説明

食道癌の予後予測方法

【課題】
食道癌患者の予後を予測する方法、治療選択のための情報を提供する方法、及び、食道癌患者の予後予測用試薬を提供する。
【解決手段】
本発明は、食道癌患者から得られた試料中のバイオマーカの発現を検出することを含み、当該バイオマーカの過剰発現又は発現減少から食道癌の予後を予測するものである。当該バイオマーカは、好ましくはトランスグルタミナーゼ3である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食道癌患者の予後を予測に関する遺伝子医学の分野、特に腫瘍遺伝子発現情報に基づく予後予測方法に関する。より詳細には、本発明は、標的とされるタンパク質レベル又はmRNAレベルの異常を検出する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
食道癌は、世界において8番目に多い癌であり、癌による死亡原因の6番目の癌である(非特許文献1及び2参照)。近年の放射線療法及び化学療法を組み合わせた外科的技術発達にも関わらず、特に筋層への浸潤やリンパ節転移を起こした進行癌においては早期再発が珍しくなく、5年生存率は未だに約40%未満である(非特許文献3〜5参照)。臨床においては、食道癌患者へのアジュバント及びネオアジュバント化学療法が生存期間を改善しているとの報告もある(非特許文献6参照)。しかし、これらの臨床試験の対象となった患者の多くは深刻な副作用を経験しており、また、治療薬が癌細胞に対してほとんど効果がないか又は全く効果がない例も見受けられる。これまで、全ての食道癌患者についてこのような治療法を適用した場合には、手術のみで完治することが可能な患者まで不要で有害な併用療法を受けなければならないという問題があった。
【0003】
手術や化学−放射線療法等の治療法に対する患者の反応は、例えそれらの患者が同じ臨床ステージであったとしても、幅広く異なるものであり、既存の診断方法では予測することが不可能であった。食道癌患者の効果的な治療管理において障害となっていることの一つには、疾病の経過を予測することに限界があることが挙げられる。例えば、従来、医師は、より積極的な外科的治療及び/又は放射線照射及び化学療法等の治療効果により利益を得ることができる患者を選択することができなかった。よって、リスクの階層化は、治療による死亡の可能性を回避し、又は、疾患の更なる進行を阻止するため、決定的に重要な事項と考えられている。
【0004】
複数の遺伝子及びタンパク質の置換が食道癌と関与することが報告されている(非特許文献7)。これらの置換は、バイオマーカと考えることができ、癌を診断し、進行状況を把握し、疾患の進行や治療への反応を監視することに利用できる可能性がある。しかしながら、それらのうち多くは感度が低く、又は、偽陽性率が高いという問題があった。また、これらのバイオマーカは癌の主として癌の存在の指標となることを目的として研究されたものであり、癌の将来、即ち予後について予測させるものではない。従って、治療戦略を最適化し、臨床結果を改善するための新規な癌の予測方法が求められていた。
【0005】
トランスグルタミナーゼ3は、タンパク質のポリアミンを結合することによりタンパク質の架橋結合を形成する酵素であり、表皮や毛包の細胞外皮の後期に働くことが知られている。食道癌との関係においては、トランスグルタミナーゼ3のmRNAレベルが食道癌組織において減少しているとの報告がある(非特許文献8)。また、トランスグルタミナーゼ3のタンパク質レベルの発現と食道癌との関係についても報告がある(非特許文献9)。しかし、本報告においては、癌の予後の指標となり得るリンパ節転移とトランスグルタミナーゼ3の発現には相関がないことが示されており、トランスグルタミナーゼ3は食道癌の存在の指標とはなるものの、予後予測のための指標とはならないと考えられていた。なお、上記文献の引用は、上記記載がいずれも関連する先行技術であると認めることを意図するものではない。これらの文献の日付に関する記述及び内容に関する表現は、出願人が入手可能な情報に基づいたものであり、これらの文献の日付又は内容の正確さについて承認するものではなく、また、これらの文献に記載されたいかなる理論又は仮説によっても制限されることを意図するものではない。
【非特許文献1】Parkin DM, Pisani P, Ferlay J. Estimates ofthe worldwide incidence of 25 major cancers in 1990. Int J Cancer1999;80:827-41.
【非特許文献2】Pisani P, Parkin DM, Bray F, Ferlay J.Estimates of the worldwide mortality from 25 cancers in 1990. Int J Cancer1999;83:18-29.
【非特許文献3】Ilson DH. Oesophageal cancer: newdevelopments in systemic therapy. Cancer Treat Rev 2003;29:525-32.
【非特許文献4】Enzinger PC, Mayer RJ. Esophageal cancer. N Engl J Med2003;349:2241-52.
【非特許文献5】Mariette C, Balon JM, Piessen G, Fabre S,Van Seuningen I, Triboulet JP. Pattern of recurrence following completeresection of esophageal carcinoma and factors predictive of recurrent disease.Cancer 2003;97:1616-23.
【非特許文献6】Shinoda M, Hatooka S, Mori S, Mitsudomi T.Clinical aspects of multimodality therapy for resectable locoregionalesophageal cancer. Ann Thorac Cardiovasc Surg 2006;12:234-41.
【非特許文献7】Vallbohmer D, Lenz HJ. Predictive andprognostic molecular markers in outcome of esophageal cancer. Dis Esophagus2006;19:425-32.
【非特許文献8】Chen et al., Int. J. Cancer: 88, 862-865 (2000)
【非特許文献9】World journal of Gastroenterology: 12 (24) 3929-3932
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、食道癌の予後を予測する方法(又は予後を予測するための情報を提供する方法)、食道癌患者の治療方法を選択するための情報を提供する方法、又は、食道癌治療薬のスクリーニング方法、並びに、当該方法に使用するキットを提供し、患者にとってより利益のある治療戦略を選択するための情報及び新薬開発に有用な情報を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
広範囲にわたるmRNA発現の研究は、アレイを基礎とした方法を用いて、食道癌の発癌及び進行に関係ある遺伝子クラスタを同定している。しかし、新規治療戦略のために実際に利用可能なバイオマーカや、分子標的となる遺伝子は未だに見出されていない。このことから、この方法によるバイオマーカの探索に限界があるとも考えられている。細胞に含まれるタンパク質は遺伝子の機能的な翻訳物であり、癌細胞の悪性表現型を直接支配している。しかし、DNA配列及びRNA量の測定に関する研究においては、癌の進行において発生するリン酸化、糖鎖付加又はタンパク質分解から生じる翻訳後の異常を予測することはできなかった。
【0008】
本発明者らは、多数の臨床検体について、高感度の蛍光色素を用いて二次元電気泳動を行い、その結果を基に、プロテオミクス情報及び臨床病理情報を統合した結果、トランスグルタミナーゼ3が食道癌の予後と相関が強いことを見出した。
【0009】
本発明の方法は、身体試料(特に、生体生検)中のバイオマーカの少なくとも1つの発現を検出することを含み、ここでバイオマーカの発現又は発現量は食道癌の予後を示すものである。本発明のバイオマーカの未発現又は発現減少は、食道癌の予後不良を示す。よって、本発明の方法は、食道癌患者を予後良好な患者と予後不良な患者に振り分けることができる。また、本発明の方法は、食道癌患者から予後良好な患者を選択することが可能であることから、予後良好な患者の不要な治療方法の適用による不利益を避けることができる。同時に、本発明の方法は、食道癌患者から予後不良な患者を選択することが可能であることから、予後不良な患者に必要な治療方法を適用することにより、治療しないことによる疾病の進行を回避することができる。更に、本発明のバイオマーカは、食道癌治療薬(特に、予後の改善を目的とした治療薬)の効果の指標として使用することができる。従って、本発明のバイオマーカは、食道癌治療薬のスクリーニングに使用することができる。また、本発明のバイオマーカは、食道癌患者の病状や進行(特には、転移、悪性化等の予後に関わる病状や進行)をモニターするために使用することができる。
【0010】
本発明は、食道癌の予後を予測するためのバイオマーカに関する。ある態様において、本発明は、食道癌患者の予後を予測する方法(又は予後を予測するための情報を提供する方法)であって:
(a)該患者由来の試料中のトランスグルタミナーゼ3の発現を検出すること;及び、
(b)測定されたトランスグルタミナーゼ3の発現レベルと該患者の予後との関連付けをすることを含む方法に関する。好ましくは、前記測定されたトランスグルタミナーゼ3の発現レベルと食道癌の予後との関連付けをすることにおいてトランスグルタミナーゼ3の未発現若しくは発現低下が該患者の予後不良を示す。
