説明

食用大麦糠

【課題】大麦糠に特有のピリピリ感がなく、古代米のような好ましくない香りが少ないことを特徴とする大麦糠を提供する。
【解決手段】搗精工程の前に大麦全粒を所定期間恒温で保存することにより、効果的に食用大麦糠特有の好ましくない香味特性を抑制する。上記恒温保存は10℃以下で保存することが好ましい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、大麦リポキシゲナーゼ(以下、LOX)活性が低下した大麦全粒を使用した、食用大麦糠を提供する。
【背景技術】
【0002】
従来、大麦は剥皮大麦又は精白大麦として食用用途や発酵食品の原料として多く使用されており、その剥皮大麦または精白大麦を得る搗精工程の際に、外層部分である糠が大量に生じる。
【0003】
大麦糠には食物繊維が豊富に含まれており、また、コレステロール抑制作用を示すことも知られている(特許文献1)。このように健康機能に対する良好な効果を示すことから、健康サプリメントなどで大麦糠の成分が使われることもある。
【特許文献1】特開平10−165120号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、大麦糠を食用に供する場合、舌がピリピリとする感覚や、いわゆる古米臭といわれる好ましくない香味が発生するため、大麦糠の使用用途は限られ、主に家畜用の飼料として利用されているのが現状である。大麦糠を食用として適した品質にし、大麦糠の使用用途を広げるため、香味の改善された食用大麦糠の開発が望まれている。
【0005】
そこで、本発明は香味の改善された食用大麦糠を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、大麦全粒を搗精して得られる食用大麦糠の製造方法であって、前記大麦全粒としてLOX活性が低下したものを使用することを特徴とする食用大麦糠の製造方法を提供する。
【0007】
大麦に含まれる酵素であるLOXの代表として知られるLOX−1は、大麦の主要用途である麦芽アルコール飲料を製造する際の仕込工程において、麦芽由来のリノール酸を酸化し、9−ヒドロペルオキシオクタデカジエン酸を生成する(非特許文献1)。9−ヒドロペルオキシオクタデカジエン酸はさらにペルオキシゲナーゼ様活性によりトリヒドロキシオクタデセン酸(THOD)へと変換される(非特許文献2)。
【0008】
THODは、麦芽アルコール飲料の品質低下を招くことが知られていることから、麦芽アルコール飲料の品質向上のため、THOD等の生成を抑える技術として、LOX−1活性の低い大麦が提案されている。(非特許文献3、特許文献2)
【0009】
【非特許文献1】Kobayashi , N . et al . , J . Ferment . Bioeng . , 76 , 371-375 , 1993
【非特許文献2】Kuroda , H . , et al . , J . Biosci . Bioeng . , 93 , 73-77,2002
【非特許文献3】Drost , J . Am . Soc . Brew . Chem . 48:124-131(1990)
【特許文献2】国際公開第2004/085652号パンフレット
【0010】
本発明において、「LOX活性が低下した」とは、乾燥した非発芽の大麦全粒において、野生型大麦種のLOX活性の10%以下を有することをいう。
【0011】
大麦全粒としてLOX活性が低下したものを使用することにより、食用大麦糠に特有の舌がピリピリする感覚や、いわゆる古米臭といわれる好ましくない香味を低減することができる。
【0012】
本発明の大麦全粒は、搗精工程の前に所定期間恒温で保存することができる。搗精工程の前に大麦全粒を所定期間恒温で保存することにより、効果的に食用大麦糠特有の好ましくない香味特性を抑制することができる。本発明において、上記恒温保存は10℃以下で保存することが好ましい。
【0013】
本発明はまた、上記食用大麦糠の製造方法を利用して製造された食用大麦糠を含有する飲食品を提供する。本発明により提供される食用大麦糠を含有する飲食品は、従来の食用大麦糠に特有の舌がピリピリする感覚やいわゆる古米臭と言われる好ましくない香味が低減され、より食用に好適である。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、食用大麦糠に特有の舌がピリピリする感覚やいわゆる古米臭と言われる好ましくない香りが低減された食用大麦糠の製造方法が提供される。また、本発明の製造方法により製造された、香味に優れた食用大麦糠を含有する飲食品が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】Kendall種とCDC Polarstar種のLOX活性を示したグラフである。
【図2】大麦全粒を搗精して得られた食用大麦糠を含有するパンの官能評価結果を示すグラフである。
【図3】LOX活性が低下した大麦全粒を搗精して得られた食用大麦糠の官能評価(ピリピリ感を評価)結果を示すグラフである。
【図4】LOX活性が低下した大麦全粒を、所定期間5℃で保存した後に搗精して得られた食用大麦糠の官能評価の結果を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明に好適な実施形態について説明する。なお、本発明は、本実施形態に限定されるものではない。
【0017】
