説明

音響処理装置

【課題】充分な音場効果を実現する。
【解決手段】音響処理部20は、音響信号ALおよび音響信号ARを利用した音響処理で反射音の効果信号XLおよび効果信号XRを生成する。音像域拡張部30は、左チャネルのスピーカ14Lと右チャネルのスピーカ14Rとから再生した場合の音像が両者の外側に定位する音像信号ZLおよび音像信号ZRを効果信号XLおよび効果信号XRから生成する。信号合成部40は、音響信号ALと音像信号ZLとの加算で音響信号BLを生成してスピーカ14Lに供給し、音響信号ARと音像信号ZRとの加算で音響信号BRを生成してスピーカ14Rに供給する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、音場を制御する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
左右2チャネルの音響信号に対する信号処理で左チャネルおよび右チャネルの2個のスピーカの外側に音像を定位させる技術が従来から提案されている。例えば特許文献1には、左チャネルの音響信号のうち特定の周波数Fdの成分を抑圧したうえで右チャネルの音響信号に加算し、右チャネルの音響信号のうち特定の周波数Fdの成分を抑圧したうえで左チャネルの音響信号の加算する構成が開示されている。抑圧対象の周波数Fdを適切に選定することで、左右チャネルのスピーカの外側の範囲に音像を定位させることが可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2009−302666号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、特許文献1の技術により音像の位置を拡張するだけでは、実際には所期の音場効果(例えば充分な臨場感や拡がり感を知覚できる音場や所期の音響空間に充分に近似した音場)を実現することが困難な場合もある。以上の事情を考慮して、本発明は、充分な音場効果を実現することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
以上の課題を解決するために本発明が採用する手段を説明する。なお、本発明の理解を容易にするために、以下の説明では、本発明の各要素と後述の各実施形態の要素との対応を括弧書で付記するが、本発明の範囲を実施形態の例示に限定する趣旨ではない。
【0006】
本発明の音響処理装置は、左チャネルおよび右チャネルの音響信号を利用した音響処理で左チャネルおよび右チャネルの効果信号を生成する音響処理手段と、左チャネルおよび右チャネルの各々の効果信号(例えば効果信号XLおよび効果信号XR)に対して、左チャネルおよび右チャネルの他方の効果信号と当該他方の効果信号を遅延させた信号との加算信号を加算することで、左チャネルおよび右チャネルの2個のスピーカの外側に音像が定位する左チャネルおよび右チャネルの音像信号(例えば音像信号ZLおよび音像信号ZR)を生成する音像域拡張手段と、音響処理前の左チャネルの音響信号(例えば音響信号AL)と音像域拡張手段による処理後の左チャネルの音像信号とを加算するとともに音響処理前の右チャネルの音響信号(例えば音響信号AR)と音像域拡張手段による処理後の右チャネルの音像信号とを加算する信号合成手段とを具備する。なお、「左チャネルおよび右チャネルの音響信号を利用した音響処理」は、左右2チャネルの音響信号のみを利用した音響処理のほか、左右チャネルを含む3チャネル以上の音響信号を利用した音響処理も包含する。
【0007】
以上の構成によれば、音響処理前の音響信号が示す音響は左チャネルおよび右チャネルの現実のスピーカから到来し、音像域拡張手段による処理後の音像信号が示す音響(反射音や効果音)は、左チャネルおよび右チャネルのスピーカの外側の仮想的なスピーカから到来するように受聴者に知覚される。したがって、特許文献1の構成と比較すると、例えば音響的に明瞭な音響が前方から到来するとともに音響処理後の音響が側方から到来するという臨場感や拡がり感に富んだ実効的な音場効果を実現することが可能である。
【0008】
本発明の好適な態様において、音像域拡張手段は、左チャネルおよび右チャネルの各々の効果信号に対して、左チャネルおよび右チャネルの他方の効果信号と、当該他方の効果信号を62.5マイクロ秒から125マイクロ秒の範囲内の遅延時間だけ遅延させた信号との加算信号を加算する。換言すると、音像域拡張手段は、左チャネルおよび右チャネルの各々の効果信号に対して、左チャネルおよび右チャネルの他方の効果信号のうち4kHzから8kHzまでの範囲内の成分を低減させた信号(例えば定位信号YR,定位信号YL)を加算する。以上の構成によれば、音像域拡張手段による処理後の音像信号の音像を、左右チャネルのスピーカの外側に有効に定位させることが可能である。
