説明

音響診断方法、プログラム及び装置

【課題】雑音が多い環境においても、回転機械の音響診断を行う。
【解決手段】本方法は、所定周波数帯域における複数の所定周波数の各々について、当該所定周波数を中心周波数として設定したバンドパスフィルタBFを入力音データに対して適用し、当該BFの出力に対して絶対値化処理と包絡線抽出処理とフーリエ変換処理とを実施して第1パワースペクトル(PS)を生成し、当該第1PSに対してオフセット除去処理を実施することで第2PSを生成する工程と、複数の所定周波数についての第2PSにおいて、各周波数における最大値を検出して、当該最大値についての第3PSを生成する工程と、第3PSにおけるピーク周波数と、データベースに登録されている異常周波数とを照合して、第3PSにおけるピーク周波数と合致する異常周波数が存在する場合には、当該ピーク周波数におけるピークと当該異常周波数に対応する閾値との比較結果に基づき、判定データを出力する工程とを含む。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回転機械の音響診断技術に関する。
【背景技術】
【0002】
発電所には多数のポンプやモータが設置されており、このような機器にはベアリングが用いられている。ベアリングなどの回転機械の異常を診断するためには、振動診断という技術が知られている。
【0003】
振動診断では例えば図1に示すような信号処理が行われる。診断対象のベアリング100には、振動を検出する加速度計110がベアリング100に接触するように設けられており、加速度計110の測定値はチャージアンプ120に入力されている。チャージアンプ120で増幅された測定値は、ハイパスフィルタ130に入力され、高周波成分が取り出される。そして、ハイパスフィルタ130の出力は、絶対値処理140に入力され、絶対値化される。そして、絶対値処理140の出力は、ローパスフィルタ150に入力される。ローパスフィルタ150ではローパスフィルタが適用され、ローパスフィルタ150の出力は周波数分析160に入力される。周波数分析160では、FFT(Fast Fourier Transform)を実施して、ピーク周波数を検出する。そして、回転機械毎に予め計算されており且つ異常時に出力される異常振動の周波数とそのような異常振動の原因とが格納されているデータベースに、検出されたピーク周波数が登録されているかを判断して、登録されている場合には対応する異常振動の原因等を出力するものである。
【0004】
振動診断では、加速度計110を診断対象回転機械に接触するように設ける必要があるが、実際の発電所などの環境においては、カバーに覆われているといったように、加速度計110を接触させるように設けることが不可能な場合もある。このため、振動の代わりに指向性マイクなどを診断対象の回転機械に向けて採取して、採取された音を同様の処理系で処理することによって診断する方法も考えられる。しかしながら、発電所における回転機械の設置環境は非常にうるさい場合があるので、ピーク周波数を適切に検出することができない場合がある。実際、周波数分析160では図2に示すような周波数特性が得られることがある。このような周波数特性では、ピークと思われる部分もあるが、明確なピークとなっていないので、異常を検出することができない場合もある。なお、ハイパスフィルタ130の代わりに、リンギング周波数(キズなどの異常に起因して金属同士が衝突することによって発生する信号の周波数)を中心周波数とするバンドパスフィルタを用いることも示唆されているが、雑音によってピークを検出できないような音データに対して、中心周波数をいずれにしたらよいのかは判断が難しいという問題もある。
【0005】
なお、特開2005−300517号公報には、ころがり軸受の損傷を非接触で効率よくかつ高精度の診断を可能ならしめる音圧信号を利用した診断技術が開示されている。具体的には、ころがり軸受から発生する音響信号を検出して、超音波帯域を含む高周波帯域の音圧を抽出し、得られた信号に包絡線処理を行い、この包絡線波形について、1)周波数分析によってスペクトル分布を求め、周波数分析波形の回転周波数成分の3倍以上の周波数のスペクトル最大値を回転周波数成分の3倍以上の周波数のスペクトル平均値または実効値で除算して得られたスペクトル衝撃度を基準値と比較し、スペクトル衝撃度が基準値を越えたとき軸受異常と判定する、2)可聴音域の搬送波を重畳させ、増幅した信号を可聴的に出力する。しかしながら、バンドパスフィルタの利用については考察されていない。
