエネルギーの大きなばらつきが生じていても、質量スペクトルの高分解能を得られるような、イオンの同時放出が可能になる。この効果は、エネルギーバンチング作用として以下で説明する。
【0044】
第1の好ましい動作態様において、捕捉されたイオンの固有振動数とほぼ同一の周波数を有する、交流励起源としてのRF電源21の小さい振動RFポテンシャルを、側方のトラップ用の一方の電極1に印加することにより、その印加されたAC(交流)/RFポテンシャルVAC/RFと全く同一の振動数fでイオンが振動するまで、イオンエネルギーが増強(または減衰)される。この印加された周波数を減少掃引させると、この印加された周波数で位相ロック状態に留まったまま、イオンの振動の振幅は非調和場(図2B)によって増加の一途を辿ることになる。つまり、駆動RF周波数fを単に減少掃引させることにより、同一の質量電荷比(M/q)を有する全てのイオンが、イオン化領域内で最初に生成された際の時間または場所に関係なく、同時にトラップを脱出することができる。質量と振動数との間には、一対一の写像の関係が成り立つ。すなわち、各々の質量電荷比M/qは、それぞれ固有振動数fを有する。イオンは、トラップを脱出すると、質量スペクトルを生成するのに必要な電子増倍装置などの適切な検出器17によって検出されたり、または必要に応じてパルスイオンビーム源から所望の箇所に向けて単純に発射されたりできる。典型的な質量スペクトルには、多くの質量電荷比M/q数値が貢献する。所与の中央電極のポテンシャルUに対する、発生するイオンの固有振動数fに相当するRF周波数は、fα(M/q)1/2の関係を有し、(M/q)1/2に比例する。典型的な動作条件下では、単一の質量電荷比M/qである構成単位の放出に用いるRFサイクルの数を均一化するために、駆動周波数が経時的に非線形掃引される。さらに、RF周波数は、掃引サイクル毎に全てのM/qイオンをトラップから放出できるような十分に幅広い範囲にわたって、高い周波数から低い周波数に常に減少掃引される。交流駆動振動数fを掃引してイオンを放出するのに必要な制御システムは、図3およびこれ以降の各実施形態において符号100で概略的に示されている。このような走査制御部100が必要であることは、当業者には明らかであろう。
【0045】
図2Bに示すように、駆動周波数がイオンA,Aの固有振動数に接近しつつあると仮定して(質量は同一であるが開始エネルギーが若干異なる)、駆動周波数が減少すると、図3の発生位置61において生成されたイオンA(高い固有振動数)のほうが、図3の発生位置60において生成されたイオンA(低い固有振動数)よりも先に駆動周波数と自己共鳴状態にロックされると考えられる。このまま駆動周波数が減少し続けると、イオンAのエネルギーは自己共鳴によって励起されてイオンAのエネルギーに近付き、遂には質量Mの全てのイオンが集団でトラップから放出される。この現象により、共通の質量電荷比M/qを有するイオンのエネルギーは励起時に効果的にバンチング(集群化)され、これら集団のエネルギーが高まりイオンがトラップから押し出されるような変位が生じることにより、これらのイオンの全てがほぼ同時に確実に放出される(すなわち、質量選択的放出)。駆動周波数がさらに減少すると、低い固有振動数を有する重いイオンBのエネルギーが自己共鳴によって励起されてイオンBのエネルギーに近付き、遂には質量Mの全てのイオンが別個の集団としてトラップから放出される。このエネルギーバンチング作用は、共鳴励起された調和振動子では生じないものである(調和振動子の固有振動数はエネルギーに依存しないので)。このため、共鳴励起を用いる静電型トラップの動作には、エネルギー的に一様なイオンが必要とされる。
【0046】
なお、MイオンとMイオンとの質量電荷比M/qの接近性、およびトラップの動作条件(すなわち、圧力条件、励起条件およびイオン化条件を含む)によっては、高いエネルギーを有するMイオン(すなわち、イオンB)が、Mイオンが全て集群化されてトラップから放出される前に、自己共鳴によって交流駆動と位相ロックして励起され始めることもある。すなわち、駆動周波数を掃引する間の任意の瞬間において、自己共鳴によって励起されてそのポテンシャルが増大される、任意の特定のM/qのイオンが、恐らく少数または数多く存在しているであろう。周波数掃引時における、近接する質量間での自己共鳴励起の重複の程度は、例えば、圧力、イオン化条件、質量範囲およびトラップ動作条件などのパラメータに依存すると思われる。しかしながら、必ずしも「単一質量選択的」な励起ではないものの、トラップパラメータおよび駆動パラメータを適切に調整することにより、非調和静電型トラップにおける満足のいく質量分解能の質量選択的放出が、分析の対象となる大部分の典型的な質量範囲において一般的に達成可能であることは、本章に示す実験結果から明らかである。
【0047】
1x10−7トル(Torr)の残留気体からの質量スペクトルを図4Aおよび図4Bに示す。これらのスペクトルは、図3に示す静電型イオントラップの質量分析計を用いて得られた。このイオントラップの寸法は、Z=8ミリメートル(mm)、r=6ミリメートル(mm)、r=1.5ミリメートル(mm)、r=3ミリメートル(mm)、r=3.0ミリメートル(mm)、r=3ミリメートル(mm)、およびr=3ミリメートル(mm)であった。抵抗Rは100キロオーム(kOhm)であった。イオントラップポテンシャルは−500ボルト(V)であり、印加されたRFの振幅は50ミリボルト(mV)であり、2ボルト(V)の直流オフセットを用いることにより、イオンがトラップのイオン源側から脱出しないようにし、10マイクロアンペア(μA)の電流を使用し、100エレクトロンボルト(eV)の最大電子エネルギーを用いた。RF周波数fは、4.5〜0.128メガヘルツ(MHz)の間で15ヘルツ(Hz)ずつ掃引した。図4のスペクトルには、M/△M〜60の分解能が示されている。この数値は、幅広い種類の動作パラメータ、例えば、10−10〜10−7ミリバール(mbar)の全圧、1〜10マイクロアンペア(μA)の放出電流、20〜50ミリボルト(mV)のRFピーク・トゥ・ピーク振幅、70〜120ボルト(V)のフィラメント用バイアス、および15〜50ヘルツ(Hz)の掃引掃引繰り返し比率などにおいて一般的なものである。
【0048】
第2の動作態様では、図3に示した好ましい実施形態と同一の基本形態が用いられるが、この態様では、駆動周波数を一定に維持したまま、トラッピングポテンシャルの振幅を増加させる。この第2の動作態様では、印加されるRFの周波数を一定に保持しながら、図3の同一の静電型イオントラップを用いて正のM/qの全てのイオンを選択的かつ逐次的に放出する。このとき、中央の電極の電圧の負バイアスを徐々に増加掃引することによって(正イオンの場合)、イオンが放出される。バイアスの絶対値が増加すると(負の数値が大きくなると)、全てのイオンのエネルギーが即座に低下する。(初期の効果として、正イオンがより集群化され、ある運動振幅における固有振動数が増加する。)しかし、一部のイオンが最初から駆動周波数とほぼ共鳴状態であることを踏まえて、RF場は、それらの固有振動数と当該一定のRF周波数との基本的に共鳴状態が維持されるようにこれらイオンのエネルギーを増大し、補償する。これは、これらのイオンを、高い補償エネルギーおよび大きい振動振幅に増大することによって達成される。静電ポテンシャルが非調和であるので(また、このポテンシャルは高振幅において緩和するので)、イオンの固有振動数は再び減少され、駆動RF場の周波数と合致される。いずれの任意の質量電荷比M/qにおいても、臨界的な共鳴周波数は上記一定の駆動周波数に等しくなる。これら2つの周波数が等しくなると、質量電荷比M/qイオンが質量スペクトルで観察される。Hイオンが最初に放出される。大きい質量電荷比M/q数値を有するイオンは、中央の電極のポテンシャルの絶対値が大きくなったときに(その負のポテンシャルが増大したときに)放出される。一般的には、中央の電極のバイアスのサイクルを繰り返すことにより、信号対ノイズ比を向上させる。直流バイアスを掃引するのに必要な制御は、図3および他の全ての実施形態においても符号100で示された汎用コントローラ(制御器)に全て含まれている。このような制御器が必要であることは、当業者には明らかであろう。このようにして得られた質量スペクトルの一例を図5に示した。
【0049】
質量選択的イオン放出が可能なことにより、本発明の斬新な技術は極めて強力な分析ツールとなる。小さくかつ境界明瞭な体積空間内においてイオン蓄積が可能であることは、既にそれ自体が物理学や物理化学の研究において極めて有益であるが、本発明の技術が極めて強力な分析ツールおよび実験ツールである理由は、質量選択的なイオン放出、イオン蓄積およびイオン励起が実行可能なことである。質量選択的なイオン励起が利用され得る他の用途は、当業者には明らかであろう。
【0050】
両方の動作態様において、イオンは金属製の電極2における透過性または半透過性の開口5であるポートを通って非調和トラップから放出される。この電極2は、中央に1つの開口を有する単純な固体電極であってもよい。この1つの開口の直径は、当然ながら、イオン検出器に送り込むことが可能な最大径のイオン束に関係する。その直径が小さいほど、検出される信号レベルは減少する。検出器に向かって放出されないイオンは、最終的に、上記電極もしくは中央の電極で回収されるか、またはトラップの境界外へと拡散され得る。最大の信号レベルは、100%の透過性を有する大きい開口によって得られる。この構成の問題として、イオンを取り出すためのポテンシャル場が、外部からトラップ体積空間内部に侵入する可能性がある。このようなポテンシャル場は、中心軸心の周りにイオン軌道を閉じ込めるのに役に立たない。電極の一部に半透過性のメッシュを、すなわち、半透過性のポート5を使用することにより、イオンビームの閉じ込めを大部分は維持しながら、電極の高い透過性を維持することができる。メッシュに含まれる個々の「開口」は極めて小さいので、外部の浮遊場はトラップ領域内に深く侵入することができない。しかし、典型的なワイヤメッシュでは内面が若干粗いので、その内面形状がトラップ内部のポテンシャル場に影響を及ぼすことにより、イオンが中央のトラップ軸心から幅広い角度で拡散されてしまうことがある。これに対し、ポート5のメッシュは、孔が形成された平坦なシートを使用することで改良できる。(ただし、適度に高い透過性は維持されたほうが最適である。)次に、トラップ内のポテンシャルを乱す、x、y独立場からの摂動は、ポテンシャルエネルギーの鞍点(saddle point)(トラップと外部との間)をメッシュの内面を含む平面の直ぐ下に、すなわち、メッシュの開口内に位置させることにより抑えることができる。しかし、トラップ外部のイオン取出し場が小さすぎる場合には、上記鞍点は、メッシュ開口内深くに位置することになり、電極のバイアスに極めて接近してしまう。イオンがトラップから放出されるには、イオン軌道は、電極に衝突することなく鞍点を乗り越える必要がある。放出確率が低い場合、イオンが鞍点に達するまで、または十分なエネルギーを得て電極で回収されるまでの当該イオンの電極トラップ内における周期回数が多くなる。このように、過度に低い放出確率および過度の繰り返し周期の場合は、最終的な信号レベルは低下してしまう。周期毎の放出確率は、部分的な開口領域(透過性)を増加させ、電極開口の寸法を減少させ、開口の形状を最適化し、イオン取出し場の強度を最適化させることによって最大にすることができる。
【0051】
自己共鳴理論は、非調和静電型トラップの基本的な動作原理を説明するための優れた理論的枠組みであるだけでなく、装置設計および機能最適化の土台にもなる。自己共鳴の原理は、非調和静電型トラップシステムの性能を微調整かつ最適化するため、ならびに形状パラメータおよび動作パラメータの変化が性能に及ぼす影響を予測するために日常的に用いられる。自己共鳴理論から導き出される、掃引比率と放出閾値との直接的関係は、我々の研究室で実験的に見出され、チャープ比率の関数としてチャープ振幅レベルを調整するのに日常的に利用されている。エネルギー励起は、トラップにエネルギーを送り込むのに、RF掃引のみに限定される必要はない。磁気的または光学的振動駆動、さらには機械的振動駆動を用いて、イオンを軸方向に励起することも可能である。初期の試作品で行った実験の大部分では、基本周波数でのRF駆動のみを使用したが、非調和静電型トラップを固有振動数の倍数および約数(基本周波数)で駆動できることも実証された。分解能および閾値を最適化したり、イオントラップのダイナミクスを変化させたりするのに、基本周波数以外の駆動周波数を用いた動作が必要になり得る。イオン放出に対する分数調波周波数および高調波周波数の影響についての明確な理解は、完璧なRF掃引駆動電子機器の設計において常に重要である。直接的な励起方式およびパラメータ的な励起方式の両方を本発明の範疇に含まれるものとし、いずれの励起方式も、イオン運動を軸方向に励起するための励起源になり得る。駆動RF場がトラップ全体において可能な限り一様であり(パラメータ的駆動は用いない)、RF振幅を閾値の直ぐ上で保持することにより、基本周波数走査に対する分数調波周波数の悪影響を解消することができる(いかなる残りの分数調波振幅も閾値よりも下になり、また、いかなるピークも生じない)。駆動RFが純粋な正弦波である場合には、高調波周波数は存在しない。
【0052】
完璧な正弦以外の形状の波形を生成する交流駆動が、非調和静電型トラップを動作させるのに必要になる場合もある。限定的でない一例として、三角波または矩形波などの他の機能形態が、動作仕様を最適化させるために、必要に応じて設計に組み込まれてもよい。
【0053】
RF駆動の掃引周波数は、掃引の際に、質量依存方式または時間依存方式で動的に制御されてもよい。すなわち、逐次的な質量放出は、線形的な周波数掃引または周波数チャープの利用に限定されない。例えば、大きい質量を有するイオンのトラップ内における残留時間を最適化したり、軽いイオンの残留時間および振動回数を減少させたり、質量走査全体でより一様な分解能を得たりするのに、走査する周波数が低くなるにつれて周波数の掃引比率を下げることが望ましい。周波数掃引の時間的プロファイルにおける変化は、質量分解能、信号強度、ダイナミックレンジおよび信号対ノイズ比に影響を及ぼすと予測される。
【0054】
我々の研究室では、掃引比率を調整することによって分解能および感度を制御するのが一般的である。質量分析計パラメータの最適化を制御するためのルールも、自己共鳴の一般的原則に基づいている。分解能を向上させるための標準的な調整として、可能な限り最小のRF振幅を用いながら、周波数掃引比率を遅くして自己共鳴を達成するという方法がある。この条件下では、イオンがイオン閉じ込め軸心に沿って可能な限り長い間振動した場合に、最も高い分解能が得られる。RF振幅を最小限にすることにより、さらに、スペクトル出力に対する分数調波周波数の影響を確実に防ぐことができる。
【0055】
自己共鳴トラップ型質量分析(ART MS)システムにおけるイオントラッピングおよびイオン放出の効率性は、幾つかの設計要因および動作的要因に強く依存する。イオン化、トラッピング、放出および検出の効率性に関して詳しくは触れない。大幅な数のイオン(すなわち、実験および/または測定を行うのに必要な数のイオン)を生成してトラップの境界内に蓄積することができる必要があり、これにより、当該イオンのうちのある割合が軸心に沿って放出される。自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)の動作では、イオンを軸方向に加えて径方向に放出する構成も考えられ、これらのイオンを実験、測定、輸送または蓄積するために使用することも(トラップの上流および/または下流において)、本発明の範疇である。