【0011】
具体的な態様において、本発明は、食道癌患者の予後を予測するための方法又は予後を予測するための情報を提供する方法であって、以下の工程:
(a)該患者由来の試料を調整する工程;
(b)少なくとも1つの抗体若しくはその断片又は核酸に該試料を接触させる工程、ここで、該抗体若しくはその断片はトランスグルタミナーゼ3タンパク質に特異的に結合する抗体若しくはその断片であり、該核酸はトランスグルタミナーゼ3mRNAに特異的に結合する核酸である;
(c)トランスグルタミナーゼ3タンパク質又はmRNAへの該抗体若しくはその断片又は該核酸の結合を検出してトランスグルタミナーゼ3タンパク質又はmRNAの発現レベルを測定する工程;及び、
(d)トランスグルタミナーゼ3タンパク質又はmRNAの発現レベルから食道癌患者の予後を予測する工程、ここで、トランスグルタミナーゼ3タンパク質の未発現若しくは発現低下が食道癌患者の予後不良を示す、を含む方法に関する。
また、例えば、本発明の食道癌患者の予後を予測するための方法又は予後を予測するための情報を提供する方法は、食道癌患者であってリンパ節転移が存在する(好ましくは2個以上のリンパ節転移が存在する)患者を対象として行うことができる。
【0012】
別の態様において、本発明は、食道癌患者の治療方法を選択するための情報を提供する方法であって、
(a)該患者由来の試料中のトランスグルタミナーゼ3の発現を検出すること;及び、
(b)測定されたトランスグルタミナーゼ3の発現レベルと該患者の治療方法との関連付けを含む方法に関する。好ましくは、測定されたトランスグルタミナーゼ3の発現レベルと該患者の治療方法との関連付けにおいて、トランスグルタミナーゼ3の未発現若しくは発現低下は、該患者が強化化学療法又は放射線療法の対象患者であることを示す。
また、例えば、本発明の食道癌患者の治療方法を選択するための情報を提供する方法は、食道癌患者であってリンパ節転移が存在する(好ましくは2個以上のリンパ節転移が存在する)患者を対象として行うことができる。
【0013】
更に別の態様において、本発明は、食道癌の状態又は進行をモニターする方法又は食道癌の状態又は進行をモニターするための情報を提供する方法に関する。例えば、本発明は、食道癌の状態又は進行をモニターする方法又は食道癌の状態又は進行をモニターするための情報を提供する方法であって、
(a)患者由来の試料中のトランスグルタミナーゼ3の発現を検出すること;及び、
(b)測定されたトランスグルタミナーゼ3の発現レベルと該患者の食道癌の状態又は進行との関連付けを含む方法に関する。好ましくは、測定されたトランスグルタミナーゼ3の発現レベルと該患者の食道癌の状態又は進行との関連付けにおいて、トランスグルタミナーゼ3の未発現若しくは発現低下は、該患者の食道癌の状態が不良であること、進行していることを示し、及び/又は、トランスグルタミナーゼ3の発現若しくは発現上昇は、該患者の食道癌の状態が良好であること、進行していないことを示す。
また、例えば、本発明の食道癌の状態又は進行をモニターする方法又は食道癌の状態又は進行をモニターするための情報を提供する方法は、食道癌患者であってリンパ節転移が存在する(好ましくは2個以上のリンパ節転移が存在する)患者を対象として行うことができる。
【0014】
また、別の態様において、本発明は、食道癌治療薬のスクリーニング方法に関する。例えば、本発明は、食道癌治療薬のスクリーニング方法であって、以下(i)から(iii)から選択される1の方法:
(i)以下の工程:
(a)食道癌細胞を調整する工程;
(b)被験薬を当該食道癌細胞に接触させる工程;
(b)トランスグルタミナーゼ3のmRNA量又はタンパク質量を測定する工程;
(c)トランスグルタミナーゼ3の測定値からトランスグルタミナーゼ3の発現レベルを計算する工程;
(d)被験薬を接触させた食道癌細胞と接触させなかった食道癌細胞におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルを比較する工程;及び、
(e)被験薬を接触させなかった食道癌細胞におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルと比較して、被験薬を接触させた食道癌細胞におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルが上昇した場合に当該被験薬が食道癌の予後改善効果があると判定する工程、
を含む方法;
(ii)以下の工程:
(a)食道癌モデル細胞を調整する工程;
(b)被験薬を当該モデル動物に投与する工程;
(c)当該モデル動物におけるトランスグルタミナーゼ3のmRNA量又はタンパク質量を測定する工程;
(d)トランスグルタミナーゼ3の測定値からトランスグルタミナーゼ3の発現レベルを計算する工程;
(e)被験薬を投与した食道癌モデル動物と投与しなかった食道癌モデル動物におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルを比較する工程;及び、
(f)被験薬を投与しなかった食道癌モデル動物におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルと比較して、被験薬を投与した食道癌モデル動物におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルが上昇した場合に当該被験薬が食道癌の予後改善効果があると判定する工程;
を含む方法;あるいは、
(iii)以下の工程:
(a)被験薬を食道癌患者に投与する工程;
(b)当該食道癌患者におけるトランスグルタミナーゼ3のmRNA量又はタンパク質量を測定する工程;
(c)トランスグルタミナーゼ3の測定値からトランスグルタミナーゼ3の発現レベルを計算する工程;
(d)被験薬を投与した食道癌患者と投与しなかった食道癌患者におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルを比較する工程;及び、
(e)被験薬を投与しなかった食道癌患者におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルと比較して、被験薬を投与した食道癌患者におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルが上昇した場合に当該被験薬が食道癌の予後改善効果があると判定する工程;
を含む方法、に関する。
【0015】
また別の態様において、本発明は、食道癌患者の予後を予測し、食道癌患者の治療方法を選択するための情報を提供し、食道癌の状態又は進行をモニターし、及び/又は、食道癌治療薬をスクリーニングするためのバイオマーカに関する。具体的には、本発明のバイオマーカはトランスグルタミナーゼ3である。
【0016】
また、本発明は、以下(i)〜(iii)から選択されるいずれか1つを備えるキット:
(i)トランスグルタミナーゼ3タンパク質と特異的に結合する抗体又はその断片;
(ii)トランスグルタミナーゼ3遺伝子の一部と特異的に結合するプライマー及びトランスグルタミナーゼ3遺伝子と相補的な核酸;又は
(iii)トランスグルタミナーゼ3遺伝子の一部と相補的な配列及び消光プローブの一部と相補的な配列を有するフラップ、トランスグルタミナーゼ3遺伝子の一部と相補的な配列を備えるインベーダープローブ、三重鎖特異的DNA分解酵素、及び、消光プローブを備える蛍光標識ユニバーサルプローブ、に関する。また別の態様において、本発明は、食道癌患者の予後を予測し(若しくは予後を予測するための情報を提供し)、食道癌患者の治療方法を選択するための情報を提供し、食道癌の状態又は進行をモニターし、又は、食道癌治療薬をスクリーニングするためのキットであって、以下(i)〜(iii)から選択されるいずれか1つを備えるキット:
(i)トランスグルタミナーゼ3タンパク質と特異的に結合する抗体又はその断片;
(ii)トランスグルタミナーゼ3遺伝子の一部と特異的に結合するプライマー及びトランスグルタミナーゼ3遺伝子と相補的な核酸;又は
(iii)トランスグルタミナーゼ3遺伝子の一部と相補的な配列及び消光プローブの一部と相補的な配列を有するフラップ、トランスグルタミナーゼ3遺伝子の一部と相補的な配列を備えるインベーダープローブ、三重鎖特異的DNA分解酵素、及び、消光プローブを備える蛍光標識ユニバーサルプローブ、に関する。
【0017】
上記記載の本発明の予後を予測するための方法若しくは予後を予測するための情報を提供する方法、食道癌患者の治療方法を選択するための情報を提供する方法、食道癌の状態又は進行をモニターする方法若しくは食道癌の状態又は進行をモニターするための情報を提供する方法、又は、食道癌治療薬のスクリーニング方法は、適宜既知の方法と組み合わせて用いることができる。例えば、リンパ節転移は患者の予後に関する重要な指標であることが知られていることから、リンパ節転移を検出する工程又はリンパ節転移に関する情報を入手する工程を本発明の方法に加えることにより、リンパ節転移と本発明のバイオマーカの検出を組み合わせて用いることができる。具体的には、リンパ節転移の検出又はリンパ節転移に関する情報により、リンパ節転移が存在しない又は少ない(1個)予後良好であることが明らかである患者群を除いた患者群について本発明のバイオマーカを検出することにより、リンパ節転移のみでは予後の良否が予測できない患者群について予後を予測に関連する情報を得ることができる。また、本発明の予後予測方法は、対象をリンパ節転移が存在する(好ましくは、リンパ節転移が2個以上存在する)患者とすることもできる。
【0018】
本明細書において、「食道癌」は、食道に存在する癌であれば特に限定されず、食道の粘膜上皮細胞が癌化した扁平上皮癌及び食道腺が癌化した腺癌を包含する。
【0019】
