説明

音響異方性が小さく、溶接性に優れた低降伏比高張力鋼板およびその製造方法

【課題】 引張強さが780MPa以上でありながら、低降伏比で、音響異方性が小さく、溶接性に優れた高張力鋼板、その製造方法を提供する。
【解決手段】 本発明鋼板は、mass%で、C:0.010〜0.080%、Si:0.02〜0.50%、Mn:1.10〜3.00%、Cu:1.60%以下、Ni:0.40〜2.50%、P:0.030%以下、S:0.010%以下、Al:0.200%以下、N:0.0100%以下、Cr:0.30〜2.00%、Mo:0.10〜1.10%、Ti:0.002〜0.030%を含み、残部がFe及び不純物からなり、かつ下記AS、DLがAS≧4.00、DL≦2.80であり、板厚1/4部位における組織がMAを10面積%以下(0%を除く。)含むベイニティックフェライトを主体とし、かつ旧オーステナイト粒の長軸/短軸が平均値で1.0〜3.0であり、さらに前記MAのベイニティックフェライトに対する硬さ比が1.10以上とされたものである。AS=[Mn]+[Ni]+2×[Cu]、DL=2.5×[Mo]+30×[Nb]+10×[V]、[X]は元素Xの含有量(mass%)を表す。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、引張強さが780MPa以上と高強度でありながら、降伏比が85%以下と低く、しかも音響異方性が小さく、かつ母材靭性及び溶接性に優れた高張力鋼板に関する。
【背景技術】
【0002】
橋梁用や建築用の鋼板(厚鋼板)では、溶接部に欠陥が存在すると、この部分が破壊発生の起点となりやすいため、超音波探傷試験によって欠陥部分の有無を調査し、欠陥部分が存在していた場合には、その部位を補修するといった作業が一般的に行われている。ところが、探傷方向によって著しく音速が変化する鋼板、すなわち音響異方性の高い鋼板では、超音波探傷試験で溶接欠陥部の正確な位置を検出できないため、上記分野などに適用される鋼板においては、音響異方性が小さいことが要求されている。
【0003】
上記のように海洋構造物、建築構造物等の分野においては、溶接施工効率の向上から溶接欠陥検出の簡略化のため、鋼板の音響異方性が小さいことが求められており、さらに−40℃といった極低温での溶接性(HAZ靭性、耐溶接割れ性)および母材靭性を確保した780MPa級高張力鋼板が要望されている。
【0004】
さらに、近年、特に耐震性が要求される高層建築構造物等の分野においては、地震の際に構造物に付加される破壊エネルギーを吸収し、構造物の倒壊を防止することができる、降伏比YRの低い鋼材が求められているが、一般的に高張力鋼板ではYRは高くなる傾向がある。なお、YR(%)はYS(0.2%耐力)/TS(引張強さ)×100で表される。
【0005】
従来、780MPa級以上の高張力鋼板では、低温靭性の確保が困難であったが、近年、母材靭性の改善を企図した技術が種々提案されている。例えば、特開平11−172365号公報(特許文献1)には旧オーステナイト(γ)粒のアスペクト比が3以上となるように、熱間圧延における未再結晶域圧延の累積圧下率を50%以上とすることが、特開2001−220644号公報(特許文献2)には旧γ粒の扁平率が平均で50%以下となるように圧延仕上げ温度(FRT)を850℃以下として熱間圧延をすることが、特開2001−200334号公報(特許文献3)には熱間圧延におけるAr3点以上、900℃未満の累積圧下率を10〜50%とすることによってベイナイトラス幅を小さくすることが、また、特開平9−3591号公報(特許文献4)には、再結晶温度域で30%以上の累積圧下率で熱間圧延することによってラス長さを短くすることが記載されている。
【0006】
一方、780MPa級以上の高張力鋼において、大入熱溶接時にHAZ靭性が劣化するという問題がある。その理由は、入熱が大きくなるとHAZの冷却速度が遅くなり、粗大な島状マルテンサイトを生成することにより靭性が低下するからである。この問題は、大入熱溶接を行う場合、厚物、薄物のいずれにおいても発生する。このため、溶接施工時に溶接入熱が5kJ/mm以下に制限されるのが通例であり、溶接効率の低下を余儀なくされていた。
【0007】
この問題に対して、HAZ靭性を改善する技術が種々提案されている。例えば、特開2000−160281号公報(特許文献5)には低Cとし、焼き入れ性向上元素であるMn、Cr、Moを積極的に添加し、あるいはさらにTiNを微細分散させることで旧γ粒を微細化することが、特開平6−65680号公報(特許文献6)には低Cとし、さらにTa23の微細分散により旧γ粒を微細化することが、特開平5−171341号公報(特許文献7)にはTiおよびMgを必須成分として添加し、酸化物を分散させることにより旧γ粒を微細化し、粒内フェライトの生成を促進することが、特開平7−233437号公報(特許文献8)にはBフリーの下でPcm≦0.24、Ceq≧0.45として焼き入れ性を向上させることが、特開平2−254120号公報(特許文献9)には低炭素、Bフリーの下でCuによる析出強化を利用することが記載されている。
【0008】
また、溶接性に優れ、しかも降伏比の低い高張力鋼板として、特開平6−248336号公報(特許文献10)や特開平6−248337号公報(特許文献11)には、B添加鋼の溶接性を改善すべく、Bを無添加とし、B無添加による焼入性の低下に伴う強度確保のため焼入、焼戻によるVの析出硬化を利用した高張力鋼板の製造方法が記載されている。
【0009】
【特許文献1】特開平11−172365号公報
【特許文献2】特開2001−220644号公報
【特許文献3】特開2001−200334号公報