【0056】
本章で説明した静電型トラップの実施形態のほとんどは、円筒対称的な構造であり、軸方向の非線形振動運動のみを用いてイオンを励起および放出するものであったが、三次元のイオントラップに閉じ込められた各イオンが、2つ以上の固有振動数を一般に有することを理解するのは重要である。例えば、適切な設計により、円筒対称的なトラップの軸方向次元および径方向次元において振動運動を生じさせることが可能である。これら振動運動が非線形である限りは、自己共鳴励起を利用することにより、それらの固有振動数を励起することができる。自己共鳴の原理に基づいた軸方向以外の非線形運動の励起も、本発明の範疇であり、これによる恩恵およびその用途は当業者には明らかであろう。例えば、円筒状のトラップにおける径方向様式の励起により、円筒軸心に直交する方向にイオンを放出することができる。径方向様式の励起は、軸方向放出を行う前にトラップから望ましくないイオンを取り除くために利用したり、イオンを励起または冷却することにより、イオン源動作または質量スペクトル分析の前にフラグメンテーションの向上もしくは減少や反応プロセスの断絶を行うために利用したりできる。本願で説明する質量選択的なイオンエネルギー励起の一般的原理は、円筒対称のトラップに限定されない。三次元の静電型トラップにおける、対応する非線形固有振動数を有する全ての方向において自己共鳴励起が可能であり、本発明の範疇である。
【0057】
上述の章では周波数変調のみを説明したが、振幅変調、振幅掃引または振幅ステップもトラップ動作において有益となり得る。一時的な振幅変調を用いることにより、位相敏感検出が可能になるので、質量分析計の検出性能を向上させることができる。また、振幅変調を用いることにより、イオン信号の振幅を変調し、タンデム構成における下流の質量フィルタ/蓄積装置と同期させることもできる。振幅掃引または振幅ステップを用いることにより、質量スペクトルにおいて、特定の質量に対する感度を向上させることができる。例えば、駆動AC/RF電圧VAC/RFおよび周波数fにイオンが位相ロックした場合に最大のイオン検出/信号のダイナミックレンジを達成するには、VAC/RFおよび/または振幅変調の周波数fAMに由来する最適の信号を用いて検出器出力を同期復調することにより、検出器の信号対ノイズ比(S/N)の最大値を得るのが極めて都合よい。
【0058】
これまで外部の交流駆動のみを検討してきたが、静電ポテンシャルウェルの形成に用いられるトラッピング電圧の振幅の変調および/または掃引および/またはステップを利用してもよい。トラッピングポテンシャルの振幅をステップさせることにより、イオン導入またはイオン放出と同期させることができる。また、トラッピングポテンシャルの振幅をステップさせることで様々なトラッピング条件を達成し、イオンエネルギー冷却条件を作り出したり、(これとは反対に)衝突による解離およびフラグメンテーションを生じさせたりすることもできる。トラッピングポテンシャルの変調を用いることにより、第1または第2のイオンエネルギー励起システムとして、振動系にエネルギーを送り込むことができる。
【0059】
一定の周波数による励起と周波数掃引による励起とを交互に用いることにより、トラップ内に閉じ込められたイオンの振動振幅およびエネルギーを操作するのが望ましい場合もあり得る。複数の周波数での複数の掃引を同時に印加して、複数の質量を軸方向に励起させることにより、トラップを素早く清掃、および/または特定のイオンを選択的に即座に放出、および/または予備選択したイオンを即座に捕捉することができる。さらに、特定の厳密なトラッピング条件、放出条件またはタイミング条件を得るには、基本周波数(調和周波数)に高調波周波数および分数調波周波数を駆動に混合させるのが望ましい場合もあり得る。
【0060】
軸方向励起は基本周波数のみでなく分数調波周波数および高調波周波数でも生じ得るので、イオンの軸方向振動にエネルギーを送り込むために用いるRF源のスペクトル純度を理解および制御することが重要になる。例えば、販売されているRF源のほとんどは調波歪みを示すので、理論的には、質量スペクトルのノイズを増加させ、信号対ノイズ比(SNR)を低下させてしまう。調波歪みにより、分数調波周波数の駆動によるスペクトルと高調波周波数の駆動によるスペクトルとが全質量スペクトルに重なり、質量スペクトル分析が複雑になることもある。なお、静電源を形成するのに用いられる直流電源も、イオン導入および/またはイオン励起および/またはイオン放出および/またはイオン検出を乱し得る交流不純成分(AC impurities)を含むので、最適動作を達成するには、この不純成分によるノイズへの影響を抑える設計方法が極めて重要であることは無条件に理解される。捕足説明として、直流電圧源に一般に含まれる交流信号/ノイズは、AC/RF自己共鳴掃引源VAC/RFを構成するように最適に制御することもでき、つまり、設計において有利に利用することができる。
【0061】
本発明のイオン放出技術に極めて固有の利点として、エネルギー励起およびイオン放出を行うに能動的なフィードバックが必要でないことが挙げられる。このため、単一のRF駆動を用いて、特定のトラップに対応するフィードバックまたは専用の同調パラメータ(tuning parameter)を全く必要とせずに、複数のトラップを同時に駆動することができる。小信号RF駆動の必要電力が小さく、非線形励起のフィードバックが不必要なので、自己共鳴に基づく質量選択的放出は、全く斬新な概念である。
【0062】
非調和トラップにおける自己共鳴励起に係る他の重要な概念として、径方向の閉じ込めのための他の手段が設けられている場合にも、上述の自己共鳴増大機構を用いて軸方向放出を行うことができる点が挙げられる。というのも、軸方向におけるイオン運動と径方向の運動とは結合していないからである。変形例のトラップ構造として、多極子、イオンガイドまたは磁場による閉じ込めなどの他の手段によって径方向の閉じ込めを行いながら、高い静電非調和性および自己共鳴を用いて軸方向にイオンを閉じ込めたり放出したりする構成を用いてもよい。
【0063】
交流駆動は、自己共鳴による軸方向のエネルギー励起を行うのに、様々な方法で非調和トラップに接続されてよい。RF信号は、全てまたは幾つかの電極に接続されてもよい。分数調波周波数による励起の影響を最小限にするために、トラップの長さに沿ってRF場を一様に形成し、トラップの中央軸心に沿ってRF場の振幅をスムーズかつ対称的に変化させることが望ましい。非調和静電型イオントラップにおけるRF掃引励起の実施時の詳細は、設計の仕様および要件に依存し、さらには、装置の設計者自身が行う選択にしばしば依存する。上記に関して様々な選択肢が可能であることは、当業者には明らかであろう。
【0064】
静電型線形イオントラップに補充的なRF励起を追加することにより、トラップ内部で擬似的なポテンシャルが形成される。理論上ではあるが、この擬似的なポテンシャルは実際の静電ポテンシャルに加算され、軸方向におけるイオンの振動数に影響を及ぼし得ると考えられる。この影響は、トラップの設計および動作時において慎重に考慮および理解される必要があり、また、質量分析計の性能を最適化または変更させるように必要に応じて利用してもよい。
【0065】
イオン生成
図3は、電子衝突イオン化(EII)源を備えた、共鳴型非調和トラップに基づく質量分析計システムの典型的な一実施形態を示したものである。電子は、(1)トラップの外部18で生成され、(2)正のポテンシャル(すなわち、引力)によってトラップへと加速され、(3)半透過性の壁4を通ってトラップに進入し、(4)トラップ内で減速して方向転換し、(5)典型的には同一の入口4を通って脱出する。トラップを出入りする際の短い経路の間に電子が気体分子と衝突することにより、(1)電子衝突イオン化によって正イオンが生成され、(2)電子捕獲によって負イオンが生成される(低効率のプロセス)。トラップ内で生成される、個々の極性を持ったイオンは、即座に軸方向の非調和ポテンシャルウェルに沿って前後に振動を開始する。
【0066】
質量分析計として構成された非調和静電型イオントラップの第2の実施形態である図6において、典型的な電子軌道およびイオン軌道が示されている。イオンの径方向閉じ込めおよび軸方向閉じ込めは、トラップ内部で生成されたイオンに相当する平行な線(すなわち、−120ボルト(V)の等ポテンシャル)で示されている。
【0067】
カソード16の電位を−120ボルト(V)とすると、電子はトラップに進入してトラッピングポテンシャルが−120ボルト(V)の等ポテンシャルの位置で方向転換する。つまり、電子の運動エネルギーは、−120(入口地点)から0エレクトロンボルト(eV)(方向転換地点)にまで及ぶ。これら電子のごく一部は、イオン化領域内の任意の箇所で気体種をイオン化することができ、様々な総エネルギーを有するイオンを生成し、これらのイオンの一部は静電型トラップ内で捕捉される。これらのプロセスの効率性に関しては触れないが、本発明の範疇を逸脱することなく、イオン化方式の形態および細部について様々な変更が可能であることは、当業者には理解されるであろう。
【0068】
図7は、図6に示す第2の実施形態に基づく構造を有する静電型イオントラップの質量分析計から得られた、残留気体の典型的なスペクトルである。この円筒状装置全体の直径は12.7ミリメートル(mm)であり、電極1であるカップの深さは7.6ミリメートル(mm)であり、中央の電極3である管の長さは8ミリメートル(mm)であり、電極2であるカップの長さは7.6ミリメートル(mm)であり、開口4,5の直径は1.6ミリメートル(mm)であり、抵抗R23は100キロオーム(kOhm)であり、バイアス電源24のイオントラッピングポテンシャルは−500V(ボルト)であり、印加されたRF振幅はピーク・トゥ・ピークで70ミリボルト(mVp−p)であり、オフセット電源22による2ボルト(V)の直流オフセットを用いることによりイオンがトラップのイオン源側から脱出しないようにし、1ミリアンペア(mA)の電流を使用し、100エレクトロンボルト(eV)の最大電子エネルギーを使用した。下側のスペクトルは、市場で入手可能な標準的な四重極型質量分析計である、MKS Industries社から入手可能なUTI 100Cを用いた比較例である。
【0069】
図6に示したような単純な形態は、イオントラップ内でイオン化を行うための極めて簡素な方法であるが、当然ながら、イオントラップでイオンを生成および捕捉する唯一の方法ではない。多種多様な手段により、イオンを生成してこれをトラップ内に閉じ込めることが可能である。利用可能な全ての質量分析技術に関してイオンを生成するのに用いられる現代のイオン化方式は、そのほとんどが、本発明の新しいイオントラップ技術に完全に対応できる、または少なくとも多少は対応できる。質量分析法に関わる人達にとって現在利用可能な公知のイオン化法を分かり易く整理、列挙および説明するために、イオン化技術を2つの主要な部類に分ける。これらの部類とは、(1)内部イオン化(すなわち、トラップ内部でイオンが生成される)(2)外部イオン化(イオンは外部で生成され、異なる手段でトラップ内に送り込まれる)である。後述の列挙は参考用の資料と見なされるべきであり、本発明の非調和静電型イオントラップに基づく質量分析法の用途に利用可能な全てのイオン化方式をまとめたものではない。
【0070】
本発明の新しい質量分析技術を用いた分析の融通性として、内部および外部で生成されたイオンのいずれに対しても質量分析法を実行できる点が挙げられることは、当業者には明らかであろう。四重極型質量分析計および飛行時間型システム用に開発されたイオン導入法のほとんどが、この新しい技術に適合可能であり、その詳細な実施方法は、当業者には明らかであろう。
【0071】
内部イオン化
内部イオン化は、イオンが非調和静電型イオントラップ内で直接生成されるイオン化方式のことをいう。イオン化の際に静電型線形イオントラップに印加される静電ポテンシャルは、励起時および質量放出時の静電ポテンシャルと同一である必要はない。イオン化プロセス用に特別にプログラムされたトラッピング条件を使用した後に、バイアス電圧を変化させて、イオン分離およびイオン放出を最適化させてもよい。
【0072】
電子衝突イオン化(EII)
図3および図6に示したように、高エネルギー電子が外部からトラップ内に送り込まれ、トラップ内に含まれる原子および分子をイオン化するように利用される。径方向の導入方式や径方向の導入方式など、トラップに電子を送り込む方法は複数存在する。閉じたトラップでは(すなわち、外部に通ずる低い気体コンダクタンスの経路を備えている)、フィラメントはプロセス気体(高圧)中に置かれてもよいが、他方、電子は、低コンダクタンスの開口を通ってトラップの低圧環境に送り込まれる。また、電子の供給源として、様々な電子エミッタを考慮することができる。全ては記載しないが、電子源の一般的な例のいくつかを次に紹介する。これらは、ホットカソード型熱電子エミッタ(図3および図6の構成要素16)、フィールドエミッタアレイ(SRI社のSpindt design)、Bruce Lapradeに発行された米国特許第6239549号明細書に記載の電子発生器アレー(Burle Industries社)、電子ディスペンサ電極(electrondispenser electrode)、ぺニングトラップ、グロー放電発光源、ボタンエミッタ(button emitter)およびカーボンナノチューブなどである。新しい材料で作製された冷電子エミッタが相次いで発見および商用化されており、本発明の質量分析計を含む全ての質量分析計が、将来的にこれらの発見による恩恵を享受できるであろうことは十分に予測される。電界放出プロセスに基づく冷電子エミッタは、高速のターンオン時間などの固有の利点を有しており、このような利点は、後述する高速パルス動作モードにおいて有益となり得る。また、冷電子エミッタは、極めて熱に不安定な分析対象が使用されて分析時に白熱フィラメントと接触させるべきでない場合に好ましい。電子衝突イオン化は、15エレクトロンボルト(eV)超の典型的な電子エネルギーにおいて、主に正イオンを高効率で生成し、比較的少量の負イオンを生成する。なお、一部のコールドエミッタは、入口側のプレート/電極1に直接取り付けるか、または直接配置することができる。この場合、電子をトラップ外部の環境に曝す必要性がないので、極めてコンパクトな構造を達成することができる。
【0073】
図3の好ましい実施形態に由来する図8のさらなる実施形態では、電極1およびフィラメント16の構造により、電子軌道18は静電型イオントラップ内の限られた領域のみを通るようにされている。これにより、トラップ内に閉じ込めるためにイオン化された気体種が、電極1の極めて近傍で生成されることはない。これにより、新しく生成されたイオンの総エネルギーを、即座にトラップから放出される場合のエネルギーを大幅に下回るように制限することができる。したがって、全てのイオンは、放出および検出される前に後続のRF増大が必要となる。図8には、円筒軸心周りに延在するフィラメント16が示されている。電子は、軸心対称の電極1の方向に引き寄られる。放出された電子の一部は、半径差△rで取り付けられた2つの軸心対称の案内メッシュ64,65を通ってトラップに導入される。図8に示したような軸心外電子銃の形態の利点は当業者には明らかであり、図8の実施形態は、上述した効果を得るのに利用可能な、数多く存在する方法のうちの1つに過ぎない。
