説明

顔料分散体の製造方法

【課題】顔料微粒子が高い顔料濃度条件で安定に分散している顔料分散体の製造方法を提供する。
【解決手段】顔料を酸に溶解した溶液と、該溶液中の顔料の溶解度を低下させる反応液とを前記顔料の分散剤の存在下で混合して前記顔料を析出させて得られる、前記顔料が分散媒中に分散した顔料分散体の製造方法であって、前記分散剤および環状カーボネートの存在下で、前記溶液と前記反応液とを混合する顔料分散体の製造方法。前記顔料がキナクリドンである。前記環状カーボネートが5原子または6原子からなる環式構造からなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、顔料分散体の製造方法に関する。また、本発明は、製造された顔料分散体、および前記顔料分散体を用いたインクジェットプリンタ用記録液に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電子写真技術やインクジェット技術に代表例されるデジタル印刷技術は急速に進歩しており、これら技術は、オフィス、家庭等における画像形成技術としてその存在感をますます高めつつある。これまで印刷インクとして水溶性の染料インクが広く適用されてきたが、にじみやフェザリング、耐候性などに関し問題点を有していた。これらを改善する目的として、近年では顔料インクの利用が検討されており、インク組成物中に顔料分散体を含有したインクジェット用インクが普及しはじめている。しかしながら、顔料インクは顔料粒子による光散乱や光反射が生じる。そのため、一般に顔料インクにより形成された画像は染料インクによる画像と比較して発色性が低いという傾向がある。
【0003】
顔料インクの発色性を改善する方法のひとつとして、顔料粒子を微細化する試みがなされている。100ナノメートル以下に微細化された顔料(以下、顔料微粒子という)は、光散乱の影響が小さく、かつ比表面積が増大するため、染料なみの発色性が得られると期待されている。顔料粒子を一次粒径(100ナノメートル以下)まで微分散するために、サンドミルやロールミル、ボールミル等の分散機あるいは超音波分散機などを用いるのが一般的であるが、その過程で顔料粒子の結晶形状の破損や顔料粒子表面磨砕による新たな活性点が生じることにより、分散体の経時安定性が劣化することが知られている。
【0004】
そこで最近では、特許文献1に示されているように、顔料を溶剤に溶解させた後、顔料の溶解液(以下、顔料溶解液と表現する)と顔料の貧溶剤とを分散剤の存在下で混合して再析出させる顔料微粒子の製造方法が提案されている(以下、再沈殿法と表現する)。
【0005】
再沈殿法は超音波分散やサンドミルやロールミル、ボールミル等の分散機を用いた分散化方法による粒子微細化の欠点を克服するものである。しかしながら、粒子は微粒子(ナノメートルサイズの粒子)化することでその比表面積の増加に伴う、微粒子同士の凝集力が高まる傾向がある。つまり、微粒子分散体の作製を高い濃度条件下で行うと、微粒子同士の凝集が著しく促進する。
【0006】
再沈殿法を用いた顔料粒子の製造方法の例としては以下のようなものが挙げられる。特許文献2では硫酸を用いて一度顔料を溶解させるアシッドペースティング法による微粒子化が提案されているが、100ナノメートル以下の顔料微粒子を得るには至っていない。
【0007】
また、特許文献3ではアルカリ存在下で非プロトン性極性溶剤に有機顔料と界面活性剤や樹脂などの分散剤を一緒に溶解させた後、再沈殿法で顔料を析出させて分散性の高い微細な有機顔料粒子を得ている。しかし、有機顔料溶解液に酸を滴下して有機顔料を析出させる手法であるため、中和再沈による溶剤との分離も同時に行われる。そのために顔料粒子の凝集を十分に妨げることは出来ず、その後にボールミルなどで分散処理を行ってもサイズの整ったナノメートルオーダーの顔料を安定して得るには至らない。
【0008】
このように、通常の分散剤の存在下で有機顔料溶解液と貧溶剤を混合するだけでは、高い顔料濃度(例えば3wt%以上)での微粒子分散液を直接得ることは容易ではない。しかしながら高濃度で作製することが出来れば、分散体の濃縮工程の短縮や溶媒使用量の削減等に伴う生産性の向上が大きく期待できる。そのことから、高い顔料濃度条件で安定に分散する顔料微粒子を得る生産性に優れた製造方法の開発が強く望まれていた。
【特許文献1】特公平6−96679号公報
【特許文献2】特開平9−221616号公報
【特許文献3】米国特許第4734137号明細書
