説明

非接触式超音波眼圧計

【課題】 作動距離の変動による測定結果のバラツキを軽減して被検者眼の眼圧を安定して測定する。
【解決手段】 被検者眼から離れた位置に配置され、空気を媒体として被検者眼の角膜に超音波パルスを出射し、角膜で反射された超音波パルスを反射波として検出する探触子と、前記探触子からの出力信号を処理して被検者眼の眼圧を求める演算処理部と、被検者眼の前眼部を観察する前眼部観察光学系と、を有する非接触式超音波眼圧計において、前記演算処理部は、前記探触子からの出力信号に基づいて反射波のピーク振幅レベルを取得し、該ピーク振幅レベルに基づいて眼圧を求めることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、超音波を用いて非接触で被検者眼の眼圧を測定する非接触式超音波眼圧計に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、被検者眼の角膜に向けて超音波を出射する振動子と角膜で反射された超音波を検出するセンサとを有する探触子を備えて非接触で被検者眼の眼圧を測定する装置が提案されている(特許文献1参照)。
【0003】
ところで、探触子からの出力信号を処理して眼圧を得る場合には、従来、入射波に対する反射波の周波数のシフト量に基づいて眼圧が求められていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】国際公開第2008/072527号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、従来の算出手法の場合、前後方向における被検者眼と探触子との距離(作動距離)が少し変化するだけで、周波数のシフト量が大きく変化してしまう。このため、作動距離の変動が測定値に影響を及ぼす可能性があり、また、作動距離の調整をかなり厳密に行う必要が生じる。
【0006】
実際に人眼の測定を考えた場合、眼の動きによる作動距離の変動が予想され、測定値にバラツキが生じる可能性がある。また、人眼に対する厳密なアライメントは、測定時間の長期化が予想され、検者及び被検者にとって大きな負担となる。
【0007】
本発明は、上記問題点を鑑み、作動距離の変動による測定結果のバラツキを軽減して被検者眼の眼圧を安定して測定できる非接触式超音波眼圧計を提供することを技術課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明は、以下のような構成を備えることを特徴とする。
【0009】
(1) 被検者眼から離れた位置に配置され、空気を媒体として被検者眼の角膜に超音波パルスを出射し、角膜で反射された超音波パルスを反射波として検出する探触子と、
前記探触子からの出力信号を処理して被検者眼の眼圧を求める演算処理部と、
被検者眼の前眼部を観察する前眼部観察光学系と、
を有する非接触式超音波眼圧計において、
前記演算処理部は、前記探触子からの出力信号に基づいて反射波のピーク振幅レベルを取得し、該ピーク振幅レベルに基づいて眼圧を求めることを特徴とする。
(2) (1)の非接触式超音波眼圧計において、
前記演算制御部は、該ピーク振幅レベルと被検者眼角膜の音響インピーダンスとの関係から眼圧を求めることを特徴とする。
(3) (2)の非接触式超音波眼圧計において、前記探触子は、広帯域の周波数成分を持つ超音波ビームを送受信する空気結合型の超音波探触子であることを特徴とする。
(4) (3)の非接触式超音波眼圧計において、
前記反射波のピーク振幅レベルは、反射波における振幅スペクトルのピーク振幅レベルであることを特徴とする。
(5) (4)の非接触式超音波眼圧計において、
前記振幅スペクトルのピーク振幅レベルは、前記振幅スペクトルにおけるピークを含む所定の周波数帯域における振幅レベルであることを特徴とする。
(6) (3)の非接触式超音波眼圧計において、
前記反射波のピーク振幅レベルは、反射波における音響強度のピーク振幅レベルであることを特徴とする。
(7) (3)の非接触式超音波眼圧計において、前記探触子は、前記観察光学系による観察のために十分な大きさを持つ開口部と、該開口部を囲むように配置された超音波ビームの送受信部と、を備えることを特徴とする。
(8) (3)の非接触式超音波眼圧計において、作動距離方向のアライメント状態を検出するための検出光学系を備えることを特徴とする。
(9) (3)の非接触式超音波眼圧計において、
温度センサを持ち、被検者眼の眼圧を測定する環境下における空気中の温度を検出する温度検出手段を備え、
