説明

骨置換多孔質体形成用ペースト及びその製造方法

【課題】カルシウムセメント系の骨置換材料であって、従来品よりも安全性が高く且つ骨芽細胞の浸潤による骨組織の再生を促進できる骨置換材料を提供する。
【解決手段】α-リン酸三カルシウム、ヒマシ油及び水を含有する骨置換多孔質体形成用ペーストであって、前記α-リン酸三カルシウムの粒子径が10〜50μmであり、前記α-リン酸三カルシウムの含有量が30〜50重量%であることを特徴とするペースト。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、医療用材料(例えば、整形外科用材料、形成外科用材料、脳外科用材料)として有用な、骨置換多孔質体形成用ペースト及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、整形外科領域での腫瘍切除や骨折、歯科領域での歯周病などによる難治性骨欠損の治療には、自家骨や同種骨の移植、金属・セラミックスなどのバイオマテリアルによる組織工学的な治療が行われている。中でも自家骨の移植は最も有効な手段とされているが、採骨部位の疼痛の他、採取可能な量に限界があり、広範囲な骨欠損の治療は困難である。また、同種骨の移植は広範囲な骨欠損を治療することはできるが、ドナー不足の問題や、移植によるウイルス感染の問題がある。他方、バイオマテリアルでは、素材のみで完全に骨欠損を治療するのは困難なため、骨の再生を伴うことが必要とされている。
【0003】
バイオマテリアルによる組織工学的な治療として、従来、リン酸カルシウム系の粉体と水系の硬化液を混練して粘土状又はペースト状の補填物とし、それを骨欠損部や骨折部に補填することが行われている。例えば、リン酸カルシウム系の粉体としてα-リン酸三カルシウム(α-TCP)を使用し、水系の硬化液を混練し、下記式で得られるヒドロキシアパタイトを補填物の主成分として治療することが知られている。
【0004】
Ca3(PO4)2 + H2O → Ca10(PO4)6(OH)2
カルシウムセメント系の骨置換材料は、整形外科領域で数多くの症例に適用されており、主な役割は骨欠損部の補填及び骨組織の再生である。しかしながら、従来のカルシウムセメント系の骨置換材料は一般的に緻密体であり、骨芽細胞の浸潤が少なく骨組織の再生が不十分である。また、リン酸カルシウム系の粉体を充填物中に均一に分散させるために界面活性剤が用いられる場合が多く、これらの残存物による生体内での毒性が危惧される。更に、多孔質化のために充填物中に水溶性ポリマーを混ぜたものもあり、この場合も生体内での毒性が危惧される。
【0005】
このようなカルシウムセメント系の骨置換材料の一例として特許文献1がある。かかる特許文献1には、カルシウムセメントと疎水性液体を含む移植片が開示されており、請求項1(特許協力条約第34条補正の翻訳文)には、「水硬セメントが、カルシウム源を含む第一の成分と水を含む第二の成分を含む人間または動物の体へ移植する前記水硬セメントを含む組成物であって、
A) 前記組成物が、前記水硬セメントの前記第一と第二の成分へ混合したとき、エマルジョンを形成することができる疎水性液体を含有する、第三の成分を含み;および
B) 前記組成物が、前記三成分を一緒に混合後に硬化する
ことを特徴とする水硬セメントを含む組成物。」が記載されている。
【0006】
しかしながら、特許文献1の組成物及びそれを硬化してなる骨置換材料は、上記の如く問題を有している。つまり、特許文献1の[0014]段落に示される通り、特許文献1では非常に均一でかつ粘度のあるペーストを得るために10から100ナノメーター(=0.01〜0.1μm)の非常に小さい粒子径の粉末を用いているため、骨置換材料が非常に緻密であり骨芽細胞の浸潤が少なく骨組織の再生が不十分である。また、請求項2や[0016]段落に示される通り、界面活性剤や乳化剤の使用が奨励されており、これらの成分の生体内での毒性が危惧される。
【0007】
