説明

音響処理装置及び音響処理方法

【課題】入力された3チャネル以上の音響信号のうち、少なくとも1つのチャネルの音響信号を分岐して分岐信号を作り、分岐信号を他のチャネルの音響信号に加算することにより、原音に近い音を聴取者の位置で再生する。
【解決手段】入力された少なくとも3つの音響信号のうち、少なくとも1つの音響信号を分岐段で分岐して分岐信号を取り出し、取り出した分岐信号を加算段において、分岐段で分岐を行った以外の音響信号に加算し、分岐段で分岐信号が取り出される音響信号の再生位置と、加算段で分岐信号が加算される音響信号の再生位置との距離に基づいて、処理段において分岐信号を遅延させると共に、分岐信号のレベルを調整する音響処理装置である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は音響処理装置及び音響処理方法に関し、特に、DVD(ディジタル多目的ディスク)プレーヤのようなマルチチャネル記録方式の音楽ソースを再生可能なマルチチャネル再生装置から、車室内等に設置された複数のスピーカに対してそれぞれ独立した音響信号を送出するような音響処理装置及び音響処理方法における音響効果の改善に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、自動車等の車両には、車室内で音楽を楽しむためのオーディオ装置が設けられている。この車室内に設けられたオーディオ装置は、初期の頃は2つのスピーカが車両の左右に設けられた単なる2チャネルステレオが主流であった。ところが、車室内でより良い音で音楽を聞きたいという要望から、車室内に設置されるスピーカの数を増やした車室内音響システムが普及してきた。
【0003】
このような多数のスピーカを備えた車室内音響システムにおけるスピーカの配置の一例として、6個のスピーカを備えたものがある。6個のスピーカの内訳は、例えば、車室内の前方の中央に設置されたセンタスピーカ、車室内の前方の左右に設置された左フロントスピーカと右フロントスピーカ、車室内の後方の左右に設置された左リヤスピーカと右リヤスピーカ、及び、低音専用スピーカである。なお、この6個のスピーカの発展型として、左右のフロントスピーカにそれぞれツイータ(高音専用スピーカ)を追加したものもある。そして、このような音響システムでは、各スピーカから再生する音は、左右の各チャネルに振り分けられた音に周波数補正処理や残響処理を施して再生していた。その際、例えば、後席の人に聞こえる音は、主にリヤスピーカから出力される音によって音響効果を出していた。
【0004】
一方、近年、これまでのオーディオカセットやCDのような2チャネルの音楽ソースに代わり、音楽ソースのチャネル数を増やしたマルチチャネルオーディオが普及しつつある。このマルチチャネルオーディオの例としては、独立した6チャネル、または、8チャネルのディジタルサラウンド方式を採用したDVDがある。
【0005】
DVDのディジタルサラウンド方式では、音楽ソースが室内に配置した6個のスピーカから再生されるようになっており、音楽ソースが6個のスピーカ用にそれぞれ独立したマルチチャネル記録方式でディスクに記録されている。DVDにおける6個のスピーカは、それぞれ、センタスピーカ、左フロントスピーカ、右フロントスピーカ、左リヤスピーカ、右リヤスピーカ、及び、低音専用スピーカ(ウーファ)である。このうち、ウーファから再生される音は例えば、120Hz以下の低音であり、20kHzまで再生する他のチャネルの情報量に比べて情報量が少ないことから、このようなDVDにおける6チャネルは5.1チャネルと呼ばれている。
【0006】
ところで、前述の6個のスピーカが自動車に搭載された場合、従来の2チャネルのステレオでは、例えば、リヤの右座席に乗員(聴取者)が座った場合、右フロントスピーカと右リヤスピーカから再生される音は基本的に同じである。従って、右フロントスピーカと右リヤスピーカから同じ音が再生された場合は、リヤの右座席に座った聴取者に聞こえる音は右リヤスピーカが支配していた。
【0007】
