説明

高分子とその内部に形成されたヒドロキシアパタイトとの複合体の製造方法

【課題】 人工骨材料等に有用なヒドロキシアパタイトが高分子基板の内部に強固に接合した良好な生体適合性複合体を、簡便に形成させる方法を提供する。
【解決手段】 カルシウムイオン及びリン酸イオンを含む水溶液に高分子電解質を添加して作成されるヒドロキシアパタイト過飽和溶液中に、膨潤性高分子を浸漬させることにより、その高分子の内部にヒドロキシアパタイトを形成させるヒドロキシアパタイトと高分子の複合体の製造方法である。この方法は、高分子に強固に結合した透明なヒドロキシアパタイト複合体を得ることができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工骨などに利用される高分子基板の内部に結合したヒドロキシアパタイトに関するものである。

【背景技術】
【0002】
一般に高分子材料とヒドロキシアパタイトは軽量であるから、高分子とそれと結合したヒドロキシアパタイトの複合体は、或る程度の可撓性と強度を兼ね備えていれば、本来、生体適合性を有するために人工骨材料などとして有望なものであることから、これらに関する数多くの研究開発が活発に行われている。
高分子材料(基板)とヒドロキシアパタイトの複合体を製造する場合、通常、ヒドロキシアパタイトのみを製造する際に採られる焼結、水熱合成等の方法では、高分子基板を用いるために不適であることから、従来より高分子基板の存在する水溶液中においてヒドロキシアパタイトを析出させる方法が採用されている。
【0003】
ところが、ヒドロキシアパタイトは水への溶解度が低いため高分子基板の内部に析出させるには、多大な労力と長時間を要するという難点がある。また高分子基板とヒドロキシアパタイトは強固な物理的或いは化学的結合を形成している必要があり、単なる混合成型法あるいは沈澱法によっては求める複合体を得ることができない。
現在、この種の複合体を得る方法としては、カルシウムイオンを含む溶液とリン酸イオンを含む溶液とをそれぞれ別個に設け、それらの両溶液中に高分子基板を交互に浸漬する方法(例えば、非特許文献1参照)が知られているが、高分子基板の浸漬を交互に繰り返し行うことは作業が繁雑であり、また良質な複合体を得ることは困難である等の問題がある。
【0004】
【非特許文献1】Biomaterials,22(2001)p53−58
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、従来の技術における上記した実状に鑑みてなされたものである。すなわち、本発明の目的は、人工骨材料などに有用なヒドロキシアパタイトが高分子の内部に強固に接合した良好な生体適合性を有する複合体を、簡易に形成させる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明は、カルシウムイオン及びリン酸イオンを含む水溶液に高分子電解質を添加して生成するヒドロキシアパタイト過飽和溶液中に、溶液中で膨潤する固体の高分子を浸漬させることにより、その膨潤高分子の内部にヒドロキシアパタイトを形成させることを特徴とするヒドロキシアパタイトと高分子の複合体の製造方法である。このヒドロキシアパタイトとは高分子基板と強く結合して形成されているものである。
また本発明は、上記の方法で得られたヒドロキシアパタイトと高分子の複合体である。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、カルシウムイオンとリン酸イオンを含む水溶液に高分子電解質を添加したから水溶液中のイオン濃度を高めることができ、一方では膨潤高分子の内部に核形成の場を提供することにより、高分子の内部に強く結合したヒドロキシアパタイトが形成されるので、ヒドロキシアパタイトと高分子の透明で良好な複合体を簡易に製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
本発明は、カルシウムイオン及びリン酸イオンを含む水溶液に高分子電解質を添加することにより、ヒドロキシアパタイト(HAP)の過飽和溶液を生成させ、その溶液中に膨潤する固体高分子を漬けると膨潤した高分子の内部にHAPが析出し、HAPと高分子が強固に結合した複合体を得るものである。
【0009】
高分子電解質をカルシウムイオン及びリン酸イオンを含む水溶液に添加すると、水溶液中のイオン活動度が低下するために全体に溶解可能なイオン濃度が上昇し、また膨潤した高分子の内部にHAPの核が生成し、その核が成長して高分子鎖に強く結合したHAP/高分子複合体が得られるものと考えられる。また高分子が膨潤していることから、1.溶液中から膨潤高分子内部への原料イオンの供給が容易に進行し、2.生成したHAPが高分子基板を破壊することなく存在できるスペースを確保しているものと考えられる。
