説明

靱性に優れたアルミニウム合金材の製造方法

【課題】高強度と優れた破壊靱性値を有するAl-Zn-Mg-Cu系合金を提供する。
【解決手段】Zn:5.0〜7.0%,Mg:1.0〜3.0%,Cu:1.0〜3.0%を含有し、Cr,Zr,Scの1種又は2種以上を合計で0.05〜0.5%を含有するAl-Zn-Mg-Cu系合金鋳塊に、495℃以上でマトリックスの溶融開始温度−10℃以下の温度で1〜24時間の均質化処理を施し、断面減少率で50%以上の熱間加工により所定の厚さまで加工を施し、溶体化処理を施し、整直のためのスキンパスあるいはストレッチ矯正を施した後、人工時効処理を施すことにより、金属間化合物の総面積率を0.8%以下、かつ面積が円相当径で5μmを超える金属間化合物の割合が金属間化合物全体の20%未満とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明はAl-Zn-Mg-Cu系熱処理型アルミニウム合金の製造方法に関するものであり、より詳細には均質化処理工程での固溶・析出挙動を制御することにより、優れた破壊靱性値を得るものである。
【背景技術】
【0002】
Al-Zn-Mg-Cu系合金は7075に代表されるように航空機用として強度の高い合金が用いられている。しかしながら一般的に強度と靱性は負の相関があり高強度化すると靱性が低下するという問題がある。このため靱性向上の方法としては亀裂の伝播経路となる有害な金属間化合物を低減する方策がとられており、7075では7175あるいは7475など不純物であるSi,Feを低減し改良が行われてきている。またその他7050,7055,7085なども同様に不純物としてのSi,Feの上限が低く設定されている。このためさらなるSi,Feの低減は高純度Al地金の使用を余儀なくされ高コスト化あるいはリサイクル時に不純物を含みやすくなるため再利用が困難となる。
【0003】
また、その他の方法として強度あるいは破壊靱性の改善方法としては、例えば特許文献1(特表2000−504068)のように再結晶を抑制し繊維(ファイバー)状組織を維持することで破壊靱性の改善を行う方法が提案されている。
【特許文献1】特表2000−504068号公報
【0004】
しかしながらAl-Zn-Mg-Cu系合金においては図1のようにS相(AlCuMg)と呼ばれる金属間化合物が形成され、本化合物が最終の製品においても残存することが破壊靱性を低下させていることがわかった。この金属間化合物を除去するためには高温での加熱が有効であることは容易に類推されるが、高温加熱の条件によっては金属間化合物の溶融跡が小さなボイドとなる恐れがあり、逆にこのボイドの存在によって亀裂が伝播しやすくなり、破壊靱性値を低下させるおそれがある。このため航空機用材料の熱処理条件を規定したAMS(Aerospace Material Standard)2772などでは、例えば7050合金の溶体化処理温度は471〜482℃に規定されている。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は上記事情に鑑み、高強度と優れた破壊靱性値を有するAl-Zn-Mg-Cu系合金を得ることを課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、Al-Zn-Mg-Cu系アルミニウム基合金において、均質化処理時の温度を制御することにより、亀裂伝播に対して有害な金属間化合物を減少させることで破壊靱性値を著しく向上させることができることを見出し本発明に到達したのである。
【0007】
すなわち、本発明は請求項1記載の通り、Zn:5.0〜7.0%,Mg:1.0〜3.0%,Cu:1.0〜3.0%を含有し、Cr,Zr,Scの1種又は2種以上を合計で0.05〜0.5%を含有し、不純物としてSi:0.25%以下,Fe:0.25%以下を含有し、残部Al及び不可避不純物よりなるAl-Zn-Mg-Cu系合金鋳塊に、495℃以上かつマトリックスの溶融開始温度−10℃以下の温度で1〜24時間の均質化処理を施し、断面減少率で50%以上の熱間加工により所定の厚さまで加工を施し、溶体化処理を施し、整直のためのスキンパスあるいはストレッチ矯正を施した後、人工時効処理を施すことにより、金属間化合物の総面積率を0.8%以下、かつ円相当径で5μmを超える金属間化合物の割合が金属間化合物全体の20%未満とすることを特徴とする靱性に優れたアルミニウム合金材の製造方法である。