一方、これら6個のスピーカから前述の5.1チャネルの音を再生する場合には、6個のチャネルの音が独立して記録媒体に記録されているので、ウーファから再生される音を除き、他の5つのスピーカから再生される音を自由に制御することができる。例えば、同じ音に所定の遅延時間を持たせて5つのスピーカから再生させれば、聴取者の回りを音が回るようにすることができる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、前述のような聴取者の回りを音が回るような音楽ソースを再生する場合を考えると、リヤの右座席に座った聴取者に対して左フロントスピーカから来る音は、聴取者とスピーカとの距離が遠いだけに音圧が低く、高音が減衰した音となってしまい、逆に、右リヤスピーカから来る音は音圧が大きくて帯域も広い音となってしまうために、同じ音が異なった音として聞こえてしまうという問題点があった。
【0009】
これは、マルチチャネルソースのような各チャネル間の音の独立性が高いソースを複数のスピーカで再生する場合、聴取位置から遠いスピーカから再生される音と、近いスピーカから再生される音の音圧と周波数特性の差が問題になるからである。例えば、車両に搭載されたフロントスピーカとリヤスピーカで再生される音が違う場合、後席の人にはフロント側から来る音とリヤ側から来る音が異なって聞こえ、その際、フロント側から来る音はリヤ側から来る音よりも音圧が小さく、また、周波数特性の劣化、特に高域の減衰、が著しい傾向があるからである。
【0010】
そこで、本発明は、多チャネルのソースが録音された媒体を、チャネル数と同数の箇所に設置されたスピーカから再生する場合において、各スピーカから再生される音を聴取する聴取者の聴取位置に応じて、媒体の再生装置から再生された信号を各スピーカの前段に配置されたアンプユニット側で加工することにより、媒体に録音された原音に近い音を聴取者の位置で再生することができる音響処理装置及び音響処理方法を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記目的を達成する本発明の音響処理装置は、少なくとも3つの音響信号が入力され、入力される音響信号のうち、少なくとも1つの音響信号を分岐して分岐信号を取り出す分岐段と、分岐段からの分岐信号を、分岐段で分岐を行った以外の音響信号に加算する加算段と、分岐段で分岐信号が取り出される音響信号の再生位置と、加算段で分岐信号が加算される音響信号の再生位置との距離に基づいて、分岐信号を遅延させると共に、分岐信号のレベルを調整する処理段とを備えることを特徴とする音響処理装置である。
【0012】
前記目的を達成する本発明の音響処理方法は、入力される少なくとも3つの音響信号のうち、少なくとも1つの音響信号を分岐して分岐信号を取り出し、分岐信号を、分岐を行った以外の音響信号に加算し、分岐信号が取り出される音響信号の再生位置と、分岐信号が加算される音響信号の再生位置との距離に基づいて、分岐信号を遅延させると共に、分岐信号のレベルを調整することを特徴とする音響処理方法である。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、多チャネルのソースが録音された媒体を、チャネル数と同数の箇所に設置されたスピーカから再生する場合において、各スピーカから再生される音を聴取する聴取者の聴取位置に応じて、媒体の再生装置から再生された音響信号を、各スピーカの前段に配置されたアンプユニット側で加工することにより、媒体に録音された原音に近い音を聴取者の位置で聴取することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下添付図面を用いて本発明の実施形態を具体的な実施例に基づいて詳細に説明する。
図1は本発明が適用される音響処理装置を備えた自動車9における複数のスピーカの設置位置を示す透視図である。図において、10は自動車9のインストルメントパネルに設置されたオーディオユニット、CEは自動車のインストルメントパネルの上面の中央部に配置されたセンタスピーカ、FLは左側のフロントドアの下部に設置された左フロントスピーカ、FRは右側のフロントドアの下部に設置された右フロントスピーカ、RLは左側のリヤドアの下部に設置された左リヤスピーカ、RRは右側のリヤドアの下部に設置された右リヤスピーカ、WFはリヤシェルフに設置された低音専用スピーカのウーファである。この実施例では、オーディオユニット10にマルチチャネル再生装置として、DVDプレーヤが備えられている。DVDプレーヤによって再生された6チャネルの信号は、オーディオユニット10で復調、補正、増幅されて各スピーカに出力される。
【0015】
