説明

高保磁力鉄系磁性粉末及び磁気記録媒体

【課題】磁性粉末の粒子サイズが極微小になっても、高記録密度磁気媒体に使用するための優れた磁気特性、特に高保磁力を得ることができる磁性粉末、及びそれを使用した磁気記録媒体を提供する。
【解決手段】W及びMoの少なくとも1種類以上をFeに対する原子比で合計0.01〜10原子%含む鉄系磁性粉末、特に、Fe162主体の磁性粉末。これらにおいて、特に238kA/m(3000 Oe)以上の高保磁力を呈するものが好適な対象となる。W、Moの他には更にAl及び希土類元素(Yも希土類元素として扱う)の1種以上をFeに対する原子比で合計25原子%以下の範囲で含むことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高記録密度の磁気記録媒体に適した鉄系磁性粉末であって、特に高い保磁力Hcを付与したもの、及びその鉄系磁性粉末を用いた磁気記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の磁気記録媒体には一層の高記録密度化が望まれており、それに伴い記録波長の短波長化が進められている。磁性粒子の大きさは、短波長の信号を記録する領域の長さよりも極めて小さくなければ、明瞭な磁化遷移状態を作り出すことができず、実質的に記録不可能となる。このため磁性粉末には、その粒子の大きさが記録波長よりも十分に小さいことが要求される。
【0003】
また高密度化を進めるためには記録信号の分解能を上げる必要があり、そのために磁気記録媒体のノイズを低減することが重要となる。ノイズは粒子の大きさによる影響が大きく、微粒子であるほどノイズ低減に有利となる。よって、高記録密度用の磁性粉末としては、この点からも粒子の大きさが十分に小さいことが要求される。
【0004】
現状では高密度化に対応して磁性粉末の粒子の大きさを小さくしていくと、保磁力Hcが低くなることが問題となっている。したがって、高密度化に対応した磁気記録媒体に用いられる磁性粉末としては、高密度な媒体中での磁性の保持及び出力確保のため、より高い保磁力Hcが必要になる。
【0005】
このような磁性粉末が得られたとしても、塗料化して塗布する際の磁性層の厚さが厚いと、最短記録波長領域においては、従来記録波長が長かったために目立った問題にならなかった自己減磁損失や、磁性層の厚さに起因する厚み損失などの影響が大きく表れ、十分な分解能が得られないといった現象が生じる。このような現象は、磁性粉末による磁気特性の改善や、媒体製造技術による表面性向上だけでは克服できず、磁性層の薄層化が必要になる。磁性層を薄層化する場合、粒子の大きさが従来の100nm程度のものを使用する限り、薄くするには限界が生じるため、この点からも粒子の大きさが小さいことが要求される。
【0006】
しかし、微粒子化し、或いは一定以上に粒子の体積減少が生じると、熱揺らぎによって著しい磁気特性の低下を生じ、さらに小さくすると超常磁性となって磁性を示さなくなるという現象が生じる。また微粒子化するに従って比表面積が増大するので耐酸化性が悪くなるという問題も起こる。よって、高密度記録媒体に適した磁性粉末としては、微粒子化してもこの超常磁性に耐えうる熱安定性、すなわち大きな異方性定数を持ち、高いHc(保磁力)、高いσs(飽和磁化)、低いSFD(保磁力分布)及び優れた耐酸化性を実現できるものが必要となり、また、その粉末は極薄塗布が可能であるほどの微粒子でなければばらない。
【0007】
特許文献1には、高密度記録媒体に適し優れた磁気特性を有する磁性粉末として長軸径30〜120nmで、軸比が3〜8、Hcが79.6〜318.5kA/m、σsが100〜180kA2/kgの特性を持つ強磁性金属粉末を使用することが記載されている。
【0008】
