説明

香りの評価方法

【課題】嗜好性の高い香りの選択方法を提供すること。
【解決手段】被験者が記憶している基準の香りに対する対象の香りの類似度を評価する香りの評価方法であって、被験者に、対象の香りを嗅がせる第1ステップ(S11)と、被験者に、基準の香りを嗅がせる第2ステップ(S12)と、被験者から、第2ステップで嗅いだ香りと、基準の香りとの関連性に関する質問についての回答を得つつ、第2ステップから回答が得られるまでの時間を測定する第3ステップ(S13)と、測定された時間に基づいて回答時間を算出し、回答時間の長さから、基準の香りに対する対象の香りの類似度を評価する評価ステップ(S14)と、を含む、香りの評価方法が提供される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、香りの評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
香りを有する製品において、香りはその製品の認知や識別に重要な役割を果たしている。同時に、その香りにより連想される印象は、製品そのものの印象の一部として、製品の価値を高める役割も果たしている。このように、香りは製品において重要な役割を占めているため、その評価は通常、製品評価の一部として行われている。
【0003】
例えば製品に香りを付する場合、製品のイメージを変えないために、香料処方の変更があった場合であっても同質の香りを付したい場合がある。また一方で製品のイメージを一新するために従来と全く異なる香りを付したい場合もある。このような場合、香料開発者や調香師が同質又は全く異なる香りをイメージして香りを作成し、製品評価を行って、香りの類否を判断するのが一般的である。
【0004】
頻繁に行われる製品評価の方法の代表的な例としては、消費者に直接的に言葉を介して製品の特性を尋ねるアンケートやインタビューがある。これにより、多くの製品評価に関する情報を得ることができる。
【0005】
一方、香りの評価方法としては、例えば特許文献1、2記載のものがある。特許文献1、2では、映像や音楽などの対象物がある状態で被験者に香りを嗅がせて、嗅いだ香りそのものと対象物との組み合わせの相関関係を評価することで、香りのイメージを評価している。
【0006】
また、非特許文献1では、複数の香りから2種を選んで直接嗅ぎ比べることで、香りの類似度を評価している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特表2001−501611号公報
【特許文献2】特表2002−510991号公報
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】International Symposium on Olfaction and Taste 2008予稿集、P.195
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、従来の製品評価は、被験者の先入観や、質問の際に用いられた言葉、提示された図や写真といったものに影響されやすかった。また、被験者の心理的な評価を質問した場合、言語化しにくい内容が含まれるなどの理由で、被験者の本来の評価が覆い隠されてしまう場合があった。そのため、従来の製品評価では、客観的な評価結果が得られない傾向があり、特に香りに関する評価方法において、このような問題が生じやすかった。
【0010】
また、非特許文献1に記載されたような直接嗅ぎ比べて香りの類似度を評価する方法であっても、同様に被験者の主観による判断を主としているため、客観的な評価結果を得られない場合があった。また、特許文献1、2記載の方法は、映像や音楽などの対象物がある状態で被験者に香りを嗅がせて、これらの対象物と嗅いだ香りの組み合わせの相関を評価するためのものであり、特定の香りと嗅いだ香りとの類似性を評価するものではなかった。
【課題を解決するための手段】
【0011】
かかる問題に鑑み、本発明者らが鋭意検討を行った結果、香りの類似度を評価する方法において、被験者の意図的・意識的な評価を排除することで、評価したい香りサンプルの、基準とした香りに対する類似度を精度よく評価できる方法を見出した。
【0012】
すなわち本発明によれば、
被験者が記憶している基準の香りに対する対象の香りの類似度を評価する香りの評価方法であって、
前記被験者に、前記対象の香りを嗅がせる第1ステップと、
前記被験者に、前記基準の香りを嗅がせる第2ステップと、
前記被験者から、第2ステップで嗅いだ香りと、前記基準の香りとの関連性に関する質問についての回答を得つつ、第2ステップから前記回答が得られるまでの時間を測定する第3ステップと、
測定された時間に基づいて回答時間を算出し、前記回答時間の長さから、前記基準の香りに対する前記対象の香りの類似度を評価する評価ステップと、
