説明

非ヒト被験体における腫瘍の有無または腫瘍の悪性度を診断する方法、システムおよびキット

【課題】非ヒト動物の腫瘍を良性と悪性に識別したり、非ヒト動物の腫瘍の悪性度を診断する方法の提供。
【解決手段】非ヒト被験体における腫瘍の有無または腫瘍の悪性度を診断するために、非ヒト被験体から提供されたサンプルを用いて該被験体のマイクロサテライトマーカーの2つ以上についての配列情報を取得する工程、および、取得した2つ以上の配列情報をそれぞれに対応するコントロールと比較する工程を包含する方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は腫瘍を評価するための技術に関し、より詳細にはマイクロサテライトマーカーを用いた腫瘍の評価および診断に関する。
【背景技術】
【0002】
イヌの乳腺腫瘍は、獣医師が最も多く遭遇する腫瘍の症例である。乳腺腫瘍には、良性および悪性があり、これらは病理組織学的検査によって識別されている。病理組織学的検査による診断結果は、診断医の主観によって影響されやすいため、同一サンプルに対する見解が各診断医によって異なることがある。また、病理組織学的検査には、基本的に切除病変が必要とされるため、検査を行うために被験体へ負荷を強いることになる。微量のサンプルを用いて客観的な結果を取得し得る遺伝子検査によってイヌ乳腺腫瘍を評価する技術が望まれている。
【0003】
真核生物では、1塩基〜5塩基からなる単位を繰り返す特徴的な配列「マイクロサテライト遺伝子座」が、ゲノム上に多数分散している。マイクロサテライト遺伝子座(マイクロサテライト)は、個体識別、親子鑑定、癌の診断等の分析に用いられている。腫瘍細胞のゲノムでは、しばしば特定領域の欠損(ヘテロ接合性喪失;LOH)やマイクロサテライトマーカーの長さの変化(マイクロサテライト不安定性;MSI)が認められる。ヒトでは、マイクロサテライト不安定性が、病状の見通し(予後)や化学療法に対する反応などと関係していることを示す報告がある。
【0004】
特許文献1には、特定のマイクロサテライトの不安定性を検出してその結果を腫瘍診断に用いることが開示されている。非特許文献1および2には、イヌの乳腺腫瘍とマイクロサテライト不安定性との相関に関する報告がなされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特表2004−533241号(公表日:平成16年11月4日)
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】McNiel et. al.,J. Vet. Intern. Med. 21: 1034-1040 (2007)
【非特許文献2】Yoshikawa et. al.,J. Vet. Med. Sci. 67(10): 1013-1017 (2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1には、ゲノムDNAの供給源として種々の哺乳動物が挙げられているが、ヒトゲノム以外の具体的なマイクロサテライトについて何ら言及されていない。また、特許文献1には、正常サンプルと腫瘍サンプルとの識別が開示されているが、良性腫瘍と悪性腫瘍との識別の観点について何ら言及されていない。また、非特許文献1では、21種類のマイクロサテライトにおけるマイクロサテライト不安定性とイヌ乳腺腫瘍との関連性を検討し、いずれのマイクロサテライトもイヌ乳腺腫瘍の悪性度と関係ないとの結論を報告している。非特許文献2では、ゲノム不安定性(ヘテロ接合性喪失)を示す特定領域が、イヌ乳腺腫瘍に関与していることが示唆されるものの、イヌ乳腺腫瘍の悪性度の診断に利用し得るものでないと結論付けている。
【0008】
このように、非ヒト動物の腫瘍を良性と悪性に識別したり、非ヒト動物の腫瘍の悪性度を診断したりするに好適な技術はこれまで知られていない。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記の課題を解決するために、本発明は以下の構成を有していることを特徴としている。
