説明

非線形型有効成分放出デバイス

【課題】 簡易に作製が可能で、ゲル中において有効成分が経時的に拡散したりすることがない新規な非線形型有効成分放出デバイスを提供すること。
【解決手段】 本発明の非線形型有効成分放出デバイスは、生体適合性高分子からなるゲル中において有効成分をリーゼガング効果に基づいて周期的縞状構造に存在せしめてなるものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬物を疾患部位に対して適切な時間に適切な量だけ送達するといったことなどが可能となる非線形型有効成分放出デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
ゲルにパターンを形成させ、そのパターン形状に依存した非線形的(周期的)な有効成分放出デバイスとしては、例えば、薬物保持領域と非保持領域を交互に積層した多層構造を有するゲルを調製し、ゲルの酵素分解に伴って薬物放出を非線形的に行わせるものが知られている(非特許文献1や非特許文献2)。
【0003】
しかしながら、これらの非特許文献において提案されている非線形型薬物放出デバイスにおけるゲルの多層構造は、各層を人為的に積層したものであり、その作製には多くの工程を必要とする。また、このような非線形型薬物放出デバイスには、ゲル中において薬物が経時的に拡散して均一化してしまうという欠点がある。
【非特許文献1】K. Moriyama, N. Yui, Journal of Controlled Release, 42, 3, 237-248, (1996)
【非特許文献2】K. Moriyama, N. Yui, Journal of Controlled Release, 45, 2, 209, (1997)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
そこで本発明は、簡易に作製が可能で、ゲル中において有効成分が経時的に拡散したりすることがない新規な非線形型有効成分放出デバイスを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記の点に鑑みて鋭意研究を重ねた結果、ゲル中における拡散と反応(凝集・沈殿)の非線形的な進行によって周期的縞状構造が自己形成されるリーゼガング効果(Liesegang effect)を利用することで、ゲルを構成する高分子の架橋密度、各反応成分間の濃度勾配、反応場の温度などに基づいて、放出対象となる有効成分によって形成されるパターンの周期を任意に制御することが可能な非線形型有効成分放出デバイスを作製できることを見出した。
【0006】
上記の知見に基づいてなされた本発明の非線形型有効成分放出デバイスは、請求項1記載の通り、生体適合性高分子からなるゲル中において有効成分をリーゼガング効果に基づいて周期的縞状構造に存在せしめてなるものである。
また、請求項2記載の非線形型有効成分放出デバイスは、請求項1記載の非線形型有効成分放出デバイスにおいて、生体適合性高分子が有機高分子、無機高分子、およびこれらの誘導体から選択される少なくとも1つであるものである。
また、請求項3記載の非線形型有効成分放出デバイスは、請求項2記載の非線形型有効成分放出デバイスにおいて、有機高分子がポリアミノ酸、多糖類、合成高分子から選択される少なくとも1つであるものである。
また、請求項4記載の非線形型有効成分放出デバイスは、請求項1記載の非線形型有効成分放出デバイスにおいて、有効成分を結晶化させて周期的縞状構造に存在せしめてなるものである。
また、請求項5記載の非線形型有効成分放出デバイスは、請求項4記載の非線形型有効成分放出デバイスにおいて、有効成分の結晶化がゲル中における有効成分の生成に基づくものである。
また、請求項6記載の非線形型有効成分放出デバイスは、請求項4記載の非線形型有効成分放出デバイスにおいて、有効成分の結晶化がゲル中における有効成分のpH環境による析出特性に基づくものである。
また、請求項7記載の非線形型有効成分放出デバイスは、請求項4記載の非線形型有効成分放出デバイスにおいて、有効成分の結晶化がゲル中における有効成分が関与する酸化反応および/または還元反応に基づくものである。
また、請求項8記載の非線形型有効成分放出デバイスは、請求項1記載の非線形型有効成分放出デバイスにおいて、有効成分が薬物であるものである。
また、請求項9記載の非線形型有効成分放出デバイスは、請求項8記載の非線形型有効成分放出デバイスにおいて、薬物がペプチドであるものである。
