説明

香味改善組成物

【課題】 過酸化物含有食品およびアルコール飲料摂取時に又はその他の原因により、口腔内において過剰に生成する過酸化物がどのような生理作用を惹起するのかを解明すること、過剰な過酸化物を消去することによってその生理作用を抑制すること、及びその消去のための適切な手段を開発することが望まれている。
【解決手段】 唾液ペルオキシダーゼ(POD)の触媒作用により、口腔内の過酸化物と反応してこれを消去することができる化合物を有効成分とする香味改善組成物を提供する。この香味改善組成物を過酸化物含有食品およびアルコール飲料の摂取時に飲用することにより、または、この化合物を過酸化物含有食品およびアルコール飲料中に配合することにより、アルコール飲料の香味が維持、改善される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、香味改善を目的とした組成物又はその有効成分を添加した飲食品に関する。更に詳細には、本発明は唾液ペルオキシダーゼ(POD)の触媒作用により、チオシアネートを介さずに口腔内の過酸化水素と反応してこれを消去する化合物を有効成分として含む、香味改善を目的とした組成物及びその有効成分を添加した飲食品に関する。
【背景技術】
【0002】
口腔内には過酸化物が流入する機会および発生する機会がきわめて多い。例えば、食品として過酸化脂質などの過酸化物が流入してくる。また、ビール、ワイン、日本酒、果実酒、ウイスキー、ブランデー、焼酎等のアルコール飲料を摂取することにより、口腔内の血管の拡張、細胞への刺激、口腔内の炎症部位の刺激等により、口腔内に過酸化水素等の過酸化物が過度に生成される。さらには、口腔内の微生物が過度に活性化し、過酸化水素が発生するなどの例がある。
【0003】
このように口腔内に過酸化物が流入、発生すると唾液中に存在するペルオキシダーゼ(唾液POD)が作用するPOD/チオシアネート系が働いて過酸化物を消去するとともに、チオシアネート(SCN−)がハイポチオシアネート(OSCN−)に変換される。ハイポチオシアネートは強い殺菌活性を有していることから、微生物が過酸化水素を発生する場合には微生物の働きを抑制する生体防御系として機能していることが知られている(1)(2)(3)。
【0004】
しかしながら、食品として口腔内に流入してくる過酸化物やアルコール飲料を摂取した際の唾液POD/チオシアネート系の生体への作用についての詳細については明らかにされていなかった。
【非特許文献1】唾液の科学:石川達也・高江洲義矩 監訳、一世出版、217−244、1998年
【非特許文献2】Tenovuo, J. and Pruitt, K. M., Relationship of the human salivary peroxidase system to oral health, J. Oral Pathol., 13, 573, 1984
【非特許文献3】Thomas EL, Bates KP, Jefferson MM., Peroxidase anti-microbial system of human saliva: requirements for accumulation of hypothiocyanite, J. Dent. Res., 60(4), 785-96 (1981)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
過酸化物の摂取あるいはアルコール飲料摂取時に又はその他の原因により、口腔内において過剰に生成する過酸化物がどのような生理作用を惹起するのかを解明すること、過剰な過酸物(例えば、過酸化水素や過酸化脂質)を消去することによってその生理作用を抑制すること、及びその消去のための適切な手段を開発することが望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者等は、唾液ペルオキシダーゼ(POD)の触媒作用により、口腔内の過酸化物と反応してこれを消去することができる化合物を見出し、この化合物を有効成分とする香味改善組成物を提供する。この香味改善組成物を過酸化脂質などの過酸化物やアルコール飲料の摂取時に摂取することにより、または、この化合物を過酸化物を含む食品あるいはアルコール飲料中に配合することにより、過酸化物を含む食品あるいはアルコール飲料の香味が維持、改善される。この化合物の存在により、唾液内のチオシアネートがハイポチオシアネートに過度に変換されることなく、その結果、味覚細胞の損傷等に起因する呈味性の低下が防止できる。この作用により、過酸化物を含む食品あるいはアルコール飲料の香味が維持、改善された。また、アルコール飲料の摂取時に食する食品の香味も維持、改善されることが判明した。