図2は本発明に係る音響処理装置の構成を説明するものであり、図1のオーディオユニット10と各スピーカとの接続を示すものである。オーディオユニット10にはマルチチャネル再生装置であるDVDプレーヤ1とアンプユニット2とがあり、このアンプユニット2にセンタスピーカCE、左右のフロントスピーカFL,FR、左右のリヤスピーカRL,RR、及びウーファWFが接続されている。DVDプレーヤ1からは、再生された6チャネル分のストリーム信号(ディジタル信号)がアンプユニット2に入力される。
【0016】
アンプユニット2には受信回路(DIR:Digital Interface Receiver) 3と、DSP(Digital Signal Processor)4、及び、各スピーカを駆動するためのアンプ11〜16がある。また、DSP4にはデコーダ5、マトリクス遅延加算処理回路6、及びイコライザ7が設けられている。このイコライザ7はグラフィッククイコライザやパラメトリックイコライザ等の汎用のイコライザである。DVDプレーヤ1からアンプユニット2に入力されたストリーム信号はDIR3で受信された後に、デコーダ5に入力される。デコーダ5ではストリーム信号をデコードしてセンタスピーカ用の信号SCE、左右のフロントスピーカ用の信号SFL,SFR、左右のリヤスピーカ用の信号SRL,SRR、及びウーファ用の信号SWFに変換する。
【0017】
変換された各スピーカ用の信号はマトリクス遅延加算処理回路6において、後述する遅延処理、加算処理などが行われた後にイコライザ7で音質が調整されて各スピーカを駆動するためのアンプ11〜16に入力される。アンプ11はセンタスピーカCEの駆動用、アンプ12は左フロントスピーカFLの駆動用、アンプ13は右フロントスピーカFRの駆動用、アンプ14は左リヤスピーカRLの駆動用、アンプ15は右リヤスピーカRRの駆動用、及び、アンプ16はウーファの駆動用である。
【0018】
次に、本発明に係るマトリクス遅延加算処理回路6における、各スピーカの駆動信号の遅延処理と加算処理の詳細を、幾つかの実施例に基づいて説明する。
図3は図2のマトリクス遅延加算処理回路6の第1の実施例の構成を示すブロック回路図である。図3の左側に記載された符号が図2のマトリクス遅延加算処理回路6への入力信号を示している。マトリクス遅延加算処理回路6の中には、複数個の信号処理回路20が設けられている。この信号処理回路20は、イコライザ21、遅延回路22、及びアンプ23が直列に接続されて構成されているものであり、遅延回路22の中に記載されている符号d1〜d3が遅延時間を示している。
【0019】
遅延時間d1,d2はそれぞれ図5(a) に示すように、センタスピーカCEから出た音が左右のリヤスピーカRL,RRに到達するまでの時間、或いは、リヤスピーカRL,RRから出た音がそれぞれセンタスピーカCEに到達するまでの時間である。また、遅延時間d3,d4はそれぞれ左右のフロントスピーカFL,FRから出た音が対向する右左のリヤスピーカRR,RLに到達するまでの時間、或いは、右左のリヤスピーカRR,RLから出た音がそれぞれ対向する左右のフロントスピーカFL,FRに到達するまでの時間である。更に、遅延時間d5,d6はそれぞれ左右のフロントスピーカFL,FRから出た音が隣り合う左右のリヤスピーカRL,RRに到達するまでの時間、或いは、左右のリヤスピーカRL,RRから出た音がそれぞれ隣り合う左右のフロントスピーカFL,FRに到達するまでの時間である。従って、ここでは、(d1≒d2)>(d3≒d4)>(d5≒d6)となっている。
【0020】
第1の実施例では、図3に示すように、センタスピーカCEへの信号SCEが分岐され、信号処理回路20のイコライザ21によって周波数特性が調整された後に、遅延回路22によって時間d2だけ遅延させられ、アンプ23でゲインが減衰方向に調整された後に、右リヤスピーカRRへの信号SRRに加えられる。また、左フロントスピーカFLへの信号SFLが分岐され、信号処理回路20のイコライザ21によって周波数特性が調整された後に、遅延回路22によって時間d3だけ遅延させられ、アンプ23でゲインが減衰方向に調整された後に、右リヤスピーカRRへの信号SRRに加えられる。更に、右フロントスピーカFRへの信号SFRが分岐され、信号処理回路20のイコライザ21によって周波数特性が調整された後に、遅延回路22によって時間d6だけ遅延させられ、アンプ23でゲインが減衰方向に調整された後に、右リヤスピーカRRへの信号SRRに加えられる。
【0021】