本明細書において、「予後」とは、食道癌が外科的治療等による腫瘍増殖の抑制、軽減後に辿る経過又は結末(例えば、転移の有無、生死等)を意味する。本明細書において、予後とは、例えば、外科的治療等による腫瘍増殖の抑制、軽減後1、2、3、4、5、6、7、8、9、10、15又は20年あるいはそれ以上の時点における生死であってもよい。予後は、トランスグルタミナーゼ3(予後指標)を調べることにより予測される。予後の予測は、トランスグルタミナーゼ3の存在/不存在又は上昇/減少により患者の予後が良好又は不良であるか否か又はその確率を判定することにより行うことができる。本明細書において、「予後の判定」及び「予後の評価」の文言は、予後の予測と同意義語として用いられる。
【0020】
本明細書において「予後良好」とは、患者の外科的治療等による腫瘍増殖の抑制、軽減後の容態が長期間(例えば、3、5、6、7、8、9、10、15又は20年間あるいはそれ以上)致命的とならないことを意味し、生存、非転移、非回帰、又は、非再発を意味していてもよい。例えば、予後良好とは、少なくとも3年、特には少なくとも5年の間に(好ましくは、転移又は再発を伴うことなく)生存することを意味してもよい。また、予後良好の状態として、最も好ましい状態は長期の無疾患の生存であるが、本発明において、予後良好とは、転移等何らかの疾患が確認されていてもその悪性度が低く、生存可能な状態を含むこともできる。
【0021】
本明細書において「予後不良」とは、患者の外科的治療等による腫瘍増殖の抑制、軽減後の容態が短期間(例えば、1、2、3、4、5年間あるいはそれ以下)致命的となることを意味し、死亡、転移、回帰、又は、再発を意味していてもよい。例えば、予後不良とは、少なくとも3年、特には少なくとも5年の間に再発、転移又は死亡することを意味してもよい。
【0022】
トランスグルタミナーゼ3(Transglutaminase 3)は、TGaseE、又は、TGEとしても知られるタンパク質であり、表皮分化の最終段階において、インヴォルクリン、ロリクリン、及び、スモールパラクリンリッチタンパク質等の構造タンパク質をクロスリンクすることにより、皮膚のケラチノサイトにおける角化膜形成に関与していることが知られている。全長のトランスグルタミナーゼ3タンパク質(前駆体)は、693アミノ酸からなるタンパク質である(スイスプロット アクセッション No.Q08188)。配列番号1は、トランスグルタミナーゼ3の遺伝子配列を示し、配列番号2は、トランスグルタミナーゼ3のアミノ酸配列を示す。
【発明の効果】
【0023】
本発明のバイオマーカは、これまで的確に予後を予測できなかった食道癌の予後予測バイオマーカとして有用である。即ち、本発明の方法により、食道癌の予後を判定するための情報を得ることができる。特に、本発明のバイオマーカは、これまで予後予測因子として報告されていた食道癌の壁深達度や肉眼的所見と比較して、非常に優れた予後予測因子である。本発明の予後予測因子は、食道癌患者の治療方針選択のための情報を提供することができ、それにより、多くの食道癌患者が恩恵を受けることが期待されるものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
本発明のバイオマーカは、食道癌患者の予後の指標となることから、食道癌の予後予測方法、食道癌患者の治療方法を選択するための情報を提供する方法、及び、食道癌の状態又は進行をモニターする方法に使用することができる。
【0025】
本発明の食道癌患者の予後を予測するための情報を提供する方法は、以下の工程:
(a)該患者由来の試料中のトランスグルタミナーゼ3の発現の検出をすること;及び、
(b)測定されたトランスグルタミナーゼ3の発現レベルと該患者の予後との関連付けをすること、ここで、トランスグルタミナーゼ3の未発現若しくは発現減少が前記食道癌患者の予後不良を示す、により行うことができる。
【0026】
より具体的には、本発明の食道癌患者の予後を予測するための情報を提供する方法は、以下の工程:
(a)該患者由来の試料を調整する工程;
(b)少なくとも1つの抗体若しくはその断片又は核酸に該試料を接触させる工程、ここで、該抗体若しくはその断片はトランスグルタミナーゼ3タンパク質に特異的に結合する抗体若しくはその断片であり、該核酸はトランスグルタミナーゼ3mRNAに特異的に結合する核酸である;
(c)トランスグルタミナーゼ3タンパク質又はmRNAへの該抗体若しくはその断片又は該核酸の結合を検出してトランスグルタミナーゼ3タンパク質又はmRNAの発現レベルを測定する工程;及び、
(d)トランスグルタミナーゼ3タンパク質又はmRNAの発現レベルから食道癌患者の予後を予測する工程、ここで、トランスグルタミナーゼ3タンパク質の未発現若しくは発現低下が食道癌患者の予後不良を示す、により行うことができる。
【0027】
食道癌患者の治療方法を選択するための情報を提供する方法は、以下の工程:
(a)該患者由来の試料中のトランスグルタミナーゼ3の発現の検出をすること;及び、
(b)測定されたトランスグルタミナーゼ3の発現レベルと該患者の治療方法との関連付けをすることこと、ここで、トランスグルタミナーゼ3の未発現若しくは発現低下が、該患者が強化化学療法の対象患者であることを示す、により行うことができる。
【0028】
更に、本発明の食道癌の状態又は進行をモニターする方法は、以下の工程:
(a)患者由来の試料中のトランスグルタミナーゼ3の発現を検出すること;及び、
(b)測定されたトランスグルタミナーゼ3の発現レベルと該患者の食道癌の状態又は進行との関連付けをすること、ここで、トランスグルタミナーゼ3の未発現若しくは発現低下は、該患者の食道癌の状態が不良であること、進行していることを示し、及び/又は、トランスグルタミナーゼ3の発現若しくは発現上昇は、該患者の食道癌の状態が良好であること、進行していないことを示す、により行うことができる。
【0029】
また、本発明のバイオマーカは、患者の予後の指標となることから、食道癌治療薬のスクリーニングにおいて、患者の予後の改善の指標として用いることができる。例えば、食道癌細胞に被験薬を添加し、食道癌モデル動物に被験薬を投与し、又は、食道癌患者に被験薬を投与し、一定時間後の本発明のバイオマーカの発現量を測定することにより、当該治療薬が食道癌の予後を改善するものであるか否かを判定することができる。より具体的には、添加又は投与により、トランスグルタミナーゼ3が発現若しくは発現上昇する被験薬を、食道癌の予後を改善する治療薬として選別することができる。よって、本発明は食道癌治療薬(又は予後改善薬)のスクリーニング方法を提供するものである。
【0030】
本発明の食道癌治療薬のスクリーニングは、例えば以下の工程:
(a)食道癌細胞を調整する工程;
(b)被験薬を当該食道癌細胞に接触させる工程;
(b)トランスグルタミナーゼ3のmRNA量又はタンパク質量を測定する工程;
(c)トランスグルタミナーゼ3の測定値からトランスグルタミナーゼ3の発現レベルを計算する工程;
(d)被験薬を接触させた食道癌細胞と接触させなかった食道癌細胞におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルを比較する工程;及び、
(e)被験薬を接触させなかった食道癌細胞におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルと比較して、被験薬を接触させた食道癌細胞におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルが上昇した場合に当該被験薬が食道癌の予後改善効果があると判定する工程;
により行うことができる。
【0031】
本発明の食道癌治療薬のスクリーニングは、例えば以下の工程:
(a)食道癌モデル細胞を調整する工程;
(b)被験薬を当該モデル動物に投与する工程;
(b)当該モデル動物におけるトランスグルタミナーゼ3のmRNA量又はタンパク質量を測定する工程;
(c)トランスグルタミナーゼ3の測定値からトランスグルタミナーゼ3の発現レベルを計算する工程;
(d)被験薬を投与した食道癌モデル動物と投与しなかった食道癌モデル動物におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルを比較する工程;及び、
(e)被験薬を接触させなかった食道癌細胞におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルと比較して、被験薬を接触させた食道癌細胞におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルが上昇した場合に当該被験薬が食道癌の予後改善効果があると判定する工程;
により行うことができる。
【0032】
本発明の食道癌治療薬のスクリーニングは、例えば以下の工程:
(a)被験薬を食道癌患者に投与する工程;
(b)当該食道癌患者におけるトランスグルタミナーゼ3のmRNA量又はタンパク質量を測定する工程;
(c)トランスグルタミナーゼ3の測定値からトランスグルタミナーゼ3の発現レベルを計算する工程;
(d)被験薬を投与した食道癌患者と投与しなかった食道癌患者におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルを比較する工程;及び、
(e)被験薬を投与しなかった食道癌患者におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルと比較して、被験薬を投与した食道癌患者におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルが上昇した場合に当該被験薬が食道癌の予後改善効果があると判定する工程により行うことができる。
【0033】