【0009】
音響処理手段が実行する音響処理の種類は任意であるが、左チャネルおよび右チャネルの音響信号を利用した音響処理により、左前方からの反射音を示す左チャネルの効果信号と、右前方からの反射音を示す右チャネルの効果信号とを生成する音響処理を音響処理手段が実行する構成が好適である。以上の構成によれば、音響的に明瞭な直接音が前方から到来するとともにその反射音が側方から到来するという臨場感や拡がり感に富んだ実効的な音場効果を実現することが可能である。
【0010】
本発明の好適な態様において、音響処理手段は、左チャネル,右チャネル,左後方チャネルおよび右後方チャネルの音響信号を利用した音響処理で左チャネル,右チャネル,左後方チャネルおよび右後方チャネルの効果信号を生成し、音像域拡張手段は、左チャネルおよび左後方チャネルのスピーカ間と右チャネルおよび右後方チャネルのスピーカ間とに音像が定位するように左チャネルおよび右チャネルの音像信号を生成し、信号合成手段は、音響処理前の左後方チャネルの音響信号と音響処理後の左後方チャネルの効果信号とを加算し、音響処理前の右後方チャネルの音響信号と音響処理後の右後方チャネルの効果信号とを加算する。以上の構成によれば、受聴者の左後方チャネルおよび右後方チャネルのスピーカからも直接音と反射音とが再生されるから、受聴者の全周にわたり連続する好適な音場を形成できるという利点がある。
【0011】
以上の各態様に係る音響処理装置は、専用のDSP(Digital Signal Processor)などのハードウェア(電子回路)によって実現されるほか、CPU(Central Processing Unit)などの汎用の演算処理装置とプログラムとの協働によっても実現される。本発明に係るプログラムは、左チャネルおよび右チャネルの音響信号を利用して左チャネルおよび右チャネルの効果信号を生成する音響処理と、左チャネルおよび右チャネルの各々の効果信号(例えば効果信号XLおよび効果信号XR)に対して、左チャネルおよび右チャネルの他方の効果信号と当該他方の効果信号を遅延させた信号との加算信号を加算することで、左チャネルおよび右チャネルの2個のスピーカの外側に音像が定位する左チャネルおよび右チャネルの音像信号(例えば音像信号ZLおよび音像信号ZR)を生成する音像域拡張処理と、音響処理前の左チャネルの音響信号(例えば音響信号AL)と音像域拡張処理後の左チャネルの音像信号とを加算するとともに音響処理前の右チャネルの音響信号(例えば音響信号AR)と音像域拡張処理後の右チャネルの音像信号とを加算する信号合成処理とをコンピュータに実行させる。以上のプログラムによれば、本発明に係る音響処理装置と同様の作用および効果が実現される。なお、本発明のプログラムは、コンピュータが読取可能な記録媒体に格納された形態で提供されてコンピュータにインストールされるほか、通信網を介した配信の形態で提供されてコンピュータにインストールされる。
【0012】
本発明の他の態様に係る音響処理装置(例えば第2実施形態の音響処理装置12)は、左チャネル,右チャネル,左後方チャネルおよび右後方チャネルの各々の音響信号の強度を調整する強度調整手段と、左チャネルおよび左後方チャネルの一方の音響信号の強度を調整して左チャネルの効果信号(例えば図4の効果信号XL)を生成する第1信号選択手段と、右チャネルおよび右後方チャネルの一方の音響信号の強度を調整して右チャネルの効果信号(例えば図4の効果信号XR)を生成する第2信号選択手段と、左チャネルおよび右チャネルの各々の効果信号に対して、他方の効果信号と当該他方の効果信号を遅延させた信号との加算信号を加算することで、左チャネルおよび右チャネルの2個のスピーカの外側の仮想スピーカの位置に音像が定位する左チャネルおよび右チャネルの音像信号を生成する音像域拡張手段と、強度調整後の左チャネルの音響信号と音像域拡張手段による処理後の左チャネルの音像信号とを加算し、強度調整後の右チャネルの音響信号と音像域拡張手段による処理後の右チャネルの音像信号とを加算する信号合成手段と、第1信号選択手段に左後方チャネルの音響信号を選択させ、強度調整手段による左チャネルの強度調整(例えば係数GL)と第1信号選択手段が生成する効果信号の強度調整(例えば係数KLS)とを制御することで左チャネルのスピーカと左チャネルの