説明

飛行時間型質量分析装置

【課題】広い質量電荷比に渡るイオンに対して高感度化とハイスループット化を実現する飛行時間型質量分析装置を提供すること。
【解決手段】イオン輸送部10は、イオン源50で生成されたイオンの少なくとも一部を蓄積し、蓄積したイオンを光軸140(z軸)の方向に排出する衝突室(イオン蓄積部)54と、衝突室(イオン蓄積部)54から排出されたイオンが通過する時の電位が一定である定常電位領域56と、定常電位領域56を通過したイオンが入射する時の定常電位領域56との電位差がイオンの質量電荷比が大きいほど大きくなるように電位が時間的に変化する変動電位領域57と、を含む。飛行時間型質量分析部60は、イオン輸送部10を介して輸送されたイオンを所定の加速タイミングで光軸141(x軸)の方向に加速して検出器160に導く。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飛行時間型質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
エレクトロスプレーイオン化(ESI:Electrospray Ionization)法、大気圧化学イオン化(APCI:Atmospheric Pressure Chemical Ionization)法等の大気圧イオン化法で生成したイオンの質量を高精度に測定することは蛋白質や代謝物の同定の際に重要となる。飛行時間型質量分析装置(TOFMS:Time Of Fright Mass Spectrometer)による質量分析法は、高い測定精度と同時にハイスループットを実現可能であるため、このようなアプリケーションの有力な候補である。これらのイオン化法によってイオンを生成する大気圧イオン源に飛行時間型分析装置を接続する場合、両者の真空度の違いが約10桁にもなるので、インターフェースとして差動排気室が設置される。これらの大気圧イオン源では連続的にイオン化が起こるため、差動排気室には連続的なイオン流が流れ、飛行時間型質量分析装置へと入射する。飛行時間型質量分析装置ではこの連続的なイオン流をパルス的に加速し、質量電荷比による検出器までのイオンの飛行時間差を利用して質量分析が行われる。イオン流の速度分布はその進行方向より垂直方向の方が狭いため、高分解能化という観点から今日ではイオン流に対して垂直方向にイオンを加速する垂直加速飛行時間型質量分析装置(OATOFMS:Orthogonal Acceleration Time Of Fright Mass Spectrometer)が一般的となっている。
【0003】
また、飛行時間型質量分析装置の差動排気室中に四重極マスフィルターと衝突室を設けるとハイブリッド型の四重極飛行時間型質量分析装置(QqTOFMS:Quadrupole-quadrupole Time Of Fright Mass Spectrometer)になる。この装置では四重極マスフィルターで選択したプリカーサーイオンを衝突室で開裂させ、生成したプロダクトイオンの質量スペクトルを飛行時間型質量分析部で観測する。このスペクトルからプリカーサーイオンの構造を推定することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】米国特許第6507019号明細書
【特許文献2】米国特許第5689111号明細書
【特許文献3】特開2005−183022号公報
【特許文献4】特開2003−346706号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、垂直加速飛行時間型質量分析装置(OATOFMS)や四重極飛行時間型質量分析装置(QqTOFMS)にはイオンの利用効率が悪いという問題がある。すなわち、飛行時間型質量分析部の垂直加速部に連続的に入射するイオン流の一部しか加速されないため、加速されなかったイオン流は検出器により検出することができない。ここにイオンの損失が発生する。
【0006】
特許文献1では、四重極飛行時間型質量分析装置(QqTOFMS)でのイオンの損失を低減するために、垂直加速部の手前にイオントラップを設置する手法が提案されている。この質量分析装置では、衝突室をイオントラップとして兼用し、衝突室で一旦トラップしたイオンをパルスとして排出し、パルス状に排出されたイオンが垂直加速部に到着した時点で垂直方向に加速している。イオントラップ(衝突室)がパルス状にイオンを排出するときの効率が高ければ、垂直加速部でのイオンの利用効率は上がるはずである。しかし、この手法ではイオントラップ(衝突室)から排出されたイオンが垂直加速部に到着する間に質量分散が起こり、空間的にも時間的にも引き延ばされ、軽いイオンほど早く、重いイオンほど遅く垂直加速部に到着する。このため、狭い範囲の質量電荷比のイオンしか垂直加速されない。イオントラップの排出効率が高ければ、この狭い範囲の質量電荷比のイオンの検出強度は上がるがそれ以外のイオンは検出することができないという問題がある。
【0007】
また、特許文献2では、垂直加速飛行時間型質量分析装置(OATOFMS)にイオントラップを接続してイオンの利用効率を上げる手法が提案されているが、特許文献1と同様の問題がある。
【0008】
また、特許文献3では衝突室を第1トラップとし、これと垂直加速部の間に第2トラップを配置した四重極飛行時間型質量分析装置(QqTOFMS)において広い質量電荷比を維持したまま高感度化を実現する手法が提案されている。この質量分析装置では、第1トラップでイオンを順次質量選別しながら第2トラップへと排出し、第2トラップではこのイオンを一旦トラップしてパルス状に排出する。第2トラップでのトラップ周期を第1トラップの排出時間より短くすれば、第2トラップから一度の排出動作により排出されるイオンの質量範囲は狭くなる。質量範囲の狭いイオンパルスは質量分散の影響が小さいので、垂直加速部により効率的にイオンを検出器へと導入することができる。しかし、この手法では第1トラップで質量選別が行われるので、すべての質量電荷比のイオンを測定するためには垂直加速を複数回行わなければならない。このため、すべての質量電荷比のイオンを一度に垂直加速することができる通常の四重極飛行時間型質量分析装置(QqTOFMS)よりもスループットが低くなる。
【0009】
また、特許文献4では3次元四重極イオントラップと垂直加速飛行時間型質量分析装置(OATOFMS)を接続したときに広い質量電荷比に渡って高感度化を実現する手法が提案されている。この質量分析装置では、3次元四重極イオントラップの2つのエンドキャップ間に電位差を設け、リング電極の高周波電圧の振幅を順次大きくすることで、重いイオンから先にイオントラップから排出させることができる。一方、イオントラップから垂直加速部までは軽いイオンほど速くなるので、質量電荷比によらずイオンを垂直加速部に同時に入射させることができる。この手法では、イオントラップでの排出前にイオンを質量電荷比ごとにイオントラップ内の一点に収束させなければならない。そのためには、特許文献4の数式(数5)に示される偽ポテンシャルの形成が前提となっているが、偽ポテンシャルの形成は断熱近似の適用結果であり、この適用範囲は特許文献4の数式(数2)で示されたqパラメーターの値で制限される。しかし、特許文献4ではこの制限を考慮していないため、イオンの質量電荷比の範囲は特許文献4の数式(数16)より実際には狭くなる。さらに、偽ポテンシャルが形成されたとしても、イオンを質量電荷比ごとにイオントラップ内の一点に収束させるのが可能なのはトラップ容量の小さい3次元四重極イオントラップの場合であって、よりトラップ容量の大きい2次元イオントラップでは不可能である。
【0010】
本発明は、以上のような問題点に鑑みてなされたものであり、本発明のいくつかの態様によれば、広い質量電荷比に渡るイオンに対して高感度化とハイスループット化を実現する飛行時間型質量分析装置を提供することができる。
【課題を解決するための手段】
【0011】
(1)本発明は、質量電荷比の異なるイオンの飛行時間の差に基づいて質量分析を行う飛行時間型質量分析装置であって、イオン源で生成されたイオンを第1の方向に輸送するイオン輸送部と、前記イオン輸送部を介して輸送されたイオンを所定の加速タイミングで第2の方向に加速して検出器に導く飛行時間型質量分析部と、を備え、前記イオン輸送部は、前記イオン源で生成されたイオンの少なくとも一部を蓄積し、蓄積したイオンを前記第1の方向に排出するイオン蓄積部と、前記第1の方向に沿って前記イオン蓄積部の後方に設けられ、前記イオン蓄積部から排出されたイオンが通過する時の電位が一定である定常電位領域と、前記第1の方向に沿って前記定常電位領域の後方に設けられ、前記定常電位領域を通過したイオンが入射する時の電位が時間的に変化する変動電位領域と、を含み、前記変動電位領域は、イオンが入射する時の前記定常電位領域との電位差がイオンの質量電荷比が大きいほど大きくなるように電位が変化する。
【0012】
本発明の飛行時間型質量分析装置において、定常電位領域では電位が一定であるので、質量電荷比の大きいイオンほど遅くなり(飛行速度が小さくなり)、質量電荷比の小さいイオンほど速くなる(飛行速度が大きくなる)。一方、イオンの質量電荷比が大きいほど変動電位領域にイオンが入射する時の定常電位領域と変動電位領域の電位差が大きくなるように変動電位領域の電位が変化するので、変動電位領域では、質量電荷比の大きいイオンほど速くなり(飛行速度が大きくなり)、質量電荷比の小さいイオンほど遅くなる(飛行速度が小さくなる)。
【0013】
そのため、本発明の飛行時間型質量分析装置によれば、このような変動電位領域を有さない従来の飛行時間型質量分析装置と比較して、第2の方向への加速タイミング(加速開始時点)におけるイオンの空間的・時間的な分布幅をより狭くすることができるので、一度の加速でより広い範囲の質量電荷比のイオンを検出することができる。従って、本発明の飛行時間型質量分析装置によれば、広い質量電荷比に渡るイオンに対して高感度化とハイスループット化を実現することができる。
【0014】
(2)この飛行時間型質量分析装置において、前記飛行時間型質量分析部において、少なくとも所定の取り出し位置又はその近傍で前記第2の方向に加速されたイオンは前記検出器に到着可能であり、観測対象範囲の質量電荷比を有するイオンが前記加速タイミングにおいて前記取り出し位置又はその近傍に到着するように前記変動電位領域の電位が変化するようにしてもよい。
【0015】
この飛行時間型質量分析装置では、変動電位領域の電位を変化させることで、観測対象範囲の質量電荷比を有するイオンは、第2の方向への加速タイミング(加速開始時点)において取り出し位置又はその近傍に到着することができる。従って、この飛行時間型質量分析装置によれば、観測対象範囲の質量電荷比を有するイオンを一度の加速で検出することができる。
【0016】
(3)この飛行時間型質量分析装置において、観測対象範囲の質量電荷比を有するイオンのうち質量電荷比が小さいイオンほど早く前記変動電位領域から出射するように前記変動電位領域の電位が変化し、イオンが前記変動電位領域を出射してから前記第2の方向に加速されるまでに飛行する空間の電位が、少なくとも、観測対象範囲で最小の質量電荷比を有するイオンが前記変動電位領域を出射してから前記加速タイミングに至るまでは前記変動電位領域の電位と等しくなるように変化するようにしてもよい。
【0017】
このようにすれば、イオンの速度が変動電位領域を出射した後も変わらず、質量電荷比の大きいイオンほど速く、質量電荷比の小さいイオンほど遅いので、第2の方向への加速タイミング(加速開始時点)におけるイオンの空間的・時間的な分布幅をさらに狭くすることができる。従って、この飛行時間型質量分析装置によれば、一度の加速でより多くのイオンを検出することができる。
【0018】
(4)この飛行時間型質量分析装置において、前記飛行時間型質量分析部は、通過したイオンの前記第1の方向の運動に基づく運動エネルギーが一定になるように、イオンの質量電荷比に応じて前記第1の方向の電界の大きさを時間的に変化させる偏向器を含むようにしてもよい。
【0019】
一般に、加速されたイオンは、第1の方向の運動に基づく運動エネルギーが所定範囲になければ、検出器まで到達することができない。しかし、この飛行時間型質量分析装置によれば、偏向器を通過したイオンの第1の方向の運動に基づく運動エネルギーが一定になるので、加速時には第1の方向の運動に基づく運動エネルギーが所定範囲になかったイオンも偏向器を通過することにより検出器に到達することができるようになる。従って、この飛行時間型質量分析装置によれば、イオンの損失を低減させることができる。
【0020】
(5)この飛行時間型質量分析装置において、前記イオン蓄積部の軸電圧をV1、イオンが通過する時の前記定常電位領域の電位をV3、前記定常電位領域の前記第1の方向の長さをL1、前記変動電位領域の入口から前記取り出し位置までの距離をL2、前記イオン蓄積部がイオンを排出する時からの時間をt、観測対象範囲の質量電荷比のイオンが前記イオン蓄積部から排出されてから前記取り出し位置又はその近傍に到着するまでの時間をtf1とした時、前記変動電位領域をイオンが通過する時の前記変動電位領域の軸電圧V(t)が、V(t)=V1−(V1−V3)×(L2/L1)×{t/(tf1−t)}であるようにしてもよい。