【0006】
さらに、特開平7−182035号公報には、音響診断装置と振動診断装置を最適に組合わせることにより、診断の精度向上を図るための技術が開示されている。具体的には、回転機械における回転体異常現象により発生する音響信号を受けて分析し音響データに処理し、これに基づいて所定の音響による診断を行い、この音響の診断結果を出力する。一方、回転体異常現象により発生する振動により発生する振動信号を受け、これを分析し振動データに処理し、これに基づいて所定の監視処理を行って監視処理データを作成し、この監視処理データに基づいて、音響の診断結果を確認する確認診断を行う。同じく、バンドパスフィルタの利用については考察されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2005−300517号公報
【特許文献2】特開平7−182035号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】設備診断技術 (実践保全技術シリーズ) (単行本)、日本プラントメンテナンス協会実践保全技術シリーズ編集委員会 (編集) 、1990/06
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上で述べたように、発電所といった雑音が非常に多い環境において、回転機械の音響診断を適切に行うための技術は存在していない。
【0010】
従って、本発明の目的は、雑音が多い環境においても、回転機械の音響診断を適切に行うことができるようにするための技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明に係る音響診断方法は、(A)所定周波数帯域における複数の所定周波数の各々について、当該所定周波数を中心周波数として設定したバンドパスフィルタを入力音データに対して適用し、当該バンドパスフィルタの出力に対して絶対値化処理と包絡線抽出処理とフーリエ変換処理とを実施して第1パワースペクトルを生成し、当該第1パワースペクトルに対してオフセット除去処理を実施することで第2パワースペクトルを生成する第1生成ステップと、(B)複数の所定周波数についての第2パワースペクトルにおいて、各周波数における最大値を検出して、当該最大値についての第3パワースペクトルを生成する第2生成ステップと、(C)第3パワースペクトルにおけるピーク周波数と、データベースに登録されている異常周波数とを照合して、第3パワースペクトルにおけるピーク周波数と合致する異常周波数が存在する場合には、当該ピーク周波数におけるピークと当該異常周波数に対応する閾値との比較結果に基づき、判定データを出力するステップとを含む。
【0012】
異常周波数は異常の場所や程度によって出現する周波数帯域が様々であり、雑音が多い環境ではこの雑音を効果的に除去することが難しい場合がある。そこで、上で述べたように、複数の所定周波数を中心周波数として設定した複数のバンドパスフィルタ及びその付随処理を実施することによって、効果的に雑音を除去できるようになる。すなわち、異なる中心周波数が設定されている複数のバンドパスフィルタによって、広い周波数帯域をカバーしつつ、診断対象から発せられている異音の周波数を含む周波数帯域についてのバンドパスフィルタはピーク検出ができるように信号を出力するが、それ以外のバンドバスフィルタは雑音を除去するようになる。よって、後続の付随処理を実施することでピーク検出が容易になる。結果として、正確に異常を検出することができるようになる。
【0013】
なお、上で述べたオフセット除去処理が、各周波数について、当該周波数を中心とする所定周波数幅における第1パワースペクトルの値の中央値を特定し、第1パワースペクトルの値から当該中央値を差し引いた値を算出するステップと、第1パワースペクトルの値から当該中央値を差し引いた値と0とのうち大きい方の値を特定するステップとを含むようにしてもよい。これによって、第2生成ステップにおいて、複数の第2パワースペクトルの統合処理を適切に行うことができるようになる。
【0014】
