説明

骨分化阻害剤およびその製造方法

【課題】安全で効果的な骨形成タンパク質(BMP)のシグナル伝達を阻害する物質、該物質の製造方法、該物質を生産する微生物、および該物質を含有し進行性骨化性繊維異形成症などの骨代謝異常に起因する疾患の予防薬または治療薬の提供。
【解決手段】式Iで表されるFKI−5513−1物質および式IIで表されるFKI−5513−2物質、トリコデルマ属に属し該物質を生産能力を有する微生物の培養による製造方法、トリコデルマ属に属し該物質の生産能力を有する微生物、および該物質を含有し進行性骨化性繊維異形成症などの骨代謝異常に起因する疾患の予防薬または治療薬。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、骨分化を特異的に阻害して進行性骨化性繊維異形成症等の骨分化異常に起因する疾病の予防や治療に有用な新規FKI-5513-1およびFKI-5513-2物質およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
骨は、骨芽細胞による骨形成と破骨細胞による骨吸収とが絶えず繰り返されている動的組織である。骨芽細胞と破骨細胞の機能バランスに異常が生じると、この動的平衡状態が破綻し様々な骨代謝異常疾患が引き起こされることが知られている。
【0003】
骨形成を制御する因子の一つに骨形成タンパク質 (bone morphogenetic protein, BMP)があげられる。BMPは骨を誘導するサイトカインで、そのシグナルはI型およびII型のセリン・スレオニンキナーゼ型受容体によって細胞内に伝達され、さらにI型受容体による転写調節因子Smadのリン酸化によって核内に伝達される。BMPシグナルの不足は短指症や軟骨形成不全症を引き起こし、一方、過剰なBMPシグナルは進行性骨化性繊維異形成症などを引き起こすことが明らかとなってきた(非特許文献1)。さらに、骨格形成や骨折治癒などのあらゆる生理的骨形成に必須の役割を担うため、臨床における応用範囲が骨再形成、顎変形症治療、骨形成性疾患の診断などと広く、有用性に富むことから近年注目を集めている。
【0004】
進行性骨化性繊維異形成症(FOP)とは、筋肉や腱、靭帯などの組織が骨に変わる病気である。出生児から外反母趾であることが患者に共通しているが、生まれたときにはそれ以外の顕著な異常は認められない。進行性骨化性線維異形成症骨組織を構成するに至る最初の症状は10歳までに起こることが多い。皮膚の下の腫れや硬化、時に熱や痛みを伴うフレア・アップと呼ばれる現象を繰り返しながら異所性骨化を生じ、手足の関節の動きの悪化や、背中の変形が生じる。また、けがや手術などがきっかけとなってフレア・アップが起きることから、生じた骨組織を外科的に除くことは不可能である。患者は30歳までに身体を動かすことが出来なくなり40歳以上命を長らえさせることは稀である。患者数は人口200万人に対して1人の割合と言われているが、正確な数は把握されていない。患者数があまり多くないことから、発症メカニズムはほとんど解明されておらず、治療法も確立されていない(非特許文献2)。
【0005】
そのような中、進行性骨化性繊維異形成症の患者において、BMPのI型受容体であるactivin receptor-like kinase-2 (ALK2)の206番目のアルギニンがヒスチジンに点変異し、恒常的に活性化していることが発見され、ALK2受容体を介したBMPシグナル伝達経路が進行性骨化性繊維異形成症の主な原因であると示された(非特許文献1)。
【0006】
そのような背景のもと、BMPシグナル伝達を阻害することで骨分化を阻害する低分子化合物が探索され、ドルソモルフィン (dorsomorphin) に目的の活性が見いだされた(非特許文献3)。さらに、ドルソモルフィンを基として誘導体の合成が行われ、より優れた化合物群が見いだされた(非特許文献4)。その一つであるLDN-193189をFOPの病態モデルマウスに経口投与したところ、進行性骨化性繊維異形成症の発症を有意に抑制することが報告された(非特許文献5)。以上の報告などから、骨分化阻害剤からの進行性骨化性繊維異形成症の治療薬への創薬の可能性が強く期待されている。
【0007】
さらに、BMPシグナルを阻害する化合物は、進行性骨化性繊維異形成症の他にも、多数の骨疾患に効果を発揮すると考えられている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】Kaplan等、J Bone Miner Metab、26巻、p521-530、2008年。