【0010】
本発明の方法は、非ヒト被験体の腫瘍のリスクおよび悪性度を診断するために、非ヒト被験体から提供されたサンプルを用いて該被験体のマイクロサテライトマーカーの2つ以上についての配列情報を取得する工程、および、取得した2つ以上の配列情報をそれぞれに対応するコントロールと比較する工程を包含することを特徴としている。本発明を用いれば、非ヒト被験体における腫瘍の有無を診断することや、該被験体が有している腫瘍の悪性度を診断することができる。本発明の方法によって非ヒト被験体における腫瘍の悪性度を診断する場合は、対象とする腫瘍が固形腫瘍であることが好ましく、取得した配列情報がコントロールと同一である場合に、該当するサンプルにおいてゲノム不安定性が陰性であると判定し、取得した配列情報がコントロールと異なる場合に、該当するサンプルにおいてゲノム不安定性が陽性であると判定する工程をさらに包含することが好ましい。上記コントロールは、本発明において配列情報が取得されるDNA領域についての、正常組織から取得された配列情報であり、本発明を実行する際に取得されてもよく、予め取得されていてもよい。本発明において、上記ゲノム不安定性は、ヘテロ接合性喪失および/またはマイクロサテライト不安定性であることが好ましい。
【0011】
本発明のキットは、非ヒト被験体における腫瘍の有無または腫瘍の悪性度を診断するために、第一のプライマーと第二のプライマーとの対を2対以上備えていることを特徴としており、この場合、第一のプライマーと第二のプライマーとの対は、C13.900、C22.763、AHT137、AHT117、CPH14、CPH5、AHTK209、FH3837、FH3113、FH2175、FH2305およびFH2594からなる群より選択されるマイクロサテライトマーカーを増幅し得るプライアー対であればよく、好ましくは、第一のプライマーが、配列番号1,3,5,7,9,11,13,15,17,19,21および23からなる群より選択される塩基配列からなり、第二のプライマーが、それぞれ配列番号2,4,6,8,10,12,14,16,18,20,22および24からなる群より選択される塩基配列からなり得る。
【0012】
本発明のシステムは、上述した方法を実現するためのシステムであり、非ヒト被験体における腫瘍の有無を診断するため、または非ヒト被験体における腫瘍の悪性度を診断するために、(i)非ヒト被験体から提供されたサンプルを用いて該被験体のマイクロサテライトマーカーの2つ以上についての配列情報を取得する取得手段、および、(ii)取得した2つ以上の配列情報をそれぞれに対応するコントロールと比較する比較手段、が設けられていることを特徴としている。また、本発明のシステムによって非ヒト被験体における腫瘍の悪性度を診断する場合は、対象とする腫瘍が固形腫瘍であることが好ましく、(iii)取得した配列情報がコントロールと同一である場合に、該当するサンプルにおいてゲノム不安定性が陰性であると判定し、取得した配列情報がコントロールと異なる場合に、該当するサンプルにおいてゲノム不安定性が陽性であると判定する判定手段、がさらに設けられていることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明は、病理組織学的検査(形態学的検査)とは異なる視点の、腫瘍の客観的な検査法を提供する。本発明を用いれば、病状の客観的な見通しを簡便に得ることができる。また、本発明を用いれば、高齢の被験体に対する手術の要否を事前に知ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明は、非ヒト被験体の腫瘍のリスクおよび悪性度を判定する判定方法を提供する。本発明を用いれば、非ヒト被験体における腫瘍の有無を診断することができる。また、本発明を用いれば、非ヒト被験体における腫瘍の悪性度を診断することができる。すなわち、本発明は、非ヒト被験体における腫瘍の有無または腫瘍の悪性度を診断する診断方法である。