なお、上で述べた音響診断方法を装置として実施する場合には、診断対象回転機械からの定常音を集音してディジタル化することによって入力音データを生成する手段を有する場合もある。すなわち、録音だけして音響診断方法を実施する装置が設置されている場所で異音診断を行うようにしても良いし、携帯可能な装置として実施して、診断対象回転機械の設置場所で異音診断を行うようにしてもよい。
【0015】
なお、上で述べたような処理をハードウエアに実施させるためのプログラムを作成することができ、当該プログラムは、例えばフレキシブル・ディスク、CD−ROM、光磁気ディスク、半導体メモリ、ハードディスク等のコンピュータ読み取り可能な記憶媒体又は記憶装置に格納される。なお、処理途中のデータについては、コンピュータのメモリ等の記憶装置に一時保管される。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、雑音が多い環境においても、回転機械の音響診断を適切に行うことができるようになる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【図1】図1は、従来技術を説明するための図である。
【図2】図2は、従来技術の問題を説明するための図である。
【図3】図3は、音響診断装置の機能ブロック図である。
【図4】図4は、周波数バンド処理部の機能ブロック図である。
【図5】図5は、メインの処理フローを示す図である。
【図6】図6は、周波数区分処理の処理フローを示す図である。
【図7】図7は、バンドパスフィルタの出力の一例を示す図である。
【図8】図8は、包絡線抽出処理の処理結果の一例を示す図である。
【図9】図9は、DFTの処理結果の一例を示す図である。
【図10】図10は、周波数区分処理の処理フローを示す図である。
【図11】図11は、リミット処理の処理結果を示す図である。
【図12】図12は、周波数区分処理の意義を説明するための図である。
【図13】図13(a)乃至(e)は、周波数バンド処理部の処理結果の一例を示す図である。
【図14】図14(f)乃至(j)は、周波数バンド処理部の処理結果の一例を示す図である。
【図15】図15は、統合処理の処理結果の一例を示す図である。
【図16】図16(A)乃至(C)は、異常判定DBに格納されるデータの一例を示す図である。
【図17】図17は、コンピュータの機能ブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
図3に、本実施の形態に係る音響診断装置の機能ブロック図を示す。本実施の形態に係る音響診断装置は、マイクなどを含む集音部1と、入力音データ格納部2と、周波数区分処理部3と、第1データ格納部4と、統合処理部5と、第2データ格納部6と、ピーク検出部7と、異常判定部8と、異常判定データベース(DB)9と、処理結果格納部10と、出力部11とを有する。
【0019】
集音部1は、例えばマイクで採取した音をA/D変換してディジタル化することによって入力音データを生成し、入力音データ格納部2に格納する。なお、その他の手段(例えばネットワーク経由その他の通信手段)によって入力音データを取得して、入力音データ格納部2に格納するようにしても良い。
【0020】
周波数区分処理部3は、以下で述べる処理を行う第1周波数バンド処理部31と、第2周波数バンド処理部32と、...、第n周波数バンド処理部33とを有する。以下でも説明するが、各周波数バンド処理部は、バンドパスフィルタの中心周波数以外は同一の構成を有している。各周波数バンド処理部は、処理結果を第1データ格納部4に格納する。統合処理部5は、第1データ格納部4に格納されている各周波数バンド処理部の処理結果を統合する処理を実施し、処理結果を第2データ格納部6に格納する。
【0021】
ピーク検出部7は、第2データ格納部6に格納されているデータに対してピーク検出処理を実施して、処理結果を異常判定部8に出力する。異常判定部8は、ピーク検出部7からの出力結果と、異常周波数と異常原因についてのデータとを対応付けて登録している異常判定DB9に格納されているデータとを用いて処理を行い、処理結果を処理結果格納部10に格納する。出力部11は、処理結果格納部10に格納されているデータをユーザに提示する処理を実施する。
【0022】
