説明

非晶質合金及び生体材料

【課題】耐食性(特に耐孔食性)に優れた非晶質合金を提供する。
【解決手段】Cu、Ni、Al、Nb、原子比率が50%以上のZr、及びAuもしくはAg、並びに不可避元素を含み、組成全体に占めるAuの比率x、Agの比率y(x,yはモル比を表す)は、それぞれ0.4%≦x≦0.7%、0%<y<0.5%の関係を満たす組成を有している。特に下記式(1)又は(2)で表される組成が好ましい〔50%≦a≦70%、25%≦b+c≦35%(b≧c)、5%<d<15%、0%<e<10%(但し、a〜e:Zr、Cu、Ni、Al及びNbで100%としたときの各原子の原子比率を表す);0.4%≦x(モル比)≦0.7%、0%<y(モル比)≦0.5%〕。
【化1】

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Zr基金属ガラス等の非晶質合金、及びこれを用いた生体材料に関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、金属、合金は、原子が周期的に配列した結晶構造を有しており、溶融すると液体状態となり、原子はランダムに存在する状態となる。このように、周期的な構造を持たないものを非晶質(アモルファス)と呼び、非晶質の状態のまま固体となっている金属を非晶質金属又はアモルファス金属という。合金では、非晶質合金又はアモルファス合金と呼ばれている。アモルファス合金などのうち、加熱時に明瞭なガラス遷移を示し、ガラス加工ができるものは金属ガラス又はガラス合金として区別されている。
【0003】
金属ガラスとして知られるものは、明瞭なガラス遷移が観察され、比較的広い過冷却液体領域を有しており、バルク状のアモルファス合金(バルク金属ガラス(bulk metallic glass)ともいう)を製造することができることから注目されている。
【0004】
一方、医療用途では、その材料に要求される条件として、非毒性、非発ガン性、非アレルギー性、生体組織に対する適性など、安全のための生体適合性に加え、医療効果を上げるための医用機能性などが挙げられる。医用機能性としては、力学的特性(機械的強度、耐疲労性、耐摩耗性)や化学的特性(耐食性、耐生体液腐食性)が挙げられる。
【0005】
近年、医学の進歩と共に、様々な人工骨や人工臓器などの金属材料が生体内に長期間に亘って留置されることが多くみられ、このような材料に起因する様々な医療上のトラブルも生じている。金属材料としては、例えば、人工股関節や人工歯根等の硬組織代替器具の構成用材料として、従来からCo−Cr系合金やステンレス鋼、チタン合金が使用されており、そのほか種々のチタン合金も提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0006】
ところが、SUS316L等のステンレス鋼やNi−Ti合金等のチタン合金は、Niを含むため、非アレルギー性の観点から望ましくなく、これらの使用は必ずしも生体適性を有しているとは言い難い状況にある。しかも、チタン合金を髄内釘等として利用した場合には、骨に癒合して骨癒合後に抜去し難くなる。また、金属が外部からのストレスを吸収してしまい骨の組織に伝わり難くなるために、骨への荷重負荷が遮断されて骨吸収が促進され、骨萎縮が起きる原因(いわゆるストレスシールド(荷重遮断))を招来する。
【0007】
上記した金属ガラスは、ヤング率、強度、耐食性の点で同組成の結晶化合金より優れており、生体材料に好適とされているものの、実際には金属ガラス化のために添加されている合金元素(Cu)の影響で、孔食と呼ばれる腐食が起こりやすく、これが実用化に至らない理由の1つとなっている。この孔食は、金属表面に形成された不動態皮膜の欠陥部分が起点となって局部的に腐食する現象であり、生体用材料としては極力起きないものでなければならない現象の1つとなっている。
【0008】
