説明

非水系二次電池

【目的】 高い性能が期待できるシェブレル相化合物に対して、その対極である負極活物質に最適な物質を選別し組み合わせることにより、深い放電深度でも良好なサイクル特性を有する非水系二次電池を提供する。
【構成】 正極活物質として単位格子が三斜晶系単独あるいは三斜晶系と六方晶系との混合相であるシェブレル相化合物を用い、負極活物質として炭素層面の格子面間隔(d002 )が0.343nm以下であって、c軸方向の結晶子の大きさ(Lc )が10nm以上であるピッチ系炭素繊維又はその粉砕粉を用いた非水系二次電池である。
【効果】 高い放電容量と充放電サイクル特性を有する非水系リチウム二次電池を提供することができる。

【発明の詳細な説明】
【0001】
【産業上の利用分野】本発明は、特性の良好な非水電解液系二次電池に関する。
【0002】
【従来の技術】従来から、リチウムを負極活物質として用いる軽量で高エネルギー密度の電池に関して、多くの提案がなされている。その中でも一次電池に関しては、その正極活物質としてフッ化黒鉛、あるいは二酸化マンガンを用いた電池系が既に上市され、現在様々な用途に使用されている。
【0003】しかしながら、近年のエレクトロニクス分野での急速な進歩により、電池内蔵型の携帯用電気・電子機器が普及している現在にあっては、再充電可能な二次電池の必要性が非常に大きなものとなっている。特に、リチウム二次電池では、それに用いられる正極活物質により、充放電電圧、サイクル寿命、エネルギー密度等の電池性能が大きく左右される。その正極活物質としては、非常に広範なものを用いることができるが、大きく分けて炭素材料、導電性高分子、無機化合物の3種類が挙げられる。
【0004】その中でも、特に無機化合物は、その化合物中の結合が非常に強固であることや、耐酸化性に優れている、有機電解液と反応し難い、その構造中にリチウムの拡散に適当な空隙を保有すること等から、大電流放電、長サイクル寿命、低自己放電等の特性が期待できるため、その研究が活発に行われている。そして、その無機化合物を用いた研究においては、一次元鎖状構造、二次元層状構造、三次元チャンネル型構造というように、その化合物中へのリチウムの拡散が有利な構造の化合物が検討されている。
【0005】特に、三次元チャンネル型構造を有する化合物は、他の一次元鎖状構造や二次元層状構造を有する化合物とは違い、その構造中に劈開面が存在せず、三次元方向の強固な結合を有する構造形態により、そのチャンネルへリチウムが挿入・脱離反応を起こす際の単位格子の伸縮が小さく、そのため反応過程でその構造を安定に保持することから、充放電サイクル特性に優れている。また、リチウムの拡散の自由度が一次元鎖状構造や二次元層状構造の場合に比べて大きく、それ故にリチウムの拡散係数が大きくなり、大電流放電が可能であること等の理由から、現在特にMnO2 やV2 5 をはじめとする遷移金属酸化物を中心に研究が行われている〔J. Electrochem. Soc., 136, 11(1989), Rev. Gen. Electr., 3, 29(1990) 〕。
【0006】しかしながら、総じてこれらの物質は正極活物質として充分利用できる程の特性には至っていない。これはその電気伝導度が低く(<10-3S/cm)、またその母格子中へのリチウムの拡散係数も小さい(<10-11 cm2 /sec)ためである。したがって、これらを正極活物質として用いた場合には、その低電気伝導性により、電極作成の際に導電性を賦与するためのカーボン・ブラック等電池反応に関与しない物質を10〜20重量%程度添加することが不可欠となる(特開平1−105,459号公報)ため、電極中の実際に反応に関与する割合が低く抑えられ、その結果電極重量当りからみたエネルギー密度を高めることが困難になっていた。また、リチウムの拡散係数が小さいという物性からは、大電流充放電が困難となることや、リチウムの出し入れに支障をきたすため、充放電サイクル特性に劣ること等の理由により、未だに市場からの要求に応えるほどの性能に到達していない。