【0021】
このようにすれば、第2の方向への加速タイミング(加速開始時点)において観測対象範囲の質量電荷比のイオンが取り出し位置又はその近傍に存在するので、より多くのイオンを検出することができるとともに、検出器のサイズをより小さくすることができる。
【0022】
(6)この飛行時間型質量分析装置において、観測対象範囲の質量電荷比を有するイオンが前記変動電位領域の所定位置又はその近傍に同時に到着し、質量電荷比が大きいイオンほど早く前記変動電位領域から出射するように前記変動電位領域の電位が変化し、イオンが前記変動電位領域を出射してから前記第2の方向に加速されるまでに飛行する空間の電位が、少なくとも、観測対象範囲で最大の質量電荷比を有するイオンが前記変動電位領域を出射してから前記加速タイミングに至るまでは一定であるようにしてもよい。
【0023】
この飛行時間型質量分析装置では、定常電位領域では質量電荷比の大きいイオンほど遅くなり、質量電荷比の小さいイオンほど速くなる。一方、変動電位領域では質量電荷比の大きいイオンほど速くなり、質量電荷比の小さいイオンほど遅くなり、質量電荷比が大きいイオンほど早く変動電位領域から出射する。そして、イオンが変動電位領域を出射してから第2の方向に加速されるまでは電位が一定なので、再度、質量電荷比の大きいイオンほど遅くなり、質量電荷比の小さいイオンほど速くなる。従って、この飛行時間型質量分析装置によれば、第2の方向への加速タイミング(加速開始時点)におけるイオンの空間的・時間的な分布幅をより狭くすることができるので、一度の加速でより多くのイオンを検出することができる。
【0024】
(7)この飛行時間型質量分析装置において、観測対象範囲の質量電荷比を有するイオンの前記加速タイミングにおける前記第1の方向の運動に基づく運動エネルギーが一定になるように、イオンが前記変動電位領域から出射する時の前記変動電位領域の電位がイオンの質量電荷比に応じて変化するようにしてもよい。
【0025】
この飛行時間型質量分析装置によれば、観測対象範囲のイオンは、第2の方向への加速タイミング(加速開始時点)における第1の方向の運動に基づく運動エネルギーが一定になるので、観測対象範囲のすべてのイオンを検出器に到着させることができる。従って、この飛行時間型質量分析装置によれば、偏向器がなくてもイオンの損失を低減させることができる。
【0026】
(8)この飛行時間型質量分析装置において、前記イオン蓄積部の軸電圧をV1、イオンが通過する時の前記定常電位領域の電位をV3、前記定常電位領域の前記第1の方向の長さをL1、前記変動電位領域の前記第1の方向の長さをL3、前記イオン蓄積部がイオンを排出する時からの時間をt、観測対象範囲の質量電荷比のイオンが前記イオン蓄積部から排出されてから前記変動電位領域の前記所定位置に到着するまでの時間をtf2、前記変動電位領域の入口から前記変動電位領域の前記所定位置までの距離をL5、イオンが前記変動電位領域を出射してから前記第2の方向に加速されるまでに飛行する空間の電位をV11、前記飛行時間型質量分析部に固有の透過特性電圧をV5とした時、前記変動電位領域にイオンが入射する時の前記変動電位領域の軸電圧V(t)は、V(t)=V1−(V1−V3)×(L5/L1)×{t/(tf2−t)}であり、前記変動電位領域からイオンが出射する時の前記変動電位領域の軸電圧V(t)は、V(t)=V5+V11−(V1−V3)×{(L3×tf2−L5×t)/(L1×t−L1×tf2)}であるようにしてもよい。
【0027】
このようにすれば、第2の方向への加速タイミング(加速開始時点)における観測対象範囲のイオンの第1の方向の運動に基づく運動エネルギーを一定にすることができる。
【0028】
(9)この飛行時間型質量分析装置において、前記イオン輸送部は、前記イオン源で生成されたイオンから所望の範囲の質量電荷比を有するプリカーサーイオンを選択して通過させるイオン選択部を含み、前記イオン蓄積部は、前記イオン選択部を通過した前記プリカーサーの少なくとも一部を開裂させてプロダクトイオンを生成するようにしてもよい。
【0029】
この飛行時間型質量分析装置によれば、検出可能なイオンの質量電荷比の範囲が広く、様々な質量電荷比のプロダクトイオンを一度に検出することができるので、プリカーサーイオンの構造推定を効率的に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】第1実施形態の飛行時間型質量分析装置の構成を示す図。
【図2】第1実施形態におけるイオンの変位の一例を示す図。
【図3】第1実施形態において各電極に印加される電圧の一例を示す図。
【図4】第2実施形態の飛行時間型質量分析装置の構成を示す図。
【図5】第2実施形態におけるイオンの変位の一例を示す図。
【図6】第2実施形態において各電極に印加される電圧の一例を示す図。
【図7】第3実施形態の飛行時間型質量分析装置の構成を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0031】
以下、本発明の好適な実施形態について図面を用いて詳細に説明する。なお、以下に説明する実施の形態は、特許請求の範囲に記載された本発明の内容を不当に限定するものではない。また以下で説明される構成の全てが本発明の必須構成要件であるとは限らない。
【0032】
1.第1実施形態
(1)構成
まず、第1実施形態の飛行時間型質量分析装置の構成について説明する。図1は、第1実施形態の飛行時間型質量分析装置の構成を示す図である。なお、図1は、本実施形態の飛行時間型質量分析装置を鉛直方向に切断した時の概略断面図である。
【0033】
図1に示すように、第1実施形態の飛行時間型質量分析装置1Aは、イオン輸送部10と、飛行時間型質量分析部60と、を含んで構成されている。また、飛行時間型質量分析装置1Aは、イオン源50を含んで構成されていてもよい。
【0034】
イオン源50は、所定の方法で試料をイオン化する。イオン源50は、例えば、ESI法等の大気圧イオン化法によって連続的にイオンを生成する大気圧連続イオン源として実現することができる。
【0035】
イオン輸送部10は、イオン源50の後段にスキマー電極100と電極101が設置されており、スキマー電極100と電極101の間の空間により第1差動排気室51が形成されている。
【0036】
電極101の後段には、多重極イオンガイド150と、さらにその後段に電極102が設置されており、電極101と電極102の間の空間により第2差動排気室52が形成されている。
【0037】
第2差動排気室52の後段には四重極マスフィルター151と衝突室54が設置されている。衝突室54は多重極イオンガイド152の両端に入口電極103と出口電極104を配置した構成であり、外部からガスを導入するためのガス導入手段55(ノズル等)を備えている。衝突室54の出口電極104の後段には、多重極イオンガイド153と、さらにその後段に電極105が設置されている。ただし、多重極イオンガイド153はなくてもよい。電極105の後段には、多重極イオンガイド154と、さらにその後段に電極106が設置されている。電極102と電極106の間の空間により第3差動排気室53が形成されている。
【0038】
以上のように構成されたイオン輸送部10により、イオン源50で生成されたイオンが飛行時間型質量分析部60に輸送される。
【0039】
飛行時間型質量分析部60では、イオン輸送部10の電極106の後段に、押し出し電極110と引き出し電極111が設けられた垂直加速部180が形成されている。
【0040】
イオン源50で生成されたイオンは、スキマー電極100から垂直加速部180の取り出し位置112まで光軸140(z軸)に沿って飛行し、垂直加速部180の押し出し電極110と引き出し電極111の間の空間の所定の取り出し位置112又はその近傍において、光軸140(z軸)と直交する光軸141(x軸)の方向に加速される。なお、光軸140(z軸)の方向は本発明における「第1の方向」の一例であり、光軸141(x軸)の方向は本発明における「第2の方向」の一例である。
【0041】
垂直加速部180において加速されたイオンは、光軸141(x軸)と平行に設けられた電極120と121で構成される偏向器170により、光軸141(x軸)に沿って検出器160へ導かれる。偏向器170の周囲には、電位が等しい等電位領域61が形成されている。
【0042】
イオン源50で生成されたイオンの少なくとも一部が検出器160に到達するように、電極100、101、102、103、104、105、106、110、111、120、121、多重極イオンガイド150、152、153、154及び四重極マスフィルター151には、図示しない電圧供給部により、それぞれ独立に又は他と連動して所与の電圧が印加される。
【0043】
以上に説明したように、飛行時間型質量分析装置1Aは、四重極マスフィルター151と衝突室54が設けられた四重極飛行時間型質量分析装置(QqTOFMS)として構成されている。
【0044】
(2)動作
次に、飛行時間型質量分析装置1Aの動作について説明する。以下では、イオン源50において生成されるイオンが正イオンであるものとして説明するが、負イオンであってもよい。負イオンについても、電圧極性を反転させれば以下と同様の説明を適用することができる。
【0045】
イオン源50において生成されたイオンはスキマー電極100と電極101を通り多重極イオンガイド150に入射する。スキマー電極100と電極101との間の第1差動排気室51は通常100Pa程度の圧力である。第2差動排気室52の圧力は10-2Pa台であるため第1差動排気室51の圧力と比較してかなり低く(すなわち、真空度が高く)、多重極イオンガイド150には電極101のオリフィスを通して大量の空気が進入してくる。多重極イオンガイド150の内部ではイオンと空気中の分子との衝突によってイオンの運動エネルギーはほぼ室温程度にまで低下する。そのため、第2排気室52以降でのイオンの全エネルギーは多重極イオンガイド150の軸電圧V0とイオンの電荷量との積にほぼ等しい。
【0046】
運動エネルギーの低下したイオンは四重極マスフィルター151(本発明におけるイオン選択部の一例)に入射し、所望のイオンがプリカーサーイオンとして選択されて衝突室54に入射する。四重極マスフィルター151と衝突室54が設置されている第3差動排気室53の圧力は10-4Pa台であり、イオンの流れは分子流と見なしても良い。このため、衝突室54に窒素やアルゴン等の不活性ガスを導入したとき、プリカーサーイオンと導入ガスとの衝突エネルギーは最大で多重極イオンガイド150と152の軸電位の電位差とイオンの電荷量との積にほぼ等しい。衝突エネルギーがある値以上となると、プリカーサーイオンは開裂しプロダクトイオンが生成される。プロダクトイオンの生成効率は多重極イオンガイド150と152の軸電圧の電位差によって調節することができる。
【0047】
本実施形態では、衝突室54はイオン蓄積器(本発明におけるイオン蓄積部)としても機能する。すなわち、出口電極104にパルス電圧を印加することにより、衝突室54でイオンの蓄積と排出が繰り返される。具体的には、多重極イオンガイド152の軸電圧をV1とすると、出口電極104には、蓄積時は軸電圧V1より高い電圧V2が印加され、排出時は軸電圧V1より低い電圧V3が印加される。
【0048】
四重極マスフィルター151で選択したプリカーサーイオンを常に衝突室54へ導入させるため、入口電極103には軸電圧V0より低く軸電圧V1より高い電圧が定常的に印加される。導入したガスとの衝突冷却により、出口電極104で跳ね返されて再び入口電極103に戻ってきたイオンのエネルギーは低下している。このため、入口電極103からのイオンの逆流はほとんどなく、衝突室54の透過率をほぼ100%に維持することも可能である。
【0049】
このように排出動作と蓄積動作を繰り返せば、連続的に衝突室54へ入射したプリカーサーイオンは、出口電極104からパルス状に放出される。このイオンパルスには、開裂しなかったプリカーサーイオンと開裂によって生成した様々なプロダクトイオンが含まれ、その時間幅は出口電極104の開放時間Taにほぼ等しい。排出されたこれらのイオンの全エネルギーはガスとの衝突冷却によって多重極イオンガイド152の軸電圧V1とイオンの電荷量との積にほぼ等しくなっている。
【0050】
出口電極104と電極105の間の空間は、本発明における定常電位領域として機能する。すなわち、電極105には軸電圧V1以下の定常電圧が印加される。また、ここに多重極イオンガイド153を設置する場合、その軸電圧も軸電圧V1以下の定常電圧に設定される。すなわち、出口電極104と電極105の間の光軸上(z軸)では定常的に電位が一定の定常電位領域56が形成されている。定常電位領域56では軽いイオンほど速く飛行する。議論の簡略化のため、以降では特に断りのない限り、電極105と多重極イオンガイド153の軸電圧は、共に排出時の出口電極104の電圧V3と同じ設定になっているものとする。この場合、質量電荷比m/zのイオンが定常電位領域56を通過するための時間t1は、次の式(1)で与えられる。
【0051】
【数1】

