説明

高トリグリセリド血症の成因となる新規リポタンパクリパーゼ(LPL)遺伝子欠失変異及びそれを利用した高トリグリセリド血症を診断するためのLPL変異検出キット

【課題】高トリグリセリド血症の成因解明と高トリグリセリド血症のテーラーメイド予防に有用なLPL遺伝子解析をより簡便に行うために、日本人におけるLPL遺伝子変異を集積するとともに、それら変異を標的とした遺伝子診断を行うのに必要な特異的診断キットを提供する。
【解決手段】日本人高トリグリセリド血症被検者AのLPL遺伝子中に新たな突然変異LPL遺伝子5′隣接領域からエキソン1を含み、イントロン1の一部にわたる約54kbの大きな欠失変異(正確にはNT_030737.9の配列の7594420から7648337までの53918塩基の欠失変異)を確認した。変異LPL遺伝子の塩基配列に基づいて、当該変異を検出するためプロープを提供し、また変異部分を含む塩基配列を増幅し変異を検出する簡便な原発性高トリグリセリド血症診断法、診断用キットを提供する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は高トリグリセリド血症の成因の診断に有用なリポタンパクリパーゼ遺伝子変異(LPL遺伝子の5′隣接領域とエキソン1と一部のイントロン1の欠失変異、正確にはNT_030737.9の配列の7594420から7648337までの53918塩基の欠失変異)に関するものである。更にこの変異を検出するための遺伝子診断試薬に関するものである。
【背景技術】
【0002】
リポタンパクリパーゼ(以下、LPLという)は、約60キロダルトンの糖タンパク質であり、腸管で生成されるカイロミクロンや、肝臓で生成される超低比重リポタンパク中のトリグリセリドを加水分解して、遊離脂肪酸を産生する酵素である。
【0003】
LPL蛋白をコードしている遺伝子であるLPL遺伝子の異常のホモ接合体(または複合型ヘテロ接合体)の患者は、高カイロミクロン血症をともなう1,000mg/dl以上の著しい高トリグリセリド血症(I型高脂血症)を呈し、急性膵炎が引き起こされ死に至る場合がある。よって、高カイロミクロン血症や膵炎を発症した場合の病因を明らかにすることは、その後の治療方針を決定するために重要である。
【0004】
LPL遺伝子欠損ヘテロ接合体の場合には、正常者にくらべLPL活性は約半分になるが、高インスリン血症にならず、飲酒癖のない健全な生活習慣をもっている場合には、高トリグリセリド血症(IV型高脂血症)を発症することはない。しかし、LPL遺伝子欠損ヘテロ接合体の遺伝背景を持っていて、飲酒癖や運動不足・肥満などの悪い生活習慣を伴うと、肝臓でのトリグリセリド合成が亢進し、LPL活性が正常者の半分のレベルでは血中のトリグリセリドを加水分解して正脂血状態を保つには不足であり、高トリグリセリド血症(IV型高脂血症)を発症する。これが続くと、低密度リポタンパク(LDL)の小型・高密度化を引き起こし、これは動脈硬化の危険因子となり、将来的に心疾患等の危険因子となる。高トリグリセリド血症の成因にはLPL遺伝子異常以外の遺伝因子や環境因子もかかわり、その成因はすべてが解明されているわけでない。高トリグリセリド血症になったときにその病因を明らかにすることは、その後の治療方針の決定や、患者がその治療を受け入れ、生活習慣の改善もふくめて、確実に実行するためには、たいへん重要である。
【0005】
将来的には、高トリグリセリド血症になる前に、たとえば、飲酒癖等、悪い生活習慣を身に付ける20歳以前に自分がLPL遺伝子異常ホモ接合体(または複合型ヘテロ接合体)あるいはヘテロ接合体であるか否かを知ることで、将来起こる可能性のある高トリグリセリド血症発症とそれに部分的に起因する動脈硬化、心疾患を予防できるようになるであろう。これは究極のテーラーメイド医療である。いったん身についた悪しき生活習慣を改善するよりは、最初からそのような生活習慣を身につけない方が容易であると考えられる。特に、女性の場合は、妊娠すればLPL遺伝子正常者でも高トリグリセリド血症になるのが普通なので、それ以前にあらかじめ自分のLPL遺伝子の状態を知っておくことは、妊娠中の栄養管理を厳密に行うことができ、それによって、高トリグリセリド血症に起因する膵炎の併発や流産を予防できる。