【0074】
他のさらなる実施形態(図9Aに示され、好ましい実施形態(図3)に由来する)において、電極1は、半透過性の導電性のメッシュで充填された、半径rの軸方向に開いた開口75を有していてもよい。電極1における開口75内のメッシュは、電極2における開口5内のメッシュと同様に、イオン検出器87にイオンを送ることが可能である。この実施形態では、トラップ内のポテンシャルは、中央の電極3に関して対称であるのが望ましい。オフセット電源22は使用されず、電極1の直流バイアスは、電極2のバイアスと同様に接地されている。この対称的なトラップでは、各々の特定の質量電荷比M/qイオンに対する、開口75によるイオン放出は、開口5によるイオン放出と同時に開始する。イオン検出器17,87のイオン電流が合計された後に、質量スペクトルが生成される。
【0075】
電子捕獲イオン化(ECI)
低エネルギーの電子がトラップ内に案内され、電気的に陰性の分子に捕獲されて負イオンを生成する。自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)は、正イオン検出に限定されない。実際、図6のような単純なトラップでは、トラップバイアス電源24のトラッピングポテンシャルの極性を反対にするだけで、正イオン動作から負イオン動作に切り替えることができる。
【0076】
化学イオン化(CI)
イオンはトラップ内に導入され、トラップ内に存在する気体分子(分析対象)との化学的相互作用および電荷交換過程により、新しいイオンを生成する。
【0077】
放射能源(Ni−63およびトリチウムなど)
トラップ内部に設けられた放射能源が高エネルギーβ粒子を放出することにより、トラップ内部で気体分子がイオン化される。Ni−63は、この目的のために質量分析計において一般的に用いられる材料である(唯一の材料ではない)。他の放射能源に対するNi−63放射能源の大きな利点として、めっき処理と適合性がよいので、トラップの金属製プレート上に直接配置することができる。
【0078】
レーザ脱離イオン化(LDI)
試料(一般的には固体であるが、これに限定されない)がトラップ内部に配置され、トラップ体積空間に向けられたレーザアブレーションパルスによってイオンが脱離する。この試料は、例えば1つの電極の内表面、または金属もしくは抵抗性ガラスからなる取り外し可能な試料用マイクロウェルなど、任意の種類の基板上に支持されてよい。
【0079】
マトリックス支援レーザ脱離イオン化(MALDI)
適切な有機マトリックス(通常は酸)に組み込まれた生体試料がトラップ内部に配置される。適切な光波長および出力のレーザパルスを用いてトラップ内の当該生体分子をアブレートすることにより、マトリックス分子からの陽子移動反応が引き起こされてイオン化が生じる。MALDIはトラップにとって理想的であり、生体分子分析用に非調和イオントラップを利用する際の最も簡単な方法である。MALDIによるトラップとして、イオンを蓄積および選択し、直交導入式のMALDI型飛行時間(TOF)システムのイオン化領域に送り込む構造が考えられる。
【0080】
光イオン化(真空紫外線(VUV)、極紫外線(EUV)、多光子 可視/赤外(Vis/IR))
レーザまたはランプからの高エネルギー光子がトラップの内部体積空間を(軸方向および/または径方向に)通過することにより、単一光子または複数光子のイオン化事象が発生してイオン化が生じる。紫外線(UV)源、可視光源、遠紫外線源および極紫外線源、さらには高輝度赤外線源までもが、日常的に分子イオン化に用いられる。単一光子イオン化、多光子イオン化および共鳴多光子イオン化が、質量分析用途と適合性のよい光イオン化方式のうちの一部である。交差光ビームは、イオン化に限らず、選択的に捕捉されたイオンとの光化学相互作用および当該イオンのフラグメンテーションのために用いられてもよい。
【0081】
ポーラスシリコンを用いたレーザ脱離イオン化(DIOS)
MALDI方法の変更例であり、試料の中のイオンはシリコン基板に載置され、有機マトリックスを必要としない。MALDIよりも非生体試料に関して適しているので、非調和静電型イオントラップによる質量分析計の範囲を、生物学的分析の対象になるより小さい分析対象分子にまで簡単に拡げることができる。
【0082】
焦電型イオン源(pyroelectric ion source)
Evan L. Neidholdt and J. L. Beauchamp, Compact Ambient Pressure Pyroelectric Ion Source for MassSpectrometry, Anal. Chem., 79 (10), 3945-3948に記載された焦電型イオン源は、技術文献に最近記載されたものであり、最小限の必要なハードウェアでイオントラップ内においてイオンを直接生成できる優れた方法である。焦電型源の単純性が加わることにより、明らかに、非調和静電型イオントラップに基づく質量分析機器の単純性はさらに完全になる。焦電型イオン化源および非調和静電型イオントラップにより、低電力の携帯式質量分析計を構築できるかもしれない。
【0083】
高速原子衝撃(FAB)
このイオン化法は、MALDIにほぼ完全に取って代わられたが、それでも自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)との適合性はよいので、必要に応じて本発明の斬新なトラップに使用することができる。
【0084】
電子増倍源
電子増倍装置は、電気的にバイアスされると電子ビームを自発的に発生するように、変更/最適化することができる。例えば、米国特許第6,239,549号明細書に記載された、マイクロチャンネルプレート技術に基づくBurleIndustry社の電子発生器アレー(EGA)を参照されたい。自発的に電子を発生するように最適化されたEGAは、反対側の面からイオンを同時に発生させる(周知の事実)。これらのイオンは、捕捉された気体と、マイクロチャンネル内で生じる電子増幅なだれとの間の電子衝突イオン化プロセスによるものである。EGAから生じたイオンをトラップ内に供給して、質量選択的放出および質量スペクトル検出に用いることができる。電子増倍装置によるイオン源は過去に提案されており、非調和静電型イオントラップとの適合性はよいと考えられる。実際、入口側の電極1を、十分にバイアスされたEGAのイオン発生面とすることにより、トラップ内に正イオンを直接送り込む質量分析計構造が可能である。
【0085】
準安定中性種
準安定中性束をトラップ内に送り込むことにより、そこでイオンを発生させてもよい。
【0086】
外部イオン化
外部イオン化とは、イオンを非調和静電型イオントラップ外部で生成してから、質量分析法分野の当業者にとって周知である様々な方法によりトラップ内に送り込むイオン化方式のことをいう。
【0087】
外部からのイオン導入は、径方向および軸方向のいずれにおいても実施できる。軸方向の導入の場合、イオンを外部で生成してから、少なくとも1つの端部電極ポテンシャルを高速で切り替えることによってトラップ内に導入してよい。導入された所望のイオンが大量に出て来ないように、この端部ポテンシャルは即座に元に戻す必要がある。外部で生成されたイオンを捕捉できる能力は、四重極型イオントラップでよく経験される同程度の多目的性を備える非調和静電型イオントラップの極めて重要な利点である。非調和静電型イオントラップにおいてイオン導入時に用いられる静電ポテンシャルは、質量分析またはイオン蓄積に用いられるトラッピングポテンシャルと異なり得る。イオンは、トラップと同一の真空条件で生成してもよいし、一般的なイオン操作および当業者に周知の差動圧送技術により、高圧環境から閉じたトラップへと送り込まれてもよい。大気中イオン化方式は、適切な差動圧送を用いるのであれば、本発明の技術と容易に互換することができる。
【0088】
以下の列挙は、現代の質量分析計に使用され、かつ非調和静電型イオントラップにおけるイオンの外部生成と互換性のよいことが分かっている、最も一般的なイオン化技術の一部を示したものである。このリストは、全てを網羅したものではなく、むしろ、現代の質量分析に関わる人達およびプラズマ/イオン物理学者が利用できる方法の一部の代表サンプルである。このリストには、エレクトロスプレーイオン化(ESI)、大気圧光イオン化(APPI)、大気圧化学イオン化(APCI)、大気圧マトリクス支援レーザ脱離イオン化(AP−MALDI)、大気圧イオン化(API)、電界脱離イオン化(FD)、誘導結合プラズマ(ICP)、ぺニングトラップイオン源、液体二次イオン質量分析(LSIMS)、脱離エレクトロスプレーイオン化(DESI)、サーモスプレー源、および実時間直接分析(DART)が含まれる。図9Aの実施形態では、電子衝突イオン化を用いてイオンを生成することを前提としている一方、図9Aの電子ビーム18を外部イオン導入法におけるイオンのビーム81に置き換えた、図9Bに示す他のさらなる実施形態を構成することも可能である。この場合、メッシュ65の電圧を一時的に低下させることによってイオン供給を可能にし、それから即座に電圧を逆に上昇させてイオン損失を防ぐようにしてもよい。この実施形態では、イオントラップは、外部で生成されたイオンに対する質量分析計として構成することができる。イオン検出器を有さず電子衝突イオン化源を有するようにイオントラップを構成した、図9Cに示す他の実施形態では、当該イオントラップを質量選択的イオンビーム源として構成することができる。これらのようなイオン化方式の実施形態の正確な詳細は、質量分析法分野の当業者には明らかなので、ここでは詳しく説明しない。
【0089】
プレートスタックアセンブリ
図3および図6の2つの実施形態は、初期の試作品構造に相当する。最新の非調和トラップ構造として、プレートスタック(プレート積層体)のみを用いて電極アセンブリを構成したものがある。予想されるとおり、また、自己共鳴は非調和曲線を形成するのに厳密な機能形態に依存しないので、非調和静電型イオントラップの実際の形状形態に関しては、今までにないほどの自由度が存在する。
【0090】
図10は、非調和イオントラップの第3の実施形態を示したものであり、イオン閉じ込め体積空間、静電場および非調和トラッピングポテンシャルを放出軸心に沿って形成するのに、プレートのみを使用したものである。この構造では、イオントラップは5枚の平行なプレートで構成されている。開口の寸法は、カップを用いた構造で見られる、集束トラップ軌道に沿ったポテンシャル分布を再現するように設定されている。参考に、この構造における等ポテンシャル(図11に示されている)と、図1のカップ構造における類似の等ポテンシャルとを比較されたい。
【0091】
図10に示す第3の実施形態において、端部の電極1,2は平面状である。平面状のトラップ用の電極6,7は、それぞれ、中央の電極3と端部の電極1,2との中間の位置に配置されている(Z=Z1/2)。トラップ用の電極6,7内の開口は、いずれも内径rを有する。典型的な寸法は、Z=12ミリメートル(mm)、r=r=r=Z/2、r=Z/4、r=Zである。トラップ用の電極6,7のポテンシャルは、それぞれ、端部の電極1,2のポテンシャルと同一である。一般的な動作パラメータとして、以下を含む:RF電源21のRF駆動のピーク・トゥ・ピーク振幅は70ミリボルト(mVp−p)、振動の非調和軸心に沿った、トラップバイアス電源24のトラッピングポテンシャルは−2キロボルト(KV)、RF周波数の掃引比率は27ヘルツ(Hz)、分割抵抗23は100キロオーム(KOhm)、イオン源側からイオンが放出されないようにする、電極1,6におけるフィラメント用バイアス電源10の電圧は+2ボルト(V)。図12は、図10に示す第3の実施形態で得られた質量スペクトルの例である。
【0092】
図13Aは第4の実施形態を示したものであり、この実施形態では、さらなる2つの平面状電極の開口が組み込まれており、図11の集束ポテンシャル場内における周回周期(circuit period)のx,y依存性を補償している。補償用プレートにより、静電型トラップの集束場によって初期に発生する、安定なイオン軌道の周回周期における径方向のばらつきが補償される。補償場が存在しない場合、方向転換位置におけるポテンシャル傾度は中央軸心において最大になり、軸心外では低下する。このような径方向の変動が、非一様な周回周期を引き起こす主な原因であり、この非一様な周回周期は、いずれの特定の質量電荷比M/qの閉じ込められたイオンに対しても当てはまる。軸心に位置するイオン軌道が最も短い周回時間を有する。このような非一様性は、最適の補償場を印加することにより大部分を解消することができる。補償用プレートの相対的な寸法は、一般的にZ=Z/2、およびr=Zである。補償用の電極31,32における開口の寸法rは、端部の電極1の入口側開口の寸法rおよび端部の電極2の出口側開口の寸法rと同様である。電子の入口側の電極1と補償用の電極31との離間距離Zは、イオンの出口側の電極2と補償用の電極32との離間距離に等しい。トラップの全体的な寸法は、Zの2倍だけ増えている。
【0093】
補償用の電極31,32の直流ポテンシャルは、中央の電極のポテンシャルUの一部にしか相当せず、一般的には、U/16以下である。この補償用のポテンシャルは、調整可能な電圧分配器R’(構成要素47)から供給される。この実現形態において、外部キャパシタ41,42,43,44,45,46は、イオンエネルギーを共鳴励起するために用いられる、イオントラップの寸法に沿ったRF場を最適化するように調整されている。キャパシタ41,46は容量値Cを有し、キャパシタ42,45は容量値Cを有し、キャパシタ43,44は容量値Cを有する。補償用の電極31,32、トラップ用の電極6,7、および中央の電極3に対するRFポテンシャルは、それぞれ、R抵抗50,53,51,52,23によって直流電源から全て抵抗分割されている。抵抗Rは、10キロオーム(kOhm)から10メガオーム(Mohm)までの任意の数値を取り得る。キャパシタの容量値Cは、100ピコファラッド(pF)から100ナノファラッド(nF)までの任意の数値を取り得る(C=C=C/8)。キャパシタの容量値は、質量電荷比M/qが1/4の地点、および質量電荷比M/qが1/9の地点におけるゴーストピークの出現を最小に抑えるように調整されてもよい。図14Aおよび図14Bは、この第4の実施形態(図13A)の動作から得られた質量スペクトルである。
【0094】
図15に示す第5の実施形態では、補償用プレートは、好ましい実施形態である基本的な円筒構造またはカップ構造に組み込まれている。この第5の実施形態を表現するならば、トラップ用の電極と補償用の電極とが一つになった実施形態と述べるのが最もよい。内径rを有する、トラップ用の2つの円筒状の電極6,7は、それぞれ、半径rの開口を有する端部キャップを備えている。これらトラップ用の円筒状の電極6,7は、それぞれ、端部の電極1,2であるプレートから距離Zcで離間している。
【0095】
イオン充填
静電型トラップにイオンを充填するには、2つの異なる方法が利用可能である。1つは連続充填であり、もう1つはパルス充填である。これらの方法を以下に説明する。パルス充填は最新の四重極型イオントラップで使用される標準的な方法であるが、本発明の非調和イオントラップシステムの動作においては必要条件でない。我々の研究室において開発された、非調和静電型イオントラップの最も初期の試作品は、極めて高い真空度の環境で使用し、連続的イオン充填モードを用いて動作させた。
【0096】
連続充填
