説明

高α−トコフェロール含有ダイズ品種の製造方法

【課題】種子中のα−トコフェロール含有量が高められたハイブリッドダイズを提供する。
【解決手段】種子中のα−トコフェロール含有量を制御する共優性遺伝子を有する第1親ダイズ植物と実用ダイズ品種である第2親ダイズ植物とを交配させることを特徴とする、α−トコフェロールの種子含有量が高められたハイブリッドダイズの製造法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高いα−トコフェロール(α−Toc)含有量を示すダイズ新品種の育種方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ダイズは、植物種子の中でも蛋白質の含有比率が高いことから、植物性蛋白質資源として極めて重要な植物資源である。と同時に、ダイズは、高蛋白質という価値に留まらず、種々の好ましい栄養素を含んでいることも、広く知られている。その様なダイズの栄養素の一つとして、ビタミンE(トコフェロール)が挙げられる。
【0003】
トコフェロールは脂溶性の抗酸化物質であり、式1で表されるように、クロマン環のメチル基の数と位置によって区別可能な、α−トコフェロール(R=R=R=CH、β−トコフェロール(β−Toc、R=R=CH、R=H)、γ−トコフェロール(R=H、R=R=CH)ならびにδ−トコフェロール(δ−Toc、R=R=H、R=CH)の4種の同族体が存在する。
【0004】
【化1】

【0005】
これら4種のトコフェロールはいずれもビタミンE活性を有しているが、その活性の強さは、α−トコフェロールを100として表すと、β−Tocが30〜50、γ−Tocが10、δ−Tocは僅かに2である。この生理活性の相違は、肝臓内でのトコフェロール結合蛋白質(α−TTP)との親和性においてα−Tocが特異的に選択され、低密度リポタンパク質(VLDL)に組み入れられることが原因であると考えられている。
ダイズ以外の植物において、α−Tocの含有量を高めようとする試みが報告されている。具体的な例としては、ゲラニルゲラニルレダクターゼ(特許文献1)、2−メチル−6−フィチルプラストキノール/2−メチル−6−ソラニルプラストキノール−9メチルトランスフェラーゼ(特許文献2)、あるいはトコフェロールメチルトランスフェラーゼ(特許文献3)などの遺伝子を遺伝子組換え技術を用いて組み換えた植物が報告されている。また、ダイズ種子中のα−Toc含有量を遺伝子組換え手法によって高めた例も報告されている(非特許文献1)
【特許文献1】特表2001−521745号
【特許文献2】特表2002−525038号
【特許文献3】特表2004−514401号
【非特許文献1】エネナーム(Eenennaam)ら、ザ プラント セル(The Plant Cell)、第15巻、2003年、米国、第3007〜3019頁
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
重要な食料資源であるダイズにおいても、高α−Toc含有量という形質を有するダイズの利用は、ダイズの食料資源としての価値を更に高めるものとなる。しかしながら、現在、生育、収量、耐害虫性などの食料資源として種々の有利な形質を有することを理由に広範囲に栽培されている品種である実用ダイズ、例えば品種登録名「トヨコマチ」や「いちひめ」などについて、その種子中に含まれているトコフェロールの種類を調べてみると、総トコフェロール含有量の70%程がγ−Tocであり、α−Tocは5%程度でしかない。また、遺伝子組換え手法により生産されるトランスジェニック植物については、安全性の問題等から、食料資源として直ちに利用可能となるものではない。
【0007】
本発明は、かかる状況下で、実用ダイズ品種の持つ栽培特性を保持しつつ、α−Toc含有量が高められた新たなダイズ品種とその製造方法を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、ジーンバンク機関に保存されている既存ダイズ品種の中に、α−Toc含有量が実用品種に比べて高いという、高α−Toc含有量という形質を有する品種が存在していることを見いだした。さらに、これらを親として実用品種と交配させることにより、この形質が単一の共優性遺伝子に支配されている可能性を認め、当該共優性遺伝子を安定に保持した、高α−Toc含有量という形質を有するハイブリッドダイズを得ることに成功し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、種子中のα−トコフェロール含有量を制御する共優性遺伝子を有する第1親ダイズ植物と実用ダイズ品種である第2親ダイズ植物とを交配させることを特徴とする、α−トコフェロールの種子含有量が高められたハイブリッドダイズの製造法に関する。
【0010】
特に、第1親ダイズ植物が、独立法人行政法農業生物資源研究所ジーンバンクに保存されているDOBURUDZA 14 PANCEVO(保存番号00034283)、DOBROGEANCE(保存番号00034330)、KESZTHELYI APROSZEMU SARGA(保存番号00034187)、VICUSON(保存番号00034363)、NOVOSADSKA1(保存番号00034256)、及びNOVOSADSKA10(保存番号00034263)よりなる群から選ばれ、第2親ダイズ植物が、品種登録名トヨコマチ、品種登録名いちひめ及びHarosoyよりなる群から選ばれる、上記製造方法に関する。
【0011】
本発明によってα−Toc含有量が高められた改良実用ダイズの製造を可能としたのは、既存品種の中から見いだされた、高α−Toc含有量という形質を有するダイズ品種である。
【0012】
本発明者らは、ダイズのトコフェロール組成の品種間差を、寄託機関である独立法人行政法農業生物資源研究所ジーンバンクに寄託されているダイズ品種について行ったところ、意外にもDOBURUDZA 14 PANCEVO(保存番号00034283)、DOBROGEANCE(保存番号00034330)、KESZTHELYI APROSZEMU SARGA(保存番号00034187)、VICUSON(保存番号00034363)、NOVOSADSKA1(保存番号00034256)、及びNOVOSADSKA10(保存番号00034263)の各ダイズ種子を栽培して得られる種子中のトコフェロール量の分析過程において、実用品種である「トヨコマチ」あるいは「いちひめ」に比較して、種子中のα−Toc含有量が3〜10倍高いことを確認した(表1)。
【0013】
【表1】