【0006】
ヒトのLPL遺伝子は第8染色体短腕(p22)に位置し、10個のエキソンからなり、約30kbの長さがある。
【0007】
LPL遺伝子の変異は日本人においてこれまでに25種程度が見いだされている。このうち日本以外でも見いだされているものは少数であり、人種の違いで、見いだされる変異の種類に違いがあることをしめす。日本人の高トリグリセリド血症の成因診断を簡便かつ正確に行うには、日本人でのLPL遺伝子変異をさらに集積することが重要である。
【非特許文献1】ヒトゲノムシーケンスNT_030737.9
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
高トリグリセリド血症の成因がLPL遺伝子異常によるものか否かを診断することは、高トリグリセリド血症の治療方針の決定に重要である。更に、将来的には高トリグリセリド血症のテーラーメイド予防として、本症を発症する前にLPL遺伝子診断がなされることが望ましい。しかし、遺伝子配列決定法等の通常の遺伝子解析方法は、一般的な診断に適用するには時間やコストがかかるため実用的とはいえず、より簡便な診断方法の開発が望まれている。
【0009】
従って、本発明の目的は、高トリグリセリド血症の成因解明と高トリグリセリド血症のテーラーメイド予防に有用なLPL遺伝子解析をより簡便に行うために、日本人において集積してきたLPL遺伝子変異を用いて、それら変異を標的とした遺伝子診断を行うことにより、LPL遺伝子診断を簡便化することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らはこれまで、日本人の高トリグリセリド血症者から20種類のLPL遺伝子変異を集積してきた。その他、日本の他施設でのみ見いだされている5種類のLPL遺伝子変異を含め、現在日本人でのLPL遺伝子変異は25種類が集積されている。ちなみにこれら変異があるとLPL酵素活性はゼロあるいはほぼゼロになる。
【0011】
本発明者らは上記目的を達成するために日本人の高トリグリセリド血症者におけるLPL遺伝子異常をさらに検索した結果、LPL遺伝子5′隣接領域からエキソン1を含み、イントロン1の一部にわたる約54kbの大きな欠失変異(正確にはNT_030737.9の配列の7594420から7648337までの53918塩基の欠失変異)を発見し、この事実に基づいて本発明を完成するに至った。このような広い範囲にわたる欠失変異はLPL遺伝子異常としては日本ではじめてのものである。
すなわち、本発明の第1は、本欠失変異の結果、隣接された配列で、配列番号1で表わされるDNA配列からなるポリヌクレオチド、または欠失変異によりつながった部分である1003番目から1022番目の塩基を含む部分配列またはその相補配列である。この欠失変異によりLPL遺伝子5′隣接領域からエキソン1とイントロン1の一部を失う結果となり、LPL遺伝子の翻訳開始コドンはエキソン1にあるため、LPL蛋白を全く合成できず、LPL活性を完全に失う。
【0012】
本欠失変異によりポリヌクレオチドの塩基配列に基づいて、当該部位の変異による高トリグリセリド血症の診断に有用なプローブやプライマー等を作成することが可能になる。
【0013】
本発明の第2は、配列番号1で表わされる配列、または欠失変異によりつながった部分である1003番目から1022番目の塩基を含む部分配列を増幅し検出するためのプライマーおよび変異検出試薬を含むことを特徴とする高トリグリセリド血症の病因を特定する診断キットである。
【0014】
本発明の高トリグリセリド血症の成因を特定する診断キットの好ましい実施形態の一つは、プライマーとして、配列番号2で表わされる塩基配列からなるオリゴヌクレオチドと、配列番号3で表わされる塩基配列からなるオリゴヌクレオチドを含むものである。
【発明の効果】
【0015】
以上説明したように、本発明によれば、LPL遺伝子の欠失突然変異による高トリグリセリド血症の診断に有用なポリヌクレオチドを提供できる。また、これらのポリヌクレオチドの塩基配列に基いて高トリグリセリド血症の診断に有用なプローブやプライマー等を容易に作成することが可能になり、上記LPL遺伝子の変異による高トリグリセリド血症の成因診断を簡単に行なうことができる診断キットを提供できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
