飛行時間型質量分析計
【課題】 本発明は飛行時間型質量分析計に関し、ある特定の分裂経路で生成したプロダクトイオンを扇形電場の電圧を変化させることなく通過できるようにすることを目的としている。
【解決手段】 1つ以上の扇形電場をもつ飛行時間型質量分析計(TOFMS)であって、扇形電場型TOFMSを構成する1つ以上の扇形電場の前に配置された、電位を任意に変更できる箱(ポテンシャルリフト)10と、目的とするイオンが前記ポテンシャルリフト10を通過中に電位変更可能とする電位変更手段とを設け、前記ポテンシャルリフト10出口と、扇形電場入口シャント間に、扇形電場入口シャントと同電位の再加速用電極11を配置し、前記ポテンシャルリフト10出口と再加速用電極11間の電位差でイオンを再加速するように構成される。
【解決手段】 1つ以上の扇形電場をもつ飛行時間型質量分析計(TOFMS)であって、扇形電場型TOFMSを構成する1つ以上の扇形電場の前に配置された、電位を任意に変更できる箱(ポテンシャルリフト)10と、目的とするイオンが前記ポテンシャルリフト10を通過中に電位変更可能とする電位変更手段とを設け、前記ポテンシャルリフト10出口と、扇形電場入口シャント間に、扇形電場入口シャントと同電位の再加速用電極11を配置し、前記ポテンシャルリフト10出口と再加速用電極11間の電位差でイオンを再加速するように構成される。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は飛行時間型質量分析計(TOFMS)に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析計を用いた構造解析の手法として、MS/MS測定がある。図8はMS/MS測定の説明図である。これは、ある特定のプレカーサイオンを選択して、自発的に又は強制的に開裂を起こし、その経路から構造解析を行なう方法である。ここで、プレカーサイオンとは、イオン源で生成した特定のイオンをいう。開裂を起こすと、プロダクトイオンが発生する。ここで、プレカーサイオンの開裂によって生じたプロダクトイオンの識別記号として「プロダクトイオンnmn」と表わす。ここで“n”は開裂回数、“mn”はn回目開裂の経路数である。図8に示す場合、プレカーサイオンは開裂1回目でプロダクトイオン11,12,13…等を発生する。これらプロダクトイオンは、全て質量分析される。
【0003】
その発展型として、ある分裂生成したプロダクトイオンを更に開裂させ、その経路を調べる方法もあり、MS3測定と呼ばれる。図9はMS3測定の説明図である。図9では2回の開裂でプロダクトイオン21,22,23,…等を発生する。このようにして、順次プロダクトイオンを選択し、(n−1)回開裂させた分裂経路を調べる方法をMSn測定と呼んでいる。図では、(n−1)回の開裂が生じている。そして、開裂(n−1)回路の開裂が発生している。これら(n−1)回目の開裂プロダクトイオンは、全て質量分析される。
【0004】
従来技術として、イオントラップ型、4重極型、磁場型、飛行時間型の質量分析装置を2つ組み合わせてMS/MS測定を可能にする装置や、イオントラップで(n−2)回の開裂を起こし、順次プロダクトイオンを選択し、(n−1)回目の開裂で生成したプロダクトイオンを飛行時間型質量分析計で全て質量測定し、MSnを可能にしている装置がある。図10はMSn測定の説明図である。
【0005】
一方、TOFMSでは、直線型、反射電場型が主流である。直線型は、原理的にMS/MS測定を行なうことができない。反射電磁場型は、反射電場を通過する時間が、イオンの運動エネルギー、質量に依存することからMS/MS測定に多く用いられている。一般的に、TOFMSは、飛行距離(飛行時間)が長いほど質量分解能が向上する。
【0006】
しかしながら、直線型や反射電場型TOFMSにおいて、飛行距離を伸ばすことは、装置の大型化につながる。この問題を解決したのが扇型(セクター型)電場型TOFMSであり、複数の扇形電場を用いて、長い軌道を少ない装置面積で実現している(例えば非特許文献1参照)。また、その発展として、同一軌道を多重周回させることにより、飛行時間を伸ばすことに成功し、小型・高質量分解能を実現している装置もある(以下、同一軌道型と呼ぶ)(例えば特許文献1,2参照)。その変形例として、各周回の始点と終点を軌道面垂直方向にずらした、らせん軌道型もある(例えば特許文献3参照)。これら扇形電場型TOFMSと、反射電場型TOFMSを組みあわせ、MS/MS測定を可能にした装置も開発されている。
【0007】
次に、ポテンシャルリフトについて説明する。ポテンシャルリフトは、質量分析計の自由空間内中に電位を変更できる箱を配置し、イオンがその中を通過中に電位を変更することを特徴とするものである(例えば特許文献4参照)。
【0008】
また、飛行時間内にイオンが入射し、且つ出射可能であり、内部が一様電位となる導電性の箱を設置し、該箱の電位を特定のイオンの入射時と出射時とで異ならせるようにした装置が開発されている(例えば特許文献5参照)。
【非特許文献1】T.Sakurai et rl hu J.Mass Spectron. Ion Proc66,283(1985)
【特許文献1】特開平11−297257号公報(段落0026〜段落0038、図1)
【特許文献2】特開平11−135061号公報(段落0032〜段落0042、図1)
【特許文献3】特開2000−243345号公報(段落0010〜段落0018、図1)
【特許文献4】特開平10−134764号公報(段落0008〜段落0015、図1)
【特許文献5】特許第3354427号公報(段落0006〜段落0008、図1)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
扇形電場型TOFMSは、小型、高分解能が実現できるという利点があるものの、飛行中の開裂で生成したプロダクトイオンを扇形電場スイッチングなしに通過させることができないという問題がある。その理由を以下に述べる。なお、以下の説明では全てのイオンの電荷は1価である。また、その構成を図11に示す。
【0010】
図11は扇形電場型TOFMSと反射電場型TOFMSを組みあわせた装置の概念図である。図において、1はイオンを出射するイオン源、2はイオン源1から出射されたイオンを開裂させる第1の衝突室(以下衝突室1と略す)、3は衝突室1から出射されたイオンが通過するセクター電場(扇形電場)、4はセクター電場3を通過したイオンのうち、特定のイオンの通過を阻止するイオンゲート、5は該イオンゲート4を通過したイオンを開裂させる第2の衝突室(以下衝突室2と略す)、6は衝突室2から出射されたイオンが導入され、反射されるリフレクトロン(反射型電場)である。
【0011】
図11に示す装置は、セクター電場3が1つで構成される扇形電場型TOFMSと、リフレクトロン6が1つで構成される反射電場型TOFMSの組み合わせであり、この組み合わせで説明する。このように構成された装置において、イオン源1で生成したプレカーサイオンは、加速電圧V0で加速される。この時、イオンの運動エネルギーE0は、E0=eV0で表わされる。ここで、eは電子の電荷である。
【0012】
扇形電場は、プレカーサイオンの運動エネルギーE0をもつイオンが通過できるように設定されている。あるプレカーサイオン(質量M0)が扇形電場の前の衝突室1で開裂してプロダクトイオン1(質量M1)を生成する場合、プロダクトイオンの運動エネルギーE1は次式で表わされる。
【0013】
E1=E0×(M1/M0)
扇形電場は、エネルギーフィルタとして働くため、生成したプロダクトイオンは扇形電場を通過することができない。プロダクトイオンを通過させるためには、扇形電場に到達するまで、扇形電場電圧をE1の運動エネルギーをもつイオンが通過できるように変更しなければならない。その後、扇形電場を通過したプロダクトイオンは、衝突室2に導入され開裂する。この開裂により生成したプロダクトイオンを反射電場型TOFMSで全て質量分析すれば、原理的にはMS3が測定可能である。しかしながら、この方法にはいくつかの問題点がある。以下にその問題点を列挙する。
1.扇形電場をスイッチング電源にすると電圧精度がおち、不安定な装置となる。
2.反射電場の電圧は、プロダクトイオン1(反射電場直前の開裂のプレカーサイオン)の運動エネルギーの値(即ち分裂経路)によってスイッチングする必要がある。この結果、前記問題点1と同様、電圧精度が落ち、不安定な装置となる。
3.開裂手段や扇形電場を増やし、MSn測定を考えた場合、複数回の開裂により、検出器で検出するイオンの運動エネルギーが低くなり、検出感度が低下し、場合によっては検出が不可能になる。
【0014】
以上、説明したように、従来の装置では、現実的には、扇形電場型TOFMSと反射電場型TOFMSを組み合わせる場合、MS/MS測定のみ可能である。
本発明はこのような課題に鑑みてなされたものであって、ある特定の分裂経路で生成したプロダクトイオンを扇形電場の電圧を変化させることなく通過できるようにすることができる飛行時間型質量分析計を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