【0052】
ここで、L1は出口電極104から電極105までの距離、mはイオンの質量、zはイオンの価数、eは電荷素量である。
【0053】
また、本実施形態では、多重極イオンガイド154の軸電圧、及び、電極106に印加される電圧をともに時間的に変動する変動電圧V4(t)にすることにより、定常電位領域56を通過したイオンが垂直加速部180に導かれる。すなわち、電極105と電極106の間の光軸上(z軸)では時間的に電位が変動する変動電位領域57が形成されている。
【0054】
さらに、本実施形態では、予め設定したマスレンジのイオンが電極106を通過後、垂直方向に加速されるまでの間、押し出し電極110に印加される電圧、及び、引き出し電極111に印加される電圧をともに軸電圧V4(t)と一致させる。イオンを垂直方向に加速するときは一時的に押し出し電極110の電圧が引き出し電極111の電圧より高くなるようにする。これにより、イオンは取り出し位置112又はその近傍からほぼ直角に押し出され、検出器160へと導かれる。軸電圧V4(t)は時間的に変動するが、各瞬間における軸方向の電場は発生しないため、変動電位領域57でのイオンのz軸方向の速度成分v1は、多重極イオンガイド154に入射した直後のまま維持される。すなわち、次の式(2)が成り立つ。
【0055】
【数2】