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記事情を鑑みてなされたものであり、上記問題点を解消し、サンドミルやボールミル等の分散機あるいは超音波分散機などによる処理を必要とせず、顔料微粒子が高い顔料濃度で安定に分散している顔料分散体の製造方法およびその製造方法により得られた顔料分散体を提供することである。
【0010】
また、本発明は、前記顔料分散体を用いたインクジェットプリンタ用記録液を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決する顔料分散体の製造方法は、顔料を酸に溶解した溶液と、該溶液中の顔料の溶解度を低下させる反応液とを前記顔料の分散剤の存在下で混合して前記顔料を析出させて得られる、前記顔料が分散媒中に分散した顔料分散体の製造方法であって、前記分散剤および環状カーボネートの存在下で、前記溶液と前記反応液とを混合することを特徴とする。
【0012】
上記の課題を解決する顔料分散体は、上記の方法で製造されたことを特徴とする顔料分散体である。
上記の課題を解決するインクジェットプリンタ用記録液は、上記の顔料分散体を含有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、サンドミルやボールミル等の分散機あるいは超音波分散機などによる処理を必要とせず、顔料微粒子が高い顔料濃度で安定に分散している顔料分散体の製造方法およびその製造方法により得られた顔料分散体を提供することができる。
【0014】
また、本発明は、前記顔料分散体を用いた、発色性や光透過性にも優れたインクジェットプリンタ用記録液を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、本発明について詳細に説明する。
本発明に係る顔料分散体の製造方法は、顔料を酸に溶解した溶液と、該溶液中の顔料の溶解度を低下させる反応液とを前記顔料の分散剤の存在下で混合して前記顔料を析出させて得られる、前記顔料が分散媒中に分散した顔料分散体の製造方法であって、前記分散剤および環状カーボネートの存在下で、前記溶液と前記反応液とを混合することを特徴とする。
【0016】
前記顔料がキナクリドンであることが好ましい。
前記環状カーボネートが5原子または6原子からなる環式構造からなることが好ましい。
【0017】
前記顔料を酸に溶解した溶液と、該溶液中の顔料の溶解度を低下させる反応液の少なくとも一つをマイクロ流路から混合場へ送り込んで混合することが好ましい。
前記マイクロ流路の開口径が30から1000マイクロメートルであることが好ましい。
【0018】
前記顔料を溶解させる酸が水溶性の有機プロトン酸から選ばれる一種類以上であることが好ましい。
本発明に係る顔料分散体は、上記の方法で製造されたことを特徴とする顔料分散体である。
【0019】
本発明に係るインクジェットプリンタ用記録液は、上記の顔料分散体を含有することを特徴とする。
本発明で使用する顔料としては、酸に溶解するものであれば無機顔料、有機顔料のいかなる顔料でも使用できる。好ましくは顔料としては有機顔料である。有機顔料の中でも、下記一般式に示されるキナクリドン顔料が好ましい。
【0020】
【化1】

【0021】
(式中、XおよびYは互いに独立して水素原子、アルキル基、またはハロゲン原子を示す。)
さらに好ましくは無置換もしくは低級アルキル基(C−Cアルキル基)またはハロゲン基置換キナクリドンである。またさらには、この条件下で反応性を示さず安定なものが良い。
【0022】
キナクリドン顔料の具体例としては、C.I.Pigment Red122等のジメチルキナリドン、C.I.Pigment Red202、209のジクロロキナクリドン、C.I.Pigment Violet19等の無置換のキナクリドンなどがある。また、これらの顔料は、1種類単独でまたは2種類以上を併用して用いることができる。
【0023】
本発明で使用する環状カーボネートとしては、5原子または6原子からなる環式構造からなるものが好ましい。これら環状カーボネートの具体例としては、例えばエチレンカーボネート、ビニレンカーボネート、プロピレンカーボネート、1、3―ジオキサン−2−オン、4−ビニル−1、3−ジオキソラン−2−オンが挙げられる。また、これらは1種類単独でまたは2種類以上を併用して用いることができる。
【0024】