(1)請求項1記載の発明は、1つ以上の扇形電場をもつ飛行時間型質量分析計(TOFMS)であって、扇形電場型TOFMSを構成する1つ以上の扇形電場の前に配置された、電位を任意に変更できる箱(ポテンシャルリフト)と、目的とするイオンが前記ポテンシャルリフトを通過中に電位変更可能とする電位変更手段とを設け、前記ポテンシャルリフト出口と、扇形電場入口シャント間に、扇形電場入口シャントと同電位の再加速用電極を配置し、前記ポテンシャルリフト出口と再加速電極間の電位差でイオンを再加速することを特徴とする。
【0016】
(2)請求項2記載の発明は、前記1つ以上のポテンシャルリフトの前段に、1つ以上のイオン開裂手段を配置することを特徴とする。
(3)請求項3記載の発明は、前記複数ある開裂手段の構成がそれぞれ異なることを特徴とする。
【0017】
(4)請求項4記載の発明は、前記飛行時間型質量分析計ともう1つの質量分析計とを組み合わせたことを特徴とする。
(5)請求項5記載の発明は、前記もう1つの質量分析計は、反射電場をもつTOFMSであることを特徴とする。
【0018】
(6)請求項6記載の発明は、前記もう1つの質量分析計は、磁場型質量分析計であることを特徴とする。
(7)請求項7記載の発明は、前記2つの質量分析計の間に1つ以上の開裂手段を配置したことを特徴とする。
【0019】
(8)請求項8記載の発明は、前記飛行時間型質量分析計と運動エネルギーを分離測定できる装置を組み合わせたことを特徴とする。
(9)請求項9記載の発明は、前記運動エネルギーを分離測定できる装置が扇形電場であることを特徴とする。
【0020】
(10)請求項10記載の発明は、前記扇形電場型TOFMSと運動エネルギーを分離測定できる装置との間に1つ以上の開裂手段を配置したことを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
(1)請求項1記載の発明によれば、電位を任意に可変できるポテンシャルリフトの出口から出射されるイオンに対して、扇形電場入口シャントと同電位に構成された再加速用電極によりイオンを再加速することで、開裂したイオンが扇形電場の電圧を変更することなく該扇形電場を通過することができるようになる。この結果、ある特定の分裂経路で生成したプロダクトイオンを扇形電場の電圧を変化させることなく通過できるようにすることができる。
【0022】
(2)請求項2記載の発明によれば、1つ以上のポテンシャルリフトの前段に、1つ以上のイオン開裂手段を設けることにより、イオンの開裂回数を増やし、物質の構造を更に詳細に解析することができる。
【0023】
(3)請求項3記載の発明によれば、開裂手段の構成を異ならせることで、物質の構造をより詳細に解析することができる。
(4)請求項4記載の発明によれば、飛行時間型質量分析計ともう1つの質量分析計を組み合わせることで、より詳細に物質の構造を解析することができる。
【0024】
(5)請求項5記載の発明によれば、前記もう1つの質量分析計として反射電場型の質量分析計を用いることができる。
(6)請求項6記載の発明によれば、前記もう1つの質量分析計として磁場型質量分析計を用いることができる。
【0025】
(7)請求項7記載の発明によれば、2つの質量分析計の間に1つ以上の開裂手段を設けることで、更に詳細に物質の構造を解析することができる。
(8)請求項8記載の発明によれば、運動エネルギーを分離測定することで、開裂の経路を把握することができる。
【0026】
(9)請求項9記載の発明によれば、前記エネルギー分離手段として、扇形電場を用いることができる。
(10)請求項10記載の発明によれば、扇形電場型TOFMSと運動エネルギーを分離測定できる装置の間に1つ以上の開裂手段を設けることで、更に開裂を促し、物質の構造をより詳細に解析することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
本発明は、周回軌道中にポテンシャルリフトを配置し、ある特定の分裂経路で生成したプロダクトイオンを扇形電場の電圧を変化させることなく通過できるようにしたものである。この方法を用いると、扇形電場型TOFMSと反射電場型TOFMSと組み合わせた場合に、反射電場のスイッチングを行なう必要がない。従って、簡単にMSn測定が可能となる。
【0028】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態例を詳細に説明する。図1は本発明の第1の実施の形態例を示す構成図である。図11と同一のものは、同一の符号を付して示す。図において、1はイオン源、2は第1の衝突室(衝突室1)、3はセクター(扇形)電場、4はイオンゲート、5は第2の衝突室(衝突室2)、6はリフレクトロン、7は検出器である。
【0029】
10は扇形電場型TOFMSを構成する扇形電場(セクター電場)の前に配置された、その電位を任意に変更できる箱(ポテンシャルリフト)、該ポテンシャルリフト10には、目的とするイオンがポテンシャルリフト10を通過中に電位変更可能とする電位変更手段(図示せず)が設けられている。11は前記ポテンシャルリフト10の出口と、セクター電場3の入口シャント間に設けられた、セクター電場3の入口シャントと同電位の再加速用電極である。
【0030】
図2はポテンシャルリフト、再加速用電極、セクター電場の概略図である。図において、10はポテンシャルリフト、11は再加速用電極、3aはセクター電場シャント、3bはセクター電場電極である。このように構成された装置の動作を説明すれば、以下の通りである。
【0031】
イオン源1で発生したプレカーサイオンは、加速電圧V0で加速される。この時、プレカーサイオン(質量M0)の運動エネルギーは、E0=eV0となる。プレカーサイオンを観測する場合、セクター電場3は運動エネルギーE0のイオンが通過できるように設定されている。リフレクトロン6の電圧は、エネルギーE0のイオンが時間集束するように最適化しておく。ポテンシャルリフト10と再加速用電極11は、自由空間と同電位に設定する。そして、衝突室1,2内は排気しておく。
【0032】
プロダクトイオンを観測する場合には、衝突室1,2に衝突ガスを導入する。プレカーサイオンは、衝突室1に進入し、該衝突室1内のガスと衝突することにより開裂する。この開裂によりプレカーサイオンは、プロダクトイオン1m1(以下、プロダクトイオンnmnのnは開裂の回数、mnはn回目の開裂の経路番号とする)と中性プロダクトに分裂する。この内、中性プロダクトは電場の力を受けないため、セクター電場3を通過することができない。
【0033】
ここで、選択したいプロダクトイオン(この場合プロダクトイオン12)の質量をM1とすると、プロダクトイオン12の運動エネルギーE1は
E1=eV1=E0×(M1/M0)
となる。エネルギーが変化したので、このままではセクター電場3を通過することはできない。
【0034】
そこで、プロダクトイオン12がポテンシャルリフト10を通過中に、ポテンシャルリフト10の電位を(V0−V1)だけ上昇させる。この操作は、図示しない電位変更手段により実施される。ポテンシャルリフト10を通過したプロダクトイオンは、ポテンシャルリフト10の出口端面グリッド電極と再加速用電極11間の電位差(V0−V1)により加速され、運動エネルギーE0となる。よって、セクター電場3の電圧を変化させることなく通過させることができる。
【0035】
また、他の分裂経路により生成するプロダクトイオンの運動エネルギーは、殆どがセクター電場3を通過できるそれよりも大きかったり、小さかったりするのでセクター電場3を通過することができない。
【0036】
この方法の場合、プレカーサイオンとプロダクトイオンの質量の比が同じであれば、他のプレカーサイオンからプロダクトイオンでも通過することができる。また、セクター電場3には通過することのできる運動エネルギーの幅があるため、選択したいプロダクトイオン以外も通過する可能性がある。このイオンを排除するために、イオンゲート4を配置している。該イオンゲート4は、オフの時イオンが直進でき、オンではイオンを偏向するためイオンは排除される。そして、プロダクトイオン12が通過する時のみイオンゲート4をオフにし、それ以外はオンにする。
【0037】
プロダクトイオン12は、イオンゲート4を通過した後、衝突室2に導入される。該衝突室2内のガスとの衝突により、選択されたプロダクトイオンは開裂する。生成したプロダクトイオン2m2全てを反射電場型TOFMSで質量測定する。具体的には、リフレクトロン6から反射されたイオンを検出器7で検出する。この時、プロダクトイオン12の運動エネルギーがE0であるため、反射電場電圧のスイッチングの必要がない。これにより、MS3測定が可能となる。
【0038】
以上、説明したように、この実施の形態例によれば、電位を任意に可変できるポテンシャルリフトの出口から出射されるイオンに対して、扇形電場入口シャント3aと同電位に構成された再加速用電極11によりイオンを再加速することで、開裂したイオンが扇形電場3の電圧を変更することなく該扇形電場3を通過することができるようになる。この結果、ある特定の分裂経路で生成したプロダクトイオンを扇形電場の電圧を変化させることなく通過できるようにすることができる。
【0039】
また、1つ以上のポテンシャルリフトの前段に、1つ以上のイオン開裂手段(衝突室)を設けることにより、イオンの開裂回数を増やし、物質の構造を更に詳細に解析することができる。
【0040】
また、各開裂手段の構成を異ならせることで、開裂を生ぜしめ、物質の構造をより詳細に解析することができる。