【0056】
ただし、式(2)が成り立つためには、多重極イオンガイド154の長さをその内接円の直径より十分大きくすることにより、多重極イオンガイド154の端縁場の影響を小さくする必要がある。
【0057】
ここで、本実施形態では、定常電位領域56とは逆に変動電位領域57では軽いイオンほど遅くなるように軸電圧V4(t)が設定される。つまり、軸電圧V4(t)は、多重極イオンガイド154に軽いイオンが入射するときは高くなり、重いイオンが入射するときは低くなる。
【0058】
質量電荷比m/zのイオンが電極105から取り出し位置112に到着するまでの時間t2は、次の式(3)で与えられる。
【0059】
【数3】

【0060】
ここで、L2は電極105から取り出し位置112までの距離である。
【0061】
本実施形態では、定常電位領域56で生じた「軽いイオンほど速くなる」という質量分散を変動電位領域57で打ち消すことができる。これにより、広いマスレンジに渡って高い感度が得られる。質量電荷比がma/zからmb/z(ma/z<mb/z)までのイオンを観測対象にする場合、定常電位領域56での質量分散を打ち消すには、ma/zとmb/zのイオンが同時に取り出し位置112に到着すればよい。
【0062】
図2は、質量電荷比がma/zとmb/zの2つのイオンが衝突室54から排出されてから取り出し位置112に到着するまでの変位の一例を示す図である。図2において、縦軸は衝突室54の出口(出口電極104)に対する変位(距離)であり、横軸はイオンが衝突室54から排出されてからの時間である。190はma/zのイオンの変位を示し、191はmb/zのイオンの変位を示している。
【0063】
定常電位領域56ではma/zのイオンの方がmb/zのイオンより速い。従って、図2に示すように、まず先にma/zのイオンが時刻ta1で電極105を通過し、その後、mb/zのイオンが時刻tb1で電極105を通過する。すなわち、ma/zのイオンとma/bのイオンは、それぞれ、時刻ta1とtb1で距離L1の位置に到着する。
【0064】
変動電位領域57と垂直加速部180では逆にmb/zのイオンがma/zのイオンより速くなり、時刻tf1でmb/zのイオンがma/zのイオンが同時に取り出し位置112に到着する。すなわち、ma/zのイオンとmb/zのイオンは、時刻tf1でともに距離L1+L2の位置に同時に到着する。
【0065】
図2から明らかなように、定常電位領域56を通過する時間t1がtf1以上になるイオンは検出できない。このため、最大の質量電荷比mb/zのイオンが定常電位領域56を通過する時間t1は、次の式(4)によって制限される。
【0066】
【数4】

【0067】
式(4)を満たすマスレンジにあるすべてのイオンが同時に取り出し位置112に到着するためには、変動電位領域57の軸電圧V4(t)が、次の式(5)を満たせばよい。
【0068】
【数5】

【0069】
ここで、tは出口電極104よりイオンが排出されてからの時間を表す。
【0070】
この式(5)で表される軸電圧V4(t)を用いて、取り出し位置112でイオンが垂直に押し出される直前の運動エネルギーEzは、次の式(6)で与えられる。
【0071】
【数6】