【特許文献4】特開平9−3591号公報
【特許文献5】特開2000−160281号公報
【特許文献6】特開平6−65680号公報
【特許文献7】特開平5−171341号公報
【特許文献8】特開平7−233437号公報
【特許文献9】特開平2−254120号公報
【特許文献10】特開平6−248336号公報
【特許文献11】特開平6−248337号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記母材靭性の改善に関する技術は、変態点を下げる作用を有するMn、Cu、Niの添加量が概ね少なく、Ar3点が高くなるため、オーステナイトの未再結晶域における圧延温度を低下させることに限界があり、低温圧延による母材靭性の向上効果は少ないため、従来では−50℃でのシャルピー衝撃試験における吸収エネルギー(vE-50 )が100J以上というような優れた母材靭性を得ることができなかった。
【0011】
また、前記HAZ靭性の改善に関する技術は、いずれも低C化することによって高冷却速度におけるHAZの硬化を防止するものであり、低C化による強度の低下をNb、Mo、Vのいずれか、もしくは複合添加することによって補おうとするものである。しかし、これらの元素を積極的に添加するとベイナイト変態時に亀裂伝播の抵抗として作用するベイナイト・ブロックが粗大化し、母材靭性やHAZ靭性が劣化するという問題がある。
【0012】
また、前記溶接性を確保しつつ、低降伏比の熱延鋼板を得る技術では、B無添加による強度低下を補償するには、C、V等の合金元素を多量に添加せざるを得ず、このため溶接性の低下や母材靭性の劣化を招来するという問題がある。
【0013】
一方、いずれの技術についても音響異方性を低減させることは考慮されておらず、音響異方性の点で問題があった。
【0014】
本発明はかかる問題に鑑みなされたものであり、引張強さが780MPa以上という高強度でありながら、低降伏比であり、母材靭性、溶接性(耐溶接割れ性、HAZ靭性)に優れ、しかも音響異方性が小さく、溶接施工時の欠陥検出が簡易な高張力鋼板及びその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は上記課題に対し、種々の実験研究を行った結果、ベイニティックフェライトを主体とする鋼組織を考慮した成分設計、すなわちCを極低量に制限した上で、母材靭性、HAZ靭性に悪影響を与えるNb、V、Moの添加を抑制し、焼き入れ性向上元素であるMn、Ni、Cuを積極的に添加することによって熱間圧延後の冷却速度を特に制御することなく、高冷却速度から低冷却速度のいずれにおいても、ベイニティックフェライト(「BF」と記載する場合がある。)を主体とする組織を生成させることができ、これによって優れた母材靭性及び溶接性を実現することができることを知見した。しかも、組織中に主体であるBFと共に含まれるMA(Martensite-Austenite Constituent:マルテンサイトおよびオーステナイトの混合物))の量を10面積%以下とすると共にその硬さを高くして、MAのベイニティックフェライトに対する硬さ比(MAの硬さ/BFの硬さ)を1.1以上とすることによってYRが低下することが見出された。また、旧オーステナイト粒の長軸/短軸の比(扁平率)を所定範囲にコントロールすることによって音響異方性の低減を図ることができることを知見した。また、前記旧オーステナイトの扁平率は、鋼の化学成分に応じて特定の温度域で所定量の熱間圧延を行うことによって実現可能であることを知見した。本発明はこれらの知見を基に完成されたものである。
【0016】
すなわち、本発明の高張力鋼板は、mass%で、C:0.010〜0.080%、Si:0.02〜0.50%、Mn:1.10〜3.00%、Cu:1.60%以下、Ni:0.40〜2.50%、P:0.030%以下、S:0.010%以下、Al:0.200%以下、N:0.0100%以下、Cr:0.30〜2.00%、Mo:0.10〜1.10%、Ti:0.002〜0.030%を含み、残部がFe及び不純物からなり、かつ下記式で定義されるAS値およびDL値がAS≧4.00、DL≦2.80であり、板厚1/4部位における組織がMAを10面積%以下(0%を除く。)含むベイニティックフェライトを主体とし、かつ旧オーステナイト粒の長軸/短軸の平均値(「平均扁平率」ということがある。)が1.0〜3.0であり、さらに前記MAのベイニティックフェライトに対する硬さ比が1.10以上とされたものである。前記板厚1/4部位とは板面から板厚の1/4の深さの部位をいい、板厚1/4部位における組織観察面は、通例の通り、板厚方向(板面に対して垂直方向)と圧延方向(長さ方向)とを含む面(圧延直角方向断面、TD面)である。
AS=[Mn]+[Ni]+2×[Cu]
DL=2.5×[Mo]+30×[Nb]+10×[V]
ただし、[X]は元素Xの含有量(mass%)を表す。
【0017】
前記高張力鋼板の組織において、母材靭性をより向上させるには、さらに旧オーステナイト粒の円相当径の平均値(「平均円相当径」ということがある。)が70μm 以下、好ましくは65μm 以下、より好ましくは60μm 以下とすることが望ましい。前記円相当径とは、旧オーステナイト粒の面積と同等の面積を有する円の直径をいう。
【0018】
また、前記化学成分として、さらに(1) B:0.0050%以下、(2) Nb:0.010%以下、V:0.30%以下のいずれか1種または2種、(3) Ca:0.0050%以下、希土類元素(REM):0.0100%以下のいずれか1種または2種、(4) Mg:0.0050%以下、(5) Hf:0.050%以下、Zr:0.100%以下のいずれか1種または2種、(6) Co:2.50%以下、W:2.50以下のいずれか1種または2種、の各群から選ばれる元素を単独で、あるいは複合して含有することができる。