前記演算処理部は、前記温度検出手段の検出結果と前記ピーク振幅レベルに基づいて被検者眼の眼圧を測定することを特徴とする。
(10) (9)の非接触式超音波眼圧計において、
前記温度検出手段は、前記超音波探触子によって被検眼角膜に超音波ビームが送受信されると同時、又はその前後に空気中の温度を計測することを特徴とする。
(11) (10)の非接触式超音波眼圧計において、
前記温度検出手段は、前記温度センサを複数有し、各温度センサからの出力値を平均して空気中の温度を計測することを特徴とする。
(12) (11)の非接触式超音波眼圧計において、
湿度センサを有し、被検者眼の眼圧を測定する環境下における空気中の湿度を検出する湿度検出手段を備え、
前記演算手段は、前記温度検出手段及び前記湿度検出手段の検出結果と前記ピーク振幅レベルとに基づいて被検者眼の眼圧を測定することを特徴とする。
(13) (12)の非接触式超音波眼圧計において、
前記温度センサ及び前記湿度センサは、測定時の検者又は被検者に対向しない位置、又は装置筐体内部に配置されていることを特徴とする。
(14) (12)の非接触式超音波眼圧計において、
前記温度センサ及び前記湿度センサは、前記超音波探触子の近傍に配置されていることを特徴とする。
(15) (3)の非接触式超音波眼圧計において、
被検者眼の眼圧を測定する環境下における空気中の音速を検出する音速検出手段を有し、
前記演算処理部は、前記音速検出手段の検出結果と前記ピーク振幅レベルに基づいて被検者眼の眼圧を測定することを特徴とする。
(16) (15)の非接触式超音波眼圧計において、
前記音速検出手段は、空気中の音速を直接検出する音速センサを有し、前記探触子は、音速センサを兼用することを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、作動距離の変動による測定結果のバラツキを軽減して被検者眼の眼圧を安定して測定できる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の一実施形態について図面に基づいて説明する。図1は本実施形態に係る非接触式超音波眼圧計の概略外観図であり、図2は本装置の制御系の概略ブロック図である。
【0012】
図1において、本体部(装置本体)3には、被検者眼Eから離れた位置に配置される探触子(トランスデューサ)10と、撮像素子を有して被検者眼Eの前眼部を観察する観察光学系20と、が設けられている。また、本体部3の筐体内には、図示なきアライメント光学系及び固視光学系等が設けられている。モニタ8は、観察光学系20の撮像素子によって撮像された前眼部像、測定結果、等を表示する。モニタ8に表示された前眼部像を観察しながら検者がジョイスティック4を操作すると、その操作信号に基づいて駆動部6が駆動され、本体部3が三次元的に移動される。これにより、被検者眼Eに対する本体部3のアライメントが行われる。
【0013】
探触子10は、空気を媒体として被検者眼Eの角膜Ecに向けて超音波パルスを出射し、また、角膜Ecで反射された超音波パルスを反射波として検出する。探触子10は、被検者眼Eに入射させる超音波(入射波)を出射する振動子(超音波発信部)11と、被検者眼Eで反射された超音波(反射波)を検出する振動検出センサ(超音波受信部)13と、を有し、被検者眼Eの眼圧を非接触で測定するために用いられる。なお、本実施形態の探触子10は、制御部70の制御によって振動子11の動作とセンサ13の動作とを兼ねるものとなっている。もちろん、これに限るものではなく、振動子11とセンサ13とが別構成であってもよい。
【0014】
図2において、制御部70は、測定値の算出、装置全体の制御、等を行う。制御部70は、探触子10からの出力信号を処理して被検者眼Eの眼圧を求める。探触子10は増幅器81に接続されており、探触子10から出力される電気信号は増幅器81によって増幅され、制御部70に入力される。また、制御部70は、探触子10、観察光学系20の各部材(光源、撮像素子、等)、駆動部6、モニタ8、メモリ75、等と接続されている。なお、メモリ75には、探触子10を用いて眼圧を測定するための測定プログラム、装置全体の制御を行うための制御プログラム、等が記憶されている。
【0015】
以下に、本発明者が行った実験結果を示す。眼圧による角膜の音響特性の変化を捉えるために、探触子10を用いて模型眼(図3参照)に向けてパルス波を出射し、模型眼からの反射波を検出した(図4(a)参照)。次に、検出された反射波の波形をフーリエ解析し、反射波の振幅スペクトルを求めた(図4(b)参照)。そして、振幅スペクトルのピークの振幅スペクトル値(ピーク値)に着目し、ピーク値と眼圧との関係を評価した(図4(c)参照)。なお、探触子10としては、公称周波数が400kHzのトランスデューサを用いた。