【0072】
ここで、V4(t)の値はイオンの質量電荷比m/zに依存するので、エネルギーEzもm/zによって異なる値を持つ。このため、質量電荷比がma/zとmb/zのイオンには、次の式(7)によって与えられるエネルギー差ΔEzが存在する。
【0073】
【数7】

【0074】
飛行時間型質量分析部60では取り出し位置112に到着したイオンの初期エネルギーEzが特定の範囲にあるイオンのみが検出器160まで到達することができる。すなわち、エネルギーEzがこの特定の範囲内に収まらなければ、x軸方向に加速されたイオンの一部が検出器160に到達することができず、飛行時間型質量分析部60でイオンの損失が発生する。この損失を低減するために、飛行時間質量分析部60内に偏向器170が設けられている。偏向器170ではイオンの質量電荷比m/zに応じてz軸方向の速度を調整し、検出器160までの透過率を向上する。特に、質量電荷比m/zのイオンが偏向器170を出るときのz軸方向の速度vz1が次の式(8)を満たすように偏向器170の両電極間の電位差を調整すれば、マスレンジ内のすべてのイオンを検出器160に導くことができる。
【0075】
【数8】

【0076】
ここで、zeV5は価数zのイオンが飛行時間型質量分析部60で許容されるエネルギーEzの中心値であり、V5は飛行時間型質量分析部に固有の透過特性電圧である。式(8)は、イオンが偏向器170を出るときのz軸方向の運動に関する運動エネルギーが質量電荷比に関係なくzeV5となることを表している。
【0077】
この式(8)で表される、質量電荷比m/zのイオンが偏向器170を出るときのz軸方向の速度vz1は、偏向器170の中心軸電位と等電位領域61の電位とを等しくすると、次の式(9)で与えられる。
【0078】
【数9】

【0079】
ここで、Lx、Lzはそれぞれ偏向器170のx軸方向とz軸方向の長さ、Δφは電極120と電極121の電位差、V6は押し出し時における取り出し位置112の電位と偏向器170の中心軸との電位差である。但し、式(9)では質量電荷比m/zのイオンが偏向器170を通過する間の電位差Δφは一定と見なしている。
【0080】
また、取り出し位置112で垂直加速されてからイオンが偏向器170に到着するまでの時間tpは、次の式(10)で与えられる。
【0081】
【数10】

【0082】
ここで、kは垂直加速部180から偏向器170までの電位配分や寸法で決まる定数である。式(8)、(9)からΔφを導き、Δφを式(10)を用いて時間tpの関数として表すと、次の式(11)のようになる。
【0083】
【数11】

【0084】
式(11)のように偏向器170の電極120と電極121の電位差を時間変化させると、z軸方向の速度が補正され検出器170への透過率が向上する。等電位領域61の電位をV7とすれば、電極120への印加電圧V8と電極121への印加電圧V9は、それぞれ、次の式(12)と(13)で与えられる。
【0085】
【数12】

【0086】
【数13】

【0087】
図3は、図1に示した飛行時間型質量分析装置1Aの各電極に印加される電圧の一例を示す図である。時刻0で出口電極104の電圧がV2からV3に下がり、イオンパルスが衝突室54から時間Taに渡って排出される。その後、出口電極104の電圧はV2に上がり時間Tbの間イオンを蓄積する。イオンの排出周期Tは開放時間Taと閉鎖時間Tbを合計したものとなる。多重極イオンガイド153の軸電圧と電極105への印加電圧は常に電圧V3である。
【0088】
図2で説明したように、時刻ta1ではまず、設定したマスレンジの中で最も軽いma/zのイオンが多重極イオンガイド154に入射する。その後、順次軽いイオンから多重極イオンガイド154に入射し、時刻tb1において最も重いmb/zのイオンが多重極イオンガイド154に入射する。そのため、多重極イオンガイド154の軸電圧、及び、電極106、押し出し電極110、引き出し電極111の電圧は時刻tc1から時刻tc2の間、式(5)に従って変化させる。時刻tc1は時刻ta1より前、時刻tc2は時刻tb1より後でなければならない。但し、イオンパルスは出口電極104の開放時間Ta程度の時間幅を持っているので、時刻tc1は時刻ta1より時間Ta以上前、時刻tc2は時刻tb1から時間Ta以上後の方がよい。
【0089】
設定したマスレンジのイオンが時刻tf1ですべて同時に取り出し位置112に到着する。時刻tf1において、押し出し電極110が一時的に引き出し電極111より高電圧となるようにパルス電圧201を加えてイオンをx軸方向に押し出す。図3ではパルス電圧201をこれら2つの電極に印加しているが、どちらか一方のみに印加しても構わない。
【0090】
偏向器170の電極120、121は時刻tf1の後にそれぞれ式(12)、(13)に従って時間変化させる。この時間変化は最も重いmb/zのイオンが偏向器170を通り過ぎる時刻tbbまでは少なくとも継続しなければならない。その後、電極120と電極121の電圧はそれぞれ初期値V7+1/2×Δφ(0)とV7-1/2×Δφ(0)に戻す。
【0091】
なお、衝突室54での排出動作の周期Tは、mb/zのイオンが取り出し位置112で垂直加速されてから検出器160に到着するまでの時間より長くしなければならない。
【0092】
以上説明したように、第1実施形態の飛行時間型質量分析装置では、衝突室54(イオン蓄積器)からパルス状に排出されたイオンに対して、定常電位領域56では軽いイオンほど速くなり、変動電位領域57と垂直加速部180では式(5)に従って電位を設定することによって重いイオンほど速くなり、予め設定した範囲の質量電荷比のイオンをすべて同時に取り出し位置112又はその近傍に導くことができる。従って、第1実施形態の飛行時間型質量分析装置によれば、取り出し位置112又はその近傍に同時に到着したこの範囲の質量電荷比のイオンを漏れなく垂直加速して検出器160の方向へと導くことができる。
【0093】
さらに、第1実施形態の飛行時間型質量分析装置では、飛行時間型質量分析部60の光軸141(x軸)と平行となる2枚の電極120、121で構成される偏向器170を等電位空間61に設置し、式(12)、(13)に従い、電極120と電極121の電位差を偏向器170を通過するイオンの質量電荷比ごとに変化させることにより、偏向器170を通過後のイオンの光軸140(z軸)の方向の運動に関する運動エネルギーを質量電荷比に関係なく一定にすることができる。従って、第1実施形態の飛行時間型質量分析装置によれば、取り出し位置112でのイオンの初期エネルギー分布が広い場合でも設定範囲の質量電荷比のほとんどすべてのイオンを検出することができるので、イオンの損失をより低減することができる。
【0094】
このように、第1実施形態によれば、衝突室54でイオン流をパルス化する際にイオンの損失がなければ垂直加速用のパルス201を一度印加するだけで設定した全領域にわたる質量電荷比のイオンを検出することができるので、従来よりも高感度化とハイスループット化を実現可能な飛行時間型質量分析装置を提供することができる。
【0095】
さらに、第1実施形態の飛行時間型質量分析装置によれば、検出可能なイオンの質量電荷比の範囲が広いため、様々な質量電荷比のプロダクトイオンを一度に検出可能であり、プリカーサーイオンの構造推定を効率的に行うことができる。
【0096】
2.第2実施形態
(1)構成
図4は、第2実施形態の飛行時間型質量分析装置の構成を示す図である。なお、図4は、本実施形態の飛行時間型質量分析装置を鉛直方向に切断した時の概略断面図である。図4において、図1と同じ構成には同じ符号を付している。
【0097】
図4に示すように、第2実施形態の飛行時間型質量分析装置1Bは、偏向器170がない点を除いて第1実施形態の飛行時間型質量分析装置1Aと同じである。そのため、飛行時間型質量分析装置1Bの構成については、その説明を省略する。但し、以下に説明するように、飛行時間型質量分析装置1Bでは、多重極イオンガイド153の軸電圧や、電極106、垂直加速部180の押し出し電極110、引き出し電極111に印加する電圧が飛行時間型質量分析装置1Aと異なる。
【0098】
(2)動作
以下では、イオン源50において生成されるイオンが正イオンであるものとして説明するが、負イオンであってもよい。負イオンについても、電圧極性を反転させれば以下と同様の説明を適用することができる。
【0099】
飛行時間型質量分析装置1Aでは電極106に変動電圧V4(t)を印加するのに対し、飛行時間型質量分析装置1Bでは電極106には定常的に一定の電圧V11を印加する。さらに、設定したマスレンジのイオンが電極106を抜け出てから、取り出し位置112又はその近傍で垂直方向に加速されるまでの間、飛行時間型質量分析装置1Aでは押し出し電極110と引き出し電極111に印加する電圧を、ともに多重極イオンガイド154の軸電圧と一致させるのに対し、飛行時間型質量分析装置1Bでは電極106と同じく定常電圧V11を印加する。
【0100】
図5は、質量電荷比がma/zとmb/zの2つのイオン(ma/z<mb/z)が衝突室54から排出されてから取り出し位置112に到着するまでの変位の一例を示す図である。図5において、縦軸は衝突室54の出口(出口電極104)に対する変位(距離)であり、横軸はイオンが衝突室54から排出されてからの時間である。192はma/zのイオンの変位を示し、193はmb/zのイオンの変位を示している。ここでは、定常電位領域56の長さ(出口電極104から電極105までの距離)をL1、変動電位領域57の長さ(電極105から電極106までの距離)をL3、電極106から取り出し位置112までの距離をL4としている。
【0101】
定常電位領域56ではma/zのイオンの方がmb/zのイオンより速く、時刻ta1でma/zのイオンが、時刻tb1でmb/zのイオンが電極105を通過する。すなわち、ma/zのイオンとma/bのイオンは、それぞれ、時刻ta1とtb1で距離L1の位置に到着する。
【0102】
変動電位領域57では逆にmb/zのイオンがma/zのイオンより速くなり、時刻tf2でmb/zのイオンがma/zのイオンを追い越す。すなわち、電極105からこの位置までの距離をL5とすると、ma/zのイオンとma/bのイオンは、時刻tf2でともに距離L1+L5の位置に同時に到着する。
【0103】
その後、重いイオンから順に、時刻tb2でmb/zのイオンが、時刻ta2でma/zのイオンが電極106を通過する。すなわち、ma/zのイオンとma/bのイオンは、それぞれ、時刻ta2とtb2で距離L1+L3の位置に到着する。
【0104】
垂直加速部180では、所定のマスレンジ(ma/z<m/z<mb/z)のイオンが電極106を通過後、垂直方向に加速されるまでの間、押し出し電極110及び引き出し電極111に定常電圧(V11とする)が印加されるので、再度軽いイオンが重いイオンより速くなり、時刻tf3で取り出し位置112においてma/zのイオンがmb/zのイオンに追いつく。すなわち、ma/zのイオンとmb/zのイオンは、時刻tf3でともに距離L1+L3+L4の位置に同時に到着する。
【0105】
議論の簡略化のため、本実施形態でも以降では断りのない限り電極105と多重極イオンガイド153の軸電圧を共に開放時の出口電極104の電圧V3と同じにしているものとする。
【0106】
本実施形態では、多重極イオンガイド154の軸電圧を時間的に変動する変動電圧V10(t)とし、多重極イオンガイド154に対してイオンが入射するときと出射するときで軸電圧V10(t)の特性を切り替える。すなわち、イオンが入射するときの多重極イオンガイド154の軸電圧をV10i(t)、イオンが出射するときの多重極イオンガイド154の軸電圧をV10e(t)とする。軸電圧V10i(t)は式(5)でL2をL5に、tf1をtf2に交換することにより、次の式(14)で与えられる。
【0107】
【数14】