優れた磁気特性を持つ高密度記録媒体に適した磁性粉末としてFe162相を主相とする窒化鉄系磁性粉末が知られており、特許文献2や3に開示されている。特許文献2には、高保磁力、高飽和磁化を発現する磁性体として比表面積の大きな窒化鉄系の磁性体が開示され、Fe162相の結晶磁気異方性と磁性粉末の比表面積を大きくすることの相乗効果として、形状に因らず高磁気特性が得られることが教示されている。また、高密度記録媒体に適した窒化鉄系磁性粉末としては、特許文献3に、本質的に球状ないし楕円状の希土類−窒化鉄系の磁性粉末が記載されている。Fe162相を主相とする希土類−窒化鉄系磁性粉末は20nm程度(平均粒子体積4187nm3)の微粒子であるにもかかわらず、保磁力が200kA/m(2512 Oe)以上と高く、またBET法による比表面積が小さいことから飽和磁化も高く、この希土類−窒化鉄系磁性粉末を使用することにより、塗布型磁気記録媒体の記録密度を飛躍的に高めることができると記載されている。
【0009】
【特許文献1】特開2001−6147号公報
【特許文献2】特開2000−277311号公報
【特許文献3】国際公開03/079333号パンフレット
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記特許文献2及び3に記載されているように、Fe162相を主とする磁性粉末は大きな結晶磁気異方性を示し、磁性材料として高いポテンシャルを持っていることが記載されている。ところが、最近では従来にも増してテープ媒体の高記録密度化の傾向が強まっており、それに対応した微粒子の開発が望まれている。
【0011】
微粒子の開発を進めていくにあたって付随してくるものが、磁気特性の劣化である。その磁気特性の中でも、特に保磁力Hcが低下していくと、粒子は熱揺らぎの影響を受けやすくなる。熱揺らぎの影響を受けると、磁性粉末は磁化が保持できず、つまり記録媒体に記録された情報が保持できなくなり、最悪の場合には記録した情報が消えてしまうといった問題が生じる。
【0012】
本発明は、磁性粉末の粒子サイズが極微小になっても、高記録密度磁気媒体に使用するための優れた磁気特性、特に高保磁力を得ることができる磁性粉末、及びそれを使用した磁気記録媒体を提供しようというものである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは前記の課題を解決するために種々の検討を行った結果、W等の元素を固溶または被着させたオキシ水酸化鉄または鉄酸化物を還元し、必要に応じて窒化することによって、磁気特性、特に保磁力Hcが良好でテープ化した際に熱揺らぎの影響を受けにくい磁性粉末が得られることを見出した。
【0014】
また、本発明者らの更なる研究によれば、Wだけでなく、Mo等の元素添加によっても保磁力が大幅に改善することを見出した。すなわち、特定元素を固溶または被着させたオキシ水酸化鉄または鉄酸化物を原料とすることによって、従来には見られない保磁力に優れた磁性粉末が得られる。
【0015】
本発明では、W及びMoの少なくとも1種類以上をFeに対する原子比で合計0.01〜10原子%含む鉄系磁性粉末、特に、Fe162主体の磁性粉末が提供される。また、これらにおいて、更にAl及び希土類元素(Yも希土類元素として扱う)の1種以上をFeに対する原子比で合計25原子%以下の範囲で含むものが提供される。
【0016】
ここでいうFeに対する元素X(W、Mo、Al、希土類元素等)の原子比とは、粉体中の元素X及びFeの量比を原子%で表したものである。具体的には粉体の定量分析から算出されるX量(原子%)とFe量(原子%)を用いて、下記(1)式において定まる値が採用される。
X量(原子%)/Fe量(原子%)×100 ……(1)
元素Xの存在形態は磁性相中に固溶されていても構わないし、表面に被着していても構わない。
【0017】
本発明の鉄系磁性粉末は、α−Fe、Fe−Co合金、窒化鉄(特にFe162を主体とするもの)、あるいはこれらを酸化処理したものなど、Feを主成分とする磁性粉末であり、特に保磁力Hcが238kA/m(3000 Oe)以上であるものが好適な対象となる。本発明の粉末には、W、Moの1種以上の他、N、Co、Al、希土類元素(Yも希土類元素として扱う)の1種以上が含まれていて構わないが、元素分析によれば、その他の元素として酸化被膜等の酸素が検出されることがある。これら以外の残部は実質的にFeである。ここで、「実質的に」とは、本発明の目的を阻害しない限り上記以外の元素の混入が許容されることを意味する。「残部が実質的にFe」には「残部がFeおよび不可避的不純物」である場合が含まれる。