【0007】
本発明を理論的に説明する目的ではないが、次のようなメカニズムに基づくものと考えられる。すなわち、過酸化物を含む食品摂取時には唾液POD消去系が過酸化物消去のために亢進され、また、アルコール飲料摂取時には口腔内での血管の拡張、細胞への刺激、炎症部位の刺激等により過剰の過酸化水素が生成され、この際にも唾液POD消去系の作用が亢進される。このため、唾液内に存在するチオシアネートがハイポチオシアネートに変換されて過剰に生産され、このハイポチオシアネートが口腔内の炎症を亢進し、味覚細胞を刺激し、細胞を損傷することを見出した。このようなメカニズムにより、過酸化物を含む食品やアルコール飲料の摂取時に呈味性が低下することが確認された。
【0008】
このようなメカニズムを解明することにより、発明者等は、唾液ペルオキシダーゼ(POD)の触媒作用により、口腔内の過酸化水素と反応してこれを消去する機能がポリフェノール類、カテキン類及びビタミンEにあること、中でもポリフェノール類である、リオニレシノール、シナップアルデヒド、コニフェリルアルデヒドおよびそれらを含有する樽材抽出画分にあることを見出した。過酸化物を含む食品やアルコール飲料摂取時にこの化合物を摂取することにより、唾液内のチオシアネートがハイポチオシアネートに過度に変換されることを抑制することができ、その結果、ハイポチオシアネートの過剰生成と考えられる味覚細胞の損傷等に起因する呈味性の低下が防止されて、過酸化物を含む食品やアルコール飲料の香味が維持、改善された。また、アルコール飲料の摂取時に食する食品の香味も維持、改善されることが判明した。
【0009】
さらに、本発明は、上記の化合物は過酸化物を含有する食品やアルコール飲料中に直接配合しても有効であることを確認した。
【発明の効果】
【0010】
本発明の香味改善組成物は過酸化物を含有する食品やアルコール摂取時に飲用することにより、又は有効成分を配合した食品やアルコール飲料を摂取することにより、過酸化物やアルコール飲料摂取による呈味性の低下を防止して、摂取した食品やアルコール飲料又はアルコール飲料摂取時に食する食品の香味を維持、改善できるという優れた効果を示した。この効果は、これまで知られていなかったメカニズムにより達成されたものである。
【0011】
過酸化物を摂取した場合は勿論、アルコール飲料を摂取すると、口腔内において活性酸素や過酸化水素が過剰に生成し、唾液PODによる過酸化水素消去系の作用が亢進される。この唾液POD過酸化水素消去系では、過酸化水素を消去すると共にチオシアネートがハイポチオシアネートに変換される。この結果、ハイポチオシアネートが過剰に生産され、炎症の亢進、味覚細胞への刺激、細胞の損傷等が生じて呈味性が低下する。
【0012】
本発明では、過酸化物やアルコール飲料の摂取の際に、ポリフェノール等の有効成分を飲用することにより、唾液POD過酸化水素消去系の賦活により過酸化水素が消去される際にポリフェノール等の有効成分から過酸化水素の還元に必要な水素が系に供給される。その結果、口腔内でのチオシアネートからハイポチオシアネートへの変換が抑制される。したがって、ハイポチオシアネートの過剰生成が抑制されるため、呈味性が低下することなく、過酸化物含有食品やアルコール飲料の香味が維持、向上される。
【0013】
この作用により、過酸化物含有食品やアルコール飲料を摂取した場合、本発明の有効成分の作用により摂取した食品やアルコール飲料の香味が低下することなく、改善される。
[発明の実施の形態]
本発明において、唾液ペルオキシダーゼ(POD)の触媒作用により、口腔内の過酸化水素と反応してこれを消去することができる化合物としては、ポリフェノール類、カテキン類及びビタミンE等が有効である。
【0014】