を含む、香りの評価方法が提供される。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、香りの類似度を高い精度で評価できる香りの評価方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】第1実施形態にかかるフローチャートを示す図である。
【図2】第1実施形態の変形例における香りの評価結果の一例を示す分布図である。
【図3】第3実施形態にかかるフローチャートを示す図である。
【図4】第3実施形態における香りの評価結果の一例を示す分布図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明の実施形態について図面を参照して説明する。以下の実施形態における香りの評価方法は、被験者が記憶している基準の香りに対する対象の香りの類似度を評価する香りの評価方法であって、被験者に、対象の香りを嗅がせる第1ステップと、被験者に、基準の香りを嗅がせる第2ステップと、被験者から、第2ステップで嗅いだ香りと、基準の香りとの関連性に関する質問についての回答を得つつ、第2ステップから回答が得られるまでの時間を測定する第3ステップと、測定された時間に基づいて回答時間を算出し、回答時間の長さから、記憶している基準の香りに対する対象の香りの類似度を評価する評価ステップと、を含む。
【0016】
なお、本実施形態において「基準の香り」とは香りの類似度を評価するうえで基準となる香りのことを言い、「対象の香り」とは類似度を評価する、評価対象となる香り(サンプル)のことを言う。
【0017】
また、以下の実施形態では、被験者に実際に香りを嗅がせるが、その方法は、特に限定されない。例えば香料を滴下した広口ビンやボトルを被験者に渡して香りを嗅がせてもよいし、匂い紙に香料を滴下したものを被験者に香りを嗅がせてもよい。より高い精度の評価を行う観点から、例えば、オルファクトメータ等を使用し、希釈装置によって濃度を調整して匂いを送気する方法が好ましい。
【0018】
また、以下の実施形態では、被験者の数は、ひとりでもよいが、複数のほうが好ましい。類似度の精度を高くする観点から、8名以上が好ましく、さらに10名以上が好ましい。被験者数は多いほど好ましいが、70名以下でも、50名以下であってもよい。
【0019】
(第1実施形態)
図1を用いて、本発明の第1実施形態について説明する。図1は第1実施形態にかかるフローチャートを示す図である。
【0020】
はじめに、第1実施形態の香りの評価方法の概要について説明する。
第1実施形態の香りの評価方法は、
被験者が記憶している香りに関する情報を取得し、取得した情報から基準の香りを特定するステップ(S10)と、
被験者に、対象の香りを嗅がせる第1ステップ(S11)と、
被験者に、基準の香りを嗅がせる第2ステップ(S12)と、
被験者から、第2ステップで嗅いだ香りと、基準の香りとの関連性に関する質問についての回答を得つつ、第2ステップから回答が得られるまでの時間を測定する第3ステップ(S13)と、
第3ステップで得られた回答の適否を判定し、第3ステップで測定された時間のうち、適に該当する回答が得られるまでの時間を抽出する抽出ステップ(S14)と、
抽出された時間に基づいて回答時間を算出し、回答時間の長さから、基準の香りに対する対象の香りの類似度を評価する評価ステップ(S15)と、を含む。
【0021】
以下、第1実施形態の香りの評価方法の詳細について説明する。
【0022】
(S10)
S10では、被験者が記憶している香りに関する情報を取得する。取得した情報から、のちの第2ステップで被験者に嗅がせる、基準の香りを特定する。被験者が記憶している香りとは、例えば、被験者が日常的に使用している芳香性製品の香り、被験者が熟知している香り、被験者の過去の記憶に関連する香り、などであって、第1実施形態の香りの評価方法において、基準の香りとなる。より詳細には、具体的な香りの名称、芳香性製品の名称(香水、コロン、石鹸、シャンプー、柔軟剤など)、植物、花の香りなどである。情報の取得は、例えば、被験者に記憶している香りが何かについての質問をし、具体的に香りを特定する回答をえることで行われる。複数の被験者について本発明の香りの評価方法を実施する場合には、S10で同じ香りを選択した被験者を選択するステップを加えた方が好ましい。
【0023】
(S11)
S11では、被験者に、対象の香りを嗅がせる(第1ステップ)。本実施形態において、対象の香りとは、本実施形態の香りの評価方法によって基準の香りとの類似度を評価したい対象となり、基準の香りとは異なる香りである。また、被験者に対象の香りを嗅がせる際は、その香りが何であるか等、被験者には伝えない。例えば視覚、聴覚等を通じた情報は与えない。