また、請求項10記載の非線形型有効成分放出デバイスは、請求項8記載の非線形型有効成分放出デバイスにおいて、薬物がエブセレンであるものである。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、簡易に作製が可能で、ゲル中において有効成分が経時的に拡散したりすることがない新規な非線形型有効成分放出デバイスを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明の非線形型有効成分放出デバイスは、生体適合性高分子からなるゲル中において有効成分をリーゼガング効果に基づいて周期的縞状構造に存在せしめてなるものである。本発明の非線形型有効成分放出デバイスの特徴点である、生体適合性高分子からなるゲル中における放出対象となる有効成分の周期的な存在は、リーゼガング効果を利用した自己的なものである。従って、本発明の非線形型有効成分放出デバイスは、その作製に多くの工程を必要としない。また、本発明の非線形型有効成分放出デバイスには、ゲル中において有効成分が経時的に拡散して均一化してしまうといった欠点がない。
【0009】
本発明の非線形型有効成分放出デバイスにおいて、ゲルを構成する生体適合性高分子とは、有効成分のキャリアとして生体に接触したり投与されたりした場合でも顕著な毒性などを示すことがないものを意味するものであり、具体的には、ポリアミノ酸や多糖類や合成高分子などの有機高分子や、無機高分子が挙げられる。ポリアミノ酸としてはゼラチンやセリシンなどが例示される。多糖類としては寒天やヒアルロン酸などが例示される。合成高分子としてはポリビニルピロリドンやポリビニルアルコールなどが例示される。無機高分子としてはポリジメチルシロキサンのような珪素高分子化合物などが例示される。また、生体適合性高分子は有機高分子や無機高分子の誘導体であってもよい。誘導体としては化学架橋体、化学修飾体、部分分解体、部分置換体などが例示される。これらは単独で用いてもよいし、複数種類を混合して用いてもよい。
【0010】
リーゼガング効果を利用した生体適合性高分子からなるゲル中における有効成分の周期的な存在は、種々の方法で実現することができる。具体的には、生体適合性高分子からなるゲル中において有効成分を周期的に結晶化させる方法が例示される。有効成分の周期的な結晶化は、例えば、ゲル中において有効成分を生成させることによる方法で行うことができる。例えば、有効成分がA陰イオンとB陽イオンとの反応により生成する結晶性物質である場合、生体適合性高分子を含む溶液にA陰イオンを含む溶液を添加してゲルを形成させた後、得られたゲルにB陽イオンを含む溶液を接触させれば、B陽イオンがゲル中を拡散して非線形的にA陰イオンと反応し、有効成分が周期的に生成して結晶化する。また、生体適合性高分子を含む溶液でゲルを形成させた後、得られたゲルにA陰イオンを含む溶液を接触させることでA陰イオンをゲル中に拡散させてから、B陽イオンを含む溶液を接触させても、B陽イオンがゲル中を拡散して非線形的にA陰イオンと反応し、有効成分が周期的に生成して結晶化する。
【0011】
また、リーゼガング効果を利用した生体適合性高分子からなるゲル中における有効成分の周期的な結晶化は、ゲル中における有効成分のpH環境による析出特性を利用する方法で行うこともできる。例えば、有効成分がアルカリ条件下で溶解し、中性〜酸性条件下で析出する特性を有する場合、生体適合性高分子を含む溶液に有効成分が溶解したアルカリ溶液を添加してゲルを形成させた後、得られたゲルに塩酸を接触させれば、塩酸がゲル中を拡散して内部を中性〜酸性条件に変化させることで、有効成分が周期的に結晶化する。
【0012】
また、リーゼガング効果を利用した生体適合性高分子からなるゲル中における有効成分の周期的な結晶化は、ゲル中における有効成分が関与する酸化反応および/または還元反応に基づいた方法で行うこともできる。例えば、生体適合性高分子を含む溶液に酸化状態にある有効成分を含む溶液を添加してゲルを形成させた後、得られたゲルに還元剤を含む溶液を接触させれば、還元剤がゲル中を拡散して非線形的に酸化状態にある有効成分と反応し、有効成分が周期的に生成して結晶化する。
【0013】