【0014】
また、これら新たに確認されたダイズ品種と他のダイズ品種とを掛け合わせてF1ハイブリッド種子を得、これからさらにダイズを成長させて得られたF2種子における高α−Toc含有量という形質の分離比を確認したところ、当該形質はF2において安定に保たれていた。このことから、高α−Toc含有量という形質は、上記の新たに確認された品種に存在する単一の共優性遺伝子(ここではTph遺伝子と称する)によって支配されているものと推察される。
【0015】
本発明では、上記の新たに確認された品種とその他のダイズ品種、特に栽培特性に優れる実用品種とのハイブリッドダイズを製造することにより、当該共優性遺伝子Tphを安定に保持して高α−Toc含有量という形質を有すると共に、実用品種の有する栽培特性も引き継いだ優良ダイズを製造することができる。
【0016】
上記の新たに確認されたダイズ品種の中には、例えばDOBRUZA 14 PANCEVOやDOBROGEANCEのように、実用品種に比べてγ−Toc含有量が有意に高い品種も存在する。このγ−Tocには、例えばインシュリン分泌細胞の保護効果やナトリウム利尿ホルモン作用等の特有の生理作用も報告されている他、血漿中のγ−Toc濃度と前立腺ガンとの関係に関する報告もある。従って、本発明において、α−Toc含有量とγ−Toc含有量の何れもが高いという形質を有する上記2種類のダイズ品種を第1親とすることにより、栽培特性に優れ、かつ高α−Toc含有量、高γ−Toc含有量という形質を有する新品種を得ることができる。かかる新品種は、従来使用されている実用品種に比して、食料資源としてより有利である。
【発明の効果】
【0017】
本発明は、遺伝子組換え手法を用いることなく、高α−Toc含有量という形質を安定に保持したハイブリッドダイズを、従来の交配法によって簡便に提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0018】
以下、実施例をあげてさらに本発明を説明する。
【実施例1】
【0019】
(1)高α−Toc含有ダイズ品種の同定
独立法人行政法農業生物資源研究所ジーンバンクに寄託されているダイズ品種から計 品種を選択して、それらの種子を入手した。
品種別に3〜5粒の種子を紙袋に入れ、木槌で荒く粉砕した後、乳鉢ですりつぶして微粉砕粉を調製した。この微粉砕粉100mgをネジ蓋付ガラス試験管にとり、80%エタノール溶液1mLを加えて振とう後、10分間超音波処理を行った。ここにn−ヘキサン2mLを加えて激しく2〜3回攪拌後、遠心分離(3000g×15分間)してヘキサン層を回収した。
【0020】
回収ヘキサン30μlを、アセトニトリル:メタノール=75:25の混合液を移動相とした逆相カラム(Inertsil ODS−3)で分離し、295nmの紫外線吸収によって4種のトコフェロール同族体を検出した。各成分の定量は分離ピーク面積を利用して内部標準との面積比から求めた。代表的な流出ピークパターンとして、実用品種「トヨコマチ」とDOBROGEANCEの測定結果を図1に示す。
【0021】
その結果、DOBURUDZA 14 PANCEVO(保存番号00034283)、DOBROGEANCE(保存番号00034330)、KESZTHELYI APROSZEMU SARGA(保存番号00034187)、VICUSON(保存番号00034363)、NOVOSADSKA1(保存番号00034256)、及びNOVOSADSKA10(保存番号00034263)などにおいて、α−Toc含有量の高いことが確認された(表1)。
【0022】
(2)高α−Toc含有ダイズ新品種の育種
DOBURUDZA 14 PANCEVOを第1親ダイズ(P2雌)として、ならびに登録品種名「トヨコマチ」を第2親ダイズ(P1雄)として、それぞれ選択した。除雄した第2親ダイズに第1親ダイズの花粉を受粉させて第一世代ハイブリッド種子を得、この種子を播種して植物体を再生し、F2種子を回収して、(1)と同様にしてトコフェロール含有量を測定した(表2)。この中から、P1並みのα−Toc含有量とP2並みのγ−Toc含有量を示す種子として10〜15粒が回収された。
胚軸を含む残りの種子を播種(半粒法)し、植物体を育成した。以下、系統育種法により世代促進を行い、高α−Toc含有量かつ高γ−Toc含有量を維持している品種を選抜、育成して固定した。
【0023】
【表2】

