説明

骨適合性金属材料の製造方法及び骨適合性金属材料

【課題】チタン代替金属材料によるインプラントとして有用な新たな骨適合性金属材料の製造方法及び骨適合性金属材料を提供する。
【解決手段】骨適合性金属材料の製造方法は、比表面積40m/g以上のリン酸カルシウム粉末2と蒸留水3とを混合して、スラリー状態の処理剤5を作製するスラリー作製工程と、その処理剤5内に粒子径15μm付近の研磨布紙により表面研磨又はフッ酸、硝酸、塩酸により化学エッチングしたジルコニウム又はニオブ若しくはこれらの合金からなる基材6を埋入する埋入工程と、基材6が埋入されたままの処理剤5を大気雰囲気中で熱処理して基材6の表面にリン酸カルシウム系化合物層を形成する熱処理工程と、を含んでいる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、事故や疾病等の理由により欠損した頭蓋骨、頬骨、関節、歯根等の骨体を欠損した場合に、その欠損部位を補充するインプラント等の材料として利用される骨適合性金属材料の製造方法及び骨適合性金属材料に関する。
【背景技術】
【0002】
チタン又はチタン合金は、強度や加工容易性等の機械的特性、体液に対する耐食性、及び生体適合性(骨適合性)に優れているため、人工骨、人工関節、或いは歯科用インプラント等の材料として利用されている。しかしながら、チタン又はチタン合金は、骨との親和性が低いことから、補充後の骨との結合に長時間を要している。
【0003】
このような、チタン又はチタン合金の骨に対する親和性は、インプラントのチタン又はチタン合金を材料として形成した部位の表面特性によって決まることが知られ、骨との親和性の高い、すなわち、生体活性なインプラントが所望されている。
【0004】
そこで、骨との親和性の高い、すなわち、生体活性な、チタン又はチタン合金の表面を得るために、金属製インプラントの表面に生体活性皮膜を形成することで、その骨結合性能を向上させる表面処理を行うことが考えられる。
【0005】
例えば、カルシウム系酸化物粉末試薬に水を混練してスラリー状処理剤を調整し、その処理剤中に金属基材を埋没させ、そのまま600℃程度で加熱すると、処理剤から基材への物質拡散が促進され、金属基材表面に不明瞭な界面を有する膜厚数十〜数百ナノメートルの薄く剥がれにくいカルシウム酸化物皮膜を形成できることが知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0006】
具体的には、チタン基材をリン酸カルシウム粉末と蒸留水を混練したスラリー状処理剤に埋没させ、そのまま650℃で2時間保持して、チタン基材の表面に膜厚約200nmのリン酸カルシウム皮膜を形成する。その後、その皮膜を有するチタン基材を擬似体液中に浸漬し、ハイドロキシアパタイト(HAp)を自発的に析出する技術が提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2008−220526号公報
【特許文献2】特開2011−167373号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上述した技術は、表面処理プロセスによるチタンに対する有効性を明らかとしたものの、チタン以外の金属への適用可能性は未解決であり、特に、機械的強度に優れ、しかもMRI画像診断におけるアーチファクト(偽像)の発生を抑制することができるチタン代替インプラントの要望が高い。
【0009】
例えば、ジルコニウム(Zr)は、チタンに勝る機械的強度を持ち合わせるうえ、MRI画像診断におけるアーチファクト(偽像)の発生をも抑制することができるという利点を有している。
【0010】
しかしながら、チタンの表面処理法として実用化されているアルカリ加熱処理は、ジルコニウムやジルコニウム合金には適用できないことが判明しており、現状では骨との結合が困難であるという問題が生じている。
【0011】