【非特許文献2】Shore等、Nat Genet、38巻、p525-527、2006年。
【非特許文献3】Yu等、Nat Chem Biol、4巻、p33-41、2008年。
【非特許文献4】Cuny等、Bioorg Med Chem Lett、18巻、pp4388-4392、2008年。
【非特許文献5】Yu等、Nat Med、14巻、p1363-1369、2008年。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
安全で効果的なBMPシグナル伝達を阻害する物質の提供、殊に、進行性骨化性繊維異形成症の病巣に直接働き、その発症と進展を抑止するための安全で効果的な医薬品とその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、微生物の生産する代謝産物を対象にBMPシグナル伝達阻害剤の探索を行った結果、八丈島のへゴシダから新たに分離した真菌トリコデルマ・エスピーFKI-5513株の培養液中に目的の活性を有する物質が産生されていることを見いだした。次いで、該培養物からBMPシグナル伝達阻害物質を分離、精製した結果、後述の化学構造を有する新規な物質であることを見出し、本物質を新たにFKI-5513-1およびFKI-5513-2と命名し、これらを下記式[III]で表されるFKI-5531物質と総称する。
【0011】
【化1】

【0012】
式中、R1はHまたはOHを表し、R1がOHの場合は、R2はHであって、かつ結合aは二重結合であり、R1がHの場合は、R2はOHであって、かつ結合aは単結合である。
本発明は、かかる知見に基づいて完成されたものであって、下記の式[I]で表される化合物であるFKI-5513-1物質、および下記式[II]で表される化合物であるFKI-5513-2物質に関するものである。
【0013】
【化2】

【0014】
【化3】

【0015】
本発明はまた、トリコデルマ属に属し、上記FKI-5513-1物質および/またはFKI-5513-2物質を生産する能力を有する微生物を培地に培養し、培養物中にFKI-5513-1物質またはFKI-5513-2物質を蓄積せしめ、該培養物からFKI-5513-1物質またはFKI-5513-2物質を採取することを特徴とする、FKI-5513-1物質またはFKI-5513-2物質の製造方法に関する。
【0016】
上記製造方法において、微生物は、トリコデルマ・エスピーFKI-5513 (Trichoderma sp. FKI-5513) (NITE AP-986)であることが好ましい。
また本発明は、トリコデルマ属に属し、上記FKI-5513-1物質および/またはFKI-5513-2物質を生産する能力を有する微生物、特に、トリコデルマ・エスピーFKI-5513 (Trichoderma sp.FKI-5513) (NITE AP-986)に関する。
【0017】
さらに本発明は、上記のFKI-5513-1物質を有効成分とする、骨代謝阻害剤、特に、骨形成タンパク質シグナル伝達阻害剤、および上記のFKI-5513-2物質を有効成分とする、骨代謝阻害剤、特に、骨形成タンパク質シグナル伝達阻害剤を提供する。本発明はまた、上記FKI-5513-1物質を有効成分とする、骨代謝異常に起因する疾病、特に、進行性骨化性繊維異形成症の予防剤または治療剤、および上記FKI-5513-2物質を有効成分とする、骨代謝異常に起因する疾病、特に、進行性骨化性繊維異形成症の予防剤または治療剤も提供する。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、骨形成タンパク質(BMP)シグナル伝達阻害作用を有する新規物質FKI-5513-1およびFKI-5513-2が提供される。また、これらの物質を有効成分とする医薬組成物は、BMPシグナル伝達阻害剤、および進行性骨化性繊維異形成症(FOP)の予防または治療剤として使用できる。
【0019】
さらに、本発明によれば、新規物質FKI-5513-1および/またはFKI-5513-2物質を生産する微生物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明によるFKI-5513-1物質の紫外部吸収スペクトル(メタノール溶液中)を示す図である。
【図2】本発明によるFKI-5513-1物質の赤外部吸収スペクトル(臭化カリウム法)を示す図である。
【図3】本発明によるFKI-5513-1物質のプロトン核磁気共鳴スペクトル(重ジメチルスルホキサイド中)を示す図である。
【図4】本発明によるFKI-5513-1物質のカーボン核磁気共鳴スペクトル(重ジメチルスルホキサイド中)を示す図である。
