説明

高コレステロール血症と動脈硬化の検出方法

【課題】PCSK9の血液検体における検出を行う意義を明らかにして、臨床的な有用性を確立し、提供すること。
【解決手段】各段階のヒトPCSK9に結合するモノクローナル抗体を作出し、当該モノクローナル抗体に基づくPCSK9の検出系を用いて、血液検体中のPCSK9を定量することにより、家族性高コレステロール血症を含めた高コレステロール血症と動脈硬化の検出を行うことが可能であることを見出した。つまり、血液検体中のヒトPCSK9を当該成分に対する抗体を用いて定量し、当該定量値に基づいて家族性高コレステロール血症を含めた高コレステロール血症を検出する高コレステロール血症の検出方法を提供し、かつ、同様に血液検体におけるPCSK9の定量を行い、当該定量値を指標として動脈硬化を検出する動脈硬化の検出方法を提供することにより、上記の課題を解決し得ることを見出した。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高コレステロール血症と動脈硬化に対する特定成分の存在量を指標とする検出方法に関する発明である。
【背景技術】
【0002】
日本人における死因の第一位は悪性新生物(30.3%)、第二位は心疾患(15.8%)、第三位は脳血管障害(11.5%)である。心疾患及び脳血管障害は、脂質異常症や糖尿病などの生活習慣病を基盤とする動脈硬化症が主要な原因となっている。脂質異常症の管理は動脈硬化の最も有効な予防と治療手段の一つと考えられている。したがって、脂質異常症を早期に診断し、適切な治療を施すことは心疾患及び脳血管障害を予防する方法と考えられる。
【0003】
脂質異常症の原因は様々であるが、病因・病態の解明は著しく深まっている。脂質異常症のなかでII型高脂血症は、血中低比重リポタンパク質(LDL)の上昇を特徴とする疾患である。なかでも家族性高コレステロール血症(familial hypercholesterolemia:FH)は、GoldsteinとBrownによりLDL受容体の遺伝的異常に起因することが明らかにされた(Goldstein JL, Brown MS. Annu Rev Genet, 1979;13:259-289)。その後単一遺伝子異常に起因するII型高脂血症の原因が確立され、アポリポタンパク質B-100の異常に起因する家族性アポリポタンパク質B-100異常症(familial defective apolipoprotein B-100: FDB) (Schaefer JR, et al. Arterioscler Thromb Vasc Biol, 1997;17:348-353)、ATP-binding cassette (ABC) transporter G5/ABCG8の異常に起因する高植物ステロール血症を特徴とするシトステロール血症(Berge KE, et al. Science, 2000;290:1771-1775)、ARH遺伝子の異常によるautosomal recessive hypercholesterolemia (ARH)(Garcia CK, et al. Science, 2001;292:1394-1398)、及びproprotein convertase subtilin/kexin type 9 (PCSK9)遺伝子による常染色体優性高コレステロール血症 (Abifadel M, et al. Nat Genet, 2003;34:154-156)が明らかにされている。
【0004】
家族性高コレステロール血症(FH)の診断は、1)LDLコレステロール値が200mg/dl以上、2)若年性冠動脈疾患(男性<55歳、女性<65歳)及び二親等までの家族の若年性冠動脈疾患の履歴、3)腱黄色腫又は皮膚結節性黄色腫の存在、4)角膜輪の存在、によって診断される。これら1)〜4)の診断基準とは別に、LDL受容体遺伝子異常が確認された場合は1)〜4)の診断基準の有無にかかわらず確定診断できる(厚労省労働者特定疾患原発性高脂血症調査研究班、http://www.nanbyou.or.jp/top.html)。
【0005】
LDL受容体の異常によるFH発現頻度は、一方の親から異常遺伝子を受け継いだ者(ヘテロ接合体)が約500人に1人、両親から異常遺伝子を受け継いだ者(ホモ接合体)が100万人に1人である。日本人では、ヘテロ接合体が約24万人、ホモ接合体が約120名存在することになる。最近、馬渕らは、日本人におけるFHホモ接合体の頻度は1/171,167人、FHヘテロ接合体の頻度は1/208人であると報告している(Mabuchi H, et al. Atherosclerosis, 2011;214:404-407)。シトステロール血症、FDBやARHは日本人では極めて稀であるが、PCSK9の頻度は、馬渕らの報告からFHの1〜2割と推定される。
【0006】
PCSK9(proprotein convertase subtilisin/kexin type 9:プロ蛋白転換酵素サブチリシン/ケキシン9型)は、NARC−1(Neural apoptosis-regulated convertase 1:神経アポトーシス調節転換酵素1型)とも呼ばれ、サブチリシン様セリンプロテアーゼのケキシンに属するプロ蛋白転換酵素ファミリーの9番目の酵素である。PCSK9は主に肝臓、腎臓、及び小腸で発現している692アミノ酸からなる分泌蛋白質である(非特許文献1:Seidah NG,et al. Proc Natl Acad Sci U S A, 2003;100:928-933.)。
【0007】
肝細胞膜表面上のLDL受容体はリガンドであるLDLを結合した後、細胞内に取り込まれる(エンドサイトーシス)。エンドサイトーシス後、LDL受容体はLDLを細胞内に供給後、再び細胞膜表面上に局在する(リサイクリング)。この工程を繰り返して血中のコレステロール量を調節している。しかしながら、PCSK9が結合したLDL受容体は、エンドサイトーシス後、リソソームへ移行した後分解され、LDL受容体のリサイクリング機構が働らなくなる。その結果、肝細胞膜上に発現するLDL受容体の量的異常がおこり、延いては血中LDLの取り込みが減少し、血中LDLコレステロールが上昇する。すなわち、PCSK9はLDL受容体の分解を促してLDLコレステロール代謝に関与することが明らかにされている(非特許文献2:Lagace TA, et al. J Clin Invest, 2006;116:2995-3005、非特許文献3:Qian YW, et al., J Lipid Res, 2007;48:1488-1498、非特許文献4:Li J, et al. Biochem J, 2007;406:203-207、非特許文献5:Grefhorst A, et al. J Lipid Res, 2008;49:1303-1311)。
【0008】
ヒトPCSK9は全長692アミノ酸から成り、アミノ酸1−30がsignal sequence(分泌シグナル)、31−152がpro domain(プロ蛋白質ドメイン)、153−452がcatalytic domain(プロテアーゼ触媒ドメイン)、453−692がC−terminal domain(C末端ドメイン)を形成している。
【0009】
PCSK9は約74kDaのproPCSK9(前駆体PCSK9)として合成された後、小胞体内にてPCSK9自身のセリンプロテアーゼ活性によりアミノ酸配列152番目のグルタミンと153番目のセリンの間で自己分解を引き起こし、N末端側約14kDaのpro segment(プロ蛋白質断片)とC末端側約60kDaでプロテアーゼ触媒ドメインを含むmature segment(成熟蛋白質断片)に変換される。これら2種の断片はpro segmentがmature segmentの活性中心を塞ぐように複合体(ヘテロダイマー構造)を形成した後、当該複合体としてゴルジ体へ移行し、細胞外へ分泌される(非特許文献6:Seidah NG, et al. Proc Natl Acad Sci U S A, 2003;100:928-933、非特許文献7:Naureckiene S, et al. Arch Biochem Biophys, 2003;420:55-67、非特許文献8:Benjannet S, et al. J Biol Chem, 2004;279:48865-48875)。
【0010】
血中に分泌されたヘテロダイマー型構造のPCSK9は、LDL受容体のEGF−Aに結合し上述のごとく当該受容体を分解へと誘導する。PCSK9によるLDL受容体の分解促進はPCSK9自身のプロテアーゼ活性(セリンプロテアーゼ活性)とは独立した現象であり、PCSK9の分子シャペロン的作用によりLDL受容体のリサイクリングを阻害する、すなわちリソソームへ誘導するとも考えられているが、未だ結論に至っていない(非特許文献9:McNutt MC, et al. J Biol Chem, 2007;282:20799-20803)。
【0011】