周波数区分処理部3に含まれる1つの周波数バンド処理部の機能ブロック図を、図4に示す。第i周波数バンド処理部34は、バンドパスフィルタ301と、絶対値化処理部302と、包絡線抽出部303と、DFT(Discrete Fourier Transform)処理を実施するDFT部304と、DFT結果格納部305と、中心線検出部306と、減算部307と、リミット処理部308とを有する。
【0023】
バンドパスフィルタ301には、第i周波数バンド処理部34が担当する周波数kが設定され、入力音データ格納部2に格納されている入力音データに対してバンドパスフィルタを適用してフィルタリングを実施する。絶対値化処理部302は、バンドパスフィルタ301の出力を絶対値化する処理を実施する。包絡線抽出部303は、絶対値化処理部302の出力に対して包絡線抽出処理を実施する。DFT部304は、包絡線抽出部303の出力に対してDFT処理を実施して、生成されたパワースペクトルのデータをDFT結果格納部305に格納する。中心線検出部306は、DFT結果格納部305に格納されているパワースペクトルから中心線の値を算出する。除算部307は、DFT結果格納部305に格納されているパワースペクトルから、中心線検出部306により算出された中心線の値を減算する処理を実施する。リミット処理部308は、減算部307の出力に対して0以下の値を0に設定するリミット処理を実施し、第1データ格納部4に格納する。
【0024】
なお、図3及び図4では一部省略されているが、各処理部の処理結果及び処理途中のデータは、メインメモリなどの記憶装置に格納される。また、設定データ(係数値等)も、記憶装置に格納しているものとする。
【0025】
次に、図5乃至図16を用いて、図3及び図4に示した音響診断装置の具体的な処理を説明する。まず、集音部1は、採取した音をA/D変換してディジタル化することによって得られた入力音データを入力音データ格納部2に格納する(図5:ステップS1)。そして、周波数区分処理部3は、入力音データ格納部2に格納されている入力音データに対して周波数区分処理を実施する(ステップS3)。周波数区分処理については、図6乃至図14を用いて説明する。
【0026】
周波数区分処理部3は、周波数バンド処理部を識別するカウンタiを1にセットする(図6:ステップS21)。そして、周波数区分処理部3は、i番目の周波数kを、第i周波数バンド処理部34に設定する(ステップS23)。例えば、周波数帯域幅と周波数バンド処理部の数nとから周波数kを計算するようにしても良いし、予めiと中心周波数kとを対応付けてメモリに格納しておき、そのようなデータから今回のiに対応する周波数kを読み出すようにしても良い。例えば、1KHzから20KHzの帯域に均等に30個の周波数kを設定しておく。
【0027】
そして、第i周波数バンド処理部34のバンドパスフィルタ301は、入力音データ格納部2に格納されている入力音データに対して、周波数kを中心周波数とするバンドパスフィルタでフィルタリングを実施し、処理結果を絶対値化処理部302に出力する(ステップS25)。バンドパスフィルタは、FIR(Finite Impulse Response Filter)フィルタで構成される。この場合、入力音データS[j]に対し、以下のような処理を実施する。
【0028】
【数1】

【0029】
him(mは0からM)はi番目のバンドパスフィルタを構成するための係数である。このようなフィルタ係数については予め計算しておき、記憶装置に格納しておく。
【0030】
そして、絶対値化処理部302は、バンドパスフィルタの出力に対して絶対値化処理を実施し、処理結果を包絡線抽出部303に出力する(ステップS27)。バンドパスフィルタで処理された入力音データは、通常正と負が交互に波打つ形の信号であるが、絶対値化処理を実施すると、正の振幅のみを有する信号に変換される。例えば、図7に示すような信号データである。図7では、横軸は時間を表し、縦軸は振幅を表す。このように正の値しか存在しないことが分かる。このような絶対値化についてはよく知られた処理であるからこれ以上述べない。
【0031】
次に、包絡線抽出部303は、絶対値化された入力音データの包絡線を抽出して、DFT部304に出力する(ステップS29)。例えば図8のようなデータが得られている場合には、図8に示すようなデータが得られる。図8も図7と同様に横軸は時間を表し、縦軸は振幅を表す。包絡線の抽出処理自体はよく知られた処理であるからこれ以上述べない。
