説明

骨組織標本の固定脱灰用組成物

【課題】簡便な操作で短時間に骨髄含有骨組織標本の固定及び脱灰が可能になり、得られた組織の染色性も良好で、薄切も容易となる。
【解決手段】ピクリン酸、ホルマリン及び酢酸を含有する骨髄含有骨組織標本固定脱灰用組成物であり、飽和ピクリン酸水溶液300容量部、中性ホルマリン50〜150容量部及び酢酸10〜30容量部を含有する。又は、飽和ピクリン酸水溶液300容量部、中性ホルマリン100容量部及び酢酸20容量部を含有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、骨髄を含有する骨組織標本の固定脱灰用組成物及びこれを用いる骨組織標本の固定脱灰方法に関する。
【背景技術】
【0002】
抗がん剤等の医薬品や食品等の安全性評価において、細胞増殖活性が高い臓器、例えば消化管や骨髄などの検査が必要である。骨髄を含むマウスの大腿骨などの硬組織の病理組織標本の作製には、通常の組織の固定操作に加えて、脱脂及び脱灰操作が必要である。この骨を含む硬組織の脱灰操作は、骨を形成しているリン酸カルシウムや炭酸カルシウム等のカルシウム塩の結晶を溶出させて組織を軟化する操作であり、骨などの硬組織の病理標本作製には必要である。
【0003】
当該脱灰操作には、通常ギ酸・クエン酸液やEDTA液が用いられている。その脱灰処理に要する時間はギ酸・クエン酸液では約2日間(非特許文献1)、EDTA液では約1〜2週間(ギ酸の脱灰時間の7〜8倍)である(非特許文献2)。なお、これらの従来法では、別途、固定及び脱脂処理を行うためにさらに3日間程度を要するため、固定、脱脂及び脱灰処理のトータルの処理時間としては少なくとも5日間以上を要することとなる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】実験病理組織技術研究会会誌2008;17;41−48
【非特許文献2】病理組織標本作製の理論 実験病理組織技術研究会(編)2008;16−21
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、医薬品、食品等の開発段階で行われる安全性試験においては、毒性評価をできるだけ短時間で、多数の検体を処理する必要があり、簡便かつ短時間で脱灰操作ができる手段が求められていた。
従って、本発明の課題は、簡便かつ短時間で脱灰可能な骨組織標本の固定脱灰用組成物を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
そこで、本発明者は、種々の脱灰処理液について検討してきたところ、骨部分を含まない軟組織である骨髄の固定液として用いられているブアン液(ピクリン酸、ホルマリン及び酢酸含有液)が、脱灰作用は弱いと認識されていたにもかかわらず、全く意外にも骨標本に対して優れた脱灰作用を有し、固定及び脱灰処理が合計で30時間程度で完了すること及び脱脂処理が必要ないことを見出し、本発明を完成した。
【0007】
すなわち、本発明は、ピクリン酸、ホルマリン及び酢酸を含有する骨髄含有骨組織標本固定脱灰用組成物を提供するものである。
また本発明は、上記組成物で骨髄含有骨組織標本を処理することを特徴とする骨髄含有骨組織標本の固定脱灰方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0008】
本発明組成物を用いれば、簡便な操作で短時間に骨髄含有骨組織標本の固定及び脱灰が可能になり、得られた組織の染色性も良好である。また、得られた組織の薄切も容易である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【図1】骨密度減少率を示す図である。
【図2】骨塩量減少率を示す図である。
【図3】骨重量減少率を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明の骨髄含有骨組織標本固定脱灰用組成物は、ピクリン酸、ホルマリン及び酢酸を含有する。ここでピクリン酸(2,4,6−トリニトロフェノール)は、タンパク質を凝固させることにより固定作用があることが知られているが、その脱灰作用は弱いと認識されている。また、ホルマリンは、タンパク質のアミノ基を架橋することで安定させるので、固定作用があるが、脱灰作用は知られていない。また、酢酸は、組織の膨化作用があり、ピクリン酸による収縮を抑制する作用があることが知られているが、その脱灰作用は弱いと認識されている。