本発明は、分散剤および環状カーボネートの共存下で、溶液と反応液とを混合するが、特に分散剤と共に環状カーボネートを用いることを特徴とする。環状カーボネートは極めて高い双極子モーメントを有する。下記の化学式にエチレンカーボネートが双極子モーメントを有していることを示す。
【0025】
【化2】

【0026】
図3は、本発明における顔料が分散剤および環状カーボネートの共存下で分散している状態を説明する説明図である。図に示す様に、析出した顔料が分散している分散媒中において、析出した顔料12に、例えばポリオキシセチルエーテル等の界面活性剤からなる分散剤13が付着した状態にある。この顔料と界面活性剤だけの状態では分散している顔料同士の凝集が生じる場合がある。そのために、分極した環状カーボネート14が存在すると、環状カーボネート14が析出顔料に付着する分散剤13に作用し、顔料分散体同士の凝集を抑える。環状カーボネートは、上記のエチレンカーボネートに示す様に、極めて高い双極子モーメントを有するために沈殿段階で生成した凝集体に配位し、過剰な凝集を防ぐため、顔料分散体の平均粒径を小さく抑えられる。この様に環状カーボネートは再沈殿法により析出した顔料分散体に作用し、高濃度での顔料分散条件下でも、顔料分散体同士の凝集を妨げる顔料分散補助剤として働くと考えられる。
【0027】
一方、環状ではないカーボネートは、環状のものに比べてその双極子モーメントが低いことに由来し、顔料の分散補助として働く効果が低くなるものと推測される。事実、環状カーボネートの替わりに、環状ではないカーボネートを用いた場合には、得られる顔料分散体の平均粒子径は大きくなる。
【0028】
また、環状カーボネートの環式構造の原子数が5または6のものに比べ、4および7以上のものは酸性媒体中での安定性が低い傾向があり、環状カーボネートとしてこれらを用いた場合にも得られる顔料分散体の平均粒子径は大きくなる。またさらに、環状カーボネートの環式構造の原子数が4および7以上のものは一般的に合成が困難であり、その生成収率も悪いなどの観点からコスト的にも不利である。
【0029】
上記環状カーボネートの使用割合は特に限定されるものではないが、顔料1質量部に対して0.05質量部以上5質量部以下、好ましくは0.1質量部以上2質量部以下の範囲で用いるのが望ましい。環状カーボネートが0.05質量部より少ない場合は、分散効果が低下する傾向があるという点で不利である。また、分散剤を5質量部より多く加えても分散効果の向上が見られない傾向がありコスト面において不利である。
【0030】
本発明で使用する分散剤としては、酸単独または酸と有機溶剤との混合液に溶解するものであって、かつ水にも可溶であり分散剤の水溶液中において顔料に対して分散効果があるものを適宜使用可能である。好ましくは、界面活性剤であって、カチオン性窒素原子、水酸基およびアルキレンオキサイドから選ばれる1種類以上を分子中に有するものである。さらに好ましくは酸単独、または酸存在下の有機溶剤に顔料と共に安定に溶解するものがよい。分散剤の親水性部分がカルボン酸基、スルホン酸基、リン酸基などから選ばれるもののみで構成されている場合は酸を含む顔料の分散体において分散安定性が相対的に低くなるという点で不利である。
【0031】
分散剤として用いる具体的な界面活性剤としては、アルキルアミン塩、ジアルキルアミン塩、テトラアルキルアンモニウム塩、ベンザルコニウム塩、アルキルピリジニウム塩、イミダゾリニウム塩等のカチオン界面活性剤、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、アセチレングリコールのエチレンオキサイド付加物、グリセリンのエチレンオキサイド付加物、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルなどの非イオン性界面活性剤、またこの他にもアルキルベタインやアミドベタインなどの両性界面活性剤、シリコン系界面活性剤、フッソ系界面活性剤などを含めて、従来公知である界面活性剤およびその誘導体から適宜選ぶことができる。またさらに分散剤として高分子化合物を用いることも可能である。また、分散剤は、1種類単独でまたは2種類以上を併用して用いることもできる。
【0032】
上記分散剤の使用割合は特に限定されるものではないが、顔料1質量部に対して0.05質量部以上5質量部以下、好ましくは0.1質量部以上2質量部以下の範囲で用いるのが望ましい。分散剤が0.05質量部より少ない場合は、分散効果が低下する傾向があるという点で不利である。また、分散剤を5質量部より多く加えても分散効果の向上が見られない傾向がありコスト面において不利である。