【0015】
なお、本発明の診断方法を用いることにより、非ヒト被験体における腫瘍の有無または腫瘍の悪性度を診断し得るだけでなく、腫瘍の有無または腫瘍の悪性度の判断基準を提供することができるので、非ヒト被験体が腫瘍を有しているか否かの診断や非ヒト被験体の腫瘍が良性であるか悪性であるかの診断が容易になる。すなわち、本発明にかかる診断方法は、腫瘍の有無または腫瘍の悪性度の診断基準または判定基準を提供する方法(例えば、非ヒト被験体における腫瘍の有無または腫瘍の悪性度を診断するためのデータを取得する方法)でもあり得る。
【0016】
本明細書中にて使用される場合、用語「非ヒト被験体」は、非ヒト動物が意図され、「非ヒト動物」としては、例えば、ヒトを除く哺乳類、および鳥類を挙げることができる。ヒトを除く哺乳類としては、特に限定されるものではなく、例えば、ウシ、イノシシ、ブタ、ヒツジ、ヤギ等の偶蹄類、ウマ等の奇蹄類、マウス、ラット、ハムスター、リス等のげっ歯類、ウサギ等のウサギ目、イヌ、ネコ、フェレット等の食肉類等を挙げることができる。また、鳥類としては、特に限定されるものではなく、例えば、アヒル、ニワトリ、ハト、インコ等を挙げることができる。また、これらの非ヒト動物は、家畜またはコンパニオンアニマルであることに限定されるものではなく、野生動物であってもよい。また、本発明にかかる組成物を適用する非ヒト動物は、小動物〜大動物のいずれであってもよい。ここで、「小動物」とは、例えば、イヌ、ネコ、ハムスター、ウサギ、ニワトリ等のような動物が意図され、「大動物」とは、例えば、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、ヤギ等のような動物が意図される。本発明の適用対象としての非ヒト被験体は、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ヒツジ、マウス、ラット、ウサギが好ましく、イヌ、ネコがより好ましく、イヌが最も好ましい。
【0017】
本明細書中にて使用される場合、用語「サンプル」は、マイクロサテライトマーカーの配列情報を取得するためのゲノムDNAを抽出し得るものであれば特に限定されず、非ヒト被験体から採取された任意の組織(血液等の体液を含む。)、細胞(血球、口腔粘膜細胞を含む。)、毛髪、毛根、皮膚、生検材料等が意図され、これらから調製された組織切片または細胞溶解物もまたサンプルに包含され得る。本発明に用いるに好ましい体液としては、血液、唾液、尿、間質液、汗、およびこれらからの調製物(例えば、血清、血漿など)などが挙げられる。なお、サンプル取得の第一段階として組織または細胞を非ヒト被験体から直接取り出す工程や、取得手段に提供するためのサンプルを、取り出した組織または細胞から調製する工程、判定工程によって得られた結果を用いて、腫瘍の有無または腫瘍の悪性度の診断を獣医師が下す工程が、本発明に含まれてもよい。
【0018】
「腫瘍」は新生物(neoplasm)としても知られ、新生物細胞を含む新生物(new growth)である。また「新生物細胞」は増殖疾患を有する細胞としても知られており、異常に高速に増殖する細胞が意図される。新生物は異常な組織成長物であり、概して別個の集団を形成し、それらは正常な組織成長物よりもより急速な細胞増殖により成長する。新生物は部分的または全体的に、正常組織との構造的な組織化、および/または機能的協調の欠陥を呈する。
【0019】
腫瘍は良性(良性腫瘍)または悪性(悪性腫瘍または癌)であり得る。悪性腫瘍は、大きく3つの主要タイプに分類され得る。上皮構造から発生した悪性腫瘍は、癌腫と呼ばれる。筋肉、軟骨組織、脂肪、または骨のような結合組織由来の悪性腫瘍は肉腫と呼ばれ、免疫系成分を含む造血構造(血液細胞形成に関連する構造)に影響する悪性腫瘍は白血病またはリンパ腫と呼ばれる。他の新生物として、神経線維腫が挙げられるが、これに限定されない。
【0020】