このような点に関連した技術として、例えば、アレルギー源となるNiを含まず、生体液に対する耐食性に優れた生体材料部材が開示されている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開昭58−124438号公報
【特許文献2】特開2004−89580号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
しかしながら、Zr基バルク金属ガラス等では、そのガラス構造化するためにある程度のCuを含有する必要があり、実用上求められる耐食性を維持できない課題がある。
【0011】
本発明は、上記に鑑みなされたものであり、耐食性(特に耐孔食性)に優れた非晶質合金、及び生体内での溶出及び孔食等の腐食が抑制された生体材料を提供することを目的とし、該目的を達成することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
前記課題を達成するための具体的手段は以下の通りである。
<1> Cu、Ni、Al、Nb、原子比率が50%以上のZr、及びAuもしくはAg、並びに不可避元素を含み、金属全体に占めるAuの比率x、又はAgの比率y(x,yはモル比を表す)は、それぞれ0.4%≦x≦0.7%、0%<y<0.5%の関係を満たす組成を有する非晶質合金である。
【0013】
<2> 下記式(1)又は式(2)で表される組成を有する前記<1>に記載の非晶質合金である。
【0014】
【化1】

【0015】
前記式(1)、式(2)において、a、b、c、d及びeは、Zr、Cu、Ni、Al及びNbで100%としたときの各原子比率を表し、50%≦a≦70%、25%≦b+c≦35%(b≧c)、5%<d<15%、0%<e<10%を満たす。x及びyは、それぞれモル比で0.4%≦x≦0.7%、0%<y<0.5%を満たす。
【0016】
<3> 下記式(3)又は式(4)で表される組成を有する前記<1>又は前記<2>に記載の非晶質合金である。
【0017】
【化2】

【0018】
前記式(3)、式(4)において、a、b、及びcは、Zr、Cu、Ni、Al及びNbで100%としたときの各原子比率を表し、50%≦a≦60%、25%≦b+c≦30%(b≧c)を満たす。x及びyは、それぞれモル比で0.4%≦x≦0.7%、0%<y<0.5%を満たす。
【0019】
<4> 前記xは、0%≦x≦0.55%の関係を満たす前記<1>〜前記<3>のいずれか1つに記載の非晶質合金である。
【0020】
<5> 前記ZrCuNiAl10Nbが、Zr55Cu25NiAl10Nbである前記<3>又は前記<4>に記載の非晶質合金である。
【0021】
<6> 前記<1>〜前記<5>のいずれか1つに記載の非晶質合金を含む生体材料である。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、耐食性(特に耐孔食性)に優れた非晶質合金を提供することができる。また、本発明によれば、生体内での溶出及び孔食等の腐食が抑制された生体材料を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【図1】孔食電位を定義するための分極曲線(電位−電流密度曲線)の例を示すグラフである。
【図2】アノード分極試験のための装置構成及び条件を示す図である。
【図3】(Zr55Cu25Al10NiNb100−xAu金属ガラスのAu濃度と孔食電位との関係を示すグラフである。
【図4】(Zr55Cu25Al10NiNb99.5Au0.5金属ガラスとZr55Cu25Al10NiNb金属ガラス又はSUS316Lとの間の孔食電位の差異を示す図である。
【図5】(Zr55Cu25Al10NiNb100−yAg金属ガラスのAg濃度と孔食電位との関係を示すグラフである。
【図6】金属の溶出速度を金属種毎に対比して示すグラフである。