ポリフェノール類としては特に、リオニレシノール、シナップアルデヒド、コニフェリルアルデヒド及びケルセチンが有効であり、これらの2以上の化合物を組合せて使用することができる。これらの1又は2以上の有効成分を含む天然材料からの抽出物も有効である。特に、リオニレシノール、シナップアルデヒド及びコニフェリルアルデヒドの3成分を含む各種木材の抽出画分、特に、樽材抽出画分が有効である。
【0015】
また、カテキン類としては、エピカテキンガレート(ECG)、エピカテキン(EC)、エピガロカテキンガレート(EGCG)及びエピガロカテキン(EGC)等が有効であり、これらの2以上の成分を組合せて使用することもできる。
【0016】
さらに、上記のポリフェノール類、カテキン類又はビタミンEの各成分を単独で、又は2以上組合せて使用することもできる。
本発明の香味改善組成物は、過酸化物含有食品およびあらゆる種類のアルコール飲料に対して有効である。過酸化物含有食品としては過酸化脂質を含有する食品、焼け焦げ食品、加熱食品などが含まれる。アルコール飲料としては、ウイスキー、ブランデー、焼酎等の蒸溜酒、ワイン、日本酒、果実酒などの醸造酒、ビール、発泡酒等の飲料、及びカクテル等のその他のアルコール飲料が含まれる。
【0017】
本発明では、これら有効成分を製薬上又は食品添加物として許容されている単体と混合した固形組成物、例えば、粉末、細粒、顆粒、カプセル、マイクロカプセル、錠剤等に処方することができる。別法としては、これら有効成分を水、又は水性液体に溶解又は分散することにより液状組成物とすることもできる。さらに、これら有効成分を食品やアルコール飲料に添加、溶解して香味改善食品、香味改善アルコール飲料とすることもできる。
経口摂取用の組成物として製剤化する場合の補助剤としては、医薬品又は食品添加物の製剤化に有効な公知の物質が使用できる。例えば、固形粉末状の担体、ラクトース、サッカロースなどの糖、グリシンなどのアミノ酸、セルロース等が挙げられる。また潤滑剤として二酸化珪素。タルク、ステアリン酸マグネシウム、ポリエチレングリコール等、結合剤としてデンプン、ゼラチン、メチルセルロース、ポリビニルピロリドン等が例示できる。崩壊剤としてはデンプン、寒天等がある。
【0018】
本発明の組成物は、有効成分の種類にもよるが、成人1回の摂取量は有効成分量として1μg〜1g、好ましくは100μg〜100mgである。
【実施例】
【0019】
以下の実施例により本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
[実施例1] 木材の抽出画分の製造
スパニッシュオーク新材を破砕機にかけて、おが屑状に破砕した。このおが屑破砕材130kgを連続式焙煎機で195℃で30分間加熱焙煎した。焙煎材100kgを60%エタノール水溶液1300Lで浸漬抽出した。85℃還流抽出を6〜7時間行い、一晩静置後、翌日、再度還流抽出した。この抽出液を常法で乾燥し乾燥粉末を得た。
【0020】
この乾燥抽出物は、リオニレシノール、シナップアルデヒド及びコニフェリルアルデヒドを含有し、本発明のアルコール飲料の香味改善組成物の有効成分として利用できた。
[実施例2] 香味改善組成物の処方
(粉末、細粒及び顆粒組成物の処方)
(重量%)
樽材抽出画分粉末 10
乳糖 60
デンプン 30
を均一に混合し、粉末、細粒又は顆粒とした。
(カプセル組成物の処方)
(重量%)
ゼラチン 70.0
グリセリン 22.9
パラオキシ安息香酸メチル 0.15
パラオキシ安息香酸プロピル 0.51
水 適量
計 100%
上記成分からなるソフトカプセル剤皮の中に、樽材抽出画分を常法により充填し、1粒180mgのソフトカプセルを得た。
[実施例3] リオニレシノール香味改善効果
ポリフェノール類の一種であるリオニレシノールの香味改善効果を確認するために、ウイスキーへ添加してその効果を確認した。
(1)ウイスキー原酒(モルトウイスキー33年)にリオニレシノールを1ppmの濃度になるように添加した。このウイスキー原酒の香と味とを熟練した専門パネル5名によって官能試験した。
(2)ブレンドウイスキー(サントリーオールド:商品名)を使用して、上記(1)と同様に官能試験を行った。
【0021】
官能試験の結果は、無添加の試験を対照として表1に示した。
【0022】
