説明

高トルク締結性能に優れた管状ねじ継手

【課題】有害な重金属を含んでおらず、耐焼付き性、気密性、防錆性に優れ、かつ大きなΔTを確保することができ、有害な重金属を含んでいない潤滑被膜を備えた、高トルクでの締付けでもショルダー部の降伏が起こりにくい管状ねじ継手の提供。
【解決手段】ねじ部とシール部4およびショルダー部5を含むねじ無し金属接触部とを含む接触表面をそれぞれ備えたピン1とボックス2とから構成される管状ねじ継手であって、ピンとボックスの少なくとも一方の部材の接触表面のショルダー部5を含む一部に第1の固体潤滑被膜10を有し、該少なくとも一方の部材の接触表面のうちの少なくとも該第1の固体潤滑被膜を有していない部分に粘稠液体潤滑被膜および第2の固体潤滑被膜から選ばれた別の潤滑被膜11を有し、前記第1の固体潤滑被膜の摩擦係数は前記別の潤滑被膜の摩擦係数より高く、前記第1の潤滑被膜と前記別の潤滑被膜の両方が存在する部分では、前記別の潤滑被膜が上に位置する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鋼管、特に油井管の接続に使用される管状ねじ継手と、その表面処理方法とに関する。本発明の管状ねじ継手は、油井管の締結の際にねじ継手に塗布されてきたコンパウンドグリスのようなグリス潤滑油を塗布せずに、優れた耐焼付き性を確実に発揮することができる。したがって、本発明の管状ねじ継手は、コンパウンドグリスに起因する地球環境及び人体への悪影響を避けることができる。また、高いトルクでの締結に際しても、降伏しにくいので、余裕を持って安定した金属−金属間シール部を実現できる。
【背景技術】
【0002】
原油やガス油の採掘のための油井掘削に用いるチュービングやケーシングといった油井管は、一般に管状ねじ継手を用いて接続(締結)される。油井の深さは、従来は2000〜3000mであったが、近年の海洋油田などの深油井では8000〜10000mにも達することがある。油井管の長さは典型的には十数メートルであり、内部を原油などの流体が流れるチュービングの周囲を複数のケーシングで包囲するので、ねじ継手で接続する油井管の本数は莫大な数に達する。
【0003】
油井管用の管状ねじ継手には、使用環境下で油井管及び継手自体の質量に起因する軸方向引張力といった荷重、内外面圧力などの複合した圧力、さらには地中の熱が作用するため、このような過酷な環境下においても破損することなく、気密性を保持することが要求される。
【0004】
油井管の締結に使用される典型的な管状ねじ継手(特殊ねじ継手とも呼ばれる)は、ピン−ボックス構造をとる。雄ねじを有する継手部材であるピンは典型的には油井管の両端部に形成され、この雄ねじに螺合する雌ねじを有する相手側の継手部材であるボックスは典型的には別部材であるカップリングの両側の内面に形成される。図1に示すように、ピンの雄ねじより先端側の端面付近の外周部と、ボックスの雌ねじの基部の内周面にはそれぞれシール部が、ピン先端の端面とボックスの対応する最奥部にはそれぞれショルダー部(トルクショルダーとも呼ばれる)が設けられる。シール部およびショルダー部は、管状ねじ継手のねじ無し金属接触部を構成し、このねじ無し金属接触部とねじ部とが管状ねじ継手の接触表面を構成する。下記特許文献1にこのような特殊ねじ継手の1例が示されている。
【0005】
この管状ねじ継手を締付けるには、油井管の一端(ピン)をカップリング(ボックス)に挿入し、ピンとボックスのショルダー部同士が当接して適正トルクで干渉しあうまで雄ねじと雌ねじとを締付ける。それにより、ピンとボックスのシール部同士が密着して金属−金属間シール部が形成され、ねじ継手の気密性が確保される。
【0006】
チュービングやケーシングの油井への降下作業時には、種々のトラブルにより、一度締結したねじ継手を緩め、それらの継手を一旦油井から引き上げた後、再度締結して降下させることがある。API(米国石油協会)は、チュービング継手においては10回の、ケーシング継手においては3回の、締付け(メイクアップ)及び緩め(ブレークアウト)を行っても、ゴーリングと呼ばれる焼付きの発生がなく、気密性が保持されるという意味での耐焼付き性を要求している。
【0007】
耐焼付き性と気密性の向上を図るために、締付けを行うごとに「コンパウンドグリス」と呼ばれる重金属粉を含有する粘稠な液状潤滑剤(グリス潤滑油)をねじ継手の接触表面に事前に塗布することが行われてきた。API規格BUL 5A2にそのようなコンパウンドグリスが規定されている。
【0008】
このコンパウンドグリスの保持性の向上や摺動性を改善する目的で、ねじ継手の接触表面に窒化処理、亜鉛系めっきや分散めっきを含む各種のめっき、リン酸塩化成処理といった多様な1層又は2層以上の表面処理を施すことがこれまでに提案されてきた。しかし、コンパウンドグリスの使用は、次に述べるように、環境や人体への悪影響が懸念される。
【0009】
コンパウンドグリスは亜鉛、鉛、銅などの重金属粉を多量に含有している。ねじ継手の締結時に、塗布されたグリスが洗い流されたり、外面にあふれ出したりして、特に鉛等の有害な重金属により、環境、特に海洋生物に悪影響を及ぼす可能性がある。また、コンパウンドグリスの塗布作業は作業環境および作業効率を悪化させ、人体への有害性も懸念される。
【0010】
北東大西洋の海洋汚染防止を目的とするオスパール(OSPAR)条約(オスロ・パリ条約)が1998年に発効したのを契機に、近年、地球規模での環境に対する厳しい規制が進み、コンパウンドグリスも一部地域では既にその使用が規制されている。したがって、ガス井や油井の掘削作業においては、環境や人体への悪影響を避けるために、コンパウンドグリスを使用せずに優れた耐焼付き性を発揮できるねじ継手が求められるようになってきた。
【0011】
コンパウンドグリスを塗布せずに油井管の締結に使用できるねじ継手として、本出願人は、特許文献2に粘稠液体又は半固体の潤滑被膜を形成した鋼管用ねじ継手を、また特許文献3に固体潤滑被膜を形成した鋼管用ねじ継手をそれぞれ提案した。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】特開平5−87275公報
【特許文献2】特開2002−173692号公報
【特許文献3】WO 2009/072486号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
図1に示すようなシール部とショルダー部とを備えた特殊ねじ継手では、締結時にピンとボックスのシール部が金属−金属間シール部を形成することによって気密性が確保される。
【0014】
この種のねじ継手の締結時のトルクチャート(縦軸:トルク、横軸:回転)を図2に示す。この図に示すように、回転とともに最初はピンとボックスのねじ部が接触してトルクはゆるやかに上昇する。その後、ピンとボックスのシール部が接触してトルクの上昇率が増大し、やがてピン先端のショルダー部とボックスのショルダー部とが当接して干渉し始めると(この干渉開始時のトルクをショルダリングトルク:Tsと称す)、トルクは急激に増大する。トルクが所定の締付けトルクに到達すると、締結が完了する。
【0015】
しかし、高深度で圧縮応力や曲げ応力がかかるような井戸で使用される特殊ねじ継手では、締結が緩まないように通常よりも高いトルクで締結されることがある。その場合、ピン端面のショルダー部とそれと接触するボックスのショルダー部とが降伏して(この降伏時のトルクを降伏トルク:Tyと称す)、図2に示すように、それらのショルダー部が塑性変形することがある。
【0016】
高いトルクで締結されるねじ継手では、Ty−Ts(=ΔT:トルクオンショルダー抵抗)が大きい方が有利となる。しかし、粘稠液体又は半固体の潤滑被膜を有する特許文献1及び2に記載の管状ねじ継手では、従来のコンパウンドグリスを塗布した場合に比べて、Tyが低くなり、その結果、ΔTが小さくなって、低い締結トルクでショルダー部が降伏してしまい、高いトルクでの締結ができないことがある。なお、図2における最適トルクとは、シール部において気密性確保に必要な干渉量が達成され、締付けを終了するのに最適のトルクを意味し、継手の内径サイズや継手の形式ごとに適正値が予め決められている。
【0017】
本発明は、有害な重金属を含んでおらず、耐焼付き性、気密性、防錆性に優れ、かつ大きなΔTを確保することができる潤滑被膜を備えた、高トルクでの締付けでもショルダー部の降伏が起こりにくい管状ねじ継手を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
潤滑被膜の組成を摩擦係数が増減するように変更しても、TsとTyは一般には同様の挙動をするため、ΔTは大きく変動しないことが分かっている。例えば、潤滑皮膜の摩擦係数が高くなると、Tyは高くなるが、Tsも高くなる(ハイショルダリングと称す)。その結果、最悪の場合には、所定の締結トルクでショルダー部が接触せずに締付けが完了しないノーショルダリングと称する事態が発生する。
【0019】
本発明者らは、地球環境に負荷を与える有害な重金属を含まない粘稠液体もしくは固体の潤滑被膜を有する管状ねじ継手において、ピンとボックスの少なくとも一方の部材の接触表面(ねじ部およびねじ無し金属接触部)の少なくとも一部、例えば最初に接触するショルダー部、望ましくはシール部およびショルダ部を含むねじ無し金属接触部の部分に、相対的に摩擦係数が高い高摩擦固体潤滑被膜を形成し、接触表面のそれ以外の部分、および/または相手側の部材の接触表面に粘稠液体潤滑被膜および固体潤滑被膜から選ばれたより摩擦係数の低い潤滑被膜を形成することにより、十分な耐焼付き性、気密性、防錆性を有しながら、大きなΔTを持ち、ノーショルダリングを起こす危険性がない管状ねじ継手が得られることを見出した。
【0020】
この高摩擦固体潤滑被膜の作用機構は概ね以下のようなものと考えられる。
管状ねじ継手の締結(メイクアップ)は、ピンをボックスに挿入した後、ピンまたはボックスを回転させることにより行われる。当初はねじ部だけが接触してねじが螺合し、締結の最終段階でシール部およびショルダー部が接触し始め、シール部およびショルダー部に所定の干渉量が得られると締結は完了する。
【0021】
本発明に係る管状ねじ継手、例えば、図5(A)に示すように、ピンおよびボックスの両部材の接触表面のうち、シール部とショルダー部に高摩擦固体潤滑被膜を有し、それ以外の部分(主にねじ部)に摩擦係数がより低い潤滑被膜を有する管状ねじ継手では、シール部およびショルダー部の接触が起こるまでは、ねじ部を被覆する低摩擦係数の潤滑被膜によって低摩擦状態となるためTsは低くなる。締結の最終段階でシール部とショルダー部の接触が始まると、この部分を被覆する高摩擦固体潤滑被膜が接触することで高摩擦状態となり、Tyが高くなる。この結果、ΔTが大きくなる。