【図7】金属の溶出速度をその累積溶出量で対比して示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、本発明の非晶質合金及びこれを用いた生体材料について詳細に説明する。
本発明の非晶質合金は、Cu(銅)、Ni(ニッケル)、Al(アルミニウム)、Nb(ニオブ)、原子比率が50%以上のZr(ジルコニウム)、及びAu(金)もしくはAg(銀)、並びに不可避元素を含むと共に、金属全体に占めるAuの比率をx、Agの比率をy(x,yはモル比を表す)としたとき、それぞれ0.4%≦x≦0.7%、0%<y<0.5%の関係を満たす組成で構成されたものである。
【0025】
本発明においては、Zr-(Cu,Ni)-Al系バルク金属ガラスは、Cuが不動態化を阻害してガラス化を促す一方で耐食性が低下するためにその基材をなすZrの一部をNbで置き換えることで安定化し耐食性が向上する傾向にあるところ、Au又はAgを所定の比率で存在させることで、耐食性、特に孔食に対する耐性(耐孔食性)をより一層高めることができる。これにより、例えば生体液に触れる環境で安定に維持でき、生体内での腐食、すなわち金属溶出及びこれに伴なう腐食生成物の生成を長期にわたり抑制することが可能になる。
例えば生体内での金属イオンの溶出がある場合、イオンや金属塩の形で生体分子と結合したり、あるいは摩耗粉のような形態になることで毒性を示す。生体内で起こる金属材料の破壊は、腐食(腐食疲労やフレッティング腐食疲労など)に関係した現象であるため、用いる材料の毒性及び耐久性の面から重要といえる。
【0026】
本発明の非晶質合金は、いわゆる金属ガラスを含むものであり、Zrを他の元素より多く含むZr基バルク金属ガラスが好適である。金属ガラス(metallic glass)とは、一般に、3元系以上の金属からなるアモルファス合金〔アモルファス金属(amorphous metal)〕の一種であるが、ガラス遷移が明瞭に観察されるものをさし、典型的には明瞭なガラス遷移と広い過冷却液体温度域を示す。この点で、従来のアモルファス合金とは区別されるものである。
【0027】
本発明の非晶質合金は、基材であるZrと共に、Cu、Ni、Al、Nb、及びAuもしくはAgの6元素を含む合金(好ましくは、Zr基バルク金属ガラス)であり、一般には不可避元素が含まれている。Zrは合金を形成する基材として含まれるため、合金を形成する金属原子全体に対し、原子比率で50%以上の範囲で含まれる。Zrの含有比は、合金を形成する金属原子全体に対して50%〜70%、更には50%〜60%が好ましい。
【0028】
また、不可避元素は、前記6元素を含む場合に不可避的に混入する主として金属元素をいい、含有割合は少ない方が望ましく、金属全体の1モル%以下であることが好ましい。
【0029】
本発明においては、特にZr、Cu、Ni、Al、及びNbの5元素に加え、Au又はAgを、合金組成全体に対するAuの比率をx、Agの比率をy(x,yはモル比を表す)としたときに、それぞれ0.4%≦x≦0.7%、0%<y<0.5%の関係を満たす範囲で含有する。前記5元素に加えてAu、Agを含むことにより、バルク状にガラス化しやすい性質を保持しつつも、不動態皮膜を安定にし、非晶質合金の耐食性(特に耐孔食性)をより高めることができる。
【0030】
中でも、下記の式(1)又は式(2)で表される組成を有する非晶質合金であることが好ましい。
【0031】
【化3】

【0032】
前記式(1)、式(2)において、a、b、c、d及びeは、Zr、Cu、Ni、Al及びNbの5元素で100%(a+b+c+d+e=100%)としたときの各原子の原子比率を表す。これら組成では、ZrとCu(及びCuの一部がNi置換)とAlとを主要な3元素として各々50%≦a≦70%、25%≦b+c≦35%、5%<d<15%の範囲で含んでおり、これら原子は相互に原子寸法の差が比較的大きく、バルク形状の金属ガラスを形成しやすい特徴を有している。