同様に、センタスピーカCEへの信号SCEは信号処理回路20によって分岐され、周波数特性の調整、遅延時間d1の遅延、ゲイン調整が行われた後に、左リヤスピーカRLへの信号SRLに加えられる。また、左フロントスピーカFLへの信号SFLは信号処理回路20によって分岐され、周波数特性の調整、遅延時間d5の遅延、ゲイン調整が行われた後に、左リヤスピーカRLへの信号SRLに加えられる。更に、右フロントスピーカFRへの信号SFRは信号処理回路20によって分岐され、周波数特性の調整、遅延時間d4の遅延、ゲイン調整が行われた後に、左リヤスピーカRLへの信号SRLに加えられる。
【0022】
逆に、左リヤスピーカRLへの信号SRLは、3つの信号処理回路20によって分岐され、周波数特性の調整、遅延時間d1の遅延、ゲイン調整が行われたものはセンタスピーカCEへの信号SCEに加えられ、周波数特性の調整、遅延時間d4の遅延、ゲイン調整が行われたものは右フロントスピーカFRへの信号SFRに加えられ、周波数特性の調整、遅延時間d5の遅延、ゲイン調整が行われたものは左フロントスピーカFLへの信号SFLに加えられる。同様に、右リヤスピーカRRへの信号SRRは、3つの信号処理回路20によって分岐され、周波数特性の調整、遅延時間d2の遅延、ゲイン調整が行われたものはセンタスピーカCEへの信号SCEに加えられ、周波数特性の調整、遅延時間d3の遅延、ゲイン調整が行われたものは左フロントスピーカFLへの信号SFLに加えられ、周波数特性の調整、遅延時間d6の遅延、ゲイン調整が行われたものは右フロントスピーカFRへの信号SFRに加えられる。
【0023】
なお、センタスピーカCEが車両の中心線上にある時には、d1=d2,d3=d4、およびd5=d6とすることができる。
このように、第1の実施例では、センタスピーカCEから出力される音が周波数特性を調整された後に遅延、減衰されて左右のリヤスピーカRL,RRから出力される音に加えられ、左右のフロントスピーカFL,FRから出力される音が周波数特性を調整された後に遅延、減衰されて左右のリヤスピーカRL,RRから出力される音に加えられると共に、左右のリヤスピーカRL,RRから出力される音が周波数特性を調整された後に遅延、減衰されて左右のフロントスピーカFL,FR及びセンタスピーカCEにそれぞれ加えられて出力される。ウーファWFへの信号SWFについては、何も処理されずに出力される。これは、ウーファから出る音はかなり低い周波数であるので、車室内のどこの席で聞いても同じような音に聞こえるからである。また、ウーファの音の帯域を他のスピーカでは再生するのが困難であるからである。
【0024】
ここで、各信号処理回路20におけるアンプ23の減衰特性について図5(a),(b) を用いて説明する。音に関しては、最初に聴取者の位置に到来する音波の方向が音像の定位に関する聴覚に支配的な影響を与える「第1波面の法則(発明者の名をとってハース効果とも呼ばれる)」が知られている。この法則によれば、室内において、音源から直接聴取者に達する音波に続いて、反射音が様々な方向から到来するが、聴取者には直接音の方向に音源があるように聞こえることになる。演奏ホール等の拡声装置はこの法則に基づいて設計されている。即ち、例えば、ステージで歌っている歌手のフロントスピーカから出る音量が所定レベルの時に、客席の後方で聞いている人には歌手の声が小さく聞こえるので、これを客席の後方に設置したリヤスピーカから時間を遅らせると共に、音をフロントスピーカの音量より減衰させて出力し、リヤスピーカからの音が聴取者にとってステージ(フロントスピーカ)からの音と同じ音に聞こえて音量が稼げるように、演奏ホール等の拡声装置は設計されているのである。
【0025】
ここで、図5(a) のように自動車の車室内にセンタスピーカCE、左右のフロントスピーカFL,FR、左右のリヤスピーカRL,RR、及び、ウーファWFが設置されており、符号Pの位置(後席)に聴取者がいる場合について考える。今、時刻t0においてセンタスピーカCEから図5(b) に示すレベルAの音が再生されたとする。レベルAの音の位置から時間の経過と共に減衰する点線が前述の法則を示す減衰特性である。続いて、時刻t0から少し遅れた時刻t1において右フロントスピーカFRから、レベルBの同じ音が再生されたとする。このとき、レベルBがこの減衰特性より小さければ、聴取者PにはレベルBの音は右フロントスピーカFRから出たようには聞こえず、レベルAの音が再生されたセンタスピーカCEから出た1つの音として聞こえる。