本発明の適用対象としての腫瘍は固形腫瘍が好ましい。本明細書中で使用される場合、用語「固形腫瘍」は、白血病以外の腫瘍が意図されるが、膵臓癌、前立腺癌、子宮内膜癌、乳癌、膀胱癌、腎癌、皮膚扁平上皮癌、頭頚部癌(例えば、扁平上皮細胞頭頚部癌)、肺癌(例えば、非小細胞肺癌(NSCLC))、消化管腫瘍(例えば、食道腫瘍、胃癌、小腸腫瘍、および大腸腫瘍(例えば、結腸および縁部のポリープならびに肛門直腸癌))、神経膠腫、および中皮腫などが特に意図される。
【0021】
イヌおよびネコでは乳腺腫瘍が多く観察され、悪性腫瘍(すなわち乳癌)の早期発見が望まれている。また、ネコの乳腺腫瘍の80%以上が「悪性」であるが、イヌの乳腺腫瘍は「良性」と「悪性」の比率が約50%であるので、イヌの乳腺腫瘍の「良性」と「悪性」を識別することは非常に有用である。特に、イヌの乳腺腫瘍は、「悪性」であっても、早期に発見しかつ治療すれば、治る確率がネコよりも高いため、腫瘍の検査を客観的かつ簡便に行い得ることは非常に有用である。
【0022】
本発明の方法は、非ヒト被験体から提供されたサンプルを用いて該被験体のマイクロサテライトマーカーの2つ以上についての配列情報を取得する工程、および、取得した2つ以上の配列情報をそれぞれに対応するコントロールと比較する工程を包含することを特徴としている。本発明は、非ヒト被験体における腫瘍の有無または腫瘍の悪性度を判定するために用いられることが好ましい。
【0023】
本発明は、取得した配列情報がコントロールと同一である場合に、該当するサンプルにおいてゲノム不安定性が陰性であると判定し、取得した配列情報がコントロールと異なる場合に、該当するサンプルにおいてゲノム不安定性が陽性であると判定する工程をさらに包含してもよい。上記コントロールは、本発明において配列情報が取得されるDNA領域についての、正常組織から取得された配列情報であり、本発明を実行する際に取得されてもよく、予め取得されていてもよい。
【0024】
本発明に用いられるマイクロサテライトマーカーは、C13.900、C22.763、AHT137、AHT117、CPH14、CPH5、AHTK209、FH3837、FH3113、FH2175、FH2305およびFH2594からなる群より選択されることが好ましく、これらのマイクロサテライトマーカーの配列決定またはフラグメント解析が行われることが好ましい。例えば、本発明における配列情報を取得する工程において、第一のプライマーと第二のプライマーとの対を2対以上用いたPCRが行われてもよく、PCRに利用可能なプライマー対は当業者によって適宜設計され得る。例えば、第一のプライマーが、配列番号1,3,5,7,9,11,13,15,17,19,21および23からなる群より選択される塩基配列からなり、第二のプライマーが、配列番号2,4,6,8,10,12,14,16,18,20,22および24からなる群より選択される塩基配列からなってもよいが、これらに限定されない。このような第一のプライマーと第二のプライマーとのプライマー対の例は、具体的には、後述する実施例の表1に示されている。また、これらのプライマー対を用いたPCRの条件は、当業者によって適宜設計され得る。なお、上記配列決定は、PCRによるDNAの増幅およびDNAの化学修飾が不要な次々世代シーケンサーによって行われてもよい。
【0025】
このように、本発明の方法は、非ヒト被験体から非ヒト被験体から提供されたサンプルを用いて該被験体のマイクロサテライトマーカーの2つ以上についてのゲノム不安定性(マイクロサテライト不安定性および/またはヘテロ接合性喪失)の有無を検出すればよいといえる。後述する実施例に示すように、本発明は、イヌの乳腺腫瘍に関して、腫瘍の悪性度を判定するに非常に有用である(感度が79.2%、特異性が95.5%)。イヌの乳腺腫瘍とマイクロサテライトマーカーとの関連性を否定する報告がなされていることから、このような結果は当業者が予測し得るものでない。なお、非ヒト動物におけるマイクロサテライトに関する配列情報はすでに公知であり、当業者であれば容易に入手し得る。また、マイクロサテライト不安定性やヘテロ接合性喪失を確認するためのツールはすでに市販されているものが利用可能である。よって、本発明は実施例に限定されない。
