説明

音響処理装置

【課題】時系列に生成される要素値の急峻な変動を抑制する。
【解決手段】基礎値生成部42は、音響信号x(t)の特性に応じて0または1に設定される基礎値u[k,m]を単位期間毎に生成する。要素値生成部44は、着目単位期間の要素値g[k,m]が、着目単位期間以前の複数の観測単位期間について基礎値u[k,m]が設定されたという条件のもとで基礎値u[k,m]が1に設定される事後確率分布p(π|U)の最頻値または平均値に応じた数値となるように、0以上かつ1以下の要素値g[k,m]を単位期間毎に生成する。信号処理部36は、要素値g[k,m]を音響信号x(t)に作用させる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、数値の時系列を生成する技術に関し、特に、音響信号の処理(例えば音源分離)に適用される数値の時系列を生成する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
信号処理に適用される要素値の時系列を生成する技術が従来から提案されている。例えば特許文献1には、音響信号の音源分離に適用される要素値を帯域毎に時系列に生成する技術が開示されている。特許文献1の技術では、ステレオ形式の音響信号について左右チャネル間の振幅および位相の類似度が帯域毎に算定され、類似度が大きい場合に要素値が1に設定されるとともに類似度が小さい場合に要素値が0に設定される。音響信号の各帯域成分にその帯域の要素値を乗算することで、音響信号のうち正面方向の定位成分が抑圧または強調される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2002−78100号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、要素値が0および1の何れかに設定される構成では、要素値が時間軸上で過度に急峻に変動する。したがって、要素値の乗算後の音響信号には非線形歪みが発生し、人工的で耳障りなミュージカルノイズが再生音の受聴者に知覚されるという問題がある。なお、以上の説明では音響信号の信号処理に適用される要素値の時系列に言及したが、音響処理以外の信号処理でも、各要素値の急峻な変動に起因して種々の問題が発生し得る。以上の事情を考慮して、本発明は、時系列に生成される要素値の急峻な変動を抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
以上の課題を解決するために本発明が採用する手段を説明する。なお、本発明の理解を容易にするために、以下の説明では、本発明の要素と後述の実施形態の要素との対応を括弧書で付記するが、本発明の範囲を実施形態の例示に限定する趣旨ではない。
【0006】
本発明の音響処理装置は、音響信号の特性に応じて第1値または第2値に設定される基礎値(例えば基礎値u[k,m])を単位期間毎に生成する基礎値生成手段(例えば基礎値生成部42)と、着目単位期間以前の複数の観測単位期間の基礎値のうち第1値に設定された基礎値の個数(例えば個数C[k,m])が多いほど着目単位期間の要素値(例えば要素値g[k,m])が第1値に近い数値となるように、第1値と第2値との間の要素値を単位期間毎に生成する要素値生成手段(例えば要素値生成部44)と、要素値を音響信号に作用させる信号処理手段(例えば信号処理部36)とを具備する。以上の構成によれば、着目単位期間以前の複数の観測単位期間の基礎値のうち第1値に設定された基礎値の個数に応じて要素値が第1値と第2値との間の数値に設定されるから、要素値が第1値および第2値の何れかに択一的に設定される構成と比較して要素値の急峻な変動が抑制される。したがって、例えば信号処理手段による処理後の音響信号におけるミュージカルノイズを低減することが可能である。
【0007】
本発明の好適な態様において、基礎値生成手段は、音響信号の帯域毎に基礎値を生成し、要素値生成手段は、音響信号の帯域毎に基礎値に応じた要素値を生成し、信号処理手段は、音響信号の各帯域の成分に当該帯域の要素値を作用させる。以上の態様によれば、帯域毎に生成された要素値が音響信号の当該帯域の成分に作用するから、例えば音響信号の特定成分(例えば目標方向から到来する帯域成分)を抑圧または強調することが可能である。
【0008】
本発明の第1態様において、要素値生成手段は、複数の観測単位期間について基礎値が設定されたという条件のもとで基礎値が第1値に設定される事後確率分布の最頻値に応じた要素値を生成する。以上の態様では、基礎値が第1値に設定される事後確率分布の最頻値に応じた要素値が生成されるから、各観測単位期間の基礎値の時系列を適切に反映した要素値を生成することが可能である。
【0009】
