説明

音声信号処理装置及び音声信号処理プログラム

【課題】過不足、違和感の無い、リアルな仮想音場空間を作り出す。
【解決手段】まず、初期反射パラメータ算出処理を行なう。スイッチSWをA側に接続し、テスト信号生成部16からのテスト信号を用いて視聴対象物距離L1を検出し(12)、これを演算部13で記憶する。演算部13はこれに基づいて初期反射遅延量Trefを算出する。メモリ15には加えて仮想スピーカ距離と初期反射レベルLrefとの関係も記憶されている。実際の信号の再生処理ではスイッチSWをB側に接続し、フロントチャンネル信号に対して初期反射遅延量Tref及び初期反射レベルLrefに基づいて初期反射音を算出してフロントチャンネル信号に含める。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マルチチャンネル音声信号の処理に関する。
【背景技術】
【0002】
映像ソースとともに再生される音声信号として、5.1チャンネルなどのマルチチャンネル音声信号を用いて立体感のある音声再生を行う手法が知られている。
【0003】
例えば、特許文献1は、マルチチャンネルシステムにおいて、音源の後ろの壁からの反射音及び横壁からの反射音に相当する音を作り出すことにより、スピーカより遠い方向への奥行き感を増強し、映画館のようなスクリーン方向への音の広がりを実現することを提案している。
【0004】
特許文献2は、音声信号に対する頭部伝達関数処理によりアレイスピーカ装置の後ろ側に仮想点音源を定位させることにより、アレイスピーカ装置の設置環境にかかわらず聴取者にサラウンドサウンドを提供する手法を記載している。
【0005】
特許文献3は、直接音に加えて、初期反射音及び残響音を付加することにより、臨場感の高い音場を作ることを提案している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第4196509号公報
【特許文献2】特許第4449998号公報
【特許文献3】特許第3258816号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、上記のいずれの文献においても、前方の音源の奥行方向において具体的にどの程度の遅延を行うべきかについては明確ではない。例えば特許文献1では、「遅延時間及びそれらの信号を原音に対して混ぜる比率を適当に決めることによりセンタ方向への奥行き感を創出することができる」旨を記載するに過ぎない(特許文献1、段落0014参照)。
【0008】
本発明が解決しようとする課題としては、上記のものが例として挙げられる。本発明は、部屋の大きさに合わせて適切な反射音の付加制御を行うことにより、過不足、違和感の無い、リアルな仮想音場空間を作り出すことを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
請求項1に記載の発明は、モニタと、少なくとも左右のフロントスピーカとを備える表示装置と共に用いられる音声信号処理装置であって、フロントチャンネル信号を含む入力信号を受け取る入力部と、前記モニタの位置又は前記フロントスピーカの位置である視聴対象物位置と視聴位置との距離である視聴対象物距離を検出する視聴対象物距離検出手段と、前記視聴対象物距離に基づいて、視聴位置から見てモニタの後方に仮想スピーカを想定し、当該仮想スピーカと視聴位置との距離である仮想スピーカ距離を決定する仮想スピーカ距離決定手段と、前記仮想スピーカ距離に基づいて、初期反射遅延量を算出する初期反射パラメータ算出手段と、前記初期反射遅延量に基づいてフロントチャンネル信号に対する初期反射音を算出し、フロントチャンネル信号に加算して出力する信号出力手段と、を備えることを特徴とする。
【0010】