【0032】
さらに、DFT部304は、包絡線抽出部303の出力(包絡線信号とも呼ぶ)に対してDFTを実施することにより、周波数毎のパワースペクトルのデータを生成し、DFT結果格納部305に格納する(ステップS31)。例えば、図8の例に対して処理を実施すると、図9に示すような処理結果が得られる。図9では、横軸は周波数を表し、縦軸はパワースペクトルの値(dB)を表している。なお、図9中中心線が示されているが、ステップS31ではまだ中心線は検出されていない。
【0033】
処理は端子Aを介して図10の処理の説明に移行して、中心線検出部306は、DFT結果格納部305に格納されているパワースペクトルに対して中心線検出処理を実施する(ステップS33)。DFT部304の出力をFai[j]とすると、中心線検出処理は以下のように表される。
【0034】
【数2】

【0035】
Median()は、括弧内の要素の中央値を出力する。このように、本実施の形態では、各周波数jについて、当該周波数を中心に−Lから+Lまでの帯域の中でパワースペクトルの値の中央値を検出する。図9における点線が抽出されることになる。
【0036】
そして、減算部307は、DFT結果格納部305に格納されているパワースペクトルから中心線を減ずる減算処理を実施し、リミット処理部308に出力する(ステップS35)。具体的には、各周波数jについて、以下のような処理を実施する。
Fci[j]=Fai[j]−Fbi[j]
【0037】
その後、リミット処理部308は、減算部307の出力に対してリミット処理を実施し、第1データ格納部4に格納する(ステップS37)。具体的には、各周波数jについて、以下のような処理を実施する。
【0038】
【数3】

Max()は、括弧内の最大値を出力する。これによって、図9のデータに対して減算処理を実施してさらにリミット処理を実施すれば、図11に示すようなデータが得られる。図11では、横軸は周波数を表し、縦軸はパワースペクトルの値(dB)を表している。このように、DFT部304の出力から中央値を減じて0未満の値を除去することで、パワースペクトルのオフセットが除去される。これによって、他の周波数バンド処理部の処理結果との比較を適切に行うことができるようになる。
【0039】
そして、周波数区分処理部3は、iがn以上となっているか判断する(ステップS39)。iがn未満であれば、周波数区分処理部3は、iを1インクリメントし(ステップS41)、端子Bを介して図6のステップS23に戻る。一方、iがn以上であれば、呼出元の処理に戻る。
【0040】
なお、ステップS23乃至S37をひとまとめとして、各中心周波数を担当するプロセッサ等で並列して実施するようにしてもよい。これにより処理時間を短縮することができる。
【0041】
一般的に、DFTを実施する前にバンドパスフィルタを入力音データに対して適用すれば、バンドパスフィルタの中心周波数によっては有意なピークが出現する。しかし、どの中心周波数でピークが出現するのかを予測することは、診断対象の回転機械の物理的パラメータと周囲雑音の複雑な関係から現状困難である。そこで上で述べたように所定の周波数帯域において中心周波数をずらしてバンドパスフィルタを適用することで、有意なピークが出現する周波数帯が不明であっても、対処できるようになる。
【0042】
周波数区分処理についての意義を図12を用いて説明する。図12の例では、横方向は、左側が回転機械の傷が小さく、右側が回転機械の傷が大きい場合を表しており、縦方向は上に行くほどバンドパスフィルタの中心周波数が高くなることを表している。各グラフは周波数バンド処理部の処理結果を表しており、各グラフの横軸は周波数を表し、縦軸はパワースペクトル[dB]を表している。
【0043】
このような場合、ある回転機械について診断する場合には、縦方向に並ぶ4つの処理結果を4つの周波数バンド処理部で生成する。左側の列では、回転機械の傷が小さい場合を表しており、最も高い中心周波数についての処理結果に特徴的なピークが出現するが、他の中心周波数についての処理結果においては特徴的なピークは出現しない。中央の列では、回転機械の傷が中程度の場合を表しており、2番目に高い中心周波数についての処理結果に特徴的なピークが出現するが、他の中心周波数についての処理結果においては特徴的なピークは出現しない。右側の列では、回転機械の傷が大きい場合を表しており、3番目に高い中心周波数についての処理結果に特徴的なピークが出現するが、他の中心周波数についての処理結果においては特徴的なピークが出現しない。このように同じ回転機械の傷の程度が変化しても周波数区分処理により対処することができる。同様に、異なる回転機械であっても、いずれかの周波数バンド処理部によって特徴的なピークを抽出することができるようになる。従って、有効に雑音を除去して、異音検出ができるようになる。
