説明

食物の保存状態の監視方法および保存庫およびシステム

【課題】食品に付着する微生物の活動状況を早期に把握し、微生物の大量増殖やカビ毒などの産生について事前に察知する監視方法、それを用いた保存庫およびそのシステムを提供する。
【解決手段】食品保存庫10等の食物保存空間の揮発性有機化合物の組成プロファイルをモニタリング分析することにより、食品および保存空間で生育する微生物群を監視する方法。また、前記方法により食物を保蔵する食物保存庫10。さらに、前記方法を用いたシステムであって、遠隔地の食品保存庫10等の食物保存空間の揮発性有機化合物の組成プロファイルを通信回線を用いて定点観測所にデータを送信し、定点観測所で食品および保存空間で生育する微生物群を監視することのできるシステム。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食品の保存状態を監視する方法に関する。さらに詳しくは、食品に繁殖する微生物の発する揮発性有機化合物の組成プロファイルを分析して微生物の繁殖する状況を監視する方法、およびそれを用いた保存庫およびシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
日本は食料自給率が低く、多くの食品を外国からの輸入に頼っている。輸入には、高級食材などが航空機で輸送される場合もあるが、多くは、船舶などによる海上輸送により行われる。いずれの場合も、検疫には数日を要するが、海上輸送にはさらに多くの日数を要する。
【0003】
炭水化物に富むトウモロコシ、ナッツ類、香辛料、綿実や、コーヒー豆などの貯穀類は、ある種の真菌により侵された場合、当該菌類が強い毒性物質を産生する場合がある。カビ毒の一種であるアフラトキシンを生産する菌が土壌中に普遍的に分布している地域においては、収穫物への生産菌自然汚染を完全に防止する事は出来ず、作物がストレス(日照り、高温多湿、病害虫による被害など)に会うとこの菌に感染し易くなると言われている。しかも、海上輸送には相当の時間がかかるので、外国から輸出される際に厳重なカビ毒等の検査を実施して陰性の結果が出ていたとしても、輸送の間にカビが発生し当該カビがその代謝物であるカビ毒を産生することが考えられ、輸入前の自主検査においてもカビ毒が産生されているかどうか確認する必要がある。
【0004】
一方、検疫所などにおいても、毒性物質の1種としてアフラトキシン等の検査が行われているが、2006年6月から2007年12月までの1年半の間に370件あまりの産品について検疫所でアフラトキシンが発見されており、食品衛生法違反として多くの産品の日本への輸入ができなかった。近年、自主検査において、アフラトキシンなどのカビ毒が確認された場合は、輸入する事はできないため、輸入者のコンプライアンス上のリスクとなり、アフラトキシンの早期発見が課題となっている。
【0005】
しかしながら、カビ毒は一般に、その汚染はしばしば均一汚染でなく極所点状型を示し、落花生、ピスタチオ、トウモロコシのような大粒・中粒農産物にあっては粒別汚染型であると言われている。しかも、これらの農産物は、一般にトン単位で流通しており、カビ毒試験並びにカビ毒管理の均一なサンプリングは困難である。カビの種類の特定にはPCR法を用いる事ができ、また、カビ毒の検出には、高速液体クロマトグラフィーや抗原抗体反応を利用する方法が知られているが、穀類等の一部に生育する菌類を発見したり、さらには産生されるカビ毒を見いだす事は、コンテナやタンカーの船倉の一部の穀類の何カ所かをサンプリングしたとしても、そこに実際に微生物やカビ毒が存在しなければ見いだす事はできない。
【0006】
かかる事態を防止するために、真菌や微生物の発育を抑える事が考えられるが、輸送中の貯蔵室に農薬を散布すると、残留農薬が問題となる。また、放射線照射により、カビ毒生産菌の殺滅やカビ毒の無毒化の研究も進められているが、日本の食品衛生法上は許容されていない。
【0007】
非特許文献1には、各種真菌類が多くの揮発性有機化合物、いわゆるMVOC(Microbial Volatile Organic Compounds)を発生させている旨記載されている。
【0008】