請求項8に記載の発明は、モニタ、少なくとも左右のフロントスピーカ及びコンピュータを備える表示装置と共実行される音声信号処理プログラムであって、フロントチャンネル信号を含む入力信号を受け取る入力手段、前記モニタの位置又は前記フロントスピーカの位置である視聴対象物位置と視聴位置との距離である視聴対象物距離を検出する視聴対象物距離検出手段、前記視聴対象物距離に基づいて、視聴位置から見てモニタの後方に仮想スピーカを想定し、当該仮想スピーカと視聴位置との距離である仮想スピーカ距離を決定する仮想スピーカ距離決定手段、前記仮想スピーカ距離に基づいて、初期反射遅延量を算出する初期反射パラメータ算出手段、前記初期反射遅延量に基づいてフロントチャンネル信号に対する初期反射音を算出し、フロントチャンネル信号に加算して出力する信号出力手段、として前記コンピュータを機能させることを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】本発明の音声信号処理装置を適用した音声信号再生装置の構成を示すブロック図である。
【図2】実施例に係る視聴空間の構成例を示す。
【図3】信号処理部の構成例を示す。
【図4】視聴対象物距離の算出方法を示す。
【図5】初期反射遅延量の算出方法を示す。
【図6】スピーカとの距離を変化させた場合の初期反射音のレベル変化を示すグラフである。
【図7】初期反射パラメータ算出処理のフローチャートである。
【図8】再生処理のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の好適な実施形態では、モニタと、少なくとも左右のフロントスピーカとを備える表示装置と共に用いられる音声信号処理装置は、フロントチャンネル信号を含む入力信号を受け取る入力部と、前記モニタの位置又は前記フロントスピーカの位置である視聴対象物位置と視聴位置との距離である視聴対象物距離を検出する視聴対象物距離検出手段と、前記視聴対象物距離に基づいて、視聴位置から見てモニタの後方に仮想スピーカを想定し、当該仮想スピーカと視聴位置との距離である仮想スピーカ距離を決定する仮想スピーカ距離決定手段と、前記仮想スピーカ距離に基づいて、初期反射遅延量を算出する初期反射パラメータ算出手段と、前記初期反射遅延量に基づいてフロントチャンネル信号に対する初期反射音を算出し、フロントチャンネル信号に加算して出力する信号出力手段と、を備える。
【0013】
上記の音声信号処理装置は、左右のフロントチャンネル信号を含む入力信号を受け取る。また、モニタの位置又はフロントスピーカの位置である視聴対象物と視聴位置との視聴対象物距離を検出し、これに基づいて、モニタの後方に仮想スピーカを想定して仮想スピーカ距離を決定する。そして、仮想スピーカからフロントチャンネル信号が再生されたとした場合の初期反射遅延量を算出し、それに基づいて初期反射音を生成し、フロントチャンネル信号に含める。よって、この処理により得られたフロントチャンネル信号を再生することにより、視聴者はモニタの後方に想定された仮想スピーカから音声が出力されているような奥行き感を得ることができる。
【0014】
上記の音声信号処理装置の一態様では、前記初期パラメータ算出手段は、前記初期反射遅延量及び初期反射レベルを算出し、前記信号出力手段は、前記初期反射遅延量及び前記初期反射レベルに基づいてフロントチャンネル信号に対する初期反射音を算出する。
【0015】
上記の音声信号処理装置の一態様では、前記視聴対象物距離検出手段は、前記視聴位置を含む空間にテスト音を出力する放音手段と、前記放音手段により放音されたテスト音を前記視聴位置において集音する集音手段と、前記放音手段により放音されたテスト音に対する、前記集音手段により集音されたテスト音の遅延量に基づいて、前記視聴位置とフロントスピーカとの距離を算出し、当該フロントスピーカの距離に基づいて前記視聴対象物距離を算出する算出手段と、を備える。
【0016】
この態様では、視聴環境にテスト音を放音し、集音することによりフロントスピーカとの距離を算出し、これに基づいてモニタなどとの距離である視聴対象物距離を算出する。よって、視聴対象物距離を自動で検出することができ、自動的に適切な初期反射パラメータを設定することが可能となる。
【0017】