【図5】本発明によるFKI-5513-2物質の紫外部吸収スペクトル(メタノール溶液中)を示す図である。
【図6】本発明によるFKI-5513-2物質の赤外部吸収スペクトル(臭化カリウム法)を示す図である。
【図7】本発明によるFKI-5513-2物質のプロトン核磁気共鳴スペクトル(重ジメチルスルホキサイド中)を示す図である。
【図8】本発明によるFKI-5513-2物質のカーボン核磁気共鳴スペクトル(重ジメチルスルホキサイド中)を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明のFKI-5513-1物質およびFKI-5513-2物質は、トリコデルマ属に属し、FKI-5513-1物質および/またはFKI-5513-2物質を生産する能力を有する微生物を培地に培養し、培養物中にFKI-5513-1物質またはFKI-5513-2物質を蓄積せしめ、該培養物からFKI-5513-1物質またはFKI-5513-2物質を採取することにより製造することができる。
【0022】
本発明のFKI-5513-1またはFKI-5513-2物質を生産するために使用される菌株としては、一例として、本発明者等によって土壌より新に分離されたトリコデルマ・エスピーFKI-5513株(Trichoderma sp. FKI-5513)が挙げられる。本菌株の菌学的性質は以下の通りである。
【0023】
1.形態的特徴
本菌株は、ポテト・デキストロース寒天培地、コーンミール・デキストロース寒天培地、合成栄養寒天培地などで良好に生育し、各種寒天培地で分生子の着生は良好であった。
【0024】
合成栄養寒天培地に生育したコロニーを顕微鏡で観察すると、菌糸は透明で隔壁を有している。分生子柄は基底菌糸より直生し、分生子柄の先端にフィアライドを生じる。
フィアライドの大きさは13.5-24.1×1.4-4.1μmで、3〜5本輪生して生じ、ずんぐりして短い。フィアライドの先端から分生子が生じ、粘性球形を形成する。分生子は楕円形〜卵形で大きさは5.0-7.2×2.3-2.8μmで、その表面は滑面である。
【0025】
2 .培養性状
各種寒天培地上で、25℃、7日間培養した場合の肉眼的観察結果を表1に示す。
【0026】
【表1】

【0027】
3.生理的性状
1)最適生育条件
本菌株の最適生育条件は、pH 5〜7、温度18.0〜26.0℃である。
【0028】
2)生育の範囲
本菌株の生育範囲は、pH 2〜7、温度7.0〜30.5℃である。
3)好気性、嫌気性の区別
好気性
上記FKI-5513株の形態的特徴、培養性状および生理的性状に基づき、既知菌種との比較を試みた結果、本菌株はトリコデルマ (Trichoderma) に属する一菌株と同定し、トリコデルマ・エスピー FKI-5513と命名した。なお本菌株はトリコデルマ・エスピー FKI-5513 (Trichoderma sp. FKI-5513) として、独立行政法人製品評価技術基盤機構特許生物寄託センターに寄託されている(受託番号:NITE AP-986)。
【0029】
本発明のFKI-5513-1および/またはFKI-5513-2物質を製造するには、上記トリコデルマ・エスピーFKI-5513株を用いるのが好ましいが、これに限定されることなく、該株の人工変異株や自然変異株も含めた、トリコデルマ属に属し、FKI-5513-1および/またはFKI-5513-2物質を生産する能力を有する微生物であれば、すべて使用することができる。
【0030】
上記微生物を培養するには、培地としては栄養源に微生物が同化し得る炭素源、消化し得る窒素源、さらに必要に応じて無機塩、ビタミン等を含有させた栄養培地が使用される。上記の同化し得る炭素源としては、グルコース、フラクトース、マルトース、ラクトース、ガラクトース、デキストリン、澱粉等の糖類、大豆油等の植物性油脂類が単独でまたは組み合わせて用いられる。消化し得る窒素源としては、ペプトン、酵母エキス、肉エキス、大豆粉、綿実粉、コーン・スティープ・リカー、麦芽エキス、カゼイン、アミノ酸、尿素、アンモニウム塩類、硝酸塩類が単独でまたは組み合わせて用いられる。その他必要に応じてリン酸塩、マグネシウム塩、カルシウム塩、ナトリウム塩、カリウム塩などの塩類、鉄塩、マンガン塩、銅塩、コバルト塩、亜鉛塩等の重金属塩類やビタミン類、その他FKI-5513-1およびFKI-5513-2物質の生産に好適なものが適宜添加される。
【0031】