非特許文献2には、近年、建物の高気密化や湿度上昇に伴いカビやダニ等の微生物による空気汚染が問題となっているが、カビやダニはアレルゲンであり、居住者が大量のカビやダニに暴露されるとアレルギー症状等の深刻な健康被害が引き起こされる可能性が高いとして、被害防止のために汚染の事前予測のためには、建材におけるカビの発生、繁殖メカニズムおよびカビから放散される揮発性有機化合物(MVOC)の放散メカニズムを物理的に解明することを目的として、各種建材に繁殖したカビからのMVOC放散量を測定した旨が記載されている。
【0009】
特許文献1には、暖房プロセス、換気プロセス、空調プロセスもしくは冷凍プロセスの選択された局面を実時間で監視するためのバイオセンサ装置であって、測定可能な出力信号を入力信号から発生させるセンサ素子と、前記センサ素子と動作上関連しているとともに、監視すべき前記プロセスの前記局面を示す分析物を検出するよう機能する生物剤を備えている生物物質素子とを備えていることを特徴とするバイオセンサ装置が記載されている。すなわち、バイオセンサーの生物物質素子によって、被検出分析物の存在を示す出力が発生され、センサ素子から、測定可能な信号が発生し、この信号をパターン認識システムにより処理することによって、容器に出入りする空気流中の選択された分析物(例えば、菌類の数、揮発性有機化合物の濃度、もしくはアレルゲンの濃度)を推測することができる装置について記載されているが、たとえば揮発性有機化合物を測定するバイオ素子としては、ジオスミンや1−オクテン−3オール等の悪臭物質を特異的に検出するものが予定されている。
【0010】
特許文献2には、食品包装の中にセンサーを配置し、そのセンサーがpHとMVOCである二酸化炭素を感知して、微生物の生育状況を監視する旨の発明が記載されている。
【非特許文献1】Guido Fischer, Regina Schwalbe, Manfred Moeller, Rene Ostrowski, and Wolfgang Dott, Species-Specific Production of Microbial Volatile Organic Compounds (MVOC) by Airborne Fungi From a Compost Facility, Chemosphere Vol 39, 795-810 (1999).
【非特許文献2】弘瀬将光、村上周三、加藤信介、大岡龍三、徐長厚、阿部恵子、「各種建材における真菌起源揮発性有機化合物の放散量の測定に関する研究(その2)」、空気調和・衛生工学会学術講演会講演論文集 F-57、pp.2041-2044、2006年
【特許文献1】特表2003−504640号公報
【特許文献2】特表2005−538740号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
食品安全において、食品が一般細菌や大腸菌群などの細菌類やかびに侵されていない事の確認は、健康面においては食中毒の防止や毒性が極めて高いとして懸念されているカビ毒の摂取防止は言うまでもない事だが、経済面においては円滑な検疫や汚染食品の確実な発見のために、早期にリスクを把握する事は重要な課題である。
【0012】
即ち、食品に付着する微生物の活動状況を早期に把握し、微生物の大量増殖やカビ毒などの産生について事前に察知する方法、それを用いて食物を保蔵する保存庫、ならびにシステムを提供することが本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、微生物の生育ステージや微生物の種類により発生するMVOCの組成プロファイルの異なることに着目し、本発明を行った。
【0014】
本発明は、食物保存空間の揮発性有機化合物の組成プロファイルをモニタリング分析することにより、当該食物保存空間に保蔵されている食品および当該食物保存空間で生育する微生物群を監視する方法である。
【0015】
また、本発明は、上記方法により食物を保蔵する食物保存庫である。
【0016】
さらに、本発明は、上記方法を用いたシステムであって、遠隔地の食物保存空間の揮発性有機化合物の組成プロファイルを通信回線を用いて定点観測所にデータを送信し、定点観測所において当該食品保存空間に保蔵されている食品および当該食品保存空間で生育する微生物群を監視することのできるシステムである。
【発明の効果】
【0017】