【0016】
図3は実験に用いた眼球モデル(模型眼)を示す図である。眼球モデル50は、ベース部51と、内部に空洞を有するシリコンゴム半球52と、を含み、シリンジ54によって半球52の内部に流体が注入される構成となっている。そして、半球52の内圧は、マノメータ56によって検出される。この実験の場合、半球52が角膜として想定され、半球52の内圧が調整されることによって眼圧が変化されるものと考える。
【0017】
図4は眼球モデルに対して行った実験結果の一例を示すものである。図4(a)は探触子10によって検出された反射波の振幅レベルの時間的な変化を示したグラフである(横軸が時間、縦軸が振幅)。Tはフーリエ解析において窓関数(本実験では、矩形窓を用いた)を設定した時間領域を示す。
【0018】
図4(b)は図4(a)に示した反射波の振幅レベルを周波数毎に分解したグラフである(横軸が周波数、縦軸が振幅)。Sは振幅スペクトルを示し、Pは振幅スペクトルにおける振幅レベルのピークを示す。
【0019】
図4(c)は模型眼の内圧とピークPの振幅スペクトル値(ピーク振幅レベル)との関係を示したグラフである。図4(c)に示すように、模型眼の内圧とピークPの振幅スペクトル値との関係はほぼ比例関係にあることが分かる。この関係は、眼圧測定に利用できると思われる。
【0020】
図5は振幅スペクトルのピーク値(Amplitude Spectrum)と作動距離との関係、及び振幅スペクトルにおいてピークを示す周波数における入射波に対する反射波の位相変化量(Phase Spectrum)と作動距離との関係を示す図である。横軸は、所定の作動距離(30mm)からのずれ量を示している。
【0021】
図5に示すように、振幅スペクトルにおけるピーク値の場合、作動距離の変化によるバラツキが少ないことが分かる。一方、位相変化量の場合、作動距離の変化によってバラツキが生じていることが分かる。したがって、振幅スペクトルにおけるピークを基準として眼圧を求めることにより、作動距離の変動による測定結果のバラツキを軽減できると思われる。
【0022】
以下に、上記の実験結果を鑑み、眼圧を測定する手法について説明する。制御部70は、探触子10を用いて、被検者眼Eに向けて超音波パルスを出射し、また、被検者眼に入射された超音波パルスによる反射波を検出する。そして、制御部70は、探触子10からの出力信号に基づいて反射波における振幅スペクトルを取得し、振幅スペクトルのピーク振幅レベルに基づいて被検者眼Eの眼圧を求める。
【0023】
図6は本実施形態に係る眼圧測定手法の具体例について説明するフローチャートである。被検者眼E(角膜Ec)に向けてパルス波が出射され、反射波がセンサ13によって検出されると、反射波の音響強度(振幅レベル)に対応する電気信号がセンサ13から出力され、増幅器81を介して制御部70に入力される。
【0024】
次に、制御部70は、検出された反射波の音響強度を周波数解析(例えば、フーリエ解析)し、反射波における周波数毎の振幅レベルである振幅スペクトルを取得する。また、制御部70は、得られた振幅スペクトルのピーク振幅レベル(例えば、振幅スペクトルのピーク値)を検出する。
【0025】
そして、制御部70は、振幅スペクトルのピーク振幅レベルに基づいて眼圧を算出する。メモリ75には、ピーク振幅レベルと眼圧値との相関関係がテーブルとして記憶されており、制御部70は、検出されたピーク振幅レベルに対応する眼圧値をメモリ75から取得し、得られた眼圧値をモニタ8に表示する。なお、ピーク振幅レベルと眼圧値との相関関係は、例えば、本装置によって取得されるピーク振幅レベルとゴールドマン眼圧計によって得られる眼圧値との相関関係を予め求めておくことにより設定可能である。
【0026】
以上のような構成とすれば、超音波パルスを用いた眼圧測定に関して安定した測定結果を得ることができる。具体的には、探触子10と被検者眼Eとの作動距離が変化しても、振幅スペクトルのピーク振幅レベルは安定した状態であるため、作動距離の変動による測定結果のバラツキを軽減できる。また、厳密なアライメント調整が必要性が緩和されるため、アライメント調整の手間が軽減され、検者及び被検者の負担を軽減できる。
【0027】
また、以上の説明においては、探触子10によって検出された波形のフーリエ解析に用いる窓関数を矩形窓としたが、これに限るものではなく、任意の窓関数(例えば、ハニング窓、ハミング窓、等)を用いることができる。
【0028】