【0044】
より具体的に、図11の元となる入力音データに対して12000Hzから21000Hzまで中心周波数を変化させて処理を行うと、図13(a)乃至(e)及び図14(f)乃至(j)のようなパワースペクトルが得られる。各グラフは、横軸は周波数を表し、縦軸はパワースペクトル[dB]を表す。なお、図14(f)と図11は同じである。この例では、内輪傷のために生ずる異音の周波数(122.5Hz及びその高調波)は、図13(c)乃至(e)及び図14(f)及び(g)あたりで検出できる。その他の中心周波数での処理結果では余りよく分からない。一方、回転機械の回転周波数(24.9Hz及びその高調波)は、図13(e)並びに図14(f)及び(g)あたりで検出できる。このように複数の中心周波数について上で述べたような処理を実施することで、様々な診断対象装置及び様々な傷の程度に対処することができるようになる。
【0045】
図5の処理の説明に戻って、統合処理部5は、第1データ格納部4に格納されているパワースペクトルのデータを用いて、同一周波数について最大パワースペクトル値を抽出する統合処理を実施し、処理結果を第2データ格納部6に格納する(ステップS5)。
【0046】
具体的には、各周波数jについて以下の処理を実施する。
【0047】
【数4】

【0048】
図13(a)乃至(e)及び図14(f)乃至(j)に対して統合処理を実施すると、図15に示すようなパワースペクトルが得られる。図15でも、横軸は周波数を表し、縦軸はパワースペクトル[dB]を表す。上でも述べたように、回転機械の回転周波数(24.9Hz及びその高調波)と、内輪傷のために生ずる異音の周波数(122.5Hz及びその高調波)とにピークが現れている。
【0049】
その後、ピーク検出部7は、第2データ格納部6に格納されており且つ統合処理部5の出力であるパワースペクトルに対してピーク検出処理を実施することによって、ピーク周波数を所定個数検出し、それらのレベルと共に異常判定部8に出力する(ステップS7)。基本的には、パワースペクトルの値が極大の周波数を特定する。1つ周波数を特定した場合には、当該周波数を中心として所定幅だけマスクしてから検出を行うようにしても良い。
【0050】
その後、異常判定部8は、ピーク検出部7の出力であるピーク周波数及びそのピークレベルと、異常判定DB9に登録されている異常周波数及びその閾値とを照合する(ステップS9)。そして、異常判定部8は、照合結果に基づき、異常判定データ又は正常判定データを、処理結果格納部10に格納する(ステップS11)。
【0051】
異常判定DB9には例えば図16に示すようなデータが格納されている。図16(A)の例では、回転機械毎に、異音原因と、当該異音の基本の異常周波数と(1次の周波数)と、当該異音の2次の異常周波数と、当該異音の3次の異常周波数と、当該異音の4次の異常周波数とが登録されるようになっている。図16(A)の例では、異常ではない通常の状態(例えば「玉 自転」)における周波数も登録されている。例えば、回転機械の種類についてユーザから入力を受け付けた上で、図16(A)のような該当するテーブルを特定し、各異常周波数と、ピーク周波数を比較して、ピーク周波数が所定の誤差範囲内であれば、当該ピーク周波数と、マッチする異常周波数に対応付けて異常判定DB9に登録されている異音原因とを読み出す。例えば、122.5Hz及びその高調波の異常周波数が、内輪傷の異常周波数として異常判定DB9に登録されているとする。そうすると、図15のパワースペクトルから122.5Hz及び224.9Hzがピーク周波数として検出されているので、このような周波数と「内輪傷」という異音原因が特定される。また、異常判定DB9には、図16(B)及び(C)に示すように、閾値についてのデータも含まれている。