説明

非偏光電磁波を用いた薄膜の面内・面外モードスペクトルの測定方法

【課題】 薄膜の面内モード吸収スペクトルと面外モード吸収スペクトルを、偏光していない通常の電磁波を用いて、一つの同じ薄膜から同時に測定できる。
【解決手段】 透明基板1に対して、非偏光の通常の電磁波を複数の異なる入射角で照射させ、それぞれの入射角での透過シングルビームスペクトルSobsjを測定する。そして、それらの測定スペクトルSobsjから、演算により透明基板1の面内モードスペクトルSa IPと面外モードスペクトルSa OPを算出する。次に、透明基板1と薄膜10が合さったものに対して、同様に、透過シングルビームスペクトルSobsjを測定し、その面内モードスペクトルSb IPと面外モードスペクトルSb OPを算出する。そして、Sa IPとSb IPの比Sb IP/Sa IPを演算することにより、薄膜10の面内モード吸収スペクトルSIPを算出し、Sa OPとSb OPの比SbOP/Sa OPを演算することにより、薄膜10の面外モード吸収スペクトルSOPを算出する。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【発明の属する技術分野】本発明は、薄膜の材質、分子構造、及び薄膜表面の解析等やケモメトリックス(化学計量)に係り、電磁波を用いて薄膜の面内モードスペクトルと面外モードスペクトルを測定する方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】従来から、薄膜の構造解析において、薄膜に電磁波を照射して薄膜の面内モードの吸収スペクトルや面外モードの吸収スペクトルを測定し、それらのスペクトルから、薄膜の分子構成や、分子の傾き、分子の振動、及び電子遷移等の情報を得、薄膜の構造を解析する技術が知られている。この技術は、薄膜に含まれる分子の種類や分子の状態等に対応して、それ特有の吸収スペクトルが得られることに基づくものである。面内モードの吸収スペクトルは、薄膜の面に水平な方向に振動する電場が薄膜を構成する分子と作用した結果のスペクトルであり、面外モードの吸収スペクトルは、薄膜の面に垂直な方向に振動する電場が薄膜を構成する分子と作用した結果のスペクトルである。
【0003】従来、これらの吸収スペクトルの測定方法としては、透過法と呼ばれる面内モードの吸収スペクトルを測定する方法と、反射吸収法と呼ばれる面外モードの吸収スペクトルを測定する方法とが知られている。透過法は、電磁波を薄膜面に垂直に入射させ、透過した電磁波の吸収スペクトルを測定するというものである。実際には、図9(a)に示すように、測定に使う電磁波に対して透明な基板1の表面に電磁波を垂直に入射させ、透過した電磁波のシングルビームスペクトルSaIPを測定し、次に、その透明基板1の上に薄膜10を付着させ、電磁波を薄膜10の表面に垂直に入射させ、透過した電磁波のシングルビームスペクトルSb IPを測定する。そして、Sa IPとSb IPの比Sb IP/Sa IPを求めることにより、基板1による光学的影響を除去して、薄膜10の面内モードの吸収スペクトルSIPを測定する。
【0004】また、反射吸収法は、偏光した電磁波を薄膜面に斜めに入射させ、反射した電磁波の吸収スペクトルを測定するというものである。実際には、図9(b)に示すように、金属基板2の表面に電磁波を斜めに入射させ、反射した電磁波のシングルビームスペクトルSa OPを測定し、次に、その金属基板2の上に薄膜10を付着させ、電磁波を薄膜10の表面に斜めに入射させ、反射した電磁波のシングルスペクトルSb OPを測定する。そして、Sa OPとSb OPの比Sb OP/Sa OPを求めることにより、金属基板2による光学的影響を除去して、薄膜10の面外モードの吸収スペクトルSOPを測定する。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】ところで、ナノテクノロジーの重要な鍵である超薄膜と呼ばれるナノメータレベルの薄膜を構造解析する際には、分子の振動や電子遷移の情報を正確に得なければならず、そのために、膜の面内モードと面外モードの両方のモードの吸収スペクトルを、しかも正確に測定する必要がある。