【0019】
また、前記高張力鋼板の好適な製造方法は、本発明の製造方法は前記成分を有する鋼をAr3点〜1300℃に加熱し、部分再結晶温度域で全圧下量の50%以上を熱間圧延した後、冷却し、さらにオーステナイト・フェライト二相域で再加熱してMAの量及びベイニティックフェライトに対する硬さ比(MAの硬さ/ベイニティックフェライトの硬さ)を調整するものである。また、前記二相域で再加熱後、Ar1点以下の温度でMAが分解して消失しないように焼戻しを行うことができる。このような焼戻しを行うことにより、母材靭性をさらに向上させることができる。前記部分再結晶温度域とは、オーステナイト粒径を100±10μm とした鋼板試験片を歪速度10/秒、相当歪0.2の条件で圧下し、10秒後に、例えば水冷によって組織を凍結したときに20〜80 vol%が再結晶粒となる温度域をいう。
【発明の効果】
【0020】
本発明の高張力鋼板によれば、Cを極低量とし、Mn、Ni、CuをAS値が4.00以上になるように積極的に添加する一方、Mo、Nb、Vの添加をDL値が2.80以下となるように成分調整したので、熱延後の冷却速度の高低に拘わらず、また板厚が50mm以上と厚い場合であっても、亀裂の伝播が生じ難いベイニティックフェライトを主体とする微細組織とすることができ、高強度ながら、母材靭性に優れ、かつ優れた溶接性(耐溶接割れ性、HAZ靭性)を備える。また、二相域での再加熱によってMAの硬さを上げて、MAのベイニティックフェライトに対する硬さ比を1.10以上としたので、780MPa以上の高強度でありながら85%以下の低降伏比を実現することができ、しかも旧オーステナイト粒の平均扁平率を1.0〜3.0にすることにより、音響異方性を低減することができ、溶接施工時の欠陥検出作業を簡略化することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明鋼板の成分上の要点は、C量を極低量に制限した上で、HAZ靭性、母材靭性に悪影響を与えるNb、V、Moの添加量を制限し(DL≦2.80)、焼入れ性向上元素であるMn、Ni、Cuを積極的に添加(AS≧4.00)した点にある。まず、本発明鋼板の鋼成分によって熱間圧延によって生じる組織、特性をCCT図を参照して先ず説明する。
【0022】
図1は本発明にかかるMn、Ni、Cuを積極的に添加した極低C系鋼(A)および従来の高C系鋼(B1)、低C系鋼(B2)のCCT図を示す。図中、BFはベイニティック・フェライト、GBFはグラニュラ・ベイニティック・フェライト、Mはマルテンサイト、Bはベイナイト、Fはフェライトを示す。
同図より、本発明の鋼板(A)では、熱間圧延後の冷却が高冷却速度(CR1)、低冷却速度(CR2)のいずれにおいても、BFが面積率で85%以上、より好ましくは90%以上生成するようになる。かかるBFを主体とする組織(残部に微量のGBFが生成する場合もある。)により、焼き入れ、焼戻し熱処理を特に施すことなく、肉厚が50mm以上の厚板であっても、母材の機械的性質として780MPa以上の強度が得られ、また優れた靭性を備えたものになる。しかも、高冷却速度(CR1)、低冷却速度(CR2)のいずれにおいても、上記のとおり、マトリックス組織が主として冷却速度感受性の低いBFとなるため、小入熱溶接条件においてはHAZの硬さを低減(耐低温割れ性を向上)させることができ、大入熱溶接条件においてもHAZ靭性を確保することができる。
【0023】
一方、従来の高C系鋼(B1)は高冷却速度(CR1)ではかなりの量のMが生成するようになり、このため硬さの冷却速度感受性が大きく、小入熱溶接時のHAZの硬さ低減と母材強度・靭性を両立させることが難しかった。また、従来の高C系鋼(B1)および低C系鋼(B2)では中冷却速度や低冷却速度(CR2)でFあるいはGBFが生成し、これに伴い粗大かつ塊状のMAが生成するため、母材強度や靭性が低下し、また大入熱溶接時のHAZの靭性を確保することができなかった。
【0024】
次に、鋼板の音響異方性と旧オーステナイト粒(γ粒)の扁平率との関係について説明する。音響異方性については、JIS Z 3060に規定されている横波音速比CSL/CSC(振動方向をL方向(圧延方向)とC方向(圧延直角方向)として得られた横波音速値CSL(m/秒)とCSC(m/秒)の比)を用いて評価することができる。
本発明者は、横波音速比CSL/CSCを、例えば1.020以下といった低い値、すなわち低音響異方性とすべく、横波音速比(CSL/CSC)と旧γ粒の扁平率との関係を調査した。その結果を図3に示す。図3より、旧γ粒の扁平率が3.0以下(最小値は1.0)のときに、横波音速比が1.020以下といった低音響異方性が達成されることがわかった。音響異方性の観点から、旧γ粒の扁平率を好ましくは1.8以下、より好ましくは1.6以下とすることが望ましい。なお、図3は後述の実施例から得られたものである。
【0025】
また、本発明者の調査により、旧γ粒の平均円相当径と母材靭性(vE-50 )との間に密接な関係があることがわかった。図4は旧γ粒の平均円相当径と母材靭性(vE-50 )との関係を示すが、図4より旧γ粒の平均円相当径を微細化するほど、母材靭性(vE-50 )が向上することがわかる。これより、旧γ粒径の平均円相当径を70μm 、好ましくは60μm以下、より好ましくは40μm以下とすることが望ましい。なお、図4は後述の実施例から得られたものである。
【0026】