また、飛行時間型質量分析計ともう1つの質量分析計を組み合わせることで、より詳細に物質の構造を解析することができる。
【0041】
この場合において、前記もう1つの質量分析計として反射電場型の質量分析計を用いることができる。
また、前記もう1つの質量分析計として磁場型質量分析計を用いることができる。
【0042】
また、2つの質量分析計の間に1つ以上の開裂手段を設けることで、更に詳細に物質の構造を解析することができる。
図3は本発明の第2の実施の形態例を示す構成図である。図1と同一のものは、同一の符号を付して示す。この実施の形態例は、4つのセクター電場中をイオンが周回して飛行距離をかせぐようにしたものである。必要な回数だけ周回したイオンは、イオンゲートに導入された後、衝突室に入って開裂し、リフレクトロンで反射された後、検出器に導かれる。
【0043】
図3において、1はイオン銃、3Aはイオン源1から出射されたイオンを通過させるセクター電場1、3Bはセクター電場(扇形電場)1を通過したイオンを通過させるセクター電場2、2はセクター電場2を通過したイオンが導入される衝突室1、10は衝突室1から出射されたイオンが導入されるポテンシャルリフト、11はポテンシャルリフト10を通過したイオンが加速される再加速用電極、3Cは再加速用電極11で加速されたイオンを通過させるセクター電場3である。
【0044】
3Dはセクター電場3を通過したイオンを通過させるセクター電場4である。4はセクター電場4を通過したイオンを受けるイオンゲート、5は該イオンゲート4を通過したイオンが導入される衝突室2、6は衝突室2を通過したイオンが導入されるリフレクトロン、7は該リフレクトロン6で反射されたイオンが導かれる検出器である。このように構成された装置の動作を説明すれば、以下の通りである。
【0045】
イオン源1で生成したプレカーサイオンは、同一軌道型TOFMSに導入され、周回する。導入時には、セクター電場4の電圧はオフになっており、イオンが1周回後セクター電場4に到達するまでにオンにする。イオン源1にて加速電圧V0で加速した場合、プレカーサイオン(質量M0)の運動エネルギーE0は、E0=eV0となる。セクター電場1〜4は、運動エネルギーE0の運動エネルギーをもつイオンが通過できるように設定する。また、ポテンシャルリフト10と再加速用電極11は、自由空間と同電位に設定されている。また、衝突室1,2は排気しておく。
【0046】
プレカーサイオンの選択に必要な回数(N1回:N1>0)イオンを周回させる。選択したいプレカーサイオンがN1周目のセクター電場2を通過後、次の周回までに衝突室1にガスを充填する。(N1+1)周目にセクター電場2を通過したプレカーサイオンは、衝突室1内のガスと衝突することにより開裂する。この開裂により、プレカーサイオンは、プロダクトイオン1m1と中性プロダクトに分裂する。中性プロダクトは電場の力を受けないので、セクター電場3を通過することはできない。
【0047】
選択したいプロダクトイオン(この場合プロダクトイオン12)の質量をM1とすると、プロダクトイオン12の運動エネルギーE1は
E1=eV1=E0×(M1/M0)
となる。このまま飛行すると、セクター電場3を通過することはできない。
【0048】
そこで、プロダクトイオンがポテンシャルリフト10を通過中に、ポテンシャルリフト10の電位を電位変更手段(図示せず)により(V0−V1)だけ上昇させる。ポテンシャルリフト10を通過したプロダクトイオンは、ポテンシャルリフト10出口端面グリッド電極と再加速用電極11間の電位(V0−V1)により加速され運動エネルギーE0となる。
【0049】
よって、セクター電場3の電圧を変化させることなく通過させることができる。また、他の分裂経路により生成するプロダクトイオンの運動エネルギーは、殆どがセクター電場3を通過できるそれよりも大きかったり、小さかったりするので、セクター電場3を通過できない。プロダクトイオンが再加速用電極11を通過後、ポテンシャルリフト10の電位を自由空間電位に戻し、衝突室1のガスを排気する。
【0050】
セクター電場1〜4には、通過することのできる運動エネルギーの幅があるため、選択したいプロダクトイオン以外のものも通過する可能性がある。それらを選択するために必要な周回数プロダクトイオンを周回(N2回:N2>0)させる。(N1+N2)周回目のセクター電場1を通過後、セクター電場1の電圧をオフにする。(N1+N2+N3)周回目でプロダクトイオン12はセクター電場1を直進し、セクター電場型TOFMSを通過する。
【0051】
セクター電場型TOFMSを通過後、プロダクトイオン12をイオンゲート4により選択する。イオンゲート4を通過後、プロダクトイオン12は衝突室2に導入される。衝突室2に導入されたガスとの衝突により選択されたプロダクトイオン12は開裂する。そして、生じたプロダクトイオン2m2全てをリフレクトロン6で質量測定する。即ち、リフレクトロン6を通過したイオンは、検出器7にて検出される。これにより、MS3測定が可能である。
【0052】
このように、この実施の形態例によれば、4個のセクター電場を用いてプロダクトイオンを複数回周回させて飛行距離をかせぎ、正確な質量分析を行なうことができる。即ち、電位を任意に可変できるポテンシャルリフトの出口から出射されるイオンに対して、扇形電場入口シャント3aと同電位に構成された再加速用電極11によりイオンを再加速することで、開裂したイオンが扇形電場3の電圧を変更することなく該扇形電場3を通過することができるようになる。この結果、ある特定の分裂経路で生成したプロダクトイオンを扇形電場の電圧を変化させることなく通過できるようにすることができる。
【0053】
本発明によれば、飛行時間型質量分析計と運動エネルギーを分離測定できる装置を組み合わせることができる。これにより、開裂の経路を把握することができる。この場合において、エネルギー分離装置として扇形電場を用いることができる。また、本発明によれば、扇形電場型TOFMSと運動エネルギーを分離測定できる装置の間に1つ以上の開裂手段を設けることにより、更に開裂を促し、物質の構造をより詳細に解析することができる。
【0054】
図4は本発明の第3の実施の形態例を示す構成図である。図3と同一のものは、同一の符号を付して示す。この実施の形態例は、同一軌道型TOFMSでMSn(n>4)測定を行なうものである。各構成要素そのものは、図3に示す実施の形態例と同じである。相違点のみ説明する。4aはセクター電場(扇形電場)4とセクター電場1との間に配置された第1のイオンゲート、4bはセクター電場1と衝突室2との間に配置された第2のイオンゲートである。このように構成された装置の動作を説明すれば、以下のとおりである。
【0055】
イオン源1で生成したプレカーサイオンは、同一軌道型TOFMSに導入され周回する。導入時には、セクター電場4の電圧はオフとなっており、イオンが1周回後、セクター電場4に到達するまでにオンにする。イオン源1にて加速電圧V0で加速された場合、プレカーサイオン(質量M0)の運動エネルギーE0は、E0=eV0となる。多重周回型TOFMSのセクター電場1〜4は、E0の運動エネルギーをもつイオンが通過できるように設定する。そして、プレカーサイオンの選択に必要な回数(N1回:N1>0)イオンを周回させる。
【0056】
選択したいプレカーサイオンがN1周目のセクター電場3を通過後、次の周回までに衝突室1にガスを充填する。(N1+1)周目にセクター電場3を通過したプレカーサイオンは、衝突室1内のガスと衝突することにより開裂する。開裂によりプレカーサイオンは、プロダクトイオン1m1と中性プロダクトに分裂する。中性プロダクトは電場の力を受けないので、セクター電場3を通過することはできない。
【0057】
選択したいプロダクトイオン(この場合のプロダクトイオン12)の質量をM1とすると、プロダクトイオン12の運動エネルギーE1は、
E1=eV1=E0×(M1/M0)
となる。このまま飛行すると、セクター電場3を通過することはできない。そこで、プロダクトイオンがポテンシャルリフト10を通過中に、ポテンシャルリフト10の電位を(V0−V1)だけ電位変更手段(図示せず)により変化させる。ポテンシャルリフト10を通過したプロダクトイオンは、ポテンシャルリフト出口端面グリッド電極と再加速用電極11間の電位(V0−V1)により再加速され運動エネルギーE0となる。
【0058】
よって、セクター電場3の電圧を変化させることなくイオンを通過させることができる。また、他のプロダクトイオンは、運動エネルギーがセクター電場を通過できるそれよりも大きかったり、小さかったりするのでセクター電場3を通過することはできない。プロダクトイオン12が再加速用電極11を通過後、ポテンシャルリフト10の電位は軌道中心電位に戻し、衝突室1のガスを排気する。
【0059】
次に、プロダクトイオン12を更に開裂させる。セクター電場1〜4は、通過することのできる運動エネルギーの幅があるため、選択したいプロダクトイオン以外のものも通過する可能性がある。しかしながら、それらは全て飛行時間が異なるものであるので、それらを選択するのに必要な周回数プロダクトイオンを周回(N3回:N3>0)させる。プロダクトイオン12が(N1+N2+1)周目のセクター電場3を通過後、次の周回までに衝突室1にガスを充填する。
【0060】