【0108】
ここでtm1は質量電荷比m/zのイオンが多重極イオンガイド154に入射するときの時刻で、その基準は出口電極104での開放時である。多重極イオンガイド154の軸電圧を、少なくとも時刻ta1からtb1の間、式(14)に従って時間変化させると重いイオンほど速くなり、時刻tf2でマスレンジ中のすべてのイオンが出口電極104から距離L1+L5の地点に到着する。多重極イオンガイド154内(すなわち変動電位領域57)でのイオンの速度v2は次の式(15)で与えられる。
【0109】
【数15】

【0110】
一方、軸電圧V10e(tm2)は、多重極イオンガイド154を出射する直前のイオンの全エネルギーが質量電荷比に関係なく一定値zeV12になるように、すなわち、次の式(16)が成り立つように設定される。
【0111】
【数16】

【0112】
ここでtm2は質量電荷比m/zのイオンが多重極イオンガイド154を出射するときの時刻で、その基準は出口電極104での開放時である。時刻tm1、tm2はそれぞれ、次の式(17)、(18)で与えられる。
【0113】
【数17】

【0114】
【数18】

【0115】
従って、式(14)、(15)、(17)、(18)より、軸電圧V10e(tm2)を次の式(19)のように設定すれば式(16)が成り立つ。
【0116】
【数19】

【0117】
従って、少なくとも時刻tm2がtb2からta2の間、多重極イオンガイド154の軸電圧を式(19)のように設定すれば、多重極イオンガイド154の出射時におけるイオンの全エネルギーは質量電荷比に関係なくzeV12となる。そのため、垂直加速部180でのイオンの運動エネルギーEzは、次の式(20)のようになり、質量電荷比に依存しなくなる。
【0118】
【数20】

【0119】
そこで、電圧V12を、次の式(21)のように設定すれば、偏向器170がなくても飛行時間質量分析部60でのイオンの損失を抑えることができる。
【0120】
【数21】

【0121】
ここで、V5は、第1実施形態で説明したように、飛行時間型質量分析部に固有の透過特性電圧である。
【0122】
また、質量電荷比m/zのイオンが電極106から取り出し位置112に到達するまでの時間t4は、次の式(22)で与えられる。
【0123】
【数22】

【0124】
従って、マスレンジがma/zとmb/zの間にあるすべてのイオンが時刻tf3に取り出し位置112に到着するには、次の式(23)を満たす必要がある。
【0125】
【数23】