また、PCSK9はゴルジ体から細胞外へ分泌される過程において一部のPCSK9が更に分解を受けることが報告されている。すなわち、プロ蛋白転換酵素Furin等の作用によりアミノ酸配列218番目のアルギニンと219番目のグルタミンの間で切断される。この作用により60kDaのmature segment部分がN末端側約7kDaとC末端側約53kDa(ΔN218 segment)とに分解され、pro segmentとmature segmentとのヘテロダイマー構造が崩壊する。分解後の断片(7kDaと53kDa)も細胞外へ分泌される。Furinによる分解を受けていないPCSK9(ヘテロダイマー型)はLDL受容体に結合して上記のリサイクリングを阻害して、LDL受容体を分解に導く働きがあるのに対し、Furinによる分解を受けたPCSK9(非ヘテロダイマー型)には、そのような働きがない(非特許文献10:Benjannet S, et al. J Biol Chem, 2006;281:30561-30572)。
【0012】
2003年Abifadelらにより、PCSK9遺伝子が常染色体優性家族性高コレステロール血症(FH)の第3の原因遺伝子であることが見出された (非特許文献11:Abifadel M, et al. Nat Genet, 2003;34:154-156)。
【0013】
PCSK9遺伝子の異常は、これまでに100以上の変異が報告されており(http://www.ucl.ac.uk/ldlr/Current/)、遺伝子異常によりPCSK9の機能が亢進する、すなわちLDL受容体を分解促進する機能増強型変異(gain-of-function)と機能が喪失する、すなわちLDL受容体を分解できない機能喪失型変異(loss-of-function)の2通りが見つかっており、それぞれ高コレステロール血症と低コレステロール血症を呈することが明らかになっている。
【0014】
PCSK9は、コレステロールや中性脂肪生合成に関わる遺伝子の発現を調節している転写因子SREBPs(Sterol Regulatory Element-Binding Proteins:ステロール調節エレメント結合性タンパク質)の活性化により転写促進されることが報告されている(非特許文献12:Maxwell KN, et al. J Lipid Res, 2003;44:2109-2019)。
【0015】
すなわち、高コレステロール血症治療薬であるスタチン系薬剤はSREBPsの活性化を介してLDL受容体の発現を誘導するが、同様の経路でPCSK9も発現誘導される。このことから、PCSK9はスタチンのコレステロール低下作用に対して拮抗的に働くと考えられる(非特許文献13:Dubuc G, et al. Arterioscler Thromb Vasc Biol, 2004;24:1454-1459)。すなわち、PCSK9はFHの病因となっているばかりでなく、高コレステロール血症治療における薬剤効果を減弱する作用がある。また、PCSK9の作用を阻害することによる高コレステロール血症治療薬のターゲット分子として阻害薬の開発も行われている(特許文献1〜5)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【特許文献1】特表2010−536384号公報
【特許文献2】特表2010−523135号公報
【特許文献3】特表2010−508817号公報
【特許文献4】特表2010−501952号公報
【特許文献5】米国公開2010/166768号公報
【非特許文献】
【0017】
【非特許文献1】Seidah NG,et al. Proc Natl Acad Sci U S A, 2003;100:928-933
【非特許文献2】Lagace TA, et al. J Clin Invest, 2006;116:2995-3005
【非特許文献3】Qian YW, et al.,J Lipid Res, 2007;48:1488-1498
【非特許文献4】Li J, et al. Biochem J, 2007;406:203-207
【非特許文献5】Grefhorst A, et al. J Lipid Res, 2008;49:1303-1311
【非特許文献6】Seidah NG, et al. Proc Natl Acad Sci U S A, 2003;100:928-933
【非特許文献7】Naureckiene S, et al. Arch Biochem Biophys, 2003;420:55-67
【非特許文献8】Benjannet S, et al. J Biol Chem, 2004;279:48865-48875
【非特許文献9】McNutt MC,et al. J Biol Chem,2007;282;20799-20803
【非特許文献10】Benjannet S, et al. J Biol Chem, 2006;281:30561-30572
【非特許文献11】Abifadel M, et al. Nat Genet, 2003;34:154-156
【非特許文献12】Maxwell KN, et al. J Lipid Res, 2003;44:2109-2019
【非特許文献13】Dubuc G, et al. Arterioscler Thromb Vasc Biol, 2004;24:1454-1459
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0018】
以上のことより、PCSK9はLDLコレステロール代謝に関与する重要な因子であり、その発現量が生体内での脂質合成を制御するSREBPsの活性を反映することから、血中のPCSK9濃度を測定することは、臨床的に有用と期待される。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明者は、今般各段階のPCSK9に結合するモノクローナル抗体を作出し、当該モノクローナル抗体に基づくPCSK9の検出系を用いて、血液検体中のPCSK9を定量することにより、家族性高コレステロール血症を含めた高コレステロール血症と動脈硬化の検出を行うことが可能であることを見出し、本発明を完成した。
【0020】
すなわち、本発明は、血液検体中のPCSK9を当該成分に対する抗体を用いて定量し、当該定量値に基づいて家族性高コレステロール血症を含めた高コレステロール血症を検出する、高コレステロール血症の検出方法(以下、本FH検出方法ともいう)を提供し、かつ、同様に血液検体におけるPCSK9の定量を行い、当該定量値を指標として動脈硬化を検出する、動脈硬化の検出方法(以下、本動脈硬化検出方法ともいう)を提供する発明である。なお、本FH検出方法と本動脈硬化検出方法を併せて、本検出方法ともいう。また、本明細書と図面において「PCSK9」と記載した場合には、特に断りのない限りはヒトPCSK9を意味することとする。
【0021】
本FH検出方法において、PCSK9の定量は、ヘテロダイマーと非ヘテロダイマー双方のPCSK9の定量ステップ(1)、ヘテロダイマーのPCSK9の定量ステップ(2)、及び、非ヘテロダイマーのPCSK9の定量ステップ(3)、からなる群から選ばれる1種又は2種以上の定量ステップにより行うことができる。
【0022】
本FH検出方法の主題である家族性高コレステロール血症検出は、下記(A)、(B)、(C)、(D)、(E)、(F)、(G)、及び、(H)からなる群から選ばれる1種又は2種以上の指標により行うことができる。
(A)定量ステップ(1)における定量値が健常人よりも有意に大きい場合を、家族性高コレステロール血症を含めた高コレステロール血症として検出する指標。
(B)定量ステップ(2)における定量値が健常人よりも有意に大きい場合を、家族性高コレステロール血症を含めた高コレステロール血症として検出する指標。
(C)定量ステップ(3)における定量値が健常人よりも有意に大きい場合を、家族性高コレステロール血症を含めた高コレステロール血症として検出する指標。
(D)定量ステップ(1)における定量値/定量ステップ(2)による定量値、であって、当該定量値が健常人よりも有意に大きい場合を、家族性高コレステロール血症を含めた高コレステロール血症として検出する指標。
(E)定量ステップ(1)における定量値/定量ステップ(3)による定量値、であって、当該定量値が健常人よりも有意に小さい場合を、家族性高コレステロール血症を含めた高コレステロール血症として検出する指標。
(F)定量ステップ(2)と(3)における定量値の和/定量ステップ(2)における定量値、であって、当該定量値が健常人よりも有意に大きい場合を、家族性高コレステロール血症を含めた高コレステロール血症として検出する指標。
(G)定量ステップ(2)と(3)における定量値の和/定量ステップ(3)における定量値、であって、当該定量値が健常人よりも有意に小さい場合を、家族性高コレステロール血症を含めた高コレステロール血症として検出する指標。
(H)定量ステップ(2)における定量値/定量ステップ(3)による定量値、であって、当該定量値が健常人よりも有意に小さい場合を、家族性高コレステロール血症を含めた高コレステロール血症として検出する指標。
【0023】
本動脈硬化検出方法においても、PCSK9の定量は、ヘテロダイマーと非ヘテロダイマー双方のPCSK9の定量ステップ(1)、ヘテロダイマーのPCSK9の定量ステップ(2)、及び、非ヘテロダイマーのPCSK9の定量ステップ(3)、からなる群から選ばれる1種又は2種以上の定量ステップにより行うことができる。
【0024】
また、本動脈硬化検出方法の主題である動脈硬化の検出は、下記(A’)、(B’)、(C’)、及び、(D’)からなる群から選ばれる1種又は2種以上の指標により行うことができる。