【0033】
酸としては、酸単独または有機溶剤混在下で顔料を可溶化するものであればいかなるものでも使用可能であるが、有機プロトン酸が好ましい。無機プロトン酸を用いた場合においては、含水量が多いものでは、顔料が可溶化しないか、もしくは溶解したとしても瞬時に顔料が再沈殿析出し、結果として高濃度で均一な顔料の溶解液を得ることが困難である。一方、含水量の少ないもの(例えば濃硫酸など)では、高濃度で均一な顔料の溶解液を得ることは可能ではあるが、得られた溶解液の粘性は高く、取扱が困難である。なお、キナクリドン顔料は酸の他にアルカリも溶解するが、酸の方がキナクリドン顔料に対する溶解力が高く、高濃度の顔料条件下でキナクリドン顔料粒子を作製する場合には、酸を用いて顔料を溶解させるのが好ましい。
【0034】
具体的には、有機プロトン酸としては、メタンスルホン酸、エタンスルホン酸、プロパンスルホン酸、ブタンスルホン酸等のアルキルスルホン酸;これらがハロゲンで置換されたトリフルオロメタンスルホン酸、ペンタフルオロエタンスルホン酸、ヘプタフルオロプロパンスルホン酸、ノナフルオロブタンスルホン酸、トリフルオロメタンスルホン酸、トリメチルシリル等のハロゲン化アルキルスルホン酸、トリフルオロ酢酸、トリクロロ酢酸、クロロカプロン酸、ブロモカプロン酸、クロロウンデカン酸等のハロゲン化アルキルカルボン酸を好ましく利用することができるがこれらに限定されるものではない。また、これらの酸は、1種類単独でまたは2種類以上を併用して用いることができる。
【0035】
顔料を酸に溶解させた顔料溶解液には、水溶性有機溶剤や結晶成長防止剤、紫外線吸収剤、酸化防止剤、樹脂添加物などを必要に応じて適宜添加することもできる。
水溶性有機溶剤としては、酸の存在下で顔料と分散剤を溶解させ、さらには水に対して自由に混合するものが好ましい。具体的には、炭素数1から3のアルキルアルコール類(例えばメタノール、エタノール、イソプロピルアルコール等)、ケトンまたはケトアルコール類(例えばアセトン、ジアセトンアルコール等)、アミド類(例えばジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド等)、エーテル類(例えばテトラヒドロフラン、ジオキサン等)、ポリアルキレングリコール類(例えばポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等)、アルキレン基が2〜6個の炭素原子を含むアルキレングリコール類(例えばエチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール、トリエチレングリコール、1、2、6―ヘキサントリオール、ヘキシレングリコール、ジエチレングリコール等)、多価アルコール等のアルキルエーテル類(例えばエチレングリコールメチルエーテル、エチレングリコールエチルエーテル等)、アルキルカルボン酸類(例えば酢酸、酪酸等)さらにはN―メチルピロリドン、2−ピロリドン、アセトニトリル、γ−ブチロラクトン等があげられる。
【0036】
結晶成長防止剤としては、当該技術分野において公知のものを適宜用いることが出来る。例えばキナクリドン顔料においてはキナクリドンのフタルイミドメチル誘導体、キナクリドンのスルホン酸誘導体、キナクリドンのN−(ジアルキルアミノ)メチル誘導体、キナクリドンのN−(ジアルキルアミノアルキル)スルホン酸アミド誘導体等が挙げられる。
【0037】
紫外線吸収剤としては、金属酸化物、アミノベンゾエート系紫外線吸収剤、サリチレート系紫外線吸収剤、ベンゾフェノン系紫外線吸収剤、ベンゾトリアゾール系紫外線吸収剤、シンナメート系紫外線吸収剤、ニッケルキレート系紫外線吸収剤、ヒンダードアミン系紫外線吸収剤、ウロカニン酸系紫外線吸収剤およびビタミン系紫外線吸収剤等の紫外線吸収剤が挙げられる。
【0038】
酸化防止剤としては、ヒンダードフェノール系化合物、チオアルカン酸エステル化合物、有機リン化合物、芳香族アミン等が挙げられる。
樹脂添加物としては、変性ポリビニルアルコール、ポリウレタン、カルボキシメチルセルロース、ポリエステル、ポリアリルアミン、ポリビニルピロリドン、ポリエチレンイミン、ポリアミンスルホン、ポリビニルアミン、ヒドロキシエチルセルロース、ヒドロキシプロピルセルロース、メラミン樹脂あるいはこれらの変性物等の合成樹脂などが挙げられる。これらの水溶性有機溶剤や結晶成長防止剤、紫外線吸収剤、樹脂添加物はいずれも1種類単独でまたは2種類以上を併用して使用することができる。