【0022】
上記知見に基づく本発明は、ねじ部とシール部およびショルダー部を含むねじ無し金属接触部とを含む接触表面をそれぞれ備えたピンとボックスとから構成される管状ねじ継手であって、ピンとボックスの少なくとも一方の部材の接触表面のショルダー部を含む一部に第1の固体潤滑被膜を有し、該少なくとも一方の部材の接触表面のうちの少なくとも該第1の固体潤滑被膜を有していない部分に粘稠液体潤滑被膜および第2の固体潤滑被膜から選ばれた別の潤滑被膜を有し、前記第1の固体潤滑被膜の摩擦係数は前記別の潤滑被膜の摩擦係数より高く、前記第1の潤滑被膜と前記別の潤滑被膜の両方が存在する部分では、前記別の潤滑被膜が上に位置することを特徴とする管状ねじ継手である。
【0023】
前記第1の固体潤滑被膜を有する接触表面の一部は、ショルダー部だけであってもよいが、好ましくはねじ無し金属接触部の全体、すなわち、シール部およびショルダー部である。
【0024】
前記粘稠液体潤滑被膜および第2の固体潤滑被膜から選ばれた別の潤滑被膜は、接触表面のうち、前記第1の固体潤滑被膜を有していない部分だけに設けてもよく、あるいは前記第1の固体潤滑被膜を有する接触表面の全体に設けてもよい。後者の場合、別の潤滑被膜は前記第1の固体潤滑被膜の上に位置する。
【0025】
各被膜の好ましい膜厚は次の通りである:
第1の固体潤滑被膜の膜厚は5〜40μm;
粘稠液体潤滑被膜の膜厚は5〜200μm、ただしこの粘稠液体潤滑被膜が前記第1の固体潤滑被膜の上に位置する場合には、第1の固体潤滑被膜の膜厚と粘稠液体潤滑被膜の膜厚との合計が200μm以下;
第2の固体潤滑被膜の膜厚は5〜150μm、ただしこの第2の固体潤滑被膜が前記第1の固体潤滑被膜の上に位置する場合には、第1の固体潤滑被膜の膜厚と第2の固体潤滑被膜の膜厚との合計が150μm以下。
【0026】
ピンとボックスの一方の部材の接触表面だけが上述した第1の固体潤滑被膜と別の潤滑被膜とを有する場合、他方の部材の接触表面については、特に制限されず、未処理のまま(例、後述する下地処理のまま)であってもよい。しかし、好ましくは、他方の部材の接触表面の少なくとも一部、好ましくは全面に次のいずれかの表面処理被膜を形成する:
1)粘稠液体潤滑被膜および固体潤滑被膜から選ばれた潤滑被膜;
2)固体防食被膜;
3)下層の粘稠液体潤滑被膜および固体潤滑被膜から選ばれた潤滑被膜と、上層の固体防食被膜。
【0027】
上記固体防食被膜は、好ましくは紫外線硬化樹脂を主成分とする被膜である。上記潤滑被膜は、前述した第1の固体潤滑被膜と第2の固体潤滑被膜のいずれであってもよい。
ピンとボックスの少なくとも一方、好ましくは両方の接触表面は、その上に形成する被膜の密着性または保持性を高めるか、および/またはねじ継手の耐焼付き性を高めるためにために、ブラスト処理、酸洗、リン酸塩化成処理、蓚酸塩化成処理、硼酸塩化成処理、電気めっき、および衝撃めっき、およびそれらの2種以上から選ばれた方法により、予め表面処理することができる。
【発明の効果】
【0028】
本発明に係る管状ねじ継手は、その接触表面に形成された表面処理被膜が、有害な重金属を含有する従来のコンパウンドグリスなどのグリス潤滑油の塗膜と同様の大きなΔTを示すため、高いトルクでの締結時でも、ショルダー部での降伏や焼付きを起こすことなく締結作業を行うことが可能である。また、海洋での不安定な掘削作業のような過酷な条件においても焼付きを抑制することができる。また、前記表面処理被膜は、鉛等の有害な重金属を実質的に含まないため、地球環境への負荷がほとんどない。本発明に係る管状ねじ継手は、錆の発生が抑制され、締付けと緩めを繰り返しても潤滑機能を持続して発揮し、締付け後は気密性を確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0029】
【図1】特殊ねじ継手のねじ無し金属接触部(ショルダー部およびシール部)を模式的に示す。
【図2】特殊ねじ継手の締結時の典型的なトルクチャートである。
【図3】鋼管出荷時の鋼管とカップリングの組み立て構成を模式的に示す。
【図4】特殊ねじ継手の断面を模式的に示す。
【図5】図5(A)〜(C)は本発明に係る管状ねじ継手の被膜構成例を示す。
【図6】図6(A)〜(C)は本発明に係る管状ねじ継手の別の被膜構成例を示す。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下に、本発明に係る管状ねじ継手の実施態様について例示を目的として詳しく説明する。
図3は、典型的な管状ねじ継手の出荷時の状態を模式的に示す。鋼管Aの両端には外面に雄ねじ部3aを有するピン1が形成され、カップリングBの両側には、内面に雌ねじ部3bを有するボックス2が形成されている。鋼管Aの一端には予めカップリングBが締付けられている。図示していないが、締付けられていない方の鋼管AのピンとカップリングBのボックスには、それぞれのねじ部の保護のためのプロテクターが出荷前に装着され、これらのプロテクターはねじ継手の使用前に取り外される。
【0031】
典型的な管状ねじ継手では、図示のように、ピンは鋼管の両端の外面に、ボックスは別部品であるカップリングの内面に形成される。カップリングを利用せず、鋼管の一端をピン、他端をボックスとした、インテグラル方式の管状ねじ継手もある。本発明の管状ねじ継手はいずれの方式にも適用可能である。
【0032】
図4は、油井管の締結に使用される代表的な管状ねじ継手である特殊ねじ継手(以下、単に「ねじ継手」ともいう)の構成を模式的に示す。このねじ継手は、鋼管Aの端部の外面に形成されたピン1と、カップリングBの内面に形成されたボックス2とから構成される。ピン1は雄ねじ部3aと、鋼管先端付近に位置するシール部4aと端面のショルダー部5aとを備える。これに対応して、ボックス2は、雌ねじ部3bと、その内側のシール部4bとショルダー部5bとを備える。
【0033】
ピン1及びボックス2のそれぞれにおいて、シール部およびショルダー部がねじ無し金属接触部であり、このねじ無し金属接触部(すなわち、シール部およびショルダー部)とねじ部とがねじ継手の接触表面である。これらの接触表面には、耐焼付き性、気密性、防錆性が要求される。従来は、そのために、重金属粉を含有するコンパウンドグリスを塗布するか、或いは接触表面に粘稠液体、半固体、固体の潤滑被膜を形成していた。しかし、前述したように、前者は人体や環境への悪影響、後者には高いトルクで締結するとΔTが低いために締結前にショルダー部が降伏してしまう可能性、という問題を抱えていた。
【0034】
本発明に係るねじ継手は、ピンとボックスの少なくとも一方の部材の少なくともショルダー部を含む接触表面の一部に第1の固体潤滑被膜を有し、前記第1の固体潤滑被膜を有する部材の接触表面のうちの少なくとも該第1の固体潤滑被膜を有していない部分に粘稠液体潤滑被膜および第2の固体潤滑被膜から選ばれた別の潤滑被膜を有し、前記第1の固体潤滑被膜は、その摩擦係数が前記粘稠液体潤滑被膜および第2の固体潤滑被膜から選ばれた別の潤滑被膜の摩擦係数より高い、相対的に高摩擦性の被膜である。
【0035】
以下では、第1の固体潤滑被膜を「高摩擦固体潤滑被膜」、粘稠液体潤滑被膜および第2の固体潤滑被膜から選ばれた潤滑被膜を「別の潤滑被膜」という。
ただし、ねじ継手のねじ部とシール部との間のねじ部に近い個所には、ねじ継手を締付けたときにはみ出た潤滑成分を逃がす目的で、ねじ継手の締結状態でもピンとボックスが互いに接触しない部分が設けられている。また、一部のねじ継手では、意図的にピンとボックスとが接触しない非接触領域を設けることもある。そのような、ねじ継手の締結状態でピンとボックスとが互いに接触しない部分は、接触表面から除外され、本発明に係る被膜を施しても、施さなくてもよい。
【0036】
高摩擦固体潤滑被膜は、ピンとボックスの両方または一方の部材の接触表面のショルダー部を含む一部だけに形成する。高摩擦固体潤滑被膜を有する接触表面の一部は、ショルダー部だけであってもよいが、好ましくはシール部およびショルダー部を含むねじ無し金属接触部全体である。すなわち、接触表面のうち、シール部およびショルダー部に高摩擦固体潤滑被膜を形成する。そして、接触表面の少なくとも高摩擦固体潤滑被膜を有していない部分には、粘稠液体潤滑被膜および第2の固体潤滑被膜から選ばれた別の潤滑被膜を形成する。この別の潤滑被膜は、接触表面の全体に形成してもよく、その場合には、別の潤滑被膜が高摩擦固体被膜の上に位置する(即ち、上層となる)ようにする。別の潤滑被膜は、高摩擦固体被膜が形成されていない部分(例、ねじ部)だけに形成してもよい。
【0037】
ピンおよびボックスの一方の部材の接触表面の一部が高摩擦固体潤滑被膜を有する場合、他方の部材の接触表面の表面処理は特に制限されない。例えば、一方の部材の接触表面に形成した別の潤滑被膜に用いたのと同じまたは別の種類の粘稠液体潤滑被膜もしくは固体潤滑被膜、高摩擦固体潤滑被膜、固体防食被膜、下層の潤滑被膜、特に粘稠液体潤滑被膜と上層の固体防食被膜との組み合わせ、から選ばれた被膜を前記他方の部材の接触表面の少なくとも一部、好ましくは全面に形成することができる。あるいは,他方の部材の接触表面は、未処理のまま、または後述する粗面化のための下地処理(例、リン酸塩化成処理)だけを施した表面とすることもできる。
【0038】
図5(A)〜(C)および図6(A)〜(B)に可能な各種の形態を示す。これらの図において、ピン1のねじ部に形成された雄ねじのうち、シール部に隣接する最先端のねじ山3a’は、ねじの切り始めにみられる不完全ねじの形状で示されている。ピンの最先端のねじ山を不完全ねじ山とすることにより、ピンの挿入が容易となり、ピン挿入時にボックスのねじ部を傷つける可能性が低減する。
【0039】
図5(A)は、ピンとボックスの両方の接触表面のねじ無し金属接触部(シール部およびショルダー部)が高摩擦固体潤滑被膜10を有し、主としてねじ部である接触表面の残りの部分は別の潤滑被膜11を有する形態を示す。
【0040】
図5(B)は、ピンとボックスの両方の接触表面のねじ無し金属接触部が高摩擦固体潤滑被膜10を有し、この高摩擦固体潤滑被膜10の上に、接触表面の全体を被覆する別の潤滑被膜11が形成されている形態を示す。
【0041】
図5(C)は、ピンとボックスの一方の部材(図ではピン)が、図5(B)と同様に、ねじ無し金属接触部を被覆する高摩擦固体潤滑被膜10とその上に形成された、接触表面の全体を被覆する別の潤滑被膜11とを有し、他方の部材(図ではボックス)は、接触表面の全体が別の潤滑被膜11で被覆されている形態を示す。
【0042】