仮想スピーカとの間(例えば領域QL1)に音像を定位させる一方、第1信号選択手段に左チャネルの音響信号を選択させ、強度調整手段による左後方チャネルの強度調整(例えば係数GLS)と第1信号選択手段が生成する効果信号の強度調整(例えば係数KL)とを制御することで左後方チャネルのスピーカと左チャネルの仮想スピーカとの間(例えば領域QL2)に音像を定位させる第1定位制御手段(例えば定位制御部80)と、第2信号選択手段に右後方チャネルの音響信号を選択させ、強度調整手段による右チャネルの強度調整(例えば係数GR)と第2信号選択手段が生成する効果信号の強度調整(例えば係数KRS)とを制御することで右チャネルのスピーカと右チャネルの仮想スピーカとの間(例えば領域QR1)に音像を定位させる一方、第2信号選択手段に右チャネルの音響信号を選択させ、強度調整手段による右後方チャネルの強度調整(例えば係数GRS)と第2信号選択手段が生成する効果信号の強度調整(例えば係数KR)とを制御することで右後方チャネルのスピーカと右チャネルの仮想スピーカとの間(例えば領域QR2)に音像を定位させる第2定位制御手段(例えば定位制御部80)とを具備する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【図1】本発明の第1実施形態に係る音響システムのブロック図である。
【図2】スピーカの配置位置の説明図である。
【図3】音像域拡張部のブロック図である。
【図4】第2実施形態に係る音響システムのブロック図である。
【図5】第1信号選択部および第2信号選択部のブロック図である。
【図6】スピーカの配置位置の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
<第1実施形態>
図1は、本発明の第1実施形態に係る音響システム100Aのブロック図である。第1実施形態の音響システム100Aは、臨場感のある音場を提供するサラウンドシステムであり、音響処理装置12と5個のスピーカ14(14C,14L,14R,14LS,14RS)とを具備する。
【0015】
図2は、5個のスピーカ14の位置の説明図である。図2に示すように、各スピーカ14は、受聴者Hを包囲する位置(受聴者Hを中心とする円周上)に配置される。具体的には、スピーカ14Cは受聴者Hの正面方向DCに配置され、スピーカ14Lは正面方向DCに対して反時計回りに角度αをなす方向DL(すなわち受聴者Hの左前方)に配置され、スピーカ14Rは正面方向DCに対して時計回りに角度αをなす方向DR(すなわち受聴者Hの右前方)に配置される。角度αは例えば30°に設定される。また、スピーカ14LSは受聴者Hの左後方(方向DLS)に配置され、スピーカ14RSは受聴者Hの右後方(方向DRS)に配置される。なお、5個のスピーカ14に低域用のスピーカを追加することで5.1チャネルの音響システム100Aを構成することも可能である。
【0016】
図1に示すように、音響処理装置12にはサラウンド形式の5チャネルの音響信号A(AC,AL,AR,ALS,ARS)が信号供給装置200から供給される。各音響信号Aは、音響の時間波形を示すデジタル信号である。音響信号ALおよび音響信号ARは受聴者Hの前方に音像を定位させ、音響信号ALSおよび音響信号ARSは受聴者Hの後方に音像を定位させる。信号供給装置200は、例えばDVD(Digital Versatile Disk)等の記録媒体から各音響信号Aを取得して音響処理装置12に供給する再生装置や、他の通信端末から送信された各音響信号Aを通信網から受信して音響処理装置12に供給する通信装置である。なお、音響処理装置12と信号供給装置200とを一体に構成することも可能である。
【0017】
音響処理装置12は、5チャネルの音響信号Aから5チャネルの音響信号B(BC,BL,BR,BLS,BRS)を生成する信号処理装置である。音響信号BLはスピーカ14Lに供給され、音響信号BRはスピーカ14Rに供給され、音響信号BCはスピーカ14Cに供給され、音響信号BLSはスピーカ14LSに供給され、音響信号BRSはスピーカ14RSに供給される。なお、各音響信号Bをアナログ信号に変換するD/A変換器や変換後の信号を増幅する増幅器の図示は便宜的に省略されている。
【0018】