【0024】
(S12)
S12では、被験者に、基準の香りを嗅がせる(第2ステップ)。すなわち、S10で得られた情報から、被験者が記憶していると回答した香り、すなわち基準の香りを準備して、被験者に嗅がせる。また、被験者に基準の香りを嗅がせる際は、その香りが何であるか等の情報は、被験者には伝えない。
【0025】
(S13)
S13では、被験者から、第2ステップで嗅いだ香りと、基準の香りとの関連性に関する質問についての回答を得つつ、第2ステップから回答が得られるまでの時間を測定する(第3ステップ)。
【0026】
関連性に関する質問とは、第2ステップで嗅いだ香りが、基準の香りと同一であるか否かを択一的に回答させる質問が挙げられる。本実施形態では、第2ステップで嗅いだ香りが、S10で被験者が記憶していると回答した香りと同一であるか否かを択一的に質問し、同一であると回答したものを適、そうでないものを否とした。
【0027】
質問は、予め被験者に口頭または書面で伝えておくことが好ましい。これにより、香りを嗅いでから回答までの時間を正確に測定することができる。
【0028】
回答が得られるまでの時間の測定方法は、たとえば、コンピューター等の画面上のボタン又は画面と連動したボタンを押す動作、回答の音声の入力、ビデオなど画像や運動センサーによる動作測定などが挙げられる。
【0029】
香りの評価方法の精度を高めるため、事前に、被験者が香りを嗅いでから回答するまでの作業を練習してもよい。
【0030】
(S14)
S14では、第3ステップで得られた回答の適否を判定し、第3ステップで測定された時間のうち、適に該当する回答が得られるまでの時間を抽出する。すなわち、第2ステップで嗅いだ香りが、基準の香り(S10で被験者が記憶していると回答した香り)と同一であるという適に該当する回答が得られた場合の測定時間のみを抽出して、後に説明する評価ステップで使用し、同一であるという回答が得られなかったものは、除外する。
【0031】
(S15)
S15では、抽出された回答時間の長さから、基準の香りに対する対象の香りの類似度を評価する。本実施形態において、回答時間が短いほど、基準の香りに対する対象の香りの類似度が高いと評価する。これにより、基準の香りに対する対象の香りの類似度(被験者が記憶している香りに対する対象の香りの類似度)を客観的な数値で得ることができる。
【0032】
本実施形態において、S11〜S13は、繰り返し行ってもよく、繰り返し回数は特に限定されない。S11〜S13を複数回おこなった場合、複数の回答時間が測定されることとなるので、S14の後、抽出した回答時間から、評価対象となる回答時間を算出するステップを含むほうが好ましい。この場合、S15では算出された回答時間で類似度を評価する。評価対象となる回答時間は以下のようにして算出することができる。
【0033】
回答時間の算出方法としては、例えば、抽出された時間の平均値に基づいて、または抽出された時間の変動の傾向に基づいて回答時間を算出する、が挙げられる。
【0034】
平均値とは、S13から得られた測定時間を、S13を行った回数で割った値である。また、測定された時間の変動の傾向に基づいて回答時間を算出するとは、例えば、S13から得られた複数の測定時間の中央値、最頻値などである。
【0035】
以上説明した本実施形態における香りの評価方法では、被験者に対象の香りを嗅がせてから回答が得られる間での時間を測定し、測定時間を用いて、基準の香りに対する対象の香りを評価するため、被験者の意図的・意識的な評価を排除することができる。これにより、基準の香りに対する対象の香りの類似度を精度よく評価できる。
【0036】
基準の香りとの類似度を評価する対象の香りは一種類でもよく、二種以上でもよいが、対象の香りは二種以上であるほうが好ましい。二種以上の香りについて、それぞれ基準の香りとの類似度を測定する場合、まず評価したい対象の香りのうち1種についてS11〜S13の工程を行う。その後、別の評価したい対象の香りについて更にS11〜S13の工程を行う。例えば評価する対象の香りをX1,X2,X3とした場合、X1についてS11〜S13の工程を行い、次にX2についてS11〜S13の工程を行い、更にX3についてS11〜S13の工程を行う。また、X1,X2,X3のサンプル評価は、その評価順序をランダムにして、繰返し評価して測定を行うこともできる。
【0037】