【0026】
本発明は、病理組織学的検査(形態学的検査)とは異なる視点の、腫瘍の客観的な検査法であり、これにより、本発明は、インフォームドコンセントに必要な、客観的な情報(病状の見通しなど)を提供することができる。さらに、本発明は、切除することなく少量のサンプルでの検査が可能な手法である。これは、特に手術を避けたい高齢の被験体に有用であり、手術の要否を事前に知るための技術として非常に有用である。
【0027】
本発明はまた、非ヒト被験体における腫瘍の有無または腫瘍の悪性度を判定するためのキットを提供する。本発明のキットは、上記プライマー対を2対以上備えていることを特徴としている。
【0028】
本明細書中において使用される場合、用語「キット」は、特定の材料を内包する容器(例えば、ボトル、プレート、チューブ、ディッシュなど)を備えた包装が意図される。好ましくは各材料を使用するための指示書を備える。本明細書中においてキットの局面において使用される場合、「備えた(備えている)」は、キットを構成する個々の容器のいずれかの中に内包されている状態が意図される。本発明のキットにおいて、第一のプライマーと第二のプライマーは別々の容器に入れられていることが好ましいが、同一容器に入れられていてもよい。「指示書」は、紙またはその他の媒体に書かれていても印刷されていてもよく、あるいは磁気テープ、コンピューター読み取り可能ディスクまたはテープ、CD−ROMなどのような電子媒体に付されてもよい。本発明のキットはまた、希釈剤、溶媒、洗浄液またはその他の試薬を内包した容器を備え得る。さらに、本発明のキットは、腫瘍の治療に適用するために必要な器具をあわせて備えていてもよい。
【0029】
本発明はさらに、上述した方法を実現するための手段が設けられたシステムを提供する。すなわち、本発明は、非ヒト被験体における腫瘍の有無を診断するシステム、および非ヒト被験体における腫瘍の悪性度を診断するシステムを提供する。本発明のシステムには、(i)非ヒト被験体から提供されたサンプルを用いて該被験体のマイクロサテライトマーカーの2つ以上についての配列情報を取得する取得手段、および、(ii)取得した2つ以上の配列情報をそれぞれに対応するコントロールと比較する比較手段が設けられている。取得手段としては、配列決定またはフラグメント解析を行うための公知の装置または機器が挙げられる。また、比較手段としては、コンピューターの演算部(CPU)が挙げられる。
【0030】
本発明のシステムによって非ヒト被験体における腫瘍の悪性度を診断する場合は、対象とする腫瘍が固形腫瘍であることが好ましく、この場合、本発明のシステムには、(iii)取得した配列情報がコントロールと同一である場合に、該当するサンプルにおいてゲノム不安定性が陰性であると判定し、取得した配列情報がコントロールと異なる場合に、該当するサンプルにおいてゲノム不安定性が陽性であると判定する判定手段、がさらに設けられていることが好ましい。コントロールについては、上記方法の説明を参照のこと。また、本発明のシステムには、(iv)ゲノム不安定性が陽性である場合に、該当するサンプルを提供した非ヒト被験体の固形腫瘍が悪性であるとの診断結果を下す診断手段、がさらに設けられていてもよい。上記判定手段および診断手段もまた、コンピューターの演算部(CPU)であってよい。
【0031】
なお、コントロールについての情報は、正常な組織に由来するサンプルを用いて上記取得手段によって取得してもよく、予め取得された情報が記録手段に記録されていてもよい。すなわち、本発明のシステムには、(v)上記コントロールを記録する記録手段、がさらに設けられていてもよい。記録手段としては、コンピューターに利用可能な記録媒体が挙げられる。さらに、本発明のシステムには、(vi)非ヒト被験体から組織または細胞を取り出す手段や、取得手段に提供するためのサンプルを、取り出した組織または細胞から調製する手段が設けられていてもよい。