本発明の方法において使用する患者由来の試料としては、バイオマーカの発現を検出することができる試料であれば特に限定されず、例えば、組織(特には食道癌組織)、細胞、体液(例えば、血液、血漿、血清、リンパ液、尿、漿液、髄液、関節液、眼房水、涙液、唾液等)を使用することができる。また、本発明の方法において使用する患者由来の試料は、測定試験に先立ち前処理されたものであってもよいし、患者から採取した試料をそのまま使用してもよい。
【0034】
本発明のバイオマーカの発現は、タンパク質又は核酸のレベルで検査することができる。タンパク質レベルで検査する場合には、バイオマーカに特異的に結合する物質を利用して検出することができ、例えば、抗体又はその断片を用いて、免疫学的に検査する方法(例えば、ELISA(Catty, Raykundalia, 1989)、ラジオイムノアッセイ(Catty,
Murphy, 1989)、免疫組織化学染色、ウエスタンブロット、免疫沈降、免疫蛍光、フローサイトメトリー)が含まれる。また、核酸レベルで検査する場合には、ハイブリダイゼーション及び核酸増幅等の手法(例えば、ARMS(Amplification Refractory Mutation System)法、RT−PCR(Reverse transcriptase−PCR)法、Nested PCR法、ドット・ブロット・ハイブリダイゼーション法、表面プラズモン共鳴法(SPR法)、PCR−RFLP法、In situ RT−PCR法、PCR−SSO(sequence specific Oligonucleotide)法、PCR−SSP法、AMPFLP(Amplifiable fragment length polymorphism)法、MVR−PCR法、PCR−SSCP(single strand conformation polymorphism)法、インベーダー(登録商標)法)が含まれる。発現の測定は、発現の有無、検出の可否、発現量又は発現濃度の大小、過剰発現の有無、発現減少の有無等を測定すること包含する。
【0035】
トランスグルタミナーゼ3をタンパク質レベルで検査する場合、トランスグルタミナーゼ3を認識する抗体又はその断片と試料中のトランスグルタミナーゼ3との結合を測定することにより行うができる。このような方法としては、例えば、ELISA(Catty, Raykundalia, 1989)、ラジオイムノアッセイ(Catty,
Murphy, 1989)、免疫組織化学染色、ウエスタンブロット、免疫沈降、免疫蛍光、フローサイトメトリー等を挙げることができる。本発明の診断薬の検体としては、例えば、生検として被験者から採取した組織試料または液体を使用することができる。使用される生検は、本発明の免疫学的測定の対象となるものであれば特に限定はなく、例えば、組織、血液、血漿、血清、リンパ液、尿、漿液、髄液、関節液、眼房水、涙液、唾液またはそれらの分画物若しくは処理物を挙げることができ、好ましくは食道癌組織又は血液(血漿又は血清を含む)である。本発明の診断キットによる分析は、定性的、定量的または半定量的に行うことができる。
【0036】
本発明の方法において使用する本発明のバイオマーカと特異的に結合する抗体又はその断片は、本発明のバイオマーカと結合する限りその構造、大きさ、イムノグロブリンクラス、由来等を問わない。また、本発明の方法で使用する抗体又はその断片は、モノクローナルであってもよいし、ポリクローナルであってもよい。抗体の断片とは、抗体の一部分(部分断片)又は抗体の一部分を含むペプチドであって、抗体の抗原への結合作用を保持するもののことである。このような抗体の断片としては、例えば、F(ab’)、Fab’、Fab、一本鎖Fv(scFv)、ジスルフィド結合Fv(dsFv)若しくはこれらの重合体、二量体化V領域(Diabody)、又は、CDRを含むペプチドを挙げることができる。ここで、CDRとは、Kabatら(“Sequences of Proteins of Immunological Interest”,Kabat,E.ら, U.S. Department of Health and Human Services, 1983)又はChothiaら(Chothia & Lesk, J.Mol.Biol.,196,901−917,1987)の定義によるものである。また、本発明は、本発明のキットが包含する抗体又はその断片のアミノ酸配列をコードする単離された核酸、当該核酸を包含するベクター、当該ベクターを保有する細胞も包含する。
【0037】
抗体は、当業者によく知られた方法により得ることができる。例えば、トランスグルタミナーゼ3の全部若しくはその一部を有するポリペプチド、又は、それらをコードするポリヌクレオチドを組み込んだ哺乳動物細胞用発現ベクター等を調製しこれを抗原とする。この抗原を用て動物を免疫後、免疫した動物から得られた免疫細胞と、ミエローマ細胞とを融合させてハイブリドーマを得、当該ハイブリドーマの培養物から抗体を採取する。最後に採取した抗体を、抗原に用いた本発明のバイオマーカやその一部に一致するポリペプチドを利用した抗原特異精製を行うことにより本発明のバイオマーカのモノクローナル抗体を得ることができる。また、ポリクローナル抗体を作成する場合、上記と同様の抗原を動物を免疫し、免疫した動物から血液を採取し、この血液から血清を分離し、この血清に対して上記抗原を利用した抗原特異精製を行うことにより得ることができる。得られた抗体を酵素処理又は得られた抗体の配列情報を利用することにより、抗体の断片を得ることができる。
【0038】
抗体又はその断片への標識の結合は当分野において一般的な方法により行うことができる。例えば、タンパク質又はペプチドを蛍光標識する場合、タンパク質又はペプチドをリン酸緩衝液で洗浄した後、DMSO、緩衝液等で調整した色素を加え、混合した後室温で10分間静置することにより結合させることができる。また、市販の標識キットとして、ビオチン標識キット(Biotin Labeling Kit−NH2、Biotin Labeling Kit−SH:株式会社同仁化学研究所)、アルカリフォスファターゼ標識用キット(Alkaline Phosphatase Labeling Kit−NH2、Alkaline Phosphatase Labeling Kit−SH:株式会社同仁化学研究所)、ペルオキシダーゼ標識キット(Peroxidase Labering Kit−NH2、Peroxidase Labering Kit−NH2:株式会社同仁化学研究所)、フィコビリプロテイン標識キット(Allophycocyanin Labeling Kit−NH2、Allophycocyanin Labeling Kit−SH、B−Phycoerythrin Labeling Kit−NH2、B−Phycoerythrin Labeling Kit−SH、R−Phycoerythrin Labeling Kit−NH2、R−Phycoerythrin Labeling Kit−SH:株式会社同仁化学研究所)、蛍光標識キット(Fluorescein Labeling Kit−NH2、HiLyte Fluor(登録商標) 555 Labeling Kit−NH2、HiLyte Fluor(登録商標) 647 Labeling Kit−NH2:株式会社同仁化学研究所)、DyLight547、DyLight647(テクノケミカル株式会社)、Zenon(登録商標)Alexa Fluor(登録商標)抗体標識キット、Qdot(登録商標)抗体標識キット(インビトロゲン社)、EZ−Label Protein Labeling Kit(フナコシ株式会社)等を用いて標識することもできる。また、標識した抗体又はその断片の検出は、適宜標識に適した機器を使用することにより行うことができる。
【0039】
トランスグルタミナーゼ3をmRNAレベルで検査する場合、適宜設計したプライマーを用いて、PCRを利用した公知の方法に基づくことができる。このような方法としては、例えば、ARMS(Amplification Refractory Mutation System)法、RT−PCR(Reverse transcriptase−PCR)法、Nested PCR法を挙げることができる。また、増幅された核酸は、当該核酸と相補的な核酸を使用して、ドット・ブロット・ハイブリダイゼーション法、表面プラズモン共鳴法(SPR法)、PCR−RFLP法、In situ RT−PCR法、PCR−SSO(sequence specific Oligonucleotide)法、PCR−SSP法、AMPFLP(Amplifiable fragment length polymorphism)法、MVR−PCR法、PCR−SSCP(single strand conformation polymorphism)法により検出することができる。本発明の方法による分析は、定性的、定量的または半定量的に行うことができる。
【0040】
例えば、本発明の方法は、以下の工程:
(a)患者由来の試料を調整する工程;
(b)トランスグルタミナーゼ3遺伝子を増幅させる工程:
(c)核酸の増幅量を検出し、トランスグルタミナーゼ3遺伝子の発現レベルを測定する工程;並びに、
(d)トランスグルタミナーゼ3遺伝子の発現レベルから前記食道癌患者の予後を予測する工程、ここで、トランスグルタミナーゼ3の未発現若しくは発現減少が前記食道癌患者の予後不良を示す、により行うことができる。
【0041】
本発明の方法で使用する核酸は、化学合成により、又は、所望の核酸を含む遺伝子を生体材料から調整し、所望の核酸を増幅するよう設計したプライマーを用いて増幅することにより得ることができる。また、本発明の方法に使用するプライマーは、本明細書の開示及び公知の情報を基に、当業者周知の方法により適宜設計し、化学合成により得ることができる。
【0042】
更に、別の態様において、トランスグルタミナーゼ3をmRNAレベルで検査する場合、例えば、インベーダー(登録商標)法として知られる方法(例えば、Kwiatkowski, R. W. et al.: "Clinical, genetic, and
pharmacogenetic applications of the Invader assay." Mol. Diagn., 4:
353-364, 1999参照)を用いて行うことができる。
例えば、本方法は、以下の工程:
(a)患者由来の試料を調整する工程;
(b)以下の(i)及び(ii)に記載の核酸に該試料を接触させて、アレルプローブと相補的なDNAに三重鎖を形成させる工程:
(i)トランスグルタミナーゼ3遺伝子の一部と相補的な配列及び消光プローブの一部と相補的な配列(フラップ)を備えるアレル特異的プローブ、
(ii)トランスグルタミナーゼ3遺伝子の一部と相補的な配列を備えるインベーダープローブ;
(c)(b)により得られた核酸試料に、三重鎖特異的DNA分解酵素を接触させて三重鎖を形成した核酸からフラップを遊離させる工程;
(d)遊離されたフラップを、それぞれ当該フラップと相補的な配列及び消光プローブを備える蛍光標識ユニバーサルプローブと接触させる工程;
(e)(d)により得られた核酸試料に、三重鎖特異的DNA分解酵素を接触させて蛍光標識を遊離させ、蛍光を発色させる工程;並びに、
(f)発色した蛍光を検出することにより、トランスグルタミナーゼ3遺伝子の発現レベルを測定する工程、
(g)測定されたトランスグルタミナーゼ3遺伝子の発現レベルから前記食道癌患者の食道癌患者の予後を予測し(若しくは予後を予測するための情報を提供し)、食道癌患者の治療方法を選択するための情報を提供し、食道癌の状態又は進行をモニターし、又は、食道癌治療薬をスクリーニングする工程、ここで、トランスグルタミナーゼ3の未発現若しくは発現減少が前記食道癌患者の予後不良や状態の悪化又は癌の進行を示す、により行うことができる。
【0043】
本明細書において、患者の予後を判定するために、測定されたバイオマーカの発現レベルと患者の予後と関係において用いられる「関連付けをする」という用語は、被験者におけるバイオマーカの存在又はレベルを、予後が不良であった患者又は予後が不良であろうことが知られている患者、あるいは、予後が不良ではなかった患者又は予後が不良ではないと信じられている患者におけるバイオマーカの発現レベルと比較することを意味する。または、関連付けは、被験者におけるバイオマーカの存在又はレベルを、食道癌を発症していない健常人におけるバイオマーカの発現レベルと比較することであってもよい。例えば、対象患者のバイオマーカのレベルが、予後が不良であった患者群又は予後が不良であろうことが知られている患者群及び予後が不良ではなかった患者群又は予後が不良ではないと信じられている患者群のバイオマーカのレベルと比較して、予後が不良であった患者群又は予後が不良であろうことが知られている患者群における当該バイオマーカのレベルに近いか又は当該レベル群より形成される当該バイオマーカのレベル値の範囲内に属する値である場合には、当該患者の予後は不良であると予測することができる。比較対象となる患者におけるバイオマーカのレベルは、例えば、本発明の開示により、又は、既に予後が判明している患者由来の試料におけるバイオマーカのレベルを測定することにより、あるいは、他の予後指標による評価と組み合わせて評価することにより知ることができる。本発明のバイオマーカのレベルを利用して、患者が死亡、再発又は転移する可能性を判定することができる。予後因子と予後との関連付けは、統計的分析により行うことができる。統計学的有意性は、2以上の集団を比較し、信頼区間及び/又はp値を決定することにより決定される(Dowdy and Wearden, Statistics for Research, John Wiely & Sons,
NewYord, 1983)。本発明の信頼区間は、例えば、90%、95%、98%、99%、99.5%、99.9%又は99.99%であってもよい。また、本発明のp値は、例えば、0.1、0.05、0.025、0.02、0.01、0.005、0.001、0.0005、0.0002又は0.0001であってもよい。
【0044】
例えば、本発明のバイオマーカは、その存在/不存在により患者の予後と関連付けることができる。また、別の例として、本発明のバイオマーカはその発現レベルの上昇/減少により、患者の予後と関連付けることができる。例えば、発現レベルの上昇/減少は、食道癌組織における発現量の上昇/減少を指標とすることができる。この場合、本発明のバイオマーカについて予後指標としての発現量の閾値レベルを設定し、患者由来の試料におけるバイオマーカのレベルは、閾値レベルと比較することにより関連付けてもよい。また、発現レベルの上昇/減少は、食道癌組織における発現領域の拡大/縮小を指標とすることもできる。例えば、本発明のバイオマーカについて予後指標としての発現領域の閾値レベルを設定し、患者由来の試料におけるバイオマーカのレベルは、閾値レベルと比較することにより関連付けてもよい。このような閾値レベルは、例えば、感度が、50、55、60、65、70、75、80、85、90、91、92、93、94、95、96、97、又は、98%以上となるように設定することができる。また、閾値レベルは、特異度が、40、45、50、55、60、65、70、75、80、85、90、91、92、93、94、95、96、97、又は、98%以上となるように設定することができる。例えば、発現レベルの上昇/減少について、食道癌組織における発現領域の拡大/縮小を指標とした場合、本発明のバイオマーカの閾値レベルは、1%〜30%(好ましくは、5%〜15%)の間で設定することができ、例えば、約10%である。前記において、「約」は、±10%(好ましくは、±1%)を意味する。
【0045】
予後の判定は、それにより患者の状態の経過又は転帰を予測する方法を意味し、状態の経過又は転帰を100%の正確さで予測可能であることを意味するものではない。予後の判定は、ある経過又は転帰が起こる可能性が増大しているか否かを意味するものであり、当該経過又は転帰が起こらない場合を基準として起こりやすいことを意味するものではない。即ち、予後の判定結果は、本発明のバイオマーカのレベルが減少している患者において、そのような特徴を示さない患者に比較して、ある特定の経過又は転帰がより生じやすいということを意味する。
【0046】
食道癌は、手術、放射線療法、化学療法又はこれらの組み合わせによる治療戦略により管理される。本発明の方法及びキットを利用することにより、食道癌患者に適した治療戦略決定要因を提供することができる。本発明において、バイオマーカの発現と治療方法との「関連付けをする」とは、被験者におけるバイオマーカの存在又はレベルを、予後が不良であった患者又は予後が不良であろうことが知られている患者、あるいは、予後が不良ではなかった患者又は予後が不良ではないと信じられている患者におけるバイオマーカの発現レベルと比較をし、予測された患者の予後に適するとされる治療方法が提示されることを意味する。例えば、治療方法は、判定される予後との関係において予め決められていてもよい。高リスク患者に対する積極的な化学療法は回帰の危険性を低減させる可能性が指摘されている。本発明の方法は、予後良好である患者と予後不良の患者と区別し、積極的な治療戦略を必要とし、予後良好と判定された患者と比較して再発リスクが高い等の予後不良の患者を抽出する場合に有用である。一方で、予後不良の患者と比較して予後良好と判定された患者は、より緩和された治療戦略を選択する利益を被ることができる。
【0047】
例えば、バイオマーカの発現と治療方法との関連付けは、上記方法に準じて、被験者におけるバイオマーカの存在又はレベルを、予後が不良であった患者又は予後が不良であろうことが知られている患者、あるいは、予後が不良ではなかった患者又は予後が不良ではないと信じられている患者におけるバイオマーカの発現レベルと比較をし、予後不良と判定された患者が強化化学療法又は放射線療法の対象患者であり、予後良好と判定された患者が強化化学療法又は放射線療法の対象患者ではないことを示すように行われてもよい。強化化学療法とは、化学療法剤(抗癌剤)の投与量、投与頻度、投与種類等を増大させることによる治療法のことである。強化化学療法又は放射線療法としては、例えば、術後に5−FUとシスプラチンの併用(例えば、5−FU800mg/mを1〜5日間持続点滴し、シスプラチン80mg/mを3〜4週間あけて投与する併用療法)等による術後補助化学療法若しくは根治的化学放射線療法、又は、術前のシスプラチン投与若しくは化学放射線療法が挙げられる。その他、強化化学療法に用いられる薬剤としては、オキサリプラチン、カルボプラチン、ネダプラチン等のプラチナ製剤;タキソール(登録商標)等のタキサン系抗がん剤;ゲフィチニブ(gefitinib)、エルロチニブ(erlotinib)等のチロシンキナーゼ阻害剤;セツキシマブ(cetuximab)、マツズマブ(matuzumab)、パニツムマブ(panitumumab)等の抗EGFR抗体等を挙げることができる。
【0048】
本発明の食道癌の状態又は進行をモニターする方法における、測定されたトランスグルタミナーゼ3の発現レベルと該患者の食道癌の状態又は進行との関連付けは、上記予後との関連付けに準じて行うことができる。本発明の食道癌の状態又は進行をモニターする方法においては、バイオマーカのレベルを利用して、患者が死亡、再発又は転移する可能性の変化を判定することができる。特に、継時的にバイオマーカを測定することにより、患者の予後予測の変化を知ることができる。このようなモニターは、定期的に行われることが好ましく、例えば、1週間に1回、2週間に1回、月1回、2月に1回、3月に1回、6月に1回、1年に1回、2年に1回、3年に1回、5年に1回、又は、10年に1回行うことができ、患者の経過の良否に応じて適宜設定することができる。
【0049】