【0006】ところが、上述した従来のスペクトルの測定方法では、面内モードと面外モードの両方のモードの吸収スペクトルを同時に得ることはできず、両方のモードの吸収スペクトルを得るには、透過法による面内モードの吸収スペクトルの測定と、この測定とは別に反射吸収法による面外モードの吸収スペクトルの測定とを行わなければならなかった。
【0007】すなわち、薄膜を透明基板に付着させて透過法による面内モードの吸収スペクトルを測定すると共に、それと同一の薄膜を金属基板に付着させて反射法による面外モードの吸収スペクトルを測定しなければならなかった。このことは、測定自体が薄膜の構造や物性に影響を与えてしまという事態を生じ、正確な解析結果を得ることができなかった。また、反射吸収法による面外モードの解析にあたって、複雑な光学計算によって、金属面上での電場分布を予め計算しておく必要があった。これには、未知の薄膜の光学的性質を別の方法で決めなければならないという事態を生じ、測定そのものはできても解析には使い難い方法であった。
【0008】本発明は、上記課題を解決するためになされたものであり、薄膜の面内モードの吸収スペクトルと面外モードの吸収スペクトルとを、一つの同じ薄膜から同時に測定できるスペクトル測定方法を提供することを目的とする。
【0009】
【課題を解決するための手段】上記目的を達成するために請求項1の発明は、所定の波長帯域の非偏光電磁波を該電磁波に透明な基板上に載せた薄膜、もしくは基板を必要としない場合には薄膜そのものに対して少なくとも2つの異なる入射角で照射し、前記薄膜を透過したそれぞれの電磁波の透過シングルビームスペクトルを測定し、これら測定したスペクトルを基に、所定の演算によって、前記薄膜の面内モードについての吸収スペクトルと面外モードについての吸収スペクトルを得るようにした薄膜の面内・面外モードスペクトルの測定方法である。
【0010】この構成においては、偏光していない通常の電磁波を用いて少なくとも2つの異なる入射角での薄膜の透過シングルビームスペクトルが測定される。これらの透過シングルビームスペクトルは、それぞれ、電磁波の薄膜への入射角をθとすると、混合比1+cosθ+sinθtanθ:tanθの割合で、面内モードのシングルビームスペクトルと面外モードのシングルビームスペクトルが混ざったものとなり、それぞれ次の行列を用いた式で表される。
【式2】


【0011】従って、2つの未知の値である面内モードのシングルビームスペクトルと面外モードのシングルビームスペクトルは、異なる入射角θで測定された少なくとも2つの透過シングルビームスペクトルと、それらの入射角θの値を用いて、演算により導き出すことができる。このため、面外モードの吸収スペクトルを、金属基板を用いた反射吸収法によらず、透明基板を用いた透過法により得ることができる。また、面内モードの吸収スペクトルと面外モードの吸収スペクトルを、一つの同じ薄膜を用いた測定から、同時に得ることができる。また、偏光していない通常の電磁波を用いるので、従来の方法の2倍以上の明るさで測定でき、高感度・高S/N比が実現できると共に、偏光純度に関する問題も生じない。
【0012】請求項2の発明は、所定の波長帯域の非偏光電磁波を薄膜を載せる前記電磁波に透明な基板に対して少なくとも2つの異なる入射角で照射し、前記基板のみを透過したそれぞれの電磁波の透過シングルビームスペクトルを測定し、これら測定したスペクトルを基に、所定の演算によって、前記基板の面内モードについてのシングルビームスペクトルと面外モードについてのシングルビームスペクトルを求めるステップと、前記基板に照射したのと同じ波長帯域の電磁波を該電磁波に透明な基板上に載せた薄膜に対して少なくとも2つの異なる入射角で照射し、前記薄膜及び基板を透過したそれぞれの電磁波の透過シングルビームスペクトルを測定し、これら測定したスペクトルを基に、所定の演算によって、前記薄膜と基板が合わさった状態での面内モードについてのシングルビームスペクトルと面外モードについてのシングルビームスペクトルを求めるステップと、前記基板の面内モードについてのシングルビームスペクトルと、前記薄膜と基板が合わさった状態での面内モードについてのシングルビームスペクトルとの比を求めることにより、前記薄膜の面内モードについての吸収スペクトルを得るステップと、前記基板の面外モードについてのシングルビームスペクトルと、前記薄膜と基板が合わさった状態での面外モードについてのシングルビームスペクトルとの比を求めることにより、前記薄膜の面外モードについての吸収スペクトルを得るステップとからなる薄膜の面内・外モードスペクトルの測定方法である。