上記の音声信号処理装置の他の一態様では、前記視聴対象物距離検出手段は、前記視聴位置と左右のフロントスピーカとの距離の平均値を算出する手段と、前記視聴位置と前記モニタの中央とを結ぶ方向と、前記視聴位置と前記左右のフロントスピーカとを結ぶ方向とのなす角、及び、前記左右のフロントスピーカの距離の平均値に基づいて前記視聴対象物距離を算出する手段と、を備える。
【0018】
この態様では、左右のフロントスピーカと視聴位置との距離を自動測定し、これに基づいて視聴対象物距離を算出するので、センタースピーカを含まないスピーカ構成を使用する場合でも、適切な初期反射音を生成することができる。
【0019】
好適な例では、前記仮想スピーカ距離決定手段は、前記仮想スピーカ距離を前記視聴対象物距離の2倍に決定する。これにより、再生システムが配置された部屋の大きさに応じて、違和感の無い適切な奥行き感を創出することが可能となる。
【0020】
上記の音声信号処理装置の他の一態様では、前記初期反射パラメータ算出手段は、前記仮想スピーカ距離に基づいて前記初期反射遅延量を算出する手段と、前記仮想スピーカ距離が短いほど前記初期反射レベルを小さく設定する手段と、を備える。
【0021】
この態様では、算出された仮想スピーカ距離に基づいて、初期反射遅延量及び初期反射レベルを設定するので、部屋の大きさに応じた適切な初期反射音を生成することができる。
【0022】
本発明の他の実施形態では、モニタと、少なくとも左右のフロントスピーカと、上記の音声信号処理装置と、を備える表示装置を構成することができる。
【0023】
本発明の他の実施形態では、モニタ、少なくとも左右のフロントスピーカ及びコンピュータを備える表示装置と共に実行される音声信号処理プログラムは、フロントチャンネル信号を含む入力信号を受け取る入力手段、前記モニタの位置又は前記フロントスピーカの位置である視聴対象物位置と視聴位置との距離である視聴対象物距離を検出する視聴対象物距離検出手段、前記視聴対象物距離に基づいて、視聴位置から見てモニタの後方に仮想スピーカを想定し、当該仮想スピーカと視聴位置との距離である仮想スピーカ距離を決定する仮想スピーカ距離決定手段、前記仮想スピーカ距離に基づいて、初期反射遅延量を算出する初期反射パラメータ算出手段、前記初期反射遅延量に基づいてフロントチャンネル信号に対する初期反射音を算出し、フロントチャンネル信号に加算して出力する信号出力手段、として前記コンピュータを機能させる。このプログラムをコンピュータにより実行することにより、上記の音声信号処理装置を実現することができる。
【実施例】
【0024】
以下、図面を参照して本発明の好適な実施例について説明する。
【0025】
[全体構成]
図1は、本発明の音声信号処理装置を適用した音声信号再生装置の構成を示すブロック図である。音声信号再生装置1は、デコーダ2と、本発明に係る音声信号処理装置の実施例である信号処理部100と、D/A変換器3と、アンプ4と、スピーカ5FL、5FR、5C、5SL、5SR及び5LFEと、マイク6とを備える。
【0026】
デコーダ2は、信号ソースから圧縮ストリームSTを受け取る。信号ソースとしては、例えばDVD、BD、ハードディスクレコーダなどが挙げられる。これらの記録媒体には映像信号と音声信号とが記録されるが、デコーダ2は映像信号と音声信号とを含む圧縮ストリームを受け取ってもよいし、音声信号のみの圧縮ストリームを受け取ってもよい。
【0027】
デコーダ2は、受け取った圧縮ストリームSTを復号化し、ディジタルの音声信号を生成する。具体的には、デコーダ2は、左フロントチャンネル信号FL、右フロントチャンネル信号FR、左サラウンドチャンネル信号SL、右サラウンドチャンネル信号SR、センターチャンネル信号C及びLFE(Low Frequency Effect)信号LFEを生成し、信号処理部100へ供給する。以下、「チャンネル」を「ch」とも表記する。
【0028】
信号処理部100は、入力された信号に基づいて、フロントch信号に対する信号処理を行い、処理後の信号をD/A変換器3へ供給する。具体的には、信号処理部100は、センターch信号C、サラウンドch信号SR及びSL並びにLFE信号LFEをそのままD/A変換器3へ出力するとともに、信号処理により得られたフロントch信号FLx及びFRxをD/A変換器3へ出力する。なお、この信号処理については後に詳しく説明する。