よって、カルシウムセメント系の骨置換材料であって、従来品よりも安全性が高く且つ骨芽細胞の浸潤による骨組織の再生を促進できる骨置換材料の開発が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表2002-536075号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、カルシウムセメント系の骨置換材料であって、従来品よりも安全性が高く且つ骨芽細胞の浸潤による骨組織の再生を促進できる骨置換材料を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、特定の組成を有する骨置換多孔質体形成用ペースト及びそれを自己硬化させて得られる骨置換多孔質体によれば上記課題を解決できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0011】
即ち、本発明は、下記の骨置換多孔質体形成用ペースト及びその製造方法に関する。
1. α-リン酸三カルシウム、ヒマシ油及び水を含有する骨置換多孔質体形成用ペーストであって、前記α-リン酸三カルシウムの粒子径が10〜50μmであり、前記α-リン酸三カルシウムの含有量が30〜50重量%であることを特徴とするペースト。
2. 前記ペーストは、前記水を分散媒とし、前記α-リン酸三カルシウムにより被覆された前記ヒマシ油の粒子を分散質とするエマルションである、上記項1に記載のペースト。
3. 前記ペーストは、界面活性剤を含有しない、上記項1又は2に記載のペースト。
4. 前記ペーストは、前記α-リン酸三カルシウム、ヒマシ油及び水からなる、上記項1〜3のいずれかに記載のペースト。
5. α-リン酸三カルシウム、ヒマシ油及び水を含有する混合物を撹拌する骨置換多孔質体形成用ペーストの製造方法であって、前記α-リン酸三カルシウムの粒子径が10〜50μmであり、前記混合物中の前記α-リン酸三カルシウムの含有量が30〜50重量%であることを特徴とする製造方法。
6. 前記ペーストは、前記水を分散媒とし、前記α-リン酸三カルシウムにより被覆された前記ヒマシ油の粒子を分散質とするエマルションである、上記項5に記載の製造方法。
7. 前記混合物は、界面活性剤を含有しない、上記項5又は6に記載の製造方法。
8. 前記混合物は、前記α-リン酸三カルシウム、ヒマシ油及び水からなる、上記項5〜7のいずれかに記載の製造方法。
9. 上記項1〜4のいずれかに記載のペーストを硬化させて得られる骨置換多孔質体。
【0012】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0013】
本発明の骨置換多孔質体形成用ペーストは、α-リン酸三カルシウム(以下、「α-TCP」と記載する)、ヒマシ油及び水を含有し、前記α-TCPの粒子径が10〜50μmであり、前記α-TCPの含有量が30〜50重量%であることを特徴とする。
【0014】
上記特徴を有する本発明の骨置換多孔質体形成用ペーストは、特に前記α-TCPの粒子径が10〜50μmであり、前記α-TCPの含有量が30〜50重量%であることにより、当該ペーストを自己硬化させて得られる骨置換多孔質体が骨置換材料としての十分な強度と多孔性を兼ね備えている。特に十分な多孔性を有しているため、骨欠損部などに充填した際に骨芽細胞が容易に浸潤し、骨組織の再生を促進させることができる。また、当該ペーストの調製のために界面活性剤や乳化剤などを使用する必要がないため、生体安全性の高い骨置換材料を提供することができる。
【0015】
上記α-TCPは、市販品を10〜50μmの粒子径に篩い分けしたものを使用できる。粒子径は10〜50μmであれば良いが、その中でも10〜25μmが好ましい。本発明のペーストは、水を分散媒とし、α-TCPにより被覆されたヒマシ油の粒子を分散質とするエマルションであるが、上記粒子径のα-TCPを用いることにより、ペースト中に含まれる、α-TCPにより被覆されたヒマシ油の粒子径(分散質の粒子径)を50〜500μmに制御し易い。なお、本明細書における粒子径は、光学顕微鏡観察により測定した値である。
【0016】
上記ヒマシ油としては限定されず、公知の市販品を使用することができる。
【0017】
本発明のペーストは、上記α-TCP、ヒマシ油及び水の三成分からなることが望ましく、界面活性剤や乳化剤は添加する必要がない。前記三成分のみを使用することで、いわゆるピッカリングエマルションにより分散質(α-TCPにより被覆されたヒマシ油の粒子)を安定に分散させてエマルション化することができる。上記三成分以外に添加し得る成分としては、多糖、ポリリン酸エステル、ヒマシ油に溶解又は分散可能な化学物質(例えば、ビタミンD、脂溶性ホルモン等)等が挙げられる。