本発明の方法を用いることにより食物の微生物による変化を直ちに知ることが可能であり、状況に対応した処置を取ることが可能であり極めて有効である。また、本発明の方法を用いた保存庫およびシステムは、食物の保存に極めて有効であり工業的に極めて有用である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
本発明において、「食物保存空間」とは、コンテナ、船の船倉、倉庫等の食物を保存しておくための空間のことである。食物保存期間は数時間であるか、数十時間であるか、数十日間であるかは問わない。
【0019】
「揮発性有機化合物」とは、一般には、常温常圧で大気中に容易に揮発する有機化学物質の総称のことを指し、以下において「VOC」と記載することがある。
【0020】
食物は、それ自身、さらには微生物の作用により代謝物を発生しており、それらを検出することで食物の状態を知ることができる。本発明において重要なのは、微生物の作用によって発生する代謝物は、食品と微生物とその環境によって異なり、特に、微生物の種類により異なることに着目し、食物保存空間に存在するVOCのプロファイルを食物の種類状況などを考慮して解析することにより微生物の種類および微生物の作用の状況を把握することにある。
【0021】
このためには、予め注目すべき微生物の種類を決め、保蔵する予定がある食物にそれらの微生物を作用させることにより微生物と食物、および作用する条件との関係を知る必要がある。先に示した、非特許文献2にもその関係について実験的に測定した例が示されており利用可能である。
【0022】
注目すべきVOCは目的に応じて決めればよく制限はないが、比較的初期の段階で発生するVOCに注目することにより、微生物の作用を早い時期に知ることができ効果が大きい。
【0023】
主要なMVOCとしては、鎖状、枝状、環状の炭化水素化合物およびテルペノイド等の揮発性の天然化合物、揮発性アルコール類、揮発性エステル類、揮発性アルデヒド類、揮発性ケトン類、および揮発性芳香族化合物が挙げられる。中でも分析が簡便で2次的な反応を起こし難い、アルカン、アルケン、シクロアルカン類などの炭化水素化合物、アルコール類、エステル類、エーテル類、ケトン類、アルデヒド類である。
【0024】
食物保存空間の揮発性有機化合物のサンプリングは、直接保存空間内で行っても良いし、空調システムのライン内で、あるいはラインから引き込み線を使って空気をサンプリングしても良い。揮発性有機化合物は、テドラーバックに入れてサンプリングしても良いし、吸着管に吸着させても良い。
【0025】
本発明で「モニタリング分析」とは、一定時間ごとに一定量を自動的にサンプリングし分析することを意味している。サンプリングの時間は、保存空間の容積、保存容器の壁の材質、保存されている食品の種類、量、等によって異なるが、数十分から数日間の間で行われるが、通常は12〜48時間、好ましくは12〜24時間程度の間行われる。好ましいサンプリング時間数は、特に警戒すべき微生物種と、指標となる揮発性有機化合物のプロファイルによって、最適な時間を選択すべきである。
【0026】
分析は、各種クロマトグラフィーにより、プロファイル変化を確認される。通常は、GC又はGC/MSが用いられるが、アルデヒド類のように誘導体化する場合は、HPLCやLC/MSあるいは、LC/MS/MS等が用いられる。
【0027】
プロファイルの確認は、コンピュータなどにより解析しても良い。解析は、コンテナに搭載されている監視装置のコンピュータやタンカーなどで集中管理用のコンピュータで行っても良く、また、監視装置のデータを、通信回線を用いて輸入国、輸出国あるいは第3国にある輸出入業者や流通業者等の事務所などの「定点観測所」に送信し、そこで解析を行っても良い。
【0028】
解析は、例えば、分析当初のMVOCの組成プロファイル分析の結果と、数日後あるいは数セット後の結果との差を求める事により行い、微生物群が存在する場合のプロファイルと比較をして判定する。この判定はマニュアルで実施しても良いし、あらかじめデータをデータベース化しておいてコンピュータによる自動解析を行っても良い。結果は、生データとともに公衆回線を通じて食品安全管理担当者に送付されても良い。輸入途上であっても、通信衛星などを使用してデータを送信し、同管理担当者がデータを確認した後に、必要な措置を取る事ができる。
【実施例】
【0029】