なお、以上の説明では、取得された振幅スペクトルのピークを検出することによってピーク振幅レベルを正確に検出できるが、これに限るものではなく、振幅スペクトルのピークが得られる周波数(中心周波数)を予め求めておき、これがメモリ75に記憶されていてもよい。そして、予め設定された周波数に対応する振幅レベルを振幅スペクトルのピーク振幅レベルとして取得し、これに基づいて眼圧を算出するようにしてもよい。
【0029】
なお、以上の説明においては、振幅スペクトルのピーク振幅レベルとして振幅スペクトルのピーク値を用いるものとしたが、これに限るものではない。例えば、振幅スペクトルにおけるピークを含む所定の周波数帯域における振幅レベルに基づいて眼圧を求めるようにしてもよい。図7は模型眼の内圧と振幅スペクトルとの関係を示したグラフである。図7では、中心周波数から±約3kHzの範囲(図7のB参照)においては、振幅レベルが高いほど眼圧値が高く、振幅レベルが低いほど眼圧値が低い関係となっており、その範囲内における振幅レベルと眼圧値との相関関係は、ピークの振幅レベルと眼圧値との相関関係と同様の関係となっている。そこで、ピークの振幅レベルと眼圧値との相関関係と同じ相関関係が得られる周波数帯域内(図7のB参照)の帯域を所定の周波数帯域として設定し、その周波数帯域における振幅レベルに基づいて眼圧を測定してもよい。例えば、前述のように設定された所定の周波数の範囲内における振幅スペクトル値の積算値を算出し、その積算値に基づいて眼圧を測定すればよい。このようにすれば、眼圧値の大きさの違いによる振幅レベルの変化が大きくなるため、精度良く眼圧を測定できる。
【0030】
また、以上の説明では、ソフトウェアによる演算処理を用いて眼圧を求めるものとしたが、これに限るものではなく、ハードウェア(回路構成)による信号処理を用いて同様の処理が行われるようにしてもよい。例えば、探触子10に接続されて反射波の振幅スペクトルの信号を得る振幅スペクトル検出回路(スペクトラムアナライザ)と、振幅スペクトル検出回路によって取得された振幅スペクトルにおけるピークを検出するピークホールド回路と、を含む演算回路が考えられる。この場合、制御部70は、ピークホールド回路によって検出されたピークの振幅レベルに基づいて眼圧を算出すればよい。
【0031】
図8は温湿度センサを装置に設けた場合の概略外観図である。この場合、測定環境下における空気中の温度又は湿度を検出するための温湿度センサ90として、温度センサ92と、湿度センサ94と、が配置されている。なお、温湿度センサ90の出力は、眼圧値の補正に用いられる。
【0032】
温湿度センサ90の位置としては、例えば、被検者又は検者、直射日光、などの影響を受けないために、測定時の検者又は被検者に対向しない位置、又は装置筐体内部に配置される。逆に、被検眼付近の空気の状態を検出するために、探触子10の近傍(例えば、本体部3の被検者に対向する面)に配置されるようにしてもよい。また、配置環境に対応するべく、温湿度センサ90の位置が変更可能な構成としてもよい。
【0033】
なお、温湿度センサ90を複数設け、各センサからの出力値を平均して空気中の温度又は湿度を計測することによって、計測結果を安定化させるようにしてもよい。さらに、温湿度センサ90を3つ以上設け、各センサの平均値から大きく外れた計測値を平均値の算出から外すようにしてもよい。
【0034】
なお、温湿度センサ90(温度センサ92、湿度センサ94)は制御部70に接続されている。そして、制御部70は、温湿度センサ90からの出力信号に基づいて空気中の温度・湿度を計測し、その計測結果を眼圧値の算出に利用する。
【0035】
本発明者らは、探触子10を用いて黒色シリコンゴムに向けてパルス波を出射し、その反射波の波形を周波数解析し、反射波の振幅スペクトルを求めた。これは、温湿度の変化による角膜反射波の変化を求めるためである。
【0036】
図9は振幅スペクトルSのピーク値P(図4(b)参照)の温度及び湿度による変化を示す図である。図9(a)に湿度一定環境における温度変化の結果を示す。今回の実験では湿度を65%一定とし、25℃〜35℃まで5℃ずつ変化させたときの反射波をみた。温度上昇に伴い反射波に減衰傾向が認められ、眼圧計測において温度変化の影響を受けることが示された。
【0037】
図9(b)に温度一定環境における湿度変化の結果を示す。今回の実験では温度35℃一定とし、湿度を50〜90%まで10%ずつ変化させたときの反射波をみた。湿度上昇に伴い反射波に減衰傾向が認められ、眼圧計測において湿度変化の影響を受けることが示された。なお、湿度変化による角膜反射波の変動は、温度変化による変動よりは小さかった。
【0038】