【0007】このような遷移金属酸化物に対して、一般式MX Mo6 8-Y (M=金属)で表される三元系モリブデンカルコゲン化物、通称「シェブレル相化合物」は、三次元に等方的な比較的広い空隙を持つという特異な構造を有することから、その構造中へのリチウムの拡散係数が大きく(>10-9cm2 /sec)、その電気伝導度も金属並に高い(>103 S/cm)。これらの物性から、これまで研究されている遷移金属酸化物系では達成できないような高い性能が期待できる。
【0008】これまでリチウム二次電池の正極活物質として、リチウム金属が対極として用いられた場合のシェブレル相化合物の単極性能を調べた報告例としては、特にその単位格子が六方晶系である銅シェブレル相化合物〔Phys. Rev., B31, 3084(1985) 〕、及び銀シェブレル相化合物〔J. Electrochem. Soc., 135, 804(1988)〕等に限られていた。これらによると六方晶系の構造を有する上記のようなシェブレル相化合物は、単位重量当りの放電容量が100〜120mAh/g程度と比較的高いけれども、その放電容量を引き出すべく放電深度の深い領域で充放電反応を行うと、反応後の電極活物質の金属成分の占有位置に大きな変化が生じ、ひいてはクラスター構造の崩壊にまで発展し、放電容量が充放電サイクルを繰り返すと共に単調に減少してしまうという問題があった。
【0009】
【発明が解決しようとする課題】そこで、本発明者らは、単位格子が三斜晶系単独あるいは三斜晶系と六方晶系との混合相として得られるようなシェブレル相化合物に着目し、リチウム金属を対極とした電池セルで研究したところ、深い放電深度での充放電反応後の電極活物質の金属成分の占有位置及びクラスター構造の変化はX線回折測定からは全く認められず、このような領域でも安定に充放電反応が推移するものと思われた。しかるに、このような電池セルで充放電サイクルの回数を更に重ねていくと、正極側には何らの変化もみられないものの、負極側で大きな変化が認められた。すなわち、充電反応時にリチウム金属の表面にリチウムが均一に電析されずに一部デンドライトとして成長し、ついにはその部分が電極から剥離してセルの底部に堆積しているのが観測された。このようなことから、負極であるリチウム極での充放電効率が低く、それ故に充放電反応の進行の際、充電時に正極活物質中へ挿入されたリチウムが放電時に完全に抜けきらないまま次の充電反応が起こることにより、正極活物質中にリチウムが蓄積し続けることになり、その結果として、正極活物質中のリチウムの入り得るサイトが減少し、それに対応して放電容量の低下が誘引されることが判明した。したがって、高い性能が期待できるシェブレル相化合物の性能を十分に活用するためには、対極である負極活物質としてリチウム金属に置き替わる高性能な材料と組合せることが必要であるという結論に到達した。
【0010】そこで、本発明者らは、放電容量が高く、長サイクル寿命が期待できるシェブレル相化合物の性能を充分に発揮させることのできる負極活物質に関して鋭意研究した結果、炭素層面の面間隔が黒鉛のものに近く、かつ、適当な乱層構造をその中に保有するような適度な黒鉛化度を持つピッチ系炭素繊維を適用することにより、正極活物質本来の性能を引き出すことが可能になり、これに基づいて本発明を完成した。したがって、本発明の目的は、深い放電深度でもその構造を安定に保持し、かつ高い放電容量を保有すると期待されるシェブレル相化合物を用い、その対極である負極活物質に最適な物質を選別し組合せることにより、深い放電深度でも充放電効率が高く、充電・放電を繰り返しても放電容量の低減が非常に小さく、かつ安全性に優れた非水系二次電池を提供することにある。
【0011】
【課題を解決するための手段】本発明は、正極活物質として単位格子が三斜晶系単独あるいは三斜晶系と六方晶系との混合相であるシェブレル相化合物を用い、また、負極活物質として炭素層面の格子面間隔(d002 )が0.343nm以下であってc軸方向の結晶子の大きさ(Lc )が10nm以上であるピッチ系炭素繊維又はその粉砕粉を用いた非水系二次電池である。このような構成とすることにより、深い放電深度における充放電反応に関して、優れたサイクル安定性を発現することが可能となるものである。