【0018】
本発明のペースト中のα-TCPの含有量は30〜50重量%であればよいが、その中でも 30〜40重量%が好ましい。また、ヒマシ油の含有量は25〜45重量%が好ましく、その中でも25〜30重量%がより好ましい。更に、水の含有量は25〜45重量%が好ましく、その中でも25〜30重量%がより好ましい。各成分の含有量を上記の通りに設定することにより、自己硬化により多孔性と強度とを兼ね備えた骨置換多孔質体が得られ易くなる。
【0019】
上記エマルション中の分散質は、α-TCPにより被覆されたヒマシ油の粒子であるが、本発明では、分散質の粒子径は50〜500μmが好ましく、50〜300μmがより好ましい。かかる分散質は、ペーストが自己硬化した後の細孔部分を構成する。
【0020】
本発明のペーストの製造方法は限定的ではなく、少なくとも上記α-TCP、ヒマシ油及び水を含有する混合物を撹拌することにより上記エマルションを形成できればよい。例えば、容器にα-TCPと水を入れて良く馴染ませた後、ヒマシ油を入れて撹拌し、上記エマルションを形成すればよい。好ましくは超音波照射により撹拌すればよい。なお、α-TCPの粒子径、三成分の配合割合、分散質の粒子径については、前記の通りである。
【0021】
本発明のペーストは自己硬化により骨置換多孔質体となる。硬化条件は限定的でないが、30〜45℃の温度、80〜100%の湿度環境下で2〜20時間かけて硬化させることが好ましい。硬化させる際は、ペーストを骨欠損部に予め塗布又は充填した後に硬化させても良いし、生体外で予め充填物の形状となるように成形した後に硬化させても良い。なお、生体外で予め充填物の形状となるように形成した場合には、硬化体表面のヒマシ油を除去する処理を行ってもよい。例えば、硬化体をメタノール等の洗浄溶媒に浸漬することによりヒマシ油を除去することができる。
【0022】
本発明の骨置換多孔質体は、ヒドロキシアパタイトを主成分とし骨置換体として十分な強度を有するとともに、細孔径が50〜200μm程度であるため、骨欠損部に充填後は骨芽細胞が容易に細孔に浸潤する。そのため、骨置換多孔質体の周囲及び内部における骨組織の再生を促進することができ、従来の骨置換材料と比べて治癒期間の短縮化が図れる。このような本発明の骨置換多孔質体は、整形外科、形成外科、脳外科等における骨欠損部の治療に幅広く利用できる上、再生医療の細胞スキャフォールド(細胞の足場)や薬剤のドラックデリバリーシステム(DDS)の担体としての応用も期待されている。
【発明の効果】
【0023】
本発明の骨置換多孔質体形成用ペーストは、特に前記α-TCPの粒子径が10〜50μmであり、前記α-TCPの含有量が30〜50重量%であることにより、当該ペーストを自己硬化させて得られる骨置換多孔質体が骨置換材料としての十分な強度と多孔性を兼ね備えている。特に十分な多孔性を有しているため、骨欠損部などに充填した際に骨芽細胞が容易に浸潤し、骨組織の再生を促進させることができる。また、当該ペーストの調製のために界面活性剤や乳化剤などを使用する必要がないため、生体安全性の高い骨置換材料を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明の骨置換多孔質体形成用ペーストの製造フローの一例を示す図である。
【図2】(A)実施例2で調製した骨置換多孔質体形成用ペーストの光学顕微鏡観察像(上段倍率:4倍、下段倍率:40倍)を示す図である。(B)比較のため、実施例2のペーストにおいてヒマシ油を使用せず、水の量を倍にした場合のペーストの蛍光顕微鏡観察像((上段倍率:4倍、下段倍率:40倍))を示す図である。
【図3】実施例1〜3で作製した硬化体の走査型電子顕微鏡観察像(倍率:30倍)を示す図である。
【図4】実施例2で作製した硬化体の圧縮強度測定の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、実施例及び比較例を示して本発明を具体的に説明する。但し、本発明は実施例に限定されない。
【0026】
実施例1〜3及び比較例1〜3
(骨置換多孔質体形成用ペーストの調製及び多孔質体の作製)
