説明

飽和脂肪酸ステロールエステル

【課題】酵素反応を利用して飽和脂肪酸とステロールとのエステルを効率よく製造する方法を提供すること。また、食品用油脂および化粧品用油剤の物性改良剤を提供すること。
【解決手段】本発明の飽和脂肪酸ステロールエステルを製造する方法は、エステル化反応を触媒する酵素、飽和脂肪酸またはその誘導体、ステロールおよび有機溶媒を含有する混合物を調製して酵素反応を行う工程を含み、該混合物は水を含有せず、かつ該有機溶媒を該飽和脂肪酸またはその誘導体と該ステロールとの合計量1gに対して0.3〜7mLの割合で含有する。本発明の食品用油脂および化粧品用油剤の物性改良剤は、飽和脂肪酸ステロールエステルを含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、飽和脂肪酸ステロールエステル、その製造方法、およびその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
ステロール(スタノールを含む)およびその脂肪酸とのエステルは血中コレステロール値を下げる機能を持つ。また、ステロールは油脂に溶けにくいが、脂肪酸ステロールエステルは油脂と相溶する。この保健機能および物性が注目を集め、脂肪酸ステロールエステルを添加したサラダ油、マヨネーズ、マーガリンなどが商品化されている。しかし、食品素材として使用されているのは、ステロールと融点の低い不飽和脂肪酸とのエステル、あるいは不飽和脂肪酸および飽和脂肪酸の混合物とのエステルであり、飽和脂肪酸のみとのエステルは実用化されていない。
【0003】
すでに商品化されている融点の低い不飽和脂肪酸ステロールエステルを常温で固体の脂(綿実ステアリン、パームステアリン、植物油極度硬化脂、エステル交換油脂、部分水素添加油脂、牛脂、豚脂など)に添加すると、固体脂の融点、凝固点が下がり、硬度も低下(軟化)してしまい、固体脂として必要な物性が維持できなくなってしまう。
【0004】
一方、適度な融点、凝固点を示す油脂、適度な硬度を示す油脂は、マーガリン、ショートニング、チョコレートなどの素材として重宝されている。これらの物性に特徴のある油脂は、液体状の油を部分水素添加して製造されている。しかし、部分水素添加法を採用して製造した油脂には副生物として多くのトランス酸が含まれる。トランス酸は多量に摂取するとLDLコレステロール(悪玉コレステロール)を増加させ、心臓疾患のリスクを高めることが懸念されている。したがって、混合するだけで融点、凝固点が上昇し、硬度も高くすることのできる新しい油脂の物性改良剤が求められている。
【0005】
不飽和脂肪酸ステロールエステルについては、リパーゼを触媒とし、水を含む反応系、あるいは水および有機溶媒を含む反応系で合成できることが多数報告されている。しかし、飽和脂肪酸ステロールエステルの酵素法による合成については、酵素反応の困難性などからほとんど報告されていないのが現状である。
【0006】
酵素反応を利用して飽和脂肪酸ステロールエステルを合成するには、原料である飽和脂肪酸またはそのエステルなど、およびステロールは反応する温度で溶解していることが好ましい。ところが飽和脂肪酸またはそのエステルの融点は60〜90℃、ステロールの融点は130〜140℃と非常に高く、両化合物が溶解する温度は100℃以上となってしまう。このような温度域で酵素反応を行うと酵素は失活し、エステルを合成することはできない。そこで、酵素が失活しない温度で両基質を溶解させる手段として、ヘキサンやイソオクタンなどの有機溶媒の存在下での反応が提案されている(特許文献1および非特許文献1)。しかし、特許文献1および非特許文献1の反応系は、不飽和脂肪酸とステロールとのエステル合成に比べて非常に効率が悪いため、短時間で収率よくエステルを合成できる反応系の確立が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特許第2554469号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】明星ら、油化学、1995年、第44巻、第10号、pp.883-896