【0012】以下、本発明の具体的な内容を説明する。本発明では正極活物質として、単位格子の構造が三斜晶系単独あるいは三斜晶系と六方晶系との混合相であるシェブレル相化合物を用いる。シェブレル相化合物は、その中に多くの種類の金属成分を含むことができ、その金属成分によりその構造は勿論様々な物性が大きく左右される。本発明に用いるシェブレル相化合物の合成方法については、これまでのシェブレル相化合物に関する報告〔J. Phys. Chem. Solids, 41, 421(1980)〕で述べられているような、■各成分元素を石英管中に真空封印し800〜1000℃で加熱焼結する方法、■Cu2 Mo6 8 やPbMo6 8 中の金属成分の引き抜きにより調製したMo6 8 と金属成分Mとで高温固体反応をさせる方法、■金属イオンMn+を含んだ水溶液中でMo6 8 中へ電解反応によりMを挿入し合成する方法等の何れの方法によっても合成可能である。その際、これまで報告されてきた六方晶の単位格子をもつシェブレル相化合物とは異なり、金属成分としてCr、Mn、Fe、Cd、Mg、Zn及びScの中の少なくとも一種を選択することにより、三斜晶系単独あるいは三斜晶系と六方晶との混合相の構造をもつシェブレル相化合物を得ることができる。
【0013】一般にシェブレル相化合物は、高温では六方晶系の構造を有する相として安定に存在するが、温度が下がるにつれて低温で安定な三斜晶系の構造を有する相がその中に現れ、ついには全て三斜晶系の構造を有する相となることが確認されている〔Solid State Commun., 23, 327(1978)〕。本発明に用いるシェブレル相化合物は、その化合物中の金属成分としてCr、Mn、Fe、Cd、Mg、Zn及びScの中の少なくとも一種を選択したもので、これらの化合物では、六方晶系から三斜晶系に相転移する温度(相転移温度)が上昇し、高温で焼成後室温まで冷やす過程で全てが相転移を起こして三斜晶系単独の相となるか、あるいは一部のみが相転移した結果三斜晶系と六方晶系との混合相となる。
【0014】このようにして合成したシェブレル相化合物粉末を電池に適用するために、正極体にする場合には以下のような方法が考えられる。先ず第一に、化合物粉末にバインダー粉末、導電性を賦与するための粉末を乾式混合することにより得る方法である。そして、第二に化合物粉末にバインダー、導電性を賦与するための粉末を加え、更に水、アルコールあるいは分散剤等の液体を添加後湿式混合してスラリーを得、これをリード線を取り付けた金属板等の集電体上に塗布した後乾燥する方法である。両方法に用いる導電性賦与のための粉末は5重量%程度ですみ、電極重量当りの反応に関与する割合は、他の遷移金属酸化物粉末を用いて作成した電極と比較してかなり高い。また、この正極体作成に関しては、シェブレル相化合物粉末の有する正極活物質としての性能を十分に利用することのできる正極体を作成する方法であれば、何ら上記の方法に限定されるものではない。
【0015】本発明では、上述の正極としてのシェブレル相化合物と負極としての種々の炭素材料との組合せに関して鋭意研究した結果、適当な大きさの黒鉛結晶子とそれを取り巻く非晶質部分との集合体の複合構造を形成するピッチ系炭素繊維を負極として選択した場合に、シェブレル相化合物の高容量、長サイクル寿命といった優れた性能を引き出すことが可能になった。この複合構造を形成する、ある範囲内での結晶構造パラメーターを有するピッチ系炭素繊維が、シェブレル相化合物との間での良好な組合せ性能を発揮する。
【0016】負極活物質として良好な特性を示すピッチ系炭素繊維及びその粉砕粉の構造は、結晶構造のパラメーターとしてX線回折法による格子面間隔(d002 )が0.343nm以下であって、かつ、c軸方向の結晶子の大きさ(Lc )が10nm以上である。このような条件を満たす炭素繊維及びその粉砕粉は、結晶構造としてリチウムイオンをスムーズに挿入・脱離することのできる炭素層面の面間隔を有すると共に、その活物質中へのリチウムの挿入・脱離が繰り返されてもその構造を安定に保持するような柔軟性を有しており、具体的には、適当な大きさの黒鉛結晶子とそれを取り巻く非晶質部分との集合体の複合構造を形成するものである。