同一軌道型TOFMSの任意の場所に配置した(本実施の形態例では、セクター電場4と1の間)イオンゲート1にて、プロダクトイオン12を選択する。(N1+N2+2)周目、セクター電場3を通過したプレカーサイオンは、衝突室1内のガスと衝突することにより開裂する。開裂によりプレカーサイオンは、プロダクトイオン2m2と中性プロダクトに分裂する。中性プロダクトは、電場の力を受けないため、セクター電場3を通過することはできない。
【0061】
次に、選択したいプロダクトイオン(この場合プロダクトイオン22)の質量をM2とすると、プロダクトイオン22の運動エネルギーE2は、
E2=eV2=E0×(M2/M1)
となる。このまま飛行すると、セクター電場3を通過することはできない。
【0062】
そこで、プロダクトイオン22がポテンシャルリフト10を通過中に、ポテンシャルリフト10の電位を電位変更手段(図示せず)により(V0−V2)だけ上昇させる。ポテンシャルリフト10を通過したプロダクトイオンは、ポテンシャルリフト10の出口端面グリッド電極と再加速用電極11間の電位(V0−V2)により加速され、運動エネルギーE0となる。よって、セクター電場3の電圧を変化させることなく、イオンを通過させることができる。また、他の大多数のプロダクトイオンは、運動エネルギーが、セクター電場を通過できるそれよりも大きかったり、小さかったりするので、セクター電場3を通過することができない。
【0063】
プロダクトイオン22が、セクター電場1に到達するまでに、セクター電場1の電圧をオフにする。プロダクトイオン22はセクター電場1に到達するまでにセクター電場1の電圧をオフにする。この結果、プロダクトイオン22はセクター電場1を直進し、衝突室2に向かって飛行する。同一軌道型TOFMSと反射電場型TOFMSの間に配置されたイオンゲート2でプロダクトイオン22を選択する。衝突室2に導入されたガスとの衝突により選択されたプロダクトイオン22は開裂する。生じたプロダクトイオン全てをリフレクトロン6で質量測定する。即ち、通過したイオンは検出器7に導かれこれによりMS4の測定が可能である。また、前記シーケンスを順次繰り返せばMSn(n>5)が可能である。図4に示す第3の実施の形態例の効果は、図3に示す第2の実施の形態例と同様である。
【0064】
図5は本発明の第4の実施の形態例を示す構成図である。図4と同一のものは、同一の符号を付して示す。この実施の形態例は、4つのセクター電場(扇形電場)をらせん状に配置して、イオンがらせん状に周回することで、飛行時間をかせぐようにしたものである。図において、1はイオン銃、3Aはセクター電場1、3Bはセクター電場2、3Cはセクター電場3、3Dはセクター電場4である。2は衝突室1、10はポテンシャルリフト、11は再加速用電極、4はイオンゲート、5は衝突室2、6はリフレクトロン、7は検出器である。
【0065】
図6は図5をA側から見た図、図7は図5をB側から見た図である。らせん軌道の場合、全ての軌道が異なり、周回数は装置により一定である。ここでは、5周目のセクター電場2と、セクター電場3間に衝突室1とポテンシャルリフト10を配置したものを示すが、これに限るものではない。このように構成された装置の動作を説明すれば、以下の通りである。
【0066】
イオン源1で生成したプレカーサイオンは、らせん軌道型TOFMSに導入され周回する。イオン源1にて加速電圧V1で加速された場合、プレカーサイオン(質量M0)の運動エネルギーE0は、E0=eV0となる。セクター電場1〜4は、E0の運動エネルギーをもつイオンが通過できるように設定する。また、ポテンシャルリフト10と再加速用電極11は、はじめは自由空間と同電位に設定されている。また、衝突室1と2には予めガスを充填しておく。
【0067】
5周目セクター電場2を通過したプレカーサイオンは、衝突室1内のガスと衝突することにより開裂する。開裂によりプレカーサイオンは、プロダクトイオン1m1と中性プロダクトに分裂する。中性プロダクトは電場の力を受けないため、セクター電場3を通過することはできない。
【0068】
選択したいプロダクトイオン(この場合プロダクトイオン12)の質量をM1とすると、このプロダクトイオン12の運動エネルギーE1は
E1=eV1=E0×(M1/M0)
となる。このまま飛行するとエネルギーが変化しているので、プロダクトイオンはセクター電場3を通過することはできない。
【0069】
そこで、プロダクトイオンがポテンシャルリフト10を通過中に、ポテンシャルリフト10の電位を電位変更手段(図示せず)により(V0−V1)だけ上昇させる。ポテンシャルリフト10を通過したプロダクトイオンは、ポテンシャルリフト10出口端面グリッド電極と再加速用電極間の電位(V0−V1)により加速され、運動エネルギーE0となる。よって、セクター電場3の電圧を変化させることなくプロダクトイオンを通過させることができる。また、他のプロダクトイオンは、運動エネルギーがセクター電場を通過できるそれよりも大きかったり、小さかったりするのでセクター電場3を通過することはできない。
【0070】
セクター電場1〜4には、通過することのできる運動エネルギーの幅があるため、選択したいプロダクトイオン以外のものも通過する可能性がある。そこで、らせん軌道型TOFMSを通過したプロダクトイオン12をイオンゲート4で選択する。プロダクトイオン12は、衝突室2に導入され、ガスとの衝突により開裂する。生じたプロダクトイオンを全てリフレクトロン6で反射して検出器7に導く。これにより、MS3測定が可能である。図5に示す実施の形態例の効果は、図3,図4に示す実施の形態例と同様である。
【0071】
上述した実施の形態例では、MS3について説明したが、衝突室、ポテンシャルリフト、再加速用電極をらせん軌道型TOFMSの扇形電場間にn組配置すれば、MSn+2測定が可能となる。
【0072】
以上、説明したように、本発明によれば、扇形電場(セクター電場)型TOFMS中に(開裂手段+ポテンシャルリフト+再加速用電極)の組を複数組組み込むことにより、扇形電場及び反射電場の電圧を変化させずにプロダクトイオンを測定することができ、扇形電場型TOFMSと反射電場型TOFMSの組み合わせでMSn(n>0)測定を可能とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】本発明の第1の実施の形態例を示す構成図である。
【図2】ポテンシャルリフト、再加速用電極、セクター電場の概略図である。
【図3】本発明の第2の実施の形態例を示す構成図である。
【図4】本発明の第3の実施の形態例を示す構成図である。
【図5】本発明の第4の実施の形態例を示す構成図である。
【図6】図5をA側から見た図である。
【図7】図5をB側から見た図である。
【図8】MS/MS測定の説明図である。
【図9】MS3測定の説明図である。
【図10】MSn測定の説明図である。
【図11】扇形電場型TOFMSと反射電場型TOFMSを組み合わせた装置の概念図である。
【符号の説明】
【0074】
1 イオン源
2 衝突室1
3 セクター電場
4 イオンゲート
5 衝突室2
6 リフレクトロン
7 検出器
10 ポテンシャルリフト
11 再加速用電極
【技術分野】
【0001】
本発明は飛行時間型質量分析計(TOFMS)に関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析計を用いた構造解析の手法として、MS/MS測定がある。図8はMS/MS測定の説明図である。これは、ある特定のプレカーサイオンを選択して、自発的に又は強制的に開裂を起こし、その経路から構造解析を行なう方法である。ここで、プレカーサイオンとは、イオン源で生成した特定のイオンをいう。開裂を起こすと、プロダクトイオンが発生する。ここで、プレカーサイオンの開裂によって生じたプロダクトイオンの識別記号として「プロダクトイオンnmn」と表わす。ここで“n”は開裂回数、“mn”はn回目開裂の経路数である。図8に示す場合、プレカーサイオンは開裂1回目でプロダクトイオン11,12,13…等を発生する。これらプロダクトイオンは、全て質量分析される。
【0003】
その発展型として、ある分裂生成したプロダクトイオンを更に開裂させ、その経路を調べる方法もあり、MS3測定と呼ばれる。図9はMS3測定の説明図である。図9では2回の開裂でプロダクトイオン21,22,23,…等を発生する。このようにして、順次プロダクトイオンを選択し、(n−1)回開裂させた分裂経路を調べる方法をMSn測定と呼んでいる。図では、(n−1)回の開裂が生じている。そして、開裂(n−1)回路の開裂が発生している。これら(n−1)回目の開裂プロダクトイオンは、全て質量分析される。
【0004】
従来技術として、イオントラップ型、4重極型、磁場型、飛行時間型の質量分析装置を2つ組み合わせてMS/MS測定を可能にする装置や、イオントラップで(n−2)回の開裂を起こし、順次プロダクトイオンを選択し、(n−1)回目の開裂で生成したプロダクトイオンを飛行時間型質量分析計で全て質量測定し、MSnを可能にしている装置がある。図10はMSn測定の説明図である。
【0005】
一方、TOFMSでは、直線型、反射電場型が主流である。直線型は、原理的にMS/MS測定を行なうことができない。反射電磁場型は、反射電場を通過する時間が、イオンの運動エネルギー、質量に依存することからMS/MS測定に多く用いられている。一般的に、TOFMSは、飛行距離(飛行時間)が長いほど質量分解能が向上する。
【0006】
