説明

非侵襲血糖値測定方法

【課題】赤外分光法を用いてより精度の高い定量化を可能とする非侵襲の血糖値測定方法を提供すること。
【解決手段】指腹部における経皮的赤外分光スペクトルを用いる非侵襲血糖値測定方法とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非侵襲血糖値測定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
糖尿病の患者の血糖値即ちグルコース濃度を測定する方法およびそれを用いた装置として、従来、近赤外領域の吸収を用いた血糖値測定方法およびそれを用いた装置が知られている。しかしこれらは精度、測定方法の困難さなどからあまり普及していない。一方、赤外分光法を用いた装置に関するものも提案されており、下記特許文献1に記載がある。
【特許文献1】特開2003−042948号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかしながら、上記特許文献1に記載の技術においても、従来の近赤外領域の吸収を用いた血液中のグルコール濃度を測定する方法及びそれを用いた装置と同様、グルコース濃度に対応する波長範囲を十分に特定できておらず他の吸収による誤差を多く含んでしまうため測定の定量性において精度がまだ十分とはいえない。
【0004】
また、現在までのところ、血液中のグルコース濃度の測定は侵襲測定であり、患者にとって負担が大きくなっているため、非侵襲の測定方法が強く望まれている。
【0005】
そこで本発明は、上記課題を鑑み、赤外分光法を用いてより精度の高い定量化を可能とする非侵襲の血糖値測定方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するための第一の手段として、本発明は、指腹部における経皮的赤外分光スペクトルを用いる。なお、限定されるわけではないが、経皮的赤外吸収スペクトルはATR型フーリエ変換赤外分光法により得られたものであることが好ましい。
【0007】
また、本手段において限定されるわけではないが、経皮的赤外分光スペクトルに対し、スムージング処理を行うことは好ましい一態様である。
【0008】
また更に、本手段において限定されるわけではないが、経皮的赤外吸収スペクトルに対し、水分由来のノイズ除去を行なうことは好ましい一態様である。
【0009】
また更に、本手段において限定されるわけではないが、水分由来のノイズ除去を行なった後の経皮的赤外吸収スペクトルに対し、2次微分を行い特異的ピークを行なうことは好ましい一態様である。
【0010】
また更に、本手段において限定されるわけではないが、経皮的赤外吸収スペクトルのうち特異的ピーク2点の間の領域に対し、2点ベース法を用いて積分を行ない、積分の値に応じて血液に対する血糖値を特定することは好ましい一態様である。
【0011】
また更に、本手段において限定されるわけではないが、予め求めてある積分値ー血糖値の関係と、求めた積分の値とに基づき、血糖値を特定することは好ましい一態様である。
【発明の効果】
【0012】
以上、本発明により、赤外分光法を用いてより精度の高い定量化を可能とする非侵襲の血糖値測定方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態について図面を参照しつつ説明する。ただし、本発明は多くの異なる態様で実施することが可能であり、以下に示す実施形態に限定されるものではない。なお、本明細書においては同一又は同様の機能を有する部分には同一の符号を付し、その繰り返しの説明は省略する。
【0014】
(実施形態)
本実施形態に係る非侵襲血糖値測定方法は、指腹部における経皮的赤外分光スペクトルを用いることを特徴の一つとする。また、ここで、経皮的赤外吸収スペクトルは、ATR型フーリエ変換赤外分光装置を用いて得られたものであることが好ましい。実際には、測定を行おうとする者は指腹部をATR型フーリエ変換赤外分光装置におけるサンプリングプレート上のATRプリズムに指腹部を押し付けることで測定を行う。なお、指腹部は特に限定されるわけではないが、血糖値の測定に際し、予め石鹸などで油をふき取り、また指を乾燥させておくことがノイズ除去の観点から好ましい。また、指腹部である限りにおいて限定されるわけではないが、指は第三指であることが好ましい。