【0039】
本発明において用いられる溶液中の顔料の溶解度を低下させる反応液には、水、含水汎用有機溶媒が用いられる。反応液には、水および分散剤を含む水溶液からなる反応液を用いてもよい。分散剤としては、上記記載の分散剤が使用可能である。また、場合によっては酸およびメタノールやエタノールなどの水溶性有機溶剤を随時添加することも可能である。
【0040】
次に、顔料を酸に溶解した溶液と、該溶液中の顔料の溶解度を低下させる反応液とを前記顔料の分散剤および環状カーボネートの存在下で混合して前記顔料を析出させる。この混合工程で、粒子サイズの均一性を持つナノメートルオーダーの顔料分散体を得るには、これら反応液の混合を可能な限り速やかに行うのが好ましい。ここでは、超音波やホモジナイザーなどの顔料粒子に損傷を与え得る分散方法以外であれば特に限定されるわけではなく、フルゾーン撹拌翼、内部循環型撹拌装置、外部循環型撹拌装置等の従来公知の撹拌、混合、分散、晶析に使用される装置を使用することができる。また、溶液、反応液はシリンジやニードル、チューブなどのノズルからの噴射流として反応場へ投入するのも好ましい。またさらに、短時間で投入するために複数のノズルから投入することも出来る。
【0041】
しかしながら、混合方法としては、少なくとも一つのマイクロ流路からこれら溶液、反応液を混合場へ送り、混合するのが特に好ましい。
具体的なマイクロ流路の開口径は30から1000マイクロメートルが好ましく、これ以下の小さい場合には流路内での圧力損失などにより、反応液を上手く混合場に送ることができない場合がある。またこれ以上の大きい場合にはサイズ均一性の顔料微粒子を得るのが困難である傾向がある。
【0042】
マイクロ流路から供給されるマイクロ流体を利用することで、液体混合過程での混合速度や混合均一性が向上することが知られている。その典型例はマイクロリアクターを用いた、マイクロスケール空間での液体混合である。マイクロリアクターとは、マイクロスケールの複数の流路を有する反応や混合装置を一般に総称するものである。例えば、Wolfang Ehrfeld、Volker Hessel、Holger Loewe著、”Microreactors New Technology for Modern Chemistry” WILEY−VCH社 2000年発行、等に詳細に記載されている。
【0043】
マイクロスケール空間では単位体積あたりの表面積が大きいため複数の層流が接触する界面での拡散混合に極めて有利といわれている。またマイクロスケールの空間では機械的攪拌などを用いなくても分子輸送、反応、分離が分子の自発的挙動だけで速やかに行われる。したがって、マイクロリアクターを利用した反応の場合には、これまでのマクロな反応装置を用いる場合の乱流下での反応に比べて、一般に反応速度が高まるといわれている。さらに複数の流体が常に同じタイミングで接し、層流をなして混合ないし反応が進行していくことにより、均一な混合や反応の秩序性を維持することができる。
【0044】
例えば、マイクロリアクターを利用して微粒子生成反応を行えば、反応が瞬時に進行し、多数の核が生じ、それに基づき多数の粒子が成長するため、一次粒径の小さい微粒子が形成される。また、反応に秩序性があることにより粒度分布を狭く抑えることができる。
【0045】
なお本発明においては、溶液ならびに反応液の温度あるいは反応液同士を混合する際の溶液の温度が、反応液やそれらが混合してできる溶液の送流性および流動性に影響する。またさらにこれらの温度は、再沈殿法で析出する顔料粒子のサイズにも大きく影響する。よって、ナノメートルオーダーの顔料粒子分散体を得るには溶液の温度を−20℃から100℃の範囲で適宜コントロールするのが好ましい。
【0046】
本発明で製造された顔料分散体はインクジェットプリンタ用記録液の着色剤として好ましく使用することができる。この際、インクジェット記録液中の顔料分散体濃度はインクジェット記録液100質量部に対して顔料分が2.0から10.0質量部になるように調製するのが着色力の点から好ましい。
【0047】