「Fe162を主体とする」とは、Co−Kα線を用いた当該粉末のX線回折パターンにおいて、2θ=50.0°付近に検出されるピークの強度I1と、2θ=52.4°付近に検出されるピークの強度I2との強度比、I1/I2が、1〜2の範囲にあるものをいう。ここで、I1はFe162相の(202)面のピーク強度であり、I2はFe162相の(220)面のピークとFe相の(110)面のピークが重なったピークの強度である。
【0018】
本発明の磁性粉末は、特に平均粒子径20nm以下のナノ粒子で構成されるものが好適な対象となる。平均粒子径は後述する方法により定めることができる。
【0019】
また本発明では、これらの磁性粉末を磁性層に使用した磁気記録媒体が提供される。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、高記録密度磁気記録媒体用の磁性粉末において、今後の磁性粉末の微粒子化による磁気特性、特に保磁力Hcの低下を顕著に改善したものが提供可能になった。したがって本発明は、磁気記録媒体における記録密度の大幅な向上及びそれを搭載した電子機器の性能向上に寄与するものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明の磁性粉末は、前記のように磁性粉末の微粒子化による磁気特性、特に保磁力Hcの低下を大幅に改善したものである。その保磁力改善手法として、W及びMoの1種以上を鉄系磁性粒子中に含ませる。これらの元素は、後述するように、原料粉末であるオキシ水酸化鉄または鉄酸化物を生成する段階で固溶または被着させるとよい。その原料粉末を還元し、必要に応じて窒化することによって、ナノ粒子でありながら保磁力の高い磁性粉末が得られる。W及びMoの1種以上を含ませることによる保磁力改善メカニズムについては、現時点で明確に把握できていない。ただ、これらの元素を含ませていない従来の磁性粉末とは明らかに異なる保磁力を呈することから、WやMoは形状磁気異方性である磁性粉体中の結晶子の磁気モーメントが規律良く整列することに寄与しているか、あるいはWやMoが結晶磁気異方性である磁性粉体の結晶構造の歪みを顕著に低減する作用を有しているのではないかと推察される。
【0022】
W、Moの含有量は、最終的な磁性粉末においてWとMoの合計含有量がFeに対する原子比で0.01原子%以上になると保磁力の改善効果が現れる。0.5原子%以上でその効果はさらに大きくなる。ただし10原子%を超えて多くなると非磁性成分が増大することによる影響が大きくなると考えられ、保磁力の改善効果は低減する。したがって、W及びMoの1種以上を合計0.01〜10原子%の範囲で含有させる。0.05〜3原子%とすることがより好ましい。
【0023】
Alや希土類元素(Yも希土類元素として扱う)は原料粉末を還元する際に焼結防止効果を発揮するので、本発明ではその効果を積極的に利用することが好ましい。これらの焼結防止元素は、1種以上を原料粉末中に固溶あるいは被着させることによって含有させる。Al、希土類元素は、最終的な磁性粉末においてFeに対する原子比で合計25原子%以下の範囲になるように原料粉末に含有させることが望ましい。あまり少ないと効果が十分発揮されないので、合計5.0原子%以上含有させることが好ましい。Feに対する原子比でAlは20原子%以下、希土類元素(Yも希土類元素として扱う)は5原子%以下好ましくは3原子%以下とすることが望ましい。
【0024】