また、上記実施形態で説明した香りの評価方法を用いて、製品に付するべき香りを決定して、芳香製品を製造することもできる。例えば、現行の香り製品の香りを、基準の香りRとし、改良候補の香りを、対象の香りX1、2、3とする。そして、本発明の香りの評価方法を用いて、対象の香りX1、2、3を評価した結果、例えば対象の香りX1、2、3の順に、基準の香りRに類似するという結果が得られたとする。そこで、現行の製品の愛用者に配慮して現行の製品イメージを変えたくない場合ならば、改良製品の香りとして対象の香りX1を選ぶことができる。また、現行製品に対して明確に香りを変えて新製品であることを強調したい場合には、対象の香りX3を選ぶことができる。あるいは、他社競合製品の香りを基準の香りRとした場合は、自社と他社の製品を区別するために、対象の香りX3を選んでもよい。
【0038】
芳香性製品としては、たとえば、香水、コロン、化粧品、洗剤、柔軟剤又は線香等が挙げられる。
【0039】
なお、本発明による香りの評価方法は、上記実施形態に限定されるものではなく、様々な変形が可能である。
【0040】
上記実施形態で基準の香りに対する対象の香りの類似度を測定した後、基準の香りと対象の香りを入れ替えて測定してもよい。例えば、香りA、Bを用意し、まず、香りAを基準の香りとし、香りBを対象の香りとし、本発明の香りの評価方法で、対象の香りBの基準の香りAに対する類似度を評価する。次に、香りを入れ替え、香りAを対象の香りとし、香りBを基準の香りとし、対象の香りAを被験者に良く記憶してもらい、第1ステップで基準の香りBを嗅がせる。その後第2ステップで対象の香りAを被験者に嗅がせ、記憶した香り(対象の香りA)と第2ステップで嗅いだ香りが同じか否かを被験者に尋ねる。これにより対象の香りAの基準の香りBに対する類似度が測定できる。このように基準の香りAに対する対象の香りBとした時の類似度と、対象の香りAに対する基準の香りBとした時の類似度の双方を測定することにより、類似度のバラツキが明確になり、バラツキを排除して、より客観的な類似度を評価することができる。
【0041】
また、上記実施形態では、基準の香りが一つである場合について説明したが、基準の香りは、2つ以上であってもよい。例えば、基準の香りR1と、評価する香りY1、Y2、Y3、Y4を用意し、本発明の香りの評価方法で、評価する香りY1〜4の基準の香りR1に対する類似度を評価する。次に、評価する香りY1として用いた香りを基準の香りR2とし、基準の香りR1として用いた香りを評価する香りY5とし、同様に、基準の香りR2に対する評価する香りY2〜5の類似度を評価する。その結果、図2に示すような分布図が得られる。図2中の、横軸は基準の香りをR1とした時の回答時間(t1)、縦軸は基準の香りをR2とした時の回答時間(t2)で表したものである。これにより、評価する香り同士の類似度の相関も分析することができ、二次元的に香りの距離を測定することができる。また、基準となる香りをさらに増やし、多次元の分布表を得ることもできる。
【0042】
また、上記実施形態では、回答時間のみを評価基準として評価した例について説明したが、さらに主観的な類似度の評価基準と組み合わせて、総合的に評価してもよい。従来は、主観的な類似度のみによって香りを評価していたのに対し、本発明による香りの評価方法では、客観的な類似度と、主観的な類似度とを組み合わせて評価できることから、これまでにない目的に応じた香りを選択することができる。
【0043】
主観的な類似度の評価の際には、基準の香りと対象の香りとの関連性に関する質問を行う。質問の内容としては例えば、基準の香りと対象の香りの類似の程度を主観的に回答させる質問、記憶課題、命題課題、意味的判断、エピソード的判断などに関する質問が挙げられる。
【0044】
類似すると感じる程度を主観的に回答する方法としては、例えば、類似すると感じる程度を、被験者にビジュアルアナログスケール(VAS)上で評価させる方法、リカートスケール法(類似度について5段階又は7段階で評価する方法)などが挙げられる。被験者にビジュアルアナログスケール上で評価させる場合、例えば、10cmのスケール上において、類似すると感じる程度に応じて、0cmから10cmの間で評価させる。対象の香りが、基準の香りと同一と感じる場合は、0cmとなる。
【0045】
命題課題とは、例えば、基準となる香りの具体的な名称が特定されている場合、対象となる香りを嗅がせ、具体的な名称を質問することが挙げられる。例えば、香水の名称、花の名称、果物の名称、シャンプーの銘柄などが挙げられる。
【0046】
意味的判断とは、基準となる香りのカテゴリーが特定され、例えば、基準となる香りが食べられるものの香りである場合、対象となる香りが食べられるものの香りか否かを質問する。これにより、対象となる香りが食べられるものの香りに類似するかどうかを評価することができる。その他、基準となる香りが花の香り、または台所にある物の香りである場合についても、同様にして対象となる香りがその香りか否かを質問してもよい。
【0047】
エピソード的判断とは、例えば、基準となる香りが被験者の自分の家にあるものの香りである場合、対象となる香りをかがせて、自分の家にあるものの香りか否かを質問する。これにより、対象となり香りが自分の家にあるものの香りに類似するかどうかを評価することができる。