第1態様の好適例において、要素値生成手段は、N個(Nは2以上の自然数)の観測単位期間の基礎値のうちC個(CはC≦Nを満たす自然数)が第1値であるという条件のもとで一様分布を事前確率分布として特定される事後確率分布(例えば数式(4)や数式(6)の事後確率分布p(π|U))の最頻値に応じた要素値gを算定する。例えば要素値生成手段は、以下の数式(A)の演算で要素値gを算定する。以上の態様では、要素値gを簡便に算定できるという利点がある。なお、以上の態様の具体例は例えば第1実施形態として後述される。
g=C/N ……(A)
【0010】
第1態様の好適例において、要素値生成手段は、着目単位期間に対応するN個(Nは2以上の自然数)の観測単位期間の基礎値のうちC[m]個(C[m]はC[m]≦Nを満たす自然数)が第1値であるという条件のもとで、N個の観測単位期間の基礎値のうちC[m-1]個が第1値に設定された直前の単位期間に対応する事後確率分布(例えば数式(13)の事後確率分布p(π,m−1|U))を事前確率分布として特定される着目単位期間の事後確率分布(例えば数式(16)の事後確率分布p(π,m|U))の最頻値に応じた要素値gを算定する。例えば要素値生成手段は、以下の数式(B)の演算で要素値gを算定する。以上の態様では、直前の単位期間の事後確率分布が着目単位期間の事前確率分布として適用されるから、事前確率分布を一様分布とした構成と比較すると、基礎値の時系列を適切に反映した要素値を生成できるという効果は格別に顕著となる。なお、以上の態様の具体例は例えば第2実施形態として後述される。
g=(C[m-1]+C[m])/2N ……(B)
【0011】
本発明の第2態様において、要素値生成手段は、複数の観測単位期間について基礎値が設定されたという条件のもとで基礎値が第1値に設定される事後確率分布の平均値に応じた要素値を生成する。以上の態様では、事後確率分布の平均値に応じて要素値が生成されるから、事後確率分布の最頻値に応じて要素値を生成する第1態様と比較して、基礎値の外れ値の影響を抑制した要素値を生成できるという利点がある。なお、第2態様の具体例は例えば第3実施形態として後述される。
【0012】
第2態様の好適例において、要素値生成手段は、N個(Nは2以上の自然数)の観測単位期間の基礎値のうちC個(CはC≦Nを満たす自然数)が第1値であるという条件のもとで一様分布を事前確率分布として特定される事後確率分布(例えば数式(4)や数式(6)の事後確率分布p(π|U))の最頻値に応じた要素値gを算定する。例えば要素値生成手段は、以下の数式(C)の演算で要素値gを算定する。以上の態様では、要素値gを簡便に算定できるという利点がある。
g=(C+1)/(N+2) ……(C)
【0013】
第2態様の好適例において、要素値生成手段は、着目単位期間に対応するN個(Nは2以上の自然数)の観測単位期間の基礎値のうちC[m]個(C[m]はC[m]≦Nを満たす自然数)が第1値であるという条件のもとで、N個の観測単位期間の基礎値のうちC[m-1]個が第1値に設定された直前の単位期間に対応する事後確率分布(例えば数式(13)の事後確率分布p(π,m−1|U))を事前確率分布として特定される着目単位期間の事後確率分布(例えば数式(16)の事後確率分布p(π,m|U))の平均値に応じた要素値gを算定する。例えば要素値生成手段は、以下の数式(D)の演算で要素値gを算定する。以上の態様では、直前の単位期間の事後確率分布が着目単位期間の事前確率分布として適用されるから、事前確率分布を一様分布とした構成と比較すると、基礎値の時系列を適切に反映した要素値を生成できるという効果は格別に顕著となる。
g=(C[m-1]+C[m]+1)/(2N+2) ……(D)
【0014】
以上の各態様に係る音響処理装置は、音響信号の処理に専用されるDSP(Digital Signal Processor)などのハードウェア(電子回路)によって実現されるほか、CPU(Central Processing Unit)などの汎用の演算処理装置とプログラムとの協働によっても実現される。本発明に係るプログラムは、音響信号の特性に応じて第1値または第2値に設定される基礎値を単位期間毎に生成する基礎値生成処理と、着目単位期間以前の複数の観測単位期間の基礎値のうち第1値に設定された基礎値の個数が多いほど着目単位期間の要素値が第1値に近い数値となるように、第1値と第2値との間の要素値を単位期間毎に生成する要素値生成処理と、要素値を音響信号に作用させる信号処理とをコンピュータに実行させる。以上のプログラムによれば、本発明の音響処理装置と同様の作用および効果が奏される。本発明のプログラムは、コンピュータが読取可能な記録媒体に格納された形態で利用者に提供されてコンピュータにインストールされるほか、通信網を介した配信の形態でサーバ装置から提供されてコンピュータにインストールされる。
【0015】