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、酵素反応を利用して飽和脂肪酸とステロールとのエステルを効率よく製造する方法を提供することを目的とする。また、食品用油脂および化粧品用油剤の物性改良剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、酵素を触媒とした飽和脂肪酸ステロールエステルの合成において、反応に用いる有機溶媒の量を、反応温度で基質の溶解に必要な最少量とし、また水を一切添加しない反応系を設定することにより、短時間で収率よく当該エステルを合成することができること、および当該エステルを液体状の食品用油脂や化粧品用油剤に少量添加するだけで、油脂や油剤の物性が大きく変化することを見出し、本発明の完成に至った。
【0011】
本発明は、飽和脂肪酸ステロールエステルを製造する方法を提供し、該方法は、エステル化反応を触媒する酵素、飽和脂肪酸またはその誘導体、ステロールおよび有機溶媒を含有する混合物を調製して酵素反応を行う工程を含み、該混合物には水を添加せず、かつ該有機溶媒を該飽和脂肪酸またはその誘導体と該ステロールとの合計量1gに対して0.3〜7mLの割合で含有する。
【0012】
1つの実施態様では、上記ステロールは、植物由来である。
【0013】
1つの実施態様では、上記有機溶媒は、ヘキサンである。
【0014】
本発明はまた、上記方法で製造された、飽和脂肪酸ステロールエステルを提供する。
【0015】
本発明はさらに、上記飽和脂肪酸ステロールエステルを含有する物性改良剤を提供する。
【0016】
本発明はさらにまた、上記物性改良剤を含有する食品用油脂を提供する。
【0017】
本発明はさらにまた、上記物性改良剤を含有する化粧品用油剤を提供する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、酵素反応を利用して飽和脂肪酸とステロールとのエステルを効率よく製造する方法を提供することができる。また、飽和脂肪酸ステロールエステルを含有する食品用油脂および化粧品用油剤の物性改良剤を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の飽和脂肪酸ステロールエステルを製造する方法は、エステル化反応を触媒する酵素、飽和脂肪酸またはその誘導体、ステロールおよび有機溶媒を含有する混合物を調製して酵素反応を行う工程を含む。
【0020】
(酵素)
本発明に用いる酵素としては、飽和脂肪酸とステロールとのエステル化反応を触媒する酵素である限り、特に限定されないが、好ましくはリパーゼ、より好ましくは、トリグリセリドの1位、2位および3位のエステル結合に対して位置特異性を持たないリパーゼである。リパーゼの由来としては、特に限定されないが、例えば、シュードモナス(Pseudomonas)属、アルカリゲネス(Alcaligenes)属、ブルクホルデリア(Burkholderia)属、キャンディダ(Candida)属、ゲオトリクム(Geotrichum)属などの微生物が挙げられる。
【0021】
本発明においてリパーゼの1単位(1U)は、オリーブ油を加水分解して1分間に1μmolの脂肪酸を遊離する酵素量と定義する。
【0022】
本発明に用いる酵素の量は、特に限定されないが、反応液1gあたり好ましくは20U〜50,000U、さらに好ましくは200U〜15,000Uである。
【0023】
本発明に用いる酵素は、そのまま遊離体として用いてもよいし、セライト、セラミックス、活性炭などの多孔性担体、イオン交換樹脂、シリカなどに固定化して用いてもよい。固定化の方法としては、特に限定されないが、例えば、セライト、セラミックス、イオン交換樹脂などの多孔性担体への固定化は、これらの担体に酵素溶液を接触させ、減圧乾燥して水を蒸発除去して行うことができる。固定化酵素は、水を含有しない反応系や酵素を繰り返して使用する場合に特に有効である。
【0024】
(基質)
本発明に用いる飽和脂肪酸は、炭素数6〜24の飽和脂肪酸である。これらの純品または混合物であってもよい。飽和脂肪酸ステロールエステルの物性(融点、凝固点、硬度など)は飽和脂肪酸の炭素数によって大きく変化する。炭素鎖長の短い飽和脂肪酸ステロールエステルの融点、凝固点、硬度は炭素鎖長の長い飽和脂肪酸ステロールエステルの融点、凝固点、硬度に比べてそれぞれ低い。したがって、好ましくは炭素数18のステアリン酸を主成分とする植物油由来の飽和脂肪酸混合物、より好ましくは炭素数18のステアリン酸と炭素数16のパルミチン酸とで構成され、パルミチン酸含量の多い綿実油やパーム油などに由来する飽和脂肪酸の混合物である。