図6(A)は、ピンとボックスの一方の部材(図ではピン)が、図5(A)と同様に、ねじ無し金属接触部を被覆する高摩擦固体潤滑被膜10と、接触表面の残りの部分を被覆する別の潤滑被膜11とを有し、他方の部材(図ではボックス)の接触表面は全体が別の潤滑被膜11で被覆されている形態を示す。
【0043】
図6(B)は、ピンとボックスの一方の部材(図ではボックス)が、図5(A)と同様に、ねじ無し金属接触部を被覆する高摩擦固体潤滑被膜10と、接触表面の残りの部分を被覆する別の潤滑被膜11とを有し、他方の部材(図ではピン)の接触表面は全体が固体防食被膜12で被覆されている形態を示す。
【0044】
図6(C)は、ピンとボックスの一方の部材(図ではピン)が、図5(B)と同様に、ねじ無し金属接触部を被覆する高摩擦固体潤滑被膜10とその上に形成された、接触表面の全体を被覆する別の潤滑被膜11とを有し、他方の部材(図ではボックス)は、接触表面の全体が高摩擦固体潤滑被膜10で被覆されている形態を示す。
【0045】
本発明に係る管状ねじ継手は、以上に示されていない組み合わせの被膜構成をとりうることは当業者には理解されよう。例えば、図5(A)におけるピンまたはボックスの一方または図6(A)におけるピンの別の潤滑被膜11を固体防食被膜に変更することもできる。この場合、一方の部材のみに存在することになる別の潤滑被膜11は、図6(B)に示すように、少なくともねじ部を含む高摩擦固体潤滑被膜が形成されていない部分を被覆する。
【0046】
次に本発明に係る管状ねじ継手の接触表面を被覆する各種の被膜について説明する。被膜中の各成分の含有量に関する%は、特に指定しないかぎり質量%である。この含有量は潤滑被膜を形成するための組成物中における全固形分(不揮発性成分の合計量)に基づく含有量と実質的に等しい。
【0047】
[高摩擦固体潤滑被膜]
高摩擦固体潤滑被膜とは、摩擦係数が比較的高い固体潤滑被膜であり、ねじ継手の締付けの最終段階(ピンとボックスのショルダー部が当接し始め、シール部が所定の干渉量で密着するまで)で高摩擦状態を生じさせてTyを高めることによりΔTを大きくし、高トルクでの締付けでもショルダー部の降伏を起こりにくくする。
【0048】
本発明では、このような作用を有する高摩擦固体潤滑被膜を、ピンおよびボックスの少なくとも一方の部材の少なくともショルダー部を含む接触表面の一部を被覆するように設ける。好ましくは、シール部とショルダー部とを含むねじ無し金属接触部の全面を高摩擦固体潤滑被膜で被覆する。ねじ継手が複数のシール部およびショルダー部を有する場合には、それらの全面を高摩擦固体潤滑被膜で被覆することが好ましい。しかし、ねじ継手の締付け最終段階で最初に接触が起こるショルダー部だけを高摩擦固体潤滑被膜で被覆しても、ΔT増大の目的は達成できる。継手の形状、要求される性能に応じて、高摩擦固体潤滑被膜を形成する部位を適宜選定すればよい。
【0049】
図5(B)のピン1とボックス2、図5(C)のピン1に示すように、高摩擦固体潤滑被膜10の上に別の潤滑被膜11を形成する場合でも、締結の最終段階で高摩擦固体潤滑被膜10により高摩擦状態となり、ΔTが大きくなるという所期の効果を得ることができる。高摩擦固体潤滑被膜は、その摩擦係数が別の潤滑被膜11の摩擦係数よりも高いことが必要である。また、その下地(ピンまたはボックスの接触表面、この接触表面は、機械加工のままでも、燐酸塩化成処理や金属めっきなどの下地処理被膜を有していてもよい)との密着性もある程度必要である。
【0050】
本発明で使用するのに適した高摩擦固体潤滑被膜の例としては、固体潤滑粒子を含有しないか少量(例、全固形分に基づいて5質量%以下、好ましくは3質量%以下、より好ましくは1質量%以下)しか含有しない有機樹脂または無機高分子化合物からなる被膜である。
【0051】
特に好ましいのは、鋼材のハイドロフォーミング用潤滑処理材として使用されている皮膜形成性組成物から形成される固体潤滑被膜である。具体例としては、日本ペイント製のサーフリューベC291(水溶性樹脂)、Chemetall社製Gardolube L6334およびL6337が挙げられる。この種の組成物から形成された固体潤滑被膜は、ねじ継手の潤滑に使用される潤滑被膜(例えば、本発明で用いる粘稠液体潤滑被膜および第2の固体潤滑被膜から選ばれた潤滑被膜)に比べて摩擦係数が高く、密着性や潤滑被膜との親和性がよい固体潤滑被膜を形成する。しかし、形成された固体潤滑被膜は、なお良好な潤滑性および滑り性を有するため、例えば、図5(A)および図6(B)に示すように、ショルダー部を含むねじ無し金属接触部に摩擦係数の低い別の潤滑被膜が存在していなくても、ピンまたはボックスの少なくとも一方のねじ部に別の潤滑被膜が存在していれば、締付けに必要な耐焼付き性と締付け後の気密性は十分に得られる。
【0052】
別の使用可能な高摩擦固体潤滑被膜は、後述する第2の固体潤滑被膜と同様の成分からなる被膜であって、ただし固体潤滑剤(潤滑性粉末)の含有量を低減させた被膜である。
固体潤滑被膜および粘稠液体潤滑被膜の摩擦係数は、例えば、ファレックス試験機(FALEX Pin & Vee Block Machine)を用いたFALEX Pin & Vee Block法(以下、ファレックス法という)により、ASTM D2625(固体潤滑被膜の耐荷重性と寿命)またはASTM D2670(液体潤滑被膜の磨耗特性)に準拠して測定することができる。ファレックス法では、V型開先端部を有するブロック(Veeブロック)をピンの両側に対向させて配置し、ブロックに所定の加圧力を負荷しながらピンを回転させることにより摩擦係数を測定する。
【0053】
摩擦係数の測定は、使用する管状ねじ継手と同じ材質の鋼材ビレットから採取し、同じ下地処理および皮膜形成処理を施したブロックとピンとからなる試験片を用いて、管状ねじ継手締結時のシール部最大面圧に相当する1GPa程度の条件で行い、焼付き発生前の定常摩擦状態における平均摩擦係数で比較すれば良い。もちろん、実験室的に常用される他の摩擦試験装置を用いて測定した摩擦係数により本発明に係る高摩擦固体潤滑被膜を選択することもできる。どの測定法でも、同じ条件で測定して高摩擦固体潤滑被膜の摩擦係数が別の潤滑被膜の摩擦係数より高ければよい。
【0054】
本発明における高摩擦固体潤滑被膜は、別の潤滑被膜として用いる粘稠液体潤滑被膜もしくは第2の固体潤滑被膜より高い摩擦係数を有していればよいので、高摩擦固体潤滑被膜の摩擦係数の下限値は特に制限されない。しかし、Tyを高めてΔTを大きくするという目的を十分に達成するには、高摩擦固体潤滑被膜の摩擦係数が潤滑被膜も摩擦係数に対してある程度大きいことが望ましい。好ましい目安として、高摩擦固体潤滑被膜の摩擦係数が別の潤滑被膜の摩擦係数の1.5倍以上、より好ましくは2倍以上、最も好ましくは2.5倍以上である。
【0055】
高摩擦固体潤滑被膜の膜厚は好ましくは5〜40μmである。5μm未満では、接触時の高摩擦化効果や耐焼付き性能が不足することがある。一方、40μmを超えると、高摩擦化効果が飽和するだけでなくシール部の性能に悪影響が出ることがある。
【0056】
高摩擦固体潤滑被膜は当業者に周知の塗布法により形成することができる。刷毛塗りや浸漬塗布も可能であるが、好ましい塗布法はスプレー塗布である。ピンおよび/またはボックスの接触表面の一部、すなわち、ショルダー部のみまたはシール部およびショルダー部を含むねじ無し金属接触部、に高摩擦固体潤滑被膜を形成する場合には、高摩擦固体潤滑被膜を形成したくない部分を適宜の手段で遮蔽してスプレー塗布を行えばよい。塗布後に乾燥して、溶媒を蒸発させると、高摩擦固体潤滑被膜が形成される。
【0057】
[粘稠液体潤滑被膜]
粘稠液体潤滑被膜を形成するには、ねじ継手の接触表面に耐焼付き性改善のために従来から使用されてきたグリス潤滑油が使用できる。環境への悪影響が少ない、グリーンードープと呼ばれる、重金属粉を含有しないか、その含有量が少ないグリス潤滑油を使用することが好ましい。
【0058】
そのような粘稠液体潤滑被膜の好ましい1例は、松脂系物質、ワックス、金属石鹸、および塩基性芳香族有機酸金属塩から選ばれた1種以上と適量の基油とからなる被膜である。これらの成分のうち、松脂系物質は、主に潤滑被膜の摩擦係数増加すなわちΔTの増大に有効であり、ワックス、金属石鹸、及び芳香族塩基性有機酸金属塩は、主に潤滑被膜の焼付き防止に有効である。そのため、鉛、亜鉛といった軟質重金属の粉末を含有しなくても被膜は十分な潤滑性能を発揮することができる。
【0059】
松脂系物質は松脂及びその誘導体から選ばれ、潤滑被膜中に含有させた場合に摩擦面内で高い面圧を受け、高粘度化することにより、被膜のΔTを大きくするのに有効である。松脂としては、トールロジン、ガムロジン、ウッドロジンのいずれも使用可能であり、ロジンエステル、水素化ロジン、重合ロジン、不均化ロジンといった各種のロジン誘導体も使用できる。松脂系物質の潤滑被膜中の含有量は好ましくは5〜30%、より好ましくは5〜20%である。
【0060】
ワックスは、被膜の摩擦軽減による焼付き防止効果だけでなく、被膜の流動性を低下させて、被膜強度を高めるのにも役立つ。動物性、植物性、鉱物性及び合成ワックスのいずれも使用できる。使用可能なワックスとしては、蜜蝋、鯨蝋(以上、動物性)、木蝋、カルナバワックス、キャンデリラワックス、ライスワックス(以上、植物性)、パラフィンワックス、マイクロクリスタリンワックス、ペトロラタム、モンタンワックス、オゾケライト、セレシン(以上、鉱物性)、酸化ワックス、ポリエチレンワックス、フィッシャー・トロプッシュワックス、アミドワックス、硬化ひまし油(カスターワックス)(以上、合成ワックス)などがある。なかでも、分子量150〜500のパラフィンワックスが好ましい。潤滑被膜中のワックスの含有量は、好ましくは2〜20%である。
【0061】
脂肪酸のアルカリ金属以外の金属との塩である金属石鹸は、被膜の焼付き防止効果と防錆効果とを高めるのに有効である。含有量は好ましくは2〜20%である。
金属石鹸の脂肪酸は、炭素数12〜30のものが、潤滑性や防錆性の観点から好ましい。脂肪酸は飽和と不飽和のいずれでもよく、また牛脂、ラード、羊毛脂、パーム油、菜種油及び椰子油などの天然油脂由来の混合脂肪酸、ならびにラウリン酸、トリデシル酸、ミリスチン酸、パルミチン酸、ラノパルミチン酸、ステアリン酸、イソステアリン酸、オレイン酸、エライジン酸、アラキン酸、ベヘン酸、エルカ酸、リグノセリン酸、ラノセリン酸、スルホン酸、サリチル酸、カルボン酸などの単一化合物のいずれでもよい。金属塩の形としてはカルシウム塩が好適であるが、他のアルカリ土類金属塩や亜鉛塩も使用できる。塩は、中性塩と塩基性塩のいずれでもよい。
【0062】