図16(B)は、注意レベルの閾値が登録されたテーブルであって、基本的には図16(A)の異常周波数の代わりに注意レベルの閾値が登録されているテーブルである。同様に、図16(C)は、警告レベルの閾値を登録されたテーブルであって、基本的には図16(A)の異常周波数の代わりに警告レベルの閾値が登録されたテーブルである。従って、ピーク周波数と異常周波数とが一致する場合には、ピーク周波数のピークレベルが異常周波数に対応する警告レベルの閾値以上となっているかを判定する。この際、例えば1次及び2次乃至4次の高調波についての判定結果のうち予め定められた数mの判定結果で上記条件を満たしている場合に、警告レベルの異常であると判定する。また、警告レベルの異常ではない場合には、ピーク周波数のピークレベルが異常周波数に対応する注意レベルの閾値以上となっているかを判定する。この際、例えば1次及び2次乃至4次の高調波についての判定結果のうち予め定められた数mの判定結果で上記条件を満たしている場合に、注意レベルの異常であると判定する。異常と判定された場合には、異常原因及び異常のレベル(注意レベル又は警告レベル)を含む異常判定データを生成し、処理結果格納部10に格納する。一方、マッチする異常周波数がない場合、上で述べた処理がマッチした異常周波数についての閾値を超えるピークレベルが存在していない場合、問題なしという正常判定データを生成し、処理結果格納部10に格納する。
【0052】
なお、異常判定DB9には異音原因を登録せずに異常周波数のみを登録するようにしてもよい。この場合には、異音原因については出力できないが、異常を検出したことは分かる。また、異常と判定されたピーク周波数を出力することによって、ユーザ側で判断できる場合もある。なお、閾値レベルについては、1つのみの場合もあれば、さらに多くの閾値レベルを設けるようにしても良い。
【0053】
その後、出力部11は、処理結果格納部10に格納されている異常判定データ(例えばピーク周波数、その異音原因、異常のレベル)又は正常判定データを、表示装置や印刷装置に出力する(ステップS13)。上でも述べたように、単に異常を検出したことのみを出力するようにしても良い。さらに、異常と判定されたピーク周波数を出力するようにしても良い。
【0054】
このようにすれば、発電所などの雑音の多い環境でも、効果的に雑音を除去して適切にピーク周波数を抽出し、異常があればその異常を認識できるようになる。
【0055】
なお、ピーク検出部7及び異常判定部8の処理についても、処理結果についてはメインメモリ等の記憶装置に格納される。
【0056】
以上本発明の一実施の形態を説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。例えば、実際のプログラムモジュール構成と一致しない場合もある。さらに、一部の機能についてはハードウエア化される場合もある。
【0057】
複数のプロセッサ又はプロセッサコアを有するコンピュータで上で述べた処理を実施する場合には、異なるプロセッサ又はプロセッサコアに、異なる中心周波数についての周波数バンド処理部を割り当てて、並列処理を行うことで、処理時間を短縮する場合もある。
【0058】
なお、集音部1については、音響診断装置から分離されている場合もある。例えば、IC(Integrated Circuit)レコーダで回転機械からの音を録音して入力音データを生成し、ICレコーダのメモリに格納しておき、当該メモリから入力音データを読み出して、入力音データ格納部2に格納するようにしても良い。また、集音装置に通信機能を持たせて、回転機械付近に設置しておき、定期的又は任意のタイミングで、入力音データを、別に設置されている音響診断装置に送信し、上で述べた処理を実施するようにしても良い。一方、集音部1をも有する音響診断装置を携帯可能な装置に実装すれば、回転機械の設置現場で診断を行うことができる。
【0059】