【0029】
D/A変換器3は、受け取った信号FLx、FRx、SL、SR、C及びLFEをそれぞれD/A変換し、アンプ4へ出力する。アンプ4は各信号を増幅し、各チャンネルのスピーカ5FL、5FR、5C、5SL、5SR及び5LFEへ出力する。
【0030】
[信号処理]
次に、信号処理部100が実行する信号処理について説明する。本実施例では、ユーザのリスニングルームなどの視聴空間の大きさに合わせて再生音に反射音を付加することにより、過不足、違和感の無いリアルな仮想音場空間を実現する。
【0031】
実施例に係る視聴空間の構成例を図2に示す。図示のように、部屋7の1つの壁7wに沿ってTV9が配置され、TV9の内部又は近傍に、センタースピーカ5C、フロントスピーカ5FL及び5FRが配置される。TV9の前方ほぼ中央に視聴位置LPが設定され、視聴者(ユーザ)は視聴位置LPにおいてTV9に表示される映像及び各スピーカから出力される音声を視聴する。視聴位置LPの後方には、サラウンドスピーカ5SL及び5SRが配置される。なお、LFEchのスピーカ5LFEは部屋7内の任意の場所に配置されるので、図示を省略する。
【0032】
また、本実施例では、視聴位置から見て部屋のTVの後方に仮想音場空間8を想定し、仮想音場空間8の奥の壁8wに沿って仮想スピーカ5VL及び5VRを想定する。そして、左右のフロントスピーカ5FL、5FRから出力される信号に対して信号処理を施し、視聴位置LPの視聴者が、左右のフロントスピーカ5FL、5FRから出力される信号をあたかも仮想スピーカ5VL、5VRから出力されているように感じるようにする。これにより、再生される音声に奥行き感を与えることができる。
【0033】
まず、仮想空間について説明する。仮想音場空間8は、実音場、即ち、実際の部屋7の大きさによって理想の大きさが変わってくる。実音場が小さいのに過剰に大きい仮想音場空間を想定すると違和感が生じるし、逆に実音場が大きいのに仮想音場空間が小さいと奥行き感を創出する効果が不足することになる。発明者の実験では、TV9又はセンタースピーカ5C(以下、「視聴対象物」と呼ぶ。)と視聴位置LPとの距離(以下、「視聴対象物距離」と呼ぶ。)L1に対して仮想音場空間8の奥行距離L2を変化させて多数の視聴者に対して実験を行ったところ、仮想音場空間8の理想的な奥行距離L2は視聴位置LPから視聴対象物までの視聴対象物距離L1とほぼ等しいことがわかった。よって、仮想音場空間8の奥行の距離L2は、視聴対象物距離L1の0.8〜1.2倍程度であり、好適にはL2=L1となる。よって、好適には視聴位置LPと仮想スピーカ5VL、5VRとの距離(以下「仮想スピーカ距離D」と呼ぶ。)は、視聴対象物距離L1の約2倍となる。
【0034】
次に、具体的な信号処理について説明する。本実施例では、信号処理部100は、入力されたフロントch信号FL、FRに対して、初期反射音を付加する処理を行い、処理後の信号をフロントch信号FLx、FRxとしてAD変換器3へ出力する。なお、フロントch信号以外の信号については、信号処理部100は特に処理を行わず、入力された信号をそのままDA変換器3へ出力する。
【0035】
ここで、信号処理部100は、フロントch信号FLが仮想スピーカ5VLから出力された場合の初期反射音を算出してフロントch信号FLに加算することにより、フロントch信号FLxを生成する。同様に、信号処理部100は、フロントch信号FRが仮想スピーカ5VRから出力された場合の初期反射音を算出してフロントch信号FRに加算することにより、フロントch信号FRxを生成する。
【0036】