【0033】
b,cは、Cu及びNiの総量として、25%≦b+c≦35%(b≧c)を満たす範囲とし、バルク形状の金属ガラスを形成、すなわち過冷却液体が安定化するために、Cuを含むと同時に、Cu起因の耐食性低下を抑えるためにCuの一部がほぼCuと同じ原子寸法であるNiで置換されている。Cu及びNiの基材Zrに対する原子寸法比は12%以上であり、バルク金属ガラス構造の形成性が高められる。Ni量はb≧cの範囲であるが、このときのcは、0%<c≦15%が好ましく、より好ましくは0%<c≦10%である。
【0034】
eは、Zr、Cu、Ni、Al及びNbの5元素中に占めるNbの原子比率を表し、Zrの一部をNbで置換、特に0%<e<10%を満たす範囲で置換することにより、合金が安定化し、耐食性がより向上する。eの好ましい範囲は、0%<e≦5%である。
【0035】
また、xは、合金中のAuの比率、具体的にはZr、Cu、Ni、Al及びNbの5元素からなる合金部分とAuとの合計に対するモル比を表し、0.4%≦x≦0.7%の範囲とする。xが0.4%未満の低比率であると、孔食電位が従来用いられているステンレス鋼と同等以下にしかならず、耐孔食性に対する向上効果が得られないか、あるいは乏しいものとなってしまう。また、xが0.7%を超える範囲になると、再び孔食電位は低下傾向を示し、耐孔食性のより一層の向上効果は期待できない。中でも、xは、0.4%≦x≦0.6%の範囲が好ましく、0.5%≦x≦0.6%の範囲が特に好ましい。
【0036】
yは、合金中のAgの比率、具体的にはZr、Cu、Ni、Al及びNbの5元素からなる合金部分とAgとの合計に対するモル比を表し、0%<y<0.5%の範囲とする。yが0.5%を超える範囲であると、孔食電位は徐々に低下傾向を示し、耐孔食性のより一層の向上効果は期待できない。中でも、yは、0.1%≦y≦0.4%の範囲が好ましく、0.1%≦y≦0.3%の範囲が特に好ましい。なお、y=0、即ちAgを含まない場合、耐孔食性に劣る。
【0037】
上記のうち、更には下記式(3)又は式(4)で表される組成を有する非晶質合金であることが好ましい。
【0038】
【化4】

【0039】
前記式(3)、式(4)において、a、b、及びcは、Zr、Cu、Ni、Al及びNbで100%(a+b+c+10+5=100%)としたときの各原子の原子比率を表す。Zrは、主要な元素として50%≦a≦60%の範囲で含む。
【0040】
b,cは、Cu及びNiの総量として、25%≦b+c≦30%(b≧c)を満たす範囲とする。Ni量はb≧cを満たすが、cは、0%<c≦15%が好ましく、より好ましくは0%<c≦10%である。
【0041】
x及びyは、それぞれモル比で0.4%≦x≦0.7%、0%<y<0.5%を満たし、前記式(1)、式(2)における場合と同義である。中でも、xは、0.4%≦x≦0.6%の範囲が好ましく、0.5%≦x≦0.6%の範囲がより好ましく、またyは、0.1%≦y≦0.4%の範囲が好ましく、0.1%≦y≦0.3%の範囲がより好ましい。
【0042】
上記のうち、Zr-(Cu,Ni)-Al-Nb組成部分は、特にZr55Cu25NiAl10Nbである場合が好ましい。この組成の場合に、Au又はAgの含有比率を上記の範囲とすることによって、非晶質合金の耐食性、特に耐孔食性がより向上し、耐食性により優れたZr基バルク金属ガラスを提供することができる。
【0043】
本発明の非晶質合金の具体例としては、(Zr55Cu25NiAl10Nb99Au、(Zr55Cu25NiAl10Nb99.5Au0.5、(Zr55Cu25NiAl10Nb99Ag、(Zr55Cu25NiAl10Nb99.8Ag0.2、(Zr55Cu15Ni15Al10Nb99.5Au0.5、等が挙げられる。
【0044】