本発明は、以上の各形態に係る音響処理装置に好適に採用される数値列生成装置としても実施され得る。本発明の数値列生成装置は、第1値または第2値に設定される基礎値を単位期間毎に生成する基礎値生成手段と、着目単位期間以前の複数の観測単位期間の基礎値のうち第1値に設定された基礎値の個数が多いほど着目単位期間の要素値が第1値に近い数値となるように、第1値と第2値との間の要素値を単位期間毎に生成する要素値生成手段とを具備する。以上の数値列生成装置によれば、本発明の音響処理装置と同様の効果が実現される。もっとも、本発明の数値列生成装置の用途は、音響信号の信号処理に適用される要素値の生成に限定されない。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】第1実施形態に係る音響処理装置のブロック図である。
【図2】基礎値および要素値の時間的な遷移を示すグラフである。
【図3】基礎値および要素値の時間的な遷移を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
<A:第1実施形態>
図1は、本発明の第1実施形態に係る音響処理装置100のブロック図である。図1に示すように、音響処理装置100には信号供給装置12と放音装置14とが接続される。信号供給装置12は、音響信号x(t)を音響処理装置100に供給する。音響信号x(t)は、音響の波形を示す信号(t:時間)である。例えば周囲の音響を収音して音響信号x(t)を生成する収音機器や、可搬型または内蔵型の記録媒体から音響信号x(t)を取得して音響処理装置100に供給する再生装置や、通信網から音響信号x(t)を受信して音響処理装置100に供給する通信装置が信号供給装置12として採用され得る。
【0018】
音響処理装置100は、音響信号x(t)に対する信号処理で音響信号y(t)を生成する信号処理装置である。音響信号x(t)のうち特定の音響成分(以下「特定成分」という)を抑圧して音響信号y(t)を生成する音響処理装置100を以下の説明では例示する。特定成分は、例えば所定方向の定位成分や目標成分以外の雑音成分である。音響処理装置100による処理後の音響信号y(t)は放音装置14に供給される。放音装置14(例えばスピーカやヘッドホン)は、音響信号y(t)に応じた音響を再生する。
【0019】
図1に示すように、音響処理装置100は、演算処理装置22と記憶装置24とを具備するコンピュータシステムで実現される。記憶装置24は、演算処理装置22が実行するプログラムや演算処理装置22が使用する各種の情報を記憶する。半導体記録媒体や磁気記録媒体等の公知の記録媒体または複数種の記録媒体の組合せが記憶装置24として任意に利用される。音響信号x(t)を記憶装置24に格納した構成(したがって信号供給装置12は省略され得る)も好適である。
【0020】
演算処理装置22は、記憶装置24に記憶されたプログラムを実行することで複数の機能(周波数解析部32,数値列生成部34,信号処理部36,波形合成部38)を実現する。なお、演算処理装置22の各機能を複数の集積回路に分散した構成や、専用の電子回路(DSP)が各機能を実現する構成も採用され得る。
【0021】
周波数解析部32は、音響信号x(t)を周波数軸上の帯域W[k](k=1,2,……)毎に区分した複数の帯域成分X[k,m]を単位期間毎に順次に生成する。記号kは周波数軸上の各帯域を示す変数であり、記号mは時間軸上の各時点を示す変数(例えば単位期間の番号)である。例えば周波数解析部32は、短時間フーリエ変換等の周波数分析により音響信号x(t)の周波数スペクトルを単位期間毎に算定することで複数の帯域成分X[k,m]を単位期間毎に順次に生成する。なお、通過帯域が相違する複数の帯域通過フィルタで構成されるフィルタバンクも周波数解析部32として採用され得る。
【0022】
数値列生成部34は、音響信号x(t)の特定成分を抑圧するための処理係数列G[m]を単位期間毎に順次に生成する。処理係数列G[m]は、相異なる帯域W[k]に対応する複数の要素値g[k,m]の系列である。要素値g[k,m]は、音響信号x(t)の帯域成分X[k,m]に対する利得(スペクトルゲイン)を意味し、音響信号x(t)の特性に応じて0以上かつ1以下の範囲内で可変に設定される。具体的には、音響信号x(t)のうち特定成分の強度が大きい帯域W[k]の要素値g[k,m]ほど小さい数値に設定される。
【0023】
信号処理部36は、数値列生成部34が生成した処理係数列G[m]を音響信号x(t)の帯域成分X[k,m]に作用させることで音響信号y(t)の帯域成分Y[k,m]を単位期間毎に順次に生成する。具体的には、以下の数式(1)で表現されるように、帯域W[k]および単位期間が相互に共通する帯域成分X[k,m]と要素値g[k,m]との乗算で帯域成分Y[k,m]が算定される。したがって、音響信号x(t)の特定成分を抑圧した複数の帯域成分Y[k,m]が生成される。
【数1】