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、従来方法で均質化処理した合金と比較して著しく金属間化合物を微細かつ減少させることが可能で、高強度かつ高靭性の材料が得られる。特に航空機などの部材として最適であり、材料の安全性の向上に著しい効果が得られる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
以下に本発明の限定理由について述べる。
【0010】
まず合金成分について説明する。
【0011】
Znは本系合金において人工時効処理時にη’相(MgZn)として析出し、強度を高める元素である。その添加量は5.0%未満では十分な強度が得られず、7.0%を超えるとマトリックスの溶融温度とS相(有害な金属間化合物)の溶融点が近づくため工業的に温度制御が困難となる。
【0012】
MgはZnと同様に本系合金において人工時効処理時にη’相(MgZn)として析出し、強度を高める働きがある。その添加量は1.0%未満では十分な強度が得られず、3.0%を超えるとその効果は飽和するとともにMgSiの金属間化合物が生成しやすくなる。
【0013】
Cuはマトリックス中に固溶し、強度を高める働きがある。その効果は1.0%未満では不十分であり、3.0%を超えるとS相(AlCuMg)やAlCuFeの体積率が増加し、本方法によっても破壊靱性値を低下させる恐れがある。さらに腐食性の高いAl−Cu−Mg系析出物が多くなり、耐SCC性や耐剥離腐食性を劣化させる。
【0014】
Feは本系合金においては不純物として含有される元素であり、AlCuFeとして不溶性の金属間化合物を形成する。このためFeの不純物含有量は少ないほど望ましい。しかしながら本系合金においてはS相の体積(面積)率がはるかに多いため、0.25%以下であれば良く、好ましくは0.15%以下が良い。
【0015】
SiもFeと同様に本系合金においては不純物として含有される元素であり、MgSiの金属間化合物を形成することが知られている。このためSiの不純物含有量は少ないほど望ましいが本系合金においてはS相の体積(面積)率がはるかに多いため、0.25%以下であれば良く、好ましくは0.15%以下が良い。
【0016】
Cr,Zr,Scはいずれも熱間圧延工程あるいは溶体化処理時に再結晶抑制元素として働く。その添加量をCr,Zr,Scの1種又は2種以上を合計で0.05〜0.5%とする。合計量が0.05%未満では再結晶抑制効果が少なく、合計量が0.5%をこえるとその効果は飽和するとともに粗大な化合物を形成しやすくなる。
【0017】
また、特に規定するものではないが一般的に鋳造時の結晶粒微細化の目的でTiBあるいはTiCを含んだ微細化剤がTi量で0.15%程度まで添加されても構わない。
【0018】
次に製造条件について述べる。
【0019】
まず、化学組成を満たす合金の鋳塊を製造する。一般的にはDC鋳造による。
【0020】
均質化処理温度に関しては本発明の最も重要な条件である。先にも述べたがAl-Zn-Mg-Cuをベースとする本合金系においてはS相と呼ばれる金属間化合物が最終製品においても残存するこのS相をマトリックス中に溶融(固溶)させるためには495℃以上の加熱が極めて有効である(図1〜3)。 ただし本系合金のマトリックスの溶融開始温度は化学組成にもよるが530℃近傍にあるため、この溶融開始温度に達すると内部欠陥が多発する。そのため温度上限は「溶融開始温度−10」℃とする。加熱時間に関してはS相が固溶するための拡散を考慮し、工業的に1時間で十分効果があることを確認している。上限に関しては工業的な観点(コスト)から24時間以下とする。ここで有害なS相の金属間化合物は以後の圧延,溶体化あるいは時効処理によって成長することはあっても微細となることはないため、均質化処理時に微細にすることが非常に重要となる。
【0021】
次に、熱間加工での加工率の規定について述べる。