図1に示すように、音響処理装置12は、音響処理部20と音像域拡張部30と信号合成部40とを具備する。音響処理部20は、音響信号Aの音響特性を変化させる音響処理を実行する。第1実施形態の音響処理部20は、5チャネルの音響信号A(AL,AR,AC,ALS,ARS)から4チャネルの反射音(残響音)の音響信号(以下「効果信号」という)X(XL,XR,XLS,XRS)を生成する音響処理(反射音生成処理)を実行する。効果信号Xが示す反射音は、初期反射音および後部残響音の双方を包含する。効果信号XLは、左前方から受聴者Hに到来する反射音に相当し、効果信号XRは、右前方から受聴者Hに到来する反射音に相当する。また、効果信号XLSは、左後方から受聴者Hに到来する反射音に相当し、効果信号XRSは、右後方から受聴者Hに到来する反射音に相当する。各効果信号Xの生成には、例えば特許第2755208号公報に開示された音場制御技術等の公知の技術が任意に採用され得る。
【0019】
音像域拡張部30は、音響処理部20が生成した効果信号XLおよび効果信号XRから音像信号ZLおよび音像信号ZRを生成する。図2には、受聴者Hの正面方向DCに対して反時計回りに角度βをなす方向DLWと時計回りに角度βをなす方向DRWとが図示されている。角度βは角度αを上回る。音像信号ZLをスピーカ14Lで再生した場合の音像が方向DLWの仮想スピーカ14LWの位置(すなわちスピーカ14Lの左方)に定位し、音像信号ZRをスピーカ14Rで再生した場合の音像が方向DRWの仮想スピーカ14RWの位置(すなわちスピーカ14Rの右方)に定位するように、音像域拡張部30は音像信号ZLおよび音像信号ZRを生成する。すなわち、音像信号ZLおよび音像信号ZRは再生音の音像をスピーカ14Lおよびスピーカ14Rの外側に定位させる。なお、音響処理部20は、方向DLWから到来する反射音の効果信号XLと方向DRWから到来する反射音の効果信号XRとを生成する。
【0020】
図3は、音像域拡張部30のブロック図である。図3に示すように、音像域拡張部30は第1処理部30Aと第2処理部30Bとを具備する。第1処理部30Aは、音響処理部20が生成した効果信号XLと効果信号XRとから左チャネルの音像信号ZLを生成し、第2処理部30Bは、効果信号XLと効果信号XRとから右チャネルの音像信号ZRを生成する。
【0021】
第1処理部30Aは、フィルタ32と増幅部34と加算部36とを具備する。フィルタ32は、効果信号XRのうち特定の周波数Fdの成分を抑圧する櫛形フィルタであり、遅延部322と加算部324とを含んで構成される。遅延部322は効果信号XRを遅延時間τだけ遅延させ、加算部324は、遅延前の効果信号XRと遅延後の効果信号XRとを加算することで定位信号YRを生成する。増幅部34は、定位信号YRに所定の係数を乗算する。加算部36は、増幅部34による増幅後の定位信号YRの位相を反転し、位相反転後の定位信号YRと音響処理部20が生成した左チャネルの効果信号XLとを加算(すなわち逆相加算)することで音像信号ZLを生成する。
【0022】
第2処理部30Bは、第1処理部30Aと同様にフィルタ32と増幅部34と加算部36とを具備する。第2処理部30Bのフィルタ32は、左チャネルの効果信号XLのうち遅延時間τに応じた周波数Fdの成分を抑圧することで定位信号YLを生成し、増幅部34は定位信号YLに係数を乗算する。第2処理部30Bの加算部36は、増幅部34による増幅後の定位信号YLと右チャネルの効果信号XRと逆相加算することで音像信号ZRを生成する。
【0023】
特許文献1に開示される通り、正面方向DCに対して角度θの方向に配置された音源で発生した音響が間接的に受聴者Hに到達する経路の頭部伝達関数の周波数特性では、角度θが30°以上の範囲内で増加するほど、4kHz以上かつ8kHz以下の範囲内に発生する谷部(ディップ)の周波数が上昇するという相関が観測される。すなわち、頭部伝達関数の周波数特性のうち4kHz以上かつ8kHz以下の範囲内の谷部の周波数が上昇するほど、受聴者Hが知覚する音像位置の角度θは増加するという傾向がある。
【0024】
以上の知見から、第1実施形態では特許文献1と同様に、第1処理部30Aおよび第2処理部30Bの各々のフィルタ32で抑圧される周波数(櫛形フィルタの周波数特性に存在する複数の谷部の周波数のうちの最低周波数)Fdが、4kHz以上かつ8kHz以下の範囲内で仮想スピーカ14LWおよび仮想スピーカ14RWの所望の角度βに応じた数値となるように選定される。具体的には、仮想スピーカ14LWや仮想スピーカ14RWの角度βは、周波数Fdを5kHzに設定した場合に約30°となり、周波数Fdを6kHzに設定した場合に約45°となり、周波数Fdを6.5kHzに設定した場合に約60°となる。また、遅延部322による遅延時間τに着目すると、遅延時間τを62.5マイクロ秒以上かつ125マイクロ秒以下の範囲内に設定することでフィルタ32の周波数Fdは4kHz以上かつ8kHz以下に包含される。例えば効果信号XRや効果信号XLのサンプリング周波数を48kHzと仮定すると、遅延時間τは、サンプルの3個分から6個分に相当する時間長に設定される。