一の態様において、本発明のキットは、トランスグルタミナーゼ3と特異的に結合する抗体若しくはその断片、又は、トランスグルタミナーゼ3mRNA又はその一部と特異的に結合する核酸を含む。例えば、本発明のキットは、ELISA(Catty, Raykundalia, 1989)又はイムノクロマト用のキットであってもよい。別の態様において、本発明のキットは、トランスグルタミナーゼ3遺伝子又はmRNAの一部と特異的に結合するプライマーを含む。例えば、本発明のキットは、RT−PCR用のキットであってもよい。本発明のキットに包含されるトランスグルタミナーゼ3と特異的に結合する抗体若しくはその断片、又は、トランスグルタミナーゼ3mRNA又はその一部と特異的に結合する核酸は、上述の方法により得ることができる。
【0050】
一の態様において、本明細書に記載の予測キットは、インベーダー(登録商標)法に適したキットとすることができる。たとえば、本発明の予測キットは、トランスグルタミナーゼ3遺伝子の一部と相補的な配列及び消光プローブの一部と相補的な配列(フラップ)、トランスグルタミナーゼ3遺伝子の一部と相補的な配列を備えるインベーダープローブ、三重鎖特異的DNA分解酵素、及び、消光プローブを備える蛍光標識ユニバーサルプローブを備えることができる。上記フラップは、各アレル特異的プローブ間で異なっていることが好ましい。上記蛍光標識は、当業者周知のプローブを適宜選択することができ、各蛍光標識ユニバーサルプローブ間で異なっていることが好ましい。例えば、蛍光標識として、FAM及びVICを使用することができる。
【実施例】
【0051】
以下、本発明をより詳細に説明するため実施例を示すが、本発明はこれに限定されるものではない。なお、本願全体を通して引用される全文献は参照によりそのまま本願に組み込まれる。
【0052】
1.患者及び臨床情報
臨床状態のバックグラウンドを標準化するため、患者群としては、病理学的にT3N0−1M0の腫瘍があり、術前又は術後の化学療法又は放射線療法を受けておらず、新たに胸部食道扁平上皮癌と診断され、手術後少なくとも5年間経過観察された患者を対象とした。腫瘍細胞及びそれに隣接した正常粘膜細胞は、国立がんセンターにおいて1998年から2002年の間に切除された500症例のうち80症例から収集した。10mm以下の量の2又は3の組織断片が各症例から得られた。対応する正常粘膜組織も同様にして得られた。切除組織は、液体窒素中でスナップ冷凍(snap frozen)後、測定に使用するまで−80℃で保管した。なお、本研究に関しては、国立がんセンターの倫理委員会により承認されており、患者から書面でのインフォームドコンセントが得られている。63例においてリンパ節転移が認められた(78%)。リンパ節転移数と予後との関係を表1に示す。また、リンパ節転移の数に対する生存曲線を図1に示す。これらの結果から、リンパ節転移と患者の予後との間に相関があることが確認された。
【0053】
【表1】

【0054】
2.2D−DIGEによるタンパク発現プロファイリング
最初に、非常に異なる生存期間を示す2群の患者間について、2D−DIGEでタンパク質発現プロファイルを比較することにより、術後の予後に関連するタンパク質スポットを同定した。このうち一群は、5年間疾患の兆候は見られなかった37人の患者からなる予後良好群であり、他の一群は、2年以内に当該疾患が原因で死亡した28人の患者からなる予後不良群である。
【0055】
【表2】

【0056】
2−1.レーザーマイクロダイセクション及びタンパク質抽出
レーザーマイクロダイセクションを使用して非腫瘍細胞を除去し、腫瘍細胞群のみを集めて後のプロテオーム解析に使用した(Kondo T, Hirohashi S. Application of highly sensitive fluorescent dyes (CyDye DIGE Fluor saturation dyes) to laser microdissection and two−dimensional difference gel electrophoresis (2D−DIGE) for cancer proteomics. Nat Protoc 2006;1:2940−56)。即ち、本方法は以下の工程により行った。冷凍サンプルは、OCTコンパウンド(サクラファインテックジャパン株式会社)に包理し、クライオスタット(ライカ CM3050S、ライカマイクロシステムズ株式会社)を用いて8μm切片を作製し、ヘマトキシリン及びエオジン染色をして病理学的診断を行った。厚み8μmの隣接部切片を、組織粘着液(0.1%ポリ−L−リジン、シグマアルドリッチ社)で前処理を施した薄いポリエチレン膜上に乗せた。組織断片は必ずマイヤーヘマトキシリン(Mayer Hematoxylin)で染色した。全ての染色工程は氷上で行った。マイヤーヘマトキシリン染色断片をレーザーマイクロダイセクションに使用した(ライカ レーザー マイクロダイセクション バージョン 3.1.0.0、ライカマイクロシステムズ株式会社)。腫瘍細胞の非壊死組織からの回収は、サンプル中への浸潤した炎症性細胞、間質細胞及び血管成分のコンタミネーションを避けながら、パルス紫外線レーザービームを使用して行った。比較的形態学的に正常な食道上皮検体であって、癌組織から少なくとも5cm離れた位置に存在するものを、58人中53人の患者から採取した。エオジン染色は2D−DIGEの妨げとなるため、ヘマトキシリン及びエオジンで染色した断片は診断を確認するために使用し、残りの断片はプロテオミクス解析用にヘマトキシリンのみで染色した。マイクロダイセクション中にヘマトキシリン染色組織から回収された1mmの顕微切断領域に相当するタンパク質を、各2D−DIGEゲルに使用した。
【0057】
2−2.2D−PAGE蛍光ラベルタンパク質サンプルの調整及びイメージの取得
顕微切断組織はすぐに尿素溶解バッファ(6M尿素、2Mチオ尿素、3%CHAPS、及び、1%Triton X−100)で処理した。2D−DIGEゲル当たり、顕微切断組織の範囲として1mmを使用した。タンパク質のラベル化は以前報告した方法に準じて行った(Kondo T, Hirohashi S. Application of highly sensitive fluorescent dyes (CyDye DIGE Fluor saturation dyes) to laser microdissection and two−dimensional difference gel electrophoresis (2D−DIGE) for cancer proteomics. Nat Protoc 2006;1:2940−56)。即ち、本方法は以下の工程により行った。3mmの顕微切断組織を50mLの40mM Tris−HCl(pH8.0)尿素溶解バッファ中で培養した。その後、タンパク質検体は、8nmol トリス−(2−カルボキシエチル)ホスフィン塩酸塩(TCEP;シグマアルドリッチ社)中37℃で60分間処理することにより還元し、12nmol Cy5(CyDye DIGE Fluor saturation dye、GEヘルスケアバイオサイエンス社)を用いて37℃で30分間処理することにより蛍光ラベルを施した。ラベル化反応は、DTT及びPharmalyte(pH4−7、GEヘルスケアバイオサイエンス社)含有尿素溶解バッファを、それぞれ最終濃度が65mM及び2.0%となるように添加して終了させた。内部標準検体として全ての個々のタンパク質検体を混合し、Cy3蛍光染色(CyDye DIGE Fluor saturation dye、GEヘルスケアバイオサイエンス社)でラベルした。ラベル化反応終了後、1mmのレーザー顕微切断領域に該当する個々のCy5ラベル化検体を等量のCy3ラベル化内部標準検体と混合し、35mM DTT及び1.0%Pharmalyte(GEヘルスケアバイオサイエンス社)含有尿素溶解バッファを検体当たりの終量が420mLとなるよう添加した。
【0058】
蛍光標識2次元ディファレンス電気泳動(2 Dimensional Fluorescence Difference Gel Electrophoresis:2D−DIGE)は、当業者周知の方法により行った。一次元目の分離は、24cm長、pIレンジ4〜7の固定化pH勾配ポリアクリルアミドゲル(IPG(immobilized pH gradient) Dry Strip、GEヘルスケアバイオサイエンス社)を用いて行った。二次元目の分離は、38cm長のラージフォーマットゲル(株式会社バイオクラフト)を用いたSDS−PAGEを用いて行った。ゲルは、レーザースキャナ(Tyhoon Trio、GEヘルスケアバイオサイエンス)を用いて適切な波長でスキャンした。二次元電気泳動解析ソフトウェア(Progenesis PG240、ノンリニアダイナミックス(Nonlinear dynamics Ltd.))を用いて、全てのスポットについて、Cy5のイメージ強度を、同一ゲル内のCy3のイメージ強度により正規化し、ゲル間の相違を補正した。システムの再現性は、同一サンプルについて個別に2回行った分離から得られたタンパク質プロファイルを比較することにより検証した。
【0059】
処理前のデータ分析として、各実験で得られた強度データそのもののlog2変換し、Zスコアに変換して強度データ分布を標準化した。標準化したデータについて、ユークリッド距離とUPGMA法により階層的クラスタ分析を行い、プロテオームの全体的な特徴を確認した。2群間において異なる発現を示すスポットを同定するため、各スポットについてZ−テストを行った。得られたp値リストは、複数のテストによりある程度の擬陽性を含んでいた。そこで、Benjamini−Hochberg法(Benjamini, Y., and Hochberg, Y., Journal of the Royal Statistical Society. Series B (Methodological),Vol.57, No.1 (1995), 289−300)を用いて、偽の発見率(false discovery rate:FDR)を評価し、その結果、FDRが0.05未満のスポットを選択した。正常組織と腫瘍との比較においては、上記FDR基準の他、群平均の発現比が少なくとも4倍以上であるスポットを選択した。
【0060】