磁性粉末としての磁気特性は、平均粒子径との関係で評価する必要がある。平均粒子径が20nmを超える粉末において保磁力が238kA/m(3000 Oe)未満だと、従来の磁気記録媒体用磁性粉に対するメリットはそれほど大きくない。したがって、本発明の磁性粉末としてはWやMoによって保磁力を238kA/m以上に向上させたものが好適な対象となる。特に平均粒子径20nm以下のナノ粒子で構成される磁性粉において保磁力238kA/m以上を呈するものは、従来にはない優れた磁気特性を発現するものであり、これは高密度磁気記録媒体に特に適した磁性粉末であると言える。粒子径は原料粉末のサイズに依存するので、サイズの小さい原料粉末を合成し使用することにより最終的な磁性粉末の平均粒子径を20nm以下にコントロールできる。保磁力については前述のようにW、Moを所定量含有させることによってコントロールできる。
【0025】
以下、保磁力を高めた本発明の鉄系磁性粉末を得るための製造法について説明する。
まず、還元処理を行うための原料粉末として、W及びMoの1種類以上を含有するオキシ水酸化鉄や、ヘマタイト、マグネタイト、ウスタイトなどの酸化鉄を用意する。「W及びMoの1種類以上を含有する」とは、W及びMoがこれらの原料粉末の粒子の中に存在する(固溶している)場合と、粒子表面に被着して存在する場合、あるいはその両方の形態で存在する場合が含まれる。
【0026】
W及びMoの少なくとも1種類以上が固溶したオキシ水酸化鉄を作製するには、オキシ水酸化鉄を湿式法で合成する際に、W及びMoの少なくとも1種類以上の元素をオキシ水酸化鉄生成反応中に同伴させる。例えば、第一鉄塩水溶液(FeSO4、FeCl2、Fe(NO3)2などの水溶液)を水酸化アルカリ(NaOHやKOH水溶液)で中和した後、空気などで酸化してオキシ水酸化鉄を生成させる方法では、このオキシ水酸化鉄の生成反応を、W及びMoの1種類以上を含む酸化物塩、硝酸塩、硫酸塩あるいは塩化物の存在下で行えばよい。また、第一鉄塩水溶液を炭酸アルカリで中和した後、空気などで酸化してオキシ水酸化鉄を生成させる方法でも、このオキシ水酸化鉄の生成反応をW及びMoの1種類以上を含む酸化物塩、硝酸塩あるいは塩化物の存在下で行えばよい。あるいは、第二鉄塩水溶液(FeCl3などの水溶液)をNaOHなどで中和してオキシ水酸化鉄を生成させる反応を、W及びMoの1種類以上を含む酸化物塩、硝酸塩、硫酸塩あるいは塩化物の存在下で行ってもよい。
【0027】
これらの製造法において、Al、希土類元素(Yも希土類元素として扱う)などの焼結防止元素をWやMoとともにオキシ水酸化鉄粒子中に存在させてもよい。その場合には、Al、希土類元素(Yも希土類元素として扱う)などの焼結防止元素も、オキシ水酸化鉄粒子を合成する工程において固溶または被着させるとよい。その際は、水溶性Al塩、希土類元素、イットリウム等の水溶液を添加すればよい。
【0028】
また別法として、W及びMoの1種類以上をオキシ水酸化鉄の生成後に粒子表面に被着させる方法も採用できる。その場合は、まず上述のオキシ水酸化鉄合成方法において、W及びMoの固溶操作を行わずに、Alや希土類元素を固溶させたものを作るか、何も固溶させずにオキシ水酸化鉄を作製する。その後、このオキシ水酸化鉄を分散させた液にW及びMoの1種類以上を含む酸化物塩、硝酸塩、硫酸塩あるいは塩化物を添加して、アルカリで中和する方法や、該分散液から水を蒸発させる方法などによって、粒子表面にW及びMoの1種類以上の元素を被着させることができる。W、Moは、粒子中に固溶させてから更に被着させる方法で含有させてもよい。
【0029】
Al、希土類元素(Yも希土類元素として扱う)などの焼結防止元素についても、WやMoと一緒に被着させることができる。その場合は、オキシ水酸化鉄を分散させた液に更に水溶性Al塩、希土類元素、イットリウム等の水溶液を添加すればよい。
【0030】
前記のW、Moの酸化物塩、塩化物あるいは硫酸塩等としては、タングステン酸ナトリウム・二水和物、タングステン酸ナトリウム無水、タングステン酸カリウム、タングステン酸カルシウム、タングステン酸バリウム、塩化タングステン、タングステンエトキシドモリブデン酸ナトリウム・二水和物、ブリブデン酸アンモニウム、モリブデン酸カリウム、モリブデン酸カルシウム、モリブデン酸コバルト、モリブデン酸鉛、モリブデン酸マグネシウム、モリブデン酸リチウム、塩化モリブデン(III)、塩化モリブデン(V)、硫化モリブデン(IV)、硫化モリブデン(VI)等が挙げられる。