なお、音響診断装置はコンピュータ装置であって、図17に示すように当該コンピュータ装置においては、メモリ2501(記憶部)とCPU2503(処理部)とハードディスク・ドライブ(HDD)2505と表示装置2509に接続される表示制御部2507とリムーバブル・ディスク2511用のドライブ装置2513と入力装置2515とネットワークに接続するための通信制御部2517とがバス2519で接続されている。オペレーティング・システム(OS)及びWebブラウザを含むアプリケーション・プログラムは、HDD2505に格納されており、CPU2503により実行される際にはHDD2505からメモリ2501に読み出される。必要に応じてCPU2503は、表示制御部2507、通信制御部2517、ドライブ装置2513を制御して、必要な動作を行わせる。また、処理途中のデータについては、メモリ2501に格納され、必要があればHDD2505に格納される。このようなコンピュータは、上で述べたCPU2503、メモリ2501などのハードウエアとOS及び必要なアプリケーション・プログラムとが有機的に協働することにより、上で述べたような各種機能を実現する。
【符号の説明】
【0060】
1 集音部 2 入力音データ格納部
3 周波数区分処理部 4 第1データ格納部
5 統合処理部 6 第2データ格納部
7 ピーク検出部 8 異常判定部
9 異常判定DB 10 処理結果格納部
11 出力部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定周波数帯域における複数の所定周波数の各々について、当該所定周波数を中心周波数として設定したバンドパスフィルタを入力音データに対して適用し、当該バンドパスフィルタの出力に対して絶対値化処理と包絡線抽出処理とフーリエ変換処理とを実施して第1パワースペクトルを生成し、当該第1パワースペクトルに対してオフセット除去処理を実施することで第2パワースペクトルを生成するステップと、
前記複数の所定周波数についての前記第2パワースペクトルにおいて、各周波数における最大値を検出して、当該最大値についての第3パワースペクトルを生成するステップと、
前記第3パワースペクトルにおけるピーク周波数と、データベースに登録されている異常周波数とを照合して、前記第3パワースペクトルにおけるピーク周波数と合致する異常周波数が存在する場合には、当該ピーク周波数におけるピークと当該異常周波数に対応する閾値との比較結果に基づき、判定データを出力するステップと、
を含み、コンピュータにより実行される音響診断方法。
【請求項2】
前記オフセット除去処理が、
各周波数について、当該周波数を中心とする所定周波数幅における前記第1パワースペクトルの値の中央値を特定し、前記第1パワースペクトルの値から当該中央値を差し引いた値を算出するステップと、
前記第1パワースペクトルの値から当該中央値を差し引いた値と0とのうち大きい方の値を特定するステップと、
を含む請求項1記載の音響診断方法。
【請求項3】
請求項1又は2記載の音響診断方法をコンピュータに実行させるためのプログラム。
【請求項4】
所定周波数帯域における複数の所定周波数の各々について、当該所定周波数を中心周波数として設定したバンドパスフィルタを入力音データに対して適用し、当該バンドパスフィルタの出力に対して絶対値化処理と包絡線抽出処理とフーリエ変換処理とを実施して第1パワースペクトルを生成し、当該第1パワースペクトルに対してオフセット除去処理を実施することで第2パワースペクトルを生成する手段と、
前記複数の所定周波数についての前記第2パワースペクトルにおいて、各周波数における最大値を検出して、当該最大値についての第3パワースペクトルを生成する手段と、
前記第3パワースペクトルにおけるピーク周波数と、データベースに登録されている異常周波数とを照合して、前記第3パワースペクトルにおけるピーク周波数と合致する異常周波数が存在する場合には、当該ピーク周波数におけるピークと当該異常周波数に対応する閾値との比較結果に基づき、判定データを出力する手段と、
を有する音響診断装置。
【請求項5】
診断対象回転機械からの定常音を集音してディジタル化することによって前記入力音データを生成する手段
をさらに有する請求項4記載の音響診断装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【公開番号】特開2012−177653(P2012−177653A)
【公開日】平成24年9月13日(2012.9.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−41673(P2011−41673)
【出願日】平成23年2月28日(2011.2.28)
【出願人】(000003687)東京電力株式会社 (2,580)
【Fターム(参考)】