一般的に、MAは母相よりも硬質であるため、MAを残留させると降伏比が低下するが、母材靭性も低下することが知られている。たとえば、通常の鋼材において、降伏比を85%以下としようとする場合には、MA量を10%程度以上残存させることを必要とする。一方、この様な量のMAが残存すると、母材靭性は著しく低下して所望の特性を発揮することができなくなる。このため、通常、MAが残留しない様に、MAを生成し難い成分系の鋼を用い、また圧延後は強制冷却することが行われる。それでもMAが残留した場合には、焼き戻し処理を施してMAをさらに分解するような方策が採られる。
しかし、本発明者が詳細に調査したところ、AS≧4.00、DL≦2.80とする本発明成分の鋼を用いた場合、BF(母相)の硬さに対するMAの硬さとMAの量とのバランスを調整することによって、すなわち、MA量を面積率で10%以下とすると共にMAのBFに対する硬さ比を1.10倍以上とすることによって、母材靭性を維持しつつ、降伏比を85%以下にできることが分かった。
図5は、含有されるMA量と母材靭性が略同レベル(MA量が2〜4%程度、母材靭性[vE-50 ]が120〜140J程度)の鋼材を対象に、MAのBFに対する硬さ比と降伏比との関係を整理したものであるが、同図より硬さ比が1.10倍以上であれば降伏比が85%以下となることが分かる。もっとも、MA量が10面積%を超える様になると、硬さ比が1.10倍以上であっても母材靭性が劣化する様になる(後述の実施例の表9の試料No. 66及び75、表10の試料No. 80参照)。なお、図5は後述の実施例から得られたものである。
【0027】
本発明鋼の場合、MAの硬度を上げることによって、MA量が少量でも降伏比が低下する効果を生じる理由は必ずしも定かではないが、以下の理由によるものと推察される。すなわち、本発明では、熱間圧延後に二相域熱処理を行うことによって、MAの量および硬さを調整するものであるが、この熱処理時にMAへのCの濃縮が生じて、MAの硬度が上昇しているものと思われる。そして、その際に、Cの濃縮に伴ってMA中のマルテンサイトのまわりに可動転位が導入された状況となっていると推察される。この可動転位の導入により、降伏しやすい状況が得られているのではないかと考えられる。
この様なMAの存在を有効に活用するのが本発明の特徴であるから、MAは必ず存在している必要がある。MAの効果を有効に発揮させるためには、好ましくは0.5面積%以上、より好ましくは1.0面積%以上、更に好ましくは2.0面積%以上存在させることが望ましい。もっとも、10面積%を超えてMA量が多くなると母材への影響が出て来る可能性があるので、MA量の上限を10面積%とし、好ましくは9.0面積%以下、より好ましくは8.0面積%以下、更に好ましくは7.0面積%以下とするのがよい。
【0028】
次に本発明の高張力鋼板の成分限定理由について詳細に説明する。単位は全てmass%である。
C:0.010〜0.080%
Cは母材強度を確保するために必要な元素である。0.010%未満では焼き入れ性向上元素であるMn、NiおよびCuを積極的に添加しても780MPa以上の母材強度を確保することができないようになる。一方、0.080%超になると、高冷却速度側でベイニティックフェライトではなく、マルテンサイトが生成するようになり、耐低温割れ性が劣化するようになる。C量を0.010%以上添加するとともに0.080%以下に制限し、同時に適量のMn、Ni、CuおよびCrを添加することで、小入熱溶接時のHAZの耐低温割れ性と母材強度を両立させ、かつ大入熱時のHAZの靭性を改善することができる。このため、C量の下限を0.010%、好ましくは0.030%とし、一方その上限を0.080%、好ましくは0.060%とする。
【0029】
Si:0.02〜0.50%
Siは脱酸作用を有する元素であり、Si量が0.02%未満ではその効果が過小であり、一方0.50%を超えると溶接性および母材靭性を劣化させる。このため、Si量の下限を0.02%とし、その上限を0.50%、好ましくは0.20%とする。
【0030】
Mn:1.10〜3.00%、Ni:0.40〜2.50%、Cu:1.60%以下
これらの元素は焼き入れ性を改善する作用を有し、高冷却速度から低冷却速度に渡ってベイニティックフェライトを生成させやすくし、これらの積極的な添加と極低C化によって、小入熱溶接時のHAZ靭性と耐低温割れ性を両立させ、かつ母材強度、勒性および大入熱溶接時のHAZ靭性を改善することができる。
【0031】
すなわち、Mnは焼き入れ性を向上させ強度、靭性の確保に有効であり、1.10%未満ではかかる作用が過小であり、一方3.00%超では返って低温靭性が劣化する。このため、Mn量の下限を1.10%、好ましくは1.30%、より好ましくは1.40%とし、その上限を3.00%、好ましくは2.20%、より好ましくは2.10%とする。
Niも鋼の低温靭性の向上および焼き入れ性を高めて強度を向上させるとともに、熱間割れおよび溶接高温割れの防止にも効果がある。Ni量が0.40%未満ではこれらの効果が過小であり、一方2.50%を超えるとスケール疵が発生しやすくなる。このため、Ni量の下限を0.40%、好ましくは0.50%とし、その上限を2.50%、好ましくは2.00%とする。
CuはMo、Mn、Ni、Crほどではないが焼き入れ性を向上させ、また固溶強化と析出強化によって母材強度を向上させる。かかる作用を効果的に発現させるには好ましくは0.10%以上、より好ましくは0.50%以上、さらに好ましくは0.80%以上の添加が望ましい。もっとも、1.60%を超えると母材靭性、大入熱溶接時のHAZ靭性を低下させるようになるので、Cu量の上限を1.60%、好ましくは1.20%とする。