【0126】
本実施形態では、式(16)と式(23)がともに成り立つように、多重極イオンガイド154の軸電圧V10i、V10eはそれぞれ式(14)、(19)に従って設定される。
【0127】
図6は、図4に示した飛行時間型質量分析装置1Bの各電極に印加される電圧の一例を示す図である。時刻0で出口電極104の電圧がV2からV3に下がり、イオンパルスが衝突室54から時間Taに渡って排出される。その後、出口電極104の電圧はV2に上がり時間Tbの間イオンを蓄積する。イオンの排出周期Tは開放時間Taと閉鎖時間Tbを合計したものとなる。多重極イオンガイド153の軸電圧と電極105への印加電圧は常に電圧V3である。
【0128】
図5で説明したように、時刻ta1ではまず、設定したマスレンジの中で最も軽いma/zのイオンが多重極イオンガイド154に入射する。その後、順次軽いイオンから多重極イオンガイド154に入射し、時刻tb1において最も重いmb/zのイオンが多重極イオンガイド154に入射する。逆に多重極イオンガイド154から出射するのは重いイオンが先となる。時刻tb2ではmb/zのイオンが、時刻ta2ではma/zのイオンが多重極イオンガイド154から出射する。この変動電位領域57に入射するイオンの順序と該変動電位領域57から出射するイオンの順序の逆転を行うため、多重極イオンガイド154の軸電圧は時刻tc1から時刻tc2まで式(14)に従って変化させ、時刻tc2から時刻tc3までは式(19)に従って変化させる。時刻tc1は時刻ta1より前、時刻tc2は時刻tb1と時刻tb2の間、時刻tc3は時刻ta2より後でなければならない。但し、イオンパルスは出口電極104の開放時間Ta程度の時間幅を持っているので、時刻tc1は時刻ta1より時間Ta以上前、時刻tc2は時刻tb1から時間Ta以上後で時刻tb2より時間Ta以上前、時刻tc3は時刻ta2より時間Ta以上後の方がよい。
【0129】
電極106、押し出し電極110及び引き出し電極111に定常電圧V11を印加することにより、設定したマスレンジのすべてのイオンが時刻tf3に同時に取り出し位置112に到着し、イオンのz軸方向の運動に関する運動エネルギーは質量電荷比に依らず一定になる。そして、時刻tf3において、押し出し電極110を一時的に引き出し電極111より高電圧となるようにパルス電圧を加えてイオンをx軸方向に押し出す。図6ではこのパルス電圧201をこれら2つの電極に印加しているが、どちらか一方のみに印加しても構わない。
【0130】
なお、衝突室54での排出動作の周期Tは、mb/zのイオンが取り出し位置112で垂直加速されてから検出器160に到着するまでの時間より長くしなければならない。
【0131】
以上説明したように、第2実施形態の飛行時間型質量分析装置では、衝突室54(イオン蓄積器)からパルス状に排出されたイオンに対して、定常電位領域56では軽いイオンほど速くなり、変動電位領域57では式(14)に従ってイオンの入射時の電位を設定することによって重いイオンほど速くなり、変動電位領域57の出口(電極106)を重いイオンほど早く通過する。そして、垂直加速部180では一定電位に設定することで再度軽いイオンほど速くなり、予め設定した範囲の質量電荷比のイオンをすべて同時に取り出し位置112又はその近傍に導くことができる。従って、第2実施形態の飛行時間型質量分析装置によれば、取り出し位置112又はその近傍に同時に到着したこの範囲の質量電荷比のイオンを漏れなく垂直加速して検出器160の方向へと導くことができる。
【0132】
さらに、第2実施形態の飛行時間型質量分析装置では、変動電位領域57からのイオンの出射時の電位を式(19)に従って設定することによって、垂直加速部180でのイオンの光軸140(z軸)の方向の運動に関する運動エネルギーを質量電荷比に関係なく一定にすることができる。従って、第2実施形態の飛行時間型質量分析装置によれば、第1実施形態のように偏向器170を配置しなくても設定範囲の質量電荷比のほとんどすべてのイオンを検出することができるので、イオンの損失を抑えることができる。
【0133】
このように、第2実施形態によれば、衝突室54でイオン流をパルス化する際にイオンの損失がなければ垂直加速用のパルス201を一度印加するだけで設定した全領域にわたる質量電荷比のイオンを検出することができるので、従来よりも高感度化とハイスループット化を実現可能な飛行時間型質量分析装置を提供することができる。
【0134】
さらに、第2実施形態の飛行時間型質量分析装置によれば、検出可能なイオンの質量電荷比の範囲が広いため、様々な質量電荷比のプロダクトイオンを一度に検出可能であり、プリカーサーイオンの構造推定を効率的に行うことができる。
【0135】
3.第3実施形態
(1)構成
図7は、第3実施形態の飛行時間型質量分析装置の構成を示す図である。なお、図7は、本実施形態の飛行時間型質量分析装置を鉛直方向に切断した時の概略断面図である。図7において、図1と同じ構成には同じ符号を付している。
【0136】
図7に示すように、第3実施形態の飛行時間型質量分析装置1Cは、第1実施形態の飛行時間型質量分析装置1Aと比較して、電極102と四重極マスフィルター151がなく、衝突室54がイオン蓄積器58に置き換わっている。
【0137】
イオン蓄積器58は、飛行時間型質量分析装置1Aにおける衝突室54と同じ構造である。なお、イオン蓄積器58は、本発明におけるイオン蓄積部として機能する。
【0138】
このように、飛行時間型質量分析装置1Cは、垂直加速飛行時間型質量分析装置(OATOFMS)として構成されている。飛行時間型質量分析装置1Cのその他の構成は飛行時間型質量分析装置1Aと同じであるため、その説明を省略する。
【0139】
(2)動作
イオン源50において生成されたイオンはスキマー電極100、電極101、多重極イオンガイド150を通過し、イオン蓄積器58に入射する。ただし、イオン蓄積器58でイオンの開裂が起こらないようにイオンの入射速度が調整されている。イオン蓄積器58では、出口電極104にパルス電圧を印加することにより、イオンの蓄積と排出が繰り返される。多重極イオンガイド152の軸電圧をV1とすると、出口電極104には、蓄積時は軸電圧V1より高い電圧V2が印加され、排出時は軸電圧V1より低い電圧V3が印加される。導入したガスとの衝突冷却により、出口電極104で跳ね返されて再び入口電極103に戻ってきたイオンのエネルギーは低下している。このため、入口電極103からのイオンの逆流はほとんどなく、イオン蓄積器58の透過率をほぼ100%に維持することも可能である。
【0140】
出口電極104以降の構成は、第1実施形態と同じであり、その動作も同じである。すなわち、飛行時間型質量分析装置1Cにおいても、数式(1)〜(13)をそのまま適用することができる。従って、第3実施形態の飛行時間型質量分析装置も、第1実施形態と同様の効果を奏することができる。
【0141】
なお、同様に、第2実施形態の飛行時間型質量分析装置1Bに対して、電極102と四重極マスフィルター151を取り除き、衝突室54をイオン蓄積器58に置き換えて、垂直加速飛行時間型質量分析装置(OATOFMS)を構成することもできる。このように構成された垂直加速飛行時間型質量分析装置(OATOFMS)も、数式(14)〜(23)をそのまま適用することができるので、第2実施形態と同様の効果を奏することができる。
【0142】
なお、本発明は本実施形態に限定されず、本発明の要旨の範囲内で種々の変形実施が可能である。
【0143】
例えば、第1実施形態〜第3実施形態において、定常電位領域56の電位を開放時の出口電極104の電圧V3と等しいものとして説明したが、定常電位領域56の電位は多重極イオンガイド152の軸電圧V1より低ければよい。この場合、定常電位領域56は加速場を形成するが、やはり軽いイオンほど速くなる。この質量分散を打ち消すように変動電位領域57の電圧を時間変化させればよい。
【0144】
また、例えば、第1実施形態〜第3実施形態において、衝突室54(イオン蓄積器58)を多重極イオンガイド152の両端に入口電極103と出口電極104を配置した2次元イオントラップを前提として説明したが、衝突室54(イオン蓄積器58)はリング電極の両端にエンドキャップを配置した3次元四重極イオントラップでもよい。この場合、上流側のエンドキャップを入口電極103、下流側のエンドキャップを出口電極104、3次元四重極イオントラップの中心電圧を多重極イオンガイド152の軸電圧と対応させれば第1実施形態〜第3実施形態で示した動作が可能となる。
【0145】
また、例えば、第2実施形態では偏向器170がない構成例を示したが、偏向器170を設けてもよい。
【0146】
本発明は、実施の形態で説明した構成と実質的に同一の構成(例えば、機能、方法及び結果が同一の構成、あるいは目的及び効果が同一の構成)を含む。また、本発明は、実施の形態で説明した構成の本質的でない部分を置き換えた構成を含む。また、本発明は、実施の形態で説明した構成と同一の作用効果を奏する構成又は同一の目的を達成することができる構成を含む。また、本発明は、実施の形態で説明した構成に公知技術を付加した構成を含む。
【符号の説明】
【0147】
1A、1B、1C 飛行時間型質量分析装置、10 イオン輸送部、50 イオン源、51 第1差動排気室、52 第2差動排気室、53 第3差動排気室、54 衝突室、55 ガス導入手段、56 定常電位領域、57 変動電位領域、58 イオン蓄積器、60 飛行時間型質量分析部、61 等電位領域、100 スキマー電極、101、102 電極、103 入口電極、104 出口電極、105、106 電極、110 押し出し電極、111 引き出し電極、112 取り出し位置、120、121 電極、140、141 光軸、150 多重極イオンガイド、151 四重極マスフィルター、152、153、154 多重極イオンガイド、160 検出器、170 偏向器、180 垂直加速部、201 パルス電圧