【0025】
以上に説明した特許文献1の技術を利用して、第1実施形態の音像域拡張部30では、スピーカ14Lの角度αを上回る角度βの方向DLWおよび方向DRWに音像信号ZLおよび音像信号ZRの音像が定位するようにフィルタ32の周波数Fd(遅延部322の遅延時間τ)が設定される。
【0026】
図1の信号合成部40は、4個の加算部42(42L,42R,42LS,42RS)で構成される。加算部42Lは、信号供給装置200から供給される音響信号ALと音像域拡張部30が生成した音像信号ZLとを加算することで音響信号BLを生成する。同様に、加算部42Rは、音響信号ARと音像信号ZRとの加算で音響信号BRを生成する。加算部42LSは、信号供給装置200から供給される音響信号ALSと音響処理部20が生成した効果信号XLSとを加算することで音響信号BLSを生成する。同様に、加算部42RSは、音響信号ARSと効果信号XRSとの加算で音響信号BRSを生成する。音響信号ACはそのまま音響信号BCとして出力される。
【0027】
信号合成部40で生成された各音響信号Bが各スピーカ14で再生される。音響信号BCの音響はスピーカ14Cから再生される。音響信号ALSが示す音響と効果信号XLSが示す反射音との混合音(音響信号BLS)はスピーカ14LSから再生され、音響信号ARSが示す音響と効果信号XRSが示す反射音との混合音(音響信号BRS)はスピーカ14RSから再生される。また、音響信号BLは実際には1個のスピーカ14Lから再生されるが、受聴者Hは、音響信号BLのうちの音響信号ALの音響がスピーカ14Lから再生され、音像信号ZLが示す反射音は仮想スピーカ14LWから再生されたと知覚する。同様に、音響信号BRは実際には1個のスピーカ14Rから再生されるが、受聴者Hは、音響信号BRのうちの音響信号ARの音響がスピーカ14Rから再生され、音像信号ZRが示す反射音は仮想スピーカ14RWから再生されたと知覚する。したがって、音響信号ALおよび音響信号ARで形成される音像はスピーカ14Lとスピーカ14Rとの間の範囲に定位する一方、音像信号ZLおよび音像信号ZRが示す反射音の音像は方向DLWの仮想スピーカ14LWと方向DRWの仮想スピーカ14RWとの各位置に定位する。すなわち、仮想的な7チャネルのサラウンドシステムが実現される。
【0028】
以上に説明した第1実施形態では、音響信号ALおよび音響信号ARが示す直接音(原音)はスピーカ14Lとスピーカ14Rとの間の範囲から到来し、かつ、音像信号ZLおよび音像信号ZRが示す反射音はスピーカ14Lおよびスピーカ14Rの外側の仮想スピーカ14LWおよび仮想スピーカ14RWの各々から到来するように受聴者Hに知覚される。したがって、音像信号ZLおよび音像信号ZRのみを再生する特許文献1の構成と比較すると、音響的に明瞭な直接音が前方から到来するとともにその反射音が側方から到来するという臨場感や拡がり感に富んだ実効的な音場効果を実現することが可能である。
【0029】
ところで、音像が定位する位置をスピーカ14Lおよびスピーカ14Rの外側の領域に拡張する技術としては、特許文献1の技術以外にも例えばクロストークキャンセル技術が従来から提案されている。クロストークキャンセル技術では、左チャネルのスピーカから受聴者の右耳に到達する音響経路の周波数特性が右チャネルの音響信号から減殺され、右チャネルのスピーカから受聴者の左耳に到達する音響経路の周波数特性が左チャネルの音響信号から減殺される。
【0030】
しかし、クロストークキャンセル技術では、受聴者の平面的な位置が所期の位置とは相違する場合に充分な効果が実現されないという問題や、受聴者の頭部の形状や高さ等に応じて効果に個人差が発生するというという問題がある。他方、第1実施形態では、音像域拡張部30の各フィルタ32で抑圧される周波数Fdを制御することで音像信号ZLおよび音像信号ZRの音像位置が制御されるから、受聴者Hの位置または頭部の形状や高さ等に関わらず、音像信号ZLおよび音像信号ZRの音像をスピーカ14Lおよびスピーカ14Rの外側に定位させることが可能である。
【0031】
<第2実施形態>
本発明の第2実施形態を以下に説明する。なお、以下に例示する各形態において作用や機能が第1実施形態と同等である要素については、以上の説明で参照した符号を流用して各々の詳細な説明を適宜に省略する。