培養の際、発泡が激しいときには、必要に応じて液体パラフィン、動物油、植物油、シリコン、界面活性剤等の消泡剤を添加してもよい。上記の培養は、上記栄養源を含有すれば、培地は液体でも固体でもよいが、通常は液体培地を用い培養するのがよい。目的物質を大量に工業生産する場合には、通気攪拌培養するのが好ましい。培養を大きなタンクで行う場合には、生産工程において菌の生育遅延を防止するために、はじめに比較的少量の培地に生産菌を接種培養した後、次に培養物を大きなタンクに移して、そこで生産培養するのが好ましい。この場合、前培養に使用する培地および生産培養に使用する培地の組成は、同一であっても異なっていてもよい。培養を通気攪拌条件で行う場合は、例えばプロペラやその他機械による攪拌、ファンメーターの回転または振とう、ポンプ処理、空気の吹き込み等、既知の方法が適宜使用される。通気用の空気は滅菌したものを使用する。
【0032】
また、培養温度は、本FKI-5513-1およびFKI-5513-2物質の生産菌がこれらの物質を生産する範囲内で適宜変更し得るが、通常は20〜30℃、好ましくは27℃前後で、適宜振とう培養と静置培養を単独または組み合わせて培養するのがよい。
【0033】
培養時間は培養条件によっても異なるが、FKI-5513-1およびFKI-5513-2物質の生産には、振とう培養を用いるのが好ましく、通常、4〜14日程度である。
培養物に蓄積された本発明の新規物質を採取するには、微生物培養物から代謝産物を採取するのに通常使用される方法を用いることができる。例えば、有機溶媒による抽出、濃縮、乾燥、吸着、濾過、遠心分離、クロマトグラフィーなどの方法により目的物質を分離・精製する。
【0034】
本発明のFKI-5513-1および/またはFKI-5513-2物質を、トリコデルマ・エスピーFKI-5513株の培養物から採取するには、全培養物をアセトン等の水混和性有機溶媒で抽出し、抽出液より減圧下において有機溶媒を留去した後、続いて残渣を酢酸エチル等の水不混和性有機溶媒で抽出することによって行われる。これらの抽出法に加え、脂溶性物質の採取に用いられる公知の方法、例えば吸着クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィー、遠心向流分配クロマトグラフィー、高速液体クロマトグラフィー等を適宜組み合わせ、または繰り返すことによってFKI-5513-1およびFKI-5513-2物質を分離、精製することができる。
【0035】
このようにして得られた、本発明のFKI-5513-1物質の理化学的性状について以下に説明する。
(1)性状:白色粉末
(2)分子式:C11143
HREI-MS (m/z) [M]+ 計算値194.0943, 実測値194.0941
(3)分子量:194
EI-MS(m/z) で[M]+ 194を観測
(4)紫外部吸収スペクトル:メタノール溶液中で測定した紫外部吸収スペクトルは図1に示すとおりであり、λmax (MeOH,ε): 330 (970) nmの吸収を示す。
(5)赤外部吸収スペクトル:臭化カリウム錠剤法で測定した赤外吸収スペクトルは図2に示すとおりであり、νmax 3440, 2929, 1745, 1670, 1442, 1346, 1024, 1001 cm-1等に特徴的な吸収極大を示す。
(6)比旋光度: [α]D22 15.60 °(c=0.1、メタノール)
(7)溶剤に対する溶解性:メタノール、エタノール、アセトニトリル、酢酸エチル、ジメチルスルホキサイド、水に易溶。クロロホルムに可溶。
(8)プロトン及びカーボン核磁気共鳴スペクトル:重ジメチルスルホキサイド中で、バリアン社製300MHz核磁気共鳴スペクトロメータで測定した水素の化学シフト(ppm)及び炭素の化学シフト(ppm)は下記に示すとおりである:
δH : 1.68 (3H), 3.30 (2H), 4.10 (2H), 4.73 (2H), 4.96 (1H) 5.56 (1H), 5.63 (1H), 6.00 (1H), 6.12 (1H) ppm
δC : 17.9, 29.6, 52.7, 71.1, 125.3, 125.4, 128.7, 131.0, 133.1, 163.4, 173.8 ppm。
【0036】
以上のように、FKI-5513-1物質の各種理化学性状やスペクトルデータを詳細に検討した結果、FKI-5513-1 物質は下記の式 [I] で表される化学構造であることが決定された。
【0037】
【化4】

【0038】
次に、本発明のFKI-5513-2物質の理化学的性状について以下に説明する。
(1)性状:白色粉末
(2)分子式:C11163
HRFAB-MS (m/z) [M+H]+ 計算値197.1178, 実測値197.1170
(3)分子量:196
FAB-MS(m/z) で[M+H]+ 197 を観測