【表1】

【0023】
官能試験の評価は次の通りであった。
+ 極めて劣る
++ やや劣る
+++ 普通
++++ 優れている
+++++ 極めて優れている
表1に示されるように、リオニレシノールをウイスキー(モルトウイスキー及びブレンドウイスキー)に添加した場合、無添加のウイスキーに比較して香も味も有意に改善されていることが判明した。
[実施例4]
唾液試料:リッラクスした状態の健常人から唾液を採取、当量のリン酸バッファー(0.1Mリン酸バッファーpH7.0)とよく攪拌。攪拌したのち、30秒間超音波処理し、遠心分離(5000rpm,10m)。上澄みを採取し、実験に供した。
【0024】
反応:H2O2 (3mM)50μl, 唾液試料50μl、試料(0.25mM) 50μl,
バッファー 850μlでよく攪拌。37℃、30分保持後、過酸化水素の減少率を求めた。
【0025】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0026】
本発明の香味改善組成物は、過酸化物含有食品やアルコール飲料の摂取の際に飲用することにより、過酸化物含有食品の香味およびアルコール飲料又はその際に食される食品の香味を維持、向上させることができた。また、過酸化物含有食品およびアルコール飲料に香味改善組成物の有効成分を添加、混合することにより、同様の効果を得ることができた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
唾液ペルオキシダーゼ(POD)の触媒作用により、チオシアネートを介さずに口腔内の過酸化物と反応してこれを消去する化合物を有効成分として含む組成物。
【請求項2】
前記組成物が、前記過酸化物と反応してこれを消去することにより、飲食品の香味を改善することを特徴とする請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
前記組成物が、アルコール摂取時においてアルコールの香味を改善する請求項1又は2に記載の組成物。
【請求項4】
前記化合物がポリフェノール類、カテキン類及びビタミンEからなる群から選択される1又は2以上の化合物であることを特徴とする請求項1、2又は3に記載の組成物。
【請求項5】
前記化合物がポリフェノール類であることを特徴とする請求項4に記載の組成物。
【請求項6】
前記ポリフェノール類が、リオニレシノール、シナップアルデヒド、コニフェリルアルデヒド及びケルセチンからなる群から選択される1又は2以上の化合物であることを特徴とする請求項5に記載の組成物。
【請求項7】
前記ポリフェノール類が、リオニレシノール、シナップアルデヒド及びコニフェリルアルデヒドを含有することを特徴とする請求項5に記載の組成物。
【請求項8】
前記ポリフェノール類が、樽材抽出画分である請求項7に記載の組成物。
【請求項9】
前記化合物がエピカテキンガレート(ECG)及び/又はエピガロカテキンガレート(EGCG)であるカテキン類であることを特徴とする請求項4に記載の組成物。
【請求項10】
前記組成物が水溶液である請求項1〜9の何れかの項に記載の組成物。
【請求項11】
前記組成物が粉末、顆粒又は錠剤の固形剤形である請求項1〜9の何れかの項に記載の組成物。
【請求項12】
請求項1に記載された組成物の有効成分である化合物を添加したアルコール飲料。
【請求項13】
リオニレシノール、シナップアルデヒド、コニフェリルアルデヒド及びケルセチンからなる群から選択される1又は2以上の化合物が添加されたことを特徴とする飲食品。
【請求項14】
リオニレシノール、シナップアルデヒド及びコニフェリルアルデヒドが添加されたことを特徴とする飲食品
【請求項15】
アルコール飲料であることを特徴とする請求項13又は14に記載の飲食品。

【公開番号】特開2006−271273(P2006−271273A)
【公開日】平成18年10月12日(2006.10.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−95960(P2005−95960)
【出願日】平成17年3月29日(2005.3.29)
【出願人】(000001904)サントリー株式会社 (319)
【Fターム(参考)】