【0031】
このようにして得られたW及びMoの1種類以上を含むオキシ水酸化鉄は、濾過、水洗工程を経た後、200℃以下の温度で乾燥し、これを原料粉末として使用することができる。あるいはオキシ水酸化鉄を、200〜600℃で脱水する処理や、水分濃度5〜20質量%の水素雰囲気で還元する処理に供することにより、オキシ水酸化鉄から変性した酸化鉄粒子とし、これを原料粉末としてもよい。これらの原料粉末は鉄と酸素、水素を含む化合物であれば特に限定されるものではなく、オキシ水酸化鉄(ゲーサイト)の他、ヘマタイト、マグヘマイト、マグネタイト、ウスタイト等が挙げられる。本明細書ではこのような鉄のオキシ水酸化物または酸化物を「原料粉末」と称している。
【0032】
次いで、原料粉末をα−FeまたはFe−Co合金に還元する。還元処理は原料粉末がα−Fe等に還元されれば、どのような方法を用いてもよいが、一般的には水素(H2)を使用した乾式法が適している。その乾式法による還元温度は300〜700℃が好ましく、350〜650℃が一層好ましい。
上記還元温度でα−Fe等に還元した後、温度をさらに上げて結晶性を向上させる多段還元を実施してもよい。
【0033】
還元後、窒化処理を行う場合は、特開平11−340023号公報に記載されているアンモニア法を適用することができる。すなわちアンモニアに代表される窒素含有ガス、またはその窒素含有ガスを50vol%以上の割合で混合した混合ガスを200℃以下で流しながら、数十時間保持することによってFe162相を主体とする窒化鉄粉体を得ることができる。その際には、反応槽内を0.1MPa以上の加圧下で行っても良い。なお、この窒化処理に使用するガス中の酸素量は数ppmもしくはそれ以下であることが望ましい。窒化処理反応槽中の酸素濃度、水素濃度又は水分濃度は0.1vol%以下であることが好ましく、数百ppm以下であることが一層好ましい。
【0034】
磁性粉末中のN量は、窒化処理温度や時間、雰囲気を制御することによって、Feに対する原子比で5〜30原子%好ましくは10〜30原子%程度とすることが効果的である。N/Fe原子比が5原子%未満だと、窒化による効果、すなわち結晶磁気異方性による良好な磁気特性が十分に発揮されない。逆に30原子%を超えると窒化過剰なため目的とするFe162相以外の相が出現し、磁気特性が悪化するようになる。
【0035】
このあとは、窒素中に酸素を0.01〜2vol%程度含有させた混合ガスで粒子表面を徐酸化し、大気中でも安定に取り扱える鉄系磁性粉末とすることが好ましい。
【0036】
以下、後述の実施例で得られた特性値の測定方法などについて予め説明する。
〔組成分析〕
磁性粉末中のFeの定量は平沼産業株式会社製平沼自動滴定装置(COMTIME−980)を用いて行った。また磁性粉末中のAl、希土類元素(Yも希土類元素として扱う)、W、Moの定量は日本ジャーレルアッシュ株式会社製高周波誘導プラズマ発光分析装置(IRIS/AP)を用いて行った。これらの定量結果は質量%として与えられるので、一旦全元素の割合を原子%に変換し、前述の(1)式に従って元素XのFeに対する原子比(X/Fe原子比)を算出した。
【0037】
〔粉体バルク特性〕
・平均粒子径(nm): 倍率10万倍以上の透過型電子顕微鏡(TEM)写真として映し出された粒子のうち、2粒子もしくはそれ以上の粒子が重なっているのか焼結しているのか判別できない粒子を除き、粒子同士の境界が判別できる粒子1000個について、それぞれの粒子の中で写真上での最も長い径を測定して、それを個々の粒子の径(nm)とし、その平均値を平均粒子径とする。
【0038】