(4)紫外部吸収スペクトル:メタノール溶液中で測定した紫外部吸収スペクトルは図5に示すとおりであり、λmax (EtOH,ε): 291 (706), 216 (9878) nmの吸収を示す。
(5)赤外部吸収スペクトル:臭化カリウム錠剤法で測定した赤外吸収スペクトルは図6に示すとおりであり、νmax 3444, 2931, 1743, 1678, 1446, 1086, 1036 cm-1等に特徴的な吸収極大を示す。
(6)比旋光度: [α]D22 10.20 °(c=0.1、メタノール)
(7)溶剤に対する溶解性:メタノール、エタノール、アセトニトリル、酢酸エチル、ジメチルスルホキサイドや水に易溶。クロロホルムに可溶。
(8)プロトン及びカーボン核磁気共鳴スペクトル:重ジメチルスルホキサイド中で、バリアン社製300MHz核磁気共鳴スペクトロメータで測定した水素の化学シフト(ppm)及び炭素の化学シフト(ppm)は下記に示すとおりである:
δH : 1.53 (1H), 1.58 (3H), 1.62 (1H), 1.71 (3H), 1.96 (1H), 2.02 (1H), 4.57 (1H), 4.75 (1H), 4.81 (1H), 5.37 (1H), 5.40 (2H) ppm
δC : 8.68, 17.8, 27.9, 35.5, 65.8, 69.5, 120.3, 125.0, 130.6, 164.4, 175.0 ppm。
【0039】
以上のように、FKI-5513-2物質の各種理化学性状やスペクトルデータを詳細に検討した結果 FKI-5513-2物質は下記の式 [II] で表される化学構造であることが決定された。
【0040】
【化5】

【0041】
本発明の物質FKI-5513-1およびFKI-5513-2物質は、後述の試験例に示すように、BMPシグナル伝達阻害作用を有する。従って、これらの物質はBMPシグナル伝達が重要な役割を果たしている進行性骨化性繊維異形成症(FOP)の発症および進展を抑えることができ、FOPやそれに起因する疾病の予防薬または治療薬として有用である。
【0042】
BMPシグナルを阻害する化合物が効果を示す骨疾患としては、上述の進行性骨化性繊維異形成症の他に、例えば、悪性の高カルシウム血症、異骨症、異常に増大した骨代謝回転、異所性石灰化、Ehlers-Danlos症候群、オズグッドーシュラッター病、外傷性骨化性筋炎、外反母趾、顎骨顔面骨再建、関節軟骨石灰化症、関節リウマチ、偽悪性転位骨化症、Kienbock病、基節骨短縮症、筋拘縮症、クル病、グルココルチコイド誘導骨粗鬆症、脛骨開放性骨折、頸部脊椎症、限局性骨化性筋炎、原発性肺高血圧症、原発性副甲状腺機能亢進症、後縦靭帯骨化症、甲状腺機能亢進症、骨延長、骨幹端異形成症、骨形成不全症、骨原性腫瘤、骨硬化症、骨硬化型転移性骨腫瘍、後縦靭帯骨化症、骨折、骨線条症、骨粗鬆症、骨軟化症、骨軟骨異形成症、骨肉腫、骨Paget病、骨斑紋症、骨蝋流症、酸素供給不足による骨化、歯周病、歯喪失、若年性ポリポーシス、消化器癌、小耳症軟骨欠損、神経性骨化症、進行性化骨性筋炎、進行性骨化性繊維異形成症、腎性骨異栄養症、脊柱管狭窄症、脊柱後彎症、脊柱前彎症、脊柱側彎症、脊椎骨幹端異形成症、脊椎骨端異形成症、脊椎分離症、脊椎分離辷り症、先天性筋性斜頸、先天性股関節脱臼、先天性多発性関節拘縮症、先天性内反足、側彎症、大腿骨頭壊死、大理石骨病、多発性骨癒合症、多発性骨髄腫、短指症、中手骨短縮症、中節骨短縮症、椎間板変性、転移性骨疾患、転移性骨腫瘍、特発性大腿骨頭壊死、内反足、軟骨外胚葉異形成症、軟骨形成不全症、軟骨無形成症、ハーラー症候群、閉経後骨粗鬆症、ペルテス病、変形性関節症、変形性脊椎症、変性辷り症、補綴具周囲の骨溶解、末節骨短縮症、マルファン症候群、慢性関節リウマチ、慢性腎障害、無耳症、メラーバロウ病、モルキオ病、腰椎椎間板ヘルニア、離断性骨軟骨炎などが挙げられるが、これらに限定されない。
【0043】
本発明の物質FKI-5513-1およびFKI-5513-2物質は、それぞれ単独であるいは組み合わせて、BMPシグナル伝達阻害剤、またはFOPやその関連疾患の予防薬または治療薬として使用でき、製剤化は常法によればよい。例えば、本発明物質を有効成分とし、慣用の担体や賦形剤、必要に応じて結合剤、崩壊剤、滑沢剤、緩衝剤、懸濁化剤、安定化剤、pH調節剤、着色剤、矯味剤、香料などを添加し、溶液、懸濁液、錠剤、顆粒剤、散剤、カプセル剤などに製剤化することができる。
【0044】
以下に実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明はこれのみに限定されるものではない。