信号処理部100の構成例を図3に示す。信号処理部100は、AD変換器11と、距離検出部12と、演算部13と、制御部14と、メモリ15と、テスト信号生成部16と、初期反射音処理部20と、を備える。信号処理部100は、初期反射パラメータ算出処理と再生処理とを実行する。初期反射パラメータ算出処理は、実際の信号ソースの信号を再生する前に行われる前処理であり、テスト信号を用いて部屋7における視聴対処物距離L1を測定し、それに基づいて、左右のフロントch信号FL、FRに加算すべき初期反射音を生成するために必要な初期反射パラメータ、具体的には初期反射遅延量及び初期反射レベルを決定する処理である。一方、再生処理は、そうして決定された初期反射パラメータを用いて、実際の信号ソース信号に対する適切な初期反射音を生成し、フロントch信号に付加して再生する処理である。
【0037】
まず、初期反射パラメータ算出処理について説明する。信号処理部100は、スイッチSWを端子A側に接続し、テスト信号生成部16から予め用意されたテスト信号、好ましくはパルス性のテスト信号を出力する。このテスト信号は、DA変換器3によりアナログ信号に変換され、アンプ4により増幅されてフロントスピーカ5FL又は5FRから部屋7内へテスト音として放出される。マイク6は視聴位置LPに配置されており、部屋7へ放音されたテスト音を集音し、AD変換器11へ送る。集音されたテスト音はAD変換器11でディジタル信号に変換され、マイク6により集音されたテスト信号(以下、「集音テスト信号」と呼ぶ。)として距離検出部12へ送られる。
【0038】
距離検出部12は、視聴位置LPとTV9又はセンタースピーカ5Cとの距離である視聴対象物距離を検出する。具体的に、距離検出部12は、AD変換器11から入力された集音テスト信号と、テスト信号生成部16が生成したテスト信号(以下、「出力テスト信号」と呼ぶ。)とを比較する。出力テスト信号に対する集音テスト信号の遅れは、マイク6、信号処理部100、DA変換器3、アンプ4及びスピーカ5により構成される系内での遅れ分を無視すれば、左右のスピーカ5FL又は5FRと視聴位置LPと間を音波が伝搬する時間に相当する。即ち、距離検出部12は、出力テスト信号に対する集音テスト信号の遅れ時間に音速を乗算し、視聴位置LPと左右のスピーカ5FL及び5FRとの距離を算出する。
【0039】
次に、距離検出部12は、視聴位置LPとTV9又はセンタースピーカ5Cとの距離である視聴対象物距離L1を算出する。図4は視聴対象物距離を算出する方法を示す。視聴位置LPと左フロントスピーカ5FLとの距離を「Lfl」とし、視聴位置LPと右フロントスピーカ5FRとの距離を「Lfr」とする。標準的な配置として、視聴位置とTV9の中央又はセンタースピーカ5Cとを結ぶ方向と、視聴位置LPと左右のフロントスピーカ5FL又は5FRとを結ぶ方向とのなす角を30°と仮定すると、視聴対象物距離L1は以下の式により求められる。
【0040】
L1=(Lfl+Lfr)/2×(√3/2) (1)
こうして距離検出部12は、視聴対象物距離L1を算出し、これを演算部13へ供給する。なお、この例において、距離検出部12が視聴位置LPと左右のフロントスピーカ5FL及び5FRとの距離を用いて視聴対象物距離L1を算出しているのは、部屋7に設定される再生システムが5ch構成ではなく、センタースピーカを含まない4ch又は2chの場合があることを考慮したからである。即ち、上記の方法によれば、センターchを含まないスピーカ構成であったとしても、左右のフロントスピーカを用いて視聴対象物距離L1を求めることができる。
【0041】
演算部13は、まず前述のように、仮想スピーカ距離Dを視聴対象物距離L1の2倍として算出する。即ち、
D=L1×2 (2)
とする。そして、演算部13は、こうして得られた仮想スピーカ距離Dをメモリ15に記憶する。
【0042】
また演算部13は、初期反射遅延量を算出する。初期反射遅延量を算出する方法を図5に示す。図5は、図2に示す部屋7及び仮想音場空間8を横方向から見た図であり、視聴位置LPとTV9との間の視聴対象物距離が「L1」、TV9と仮想スピーカ5VR又は5VLとの距離が「L2」、視聴位置LPと仮想スピーカ5VR又は5VLとの間の仮想スピーカ距離が「D」として示されている。また、上下方向においては、標準的な例として、視聴位置LP、TV9、仮想スピーカ5VL又は5VRはいずれも床から1mの高さに配置されているものとする。