・磁気特性(保磁力Hc、飽和磁化σs、角形比SQ): VSM(東英工業株式会社製、VSM−7P)を用いて、最大796kA/mの外部印加磁場で測定した。すなわち、まず外部磁場796kA/mを一方向に印加し(こちらを正方向とする)、次いで外部磁場0まで7.96kA/mごとに減少させ、その後逆方向(負方向)に7.96kA/mごとに印加してヒステリシス曲線を作成し、このヒステリシス曲線からHc、σs、SQを求める。ここで角形比SQ=残留磁化σr/飽和磁化σsである。
・比表面積: BET法で測定する。
【0039】
〔Fe162相の生成率〕
磁性粉末について、X線回折装置(株式会社リガク製、RINT−2100)を用いて、Co−Kα線を使用して、40kV、30mAにて2θ=20〜60°の範囲をスキャンスピード0.80°/min、サンプリング幅0.040°でスキャンすることによりX線回折パターンを求め、2θ=50.0°付近に検出されるピークの強度I1と、2θ=52.4°付近に検出されるピークの強度I2との強度比I1/I2(前述)の値によってFe162相の生成率を評価する。I1/I2=2のとき、その粉末中のFe162相の生成率は100%とする。I1/I2=1のとき、その粉末中のFe162相の生成率は50%とする。したがって本発明でいう「Fe162を主体とする粉末」とは、I1/I2が1〜2の範囲にあるもの、つまりFe162相の生成率が50〜100%のものを表している。
【0040】
〔テープ特性の評価法〕
[1]磁性塗料の作製
磁性粉末0.500gを秤量し、ポット(内径45mm、深さ13mm)へ入れる。蓋を開けた状態で10分間放置する。次にビヒクル〔塩ビ系樹脂MR‐110(22質量%)、シクロヘキサノン(38.7質量%)、アセチルアセトン(0.3質量%)、ステアリン酸nブチル(0.3質量%)、メチルエチルケトン(MEK,38.7質量%)の混合溶液〕をマイクロピペットで0.700mL採取し、これを前記のポットに添加する。すぐにスチールボール(2φ)30g、ナイロンボール(8φ)10個をポットへ加え、蓋を閉じ10分間静置する。その後、このポットを遠心式ボールミル(FRITSCH P−6)にセットし、ゆっくりと回転数を上げ、600rpmに合わせ、60分間分散を行う。遠心式ボールミルが停止した後、ポットを取り出し、マイクロピペットを使用し、あらかじめMEKとトルエンを1:1で混合しておいた調整液を1800mL添加する。再度、遠心式ボールミルにポットをセットし、600rpmで5分間分散し、分散を終了する。
【0041】
[2]磁気テープの作製
前記の分散を終了した後、ポットの蓋を開け、ナイロンボールを取り除き、塗料をスチールボールごとアプリケータ(55μm)へ入れ、支持フィルム(東レ株式会社製のポリエチレンフィルム:商品名15C−B500:膜圧15μm)に対して塗布を行う。塗布後、すばやく5.5kGの配向器のコイル中心に置き、磁場配向させ、その後乾燥させる。
【0042】
[3]テープ特性の評価試験
磁気特性の測定: 得られたテープについてVSMを用いて、最大796kA/mの外部印加磁場で、保磁力Hcx、SFDx及びSQxの測定を行う。
【実施例】
【0043】
〔実施例1〕
0.2mol/L(Lはリットルを表す)のFeSO4水溶液4Lに、12mol/LのNaOH水溶液0.5LとW/Fe(WのFeに対する原子比、以下同様)=1.0原子%となる量のタングステン酸ナトリウム・二水和物及びAl/Fe=20原子%となる量のアルミン酸ナトリウムを添加したうえで、40℃の液温を維持しながら空気を300mL/minの流量で2.5時間吹き込むことにより、W及びAlを固溶させたオキシ水酸化鉄を析出させた。この酸化処理の後、析出したオキシ水酸化鉄をろ過・水洗したうえ再度水中に分散させた。
【0044】
この分散液にY/Fe=1.0原子%となる量の硝酸イットリウムを加え、40℃で12mol/LのNaOH水溶液をpH=7〜8になるように調整し、粒子表面にイットリウムを被着させた。その後にろ過・水洗を行い、空気中110℃で乾燥させた。
【0045】
得られた粉末は、組成分析の結果、Feに対するW、Al及びYの原子比は、W/Fe=0.51原子%、Al/Fe=18.5原子%、Y/Fe=1.0原子%であった。
【0046】