【実施例1】
【0045】
FKI-5513-1物質の製造方法
寒天斜面培地 (グリセロール 0.1 % (関東化学)、KH2PO40.08 % (関東化学)、K2HPO4 0.02 % (関東化学)、MgSO4・7H2O 0.02 % (和光純薬)、KCl 0.02 % (関東化学)、NaNO3 0.2 % (和光純薬)、酵母エキス 0.02%(オリエンタル酵母)、寒天 1.5 %(清水食品)、pH 6.0に調製) で培養したFKI-5513株を、種培地 (グルコース 2 % (和光純薬)、ポリペプトン 0.5 % (和光純薬)、MgSO4・7H2O 0.05 % (和光純薬)、酵母エキス0.2 % (オリエンタル酵母)、KH2PO4 0.1 % (関東化学)、寒天 0.1% (清水食品)pH 6.0に調製) 10 mlを分注した大試験管に一白金耳ずつ接種し、27℃ で 3日間ロータリーシェイカー (210 rpm)で培養した後、生産培地 (可溶性スターチ 3.0 % (Becton Dickinson)、グリセロール 1.0 % (関東化学)、大豆粉 2.0% (Becton Dickinson)、乾燥酵母 0.3% (旭化成)、KCl 0.3% (関東化学)、CaCO3 0.2% (関東化学)、KH2PO4 0.05 % (関東化学)、MgSO4・7H2O 0.05 % (関東化学)、pH 6.5) 4.0 lを100 mlずつ分注した500 ml容三角フラスコに1% 植菌し、27℃で7日間振とう培養を行った。
【0046】
培養終了後、この培養液 (4.0 l) にアセトン(4.0 l)を加え、1時間撹拌して抽出液を得た。さらに、減圧下でアセトンを留去して4 Lの濃縮液とした。この濃縮液より酢酸エチル(4.0 l)で活性成分を抽出し、酢酸エチル層を濃縮乾固し、褐色活性粗物質(319 mg)を得た。この粗物質をODS (オクタデシルシリル) カラム(PEGASIL、センシュー科学製、30 g)にて粗精製を行った。アセトニトリル水溶液(30%、50%、70%、100%)の各溶媒600 mlを展開溶媒とするクロマトグラフィーを行い、溶出液を各条件で300 mlずつ2本に分画した。FKI-5513-1物質を含む画分(30%フラクションの2本目)を濃縮することで、褐色物質113.28 mgを得た。これを少量のメタノールに溶解し、分取HPLC (カラム : YMC-PACK、20φ× 250 mm、株式会社YMC) により最終精製を行った。0.05% トリフルオロ酢酸を含む40 %アセトニトリル水溶液のアイソクラティックを移動相とし、8 ml/minの流速において、UV 210 nm の吸収をモニターした。保持時間14 minに活性を示すピークを観察し、このピークを分取して分取液を減圧下濃縮し黄褐色粉末のFKI-5513-1成分を収量 8.8 mgで単離した。
【実施例2】
【0047】
FKI-5513-2物質の製造方法
寒天斜面培地 (グリセロール 0.1 % (関東化学)、KH2PO40.08 % (関東化学)、K2HPO4 0.02 % (関東化学)、MgSO4・7H2O 0.02 % (和光純薬)、KCl 0.02 % (関東化学)、NaNO3 0.2 % (和光純薬)、酵母エキス 0.02%(オリエンタル酵母)、寒天 1.5 %(清水食品)、pH 6.0に調製) で培養したFKI-5513株を、種培地 (グルコース 2 % (和光純薬)、ポリペプトン 0.5 % (和光純薬)、MgSO4・7H2O 0.05 % (和光純薬)、酵母エキス0.2 % (オリエンタル酵母)、KH2PO4 0.1 % (関東化学)、寒天 0.1% (清水食品)pH 6.0に調製) 10 mlを分注した大試験管に一白金耳ずつ接種し、27℃ で 3日間ロータリーシェイカー (210 rpm)で培養した後、生産培地 (可溶性スターチ 3.0 % (Becton Dickinson)、グリセロール 1.0 % (関東化学)、大豆粉 2.0% (Becton Dickinson)、乾燥酵母 0.3% (旭化成)、KCl 0.3% (関東化学)、CaCO3 0.2% (関東化学)、KH2PO4 0.05 % (関東化学)、MgSO4・7H2O 0.05 % (関東化学)、pH 6.5) 4.0 lを100 mlずつ分注した500 ml容三角フラスコに1% 植菌し、27℃で7日間振とう培養を行った。
【0048】