【0032】
一実施形態において、本発明が、「ROMやRAMなどの記録媒体に格納されたプログラムコードをCPUなどの演算手段が実行することで実現される」場合、比較手段としてのCPUは、取得手段によって取得された配列情報(第一の配列情報)を、記録手段としての記録媒体から出力されたコントロール(第二の配列情報)と比較する。そして、判定手段としてのCPUは、得られた比較結果に基づいて、第一の配列情報を提供した非ヒト被験体の固形腫瘍におけるゲノム不安定性の陽性または陰性を判定し、その結果を表示するために表示手段へ出力するか、または記録媒体に保存する。
【0033】
本発明を用いれば、病理組織学的検査による評価結果との相関関係を数値化し、検査の有用性を示すデータを得ることができる。
【実施例】
【0034】
本実施例では、ゲノム不安定性の有無を判定するため、腫瘍組織におけるマイクロサテライトマーカーを、正常組織におけるものと比較した。すなわち、同一個体における正常組織サンプルおよび腫瘍組織サンプルからゲノムDNAを抽出し、これらをテンプレートとしたPCRによってマイクロサテライト遺伝子座を増幅し、遺伝子型を決定した。ゲノム不安定性の有無は、後述する判定基準に従って判定した。
【0035】
〔マイクロサテライトマーカー〕
本発明者らは、マイクロサテライトマーカー12種類を選定し、これらの領域を増幅するためのプライマーを設計した。
【0036】
【表1】

【0037】
〔乳腺腫瘍組織サンプル〕
乳腺腫瘍サンプルは腫瘍ごとに予め病理組織学的検査による診断によって、良性腫瘍および悪性腫瘍に分類した。各腫瘍に対応する同一個体の正常組織としては、血液、または腫瘍部位以外の組織を用いた。
【0038】
〔マイクロサテライトマーカーのマルチプレックスPCR〕
同一個体から得た正常サンプルおよび腫瘍組織サンプルからDNAを抽出した。抽出には、サンプルが血液またはその他の新鮮組織の場合はQIAGEN QIAamp DNA mini Kitを用い、パラフィンブロックの場合はQIAGEN QIAamp DNA FFPE tissue Kitを用いた。抽出手順は抽出キットに添付されたプロトコールに従った。表2に詳細を示すとおり、20μLの反応系で2〜10ngのDNAをテンプレートとしてQIAGEN Type-it Microsatellite PCR Kitを用い、表3の反応条件にてPCR反応を行った。
【0039】
【表2】

【0040】
【表3】

【0041】
各PCR産物を脱イオン水で10〜50倍に希釈した後に、その0.5μLを0.2μLのサイズスタンダード(CEQサイズスタンダード - 400)および40μLの脱イオンホルムアミドと混合した。PCR産物の分離および検出はCEA8000遺伝子解析システム(ベックマンコールター社)を用いて、標準的なプロトコールに従い実施した。
【0042】
〔ゲノム不安定性の判定基準〕
フラグメント解析ソフトウエア(ベックマンコールター社)により得られたエレクトロフェログラムを確認し、各PCR産物に由来するピークの数およびサイズを決定した。特定のマイクロサテライトマーカーについて、正常組織からは、ホモ接合性であれば1つ、ヘテロ接合性であれば2つのピークが得られる。同一個体の腫瘍組織サンプルにおいて、正常組織では見られない1以上の異なるサイズのピークが得られた場合、その症例をマイクロサテライト不安定性が陽性であると判定した。また、ヘテロ接合性を示すマイクロサテライトでは、正常組織で見られる2つのピークの高さの比(サイズの小さい方のピークの高さ/サイズの大きい方のピークの高さ)をa、腫瘍組織で見られる2つのピークの高さの比(サイズの小さい方のピークの高さ/サイズの大きい方のピークの高さ)をb、としたとき、a/bの値が2以上または0.5以下であった場合、その腫瘍サンプルをヘテロ接合性の喪失が陽性であると判定した。ある腫瘍サンプルについて、検査した15のマイクロサテライトマーカーのうち少なくとも1つにおいて、マイクロサテライト不安定性またはヘテロ接合性の喪失が陽性であったものを、ゲノム不安定性が陽性であると判定した。