しかしながら、直線型や反射電場型TOFMSにおいて、飛行距離を伸ばすことは、装置の大型化につながる。この問題を解決したのが扇型(セクター型)電場型TOFMSであり、複数の扇形電場を用いて、長い軌道を少ない装置面積で実現している(例えば非特許文献1参照)。また、その発展として、同一軌道を多重周回させることにより、飛行時間を伸ばすことに成功し、小型・高質量分解能を実現している装置もある(以下、同一軌道型と呼ぶ)(例えば特許文献1,2参照)。その変形例として、各周回の始点と終点を軌道面垂直方向にずらした、らせん軌道型もある(例えば特許文献3参照)。これら扇形電場型TOFMSと、反射電場型TOFMSを組みあわせ、MS/MS測定を可能にした装置も開発されている。
【0007】
次に、ポテンシャルリフトについて説明する。ポテンシャルリフトは、質量分析計の自由空間内中に電位を変更できる箱を配置し、イオンがその中を通過中に電位を変更することを特徴とするものである(例えば特許文献4参照)。
【0008】
また、飛行時間内にイオンが入射し、且つ出射可能であり、内部が一様電位となる導電性の箱を設置し、該箱の電位を特定のイオンの入射時と出射時とで異ならせるようにした装置が開発されている(例えば特許文献5参照)。
【非特許文献1】T.Sakurai et rl hu J.Mass Spectron. Ion Proc66,283(1985)
【特許文献1】特開平11−297257号公報(段落0026〜段落0038、図1)
【特許文献2】特開平11−135061号公報(段落0032〜段落0042、図1)
【特許文献3】特開2000−243345号公報(段落0010〜段落0018、図1)
【特許文献4】特開平10−134764号公報(段落0008〜段落0015、図1)
【特許文献5】特許第3354427号公報(段落0006〜段落0008、図1)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
扇形電場型TOFMSは、小型、高分解能が実現できるという利点があるものの、飛行中の開裂で生成したプロダクトイオンを扇形電場スイッチングなしに通過させることができないという問題がある。その理由を以下に述べる。なお、以下の説明では全てのイオンの電荷は1価である。また、その構成を図11に示す。
【0010】
図11は扇形電場型TOFMSと反射電場型TOFMSを組みあわせた装置の概念図である。図において、1はイオンを出射するイオン源、2はイオン源1から出射されたイオンを開裂させる第1の衝突室(以下衝突室1と略す)、3は衝突室1から出射されたイオンが通過するセクター電場(扇形電場)、4はセクター電場3を通過したイオンのうち、特定のイオンの通過を阻止するイオンゲート、5は該イオンゲート4を通過したイオンを開裂させる第2の衝突室(以下衝突室2と略す)、6は衝突室2から出射されたイオンが導入され、反射されるリフレクトロン(反射型電場)である。
【0011】
図11に示す装置は、セクター電場3が1つで構成される扇形電場型TOFMSと、リフレクトロン6が1つで構成される反射電場型TOFMSの組み合わせであり、この組み合わせで説明する。このように構成された装置において、イオン源1で生成したプレカーサイオンは、加速電圧V0で加速される。この時、イオンの運動エネルギーE0は、E0=eV0で表わされる。ここで、eは電子の電荷である。
【0012】
扇形電場は、プレカーサイオンの運動エネルギーE0をもつイオンが通過できるように設定されている。あるプレカーサイオン(質量M0)が扇形電場の前の衝突室1で開裂してプロダクトイオン1(質量M1)を生成する場合、プロダクトイオンの運動エネルギーE1は次式で表わされる。
【0013】
E1=E0×(M1/M0)
扇形電場は、エネルギーフィルタとして働くため、生成したプロダクトイオンは扇形電場を通過することができない。プロダクトイオンを通過させるためには、扇形電場に到達するまで、扇形電場電圧をE1の運動エネルギーをもつイオンが通過できるように変更しなければならない。その後、扇形電場を通過したプロダクトイオンは、衝突室2に導入され開裂する。この開裂により生成したプロダクトイオンを反射電場型TOFMSで全て質量分析すれば、原理的にはMS3が測定可能である。しかしながら、この方法にはいくつかの問題点がある。以下にその問題点を列挙する。
1.扇形電場をスイッチング電源にすると電圧精度がおち、不安定な装置となる。
2.反射電場の電圧は、プロダクトイオン1(反射電場直前の開裂のプレカーサイオン)の運動エネルギーの値(即ち分裂経路)によってスイッチングする必要がある。この結果、前記問題点1と同様、電圧精度が落ち、不安定な装置となる。
3.開裂手段や扇形電場を増やし、MSn測定を考えた場合、複数回の開裂により、検出器で検出するイオンの運動エネルギーが低くなり、検出感度が低下し、場合によっては検出が不可能になる。
【0014】
以上、説明したように、従来の装置では、現実的には、扇形電場型TOFMSと反射電場型TOFMSを組み合わせる場合、MS/MS測定のみ可能である。
本発明はこのような課題に鑑みてなされたものであって、ある特定の分裂経路で生成したプロダクトイオンを扇形電場の電圧を変化させることなく通過できるようにすることができる飛行時間型質量分析計を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0015】
(1)請求項1記載の発明は、1つ以上の扇形電場をもつ飛行時間型質量分析計(TOFMS)であって、扇形電場型TOFMSを構成する1つ以上の扇形電場の前に配置された、電位を任意に変更できる箱(ポテンシャルリフト)と、目的とするイオンが前記ポテンシャルリフトを通過中に電位変更可能とする電位変更手段とを設け、前記ポテンシャルリフト出口と、扇形電場入口シャント間に、扇形電場入口シャントと同電位の再加速用電極を配置し、前記ポテンシャルリフト出口と再加速電極間の電位差でイオンを再加速することを特徴とする。
【0016】
(2)請求項2記載の発明は、前記1つ以上のポテンシャルリフトの前段に、1つ以上のイオン開裂手段を配置することを特徴とする。
(3)請求項3記載の発明は、前記複数ある開裂手段の構成がそれぞれ異なることを特徴とする。
【0017】
(4)請求項4記載の発明は、前記飛行時間型質量分析計ともう1つの質量分析計とを組み合わせたことを特徴とする。
(5)請求項5記載の発明は、前記もう1つの質量分析計は、反射電場をもつTOFMSであることを特徴とする。
【0018】
(6)請求項6記載の発明は、前記もう1つの質量分析計は、磁場型質量分析計であることを特徴とする。
(7)請求項7記載の発明は、前記2つの質量分析計の間に1つ以上の開裂手段を配置したことを特徴とする。
【0019】
(8)請求項8記載の発明は、前記飛行時間型質量分析計と運動エネルギーを分離測定できる装置を組み合わせたことを特徴とする。
(9)請求項9記載の発明は、前記運動エネルギーを分離測定できる装置が扇形電場であることを特徴とする。
【0020】
(10)請求項10記載の発明は、前記扇形電場型TOFMSと運動エネルギーを分離測定できる装置との間に1つ以上の開裂手段を配置したことを特徴とする。
【発明の効果】
【0021】
(1)請求項1記載の発明によれば、電位を任意に可変できるポテンシャルリフトの出口から出射されるイオンに対して、扇形電場入口シャントと同電位に構成された再加速用電極によりイオンを再加速することで、開裂したイオンが扇形電場の電圧を変更することなく該扇形電場を通過することができるようになる。この結果、ある特定の分裂経路で生成したプロダクトイオンを扇形電場の電圧を変化させることなく通過できるようにすることができる。
【0022】
(2)請求項2記載の発明によれば、1つ以上のポテンシャルリフトの前段に、1つ以上のイオン開裂手段を設けることにより、イオンの開裂回数を増やし、物質の構造を更に詳細に解析することができる。
【0023】
(3)請求項3記載の発明によれば、開裂手段の構成を異ならせることで、物質の構造をより詳細に解析することができる。
(4)請求項4記載の発明によれば、飛行時間型質量分析計ともう1つの質量分析計を組み合わせることで、より詳細に物質の構造を解析することができる。
【0024】
(5)請求項5記載の発明によれば、前記もう1つの質量分析計として反射電場型の質量分析計を用いることができる。
(6)請求項6記載の発明によれば、前記もう1つの質量分析計として磁場型質量分析計を用いることができる。
【0025】
(7)請求項7記載の発明によれば、2つの質量分析計の間に1つ以上の開裂手段を設けることで、更に詳細に物質の構造を解析することができる。
(8)請求項8記載の発明によれば、運動エネルギーを分離測定することで、開裂の経路を把握することができる。
【0026】
(9)請求項9記載の発明によれば、前記エネルギー分離手段として、扇形電場を用いることができる。
(10)請求項10記載の発明によれば、扇形電場型TOFMSと運動エネルギーを分離測定できる装置の間に1つ以上の開裂手段を設けることで、更に開裂を促し、物質の構造をより詳細に解析することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0027】