培養終了後、この培養液 (4.0 l) にアセトン(4.0 l)を加え、1時間撹拌して抽出液を得た。さらに、減圧下でアセトンを留去して4 Lの濃縮液とした。この濃縮液より酢酸エチル(4.0 l)で活性成分を抽出し、酢酸エチル層を濃縮乾固し、褐色活性粗物質(2.0 g)を得た。この粗物質をODSカラム(PEGASIL、センシュー科学製、30 g)にて粗精製を行った。アセトニトリル水溶液(30%、50%、70%、100%)の各溶媒600 mlを展開溶媒とするクロマトグラフィーを行い、溶出液を各条件で300 mlずつ2本に分画した。FKI-5513-2物質を含む画分(30%フラクションの2本目)を濃縮することで、褐色物質113.28 mgを得た。これを少量のメタノールに溶解し、分取HPLC (カラム : YMC-PACK、20φ× 250 mm、株式会社YMC) により最終精製を行った。0.05% トリフルオロ酢酸を含む40 %アセトニトリル水溶液のアイソクラティックを移動相とし、8 ml/minの流速において、UV 210 nm の吸収をモニターした。保持時間17 minに活性を示すピークを観察し、このピークを分取して分取液を減圧下濃縮し黄褐色粉末のFKI-5513-2成分を収量 2.2 mgで単離した。
【0049】
(試験例1)
骨芽細胞に分化すると、アルカリホスファターゼを発現することが知られている (Katagiri等、J Cell Biol、127巻、p1755-1766、1994年)。そこで、本発明のFKI-5513-1物質、あるいはFKI-5513-2物質について、Fukuda等の方法 (Fukuda等、J Biol Chem、284巻、p7149-7156、2009年) に従い、アルカリホスファターゼの酵素活性を指標として骨分化阻害活性を調べた。
【0050】
ALK2の206番目のアルギニンをヒスチジンに点変異させた遺伝子を安定導入したマウス筋由来C2C12細胞 (以下C2C12 (R206H) 細胞と略記) を15% ウシ胎児血清 (Hyclone社) とペニシリン/ストレプトマイシン (Invitrogen社) を含むダルベッコ変法イーグル培地 (Invitrogen社) とで7.5×104 cells/ml に調整し、96穴プレートに100 μlずつまく。
【0051】
次に、5%炭酸ガスインキュベーター内にて37℃で一晩培養してC2C12 (R206H) 細胞を付着させた後、組換えヒト BMP-4 (R & D Systems社) を含む培地100 μlに交換し、試験化合物 (1.0 μlメタノール溶液) を添加し、さらに2日間培養した。
【0052】
培養上清を除去後、アセトン:エタノール=1:1溶液を加えて1分間反応させてC2C12 (R206H) 細胞を固定した。リン酸緩衝液で細胞を洗浄後、1 mg/ml 4-ニトロフェニルホスフェート (SIGMA-Aldrich社)、100 mM ジエタノールアミン (pH 10.0)、500 μM MgCl2水溶液 100μlを加えた。室温にて1時間振とうした後、3Mの水酸化ナトリウム水溶液を50 μl加え、室温にて5分間振とうした後、405 nmの波長の吸光度をPower Wave x340 (Bio-Tek Instruments社) で測定した。なお、C2C12 (R206H) 細胞を含まない培地をまき、同じ操作をした穴の吸光度をバックグラウンドとし、阻害率を算出した。
【0053】
阻害率(%)=100 X{1 −[(試験化合物添加時の吸光度)−(バックグラウンド)]/[(コントロールの吸光度)−(バックグラウンド)]}
本酵素活性を50%阻害する濃度(IC50)を算定した。その結果、FKI-5513-1物質およびFKI-5513-2物質は、アルカリホスファターゼの酵素活性を阻害し、それぞれのIC50値は、83と187μM と測定された。
【0054】
(試験例2)
チアゾリルブルー臭化テトラゾリルを用いたMTT評価法 (Mosmann等、J Immunol Methods、65巻、p55-63、1983年) により、本発明のFKI-5513-1物質およびFKI-5513-2物質の細胞毒性について調べた。
【0055】
C2C12 (R206H) 細胞を15% ウシ胎児血清 (Hyclone社) とペニシリン/ストレプトマイシン (Invitrogen社) を含むダルベッコ変法イーグル培地 (Invitrogen社) とで、7.5×104 cells/ml に調整し、96穴プレートに100 μlずつまく。
【0056】
次に、5%炭酸ガスインキュベーター内にて37℃で一晩培養して細胞を付着させた後、組換えヒトBMP-4 (R & D Systems社) を含む培地100 μlに交換し、試験化合物 (1.0 μlメタノール溶液) を添加しさらに2日間培養した。
【0057】