本発明の目的は、チタン代替金属材料によるインプラントとして有用な新たな骨適合性金属材料の製造方法及び骨適合性金属材料を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するために、第1の発明の骨適合性金属材料の製造方法は、ジルコニウム(Zr)又はニオブ(Nb)若しくはこれらの合金からなる基材の表面にリン酸カルシウム系化合物層を形成してなる骨適合性金属材料の製造方法であって、比表面積40m/g以上のリン酸カルシウム粉末を蒸留水又は水溶液とを混合してスラリー状態の処理剤を作製するスラリー作製工程と、前記スラリー状態の処理剤内に粒子径15μm付近の研磨布紙により表面研磨又はフッ酸、硝酸、塩酸により化学エッチングした前記基材を埋入する埋入工程と、前記基材を埋入したままの前記スラリー状態の処理剤を大気中で熱処理して前記基材の表面にリン酸カルシウム系化合物層を形成する熱処理工程と、を含むことを特徴とする。
【0013】
本願第1発明の骨適合性金属材料の製造方法においては、化学的表面処理によって、ジルコニウム(Zr)又はニオブ(Nb)若しくはこれらの合金からなる基材の表面にリン酸カルシウム系化合物層を形成することができる。このリン酸カルシウム系化合物は、骨の無機成分であり、骨に対する親和性に優れ、骨と直接結合するという性質、すなわち、生体活性を有している。したがって、ジルコニウム又はニオブ若しくはこれらの合金からなる基材の表面にリン酸カルシウム系化合物層を形成してなる金属材料は、リン酸カルシウム系化合物層を介して骨と結合される骨適合性金属材料とすることができる。
【0014】
上記目的を達成するために、第2の発明の骨適合性金属材料は、ジルコニウム又はニオブ若しくはこれらの合金からなる基材と、比表面積40m/g以上のリン酸カルシウム粉末を蒸留水又は水溶液で混合して作製されたスラリー状態の処理剤内に粒子径15μm付近の研磨布紙により表面研磨又はフッ酸、硝酸、塩酸により化学エッチングした前記基材を埋入したまま前記処理剤を大気中で熱処理することにより、前記基材の表面に析出されたリン酸カルシウム系化合物層と、を有することを特徴とする。
【0015】
本願第2発明の骨適合性金属材料は、表面にリン酸カルシウム系化合物層を形成してなるジルコニウム又はニオブ若しくはこれらの合金からなる基材は、リン酸カルシウム系化合物層を介して骨と結合される。
【0016】
以上のように、本願第2発明の骨適合性金属材料は、ジルコニウム又はニオブ若しくはこれらの合金からなる基材の表面に、当該ジルコニウム又はニオブ若しくはこれらの合金に対する密着性が高く、生体活性なリン酸カルシウム系化合物層を簡便かつ安価に形成することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、チタン代替金属材料によるインプラントとして有用な新たな骨適合性金属材料の製造方法及び骨適合性金属材料を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【図1】本発明の一実施の形態の骨適合性金属材料の製造方法の一例を表す概略工程の説明図である。
【図2】スラリー埋没熱処理(650℃)したジルコニウム基材の表面に対するXPSスペクトルを示すグラフ図である。
【図3】擬似体液中に6日間浸漬したジルコニウム基材の表面のSEM像を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、図1を参照して本発明の一実施の形態を説明する。図1は、本実施形態の骨適合性金属材料の製造方法の一例を表す概略工程図である。
【0020】
図1において、本実施形態においては、ジルコニウム(Zr)又はジルコニウム合金の表面に、リン酸カルシウム系化合物層を形成してなる骨適合性金属材料を製造する。なお、ジルコニウム合金としては、特に限定されないが、例えば、ジルコニウムを主成分とし、Ca,P,O,Fe,Al,Sn,Pd,Cr,Ta,Nb,Mo等の合金元素を含有したジルコニウム合金が使用される。なお、この際の合金元素には、MRI画像診断におけるアーチファクト(偽像)が発生し難いもの(例えば、NbやMo等)を用いるのが好ましい。