(A’)定量ステップ(1)における定量値が健常人よりも有意に大きい場合を動脈硬化として検出する指標。
(B’)定量ステップ(2)における定量値が健常人よりも有意に大きい場合を動脈硬化として検出する指標。
(C’)定量ステップ(3)における定量値が健常人よりも有意に大きい場合を動脈硬化として検出する指標。
(D’)定量ステップ(2)と(3)の定量値の和が健常人よりも有意に大きい場合を動脈硬化として検出する指標。
【0025】
本検出方法において、血液検体とは、例えば、血清、血漿、又は、全血が例示されるが、血清又は血漿が好適であり、血清が特に好適である。
【発明の効果】
【0026】
本発明により、血液検体中のPCSK9を指標とする家族性高コレステロール血症と動脈硬化の検出方法が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0027】
【図1】PCSK9の構造模式図である。
【図2】精製リコンビナントPCSK9のSDSポリアクリルアミド電気泳動像を示した図面である。
【図3】ウェスタンブロット法によるrhPCSK9に対する反応性を検討した結果を示す図面である。
【図4】ウェスタンブロット法によるrhPCSK9のFurin処理による切断の内容を検討した結果を示す図面である。
【図5】ウェスタンブロット法による、取得された各モノクローナル抗体のFurin切断rhPCSK9に対する反応性を検討した結果を示す図面である。
【図6】本検出方法を、サンドイッチELISA法によるPCSK9分子形態特異的蛋白質量測定系とした実施例の説明図である。
【図7】上記サンドイッチELISA法によるPCSK9分子形態特異的蛋白質量測定系による組換えPCSK9に対する検量線を示した図面である。
【図8】上記サンドイッチELISA法によるPCSK9分子形態特異的蛋白質量測定系による血清サンプルに対する検量線を示した図面である。
【図9】健常者間においてPCSK9検出サンドイッチELISAの各測定系間における関係を示した図面である。
【図10】FH患者間においてPCSK9検出サンドイッチELISAの各測定系間における関係を示した図面である。
【図11】ヒト血清中のPCSK9の免疫沈降を行った結果を示す図面である。
【発明を実施するための形態】
【0028】
1.PCSK9
本検出方法における検出対象となるPCSK9(ヒトPCSK9)は、上述したようにその遺伝子の塩基配列とアミノ酸配列(preproPCSK9、アミノ酸1−692)は公知であり(NCBI リファレンス配列:NM_174936及びNP_777596:配列番号1及び2)、本検出方法の対象となるのはその生体内蛋白質の全部又は一部である。上述したように、PCSK9はいくつかの形態で生体内に存在する生体内蛋白質である。図1は、PCSK9の構造模式図である。
【0029】
上述したようにPCSK9は、preproPCSK9を経て約74kDaのproPCSK9(前駆体PCSK9)として生体内合成された後、小胞体内にてPCSK9自身のセリンプロテアーゼ活性によりアミノ酸配列152番目のグルタミンと153番目のセリンの間で自己分解を引き起こし、N末端側約14kDaのpro segment(プロ蛋白質断片)とC末端側約60kDaでプロテアーゼ触媒ドメインを含むmature segment(成熟蛋白質断片)に変換され、これら2種の断片はpro segmentがmature segmentの活性中心を塞ぐように複合体(ヘテロダイマー構造)を形成した後、当該複合体としてゴルジ体へ移行し、細胞外へ分泌される。PCSK9のpro segmentはプロテアーゼ活性の阻害因子としての働きがあり、ヘテロダイマー構造は蛋白質分解酵素(セリンプロテアーゼ)としては不活性型である。また、PCSK9はゴルジ体から細胞外へ分泌される過程において、一部のPCSK9が更に分解を受けることが報告されている。すなわち、プロ蛋白転換酵素Furin等の作用によりアミノ酸配列218番目のアルギニンと219番目のグルタミンの間で切断される。この作用によりmature segmentがN末端側約7kDaとC末端側約53kDa(ΔN218 segment)とに分解され、pro segmentとmature segmentとのヘテロダイマー構造が崩壊し、分解後の断片(7kDaと53kDa)も細胞外へ分泌される。
【0030】
PCSK9の検出は、PCSK9に対する抗体を用いて、それと血液検体中のPCSK9との抗原抗体反応を利用する検出手段を用いて行うことが好適である。具体的には、例えば、酵素免疫測定(ELISA)法、ラジオイムノアッセイ(RIA)法、免疫クロマトグラフィー法、ラテックス凝集比濁法、免疫沈降法、等を利用した解析法、ウェスタンブロット法を主体とした解析法等を例示することができる。これらの検出手段の中でも、その定量性と検出感度、安全性、簡便性、さらには、正確性ゆえに、ELISA法、特にサンドイッチELISA法を選択することが好適である。また、近年、蛍光や化学発光、等を検出に利用した免疫測定(FEIA,CLIA,CLEIA,ECLIA)法等も好適である。
【0031】
2.検出に用いる抗体
このような検出手段を行う前提として、PCSK9に特異的に結合する抗体(モノクローナル抗体及び/又はポリクローナル抗体:以下、PCSK9に対する抗体ともいう)が必要である。
【0032】
PCSK9に対する抗体の製造方法は、常法に従って行うことが可能であるが、抗原としてのPCSK9の全部又は一部が必要である。PCSK9の入手法は、生体材料からの天然蛋白質や細胞株が自然発現している蛋白質を用いることも可能であるが、実質的には遺伝子工学的手法を用いてPCSK9の組換え(リコンビナント)蛋白質を製造することにより入手することができる。当該組み換え蛋白質は、上述したPCSK9遺伝子の塩基配列を参考にして、遺伝子増幅用プライマーを調製し、これを用いてRT−PCR法を行うことにより、PCSK9遺伝子を遺伝子増幅産物として得ることができる。そして、これを組み込んだ発現ベクターを細胞等に導入することにより得た強制発現細胞より産生されるPCSK9組み換え蛋白質を、上述した通常公知の精製法により精製することにより、PCSK9に対する抗体を製造するための抗原として用いることが可能な、PCSK9組み換え蛋白質とすることができる。また、上記のPCSK9遺伝子の塩基配列を一部改変した、PCSK9一部改変遺伝子がコードする改変組み換え蛋白質も、PCSK9に対する抗原としての性質を失わない限り可能である。また、ここで使用される抗原としてのPCSK9は、必ずしもPCSK9の全部である必要はなく、その一部の断片ペプチドであってもよい。特に、上述したようにPCSK9はいくつかの特徴的な形態を採ることが知られており、各々の形態のPCSK9を必要に応じて選択することが、所望の性質の抗体を得るためには好適である。
【0033】
なおPCSK9の一部の断片ペプチドは、PCSK9遺伝子の一部断片を発現させたPCSK9断片や、PCSK9のプロテアーゼ処理物、ホスファイト−トリエステル法(Ikehara,M.,et al.,Proc.Natl.Acad.Sci.U.S.A.,81,5956(1984)) 等を用いた固相法や液相法による化学合成ペプチド等を抗原として用いることができる。
【0034】
このようにして得られるPCSK9において、特に、免疫抗原として用いるPCSK9が小分子の一部ペプチドである場合には、抗原の免疫原性を向上させるために、ハプテンを結合させることができる。ハプテンとしては、通常はハプテンとして用いられ得る物質を任意に選択することが可能であり、例えば、傘貝ヘモシアニン(KLH)、ニワトリ卵アルブミン(OVA)、牛血清アルブミン(BSA)等をハプテンとして選択することができる。
【0035】
所望のPCSK9に対する抗体が、ポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体であるにかかわらず、免疫は一般的方法により、例えば、上記免疫抗原を、免疫の対象とする動物に静脈内、皮内、皮下、筋肉内、腹腔内等で投与することにより行うことができる。
【0036】
PCSK9に対するポリクローナル抗体は、PCSK9分子の全部又は一部を免疫抗原として、免疫した動物に由来する免疫血清から製造することができる。
【0037】
PCSK9に対するモノクローナル抗体は、上記のポリクローナル抗体と同様の方法で、免疫した動物の免疫細胞と動物の骨髄腫細胞とのハイブリドーマを作出し、これによりPCSK9分子を認識する抗体を産生するクローンを選択し、このクローンを培養することにより製造することができる。
【0038】
上述したポリクローナル抗体及びモノクローナル抗体は、公知技術、例えば、Nature 1992 Mar12;356, p152-154やJ.Immunol Methods Mar 1;249, p147-154を参考に、遺伝子免疫によっても調製が可能である。具体的にはPCSK9分子の全部又は一部をコードする遺伝子を発現するベクターを直接動物に免疫する事によって製造することができる。
【0039】
また、免疫される動物も特に限定されるものではなく、マウス,ラット、ハムスター、ウサギ、ヤギ、ヒツジ、ニワトリ等を広く用いることができるが、モノクローナル抗体を製造する場合には、細胞融合に用いる骨髄腫細胞との適合性を考慮して選択することが望ましい。