非晶質合金の耐孔食性は、孔食電位を測定することにより評価することができる。
孔食電位(Epit)は、図1に示すように、最後に100μAcm−2を観測した電位として定義する。
この孔食電位は、以下の方法で測定される。すなわち、
図2に示すように、0.9%塩化ナトリウム水溶液(37℃)中に、白金電極(CE)と、被検査体(非晶質合金等)を収容した作用極(WE)とを配置し、CE及びWEをリファレンス極REと共にポテンショスタットに接続して、図2に示す条件でアノード分極試験を行なう。試験で得られた測定値をもとに分極曲線(電位−電流密度曲線)を作成し、分極曲線から孔食電位を求める。
【0045】
本発明の非晶質合金は、上記組成を有する合金の溶湯を、液体急冷法、例えば単ロール法、双ロール法、回転液中紡糸法、高圧ガス噴霧法、スプレー法によって急冷し、又はスパッタリングにより急冷し、あるいは金型鋳造法により徐冷することにより作製することができる。
【0046】
本発明の非晶質合金は、(1)同一組成の結晶金属よりも耐食性が高い、(2)ヤング率/強度比が小さく、より生体材料としての用途に有用である、(3)溶融温度よりも低い過冷却液体ゾーンからの成形が可能である、(4)鋳造で超微細転写性を示す、等の利点を有している。
【0047】
本発明の非晶質合金のヤング率としては、100GPa以下が好ましく、より好ましくは80GPa以下である。ヤング率の下限としては、骨のヤング率に近い約20GPa以上であることが望ましい。整形外科用の生体材料部材、特に髄内釘、骨接合材料、インターロッキングネイル、骨固定用ビス等では、ヤング率が重要であり、該ヤング率が前記範囲内であることによりこれらの用途に好適に用いられる。
例えば、骨接合用部材の場合、ヤング率が高いと荷重が骨に伝わらず金属プレートにかかり、ストレスが骨の組織に伝わらないため(いわゆるストレスシールド)、骨癒合が遅延し、また骨折部が癒合しても弱くなってしまうことがあるが、本発明の非晶質合金(特にバルク金属ガラス)では、骨形成量を増大させ、ストレスシールドを解消することができる。これは、材料の安静率が低いと骨が荷重を適度に分担するので、骨形成を促すためと考えられる。
【0048】
−生体材料−
本発明の生体材料は、既述の本発明の非晶質合金(好ましくはバルク金属ガラス)を用いて構成されたものであり、生体内での耐食性(特に耐孔食性)に優れ、生体内での腐食、すなわち金属溶出及びこれに伴なう腐食生成物の生成を長期にわたり抑制することが可能である。
【0049】
本発明の非晶質合金は、結晶金属と比較してヤング率が小さく、強度が高く、しかも耐食性に優れているため、後述のような生体材料として貴重な特性を有するものである。
【実施例】
【0050】
以下、本発明を実施例により更に具体的に説明するが、本発明はその主旨を越えない限り、以下の実施例に限定されるものではない。
【0051】
(実施例1)
Zr55Cu25Al10NiNbの組成となるよう秤量した純金属に、さらにAuをAu及び(Zr55Cu25Al10NiNb)合金部分の全体組成中に占めるAuの比率x(モル比)が、0.2%,0.3%,0.4%,0.5%,0.6%,0.7%,1.0%となるように添加し、Au含有の合金溶湯とした。この溶湯をアーク溶解式傾角鋳造法により、数10〜数100K/sの冷却速度で冷却し、(Zr55Cu25Al10NiNb100−xAuで表される7種のZr基バルク金属ガラスを作製した。
【0052】
(比較例1)
実施例1において、Auを添加しなかったこと以外は、実施例1と同様にして、Zr55Cu25Al10NiNbで表されるZr基バルク金属ガラスを作製した。
【0053】
(比較例2)
従来から用いられている生体材料として、ステンレス鋼(SUS316L)を比較用に準備した。
【0054】
(実施例2)