【0021】
すなわち、図1(a)に示すように、まず、容器1内においてリン酸カルシウム粉末(3Ca(PO・Ca(OH))からなる粉末2と蒸留水3とを混合し、これら混合物を攪拌棒4により攪拌することにより、スラリー状態の処理剤5を作製する(スラリー作製工程)。
【0022】
その後、図1(b)に示すように、作製された処理剤5内に、ジルコニウム又はニオブ若しくはこれらの合金からなる基材6を埋入する(埋入工程)。
【0023】
そして、図1(c)に示すように、基材6が埋入されたままの処理剤5が入っている容器1を電気炉7の炉内に入れ、基材6が埋入されたままの処理剤5を、大気雰囲気中(大気中)で熱処理、言い換えれば、高温酸化処理し、基材6の表面に結晶化されたリン酸カルシウム系化合物層を形成する(熱処理工程)。
【0024】
その後、リン酸カルシウム系化合物層に被覆された基材6を容器1から取り出し、基材6を蒸留水で洗浄する。これにより、基材6の表面にリン酸カルシウム系化合物層を形成してなる骨適合性金属材料が得られる。
【0025】
すなわち、本実施形態における骨適合性金属材料は、ジルコニウム又はニオブ若しくはこれらの合金からなる基材6と、基材6の表面に形成されるリン酸カルシウム系化合物層とを有している。また、リン酸カルシウム系化合物層は、上述したように、リン酸カルシウム粉末からなる粉末2と蒸留水とを混合して作製された処理剤5内に、基材6を埋入し、基材6が埋入されたままの処理剤5を大気中で熱処理することにより形成される。
【実施例】
【0026】
以下、具体例を用いて本発明の一実施の形態を詳細に説明する。
【0027】
このような表面処理プロセスをジルコニウム(Zr)に適用し、これらの金属の表面にリン酸カルシウム皮膜を形成することを試み、本発明で処理したジルコニウム基材の擬似体液中におけるリン酸カルシウム析出性能を評価した。
【0028】
具体的には、比表面積40m/g以上のリン酸カルシウム粉末(3Ca(PO・Ca(OH))に蒸留水を混練することでスラリーを作製した。このスラリーに粒子径15μm付近の研磨布紙により表面研磨又はフッ酸、硝酸、塩酸により化学エッチングしたジルコニウム基材を埋没させて大気中において500℃、650℃、800℃で2時間保持し、ジルコニウム基材の表面に形成した試料(皮膜)を蛍光X線分析(XRF)、X線光電子分光法(XPS)、X線解析(XRD)、走査電子顕微鏡(SEM)にて評価した。
【0029】
さらに、この処理したジルコニウム基材をインプラント基材として人体に埋め込んだ環境を再現するため、細胞に不可欠な無機塩を血清や組織液と等張になるように配合し、さらに培養に伴うpHの変化ができるだけ小さくなるように緩衝能をもたせた生理的緩衝塩類溶液としてハンクス緩衝塩類溶液(HBSS)を擬似体液として用い、その温度を人体温の平熱付近温度である37℃に保持した状態で24〜72時間浸漬させ、その表面変化を蛍光X線分析(XRF)及び走査電子顕微鏡(SEM)で評価した。本実施例では、疑似体液として、血液の無機成分と類似した組成を持つハンクス緩衝塩類溶液(以下適宜、「HBSS溶液」と称する)を用いた。このHBSS溶液は、適量のNaCl,KCl,MgSO・7HO,NaHPO,KHPO,NaHCOをイオン交換水に溶解して作製した。なお、作製直後のHBSS溶液のpH値は約7.4であった。
【0030】
(実験結果)
スラリー埋没加熱処理後のジルコニウムは、酸化により黒色に変化し、その表面からカルシウム(Ca)及びリン(P)が検出された。図2は、650℃でスラリー埋没加熱処理したジルコニウムの表面におけるX線光電子分光法(XPS)でのスペクトルを示すグラフ図である。
【0031】
図2に示すように、ジルコニウム基材の表面には、Ca及びPを含むジルコニア(二酸化ジルコニウム:ZrO)皮膜が形成されていることが判明した。このスペクトルにおけるCa2p3/2及びP2pの結合エネルギーは、リン酸カルシウムの値と略一致する値となっている。また、CaとPの元素費(Ca/P比)はおよそ1.6であった。図3は、ハンクス緩衝塩類溶液に72時間浸漬した処理試料の表面SEM画像の説明図である。