【0040】
より具体的には、上記免疫抗原を所望により通常のアジュバントと併用して、免疫の対象とする動物に7〜21日毎を目安に上記手段により数回投与し、ポリクローナル抗体製造のための免疫血清又はモノクローナル抗体製造のための免疫細胞、例えば免疫後の脾臓細胞を得ることができる。
【0041】
モノクローナル抗体を作製する場合、公知のモノクローナル抗体作製方法、例えば、安藤民衛、千葉 丈、共著、「単クローン抗体実験操作入門」講談社(1991年)や、EdHarlow and David Lane,“Antibodies: A Laboratory Manual”, Cold Spring Harbor Laboratory, 1988に従い作製することができる。
【0042】
このようにして得られるポリクローナル抗体ないしモノクローナル抗体は、PCSK9に特異反応性を有する抗体である。なお、本発明においては、PCSK9に対する抗体の市販品を用いることも可能である。
【0043】
さらに、PCSK9に対する抗体に、必要に応じて標識処理、すなわち、酵素標識処理、蛍光標識処理、アイソトープ標識処理等を、常法に従い行うことができる。
【0044】
血液検体中のPCSK9を捕捉し得る抗体は、固相に固定化された固定化抗体として用いられるのが、好適な態様の一つである。
【0045】
固相としては、例えば、マイクロプレートやビーズ(アガロースゲルやセファロースゲル、ラテックス粒子、磁性粒子など)、等が挙げられる。
【0046】
固定化方法は、固相の種類に応じた抗体の固定化方法における常法に従い行うことができる。
【0047】
例えば、マイクロプレートに対しては、常法に従った物理的な非特異的吸着法を行うことにより、抗体の固定化を行うことができる。また、ビーズに対しても、常法に従って固定化を行うことができる。例えば、化学的な架橋剤を用いた固定化や、ビオチン−アビジンのような他の物質間の親和性を利用して、予め化合物で抗体を標識し、その化合物に親和性のある固定化された蛋白質等を用いた固定化法、固定化された抗イムノグロブリン抗体やプロテインA等の抗体に親和性のある蛋白質を用いた固定化法等を行うことにより、抗体の固定化を行うことができる。
【0048】
3.本検出方法
上記のように、PCSK9に対する抗体を用いて、検出手段に応じた要素を用いることによって、本検出方法を行うことができる。
【0049】
検出手段がELISA法である場合には、例えば、マイクロプレートに固定化したPCSK9に対する抗体に、血液検体を接触させて、検体中の可溶性PCSK9を固定化抗体に結合させ、この固相に結合した可溶性PCSK9を、酵素標識した別のPCSK9に対する抗体等を用いて検出することにより、本発明の判定方法を行うことができる。また、固定化抗体と血液検体及び酵素標識抗体を同時に反応させて検出することも可能である。
【0050】
また、検出手段として、免疫沈降法を利用する場合には、例えば、ビーズに固定化したPCSK9に対する抗体に、血液検体を接触させてPCSK9を固定化抗体に結合させ、この固相に結合したPCSK9を分離して、この分離物からPCSK9を検出することにより、本検出方法を行うことができる。このPCSK9の免疫沈降法による検出は、例えば、前記の分離物に対して電気泳動を行って、この電気泳動パターンの転写物に、PCSK9に対する標識抗体を作用させて、可溶性PCSK9のバンドを検出する、ウェスタンブロット法を挙げることができる。
【0051】
また、検出手段を、ウェスタンブロット法を主体とした方法とすることも可能である。例えば、血液検体から細胞を除いた細胞除外検体を、直接、電気泳動により分離し、その転写物に、PCSK9に対する標識抗体を作用させて、バンドを検出することにより、血液検体中のPCSK9を検出することができる。
【0052】
さらには、検出手段として、ラテックス凝集比濁法を用いることも可能である。例えば、ラテックス粒子に結合させたPCSK9に対する抗体に、血液検体を接触させて、液相中で抗原抗体反応による免疫複合体の凝集塊を形成させ、その濁度の変化を測定することにより、本検出方法を行うことができる。
【0053】
上述した通りに本検出方法におけるPCSK9の定量は、ヘテロダイマーと非ヘテロダイマー双方のPCSK9の定量ステップ(1)、ヘテロダイマーのPCSK9の定量ステップ(2)、及び、非ヘテロダイマーのPCSK9の定量ステップ(3)、からなる群から選ばれる1種又は2種以上の定量ステップにより行うことができる。
【0054】
本検出方法を行う場合の好適な検出手段の一つであるサンドイッチELISA法を用いる場合、前記のヘテロダイマーと非ヘテロダイマー双方のPCSK9の定量ステップ(1)は、固相抗体と検出抗体として、共にヘテロダイマーのPCSK9と非ヘテロダイマーのPCSK9の双方に対して結合するモノクローナル抗体を用いたサンドイッチELISA法により行うことができる。また、同定量ステップ(2)は、(a)ヘテロダイマーのヒトPCSK9と非ヘテロダイマーのヒトPCSK9の双方に対して結合するモノクローナル抗体、及び、(b)ヘテロダイマーのヒトPCSK9に対して結合するが、非ヘテロダイマーのヒトPCSK9に対しては結合しないモノクローナル抗体、のいずれか一方を、相互に異なる固相抗体と検出抗体として用いるサンドイッチELISA法により行うことができる。さらに、同定量ステップ(3)は、(a)ヘテロダイマーのヒトPCSK9と非ヘテロダイマーのヒトPCSK9の双方に対して結合するモノクローナル抗体、及び、(b)非ヘテロダイマーのヒトPCSK9に対して結合するが、ヘテロダイマーのヒトPCSK9に対しては結合しないモノクローナル抗体、のいずれか一方を、相互に異なる固相抗体と検出抗体として用いるサンドイッチELISA法により行うことができる。
【0055】
上述した通りに本FH検出方法では、上記(A)、(B)、(C)、(D)、(E)、(F)、(G)、及び、(H)からなる群から選ばれる1種又は2種以上の指標により行うことが可能である。また、本動脈硬化検出方法では上記(A’)、(B’)、(C’)、及び、(D’)からなる群から選ばれる1種又は2種以上の指標により行うことが可能である。これらについては、後述する実施例において具体的に開示する。
【0056】
このようにして、血液検体中のPCSK9を定量検出することにより、当該定量値を指標として、検体提供者における家族性高コレステロール血症を含んだコレステロール血症と動脈硬化を検出することができる。動脈硬化性疾患としては、例えば、心筋梗塞や狭心症等の冠動脈性心疾患、脳梗塞、脳血栓などの脳血管障害が例示される。本FH検出方法により、血液検体中のPCSK9の定量値により高コレステロール血症であることが明らかになった場合、本動脈硬化検出方法により動脈硬化の疑いを確認することが可能である。すなわち本検出方法を行うことにより、高コレステロール血症、特に家族性高コレステロール血症患者をして好発する動脈硬化性疾患の可能性をチェックすることが可能となる。
【0057】
本発明は、本検出方法を行うためのキットを提供する。すなわち、本発明は、上記の検出を行うための要素を含むキット(以下、本検出用キットともいう)を提供する発明でもある。
【0058】
本検出用キットには、最低限、PCSK9に対する抗体が要素として含まれる。
【0059】
例えば、検出手段が、ELISA法の場合には、固相に固定化された又は固定化するためのPCSK9に対する第1抗体、及び/又は、この固定化第1抗体が認識するエピトープとは別のPCSK9分子内エピトープを認識する検出用の第2抗体が、ELISA法の本判定用キットに要素として含まれることが好適である。また、第2抗体を検出するための検出試薬、ブロッキング液、希釈液、PCSK9標準品等を、ELISA法の本判定用キットの要素として含めることも好適である。
【0060】
また、検出手段が、免疫沈降法を利用した解析法において、上記の例のように、ウェスタンブロット法を検出手段として組み合わせる場合には、血液検体におけるPCSK9を捕捉するためのPCSK9に対する抗体、固定化された又は固定化するためのPCSK9に対する抗体、及び/又は、電気泳動のバンドとして分離される可溶性PCSK9を検出するための、PCSK9に対する検出抗体を、ウェスタンブロット法の本検出用キットの要素として含めることが好適である。また、PCSK9に対する検出抗体を検出するための試薬、ブロッキング液、希釈液、転写膜等を、ウェスタンブロット法の本検出用キットの要素として含めることも好適である。
【0061】
さらに、検出手段が、ラテックス凝集反応を利用した解析法では、ラテックス粒子に結合させたPCSK9に対する抗体が、本検出用キットに要素として含まれることが好適である。
【実施例】
【0062】