【0024】
以上の説明から理解されるように、要素値g[k,m]の数値0は、信号処理部36による処理で帯域成分X[k,m]を抑圧する数値に相当し、要素値g[k,m]の数値1は、信号処理部36による処理の前後で帯域成分X[k,m]を維持する数値(すなわち帯域成分X[k,m]を通過させる数値)に相当する。
【0025】
波形合成部38は、信号処理部36が単位期間毎に生成した各帯域成分Y[k,m]から時間領域の音響信号y(t)を生成する。具体的には、波形合成部38は、単位期間毎の複数の帯域成分Y[k,m]の系列を逆フーリエ変換で時間領域に変換するとともに前後の単位期間について相互に連結することで音響信号y(t)を生成する。波形合成部38が生成した音響信号y(t)が放音装置14から再生される。
【0026】
図1に示すように、数値列生成部34は、基礎値生成部42と要素値生成部44とを含んで構成される。基礎値生成部42は、相異なる帯域W[k]に対応する複数の基礎値u[k,m]を単位期間毎に順次に生成する。基礎値u[k,m]は、音響信号x(t)の帯域成分X[k,m]の特性に応じて0および1の何れかに択一的に設定される。具体的には、特定成分が存在すると推定される帯域W[k]の基礎値u[k,m]は0に設定され、特定成分が存在しないと推定される帯域W[k]の基礎値u[k,m]は1に設定される。基礎値生成部42が生成した基礎値u[k,m]は順次に記憶装置24に格納される。図2は、基礎値u[k,m]および要素値g[k,m]の時間的な変化を示すグラフである。図2に破線で示すように、各基礎値u[k,m]は、音響信号x(t)(帯域成分X[k,m])の特性に応じて0および1の一方から他方に刻々と変化する。
【0027】
基礎値u[k,m]の生成には特定成分の種類に応じた公知の処理が適宜に採用される。例えば、音響信号x(t)のうち目標方向からの到来音を特定成分として抑圧する場合、基礎値生成部42は、各帯域成分X[k,m]の音源方向(収録点に対する到来方向)を推定し、音源方向が目標方向に近似する各帯域成分X[k,m]の基礎値u[k,m]を0に設定するとともに残余の基礎値u[k,m]を1に設定する。また、音響信号x(t)をステレオ信号とした構成において、左右チャネル間の振幅や位相の類似度が高い帯域W[k]の基礎値u[k,m]を0に設定するとともに残余の基礎値u[k,m]を1に設定すれば、正面方向の定位成分を特定成分として抑圧することが可能である。
【0028】
各基礎値u[k,m]は以上の方法で生成されるから、各基礎値u[k,m]を音響信号x(t)の帯域成分X[k,m]に作用させる(例えば基礎値u[k,m]を帯域成分X[k,m]に乗算する)構成でも、特定成分を抑圧した音響信号y(t)を生成することは可能である。しかし、図2から把握されるように0および1の一方から他方に急峻に変動する基礎値u[k,m]を適用することで音響信号y(t)に非線形歪みが発生し、結果的に再生音のミュージカルノイズが顕在化するという問題がある。
【0029】
そこで、要素値生成部44は、要素値g[k,m]の時間的な変動が基礎値u[k,m]の変動と比較して緩和(平準化)されるように、基礎値生成部42が単位期間毎に生成した基礎値u[k,m]の時系列から各帯域W[k]の要素値g[k,m]を単位期間毎に順次に生成する。具体的には、要素値生成部44は、時間軸上の1個の単位期間(以下「着目単位期間」という)を順番に選択し、着目単位期間とそれ以前の複数の単位期間とを含むN個(Nは2以上の自然数)の単位期間(以下「観測単位期間」という)にわたる基礎値u[k,m]の時系列から推定して最も確からしい数値を着目単位期間の要素値g[k,m]として算定する。第1実施形態では、着目単位期間を含むN個の観測単位期間についてN個の基礎値u[k,m]の時系列が観測された場合に数値1の基礎値u[k,m]が観測される事後確率を最大化する数値が着目単位期間の要素値g[k,m]として設定される。そこで、事後確率の最大化について以下に詳述する。
【0030】
基礎値u[k,m]が0および1の何れかに択一的に設定されることを考慮して、基礎値生成部42による基礎値u[k,m]の設定を、基礎値u[k,m]が確率πで1に設定されるベルヌーイ試行と仮定する。各観測単位期間に対応するN個の基礎値u[k,m]の系列UのうちC[k,m]個の基礎値u[k,m]が1であることが観測された場合、尤度関数L(π|U)は以下の数式(2)で表現される。
【数2】