このような構造を有する炭素繊維及びその粉砕粉は、充放電反応を可逆的に行わせることができ、サイクル安定性に優れた材料であることから、シェブレル相化合物の性能を充分に引き出し得る対極となるものである。また、正極活物質であるシェブレル相化合物の有する充放電電位の平坦性を負極と組合せた場合にも発揮させるという観点から、この負極活物質である炭素材料に対しても電圧の平坦性を持たせることが望ましく、そのためにはホストである炭素材料へリチウムが挿入された場合、炭素層面間に存在するリチウムのサイトエネルギーが広い領域で一定となる、すなわち黒鉛層間化合物におけるステージ構造のような構造をとることが重要であり、したがってその結晶構造は、黒鉛結晶子の発達した構造であることが望まれる。上記格子面間隔(d002 )が0.343nmより大きくなるか、あるいはまた、c軸方向の結晶子の大きさ(Lc )が10nmより小さいと、反応の場である黒鉛結晶子が充分発達していないため、リチウムイオンの挿入・脱離が起こり難く、充放電反応が可逆的に起こらないのに加えて、その充放電電位が通過電気量と共に大きく変化することから、シェブレル相化合物本来の性能を有効に引き出すことができないという問題が生じる。
【0017】また、本発明で使用するピッチ系炭素繊維は、リチウムを挿入・脱離するのに適した結晶構造を有しているものであり、この炭素繊維を用いた電極であれば、電極の形状やその成形方法に関して何らこれらを制限するものではない。
【0018】非水系二次電池は、一般に、非水系電解液、正極活物質及び負極活物質の3つの構成要素からなるものである。その中で正極活物質と負極活物質に関しては、電解液中を動くキャリアーをその中に受容・放出することが可能であれば、広範な材料を適用することができる。また、非水系電解液についても、高いイオン伝導度を示す、酸化還元電位窓が広い、化学的安定性が高い等の性能を有するものであれば特に限定されるものではないが、その溶媒として、例えば、プロピレンカーボネート、エチレンカーボネート、ジメチルカーボネート、1,1−ジメトキシエタン、1,2−ジメトキシエタン、1,2−ジエトキシエタン、γ−ブチロラクトン、テトラヒドロフラン、2−メチルテトラヒドロフラン、1,3−ジオキソラン、ジエチルエーテル、スルホラン、メチルスルホラン、アセトニトリル、クロロニトリル、プロピオニトリル、ホウ酸トリメチル、ケイ酸テトラメチル、ニトロメタン、ジメチルホルムアミド、N−メチルピロリドン、酢酸エチル、トリメチルオルトホルメート、ニトロベンゼン、塩化ベンゾイル、臭化ベンゾイル、テトラヒドロチオフェン、ジメチルスルホキシド、3−メチル−2−オキサゾリドン、エチレングリコール、サルファイト、ジメチルサルファイト等を挙げることができ、これらは単独で若しくは2種類以上の混合溶媒として使用することができる。
【0019】支持電解質についても従来公知のものを何れも使用でき、例えば、LiClO4 、LiBF4 、LiAsF6 、LiPF6 、LiB(C6 5 4 、LiCl、LiBr、LiCF3 SO3 、LiCH3 SO3 等を挙げることができる。これらはその1種のみを単独で使用できるほか、2種以上を混合物として使用することもできる。しかし、支持電解質として用いるリチウム塩に要求されるのは、基本的に電解質溶液中での電気化学的安定性であることから、これを満足しているものであれば、特に上記のリチウム塩に限定されるものではない。また、電解質溶液の濃度は、溶媒や支持電解質の物性及び電極活物質の種類等に依存するが、概ね0.1〜2.0モル/リットルの範囲が望ましい。
【0020】