本発明の食用大麦糠の製造方法は、大麦糠を得るための大麦全粒としてLOXの活性が低下したものを使用する
【0018】
本発明において、「LOX活性が低下した」とは、乾燥した非発芽の大麦全粒において、野生型大麦種のLOX活性の10%以下を有することをいい、5%以下であってもよく、さらに3%以下であってもよい。
【0019】
LOX活性が低下した大麦種としては、任意のLOX活性が低い大麦品種を適宜選択して用いればよく、例えば、カナダ産のCDC PolarStarを用いることができる。CDC PolarStarは、LOX遺伝子に変異があることによりLOX活性が低下した大麦種で、前述の特許文献2に記載の方法で選抜・作出された大麦種である。
【0020】
すなわち、本発明においてLOX活性が低下した大麦種としては、LOX-1遺伝子第5イントロンのスプライシング供与部位のグアニンが他の塩基に変異していることにより、LOX-1活性が低下している大麦種を用いることもできる。また、他の公知の方法に従って、LOX活性の低下した大麦品種を選抜・作出してもよい。
【0021】
大麦糠は大麦全粒を搗精することにより得られる。大麦糠を食すると、特有の舌がピリピリする感覚や、いわゆる古米臭と言われる好ましくない香味を感じることが問題となっている。本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、大麦全粒としてLOX活性の低下した大麦品種を用いることにより、これらの好ましくない香味の低減した大麦糠を製造することができることを独自に見出した。
【0022】
さらに食用大麦糠に特有の好ましくない香味を低減させるために、前記大麦全粒を搗精工程前に所定期間恒温で保存することができる。所定の恒温保存期間としては、1時間以上であることが好ましく、1時間以上6ヶ月間以内であることがより好ましく、1時間以上3ヶ月以内であることがさらに好ましい。
【0023】
前記保存は、10℃以下で行うこととしてもよい。こうすれば、より確実に食用大麦糠に特有の舌がピリピリする感覚や、いわゆる古米臭と言われる好ましくない香味を低減することができ、食用に適した大麦糠をより確実に製造することができる。
【0024】
このような効果は、LOX活性の低下により大麦糠中の物質酸化が抑えられたこと、香味に悪影響の出る成分の生成が抑えられたことなどの理由が考えられ、大麦全粒の恒温保存により、さらにその効果が高められたと考えられる。
【0025】
本発明の製造方法により得られた食用大麦糠は、そのまま糠として食することができ、また、パンやクッキーなどの食品の原料の一部として用いることもできる。この際、他の原料として、小麦粉、卵、砂糖、食品添加物等の任意の原料を適宜加えることもできる。
【実施例】
【0026】
以下、本発明の製造方法及び食用大麦糠の具体的な実施例について説明する。但し、本発明は、以下の実施例により何ら限定されるものではない。
【0027】
[実施例1]
(大麦糠を含有するパンの官能評価)
(サンプルの調製)
LOX活性が通常のレベルの大麦種として2007年度カナダ産のKendall種の種子(以下、LOX+とする。)、LOX活性が低下した大麦種として2007年度カナダ産のPolarstar種の種子(以下、LOX−とする。)をサンプルとして用意した。サンプル受け入れ後、大麦全粒のまま、それぞれを5℃と37℃の恒温庫に12週間保存した。
【0028】
所定期間保存した大麦全粒を、小型の搗精機(サタケ社製:TM-05C)にて、まずは外層部の10%を搗精、廃棄した後、内層部の残りが65%になるまで搗精した際の糠(大麦種子の中間層65〜90%に該当)を用いて、糠サンプルを調製した。
【0029】
(LOX活性の経時的変化)
所定期間保存後の大麦全粒サンプルを3g秤量し、粉砕機(ミルサー、イワタニ社製)で1秒おきに1秒間の粉砕を15回行った。分散混和した後、0.2gを15mLのチューブに秤量した。氷冷した抽出バッファー(0.5M、NaAc(pH5.5))5mLを添加した後、氷上静置と懸濁を10分おきに6回繰り返し、沈殿物を十分に懸濁させた。その後、3000rpmで15分間遠心し、上清を8連チューブに10μLずつ分注し、100℃で5分間熱処理を行った。
【0030】
各サンプルに、酵素基質(40mMリノール酸、1.0重量%Tween20)5μLと抽出バッファー(0.1M酢酸ナトリウム緩衝液(pH5.5))85μLを添加後、24℃下で5分間静置し、BHT試薬(80mM 2、6−ジ−t−ブチル−p−クレゾール メタノール溶液)100μLを添加し、酵素反応を停止した。その後、−20℃下に30分静置し、3000rpmで20分間遠心分離した後、上清20μLにFOX試薬(4mM 2,6−ジ−t−ブチル−p−クレゾール、25mM硫酸、0.25mM硫酸アンモニウム鉄(II)6水和物、100mMキシレノールオレンジ、90%メタノール)200μLを混合し、30分間室温放置後、μプレートリーダー(Biolad550)を用いてO.D550にてLOX活性を測定した。
【0031】
結果を図1に示す。なお、単位として用いている「ユニット」とは、クメンヒドロペルオキシドを標準に用い、1gのサンプルあたり1分間に1nmolのヒドロペルオキシドを生成する酵素量を1ユニットとしている。
【0032】
図1に示した通り、12週間保存した後も、保存期間前と比較してLOX活性に大きな変化はなかった。
【0033】
(パンの調製)