【0043】
この条件において、破線75は仮想スピーカ5FL又は5FRからの初期反射音(床による反射とする)の経路を示す。よって、破線75に示す初期反射音の経路の距離Dvは、
Dv=(1+(D/2)0.5×2 (3)
となる。一方、直接音の経路の距離は仮想スピーカ距離Dに等しい。よって、直接音に対する初期反射音の遅延である初期反射遅延量Τrefは初期反射音の距離Dvと直接音の距離Dとの差に基づいて、
Τref=(Dv−D)/c (c:音速) (4)
となる。なお、初期反射音の距離Dvと直接音の距離Dとの差は、仮想スピーカ距離Dが長くなるほど小さくなる。また、上記の式において、仮想スピーカからの直接音距離D及び初期反射音距離Dvは、自動音場補正などにより距離補正されているものとする。そして、演算部13は、こうして得られた初期反射遅延量Τrefをメモリ15に記憶する。
【0044】
メモリ15には、上記のようにして得られた仮想スピーカ距離D及び初期反射遅延量Τrefが記憶されている。加えて、メモリ15には、仮想スピーカ距離Dと初期反射レベルLrefとの関係を規定したマップなどが記憶されている。具体的には、仮想スピーカ距離Dが短いほど、初期反射レベルLrefを小さくする。これは一般的な視聴者の感覚によるものであり、実験においても裏付けられている。図6(a)〜(c)は、スピーカと視聴位置との距離を変化させ、スピーカから出力したパルス性テスト信号を測定点に配置したマイクで集音した場合の波形を示す。図示のように、スピーカと測定点との距離が近いほど反射音のレベル(振幅)が小さくなっている。よって、予め行った実験の結果などに基づいて、仮想スピーカ距離Dが短いほど初期反射レベルLrefが小さくなるように仮想スピーカ距離Dと初期反射レベルとの対応関係を決定してマップなどを作成し、メモリ15に記憶すればよい。
【0045】
こうして、仮想スピーカ距離D、初期反射遅延量Τref、及び、初期反射レベルLrefを規定するマップなどがメモリ15に記憶された状態となると、ユーザの再生指示に応じて、音声信号再生装置1は信号ソースからの信号を再生する再生処理を実行する。再生処理においては、図1に示すように、信号ソースから出力される圧縮ストリームSTがデコーダ2により各チャンネルの信号にデコードされ、信号処理部100へ送られる。信号処理部100は、フロントch信号FL、FR以外の信号をそのままDA変換器3へ出力するとともに、フロントch信号FL、FRを図3に示す初期反射音処理部20へ供給する。
【0046】
初期反射音処理部20は、遅延器21、減衰器22及び加算器23を備える。初期反射音処理部20へ入力されたフロントch信号FL、FRは、直接音Sdrtとしてそのまま加算器23へ入力されるとともに、遅延器21、減衰器22を介して初期反射音Srefとして加算器23へ入力される。再生処理においては、制御部14は、メモリ15から初期反射遅延量Trefを取得して遅延器21へ設定するとともに、メモリ15から初期反射レベルLrefを取得して減衰器22へ設定する。よって、加算器23は、フロントch信号FL、FRを初期反射遅延量Tref分だけ遅延させ、かつ、初期反射レベルLrefまで減衰させた初期反射音Srefを直接音Sdrtに加算してフロントch信号FLx、FRxとしてスイッチSWへ出力する。再生処理においては、スイッチSWは端子B側に接続されており、フロントch信号FLx、FRxをDA変換器3へ出力する。
【0047】
そして、図1に示すように、各チャンネルの信号は、DA変換器3によりアナログ信号に変換され、アンプ4により増幅されて、スピーカ5から出力される。こうして、音声信号再生装置1は、仮想スピーカ5VL、5VRの位置に基づく初期反射音を含むフロントch信号を含む信号を再生する。よって、視聴者は実際の部屋7よりの大きさに対して違和感の無い、適度な前方奥行き感を得ることができる。
【0048】
[信号処理フロー]
次に、上述した初期反射パラメータ算出処理及び再生処理のフローについて説明する。
【0049】