LPL遺伝子の上記変異を調べる方法としては、DNA sequencing法、PCR(polymerase chain reaction)−RFLP(restriction fragment length polymorphism)法、SSCP法(single strand conformation polumorphism)、ECA(electrochemical array)法、Allele specific PCR法、TaqMan allelic discrimination法、Hybridization法(DNA microarray,DNA chip)、Mass spectrometry法、Denaturing HPLC法、Invader assay法等が挙げられるが、これらの方法に限定されるわけではなく、その他多くの方法が存在する。
【0017】
具体的な上記変異に的をしぼった遺伝子解析法は、PCR−RFLP法、ECA法、Allele specific PCR法、TaqMan allelic discrimination法、Hybridization法(DNA microarray,DNA chip)、Mass spectrometry法、Invader assay法、Nano−Invader assay法等が挙げられるが、これらの方法に限定されるわけではなく、その他多くの方法が存在する。
【0018】
本発明の高トリグリセリド血症の病因を特定する診断キット(以下、単に診断キットという)は、LPL遺伝子の本欠失変異の有無を判別するための診断キットであり、配列番号1で表わされる塩基配列あるいは、欠失変異によりつながった部分である配列番号1の1003番目から1022番目の塩基を含む部分配列を増幅し検出するためのプライマーを含む。上記プライマーとしては、配列番号2で表わされるプライマー(センスプライマー)と配列番号3で表わされるプライマー(アンチセンスプライマー)の組み合わせが挙げられる。
【0019】
配列番号2及び3で表わされるプライマーを用いて、高トリグリセリド血症被検者の血液などから常法により抽出したゲノムDNAを鋳型にPCR法を行なうと、欠失変異がない場合は、センスプライマーとアンチセンスプライマーの間の距離は54Kb以上のため、PCR産物は得られないが、本欠失変位が存在した場合、3494bpのPCR産物が得られる。PCR後、PCR反応物を電気泳動することによって、3494bpのPCR産物の有無がわかり、本欠失変位の有無が判定できる。
【実施例】
【0020】
以下、実施例を挙げて本発明を具体的に説明するが、本発明は、これらに限定されるものではない。なお、以下の実施例において、PCR用試薬(耐熱性DNAポリメラーゼ、dNTP、PCR用バッファー)はTAKARA社のものを用いた。
【0021】
高トリグリセリド血症を呈する被検者A(TG:779mg/dl、TC:280mg/dl)の末梢血(EDTA採血の試料、以下同じ)から、QIAamp DNA BLOOD KIT(QIAGEN社)によりゲノムDNAを抽出した。
【0022】
このゲノムを鋳型にPCR反応を行なった。PCR反応液の組成はつぎのとおりである。
耐熱性DNAポリメラーゼ LATaq(5units/μl) 0.1μl
PCR用バッファー2xGCI Buffer 5.0μl
dNTP Mixture(各2.5mM) 1.6μl
Template(Genomic DNA)50ng/μl 1.0μl
プライマー(配列番号2)(1pmol/μl) 1.0μl
プライマー(配列番号3)(1pmol/μl) 1.0μl
滅菌蒸留水で最終液量10μlにする。
【0023】
PCR反応条件は、94℃、0.5分60℃、1.0分68℃、5.0分このステップを35回繰り返した。その後、68℃、10.0分1回である。
【0024】
そして、PCR反応液を1%アガロース電気泳動すると図1に示されるように、被検者Aでは約3.5Kbのバンドが検出されたが、正常コントロールではバンドは検出されなかった。