【0015】
本実施形態ではこのように求めた経皮的赤外分光スペクトルに対し、スムージング処理、水分由来のノイズ除去を行なう。
【0016】
また更に本実施形態では経皮的赤外吸収スペクトルに対し、2次微分を行い特異的ピークを行ない、この2点の間の領域に対し、2点ベース法を用いて積分を行ない、積分の値に応じて血液に対する血糖値を特定する。そして、予め求めてある積分値ー血糖値の関係と、求めた積分の値とに基づき、血糖値を特定する。これにより非侵襲の血糖値測定が可能となる。
【0017】
なお、積分値−血糖値の関係は、積分値を知ることで血糖値を特定するために重要なものであり、これを達成できる限りにおいて限定されるわけではないが、例えば検量線であってもよく、血糖値と積分値とのデータテーブルであってもよい。
【0018】
(実験例)
以下、上記実施形態に係る非侵襲血糖値測定を実現するために実際に実験を行った。これについて説明する。
【0019】
1.侵襲測定
(1)測定装置
測定装置として、ATR(PIKE Technologies製、MIRacle(登録商標))を付した赤外分光光度計(日本分光製、FT/IRー410)を用いた。
【0020】
(2)測定対象
血清は千葉大学医学部附属病院の入院及び外来患者血清から作成したプール血清を用いた。使用した血清試料を下記表1に示す。
【表1】

【0021】
なお、上記表中、試料No.1からNo.25は、和光純薬D−(+)−glucoseを用い水溶液としたものをプール血清に添加しグルコース濃度と総蛋白質濃度を調整したものである。つまり、試料No.1からNo.5は、あるグルコース濃度と総蛋白質濃度をもつプール血清をベースとして、これにグルコース溶液を添加し、終濃度としてグルコース濃度は339mg/dl、200mg/dl、139mg/dl、108mg/dl、78mg/dl、総蛋白質濃度はそれぞれ8.2g/dlとなるように調整したものである。同様に、上記表中試料No.6からNo.10はグルコース濃度が307mg/dl、183mg/dl、120mg/dl、89mg/dl、61mg/dl、総蛋白質濃度はそれぞれ7.7g/dlとなるように調整した。また、上記表中、試料No.11からNo.15はグルコース濃度が323mg/dl、189mg/dl、129mg/dl、98mg/dl、67mg/dl、総蛋白質濃度は6.4g/dlとなるように調整した。また上記表中試料No.16からNo.20は、グルコース濃度が322mg/dl、185mg/dl、116mg/dl、86mg/dl、53mg/dl、総蛋白質濃度はそれぞれ5.1g/dlとなるようにした。また上記表中試料No.21からNo.25はグルコース濃度が318mg/dl、180mg/dl、111mg/dl、81mg/dl、51mg/dl、総蛋白質濃度は4.3g/dlとなるように調整した。試料No.26からNo.49の血清にはグルコース溶液の添加を行わなかった。
【0022】
(3)測定方法
ATR型フーリエ変換赤外分光法によって、血清中グルコース濃度の測定が可能か否かを検討するために、乾燥させた血清を用いて本測定法によって予測されたグルコース濃度と、血糖値の標準的な測定方法であるHK(ヘキソキナーゼ)を用いた酵素法によって得られた血清中グルコース濃度との相関性を調べた。赤外領域ではOH基での吸収が極めて大きく、他の成分による吸収が隠れてしまう。その影響を除くために乾燥させた血清を用いた。
【0023】
(3−1)血清の乾燥
上記表1に示した血清試料15マイクロリットルをATRプリズム上に滴下し、ATRアタッチメントごとデシケータ内に入れ、減圧度0.08MPaで10分間減圧乾燥した。減圧したまま乾燥を続けると、血清がATRプリズムから剥離して利用性のない赤外分光スペクトルが観測されるので、10分の減圧乾燥後、大気圧に戻し自然乾燥とした。赤外分光計にアタッチメントをセットし、スペクトルを1分間隔で測定し、血清の最大成分である蛋白質構成成分であるアミノ基に特徴的である1640cm−1付近と1535cm−1付近の吸光度に注目して、その吸光度ピークが最も大きくなり変化しなくたった時点で乾燥完了とした。