【0010】
本発明において、カルシウムイオンを供給するCa塩としては、塩化カルシウム、硝酸カルシウム、臭化カルシウム、ヨウ化カルシウム、フッ化カルシウム、水酸化カルシウムなどが使用可能であるが、原料入手の容易性や経済性、溶解性などを考慮すると塩化カルシウムが望ましい。本発明に用いる水溶液のCa塩濃度は、通常0.1〜10mMが好ましく、1〜6mMがより好ましい。また、そのCa塩の濃度は、他の原料物質であるリン酸塩よりも過剰量であることが好ましく、より好ましくはリン酸塩の5/3倍程度である。
また、リン酸イオンを供給するリン酸塩としては、リン酸水素二アンモニウム、リン酸二水素アンモニウム、リン酸水素二カリウム、リン酸二水素カリウム、リン酸三カリウム、リン酸水素二ナトリウム、リン酸二水素ナトリウム、リン酸三ナトリウムなどを用いることができるが、安定性、潮解性および水溶液のpHなどを考慮した場合、リン酸水素二ナトリウムを用いることが好ましい。
【0011】
本発明においては、前記両イオンを含む水溶液に高分子電解質を添加した水溶液を調整する。高分子電解質としては、イオン性高分子化合物またはその塩が用いられ、例えば、ポリアニオンとしては、ポリアクリル酸、ポリメタクリル酸、水溶性カルボキシメチルセルロース、ポリスチレンスルホン酸、ポリアスパラギン酸などを用いる。或いは場合によっては、それらの混合物や共重合物を用いることができる。ポリカチオンとしては、例えばポリアリルアミン、ポリエチレンイミンなどが用いられる。
【0012】
高分子電解質の濃度は、水溶液中でHAPが析出して懸濁状態で浮遊し、HAP/高分子複合体の形成に悪影響を及ぼさない量であればよく、一般的にはポリマーの繰り返し単位濃度で0.01〜2mMが好ましく、0.05〜1mMがより好ましい。これより過剰量を用いてもHAPの析出物を得ることは可能であるが、同時に液体中に沈殿物が生成するという不具合が発生する恐れがあり、過度に高濃度のものを用いることは効率的でない。
【0013】
上述した水溶液中に浸漬する高分子としては、多糖類、タンパク質などの天然高分子化合物、水酸基やカルボキシル基などの生体に親和性を持つ固体の合成高分子化合物であれば使用可能であって、具体的には、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリビニルアセテート、コラーゲン、キチン、キトサンなどが挙げられ、またこれらの混合物、共重合体であっても良い。また例えば、ポリアクリル酸(PAA)のような水溶性の高分子であっても、上述の高分子との混合物や(直鎖、グラフト、架橋)共重合体であり、かつ水溶液中で溶解することがなければ使用可能である。またその形状としては、溶液中から内部に原料イオンを供給できれば良く、例えば、フィルムなどの板状物、棒状物、角状物、円筒状物、球状物などが挙げられる。
【0014】
実施例
以下、本発明を実施例によりさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例によって何ら限定されるものではない。
【実施例1】
【0015】
平均分子量約2000のポリアクリル酸(PAA)を高分子電解質として用いて、PAA0.139mM(モノマー単位)、塩化カルシウム5mM、リン酸水素二アンモニウム3mM及びNaCl140mMを含む水溶液を作成し、この溶液をTrs−HClバッファを用いてpHを7.4に調整したHAPの過飽和水溶液200mLを用意した。
これとは別に、重合度約2000のポリビニルアルコール(PVA)1重量%を含む水溶液と分子量約250,000のPAA1重量%を含む水溶液を同量混合し、良く攪拌した後シャーレに注ぎ乾燥させた。次に、乾燥後に形成された膜を剥がし、これを110℃で1時間加熱することにより架橋した高分子膜(基板膜)を作製した。
得られた高分子膜11.0mg(乾燥重量)を30℃に保った上記の水溶液に浸漬したところ、高分子膜は溶液中で膨潤した。これを24時間浸漬した後、乾燥させることにより、最初の高分子膜に対し、5.9mg重量増加した乾燥生成物であるHAPと高分子の複合体(HAP/高分子複合体)を得た。
得られたHAP/高分子複合体中のHAP含有率は、
HAP含有率(%)=(増加重量/複合体重量)×100
により評価すると、34.9重量%であった。
得られた複合体は、図1に見られるように、透明であり、湿潤状態では柔軟なものであった。図1は、得られた複合体をピンセットの片側に載せた状態を撮影した拡大写真であり、半分に曲がり垂れている状態を示している。
【0016】