図3などの初期の試作品に選択した動作モードとして、連続的イオン充填モードのみを用いた。この充填モードでは、電子がトラップに絶えず導入され、周波数掃引が行われることでイオンが絶え間なく生成される。この動作モードが、連続充填として知られるものである。連続充填下では、1回の走査で放出されるイオンの数は、トラップ内で生成されるイオンの数、または掃引サイクルの間にトラップに送り込まれるイオンの数によって決まる。連続充填下において、走査サイクル時にトラップ内のイオンの数を制限するには、2つの基本的な方法がある。1つはイオン導入またはイオン生成の比率を制限する方法であり、もう1つは掃引比率を増加させる方法である。
【0097】
連続充填では、時間が無駄にされないので、掃引時間を最も有効に利用することができる(すなわち、最も効率のよいデューティサイクル)。しかし、1)増加する圧力条件下でのトラップの電荷密度の飽和(クーロン反発)、2)多量のイオン数によるダイナミックレンジの損失、および3)気体試料の高圧における分解能の損失、などの幾つかの問題を生じ得る。連続充填下では、a)掃引時間、および/またはb)イオン生成比率またはイオン導入比率、を減少させることにより、信号強度を制御することができる。例えば、試料気体の圧力が上昇すると、トラップにおける掃引時間および電子放出電流の両方を減少させるのは珍しいことでない。連続充填は、極めて低い気体圧力(超高真空)における気体サンプリング用途に最も適している。連続充填では、気体圧力が上昇した際に、十分な質量スペクトル出力および個々の質量ピーク信号の線形性を圧力に対して維持するために、質量分析計の動作条件に関する幾つかの調整が必要となる。一般的な実験的アプローチとして、1)電子放出電流の減少、ならびに2)掃引比率および交流駆動の振幅の増加が含まれる。電子放出電流を減少させることにより、トラップにおけるイオン生成比率を減少させたり、掃引サイクル全体の間にトラップ内で生成されるイオンの数を制限したりすることができる。外部で生成されたイオンの場合、イオン密度レベルを抑えるのに、掃引時にトラップ内に充填されるイオンの量を相応に減少させることは効果がある。連続充填を用いる場合、圧力が10−7トル(Torr)を超え始めると、走査比率を上昇させるのに伴ってイオン信号の増大が確認されるのはごく普通のことである。掃引比率を増加させることによる副次作用として、質量スペクトルの分解能は低下してしまうので、操作および最適化の際に、この点を慎重に考慮する必要がある。
【0098】
パルス充填
パルス充填は、トラップ内のイオン密度を抑えるように慎重に選択された前もって特定された短い期間内で、イオンをトラップ内で生成する、またはイオンをトラップに充填する、他の動作モードである。パルス充填の最も単純かつ一般的な実施形態では、交流による励起を用いずにイオンが生成される。静電トラッピング条件のみによってイオンが生成および捕捉され、RF周波数掃引またはトラッピングポテンシャル掃引がトリガーされることにより、質量選択的蓄積および/または放出が行われる。この過程は、イオンの新たなパルス充填を掃引前に行った上で再度繰り返される。このような動作モードを実施する理由は多く存在する。パルス充填は、四重極型イオントラップの動作で何年も用いられてきた標準的な方法であり、パルス充填を用いる同じ理由のほとんどは、非調和静電型イオントラップにも当てはまる。
【0099】
イオン充填のプロセスを独立させて測定する最も重要な理由として、イオントラップ内の空間電荷を効率的に制御することが挙げられる。電荷量の制御は、例えば、電子衝突イオン化(EII)源によってトラップに流れ込む電子束を制御することにより常時可能であるが、イオン化のデューティサイクルを制御することによっても、空間電荷の蓄積をさらに制御できることは明らかである。トラップ内における極めて高いイオン濃度は、ピークの拡がり、分解能損失、ダイナミックレンジの損失、ピーク位置ドリフトおよび圧力依存の非線形応答、さらには信号飽和などの問題を生じ得る。
【0100】
パルス充填を用いる他の理由として、質量選択的蓄積および/またはフラグメンテーションおよび/または解離を行う際に、初期のイオン化条件をより良好に形成できることが挙げられる。例えば、トラップから望ましくない全てのイオンを完全に除去するには、清浄掃引を行いながら、新しいイオンの導入を停止させる必要がある。
【0101】
パルス充填を用いる他の理由として、圧力依存の動作をより良好にすることが挙げられる。電子衝突イオン化(EII)源を用いた一定の電子放出電流下では、掃引の間にトラップ内で生成されるイオンの密度は、圧力の上昇と共に連続的に増加し、遂には電荷密度飽和が生じ始める(すなわち、一般的には10−7トル(Torr))。これにより、上昇する気体圧力によるトラップ性能の悪化が生じ得る。イオン化デューティサイクルを減少させることにより、充填時間デューティサイクルおよびトラップ内の電荷密度を、圧力の関数として動的に調整することができる。高圧においてイオン濃度を減少させることにより、トラップ性能が向上するのみでなく、トラッピングポテンシャルから脱出して検出器または他の電荷感応機器もしくはゲージに到達する浮遊イオンの比率を制限することができる。
【0102】
非調和静電型イオントラップにおいてパルス的イオン充填を制御するのに用いる技法は、四重極型イオントラップで用いられる技法とほぼ同一である。電子衝突イオン化(EII)を用いた非調和静電型イオントラップは、低速の熱電子エミッタを使用する場合には、電子ビームをオン/オフするための電子ゲートが一般に取り付けられており、代わりに電界放出に基づいた冷電子エミッタを使用する場合には、当該冷電子エミッタの速いオン/オフ時間によって、トラップのイオン化体積空間に流れ込む電子束のデューティサイクルを制御する。外部イオン化源の場合には、当業者にとって周知の一般的な技術を用いることにより、パルス制御、および/またはイオンゲート制御する。
【0103】
パルス充填におけるイオン化デューティサイクルまたは充填時間は、様々なフィードバックの仕組みによって決定することができる。各掃引の終わりにトラップ内の総電荷を合計し、これを用いて次の掃引サイクルの充填条件を決定する構成を実験的に設けてもよい。電荷総計は、(1)専用の電荷回収電極を用いてトラップ内の全てのイオンを単に回収する、(2)質量スペクトルにおける総電荷を合計する、または(3)総イオン電荷の代表的尺度を用いる(すなわち、補助電極を流れる電流)、ことによって行うことができる。この電荷総計により、次の掃引におけるイオン化デューティサイクルを決定することができる。総電荷は、圧力が上昇した際にトラップ外部で生成されるイオンの量を測定することによっても決定することができる(電子衝突イオン化(EII)源)。また、独立した全圧情報を用いてイオン充填パルスを制御するのが有益となり得る実験条件もあり得る。四重極質量フィルタに基づく現代の残留気体分析器の多くにおいて一般的であるが、全圧に関連する測定を行うために、全圧測定装置をイオン源またはトラップに一体化してもよい。あるいは、補助的なゲージからの圧力測定情報を用いて、全圧を測定してもよい。独立した圧力ゲージからのアナログ出力またはデジタル出力、さらには、真空環境の任意の箇所に配置された補助的な残留気体分析計からのアナログ出力またはデジタル出力を、非調和静電型イオントラップによる質量分析計の電子機器にインターフェースを介して伝達することにより、リアルタイムの圧力情報を提供できるようにしてもよい。さらに、前回の質量スペクトルにおける特定の質量分布または濃度プロファイルに基づいてイオン充填時間を調整するのが有益となり得る実験条件もあり得る。イオン充填のデューティサイクルは、混合気体における特定の分析対象分子の存在、特性および相対濃度に基づいて調整してもよい。質量分析計のターゲット仕様に基づいて充填時間が調整される構成を実験的に設けてもよい。例えば、ある種に対して、特定の質量分解能、感度、信号ダイナミックレンジおよび検出限界を得ることができるように、イオン化デューティサイクルを制御してもよい。
【0104】
冷却、解離およびフラグメンテーション
非調和静電型イオントラップの動作原理は、四重極型イオントラップ(QIT)による質量分析計の動作原理と根本的に異なり、かつそれよりも単純であるが、双方の技術は、イオンを質量選択的に蓄積、励起、冷却、解離および放出できるという共通の特徴を有する。イオンをトラップから質量選択的および/または共鳴励起的および/またはパラメータ的に放出させることのない、衝突および/またはフラグメンテーションおよび/または反応用の装置として、非調和静電型イオントラップを使用してもよい。非調和静電型イオントラップが、タンデム質量分析計構成における簡単なイオン送入装置として一時的に利用される構成を実験的に設けてもよい。
【0105】
過去20年間で、四重極型イオントラップ(QITs)において、捕捉されたイオンの冷却および/または励起および/または解離および/またはフラグメンテーションを制御しながら行うための様々な技術が幾つか開発された。これらの技術のほとんどは、携帯可能かつ非調和静電型イオントラップに適応可能である。これらの技術は、その全体を本発明に含めたものとする。
【0106】
質量電荷比のみに基づいて特定のイオンを蓄積および検出する、非調和静電型イオントラップの能力を利用することにより、特定の気体を検出する検出器を製作でき得る。充填サイクルおよび質量選択的放出サイクルを繰り返し複数回行うことにより、混合物の微量気体成分がトラップ内に濃縮される場合があり得る。特定気体の検出器は、漏れ検出、施設モニタリングおよび環境モニタリングなどの分野、ならびに発酵および製紙等の用途におけるプロセス制御センシングなどの分野において、早期に応用が見込まれるであろう。特定のM/qの気体種をトラップ内に濃縮できることにより、高感度測定を行うことができる。
【0107】
非調和静電型イオントラップ内に捕捉されたイオンは、通常、トラップから放出される前に振動を多数回行う(数千から数百万回、質量に依存する)。長いトラッピング時間は、極めて小さい駆動を使用してイオンを深いポテンシャルウェルから引っ張り出す永続的自己共鳴励起の特徴である。イオンは、トラッピングポテンシャルを前後に共鳴する際に、トラップに存在する残留気体と衝突してフラグメンテーションを生じる。場合によっては、残留気体にさらなる成分を追加することにより、放出前にイオンをさらに解離または冷却させることが有益になり得る。
【0108】
衝突誘起解離(CID)は、自己共鳴励起の利用の有無に関係なく、非調和静電型イオントラップにおいてよく観測される。一般的に、自己共鳴放出により生成された質量スペクトルは、四重極型質量分析計などの他の質量分析システムにおいて一般的に観察される質量スペクトルよりも、スペクトル全体に対するフラグメントによる影響(fragment contribution)が比較的大きく含まれる。この追加のフラグメンテーションが生じる理由は、イオンが、残留気体分子の存在下で多数回の振動および多数の衝突を生じ得るからである。フラグメンテーションのパターンは、全圧、残留気体の組成、および質量分析計の動作条件に大きく影響される。追加のフラグメンテーションは、化学同定用の質量分析計において一般に歓迎される。というのも、フラグメンテーションは、化合物の正確な同定に理想的な、直交情報(orthogonal information)を提供するからである。自己共鳴放出に基づく質量分析計が有する、フラグメンテーション量を制御できる能力は、当該技術の極めて重要な利点である。例えば、フラグメンテーション量を調整するために、RFの周波数掃引を動的に制御することができ、混合物分析または複雑な生体試料分析などの一部の場合においては、フラグメンテーションは望ましくない特徴となり得る。これらの場合には、トラッピング条件および放出条件を最適化することにより、フラグメンテーションが抑えられ、スペクトル出力が簡素化する。衝突誘起解離(CID)の減少は、1)トラップ内における振動回数の制御、2)トラップにおける残留時間の制御、ならびに3)振動時におけるイオンの軸方向エネルギーおよび径方向エネルギーの制御など、幾つかの方法により達成することができる。イオンのエネルギーは、軸方向のトラッピングポテンシャルの深さを変更することによって最も容易に変化できる。残留時間および振動回数は、周波数掃引の振幅および比率を変えることによって変化できる。イオン濃度を制御することによっても、フラグメンテーション量を変更することができる。この段落に示した例は、フラグメンテーションを発生させたり制御したりする方法のうちの幾つかに過ぎず、フラグメンテーションおよびCIDのさらなる制御方法は、当業者には明らかであろう。
【0109】
四重極型イオントラップ(QIT)による質量分析計に用いられる一般的な方法として、緩衝気体(バッファガス)をトラップ内に導入してイオンを冷却し、イオンをトラップの中央に集中させる方法がある。これと同一の原理が、非調和静電型トラップにも適用できる。動作時に1種以上のバッファガスをトラップ内に導入するのが望ましい条件があり得る。開いたトラップ構造および閉じたトラップ構造のいずれにおいても、バッファガスは導入することができる。閉じたトラップは、より早いサイクル時間の利点を有する。導入したバッファガスでイオンを冷却することにより、より制御された、またはより集束された初期のイオンエネルギー条件を提供したり、衝突誘起解離(CID)によってさらなるフラグメンテーションを引き起こしたりすることができる。
【0110】
解離、冷却、熱化、拡散およびフラグメンテーションは、相互に関係するプロセスであり、これらの相互関係は当業者には明らかであろう。
【0111】
非調和静電型トラップ内では、イオンが振動する際に、幾つかの様々なプロセスが発生し得る。これらのプロセスは、CID(衝突誘起解離)、SID(表面誘起解離)、ECD(電子捕獲解離)、ETD(電子移動解離)、プロトン化、脱プロトン化および電荷移動である。これらのようなプロセスは、トラップの動作態様に固有であり、これらを向上させたり軽減させたりする必要のある、数多くの様々な用途が存在する。
【0112】
イオントラップでの衝突誘起解離(CID)を利用することにより、MS(多段階質量分析)機能が付与されるように非調和共鳴型トラップを構成してもよい。トラップをイオンの混合物で充填し、ある自己共鳴励起の手段を用いて、ほとんどのイオンを選択的に放出できるようにしてもよい。残った1種以上の分析対象イオンは、トラップを一定時間振動し、さらなるフラグメンテーションを生じる。これらのフラグメントは最終的に第2の周波数掃引によって放出かつ質量分析され、MS(第2の質量分析)情報を提供する。単一のトラップ内でMS機能を提供できることは、線形四重極型質量分析計などの競合技術に対する、非調和静電型イオントラップに基づく質量分析計の決定的な利点である。MS動作の基本的な動作原理は、当業者には明らかであろう。光放射などの外部励起源を追加することにより、イオン放出前にトラップにおける化学組成を光化学的変化させるのが望ましい場合もあり得る。
【0113】
静電非調和型イオントラップを用いた質量分析