本発明の非線形型有効成分放出デバイスは、例えば、ゲルを構成する生体適合性高分子の分解に適した酵素を用い(生体適合性高分子としてゼラチンを用いる場合にはコラゲナーゼを好適に用いることができる)、ゲルを徐々に外側表面から分解させることで、有効成分を非線形的に放出させることができる。従って、有効成分を薬物とすれば、薬物の放出速度を経時的に変化させたり、薬物をパルス状に放出させたりすることができるので、薬物を疾患部位に対して適切な時間に適切な量だけ送達するといったことが可能となる。よって、薬物の使用量の低減や副作用の抑制を図ることができる。本発明の非線形型有効成分放出デバイスは、円柱状、平板状、球状(その内部に空隙を有するものを含む)など、種々の形状とすることができるので、人体に対して薬物を非線形的に投与するための貼付剤や経口腸溶剤をはじめとする種々の製剤形態による薬物送達システムとして用いることができる。なお、本発明の非線形型有効成分放出デバイスにおける有効成分は薬物に限定されるものではなく、食品などであってもよい。
【実施例】
【0014】
以下、本発明を実施例によって詳細に説明するが、本発明は以下の記載によって何ら限定して解釈されるものではない。
【0015】
実施例1:
20%ゼラチン含有リン酸緩衝溶液0.5mlに25%グルタルアルデヒド水溶液0.001mlを添加し、これを一方の端部をシリコン栓で封止した長さ20mm×内径5mmのガラス管に注入した後、もう一方の端部もシリコン栓で封止して密閉した。室温でこれを2時間静置することで、ガラス管内部でゼラチンをグルタルアルデヒドで化学架橋して硬化させてゲルを形成させた。ガラス管の両端のシリコン栓を取り外した後、ガラス管を1%塩化カルシウム水溶液に室温で24時間浸漬したところ、ゲル中にリン酸カルシウムが周期的に結晶化して析出した。その後、ガラス管を蒸留水に室温で24時間浸漬し、未反応のグルタルアルデヒドや余分な塩類を除去した。内部のゲル中にリン酸カルシウムが周期的に結晶化したガラス管の写真を図1に示す。図1において認められる周期的縞状構造がリン酸カルシウム結晶の析出パターンである。なお、ゼラチン含有リン酸緩衝溶液や塩化カルシウム水溶液の濃度や容量を変化させたり、静置温度を変化させたりすることで、リン酸カルシウム結晶の析出パターンが変化することを確認した。
【0016】
内部のゲル中にリン酸カルシウムが周期的に結晶化したガラス管を37℃のリン酸緩衝液20mlに24時間浸漬することで、ゲルを平衡膨潤させてから、ガラス管を秤量した。その後、リン酸緩衝液に130Uのコラゲナーゼを添加し、37℃でゲルを徐々に外側表面から分解させた。分解開始から14時間のガラス管の重量変化を30分毎に測定した結果を図2に示す。なお、図2において、縦軸はゲルの酵素分解による経時的な重量減少量を微分して求めた重量減少率(ゲルの重量変化の程度)を示す。
図2から明らかなように、ゲルの酵素分解に伴う重量減少率は、時間に対して非線形的に変化し、ガラス管内部からリン酸カルシウムが周期的に放出されることがわかった(図2において重量減少率がピークを構成する部分)。
【0017】
実施例2:
20%ゼラチン含有リン酸緩衝溶液0.5mlに25%グルタルアルデヒド水溶液0.001mlを添加し、これを口径1mmのピペットを用いて液体窒素中に高さ10cmの位置から滴下することで、ゼラチンがグルタルアルデヒドで化学架橋されて硬化した平均粒径3.5mmの球状ゲルを得た。なお、ゲルの粒径は、ゼラチンの溶液濃度や滴下するピペットの口径によって制御することができた。得られた球状ゲルを1%塩化カルシウム水溶液に室温で24時間浸漬したところ、ゲル中にリン酸カルシウムが周期的に結晶化して析出した。こうして作製した、内部でリン酸カルシウムが周期的に結晶化した球状ゲルの断面の写真を図3に示す。図3において認められる周期的縞状構造(リング構造)がリン酸カルシウム結晶の析出パターンである。この球状ゲルも、実施例1に記載の方法と同様の方法により、コラゲナーゼを用いてゲルを徐々に外側から分解させることで、リン酸カルシウムが周期的に放出されるものであった。
【0018】
実施例3:
2%寒天溶液0.8mlに10%インスリン含有0.05M水酸化ナトリウム溶液0.2mlを添加し、これを一方の端部をシリコン栓で封止した長さ20mm×内径3mmのガラス管に注入した後、もう一方の端部もシリコン栓で封止して密閉した。室温でこれを3分間静置することで、ガラス管内部で寒天を硬化させてゲルを形成させた。ガラス管の両端のシリコン栓を取り外した後、ガラス管を0.1M塩酸に室温で24時間浸漬したところ、ゲル中にインスリンが周期的に結晶化して析出した。内部のゲル中にインスリンが周期的に結晶化したガラス管の写真を図4に示す。図4において認められる周期的縞状構造がインスリン結晶の析出パターンである。なお、インスリン結晶の析出パターンは、インスリン濃度や塩酸濃度によって制御することができた。