【0048】
(第2実施形態)
第1実施形態では、被験者が記憶している香りに関する情報を取得するステップ(S10)を含む例について説明したが、第2実施形態では、第1ステップの前に、被験者に香りを記憶させ、該香りを基準の香りとするステップ(S20)を含む例である。その他のステップは、第1実施形態と同様に実施できるため、詳細な説明は省略する。
【0049】
(S20)
S20では、被験者に香りを記憶させ、該香りを基準の香りとする。記憶させる方法としては、例えば、被験者に基準の香りとしたい香りを実際に嗅がせる方法、が挙げられる。記憶させる香りは、第2実施形態の香りの評価方法において、基準の香りとしたい香りであればよく、特に限定されず、設定することができる。これにより、第2のステップで被験者に嗅がせる際に準備する香りを限定できる。
【0050】
本ステップで、被験者に香りを実際に嗅がせる時間は、被験者が香りを記憶できるよう必要に応じて適宜設定できるが、例えば、2分〜5分程度が好ましい。また、被験者に香りを嗅がせた後は、被験者の嗅覚疲労を回復するため、以降のステップに進むまでに5分程度間隔をおくことが好ましい。
【0051】
また、被験者に香りを嗅がせる際、嗅がせる香りが何であるか、具体的な名称を伝えてもよく、また全く伝えなくてもよい。また、嗅がせる香りのカテゴリーを伝えてもよい。カテゴリーとしては、例えば、食べられるものの香り、芳香性製品の香り、花の香り、一般的に台所にあるものの香り、といった意味的な判断によるカテゴリーが挙げられる。
【0052】
第2実施形態においても、第1実施形態のS11〜S15に沿って評価することができ、第1実施形態と同様にして、基準の香りに対する対象の香りの類似度を精度よく評価できる。また、本実施形態においても、第1実施形態と同様にして、その要旨を逸脱しない範囲で各種の変形を許容できる。
【0053】
(第3実施形態)
第3実施形態は、第1実施形態の評価ステップS15の前に、被験者に、対象の香りを嗅がせる第4のステップ(S31)と、基準の香り及び対象の香りとは異なるダミーの香りを嗅がせる第5のステップ(S32)と、被験者から、第5ステップで嗅いだ香りと、基準の香りとの関連性に関する質問をする第6のステップ(S33)、をさらに含む。その他のステップは、第1実施形態と同様に実施できるため、詳細な説明は省略する。
【0054】
図3は第3実施形態にかかるフローチャートを示す図である。図3中、S11〜13を工程A、S31〜33を工程Bとしている。
【0055】
(S31)
S31では、被験者に、対象の香りを嗅がせる(第4のステップ)。S31で嗅がせる対象の香りはS11で嗅がせる対象の香りと同じでも異なっていてもよい。
【0056】
(S32)
S32では、被験者に、基準の香り及び対象の香りとは異なるダミーの香りを嗅がせる(第5のステップ)。
【0057】
本実施形態において、ダミーの香りとは、基準の香り及び対象の香りとは異なっていればよく、複数であってもよい。ダミーの香りを嗅がせることにより、被験者が対象の香りを嗅いで回答するステップ(第3ステップ)を繰り返しているうちに、回答が惰性化したり、怠慢になることを防止し、精度よいデータを得ることができる。
【0058】
(S33)
S33では、被験者から、第5ステップで嗅いだ香りと、被験者が記憶している基準の香りとの関連性に関する質問をする(第6のステップ)。
【0059】
関連性に関する質問とは、第1実施形態で説明したのと同様にして、第5ステップで嗅いだ香りが、被験者が記憶している基準の香りと同一であるか否かを択一的に回答させる質問が挙げられる。
【0060】
第3実施形態においても、第1実施形態のS11〜S15に沿って評価することができ、第1実施形態と同様にして、基準の香りに対する対象の香りの類似度を精度よく評価できる。また、本実施形態においても、第1実施形態と同様にして、その要旨を逸脱しない範囲で各種の変形を許容できる。
【0061】
また、第3実施形態において、図3中の工程Aと工程Bの順番は、特に限定されず、それぞれランダムに繰り返し行ってもよい。
【0062】
(第4実施形態)
第4実施形態では、第1実施形態のS11〜S15に加え、対象物に対する対象の香りの類似度に関する情報を得るステップ(S41)と、S15で得られた基準の香りに対する対象の香りの類似度と、S41で得られた情報とに基づいて、基準の香りに対する対象の香りの類似度を評価するステップ(S42)と含む。
【0063】
(S41)
S41では、対象物に対する対象の香りの類似度に関する情報を得る。