【0026】
ところが、更に少し時間が遅れた時刻t2において右リヤスピーカRRから、レベルCの同じ音が再生されたとする。このとき、レベルCがこの減衰特性より大きければ、聴取者PにはレベルCの音はセンタスピーカCEから出たようには聞こえず、右リヤスピーカRRから出た別の音のように聞こえてしまう。
従って、各信号処理回路20における遅延回路22の遅延特性とアンプ23の減衰特性は、この「第1波面の法則」に基づくような特性になっている。この結果、第1の実施例の車室内音響システムでは、多チャネルのソースが録音されたDVDを複数のスピーカから再生する場合において、DVDの各チャネルに録音された原音に近い音を聴取者の位置で再生することが可能となる。
【0027】
図4は図3の第1の実施例のマトリクス遅延加算処理回路6の変形実施例の構成を示すものである。図4に示す変形実施例が第1の実施例と異なる点は、各信号処理回路20からイコライザ21を除いた点のみであり、各スピーカへの信号の他のスピーカへの信号に対する加算方法は第1の実施例と同じである。このように、各信号処理回路20からイコライザ21を取り除くと、音響補正の自由度はやや低くなるが、演算処理量が小さくなるので回路構成を小型化することができる。
【0028】
図6は図2のマトリクス遅延加算処理回路6の第2の実施例の構成を示すものである。第1の実施例では、センタスピーカCEから出力される音と、左右のフロントスピーカFL,FRから出力される音が調整されて左右のリヤスピーカRL,RRから出力される音に加えられると共に、左右のリヤスピーカRL,RRから出力される音が調整されて左右のフロントスピーカFL,FR及びセンタスピーカCEにそれぞれ加えられて出力されていた。一方、第2の実施例では、センタスピーカCEから出力される音と、左右のフロントスピーカFL,FRから出力される音が調整されて左右のリヤスピーカRL,RRから出力される音に加えられる点は第1の実施例と同じであるが、左右のリヤスピーカRL,RRから出力される音が調整されて左右のフロントスピーカFL,FRのみに加えられ、センタスピーカCEには加えられない点が第1の実施例と異なる。これは、左右のフロントスピーカFL,FR及びセンタスピーカCEは共にリヤ側から見て前方にあるので、センタスピーカCEに左右のリヤスピーカRL,RRの音を加えなくても、殆ど同様の効果が得られるからである。
【0029】
図7は図2のマトリクス遅延加算処理回路6の第3の実施例の構成を示すものである。第1と第2の実施例では、フロント側の各スピーカへの信号をリヤ側の各スピーカへの信号に加える場合、或いは、リヤ側の各スピーカへの信号を各フロント側のスピーカへの信号への信号に加える場合には、それぞれのスピーカへの信号ラインの間に個々に信号遅延回路20を接続していた。一方、第3の実施例では、フロント側の各スピーカへの信号をリヤ側の各スピーカへの信号に加える場合には、フロント側の各スピーカへの信号を予め加算しておき、加算した信号を1つの信号処理回路20を介してリヤ側の各スピーカに加える点が異なり、リヤ側の各スピーカへの信号をフロント側の各スピーカへの信号に加える場合には、リヤ側の各スピーカへの信号を予め加算しておき、加算した信号を1つの信号処理回路20を介してフロント側の各スピーカに加える点が異なる。
【0030】
従って、第3の実施例では、図7に示すように、センタスピーカCEへの信号SCE、左フロントスピーカFLへの信号SFL、及び、右フロントスピーカFRへの信号SFRがそれぞれ分岐され、それぞれゲイン調整器31を通じて加算器32に入力されている。加算器32はセンタスピーカCEへの信号SCE、左フロントスピーカFLへの信号SFL、及び、右フロントスピーカFRへの信号SFRを加算し、合成信号MFを作り、これを信号処理回路20に入力する。
【0031】
信号処理回路20は第1、第2の実施例と同じ構成を持つものであり、イコライザ21、遅延回路22、及びアンプ23で構成される。信号処理回路20に入力された合成信号MFは、イコライザ21によって周波数特性が調整された後に、遅延回路22によって時間dtだけ遅延させられ、アンプ23でゲインが減衰方向に調整された後に分岐され、左スピーカRLへの信号SRLと右リヤスピーカRRへの信号SRRにそれぞれ加えられる。
【0032】