【0013】この構成においては、基板だけのものと、薄膜と基板が合わさったものとのそれぞれに対して、偏光していない通常の電磁波を用いて少なくとも2つの異なる入射角での薄膜の透過シングルビームスペクトルが測定される。これらの透過シングルビームスペクトルは、上記と同様の行列を用いた式で表される。従って、基板だけのものと、薄膜と基板が合わさったものとのそれぞれに対して、2つの未知の値である面内モードのシングルビームスペクトルと面外モードのシングルビームスペクトルは、異なる入射角θで測定された少なくとも2つの透過シングルビームスペクトルと、それらの入射角θの値を用いて、演算により導き出すことができる。そして、両者の面内モードのシングルビームスペクトルの比を求めることにより、薄膜の面内モードの吸収スペクトルが得られ、両者の面外モードのシングルビームスペクトルの比を求めることにより、薄膜の面外モードの吸収スペクトルが得られる。この比を求める過程で、薄膜を載せる基板の光学的影響が除去され、薄膜のみの面内モードの吸収スペクトルと面外モードの吸収スペクトルが得られる。また、上記請求項1の方法と同様の作用が、薄膜のみについて得られる。
【0014】また、請求項3の発明は、請求項1又は請求項2に記載の薄膜の面内・面外モードスペクトルの測定方法において、所定の演算は、次式で示される最小二乗法又はそれ相当の式によるものとした。
【式3】


【0015】この構成においては、最小二乗法又はそれ相当の式を用いることにより、より正確な面内モードスペクトルと面外モードスペクトルが得られる。
【0016】また、請求項4の発明は、請求項1乃至請求項3の何れかに記載の薄膜の面内・面外モードスペクトルの測定方法において、電磁波の入射角θが、0°≦θ≦45°の範囲であるようにした。この構成においては、薄膜を透過した電磁波のスペクトルは、面内モードと面外モードの情報を共に多く含んだものとなり、このため、より正確な面内モードスペクトルと面外モードスペクトルが得られる。
【0017】
【発明の実施の形態】以下、本発明の薄膜の面内・面外モードスペクトルの測定方法について図面を基に説明する。本発明は、薄膜の面内モードの吸収スペクトルと面外モードの吸収スペクトルとを、一つの同じ薄膜から同時に測定できるスペクトル測定方法を求めるものであり、そのため、以下の考察及び実験を行った。
【0018】通常(非偏光)の電磁波は、様々な方向に偏光している電磁波ビームが混ざったものとなっている。それゆえ、この通常の電磁波が薄膜を透過したときの吸収スペクトルは、薄膜の面に水平な方向に振動する電場が薄膜分子と作用した結果による面内モードの吸収スペクトルと、薄膜の面に垂直な方向に振動する電場が薄膜分子と作用した結果による面外モードの吸収スペクトルの、両方のスペクトルが混ざったものであると考えられる。
【0019】偏光していない通常の電磁波は、様々な方向に偏光している電磁波ビームが混ざったものであり、この通常の電磁波は、次式の計算により、結局、2つの直交した方向に偏光している電磁波が混ざったものとして考えることができる。
【式4】


【0020】φは、ある特定の偏光の角度(電磁波の進行方向に垂直な面内における角度)であり、実数部と虚数部は、それぞれ0°に偏光している電磁波の成分と90°偏光している電磁波の成分を表している。すなわち、(1)式の左辺は、様々な方向に偏光した電磁波ビームの角度平均状態を表しており、その計算結果である(1)式の右辺は、0°方向に偏光した電磁波と、それと直交した90°の方向に偏光した電磁波が混ざった状態を表している。つまり、様々な方向に偏光している電磁波ビームが混ざった通常の電磁波は、2つの直交した方向に偏光している電磁波が混ざったものとして考えることができる。
【0021】上述の方法について、図1を用いて以下説明する。なお、演算により最終的に求める所望のスペクトルと、それ以外の実測スペクトルや演算過程におけるスペクトルとを区別するために、演算により最終的に求める所望のスペクトル以外の実測スペクトルや演算過程におけるスペクトルをシングルビームスペクトルと呼称する。偏光していない通常の電磁波が基板1に付着された薄膜10へ入射するとき、薄膜10の表面に水平な方向(紙面に垂直な方向)に電場Eが振動する電磁波(0°方向に偏光している電磁波に対応)と、それと直交する方向に電場Eが振動する電磁波(90°方向に偏光している電磁波に対応)が薄膜10に入射すると考えることができる。