同様の方法で高分子膜7.5mg(乾燥重量)を333時間浸漬した後、乾燥させることにより、最初の乾燥高分子膜に対し、19.7mg重量増加したHAP/高分子複合体を得た。この複合体のHAP含有率は72.4%であった。この複合体も図2に見られるように透明であった。
図2は、左側図が乾燥した高分子膜であって、右側図が乾燥状態のHAP/高分子複合体膜であり、また、透明であることが明瞭になるようにするために、台紙に文字を印刷したものである。
図3は、この場合のHAP/高分子複合体の形成過程を模式的に表したものである。すなわち、図3は、以下のことを示している。まず、乾燥した半径rの高分子膜をHAP過飽和溶液に浸漬すると、膨潤して半径R(>r)となる。次に、これを一定の時間(T)経過後に取り出し乾燥させると、半径r(r<r<R)のHAP/高分子複合体が得られる。さらに、充分な時間浸漬を継続すると半径r(r<r=R)の膜が得られる。
図4は、得られた複合体を粉砕して測定した粉末X線回折図である。この結果よりHAPと同じ結晶格子を持つことが確認された。ICP分析によれば[Ca]/[P]=1.72となりHAPの理論値1.67に近く、両分析により生成物はHAPであることを確認した。
【実施例2】
【0017】
カルボキシメチルセルロース(CMC)ナトリウム塩(C−OCHCOONa)、n=ca500)の1%水溶液をシャーレに注いで製膜し、乾燥させた後、塩酸に浸漬洗浄してNaの除去された高分子膜を用意した。
上記膜16.5mgを実施例1で用いたと同じ組成の水溶液に119時間浸漬することにより、23mg重量増加したものが得られ、そのHAP含有率は58.2重量%であった。これは、図5に示したように、粉末X線回折により結晶格子はHAPと一致し、ICP分析により[Ca]/[P]=1.7を得た。これらによりHAPであると確認された。
【実施例3】
【0018】
重合度約1000のキトサン1重量%及び蟻酸3.5重量%含む水溶液と分子量約250,000のPAAの1重量%水溶液とを2:1の比率で混合攪拌した液をシャーレに注ぎ乾燥させた。これによりキトサン/PAA膜を得た。
上記膜12.8mgを実施例1で用いたと同じ組成の水溶液に334時間浸漬することにより14.7mgの重量増加したものが得られ、そのHAP含有率は53.5%であった。これは、図6に示したように、粉末X線回折により結晶系はHAPと一致し、ICP分析により[Ca]/[P]=1.8を得た。これらによりHAPであると確認された。
【産業上の利用可能性】
【0019】
本発明により得られるヒドロキシアパタイトと高分子の複合体は、予め任意の形態に付与された高分子の内部に強固に結合したヒドロキシアパタイトが形成されているから、人工骨などの生体材料或いは骨芽細胞培養用のプレートなどに利用でき、また、その透明性を利用して、ソフトとハードの中間の性質を持ったコンタクトレンズにも利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】本発明で得られた一例のHAP/高分子( HAP含有率34.9%)複合体の湿潤状態の写真である。
【図2】本発明で得られた一例のHAP/高分子( HAP含有率72.4%)複合体の乾燥状態の写真である。
【図3】本発明によるHAP/高分子複合体の形成過程を示す模式図である。
【図4】実施例1で得られたHAPとPVA/PAAとの複合体の粉末X線回折図である。
【図5】実施例2で得られたHAP/CMC複合体の粉末X線回折図である。結果
【図6】実施例3で得られたHAPとキトサン/PAAとの複合体の粉末X線回折図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
カルシウムイオン及びリン酸イオンを含む水溶液に高分子電解質を添加して生成するヒドロキシアパタイトの過飽和溶液中に、膨潤性高分子を浸漬させることにより、その膨潤高分子の内部にヒドロキシアパタイトの核形成と成長を行わせることを特徴とするヒドロキシアパタイトと高分子の複合体の製造方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法で得られたヒドロキシアパタイトと高分子の複合体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2006−8733(P2006−8733A)
【公開日】平成18年1月12日(2006.1.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−183592(P2004−183592)
【出願日】平成16年6月22日(2004.6.22)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】