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量電荷比の異なるイオンの飛行時間の差に基づいて質量分析を行う飛行時間型質量分析装置であって、
イオン源で生成されたイオンを第1の方向に輸送するイオン輸送部と、
前記イオン輸送部を介して輸送されたイオンを所定の加速タイミングで第2の方向に加速して検出器に導く飛行時間型質量分析部と、を備え、
前記イオン輸送部は、
前記イオン源で生成されたイオンの少なくとも一部を蓄積し、蓄積したイオンを前記第1の方向に排出するイオン蓄積部と、
前記第1の方向に沿って前記イオン蓄積部の後方に設けられ、前記イオン蓄積部から排出されたイオンが通過する時の電位が一定である定常電位領域と、
前記第1の方向に沿って前記定常電位領域の後方に設けられ、前記定常電位領域を通過したイオンが入射する時の電位が時間的に変化する変動電位領域と、を含み、
前記変動電位領域は、
イオンが入射する時の前記定常電位領域との電位差がイオンの質量電荷比が大きいほど大きくなるように電位が変化する、飛行時間型質量分析装置。
【請求項2】
請求項1において、
前記飛行時間型質量分析部において、少なくとも所定の取り出し位置又はその近傍で前記第2の方向に加速されたイオンは前記検出器に到着可能であり、
観測対象範囲の質量電荷比を有するイオンが前記加速タイミングにおいて前記取り出し位置又はその近傍に到着するように前記変動電位領域の電位が変化する、飛行時間型質量分析装置。
【請求項3】
請求項1又は2において、
観測対象範囲の質量電荷比を有するイオンのうち質量電荷比が小さいイオンほど早く前記変動電位領域から出射するように前記変動電位領域の電位が変化し、
イオンが前記変動電位領域を出射してから前記第2の方向に加速されるまでに飛行する空間の電位が、少なくとも、観測対象範囲で最小の質量電荷比を有するイオンが前記変動電位領域を出射してから前記加速タイミングに至るまでは前記変動電位領域の電位と等しくなるように変化する、飛行時間型質量分析装置。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかにおいて、
前記飛行時間型質量分析部は、
通過したイオンの前記第1の方向の運動に基づく運動エネルギーが一定になるように、イオンの質量電荷比に応じて前記第1の方向の電界の大きさを時間的に変化させる偏向器を含む、飛行時間型質量分析装置。
【請求項5】
請求項4において、
前記イオン蓄積部の軸電圧をV1、イオンが通過する時の前記定常電位領域の電位をV3、前記定常電位領域の前記第1の方向の長さをL1、前記変動電位領域の入口から前記取り出し位置までの距離をL2、前記イオン蓄積部がイオンを排出する時からの時間をt、観測対象範囲の質量電荷比のイオンが前記イオン蓄積部から排出されてから前記取り出し位置又はその近傍に到着するまでの時間をtf1とした時、
前記変動電位領域をイオンが通過する時の前記変動電位領域の軸電圧V(t)が、V(t)=V1−(V1−V3)×(L2/L1)×{t/(tf1−t)}である、飛行時間型質量分析装置。
【請求項6】
請求項1又は2において、
観測対象範囲の質量電荷比を有するイオンが前記変動電位領域の所定位置又はその近傍に同時に到着し、質量電荷比が大きいイオンほど早く前記変動電位領域から出射するように前記変動電位領域の電位が変化し、
イオンが前記変動電位領域を出射してから前記第2の方向に加速されるまでに飛行する空間の電位が、少なくとも、観測対象範囲で最大の質量電荷比を有するイオンが前記変動電位領域を出射してから前記加速タイミングに至るまでは一定である、飛行時間型質量分析装置。
【請求項7】
請求項6において、
観測対象範囲の質量電荷比を有するイオンの前記加速タイミングにおける前記第1の方向の運動に基づく運動エネルギーが一定になるように、イオンが前記変動電位領域から出射する時の前記変動電位領域の電位がイオンの質量電荷比に応じて変化する、飛行時間型質量分析装置。
【請求項8】
請求項7において、
前記イオン蓄積部の軸電圧をV1、イオンが通過する時の前記定常電位領域の電位をV3、前記定常電位領域の前記第1の方向の長さをL1、前記変動電位領域の前記第1の方向の長さをL3、前記イオン蓄積部がイオンを排出する時からの時間をt、観測対象範囲の質量電荷比のイオンが前記イオン蓄積部から排出されてから前記変動電位領域の前記所定位置に到着するまでの時間をtf2、前記変動電位領域の入口から前記変動電位領域の前記所定位置までの距離をL5、イオンが前記変動電位領域を出射してから前記第2の方向に加速されるまでに飛行する空間の電位をV11、前記飛行時間型質量分析部に固有の透過特性電圧をV5とした時、
前記変動電位領域にイオンが入射する時の前記変動電位領域の軸電圧V(t)は、V(t)=V1−(V1−V3)×(L5/L1)×{t/(tf2−t)}であり、
前記変動電位領域からイオンが出射する時の前記変動電位領域の軸電圧V(t)は、V(t)=V5+V11−(V1−V3)×{(L3×tf2−L5×t)/(L1×t−L1×tf2)}である、飛行時間型質量分析装置。
【請求項9】
請求項1乃至8のいずれかにおいて、
前記イオン輸送部は、
前記イオン源で生成されたイオンから所望の範囲の質量電荷比を有するプリカーサーイオンを選択して通過させるイオン選択部を含み、
前記イオン蓄積部は、
前記イオン選択部を通過した前記プリカーサーの少なくとも一部を開裂させてプロダクトイオンを生成する、飛行時間型質量分析装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2011−146287(P2011−146287A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−6947(P2010−6947)
【出願日】平成22年1月15日(2010.1.15)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】