高温での流動性を抑え、耐焼付き性をより一層向上させるため、潤滑性粉末を潤滑被膜中に含有させてもよい。潤滑性粉末は、毒性のない無害なもので、極端に摩擦係数を低下させないものであれば使用できる。好ましい潤滑性粉末は、黒鉛である。摩擦係数の低下の少ない土状黒鉛がさらに好ましい。潤滑性粉末の含有量は好ましくは0.5〜20%である。
【0063】
粘着液状潤滑被膜は、防錆剤として、塩基性スルホネート、塩基性サリシレート、塩基性フェネート、および塩基性カルボキシレートから選ばれた塩基性芳香族有機酸塩を含有していてもよい。これらの塩基性芳香族有機酸塩は、いずれも芳香族有機酸と過剰のアルカリ(アルカリ金属又はアルカリ土類金属)とから構成される塩であり、油中にアルカリの過剰分がコロイド状微粒子の金属塩として分散した、常温でグリス状ないし半固体の物質であり、防錆作用のほかに、潤滑効果も発揮しうる。塩基性芳香族有機酸塩のカチオン部分を構成するアルカリは、アルカリ金属又はアルカリ土類金属でよいが、好ましくはアルカリ土類金属、特にカルシウム、バリウム、又はマグネシウムであり、いずれを用いても同様の効果を得ることができる。
【0064】
防錆剤である塩基性芳香族有機酸塩は、その塩基価が高いほど、固形潤滑剤として機能する微粒子金属塩の量が増し、潤滑被膜により高い潤滑性(耐焼付き性)を付与することができる。また、塩基性がある程度以上に高いと、酸成分を中和する作用があるため、潤滑被膜の防錆力も高まる。これらの理由から、塩基価(JIS K2501)が50〜500mgKOH/gのものを使用するのがよい。好ましい塩基価は100〜500mgKOH/gであり、さらに好ましい塩基価は250〜450mgKOH/gである。
【0065】
潤滑被膜中の潤滑性粉末の均一分散性を高めるため、あるいは潤滑被膜の特性や性状を改善するため、潤滑被膜は上記以外の他の成分、例えば、有機樹脂、ならびに潤滑油に慣用されている各種の及び添加剤(例えば、極圧剤)から選んだ1種又は2種以上の成分を配合することができる。油剤とは、潤滑油に使用されうる室温で液状の潤滑成分を意味し、それ自体が潤滑性を有する。使用可能な油剤の例は、合成エステル、天然油脂、鉱油などである。上記の防錆剤(塩基性芳香族有機酸塩)も潤滑性能を有するので、油剤としても機能する。油剤の量によって、潤滑被膜の性状が変化する。油剤を含有しないか、その量が少ないと、潤滑被膜は粘稠液体潤滑被膜とはならず、固体潤滑被膜となる。本発明では、そのような潤滑被膜も固体潤滑被膜として使用できる。
【0066】
有機樹脂、特に熱可塑性樹脂は、潤滑被膜のべとつきを抑制し、膜厚を増大させるとともに、摩擦界面に導入された場合に耐焼付き性を高めたり、金属部同士が接触する際に高い締付けトルク(高面圧)を受けても摩擦を軽減する機能があるので、潤滑被膜中に含有させてもよい。
【0067】
熱可塑性樹脂としては、ポリエチレン樹脂、ポリプロピレン樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリアクリル酸メチル樹脂、スチレン/アクリル酸エステル共重合樹脂、ポリアミド樹脂ポリブデン(ポリブチレン)樹脂などが挙げられ、これら同士又はこれらと他の熱可塑性樹脂との共重合体もしくはブレンドも使用できる。熱可塑性樹脂は密度(JIS K7112)が0.9〜1.2の範囲であるものが好ましい。また、摩擦面で容易に変形して潤滑性を発揮させる必要から、熱変形温度(JIS K7206)が50〜150℃であるものが好ましい。高面圧かでの粘性の高いポリブデン樹脂が好ましい。
【0068】
熱可塑性樹脂は、潤滑被膜中に粒子形態で存在させると、摩擦界面に導入された時に固体潤滑剤に似た潤滑作用を発揮し、耐焼付き性の向上に特に有効である。そのため、熱可塑性樹脂は、粉末、特に球形粒子状の粉末、の形態で潤滑被膜中に存在させることが好ましい。その場合、潤滑被膜を形成するための組成物が有機溶剤を含有するなら、その溶剤には溶解しない熱可塑性樹脂を選択する。熱可塑性樹脂の粉末は、溶剤に分散又は懸濁すればよく、溶剤中で膨潤してもかまわない。
【0069】
熱可塑性樹脂の粉末の粒子径は、微粒子の方が、上記の膜厚を増す目的と耐焼付き性を高める目的の両方に好都合である。しかし、粒子径が0.05μmより小さいと、塗布用組成物のゲル化が著しくなって、均一厚さの被膜を形成し難くなる。また、粒子径が30μmを超えると、摩擦界面に導入され難くなる上、塗布用組成物中で沈殿や浮上分離を起こしやすくなり、均質な被膜を形成することができ難くなる。したがって、この樹脂粉末の粒子径は0.05〜30μmの範囲が好ましく、より好ましくは0.07〜20μmの範囲である。
【0070】
潤滑被膜が熱可塑性樹脂を含有する場合、被膜中のその含有量は10%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.1〜5%の範囲内である。また、上記松脂系物質と熱可塑性樹脂との合計量が30%以下となるようにすることが好ましい。
【0071】
油剤として使用できる天然油脂としては、牛脂、ラード、羊毛脂、パーム油、菜種油及び椰子油などがあげられる。40℃での粘度が10〜300cStの鉱油(合成鉱油も含む)も油剤として使用できる。
【0072】
油剤として使用できる合成エステルは、熱可塑性樹脂の可塑性を高めると同時に、潤滑被膜の静水圧条件下での流動性を高めることができる。また、高融点の合成エステルは、潤滑被膜の融点及び硬さ(軟質さ)の調整にも使用できる。合成エステルには、脂肪酸モノエステル、二塩基酸ジエステル、及びトリメチロールプロパンの又はペンタエリスリトールの脂肪酸エステルなどがある。
【0073】
脂肪酸モノエステルとしては、炭素数12〜24のカルボン酸と炭素数8〜20の高級アルコールとのモノエステルを挙げることができる。二塩基酸ジエステルとしては炭素数6〜10の二塩基酸と炭素数8〜20の高級アルコールとのジエステルが挙げられる。トリメチロールプロパンの又はペンタエリスリトールの脂肪酸エステルを構成する脂肪酸は炭素数8〜18のものが挙げられ、アルコールは上記と同様の高級アルコールでよい。
【0074】
以上の1種又は2種以上の油剤を潤滑被膜中に含有させる場合、耐焼付き性の向上を得るには、その含有量を0.1質量%以上とすることが好ましい。被膜強度の低下を防止するため、その含有量は5質量%以下とすることが好ましい。
【0075】
極圧剤は少量の配合で潤滑被膜の耐焼付き性を高める作用がある。極圧剤としては、これらに限られないが、硫化油脂、ポリサルファイド、ホスフェート、ホスファイト、チオホスフェート、ジチオリン酸金属塩等を挙げることができる。極圧剤を含有させる場合、滑被膜中のその含有量は0.05〜5質量%の範囲内とすることが好ましい。
【0076】
硫化油脂の好ましい例は、オリーブ油、ひまし油、ヌカ油、綿実油、ナタネ油、大豆油、トウモロコシ油、牛脂、ラードといった不飽和結合を有する動植物油脂に硫黄を加えて加熱することにより得られる、硫黄量が5〜30質量%の化合物である。
【0077】
ポリサルファイドの好ましい例としては、式:R1−(S)c−R2(式中、R1とR2は同一でも異なっていてもよく、炭素数4〜22のアルキル基、アリール基、アルキルアリール基、アリールアルキル基を意味し、cは2〜5の整数を示す)で表される多硫化物や、1分子中に2〜5個結合した硫黄原子を含む硫化オレフィン類が挙げられる。特に好ましいのは、ジベンジルジサルファイド、ジ−tert−ドデシルポリサルファイド、ジ−tert−ノニルポリサルファイドである。
【0078】
ホスフェート、ホスファイト、チオホスフェート、ジチオリン酸金属塩はそれぞれ下記に示す一般式のものが使用できる。
ホスフェート:(R3O)(R4O)P(=O)(OR5)
ホスファイト:(R3O)(R4O)P(OR5)
チオホスフェート:(R3O)(R4O)P(=S)(OR5)
ジチオリン酸金属塩:[(R3O)(R6O)P(=S)−S]2−M
式中、R3、R6は炭素数1〜24のアルキル基、シクロアルキル基、アルキルシクロアルキル基、アリール基、アルキルアリール基、アリールアルキル基を、R4、R5は水素原子又は炭素数1〜24のアルキル基、シクロアルキル基、アルキルシクロアルキル基、アリール基、アルキルアリール基、アリールアルキル基を、Mはモリブデン(Mo)、亜鉛(Zn)又はバリウム(Ba)をそれぞれ意味する。
【0079】
粘稠液体潤滑被膜は、上記成分に加えて、酸化防止剤、防腐剤、着色剤等を含有することができる。
粘稠液状潤滑被膜は、塗布用組成物をねじ継手のピン及びボックスの少なくとも一方の部材の接触表面に塗布し、必要に応じて塗膜を乾燥させることにより形成される。使用する組成物は、塗布方法に応じて、上記成分に加えて、揮発性の有機溶剤を含有する。
【0080】
塗布用組成物が常温で固体もしくは半固体の場合は、加熱して粘度を低下させてから、塗布に供してもよい(例えば、ホットメルトの形態でスプレーガンにより塗布)。加熱しない場合には、組成物に溶剤を含有させて、組成物の粘度を塗布可能な粘度まで下げる。それにより、形成される潤滑被膜の膜厚及び組成の均一化を図り、かつ被膜形成を効率的に行うことができる。好ましい溶剤としては、JIS K2201に規定されている工業用ガソリンに相当するソルベント、ミネラルスピリット、芳香族石油ナフタ、キシレン、セロソルブなどの石油系溶剤が挙げられ、それらの2種以上を混合して使用してもよい。引火点が30℃以上で、初留温度が150℃以上、終点が210℃以下の溶剤が、取り扱いが比較的容易で、しかも蒸発が速く、乾燥時間が短くてすむ点で好ましい。
【0081】
粘稠液体潤滑被膜の好ましい膜厚は5〜200μm、より好ましくは15〜200μmである。潤滑被膜はねじ山間などの接触表面の微小隙間を埋めるのに十分な厚みであることが望ましい。膜厚が薄すぎると、締付け時に発生する静水圧作用で松脂系物質、ワックス、金属石けん、潤滑性粉末などの成分が隙間から摩擦面に供給される効果が期待できなくなり、ねじ継手の耐焼付き性が低下する。また、潤滑被膜が防錆剤を含有する場合は、防錆効果も不十分になる。一方、潤滑被膜が厚くなりすぎると、無駄であるばかりか、本発明の目的の一つでもある環境汚染防止にも逆行する。図5(B)および5(C)に示すように、別の潤滑被膜11としての粘稠液体潤滑被膜を高摩擦固体潤滑被膜10の上に形成する場合には、高摩擦固体潤滑被膜と粘稠液体潤滑被膜との膜厚の合計が200μm以下であることが好ましい。
【0082】
[第2の固体潤滑被膜]