【0043】
各腫瘍サンプルについてのゲノム不安定性解析結果を表4に示した。
【0044】
【表4】

【0045】
表中、MSIは「マイクロサテライト不安定性」を示し、LOHは「ヘテロ接合性喪失」を示し、n.d.は「データ未取得」を示し、空欄は「変異無し」を示す。また、得られた結果を分類した(表5)。
【0046】
【表5】

【0047】
表5に示すように、病理組織学的検査によって良性と診断されたものについては、そのほとんどがゲノム不安定性を示さなかったが、病理組織学的検査によって悪性と診断されたものについては、80%の感度でゲノム不安定性を示した。このように、本発明の手法の感度が79.2%であり、特異性が95.5%であり、腫瘍の悪性度を判定するに非常に有用であることがわかった。
【0048】
また、本実施例では、予め分類された良性腫瘍および悪性腫瘍に対する病理組織学的検査と、マイクロサテライトにおけるゲノム不安定性に関する遺伝子検査との相関を調べたが、示されたように両者が高度に相関するということは、病理組織学的検査を行うことなくマイクロサテライトに関する遺伝子検査のみにて、非ヒト被験体における腫瘍の有無または腫瘍の悪性度を診断することができるといえる。
【0049】
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【産業上の利用可能性】
【0050】
本発明は、インフォームドコンセントに必要な情報(病状の見通しなど)が得られる客観的な手法として非常に有用である。また、本発明は、病理組織学的検査(形態学的検査)とは異なる視点の、腫瘍の客観的な検査法として非常に有用である。さらに、本発明は、切除することなく少量のサンプルでの検査が可能な手法として、特に手術を避けたい高齢の被験体に有用であり、手術の要否を事前に知るための技術として非常に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非ヒト被験体から提供されたサンプルを用いて該被験体のマイクロサテライトマーカーの2つ以上についての配列情報を取得する工程、および、取得した2つ以上の配列情報をそれぞれに対応するコントロールと比較する工程を包含する、非ヒト被験体における腫瘍の有無または腫瘍の悪性度を診断する方法。
【請求項2】
非ヒト被験体から提供されたサンプルを用いて該被験体のマイクロサテライトマーカーの2つ以上についての配列情報を取得する取得手段、
取得した2つ以上の配列情報をそれぞれに対応するコントロールと比較する比較手段、
取得した配列情報がコントロールと異なる場合に、該当するサンプルにおいてゲノム不安定性が陽性であると判定する判定手段、および
ゲノム不安定性が陽性であると判定されたサンプルを提供した非ヒト被験体が、腫瘍を有していると診断するか、または、該被験体が有している腫瘍が悪性であると診断する診断手段
が設けられている、非ヒト被験体における腫瘍の有無または腫瘍の悪性度を診断するシステム。
【請求項3】
配列番号1,3,5,7,9,11,13,15,17,19,21および23からなる群より選択される塩基配列からなる第一のプライマーと、配列番号2,4,6,8,10,12,14,16,18,20,22および24からなる群より選択される塩基配列からなる第二のプライマーとの対を2対以上備えている、非ヒト被験体における腫瘍の有無または腫瘍の悪性度を診断するためのキット。

【公開番号】特開2013−39070(P2013−39070A)
【公開日】平成25年2月28日(2013.2.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−177629(P2011−177629)
【出願日】平成23年8月15日(2011.8.15)
【出願人】(511199011)有限会社カホテクノ (1)
【Fターム(参考)】