【0031】
確率πが特定の分布(事前確率分布)p(π)に従うと仮定すると、尤度関数L(π|U)に事前確率分布p(π)を乗算することで、系列Uが観測されたという条件のもとでの確率πの分布(事後確率分布)p(π|U)が算定される。いま、事前確率分布p(π)が一様分布であると便宜的に仮定すると(p(π)=1(0≦π≦1))、事後確率分布p(π|U)は以下の数式(3)で表現される。
【数3】

【0032】
事後確率分布p(π|U)を確率密度関数として利用することを考慮して、被積分変数πの全範囲(0≦π≦1)にわたる積分値が1となるように数式(3)を正規化すると、以下の数式(4)が導出される。
【数4】

【0033】
以下の数式(5)で定義されるベータ関数B(a,b)を数式(4)に導入すると(Γ( )はガンマ関数)、
【数5】

事後確率分布p(π|U)をベータ分布として表現する以下の数式(6)が導出される。
【数6】

【0034】
第1実施形態では、数式(6)の事後確率分布p(π|U)が最大となる確率πを着目単位期間の要素値g[k,m]として使用する。すなわち、要素値g[k,m]は以下の数式(7)で表現される。
【数7】

【0035】
ベータ分布の確率密度関数pBETA(z;a,b)が以下の数式(8)で定義されることを考慮すると、
【数8】

数式(6)の事後確率分布p(π|U)は以下の数式(9)で表現される(a=C[k,m]+1,b=N−C[k,m]+1)。
【数9】

【0036】
ベータ分布の最頻値(モード)Moは数式(8)の確率密度関数pBETA(z;a,b)の最大値に対応する。確率密度関数pBETA(z;a,b)が最大となる変数zは、以下に示すように、数式(8)の確率密度関数pBETA(z;a,b)を変数zで微分した結果を0とした方程式を解くことで数式(10)のように算定される。
【数10】

【0037】
変数zの定義域(0≦z≦1)を考慮すると、変数aおよび変数bが1を上回る場合(a>1,b>1)に確率密度関数pBETA(z;a,b)は最大となり、最頻値Moは以下の数式(11)で表現される。
【数11】