以下、本発明を実施例により、具体的に説明するが、この実施例により、本発明の技術的範囲は限定されない。なお、後述する4種類のモノクローナル抗体を産生するハイブリドーマについては、それぞれ独立行政法人産業技術総合研究所 特許生物寄託センターにおいて寄託を行っている。すなわち、モノクローナル抗体「1FB」を産生するハイブリドーマ「Mouse-Mouse hybridoma PCSK9-1FBは受託番号FERM P−22109として、モノクローナル抗体「B1G」を産生するハイブリドーマ「Mouse-Mouse hybridoma PCSK9-B1Gは受託番号FERM P−22110として、モノクローナル抗体「B12E」を産生するハイブリドーマ「Mouse-Mouse hybridoma PCSK9-B12E」は受託番号FERM P−22111として、及び、モノクローナル抗体「G12D」を産生するハイブリドーマ「Mouse-Mouse hybridoma PCSK9-G12D」は受託番号FERM P−22112として、上記寄託機関において受領されている。
【0063】
1.リコンビナントPCSK9の作製
(1)リコンビナントヒト全長PCSK9の調製
HepG2細胞由来の全RNAより、ヒトPCSK9全長(アミノ酸番号1−692)に相当する相補鎖DNAをRT−PCRによって増幅し、pEF321ベクター (Kim DW, Gene. 1990 Jul 16;91(2):217-23)に組み込み、発現ベクターpEF/PCSK9を作製した。なお、上記PCRは、金属アフィニティー精製のために蛋白質のC末端にヒスチジン6残基が融合する形で発現するようプライマー配列を設定した(下記)。当該PCRの熱サイクルは、95℃ 5分の変性処理を行った後、「94℃ 1分 → 65℃ 2分 → 72℃ 5分 → 65℃ 1分」を35サイクル行い、最後に65℃ 7分の反応を行った。
【0064】
増幅用プライマーとしては、
「gacgaattccagcgacgtcgaggcgctcatggttg」(フォワードプライマー:配列番号3)、
「gacgaattctcagtgatggtgatggtgatgctggagctcctgggaggcctgcgcc」(リバースプライマー:配列番号4)を用いた。
【0065】
発現ベクターpEF/PCSK9、及びネオマイシン耐性遺伝子発現ベクターpSV2Neo(クローンテック社製)を哺乳類動物細胞株CHO-K1(理研)に共導入し、ゲネティシン(シグマ社製)による選別を繰り返し行い、安定的にリコンビナントヒトPCSK9(rhPCSK9)を発現するクローンCHO-K1/PCSK9細胞を作製した。
【0066】
このCHO-K1/PCSK9細胞を無血清・低蛋白質培地CHO-S-SFM II(インビトロジェン社製)にて37℃、5%CO下で培養し、培養上清を回収した。さらに、培養上清500mLはTALON Resin(クローンテック社製)6mLと混合し、4℃で一晩反応させた。TALON Resinをカラムに充填し、50mLの500mM塩化ナトリウム含有25mM リン酸緩衝液 (pH 8.0)、続いて10mLの20mM リン酸緩衝液 (pH 8.0)で洗浄し、20mLの200mM イミダゾール含有20mM リン酸緩衝液 (pH 8.0)で溶出した。次いで、この溶出液を予め20mMリン酸緩衝液(pH 8.0)で平衡化したDEAE‐Sepharose CL-6B(0.6mL、GEヘルスケア社)カラムにアプライし、5mLの20mMリン酸緩衝液(pH 8.0)、次いで1.5mLの100mM 塩化ナトリウム含有20mM リン酸緩衝液(pH 8.0)で洗浄した後、3mLの200mM 塩化ナトリウム含有20mM リン酸緩衝液(pH 8.0)で溶出した。この溶出画分を精製リコンビナントヒト全長PCSK9(rhPCSK9)とした。
【0067】
精製リコンビナントPCSK9(rhPCSK9)はSDSポリアクリルアミド電気泳動を行い、ゲルを銀染色によりバンドの検出し、精製の純度を確認した(図2)。その結果rhPCSK9は、還元条件下であっても、非還元条件下であってもpro segmentは外れた形で存在し、還元条件下の電気泳動によりなるmature segmentは、非還元条件下の電気泳動によりなるmature segmentよりも若干分子量が大きい(約60kDa)ことが判明した。
【0068】
(2)リコンビナントΔN218 PCSK9(53KDa)の調製
ΔN218 PCSK9(アミノ酸番号219−692)に相当する相補鎖DNAをpEF/PCSK9を鋳型としたPCRによって増幅し、pEF321ベクター (Kim DW, Gene. 1990 Jul 16;91(2):217-23)に組み込み、発現ベクターpEF/ΔN218 PCSK9を作製した。当該PCRの熱サイクルは、94℃ 30秒の変性処理を行った後、「98℃ 10秒 → 60℃ 5秒 → 72℃ 1.5分」を23サイクル行い、最後に72℃ 2分の反応を行った。
【0069】
増幅用プライマーとしては、
「agtcaagcttcaggccagcaagtgtgacagtcat」(フォワードプライマー:配列番号5)、
「agtagtcgacctggagctcctgggaggcctg」(リバースプライマー:配列番号6)を用いた。
【0070】
発現ベクターpEF/ΔN218 PCSK9を上述と同様に、哺乳類動物細胞株CHO-K1に導入し、リコンビナントΔN218 PCSK9を安定的に発現するクローンCHO-K1/ΔN218 PCSK9細胞を作製した。
【0071】
この細胞は15cmφディッシュで培養し、トリプシン−EDTA(Gibco社製)処理
にて細胞を回収し、遠心操作によりPBSにて洗浄した。洗浄後、細胞は1x Complete mini EDTA-free(ロシュ社製)及び1% Nonidet P40含有トリス緩衝液(TBS; 150 mM NaCl含有50 mM Tris-HCl, pH 7.5)に懸濁し、氷中で30分冷却した。次いで、細胞懸濁
液を遠心(15000rpm、4℃、20分)し、上清を回収した。この上清画分をリコン
ビナントΔN218 PCSK9(rhΔN218 PCSK9)含有細胞ライセートとした。
【0072】
2.抗ヒトPCSK9モノクローナル抗体の作製
(1)抗ヒトPCSK9モノクローナル抗体産生ハイブリドーマの調製
精製rhPCSK9を抗原とした蛋白免疫あるいは発現ベクターpEF/PCSK9を免疫源とした遺伝子免疫にてマウスを免疫した。
【0073】
蛋白免疫は、1回あたり精製rhPCSK9 3μgをアジュバントAbisco-100(ISCONOVA社)12μgと混合し、Balb/cマウス(8週齢、雌)の背部皮下に投与した(初回免疫)。追加免疫は2週間ごとに合計3回初回免疫同様の操作を行った。
【0074】
遺伝子免疫は、1回あたりPBSに溶解した発現ベクターpEF/PCSK9 50μgをBalb/cマウス(8週齢、雌)尾部皮下に投与した(初回免疫)。追加免疫は2週間ごとに合計4回初回免疫同様の操作を行った。
【0075】
蛋白免疫、遺伝子免疫ともに最終投与から2週間後に、20μgの精製rhPCSK9
をマウス腹腔内に投与した。腹腔内投与から3日後にマウス脾臓を摘出し、脾細胞を回収した。脾細胞はポリエチレングリコール1500溶液(ベーリンガーマンハイム社製)にてマウス骨髄腫細胞(SP2/0-Ag14)と融合させた。融合した細胞(ハイブリドーマ)は3%ハイブリドーマクローニングファクター(HCF、エアブラウン社製)、1X HAT(シグマ社製)および10%fetal bovine serum(FBS、ニチレイ社製)含有RPMI培地で選択した。抗PCSK9モノクローナル抗体の産生細胞は、精製rhPCSK9を固相したマイクロプレートを用いたELISA法によって選別した。すなわち、各ウェル当たり25ngの精製rhPCSK9を固相化(4℃、一晩)し、各ウェルを1%bovine serum albumin(BSA、シグマ社製)含有PBSでブロッキングした。各ウェルを洗浄後、100μLの各ハイブリドーマの培養上清を添加し、室温下で2時間反応した。反応後、各ウェルを洗浄液(0.1% Tween20含有PBS)で洗浄し、5000倍に希釈したペルオキシダーゼ標識ヤギ抗マウスIgG抗体(BioSource社)を加えて、室温下で1時間反応した。反応後、洗浄液にてウェルを5回洗浄し、100μLの発色溶液[0.012%過酸化水素、0.4mg/mL OPD(o-phenulenediamine dihydrochloride、シグマアルドリッチ社製)含有クエン酸リン酸緩衝液、pH5.0]を添加し、室温下で30分間反応させた。反応後、2N硫酸を添加し、反応を停止し、波長492nmの吸光度をマイクロプレートリーダーで測定した。ハイブリドーマ培養上清の吸光度が1.0以上を示すウェルを陽性として選別した。抗PCSK9モノクローナル抗体産生ハイブリドーマはさらに限界希釈法によりクローニングし、細胞株を樹立した。
【0076】
さらに、陽性ハイブリドーマ細胞の選別は、ハイブリドーマ細胞培養上清を用いてウェスタンブロット法によるrhPCSK9に対する反応性、あるいは免疫沈降法によるヒト血清PCSK9に対する反応性をそれぞれ確認し、両方法にて特異性が認められたクローンを最終的に選別した。
【0077】
ウェスタンブロット法は、ゲル1枚あたり1μgの精製rhPCSK9を非還元にてSDS−PAGEし、次いでPVDF膜(ミリポア社製)に転写した。転写した膜は、5%スキムミルクを含むPBSにて4℃、一晩静置した。0.1% Tween20含有PBS(洗浄液)にて2回洗浄後、各ハイブリドーマ培養上清を室温下、2時間反応させた。反応後、洗浄液にて5回洗浄した後、10000倍に希釈したペルオキシダーゼ標識ヤギ抗マウスIgG抗体(BioSource社)を室温下、2時間反応させた。反応後、洗浄液にて5回洗浄した後、化学発光試薬(パーキンエルマー社製)を用い、X線フィルム(コダック社製)に感光させ、特異バンドを検出した。