以下に、気温変化による眼圧値の補正手法について説明する。温度変化における超音波の音速は上昇傾向を示し、式(1)で表される。
【0039】
【数1】

ここで、CAIRは空気中の音速、tは摂氏温度である。上式は式(2)を近似的にしたもので、
【0040】
【数2】

と表すことができる。このとき、Χは定圧比熱と定積比熱の比(空気の場合は1.4)、Pは大気圧、ρAIRは空気の密度、Rはガス定数(287J/(kg・K))、Tは絶対温度である。
【0041】
式(1)、(2)より温度の上昇に伴い音速が上昇することで、空気中における音響特性が変化すると考えられる。式(3)に空気中の音響インピーダンスZAIRの式を示す。
【0042】
【数3】

よって、空気中の音響インピーダンスは空気中の音速CAIRが変化することにより上昇傾向を示すことがわかる。
【0043】
次に眼圧上昇に伴い変化する角膜の音響インピーダンスについて考えてみると角膜の音響インピーダンスZcは
【0044】
【数4】

と表される。このとき、ρcは角膜の密度、Ccは角膜の音速である。ここで、Ccは
【0045】
【数5】

と表すことができ、κは角膜の体積弾性率である。よって、Zcは
【0046】
【数6】

と表すことができ、Zcはκにより変化することがわかる。従って、空気と角膜の境界面における超音波の反射率Rは
【0047】
【数7】

となるため、ZcとZAIRにより変化することがわかる。このとき、Zcは眼圧によって変化するパラメータであるが、ZAIRの変動によりばらつきが生じ、眼圧値の精度が低下することから、空気中の温度を測定し、補正する。
【0048】
図10は、温度変化による空気中の音響インピーダンスの変化を補正して、眼圧値を得る手法について説明するフローチャートである。
【0049】
制御部70は、探触子10を用いて角膜Ecに対し超音波を送受信し、角膜Ecにおける超音波の反射率Rを検出する。また、制御部70は、温度センサ92を用いて空気中の温度tを計測し、その計測結果に基づいて空気中の音響インピーダンスZAIRを補正する。なお、温度計測のタイミングとしては、超音波の送受信と同時、又はその前後が好ましい。なお、温度変化が少ない環境に装置が配置されているような場合、電源投入時、所定時間毎(例えば、10分おき)に温度計測を行うようにしてもよい。
【0050】
角膜Ecの反射率Rは、例えば、発信部11での送信波の振幅スペクトルPiと、受信部13での反射波の振幅スペクトルPrにより求められる(R=Pr/Pi)。なお、送信波と受信波の振幅スペクトルのピークから反射率Rを求めてもよい。また、送信波の振幅スペクトルPiを既知とし、受信部13にて反射波の振幅スペクトルを求めてもよい。
【0051】
温度センサ92により測定環境における空気中の温度tが求められると、上記式(1)又は(2)を用いて、空気中の音速cAIRが算出される。そして、音速cAIRが求められると、上記式(3)を用いて、空気中の音響インピーダンスZAIRが補正される。これにより、空気中の音響インピーダンスZAIRが測定環境に応じて補正される。
【0052】
反射率Rが算出され、音響インピーダンスZAIRが補正されると、制御部70は、上記式(7)を用いて角膜Ecの音響インピーダンスZcを算出し、その算出結果に基づいて眼Eの眼圧値P1を算出する。なお、音響インピーダンスZcと被検眼の眼圧は、比例関係にあり、Zcが小さいほど眼圧が小さく、Zcが大きいほど眼圧が大きくなる。よって、制御部70は、上記関係を利用して、被検眼の眼圧値P1を取得できる。
【0053】
上記のようにすれば、温度変化による角膜反射波の変化に関係なく、適正な眼圧値が得られるため、測定環境の変化に対応した眼圧計測が可能となる。なお、前述のように温度変化による眼圧値への影響の方が湿度変化による影響よりも大きいので、上記のように温度変化による補正のみを行うようにしてもよい。
【0054】
もちろん、湿度変化に伴う補正処理を行うようにしてもよい。制御部70は、上記のように温度センサ92を用いて温度を計測すると共に、湿度センサ94を用いて測定環境における空気中の湿度を計測し、その計測結果に基づいて眼圧値P1を補正する。なお、湿度計測のタイミングは、上記温度計測と同様のタイミングにて行うことができる。
【0055】
ここで、眼圧値P1は、温度変化に伴う補正後で、かつ、湿度変化に伴う補正前の測定値である。メモリ75には、図11に示すように、眼圧値P1と湿度hの組み合わせに対応する補正値Pc(P1、h)のテーブルが予め記憶されており、補正が必要な場合には、このテーブルから補正値が求められる。そして、補正後の被検眼の眼圧値P2は、P2=P1+Pc(P1、h)の演算により算出され、モニタ8に表示される。