ここで熱間加工とは熱間圧延,熱間鍛造,熱間押出しなど所定の形状あるいは厚さまで塑性変形を行う工程を指す。熱間加工の目的は所定の形状あるいは厚さに近い形状とすることはもちろんであるが、同時に大きな塑性変形を与えることで再結晶組織あるいは加工組織とし、内部組織を改良すると同時に素材自身に内在する内部欠陥を減少させる目的で実施される。本発明においてはS相をマトリックス中に溶融(固溶)させた後には金属間化合物の溶融痕としてわずかに空隙が残存する恐れがある。このため大きな塑性変形を与えることで健全な組織を得ることができる。この加工度について検討した結果、均質化処理を行った素材より断面の減少率が50%以上であれば十分であることがわかった。
【0022】
溶体化処理温度は特に規定するものではないが、例えばAMS(Aerospace Material Specification)2772に規定されている代表的な7000系合金同様460℃以上で実施することが望ましい。上限温度は成分添加量に応じて形成される共晶化合物の融点以下とする。これは本系合金が通常工業的に使用される調質(T6x,T7x)では溶体化処理後に大きな塑性変形を与えないため、共晶化合物の溶融跡がポロシティとなった場合、破壊靱性値を低下させる恐れが生じるためである。
【0023】
時効温度に関しても特に規定するものではないが、同様にAMS2772からT6x調質の場合は120〜135℃×14〜48時間およびT7x調質では1段目として107〜138℃×3〜24時間程度の処理後に2段目として163〜177℃×4〜30時間で実施される。
【0024】
次に金属間化合物の規定について述べる。
上述したように本系合金においては主に不溶性のAlCuFe金属間化合物と約495℃に融点を持つS相(AlCuMg)が存在する。これらはいずれも亀裂の伝播経路となるため破壊靱性を向上するためには、その数(密度)あるいはサイズを減少することが有効である。このため金属間化合物の密度(面積率)およびサイズについて検討した。調査方法は圧延により製造した厚板を溶体化・焼入れおよび人工時効したサンプルの板厚中央部からサンプルを切り出し、圧延方向−圧延直角方向よりなる面(以後L−LT面)を機械研磨により鏡面仕上げした後、20%硫酸にて軽くエッチングを施したのち光学顕微鏡にて100倍で10視野観察を行い、画像解析により面積率,円相当径分布および金属間化合物の径の分布を調査した。
【0025】
まず密度について検討した結果、金属間化合物の総面積率が0.8%以下であれば、優れた破壊靱性値が得られることがわかった。
次に金属間化合物のサイズ(円相当径)分布について調査した結果、円相当径で5μmを超える金属間化合物が累積相対度数として全体の20%未満(言い換えれば、5μm以下の金属間化合物が全体の80%以上)であれば良好な破壊靱性値を得られることが分かった。
【0026】
ただしここで円相当径2μm未満の金属間化合物に関しては上記の光学顕微鏡観察においては判別が非常に困難である。透過電子顕微鏡などを用いれば、0.01〜2μmの析出物(金属間化合物)は数多く観察されるが、破壊靱性に直接大きな影響をあたえるものは上記のように5μm以上の比較的粗大な金属間化合物であるため、本発明では円相当径2μm未満の微細な金属間化物は測定から除外している。
【0027】
なお本発明では主として、航空機部材に使用される高強度・高靱性が要求される肉厚の厚い素材に関して述べてきたが、例えば熱間加工に続いて冷間加工を行い溶体化処理−整直−人工時効によって薄肉材を製造する場合においても最終製品での金属間化合物分布が本発明によって達成されていれば本発明の趣旨をはずれるものではない。
【実施例1】
【0028】
まず成分について調査するため表1に示すAl-Zn-Mg-Cu系合金鋳塊を実験鋳造機にて厚さ100x幅220x長さ250mmに作製し、面削切断により 厚さ70x幅200x長さ180mmに切り出した後、いずれも均質化条件を500℃×12時間の条件で処理を行った。続いて圧延率57%で熱間圧延を行い厚さ30mmの圧延板を製造した。その後AMS2772に従って475℃×2時間の溶体化処理に続いて水焼入れを行った。さらに自然時効後、121℃×4時間+163℃×24時間の人工時効を施しT74調質材を製造した。
【0029】
【表1】