【0025】
本発明に用いる飽和脂肪酸の誘導体としては、例えば、上記飽和脂肪酸のグリセリド(モノグリセリド、ジグリセリド、トリグリセリド)や上記飽和脂肪酸のメチルエステル、エチルエステルが挙げられる。
【0026】
本発明に用いるステロールとしては、特に限定されないが、好ましくは植物由来である。植物由来のステロールは、血中コレステロール値を下げる機能を有する。植物由来のステロールとしては、例えば、β−シトステロール、カンペステロール、スティグマステロール、ブラシカステロール、スタノールが挙げられる。これらの純品または混合物であってもよい。
【0027】
反応に用いるステロールと飽和脂肪酸とのモル比(ステロール/脂肪酸)は、特に限定されないが、過剰量のステロールを用いると飽和脂肪酸のエステル化率が上昇し、過剰量の飽和脂肪酸を用いるとステロールのエステル化率が上昇する。収率よく飽和脂肪酸ステロールエステルを合成する観点から、好ましくは0.5〜2.0、より好ましくは0.8〜1.2である。
【0028】
(有機溶媒)
本発明に用いる有機溶媒としては、飽和脂肪酸またはその誘導体およびステロールを溶解することができる限り、特に限定されないが、例えば、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、イソオクタン、t−ブタノールが挙げられる。
【0029】
有機溶媒は、飽和脂肪酸またはその誘導体とステロールとの合計量1gに対して0.3〜7mL、好ましくは0.3〜3.5mLの割合で含有される。0.3mL未満の場合、基質が溶解しないため、酵素反応の効率が低下する。7mLを超える場合、酵素反応を阻害するため、酵素反応の効率が低下する。
【0030】
(水)
本発明においては、水の添加は酵素反応を著しく阻害するため、水は添加しない。
【0031】
(飽和脂肪酸ステロールエステルの合成)
酵素、飽和脂肪酸またはその誘導体、ステロールおよび有機溶媒を混合する順番は特に限定されない。好ましくは、基質が溶解してから固定化酵素を添加して反応を開始させる。反応途中に、酵素、飽和脂肪酸またはその誘導体、ステロールおよび有機溶媒を適宜添加してもよい。反応中は、混合物を均一にするために、好ましくは攪拌する。反応後は、反応液をろ過して固定化酵素を分離する。ろ過する前に反応液に適当量の有機溶媒を添加してもよい。固定化酵素を再利用する場合は、ろ過によって回収した固定化酵素を有機溶媒で洗浄してから用いるのが好ましい。
【0032】
酵素の反応温度は、特に限定されないが、好ましくは100℃以下、より好ましくは80℃以下、さらに好ましくは70℃以下である。
【0033】
(飽和脂肪酸ステロールエステルの精製)
反応液中には、飽和脂肪酸ステロールエステル、未反応のステロール、未反応の飽和脂肪酸またはその誘導体、および有機溶媒が含有されているため、反応液を精製工程に供することにより高純度の飽和脂肪酸ステロールエステルを得ることができる。精製工程に供する前に有機溶媒を減圧下で除去してもよい。精製手段としては、特に限定されないが、例えば、カラムクロマトグラフィー、分子量の差を利用した膜分離法、沸点の差を利用した蒸留法、溶解度の差を利用した溶媒分画法、凝固点の差を利用した低温結晶分別法が挙げられる。
【0034】
(飽和脂肪酸ステロールエステルを含有する組成物)
(油脂(油剤)と飽和脂肪酸ステロールエステルとを含有する組成物)
本発明の飽和脂肪酸ステロールエステルは、食品用油脂または化粧品油剤と相溶する性質を有するため、これらの食品用油脂または化粧品油剤に添加した組成物を調製することができる。例えば、本発明の飽和脂肪酸ステロールエステルは、常温で液体状の食用油や化粧品用油剤に対しては、ゲル化剤、物性(融点、凝固点、硬さなど)改良剤として利用することができる。また、常温で軟らかい固体状の食用脂や化粧品用油剤に対しては、物性(融点、凝固点、硬さなど)改良剤として利用することができる。さらに、常温で硬い固体状の食品用脂や化粧品用油剤に対しては、優れた物性(融点、凝固点、硬さなど)を維持したまま、優れた保健機能を付与することができる。これらの組成物は、ほかにトコフェロールやβ−カロテンなどの抗酸化剤、乳化剤、色素など、通常の油脂含有食品や化粧品に添加される化合物を含有していてもよい。