得られた粉末を出発原料として、650℃、3h水素ガスにより還元処理を施した後、100℃まで冷却を行った。この温度で水素ガスからアンモニアガスに切り替えて、再度130℃まで昇温し、20h窒化処理を行った。窒化処理後、窒素ガスに切り替えて80℃まで冷却した。その後、この窒素ガスに酸素濃度が2vol%となるように空気を注入していき、粒子表面を徐酸化処理して粒子表面に酸化膜を生成させた後、磁性粉末を取り出した。
【0047】
得られた磁性粉末は、X線回折の結果Fe162を主体とする鉄系磁性粉末であることが確認された(以下の実施例、比較例において同じ)。
この磁性粉末について、透過型電子顕微鏡を用いて倍率174000倍で粒子撮影を行い、上記の方法にて平均粒子径を求めた結果、平均粒子径は18.8nmであった。また、上記の手法でBET比表面積、Hc、σs、SQ、Δσs及びΔHcを求めた。
さらに前記の方法でこの磁性粉末を使用して磁性塗料を作り、これを用いて磁気テープを作製した。そのテープについて上記のテープ特性Hcx、SFDx及びSQxを求めた。
これらの結果を表1に示す(以下の実施例、比較例において同じ)。
【0048】
〔実施例2〕
実施例1オキシ水酸化鉄を析出させる工程においてタングステン酸ナトリウム・二水和物の添加量をW/Fe=0.1原子%となるように変更した以外、実施例1と同様の条件で磁性粉末を製造し、実施例1と同様の測定を行った。
【0049】
〔実施例3〕
実施例1オキシ水酸化鉄を析出させる工程においてタングステン酸ナトリウム・二水和物の添加量をW/Fe=5.0原子%となるように変更した以外、実施例1と同様の条件で磁性粉末を製造し、実施例1と同様の測定を行った。
【0050】
〔実施例4〕
実施例1オキシ水酸化鉄を析出させる工程においてタングステン酸ナトリウム・二水和物の代わりにモリブデン酸ナトリウム・二水和物をMo/Fe=1.0原子%となるように添加したこと以外、実施例1と同様の条件で磁性粉末を製造し、実施例1と同様の測定を行った。
【0051】
〔比較例1〕
実施例1のオキシ水酸化鉄を析出させる工程において、タングステン酸ナトリウム・二水和物を添加しない以外は実施例1と同様の方法で磁性粉末を得た。
【0052】
【表1】

【0053】
表1からわかるように、W、Moを所定量含有させた各実施例の鉄系磁性粉末は、それらの元素を含有させていない比較例のものと比べ保磁力Hcが大幅に向上した。これらの実施例のものは平均粒子径が20nm以下のナノ粒子であるにもかかわらず、保磁力Hcは238kA/m(3000 Oe)に対して余裕を持ってクリアしている。また、テープ特性においても保磁力Hcxの顕著な向上が認められた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
W及びMoの1種以上をFeに対する原子比で合計0.01〜10原子%含む鉄系磁性粉末。
【請求項2】
W及びMoの1種以上をFeに対する原子比で合計0.01〜10原子%含むFe162主体の鉄系磁性粉末。
【請求項3】
更にAl及び希土類元素(Yも希土類元素として扱う)の1種以上をFeに対する原子比で合計25原子%以下の範囲で含む請求項1または2に記載の鉄系磁性粉末。
【請求項4】
保磁力Hcが238kA/m以上である請求項1〜3に記載の鉄系磁性粉末。
【請求項5】
平均粒子径が20nm以下である請求項1〜4に記載の鉄系磁性粉末。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の鉄系磁性粉末を磁性層に用いた磁気記録媒体。

【公開番号】特開2007−134614(P2007−134614A)
【公開日】平成19年5月31日(2007.5.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−328317(P2005−328317)
【出願日】平成17年11月14日(2005.11.14)
【出願人】(506334182)DOWAエレクトロニクス株式会社 (336)
【Fターム(参考)】