【0078】
免疫沈降法は、1.0×10個のDynabeads M-280 抗マウスIgG(ベリタス社製)に各ハイブリドーマ培養上清を200μL加え、室温2時間、転倒混和しながら抗体をビーズに結合させた。0.1% Tween20含有PBSでビーズを3回洗浄した後、ヒト血清100μLを添加し転倒混和しながら4℃、16時間反応させた。0.1% Tween20含有PBSで3回洗浄後、非還元SDSサンプル液に懸濁してSDS-PAGEし、次いでPVDF膜(ミリポア社製)に転写した。転写した膜は、5%スキムミルクを含むPBSにて4℃、一晩静置した。0.1% Tween20含有PBS(洗浄液)にて2回洗浄後、0.1μg/mLのペルオキシダーゼ標識抗PCSK9抗体MAB38881(R&D社製)を室温下、2時間反応させた。反応後、洗浄液にて5回洗浄した後、化学発光試薬(パーキンエルマー社製)を用い、X線フィルム(コダック社製)に感光させ、特異バンドを検出した。
【0079】
最終的に、精製rhPCSK9固相化マイクロプレートを用いたELISA法、ウェスタンブロット法による精製rhPCSK9に対する反応性、免疫沈降法によるヒト血清PCSK9に対する反応性により選別し、ヒトPCSK9に対して反応するモノクローナル抗体産生ハイブリドーマ25クローンを作製した。
【0080】
(2)ハイブリドーマからのモノクローナル抗体調製
プリステン(0.5ml/匹、シグマ社製)を予め腹腔内に投与したBalb/cマウス(8週齢、雄)に一匹あたりハイブリドーマ細胞10〜10個/0.5mLを腹腔内に注入した。注入10日後、マウスを開腹し、腹水を採取した。得られた腹水は、遠心にて細胞成分を取り除き、上清に等量の氷冷した飽和硫酸アンモニウム溶液を加えて混和し、氷冷し2時間放置した。次いで、10000×gで10分間遠心後、上清を捨て、沈殿を結合溶液(3M塩化ナトリウム含有1.5Mグリシン溶液、pH 8.9)に溶解し、Protein Aセファロース(GEヘルスケア社製)と混和し、4℃で一晩転倒混和した。結合させたProtein Aセファロースをカラムに充填し、6倍量の結合溶液にて洗浄後、溶出溶液(0.1Mクエン酸溶液、pH 4.0)で1mLずつ溶出した。溶出された画分は、0.1mLの2Mトリス溶液(pH10.0)で中和した。各溶出画分の吸光度(280nm)を測定し、モノクローナル抗体の溶出画分を回収した。回収したモノクローナル画分はPBSにて透析(4℃、一晩)し、精製モノクローナル抗体を得た。
【0081】
得られたモノクローナル抗体のアイソタイプは、マウスモノクロナール抗体アイソタイプ決定用キット(べーリンガー社製)を用い、キット添付の操作手順に準じて測定した。ヒトPCSK9に対するモノクローナルは、IgG1(17クローン)、IgG2a(2クローン)、IgG2b(6クローン)であった。これらのうち、ハイブリドーマ1FB、B12E、G12D、B1Gに由来するモノクローナル抗体[抗体1FB(IgG1)、B12E(IgG1)、G12D(IgG1)、B1G(IgG1)]について、下記のように抗体の特異性を確認した。
【0082】
(3)モノクローナル抗体特異性の確認
モノクローナル抗体の特異性は、ウェスタンブロット法によるrhPCSK9に対する反応性、免疫沈降法によるFurin切断、rhPCSK9に対する反応性を検討し、確認した。
【0083】
(4)ペルオキシダーゼ標識モノクローナル抗体の作製
抗体1FB、B12E、G12D、B1G、及び市販抗ヒトPCSK9抗体MAB38881(R&D社)、抗ヒスチジンタグ抗体(Tetra-His Antibody、キアゲン社)はPeroxidase Labeling Kit - SH(同仁化学研究所)を用いて各抗体のペルオキシダーゼ標識抗体を作製した。抗体の標識はキット説明書に従い行った。
【0084】
(5)ウェスタンブロット法によるrhPCSK9に対する抗体の特異性検討
ゲル1枚あたり1μgの精製rhPCSK9を非還元及び還元条件下にてSDS-PAGEし、次いでPVDF膜(ミリポア社製)に転写した。転写した膜は、5%スキムミルクを含むPBSにて4℃、一晩静置した。洗浄液(0.1% Tween20含有PBS)にて2回洗浄後、各ペルオキシダーゼ標識抗体10 ng/mLを室温下、2時間反応させた。反応後、洗浄液にて5回洗浄した後、化学発光試薬(パーキンエルマー社製)を用い、X線フィルム(コダック社製)に感光させ、特異バンドを検出した(図3)。
【0085】
ウェスタンブロット法によるrhPCSK9に対する反応性の結果より、抗体1FB、B12E、B1GはPCSK9mature segmentに反応し、この反応性は抗原の還元処理により失われることが明らかとなった。抗体G12DはPCSK9pro segmentのみに反応し、この反応性は抗原の還元処理に影響されないことが明らかとなった。
【0086】
(6)rhPCSK9のFurin処理による切断
2mM CaCl2及び0.5% Triton X-100含有25mM Tris-HCl (pH9.0)液中で精製rhPCSK9 1μgとリコンビナントヒトFurin(R&D社)を混合し、37℃で6時間反応させた。その後、1μLの0.5M EDTAを加え、反応を停止した。この反応液をFurin切断rhPCSK9溶液とした。
【0087】
Furin処理によるrhPCSK9の切断は、以下のように、SDS-PAGE及びウェスタンブロット法により確認した。Furin未処理rhPCSK9及びFurin処理rhPCSK9(20ng)をそれぞれ還元条件下にてSDS-PAGEし、次いでPVDF膜(ミリポア社製)に転写した。転写した膜は、5%スキムミルクを含むPBSにて4℃、一晩静置した。洗浄液(0.1% Tween20含有PBS)にて2回洗浄後、10ng/mLペルオキシダーゼ標識抗ヒトPCSK9抗体MAB38881(R&D社製)を室温下、2時間反応させた。反応後、洗浄液にて5回洗浄した後、化学発光試薬(パーキンエルマー社製)を用い、X線フィルム(コダック社製)に感光させ、特異バンドを検出した(図4)。
【0088】
その結果、Furin未処理rhPCSK9は分子量約60kDaのmature segmentのバンド(前出図2の還元処理におけるmature segmentに相当する)が検出されるのに対し、Furin処理rhPCSK9はそのほとんどが分子量53kDaのバンドが検出された。
【0089】
(7)モノクローナル抗体のFurin切断rhPCSK9に対する反応性
抗PCSK9抗体1FB、B12E、B1G、G12D、及び、コントロール抗体16G5について、0.1Mホウ酸緩衝液(pH9.5)で洗浄したDynabeads M-280 Tosyl-activated(ベリタス社製)を3M硫酸アンモニウム含有0.1Mホウ酸緩衝液(pH 9.5)に懸濁し、1.0×10個のビーズあたり抗体を10μg加え、4℃で20時間、転倒混和しながらビーズに各抗体を結合させた。反応後上清液を捨て、0.5%牛血清アルブミン(BSA)含有PBS(pH7.4) を加え、緩やかに攪拌しながら、室温で2時間反応させビーズを不活化した後、0.1% BSA含有PBS(pH7.4)で洗浄し、抗体結合ビーズを作製した。抗体結合ビーズ1.0×10個に対しrhPCSK9 20μg、もしくはFurin切断rhPCSK9 20μgを添加し、転倒混和しながら4℃で16時間反応させた。0.1% Tween20含有PBSで3回洗浄後、非還元SDSサンプル液に懸濁してSDS-PAGEし、次いでPVDF膜(ミリポア社製)に転写した。転写した膜は、5%スキムミルク含有PBSにて4℃、一晩静置した。洗浄液(0.1%Tween 20含有PBS)にて2回洗浄後、0.1μg/mLのペルオキシダーゼ標識抗ヒトPCSK9抗体MAB38881(R&D社)を室温下、2時間反応させた。反応後、洗浄液にて5回洗浄した後、化学発光試薬(パーキンエルマー社製)を用い、X線フィルム(コダック社製)に感光させ、特異バンドを検出した(図5)。
【0090】
前記のようにウェスタンブロット法によりPro segmentに対する抗体であることが確認されたG12Dは、Furin未処理rhPCSK9ではmature segment(60kDa)が免疫沈降するのに対し、Furin切断rhPCSK9ではmature segment(53kDa)が免疫沈降しない。このことから、Furin未処理rhPCSK9はヘテロダイマーを形成しているのに対し、Furin切断rhPCSK9はヘテロダイマーを形成していない(非ヘテロダイマー)ことが確認された。
【0091】
Mature segmentに対する抗体1FB、B12EはFurin未処理rhPCSK9(ヘテロダイマー)及びFurin切断rhPCSK9(非ヘテロダイマー)の両者を免疫沈降することから、PCSK9の60kDa mature segment、及び53kDa cleaved mature segmentのいずれにも反応することが確認された。抗体B1GはFurin未処理rhPCSK9(ヘテロダイマー)では60kDa mature segmentを免疫沈降しないのに対し、Furin切断rhPCSK9(非ヘテロダイマー)では53kDa cleaved mature segmentを免疫沈降することから、非ヘテロダイマーのmature segment特異的に反応することが確認された。