【0030】
圧延直角方向(LT方向)の機械的特性(TS,YS,EL)および靱性の目安となる切欠き強さ(NTS)と耐力(YS)の比を求めるため、切欠き引張り試験を実施した。引張り試験片形状はASTM E8に規定されたφ6.35mmの丸棒試験片を用い、切欠き引張り試験はASTM E602に規定された直径12.7mmで切欠き部の径8.96mmで60°の角度で先端R<0.018mmのものを用いた。さらに平面歪み破壊靱性値(KIC)を求めるためにASTM E399にしたがって0.8インチ厚のコンパクトタイプ試験片にてT−L方向について試験を実施した。
【0031】
さらに評価項目として、先に述べた画像解析方法により金属間化合物の分布を調査した。金属間化合物の測定は板厚中心部のL〜LT面を機械研磨により鏡面仕上げした後、20%硫酸によりエッチングを行い金属間化合物の分布を観察した。
【0032】
これらの機械的特性,破壊靱性および化合物分布測定結果を表2にまとめて示す。
【0033】
【表2】

【0034】
表2より、本発明範囲の成分範囲内であるNo. A〜I では本発明製造方法であれば金属間化合物の面積率,円相当径および化合物径も減少あるいは微細にすることが可能であり、非常に高強度でありながら良好な破壊靱性値を持つことがわかる。これに対して本発明範囲をはずれるJ〜L では不純物元素としてのFe,Siを多く含むこともあり、金属間化合物の面積率あるいは円相当径,化合物径が粗大となりその結果破壊靱性値は低い結果となった。
【0035】
また合金Mは強度を得るための主要元素であるZn含有量が少ないため、強度が低くなり十分な特性が得られなかった。
【実施例2】
【0036】
次に製造条件について検討するため表1の合金A〜Cを用いて均質化処理条件および熱間圧延条件について調べた。圧延率の影響に関しては鋳塊の厚さを減じて、最終板厚は同じ30mmとした。表3に条件を示す。
【0037】
【表3】

【0038】
表3で示した条件で製造した圧延板に、実施例1と同様にAMS2772に従って475℃×2時間の溶体化処理に続いて水焼入れを行った。さらに自然時効後、121℃×4時間+163℃×24時間の人工時効を施しT74調質材を製造した。
【0039】
評価項目も同様に圧延直角方向(LT方向)の機械的特性(TS,YS,EL)および靱性の目安となる切欠き強さ(NTS)と耐力(YS)の比を求めるため、切欠き引張り試験を実施した。さらに平面歪み破壊靱性値(KIC)を求めるためにASTM E399にしたがって0.8インチ厚のコンパクトタイプ試験片にてT−L方向について試験を実施した。さらに画像解析方法により金属間化合物の分布を調査した。
【0040】
【表4】

【0041】
結果を表4に示す。これより本発明方法で製造したNo.21〜23では高強度および高靱性の材料が得られている。これに対して比較例のNo.24〜27では金属間化合物の抑制が不十分であるため特に破壊靱性値において顕著に差が認められている。またNo.27では特に圧延率不足の影響が認められており、破壊靱性および伸びも劣る結果となった。
【0042】
一例として図2〜4にそれぞれNo.21,23および24の金属間化合物の分布を示す。これより本発明では主としてS相からなる金属間化合物が著しく減少していることがわかる。
また図5にNo.21,23および24の金属間化合物総面積率,図6にNo.21,23および24の金属間化合物の大きさに対する累積相対度数を示す。
なお図6において、金属間化合物の大きさに対する累積相対度数は、例えば円相当径が2μm以上3μm未満のものは2.5μmの位置にプロットした。

【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】Al-Zn-Mg-Cu系合金に見られる金属間化合物を示すミクロ写真である。
【図2】本発明例No.21の金属間化合物の分布を示すミクロ写真である。
【図3】本発明例No.23の金属間化合物の分布を示すミクロ写真である。
【図4】比較例No.24の金属間化合物の分布を示すミクロ写真である。
【図5】実施例2の3試料の金属間化合物の総面積率を示すグラフである。
【図6】実施例2の3試料の金属間化合物の大きさに対する累積相対度数を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Zn:5.0〜7.0%(mass%、以下同じ。),Mg:1.0〜3.0%,Cu:1.0〜3.0%を含有し、Cr,Zr,Scの1種又は2種以上を合計で0.05〜0.5%を含有し、不純物としてSi:0.25%以下,Fe:0.25%以下を含有し、残部Al及び不可避不純物よりなるAl-Zn-Mg-Cu系合金鋳塊に、495℃以上かつマトリックスの溶融開始温度−10℃以下の温度で1〜24時間の均質化処理を施し、断面減少率で50%以上の熱間加工により所定の厚さまで加工を施し、溶体化処理を施し、整直のためのスキンパスあるいはストレッチ矯正を施した後、人工時効処理を施すことにより、金属間化合物の総面積率を0.8%以下、かつ円相当径で5μmを超える金属間化合物の割合を金属間化合物全体の20%未満とすることを特徴とする靱性に優れたアルミニウム合金材の製造方法。

【図5】
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【図6】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−167464(P2009−167464A)
【公開日】平成21年7月30日(2009.7.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−6481(P2008−6481)
【出願日】平成20年1月16日(2008.1.16)
【出願人】(000107538)古河スカイ株式会社 (572)