本発明のインクジェットプリンタ用記録液にはノズル部分での乾燥、記録液の固化、および粘度調節を目的として、水溶性有機用剤を顔料の分散安定性を損なわない範囲で添加できる。水溶性有機溶剤としては、例えば炭素数1から4のアルキルアルコール類(例えばメタノール、エタノール、n―プロピルアルコール、イソプロピルアルコール、n―ブチルアルコール、sec―ブチルアルコール、tert―ブチルアルコール等)、ケトンまたはケトアルコール類(例えばアセトン、ジアセトンアルコール等)、アミド類(例えばジメチルホルムアミド、ジメチルアセトアミド等)、エーテル類(例えばテトラヒドロフラン、ジオキサン等)、ポリアルキレングリコール類(例えばポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等)、アルキレン基が2〜6個の炭素原子を含むアルキレングリコール類(例えばエチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール、トリエチレングリコール、1、2、6―ヘキサントリオール、ヘキシレングリコール、ジエチレングリコール等)、多価アルコール等のアルキルエーテル類(例えばエチレングリコールメチルエーテル、エチレングリコールエチルエーテル、トリエチレンモノメチルエーテル、トリエチレングリコールモノエチルエーテル等)さらにはN―メチルピロリドン、2−ピロリドン、ジメチルイミダゾリジノン等があげられる。インク中での水溶性有機溶剤の全量としては、インク全量に対して2から60質量部、さらに好適な範囲としては、5から25質量部である。
【0048】
また本発明のインクジェットプリンタ用記録液には紙への浸透性を調節、および顔料分散体の分散安定性を向上させる目的で界面活性剤を添加できる。界面活性剤としてはノニオン性界面活性剤、カチオン性界面活性剤、両性界面活性剤、フッ素系界面活性剤、シリコン系界面活性剤など従来公知の界面活性剤をいずれも好ましく利用できる。インク中での界面活性剤の量としては、インク全量に対して0.05〜10質量部、さらに好適な範囲としては、0.1から5質量部である。本発明のインクジェットプリンタ用記録液には、上記した顔料分散体、水溶性有機溶剤、界面活性剤の他にも防黴剤、酸化防止剤、pH調整剤などの添加剤を適宜配合してもかまわない。
【0049】
また本発明で作成された顔料分散体は、インクジェットプリンタ用記録液、印刷インキ、トナー、塗料、筆記用インキ、フィルム用コーティング材、強誘電体プリンタ、液体現像剤、電子写真用材料、プラスチック用着色剤、ゴム用着色剤、繊維用着色剤など広範囲の水性着色剤として用いることができる。
【実施例】
【0050】
以下、実施例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
なお、顔料粒子の平均粒径はイオン交換水で希釈した後、2μmメンブレンフィルターで濾過してから、DLS−7000(大塚電子社製)を用いて測定している。
【0051】
実施例1
C.I.Pigment Red122の2、9−ジメチルキナクリドン顔料30gに、メタンスルホン酸120mLを加え、フラスコ中で窒素気流下、120℃で20分間撹拌して、キナクリドン顔料を完全に溶解させ濃青紫色の溶液を得る。得られる溶液を室温まで冷却した後、その内の50mLに分散剤であるポリオキシセチルエーテル11.5gおよび環状カーボネートであるエチレンカーボネート11.5gをアセトニトリル50mLに溶解させた混合液をゆっくりと添加して酸性の顔料溶解液を調製する。
【0052】
得られた溶液を図1に示すような混合装置1の一方の、ノズル2の開口4(流径250マイクロメートル)から5mL/minで導入し、またもう一方のノズル2の開口4(流径250マイクロメートル)からポリオキシエチレンラウリルエーテルを0.1wt%含有する水溶液を9.25mL/min導入することでこれらを混合する。その結果、これら二つの流路の一部が互いに接触し層流をなし均一に混合され、マゼンタ色の高濃度(濃度3質量%)キナクリドン顔料が生成する。この時、顔料粒子は分散剤により水溶液中に分散される。その後、得られるキナクリドン顔料の水分散液を限外濾過システム(旭化成製、マイクローザR―UFペンシル型モジュール)を用いて精製する。
【0053】
その結果得られる顔料分散液を二週間放置しても析出物は無く、分散は安定である。またこの顔料分散体の水溶液は高い透明性を有する。顔料微粒子の平均粒子径を25℃にて蒸留水中で測定すると平均粒径は90nmで、その粒子径分布幅は極めて狭い。この顔料分散体を色材物質として分散した分散物をインクジェット用インクとして用いBJプリンターF900(キヤノン製)のインクタンクに充填し、普通紙に記録すると文字がきれいに印字できる。
【0054】
比較例1