本発明において第2の固体潤滑被膜として使用する固体潤滑皮膜は、基本的には固体潤滑作用を有する粉末(潤滑性粉末という)とバインダーとから構成される。この被膜は、バインダー含有液に潤滑性粉末を分散させた分散液の塗布により形成することができる。潤滑性粉末は被膜中においてバインダーに分散した状態で、ねじ継手表面に強固に接着しており、締付け作業の際の締付け圧力で薄く伸ばされる。それによりねじ継手の耐焼付き性を向上させる。
【0083】
潤滑性粉末としては、これらに限られないが、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、黒鉛、フッ素化黒鉛、酸化亜鉛、硫化錫、硫化ビスマス、有機モリブデン化合物(例、モリブデンジアルキルチオホスフェート、モリブデンジアルキルチオカルバメート)、PTFE(ポリテトラフルオロエチレン)、BN(窒化硼素)を挙げることができ、これらの1種または2種以上を使用できる。
【0084】
固体潤滑被膜の密着性、防錆性の観点から、黒鉛が特に好ましい潤滑性粉末であり、さらには成膜性の観点からは土状黒鉛がより好ましい。固体潤滑被膜中の潤滑性粉末の好ましい含有量は2〜15質量%である。本発明では、第2の固体潤滑被膜の摩擦係数は高摩擦固体潤滑被膜の摩擦係数より高い必要がある。第2の固体潤滑被膜の摩擦係数は、潤滑性粉末の含有量により調整できる。従って、前述したように、潤滑性粉末の量を少なくすれば、この種の固体潤滑被膜を高摩擦固体潤滑被膜として使用することもできる。
【0085】
バインダーは有機樹脂と無機高分子化合物のいずれでもよい。
有機樹脂としては、耐熱性と適度な硬さと耐摩耗性を有するものが好適である。そのような樹脂としては、エポキシ樹脂、ポリイミド樹脂、ポリカルボジイミド樹脂、フェノール樹脂、フラン樹脂、シリコーン樹脂などの熱硬化性樹脂;ならびにポリオレフィン、ポリスチレン、ポリウレタン、ポリアミド、ポリエステル、ポリカーボネート、アクリル樹脂、熱可塑性エポキシ樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエーテルエーテルケトン、ポリエーテルサルホンなどの熱可塑性樹脂を例示できる。使用する樹脂は共重合体または2種以上の樹脂のブレンドであってもよい。
【0086】
バインダーが熱硬化性樹脂である場合には、熱硬化性固体潤滑被膜の密着性と耐摩耗性の観点から、加熱硬化処理をすることが好ましい。この加熱硬化処理の温度は好ましくは120 ℃以上、より好ましくは150〜380℃であり、処理時間は好ましくは30分以上、より好ましくは30〜60分である。
【0087】
バインダーが熱可塑性樹脂である場合、溶剤を用いた塗布用組成物を使用することもできるが、ホットメルト法を用いて無溶媒で熱可塑性固体潤滑被膜を形成することも可能である。ホットメルト法では、熱可塑性樹脂および潤滑性粉末を含有する塗布用組成物を加熱して熱可塑性樹脂を溶融させ、低粘度の流動状態になった組成物を、一定温度(通常は溶融状態の組成物の温度と同程度の温度)への温度保持機能を有するスプレーガンから噴霧する。組成物の加熱温度は、熱可塑性樹脂の融点(溶融温度または軟化温度)より10〜50℃高い温度とすることが好ましい。この方法には、融点が80〜320℃、好ましくは90〜200℃である熱可塑性樹脂を使用することが適当である。
【0088】
塗布される基体(すなわち、ピンおよび/またはボックスの接触表面)も、熱可塑性樹脂の融点より高い温度に予熱しておくことが好ましい。それにより良好な被覆性を得ることができる。塗布用組成物がポリジメチルシロキサンのような界面活性剤を少量(例、2質量%以下)含有する場合には、基体を予熱しないか、予熱温度が基剤の融点より低くても、良好な被膜を形成することができる。塗布後に基体を空冷、放冷などにより冷却すると、熱可塑性樹脂が固化し、固体潤滑被膜が基体上に形成される。
【0089】
無機高分子化合物とは、Ti−O、Si−O、Zr−O、Mn−O、Ce−O、Ba−Oといった、金属−酸素結合が三次元架橋した構造を有する化合物である。この化合物は、金属アルコキシドで代表される加水分解性の有機金属化合物(四塩化チタンなどの加水分解性無機化合物も使用できる)の加水分解と縮合により形成することができる。金属アルコキシドとしては、アルキキシ基がメトキシ、エトキシ、イソプロポキシ、プロポキシ、イソブトキシ、ブトキシ、tert−ブトキシなどの低級アルコキシ基である化合物が使用できる。好ましい金属アルコキシドは、チタンまたはケイ素のアルコキシドであり、特にチタンアルコキシドが好ましい。中でも、チタンイソプロポキシドは造膜性に優れていて好ましい。
【0090】
無機高分子化合物は、アミンやエポキシ基等の官能基で置換されていてもよいアルキル基を含有することもできる。例えば、シランカップリング剤のように、アルコキシ基の一部が非加水分解性の官能基を含有するアルキル基で置換されている有機金属化合物も使用できる。
【0091】
バインダーが無機高分子化合物である場合、金属アルコキシドまたはその部分加水分解物の溶液に潤滑性粉末を加えて分散させ、ピンとボックスの少なくとも一方の接触表面に塗布し、加湿処理した後、必要に応じて加熱し、金属アルコキシドの加水分解と縮合を進めると、金属−酸素結合からなる無機高分子化合物かなる被膜中に潤滑性粉末が分散した固体潤滑被膜が形成される。
【0092】
上記のいずれのバインダーを使用する場合でも、塗布用組成物が溶媒を含有する場合、溶媒は水、アルコールなどの水混和性有機溶媒、ならびに炭化水素、エステルなどの水不混和性有機溶媒のいずれであってもよく、また2種以上の溶媒を併用してもよい。
【0093】
固体潤滑被膜には、潤滑性粉末に加えて、防錆剤を始めとする各種添加剤を、耐焼付き性を損なわない範囲で添加することができる。例えば、亜鉛粉、クロム顔料、シリカ、アルミナ顔料の1種もしくは2種以上を添加することで、固体潤滑被膜自身の防錆性を向上させることができる。特に好ましい防錆剤はカルシウムイオン交換シリカである。また、固体潤滑被膜は、摺動性の調整のための無機粉末を含有しうる。そのような無機粉末の例は、二酸化チタンと酸化ビスマスである。これらの防錆剤、無機粉末など(すなわち、潤滑性粉末以外の粉末成分)は固体潤滑被膜中に合計で20%までの量で含有させることができる。
【0094】
固体潤滑被膜は、上記成分以外に、界面活性剤、着色剤、酸化防止剤などから選ばれた少量添加成分を、例えば5%以下の量で含有しうる。さらに、極圧剤、液状油剤なども2%以下のごく少量であれば、含有することができる。
【0095】
粘稠液体潤滑被膜と同様の理由で、固体潤滑被膜の膜厚は好ましくは5〜150μm、より好ましくは20〜100μmである。高摩擦固体潤滑被膜の上に固体潤滑被膜を形成する場合には、高摩擦固体潤滑被膜と固体潤滑被膜の膜厚の合計は200μm以下であることが好ましい。
【0096】
[固体防食被膜]
図4に関して上述したように、管状ねじ継手は実際に使用するまでの間、締付けが行われていないピンおよびボックスにプロテクターが装着されることが多い。固体防食被膜には、少なくともプロテクター装着時に加わる力では被膜が破壊されないことと、輸送や保管中に、露点の関係から凝縮した水に曝されても溶解しないこと、40℃を超える高温下でも容易には軟化しないことが要求される。このような特性を満たす任意の被膜を固体防食被膜として使用することができる。例えば、固体防食被膜は、場合により防錆成分を含有させた熱硬化性樹脂被膜であってもよい。
【0097】
好ましい固体防食被膜は、紫外線硬化樹脂を主成分とする被膜である。紫外線硬化樹脂としては、少なくともモノマー、オリゴマー、光重合開始剤から構成される公知の樹脂組成物を使用することができる。
【0098】
モノマーとしては、これらに制限されないが、多価アルコールと(メタ)アクリル酸との多価(ジもしくはトリ以上)エステルの他、各種の(メタ)アクリレート化合物、Nービニルピロリドン、N−ビニルカプロラクタム、およびスチレンが挙げられる。オリゴマーとしては、これらに限られないが、エポキシ(メタ)アクリレート、ウレタン(メタ)アクリレート、ポリエステル(メタ)アクリレート、ポリエステル(メタ)アクリレート、ポリエーテル(メタ)アクリレート、およびシリコーン(メタ)アクリレートを挙げることができる。
【0099】
有用な光重合開始剤は260〜450nmの波長に吸収をもつ化合物であり、例としてはベンゾインおよびその誘導体、ベンゾフェノンおよびその誘導体、アセトフェノンおよびその誘導体、ミヒラーケトン、ベンジルおよびその誘導体、テトラアルキルチウラムモノスルフィド、チオキサン類などを挙げることができる。特にチオキサン類を使用するのが好ましい。
【0100】
紫外線硬化樹脂から形成される固体防食被膜には、その被膜強度やすべり性の観点から、滑剤および防錆剤から選ばれた添加剤を被膜中に含有させてもよい。滑剤の例は、ステアリン酸カルシウムもしくはステアリン酸亜鉛のような金属石鹸およびポリテトラフルオロエチレン(PTFE)樹脂であり、繊維状フィラーの例は、丸尾カルシウム社製「ウイスカル」のような針状炭酸カルシウムである。これらの1種または2種以上の添加剤を、質量比で紫外線硬化樹脂1に対し0.05〜0.35の量で添加することができる。防錆剤の例は、トリポリリン酸アルミニウムや亜リン酸アルミニムであり、質量比で紫外線硬化樹脂1に対して、最大0.10程度まで添加することができる。
【0101】
紫外線硬化樹脂から形成される固体防食被膜は透明であるものが多い。形成された固体防食被膜の目視または画像処理による品質検査(被膜の有無、被膜厚みの均一性/ムラなどの検査)を容易にする観点から、固体防食被膜は着色剤を含有しうる。使用する着色剤は、顔料、染料、および蛍光材料から選ぶことができる。
【0102】
顔料および染料の添加量は、質量比で紫外線硬化樹脂1に対して最大0.05までとすることが好ましい。
蛍光材料は、蛍光顔料、蛍光染料、および蛍光塗料に使用されている蛍光体のいずれでもよい。蛍光材料を含有する固体防食被膜は、可視光線下では無色または有色の透明であるが、ブラックライトまたは紫外線を照射すると発光・発色するので、被膜の有無や被膜厚みのムラなどを確認することができる。また、可視光線下では透明であるため、固体防食被膜の下の素地、すなわち、基体の表面を観察することができる。従って、ねじ継手のねじ部の損傷の検査が固体防食被膜により妨げられない。蛍光材料の添加量は、質量比で紫外線硬化樹脂1に対して、最大0.05程度までとすることが好ましい。
【0103】
好ましい着色剤は蛍光材料、特に蛍光顔料である。
紫外線硬化樹脂を主成分とする組成物をねじ継手の接触表面に塗布した後、紫外線を照射して被膜を硬化させることにより紫外線硬化樹脂を主成分とする固体防食被膜が形成される。紫外線の照射は、一般市販の200〜450nm域の出力波長を持つ紫外線照射装置を用いればよい。紫外線源としては、例えば、高圧水銀ランプ、超高圧水銀ランプ、キセノンランプ、カーボンアークランプ、メタルハライドランプ、太陽光などを挙げることができる。