逆に、左リヤスピーカRLへの信号SRLと右リヤスピーカRRへの信号SRRもそれぞれ分岐され、それぞれゲイン調整器31を通じて加算器32に入力されている。加算器32は左リヤスピーカRLへの信号SRL、及び、右リヤスピーカRRへの信号SRRを加算し、合成信号MRを作り、これを信号処理回路20に入力する。信号処理回路20に入力された合成信号MRは、イコライザ21によって周波数特性が調整された後に、遅延回路22によって時間dtだけ遅延させられ、アンプ23でゲインが減衰方向に調整された後に分岐され、センタスピーカCEへの信号SCE、左スピーカRLへの信号SRL、及び右リヤスピーカRRへの信号SRRにそれぞれ加えられる。
【0033】
第3の実施例でも、信号処理回路20の遅延回路22の遅延時間と、アンプ23のゲインの減衰特性は、図5(b) で説明した「第1波面の法則」に従って決められている。この第3の実施例は、フロント側の各スピーカとリヤ側の各スピーカ間の多少の遅延時間の違いは無視して信号処理量を減らしたものである。自動車のような狭い車室内では、フロント側の各スピーカとリヤ側の各スピーカ間の多少の遅延時間の違いを無視してもそれなりの効果が得られる。
【0034】
図8は図7の第3の実施例のマトリクス遅延加算処理回路6の変形実施例の構成を示すものである。図7に示す変形実施例が第3の実施例と異なる点は、各信号処理回路20からイコライザ21を除いた点のみであり、各スピーカへの信号の他のスピーカへの信号に対する加算方法は第3の実施例と同じである。このように、各信号処理回路20からイコライザ21を取り除くと、音響補正の自由度はやや低くなるが、演算処理量が小さくなるので回路構成を小型化することができる。
【0035】
図9は図2のマトリクス遅延加算処理回路6の第4の実施例の構成を示すものである。第4の実施例が第3の実施例と異なる点は、信号処理回路20の出力の左右のフロントスピーカFL,FRと左右のリヤスピーカRL,RRへの加え方のみである。
第3の実施例では、信号処理回路20の出力は同じゲインで左右のフロントスピーカFL,FRと左右のリヤスピーカRL,RRに加えられていた。一方、第4の実施例では、各信号処理回路20のアンプ23が、出力先のラインの数に合わせて複数個独立して設けられている。従って、各アンプ23のゲインを調整可能としておけば、車室内に座った聴取者の位置に応じて各アンプ23のゲインを調整することにより、各スピーカからの再生音のレベルを聴取者の位置に応じて適正に調節することができる。
【0036】
図10は図2のマトリクス遅延加算処理回路6の第5の実施例の構成を示すものである。第5の実施例が第3の実施例と異なる点は、信号処理回路20を出力先のラインの数に合わせて複数個設けた点のみである。
第3の実施例では、信号処理回路20の出力は同じゲインで左右のフロントスピーカFL,FRと左右のリヤスピーカRL,RRに加えられていた。一方、第5の実施例では、各信号処理回路20が出力先のラインの数に合わせて複数個独立して設けられている。従って、各信号処理回路20の各遅延回路22の遅延時間と各アンプ23のゲインを調整可能としておけば、車室内に座った聴取者の位置に応じて各遅延回路22の遅延時間と各アンプ23のゲインを調整することにより、各スピーカからの再生音のレベルを聴取者の位置に応じて適正に調節することができる。第5の実施例では、遅延回路22のセンタスピーカCEへの信号SCEに接続する信号処理回路20の遅延回路22の遅延時間のみを他の遅延時間と異ならせている。
【0037】
図11は3列シート車への適用例における座席優先モードと各スピーカのゲインの関係を示すものである。自動車の車室内に3列に渡ってシートが配置されている場合に、この実施例ではどの列のシートに座った聴取者への音を優先させるかを切り替えられるようになっている。1列目の座席を優先させる場合には、モードを1列目座席優先モードに切り替えることにより、左右のリヤスピーカRL,RRの音圧が高くなる。このとき、左右のフロントスピーカFL,FRとセンタスピーカCEの音圧は中程度に保たれる。また、2列目の座席を優先させる場合には、モードを2列目座席優先モードに切り替えることにより、左右のリヤスピーカRL,RRの音圧と左右のフロントスピーカFL,FRの音圧、及び、センタスピーカCEの音圧は全て同じ中程度に保たれる。更に、3列目の座席を優先させる場合には、モードを3列目座席優先モードに切り替えることにより、左右のリヤスピーカRL,RRの音圧が中程度となり、左右のフロントスピーカFL,FRとセンタスピーカCEの音圧が大きくなる。