Zr55Cu25Al10NiNbの組成となるよう秤量した純金属に、さらにAgをAg及び(Zr55Cu25Al10NiNb)合金部分の全体組成中に占めるAgの比率y(モル比)が、0.2%,0.5%,1.0%となるように添加し、Ag含有の合金溶湯とした。この溶湯をアーク溶解式傾角鋳造法により、数10〜数100K/sの冷却速度で冷却し、(Zr55Cu25Al10NiNb100−xAgで表される3種のZr基バルク金属ガラスを作製した。
【0055】
(比較例3)
実施例2において、Agを添加しなかったこと以外は、実施例2と同様にして、Zr55Cu25Al10NiNbで表されるZr基バルク金属ガラスを作製した。
【0056】
(評価)
上記で得られたバルク金属ガラス及びステンレス鋼に対し、下記の測定、評価を行なった。測定結果は、図3〜図7に示す。
【0057】
−孔食電位−
アノード分極試験に用いる作用極に順次、上記で得られたZr基バルク金属ガラス及びステンレス鋼SUS316Lを装填し、図2に示す装置を用い、0.9%塩化ナトリウム水溶液(37℃)中に白金電極(CE)、作用極(WE)を配置し、CE及びWEをリファレンス極REと共にポテンショスタットに接続して図2に示す条件にてアノード分極試験を行ない、分極曲線を作成した。試験は、試料を以下のように準備し、通常行なわれるようにn=3で行なった。
作成した分極曲線から孔食電位を求めた。結果を図3〜図5に示す。
<試料>
(1)(Zr55Cu25Al10NiNb100−xAu金属ガラス(本発明のZr基バルク金属ガラス)リボン:各3種(n=3)
急冷状態のままの急冷時の雰囲気ガス側の表面を測定面とした。
(2)(Zr55Cu25Al10NiNb100−yAg金属ガラス(本発明のZr基バルク金属ガラス)リボン:各3種(n=3)
急冷状態のままの急冷時の雰囲気ガス側の表面を測定面とした。
(3)Zr55Cu25Al10NiNb金属ガラス(比較用のZr基バルク金属ガラス)リボン:各3種(n=3)
急冷状態のままの急冷時の雰囲気ガス側の表面を測定面とした。
(4)ステンレス鋼 SUS316L :市販品1種(n=1)
#600SiC研磨紙で研磨した表面を測定面とした。
【0058】
アノード分極試験の結果、図3に示すように、Au濃度が0.4%〜0.7%の範囲で特に高い孔食電位が得られ、一般に生体材料としては電位ばらつきがあることは望ましくないが、ばらつき範囲を含めても、Au=0%の場合(比較例1)に比べ、安定的に高い孔食電位を示した。Au濃度が0.2%,0.3%,1.0%の場合、ある程度の孔食電位が示されたものの、Au=0%の場合(比較例1)より低い場合が認められた。このように、0.4%〜0.7%の範囲で優れた耐食性を得ることができる。
また、図4のように、Au=0.5%を代表例としてSUS316L(ステンレス鋼)と対比した結果から明らかなように、従来から用いられているステンレス鋼に比べ、孔食電位は大幅に向上し、所定の範囲でAuを添加したことによる耐食性、特に耐孔食性の向上効果は顕著であった。
一方、AuをAgに代えた実施例2では、図5に示すように、Ag添加から急激に孔食電位が向上し、Ag濃度が0.5%未満の範囲において、Ag=0%の場合(比較例3)に比べ、高い孔食電位を示した。なお、Ag濃度が0.5%,1.0%の場合、Au添加の場合と同様に、ある程度の孔食電位を示したものの、Ag=0%の場合より低い場合が認められた。
【0059】
−非晶質相の確認−
実施例1〜2、及び比較例1で得られたZr基バルク金属ガラスに対して、X線回折によって明瞭なブラッグピークを示さず 、非晶質相の存在を示唆するハーローパターンを確認することで、X線構造解析的に非晶質構造であると決定した。
【0060】
その結果、本発明の(Zr55Cu25Al10NiNb100−xAu金属ガラス、及びZr55Cu25Al10NiNb金属ガラスは、いずれも、非晶質相を有する非晶質合金であることが確認された。
【0061】
−金属溶出試験−