【0104】
固体防食被膜の膜厚(2層以上の紫外線硬化樹脂層からなる場合には合計膜厚)は、5〜50μmの範囲内とすることが好ましく、より好ましくは10〜40μmの範囲内である。固体防食被膜の膜厚が薄すぎると、防食被膜として十分に機能しない。一方、固体防食被膜の膜厚が厚すぎると、プロテクターなどの保護部材を取り付ける際に、固体防食被膜がプロテクター装着時の力で破壊されることがあり、やはり耐食性が不十分となる。
【0105】
紫外線硬化樹脂を主成分とする固体防食被膜は、透明被膜であるので、被膜を除去せずに素地の状態を観察することができ、締付け前のねじ部の検査を被膜の上から実施することが可能である。従って、この固体防食被膜を、ねじが外面に形成され、より損傷を受けやすいピンの接触表面に形成することで、典型的には鋼管管端の外面に形成され、損傷を受けやすいピンのねじ部を損傷の有無について、被膜を残したまま簡単に検査することが可能となる。
【0106】
以上の粘稠液体潤滑被膜、固体潤滑被膜、および固体防食被膜のいずれについても、高摩擦固体潤滑被膜について述べたように、塗布はスプレー塗布により行うことが好ましい。スプレー塗布は、ホットメルト塗布法を包含する。
【0107】
また、図5(A)のように、ねじ無し金属接触部に高摩擦固体潤滑被膜を、残りのねじ部に潤滑被膜を形成する場合には、高摩擦固体潤滑被膜と潤滑被膜のいずれを先に形成してもよい。この場合、特に潤滑被膜が固体潤滑被膜である場合には、2種類の被膜の境界に大きな段差ができないように、高摩擦固体潤滑被膜と固体潤滑被膜の膜厚はほぼ同じ(例、±15μm以内)とすることが好ましい。潤滑被膜が粘稠液体潤滑被膜である場合には、締付け時の被膜の変形能が大きいため、潤滑被膜と高摩擦固体潤滑被膜の膜厚が大きく異なっていてもよい。通常は、粘稠液体潤滑被膜の膜厚は高摩擦固体潤滑被膜の膜厚より大きい。
【0108】
[下地処理]
本発明に従ってピン及び/又はボックスの接触表面に高摩擦固体潤滑被膜と別の潤滑被膜および場合によりさらに固体防食被膜を形成した管状ねじ継手は、被膜の基体である接触表面に、粗面化のための下地処理を施して、切削加工後の表面粗さである3〜5μmより表面粗さが大きくなるようにすると、被膜密着性が高まり、その被膜の目的とする効果が向上する傾向がある。したがって、被膜形成前に、接触表面を下地処理して粗面化しておくことが好ましい。
【0109】
表面粗さの大きい接触表面の上に被膜を形成する場合には、接触表面を完全に被覆するために、被膜の膜厚は接触表面のRmaxより大きくすることが好ましい。接触表面が粗面である場合の被膜の膜厚は、被膜の面積、質量および密度から算出しうる被膜全体の膜厚の平均値である。
【0110】
粗面化のための下地処理の例としては、形状が球状のショット材又は角状のグリッド材などのブラスト材を投射するブラスト処理、硫酸、塩酸、硝酸、フッ酸などの強酸液に浸漬して肌を荒らす酸洗などの他、リン酸塩処理、蓚酸塩処理、硼酸塩処理等の化成処理(生成する結晶の成長に伴い、結晶表面の粗さが増す)、Cu、Fe、Sn、Znなどの金属又はそれらの合金の電気めっき(凸部が優先してめっきされるため、僅かであるが表面が粗くなる)、多孔質のめっき被膜を形成できる衝撃めっきがあげられる。また、電気めっきの1種として、金属中に固体微粒子を分散させためっき被膜を形成する複合めっきも、固体微粒子がめっき被膜から突出するため、粗面化表面を付与する方法として可能である。下地処理は2種以上の方法を併用してもよい。処理は公知の方法に従って実施すればよい。
【0111】
接触表面の下地処理がいずれの方法であっても、下地処理による粗面化により表面粗さRmaxが5〜40μmとなるようにすることが好ましい。Rmaxが5μm未満では、潤滑被膜との密着性や被膜の保持性が不十分になることがある。一方、Rmaxが40μmを超えると、摩擦が高くなり、高面圧を受けた際のせん断力と圧縮力に耐えられず、被膜が破壊もしくは剥離しやすくなることがある。
【0112】
潤滑被膜の密着性の観点からは、多孔質被膜を形成できる下地処理、すなわち、化成処理及び衝撃めっきが好ましい。その場合、多孔質被膜のRmaxを5μm以上とするため、その膜厚も5μm以上とすることが好ましい。膜厚の上限は特に規定されないが、通常は50μm以下、好ましくは40μm以下で十分である。下地処理により形成された多孔質被膜の上に潤滑被膜を形成すると、いわゆる「アンカー効果」により、潤滑被膜との密着性が高まる。その結果、締付け・緩めを繰り返しても固体潤滑被膜の剥離が起こり難くなり、金属間接触が効果的に防止され、耐焼付き性、気密性、防食性が一層向上する。
【0113】
多孔質被膜を形成するための特に好ましい下地処理は、燐酸塩化成処理(燐酸マンガン、燐酸亜鉛、燐酸鉄マンガン、もしくは燐酸亜鉛カルシウムによる処理)と、衝撃めっきによる亜鉛もしくは亜鉛−鉄合金の被膜の形成である。密着性の観点からは燐酸マンガン被膜が、防食性の観点からは、亜鉛による犠牲防食能が期待できる亜鉛もしくは亜鉛−鉄合金の被膜がより好ましい。
【0114】
燐酸塩化成処理は、常法にしたがって浸漬又はスプレーにより実施することができる。化成処理液としては、一般的な亜鉛めっき材用の酸性燐酸塩処理液が使用できる。例えば、燐酸イオン1〜150g/L、亜鉛イオン3〜70g/L、硝酸イオン1〜100g/L、ニッケルイオン0〜30g/Lからなる燐酸亜鉛系化成処理を挙げることができる。また、ねじ継手に慣用されている燐酸マンガン系化成処理液も使用できる。液温度は常温から100℃でよく、処理時間は所望の膜厚に応じて15分までの間で行えばよい。被膜化を促進するため、燐酸塩処理前に、コロイドチタンを含有する表面調整用水溶液を処理表面に供給することもできる。燐酸塩処理後、水洗もしくは湯洗してから、乾燥することが好ましい。
【0115】
衝撃めっきは、粒子と被めっき物を回転バレル内で衝突させるメカニカルプレーティングや、ブラスト装置を用いて粒子を被めっき物に衝突させる投射めっきにより実施することができる。本発明では接触表面だけにめっきを施せばよいので、局部的なめっきが可能な投射めっきを採用することが好ましい。衝撃めっきにより形成された亜鉛又は亜鉛合金層の厚みは防食性と密着性の両面から5〜40μmであることが好ましい。
【0116】
例えば、鉄系の核の表面を亜鉛又は亜鉛合金で被覆した粒子からなる投射材料を、被覆すべき接触表面に投射する。粒子中の亜鉛又は亜鉛合金の含有量は20〜60質量%の範囲であることが好ましく、粒子の粒径は0.2〜1.5mmの範囲が好ましい。投射により、粒子の被覆層である亜鉛又は亜鉛合金のみが基体である接触表面に付着し、亜鉛又は亜鉛合金からなる多孔質の被膜が接触表面上に形成される。この投射めっきは、鋼の材質に関係なく、鋼表面に密着性のよい多孔質の金属めっき被膜を形成することができる。
【0117】
別の下地処理として、粗面化効果はほとんどないが、特定の単層又は複層電気めっきを施すと、潤滑被膜と下地との密着性がよくなり、管状ねじ継手の耐焼付き性が改善されることがある。
【0118】
そのような潤滑被膜の下地処理として、Cu,Sn,Niなどの金属又はそれらの合金の電気めっきが挙げられる。めっきは単層めっきでも、2層以上の複層めっきでもよい。この種の電気めっきの具体例としては、Cuめっき、Snめっき、Niめっき、Cu−Sn合金めっき、Cu−Sn−Zn合金めっき、Cuめっき−Snめっき二層めっき、Niめっき−Cuめっき−Snめっきの三層めっきなどがある。特に、Cr含有量が5%を超えるような鋼種から作製された管状ねじ継手では、焼付きが非常に起こりやすいため、Cu−Sn合金もしくはCu−Sn−Zn合金の単層めっき、あるいはこれらの合金めっきやCuめっき、Snめっき、Niめっきから選ばれた二層以上のめっきを組み合わせた複層金属めっき、例えば、Cuめっき−Snめっきの二層めっき、Niめっき−Snめっきの二層めっき、Niめっき−Cu−Sn−Zn合金めっきの二層めっき、Niめっき−Cuめっき−Snめっきの三層めっきを下地処理として施すことが好ましい。
【0119】
これらのめっきは、特開2003−74763号公報に記載の方法に従って形成すればよい。多層めっきの場合、最下層のめっき被膜(通常はNiめっき)はストライクめっきと呼ばれる、膜厚1μm未満の極薄のめっき層とすることが好ましい。めっきの膜厚(多層めっきの場合は合計膜厚)は5〜15μmの範囲内とすることが好ましい。
【0120】
さらに別の下地処理として、固体防食被膜の形成も可能である。
潤滑被膜が粘稠液体潤滑被膜である場合には、表面のべたつきを軽減するため、潤滑被膜の上層に薄い乾燥固体潤滑被膜を形成してもよい。この乾燥固体潤滑被膜は、一般的な樹脂被膜(例、エポキシ樹脂、ポリアミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ビニル樹脂など)でよく、水系組成物と有機溶剤系組成物のいずれからも被膜を形成できる。また、被膜中に少量のワックスを含有させてもよい。
【実施例】
【0121】
以下の実施例と比較例により、本発明の効果を例証する。以下では、ピンのねじ部とねじ無し金属接触部を含む接触表面を「ピン表面」、ボックスのねじ部とねじ無し金属接触部とを含む接触表面を「ボックス表面」という。表面粗さはRmaxである。また、%は特に指定しないかぎり質量%である。
【0122】
表1に示す炭素鋼A、Cr−Mo鋼B、13%Cr鋼Cのいずれかからなる特殊ねじ継手VAM TOP(外径:17.78cm(7インチ)、肉厚:1.036cm(0.408インチ))のピン表面とボックス表面に、表2に示す下地処理を施した。その後、ピン表面およびボックス表面に、表3に示すように高摩擦固体潤滑被膜ならびに粘稠液体潤滑被膜および第2の固体潤滑被膜から選ばれた潤滑被膜、さらに場合により固体防食被膜を形成した。
【0123】
処理および被膜組成の詳細は後述する。表3において、ねじ無し金属接触部とはシール部およびショルダー部を意味し、ねじ部とは、接触表面のうちシール部およびショルダー部を除いた部分を意味する。ねじ無し金属接触部とねじ部に異なる被膜を形成する場合には、まずねじ無し金属接触部に高摩擦固体潤滑被膜を形成し、次にねじ部に所定の潤滑被膜を形成した。ねじ部に潤滑被膜を形成する際には、遮蔽板を使用してねじ無し金属部に形成した高摩擦固体潤滑被膜の上に潤滑被膜が形成されないようにした。ただし、それらの被膜の境界部分は必ずしも明確でなくても良く、1mm程度のオーバーラップ領域があっても本発明の効果は得ることができる。