【作用】本発明の非水系二次電池においては、その充電時には炭素繊維内にリチウムを挿入させることになる。その際、リチウムは溶媒との溶媒和イオンがホストである炭素繊維の表面で溶媒から脱離し、ホストの炭素層面間に入り込むという反応が進行する。また、リチウムの挿入により、黒鉛結晶子を構成する炭素層面間は拡大し、それと共に黒鉛結晶子が膨張することになるが、この膨張は結晶子を取り巻く非晶質部分が吸収する。一方、放電時には炭素繊維に取り込まれたリチウムが電解液中に放出され、炭素層面間の収縮ひいては黒鉛結晶子の収縮が生じるが、この場合にも黒鉛結晶子の周りの非晶質部分がその収縮を弾性的に吸収し、結晶子を元の状態に戻す働きをする。したがって、充電・放電のどちらの場合にも、リチウムの挿入・脱離反応に対応した黒鉛結晶子の膨張・収縮を黒鉛結晶子の周囲の非晶質部分が吸収することにより、炭素繊維のマクロな構造破壊を起こすことなく充放電反応が円滑に進行する。したがって、本発明の非水系二次電池が安定した充放電を繰り返すことができるのは、負極活物質である炭素繊維の結晶構造に、反応の場である黒鉛結晶子の発達した部分がある程度存在してこの炭素層面間に存在するリチウムのサイトエネルギーが安定化し、更に、非晶質部分が存在して充放電反応で起こる黒鉛結晶子の膨張・収縮を弾性的に吸収することができるからである。
【0021】
【実施例】以下、実施例及び比較例に基づいて、本発明を具体的に説明する。
【0022】実施例1その単位格子が三斜晶系単独、あるいは三斜晶系と六方晶系との混合相として得られるような組成領域を有する鉄シェブレル相化合物のうち、三斜晶系単独の単位格子を有する構造として得られるFe2 Mo6 8 を真空封印下での各成分元素(Fe、Mo、S)の高温固体反応(1,000℃、48hrs)により合成した。そして、この化合物粉末に、バインダーとしてポリテトラフルオロエチレンを5重量%、及び、導電剤であるケッチェンブラックを5重量%の割合でそれぞれ混合し、混練して約0.1mmの厚さのシート状の電極を得た。これを9mm×7mmの大きさに打ち抜き、ニッケル網の間に挟み込み、その網の周囲をスポット溶接して正極体を作成した。
【0023】負極活物質としては直径約7.4μmのピッチ系炭素繊維を使用した。このピッチ系炭素繊維のX線回折法による黒鉛化度の指標は、d002 =0.337nm及びLc =52nmであった。この炭素繊維を長さ20〜30mm、重量10mgとし、直径0.1mmのニッケル線で束ねて負極体とした。
【0024】電解液としては、プロピレンカーボネートとエチレンカーボネートの体積比1:1混合溶媒中に支持電解質としてLiClO4 を1M濃度に溶解させたものを使用した。
【0025】測定には、金属リチウムシートの小片をニッケル線に接続したものを参照極として使用した三極方式を採り、各電極を電解液で満たしたガラスビーカー中に浸漬することにより電池セルを組み立てた。このような電池セルの組立は全てアルゴンガス雰囲気下のドライボックス中で行い、このセルをリード線の取り付けた密閉ガラス容器の中に挿入し、その容器内をアルゴンガスで満たした後、密閉して外に取り出した。充放電サイクルを開始する前に炭素繊維にリチウムを吸蔵させるために、炭素繊維10mgに対して0.3mAとなるような定電流の条件下で、参照極であるリチウム極との間で0Vの電位に到達するまで反応させた。
【0026】このようにして調製したリチウム含有炭素繊維とシェブレル相化合物との2極セルについて、ガルバノスタットを用いた定電流充放電により、充電・放電共に炭素繊維10mgに対して0.3mAとなるような条件で充放電サイクルを行わせた。その充放電電位範囲は、充電終止電圧を2.7Vに、放電終止電圧を0.5Vに設定した。また、充電・放電の間には30分の解放状態を設けた。本発明で用いたシェブレル相化合物単極の放電曲線より、この電位範囲での充放電サイクル試験ではシェブレル相中にリチウムをその限界量近くまで挿入させることが可能となり、したがってこの試験がシェブレル相化合物にとって深い放電深度での充放電サイクル回数進行に伴う放電容量の変化を調べることに相当する。この充放電サイクル試験で得られた結果を図1の折れ線Aに示す。この測定結果から明らかなように、この実施例の組合せ電池セルでは、シェブレル相化合物特有の2V付近の平坦な電圧はそのままに、充電・放電を500回程度繰り返しても容量の低減がほとんど認められず、非常に良好な充放電サイクル特性を示した。
【0027】実施例2その単位格子が三斜晶系単独の構造として得られるマンガンシェブレル相化合物(Mn2 Mo6 8 )を真空封印下での各成分元素(Mn、Mo、S)の高温固体反応(1,000℃、48hrs)により合成した。そして、この化合物粉末を使用し、上記実施例1と同様な手法で正極体を作成した。また、負極活物質としては直径約6.3μmのピッチ系炭素繊維を使用した。この炭素繊維のX線回折法による黒鉛化度の指標は、d002 =0.338nm及びLc =38nmであった。この炭素繊維を長さ20〜30mm、重量10mgとし、直径0.1mmのニッケル線で束ねて負極体とした。以下、電解液の調製、電池セルの組立、実験条件は全て実施例1と同様の手法を用いた。この組合せ電池の充放電サイクル特性は図1における折れ線Bのような結果となり、充電・放電を500回程度繰り返しても容量の低減があまり見られず、非常に良好な充放電サイクル特性を示した。
【0028】実施例3その単位格子が三斜晶系単独の構造として得られるクロムンシェブレル相化合物(Cr2 Mo6 8 )を真空封印下での各成分元素(Cr、Mo、S)の高温固体反応(1,000℃、48hrs)により合成した。そして、この化合物粉末を使用し、上記実施例1と同様な手法で正極体を作成した。負極活物質としては直径約8.5μmのピッチ系炭素繊維を使用した。この炭素繊維のX線回折法による黒鉛化度の指標は、d002 =0.336nm及びLc=78nmであった。この炭素繊維を長さ20〜30mm、重量10mgとし、直径0.1mmのニッケル線で束ねて負極体とした。以下、電解液の調製、電池セルの組立、実験条件は全て実施例1と同様の手法を用いた。この組合せ電池の充放電サイクル特性は図1における折れ線Cのような結果となり、充電・放電を500回程度繰り返しても容量の低減がほとんど見られず、非常に良好な充放電サイクル特性を示した。
【0029】実施例4その単位格子が三斜晶系と六方晶系との混合相として得られるような組成比を持った鉄シェブレル相化合物(Fe1.5 Mo6 7.8 )を真空封印下での各成分元素(Fe、Mo、S)の高温固体反応(1,000℃、48hrs)により合成した。この化合物粉末を使用し、上記実施例1と同様な手法で正極体を作成した。負極活物質としては直径約4.6μmのピッチ系炭素繊維を使用した。この炭素繊維のX線回折法による黒鉛化度の指標は、d002 =0.342nm及びLc=13nmであった。この炭素繊維を長さ20〜30mm、重量10mgとし、直径0.1mmのニッケル線で束ねて負極体とした。以下、電解液の調製、電池セルの組立、実験条件は全て実施例1と同様の手法を用いた。この組合せ電池の充放電サイクル特性は図1における折れ線Dのような結果となり、充電・放電を500回程度繰り返しても容量の低減があまり認められず、非常に良好な充放電サイクル特性を示した。
【0030】実施例5その単位格子が三斜晶系と六方晶系との混合相として得られるような組成比を持った鉄シェブレル相化合物(Zn2 Mo6 8 )を真空封印下での各成分元素(Zn、Mo、S)の高温固体反応(1,000℃、48hrs)により合成した。この化合物粉末を使用し、実施例1と同様な手法で正極体を作成した。負極活物質としては、乳鉢を用いてピッチ系炭素繊維をその繊維軸方向の割れが起こらないような条件下で繊維の長さが1mm以下になるまで粉砕して得られた炭素繊維の粉砕粉を使用した。この炭素繊維のX線回折法による黒鉛化度の指標は、d002 =0.336nm及びLc =82nmであった。この炭素繊維の粉砕粉にバインダーとしてポリテトラフルオロエチレンを5重量%の割合で混合し、混練して約0.1mmの厚さのシート状の負極体とした。以下、電解液の調製、電池セルの組立、実験条件は全て実施例1と同様の手法を用いた。この組合せ電池の充放電サイクル特性は図1における折れ線Eのような結果となり、充電・放電を500回程度繰り返しても容量の低減があまり認められず、非常に良好な充放電サイクル特性を示した。
【0031】比較例1正極側については実施例1と同様な手法により得られた正極体を用いた。負極側については、これまで調べられてきた電池セルと同様に、金属リチウムシートを0.3g程度に切りとり、これをニッケル線に接続したものを負極体とした。この場合には、参照極との間での電圧で充放電電圧領域を充電終止電圧2.7V、放電終止電圧1.5Vに設定し測定を行った。以下、電解液の調製、電池セルの組立は全て実施例1と同様の手法を用いた。この組合せ電池の充放電サイクル特性は図1における折れ線Fのような結果となり、サイクル開始後サイクル回数進行と共にその放電容量は徐々に低下した。このような性能では長期に亘る充放電に耐え得るようなリチウム二次電池を形成することは不可能であるものと思われる。