【0035】
これらの油脂または油剤と飽和脂肪酸ステロールエステルとを含有する組成物を調製する方法としては、特に限定されないが、例えば、両者を所定の割合に混合し、混合物が完全に透明になるまで加熱・融解する。油脂または油剤の酸化による変性が想定される場合は、窒素ガスなどの不活性ガスを充填した容器内で混合、加熱してもよい。
【0036】
(液体状の植物油と飽和脂肪酸ステロールエステルとを含有する組成物)
液体状の植物油としては、特に限定されないが、例えば、菜種、大豆、綿実、コーン、紅花、ヒマワリ、米糠、ゴマ、オリーブなどの植物油が挙げられる。液体状の植物油と飽和脂肪酸ステロールエステルとの混合比は、所望の物性が得られる限り、特に限定されない。例えば、ヨウ素価が60〜140g−I/100gの植物油に対して飽和脂肪酸ステロールエステルを2質量%以上の割合で添加すると、得られる組成物はゲル化し、組成物の融点、凝固点は上昇し、硬度も高くなる。飽和脂肪酸ステロールエステルの添加量が多いほど組成物の融点、凝固点は上昇する。したがって、本発明の飽和脂肪酸ステロールエステルは、液体状の油のゲル化剤、物性(融点、凝固点、硬さなど)改良剤として適している。
【0037】
(常温で固体状の脂と飽和脂肪酸ステロールエステルとを含有する組成物)
常温で固化している脂としては、特に限定されないが、例えば、ステアリン、マーガリン、ショートニング、チョコレート用の脂が挙げられる。常温で固体状の脂と飽和脂肪酸ステロールエステルとの混合比は、所望の物性が得られる限り、特に限定されない。例えば、ヨウ素価が35〜100g−I/100gのステアリンに対して飽和脂肪酸ステロールエステルを1質量%以上の割合で添加すると、得られる組成物の融点、凝固点は上昇し、硬度も高くなる。組成物の融点、凝固点は飽和脂肪酸ステロールエステルの添加量が多いほど上昇する。飽和脂肪酸ステロールエステルの添加量が多いほど組成物の融点、凝固点は上昇し、硬度も高くなる。したがって、本発明の飽和脂肪酸ステロールエステルは、常温で固体状の脂の物性(融点、凝固点、硬さなど)改良剤として適している。
【0038】
植物油由来の極度硬化脂やエステル交換脂(融点および凝固点の高い固体脂)と飽和脂肪酸ステロールエステルとを含有する組成物は、両者の融点、凝固点、硬度が似ているため、物性は混合前後で大きく変化しない。したがって、本発明の飽和脂肪酸ステロールエステルは、融点および凝固点の高い固体脂の優れた物性(融点、凝固点、硬さなど)を維持したまま、融点および凝固点の高い固体脂に優れた保健機能を付与することができる。
【0039】
(化粧品用油剤と飽和脂肪酸ステロールエステルの組成物)
化粧品用油剤としては、特に限定されないが、例えば、常温で液体状の流動パラフィン、固体状のワックス(脂肪族アルコールと脂肪酸とのエステル)が挙げられる。化粧品用油剤と飽和脂肪酸ステロールエステルとの混合比は、所望の物性が得られる限り、特に限定されない。本発明の飽和脂肪酸ステロールエステルは、化粧品用油剤のゲル化剤、物性改良剤として適している。また、化粧品用油剤の優れた物性(融点、凝固点、硬さなど)を維持したまま、化粧品用油剤に優れた保健機能を付与することができる。
【実施例】
【0040】
以下に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明がこの実施例に限定されないことはいうまでもない。
【0041】
(調製例1:基質の調製)
(飽和脂肪酸トリグリセリド)
綿実白絞油(ヨウ素価:116g−I/100g;岡村製油株式会社)に、常法に従って完全水素添加し、綿実極度硬化脂(飽和脂肪酸トリグリセリド)を調製した。すなわち、綿実白絞油にニッケル触媒(堺化学工業株式会社製SO−850)0.5質量%を添加し、水素ガスを吹き込みながら180℃にて水素の消費がなくなるまで反応を継続した。反応後、反応液をろ過してニッケル触媒を除去した。得られた脂に活性白土1質量%を添加し、この混合物を減圧下、110℃にて5分間攪拌して脱色した。得られた極度硬化脂の酸価は0.45mgKOH/g、ヨウ素価は0.41g−I/100gであった。分子量は869とした。