図13Aは、非調和静電型イオントラップに基づく質量分析計の製作用の最新の実施形態であり、内部イオン化に電子衝突イオン化(EII)を利用し、自己共鳴によるイオン放出によりスペクトル出力を生成する。電子18は、高温のフィラメント16から発せられ、引力を有する静電ポテンシャルによって、トラップの左側のポート4に向かって加速される。開口したポート4(穿孔されたプレートまたは金属製の格子)は、透過性を有しており、電子の進入地点となる。電子はトラップの体積空間に進入し、軸方向の負のトラッピングポテンシャルを登って方向転換し、入口である上記ポート4の近傍のトラップ内において、狭い帯域のイオン化領域を形成する。主に正イオンがトラップ内部で生成され、これらは、負の非調和トラッピングポテンシャルウェルによって決まる運動力学で、即座に軸方向を前後に振動し始める。開始時のイオンエネルギーは、静電ポテンシャルウェル内における当該イオンの発生位置によって決まる。超高真空(UHV)気体サンプリングを実行する場合、この実施形態におけるイオン充填は連続的である。正イオンは、イオントラッピングおよびイオン検出のために蓄積される。2センチメートル(cm)未満の寸法のトラップにおける典型的なトラッピングポテンシャルは、−100〜−2000ボルト(Volt)であるが、場合によっては、これよりも浅いトラッピングポテンシャルおよび/または深いトラッピングポテンシャルが必要になる。典型的な電子放出電流は1ミリアンペア(mA)未満であり、典型的な電子エネルギーは、0から120ボルト(V)にまで及ぶ。図13Aの実施形態は、電子銃源として熱電子エミッタを使用する。しかしながら、この熱カソードを最新の冷カソードに置き換えることにより、低動作電力、およびより純粋なスペクトル(熱分化フラグメントが含まれていない)を得ることができ、場合によっては、長い動作寿命を達成できることは明らかである。図13Aの実施形態は、電子放出率を高速制御する手段を備えていないので、連続的なイオン化を用いる。しかしながら、電子銃ゲート制御を用いてパルス的電子導入方式を実施できることは明らかである(四重極型イオントラップ(QIT)で容易に利用可能な技術に基づいて)。トラップに連続的に電子束が流れ込むことにより(連続充填)、ほとんどの圧力に対して最大のイオン生成収率が得られる。
【0114】
図13Aにおけるイオン放出は、容易に入手可能な電子部品による小振幅(ピーク・トゥ・ピークが約100ミリボルト(mVp−p))の周波数チャープを用いて行われる。我々の研究室では、通常、対数周波数の掃引を用いることにより、最良の質のスペクトルおよびピークの一様性を得た。最も高い周波数(一般的にメガヘルツ(MHz)の範囲)が、軽いイオンの放出を引き起こす。低い周波数(キロヘルツ(KHz)の範囲)が、重いイオンの放出を引き起こす。
【0115】
高周波数により、質量1(水素)が最初に放出される。(これよりも軽い質量のイオンは検出できない。)よって、3センチメートル(cm)以下のトラップの場合、有用な最も高い周波数は5メガヘルツ(MKz)以下である。次に、(実際に)これを10キロヘルツ(KHz)にまで下降掃引させる。(すなわち、2桁超の周波数掃引)。これにより、自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)のユーザは、1〜250000amu(原子質量単位)の質量について調べることができる。
【0116】
我々の研究室の試作品では、そのほとんどに対して、非線形の周波数走査を用いた。これにより、イオンの質量に関係なく、連続するイオンの放出段階時の振動回数を確実に均一にすることができた。位相純度は重要である。我々の研究室の試作品は、Analog Devices社の直接的デジタル周波数シンセサイザチップ、および低電力の単純なマイクロコントローラを用いてRFを生成した。一般的に、対数周波数の複数の掃引は繋ぎ合わされて、掃引比率が次第に下降する、線形の連続的な周波数掃引とされる。
【0117】
非調和静電型イオントラップからの自己共鳴放出に基づく質量分析計の質量範囲は、理論的には無限である。周波数チャープにおける掃引比率は、スペクトル出力におけるピーク分布が一様になるように、放出される質量が増加するにつれてしばしば減少される。走査繰り返し比率は、最高で200ヘルツ(Hz)であった。この上限は、リアルタイムでデータを収集するのに用いた我々のデータ取得システムの最新の能力によってのみ形成される。
【0118】
図13Aに示す単純な実施形態は、トラップから放出されたイオンの濃度を検出かつ測定するのに電子増倍装置を用いる。電子増倍装置は、質量分析計から出力されるイオン電流を増幅するために、ほとんどの質量分析計で一般的に用いられている検出器である。放出されたイオンは、電子増倍装置の入口に引き寄せられ、検出面である活性な表面と衝突することにより、二次イオン化プロセスによって電子を生成する。これら二次電子は加速されて装置に到達し、電流利得が1x10を超えるカスケード増幅プロセスによってさらに増幅される。電子増倍装置は、超高真空(UHV)レベルにまで及ぶ圧力レベルで使用される自己共鳴トラップ型質量分析(ART MS)装置のイオン検出にとって極めて重要である。パルスイオンカウント方式を採用して、特別に最適化された電子増倍装置、およびマルチチャンネルスケーラに接続されたパルス増幅器弁別装置(pulse amplifier-disciminator)を使用することによって、検出限界は、より低い圧力および濃度値にまでさらに拡げることができる。質量分析に関わる人達が利用可能な電子増倍装置には様々な種類があるが、これらのほとんどが、非調和静電型トラップおよび自己共鳴放出に基づく質量分析計に対し完全に適合する。利用可能な検出技術として、マイクロチャンネルプレート、マイクロスフィアプレート(microsphere plate)、連続ダイノード電子増倍管、不連続ダイノード電子増倍管(discrete dynode electron multiplier)、およびダリー型検出器(Daly detector)が含まれる。マイクロチャンネルプレートは、その入口表面をトラップの出口側の電極構造に組み込むことができるので、トラップ構造に適用可能な、極めて興味深い構造変形ができる。増倍装置の出力は、専用のアノード電極により収集され、イオン電流に比例する電子電流(すなわち、高利得)として直接測定される。あるいは、リン光体、蛍光体およびシンチレーション光子生成源としてのシンチレータを用いて、増倍装置の電子出力を光信号に変換してもよい。Stephen Fuerstenau, W. Henry Benner, Norman Madden, William Searlesに発行された米国特許第5770857号明細書に記載されているように、メガダルトン(1000,000amu(原子質量単位)を超える)の検出については、有用な信号を生成するのに電子増倍装置の変換効率が低過ぎる場合には、電荷感応検出器を検討してもよい。
【0119】
図13Aにおける検出器は、イオン放出の軸心に沿って配置されている。トラップに対する、この検出器の直接の見通し線は、イオンの振動軸心に沿っている。トラップから放出される電磁放射による不要なイオンカウントおよび信号を最小限にするために、図13Bに示すさらなる実施形態に示されているように、イオン検出器を振動軸心外に取り付けてもよい。この方法は、迷光がノイズ源(明確な質量を示さない信号)になり得ると考えられる場合に一般的に用いられる。これらの場合、検出器の前面(leading surface)に向かってイオンを偏向および加速させることが一般的である。イオンを偏向させるために印加される静電バイアスは、正イオンまたは負イオンの検出のために反対にしてもよいし、イオン検出を最適化するために調整してもよいし、検出器やトラップからイオンが避けられるように再調整してもよい。静電バイアスを十分速く変化させることが可能であれば、質量分析計を、パルスイオン選択源として利用することができる。通常の質量スペクトルを断続的にしか生成しないようにして、イオンビーム源のモニターとしても用いてもよい。変形例として、トラップの出口側の開口に軸合わせされた中央孔を有するマイクロチャンネルプレートを使用し、検出が必要な場合にのみ、これをバイアスするようにしてもよい。これらのような特別設計の増倍装置は、同軸リフレクトロン飛行時間型質量分析計において一般的であり、パルスイオン源と質量分析計とのコンパクトな組合せを開発可能にしている。トラップから放出されたイオンは、検出器にバイアスが印加されていない場合には中央孔を通過し、バイアスが印加されている場合には、静電的にプレートの前面に方向が換えられて検出される。
【0120】
我々の研究室で行った質量スペクトル測定の全てにおいて、電子増倍装置は用いられたが、本発明の斬新なトラップ技術を適合できる、「イオン電流増幅」を必ずしも含まない検出方式も幅広い種類が存在することは、質量分析法の当業者にとって明らかである。幾つかの例として、ファラデーカップ検出の利用(増幅なし)、さらには、内部または外部に設けられた誘導ピックアップ検出器を用いた、影像電荷の静電ピックアップの利用が含まれる。誘導ピックアップを使用する場合には、イオンの通過を、直接または高速フーリエ変換(FFT)スペクトル分析技術によって検出してもよい。図13Aの非調和静電型イオントラップ形態では、トラップの1つの端部においてイオンの検出が行われる。すなわち、イオンの半分が、反対方向に放出されて失われる。トラッピングポテンシャルが対称である場合には、図13Aの右側の電極2(出口側の電極)を介して放出されたイオンのみが、出力信号に寄与する。トラップの両端部でイオンを取り出す二重検出方式が望ましい場合もあり得る(図9Aおよび図9Bを参照されたい)。また、放出されるイオンのほとんどをポート2へと導く理由は容易に正当化できる。というのも、こうすることによって、信号および感度が向上されるからである。トラッピングポテンシャルを非対称にすることにより(オフセット電源22の直流バイアス)、検出器を備えるポート2を介して好適な放出を行うことができる。
【0121】
検出方式の変形例には、周波数掃引の際に一定の振幅を維持するのに必要なRF電力を注意深くモニターすることが含まれてもよい。エネルギー励起メカニズムは高周波数で始まる恒久的なプロセスであるが、RF周波数がイオンの固有振動数を超えると、イオン振動の加比率は最も高比率で増加するようになる。トラップに供給される交流駆動電力量に注意を払うことにより、イオンにエネルギーが供給される際の周波数を検出することができ、この情報を用いて、各有効周波数におけるイオンの質量および存在量を導き出すことができる。
【0122】
図13Aの単純な概略図は、非調和静電型イオントラップおよびイオンの自己共鳴放出に基づいて我々の研究室で製作された、質量分析装置の簡単な試作品に近い図である。システムの圧力が上昇した際には、質量分析計のバックグランド計数に寄与したりダイナミックレンジを縮小させたりし得る浮遊イオンの影響を調整することが必要になる。浮遊イオンは様々な数多くの原因で生じる。1)入口側のプレートに向かって電子が加速されている際に、トラップ外部で電子衝突イオン化(EII)によってイオンが生成される。2)径方向閉じ込めが100%有効でないために、イオンが静電型線形イオントラップを径方向に脱出する。一般的に、浮遊イオンが検出器に到達しないようにして、浮遊バックグランド信号を生じないようにするためには、イオン源と検出器とを隔離するシールドを追加する必要がある。原則として、RF掃引と共鳴してトラップから放出されたイオンのみが、検出器に到達して信号として計数されるべきである。バックグランドの一因となる浮遊イオンの問題は、自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)に固有のものではなく、最も効果的な解決手段は、当業者には明らかであろう。
【0123】
非調和静電型イオントラップおよび自己共鳴放出に基づく典型的な質量分析計は、静電ポテンシャルおよび極めて小さいRF電圧(100ミリボルト(mV)範囲)しか用いないので、必要電力が極めて小さい(イオン源を除いてミリワット(mW)の範囲において)。このような小さいRF振幅と、四重極型イオントラップ(QITs)や四重極質量フィルタの要件とを比較されたい。四重極型イオントラップ(QITs)や四重極質量フィルタでは、質量分析計に高い電圧RFレベルを供給かつ保持しなければならないので、装置の質量範囲がしばしば制限されてしまう。質量分析計の検出限界が超高真空(UHV)範囲(すなわち10−8トル(Torr)未満)にまで拡大されるので、極めて高い感度を得ることができる。高いデータ取得率も、本発明の技術の極めて重要な特徴である。周波数掃引比率は最高200ヘルツ(Hz)が我々の研究室で立証されており、この現時点での上限は、我々が使用した汎用電子機器の帯域幅およびデータ取得率の限界に単に起因するものである。より高速のデータ取得システムを用いれば、より高いサンプリング比率が容易に得られ、我々の研究室で立証された200ヘルツ(Hz)を超える比率でのフルスペクトル出力が達成できると考えられる。このような性能は、残留気体分析に一般的に用いられる、市場で現在入手可能ないずれの質量分析計からも容易に得ることはできない。よって、本発明の斬新な質量分析計は、例えば、クロマトグラフィーシステム、イオン移動度分光光度計、および昇温脱離法(TPD)の出力など、速い一過性の信号の分析に関して理想的な候補となる。
【0124】
本発明の斬新な質量分析技術は、装置の小寸法、低電力要件および少ない検出限度により、携帯式、かつリモート動作のサンプリングシステムを備えるスタンドアロン型質量分析計の実現ならびに構築に最も理想的である。非調和静電型イオントラップに基づく質量分析計は、水中サンプリングおよび火山ガス分析から実地環境サンプリングまで及ぶリモートセンシング用途において自然と需要が生まれるであろう。さらに、非調和静電型イオントラップは、野外での危険物質および/または爆発性物質の検出に用いる、配置可能なバッテリー式装置の開発の優れた候補である。実際、非調和静電型イオントラップに基づく質量分析計により、高価な小型製造技術で製作する必要のない、卓上式装置に匹敵する質量分析仕様を備えた装着可能な質量分析計を開発する、最初の現実の機会がもたらされると考えられる。
【0125】
試料質量スペクトル
これまで我々の研究室で実施した試験は、そのほとんどを、低圧力で動作させた(すなわち、10−7トル(Torr)未満および電子衝突イオン化(EII))。しかしながら、当該技術の適用性は、10−5トル(Torr)中域までの圧力でも立証された。
【0126】
非調和静電型イオントラップに基づく質量分析計は、装置の適切な最適化により、イオン化されてトラップに充填されるかまたはトラップに送り込まれるほぼ全ての化学種に対して、広い圧力範囲について有用な質量スペクトルを提供できると予測される。幅広い圧力範囲において円滑な動作および定量的反応の線形性を得るには、イオン充填条件および走査条件を動作圧力に応じてパラメータ的に調整する必要のあることが一般に判明している。数多くの様々な装置構成を用いることにより、全圧および/または残留気体組成および/または対象となる性能パラメータに基づいた、トラップ動作パラメータの自動調整が可能となる。
【0127】
標準的な動作モード下では、非調和静電型イオントラップに基づく質量分析計は、一定の相対分解能M/△Mのピークを有する質量スペクトルを一般的に表示する。我々の研究室では、100倍を超える分解能が、図13Aのような小寸法のトラップで容易に達成された。分解能M/△Mは、構造仕様に依存するが、分析される質量には依存しない。結果として、小さい質量のスペクトラルピークは、大きい質量のピークよりも遥かに狭い(△Mが小さい)。本発明の装置は、小さい質量において優れた絶対分解能を有するので、そのセンシング技術は、同位体比測定、軽い気体に基づく漏れ検出、およびクライオポンプの飽和度測定に理想的である。相対分解能の質量非依存性は我々の研究室で実証されており、これは、装置の動作原理の直接的な結果である。
【0128】