【0056】
なお、上記補正テーブルを作成する場合、例えば、所定眼圧値の模型眼に対して所定の湿度下を測定しておき、湿度を変化させたときの測定値のずれ量を基に補正値を得る。そして、これを眼圧値の異なる模型眼に対して行うことにより眼圧値毎のテーブルが作成される。
【0057】
また、上記手法に限るものではなく、図9のような実験結果を用いて、湿度による反射率Rの変化を示す回帰式を作成しておき、反射率Rを回帰式にて補正した後、角膜の音響インピーダンスZcに基づき眼圧値P2を算出してもよい。
【0058】
上記のようにすれば、温度及び湿度上昇に伴う角膜反射波の変化に関係なく、適正な眼圧値が得られるため、測定環境の変化に対応した眼圧計測が可能となる。
【0059】
なお、以上の説明においては、温度センサ92からの出力信号に基づいて空気中の音響インピーダンスを補正して、眼圧値を算出するものとしたが、これに限るものではなく、上記湿度変化の補正に用いたような補正テーブルを作成するようにしてもよい。例えば、所定の温度条件にて取得された各眼圧値と温度tの組み合わせに対応する補正値のテーブルがメモリ75に記憶される。そして、制御部70は、探触子10の出力に基づいて計測された眼圧値と、温度センサ92の出力に基づいて計測された温度tと、に基づいて眼圧値が算出される。
【0060】
なお、上記構成において、温湿度センサ90によって計測される温度tと湿度hをモニタ8に表示するようにしてもよい。
【0061】
なお、上記構成においては、温湿度センサ90を用いて間接的に空気中の音速cAIRを算出したが、音速センサを用いて直接的に空気中の音速を算出して、空気中の音響インピーダンスZAIRを補正するようにしてもよい。音速センサとしては、例えば、探触子10が音速センサを兼用する構成とし、所定の眼圧値の模型眼に向けて超音波を送信して探触子10に戻ってくるまでの時間を基に、制御部70が空気中の音速を算出する。
【0062】
また、上記温度及び湿度変化に伴う補正処理については、被検者の眼圧によって変化する角膜反射波の特性・波形を利用して眼圧を計測するものであれば、他の測定手法にも、適用可能である。例えば、角膜反射波を解析して入射波の位相と反射波の位相の位相差を検出し、その位相差を基に反射率を算出して、眼圧値を求める測定手法においても、適用可能である。
【0063】
また、探触子10(超音波送受信部)には、空気中での伝播効率を高めるために、広帯域の周波数成分を持つ超音波ビームを送受信する空気結合型の超音波探触子が用いられることが好ましい。例えば、約200kHz〜1MHzまでの周波数帯域を持つ広帯域の超音波が発せられる。この場合、マイクロアコースティック(Microacoustic)社のBATTM探触子を用いることができる。このような探触子の詳細については、米国特許5287331号公報、特表2005−506783号公報、等を参照されたい。
【0064】
これによれば、超音波の空気中での伝播効率が高められ、さらに、残響ノイズの影響が大幅に軽減されるため、一般に市販されているピエゾ型超音波探触子に対して非常に高いS/N比(約100倍以上)を確保できる。よって、被検眼に対するアライメント完了時における所定の作動距離が長くなっても(例えば、10mm以上)、振幅スペクトルのピーク振幅レベルを高いS/N比にて検出でき、高精度の眼圧測定が可能となる。
【0065】
また、上記説明では、振幅スペクトルのピーク振幅レベルに基づいて眼圧を算出するものとしたが、反射波のピーク振幅レベルに基づいて眼圧を算出するものであれば、これに限るものではない。
【0066】
図12は探触子10によって検出された反射波の音響強度の時間的変化を示したグラフである。Vは音響強度を示し、Vpは音響強度におけるピークを示す。なお、図12は、広帯域空気結合型超音波探触子を用いた場合に探触子10から出力された反射波の音響強度を示すグラフである。
【0067】
制御部70は、探触子10からの出力信号に基づいて反射波における音響強度Vのピーク振幅レベル(例えば、音響強度のピーク値Vp)を検出し、そのピーク振幅レベルに基づいて眼圧を算出する。なお、音響強度のピークを含む所定時間内における音響強度の積算値をピーク振幅レベルとして検出してもよい。
【0068】
このようにすれば、フーリエ解析等により振幅スペクトルを取得する必要がなくなり、算出過程が簡略化されるため、演算用ソフトウェア、演算用回路等を簡素化させることができる。
【0069】