【0024】
(3−2)スペクトル測定
上記表1に示した試料No.1からNo.49を用い、それぞれを(3−1)と同様の方法により乾燥させた後、赤外分光計にてスペクトル測定を行った。測定は積算回数16回、分解能2cm−1で行った。
【0025】
(3−3)検量線の作成
血清中の最大成分である総蛋白質濃度はグルコース濃度の数10倍から100倍程度あるため、グルコース由来ピークが蛋白質由来ピークの影響を受けることが考えられる。そこで、上記表1で示されるように、試料No.1からNo.25の試料はグルコース濃度と総蛋白質濃度の調整をおこない、多くのグルコース濃度と総蛋白質濃度の組み合わせをもつ試料とした。これら試料 No.1からNo.25の(3−2)で得られた赤外分光スペクトルをキャリブレーション用トレーニングセットとしてPartial Least Squres Regression(PLS)分析を行い、グルコース濃度を予測するための検量モデルを作成した。
【0026】
(3−4)血清試料のグルコース濃度予測
Sample No.26から49の血清試料を濃度未知試料とし、上記(3−3)で得られた検量モデルを用いてグルコース濃度の予測を行い、この結果と酵素法によって得られた血清中グルコース濃度との相関性を調べた。
【0027】
(4)結果
試料No.1からNo.25のスペクトルをトレーニングセットとしたPLS分析により検量モデルを作成した。検量モデルにはトレーニングセットに適用したそれぞれのサンプルの1次微分スペクトルを用いた。PLS検量モデル作成に当たり、先ず、検量モデルに適した波数領域を検討するために、相関係数と波数との関係を調べた。この相関係数スペクトルを図1に示す。図1よりPLSによる検量モデルの計算領域を相関係数の大きい1000から1100cm−1の領域に決めた。次に、検量モデルに適した因子数を検討するために、因子数と相関係数の関係を調べた。これを図2に示す。図2より、検量モデル因子数を最も相関係数が大きくなる5とした。これらの条件のもとPLS分析により得られた検量モデルの妥当性を調べるために試料No.1からNo.25のトレーニングセットに用いたスペクトルによりクロスバリデーションを行った。これを図3に示す。この結果、相関係数は0.971と良好な結果が得られ、この検量モデルは妥当であることが示唆された。
【0028】
次に、濃度未知試料として試料No.26からNo.49の赤外分光スペクトルをこの検量モデルに用いて予測されるグルコース濃度を計算した。予測されるグルコース濃度とあらかじめ酵素法にて測定したグルコース濃度との相関図を図4に示す。相関係数は0.906と良好な結果が得られ、今回検討したATR型フーリエ変換赤外分光による測定方法でも血清グルコース濃度の定量測定が可能であることが示唆された。
【0029】
2.非侵襲血糖値測定
次に、非侵襲血糖値測定を行い、実際の非侵襲測定の確認を行なった。
(1)測定装置
非侵襲血糖値測定において、測定装置は、上記侵襲測定と同じものを用いた。
【0030】
(2)測定対象
測定対象として、男性健常人の第三手指の指腹部を測定対象とした。
【0031】
(3)測定方法
糖負荷による血糖値の変動を非侵襲的に本測定法にて検出できるか否かを検討するために、食事をとり、食前、食後30分、食後60分、食後120分の時点での、健常人の第三手指指腹部における経皮的赤外分光スペクトルの測定を行いグルコース由来スペクトルピークの変動を検出した。また、それと同時に採血を行い得られた血清のグルコース濃度を酵素法により測定した。糖負荷による赤外分光スペクトルの変動と血清グルコース濃度の変動とを比較した。
赤外分光スペクトル測定は、被験者を男性健常人として、第三手指指腹部を石鹸で洗浄しペーパータオルで水分を取った後、指腹部をATRにのせて、積算回数16回、分解能2cmー1で行った。
(4)結果