非調和静電型イオントラップに基づく質量分析計における質量軸較正は、極めて単純である。放出周波数はトラッピングポテンシャルの平方根にほぼ比例しており、トラップの長さに反比例している。一定の形状およびトラッピングポテンシャルに対して、イオンの放出周波数はその質量電荷比M/qの平方根に関係している。質量較正は単一の質量に対して一般に実行され、その放出周波数が、質量軸較正傾きにわたる質量の平方根および切片パラメータに関連付けられる。質量と周波数との平方根依存性を利用し、周波数スペクトルにおける他の全てのピークに質量をふり当てる。これと同一の方法が、周波数掃引の機能形態に関わらず一般に適用される。高精度の質量分析測定を達成するには、高次項を較正曲線に組み込むことにより、平方根応答の非線形性を説明する必要がある。
【0129】
一般的に、同一の環境条件下で他の質量分析技術を用いて生成した等価なスペクトルと、本発明の技術を適用して生成した質量スペクトルとを直接比較すると、これら2つの装置の異なる動作態様に由来する幾つかの根本的な差異が明らかになる。非調和静電型イオントラップに基づく質量分析計は、四重極質量フィルタに基づく等価な分析計よりもフラグメンテーション量が多い。ほとんどの線形四重極型システムにおいて、フラグメンテーションは電子衝突イオン化プロセスの付随的結果である一方、静電型線形イオントラップでは、イオンがトラップに捕捉された後でのイオンと残留気体分子とのさらなる衝突により、イオンはさらにフラグメントされる。動作パラメータを選択する際、およびスペクトラルライブラリを用いて気体種同定を行う際には、上記のさらなるフラグメンテーションのことを念頭に置く必要がある。異なる化学種に対する相対感度は、数多くのパラメータに依存する。混合物に含まれる異なる気体の気体毎のイオン化効率に加えて、異なるイオンのトラップ内の振動回数および残留時間が質量に依存することも考慮する必要がある。つまり、異なる気体に対する感度の種の依存性は、イオン化方式およびイオン放出パラメータの詳細に関連付けられる。
【0130】
濃度決定時に定量的結果を生成するには、外部較正が一般的に必要となる。相対濃度またはマトリクス気体の量が大きく変化すると質量分析計の他の分析対象の信号に影響を及ぼし得ると考えられるので、トラップにはマトリクス効果も存在する。ユーザは、定量測定を実行するために、ピーク強度を算出する最も適切な手段を選択する必要がある。我々の研究室では幾つかの異なる方式を用いたが、これらの考えの数多くの様々な変更および発展は当業者には明らかであろう。簡単な分析時には、主要なピークを見つけて、そのピーク強度を測定するだけで十分である。また、トラップにおける重いイオンの残留時間が長いことを踏まえて、イオン信号を積分することによって定量結果を生成する方が好適である実験条件もあり得る。我々の一部の実験では、質量スペクトルにおける信号強度を質量依存係数で乗算する必要性が生じた。質量ピークは一般にほぼ対称であり、適切な質量決定を行うにはピークの最大を用いるだけで一般的に十分である。しかしながら、一部の場合においては、さらなる精度を達成するために、質量ピークに対してセントロイドを用いることが必要になり得る。行列反転アルゴリズムに基づくスペクトルデコンボリューション法を用いることにより、複数の気体成分により生じる質量分析計からの複雑なスペクトルを上手く分析することに成功したので、これを使用することも有益であると思われる。一部の用途では、質量スペクトルデータを、全圧などの他の外部信号レベルに対して正規化することにより、良好な定量結果を提供し、かつ、広い圧力範囲にわたって線形性を拡大することが必要となり得る。
【0131】
非調和静電型イオントラップに基づくコンパクト型質量分析計の感度データを、図16Aおよび図16Bに示している。最高3x10−5トル(Torr)の圧力でのトラップ動作を確認することができ、機器による最適化を行わなかった予備データを、図17〜図19に示す。複雑な化学物質を検出できる当該装置の能力は、図20により立証されている。
【0132】
気体圧力が高い場合には、質量分析計の動作が制限されてしまうことがある。というのも、気体圧力が高い場合には、閉じ込められたイオンが、トラップ内の残留気体の中性種と共に拡散されるからである。拡散によってイオンエネルギーは乱れ、イオンの運動の方向性も乱される。拡散されたイオンは閉じ込め状態に留まり得るが、RF周波数(またはバイアス電圧)の当該時点での掃引サイクルではトラップから放出されなくなり得るか、あるいは、拡散されなかった場合よりも早くにトラップから排出され得る。x方向またはy方向へのイオンの排出は、信号の損失につながる。z方向(検出器)への早過ぎる排出は、質量スペクトルにおける不必要な(特徴のない)バックグランド信号およびバックグランドノイズレベルを生成し得る。つまり、中性対イオンの拡散は、非調和トラップを質量分析計として高い作用圧で動作させる際の望ましくない結果である。動作圧が高い場合、分解比(crackingratio)は明らかに影響を受け、遂には、感度が大きく低下する。一般的に圧力が10−6トル(Torr)以上の高い圧力の場合、圧力が増加するにつれて信号レベルが減少することが確認された。この場合、質量分析計のパラメータを調整してトラップ走査条件をチューニングする必要がある。
【0133】
中性対イオンの拡散の断面積は、イオンエネルギーを変数とする、ゆっくりと変化する関数である。つまり、所与の動作圧力において、イオン拡散の確率は、トラップ内でのイオンの総移動距離によって大きく決定される。さらに、この総移動距離は、トラップ内のイオンの瞬間比率(および/またはエネルギー)、ならびにイオン閉じ込めの継続時間によって決まる。すなわち、イオン対中性の拡散は、質量スペクトルを生成するためのトラップの動作手段によって、(1)RF周波数の掃引比率を増加させる、または(2)中央の電極のバイアスの掃引比率を増加させることによって減少できる。実行可能な掃引比率は、RF振幅(閾値制御)によって制限されるので、RF振幅を増加させることにより、さらにイオン閉じ込めの時間を減少することができる。トラップ内のイオン移動距離を抑える他の手段として、イオン放出に必要なイオン比率の範囲を減少させることが挙げられる。これは、RF周波数を走査させる態様において、中央の電極の電圧を減少させることにより実行できる。中央の電極の電圧を走査する動作態様では、中央の電極のバイアスに要求される範囲の数値、およびイオン比率は、低い(一定の)RF周波数で動作させることによって減少できる。中央の電極のバイアスが電子フィラメントのポテンシャルを下回ると、電子がトラップ全体を移動する可能性が生じる。この場合、原則的に、トラップの両半部においてイオン化が大量に発生し得る。
【0134】
低いRF周波数または早い走査比率でトラップを動作させると、分解能が低下してしまうという不都合な作用がある。イオン移動距離を減少させる他の手段として、トラップの横方向の寸法を小さくすることが挙げられる。こうすることにより、同じRF周波数を使用しながら、分解能を低下させることなく高い圧力での応答の線形性を向上させることができる。分解能および/または感度および/または線形性への他の有害な影響は、イオン対イオンの拡散ならびに空間電荷効果によって生じることがある。これらの問題は、トラップ内のイオンの数を減らして動作させることにより軽減することができる。より少ない数のイオンをトラップに導入することにしてもよいし、効率性が劣る内部イオン化手段を使用してもよい。例として、電子放出電流、フィラメントバイアス、イオン化を行う光子束、または準安定中性束を減少させてもよい。しかしながら、通常の動作(低い気体圧力)条件下における質量分析計の感度は、イオン生成を増加させることによって一般的に向上する。
【0135】
質量分析法の用途
自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)は、質量分析計による分析の新しい方法を提供する。自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)による検出は、アセンブリの単純性、低電力消費、小型であること、早い走査比率、高感度、および低い製造コストにより、質量分析計が今まで実用できなかったり、あまりにも高価過ぎて使用できなかった用途においても行えるようにした。
【0136】
静電型線形イオントラップの小寸法に最小の電子機器および低電力消費を組み合わせた自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)は、携帯式および/または野外配置可能および/または電池動作式および/または装着可能な気体分析装置を必要とするサンプリング用途ならびに分析用途において理想的な検出技術である。超高真空(UHV)圧でも高感度の気体分析が実行可能なので、騒音を発し大型であるエネルギー消費の大きい機械(スループット)ポンプを必要とせずに、小型のイオンポンプおよび/または捕捉ポンプを用いる、携帯性の高い真空システムを構築することができる。本章では自己共鳴トラップ型質量分析(ART MS)技術の特定の用途を少数列挙するが、いずれも参考用としてのみである。自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)の適用可能な他の用途は、当業者には明らかであろう。
【0137】
残留気体分析計(RGA)
市販されている残留気体分析計(RGA)のほとんどは、四重極質量フィルタを用いて質量スペクトルを生成する。四重極質量フィルタの質量範囲は、装置の寸法およびRF駆動によって最終的に制限されており、このRF駆動は、質量範囲が大きい質量にまで及ぶようにするために必要である。自己共鳴トラップ型質量分析(ART MS)技術は、基準圧定性化(base pressure qualification)、表面分析(TPD)、およびプロセス分析/制御などに代表される幅広い種類の用途において、四重極型の残留気体分析(RGA)技術にとって代わる可能性がある。半導体チップ製造工場において幅広い種類の自己共鳴トラップ型質量分析(ART MS)による分析計を用いることができ、この場合、基準圧およびプロセス圧での気体分析が、工場におけるプロセス制御のデータストリームの重要な要素になる。さらに、次のようなゲージの組合せを含む、半導体製造産業用の全く新しい高性能/組合せゲージを想定することも可能である:自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)、静電容量型ダイアフラム真空計、電離真空計および熱伝導真空計を全て単一ユニット/モジュールユニットに組み込んだゲージ。自己共鳴トラップ型質量分析(ART MS)の分析計を用いると、その閉じた静電型線形イオントラップ構造、および差動圧送を伴う開いたイオントラップ構造により、想定され得るあらゆるプロセス圧力においてサンプリングすることができる。装置を動作するのに必要な信号の数が少ないことに加えて、必要電力が小さいことにより、センサを駆動電子機器から離れた場所に設置しながら、測定を行いたい箇所での直接的な測定を行うことができる(すなわち、ウェハとゲージとの間の低コンダクタンスの経路に起因する圧力勾配の影響がない)。
【0138】
特定気体検出器
自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)の全力量は、質量のフルスペクトルを提供可能であることに由来するが、自己共鳴トラップ型質量分析(ART MS)による気体分析計は、特定の気体を監視するためだけに用いることも可能である。システムにおける特定の気体を監視することが要求され、単一の専用の気体検出器が選択肢として望ましいとされ得る状況が多数存在する。例えば、半導体処理に用いる高エネルギーイオン注入装置において、六フッ化硫黄(SF6)のレベルを追跡するのが有益であることは知られている。六フッ化硫黄(SF6)はウェハに対して極めて有害な影響を及ぼすものであり、また、電子衝突イオン化(EII)または電子親和力捕獲(Electron affinity capture)によって極めて容易にイオン化される。単一気体の検出は、自己共鳴トラップ型質量分析(ART MS)システムの最大潜在能力を不必要に制限する用途であると捉えられるかもしれないが、実際には、単一種に集中することにより、トラッピング条件および放出条件が単純化されて性能および比率が最適化し、対象となる化学物質をリアルタイムかつ高感度で検出することができる。自己共鳴トラップ型質量分析(ART MS)装置は、特定気体の一定の集団の濃度レベル、すなわち1種以上の気体の濃度レベルを検出および追跡するように構成されてもよい。例えば、自己共鳴トラップ型質量分析(ART MS)センサを火山活動域に用いることにより、火山活動の活発化の兆候を観測しながら、噴気孔に存在する一般的な種に対して試験することも可能である。
【0139】
漏れ検出器
漏れは、真空室において、特に、日常的に空気に曝される真空系において大きな問題である。現場用自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)を用いることにより、1.漏れを早期に検出できる、2.残留気体の予備試験を実行できるので、漏れと単なる気体排出問題とを区別できる、および3.ヘリウム漏れ検出を行うことができる。専用の自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)が、各真空系の標準的な構成品となるのが望ましい。真空系の残留気体に含まれるものが何であるかを把握することが、全圧を知ることに並んでしばしば重要である、または場合によっては、全圧を知ることよりも重要にさえなり得ることは、真空を扱う人達にとっては一般常識である。例えば、プロセスに全く影響のない気体成分が真空室から排気されるのを待つ必要はない。さらに、自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)は小型であるので、小さくて低分解能である磁場型質量分析計または複雑な四重極型イオントラップ(QITs)に従来から頼ってきた携帯式の漏れ検出器に、当然に適合性がよい。
【0140】
クライオポンプ飽和度ゲージ
クライオポンプは蓄積型ポンプであるので、容量は限られている。クライオポンプにおける容量飽和の早期の兆候を検出可能な化学センサを開発する必要がある。容量いっぱいにまで達したポンプは、非常に長い複雑な処理を用いて即座に再生成させ、排気比率を回復させる必要がある。再生成サイクルの前に十分な計画および用意を実行できるように、ポンプの飽和度は測定される必要がある。ポンプ室における気体排出測定は、飽和の初期の兆候を検出する効果的な方法であるとして説明されている。例えば、上昇したヘリウムの量および/または水素の量および/またはネオンの量は、飽和の初期の兆候として役に立ち得る。質量分析計をクライオポンプ室に組み込む構成は今まで数多く検討されてきたが、このような解決手段は、その費用対効果からみて有効でなかった。自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)はこのような状況を改善する新しい機会である。各々のクライオポンプに専用の自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)を取り付けることにより、センサの出力を用いて飽和度判断ができるように、製造工場(すなわち、半導体製造工場)を設計してもよい。自己共鳴トラップ型質量分析(ART MS)装置は、当該用途において所望とされる、高速かつ高感度、および小さい質量における優れた分解能を有する。
【0141】