【0025】
被験者Aで検出されたPCR産物を、TOPO XL PCR Cloning Kit(Invtrogen社)のベクターに直接TAクローニングし、塩基配列を決定した。
【0026】
その結果、被験者Aにおいて、配列番号1で表わされるように、LPL遺伝子5′隣接領域からエキソン1を含み、イントロン1の一部にわたる約54kbの大きな欠損変異(正確にはNT_030737.9の配列の7594420から7648337までの53918塩基の欠失変異)を確認した。
この変異は日本のみならず、世界でもはじめてのものである。本被験者Aはこの変異に関してヘテロ接合体であった。
【0027】
ちなみに本被験者Aはもう一方のアレルに既知変異である1塩基置換によるナンセンス変異を有しているため、LPL遺伝子産物を全く作らず、高トリグリセリド血症(とくに高カイロミクロン血症)を呈したものであった。
【産業上の利用可能性】
【0028】
本発明の新規LPL遺伝子変異は、LPL変異を簡便に検出する遺伝子診断チップ等の開発において重要なものである。日本人のLPL遺伝子変異の早期診断キットの開発においては、日本人から見いだされたすべてのLPL変異を検出できる遺伝子診断チップが必要である。我々は日本人に見いだされた25種類の変異の大半についてすでにインベーダー法による遺伝子診断システムを開発している。今回、新たに見いだされた変異を日本人のLPL遺伝子変異の診断キットの中に加えることで、変異検出力を高めることができる。本発明の変異検出法は、LPL遺伝子変異の診断キットの開発を念頭においている企業にとって有用なものであると考えられる。LPL遺伝子変異の診断が迅速に行えるようになると、高トリグリセリド血症の成因解明と治療方針の決定のみならず、生活習慣病予防のためのテーラーメイド医療にも貢献すると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】被験者Aと対照者のゲノムを鋳型にして、配列番号2と配列番号3で表わされるプライマーセットを用いて得られるPCR産物を1%アガロースゲル電気泳動した結果を示す図である。 1:サイズマーカー 2:正常コントロール 3:被験者A(本欠失変異と別の既知変異の複合型ヘテロ接合体者)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
欠失変異の結果、隣接された配列で、配列番号1で表わされるDNA配列からなるポリヌクレオチド、または配列番号1で表わされるDNA配列からなるポリヌクレオチドのうち、欠失変異の結果、隣接された配列の接合部分とその周辺の1003番目から1022番目の塩基を含む部分配列またはその相補配列。
【請求項2】
欠失変異の結果、隣接された接合部分とその周辺の、配列番号1で表わされるDNA配列の1003番目から1022番目の塩基を含むすべての配列またはその相補配列。
【請求項3】
ヒトリポタンパクリパーゼ遺伝子診断方法であって、検査対象からDNAを採取し、DNA標品を作製する工程、DNA標品中に請求項1あるいは請求項2に記載の塩基配列の存在の有無を検出する工程を含むことを特徴とする、ヒトリポタンパクリパーゼ遺伝子診断方法。
【請求項4】
請求項1の変異の有無を調べるために用いるPCRにおいて、プライマーとして使用する配列番号2と配列番号3表わされるDNA配列からなるポリヌクレオチド。
【請求項5】
請求項1あるいは請求項2の変異の有無を調べるために用いるPCRにおいて、プライマーとして使用する配列番号2と配列番号3以外の少なくとも15塩基以上のDNA配列からなるポリヌクレオチド。

【図1】
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【公開番号】特開2008−307036(P2008−307036A)
【公開日】平成20年12月25日(2008.12.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−181489(P2007−181489)
【出願日】平成19年6月12日(2007.6.12)
【出願人】(507232696)
【出願人】(507232700)
【Fターム(参考)】