図7は、初期反射パラメータ算出処理のフローチャートを示す。この処理は、信号処理部100を構成するマイクロコンピュータなどが、予め用意されたプログラムを実行することにより実現される。
【0050】
まず、信号処理部100は、テスト信号生成部16によりテスト信号を生成してスピーカ5から出力し、これをマイク6で集音する(ステップS11)。そして、距離検出部12は、テスト信号の遅延量に基づいて視聴対象物距離L1を算出し、さらに仮想スピーカ距離Dを算出する(ステップS12)。
【0051】
次に、演算部13は、仮想スピーカ距離Dに基づいて、前述の式(3)、(4)により初期反射遅延量Trefを算出し(ステップS13)、さらに予め用意されたマップなどを参照して初期反射レベルLrefを決定する(ステップS14)。こうして、信号処理部100は初期反射パラメータ算出処理を終了する。
【0052】
図8は、再生処理のフローチャートを示す。この処理も、信号処理部100を構成するマイクロコンピュータなどが、予め用意されたプログラムを実行することにより実現される。
【0053】
視聴者によりあるコンテンツの再生が指示されると、信号処理部100の制御部14は、メモリ15から初期反射遅延量Trefと、初期反射レベルLrefとを読み出し、遅延器21と減衰器22にそれぞれ設定する(ステップS21)。次に、信号ソースから圧縮ストリームSTが入力信号として音声信号再生装置1へ供給されると、信号処理部100の初期反射音処理部20は、設定された初期反射遅延量Tref及び初期反射レベルLrefに基づいて初期反射音を生成し、フロントch信号に加算してフロントch信号FLx、FRxを生成する。そして、音声信号処理装置1は、処理反射音が加算されたフロントch信号FLx、FRxを含む各チャンネルの信号を再生する(ステップS23)。
【0054】
以上説明したように、本実施例では、部屋の大きさに合わせて仮想スピーカを想定し、フロントch信号に適切な初期反射音を付加して再生するので、過不足、違和感の無いリアルな仮想空間を作り出すことができる。
【0055】
[変形例]
上記の例では、視聴対象物距離L1を、視聴位置LPと左右のフロントスピーカ5FL、5FRとの距離に基づいて算出しているが、センタースピーカを備えるスピーカ構成の場合には、センタースピーカとの距離を測定し、これを視聴対象物距離L1として使用してもよい。また、自動スピーカ距離測定機能を有しないシステムにおいては、ユーザが自らの部屋における視聴位置とTVとの距離を視聴対象物位置L1として入力し、これを用いて初期反射パラメータを算出することとしてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明は、AVレシーバー、一般のTV、DVD/BDプレイヤーなど、映像とともにマルチチャンネルの音声信号を再生する装置に利用することができる。例えば、AVレシーバーとTVを組み合わせた音響システムにおいても、TVのモニタと、AVレシーバーと接続する左右のフロントスピーカと共に用いられ、当該音声信号処理装置をAVレシーバー内に組み込まれたシステムを包含する。また、その他の考えられる変形例を包含する。
【符号の説明】
【0057】
1 音声再生装置
2 デコーダ
3 DA変換器
4 アンプ
5 スピーカ
6 マイク
20 初期反射パラメータ生成部
100 信号処理部
LP 視聴位置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
モニタと、少なくとも左右のフロントスピーカとを備える表示装置と共に用いられる音声信号処理装置であって、
フロントチャンネル信号を含む入力信号を受け取る入力部と、
前記モニタの位置又は前記フロントスピーカの位置である視聴対象物位置と視聴位置との距離である視聴対象物距離を検出する視聴対象物距離検出手段と、
前記視聴対象物距離に基づいて、視聴位置から見てモニタの後方に仮想スピーカを想定し、当該仮想スピーカと視聴位置との距離である仮想スピーカ距離を決定する仮想スピーカ距離決定手段と、