【0038】
このように、本発明に係る音響処理装置は、3列シートの自動車の車室内の音響システムにも有効に適用することができる。
なお、以上の実施例では、DVDプレーヤを使用した音響処理装置及び音響処理方法を説明したが、マルチチャネル再生装置はDVDプレーヤに特に限定されるものではない。
【0039】
また、以上説明した実施例では、車室内の音響処理装置及び音響処理方法について説明を行ったが、マルチチャネル再生装置で再生された音響信号を、通常の室内で再生する場合についても本発明を有効に適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0040】
【図1】本発明に係る音響処理装置を備えた自動車の、複数のスピーカの設置位置を示す透視図である。
【図2】本発明に係る音響処理装置の構成を説明するブロック図である。
【図3】図2のマトリクス遅延加算処理回路の第1の実施例の構成を示すブロック回路図である。
【図4】図3の第1の実施例のマトリクス遅延加算処理回路の変形例の構成を示すブロック回路図である。
【図5】(a) は図3,図4の回路における遅延時間を説明する説明図、(b) は図3,図4の回路における遅延時間とゲイン制御を説明する特性図である。
【図6】図2のマトリクス遅延加算処理回路の第2の実施例の構成を示すブロック回路図である。
【図7】図2のマトリクス遅延加算処理回路の第3の実施例の構成を示すブロック回路図である。
【図8】図7の第3の実施例のマトリクス遅延加算処理回路の変形実施例の構成を示すブロック回路図である。
【図9】図2のマトリクス遅延加算処理回路の第4の実施例の構成を示すブロック回路図である。
【図10】図2のマトリクス遅延加算処理回路の第5の実施例の構成を示すブロック回路図である。
【図11】3列シート車への適用例における座席優先モードと各スピーカのゲインの関係を示す図である。
【符号の説明】
【0041】
1 マルチチャネル再生装置(DVDプレーヤ)
2 アンプユニット
3 受信回路
4 DSP
5 デコーダ
6 マトリクス遅延加算処理回路
7 イコライザ
10 オーディオユニット
11〜16 アンプ
20 信号処理回路
21 イコライザ
22 遅延回路
23 アンプ
31 ゲイン調節器
32 加算器
CE センタスピーカ
FL 左フロントスピーカ
FR 右フロントスピーカ
RL 左リヤスピーカ
RR 右リヤスピーカ
WF ウーファ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも3つの音響信号が入力され、該入力される音響信号のうち、少なくとも1つの音響信号を分岐して分岐信号を取り出す分岐段と、
前記分岐段からの分岐信号を、前記分岐段で分岐を行った以外の音響信号に加算する加算段と、
前記分岐段で分岐信号が取り出される音響信号の再生位置と、前記加算段で前記分岐信号が加算される音響信号の再生位置との距離に基づいて、前記分岐信号を遅延させると共に、前記分岐信号のレベルを調整する処理段とを備えることを特徴とする音響処理装置。
【請求項2】
前記処理段は、更に前記分岐信号の周波数特性を補正することを特徴とする請求項1に記載の音響処理装置。
【請求項3】
前記少なくとも3つの音響信号は、聴取位置に対して、前方左側で再生される左フロント用音響信号、前方右側で再生される右フロント用音響信号、及び後方で再生されるリヤ用音響信号であることを特徴とする請求項1または2に記載の音響処理装置。
【請求項4】
前記少なくとも3つの音響信号は、聴取位置に対して、前方左側で再生される左フロント用音響信号、前方右側で再生される右フロント用音響信号、前方中央で再生されるセンタ用音響信号、及び後方で再生されるリヤ用音響信号であることを特徴とする請求項1または2に記載の音響処理装置。
【請求項5】
前記センタ用音響信号から分岐信号が生成され、前記リヤ用音響信号に加算されることを特徴とする請求項4に記載の音響処理装置。
【請求項6】
前記左フロント用音響信号及び前記右フロント用音響信号から分岐信号が生成され、前記リヤ用音響信号に加算されることを特徴とする請求項3から5の何れか1項に記載の音響処理装置。
【請求項7】