また、上記のようにピーク振幅レベルと被検者眼角膜の音響インピーダンスとの関係から眼圧を求める場合、前述の反射率Rは、発信部11での送信波の音響強度と、受信部13での反射波の音響強度により求めることができる。なお、送信波と受信波の音響強度のピークから反射率Rを求めてもよい。また、送信波の音響強度を既知とし、受信部13にて反射波の音響強度を求めてもよい。
【0070】
また、音響強度による眼圧算出の場合、中心周波数から外れた周波数帯を含む検出信号に基づいて眼圧を求めることになるため、良好なS/N比を確保することが比較的難しい。
【0071】
そこで、前述のように広帯域空気結合型超音波探触子を用いるのが好ましい。これによれば、超音波の空気中での伝播効率が高められ、さらに、残響ノイズの影響が大幅に軽減されるため、一般に市販されているピエゾ型超音波探触子に対して非常に高いS/N比(約100倍以上)を確保できる。よって、音響強度のピーク振幅レベルに基づいて眼圧を算出する場合であっても、十分なS/N比を確保できる。よって、音響強度に基づく眼圧算出を精度良く行うことができる。
【0072】
また、探触子10について、図13に示すような被検眼の観察のために十分な大きさを持つ開口部15と、開口部15を囲むように配置された超音波ビームの発信部(送信部)11及び受信部13と、を備える探触子を用いるのが好ましい。なお、開口部15の後方には観察光学系20が配置される。このようにすれば、発信部11及び受信部13の面積が確保され、探触子10によって検出される角膜反射波の検出信号のS/N比を高くできる。
【0073】
また、上記構成について、作動距離(前後)方向のアライメント状態を検出するための検出光学系として、アライメント光を被検眼に投光する投光光学系と、その反射光を受光する受光光学系と、を設けるようにしてもよい。例えば、図14に示すように、光源51を有し被検眼に斜め方向から指標を投影する投影光学系50と、位置検出素子58を有し、投影光学系50によって角膜に形成された指標像を検出する受光光学系55と、を有する検出光学系が考えられる。
【0074】
この場合、制御部70は、位置検出素子58からの出力信号に基づいて作動距離方向のアライメント状態を検出する。そして、制御部70は、その検出結果に基づいて角膜と探触子10の作動距離が所定の作動距離か否かを適正か否かを判定する。そして、制御部70は、その判定結果に基づいて眼圧値を得る。例えば、距離が適正と判定されたときに超音波パルスを出射する。または、超音波パルスを連続的に出射し、距離が適正と判定されたときに取得された角膜反射波の特性に基づいて眼圧値を得る。
【0075】
なお、制御部70は、検出結果に基づいて駆動部6の駆動を制御する自動アライメントを行ってもよい、モニタ8の画面上での誘導表示を行っても良い。
【0076】
このようにすれば、所定の作動距離にて角膜反射波のピーク振幅レベルを検出するためのアライメント及び測定開始動作をスムーズに行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0077】
【図1】本実施形態に係る非接触式超音波眼圧計の概略外観図である。
【図2】本装置の制御系の概略ブロック図である。
【図3】実験に用いた眼球モデル(模型眼)を示す図である。
【図4】眼球モデルに対して行った実験結果の一例を示すものである。
【図5】振幅スペクトルのピーク値(Amplitude Spectrum)と作動距離との関係、及び振幅スペクトルにおいてピークを示す周波数における入射波に対する反射波の位相変化量(Phase Spectrum)と作動距離との関係を示す図である。
【図6】本実施形態に係る眼圧測定手法の具体例について説明するフローチャートである。
【図7】模型眼の内圧と振幅スペクトルとの関係を示したグラフである。
【図8】温湿度センサを装置に設けた場合の概略外観図である。
【図9】振幅スペクトルSのピーク値Pの温度及び湿度による変化を示す図である。
【図10】温度変化による空気中の音響インピーダンスの変化を補正して、眼圧値を得る手法について説明するフローチャートである。
【図11】眼圧値P1と湿度hの組み合わせに対応する補正テーブルについて説明する図である。
【図12】探触子10によって検出された反射波の音響強度の時間的変化を示したグラフである。
【図13】リングタイプの探触子を用いた場合の図である。
【図14】作動距離方向のアライメント状態を検出するための検出光学系を設けた場合の図である。
【符号の説明】
【0078】
10 探触子
11 発信部(送信部)
13 受信部
15 開口部
50 投影光学系
51 光源
55 受光光学系
58 位置検出素子
70 制御部
75 メモリ
90 温湿度センサ