実施例1で調製した大麦糠を原材料とし、ホームベーカリー(SD‐BT102、National社製)を用い、調製法は同製品の使用説明書に従った。原材料配合比は表1の通りとした。
(表1)
強力粉250g大麦糠20gグルテン10gバター11g砂糖17gスキムミルク6g水210mlドライイースト4.2g
【0034】
(官能評価)
調製した食パンについて、熟練したパネリスト10名による官能評価試験を行った。評価ポイントは、1:劣る、2:やや劣る、3:普通、4:やや優れる、5:優れる、を表し、併せてフリーコメントを残した。
【0035】
図2に示したように、LOX−の大麦全粒から得られた糠で作られたパンは、LOX+の大麦全粒から得られた糠で作られたパンと比較して、官能評価で高い評価が得られた。具体的には、LOX+の大麦全粒から得られた糠で作られたパンでは、舌先の痺れ(ピリピリする感覚)や青臭いなどの好ましくない香味があるとのコメントがあったのに対し、LOX−の大麦全粒から得られた糠で作られたパンでは、それらの香味に関する好ましくないコメントはなかった。このことから、LOX活性が低下した大麦全粒から得られた食用大麦糠は、好ましくない香味が抑制され、食用として適したものになったことがわかった。
【0036】
また、保存環境の温度の違いを比較すると、所定期間37℃で保存された大麦全粒から得られたパンに比べて、所定期間5℃で保存された大麦全粒から得られたパンでは、好ましくない香味がより効果的に抑制された。このことから、所定期間低温で保存することで、より食用として適した食用大麦糠を得られることがわかった。
【0037】
[実施例2]
(大麦糠の官能評価)
(サンプルの調製)
LOX活性が低下した大麦種として2007年度カナダ産のPolarstar種の種子(以下、LOX−とする。)をサンプルとして用意した。大麦全粒の状態で所定期間恒温(37℃、5℃)で保存後、搗精して糠を調整したサンプル(図3の「種子保存」)と、大麦全粒を所定期間保存する前に搗精し、糠の状態で所定期間恒温(37℃、5℃)で保存したサンプル(図3の糠保存)を比較、評価した。なお、糠の調製は、実施例1と同様の方法で行った。
【0038】
(官能評価)
調製した糠サンプルについて、熟練したパネリスト10名による官能評価試験を行った。「舌の痺れ(ピリピリする感じ)」がするかしないかを評価し、「する」と答えた人数をポイントとして示した。
【0039】
図3に示したように、所定期間大麦全粒の状態で恒温保存したサンプルは、大麦全粒の状態で恒温保存せずに搗精したサンプルに比べて舌の痺れ(ピリピリする感じ)があると評価した人が顕著に少なかった。このことから、大麦全粒の状態で一定期間保存した後に搗精した大麦糠は、より食用に適した好ましい香味を有することがわかった。
【0040】
また、図3に示したように、大麦全粒の状態で所定期間5℃で保存したサンプルは、大麦全粒の状態で所定期間37℃で保存したサンプルに比べて舌の痺れ(ピリピリする感じ)があると評価して人が少なかった。このことから、所定期間低温で保存した大麦全粒より得られた大麦糠の方が、より食用に適した好ましい香味を有することがわかった。
【0041】
[実施例3]
(保存期間による官能評価の変化)
(サンプルの調製)
LOX活性が低下した大麦種として2007年度カナダ産のPolarstar種の種子(以下、LOX−とする。)をサンプルとして用意した。サンプル受け入れ後、大麦全粒のまま、それぞれを5℃の恒温庫に所定期間保存した。4週間、12週間の保存期間の後、実施例1と同様に糠サンプルを調製した。
【0042】
(官能評価)
調製した糠サンプルについて、熟練したパネリスト10名による官能評価試験を行った。評価ポイントは、1:劣る、2:やや劣る、3:普通、4:やや優れる、5:優れる、を表す。
【0043】
図4のように、大麦全粒を保存せずに搗精して得られた大麦糠と比較して、大麦全粒を4週間、12週間と5℃保存した後に搗精して得られた大麦糠の方が官能評価ポイントが高かった。従って、大麦全粒を所定期間恒温で保存することにより、食用としてより好ましい香味を有する大麦糠が得られることがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
大麦全粒を精麦して得られる食用大麦糠の製造方法であって、
前記大麦全粒は、大麦リポキシゲナーゼ活性が低下したものを使用することを特徴とする食用大麦糠の製造方法。
【請求項2】
前記大麦全粒は、搗精工程前に所定期間恒温で保存したものを使用することを特徴とする請求項1に記載の食用大麦糠の製造方法。
【請求項3】
前記保存は、10℃以下で行うことを特徴とする請求項2に記載の食用大麦糠の製造方法。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法で製造されたことを特徴とする、食用大麦糠を含有する飲食品。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−155901(P2011−155901A)
【公開日】平成23年8月18日(2011.8.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−19983(P2010−19983)
【出願日】平成22年2月1日(2010.2.1)
【出願人】(303040183)サッポロビール株式会社 (150)
【出願人】(307045939)竹之内穀類産業株式会社 (2)
【Fターム(参考)】