【0092】
3.サンドイッチELISA法によるPCSK9分子形態特異的蛋白質量測定系の構築
(1)抗体の組合せ
上述のごとく作製したモノクローナル抗体を用いて、サンドイッチELISAが可能な抗体の組合せを検討し、最終的に、固相抗体1FBと検出抗体ペルオキシダーゼ標識B12Eの組合せによる全PCSK9測定系(A系)、固相抗体B12Eと検出抗体ペルオキシダーゼ標識G12Dの組合せによるヘテロダイマーPCSK9測定系(B系)、固相抗体B1Gと検出抗体ペルオキシダーゼ標識B12Eの組合せによる非ヘテロダイマーPCSK9測定系(C系)をそれぞれ構築した(図6)。
【0093】
(2)サンドイッチELISAの構築
イムノプレート(Nunc社)にPBSで希釈した各固相抗体(A系:1FB 1μg/mL、B系:B12E 0.3μg/mL、C系:B1G 1μg/mL)を100μl/wellで添加し、4℃で一晩静置した。
0.1% Tween20含有PBS(洗浄液)で2回洗浄後、1%BSA及び10% Sucrose含有PBSを200μl/wellで添加し、室温2時間ブロッキングした。各ウェルの液を除去後、0.3%BSA及び0.1%Tween20含有PBSで希釈したスタンダード溶液(A系及びB系はrhPCSK9、C系はrhΔN218 PCSK9)、あるいはヒト血清を100μl/wellで添加し、室温で2時間静置した(表1)。
【0094】
【表1】

【0095】
反応後洗浄液で4回洗浄し、10% StabilZyme(SurModics社)、0.3% BSA及び0.1% Tween20含有PBSで希釈した各検出抗体(A系:ペルオキシダーゼ標識B12E 10ng/mL、B系:ペルオキシダーゼ標識G12D 25ng/mL、C系:ペルオキシダーゼ標識B12E 35ng/mL)を100μl/wellで添加し、室温1時間静置した。反応後洗浄液で4回洗浄し、酵素基質液TMB+(Dako社)を100μl/well添加し、室温30分間発色させた後、0.5M硫酸100μl/wellを添加して酵素反応を停止し、Multiskan Ascent (Thermo Labsystems社製)にて各ウェルの吸光度を波長450nm(バックグラウンド560nm)で測定した。
【0096】
各ELISA測定系における検量線は図7のとおりである。A系及びB系は、0〜20ng/ml、C系は0〜4ng/mlの範囲で良好な検量線を示した。
【0097】
図8は、血清サンプルの希釈直線性試験の結果を示している。いずれの系、サンプルについても直線性が示されており、各ELISA系の正確度が確認された。
【0098】
4.ヒト血清中PCSK9の測定
(1)健常者及び家族性高コレステロール血症(FH)患者におけるPCSK9の定量
健常者108名及び家族性高コレステロール血症(FH)患者194名の血清におけるPCSK9濃度を測定した。その結果、健常者における血清PCSK9濃度は、A系測定系が262.7±80.2(平均±SD) ng/mL、B系測定系が252.5±79.1ng/mL、C系測定系が28.9±10.6ng/mLであった。また、FH患者における血清PCSK9濃度は、A系測定系が382.9±132.6 ng/mL、B系測定系が310.3±146.6 ng/mL、C系測定系が89.7±90.6ng/mLであった。いずれの系においても、FH患者の方が健常者よりも有意に高い値であった(A系及びC系測定系、p<0.0001;B系測定系、p=0.0016)。
【0099】
(2)PCSK9検出サンドイッチELISAの各測定系間における関係
健常者おいては、A系測定系とB系測定系との相関はy=0.957x + 1.114、 R2=0.940、A系測定系とC系測定系との相関はy=0.115x - 1.449、R2=0.768、A系測定系と(B系測定系+C系測定系)との相関はy=1.072x - 0.335、 R2=0.961であった。この結果より、PCSK9 A系測定系は(PCSK9 B系測定系+PCSK9 C系測定系)にほぼ一致することが示された。すなわち、血清中PCSK9は、そのほとんどがヘテロダイマー型で存在しており、一部約1割が非へテロダイマー型として存在していることが示された(図9)。
【0100】
FH患者においては、A系測定系とB系測定系との相関がy=0.768x + 20.598、R2=0.515、A系測定系とC系測定系との相関がy=0.283x - 20.745、R2=0.207、A系測定系と(B系測定系+C系測定系)との相関がy=1.051x - 0.147、R2=0.942であった。FH患者においては、A系測定系と(B系測定系+C系測定系)との相関は健常者と同様であるが、A系測定系とB系測定系あるいはC系測定系との相関が健常者とは異なり、相関が悪いことが示された。つまりFH患者においては、血清総PCSK9量は健常者より高く、またB系測定系あるいはC系測定系の比率が大きく異なることによることが大きい、すなわちヘテロダイマー型PCSK9が減少し、逆に非へテロダイマー型が増加していることによることが示された。
【0101】
また、ヘテロダイマーと非ヘテロダイマーの存在比にばらつきがあるもののA系とB系+C系は良い正相関を示すことから、B系、C系がそれぞれ血清中のヘテロダイマー、非ヘテロダイマーを正しく定量していることが示された(図10)。
【0102】
さらに、A系測定系とB系測定系との比(A系/B系比)は健常者が1.05 ± 0.08、FH患者が1.88 ± 3.88で、同様に(B系測定系+C系測定系)とB系測定系との比((B系+C系)/B系比)は健常者が1.12 ± 0.02、FH患者が1.84 ± 3.39であり、両者ともFH患者は健常者に比して有意に(P < 0.0001)高値であることが示された。また、A系測定系とC系測定系との比(A系/C系比)は健常者が9.39 ± 1.55、FH患者が6.73 ± 3.21で、同様に(B系測定系+C系測定系)とC系測定系との比((B系+C系)/C系比)は健常者が10.08 ± 1.93、FH患者が7.18 ± 3.62であり、両者ともFH患者は健常者に比して有意に(P < 0.0001)低値であることが示された。B系/C系比は健常者が9.08 ± 1.93、FH患者が6.18 ± 3.65であり、FH患者は健常者に比して有意に(P < 0.0001)低値であることが示された(表2)。
【0103】
これらの結果は、FH患者においてはB系測定系によるPCSK9(へテロダイマー型PCSK9)量が健常者より高く、C系測定系によるPCSK9(非へテロダイマー型PCSK9)量が高く、かつヘテロダイマー型PCSK9が低いことを示しており、これらの比によりFHを鑑別可能であることが示された。
【0104】
【表2】

【0105】
(3)ヒト血清中PCSK9の免疫沈降
非ヘテロダイマー型PCSK9特異的な抗PCSK9抗体B1Gを用いて血清PCSK9分子を免疫沈降により検討した。上述のごとく、FH患者血清100μLに対して抗PCSK9抗体B1Gを反応し、免疫沈降を行った。
【0106】
その結果、非ヘテロダイマー型PCSK9量が高い血清サンプル(サンプル番号1〜4)において、Furin切断rhPCSK9と同様に53kDaのバンドが検出された。
【0107】
5.PCSK9と動脈硬化症との関連
血清PCSK9量と動脈硬化症との関連を148名のFH患者について、血清脂質パラメーター[総コレステロール(TC)、中性脂肪(TG)、HDLコレステロール(HDLC)、LDLコレステロール(LDLC)、レムナントコレステロール(RLP−C)、Lp(a)、アポリポタンパク質A−I(Apo A−I)、アポリポタンパク質B(Apo B)、アポリポタンパク質E(Apo E)]、空腹時血糖(FBS)、空腹時インスリン、ヘモグロビンA1c(HbA1c)、高感度CRP(hsCRP)、頚動脈肥厚度(IMT)max−IMTR・max−IMTL・mean−IMTR・mean−IMTL、アキレス腱黄色腫(Ach R、Ach L)、肝・腎機能(ALT、AST、γ−GTP、CPK、Cr)、拡張期血圧(SBP)、収縮期血圧(DBP)、及び脈拍数との相関を検討した。
【0108】
その結果、PCSK9 A系測定系(へテロダイマー型PCSK9と非へテロダイマー型PCSK9との総和)は、TG(r=0.201、p=0.0332)、Lp(a)(r=0.253、p=0.0087)、max−IMTR(r=0.234、p=0.0339)、max−IMTL(r=0.327、p=0.0029)、mean−IMTR(r=0.325、p=0.0033)、アキレス腱黄色腫R(r=0.300、p=0.0070)、アキレス腱黄色腫L(r=0.250、p=0.0242)、ALT(r=0.286、p=0.0025)、AST(r=0.214、p=0.0235)と有意に正相関を、PCSK9(A系測定系+B系測定系)(へテロダイマー型PCSK9と非へテロダイマー型PCSK9との総和)は、TG(r=0.200、p=0.0341)、max−IMTL(r=0.305、p=0.0055)、mean−IMTR(r=0.316、p=0.0042)、アキレス腱黄色腫R(r=0.282、p=0.0113)、アキレス腱黄色腫L(r=0.236、p=0.0340)、ALT(r=0.308、p=0.0011)、AST(r=0.239、p=0.0116)と有意に正相関を、PCSK9 B系測定系(へテロダイマー型PCSK9量)は、mean−IMTR(r=0.268、p=0.0161)、アキレス腱黄色腫R(r=0.300、p=0.0070)、アキレス腱黄色腫L(r=0.250、p=0.0242)、ALT(r=0.212、p=0.0246)と有意に正相関を、PCSK9 C系測定系(非へテロダイマー型PCSK9量)は、max−IMTL(r=0.255、p=0.0200)、mean−IMTR(r=0.421、p=0.0001)、CPK(r=0.200、p=0.0340)と有意に正相関を、HDLC(r=-213、p=0.0242)と有意に逆相関することが示された。すなわち、PCSK9量を測定することにより、FHの診断のみでなく、動脈硬化症との関連性を示すことが明らかとなった(表3)。