本発明は、周回軌道中にポテンシャルリフトを配置し、ある特定の分裂経路で生成したプロダクトイオンを扇形電場の電圧を変化させることなく通過できるようにしたものである。この方法を用いると、扇形電場型TOFMSと反射電場型TOFMSと組み合わせた場合に、反射電場のスイッチングを行なう必要がない。従って、簡単にMSn測定が可能となる。
【0028】
以下、図面を参照して本発明の実施の形態例を詳細に説明する。図1は本発明の第1の実施の形態例を示す構成図である。図11と同一のものは、同一の符号を付して示す。図において、1はイオン源、2は第1の衝突室(衝突室1)、3はセクター(扇形)電場、4はイオンゲート、5は第2の衝突室(衝突室2)、6はリフレクトロン、7は検出器である。
【0029】
10は扇形電場型TOFMSを構成する扇形電場(セクター電場)の前に配置された、その電位を任意に変更できる箱(ポテンシャルリフト)、該ポテンシャルリフト10には、目的とするイオンがポテンシャルリフト10を通過中に電位変更可能とする電位変更手段(図示せず)が設けられている。11は前記ポテンシャルリフト10の出口と、セクター電場3の入口シャント間に設けられた、セクター電場3の入口シャントと同電位の再加速用電極である。
【0030】
図2はポテンシャルリフト、再加速用電極、セクター電場の概略図である。図において、10はポテンシャルリフト、11は再加速用電極、3aはセクター電場シャント、3bはセクター電場電極である。このように構成された装置の動作を説明すれば、以下の通りである。
【0031】
イオン源1で発生したプレカーサイオンは、加速電圧V0で加速される。この時、プレカーサイオン(質量M0)の運動エネルギーは、E0=eV0となる。プレカーサイオンを観測する場合、セクター電場3は運動エネルギーE0のイオンが通過できるように設定されている。リフレクトロン6の電圧は、エネルギーE0のイオンが時間集束するように最適化しておく。ポテンシャルリフト10と再加速用電極11は、自由空間と同電位に設定する。そして、衝突室1,2内は排気しておく。
【0032】
プロダクトイオンを観測する場合には、衝突室1,2に衝突ガスを導入する。プレカーサイオンは、衝突室1に進入し、該衝突室1内のガスと衝突することにより開裂する。この開裂によりプレカーサイオンは、プロダクトイオン1m1(以下、プロダクトイオンnmnのnは開裂の回数、mnはn回目の開裂の経路番号とする)と中性プロダクトに分裂する。この内、中性プロダクトは電場の力を受けないため、セクター電場3を通過することができない。
【0033】
ここで、選択したいプロダクトイオン(この場合プロダクトイオン12)の質量をM1とすると、プロダクトイオン12の運動エネルギーE1は
E1=eV1=E0×(M1/M0)
となる。エネルギーが変化したので、このままではセクター電場3を通過することはできない。
【0034】
そこで、プロダクトイオン12がポテンシャルリフト10を通過中に、ポテンシャルリフト10の電位を(V0−V1)だけ上昇させる。この操作は、図示しない電位変更手段により実施される。ポテンシャルリフト10を通過したプロダクトイオンは、ポテンシャルリフト10の出口端面グリッド電極と再加速用電極11間の電位差(V0−V1)により加速され、運動エネルギーE0となる。よって、セクター電場3の電圧を変化させることなく通過させることができる。
【0035】
また、他の分裂経路により生成するプロダクトイオンの運動エネルギーは、殆どがセクター電場3を通過できるそれよりも大きかったり、小さかったりするのでセクター電場3を通過することができない。
【0036】
この方法の場合、プレカーサイオンとプロダクトイオンの質量の比が同じであれば、他のプレカーサイオンからプロダクトイオンでも通過することができる。また、セクター電場3には通過することのできる運動エネルギーの幅があるため、選択したいプロダクトイオン以外も通過する可能性がある。このイオンを排除するために、イオンゲート4を配置している。該イオンゲート4は、オフの時イオンが直進でき、オンではイオンを偏向するためイオンは排除される。そして、プロダクトイオン12が通過する時のみイオンゲート4をオフにし、それ以外はオンにする。
【0037】
プロダクトイオン12は、イオンゲート4を通過した後、衝突室2に導入される。該衝突室2内のガスとの衝突により、選択されたプロダクトイオンは開裂する。生成したプロダクトイオン2m2全てを反射電場型TOFMSで質量測定する。具体的には、リフレクトロン6から反射されたイオンを検出器7で検出する。この時、プロダクトイオン12の運動エネルギーがE0であるため、反射電場電圧のスイッチングの必要がない。これにより、MS3測定が可能となる。
【0038】
以上、説明したように、この実施の形態例によれば、電位を任意に可変できるポテンシャルリフトの出口から出射されるイオンに対して、扇形電場入口シャント3aと同電位に構成された再加速用電極11によりイオンを再加速することで、開裂したイオンが扇形電場3の電圧を変更することなく該扇形電場3を通過することができるようになる。この結果、ある特定の分裂経路で生成したプロダクトイオンを扇形電場の電圧を変化させることなく通過できるようにすることができる。
【0039】
また、1つ以上のポテンシャルリフトの前段に、1つ以上のイオン開裂手段(衝突室)を設けることにより、イオンの開裂回数を増やし、物質の構造を更に詳細に解析することができる。
【0040】
また、各開裂手段の構成を異ならせることで、開裂を生ぜしめ、物質の構造をより詳細に解析することができる。
また、飛行時間型質量分析計ともう1つの質量分析計を組み合わせることで、より詳細に物質の構造を解析することができる。
【0041】
この場合において、前記もう1つの質量分析計として反射電場型の質量分析計を用いることができる。
また、前記もう1つの質量分析計として磁場型質量分析計を用いることができる。
【0042】
また、2つの質量分析計の間に1つ以上の開裂手段を設けることで、更に詳細に物質の構造を解析することができる。
図3は本発明の第2の実施の形態例を示す構成図である。図1と同一のものは、同一の符号を付して示す。この実施の形態例は、4つのセクター電場中をイオンが周回して飛行距離をかせぐようにしたものである。必要な回数だけ周回したイオンは、イオンゲートに導入された後、衝突室に入って開裂し、リフレクトロンで反射された後、検出器に導かれる。
【0043】
図3において、1はイオン銃、3Aはイオン源1から出射されたイオンを通過させるセクター電場1、3Bはセクター電場(扇形電場)1を通過したイオンを通過させるセクター電場2、2はセクター電場2を通過したイオンが導入される衝突室1、10は衝突室1から出射されたイオンが導入されるポテンシャルリフト、11はポテンシャルリフト10を通過したイオンが加速される再加速用電極、3Cは再加速用電極11で加速されたイオンを通過させるセクター電場3である。
【0044】
3Dはセクター電場3を通過したイオンを通過させるセクター電場4である。4はセクター電場4を通過したイオンを受けるイオンゲート、5は該イオンゲート4を通過したイオンが導入される衝突室2、6は衝突室2を通過したイオンが導入されるリフレクトロン、7は該リフレクトロン6で反射されたイオンが導かれる検出器である。このように構成された装置の動作を説明すれば、以下の通りである。
【0045】
イオン源1で生成したプレカーサイオンは、同一軌道型TOFMSに導入され、周回する。導入時には、セクター電場4の電圧はオフになっており、イオンが1周回後セクター電場4に到達するまでにオンにする。イオン源1にて加速電圧V0で加速した場合、プレカーサイオン(質量M0)の運動エネルギーE0は、E0=eV0となる。セクター電場1〜4は、運動エネルギーE0の運動エネルギーをもつイオンが通過できるように設定する。また、ポテンシャルリフト10と再加速用電極11は、自由空間と同電位に設定されている。また、衝突室1,2は排気しておく。
【0046】
プレカーサイオンの選択に必要な回数(N1回:N1>0)イオンを周回させる。選択したいプレカーサイオンがN1周目のセクター電場2を通過後、次の周回までに衝突室1にガスを充填する。(N1+1)周目にセクター電場2を通過したプレカーサイオンは、衝突室1内のガスと衝突することにより開裂する。この開裂により、プレカーサイオンは、プロダクトイオン1m1と中性プロダクトに分裂する。中性プロダクトは電場の力を受けないので、セクター電場3を通過することはできない。
【0047】
選択したいプロダクトイオン(この場合プロダクトイオン12)の質量をM1とすると、プロダクトイオン12の運動エネルギーE1は
E1=eV1=E0×(M1/M0)
となる。このまま飛行すると、セクター電場3を通過することはできない。
【0048】
そこで、プロダクトイオンがポテンシャルリフト10を通過中に、ポテンシャルリフト10の電位を電位変更手段(図示せず)により(V0−V1)だけ上昇させる。ポテンシャルリフト10を通過したプロダクトイオンは、ポテンシャルリフト10出口端面グリッド電極と再加速用電極11間の電位(V0−V1)により加速され運動エネルギーE0となる。
【0049】
よって、セクター電場3の電圧を変化させることなく通過させることができる。また、他の分裂経路により生成するプロダクトイオンの運動エネルギーは、殆どがセクター電場3を通過できるそれよりも大きかったり、小さかったりするので、セクター電場3を通過できない。プロダクトイオンが再加速用電極11を通過後、ポテンシャルリフト10の電位を自由空間電位に戻し、衝突室1のガスを排気する。