2D−DIGEにより、1検体当たり3623タンパク質スポットの発現プロファイルが得られた。タンパク質発現の全体的な類似性に基づき検体を腫瘍組織と正常上皮組織の2群に分けた。腫瘍と正常組織間では多数の違いが見られた。組織間で明らかに顕著な差(FDR<0.001及び差が4倍より大きいもの)を示した200のタンパク質スポットのうち、33スポットが腫瘍組織において発現上昇が明らかであり、他の167スポットは発現減少が明らかであった。これらの200タンパク質スポットについて、マススペクトルによる分析により同定した。
【0061】
2−3.質量分析法によるタンパク質の同定
ゲル内消化及び質量分析によるタンパク質の同定は、発明者らの以前の報告に従って行った(Kondo T, Hirohashi S. Application of highly sensitive fluorescent dyes (CyDye DIGE Fluor saturation dyes) to laser microdissection and two−dimensional difference gel electrophoresis (2D−DIGE) for cancer proteomics. Nat Protoc 2006;1:2940−56)。即ち、本方法は以下の工程により行った。標的タンパク質スポットは、自動スポット回収装置(ProHunter、アズワン株式会社)を使用して96穴PCRプレートに回収した。ゲルプラグは、メタノール、炭酸アンモニウム及びアセトノトリル三回洗浄し、乾燥後、TPCK処理トリプシンで一晩処理を行った。ゲルをアセトニトリルで処理することにより、ゲルからペプチドを抽出した。ゲル内消化により得られたトリプシンペプチドを、ナノスケールマイクロキャピラリRP LC−ESI MS/MSによる解析にかけた。マイクロフローHPLC用のパラダイムMS4 HPLCデュアルソルベントデリバリーシステム(Michrom BioResource社)、HTS PAL オートサンプラ(CTC Analytics社)、及び、ナノ−ESI(NSI)ソース(エーエムアール株式会社)搭載フィニガンLTQリニアITマススペクトロメータ(ThermoElectron社)を用いて、タンパク質の同定を行った(Kondo T, Hirohashi S. Application of highly sensitive fluorescent dyes (CyDye DIGE Fluor saturation dyes) to laser microdissection and two−dimensional difference gel electrophoresis (2D−DIGE) for cancer proteomics. Nat Protoc 2006;1:2940−56)。消化されたペプチド混合物は、マイクロキャピラリRP Magic C18カラム(3mm、200A、5060.2mm i.d.;Michrom)上で分離した。ペプチドは、10から80%の直線勾配のバッファB(10%水(v/v)及び0.1%ギ酸(v/v)含有アセトニトリル)を含有するバッファA(2%アセトニトリル(v/v)及び0.1%ギ酸(v/v)含有水)で10分間溶出した。
【0062】
HPLCからの溶出物は、NSI針を通じて1.0〜1.2mL/分の速度でマススペクトロメータに入れた(FortisTip、有限会社オムニセパロ適塾)。1.8kVの電圧でキャピラリは200℃に加熱した。シース(sheath)及び補助ガス(auxiliary gas)は使用しなかった。マススペクトロメータは、データ依存的収集モードに設定し、Xcaliburソフトウェア(バージョン2.0、ThermoElectron)の自動制御下でm/z450−1800のマスレンジの収集が自動的にMS/MS収集に切り替わるようにした。全MSスキャンの結果は、サーベイスキャンで最も豊富に検出された3つのイオンについて活性化振幅パラメータを35%にセットし、分離幅m/Z2.0としたMS/MS試験により得られた。データは、30秒の排除期間及び排除マス幅が−1.0及び+2.0Daであるダイナミックマス排除枠により取得した。
【0063】
得られたデータは、装置と共に提供されているExtractMSソフトウェア ヴァージョン2.11(ThermoElectron社)を用いて、ペプチドマスレンジを450から600Da、MS/MS最小ピークを25としてdtaフォーマット(ピークリストファイル)に変換し、MASCOT(登録商標)サーチを行った。MASCOT(登録商標)(バージョン2.1、マトリックスサイエンス社)サーチは、スイスプロット(Sprot_47.8 fasta ファイル、12867配列)及びNCBI(NCBInr_20050422 fasta ファイル、131447配列)の重複のないタンパク質配列データベース中の配列のうちホモサピエンスサブセットに対して行った。以下のサーチパラメータを全てのMASCOT(登録商標)サーチに使用した:2つのトリプシン分解物の欠落を許容範囲とし、メチオニン残基の可変修飾(酸化、+16Da)、並びに、MSデータにおける±2.0Da及びMS/MSデータにおける±1.0Daを最大誤差許容範囲とした。特徴的な配列を有する2以上の顕著に適合したペプチドを含むタンパク質(p<0.05、本実験におけるサーチパラメータ下において、MASCOTイオンスコアがスイスプロットデータベースに対して34以上及びNCBIデータベースに対して42以上と同等である)について統計的に検討し、タンパク質同定の信頼性を評価した。加えて、同定されたペプチドのMS/MSスペクトルを手動で調べた。
【0064】
腫瘍検体において、予後良好及び予後不良群は、当該検体の全体的なタンパク質発現像に基づいてそれぞれのグループに分類されることはなかった。また、これらの2群間において顕著に異なる強度を示すスポットは見出されなかった。そこで、患者のリンパ節転移による階層化を行った。重要な臨床予後予測因子であるリンパ節転移数に従い、リンパ節転移が無いか1つのみである全ての25人の患者を予後良好群とした。これらの患者は臨床情報のみに基づいてその予後を予測することができるため、2個以上のリンパ節転移を有する患者に分析対象を限定した。予後良好群の患者34人中、9人がリンパ節転移を2個以上有し、予後不良群の24人は全員がリンパ節転移を2個以上有していた。リンパ節転移と予後との関係は、上記表1に記載のとおりである。2個以上のリンパ節転移を有する合計33人の患者について、予後良好群と予後不良群とのスポットの比較を行ったところ、22のタンパク質スポットが、異なる予後を示す二群間で顕著に異なる強度を示すことを見出した(FDR<0.05)。22スポットの位置を図2に示す。
【0065】
マススペクトルによるタンパク質同定により、22個のタンパク質スポットが18個の互いに異なる遺伝子産物に関連することが見出された。18個の同定されたタンパク質のうち、トランスグルタミナーゼ3(TGM3)スポットが、22タンパクスポットリストの中で3回現れ、予後不良群において発現低下していることが明らかとなった。
【0066】
2−4.パスウェイ分析
タンパク質発現パターンのパスウェイ解析は、メタコア(MetaCore)ソフトウェア分析ツール(GeneGo,Inc社)を使用して行った。メタコア(MetaCore)は、プロテオームデータセットを使用し、既知の分子間相互作用、機能、及び、疾病との相互関係を含む手入力で管理されたデータベースに基づいてネットワークを同定する。パスウェイは、インプットリストと同じ大きさのランダムセットのタンパク質が特定のマッピングを偶然生じる可能性により同定した。
【0067】
メタコアを用いたパスウェイ解析において18個中17個の蛋白質がパスウェイ解析図に組み込まれた。それによるとSTAT1、p53、HNF4がパスウェイ上重要な蛋白のようであった。TGM3はSTAT1、p53の下流に位置するSp1という重要な転写因子により直接、調節されていた。このことから、TGM3は生命現象に重要な遺伝子産物であると考えられる。パスウェイ分析の結果を図3に示す。
【0068】
3.免疫組織化学染色及び組織アレイ
2D−DIGEの結果を評価するため、中間の予後を示した15人の患者について免疫組織化学的染色を行った。Dako REAL EnVision Detection System(DAKO社)を使用して、製造者の指示文書に従い、メタノール固定パラフィン埋め込み組織断片について、トランスグルタミナーゼ3の免疫組織化学染色を行った。抗原性を回復させるため、断片は脱パラフィン化し、脱水した後、3mL/L H含有メタノールにより30分間処理することで、内在性パーオキシダーゼ活性を除去しブロックした。断片は10mMクエン酸塩バッファ(pH6.0)中、121℃で、10分間オートクレーブした。第一抗体としては、ラビットポリクローナル、モノ−スペシフィック抗トランスグルタミナーゼ3抗体(HPA004728、Atlas antibodies社)を1:100希釈で使用した。染色は、臨床データで用いられる盲検の方法で、2人の別々の観察者が観察した。トランスグルタミナーゼ3の染色は、腫瘍細胞細胞質及び細胞核の一部並びに正常食道上皮において観察された。内部標準として使用した正常食道上皮は染色陽性であった。10%以上の腫瘍細胞が抗トランスグルタミナーゼ3抗体による染色が陽性である症例はトランスグルタミナーゼ3陽性とし、トランスグルタミナーゼ陽性腫瘍細胞が10%以下である症例をトランスグルタミナーゼ3陰性とした。腫瘍が組織学的に異なるグレードからなるばあいには、染色評価は主要な区分領域について行った。組織アレイは59の正常組織及び323の腫瘍組織を含んでいた。
【0069】
4.統計学的分析
食道癌患者76症例について、階層的クラスタ手法を、Expressionist software(ジーンデータ(Genedata))を用いて行った。