【0032】
AS値:4.00以上
Mn、Ni、Cuの添加量は、母材強度と密接な関係があり、CuはMn、Niに比して2倍程度、強度向上効果が高い。高冷却速度から低冷却速度の範囲で母材強度を780MPa以上にするには、後述の実施例から明らかなようにAS値を4.00以上、好ましくは4.20以上、さらに好ましくは4.40以上となるようにMn、Ni、Cuを添加することが必要である。
【0033】
P:0.030%以下
不純物元素であるPは母材、溶接部の靭性に悪影響を及ぼすため、0.030%以下に止める。好ましくは0.010%以下とするのがよい。
【0034】
S:0.010%以下
SはMnSを形成して延性を低下させる元素であり、特に高強度鋼においてその影響が大きいため、0.010%以下、好ましくは0.005%以下に止めるのがよい。
【0035】
Al:0.200%以下
Alは脱酸およびミクロ組織の微細化による母材靭性向上効果を有する。かかる作用を効果的に発現させるには好ましくは0.010%以上、より好ましくは0.020%以上の添加が望ましい。もっとも、過多に添加するとかえって母材靭性が低下するため、上限を0.200%とする。好ましくは0.060%以下とするのがよい。
【0036】
N:0.0100%以下
Nは後述のTiと結合し、TiNを形成して大入熱溶接時のオーステナイト粒を微細化し、HAZ靭性を向上させる効果を有する。かかる作用を効果的に発現させるには好ましくは0.0020%以上、より好ましくは0.0040%以上の添加が望ましい。しかし、Nの過剰な添加はは母材靭性、HAZ靭性に悪影響を与えるため、その上限を0.0100%、好ましくは0.0080%、より好ましくは0.0060%以下とする。
【0037】
Cr:0.30〜2.00%
Crは母材、溶接部の強度を高めるが、Cr量が0.30%未満ではかかる効果が過小であり、一方2.00%を超えると溶接性やHAZ靭性を劣化させるようになる。このため、Cr量の下限を0.30%、好ましくは0.50%、より好ましくは0.70%とし、その上限を2.00%、好ましくは1.50%、より好ましくは1.00%とする。
【0038】
Mo:0.10〜1.10%
Moは焼き入れ性を向上させ、強度を確保するために有効であり、また焼戻し脆性を防止する効果を有する。Mo量が0.10%未満ではかかる作用が過小であるので、Mo量の下限を0.10%、好ましくは0.15%とする。一方、Moは再結晶抑制作用があり、過多に添加すると、圧延後に粗大なオーステナイト粒となり、変態後のベイナイトブロック(ベイニティックフェライトの束)が粗大化し、母材の靭性が劣化する。また、Moはオーステナイト粒界に偏析しやすく、過剰に添加すると変態時の核生成頻度を低下させ、変態後のベイナイトブロックを粗大化させて、母材靭性、HAZ靭性を劣化させる。このため、Mo量の上限を1.10%、好ましくは0.60%とする。
【0039】
DL値:2.80以下
Moおよび後述のNb、Vは焼き入れ性を向上させる作用があるが、その一方でベイナイトブロックを粗大化させ、母材靭性、HAZ靭性を劣化させる。このような母材靭性の劣化作用は各元素について一様ではなく、発明者等の実験によりMoを1としたとき、Nbは12倍程度、Vは4倍程度である。後述の実施例から明らかなようにDL値を2.80以下、好ましくは2.50以下、より好ましくは2.00以下とするようにMo、Nb、Vの添加を抑制することによって、ベイナイトブロックの粗大化を抑制し、前記AS≧4.00と、部分再結晶温度域での圧下量を熱延全圧下率の50%以上とすることで、旧γ粒の平均円相当径が70μm 程度以下に微細化され、vE-50 ≧100J以上の母村靭性を確保することができ、また良好なHAZ靭性を兼ね備えることができる。
【0040】
Ti:0.002〜0.030%
TiはNと結合して窒化物を形成し、溶接時におけるHAZのオーステナイト粒を微細化し、HAZ靭性改善に有効な元素である。Ti量が0.002%未満では細粒化効果が過小であり、一方0.030%を超えるとかえってHAZ靭性を劣化させる。このため、Ti量の下限を0.002%、好ましくは0.005%とし、その上限を0.030%、好ましくは0.020%とする。
【0041】
本発明の鋼板は以上の成分のほか、残部Feおよび不純物によって形成されるが、上記成分の作用、効果を損なわない範囲で特性をより向上させる元素の添加を妨げるものではない。例えば、(1) 下記範囲のB、(2) 下記範囲のNb、Vのいずれか1種または2種、(3) 下記範囲のCa、REMのいずれか1種以上、(4) 下記範囲のMg、(5) 下記範囲のZr、Hfのいずれか1種または2種、(6) 下記範囲のCo、Wのいずれか1種または2種、の各群から選ばれた元素を単独で、あるいは複合してさらに添加することができる。
【0042】
B:0.0050%以下
Bは焼き入れ性を向上させてHAZ靭性を改善する作用を有する。特に、入熱量の大きい溶接の際にその効果は大きい。かかる作用を効果的に発現させるためには、0.0005%以上の添加が好ましい。もっとも多量に添加すると、かえって母材靭性、HAZ靭性を劣化させる。このため、B量の上限を0.0050%、好ましくは0.045%とする。より好ましくは0.0010〜0.0040%とするのがよい。
【0043】
Nb:0.10%以下