【0032】
図3に示すように、網目状構造を持つ析出皮膜が形成されていることが確認できる。さらに、XRFの結果により、この析出皮膜はリン酸カルシウムであることを確認することができた。
【0033】
その結果、スラリー調整における粉末の形状を最適化し、表面処理効率を向上させることでジルコニウムにもリン酸カルシウム皮膜を形成し得て、骨結合性能を付与することができることが判明した。
【0034】
このように、本発明のインプラント基材への表面処理プロセスは、スラリー状処理剤を金属基材に接触させ、高温下で強制的に物質拡散をおこなうものであるため、インプラント基材の表面特性の影響を受け難く、ジルコニウムの場合にあってもチタンと同等の結果が得られることが判明した。さらに、本発明の技術は、複雑な形状を有するインプラント基材であっても容易に対応することができ、しかも、処理コスト並びに処理時間にあって優位性を有することが判明した。
【0035】
これにより、ジルコニウムを用いたものでありながら、その表面への骨結合性能を飛躍的に向上することができ、チタン代替次世代インプラント材料としての実用化に貢献することができばかりでなく、特に、ジルコニウム(合金)は、チタンに勝る機械的強度を確保し得て、しかもMRI画像診断におけるアーチファクト(偽像)の発生をも抑制することができる。
【0036】
ところで、本発明におけるスラリー埋没加熱処理はニオブに関しても適用可能であり、このニオブにおいても同様の結果を得ることができた。
【符号の説明】
【0037】
1 容器
2 リン酸カルシウム粉末
3 蒸留水
4 攪拌棒
5 処理剤
6 基材
7 電気炉

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジルコニウム(Zr)又はニオブ(Nb)若しくはこれらの合金からなる基材の表面にリン酸カルシウム系化合物層を形成してなる骨適合性金属材料の製造方法であって、
比表面積40m/g以上のリン酸カルシウム粉末を蒸留水又は水溶液とを混合してスラリー状態の処理剤を作製するスラリー作製工程と、
前記スラリー状態の処理剤内に粒子径15μm付近の研磨布紙により表面研磨又はフッ酸、硝酸、塩酸により化学エッチングした前記基材を埋入する埋入工程と、
前記基材を埋入したままの前記スラリー状態の処理剤を大気中で熱処理して前記基材の表面にリン酸カルシウム系化合物層を形成する熱処理工程と、
を有することを特徴とする骨適合性金属材料の製造方法。
【請求項2】
ジルコニウム又はニオブ若しくはこれらの合金からなる基材と、
比表面積40m/g以上のリン酸カルシウム粉末を蒸留水又は水溶液で混合して作製されたスラリー状態の処理剤内に粒子径15μm付近の研磨布紙により表面研磨又はフッ酸、硝酸、塩酸により化学エッチングした前記基材を埋入したまま前記処理剤を大気中で熱処理することにより、前記基材の表面に析出されたリン酸カルシウム系化合物層と、
を有することを特徴とする骨適合性金属材料。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2013−66588(P2013−66588A)
【公開日】平成25年4月18日(2013.4.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−207107(P2011−207107)
【出願日】平成23年9月22日(2011.9.22)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 〔発行者名〕 社団法人 日本金属学会 〔発行物名〕 「日本金属学会講演概要 2011年春期(第148回)大会」 〔発行年月日〕 平成23年4月20日
【出願人】(504238806)国立大学法人北見工業大学 (80)
【Fターム(参考)】