対象物は、特に限定されず、被験者が香りをイメージできる物であればよい。視覚又は聴覚を通じて、対象物の香りを被験者にイメージさせた後、対象の香りを被験者に嗅がせ、被験者の換気量を測定することで、対象物に対する対象の香りの類似度を評価する。ここで一般に、換気量は、対象物と香りの関連性を表す指標として知られており、換気量が多いほど、対象物と香りの関連性が高い、すなわち類似しているとして評価できることが知られている。したがって、被験者の換気量が多いほど、対象の香りが対象物からイメージされる香りに類似すると評価することができる。
【0064】
(S42)
S15で得られた基準の香りに対する対象の香りの類似度と、S41で得られた対象物に対する対象の香りの類似度に関する情報とに基づいて、基準の香りに対する対象の香りの類似度を評価する。
【0065】
例えば、基準の香りRとしてオレンジの香りと、対象の香りZ1〜Z5を用意する。S15により、対象の香りZ1〜Z5についての類似度を評価する。また、別に、S41を行い、対象物をオレンジとして、被験者にオレンジの写真を見せて香りをイメージさせた後、被験者が評価する香りZ1〜Z5(対象の香り)を嗅いだ時の被験者の換気量をそれぞれ測定し、測定結果を得る。その結果、図4に示すような分布図が得られる。図4中の、横軸はオレンジの香り(基準の香りR)に対する類似度を回答時間(t1)で表したもの、縦軸は換気量による類似度を表したものである。これにより、基準の香りRに対して、評価する香りZ1〜Z5について、基準の香りRに対する、イメージの類似性と、香りの類似性の両方の観点から、類似度を評価することができる。
【0066】
また、Z1〜Z5を、香りの類似度、イメージの類似度それぞれが、基準に近いものと遠いものとのグループに分類することができる。例えば、香りの類似度、イメージの類似度がいずれも基準に近いものをAグループ、香りの類似度が基準に近く、イメージの類似度が基準に遠いものをBグループ、香りの類似度が基準に遠く、イメージの類似度が基準に近いものをCグループ、香りの類似度、イメージの類似度がいずれも基準から遠いものをDグループとして、図4中のZ1〜Z5をグループ分けする。そこで、基準とした対象物のイメージに香りの印象に近づけたい場合は、Aグループの香りを選択し、基準とした対象物のイメージは変えたくないが香りを変更したい場合は、Cグループの香りを選択することができる。また、基準とした対象物のイメージチェンジを図りたい場合などは、対象物をイメージさせず、香りも類似しないグループDの香りを選択することができる。このようにより目的に応じた製品設計を可能にできる。
【0067】
その他は、第1実施形態と同様にして行うことができる。第4実施形態でも、第1実施形態と同様にして、基準の香りに対する対象の香りの類似度を精度よく評価できる。また、本実施形態においても、第1実施形態と同様にして、その要旨を逸脱しない範囲で各種の変形を許容する。
【0068】
(第5実施形態)
第5実施形態では、第1実施形態のS11〜S15に加え、対象の香りについての物理化学的な測定値を得るステップ(S51)、S15で得られた基準の香りに対する対象の香りの類似度と、S51で得られた対象の香りについての物理化学的な測定値とに基づいて、基準の香りに対する対象の香りの類似度を評価するステップ(S52)と含む。
【0069】
(S51)
S51では、対象の香りについての物理化学的な測定値を得る。例えば、香り成分のガスクロマトグラフ分析による測定、嗅覚センサーを用いた装置による測定などが挙げられる。
【0070】
(S52)
S52では、S15で得られた基準の香りに対する対象の香りの類似度と、S51で得られた対象の香りについての物理化学的な測定値に基づいて、基準の香りに対する対象の香りの類似度を評価する。例えば、基準の香りR、対象の香りX1〜X6を用意し、S15において対象の香りX1〜X6の類似度を得る。また、別に、S51を行い、対象の香りX1〜X6についての物理化学的な測定値を得る。これにより、類似度が高いと評価された要因について、物理化学的な数値の特徴を知ることができる。
【0071】
その他は、第1実施形態と同様にして行うことができる。第5実施形態でも、第1実施形態と同様にして、基準の香りに対する対象の香りの類似度を精度よく評価できる。
【0072】
その他は、第1実施形態と同様にして行うことができる。第5実施形態でも、第1実施形態と同様にして、基準の香りに対する対象の香りの類似度を精度よく評価できる。また、本実施形態においても、第1実施形態と同様にして、その要旨を逸脱しない範囲で各種の変形を許容する。
【実施例】
【0073】
(実施例)
次に本発明の「香りの評価方法」について、実施例により具体的に説明する。
【0074】
<被験者>
実験時に風邪などをひいておらず、日常生活での嗅覚に障害がない38名(男性19名、女性19名)が実験に参加した。被験者には実験当日、香水等はつけないよう指示した。