昇温脱離法の研究
昇温脱離(TPD)測定は、表面分析において一般的に実行される方法である。特定の分子と基板との相互作用の研究を伴う表面分析実験のほとんどは、気体分子の幾つかの層を基板に吸着させてから高速の温度掃引サイクルを実行することにより、これらの気体分子を熱脱離させ、結合エネルギー、および気体と基板との反応性に関する情報を得るものである。昇温脱離(TPD)走査の際には、基板の温度が高速で掃引され、生じた気体が検出されて分析される。基板の極めて近傍に配置される、高速のフルスペクトル分析が可能な質量分析センサが必要となる。自己共鳴トラップ型質量分析法(ART MS)は、当該用途に関してこれまでに開発された中で、恐らく最も優れた質量分析技術であろう。自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)は、昇温脱離のみでなく、表面分析研究で一般的に用いられる光脱離およびレーザアブレーションについても理想的である。
【0142】
同位体比質量分析法
同位体比測定は、通常、研究室および作業現場環境の双方において、質量分析技術を用いて実行される。サンプリングの問題が解消されるので、可能な限り作業現場試験が好ましい。自己共鳴トラップ型質量分析(ART MS)は、高速かつ高分解能の測定能力を有するので、現代の多くの同位体測定要件に対応可能である。自己共鳴トラップ型質量分析(ART MS)は、作業現場配置可能な同位体質量分析(IRMS)装置において最も大きい効果を有すると考えられる。一例として、自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)は、火山活動を測定するのに通常利用されるHe−3/He−4比の実地の火山ガスサンプリング、または油井条件を測定するのに通常利用されるHe−3/He−4比の実地の油井サンプリングに用いることが可能かもしれない。
【0143】
携帯式サンプリングシステム
本発明の斬新な技術は、自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)の(1)コンパクト性、(2)低電力消費および(3)高感度の組合せにより、携帯式の気体分析システムの開発に理想的である。自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)は、質量スペクトル分析が必要である、電力量が極めて限られる実地サンプリングおよびリモートサンプリングの大部分の用途において、四重極型および磁場型などの従来の質量分析計にとって代わり得る。自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)は、溶存気体サンプリング(海洋学および深海学研究)、火山ガスサンプリング、水試料および空気試料における揮発性有機化合物(VOC)分析、環境モニタリング、施設モニタリング、惑星サンプリング、戦場配備、国土防衛配備、空港警備、密封容器試験(正面開口式カセット一体型搬送・保管箱(FOUPS)を含む)など、気体分析のあらゆる分野に使用されることができる。配備機会として、電池または太陽電池パネルを電力用に必要とする全ての野外用途、緊急事態対応時の要員および軍関係者が危険物質または爆発性物質を特定する目的で持ち運ぶ携帯式装置、ならびに遠くの惑星を目的地とする宇宙探査機に搭載される装置が含まれる。自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)は、電気接続および機械アセンブリの単純性、電極構造の堅牢性、ならびにイオン放出作用がトラップポテンシャルの正確な非調和性を要さないことにより、振動および高加速力が存在する用途において完璧な候補となる。自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)は、宇宙探索および上層大気のサンプリング任務において即座に応用が見込まれるであろう。
【0144】
恐らく、携帯式の自己共鳴トラップ型質量分析(ART MS)サンプリングシステムの最も多用途で最も強力である実施形態の1つとして、極めて小さい自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)と物理的寸法の小さいイオンポンプおよび/またはゲッター(NEG Material社)ポンプとを組み合わせたものが挙げられ、これにより、超低電力の気体サンプリング装置が実現できる。この自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)には、放射能源または冷電子エミッタが取り付けられてもよい。パルスガス導入システムを用いれば、短い間隔で気体試料をシステムに導入して分析を行うことにより、試料導入サイクル間で排気処理が高速で行われる。選択的透過膜(膜導入質量分析(MIMS)法)およびリークバルブなど、他の連続的試料導入構成を用いてもよい。携帯式リモートセンサとしては、スタンドアローン質量分析サンプリングシステムまたは携帯式のクロマトグラフィーシステムの終端部に用いられてもよい。公共の場における有毒気体または危険気体の放出を含む緊急事態対応状況での迅速な分析結果を提供できるガスクロマトグラフィ(GC)/質量分析(MS)システムの能力については、過去十年間で証明されており、自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)は、現在利用されているサンプリング装置の寸法および電力消費をさらに抑える好機となる。さらに、自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)をイオン移動度計と組み合わせることにより、空港ならびに他の公共施設における爆発性気体、危険気体および有毒気体の検出に関して新しい分析方法を提供できる。
【0145】
プロセス分析
その低コスト性が、自己共鳴トラップ型質量分析(ART MS)をプロセス分析用途へと後押しする最も大きな力である。質量分析計によって提供される特定気体の情報から恩恵を享受し得る化学プロセスおよび半導体プロセスは数多く存在する。しかしながら、維持費および高額な初期投資コストにより、半導体産業および化学処理産業における質量分析計の採用の普及は、全体的に妨げられてきた。半導体製造装置は、継続または中止ルール(go-no-go rule)を定めたりシステムの汚染レベルを評価したりするのに、しばしば全圧情報を用いる。分圧情報を用いることにより、装置の維持費を減少させたり、歩留まりを向上させたり、製造工場の休止時間を減少させたりできることは、半導体製造産業全体で周知である。しかしながら、半導体産業において質量分析計のコストは十分に正当化することができず、質量分析計の大部分は、少数の特定の用途および箇所に追いやられてきた。自己共鳴トラップ型質量分析計(ART MS)は、半導体産業用に低コストの気体分析計を開発する初の実質的な機会となって、このような状況を変える可能性を有する。製造ライン全体に、全圧測定能力および分圧測定能力を含むセンサの組合せを用いることにより、ベークアウト条件およびプロセス条件を十分に分析して定性化できるかもしれない。プロセス室に直接配置される現場質量分析計は、ベークアウト時およびプロセス時における従来の残留気体分析(RGA)に適用できると考えられ、さらに、例えば漏れ検出および単一気体の検出などのさらなる用途にも使用されるであろう。
【0146】
本発明を、例示的な実施形態を用いて詳細に示し説明したが、当業者であれば、添付の特許請求の範囲に包含される本発明の範囲から逸脱することなく、形態および細部の様々な変更が可能であることを理解できるであろう。
【符号の説明】
【0147】
1,2,3,6,7,31,32 電極(電極構造体)
4,5 開口
10 フィラメント用バイアス電源
16 フィラメント
17,87 検出器
18 電子軌道
19 フィラメント電源
21 RF電源、交流励起源
22 オフセット電源
24 トラップバイアス電源
100 走査制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数のイオンを固有振動数での軌道に閉じ込めるための非調和の静電ポテンシャルを生成する電極構造体と、
前記電極構造体の少なくとも1つの電極に接続された、励起用周波数を有する交流励起源と、
を備えるイオントラップ。
【請求項2】
請求項1において、さらに、前記交流の励起用周波数と前記イオンの固有振動数との振動数差を質量選択的に減少させることにより自己共鳴を達成させる走査制御部を備えるイオントラップ。
【請求項3】
請求項2において、前記走査制御部が、前記イオンの固有振動数よりも高い周波数から前記イオンの固有振動数よりも低い周波数に向かう方向に、前記交流の励起用周波数を掃引するイオントラップ。
【請求項4】
請求項2において、前記イオンの固有振動数が、前記交流励起源の周波数よりも低い振動数から、前記交流励起源の周波数よりも高い振動数に向かって変化するような方向に、前記走査制御部が静電場の強さを掃引するイオントラップ。
【請求項5】
請求項2において、前記電極構造体が、互いに対向した第1および第2のミラー電極構造体と、中央のレンズ電極構造体とを有するイオントラップ。
【請求項6】
請求項5において、前記閉じ込められた複数のイオンが、複数のエネルギーおよび複数の質量電荷比を有するイオントラップ。
【請求項7】
請求項6において、前記交流の励起用周波数の振幅が、前記中央のレンズ電極構造体に印加されるバイアス電圧の絶対値よりも少なくとも1/1000である小さいイオントラップ。
【請求項8】
請求項7において、当該イオントラップにおける最も軽いイオンの固有振動数が、0.5〜5メガヘルツであるイオントラップ。
【請求項9】
請求項8において、第1の対向したミラー電極構造体および第2の対向したミラー電極構造体が、不均一にバイアスされているイオントラップ。
【請求項10】
請求項5において、前記ミラー電極構造体が、その底部の中央に開口を有して前記中央のレンズ電極構造体に向かって開いたカップの形態に成形されており、前記中央のレンズ電極構造体が、軸方向に位置した開口を有するプレートの形態であるイオントラップ。
【請求項11】
請求項5において、前記ミラー電極構造体が、その底部の中央に開口を有して前記中央のレンズ電極構造体に向かって開いたカップの形態に成形されており、前記中央のレンズ電極構造体が、開いた円筒の形態であるイオントラップ。
【請求項12】
請求項5において、前記ミラー電極構造体が、それぞれ、軸方向に位置した開口を有するプレートと、その底部の中央に開口を有して前記中央のレンズ電極構造体に向かって開いたカップとで構成されており、前記中央のレンズ電極構造体が、軸方向に位置した開口を有するプレートの形態であるイオントラップ。
【請求項13】
請求項5において、前記ミラー電極構造体が、それぞれ、軸方向に位置した開口を有する外側のプレートと、軸方向に位置した開口を有する少なくとも1枚の内側のプレートとの少なくとも2枚のプレートで構成されており、前記中央のレンズ電極構造体が、軸方向に位置した開口を有するプレートの形態であるイオントラップ。
【請求項14】
請求項5において、前記ミラー電極構造体が、それぞれ、軸方向に位置した開口を有する外側のプレートと、軸方向に位置した開口を有する第1の内側のプレートと、中央に開口を有する第2の内側のプレートとの3枚のプレートで構成されており、前記中央のレンズ電極構造体が、軸方向に位置した開口を有するプレートの形態であるイオントラップ。
【請求項15】
請求項5において、前記第1の対向したミラー電極構造体が、軸心外に位置した少なくとも1つの開口を底部に有するカップの形態に成形されており、前記第2の対向したミラー電極構造体が、軸方向に位置した開口を底部に有するカップの形態に成形されており、前記中央のレンズ電極構造体が、軸方向に位置した開口を有するプレートの形態であるイオントラップ。
【請求項16】
請求項5において、前記第1の対向したミラー電極構造体が、軸心外において正反対の位置に設けられた少なくとも2つの開口と軸方向に位置した開口とを底部に有するカップの形態に成形されており、前記第2の対向したミラー電極構造体が、軸方向に位置した開口を底部に有するカップの形態に成形されており、前記中央のレンズ電極構造体が、軸方向に位置した開口を有するプレートの形態であるイオントラップ。
【請求項17】
請求項2において、さらに、イオン検出器を備えており、
プラズマイオン質量分析計として構成されたイオントラップ。
【請求項18】
請求項2において、さらに、イオン源を備えており、
イオンビーム源として構成されたイオントラップ。
【請求項19】
請求項2において、さらに、イオン源とイオン検出器とを備えており、
質量分析計として構成されたイオントラップ。
【請求項20】
請求項2において、前記イオンの軌道が、イオン閉じ込め軸心の近傍をこの軸心に沿って延在するイオントラップ。
【請求項21】
請求項20において、当該イオントラップの軸心に関して円筒対称であり、前記イオン閉じ込め軸心が当該イオントラップの軸心と一致するイオントラップ。
【請求項22】
それぞれ、軸方向に位置した開口を有する外側のプレートと、軸方向に位置した開口を有する少なくとも1枚の内側のプレートとの少なくとも2枚のプレートで構成される、第1のミラー電極構造体および第2のミラー電極構造体と、
軸方向に位置した開口を有する、バイアス電圧が印加された中央のレンズ電極のプレートと、
を備えるイオントラップを用いた質量分析計であって、固有振動数を有するイオンをイオン閉じ込め軸心に沿った軌道に閉じ込めるための、前記イオン閉じ込め軸心に沿って非調和な静電ポテンシャルを生成するように前記電極構造体が構成かつ配置されており、さらに、
少なくとも1つの電極に接続され、前記中央のレンズ電極に印加される前記バイアス電圧の絶対値よりも少なくとも1/1000の小さい振幅を有する交流の励起用周波数を発生する交流励起源と、
前記交流の励起用周波数と前記イオンの固有振動数との振動数差を減少させることにより自己共鳴を達成させる走査制御部と、
前記イオントラップの直線状軸心に沿って位置決めされたイオン源と、
イオン検出器と、
を備えるイオントラップ型質量分析計。
【請求項23】
請求項22において、前記イオン源が電子衝突イオン化源であるイオントラップ型質量分析計。
【請求項24】
請求項23において、前記電子衝突イオン化源が、前記イオントラップの直線状軸心に沿って位置決めされているイオントラップ型質量分析計。
【請求項25】
請求項22において、前記イオン検出器が、電子増倍装置を含むイオントラップ型質量分析計。
【請求項26】
請求項25において、前記イオン検出器が、前記イオントラップの直線状軸心に対して軸心外に位置決めされているイオントラップ型質量分析計。
【請求項27】
請求項22において、前記イオン源が、前記イオントラップの直線状軸心に沿って位置決めされた電子衝突イオン化源であり、前記イオン検出器が、前記イオントラップの直線状軸心に対して軸心外に位置決めされた電子増倍装置を含むイオントラップ型質量分析計。
【請求項28】
請求項27において、前記走査制御部が、前記交流の励起用周波数を掃引するイオントラップ型質量分析計。
【請求項29】
請求項28において、前記交流の励起用周波数が、前記イオンの固有振動数よりも高い周波数から前記イオンの固有振動数よりも低い周波数に向かって掃引されるイオントラップ型質量分析計。
【請求項30】
イオントラップにおいて複数のイオンを捕捉する方法であって、
電極構造体によって生成された非調和ポテンシャル内に前記イオンを静電的に捕捉する段階と、