【0124】
形成された高摩擦固体潤滑被膜、粘稠液体潤滑被膜および固体潤滑被膜の摩擦係数は、前述したファレックス試験により面圧1GPaで摩擦係数を測定した時の定常時の最大摩擦係数である。測定はASTM D2670に準拠して行った。測定に用いたピンは直径6.35mm(1/4インチ)であり、2つのVeeブロックは、開先角度が96°でミゾ幅が6.35mm(1/4インチ)のV型ミゾを備えていた。ピンおよびブロックはいずれも、試験するねじ継手と同じ鋼材のビレットから切削により調製し、それぞれ試験するねじ継手のピンおよびボックス表面と同じ下地処理および被膜形成処理を施した。
【0125】
上記のように準備した管状ねじ継手に対して、高い締結トルクを与えて締付けを行う高トルク試験により、図2に示すようなトルクチャートを作製し、トルクチャート上でTs(ショルダリングトルク)、Ty(降伏時トルク)およびΔT(=Ty−Ts、トルクオンショルダー抵抗)を測定した。
【0126】
Tsは、ショルダー部が干渉し始めた時のトルクであり、具体的には、ショルダー部が干渉してから現れるトルク変化が線形域(弾性変形域)に入り始めた時のトルクをTsとした。一方、Tyは塑性変形が始まる時のトルクであり、具体的には、Tsに達した後に、回転と共にトルク変化の線形性が失われて線形域から離れ始めるときのトルクをTyとした。ΔT(=Ty−Ts)は、表3の比較例1に示す従来のコンパウンドグリスの場合に得られたΔTを100として、他の例におけるΔTの値を相対評価した結果を表4に示した。
【0127】
また、各管状ねじ継手に対して繰り返し締付け.緩め試験を行い、耐焼付き性を評価した。繰り返し締付け・緩め試験では、締付け速度10rpm、締付けトルク20kN・mでねじ継手の締付けを行い、緩めた後のピン表面とボックス表面の焼付き状況を調査した。締付けにより発生した焼付き疵が軽微で、手入れをすれば再締結が可能である場合は、手入れをして締付け・緩めを続行した。締付け回数は10回であった。
【0128】
【表1】

【0129】
【表2】

【0130】
【表3】

【0131】
【表4】

【0132】
(実施例1)
表1に示す組成Aの炭素鋼製の特殊ねじ継手のピン表面およびボックス表面に対して、次に述べるように下地処理および被膜形成処理を行って、図5(A)に示す構成の被膜を形成した。
【0133】
[ボックス表面]
ボックス表面は、機械研削仕上げ(表面粗さ3μm)の後、80〜95℃の燐酸マンガン化成処理液中に10分間浸漬して、厚さ15μmの燐酸マンガン被膜(表面粗さ12μm)を形成することにより下地処理した。
【0134】
下地処理したボックス表面のねじ無し金属接触部(シール部とショルダー部)には、日本ペイント製のサーフリューベC291を水で10%に希釈してスプレー塗布することにより、水分乾燥後に約10μmの膜厚の高摩擦固体潤滑被膜を形成した。この固体潤滑被膜の摩擦係数は0.1であった。一方、下地処理したボックス表面のねじ部(シール部とショルダーを除く部分)には、下記のようにして粘稠液体潤滑被膜を形成した。
【0135】
粘稠液体潤滑被膜の組成は、ロジン水素化エステル(荒川化学工業製エステルガムH)15%、芳香族塩基性有機酸金属塩の高塩基性カルシウムスルホネート(Crompton Corp.社製CALCINATE C-400CLR、塩基価400mgKOH/g)48%、金属石鹸のステアリン酸カルシウム(大日本インキ化学工業製)17%、固体潤滑剤の土状黒鉛(日本黒鉛製、青P)10%、パラフィンワックス10%であった。
【0136】
上記組成物を、該組成物100質量部に対して有機溶剤(エクソンモービル社製EXXSOL D40)30質量部の割合で希釈して低粘度化させ、ボックス表面のねじ部にスプレー塗布した。溶剤の揮発後に厚さ約50μmの粘稠液体潤滑被膜が形成された。この潤滑被膜の摩擦係数は0.04であった。
【0137】
[ピン表面]
ピン表面は、機械研削仕上げ(表面粗さ3μm)の後、75〜85℃の燐酸亜鉛化成処理液中に10分間浸漬して、厚さ12μmの燐酸亜鉛被膜(表面粗さ8μm)を形成することにより下地処理した。
【0138】
こうして下地処理したピン表面に対して、ボックス表面と同じように被膜形成処理を行った。すなわち、ねじ無し金属接触部には上記高摩擦固体潤滑被膜を形成し、ねじ部には上記粘稠液体潤滑被膜を形成した。各被膜の膜厚および摩擦係数はボックス表面と同じであった。
【0139】
表4からわかるように、高トルク試験におけるΔTの値は、比較例1のΔTを100とした時のΔTの比(以下、ΔT比と称す)で125%であった。シール部およびショルダー部に高摩擦固体潤滑被膜を有しない比較例2(ピン表面およびボックス表面の全面を粘稠液体潤滑被膜で被覆)のΔT比50%前後に比べ、大幅にΔT比が増大していた。
【0140】
しかも、実施例1におけるΔTは、基準としたコンパウンドグリス(比較例1)におけるΔTより25%も増大していた。従って、実施例1のねじ継手は、ショルダー部の降伏を生ずることなく高いトルクで締結可能であることが検証された。締付け・緩め試験では、焼付きを発生することなく10回の締付け・緩めをすることができた。
【0141】
(実施例2)
表1に示す組成Cの13%Cr鋼製の特殊ねじ継手のピン表面およびボックス表面に対して、次に述べるように下地処理および被膜形成処理を行って、図5(C)に示す構成の被膜を形成した。
【0142】
[ボックス表面]
ボックス表面は、機械研削仕上げ(表面粗さ3μm)の後、電気めっきによりまずNiストライクめっき、次にCuめっきを施して、合計12μm厚のめっき被膜を形成した。この下地処理後の表面粗さは3μmのままであった。
【0143】
下地処理したボックス表面の全面に、実施例1に記載したのと同じ粘稠液体潤滑被膜をスプレー塗布により形成した。溶剤の揮発後の粘稠液体潤滑被膜の膜厚は80μmであり、摩擦係数は0.04であった。
【0144】
[ピン表面]
ピン表面は、80番のサンドを吹き付けるサンドブラストにより表面粗さを10μmとする下地処理を施した。
【0145】
下地処理したピン表面のねじ無し金属接触部(シール部およびショルダー部)に、Chemetall社製Gardolube L6334を原液のままスプレー塗布して、約15μmの膜厚の高摩擦固体潤滑被膜を形成した。この高摩擦固体潤滑被膜の摩擦係数は0.15であった。さらに、高摩擦固体潤滑被膜を形成したねじ無し金属接触部を含むピン表面の全面に、ボックス表面に形成したのと同じ粘稠液体潤滑被膜を同じ膜厚で形成した。
【0146】
高トルク試験では、ΔT比が112%であり、比較例1のコンパウンドグリスに比べてΔTが大きいことが確認された。もちろん、締付け・緩め試験においては10回の締付け・緩めを何ら問題なく実施できた。
【0147】
(実施例3)
表1に示す組成BのCr−Mo鋼製の特殊ねじ継手のピン表面およびボックス表面に対して、次に述べるように下地処理および被膜形成処理を行って、図6(C)に示す構成の被膜を形成した。
【0148】
[ボックス表面]
ボックス表面は、機械研削仕上げ(表面粗さ3μm)の後、電気めっきによりまずNiストライクめっき、次にCu−Sn−Zn合金めっきを施して、合計7μm厚のめっき被膜を形成した。この下地処理後の表面粗さは2μmであった。
【0149】
下地処理したボックス表面のねじ無し金属接触部およびねじ部に、高摩擦固体潤滑被膜を形成するために、日本ペイント製のサーフリューベC291を水で10%に希釈してスプレー塗布し、水分乾燥後に約10μmの膜厚の高摩擦固体潤滑被膜(摩擦係数0.1)を形成した。
【0150】
[ピン表面]
ピン表面は、機械研削仕上げ(表面粗さ3μm)の後、75〜85℃の燐酸亜鉛化成処理液中に10分間浸漬して、厚さ12μmの燐酸亜鉛被膜(表面粗さ8μm)を形成することにより下地処理した。
【0151】
下地処理したピン表面のねじ無し金属接触部に、高摩擦固体潤滑被膜を形成するために、日本ペイント製のサーフリューベC291を水で10%に希釈してスプレー塗布し、水分乾燥後に約10μmの膜厚の高摩擦固体潤滑被膜(摩擦係数0.1)を形成した。この固体潤滑被膜およびねじ部の上に、実施例1に記載した粘稠液体潤滑被膜を実施例1と同様の方法で約50μmの膜厚で形成した。
【0152】
高トルク試験では、ΔT比が110%であり、比較例1のコンパウンドグリスに比べてΔTが大きいことが確認された。締付け・緩め試験では10回の締付け・緩めを何ら問題なく実施できた。
【0153】
(実施例4)
表1に示す組成BのCr−Mo鋼製の特殊ねじ継手のピン表面およびボックス表面に対して、次に述べるように下地処理および被膜形成処理を行って、図6(B)に示す構成の被膜を形成した。
【0154】
[ボックス表面]
ボックス表面は、機械研削仕上げ(表面粗さ3μm)の後、電気めっきによりまずNiストライクめっき、次にCu−Sn−Zn合金めっきを施して、合計7μm厚のめっき被膜を形成した。この下地処理後の表面粗さは2μmであった。
【0155】
下地処理したボックス表面のねじ無し金属接触部には、日本ペイント製のサーフリューベC291を水で10%に希釈してスプレー塗布し、水分乾燥後に、約50μmの膜厚の高摩擦固体潤滑被膜(摩擦係数0.1)を形成した。下地処理したボックス表面のねじ部には、次に述べるようにして固体潤滑被膜を形成した。
【0156】
下記組成を有する潤滑被膜形成用組成物を撹拌機つきタンク内で120℃に加熱して塗布に適した粘度を有する溶融状態にし、一方で上記のように下地処理したボックス表面も誘導加熱により120℃に予熱した。保温機能付きの噴霧ヘッドを有するスプレーガンを用いて、上記の溶融状態の潤滑被膜形成用組成物をボックス表面のねじ部に塗布した。冷却後、厚さ50μmの固体潤滑被膜(摩擦係数0.03)が形成された。
【0157】
潤滑被膜形成用組成物の組成
・カルナバワックス:15%、
・ステアリン酸亜鉛:15%、
・液状ポリアルキルメタクリレート(ROHMAX社製VISCOPLEXTM 6-950):5%、
・腐食抑制剤(King Industries社製NA-SULTM Ca/W1935):49%、
・土状黒鉛:3.5%、
・酸化亜鉛:1%、
・二酸化チタン:5%、
・三酸化ビスマス:5%、
・シリコーン(ポリジメチルシロキサン):1%、並びに
・酸化防止剤(Ciba-Geigy社製)
IRGANOXTM L150:0.3%および
IRGAFOSTM 168:0.2%。
【0158】
[ピン表面]
ピン表面は、機械研削仕上げ(表面粗さ3μm)の後、75〜85℃の燐酸亜鉛化成処理液中に10分間浸漬して、厚さ12μmの燐酸亜鉛被膜(表面粗さ8μm)を形成した。こうして下地処理したピン表面の全面に下記のようにして紫外線硬化樹脂からなる固体防食被膜を形成した。