【0042】
(飽和脂肪酸)
綿実極度硬化脂100gに水200gおよびNaOH16gを添加し、この混合物を0.5気圧下105℃にて1時間反応させた。反応後、濃硫酸22gを添加して油分を回収し、さらに90℃にて2回水洗して遊離脂肪酸を調製した。得られた飽和脂肪酸の分子量は277とした。
【0043】
(飽和脂肪酸エチルエステル)
綿実極度硬化脂100gにエタノール200mLおよびNa−エチラート3gを添加し、この混合物を78℃にて1時間反応させた。反応後、0.5N塩酸400mLを添加して油分を回収し、さらに90℃にて2回水洗して飽和脂肪酸エチルエステルを調製した。得られた飽和脂肪酸エチルエステルの分子量は305とした。
【0044】
(ステロール)
タマ生化学株式会社製のフィトステロール−FKP(主成分:β−シトステロール44.3%、スティグマステロール20.5%、カンペステロール27.6%、ブラシカステロール7.0%)を用いた。分子量は400とした。
【0045】
(調製例2:固定化リパーゼの調製)
アルカリゲネス属リパーゼ(名糖産業株式会社;QLM)を2,500U/mLになるように水に溶かし、この水溶液100mLにセライト545(セライト社)50gまたは20gを添加し、この混合物を減圧乾燥して得られた標品を固定化リパーゼとした。以下の表1の固定化酵素量の欄で5,000U/gはセライト50gの場合であり、125,000U/gはセライト20gの場合である。
【0046】
(実施例1:エステル化反応による飽和脂肪酸ステロールエステルの合成)
丸底フラスコ(500mL容量)に調製例1の飽和脂肪酸20.2gおよびステロール24.8g(合計45g;12:10(モル/モル))、ヘキサン、ならびに調製例2の固定化酵素を入れ、さらに必要に応じて水を添加した後、この混合物を65℃にて攪拌しながら反応を行った。
【0047】
キャピラリーカラムDB1−ht(0.25mm×5m;J&W Scientific社)を装着したGC2010ガスクロマトグラフィー(島津株式会社製)を用いて、飽和脂肪酸または飽和脂肪酸トリグリセリド、飽和脂肪酸エチルエステル、ステロールおよび飽和脂肪酸ステロールエステルを定量した。過剰量の飽和脂肪酸を用いた反応では、反応液中のステロールおよび飽和脂肪酸ステロールエステルのモル量を測定し、ステロールと飽和脂肪酸ステロールエステルとの合計量に対する飽和脂肪酸ステロールエステル量の割合を反応率とした。過剰量のステロールを用いた反応では、反応液中の飽和脂肪酸および飽和脂肪酸ステロールエステルのモル量を測定し、飽和脂肪酸と飽和脂肪酸ステロールエステルとの合計量に対する飽和脂肪酸ステロールエステル量の割合を反応率とした。各原料の量、および各反応条件で得られた反応率の経時変化を表1に示す。
【0048】
【表1】

【0049】
(ヘキサン量の検討)
他の条件が同一でヘキサン量のみが異なるR1とR2とを比較すると、ヘキサン30mL(基質1gあたり0.67mL)を用いたR1では、48時間後に92%の反応率であったのに対し、ヘキサン300mL(基質1gあたり6.7mL)を用いたR2では、48時間後に65%の反応率、96時間後に98%の反応率であった。さらに、基質1gあたり10.0mLのヘキサンを用いたR3では、48時間後に25%の反応率、96時間後に48%の反応率にとどまった。
【0050】
他の条件が同一でヘキサン量のみが異なるR4〜R6を比較すると、ヘキサン量の増加とともに反応速度の低下が観察された。
【0051】
ヘキサン300mLおよびリパーゼ750,000Uを用いたR7と、ヘキサン30mLおよびリパーゼ150,000Uを用いたR5とでは、反応速度はほぼ同等であった。
【0052】
以上の結果より、リパーゼを用いた飽和脂肪酸とステロールとのエステル化反応において、ヘキサンは基質の融点を下げるために有効であるが、その量を増やすと反応速度は低下することがわかった。この低下は、酵素量を増やすことによって回避できるが、少量の酵素を用い、短時間で高い反応率を達成するには、ヘキサン量をできるだけ減らした方がよいことがわかった。
【0053】
(酵素量の検討)
他の条件が同一で酵素量のみが異なるR1とR5との比較、およびR2とR7との比較から、反応速度は酵素量と相関することがわかった。