【0038】
したがって、数式(7)の要素値g[k,m]を表現する以下の数式(12)が導出される(a=C[k,m]+1,b=N−C[k,m]+1)。
【数12】

【0039】
図1の要素値生成部44は、相異なる帯域W[k]に対応する要素値g[k,m]を数式(12)の演算で単位期間毎に順次に算定する。具体的には、基礎値生成部42が新たな単位期間について基礎値u[k,m]を生成するたびに、要素値生成部44は、その単位期間を着目単位期間(N個の観測単位期間のうちの最後の単位期間)とするN個の観測単位期間の基礎値u[k,m]のうち1に設定された基礎値u[k,m]の個数C[k,m]を計数し、個数Nに対する個数C[k,m]の比(C[k,m]/N)を要素値g[k,m]として算定する。したがって、要素値g[k,m]は、図2に示すように0以上かつ1以下の範囲内で刻々と変化する。具体的には以下に例示するように、個数C[k,m]が多いほど要素値g[k,m]は1に近い数値に設定される。
【0040】
図3の部分(A)から部分(C)は、観測単位期間の個数Nを6と仮定した場合の要素値g[k,m]の遷移を示す模式図である。図3の部分(A)に示すように、過去の5個の観測単位期間の基礎値u[k,m]が1であり、基礎値生成部42が新たな単位期間(着目単位期間)T[m1]について生成した基礎値u[k,m1]が0である場合(C[k,m1]=5)、着目単位期間T[m1]の要素値g[k,m1]は0.833(=5/6)に設定される。次の単位期間T[m2]について基礎値生成部42が基礎値u[k,m2]を生成すると、観測単位期間の範囲が図3の部分(A)の状況から単位期間の1個分だけ後方(時間が経過する方向)に遷移する。図3の部分(B)に示すように着目単位期間T[m2]の基礎値u[k,m2]が0である場合(C[k,m2]=4)、着目単位期間T[m2]の要素値g[k,m2]は0.667(=4/6)に設定される。図3の部分(C)に示すように、次の単位期間T[m3]の基礎値u[k,m3]が0に設定された場合、要素値g[k,m3]は0.5(=3/6)に設定される。
【0041】
以上に説明したように、第1実施形態では、過去の単位期間について算定された基礎値u[k,m]の時系列に応じた要素値g[k,m]が0以上かつ1以下の範囲内で設定される。したがって、要素値g[k,m]が0および1の何れかに択一的に設定される構成(例えば基礎値u[k,m]を帯域成分X[k,m]に作用させる構成)と比較して、音響信号y(t)のミュージカルノイズを有効に抑制することが可能である。
【0042】
また、第1実施形態では、N個の観測単位期間の基礎値u[k,m]が観測されたという条件での確率πの事後確率が最大となるように要素値g[k,m]が設定されるから、特定成分を効果的に抑制できる適切な要素値g[k,m]を生成することが可能である。特に第1実施形態では、個数Nに対する個数C[k,m]の比(C[k,m]/N)という簡便な演算で要素値g[k,m]が算定されるから、要素値生成部44の処理負荷が軽減されるという利点がある。
【0043】
<B:第2実施形態>
本発明の第2実施形態を以下に説明する。第1実施形態では、確率πの事前確率分布を一様分布と仮定した。他方、第2実施形態では、単位期間T[m]の事前確率分布p(π,m)として直前の単位期間T[m-1]の事後確率分布p(π,m−1|U)を利用する。なお、以下に例示する各形態において作用や機能が第1実施形態と同等である要素については、以上の説明で参照した符号を流用して各々の詳細な説明を適宜に省略する。
【0044】
前掲の数式(3)から理解されるように、単位期間T[m-1]の事後確率分布p(π,m−1|U)は以下の数式(13)で表現される。
【数13】

以下の数式(14)に示すように、第2実施形態では、単位期間T[m]の事前確率分布p(π,m)が直前の単位期間T[m-1]の事後確率分布p(π,m−1|U)に比例する場合を想定する。
【数14】

【0045】
前掲の数式(2)の尤度関数L(π|U)と数式(14)の事前確率分布p(π,m)とから、単位期間T[m]の事後確率分布p(π,m|U)を表現する以下の数式(15)が導出される。
【数15】

【0046】
第1実施形態(数式(6))と同様に数式(15)にベータ関数B(a,b)を導入することで以下の数式(16)が導出される。
【数16】

【0047】
数式(16)の事後確率分布p(π,m|U)は数式(8)のベータ分布であるから、最頻値Moは前掲の数式(11)で定義される。したがって、ベータ分布の変数a(a=C[k,m-1]+C[k,m]+1)および変数b(b=2N−C[k,m-1]−C[k,m]+1)を数式(11)に代入することで、事後確率分布p(π,m|U)が最大となる要素値g[k,m](確率π)を規定する以下の数式(17)が導出される。
【数17】

【0048】
第2実施形態の要素値生成部44は、各帯域W[k]の要素値g[k,m]を数式(17)の演算で単位期間毎に順次に算定する。具体的には、最新の単位期間T[m]の直前の単位期間T[m-1]を着目単位期間とするN個の観測単位期間に対応する数値1の個数C[k,m-1]と、最新の単位期間T[m]を着目単位期間とするN個の観測単位期間に対応する数値1の個数C[k,m]と、所定の定数Nとを数式(17)に適用することで、要素値生成部44は要素値g[k,m]を算定する。なお、個数C[k,m-1]が存在しない最初の単位期間の要素値g[k,m]は第1実施形態の数式(12)で算定される。
【0049】
第2実施形態においても第1実施形態と同様の効果が実現される。また、第2実施形態では、直前の単位期間の事後確率分布p(π,m−1|U)を最新の単位期間の事前確率分布p(π,m)とした場合の事後確率分布p(π,m|U)が最大となるように要素値g[k,m]が設定されるから、事前確率分布p(π,m)を一様分布とする第1実施形態と比較して、特定成分を効果的に抑制し得る適切な要素値g[k,m]を生成できるという効果は格別に顕著となる。
【0050】
<C:第3実施形態>
第1実施形態および第2実施形態のように事後確率(p(π|U),p(π,m|U))を最大化するという条件で要素値g[k,m]を生成する構成(事後確率最大化法)では、要素値g[k,m]が観測結果(基礎値u[k,m])の外れ値に影響され易いという傾向がある。そこで、第3実施形態では、事後確率分布p(π|U)の平均値(期待値)E[p(π|U)]に応じてベイズ推定的に要素値g[k,m]を算定する。
【0051】
第1実施形態の事後確率分布p(π|U)はベータ分布である。ベータ分布の平均値はベータ分布の1次モーメントに相当し、以下の数式(18)で表現される。
【数18】