前記仮想スピーカ距離に基づいて、初期反射遅延量を算出する初期反射パラメータ算出手段と、
前記初期反射遅延量に基づいてフロントチャンネル信号に対する初期反射音を算出し、フロントチャンネル信号に加算して出力する信号出力手段と、を備えることを特徴とする音声信号処理装置。
【請求項2】
前記初期パラメータ算出手段は、前記初期反射遅延量及び初期反射レベルを算出し、
前記信号出力手段は、前記初期反射遅延量及び前記初期反射レベルに基づいてフロントチャンネル信号に対する初期反射音を算出することを特徴とする請求項1に記載の音声信号処理装置。
【請求項3】
前記視聴対象物距離検出手段は、
前記視聴位置を含む空間にテスト音を出力する放音手段と、
前記放音手段により放音されたテスト音を前記視聴位置において集音する集音手段と、
前記放音手段により放音されたテスト音に対する、前記集音手段により集音されたテスト音の遅延量に基づいて、前記視聴位置とフロントスピーカとの距離を算出し、当該フロントスピーカの距離に基づいて前記視聴対象物距離を算出する算出手段と、を備えることを特徴とする請求項1又は2に記載の音声信号処理装置。
【請求項4】
前記視聴対象物距離検出手段は、前記視聴位置と左右のフロントスピーカとの距離の平均値を算出する手段と、
前記視聴位置と前記モニタの中央とを結ぶ方向と、前記視聴位置と前記左右のフロントスピーカとを結ぶ方向とのなす角、及び、前記左右のフロントスピーカの距離の平均値に基づいて前記視聴対象物距離を算出する手段と、を備えることを特徴とする請求項3に記載の音声信号処理装置。
【請求項5】
前記仮想スピーカ距離決定手段は、前記仮想スピーカ距離を前記視聴対象物距離の2倍に決定することを特徴とする請求項1乃至4のいずれか一項に記載の音声信号処理装置。
【請求項6】
前記初期反射パラメータ算出手段は、
前記仮想スピーカ距離に基づいて前記初期反射遅延量を算出する手段と、
前記仮想スピーカ距離が短いほど前記初期反射レベルを小さく設定する手段と、を備えることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか一項に記載の音声信号処理装置。
【請求項7】
モニタと、
少なくとも左右のフロントスピーカと、
請求項1乃至6のいずれか一項に記載の音声信号処理装置と、を備えることを特徴とする表示装置。
【請求項8】
モニタ、少なくとも左右のフロントスピーカ及びコンピュータを備える表示装置と共に実行される音声信号処理プログラムであって、
フロントチャンネル信号を含む入力信号を受け取る入力手段、
前記モニタの位置又は前記フロントスピーカの位置である視聴対象物位置と視聴位置との距離である視聴対象物距離を検出する視聴対象物距離検出手段、
前記視聴対象物距離に基づいて、視聴位置から見てモニタの後方に仮想スピーカを想定し、当該仮想スピーカと視聴位置との距離である仮想スピーカ距離を決定する仮想スピーカ距離決定手段、
前記仮想スピーカ距離に基づいて、初期反射遅延量を算出する初期反射パラメータ算出手段、
前記初期反射遅延量に基づいてフロントチャンネル信号に対する初期反射音を算出し、フロントチャンネル信号に加算して出力する信号出力手段、として前記コンピュータを機能させることを特徴とする音声信号処理プログラム。
【請求項9】
前記初期パラメータ算出手段は、前記初期反射遅延量及び初期反射レベルを算出し、
前記信号出力手段は、前記初期反射遅延量及び前記初期反射レベルに基づいてフロントチャンネル信号に対する初期反射音を算出することを特徴とする請求項8に記載の音声信号処理プログラム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−235202(P2012−235202A)
【公開日】平成24年11月29日(2012.11.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−100864(P2011−100864)
【出願日】平成23年4月28日(2011.4.28)
【出願人】(000005016)パイオニア株式会社 (3,620)
【Fターム(参考)】