【実施例2】
【0024】
DOBURUDZA 14 PANCEVOを第2親ダイズ(一回親)として、登録品種名「トヨコマチ」を第2親ダイズ(反復親)として交配を行い、高α−Toc含有量と高γ−Toc含有量を示すB1F2種子を選択した。同B1F2種子の胚軸を含む残りの種子を播種(半粒法)してB1F2植物体を育成し、この中から生育に優れる固体を選択した。この固体と反復親とを用いて戻し交配を行ってB2F2種子を養成し、高α−Toc含有量と高γ−Toc含有量を示すB2F2種子を選択した。同B2F2種子の胚軸を含む残りの種子を播種(半粒法)してB2F2植物体を育成し、この中から生育に優れる固体を選択した後、再び反復親を用いて戻し交配を行い、B3F2種子を養成し、半粒法によって高α−Toc含有量と高γ−Toc含有量を示すB3F2植物を数十個体得た。以下、系統育種法により世代促進を行い、生育、収量、熟期等の生理・生態的な農業形質は反復親に類似し、粒径や百粒重等の外観形質は反復親とは明らかに異なる、高α−Toc含有量かつ高γ−Toc含有量品種を選抜、育成して固定した。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】図1は、実施例(1)で測定した種子中に含まれるトコフェロールの流出パターンを示す。図中左は実用品種「トヨコマチ」の、右はDOBROGEAENCEの流出パターンである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
種子中のα−トコフェロール含有量を制御する共優性遺伝子を有する第1親ダイズ植物と実用ダイズ品種である第2親ダイズ植物とを交配させることを特徴とする、α−トコフェロールの種子含有量が高められたハイブリッドダイズの製造法。
【請求項2】
第1親ダイズ植物が、独立法人行政法農業生物資源研究所ジーンバンクに保存されているDOBURUDZA 14 PANCEVO(保存番号00034283)、DOBROGEANCE(保存番号00034330)、KESZTHELYI APROSZEMU SARGA(保存番号00034187)、VICUSON(保存番号00034363)、NOVOSADSKA1(保存番号00034256)、及びNOVOSADSKA10(保存番号00034263)よりなる群から選ばれる、請求項1記載の方法。
【請求項3】
第2親ダイズ植物が、登録品種名トヨコマチ、登録品種名いちひめ及びHarosoyよりなる群から選ばれる、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
請求項1〜3の何れかに記載の方法により製造されたα−トコフェロールの種子含有量が高められたハイブリッドダイズ。

【図1】
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【公開番号】特開2006−75106(P2006−75106A)
【公開日】平成18年3月23日(2006.3.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−263971(P2004−263971)
【出願日】平成16年9月10日(2004.9.10)
【出願人】(504173471)国立大学法人 北海道大学 (971)
【復代理人】
【識別番号】100113332
【弁理士】
【氏名又は名称】一入 章夫
【Fターム(参考)】