【0054】
(基質比の検討)
他の条件が同一で飽和脂肪酸とステロールとの比のみが異なるR5、R8およびR9を比較すると、反応速度に大きな差はなかった。また、基質比は反応速度にほとんど影響しないこともわかった。したがって、基質比は、反応後の反応液中に残存させたくない基質を考慮して決定すればよい。
【0055】
(水の検討)
他の条件が同一で水の添加の有無のみが異なるR6とR10とを比較すると、反応液中に水を添加すると酵素反応は著しく阻害されることがわかった。
【0056】
(酵素反応の最適条件)
以上より、酵素反応の最適化には、ヘキサン量は基質の融解に必要な最少量にし、水を添加しない方がよいことがわかった。
【0057】
(実施例2:エステル交換反応による飽和脂肪酸ステロールエステルの合成)
実施例1のR5の飽和脂肪酸に代えて、調製例1の飽和脂肪酸トリグリセリドを用いたこと以外は、実施例1のR5と同様にして反応を行い、反応率を算出した。反応率の経時変化を表2のR11に示す。なお、飽和脂肪酸トリグリセリドのモル量は飽和脂肪酸のモル量に換算し、ステロールに対して1.2倍のモル量を用いた。
【0058】
実施例1のR5の飽和脂肪酸に代えて、調製例1の飽和脂肪酸エチルエステルを用いたこと以外は、実施例1のR5と同様にして反応を行い、反応率を算出した。反応率の経時変化を表2のR12に示す。なお、飽和脂肪酸エチルエステルのモル量は飽和脂肪酸のモル量に換算し、ステロールに対して1.2倍のモル量を用いた。
【0059】
【表2】

【0060】
飽和脂肪酸トリグリセリドを基質としたエステル交換反応のR11では、反応率は24時間後に70%、48時間後に85%であり、反応速度はR5よりやや低下した。一方、飽和脂肪酸エチルエステルを基質としたエステル交換反応のR12では、反応率は24時間後に91%、48時間後に98%であり、反応速度はR5と同等であった。したがって、エステル化反応だけでなくエステル交換反応によっても飽和脂肪酸ステロールエステルを合成できることがわかった。
【0061】
(実施例3:繰り返し反応)
丸底フラスコ(500mL容量)に調製例1の飽和脂肪酸20.2gおよびステロール24.8g(合計45g;12:10(モル/モル))、ヘキサン30mL、ならびに調製例2の固定化酵素30gを入れ、この混合物を65℃にて攪拌しながら48時間反応を行った。反応率を実施例1と同様にして算出した。反応液をろ過して固定化酵素を分離し、ヘキサンで洗浄した後、次の反応に用いた。同様にして、固定化酵素を繰り返し用いた。反応率の経時変化を表3に示す。固定化酵素の酵素活性は徐々に低下したが、約10回は繰り返し使用できることがわかった。
【0062】
【表3】

【0063】
(調製例3:飽和脂肪酸ステロールエステルの精製)
実施例1のR8の48時間反応させた反応液を回収し、エバポレーターによりヘキサンを除去した。得られた粉末20gをヘキサンに溶かし、シリカゲルカラム(ワコーゲルC−200;カラムサイズ36×400mm)に供した。溶出はヘキサン/酢酸エチル(=98:2,容量比)により行い、飽和脂肪酸ステロールエステルの画分を回収した。回収率95%、純度99.5%以上であった。
【0064】
(調製例4:エステル交換脂の調製)
丸底フラスコ(500mL容量)に菜種油100g(主な脂肪酸組成:パルミチン酸4%、ステアリン酸2%、オレイン酸63%、リノール酸19%、リノレン酸9%;岡村製油株式会社)、調製例2の綿実極度硬化脂100g、および調製例2の固定化酵素40gを入れ、この混合物を70℃にて攪拌しながら48時間反応を行った。反応液をろ過して固定化酵素を除去した。得られた脂をエステル交換脂とした。
【0065】
(実施例4:食品用油脂および化粧品用油剤への飽和脂肪酸ステロールエステルの添加)
調製例3の飽和脂肪酸ステロールエステルを綿実サラダ油(ヨウ素価:117g−I/100g;岡村製油株式会社)、綿実ステアリン(ヨウ素価:94g−I/100g;岡村製油株式会社)、調製例1の極度硬化脂、調製例4のエステル交換脂、および流動パラフィン(関東化学株式会社)に5〜50質量%の割合で添加した組成物について、示差走査熱量測定装置(株式会社島津製作所製DSC−60)を用いて融点および凝固点を測定した。複数のピークが検出されたときには高温側ピークの温度を採用した。結果を表4に示す。