【0032】比較例2その単位格子が六方晶系の構造として得られる銅シェブレル相化合物(Cu3Mo6 7.9 )を真空封印下での各成分元素(Cu、Mo、S)の高温固体反応(1,000℃、48hrs)により合成した。この化合物粉末を使用し、上記実施例1と同様な手法を用いて正極体を作成した。負極側については、直径約7.4μmのピッチ系炭素繊維を使用した。このピッチ系炭素繊維のX線回折法による黒鉛化度の指標は、d002 =0.340nm及びLc =25nmであった。この炭素繊維を長さ20〜30mm、重量10mgとし、直径0.1mmのニッケル線で束ねて負極体とした。以下、電解液の調製、電池セルの組立、実験条件は全て実施例1と同様の手法を用いた。この組合せ電池の充放電サイクル特性は図1における折れ線Gのような結果となり、サイクル開始後比較的初期の段階から放電容量の急激な低下が認められた。また、この炭素繊維単極の充放電曲線が平坦ではなく、充放電容量と共に大きく電位が変化してしまうため、組合せ電池にした場合にはジュブレル相化合物特有の2V付近の平坦な電圧が得られず、作動電圧が大きく変動し、実際の使用を考慮すると使用し難いものであった。
【0033】比較例3正極側については実施例2と同様な手法により得られた正極体を用いた。負極側についてはフェノール樹脂を原料にした有機物焼成体を用いた。この有機物焼成体のX線回折法による黒鉛化度の指標は、d002 =0.363nm及びLc =1.2nmであった。この焼成体を電極にする場合には、乳鉢等でよく粉砕を行い粒径<100μmのものを使用し、得られた焼成体粉末にバインダーとしてポリテトラフルオロエチレンを5重量%の割合で混合し、混練することにより約0.1mmの厚さのシート状の電極を得た。これを10.5mgの重量に打ち抜き、ニッケル網の間に挟み込み、この網の周囲をスポット溶接することにより、負極体を作成した。以下、電解液の調製、電池セルの組立、実験条件は全て実施例1と同様の手法を用いた。この組合せ電池の充放電サイクル特性は図1における折れ線Hのような結果となり、サイクル開始後サイクル進行と共に放電容量の低下が認められた。また、この有機物焼成体はPAN系炭素繊維の場合と同様単極の充放電曲線が平坦ではなく、充放電容量と共に大きく電位が変化してしまうため、組合せ電池にした場合にはシェブレル相化合物特有の2V付近の平坦な電圧が得られず、作動電圧が大きく変動することは実際の使用を考慮した場合に使用し難いものと思われる。
【0034】
【発明の効果】本発明の非水系二次電池は、シェブレル相化合物の有する高い放電容量、充放電の繰り返しに対する放電容量の高安定性及び平坦な動作電位を充分に活用することのできるものである。
【図面の簡単な説明】
【図1】 図1は、実施例1〜5及び比較例1〜3で得られた電池についてその充放電サイクル試験を行った際の放電容量のサイクル変化を示すグラフ図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】 正極活物質として単位格子が三斜晶系単独あるいは三斜晶系と六方晶系との混合相であるシェブレル相化合物を用い、また、負極活物質として炭素層面の格子面間隔(d002 )が0.343nm以下であってc軸方向の結晶子の大きさ(Lc )が10nm以上であるピッチ系炭素繊維又はその粉砕粉を用いたことを特徴とする非水系二次電池。

【図1】
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【公開番号】特開平5−343065
【公開日】平成5年(1993)12月24日
【国際特許分類】
【出願番号】特願平4−173665
【出願日】平成4年(1992)6月9日
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【出願人】(000006644)新日鐵化学株式会社 (747)