【0032】
スピーカ14Lとスピーカ14LSとの間の範囲(受聴者Hの左前方から左後方までの範囲)内に音像を定位させる方法としては、例えば音響信号ALと音響信号ALSとを音像位置に応じた混合比で混合してスピーカ14Lおよびスピーカ14LSから再生するという方法も想定され得る。しかし、スピーカ14Lとスピーカ14LSとはスピーカ14Lとスピーカ14Rとの間隔と比較して大きく離れた位置に配置されるという事情や、左右方向の定位と比較して前後方向の定位を受聴者Hが知覚し難いという事情に起因して、スピーカ14Lの再生音とスピーカ14LSの再生音とを利用して所期の位置に音像を正確に定位させることは実際には困難である。
【0033】
例えば、スピーカ14Lとスピーカ14LSとの間をスピーカ14L側から1:2の角度比に区分する位置に音像を定位させることを想定すると、音響信号ALと音響信号ALSとの強度比を角度比に対応する1:2に設定した場合には、所期の位置よりもスピーカ14Lに近い位置に音像が定位するという傾向がある。他方、音像の位置を所期の位置に調整するために音響信号ALと音響信号ALSとの強度比を例えば3:2に設定すると、今度は所期の位置よりもスピーカ14LSに近い位置に音像が定位する。なお、以上の説明では受聴者Hの左方の音像に着目したが、受聴者Hの右方の音像についても同様の問題が発生し得る。以上の事情を考慮して、第2実施形態では、音像域拡張部30により実現される仮想スピーカ14LWおよび仮想スピーカ14RWを音像の定位に利用することで、広範囲にわたる正確な音像の定位を実現する。
【0034】
図4は、第2実施形態における音響システム100Bのブロック図である。図4に示すように、第2実施形態の音響処理装置12は、信号供給装置200から供給される5チャネルの音響信号A(AC,AL,AR,ALS,ARS)から5チャネルの音響信号B(BC,BL,BR,BLS,BRS)を生成する信号処理装置であり、強度調整部50と第1信号選択部61と第2信号選択部62と音像域拡張部30と信号合成部40と定位制御部80とを具備する。
【0035】
強度調整部50は、各チャネルに対応する5個の増幅部52(52L,52R,52C,52LS,52RS)で構成される。増幅部52Lは音響信号ALに係数GLを乗算し、増幅部52Rは音響信号ARに係数GRを乗算する。増幅部52Cは、音響信号ACに係数GCを乗算することで音響信号BCを生成する。同様に、増幅部52LSは、音響信号ALSに係数GLSを乗算することで音響信号BLSを生成し、増幅部52RSは、音響信号ARSに係数GRSを乗算することで音響信号BRSを生成する。
【0036】
第1信号選択部61は、音響信号ALおよび音響信号ALSの一方を選択して効果信号XLを生成する。第2信号選択部62は、音響信号ARおよび音響信号ARSの一方を選択して効果信号XRを生成する。
【0037】
図5は、第1信号選択部61および第2信号選択部62のブロック図である。図5に示すように、第1信号選択部61は、音響信号ALに係数KLを乗算する増幅部72Lと、音響信号ALSに係数KLSを乗算する増幅部72LSと、音響信号ALおよび音響信号ALSの一方を選択する選択部(スイッチ)74と、選択部74が選択した信号を遅延させることで効果信号XLを生成する遅延部76とを含んで構成される。なお、遅延部76を省略した構成では、音像信号ZLと音響信号ALとの相関が過度に高くなり、所期の位置よりもスピーカ14R側の位置に音像が知覚される可能性がある。遅延部76は、音像信号ZLを音響信号ALに対して遅延させて両者間の相関を低減することで音像位置の誤差を低減するための要素である。第2信号選択部62は、第1信号選択部61と同様に、音響信号ARに係数KRを乗算する増幅部72Rと、音響信号ARSに係数KRSを乗算する増幅部72RSと、音響信号ARおよび音響信号ARSの一方を選択する選択部74と、選択部74が選択した信号を遅延させることで効果信号XRを生成する遅延部76とを含んで構成される。
【0038】
図4の音像域拡張部30は、第1信号選択部61が生成した効果信号XLと第2信号選択部62が生成した効果信号XRとから、第1実施形態と同様に音像信号ZLおよび音像信号ZRを生成する。具体的には、図6に示すように、音像信号ZLをスピーカ14Lから再生した場合の音像が方向DLW(仮想スピーカ14LW)に定位し、音像信号ZRをスピーカ14Rから再生した場合の音像が方向DRW(仮想スピーカ14RW)に定位するように、音像域拡張部30は音像信号ZLおよび音像信号ZRを生成する。音像域拡張部30の構成は第1実施形態(図3)と同様である。