【0022】0°方向に偏光している電磁波については、電場Eは、薄膜10の表面への入射角θに依存せず、常に、薄膜10の表面に平行な方向に振動する。従って、この電場Eは、薄膜10の表面に平行な振動モードすなわち面内モードで薄膜分子と相互作用すると考えられる。一方、90°方向に偏光している電磁波については、電場Eは、入射角θに依存して、薄膜10の表面に平行な方向に振動する成分Ecosθと、薄膜10の表面に垂直な方向に振動する成分Esinθに分解できる。従って、電場Eの成分Ecosθも、薄膜10の表面に平行な振動モードすなわち面内モードで薄膜分子と相互作用すると考えられる。
【0023】電場Eの成分Esinθは、図2に示すように、電磁波ビームに沿って点線方向に進むとき、薄膜表面10aを斜めに横切ってゆく。このため、電場Eの成分Esinθが薄膜表面10aを横切っている間、薄膜表面10aに平行な仮想的な電場Esinθtanθを生じると共に、薄膜表面10aに垂直な仮想的な縦波の電磁波に対応する仮想的な電場Etanθを生じる。従って、仮想的な電場Esinθtanθは、薄膜10の表面に平行な振動モードすなわち面内モードで薄膜分子と相互作用し、仮想的な電場Etanθは、薄膜10の表面に垂直な振動モードすなわち面外モードで薄膜分子と相互作用すると考えられる。
【0024】これら電場の面内モード及び面外モードの相互作用への寄与をまとめると、図3に示すようになる。0°方向に偏光している電磁波については、電場Esの相対強度は1であり、そのすべてが面内モードに寄与する。90°方向に偏光している電磁波については、電場Epは相対強度がcosθとsinθの2つの成分に分解され、cosθ成分は、すべて面内モードに寄与し、sinθ成分は、sinθtanθが面内モードに寄与し、tanθが面外モードに寄与する。電場ベクトルの強度は、二乗値として検出されるので、面内モードへの寄与の大きさは、1+cosθ+sinθtanθとなり、面外モードへの寄与の大きさはtanθとなる。
【0025】この結果、偏光していない通常の電磁波が、入射角θで薄膜10を透過して得られるシングルビームスペクトルSobsは、面内モードのシングルビームスペクトルSIPと面外モードのシングルビームスペクトルSOPとが、1+cosθ+sinθtanθ:tanθの混合比で、混合された状態のものであると考えることができる。すなわち、入射角θで薄膜10を透過して得られるシングルビームスペクトルSobsは、(1)式の右辺の係数4/πを考慮して、次の行列を用いた式で表される。
【式5】


【0026】従って、2つの未知の値である面内モードのシングルビームスペクトルSIPと面外モードのシングルビームスペクトルSOPは、少なくとも2つの異なる入射角θと、それらの入射角θでのシングルビームスペクトルSobsが分かれば、それらの値から、演算により算出することができる。より正確に面内モードのシングルビームスペクトルSIPと面外モードのシングルビームスペクトルSOPを算出するためには、多数の異なる入射角θでのシングルビームスペクトルSobsを測定し、次の行列を用いた式で示される最小二乗(classical least squares回帰)法を適用すればよい。
【式6】


【0027】なお、薄膜10の表面を透過した電磁波は、薄膜10及び基板1の中へ入射し、吸収や多重反射のような複雑で知り得ない現象を起こす。これらの現象による影響は、薄膜10を付着しない基板1のみに対して、面内モードのシングルビームスペクトルと面外モードのシングルビームスペクトルを求め、薄膜10が基板1に付着した状態でのシングルビームスペクトルとの比を算出することにより除去することができる。
【0028】このように、電磁波の電場の成分を解析し、電磁波の進行方向に平行な電場ベクトルを持つ仮想的な縦波の電磁波を仮定して、この仮想的な電磁波が薄膜10に垂直入射したと考えて、偏光していない通常の電磁波による透過スペクトルから、面内モードの吸収スペクトルと面外モードの吸収スペクトルを得ることができる。