【0011】
本発明の組成物は、飽和ピクリン酸水溶液とホルマリンと酢酸とを混合して調製するのが簡便である。飽和ピクリン酸水溶液は、通常ピクリン酸約1.3%水溶液である。ホルマリンは、通常ホルムアルデヒド35〜40%水溶液であり、中性ホルマリンとは、ホルマリンのpHを6.8〜7.2に調整したものであり、通常、35〜40%ホルムアルデヒド水溶液(ホルマリン液)を褐色瓶に入れた中に充分量の沈降炭酸カルシウムまたは炭酸マグネシウムなどを加え、一晩以上放置して沈殿させた上澄み液を用いる。酢酸の純度は特に限定されないが、純度の高い酢酸(例えば氷酢酸等)がより好適に用いられる。飽和ピクリン酸水溶液300容量部に対し、中性ホルマリン50〜150容量部及び酢酸10〜30容量部を配合した組成物がより好ましい。さらに好ましくは、飽和ピクリン酸水溶液300容量部に対し、中性ホルマリン80〜120容量部及び酢酸15〜25容量部を配合した組成物であり、特に好ましくは飽和ピクリン酸水溶液300容量部に対し、中性ホルマリン100容量部及び酢酸20容量部を配合した組成物である。
【0012】
本発明の組成物による固定脱灰の対象物は、骨髄を含有する骨組織標本である。当該標本の由来としては、哺乳類、鳥類等の硬い骨を有する動物が挙げられるが、マウス、ラット、ウサギ等のげっ歯類、ブタ、ウシ、ヒツジ、ヤギ、ニワトリ、ヒト等が挙げられる。骨の部位としては、大腿骨、胸骨、頭蓋骨等が用いられる。
【0013】
本発明による固定脱灰方法は、前記骨組織標本を本発明の固定脱灰用組成物に浸漬させればよい。用いる本発明組成物の量は、骨組織標本が浸漬できる量であればよく、例えば骨組織標本の50〜100重量倍が好ましい。浸漬温度は特に制限されないが、室温が好ましく、例えば25℃前後が好ましい。また浸漬時間は、骨組織標本の種類、量、脱灰液量及び脱灰温度にもよるが、24〜30時間程度時間が好ましい。この浸漬操作により、固定と脱灰の両方の操作が終了する。脱灰操作の終了は、骨密度及び骨塩量がいずれも0になった時点、あるいは骨重量が約35%減少した時点とすればよく、予備試験により確認しておくのが好ましい。
また、本発明による固定脱灰方法においては、通常、ギ酸・クエン酸液やEDTA液を用いて処理する場合に必要となる脱脂操作を行う必要がないため、より簡便かつ短時間で骨組織標本の固定脱灰用組成物を提供することができる。
【0014】
かくして得られた固定脱灰済みの骨組織標本は、通常の包埋処理、染色処理をすれば、骨組織標本の組織学的検査が可能である。ここで包埋及び染色は常法に従って行われる。
ここで、通常の包埋処理としては、パラフィン包埋、樹脂ワックス包埋等を挙げることができ、通常の染色処理としては、H−E染色(ヘマトキシリン・エオシン染色)、免疫染色、ギムザ染色等を挙げることができる。
【実施例】
【0015】
次に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は何らこれに限定されるものではない。
【0016】
実施例1
(A)材料と方法
8週齢の雄性のCrlj:CD1(ICR)系マウスより採取した左右20本の大腿骨を実験に用いた。大腿骨は、採材した後、固定液の浸透を良くするために大腿骨頭を切除した。検討するブアン群では、大腿骨をブアン液に浸漬し、24時間後に一度ブアン液を交換した。比較対照群として、広く用いられている脱灰法であるギ酸・クエン酸群と一般に良好な染色性が得られる脱灰法とされているEDTA群を設けた。ギ酸・クエン酸群は、大腿骨を10%中性緩衝ホルマリン液で48時間浸漬固定した後、100%エタノールに24時間浸漬して脱脂を行い、ギ酸・クエン酸液に移して脱灰完了まで浸漬した。EDTA群は、ギ酸・クエン酸群と同様に固定・脱脂を実施した後、ギ酸・クエン酸液の代わりに10%EDTA−4Naに脱灰完了まで浸漬した。今回使用した脱灰液による各群の処理方法を表1に、各脱灰液の組成を表2に示した。
いずれの大腿骨も、脱灰完了後は常法に従ってパラフィン包埋した後に約4μmに薄切し、H−E染色ならびに免疫染色を実施した。
【0017】
【表1】