【0039】
図4の信号合成部40は、2個の加算部42(42L,42R)で構成される。加算部42Lは、増幅部52Lによる処理後の音響信号ALと音像域拡張部30が生成した音像信号ZLとを加算することで音響信号BLを生成する。同様に、加算部42Rは、増幅部52Rによる処理後の音響信号ARと音像域拡張部30が生成した音像信号ZRとを加算することで音響信号BRを生成する。したがって、第1実施形態と同様に、音響信号ALがスピーカ14Lから再生されるとともに音像信号ZLが仮想スピーカ14LWから再生されるように受聴者Hに知覚され、音響信号ARがスピーカ14Rから再生されるとともに音像信号ZRが仮想スピーカ14RWから再生されるように受聴者Hに知覚される。
【0040】
図4の定位制御部80は、音響処理装置12での各処理に適用される係数(GL,GR,GLS,GRS,KL,KLS,KR,KRS)を可変に制御するとともに第1信号選択部61および第2信号選択部62の各選択部74を制御することで、図6の方向DLと方向DLSとの間の目標位置VLに音像を定位させ、方向DRと方向DRSとの間の目標位置VRに音像を定位させる。音像定位の目標位置V(VL,VR)を設定する方法は任意であるが、例えば各音響信号Aから推定される音像位置を目標位置Vに設定する方法や、入力装置(図示略)に対する利用者からの指示に応じて目標位置Vを決定する方法が好適に採用される。
【0041】
方向DLと方向DLWとの間の領域QL1内に目標位置VLが指定された場合、定位制御部80は、音響信号ALSを選択するように第1信号選択部61の選択部74を制御し、かつ、増幅部52Lの係数GLと第1信号選択部61の増幅部72LSの係数KLSとを、音像が目標位置VLに定位するように制御する。係数GLが係数KLSと比較して大きいほど、音像の定位位置は領域QL1内で方向DL(スピーカ14L)に近付く。他方、方向DLWと方向DLSとの間の領域QL2内に目標位置VLが指定された場合、定位制御部80は、音響信号ALを選択するように第1信号選択部61の選択部74を制御し、かつ、増幅部52LSの係数GLSと第1信号選択部61の係数KLとを、音像が目標位置VLに定位するように制御する。係数GLSが係数KLと比較して大きいほど音像の定位位置は領域QL2内で方向DLS(スピーカ14LS)に近付く。
【0042】
同様に、方向DRと方向DRWとの間の領域QR1内に目標位置VRが指定された場合、定位制御部80は、音響信号ARSを選択するように第2信号選択部62の選択部74を制御し、かつ、増幅部52Rの係数GRと第2信号選択部62の係数KRSとを、音像が目標位置VRに定位するように制御する。係数GRが係数KRSと比較して大きいほど、音像の定位位置は領域QR1内で方向DR(スピーカ14R)に近付く。また、方向DRWと方向DRSとの間の領域QR2内に目標位置VRが指定された場合、定位制御部80は、音響信号ARを選択するように第2信号選択部62の選択部74を制御し、かつ、増幅部52RSの係数GRSと第2信号選択部62の係数KRとを、音像が目標位置VRに定位するように制御する。係数GRSが係数KRと比較して大きいほど音像の定位位置は領域QR2内で方向DRS(スピーカ14RS)に近付く。
【0043】
以上の説明から理解されるように、第2実施形態では、スピーカ14Lで再生される音響信号ALと仮想スピーカ14LWで再生される音像信号ZLとを利用して領域QL1内に音像を定位させ、仮想スピーカ14LWで再生される音像信号ZLとスピーカ14LSで再生される音響信号ALSとを利用して領域QL2内に音像を定位させる。したがって、スピーカ14Lの再生音とスピーカ14LSの再生音とで両者間に音像を定位させる場合と比較すると、スピーカ14Lとスピーカ14LSとの間の広範囲にわたり音像を正確な位置に定位させることが可能である。同様に、スピーカ14Rと仮想スピーカ14RWとで領域QR1内に音像を定位させ、仮想スピーカ14RWとスピーカ14RSとで領域QR2内に音像を定位させるから、スピーカ14Rとスピーカ14RSとの間の広範囲にわたり音像を正確な位置に定位させることが可能である。
【0044】
なお、第1信号選択部61の選択部74を加算器で構成し、係数KLおよび係数KLSの一方をゼロに設定することで音響信号ALおよび音響信号ALSの一方を選択することも可能である。同様に、第2信号選択部62の選択部74を加算器で構成し、係数KRおよび係数KRSの一方をゼロに設定することで音響信号ARおよび音響信号ARSの一方を選択することも可能である。