【0050】
セクター電場1〜4には、通過することのできる運動エネルギーの幅があるため、選択したいプロダクトイオン以外のものも通過する可能性がある。それらを選択するために必要な周回数プロダクトイオンを周回(N2回:N2>0)させる。(N1+N2)周回目のセクター電場1を通過後、セクター電場1の電圧をオフにする。(N1+N2+N3)周回目でプロダクトイオン12はセクター電場1を直進し、セクター電場型TOFMSを通過する。
【0051】
セクター電場型TOFMSを通過後、プロダクトイオン12をイオンゲート4により選択する。イオンゲート4を通過後、プロダクトイオン12は衝突室2に導入される。衝突室2に導入されたガスとの衝突により選択されたプロダクトイオン12は開裂する。そして、生じたプロダクトイオン2m2全てをリフレクトロン6で質量測定する。即ち、リフレクトロン6を通過したイオンは、検出器7にて検出される。これにより、MS3測定が可能である。
【0052】
このように、この実施の形態例によれば、4個のセクター電場を用いてプロダクトイオンを複数回周回させて飛行距離をかせぎ、正確な質量分析を行なうことができる。即ち、電位を任意に可変できるポテンシャルリフトの出口から出射されるイオンに対して、扇形電場入口シャント3aと同電位に構成された再加速用電極11によりイオンを再加速することで、開裂したイオンが扇形電場3の電圧を変更することなく該扇形電場3を通過することができるようになる。この結果、ある特定の分裂経路で生成したプロダクトイオンを扇形電場の電圧を変化させることなく通過できるようにすることができる。
【0053】
本発明によれば、飛行時間型質量分析計と運動エネルギーを分離測定できる装置を組み合わせることができる。これにより、開裂の経路を把握することができる。この場合において、エネルギー分離装置として扇形電場を用いることができる。また、本発明によれば、扇形電場型TOFMSと運動エネルギーを分離測定できる装置の間に1つ以上の開裂手段を設けることにより、更に開裂を促し、物質の構造をより詳細に解析することができる。
【0054】
図4は本発明の第3の実施の形態例を示す構成図である。図3と同一のものは、同一の符号を付して示す。この実施の形態例は、同一軌道型TOFMSでMSn(n>4)測定を行なうものである。各構成要素そのものは、図3に示す実施の形態例と同じである。相違点のみ説明する。4aはセクター電場(扇形電場)4とセクター電場1との間に配置された第1のイオンゲート、4bはセクター電場1と衝突室2との間に配置された第2のイオンゲートである。このように構成された装置の動作を説明すれば、以下のとおりである。
【0055】
イオン源1で生成したプレカーサイオンは、同一軌道型TOFMSに導入され周回する。導入時には、セクター電場4の電圧はオフとなっており、イオンが1周回後、セクター電場4に到達するまでにオンにする。イオン源1にて加速電圧V0で加速された場合、プレカーサイオン(質量M0)の運動エネルギーE0は、E0=eV0となる。多重周回型TOFMSのセクター電場1〜4は、E0の運動エネルギーをもつイオンが通過できるように設定する。そして、プレカーサイオンの選択に必要な回数(N1回:N1>0)イオンを周回させる。
【0056】
選択したいプレカーサイオンがN1周目のセクター電場3を通過後、次の周回までに衝突室1にガスを充填する。(N1+1)周目にセクター電場3を通過したプレカーサイオンは、衝突室1内のガスと衝突することにより開裂する。開裂によりプレカーサイオンは、プロダクトイオン1m1と中性プロダクトに分裂する。中性プロダクトは電場の力を受けないので、セクター電場3を通過することはできない。
【0057】
選択したいプロダクトイオン(この場合のプロダクトイオン12)の質量をM1とすると、プロダクトイオン12の運動エネルギーE1は、
E1=eV1=E0×(M1/M0)
となる。このまま飛行すると、セクター電場3を通過することはできない。そこで、プロダクトイオンがポテンシャルリフト10を通過中に、ポテンシャルリフト10の電位を(V0−V1)だけ電位変更手段(図示せず)により変化させる。ポテンシャルリフト10を通過したプロダクトイオンは、ポテンシャルリフト出口端面グリッド電極と再加速用電極11間の電位(V0−V1)により再加速され運動エネルギーE0となる。
【0058】
よって、セクター電場3の電圧を変化させることなくイオンを通過させることができる。また、他のプロダクトイオンは、運動エネルギーがセクター電場を通過できるそれよりも大きかったり、小さかったりするのでセクター電場3を通過することはできない。プロダクトイオン12が再加速用電極11を通過後、ポテンシャルリフト10の電位は軌道中心電位に戻し、衝突室1のガスを排気する。
【0059】
次に、プロダクトイオン12を更に開裂させる。セクター電場1〜4は、通過することのできる運動エネルギーの幅があるため、選択したいプロダクトイオン以外のものも通過する可能性がある。しかしながら、それらは全て飛行時間が異なるものであるので、それらを選択するのに必要な周回数プロダクトイオンを周回(N3回:N3>0)させる。プロダクトイオン12が(N1+N2+1)周目のセクター電場3を通過後、次の周回までに衝突室1にガスを充填する。
【0060】
同一軌道型TOFMSの任意の場所に配置した(本実施の形態例では、セクター電場4と1の間)イオンゲート1にて、プロダクトイオン12を選択する。(N1+N2+2)周目、セクター電場3を通過したプレカーサイオンは、衝突室1内のガスと衝突することにより開裂する。開裂によりプレカーサイオンは、プロダクトイオン2m2と中性プロダクトに分裂する。中性プロダクトは、電場の力を受けないため、セクター電場3を通過することはできない。
【0061】
次に、選択したいプロダクトイオン(この場合プロダクトイオン22)の質量をM2とすると、プロダクトイオン22の運動エネルギーE2は、
E2=eV2=E0×(M2/M1)
となる。このまま飛行すると、セクター電場3を通過することはできない。
【0062】
そこで、プロダクトイオン22がポテンシャルリフト10を通過中に、ポテンシャルリフト10の電位を電位変更手段(図示せず)により(V0−V2)だけ上昇させる。ポテンシャルリフト10を通過したプロダクトイオンは、ポテンシャルリフト10の出口端面グリッド電極と再加速用電極11間の電位(V0−V2)により加速され、運動エネルギーE0となる。よって、セクター電場3の電圧を変化させることなく、イオンを通過させることができる。また、他の大多数のプロダクトイオンは、運動エネルギーが、セクター電場を通過できるそれよりも大きかったり、小さかったりするので、セクター電場3を通過することができない。
【0063】
プロダクトイオン22が、セクター電場1に到達するまでに、セクター電場1の電圧をオフにする。プロダクトイオン22はセクター電場1に到達するまでにセクター電場1の電圧をオフにする。この結果、プロダクトイオン22はセクター電場1を直進し、衝突室2に向かって飛行する。同一軌道型TOFMSと反射電場型TOFMSの間に配置されたイオンゲート2でプロダクトイオン22を選択する。衝突室2に導入されたガスとの衝突により選択されたプロダクトイオン22は開裂する。生じたプロダクトイオン全てをリフレクトロン6で質量測定する。即ち、通過したイオンは検出器7に導かれこれによりMS4の測定が可能である。また、前記シーケンスを順次繰り返せばMSn(n>5)が可能である。図4に示す第3の実施の形態例の効果は、図3に示す第2の実施の形態例と同様である。
【0064】
図5は本発明の第4の実施の形態例を示す構成図である。図4と同一のものは、同一の符号を付して示す。この実施の形態例は、4つのセクター電場(扇形電場)をらせん状に配置して、イオンがらせん状に周回することで、飛行時間をかせぐようにしたものである。図において、1はイオン銃、3Aはセクター電場1、3Bはセクター電場2、3Cはセクター電場3、3Dはセクター電場4である。2は衝突室1、10はポテンシャルリフト、11は再加速用電極、4はイオンゲート、5は衝突室2、6はリフレクトロン、7は検出器である。
【0065】
図6は図5をA側から見た図、図7は図5をB側から見た図である。らせん軌道の場合、全ての軌道が異なり、周回数は装置により一定である。ここでは、5周目のセクター電場2と、セクター電場3間に衝突室1とポテンシャルリフト10を配置したものを示すが、これに限るものではない。このように構成された装置の動作を説明すれば、以下の通りである。
【0066】
イオン源1で生成したプレカーサイオンは、らせん軌道型TOFMSに導入され周回する。イオン源1にて加速電圧V1で加速された場合、プレカーサイオン(質量M0)の運動エネルギーE0は、E0=eV0となる。セクター電場1〜4は、E0の運動エネルギーをもつイオンが通過できるように設定する。また、ポテンシャルリフト10と再加速用電極11は、はじめは自由空間と同電位に設定されている。また、衝突室1と2には予めガスを充填しておく。
【0067】
5周目セクター電場2を通過したプレカーサイオンは、衝突室1内のガスと衝突することにより開裂する。開裂によりプレカーサイオンは、プロダクトイオン1m1と中性プロダクトに分裂する。中性プロダクトは電場の力を受けないため、セクター電場3を通過することはできない。