【0029】本発明のスペクトル測定方法により、既に構造とスペクトルが分かっているステアリン酸カドミウム5層薄膜の面内モード吸収スペクトルと面外モード吸収スペクトルを求めた。まず、赤外線透過材料であるゲルマニウム(Ge)基板のみに対して、偏光していない赤外線を5°〜45°で5°毎の入射角θで入射させ、計9つのシングルビームスペクトルSobsを測定した。そして、それらのシングルビームスペクトルSobsとそのときの入射角θから、(3)式によって、ゲルマニウム基板のみについて、面内モードのシングルビームスペクトルSa IPと面外モードのシングルビームスペクトルSa OPを求めた。次に、ステアリン酸カドミウム5層薄膜をゲルマニウム基板上に堆積した後、同様に、9つのシングルビームスペクトルSobsを測定し、ステアリン酸カドミウム5層薄膜とゲルマニウム基板とが合わさった状態について、面内モードのシングルビームスペクトルSb IPと面外モードのシングルビームスペクトルSb OPを求めた。
【0030】これら(3)式から計算で求めたシングルビームスペクトルを図4に示す。図中、Sa IPと記しているのが、ゲルマニウム基板のみでの面内モードのシングルビームスペクトルであり、Sa OPと記しているのが、ゲルマニウム基板のみでの面外モードのシングルビームスペクトルである。また、Sb IPと記しているのが、ステアリン酸カドミウム5層薄膜とゲルマニウム基板とが合わさった状態での面内モードのシングルビームスペクトルであり、Sb OPと記しているのが、その面外モードのシングルビームスペクトルである。
【0031】そして、Sa IPとSb IPの比を算出することにより、ステアリン酸カドミウム5層薄膜の面内モード吸収スペクトルを得ると共に、Sa OPとSb OPの比を算出することにより、ステアリン酸カドミウム5層薄膜の面外モード吸収スペクトルを得た。これらのスペクトルを図5(a)(b)に示す。図中、SOPと記しているのが面外モードの吸収スペクトルであり、SIPと記しているのが面内モードの吸収スペクトルである。
【0032】ステアリン酸カドミウム5層薄膜の、既に知られている面内モード吸収スペクトルと面外モード吸収スペクトルを、図6(a)(b)に示す。図6(a)に示すものが、従来の反射吸収法で測定した面外モードの吸収スペクトルSOPであり、図6(b)に示すものが、従来の透過法で測定した面内モードの吸収スペクトルSIPである。比較して分かるように、本発明の測定方法により得たスペクトルは、既に知られている従来の方法により測定したスペクトルと完全に対応している。特に、面内モードの吸収スペクトルについては、従来の透過法で得たスペクトルと定量的にも完全に一致した。また、本発明の測定方法により得たスペクトルには、基板内部での多重反射に伴うフリンジが全く現れなかった。さらに、金属基板を用いた反射吸収法でしか測定できないとされていたLO(LongitudinalOptic)フォノン(1433cm−1)も面外モードの吸収スペクトルに完全にに測定できており、期待した全ての性能が確認できた。
【0033】このように、本発明のスペクトル測定方法によれば、一つの同じ薄膜を用いて、偏光していない通常の電磁波により薄膜を透過したスペクトルから、面内モードの吸収スペクトルと面外モードの吸収スペクトルを同時に得ることができる。
【0034】次に、本発明のスペクトル測定方法によってスペクトルを測定するスペクトル測定装置を図7に示す。スペクトル測定装置11は、光源12と、電動試料ステージ13と、スペクトル測定器14と、データ処理部15と、表示・印刷出力部16と、これらの各部を制御する制御部17とを備えている。
【0035】光源12は、制御部17からの指令により、所定の波長帯域の非偏光電磁波を放つ。電動試料ステージ13は、試料として測定対象の薄膜10を付着した透明基板1等を支持し、支持する基板1等に対する光源12からの電磁波の入射角θが変わるように回転可能になっている。この回転動作(入射角θ)は制御部17より制御される。スペクトル測定器14は、電動試料ステージ13に支持された基板1を透過した電磁波のスペクトルを測定する。表示・印刷出力部16は、データ処理部15で算出された面内モード吸収スペクトルと面外モード吸収スペクトルを表示・印刷する。