【0066】
【表4】

【0067】
表4から明らかなように、飽和脂肪酸ステロールエステルの融点および凝固点は、いずれの油脂あるいは油剤の融点および凝固点より高い。融点および凝固点の低い油脂/油剤に飽和脂肪酸ステロールエステルを添加すると、油脂/油剤の融点および凝固点は上昇した。また、調製した組成物の融点および凝固点は添加前の油脂/油剤の融点より、飽和脂肪酸ステロールエステルの添加量に依存して上昇した。さらに、少量(数%)の添加でも融点および凝固点は大きく上昇し、添加量を増やすと飽和脂肪酸ステロールエステルの融点に近接した。
【0068】
一方、融点および凝固点の高い極度硬化脂およびエステル交換脂に飽和脂肪酸ステロールエステルを添加しても、固体脂の融点および凝固点は大きく変化しなかった。特に極度硬化脂に25質量%以下で添加した場合は、極度硬化脂の融点および凝固点はほとんど変化しなかった。
【0069】
調製例3の飽和脂肪酸ステロールエステルを綿実サラダ油、綿実ステアリン、調製例1の極度硬化脂、調製例4のエステル交換脂、および流動パラフィンに10質量%の割合で添加した組成物について、硬度を測定した。硬度は、15mmφの試験管に試料1.5gを入れ、100℃にて試料を完全に融解させた後、試験管を20℃のインキュベーターに移し、16時間放置した。固化した試料に1.5mmφのステンレス棒を突き刺すことにより試料の硬度を比較した。
【0070】
この結果、硬度は、綿実極度硬化脂の組成物>エステル交換脂の組成物>綿実ステアリンの組成物>綿実サラダ油の組成物>流動パラフィンの組成物の順で高いことがわかり、飽和脂肪酸ステロールエステルを添加する前の油脂/油剤の硬度が組成物の硬度に反映されることがわかった。また、飽和脂肪酸ステロールエステルを5〜50質量%の割合で綿実サラダ油に添加した場合、組成物の硬度は添加した飽和脂肪酸ステロールエステルの量に相関した。
【0071】
以上より、飽和脂肪酸ステロールエステルは食品用油脂や化粧品用油剤の物性改良剤として有効であることがわかった。特に、液体状の油や油剤に対しては少量の添加でも固化させることができ、添加量で硬度の調整も可能となる。また、硬化食品用脂に対しては、その物性を大きく変えることなく、保健機能を有する飽和脂肪酸ステロールエステルを添加することができる。
【産業上の利用可能性】
【0072】
本発明によれば、酵素反応を利用して飽和脂肪酸とステロールとのエステルを効率よく製造する方法を提供することができる。また、飽和脂肪酸ステロールエステルを含有する食品用油脂および化粧品用油剤の物性改良剤を提供することができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
飽和脂肪酸ステロールエステルを製造する方法であって、エステル化反応を触媒する酵素、飽和脂肪酸またはその誘導体、ステロールおよび有機溶媒を含有する混合物を調製して酵素反応を行う工程を含み、該混合物には水を添加せず、かつ該有機溶媒を該飽和脂肪酸またはその誘導体と該ステロールとの合計量1gに対して0.3〜7mLの割合で含有する、方法。
【請求項2】
前記ステロールが、植物由来である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記有機溶媒が、ヘキサンである、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
請求項1から3のいずれかの項に記載の方法で製造された、飽和脂肪酸ステロールエステル。
【請求項5】
請求項4に記載の飽和脂肪酸ステロールエステルを含有する物性改良剤。
【請求項6】
請求項5に記載の物性改良剤を含有する食品用油脂。
【請求項7】
請求項5に記載の物性改良剤を含有する化粧品用油剤。

【公開番号】特開2012−219196(P2012−219196A)
【公開日】平成24年11月12日(2012.11.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−86824(P2011−86824)
【出願日】平成23年4月8日(2011.4.8)
【出願人】(391010471)岡村製油株式会社 (7)
【Fターム(参考)】