【0018】
【表2】

【0019】
ブアン群、ギ酸・クエン酸群及びEDTA群の大腿骨の骨密度、骨塩量及び骨重量の測定を固定開始前、脱脂開始前、脱脂開始後1.5、3、6、9及び24時間と脱灰開始後1.5、3、6、9、22、24、26、28、30、48及び72時間に測定した。
骨密度及び骨塩量は、PIXImus2(株式会社メディケアー)を用いて測定し、骨重量の測定は、電子天秤(Mettler AE160)を用いて実施した。
骨密度及び骨塩量がいずれも0になった時点で脱灰は完了したものと判断し、いずれの処理群も常法に従って包埋処理を行った。
免疫染色は、表3に示した手順に従って実施した。使用した一次抗体及び染色対象は表4に示した。
【0020】
【表3】

【0021】
【表4】

【0022】
(B)結果
(1)骨重量・骨密度及び骨塩量
各群すべての大腿骨の骨密度(BMD in g/cm2)及び骨塩量(BMC in g/cm)の測定値が0となり脱灰が完了するまでに要した時間は、ブアン群では30時間、ギ酸・クエン酸群では78時間、そして、EDTA群では144時間であった(図1,2)。骨重量は、固定開始前を100%とした場合、脱灰完了時点で各群共に約35%が減少した(図3)。
【0023】
(2)薄切の容易性
脱灰が完了した時点で実施した薄切の容易性の検討では、薄切時のアーティファクトとなる「引っかかり」、「傷の有無」及び「標本の厚さ」等は、全ての群において病理診断に影響を及ぼさない程度であった。しかし、EDTA群は標本が最も厚く、しわになりやすかったのに対して、ブアン群では薄く薄切することができ、薄切の容易性が優れていた。
【0024】
(3)染色性
H−E染色において、ブアン群はギ酸・クエン酸群及びEDTA群と比較して遜色のない染色性を示した。さらに、ブアン群では他の2群と比較して、細胞の輪郭が明瞭かつ細胞質内の顆粒が良好に保持され、細胞の形態が良好に保存されていることが示唆された。
免疫染色の結果は表5に示した。ブアン群はCD3ε及びS100aにおいて他の2群と同程度の染色性を示し、B220及びPCNAにおいて、他の2群より優れた染色性を示した。
【0025】
【表5】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピクリン酸、ホルマリン及び酢酸を含有する骨髄含有骨組織標本固定脱灰用組成物。
【請求項2】
飽和ピクリン酸水溶液300容量部、中性ホルマリン50〜150容量部及び酢酸10〜30容量部を含有する請求項1記載の骨髄含有骨組織標本固定脱灰用組成物。
【請求項3】
飽和ピクリン酸水溶液300容量部、中性ホルマリン100容量部及び酢酸20容量部を含有する請求項1記載の骨髄含有骨組織標本固定脱灰用組成物。
【請求項4】
請求項1〜3のいずれか1項記載の組成物で骨髄含有骨組織標本を処理することを特徴とする骨髄含有骨組織標本の固定脱灰方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−276467(P2010−276467A)
【公開日】平成22年12月9日(2010.12.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−129120(P2009−129120)
【出願日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【出願人】(000006884)株式会社ヤクルト本社 (132)
【Fターム(参考)】