【0052】
第1実施形態におけるベータ分布の変数a(a=C[k,m]+1)および変数b(b=N−C[k,m]+1)を数式(18)に代入することで、事後確率分布p(π|U)の平均値E[p(π|U)]を要素値g[k,m]として定義する以下の数式(19)が導出される。
【数19】

【0053】
第3実施形態の要素値生成部44は、各帯域W[k]の要素値g[k,m]を数式(19)の演算で単位期間毎に順次に算定する。数式(19)から理解されるように、第3実施形態の要素値g[k,m]も、第1実施形態と同様に、N個の基礎値u[k,m]のうち数値1に設定された個数C[k,m]が多いほど1に近い数値となるように0以上かつ1以下の範囲内で刻々と変化する。したがって、第3実施形態においても第1実施形態と同様の効果が実現される。また、第3実施形態では、事後確率分布p(π|U)の平均値E[p(π|U)]に応じて要素値g[k,m]が設定されるから、基礎値u[k,m]の外れ値の影響を低減して適切な要素値g[k,m]を算定できるという利点がある。
【0054】
なお、以上の説明では第1実施形態を基礎とした構成を例示したが、以下に例示するように第2実施形態にも同様の構成が適用される。第2実施形態における事後確率分布p(π,m|U)の変数a(a=C[k,m-1]+C[k,m]+1)および変数b(b=2N−C[k,m-1]−C[k,m]+1)を数式(18)に代入することで、要素値g[k,m]を定義する以下の数式(20)が導出される。
【数20】