擬似体液として、特級乳酸(85.0〜92.0%溶液)と超純粋(>18MΩcm)とを1:99(=乳酸:超純粋)の比率で混合してpH2.28の乳酸水溶液を用意し、37℃(310K)に調温した。この乳酸水溶液に、上記で得られた(Zr55Cu25Al10NiNb100−xAu、Zr55Cu25Al10NiNb(Zr基バルク金属ガラス)及びステンレス鋼SUS316L、並びに比較用に純Ti金属、純Zr金属を、1.67Hzの振とう条件を与えながら7日間浸漬し、経過後に取り出し、ICP発光分光分析により乳酸水溶液中に溶出した金属イオンの濃度を測定した。測定結果を図6〜図7に示す。
【0062】
図6〜図7に示すように、Au=0%(x=0)の場合(比較例1)に比べ、Auを添加したことにより金属の溶出を飛躍的に防ぐことができた。特に、Au=0%の場合(比較例1)及びSUS316Lに比べ、アレルギー源であるNiの溶出量も大幅に軽減された。
【産業上の利用可能性】
【0063】
本発明の非晶質合金は、高強度でヤング率が低く、耐食性(特に耐孔食性)に優れており、生体材料に好適であるほか、ゴルフクラブ、精密機器(ギヤなど)、電子機器、ボールミル(ボールや容器の胴体など)の用途に好適に用いることができる。特に、生体材料として、人工骨材料として最適であるが、その他の用途、例えば、脊柱固定材、骨折固定材、人工関節、椎間スペーサ等の整形外科用材料、歯冠、インレイ、クラウン、義床、人工歯根、歯列矯正ワイヤ等の歯科用材料、手術機器等の一般外科用材料など、各種医療用途の材料として有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cu、Ni、Al、Nb、原子比率が50%以上のZr、及びAuもしくはAg、並びに不可避元素を含み、金属全体に占めるAuの比率x、又はAgの比率y(x,yはモル比を表す)は、それぞれ0.4%≦x≦0.7%、0%<y<0.5%の関係を満たす組成を有する非晶質合金。
【請求項2】
下記式(1)又は式(2)で表される組成を有する請求項1に記載の非晶質合金。
【化1】


〔式中、a、b、c、d及びeは、Zr、Cu、Ni、Al及びNbで100%としたときの各原子比率を表し、50%≦a≦70%、25%≦b+c≦35%(b≧c)、5%<d<15%、0%<e<10%を満たす。x及びyは、それぞれモル比で0.4%≦x≦0.7%、0%<y<0.5%を満たす。〕
【請求項3】
下記式(3)又は式(4)で表される組成を有する請求項1又は請求項2に記載の非晶質合金。
【化2】


〔式中、a、b、及びcは、Zr、Cu、Ni、Al及びNbで100%としたときの各原子比率を表し、50%≦a≦60%、25%≦b+c≦30%(b≧c)を満たす。x及びyは、それぞれモル比で0.4%≦x≦0.7%、0%<y<0.5%を満たす。〕
【請求項4】
前記xは、0.4%≦x≦0.55%の関係を満たす請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の非晶質合金。
【請求項5】
前記ZrCuNiAl10Nbが、Zr55Cu25NiAl10Nbである請求項3又は請求項4に記載の非晶質合金。
【請求項6】
請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載の非晶質合金を含む生体材料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2012−21198(P2012−21198A)
【公開日】平成24年2月2日(2012.2.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−160897(P2010−160897)
【出願日】平成22年7月15日(2010.7.15)
【出願人】(504179255)国立大学法人 東京医科歯科大学 (228)
【Fターム(参考)】