【0159】
塗布用組成物は、中国塗料製のエポキシアクリル樹脂系紫外線硬化性樹脂塗料(無溶剤タイプ)に、防錆剤の亜リン酸アルミニウムと滑剤のポリエチレンワックスとを加えて調製した(固形分に基づく含有量で樹脂分94%、防錆剤5%、滑剤1%)。この組成物をピン表面の全面にスプレー塗布し、出力4kWの空冷水銀ランプからの紫外線(波長260nm)を照射することにより被膜を硬化させた。形成された被膜は、厚さ25μmで、無色透明であり、被膜の上から雄ねじ部を肉眼あるいは拡大鏡で検査することができた。
【0160】
高トルク試験では、ΔT比が105%であり、ボックス表面のねじ無し金属接触部(シール部とショルダー部)に高摩擦固体潤滑被膜を形成しない比較例3に比べて、ΔT比が飛躍的に増大した。また、従来のコンパウンドグリスを使用した比較例1に比べてもΔT比が大きくなった。締付け・緩め試験においても、10回の締付け・緩めを何ら問題なく実施できた。
【0161】
(比較例1)
表1に示す組成Aの炭素鋼製の特殊ねじ継手のピン表面およびボックス表面に対して、次に述べるように下地処理および潤滑処理を行った。
【0162】
[ボックス表面]
ボックス表面は、機械研削仕上げ(表面粗さ3μm)後、80〜95℃の燐酸マンガン化成処理液中に10分間浸漬して、厚さ15μmの燐酸マンガン被膜(表面粗さ12μm)を形成した。こうして下地処理したボックス表面に、API規格BUL 5A2に準拠した、粘稠液体状のコンパウンドグリスを塗布して潤滑被膜を形成した。コンパウンドグリスの塗布量はピンとボックスの合計の塗布量50gであった。塗布面積は合計でおよそ1400cm2であった。
【0163】
[ピン表面]
ピン表面は、機械研削仕上げ(表面粗さ3μm)の後、75〜85℃の燐酸亜鉛化成処理液中に10分間浸漬して、厚さ12μmの燐酸亜鉛被膜(表面粗さ8μm)を形成した。こうして下地処理したピン表面に、ボックス表面に用いたのと同じコンパウンドグリスを塗布した。
【0164】
締付け・緩め試験では、表3に示すように、10回の締付け・緩めにおいて、10回目までは焼付きの発生はなかった。しかし、コンパウンドグリスは鉛等の重金属を含有するため、人体、環境への有害性がある。
【0165】
高トルク試験では、高トルクでの締結でもショルダー部の降伏が起こらない高いTyを有する、大きなΔTを示した。この時のΔTを100として、ΔT比を算出した。
(比較例2)
表1に示す組成BのCr−Mo鋼製の特殊ねじ継手のピン表面およびボックス表面に対して、次に述べるように下地処理および被膜形成処理を行った。
【0166】
[ボックス表面]
ボックス表面は、機械研削仕上げ(表面粗さ3μm)後、80〜95℃の燐酸マンガン化成処理液中に10分間浸漬して、厚さ12μmの燐酸マンガン被膜(表面粗さ10μm)を形成した。こうして下地処理したボックス表面の全面に、実施例1に記載した粘稠液体潤滑被膜を同じ方法により形成した。溶剤の揮発後に厚さ約60μmの粘稠液体潤滑被膜が形成された。この潤滑被膜の摩擦係数は0.04である。
【0167】
[ピン表面]
ピン表面には、機械研削仕上げ(表面粗さ3μm)後、75〜85℃の燐酸亜鉛化成処理液中に10分間浸漬して、厚さ8μmの燐酸亜鉛被膜(表面粗さ8μm)を形成した。こうして下地処理したピン表面の全面にボックス表面と同じ粘稠液体潤滑被膜を厚み60μmで形成した。
【0168】
締付け・緩め試験では、10回の締付け・緩めにおいて、焼付きの発生はなく、極めて良好であった。しかし、高トルク試験では、従来のコンパウンドグリス(比較例1)に比べたΔT比が52%と極めて小さかった。すなわち、管状ねじ継手の接触表面の全面を摩擦係数の低い粘稠液体潤滑被膜をだけで被覆すると、ΔT比が大幅に小さくなることが改めて確認された。
【0169】
(比較例3)
表1に示す組成BのCr−Mo鋼製の特殊ねじ継手のピン表面およびボックス表面に対して、次に述べるように下地処理および被膜形成処理を行った。
【0170】
[ボックス表面]
ボックス表面は、機械研削仕上げ(表面粗さ3μm)後、80〜95℃の燐酸マンガン化成処理液中に10分間浸漬して、厚さ12μmの燐酸マンガン被膜(表面粗さ10μm)を形成した。こうして下地処理したボックス表面の全面に実施例4に記載した固体潤滑被膜を同様の方法で形成した。冷却後、厚さ約50μmの固体潤滑被膜(摩擦係数0.03)が形成された。
【0171】
[ピン表面]
ピン表面には、機械研削仕上げ(表面粗さ3μm)後、75〜85℃の燐酸亜鉛化成処理液中に10分間浸漬して、厚さ12μmの燐酸亜鉛被膜(表面粗さ8μm)を形成した。こうして下地処理したピン表面の全面に、実施例4に記載した紫外線硬化樹脂被膜(膜厚25μm)を同様の方法で形成した。
【0172】
締付け・緩め試験では、10回の締付け・緩めにおいて、焼付きの発生はなく、極めて良好であった。しかし、高トルク試験では、従来のコンパウンドグリスに比べたΔT比が70%と極めて小さかった。
【0173】
実施例1〜4で製造した管状ねじ継手の防錆性を調査するために、別途準備したクーポン試験片(70mm×150mm×1.0mm厚)に、表2のボックスに示したのと同じ下地処理および潤滑被膜の形成を行った。この試験片を塩水噴霧試験(JIS Z2371(ISO 9227に対応)準拠、温度35℃、1000時間)と湿潤試験(JIS K5600−7−2(ISO 6270に対応)準拠、温度50℃、湿度98%、200時間)に供して、発生の有無を検査した。その結果、実施例1〜4の管状ねじ継手は、いずれの試験でも錆の発生がないことを確認した。
【0174】
また、各実施例の管状ねじ継手を気密性試験や実掘削装置での実用試験で検証したところ、いずれも満足できる性能を示した。従来使用されていたコンパウンドグリスよりもΔTが大きいことから、締付けトルクが高くなっても安定して締付けを実施できることが実証された。
【0175】
以上に、本発明を現時点で好ましいと考えられる実施形態に関連して説明したが、本発明は以上に開示された実施形態に限定されるものではない。特許請求の範囲及び明細書全体から読み取れる発明の技術思想に反しない範囲で変更を加えることが可能であり、そのような変更を伴うねじ継手もまた本発明の技術的範囲に包含されるものとして理解されなければならない。
【符号の説明】
【0176】
A:鋼管;B:カップリング;1:ピン;2:ボックス;3a:雄ねじ部;3b:雌ねじ部;4a,4b:シール部;5a,5b:ショルダー部;10:高摩擦固体潤滑被膜(第1の固体潤滑被膜)、11:粘稠液体潤滑被膜および第2の固体潤滑被膜から選ばれた潤滑被膜、12:固体防食被膜

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ねじ部とシール部およびショルダー部を含むねじ無し金属接触部とからなる接触表面をそれぞれ備えたピンとボックスとから構成される管状ねじ継手であって、ピンとボックスの少なくとも一方の部材の接触表面のショルダー部を含む一部に第1の固体潤滑被膜を有し、該少なくとも一方の部材の接触表面のうちの少なくとも前記第1の固体潤滑被膜を有していない部分に粘稠液体潤滑被膜および第2の固体潤滑被膜から選ばれた別の潤滑被膜を有し、前記第1の固体潤滑被膜の摩擦係数は前記別の潤滑被膜の摩擦係数より高く、前記第1の潤滑被膜と前記別の潤滑被膜の両方が存在する部分では、前記別の潤滑被膜が上に位置することを特徴とする管状ねじ継手。
【請求項2】
前記接触表面のショルダー部を含む一部が接触表面のねじ無し金属接触部である、請求項1に記載の管状ねじ継手。
【請求項3】
ピンとボックスの少なくとも一方の部材のねじ無し金属接触部が前記第1の固体潤滑被膜を有し、該部材のねじ部が粘稠液体潤滑被膜および第2の固体潤滑被膜から選ばれた別の潤滑被膜を有する、請求項2に記載の管状ねじ継手。
【請求項4】
ピンとボックスの少なくとも一方の部材のねじ無し金属接触部が前記第1の固体潤滑被膜を有し、該部材の接触表面の全面が、前記固体潤滑被膜の上から形成された、粘稠液体潤滑被膜および第2の固体潤滑被膜から選ばれた別の潤滑被膜を有する、請求項2に記載の管状ねじ継手。
【請求項5】
前記ピンとボックスの一方の部材の接触表面が、ショルダー部を含むその一部に形成された第1の固体潤滑被膜と、少なくとも該第1の固体潤滑被膜を有していない部分に形成された粘稠液体潤滑被膜および第2の固体潤滑被膜から選ばれた別の潤滑被膜とを有しており、他方の部材の接触表面は、粘稠液体潤滑被膜および固体潤滑被膜から選ばれた潤滑被膜;固体防食被膜;ならびに下層の粘稠液体潤滑被膜および固体潤滑被膜から選ばれた潤滑被膜と上層の固体防食被膜とからなる2層被膜から選ばれた被膜を有する、請求項1に記載の管状ねじ継手。
【請求項6】
前記固体防食被膜が紫外線硬化樹脂を主成分とする被膜である、請求項5に記載の管状ねじ継手。
【請求項7】
前記ピンおよびボックスの少なくとも一方の接触表面が、被膜形成の前に、ブラスト処理、酸洗、リン酸塩化成処理、蓚酸塩化成処理、硼酸塩化成処理、電気めっき、および衝撃めっき、およびそれらの2種以上から選ばれた方法により表面処理されている、請求項1〜6のいずれかに記載の管状ねじ継手。
【請求項8】
前記第1の固体潤滑被膜の膜厚が5〜40μmである、請求項1〜6のいずれかに記載の管状ねじ継手。
【請求項9】
前記粘稠液体潤滑被膜の膜厚が5〜200μmであり、ただしこの粘稠液体潤滑被膜が前記第1の固体潤滑被膜の上に位置する場合には、第1の固体潤滑被膜の膜厚と粘稠液体潤滑被膜の膜厚との合計が200μm以下である、請求項8に記載の管状ねじ継手。
【請求項10】
前記第2の固体潤滑被膜の膜厚が5〜150μmであり、ただしこの第2の固体潤滑被膜が前記第1の固体潤滑被膜の上に位置する場合は、第1の固体潤滑被膜の膜厚と第2の固体潤滑被膜の膜厚との合計が150μm以下である、請求項8に記載の管状ねじ継手。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−108556(P2013−108556A)
【公開日】平成25年6月6日(2013.6.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−253187(P2011−253187)
【出願日】平成23年11月18日(2011.11.18)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)
【出願人】(595099867)バローレック・マネスマン・オイル・アンド・ガス・フランス (19)
【Fターム(参考)】