【0055】
要素値生成部44は、数式(20)の演算で要素値g[k,m]を算定する。以上の構成によれば、第2実施形態と同様の効果に加えて、基礎値u[k,m]の外れ値の影響を低減して適切な要素値g[k,m]を算定できるという効果が実現される。
【0056】
<C:変形例>
以上に例示した各形態は多様に変形され得る。具体的な変形の態様を以下に例示する。以下の例示から任意に選択された2以上の態様は、相互に矛盾しない範囲で適宜に併合され得る。
【0057】
(1)変形例1
以上の各形態では、着目単位期間を含むようにN個の観測単位期間を選定したが、N個の観測単位期間が着目単位期間を含まない構成も採用され得る。すなわち、着目単位期間の直前の単位期間を最後尾とするN個の単位期間が観測単位期間として選定される。以上の例示から理解されるように、N個の観測単位期間は、着目単位期間以前のN個の単位期間の時系列として包括され、着目単位期間を含むか否かは不問である。
【0058】
(2)変形例2
基礎値u[k,m]の時系列(個数C[k,m])に応じて要素値g[k,m]を算定する方法は前述の各形態の例示(数式(12),数式(17),数式(19),数式(20))に限定されない。また、基礎値生成部42が設定する基礎値u[k,m]の数値は0または1に限定されない。基礎値u[k,m]に設定される数値を第1値および第2値とすると、以上の各形態の要素値生成部44は、N個の観測単位期間の基礎値u[k,m]のうち第1値に設定された基礎値u[k,m]の個数が多いほど着目単位期間の要素値g[k,m]が1に近い数値となるように第1値と第2値との間の要素値を単位期間毎に生成する要素(要素値生成手段)として包括される。第1値の典型例は0および1の一方であり、第2値の典型例は0および1の他方である。
【0059】
(3)変形例3
以上の各形態では帯域W[k]毎に基礎値u[k,m]および要素値g[k,m]を生成したが、帯域W[k]毎の処理は省略される。例えば、音響信号x(t)の全帯域を対象として基礎値u[k,m]および要素値g[k,m]を生成する構成や、音響信号x(t)のうち特定の1個の帯域について基礎値u[k,m]および要素値g[k,m]を生成する構成も採用され得る。
【0060】
(4)変形例4
以上の各形態では、特定成分が抑制されるように基礎値u[k,m]および要素値g[k,m]を生成したが、特定成分が強調されるように基礎値u[k,m]および要素値g[k,m]を生成することも可能である。具体的には、基礎値生成部42は、特定成分が存在すると推定される帯域W[k]の基礎値u[k,m]を1(すなわち帯域成分X[k,m]を通過させる数値)に設定し、特定成分が存在しないと推定される帯域W[k]の基礎値u[k,m]を0(すなわち帯域成分X[k,m]を抑圧する数値)に設定する。以上の基礎値u[k,m]に応じて前述の各形態と同様に要素値g[k,m]を生成すれば、音響信号x(t)のうち特定成分を強調した(すなわち特定成分以外の成分を抑圧した)音響信号y(t)が生成される。
【0061】
もっとも、要素値g[k,m]の用途は音響処理(特定成分の抑圧や強調)に限定されない。例えば、表示機器に表示された複数の標的(敵機)を利用者が自機を操作して射撃するビデオゲーム装置(シューティングゲーム)に以上の各形態の数値列生成部34を適用することが可能である。具体的には、基礎値生成部42は、射撃が標的に命中したか否かに応じた基礎値u[m]を単位期間毎に順次に生成する。基礎値u[m]は、例えば射撃が標的に命中した場合に1に設定され、射撃が失敗した場合には0に設定される。要素値生成部44は、基礎値u[m]の時系列に応じて前述の各形態と同様の方法で要素値g[m]を単位期間毎に順次に生成する。演算処理部(図示略)は、要素値g[m]に応じてゲームの難易度(例えば標的の総数や速度等)を可変に制御する。例えば、要素値g[m]が大きいほど高い難易度に制御される。以上の構成によれば、要素値g[m]の急峻な変動が抑制されるから、ゲームの難易度の急峻な変化を防止することが可能である。
【符号の説明】
【0062】
100……音響処理装置、12……信号供給装置、14……放音装置、22……演算処理装置、24……記憶装置、32……周波数解析部、34……数値列生成部、36……信号処理部、38……波形合成部、42……基礎値生成部、44……要素値生成部。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
音響信号の特性に応じて第1値または第2値に設定される基礎値を単位期間毎に生成する基礎値生成手段と、
着目単位期間の要素値が、前記着目単位期間以前の複数の観測単位期間について基礎値が設定されたという条件のもとで前記基礎値が前記第1値に設定される事後確率分布の最頻値または平均値に応じた数値となるように、前記第1値と前記第2値との間の要素値を単位期間毎に生成する要素値生成手段と、
前記要素値を前記音響信号に作用させる信号処理手段と
を具備する音響処理装置。
【請求項2】
前記要素値生成手段は、N個(Nは2以上の自然数)の観測単位期間の基礎値のうちC個(CはC≦Nを満たす自然数)が前記第1値であるという条件のもとで一様分布を事前確率分布として特定される事後確率分布の最頻値を、以下の数式(A)の演算で要素値gとして算定する
g=C/N ……(A)
請求項1の音響処理装置。
【請求項3】
前記要素値生成手段は、着目単位期間に対応するN個(Nは2以上の自然数)の観測単位期間の基礎値のうちC[m]個(C[m]はC[m]≦Nを満たす自然数)が前記第1値であるという条件のもとで、N個の観測単位期間の基礎値のうちC[m-1]個が前記第1値に設定された直前の単位期間に対応する事後確率分布を事前確率分布として特定される前記着目単位期間の事後確率分布の最頻値を、以下の数式(B)の演算で要素値gとして算定する
g=(C[m-1]+C[m])/2N ……(B)
請求項1の音響処理装置。
【請求項4】
前記要素値生成手段は、N個(Nは2以上の自然数)の観測単位期間の基礎値のうちC個(CはC≦Nを満たす自然数)が前記第1値であるという条件のもとで一様分布を事前確率分布として特定される事後確率分布の平均値を、以下の数式(C)の演算で要素値gとして算定する
g=(C+1)/(N+2) ……(C)
請求項1の音響処理装置。
【請求項5】
前記要素値生成手段は、着目単位期間に対応するN個(Nは2以上の自然数)の観測単位期間の基礎値のうちC[m]個(C[m]はC[m]≦Nを満たす自然数)が前記第1値であるという条件のもとで、N個の観測単位期間の基礎値のうちC[m-1]個が前記第1値に設定された直前の単位期間に対応する事後確率分布を事前確率分布として特定される前記着目単位期間の事後確率分布の平均値を、以下の数式(D)の演算で要素値gとして算定する
g=(C[m-1]+C[m]+1)/(2N+2) ……(D)
請求項1の音響処理装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−145836(P2012−145836A)
【公開日】平成24年8月2日(2012.8.2)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−5261(P2011−5261)
【出願日】平成23年1月13日(2011.1.13)
【出願人】(000004075)ヤマハ株式会社 (5,930)
【Fターム(参考)】