【0019】
実施例4:
抗酸化物質であるエブセレン(Ebselen:2−phenyl−1,2−benzoisoselenazol−3−(2H)−one)1mgを30%過酸化水素水0.1mlに溶解し、これを20%ゼラチン溶液1mlに添加した。これを一方の端部をシリコン栓で封止した長さ20mm×内径5mmのガラス管に注入した後、もう一方の端部もシリコン栓で封止して密閉した。4℃でこれを1時間静置することで、ガラス管内部でゼラチンを硬化させてゲルを形成させた。ガラス管の両端のシリコン栓を取り外した後、ガラス管を10%ジチオトレイトール(DTT)水溶液に室温で24時間浸漬し、酸化状態にあるエブセレンを還元したところ、ゲル中にエブセレンが周期的に結晶化して析出した。内部のゲル中にエブセレンが周期的に結晶化したガラス管の写真を図5に示す。図5において認められる周期的縞状構造がエブセレン結晶の析出パターンである。なお、エブセレン結晶の析出パターンは、エブセレン濃度やDTT濃度によって制御することができた。
【産業上の利用可能性】
【0020】
本発明は、簡易に作製が可能で、ゲル中において有効成分が経時的に拡散したりすることがない新規な非線形型有効成分放出デバイスを提供することができる点において産業上の利用可能性を有する。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】実施例におけるガラス管内部のゲル中におけるリン酸カルシウム結晶の析出パターンを示す写真である。
【図2】同、ガラス管内部のゲル中からのリン酸カルシウム結晶の放出パターンを示すグラフである。
【図3】同、球状ゲル中におけるリン酸カルシウム結晶の析出パターンを示す写真である。
【図4】同、ガラス管内部のゲル中におけるインスリン結晶の析出パターンを示す写真である。
【図5】同、ガラス管内部のゲル中におけるエブセレン結晶の析出パターンを示す写真である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体適合性高分子からなるゲル中において有効成分をリーゼガング効果に基づいて周期的縞状構造に存在せしめてなる非線形型有効成分放出デバイス。
【請求項2】
生体適合性高分子が有機高分子、無機高分子、およびこれらの誘導体から選択される少なくとも1つである請求項1記載の非線形型有効成分放出デバイス。
【請求項3】
有機高分子がポリアミノ酸、多糖類、合成高分子から選択される少なくとも1つである請求項2記載の非線形型有効成分放出デバイス。
【請求項4】
有効成分を結晶化させて周期的縞状構造に存在せしめてなる請求項1記載の非線形型有効成分放出デバイス。
【請求項5】
有効成分の結晶化がゲル中における有効成分の生成に基づく請求項4記載の非線形型有効成分放出デバイス。
【請求項6】
有効成分の結晶化がゲル中における有効成分のpH環境による析出特性に基づく請求項4記載の非線形型有効成分放出デバイス。
【請求項7】
有効成分の結晶化がゲル中における有効成分が関与する酸化反応および/または還元反応に基づく請求項4記載の非線形型有効成分放出デバイス。
【請求項8】
有効成分が薬物である請求項1記載の非線形型有効成分放出デバイス。
【請求項9】
薬物がペプチドである請求項8記載の非線形型有効成分放出デバイス。
【請求項10】
薬物がエブセレンである請求項8記載の非線形型有効成分放出デバイス。

【図2】
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【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2007−23003(P2007−23003A)
【公開日】平成19年2月1日(2007.2.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−211808(P2005−211808)
【出願日】平成17年7月21日(2005.7.21)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成17年7月6日 日本DDS学会発行の「Drug Delivery System(DDS)VOL.20 NO.3 MAY2005 通巻第101号」に発表
【出願人】(301023238)独立行政法人物質・材料研究機構 (1,333)
【Fターム(参考)】