【0068】
選択したいプロダクトイオン(この場合プロダクトイオン12)の質量をM1とすると、このプロダクトイオン12の運動エネルギーE1は
E1=eV1=E0×(M1/M0)
となる。このまま飛行するとエネルギーが変化しているので、プロダクトイオンはセクター電場3を通過することはできない。
【0069】
そこで、プロダクトイオンがポテンシャルリフト10を通過中に、ポテンシャルリフト10の電位を電位変更手段(図示せず)により(V0−V1)だけ上昇させる。ポテンシャルリフト10を通過したプロダクトイオンは、ポテンシャルリフト10出口端面グリッド電極と再加速用電極間の電位(V0−V1)により加速され、運動エネルギーE0となる。よって、セクター電場3の電圧を変化させることなくプロダクトイオンを通過させることができる。また、他のプロダクトイオンは、運動エネルギーがセクター電場を通過できるそれよりも大きかったり、小さかったりするのでセクター電場3を通過することはできない。
【0070】
セクター電場1〜4には、通過することのできる運動エネルギーの幅があるため、選択したいプロダクトイオン以外のものも通過する可能性がある。そこで、らせん軌道型TOFMSを通過したプロダクトイオン12をイオンゲート4で選択する。プロダクトイオン12は、衝突室2に導入され、ガスとの衝突により開裂する。生じたプロダクトイオンを全てリフレクトロン6で反射して検出器7に導く。これにより、MS3測定が可能である。図5に示す実施の形態例の効果は、図3,図4に示す実施の形態例と同様である。
【0071】
上述した実施の形態例では、MS3について説明したが、衝突室、ポテンシャルリフト、再加速用電極をらせん軌道型TOFMSの扇形電場間にn組配置すれば、MSn+2測定が可能となる。
【0072】
以上、説明したように、本発明によれば、扇形電場(セクター電場)型TOFMS中に(開裂手段+ポテンシャルリフト+再加速用電極)の組を複数組組み込むことにより、扇形電場及び反射電場の電圧を変化させずにプロダクトイオンを測定することができ、扇形電場型TOFMSと反射電場型TOFMSの組み合わせでMSn(n>0)測定を可能とすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】本発明の第1の実施の形態例を示す構成図である。
【図2】ポテンシャルリフト、再加速用電極、セクター電場の概略図である。
【図3】本発明の第2の実施の形態例を示す構成図である。
【図4】本発明の第3の実施の形態例を示す構成図である。
【図5】本発明の第4の実施の形態例を示す構成図である。
【図6】図5をA側から見た図である。
【図7】図5をB側から見た図である。
【図8】MS/MS測定の説明図である。
【図9】MS3測定の説明図である。
【図10】MSn測定の説明図である。
【図11】扇形電場型TOFMSと反射電場型TOFMSを組み合わせた装置の概念図である。
【符号の説明】
【0074】
1 イオン源
2 衝突室1
3 セクター電場
4 イオンゲート
5 衝突室2
6 リフレクトロン
7 検出器
10 ポテンシャルリフト
11 再加速用電極
【特許請求の範囲】
【請求項1】
1つ以上の扇形電場をもつ飛行時間型質量分析計(TOFMS)であって、
扇形電場型TOFMSを構成する1つ以上の扇形電場の前に配置された、電位を任意に変更できる箱(ポテンシャルリフト)と、
目的とするイオンが前記ポテンシャルリフトを通過中に電位変更可能とする電位変更手段と、
を設け、前記ポテンシャルリフト出口と、扇形電場入口シャント間に、扇形電場入口シャントと同電位の再加速用電極を配置し、前記ポテンシャルリフト出口と再加速用電極間の電位差でイオンを再加速することを特徴とする飛行時間型質量分析計。
【請求項2】
前記1つ以上のポテンシャルリフトの前段に、1つ以上のイオン開裂手段を配置することを特徴とする請求項1記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項3】
前記複数ある開裂手段の構成がそれぞれ異なることを特徴とする請求項2記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項4】
前記飛行時間型質量分析計ともう1つの質量分析計とを組み合わせたことを特徴とする請求項1乃至3の何れかに記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項5】
前記もう1つの質量分析計は、反射電場をもつTOFMSであることを特徴とする請求項4記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項6】
前記もう1つの質量分析計は、磁場型質量分析計であることを特徴とする請求項4記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項7】
前記2つの質量分析計の間に1つ以上の開裂手段を配置したことを特徴とする請求項4乃至6の何れかに記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項8】
前記飛行時間型質量分析計と運動エネルギーを分離測定できる装置を組み合わせたことを特徴とする請求項1乃至3の何れかに記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項9】
前記運動エネルギーを分離測定できる装置が扇形電場であることを特徴とする請求項7記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項10】
前記扇形電場型TOFMSと運動エネルギーを分離測定できる装置との間に1つ以上の開裂手段を配置したことを特徴とする請求項8又は9記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項1】
1つ以上の扇形電場をもつ飛行時間型質量分析計(TOFMS)であって、
扇形電場型TOFMSを構成する1つ以上の扇形電場の前に配置された、電位を任意に変更できる箱(ポテンシャルリフト)と、
目的とするイオンが前記ポテンシャルリフトを通過中に電位変更可能とする電位変更手段と、
を設け、前記ポテンシャルリフト出口と、扇形電場入口シャント間に、扇形電場入口シャントと同電位の再加速用電極を配置し、前記ポテンシャルリフト出口と再加速用電極間の電位差でイオンを再加速することを特徴とする飛行時間型質量分析計。
【請求項2】
前記1つ以上のポテンシャルリフトの前段に、1つ以上のイオン開裂手段を配置することを特徴とする請求項1記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項3】
前記複数ある開裂手段の構成がそれぞれ異なることを特徴とする請求項2記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項4】
前記飛行時間型質量分析計ともう1つの質量分析計とを組み合わせたことを特徴とする請求項1乃至3の何れかに記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項5】
前記もう1つの質量分析計は、反射電場をもつTOFMSであることを特徴とする請求項4記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項6】
前記もう1つの質量分析計は、磁場型質量分析計であることを特徴とする請求項4記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項7】
前記2つの質量分析計の間に1つ以上の開裂手段を配置したことを特徴とする請求項4乃至6の何れかに記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項8】
前記飛行時間型質量分析計と運動エネルギーを分離測定できる装置を組み合わせたことを特徴とする請求項1乃至3の何れかに記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項9】
前記運動エネルギーを分離測定できる装置が扇形電場であることを特徴とする請求項7記載の飛行時間型質量分析計。
【請求項10】
前記扇形電場型TOFMSと運動エネルギーを分離測定できる装置との間に1つ以上の開裂手段を配置したことを特徴とする請求項8又は9記載の飛行時間型質量分析計。
【図1】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【図2】
【図3】
【図4】
【図5】
【図6】
【図7】
【図8】
【図9】
【図10】
【図11】
【公開番号】特開2006−260873(P2006−260873A)
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−74567(P2005−74567)
【出願日】平成17年3月16日(2005.3.16)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願日】平成17年3月16日(2005.3.16)
【出願人】(000004271)日本電子株式会社 (811)
【Fターム(参考)】
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