閾値振幅よりも大きい振幅を有する、前記イオンの固有振動数と異なる周波数で交流駆動を印加する段階と、
トラップ条件を変化させて、前記交流駆動の周波数と前記イオンの固有振動数との振動数差が減少するようにし、この差がゼロに達することにより質量選択的に自己共鳴を達成させる段階と、
エネルギーを前記交流駆動から前記イオンに送り込むことにより自己共鳴を維持しながら、前記トラップ条件を変え続ける段階と、
を含む、イオン捕捉方法。
【請求項31】
請求項30において、前記イオンを、イオン閉じ込め軸心の近傍をこの軸心に沿って延びる軌道に固有振動数で閉じ込めることを含み、その閉じ込め用のポテンシャルが前記イオン閉じ込め軸心に沿って非調和であるイオン捕捉方法。
【請求項32】
請求項31において、前記イオントラップが、その軸心に関して円筒対称であり、前記イオン閉じ込め軸心がこのイオントラップの軸心と一致するイオン捕捉方法。
【請求項33】
請求項30において、送り込む前記エネルギーを増加させることによって、前記イオンの振動振幅を増加させることを含むイオン捕捉方法。
【請求項34】
請求項33において、前記電極構造体を、対向するミラー電極構造体と、中央のレンズ電極構造体として設けることを含むイオン捕捉方法。
【請求項35】
請求項34において、前記交流駆動の周波数の振幅を、前記中央のレンズ電極構造体に印加されるバイアス電圧の絶対値よりも少なくとも1/1000に小さくすることを含むイオン捕捉方法。
【請求項36】
請求項35において、前記イオントラップ中の最も軽いイオンの固有振動数を、0.5〜5メガヘルツとすることを含むイオン捕捉方法。
【請求項37】
請求項34において、前記非調和ポテンシャルを、前記イオントラップの直線状軸心に沿って生成することを含むイオン捕捉方法。
【請求項38】
請求項37において、前記複数のイオンが、複数のエネルギーおよび複数の質量電荷比を有することを含むイオン捕捉方法。
【請求項39】
請求項38において、前記トラップ条件を変え続ける段階が、前記交流駆動の周波数を、前記イオンの固有振動数よりも高い周波数から前記イオンの固有振動数よりも低い周波数に向かって、ある掃引比率で走査することを含むイオン捕捉方法。
【請求項40】
請求項39において、前記交流駆動の周波数を走査する前記掃引比率を、当該交流駆動の周波数が減少するにしたがって低下させることを含むイオン捕捉方法。
【請求項41】
請求項38において、前記トラップ条件を変え続ける段階が、前記レンズ電極構造体のバイアスポテンシャルを、あるポテンシャルから、これよりも大きい絶対値を有する他のポテンシャルへと走査することを含むイオン捕捉方法。
【請求項42】
請求項39において、さらに、
前記イオンの振動振幅が前記直線状軸心に沿った前記イオントラップの物理的長さを超えると、前記イオンを放出する段階、
を含むイオン捕捉方法。
【請求項43】
請求項42において、さらに、
イオン検出器を用いて前記イオンを検出する段階、
を含むイオン捕捉方法。
【請求項44】
請求項43において、さらに、
前記イオンを生成する段階、
を含むイオン捕捉方法。
【請求項45】
請求項44において、前記交流駆動の周波数を走査する間、前記イオンを連続的に生成することを含むイオン捕捉方法。
【請求項46】
請求項44において、前記交流駆動の周波数の走査を開始する直前に、前記イオンを生成することを含むイオン捕捉方法。
【請求項47】
請求項42において、さらに、
前記放出されたイオンを、他のイオン操作システムに送り込む段階、
を含むイオン捕捉方法。
【請求項48】
イオントラップを備えた質量分析計を用いて質量スペクトルを取得する方法であって、
電子衝突イオン化を利用したイオン源を用いてイオンを生成する段階と、
電極構造体によって生成された非調和ポテンシャル内に前記イオンを静電的に捕捉する段階と、
閾値振幅よりも大きく且つ前記中央のレンズ電極構造体に印加されるバイアス電圧の絶対値よりも少なくとも1/1000の小さい振幅と、前記イオンの固有振動数よりも高い周波数とで交流駆動を印加する段階と、
前記交流駆動の周波数と前記イオンの固有振動数との振動数差を減少させて、この差をゼロに到達させることにより自己共鳴を達成する段階と、
エネルギーを前記交流駆動から前記イオンに送り込むことによって自己共鳴を維持しながら、高い周波数から低い周波数へと、前記交流駆動の周波数と前記イオンの固有振動数との振動数差が次第に減少する掃引比率で前記交流駆動の周波数を走査し続け、前記送り込まれるエネルギーが増加することによって、前記イオンの振動振幅が増加する段階と、
その直線状軸心に沿った前記イオントラップの物理的長さを、前記イオンの振動振幅が超えると、前記イオンを放出する段階と、
イオン検出器を用いて前記放出されたイオンを検出する段階と、
を含む、質量スペクトル取得方法。
【請求項49】
請求項48において、前記イオン検出器を、電子増倍装置として構成することを含む、質量スペクトル取得方法。
【請求項50】
イオントラップにおいてイオンを捕捉する方法であって、
電極構造体によって生成された非調和ポテンシャル内に前記イオンを静電的に捕捉する手段と、
閾値振幅よりも大きい振幅を有する、前記イオンの固有振動数と異なる周波数で交流駆動を印加する手段と、
トラップ条件を変化させて、前記交流駆動の周波数と前記イオンの固有振動数との振動数差が減少するようにし、この差がゼロに達することにより質量選択的に自己共鳴を達成させる手段と、
エネルギーを前記交流駆動から前記イオンに送り込むことにより自己共鳴を維持しながら、前記トラップ条件を変え続ける手段と、
を設ける段階を含むイオン捕捉方法。
【請求項51】
a.イオン源、
b.イオン検出器、および
c.非調和ポテンシャルを有する真空雰囲気中のイオントラップにおいて静電的にイオンを閉じ込めるために用いられる少なくとも3つの電極を備えた質量分析計であって、
d.前記少なくとも3つの電極のうち少なくとも1つの電極が静電バイアス電源に接続されており、
e.前記少なくとも3つの電極のうち少なくとも1つの電極が小振幅のRF信号を生成するRF電源の出力に接続されており、
f.前記RF信号または前記静電バイアス電源が、知られた質量電荷比M/qのイオンを、前記非調和ポテンシャルを有するイオントラップから前記イオン検出器へと選択的に放出するために用いられ、前記RF信号の周波数が、ある周波数範囲にわたって掃引されるか、または前記静電バイアス電源の出力が掃引されることにより、前記非調和ポテンシャルを有するイオントラップから複数の質量電荷比M/qのイオンが連続的に放出され、前記イオン検出器の出力から質量スペクトルが得られる、質量分析計。
【請求項52】
請求項51において、前記非調和ポテンシャルを有するイオントラップ内部において閉じ込められたイオンの軌道を平行線状に延在するように支援し、かつ、各質量電荷比M/qのイオンの各周回に対して、および当該質量電荷比M/qのイオンの各瞬間エネルギーに対して、当該閉じ込められたイオンの軌道の移動時間を均一化するように、前記電極が構成されている、質量分析計。
【請求項53】
請求項51において、知られた質量電荷比M/qのイオンが、前記イオン検出器が配置されている方向にのみ放出されるように、前記少なくとも3つの電極における少なくとも1つが直流電源に接続されている質量分析計。
【請求項54】
請求項51において、前記RF信号の周波数が、高周波数から低周波数の間で繰り返し掃引されることにより、前記非調和ポテンシャルを有するイオントラップから全ての質量電荷比M/qのイオンが繰り返し連続的に放出される質量分析計。
【請求項55】
請求項54において、前記繰り返しの周波数掃引の掃引比率を制御することにより、全ての質量電荷比M/qのイオンの放出の時間間隔が改良されるように、全ての質量電荷比M/qのイオンを繰り返し連続的に放出する質量分析計。
【請求項56】
請求項54において、前記繰り返しの周波数掃引が十分に低速、かつ前記RF信号の振幅が十分に小さいことにより、単一の質量電荷比M/qのイオンのみを同時に放出することができる質量分析計。
【請求項57】
請求項51において、前記イオン源が、前記非調和ポテンシャルを有するイオントラップでのサンプリング用の低圧気体と、前記非調和ポテンシャルを有するイオントラップ内を移動する電子を発生させる電子源とを備えている質量分析計。
【請求項58】
請求項57において、前記電子源が、前記非調和ポテンシャルを有するイオントラップの軸心外に配置されている質量分析計。
【請求項59】
請求項58において、前記電子源が、前記非調和ポテンシャルを有するイオントラップ内においてイオンが最適のエネルギー分布で生成されるように電子ビームを向ける質量分析計。
【請求項60】
請求項51において、前記イオン源が、前記非調和ポテンシャルを有するイオントラップでのサンプリング用の低圧気体と、前記非調和ポテンシャルを有するイオントラップを通過する光子を発生させる、少なくとも1つの高強度光子の生成源とを備えている質量分析計。
【請求項61】
請求項51において、前記イオン源が、前記非調和ポテンシャルを有するイオントラップでのサンプリング用の低圧気体と、前記非調和ポテンシャルを有するイオントラップを通過する高エネルギー粒子を発生させる、少なくとも1つの高エネルギー粒子の生成源とを備えている質量分析計。
【請求項62】
請求項51において、前記イオン源は前記非調和ポテンシャルを有するイオントラップの外部に位置しており、前記少なくとも3つの電極のうち少なくとも1つの静電バイアスが、前記非調和ポテンシャルを有するイオントラップの空間領域にイオンを導入可能にする比率で切り替え可能である質量分析計。
【請求項63】
請求項51において、前記イオン検出器が、少なくとも1つの電子増倍装置を含んでいる質量分析計。
【請求項64】
請求項63において、前記少なくとも1つの電子増倍装置が、前記非調和ポテンシャルを有するイオントラップの直接の見通し線上に配置されていない質量分析計。
【請求項65】
請求項51において、前記イオン検出器が、少なくとも1つのシンチレーション光子生成源と、光子を撮像または計数する手段とを備えている質量分析計。
【請求項66】
請求項51において、前記真空が、低出力イオンポンプのみで維持されていない質量分析計。
【請求項67】
前記非調和ポテンシャルを有するイオントラップから、知られた質量電荷比M/qのイオンのパルスビームを生成するのに用いられる請求項51に記載の質量分析計。
【請求項68】
請求項51において、前記イオン源が、全イオン生成率を最適化して前記質量スペクトルの分解能に有効に作用するように制御されている質量分析計。
【請求項69】
請求項51において、当該質量分析計の出力信号の線形性を向上させるために、前記イオントラップ内に含まれるイオンの数が、当該イオントラップ内へのイオンの導入を制限する、またはイオンを生成する前記手段の活動を制限することによって抑えられる質量分析計。
【請求項70】
請求項51において、当該質量分析計の出力信号の感度を向上させるために、前記イオントラップ内に含まれるイオンの数が、当該イオントラップ内へのイオンの導入を制御する、または前記イオン源の活動を制御することによって制御される質量分析計。
【請求項71】
請求項51において、当該質量分析計の出力信号の線形性を向上させるために、前記RF信号の周波数の変化比率が、前記イオントラップ内にイオンが静電的に閉じ込められる時間を減少するように増加される質量分析計。
【請求項72】
請求項51において、当該質量分析計の出力信号の線形性を向上させるために、前記静電バイアス電源の出力バイアスの変化比率が、前記イオントラップ内にイオンが静電的に閉じ込められる時間を減少するように増加される質量分析計。
【請求項73】
請求項71において、前記RF信号の振幅が、当該RF信号の周波数の変化率の最大値を増加させるために増大されている質量分析計。
【請求項74】
請求項72において、前記RF信号の振幅が、前記静電バイアス電源の前記出力バイアスの変化率の最大値を増加させるために増大されている質量分析計。
【請求項75】
請求項51において、動作圧力が高い場合に、当該質量分析計の出力信号の線形性を向上させるために、前記静電バイアス電源のバイアスが、前記イオントラップ内でのイオンの固有振動数を低下させるように減少される、質量分析計。
【請求項76】
請求項51において、当該質量分析計の出力信号の線形性を向上させるために、当該質量分析計の長さ寸法が、前記イオントラップ内でのイオンの移動距離を減少させるように短くされている質量分析計。
【請求項77】
請求項51において、前記イオン源が、電荷移動や、電荷付着や、イオンを生じる解離フラグメンテーションや、イオン生成のあらゆる化学的手段など、前記イオントラップ内の粒子の強力な相互作用を含む質量分析計。

【図1】
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【図2A】
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【図2B】
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【図3】
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【図4A】
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【図4B】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9A】
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【図9B】
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【図9C】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13A】
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【図13B】
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【図14A】
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【図14B】
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【図15】
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【図16A】
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【図16B】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【公表番号】特表2010−509732(P2010−509732A)
【公表日】平成22年3月25日(2010.3.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−536335(P2009−536335)
【出願日】平成19年11月13日(2007.11.13)
【国際出願番号】PCT/US2007/023834
【国際公開番号】WO2008/063497
【国際公開日】平成20年5月29日(2008.5.29)
【出願人】(398029692)ブルックス オートメーション インコーポレイテッド (81)
【Fターム(参考)】