統計的計算は、Stat View Version 5.0 statistical package(SASインスティチュート(SAS Institute Inc,))を用いて行った。生存期間は、診断時から最後の追跡調査時(又は死亡時)と定義した。生存率は、カプラン−マイヤー法(Kaplan-Meier methodology)により評価した。生存と他の変数との関係は、カテゴリ変数のログランク検定、及び、コックスの比例ハザード分析に基づく連続型変数のスコア検定により調べた。多変量モデルは、コックス回帰を用いて一変量レベルにおいて顕著な変数と適合させた。生存曲線の変化に基づき、予後変数のカットオフ値を定めた。
【0070】
カプラン−マイヤー法により作成したトランスグルタミナーゼ3に関する生存曲線を図4に示す。トランスグルタミナーゼ3の発現の有無が統計学的に有意な数値(P=0.0033)を示した。
【0071】
以上の結果から、本研究により得られた、トランスグルタミナーゼ3は、食道癌診断時における予後予測バイオマーカとして有用であり、食道癌診断時の生検組織中のこれらのバイオマーカの発現の有無又は発現量を測定することにより、食道癌患者の予後を予測し、的確な治療法を選択することができると考えられる。食道癌では、診断目的で必ず生検を行うため、本検査に使用する生検材料は患者に新たな負担をかけることなく採取できる。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明の食道癌診断時における予後予測因子(トランスグルタミナーゼ3)は、食道癌患者の予後を予測し、的確な治療法を選択するマーカとして有用である。このようなバイオマーカ(又は臨床検査)はかつて存在しなかったことから、本発明により多くの食道癌患者が恩恵を受けることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0073】
【図1】リンパ節転移の数に対する食道癌の生存曲線を示す。縦軸は生存率を表し、横軸は術後の経過期間を表す。
【図2】予後良好食道癌及び予後不良食道癌におけるスポットの比較を示す。縦軸は、分子量を表し、横軸は等電点を表す。図中印をつけたものは、異なる予後を示す二群間で顕著に異なる強度を示すスポットを表す。
【図3】パスウェイ解析の結果を示す図である。
【図4】トランスグルタミナーゼ発現量に対する食道癌の生存曲線を示す。縦軸は生存率を表し、横軸は術後の経過期間を表す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
食道癌患者の予後を予測するための情報を提供する方法であって:
(a)該患者由来の試料中のトランスグルタミナーゼ3の発現の検出をすること;及び、
(b)測定されたトランスグルタミナーゼ3の発現レベルと該患者の予後との関連付けをすることを含む方法。
【請求項2】
測定されたトランスグルタミナーゼ3の発現レベルと食道癌の予後との関連付けにおいて、トランスグルタミナーゼ3の未発現若しくは発現低下が該患者の予後不良を示す、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
トランスグルタミナーゼ3の発現の検出が、免疫学的分析、核酸ハイブリダイゼーション、又は、定量的RT−PCRを行うことを含む、請求項1又は請求項2に記載の方法。
【請求項4】
患者由来の試料が、食道癌患者から採取された癌組織である、請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
食道癌患者の予後を予測するための情報を提供する方法であって、以下の工程:
(a)該患者由来の試料を調整する工程;
(b)少なくとも1つの抗体若しくはその断片又は核酸に該試料を接触させる工程、ここで、該抗体若しくはその断片はトランスグルタミナーゼ3タンパク質に特異的に結合する抗体若しくはその断片であり、該核酸はトランスグルタミナーゼ3mRNAに特異的に結合する核酸である;
(c)トランスグルタミナーゼ3タンパク質又はmRNAへの該抗体若しくはその断片又は該核酸の結合を検出してトランスグルタミナーゼ3タンパク質又はmRNAの発現レベルを測定する工程;及び、
(d)トランスグルタミナーゼ3タンパク質又はmRNAの発現レベルから食道癌患者の予後を予測する工程、ここで、トランスグルタミナーゼ3タンパク質の未発現若しくは発現低下が食道癌患者の予後不良を示す、を含む方法。
【請求項6】
食道癌患者の治療方法を選択するための情報を提供する方法であって、
(a)該患者由来の試料中のトランスグルタミナーゼ3の発現の検出をすること;及び、
(b)測定されたトランスグルタミナーゼ3の発現レベルと該患者の治療方法との関連付けをすることを含む方法。
【請求項7】
測定されたトランスグルタミナーゼ3の発現レベルと該患者の治療方法との関連付けにおいて、トランスグルタミナーゼ3の未発現若しくは発現低下が、該患者が強化化学療法の対象患者であることを示す、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
食道癌の状態又は進行をモニターする方法であって、
(a)患者由来の試料中のトランスグルタミナーゼ3の発現を検出すること;及び、
(b)測定されたトランスグルタミナーゼ3の発現レベルと該患者の食道癌の状態又は進行との関連付けをすること、ここで、トランスグルタミナーゼ3の未発現若しくは発現低下は、該患者の食道癌の状態が不良であること、進行していることを示し、及び/又は、トランスグルタミナーゼ3の発現若しくは発現上昇は、該患者の食道癌の状態が良好であること、進行していないことを示す、を含む方法。
【請求項9】
食道癌治療薬のスクリーニング方法であって、以下(i)から(iii)から選択される1の方法:
(i)以下の工程:
(a)食道癌細胞を調整する工程;
(b)被験薬を当該食道癌細胞に接触させる工程;
(b)トランスグルタミナーゼ3のmRNA量又はタンパク質量を測定する工程;
(c)トランスグルタミナーゼ3の測定値からトランスグルタミナーゼ3の発現レベルを計算する工程;
(d)被験薬を接触させた食道癌細胞と接触させなかった食道癌細胞におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルを比較する工程;及び、
(e)被験薬を接触させなかった食道癌細胞におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルと比較して、被験薬を接触させた食道癌細胞におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルが上昇した場合に当該被験薬が食道癌の予後改善効果があると判定する工程、
を含む方法;
(ii)以下の工程:
(a)食道癌モデル細胞を調整する工程;
(b)被験薬を当該モデル動物に投与する工程;
(c)当該モデル動物におけるトランスグルタミナーゼ3のmRNA量又はタンパク質量を測定する工程;
(d)トランスグルタミナーゼ3の測定値からトランスグルタミナーゼ3の発現レベルを計算する工程;
(e)被験薬を投与した食道癌モデル動物と投与しなかった食道癌モデル動物におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルを比較する工程;及び、
(f)被験薬を投与しなかった食道癌モデル動物におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルと比較して、被験薬を投与した食道癌モデル動物におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルが上昇した場合に当該被験薬が食道癌の予後改善効果があると判定する工程;
を含む方法;あるいは、
(iii)以下の工程:
(a)被験薬を食道癌患者に投与する工程;
(b)当該食道癌患者におけるトランスグルタミナーゼ3のmRNA量又はタンパク質量を測定する工程;
(c)トランスグルタミナーゼ3の測定値からトランスグルタミナーゼ3の発現レベルを計算する工程;
(d)被験薬を投与した食道癌患者と投与しなかった食道癌患者におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルを比較する工程;及び、
(e)被験薬を投与しなかった食道癌患者におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルと比較して、被験薬を投与した食道癌患者におけるトランスグルタミナーゼ3の発現レベルが上昇した場合に当該被験薬が食道癌の予後改善効果があると判定する工程;
を含む方法。
【請求項10】
食道癌患者の予後を予測するためのキット、食道癌患者の治療方法を選択するための情報を提供するためのキット、又は、食道癌治療薬のスクリーニング用キットであって、以下(i)〜(iii)から選択されるいずれか1つを備えるキット:
(i)トランスグルタミナーゼ3タンパク質と特異的に結合する抗体又はその断片;
(ii)トランスグルタミナーゼ3遺伝子の一部と特異的に結合するプライマー及びトランスグルタミナーゼ3遺伝子と相補的な核酸;又は
(iii)トランスグルタミナーゼ3遺伝子の一部と相補的な配列及び消光プローブの一部と相補的な配列を有するフラップ、トランスグルタミナーゼ3遺伝子の一部と相補的な配列を備えるインベーダープローブ、三重鎖特異的DNA分解酵素、及び、消光プローブを備える蛍光標識ユニバーサルプローブ。


【図1】
image rotate

【図4】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2010−107306(P2010−107306A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−278554(P2008−278554)
【出願日】平成20年10月29日(2008.10.29)
【出願人】(399081213)インフォコム株式会社 (19)
【出願人】(590001452)国立がんセンター総長 (80)
【Fターム(参考)】