実施例1の条件で、エチレンカーボネートを添加せずにキナクリドン顔料微粒子作製を試みた場合には、得られるキナクリドン顔料分散液は見た目にも実施例1で得られるものに比べて光の散乱が顕著であり、著しく凝集した顔料粒子が得られる。またその顔料粒子の平均粒径は200nm以下になることはない。なお得られた顔料分散液を、ホモジナイザーを用いて分散させた場合には、分散時間が5分、10分、20分と経過するとともに粒子サイズが小さくなり、例えば10分間ホモジナイザー分散をした場合には粒子サイズは85nmとなる。
【0055】
しかしながら、時間の経過と共に粒子の凝集が起こり、5日後には粒子サイズが180nmとなる。また、ホモジナイザーに替えて、超音波を用いて同様に分散させた場合にも、超音波照射時間が5分、10分、20分と経過するとともに粒子サイズが小さくなり、例えば20分間超音波を照射した場合には粒子サイズは45nmとなる。しかしながら、この場合も時間の経過と共に粒子の凝集が起こり、5日間後には粒子サイズが160nmとなる。
【0056】
実施例2
無置換キナクリドン顔料36gに、メタンスルホン酸70mLとトリフルオロ酢酸30mLを加え、フラスコ中で窒素気流下、150℃で20分間撹拌して、キナクリドン顔料を完全に溶解させ濃青紫色の溶液を得る。得られた溶液を室温まで冷却した後、その内の50mLに40℃に暖めたエチレンカーボネート100mLにポリオキシセチルエーテル18gとドデシルトリメチルアンモニウムクロリド2gを溶解させた溶液をゆっくりと添加して酸性の顔料溶解液を調製する。
【0057】
得られた溶液を図2に示すような混合装置(マイクロリアクター)6の供給口B8(流径700マイクロメートル)から11mL/minで導入し、また残りの供給口A7(流径260マイクロメートル)および供給口C9(流径240マイクロメートル)からポリオキシエチレンラウリルエーテルを0.1wt%含有する水溶液をそれぞれ15mL/minおよび8mL/minで混合場10へ導入することでこれらを混合する。その結果、これら二つの流路の一部が互いに接触して層流をなし均一に混合され、マゼンタ色の高濃度(濃度4質量%)キナクリドン顔料が生成する。この時、顔料粒子は分散剤により水溶液中に分散される。その後、得られるキナクリドン顔料の水分散液を限外濾過システム(旭化成製、マイクローザR―UFペンシル型モジュール)を用いて精製する。
【0058】
また得られる顔料分散液を二週間放置しても析出物は無く、分散は安定である。またこの顔料分散体の水溶液は高い透明性を有していた。顔料微粒子の平均粒子径を25℃にて蒸留水中で測定すると平均粒径は95nmで、その粒子径分布幅は狭い。この顔料分散体を色材物質として分散した分散物をインクジェット用インクとして用いBJプリンターF900(キヤノン社製)のインクタンクに充填し、普通紙に記録すると文字がきれいに印字できる。
【0059】
比較例2
実施例2の条件で、エチレンカーボネートを添加せずにキナクリドン顔料微粒子作製を試みた場合には、得られるキナクリドン顔料分散液は見た目にも実施例2で得られるものに比べて光の散乱が顕著であり、著しく凝集した顔料粒子が得られる。またその顔料粒子の平均粒径サイズは200nm以下になることはない。
【0060】
実施例3
C.I.Pigment Red122の2、9−ジメチルキナクリドン顔料12gに、メタンスルホン酸60mLを加え、フラスコ中で窒素気流下、150℃で20分間撹拌することで、キナクリドン顔料を完全に溶解させ濃青紫色の溶液を得る。得られる溶液を室温まで冷却した後に、ポリオキシセチルエーテル10gおよび1、3−ジオキサン−2−オン50gを酢酸10mLと混合した溶液を添加して酸性の顔料溶解液を調製する。
【0061】
得られた溶液をニードル内径(流径)500マイクロメートルのシリンジから、スターラー攪拌させたメタノールと水の体積比率が1対10の水溶液120mLへ導入することでこれらを混合する。その結果、マゼンタ色の高濃度(濃度5質量%)キナクリドン顔料が生成する。この時、顔料粒子は分散剤により水溶液中に分散される。その後、得られるキナクリドン顔料の水分散液を限外濾過システム(旭化成製、マイクローザR―UFペンシル型モジュール)を用いて精製する。
【0062】
また得られる顔料分散液を二週間放置しても析出物は無く、分散は安定である。またこの顔料分散体の水溶液は高い透明性を有する。顔料微粒子の平均粒子径を25℃にて蒸留水中で測定すると平均粒径は100nmで、その粒子径分布幅は比較的狭い。この顔料分散体を色材物質として分散した分散物をインクジェット用インクとして用いBJプリンターF900(キヤノン社製)のインクタンクに充填し、普通紙に記録すると文字がきれいに印字できる。