固溶Nbは素地の焼き入れ性を向上させて母材強度、溶接継手強度を向上させる効果があり、必要に応じて添加することができる。その一方、固溶Nbは加工オーステナイトの回復を抑制し、再結晶を抑制させるため、圧延後に粗大なオーステナイト粒となり、変態後のベイナイトブロックが粗大化し、母材靭性を著しく低下させる。また、Nbはオーステナイト粒界に偏析しやすく、過剰に添加すると変態時の核生成頻度を低下させ、変態後のベイナイトブロックを粗大化させて、母材靭性、HAZ靭性を劣化させる。このため、Nb量の上限を0.10%、好ましくは0.020%、より好ましくは0.015%とする。
【0044】
V:0.30%以下
Vは少量の添加により焼き入れ性および焼戻し軟化抵抗を高くする効果があり、必要に応じて添加することができる。一方、Vは加工オーステナイトの回復を抑制し、再結晶を抑制させるため、圧延後に粗大なオーステナイト粒となり、変態後のベイナイトブロックが粗大化し、母材靭性を著しく低下させる。また、Vはオーステナイト粒界に偏析しやすく、過剰に添加すると変態時の核生成頻度を低下させ、変態後のベイナイトブロックを粗大化させて、母材靭性、HAZ靭性を劣化させる。このため、V量の上限を0.30%とする。好ましくは0.20%以下、より好ましくは0.10%以下とするのがよい。
【0045】
Ca:0.0050%以下、REM:0.0100%以下
CaおよびREMはMnSを球状化するという介在物の形態制御により異方性を低減する効果を有する。Ca:0.0050%超、REM:0.0100%超では添加量が過剰なため母材の靭性をかえって劣化させる。このため、Ca量の上限を0.0050%、好ましくは0.0030%とし、REMの上限を0.0100%、好ましくは0.0070%としする。前記各元素を効果的に活用するには、Ca:0.0005%以上、REM:0.0010%以上含有させることが好ましい。
【0046】
Mg:0.0050%以下
MgはMgOを形成し、HAZのオーステナイト粒の粗大化を抑制することによってHAZ靭性を向上させる作用を有する。かかる作用を効果的に活用するには、Mg:0.0001%以上含有させることが好ましい。Mg:0.0050%超では添加量が過剰なため母材の靭性をかえって劣化させる。このため、Mg量の上限を0.0050%、好ましくは0.0035%とする。
【0047】
Zr:0.100%以下、Hf:0.050%以下
Zr、HfはTiと同様、Nと窒化物を形成して溶接時におけるHAZのオーステナイト粒を微細化し、HAZ靭性改善に有効な元素である。しかし、過剰に添加するとかえって母材靭性、HAZ靭性を低下させる。このため、Zr量の上限を0.100%、Hf量の上限を0.050%とする。
【0048】
Co:2.50%以下、W :2.50%以下
Co、Wは焼き入れ性を向上させ、強度を容易に確保するために有効な元素であり、Wの場合はさらに焼戻し軟化抵抗を向上させる効果を有する。一方、過剰に添加すると、母材靭性、HAZ靭性がかえって劣化するようになる。このため、Co量、W量の上限をそれぞれ2.50%、好ましくは1.00%とする。
【0049】
次に、本発明の低降伏比高張力鋼板の製造方法について説明する。
本発明の製造方法においては、上記化学組成を有する鋼を用いることを前提とし、さらに旧γ粒の形態を制御するに当たり、熱間圧延条件を厳格に管理する必要がある。さらにまた、BFを主体する組織を有する熱延鋼板を得た後、降伏比の調整のため、すなわちMAの量と硬さの調整のために二相域で再加熱を行い、必要により母材靭性の調整のため焼戻しを行う。本発明の鋼板を製造する際の他の工程、条件は特に限定されず、通常用いられる高張力鋼板の製造工程および条件(温度、時間など)を適宜採用することができる。
【0050】
本発明の製造方法における圧延条件は、鋼片をAr3点〜1300℃に加熱して完全にオーステナイト化した後、熱間圧延を行う。熱間圧延に際し、全圧下量の50%以上、好ましくは全圧下量の70%以上を部分再結晶温度域で圧延することが特に重要である。かかる温度域での圧延により、後述の実施例から明らかなように、部分再結晶という現象を利用して鋼板中の旧γ粒の形態を等軸化するように平均扁平率および平均円相当径を所定の値に制御することができる。
【0051】
前記部分再結晶温度域は、鋼板の化学組成に応じて変動するので、熱間圧延を実施する前に適宜の実験によりその温度域を調べておくとよい。すなわち、製造対象の鋼板と同じ化学組成を有する鋼板試験片を準備し、その試験片をオーステナイト粒径が100±10μm となるある温度に加熱した後、この試験片を歪速度10/秒、相当歪0.2の条件で圧下し、10秒後に例えば水冷により組織を凍結したときに、その再結晶粒が20〜80 vol%となる温度範囲、すなわち部分再結晶温度域を予め求めておく。
【0052】
前記熱間圧延後の冷却条件は、Bs点以下(200℃程度)の温度まで空冷または水冷する。MAの量は、その後に行う二相域の再加熱処理によって調整するので、この観点からは、急冷(この場合、MAが生成し難い。)でも空冷でもよいが、鋼組織中のBF量をより多くするためには水冷することが好ましい。ここでいう水冷とは、冷却速度が3℃/sec程度以上のものをいい、5℃/sec以上とすることが好ましい。
【0053】
熱間圧延後、冷却して所定の低温変態組織を得た後、降伏比を低下させるため、冷却後に代表的には700〜900℃程度の二相域で再加熱を行う。これにより、BF(母相)からMAを生成させると共に、MA中に炭素を濃縮させ、MA量を10面積%以下、かつMAのBFに対する硬さ比を1.10以上とする調整を行う。
【0054】
また、上記再加熱後、必要に応じてAr1点以下の温度で焼戻しを行うことができる。この場合、MAが完全に分解し、消失しないように保持温度、保持時間を調整する。かかる焼戻しにより、低降伏比を実現しつつ、母材靭性をより向上させることができる。焼戻し温度からの冷却は、特に制限されず、空冷すればよい。
【0055】