【0036】次に、スペクトル測定装置11による面内モード吸収スペクトルと面外モード吸収スペクトルの測定の流れについて、図8を参照して説明する。まず、最初の試料(例えば透明基板1のみ)に対して、光源12から放たれた電磁波を、電動試料ステージ13の回転により複数の異なる入射角θで照射させ、それぞれの入射角θでの透過シングルビームスペクトルSobsをスペクトル測定器14で測定する。そして、データ処理部15で、制御部17から与えられる複数の入射角θの値と、そのときにスペクトル測定器14が測定したスペクトルSobsを用いて、(3)式に基づく演算により、この試料に対する面内モードのシングルビームスペクトルSa IPと面外モードのシングルビームスペクトルSa OPを算出する。この算出結果は、データ処理部15内のメモリに記憶される。次に、別の試料(例えば透明基板1とそれに付着した薄膜10)に対して、同様に、透過シングルビームスペクトルSobsをスペクトル測定器14で測定し、データ処理部15で、この試料に対する面内モードのシングルビームスペクトルSb IPと面外モードのシングルビームスペクトルSb OPを算出する。
【0037】そして、データ処理部15は、先に算出しメモリに記憶されているスペクトルSa IPと次に測定したスペクトルSb IPの比Sb IP/Sa IPを演算することにより、目的とする試料(例えば薄膜10のみ)の面内モード吸収スペクトルSIPを算出し、先に算出しメモリに記憶されているスペクトルSa OPと次に測定したスペクトルSb OPの比Sb OP/Sa OPを演算することにより、目的とする試料(例えば薄膜10のみ)の面外モード吸収スペクトルSOPを算出する。算出された面内モード吸収スペクトルSIPと面外モード吸収スペクトルSOPは、表示・印刷出力部16により表示・印刷される。
【0038】本発明は、上記実施形態の構成に限られず、種々の変形が可能である。例えば、上記実施形態において、薄膜を付着する透明基板の光学特性(誘電率分散等)が既に分かっている場合には、透明基板のみに対するスペクトルの算出を行う必要はない。また、薄膜を基板に付着することなく支持できる場合には、薄膜に対してのみ電磁波を照射して、その透過シングルビームスペクトルから面内モードの吸収スペクトルと面外モードの吸収スペクトルを得ればよい。また、使用する電磁波に対して透明であれば、基板が液体であってもよい。
【0039】
【発明の効果】以上説明したように請求項1の発明によれば、面内モードの吸収スペクトルと面外モードの吸収スペクトルが、一つの同じ薄膜を用いた測定から同時に得られるので、薄膜の構造や物性が同じ状態での正確な面内モードの吸収スペクトルと面外モードの吸収スペクトルを得ることができる。また、面外モードの吸収スペクトルが金属基板を用いることなく得られるので、スペクトルの解析にあたり、金属面上での電場分布を複雑な光学計算により求める必要がない。また、偏光していない通常の電磁波での測定により、高感度・高S/N比が実現できると共に偏光純度に関する問題も生じないので、正確な面内モードの吸収スペクトルと面外モードの吸収スペクトルを得ることができる。このため、薄膜の構造を正確に解析することが可能となる。
【0040】また、面内モードの吸収スペクトル、面外モードの吸収スペクトル共に電磁波の透過により得られるので、使用する電磁波に透明であれば、基板が液体のものを用いることもできる。さらに、基本となる方法を応用することで、ラマン分光法や反射専用の分光解析法にも拡張していける可能性を持つ。
【0041】請求項2の発明によれば、請求項1の発明と同様の効果が得られる他に、基板の光学的影響が除去された薄膜のみのスペクトルを得ることができるので、そのスペクトルから、薄膜の分子配向を電卓程度の計算で簡単に求めることができ、また、フォノンの異方性を調べることもできる。
【0042】また、請求項3の発明によれば、最小二乗法により、より正確な面内モードスペクトルと面外モードスペクトルが得られるので、薄膜の構造をより正確に解析することが可能となる。
【0043】また、請求項4の発明によれば、より正確な面内モードスペクトルと面外モードスペクトルが得られるので、薄膜の構造をより正確に解析することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【図1】 本発明の測定方法における電場の成分の振る舞いを説明する図。