92 温度センサ
94 湿度センサ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検者眼から離れた位置に配置され、空気を媒体として被検者眼の角膜に超音波パルスを出射し、角膜で反射された超音波パルスを反射波として検出する探触子と、
前記探触子からの出力信号を処理して被検者眼の眼圧を求める演算処理部と、
被検者眼の前眼部を観察する前眼部観察光学系と、
を有する非接触式超音波眼圧計において、
前記演算処理部は、前記探触子からの出力信号に基づいて反射波のピーク振幅レベルを取得し、該ピーク振幅レベルに基づいて眼圧を求めることを特徴とする非接触式超音波眼圧計。
【請求項2】
請求項1の非接触式超音波眼圧計において、
前記演算制御部は、該ピーク振幅レベルと被検者眼角膜の音響インピーダンスとの関係から眼圧を求めることを特徴とする非接触式超音波眼圧計。
【請求項3】
請求項2の非接触式超音波眼圧計において、前記探触子は、広帯域の周波数成分を持つ超音波ビームを送受信する空気結合型の超音波探触子であることを特徴とする非接触式超音波眼圧計。
【請求項4】
請求項3の非接触式超音波眼圧計において、
前記反射波のピーク振幅レベルは、反射波における振幅スペクトルのピーク振幅レベルであることを特徴とする非接触式超音波眼圧計。
【請求項5】
請求項4の非接触式超音波眼圧計において、
前記振幅スペクトルのピーク振幅レベルは、前記振幅スペクトルにおけるピークを含む所定の周波数帯域における振幅レベルであることを特徴とする非接触式超音波眼圧計。
【請求項6】
請求項3の非接触式超音波眼圧計において、
前記反射波のピーク振幅レベルは、反射波における音響強度のピーク振幅レベルであることを特徴とする非接触式超音波眼圧計。
【請求項7】
請求項3の非接触式超音波眼圧計において、前記探触子は、前記観察光学系による観察のために十分な大きさを持つ開口部と、該開口部を囲むように配置された超音波ビームの送受信部と、を備えることを特徴とする非接触式超音波眼圧計。
【請求項8】
請求項3の非接触式超音波眼圧計において、作動距離方向のアライメント状態を検出するための検出光学系を備えることを特徴とする非接触式超音波眼圧計。
【請求項9】
請求項3の非接触式超音波眼圧計において、
温度センサを持ち、被検者眼の眼圧を測定する環境下における空気中の温度を検出する温度検出手段を備え、
前記演算処理部は、前記温度検出手段の検出結果と前記ピーク振幅レベルに基づいて被検者眼の眼圧を測定することを特徴とする非接触式超音波眼圧計。
【請求項10】
請求項9の非接触式超音波眼圧計において、
前記温度検出手段は、前記超音波探触子によって被検眼角膜に超音波ビームが送受信されると同時、又はその前後に空気中の温度を計測することを特徴とする非接触式超音波眼圧計。
【請求項11】
請求項10の非接触式超音波眼圧計において、
前記温度検出手段は、前記温度センサを複数有し、各温度センサからの出力値を平均して空気中の温度を計測することを特徴とする非接触式超音波眼圧計。
【請求項12】
請求項11の非接触式超音波眼圧計において、
湿度センサを有し、被検者眼の眼圧を測定する環境下における空気中の湿度を検出する湿度検出手段を備え、
前記演算手段は、前記温度検出手段及び前記湿度検出手段の検出結果と前記ピーク振幅レベルとに基づいて被検者眼の眼圧を測定することを特徴とする非接触式超音波眼圧計。
【請求項13】
請求項12の非接触式超音波眼圧計において、
前記温度センサ及び前記湿度センサは、測定時の検者又は被検者に対向しない位置、又は装置筐体内部に配置されていることを特徴とする非接触式超音波眼圧計。
【請求項14】
請求項12の非接触式超音波眼圧計において、
前記温度センサ及び前記湿度センサは、前記超音波探触子の近傍に配置されていることを特徴とする非接触式超音波眼圧計。
【請求項15】
請求項3の非接触式超音波眼圧計において、
被検者眼の眼圧を測定する環境下における空気中の音速を検出する音速検出手段を有し、
前記演算処理部は、前記音速検出手段の検出結果と前記ピーク振幅レベルに基づいて被検者眼の眼圧を測定することを特徴とする非接触式超音波眼圧計。
【請求項16】
請求項15の非接触式超音波眼圧計において、
前記音速検出手段は、空気中の音速を直接検出する音速センサを有し、前記探触子は、音速センサを兼用することを特徴とする非接触式超音波眼圧計。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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