次に、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はかかる実施例によって限定的に解釈されるものはでない。
【実施例】
【0056】
表1〜5に示す鋼を通常の溶製法により溶製してスラブとし、表6〜10に示すように、同表に示す条件で加熱した後、熱間圧延を行い、200℃以下の温度まで空冷(平均冷却速度:5〜10℃/sec程度)した後、二相域で15〜30分程度の再加熱を行い、さらに必要に応じて焼戻し処理を行い、空冷にて冷却した。なお、表6〜10の各試料は、表1〜5の同番号の鋼を用いて製造された。また、部分再結晶温度域での圧下量は熱間圧延における全圧下率に対する部分再結晶温度域で圧延された圧下率の割合(%)を示す。
【0057】
得られた熱延板に対し、熱延板の板厚の1/4部位から組織観察試験片を採取し、光学顕微鏡観察(倍率400倍)を行ったところ、BFを主体とし、残部がMAあるいはMA及び微量のGBFからなる組織となっていた。これらの面積分率等を測定するため、組織観察試験片を2%硝酸−エタノール液(総称:2%ナイタール液)で腐食後、SEM(走査電子顕微鏡)を用いて倍率1000倍で組織を撮影し、撮影した画像を画像解析ソフト(名称 Image-Pro、プラネトロン社製)を用いて解析し、BF、GBF及びMAの面積率を求めた。
また、BF(母相)およびMAの硬さをマイクロピッカース試験機(明石製作所製)を用いて荷重1gで5点測定し、最高値、最低値を除いた3点の平均値を求め、この平均硬さを基にMAのBFに対する硬さ比を求めた。
【0058】
また、前記組織観察試験片を用いて、旧γ粒の扁平率および円相当径を以下の要領にて求めた。鏡面研磨した試験片を、山本科学工具研究社製AGS液や、2%ナイタール液などを用いて腐食処理する。腐食条件は、上記AGS液の場合は室温で5〜10分、2%ナイタール液の場合は室温で5〜30秒とする。腐食後の試験片を、光学顕微鏡を用いて倍率400倍で観察して写真撮影を行う。得られた顕微鏡写真について、画像解析ソフト(名称 Image-Pro Plus、Media Cybernetics社製)を用いて画像解析を行い、円相当径を求め、また旧γ粒長軸、短軸の長さを求めて扁平率(長軸/短軸)の値を算出する。
【0059】
また、試料鋼板を用いて音響異方性を調べた。音響異方性は、JIS Z 3060の規定に従って、振動方向がL方向(圧延方向)の横波音速値CSL(m/秒)とC方向(圧延直角方向)の横波音速値CSC(m/秒)とを測定し、横波音速比CSL/CSCを求め、これにより評価した。
【0060】
また、下記要領にて引張試験、衝撃試験を行い、母材の機械的性質を調べた。
引張試験は、各鋼板の板厚1/4部位から採取したJIS4号試験片を用いて行い、0.2%耐力(YS)、引張強さ(TS)を測定し、降伏比(YS/TS×100%)を求めた。また、衝撃試験は各鋼板の板厚1/4部位から採取したJIS4号試験片を用いて、−50℃でシャルピー衝撃試験を行い、吸収エネルギー(vE-50 )を求めた。本発明では、TS≧780MPa、YR≦85%、母材靭性vE-50 ≧100(J)を合格レベルとした。
【0061】
さらに、引張強さが780MPa以上、母材靭性がvE-50 ≧100(J)のもの全てと、合格基準に達しなかったものの一部に対して、下記の要領にてHAZ靭性、耐低温割れ性を調べた。
HAZ靭性は、入熱5kJ/mm、10kJ/mm、さらに15kJ/mmで溶接(サブマージアーク溶接)を行い、ボンド部を含む図2に示す試験片採取部位3からJIS4号試験片を採取し、シャルピー衝撃試験を行い、ボンド部の吸収工ネルギ(vE-40 )を求め、vE-40 ≧80Jを合格レベルとした。図中、1は鋼板、2は溶接金属部であり、3が試験片採取部位であり、板厚中心から開先開き側に位置している。入熱が15kJ/mmの超大入熱溶接は、冷却速度が非常に遅くなった場合の合金元素の影響を見るために実施したものである。
耐低温割れ性はJISZ3158に規定されたy形溶接割れ試験方法に基づいて、入熱1.7kJ/mmで被覆アーク溶接を行い、ルート割れ防止予熱温度を測定した。予熱温度が0℃とあるのは、試験に供した鋼板を0℃に冷やした状態で溶接を行い、溶接後に割れが生じなかったものを示す。
【0062】
上記調査結果を表6〜表10に併せて示す。また、旧γ粒の平均扁平率と音響異方性との関係を図3(プロットした試料No. 1〜12,89〜93)、旧γ粒の平均円相当径と母材靭性の関係を図4(プロットした試料No. 1〜4)、MAのBFに対する硬さ比とYRとの関係を図5(プロットした試料No. 43,49〜52,96〜99)、AS値と引張強さとの関係を図6(プロットした試料No. 11,18〜20,62,73,84)に示す。
【0063】
図3より、旧γ粒の扁平率が3.0以下で横波音速比が1.020以下といった低音響異方性が得られることがわかる。また、図4より、旧γ粒の平均円相当径を微細化するほど、母材靭性(vE-50 )が向上し、旧γ粒径の平均円相当径を70μm以下とすることにより、吸収エネルギーが100J程度以上となることがわかる。また図5より、硬さ比を1.1以上にすることによって85%以下の低降伏比の高強度鋼板が得られることがわかる。また図6より、AS値を4.00以上とすることによって引張強さが780MPa以上の高強度鋼板が得られることがわかる。
【0064】