【図2】 本発明の測定方法における電場の成分の振る舞いを説明する図。
【図3】 本発明の測定方法における各モードへの電場の成分の寄与度を示す図。
【図4】 本発明の測定方法によるスペクトルの測定結果を示す図
【図5】 本発明の測定方法によるスペクトルの測定結果を示す図。
【図6】 従来の測定方法によるスペクトルの測定結果を示す図。
【図7】 本発明の一実施形態によるスペクトル測定装置の構成を示すブロック図。
【図8】 本発明のスペクトル測定方法を説明する図。
【図9】 従来のスペクトル測定方法を説明する図。
【符号の説明】
1 透明基板
2 金属基板
10 薄膜
10a 薄膜表面
11 スペクトル測定装置
12 光源
13 電動試料ステージ
14 スペクトル測定器
15 データ処理部
16 表示・印刷出力部
17 制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】 所定の波長帯域の非偏光電磁波を該電磁波に透明な基板上に載せた薄膜、もしくは基板を必要としない場合には薄膜そのものに対して少なくとも2つの異なる入射角で照射し、前記薄膜を透過したそれぞれの電磁波の透過シングルビームスペクトルを測定し、これら測定したスペクトルを基に、所定の演算によって、前記薄膜の面内モードについての吸収スペクトルと面外モードについての吸収スペクトルを得ることを特徴とする薄膜の面内・面外モードスペクトルの測定方法。
【請求項2】 所定の波長帯域の非偏光電磁波を薄膜を載せる前記電磁波に透明な基板に対して少なくとも2つの異なる入射角で照射し、前記基板のみを透過したそれぞれの電磁波の透過シングルビームスペクトルを測定し、これら測定したスペクトルを基に、所定の演算によって、前記基板の面内モードについてのシングルビームスペクトルと面外モードについてのシングルビームスペクトルを求めるステップと、前記基板に照射したのと同じ波長帯域の電磁波を該電磁波に透明な基板上に載せた薄膜に対して少なくとも2つの異なる入射角で照射し、前記薄膜及び基板を透過したそれぞれの電磁波の透過シングルビームスペクトルを測定し、これら測定したスペクトルを基に、所定の演算によって、前記薄膜と基板が合わさった状態での面内モードについてのシングルビームスペクトルと面外モードについてのシングルビームスペクトルを求めるステップと、前記基板の面内モードについてのシングルビームスペクトルと、前記薄膜と基板が合わさった状態での面内モードについてのシングルビームスペクトルとの比を求めることにより、前記薄膜の面内モードについての吸収スペクトルを得るステップと、前記基板の面外モードについてのシングルビームスペクトルと、前記薄膜と基板が合わさった状態での面外モードについてのシングルビームスペクトルとの比を求めることにより、前記薄膜の面外モードについての吸収スペクトルを得るステップとからなることを特徴とする薄膜の面内・面外モードスペクトルの測定方法。
【請求項3】 前記所定の演算は、次式で示される最小二乗(classical least squares回帰)法又はそれ相当の式によるものであることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載の薄膜の面内・面外モードスペクトルの測定方法。
【式1】


【請求項4】 前記電磁波の入射角θが、0°≦θ≦45°の範囲であることを特徴とする請求項1乃至請求項3の何れかに記載の薄膜の面内・面外モードスペクトルの測定方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図6】
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【図4】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2003−90762(P2003−90762A)
【公開日】平成15年3月28日(2003.3.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2001−286535(P2001−286535)
【出願日】平成13年9月20日(2001.9.20)
【出願人】(800000057)財団法人新産業創造研究機構 (99)
【Fターム(参考)】