【0063】
比較例3
実施例3の条件で、1、3−ジオキサン−2−オンを添加せずにキナクリドン顔料微粒子作製を試みた場合には、得られるキナクリドン顔料分散液は見た目にも実施例3で得られるものに比べて光の散乱が顕著であり、著しく凝集した顔料粒子が得られる。またその顔料粒子の平均粒径サイズは200nm以下になることはない。
【0064】
実施例4
実施例1の条件で、顔料として銅フタロシアニンを用いて同様に行った場合においても、透明性の高い顔料分散水溶液が得られる。
<インク組成物の調製>
実施例1で得られた水分散顔料溶解液を濃縮し、顔料分10%の濃縮液を得た。この濃縮液50質量部、ジエチレングリコール7.5質量部、グリセリン5質量部、トリメチロールプロパン5質量部、アセチレノールEH0.2質量部、イオン交換水32.3質量部を混合してインク組成物を調製した。
【0065】
<印字評価>
調製したインク組成物をBJプリンターF900(キヤノン製)に搭載し、普通紙に対してベタ画像のインクジェット記録を行った。記録物を目視により評価したところ、鮮明な色相を有することを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明は、超音波分散や機械的ミリング分散などの顔料粒子形状に損傷を与えるような処理を必要とせず、高い顔料濃度でサイズの均一性を持つ微細な顔料粒子分散体が得られるので、発色性や光透過性にも優れた水性着色液、特にインクジェット用して好適な記録液の製造に利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0067】
【図1】本発明で適応可能なマイクロ流路を用いたマイクロ流体同士の開放空間における混合装置の概略図である。
【図2】本発明で適応可能なマイクロ流路を用いたマイクロ流体同士の閉鎖空間における混合装置の概略図である。
【図3】本発明における顔料が分散剤および環状カーボネートの共存下で分散している状態を説明する説明図である。
【符号の説明】
【0068】
1 混合装置
2 ノズル(マイクロ流路)
3 マイクロ流体
4 開口
5 混合を開始した流体
6 マイクロリアクター(混合装置)
7 供給口A
8 供給口B
9 供給口C
10 混合場
11 マイクロ流路
12 顔料
13 分散剤
14 環状カーボネート

【特許請求の範囲】
【請求項1】
顔料を酸に溶解した溶液と、該溶液中の顔料の溶解度を低下させる反応液とを前記顔料の分散剤の存在下で混合して前記顔料を析出させて得られる、前記顔料が分散媒中に分散した顔料分散体の製造方法であって、前記分散剤および環状カーボネートの存在下で、前記溶液と前記反応液とを混合することを特徴とする顔料分散体の製造方法。
【請求項2】
前記顔料がキナクリドンであることを特徴とする請求項1に記載の顔料分散体の製造方法。
【請求項3】
前記環状カーボネートが5原子または6原子からなる環式構造からなることを特徴とする請求項1に記載の顔料分散体の製造方法。
【請求項4】
前記顔料を酸に溶解した溶液と、該溶液中の顔料の溶解度を低下させる反応液の少なくとも一つをマイクロ流路から混合場へ送り込んで混合することを特徴とする請求項1乃至3のいずれかの項に記載の顔料分散体の製造方法。
【請求項5】
前記マイクロ流路の開口径が30から1000マイクロメートルであることを特徴とする請求項4に記載の顔料分散体の製造方法。
【請求項6】
前記顔料を溶解させる酸が水溶性の有機プロトン酸から選ばれる一種類以上であることを特徴とする請求項1乃至5のいずれかの項に記載の顔料分散体の製造方法。
【請求項7】
請求項1乃至6のいずれかに記載の方法で製造されたことを特徴とする顔料分散体。
【請求項8】
請求項7記載の顔料分散体を含有することを特徴とするインクジェットプリンタ用記録液。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−132837(P2009−132837A)
【公開日】平成21年6月18日(2009.6.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−311393(P2007−311393)
【出願日】平成19年11月30日(2007.11.30)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】