【0045】
<変形例>
以上の各形態は多様に変形され得る。具体的な変形の態様を以下に例示する。以下の例示から任意に選択された2以上の態様は適宜に併合され得る。
【0046】
(1)第1実施形態では5チャネルの音響システム100Aを例示したが、左右2チャネルの音響システムにも同様に本発明を適用することが可能である。また、第2実施形態ではスピーカ14Cは省略され得る。
【0047】
(2)第1実施形態では、音響信号Aから反射音の効果信号X(XL,XR,XLS,XRS)を生成する反射音生成処理を音響処理部20が実行したが、音響処理部20による音響処理は以上の例示に限定されない。例えば、ディレイ,トレモロ,コーラス,フランジャー,フェイザー,イコライザー等の音響効果を付与する音響処理を音響処理部20が実行することも可能である。
【0048】
(3)前述の各形態では、音像域拡張部30の第1処理部30Aの加算部36において定位信号YRの位相を反転させたうえで効果信号XLに加算したが、定位信号YRの位相を反転させる必要はない。すなわち、定位信号YRの位相を効果信号XRの位相とは相違させたうえで効果信号XLに加算する構成が好適である。同様に、定位信号YLの位相を効果信号XLの位相とは相違させたうえで効果信号XRに加算する構成が採用され得る。
【符号の説明】
【0049】
100A,100B……音響システム、200……信号供給装置、12……音響処理装置、14(14L,14R,14C,14LS,14RS)……スピーカ、20……音響処理部、30……音像域拡張部、30A……第1処理部、30B……第2処理部、40……信号合成部、50……強度調整部、61……第1信号選択部、62……第2信号選択部。



【特許請求の範囲】
【請求項1】
左チャネルおよび右チャネルの音響信号を利用した音響処理で左チャネルおよび右チャネルの効果信号を生成する音響処理手段と、
左チャネルおよび右チャネルの各々の効果信号に対して、左チャネルおよび右チャネルの他方の効果信号と当該他方の効果信号を遅延させた信号との加算信号を加算することで、左チャネルおよび右チャネルの2個のスピーカの外側に音像が定位する左チャネルおよび右チャネルの音像信号を生成する音像域拡張手段と、
前記音響処理前の左チャネルの音響信号と前記音像域拡張手段による処理後の左チャネルの音像信号とを加算し、前記音響処理前の右チャネルの音響信号と前記音像域拡張手段による処理後の右チャネルの音像信号とを加算する信号合成手段と
を具備する音響処理装置。
【請求項2】
音像域拡張手段は、左チャネルおよび右チャネルの各々の効果信号に対して、左チャネルおよび右チャネルの他方の効果信号と、当該他方の効果信号を62.5マイクロ秒から125マイクロ秒の範囲内の遅延時間だけ遅延させた信号との加算信号を加算する
請求項1の音響処理装置。
【請求項3】
前記音響処理手段は、左チャネルおよび右チャネルの音響信号を利用した音響処理により、左前方からの反射音を示す左チャネルの効果信号と、右前方からの反射音を示す右チャネルの効果信号とを生成する
請求項1または請求項2の音響処理装置。
【請求項4】
前記音響処理手段は、左チャネル,右チャネル,左後方チャネルおよび右後方チャネルの音響信号を利用した音響処理で左チャネル,右チャネル,左後方チャネルおよび右後方チャネルの効果信号を生成し、
前記音像域拡張手段は、左チャネルおよび左後方チャネルのスピーカ間と右チャネルおよび右後方チャネルのスピーカ間とに音像が定位するように左チャネルおよび右チャネルの音像信号を生成し、
前記信号合成手段は、前記音響処理前の左後方チャネルの音響信号と前記音響処理後の左後方チャネルの効果信号とを加算し、前記音響処理前の右後方チャネルの音響信号と前記音響処理後の右後方チャネルの効果信号とを加算する
請求項1から請求項3の何れかの音響処理装置。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−98634(P2013−98634A)
【公開日】平成25年5月20日(2013.5.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−237462(P2011−237462)
【出願日】平成23年10月28日(2011.10.28)
【出願人】(000004075)ヤマハ株式会社 (5,930)
【Fターム(参考)】