次に、5.5 mg/mlに溶解したチアゾリルブルー臭化テトラゾリル水溶液を10 μlずつ各穴に加え、さらに3時間培養した。
各穴に溶解液 (40% N,N-ジメチルホルムアミド、2%酢酸、20% ドデシル硫酸ナトリウム、0.03N 塩酸) を90μlずつ加え、3時間振とうした。
【0058】
550 nmにおける吸光度をマイクロプレートリーダー (Elx808 Graphicord、BIO-TEK Instruments社製) で測定し、下記式により阻害率を測定した。
生存率 (%)=100 X{1- [(試験化合物添加時の吸光度)−(バックグラウンド)]/[(コントロールの吸光度)−(バックグラウンド)]}
本発明のFKI-5513-1物質の生存率は、515μMにおいて78%であり、また、FKI-5513-2物質に関しては、生存率を50%に低下させる濃度は369μMと算出され、両物質ともアルカリホスファターゼの酵素活性を充分に阻害する濃度において、細胞毒性をほとんど示さないことが明らかとなった。
【0059】
本発明に係る化合物は、細胞毒性を示さずにアルカリホスファターゼに対して高い阻害活性を示すことから、骨分化阻害活性を示し、FOP等に代表される骨分化の異常により引き起こされる疾患の治療に有用であると期待される。
【0060】
なお、骨分化阻害活性試験には上記の方法の他、骨化シグナルを伝達するAlk2やSmad4に対する抗体を用いたウェスタンブロティング法や免疫染色による検出、培養上清中に放出されたオステオカルシン(osteocalcin) 量や副甲状腺ホルモン(parathyroid hormone) に対する応答性の測定 (Katagiri等、J. Cell Biolo.、127巻、1755-1766、1994年) 等の試験がある。
【受託番号】
【0061】
NITE AP-986

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記式[I]で表される化合物であるFKI-5513-1物質。
【化6】

【請求項2】
下記式[II]で表される化合物であるFKI-5513-2物質。
【化7】

【請求項3】
トリコデルマ属に属し、FKI-5513-1物質および/またはFKI-5513-2物質を生産する能力を有する微生物を培地に培養し、培養物中にFKI-5513-1物質またはFKI-5513-2物質を蓄積せしめ、該培養物からFKI-5513-1物質またはFKI-5513-2物質を採取することを特徴とする、請求項1記載のFKI-5513-1物質または請求項2記載のFKI-5513-2物質の製造方法。
【請求項4】
前記微生物がトリコデルマ・エスピーFKI-5513 (Trichoderma sp. FKI-5513) (NITE AP-986)である請求項3記載の製造方法。
【請求項5】
トリコデルマ属に属し、請求項1記載のFKI-5513-1物質および/または請求項2記載のFKI-5513-2物質を生産する能力を有する微生物。
【請求項6】
トリコデルマ・エスピーFKI-5513 (Trichoderma sp. FKI-5513) (NITE AP-986) である請求項5記載の微生物。
【請求項7】
請求項1または2記載の物質を有効成分とする、骨代謝阻害剤。
【請求項8】
骨形成タンパク質シグナル伝達阻害剤である、請求項7記載の骨代謝阻害剤。
【請求項9】
請求項1または2記載の物質を有効成分とする、骨代謝異常に起因する疾患の予防薬または治療薬。
【請求項10】
骨代謝異常に起因する疾患が進行性骨化性繊維異形成症である、請求項9記載の予防薬または治療薬。

【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図6】
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【図1】
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【図5】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−105555(P2012−105555A)
【公開日】平成24年6月7日(2012.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−255134(P2010−255134)
【出願日】平成22年11月15日(2010.11.15)
【出願人】(598041566)学校法人北里研究所 (180)
【出願人】(504013775)学校法人 埼玉医科大学 (39)
【Fターム(参考)】