また、表6〜8より、発明例は、母材靭性についてはvE-50 がすべて100J以上であり、また耐低温割れ性については鋼板温度が0℃でもルート割れが生じず、母材靭性および耐低温割れ性が優れている。また、HAZ靭性についても、小入熱溶接、大入熱溶接のいずれにおいてもボンド部の靭性が優れていることが確かめられた。また、発明例において、Bを0.0005%以上添加したものは15kJ/mmの超大入熱溶接を行った場合においても、常に150J以上の優れたHAZ靭性が得られることが確認された。
【0065】
一方、表9、10に示すように、合金組成(AS値、DL値を含む。)が発明範囲を外れる比較例は、製造条件が適正であっても、引張強さが780MPa未満となったり、母材靭性がvE-50が100J未満となり、合格レベルに達しなかった。また、試料No. 84,87,89〜93のように合金組成が発明範囲内であっても、製造条件が不適切で、部分再結晶温度域での圧下量が50%未満の場合、音響異方性が1.020超となり、音響異方性が劣化した。また、試料No. 96〜99に示すように、成分、加熱熱延条件、焼戻温度が適正であっても、二相域での再加熱を実施しなかった例ではYRが85%を超えて高くなり、目標レベルには達しなかった。
【0066】
【表1】

【0067】
【表2】

【0068】
【表3】

【0069】
【表4】

【0070】
【表5】

【0071】
【表6】

【0072】
【表7】

【0073】
【表8】

【0074】
【表9】

【0075】
【表10】

【図面の簡単な説明】
【0076】
【図1】本発明鋼の製造時における冷却速度と組織との関係を説明するための模式的CCT図を示す。
【図2】実施例におけるHAZ靭性を調べるための試験片の採取部位を示す鋼板溶接部の断面説明図を示す。
【図3】実施例における旧γ粒の平均扁平率と音響異方性との関係を示す図である。
【図4】実施例における旧γ粒の平均円相当径と母材靭性の関係を示す図である。
【図5】実施例におけるMAのBFに対する硬さ比とYRとの関係を示す図である。
【図6】実施例におけるAS値と引張強さとの関係を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
mass%で、
C:0.010〜0.080%、
Si:0.02〜0.50%、
Mn:1.10〜3.00%、
Cu:1.60%以下、
Ni:0.40〜2.50%、
P:0.030%以下、
S:0.010%以下、
Al:0.200%以下、
N:0.0100%以下
Cr:0.30〜2.00%、
Mo:0.10〜1.10%、
Ti:0.002〜0.030%、
を含み、残部がFe及び不純物からなり、かつ下記式で定義されるAS値およびDL値がAS≧4.00、DL≦2.80であり、板厚1/4部位における組織がMAを10面積%以下(0%を除く。)含むベイニティックフェライトを主体とし、かつ旧オーステナイト粒の長軸/短軸の平均値が1.0〜3.0であり、さらに前記MAのベイニティックフェライトに対する硬さ比が1.10以上であることを特徴とする音響異方性が小さく、溶接性に優れた低降伏比高張力鋼板。
AS=[Mn]+[Ni]+2×[Cu]
DL=2.5×[Mo]+30×[Nb]+10×[V]
ただし、[X]は元素Xの含有量(mass%)を表す。
【請求項2】
前記組織において、さらに旧オーステナイト粒の円相当径の平均値が70μm 以下である、請求項1に記載した低降伏比高張力鋼板。
【請求項3】
さらにB:0.0050%以下を含有する請求項1または2に記載した低降伏比高張力鋼板。
【請求項4】
さらに、Nb:0.10%以下、V:0.30%以下のいずれか1種または2種を含有する請求項1から3のいずれか1項に記載した低降伏比高張力鋼板。
【請求項5】
さらに、Ca:0.0050%以下、希土類元素:0.0100%以下のいずれか1種または2種を含有する請求項1から4のいずれか1項に記載した低降伏比高張力鋼板。
【請求項6】
さらに、Mg:0.0050%以下を含有する請求項1から5のいずれか1項に記載した低降伏比高張力鋼板。
【請求項7】
さらに、Hf:0.050%以下、Zr:0.100%以下のいずれか1種または2種を含有する請求項1から6のいずれか1項に記載した低降伏比高張力鋼板。
【請求項8】
さらに、Co:2.50%以下、W:2.50%以下のいずれか1種または2種を含有する請求項1から7のいずれか1項に記載した低降伏比高張力鋼板。
【請求項9】
請求項1から8のいずれか1項に記載した成分を有する鋼をAr3点〜1300℃に加熱し、オーステナイト粒径を100±10μm とした鋼板試験片を歪速度10/秒、相当歪0.2の条件で圧下し、10秒後に組織を凍結したときに20〜80 vol%が再結晶粒となる部分再結晶温度域で全圧下量の50%以上を熱間圧延した後、冷却し、さらにオーステナイト・フェライト二相域で再加熱してMAの量及びベイニティックフェライトに対する硬さ比を調整することを特徴とする、請求項1から8のいずれか1項に記載した音響異方性が小さく、溶接性に優れた低降伏比高張力鋼板の製造方法。
【請求項10】
前記二相域で再加熱後、Ar1点以下の温度でMAが分解して消失しないように焼戻し処理を行う請求項9に記載した製造方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate

【図6】
image rotate


【公開番号】特開2006−89789(P2006−89789A)
【公開日】平成18年4月6日(2006.4.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−274682(P2004−274682)
【出願日】平成16年9月22日(2004.9.22)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】