糖負荷によるグルコース由来スペクトルピークの変動を調べるために、食事をとり、食前、食後30分、食後60分、食後120分の時点での、第三手指指腹部における経皮的赤外分光スペクトル測定を行った。得られたスペクトルはスムージングして、水分由来に代表される細かい吸収によるノイズ成分を排除した。グルコースに特異的なスペクトルのピークは1030cmー1付近に存在するとされるが、そのピークは非常に小さく、また他の成分のピークに重なっているため原スペクトルでは分かりにくい。そこで、原スペクトルを波数の関数として2次微分を行ったところ、図5(A)に示したように、グルコース特異的ピークが1020から1038cmー領域にあることが確認できた。原スペクトルにおいて、この波数領域を積分範囲として、2点ベースベース法により積分し、その積分値をグルコース由来のピーク面積値とした。ここでは、原スペクトルとしてスムージングしたスペクトルを用いた。
上記のとおり決定した、指腹部から経皮的に得られた赤外分光スペクトルのグルコース由来ピーク面積値を、糖負荷後の時間経過とともにプロットしたものを図6に示す。指腹部における赤外分光スペクトル測定と同時に採血を行い血清を得た。この血清のグルコース濃度を酵素法により測定し、その値も併せて図6にプロットした。図6より、糖負荷による血清グルコース濃度の変動と、本測定法によるグルコース由来ピーク面積値の変動が同様であることが示された。これによりATR型フーリエ変換赤外分光法によって経皮的、非侵襲的に血糖値測定が行える可能性が示唆された。
【産業上の利用可能性】
【0032】
本発明は、ATR型赤外分光法を用いて非侵襲血糖値測定を行う方法として産業上の利用可能性がある。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】相関スペクトルを示す図である。
【図2】因子数と相関係数の関係を示す図である。
【図3】トレーニングセットによる検量モデルのクロスバリデーションを示す図である。
【図4】濃度未知試料に対し予測されるグルコース濃度と酵素法によって測定されたグルコース濃度との関係を示す図である。
【図5】(A)は二次微分スペクトルを示す図であり、(B)は原スペクトルを示す図である。なお、ピーク面積は、二次微分スペクトルよりグルコース由来ピーク領域を1020から1038cm−2に決定し、この領域を積分範囲として二点ベース法で原スペクトルを積分することにより求めた。
【図6】実験例におけるピーク面積と酵素法によるグルコース濃度との関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
指腹部における経皮的赤外分光スペクトルを用いる非侵襲血糖値測定方法。
【請求項2】
前記経皮的赤外分光スペクトルに対し、スムージング処理を行う請求項1記載の非侵襲血糖値測定方法。
【請求項3】
前記経皮的赤外吸収スペクトルに対し、水分由来のノイズ除去を行なう請求項1又は2に記載の非侵襲血糖値測定方法。
【請求項4】
前記水分由来のノイズ除去を行なった後の経皮的赤外吸収スペクトルに対し、2次微分を行い特異的ピークを2点特定する請求項2記載の非侵襲血糖値測定方法。
【請求項5】
前記経皮的赤外吸収スペクトルのうち前記特異的ピーク2点の間の領域に対し、2点ベース法を用いて積分を行ない、当該積分の値に応じて当該血液に対する血糖値を特定する請求項4記載の非侵襲血糖値測定方法。
【請求項6】
予め求めてある積分値−血糖値の関係と、前記積分の値とに基づき、血糖値を特定する請求項5記載の非侵襲血糖値測定方法。
【請求項7】
前記経皮的赤外吸収スペクトルは、ATR型フーリエ変換赤外分光法により得られたものである請求項1記載の非侵襲血糖値測定方法。



【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2008−256398(P2008−256398A)
【公開日】平成20年10月23日(2008.10.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−96407(P2007−96407)
【出願日】平成19年4月2日(2007.4.2)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】