【0109】
【表3】

【0110】
以上より、本測定系(サンドイッチELISA法によるPCSK9分子形態特異的蛋白質量測定系)がヒト血中のPCSK9全量、ヘテロダイマー量、非ヘテロダイマー量、それぞれを定量出来ることが明らかになった。特に、健常者では非ヘテロダイマーが全PCSK9の約1割程度であるのに対し、FH患者では非ヘテロダイマーの割合が高くなるケースがあること、高値の非ヘテロダイマーが53kDa segmentに由来することが示され、本測定系がFHや動脈硬化の診断に有用であることが明らかとなった。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
血液検体中のヒトPCSK9を当該成分に対する抗体を用いて定量し、当該定量値に基づいて高コレステロール血症を検出する、高コレステロール血症の検出方法。
【請求項2】
ヒトPCSK9の定量は、ヘテロダイマーと非ヘテロダイマー双方のヒトPCSK9の定量ステップ(1)、ヘテロダイマーのヒトPCSK9の定量ステップ(2)、及び、非ヘテロダイマーのヒトPCSK9の定量ステップ(3)、からなる群から選ばれる1種又は2種以上の定量ステップにより行われる、請求項1に記載の高コレステロール血症の検出方法。
【請求項3】
前記のヘテロダイマーと非ヘテロダイマー双方のヒトPCSK9の定量ステップ(1)は、固相抗体と検出抗体として、共にヘテロダイマーのヒトPCSK9と非ヘテロダイマーのヒトPCSK9の双方に対して結合するモノクローナル抗体を用いたサンドイッチELISA法により行われる、請求項2に記載の高コレステロール血症の検出方法。
【請求項4】
前記のヘテロダイマーのヒトPCSK9の定量ステップ(2)は、(a)ヘテロダイマーのヒトPCSK9と非ヘテロダイマーのヒトPCSK9の双方に対して結合するモノクローナル抗体、及び、(b)ヘテロダイマーのヒトPCSK9に対して結合するが、非ヘテロダイマーのヒトPCSK9に対しては結合しないモノクローナル抗体、のいずれか一方を、相互に異なる固相抗体と検出抗体として用いるサンドイッチELISA法により行われる、請求項2に記載の高コレステロール血症の検出方法。
【請求項5】
前記の非ヘテロダイマーのヒトPCSK9の定量ステップ(3)は、(a)ヘテロダイマーのヒトPCSK9と非ヘテロダイマーのヒトPCSK9の双方に対して結合するモノクローナル抗体、及び、(b)非ヘテロダイマーのヒトPCSK9に対して結合するが、ヘテロダイマーのヒトPCSK9に対しては結合しないモノクローナル抗体、のいずれか一方を、相互に異なる固相抗体と検出抗体として用いるサンドイッチELISA法により行われる、請求項2に記載の高コレステロール血症の検出方法。
【請求項6】
家族性高コレステロール血症検出は、下記(A)、(B)、(C)、(D)、(E)、(F)、(G)、及び、(H)からなる群から選ばれる1種又は2種以上の指標により行われる、請求項2〜5のいずれかに記載の高コレステロール血症の検出方法。
(A)定量ステップ(1)における定量値が健常人よりも有意に大きい場合を高コレステロール血症として検出する指標である。
(B)定量ステップ(2)における定量値が健常人よりも有意に大きい場合を高コレステロール血症として検出する指標である。
(C)定量ステップ(3)における定量値が健常人よりも有意に大きい場合を高コレステロール血症として検出する指標である。
(D)定量ステップ(1)における定量値/定量ステップ(2)による定量値、であって、当該定量値が健常人よりも有意に大きい場合を高コレステロール血症として検出する指標である。
(E)定量ステップ(1)における定量値/定量ステップ(3)による定量値、であって、当該定量値が健常人よりも有意に小さい場合を高コレステロール血症として検出する指標である。
(F)定量ステップ(2)と(3)における定量値の和/定量ステップ(2)における定量値、であって、当該定量値が健常人よりも有意に大きい場合を高コレステロール血症として検出する指標である。
(G)定量ステップ(2)と(3)における定量値の和/定量ステップ(3)における定量値、であって、当該定量値が健常人よりも有意に小さい場合を高コレステロール血症として検出する指標である。
(H)定量ステップ(2)における定量値/定量ステップ(3)による定量値、であって、当該定量値が健常人よりも有意に小さい場合を高コレステロール血症として検出する指標である。
【請求項7】
検出対象となる高コレステロール血症が家族性高コレステロール血症である、請求項1〜6のいずれかに記載の高コレステロール血症の検出方法。
【請求項8】
血液検体が血清である、請求項1〜7のいずれかに記載の高コレステロール血症の検出方法。
【請求項9】
血液検体中のヒトPCSK9を当該成分に対する抗体を用いて定量し、当該定量値を指標として動脈硬化を検出する、動脈硬化の検出方法。
【請求項10】
ヒトPCSK9の定量は、ヘテロダイマーと非ヘテロダイマー双方のヒトPCSK9の定量ステップ(1)、ヘテロダイマーのヒトPCSK9の定量ステップ(2)、及び、非ヘテロダイマーのヒトPCSK9の定量ステップ(3)、からなる群から選ばれる1種又は2種以上の定量ステップにより行われる、請求項8に記載の動脈硬化の検出方法。
【請求項11】
前記のヘテロダイマーと非ヘテロダイマー双方のヒトPCSK9の定量ステップ(1)は、固相抗体と検出抗体として、共にヘテロダイマーのヒトPCSK9と非ヘテロダイマーのヒトPCSK9の双方に対して結合するモノクローナル抗体を用いたサンドイッチELISA法により行われる、請求項9に記載の動脈硬化の検出方法。
【請求項12】
前記のヘテロダイマーのヒトPCSK9の定量ステップ(2)は、(a)ヘテロダイマーのヒトPCSK9と非ヘテロダイマーのヒトPCSK9の双方に対して結合するモノクローナル抗体、及び、(b)ヘテロダイマーのヒトPCSK9に対して結合するが、非ヘテロダイマーのヒトPCSK9に対しては結合しないモノクローナル抗体、のいずれか一方を、相互に異なる固相抗体と検出抗体として用いるサンドイッチELISA法により行われる、請求項9に記載の動脈硬化の検出方法。
【請求項13】
前記の非ヘテロダイマーのヒトPCSK9の定量ステップ(3)は、(a)ヘテロダイマーのヒトPCSK9と非ヘテロダイマーのヒトPCSK9の双方に対して結合するモノクローナル抗体、及び、(b)非ヘテロダイマーのヒトPCSK9に対して結合するが、ヘテロダイマーのヒトPCSK9に対しては結合しないモノクローナル抗体、のいずれか一方を、相互に異なる固相抗体と検出抗体として用いるサンドイッチELISA法により行われる、請求項9に記載の動脈硬化の検出方法。
【請求項14】
動脈硬化の検出は、下記(A)、(B)、(C)、及び、(D)からなる群から選ばれる1種又は2種以上の指標により行われる、請求項10〜13のいずれかに記載の検出方法。
(A)定量ステップ(1)における定量値が健常人よりも有意に大きい場合を動脈硬化として検出する指標である。
(B)定量ステップ(2)における定量値が健常人よりも有意に大きい場合を動脈硬化として検出する指標である。
(C)定量ステップ(3)における定量値が健常人よりも有意に大きい場合を動脈硬化として検出する指標である。
(D)定量ステップ(2)と(3)の定量値の和が健常人よりも有意に大きい場合を動脈硬化として検出する指標である。
【請求項15】
血液検体が血清である、請求項9〜14のいずれかに記載の動脈硬化の検出方法。
【請求項16】
非ヘテロダイマー型のヒトPCSK9に対して結合し、ヘテロダイマー型のヒトPCSK9には結合しない、モノクローナル抗体。

【図1】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図11】
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【公開番号】特開2012−237752(P2012−237752A)
【公開日】平成24年12月6日(2012.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2012−101871(P2012−101871)
【出願日】平成24年4月26日(2012.4.26)
【出願人】(591083336)株式会社ビー・エム・エル (31)
【出願人】(510094724)独立行政法人国立循環器病研究センター (52)
【Fターム(参考)】