【0075】
<基準の香り>
類似度を測定する基準となる香りとして、アップル(A)、グレープフルーツ(G)、ピーチ(P)の香料を混合した香りを準備した。準備した香りを綿球に0.5ml賦香し、スクイーズボトルに入れた。この基準の香りを入れたボトルを以降、Refと記載する。
【0076】
<対象の香り>
基準の香りRefからの類似度を測定したい香り、すなわち対象の香りを6種類準備した。準備した香りをそれぞれ綿球に0.5ml賦香し、スクイーズボトルに入れた。この対象の香りを入れたボトルを以降、それぞれX1,X2,X3,X4,X5,X6と記載する。X1〜X6に入れられた香りは以下の表1のとおりであった。
【0077】
【表1】

【0078】
<ダミーの香り>
回答が惰性化したり、怠慢になることを防止するため、ダミーの香りとしてフローラルタイプの香りを準備した。なお、フローラルタイプの香りは基準の香り(Refに賦香された香り)とも対象の香り(X1〜X6に賦香された香り)とも全く異なる香りである。準備した香りを綿球に0.5ml賦香し、スクイーズボトルに入れた。このダミーの香りを入れたボトルをAddと記載する。
【0079】
<実験構成>
実験は、以下の6段階から構成した。
1. 被験者にRefを渡し、香りを記憶させる。(処理S20)
2. 被験者にX1〜X6のいずれかを提示する。(処理S11)
3. 被験者にRef又はAddを提示する。(処理S12又はS32)
4. 被験者が段階3で提示された香りがRefの香りと同一か否か回答する。(処理S13)
5. 実験者が段階3で香りを提示してから、被験者が段階4で回答するまでの時間を測定する。(処理S14)
6. 段階2〜5の作業を繰り返す。
7. 実験者が段階5で測定した時間を解析し、段階2で提示した香りのRefに対する類似度を評価する。(処理S15)
各段階について、以下詳細に説明する。
【0080】
(処理S20)
被験者に、Refを渡し、2分間匂いを嗅がせた。この際、Refの香りをよく記憶するように被験者に指示した。匂いを嗅ぎ終えた後、嗅覚疲労からの回復を図るため、5分間休憩の時間を取った。
【0081】
(処理S11)
被験者に、X1〜X6のいずれか1つを渡し、4秒間匂いを嗅がせた。このとき、被験者には「このボトルの香りはただ嗅ぐだけでよい」と指示した。
【0082】
(処理S12〜S14)
被験者にRef又はAddを渡し、S11での匂いを嗅ぎ終えた後5秒ほど時間を置いてから、香りを嗅ぐよう指示した。この際、嗅いだ香りがS20で記憶した香りか否かを判断し、記憶した香りと同一であればYES、記憶した香りと異なればNOのボタンを押すように被験者に指示し、回答を得た(S13)。実験者は被験者がS12でRef又はAddの香りを嗅ぎ始めてから、S14でボタンを押すまでの時間を測定した。
【0083】
次に、5秒ほど時間を置いて、X1〜X6のうち、S11で嗅がせた香りと異なるものを被験者に渡し、S11〜S14の作業を繰り返した。
【0084】
X1〜X6それぞれについて実験を行い、S11で臭いを嗅がせた後に、S12でRef又はAddを嗅がせ、S13で回答を得た。これにより、S11で嗅がせる6種類とS12で嗅がせる香り2種類の組み合わせ12通り全てについて、データを採取した。また、データの信頼性向上の点から、全てのデータを2回採取することとした。すなわち、S11〜S14の作業は合計で24回行った。
【0085】
被験者の作業時間が長くなることを防止するため、S11〜S14の作業を8回行ったところで被験者は5分間の休憩を入れることとした。被験者は休憩時間中にRefの香りを再度記憶してもよいこととした。
【0086】
(処理S15)
S11〜14で得た測定結果のうち、S12でRefの香りを嗅がせ、かつS13で被験者がS12で嗅いだ香りと記憶したRefの香りが同一であると回答した被験者を抽出した。抽出された被験者は23名となった。被験者ごとにX1〜X6の香りをRefの香りに近い順、すなわちS14での回答時間(反応時間:msec)が短い順に順位を付けた。
【0087】
次に抽出したデータをRefの香りに対する類似の程度が近い群(すなわち、X1、X2、X3)と遠い群(X4、X5、X6)とに分けた。そして、X1〜X6の順位のうち、基準の香りRに類似する程度が近いと評価された上位3つの香りが、X1〜X3のいずれかである場合を○(AG,AP,GPすべてがA,G,Pよりも距離が近い場合)、上位3つの香りのうち少なくとも2つがX1〜X3のいずれかである場合を△(例えば、距離が近い順にAG,AP,A,GP,G,Pの場合)、残りの場合を×(例えば、距離が近い順にA,AG,AP,GP,G,Pの場合)とした。
【0088】
(比較例)