<実施例1>
MVOCを測定するための空気のサンプリングは、食品保存庫又は、保存庫から空調設備への戻りライン内で行う。本実施例では、食品保存庫のほぼ中央にサンプリングラインを引き込んだ31と、空調設備への戻りラインに引き込んだ32とを図示したが、本実施例の場合はいずれを用いても同様である。単一の空調設備で複数の保存庫を制御している場合は、それぞれの食品保存庫に引き込みラインを設置するのが良い。
【0030】
引き込みラインは、吸引ポンプ40により吸引され、吸着管自動交換装置30に到達し、MVOCは交換装置内の吸着管に捕集される。吸着管は、TENAX管を用いることができる。吸着管自動交換装置は、保存庫の大きさや空調設備の性能によりサンプリング時間を調製することができ、TENAX管は、24時間ごとに20分間吸引され新しいものと交換され、吸着されたものは測定装置に自動搬送される。
【0031】
測定装置は、ガスクロマトグラフィー/質量分析法を用いる。吸着管が自動搬送されてきた時に、分析を行う。分析結果は、保存0時間のクロマトグラムとの差を取り、マーカーとなるMVOCのプロファイルおよびMVOCのプロファイル全体から、問題となる微生物種の活動をモニタリングする。
【0032】
<実施例2>
空気ろ過装置21、調湿装置22、保存空間11、吸着管33、および吸引ポンプ40を連結した。保存空間は、金属製の円筒形の入れ物であり、培養物を入れる。吸引ポンプを稼動させ、吸着管に培養物のMVOCを吸着させる。これをGC−MS分析を行い、数日間、MVOCの組成プロファイルを観測する。培養物は、アオカビおよびカワキコウジカビを液体培地で培養する。0日〜5日目までの液体培地をホモジナイズ後吸光度測定を行い、5日後の吸光度を100として微生物の生育の指標とする。また、液体培地をシリカに担持し、それを保存空間11に入れ、一定期間サンプリングを行う。結果を表1に示す。表1は、カビ発芽後2日目におけるMVOCのプロファイルを表したものである。ただし、MVOC濃度が不検出の場合ND,検出限界〜1.0μg/m3の場合を+、1.0〜10μg/m3の場合を++、10μg/m3以上の場合を+++と表現した。以下の表により、デカンが検出されるがノナンが検出されない場合にはアオカビの発生が、ノナンを検出するがデカンを検出しない場合にはカワキコウジカビが発生していることが、また両方が検出される場合にはアオカビとカワキコウジカビが発生していることが判る。また、検知量から保存空間の濃度を知ることができ、発生量を推定することができる。
【0033】
【表1】

【図面の簡単な説明】
【0034】
【図1】本発明の実施例1の概略図である。
【図2】本発明の実施例2の概略図である。
【符号の説明】
【0035】
10 食品保存庫
11 保存空間
20 空調設備
21 空気ろ過装置
22 調湿装置
30 吸着管自動交換装置
31 保存庫内空気サンプリングライン
32 空調設備戻り空気サンプリングライン
33 吸着管
40 吸引ポンプ
50 測定装置
60 コンピューター

【特許請求の範囲】
【請求項1】
食物保存空間の揮発性有機化合物の組成プロファイルをモニタリング分析することにより、当該食物保存空間に保蔵されている食品および当該食物保存空間で生育する微生物群を監視する方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法により食物を保蔵する食物保存庫。
【請求項3】
請求項1に記載の方法を用いたシステムであって、遠隔地の食物保存空間の揮発性有機化合物の組成プロファイルを通信回線を用いて定点観測所にデータを送信し、定点観測所において当該食品保存空間に保蔵されている食品および当該食品保存空間で生育する微生物群を監視することのできるシステム。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2010−56(P2010−56A)
【公開日】平成22年1月7日(2010.1.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−163198(P2008−163198)
【出願日】平成20年6月23日(2008.6.23)
【出願人】(501021139)株式会社三井化学分析センター (10)
【Fターム(参考)】