前記少なくとも3つの音響信号は、聴取位置に対して、前方左側で再生される左フロント用音響信号、前方右側で再生される右フロント用音響信号、後方左側で再生される左リヤ用音響信号、及び後方右側で再生される右リヤ用音響信号であることを特徴とする請求項1または2に記載の音響処理装置。
【請求項8】
前記少なくとも3つの音響信号は、聴取位置に対して、前方左側で再生される左フロント用音響信号、前方右側で再生される右フロント用音響信号、前方中央で再生されるセンタ用音響信号、後方左側で再生される左リヤ用音響信号、及び後方右側で再生される右リヤ用音響信号であることを特徴とする請求項1または2に記載の音響処理装置。
【請求項9】
前記センタ用音響信号から分岐信号が生成され、前記左リヤ用音響信号、及び右リヤ用音響信号に加算されることを特徴とする請求項8に記載の音響処理装置。
【請求項10】
前記左フロント用音響信号から分岐信号が生成されて前記左リヤ用音響信号に加算され、前記右フロント用音響信号から分岐信号が生成されて前記右リヤ用音響信号に加算されることを特徴とする請求項6から9の何れか1項に記載の音響処理装置。
【請求項11】
入力される少なくとも3つの音響信号のうち、少なくとも1つの音響信号を分岐して分岐信号を取り出し、
前記分岐信号を、前記分岐を行った以外の音響信号に加算し、
前記分岐信号が取り出される音響信号の再生位置と、前記分岐信号が加算される音響信号の再生位置との距離に基づいて、前記分岐信号を遅延させると共に、前記分岐信号のレベルを調整することを特徴とする音響処理方法。
【請求項12】
前記分岐信号は、更に周波数特性も補正することを特徴とする請求項11に記載の音響処理方法。
【請求項13】
前記少なくとも3つの音響信号は、聴取位置に対して、前方左側で再生される左フロント用音響信号、前方右側で再生される右フロント用音響信号、及び後方で再生されるリヤ用音響信号であることを特徴とする請求項11または12に記載の音響処理方法。
【請求項14】
前記少なくとも3つの音響信号は、聴取位置に対して、前方左側で再生される左フロント用音響信号、前方右側で再生される右フロント用音響信号、前方中央で再生されるセンタ用音響信号、及び後方で再生されるリヤ用音響信号であることを特徴とする請求項11または12に記載の音響処理方法。
【請求項15】
前記センタ用音響信号から分岐信号を生成し、前記リヤ用音響信号に加算することを特徴とする請求項14に記載の音響処理方法。
【請求項16】
前記左フロント用音響信号及び前記右フロント用音響信号から分岐信号を生成し、前記リヤ用音響信号に加算することを特徴とする請求項13から15の何れか1項に記載の音響処理方法。
【請求項17】
前記少なくとも3つの音響信号は、聴取位置に対して、前方左側で再生される左フロント用音響信号、前方右側で再生される右フロント用音響信号、後方左側で再生される左リヤ用音響信号、及び後方右側で再生される右リヤ用音響信号であることを特徴とする請求項11または12に記載の音響処理方法。
【請求項18】
前記少なくとも3つの音響信号は、聴取位置に対して、前方左側で再生される左フロント用音響信号、前方右側で再生される右フロント用音響信号、前方中央で再生されるセンタ用音響信号、後方左側で再生される左リヤ用音響信号、及び後方右側で再生される右リヤ用音響信号であることを特徴とする請求項11または12に記載の音響処理方法。
【請求項19】
前記センタ用音響信号から分岐信号を生成し、前記左リヤ用音響信号、及び右リヤ用音響信号に加算することを特徴とする請求項18に記載の音響処理方法。
【請求項20】
前記左フロント用音響信号から分岐信号を生成して前記左リヤ用音響信号に加算し、前記右フロント用音響信号から分岐信号を生成して前記右リヤ用音響信号に加算することを特徴とする請求項16から19の何れか1項に記載の音響処理方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【公開番号】特開2006−270992(P2006−270992A)
【公開日】平成18年10月5日(2006.10.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−138915(P2006−138915)
【出願日】平成18年5月18日(2006.5.18)
【分割の表示】特願平11−148317の分割
【原出願日】平成11年5月27日(1999.5.27)
【出願人】(000237592)富士通テン株式会社 (3,383)
【Fターム(参考)】