比較のため、直接香りの類似度を評価するため、実施例で抽出された23名の被験者に対し、ビジュアルアナログスケールを用いてX1〜X6の香りとRefの香りとの類似度を測定した。
【0089】
被験者にRefの香りとX1の香りを直接嗅ぎ比べてさせ、Refに対しX1がどの程度似ていると感じるか、100mmのスケール上にマークを付けさせた。Refの香りと同じと感じた場合は0mm、Refの香りから最も遠いと感じた場合には100mmの部分にマークをつけるように指示した。X1〜X6の全てのサンプルについて、順にRefの香りと直接嗅ぎ比べを行い、Refの香りに対する類似度を100mmのスケール上にマークした(Visual Analog Scale:mm)。
【0090】
X1〜X6のマークの位置から、被験者ごとにX1〜X6の香りをRefの香りに近い順に順位付けした。次いで、香りをRefの香りに対する類似の程度が近い群(すなわち、X1、X2、X3)と遠い群(X4、X5、X6)とに分けた。
【0091】
<評価>
X1〜X6の順位のうち、基準の香りRに類似する程度が近いと評価された上位3つの香りが、X1〜X3のいずれかである場合を○(AG,AP,GPすべてがA,G,Pよりも距離が近い場合)、上位3つの香りのうち少なくとも2つがX1〜X3のいずれかである場合を△(例えば、距離が近い順にAG,AP,A,GP,G,Pの場合)、残りの場合を×(例えば、距離が近い順にA,AG,AP,GP,G,Pの場合)とした。実施例と比較例の評価結果を表2に示した。
【0092】
【表2】

【0093】
表2より、「○+△」の割合が、実施例のRT測定では73.9%であったのに対し、比較例のVAS測定では43.5%であった。また、「○」の割合が、実施例のRT測定では60.9%であったのに対し、比較例VAS測定では39.1%であった。すなわち、被験者の主観が入るVASのみでは、類似度にばらつきがあるのに対し、本発明の香りの評価方法によるRT測定では被験者の主観が除かれ、客観的に類似度が評価できたことがわかった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被験者が記憶している基準の香りに対する対象の香りの類似度を評価する香りの評価方法であって、
前記被験者に、前記対象の香りを嗅がせる第1ステップと、
前記被験者に、前記基準の香りを嗅がせる第2ステップと、
前記被験者から、第2ステップで嗅いだ香りと、前記基準の香りとの関連性に関する質問についての回答を得つつ、第2ステップから前記回答が得られるまでの時間を測定する第3ステップと、
測定された時間に基づいて回答時間を算出し、前記回答時間の長さから、前記基準の香りに対する前記対象の香りの類似度を評価する評価ステップと、
を含む、香りの評価方法。
【請求項2】
第3ステップにおいて、第2ステップで嗅いだ香りと、前記基準の香りとが同一であるか否かを質問して回答を得る、請求項1に記載の香りの評価方法。
【請求項3】
第1ステップの前に、
前記被験者に香りを記憶させ、該香りを前記基準の香りとするステップ、をさらに含む、請求項1または2に記載の香りの評価方法。
【請求項4】
第1ステップの前に、
前記被験者が記憶している香りに関する情報を取得し、取得した情報から前記基準の香りを特定するステップ、
をさらに含む、請求項1または2に記載の香りの評価方法。
【請求項5】
前記評価ステップの前に、
前記被験者に、前記対象の香りを嗅がせる第4のステップと
前記被験者に、前記基準の香り及び前記対象の香りとは異なるダミーの香りを嗅がせる第5のステップと
前記被験者から、第5ステップで嗅いだ香りと、前記基準の香りとの関連性に関する質問をする第6のステップ、
をさらに含む、請求項1乃至4いずれか一項に記載の香りの評価方法。
【請求項6】
第3ステップの後、前記評価ステップの前に、
第3ステップで得られた前記回答の適否を判定し、第3ステップで測定された時間のうち、適に該当する回答が得られるまでの時間を抽出する抽出ステップ、をさらに含み、
前記評価ステップにおいて、抽出された測定時間に基づいて前記回答時間を算出する、
請求項1乃至5いずれか一項に記載の香りの評価方法。
【請求項7】
請求項1乃至6いずれか一項に記載の香りの評価方法を用いて、製品に付するべき香りを決定するステップを含む、香りを有する製品の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−181075(P2012−181075A)
【公開日】平成24年9月20日(2012.9.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−43491(P2011−43491)
【出願日】平成23年3月1日(2011.3.1)
【出願人】(000000918)花王株式会社 (8,290)