α-TCP(太平化学製)の粒子をボールミル(1.2g×2 , 450rpm 15分)で粉砕した。粉砕した微粒子を孔径25μmの篩に通し、最終的に粒径10〜25μmの粒子を回収した。
【0027】
下記表1に示す配合割合になるようにα-TCP、ヒマシ油(Wako製)及び水(蒸留水)を混合した。具体的には、容器にα-TCP及び水を入れ、良く馴染ませた後にヒマシ油を加え、プローブ型超音波装置により超音波を2分間照射して均一なペーストにした。
【0028】
実施例2で調製したペーストの光学顕微鏡観察像を図2(A)に示す。比較のため、実施例2のペーストにおいてヒマシ油を使用せず、水の量を倍にした場合のペーストの蛍光顕微鏡観察像を図2(B)に示す。図2から明らかなように、ヒマシ油を用いた実施例2のペースト(A)は良好なエマルションが形成されているが、ヒマシ油を用いない(B)はエマルションが形成されていないことが分かる。なお、(A)の下段に示される分散質の表面に見える濃色部分は、ヒマシ油粒子を被覆しているα-TCPである。
【0029】
各ペーストを蛍光顕微鏡により観察し、エマルションの状態を肉眼により評価した。
【0030】
エマルションの評価基準は次の通りである。
○:エマルション形成が確認された。長時間放置すると分離は進行するが、再分散可能。
×:エマルション形成直後から解乳化が確認された。
【0031】
各ペーストをシリコーン製の型に流し込み、高湿下(100%)、37℃で一晩静置した。これにより多孔質体を作製した。各多孔質体の硬化性を評価した。
【0032】
硬化性の評価基準は次の通りである。
○:一晩で硬化し、強度が良好であった。
△:硬化に長時間を要し、強度が不十分であった。
×:硬化しないか又は材料分離した状態で硬化した。
(走査型電子顕微鏡(SEM)観察)
各多孔質体をメタノールに浸漬して表面のヒマシ油を除去した。その後、真空乾燥し、内部構造をSEMで観察した。実施例1〜3の多孔質体のSEM観察像を図3に示す。
(圧縮強度測定)
実施例2で作製した多孔質体を用いて円筒状試料(直径5mm,厚さ2mm)を作製し、島津製作所製オートグラフ「AG-Xplus」によりクロスヘッドスピード0.5mm/minの速さで圧縮強度を測定した。圧縮強度の測定結果を図4に示す。図4から、約80Nまでは変位と応力が直線的に増加し、約80Nで平坦になっている。試験片の断面積は25mm2であるため圧縮強度は3.2MPaと算出され、骨置換多孔質体として十分な機械強度を有していることが分かる。
【0033】
【表1】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
α-リン酸三カルシウム、ヒマシ油及び水を含有する骨置換多孔質体形成用ペーストであって、前記α-リン酸三カルシウムの粒子径が10〜50μmであり、前記α-リン酸三カルシウムの含有量が30〜50重量%であることを特徴とするペースト。
【請求項2】
前記ペーストは、前記水を分散媒とし、前記α-リン酸三カルシウムにより被覆された前記ヒマシ油の粒子を分散質とするエマルションである、請求項1に記載のペースト。
【請求項3】
前記ペーストは、界面活性剤を含有しない、請求項1又は2に記載のペースト。
【請求項4】
前記ペーストは、前記α-リン酸三カルシウム、ヒマシ油及び水からなる、請求項1〜3のいずれかに記載のペースト。
【請求項5】
α-リン酸三カルシウム、ヒマシ油及び水を含有する混合物を撹拌する骨置換多孔質体形成用ペーストの製造方法であって、前記α-リン酸三カルシウムの粒子径が10〜50μmであり、前記混合物中の前記α-リン酸三カルシウムの含有量が30〜50重量%であることを特徴とする製造方法。
【請求項6】
前記ペーストは、前記水を分散媒とし、前記α-リン酸三カルシウムにより被覆された前記ヒマシ油の粒子を分散質とするエマルションである、請求項5に記載の製造方法。
【請求項7】
前記混合物は、界面活性剤を含有しない、請求項5又は6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記混合物は、前記α-リン酸三カルシウム、ヒマシ油及び水からなる、請求項5〜7のいずれかに記載の製造方法。
【請求項9】
請求項1〜4のいずれかに記載のペーストを硬化させて得られる骨置換多孔質体。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate