説明

高分子による細胞の可視化

【課題】 細胞を高感度でセンシングする新しいバイオプローブ素子を開発する。
【解決手段】 蛍光を発する特性を示し、シグナル増幅作用をもつ発蛍光性高分子を、生体にやさしい多糖と複合体化することによって生体細胞内へスムーズに導入し、発蛍光させることでバイオセンサープローブとして応用する。多糖としてはβ−1,3−グルカン(例えばシゾフィラン)が好適に使用される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、発蛍光性高分子をバイオプローブ素子として利用する新規な方法に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞内で起こる様々な現象を化学的に解明しようとする試みが近年盛んになされている。細胞内で機能する物質の分布や動きを時間的かつ空間的に解析するためには、優れた分子認識能と感度を兼ね備えた蛍光プローブの開発が不可欠となる。
【0003】
これまでに様々な生体物質をセンシングすることを目的に機能性低分子化合物を基体としたバイオプローブが開発され、市販されるに至っている。また、蛍光タンパク質を融合タンパク質として細胞内で発現させ、注目する分子を蛍光ラベル化し、FRETなどと組み合わせてそれらの相互作用を検索するシステムも急速に確立されつつある。
【0004】
一方、ナノテクノロジーの分野で,微量物質を高感度にセンシングするセンサープローブとしてシグナル増幅作用を持つ高分子群が脚光を浴びている。近年の合成化学のめざましい発展により様々な発光特性を示す高分子が自由に設計・合成出来るようになってきている。
【非特許文献1】MathewD.Disney, Juan Zheng, Timothy M.Swager, and Peter H. Seeberger; J.Am.Chem.Soc.,2004, 126, 13343-13346.
【非特許文献2】DavidePantarotto, Jean-Paul Briand, Maurizio Prato and Alberto Bianco; Chem. Commun.,2004, 16-17.
【非特許文献3】Mauricio R.Pinto and Kirk S. Schanze; PNAS, May 18, 2004, 101, no. 20,7505-7510.
【特許文献1】特開平06−130024
【特許文献2】特開平07−190985
【特許文献3】特開平09−127041
【特許文献4】特表2005−504294
【特許文献5】特表2006−502254
【特許文献6】特表2006−507497
【特許文献7】特表2006−508519
【0005】
しかし、これらの合成高分子を生体組織内に導入し、機能発現させることを視野に入れた場合、1)細胞指向性や膜透過性部位の付与、2)生理条件下での凝集、失活の抑制、3)“ナノ毒”の低減などの問題があり、全てを同時にかつ簡便に解決する手法の開発が望まれている。しかし、未だその有効な解決法は無く、高分子をプローブとしたバイオプローブシステムの構築には至っていない。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、細胞を高感度でセンシングする(細胞の存否を検知し、または特定の細胞を検出する)ことのできる新しいバイオプローブ素子を開発することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
蛍光を発する特性を示し、シグナル増幅作用をもつ高分子を、生体にやさしい多糖と複合体化することによって生体細胞内へスムーズに導入し、発蛍光させることでバイオセンサープローブとして応用する。多糖としてはβ-1,3-グルカン(例えばシゾフィラン)およびそれらの側鎖に細胞指向性官能基を導入したものが好適に使用される。
【発明の効果】
【0008】
ファイバー状の高分子を生体にやさしい多糖でラッピングすることにより、細胞内へのスムーズな導入と生体に悪影響を及ぼさないプローブが得られる。また、高分子の凝集を妨げる効果により、センサーとしての高感度化および消光防止の効果が達成される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0009】
本発明に従い、β-1,3-グルカンに代表される多糖と複合体を形成するのに好適な発蛍光性高分子の例は、ポリチオフェン、ポリフェニレンエチニレン、ポリアニリン、ポリフルオレン、ポリフェニレン、またはポリフェニレンビニレンである。これらの高分子は導電性高分子としても知られている。既に、本発明者らはシゾフィラン(SPG)等のβ-1,3-グルカンがポリチオフェン(PT)、ポリフェニレンエチニレン(PPE)等の導電性高分子の1次元ホストとして働き、それらの高分子を水中で安定分散化できることを発見している(非特許文献4〜8)。PT、PPEおよびSPGの化学構造式を下記に示す。生成するSPG/PT、SPG/PPE等の複合体は,十分な熱的安定性を有し、生理条件下で凝集しないことが観察されている。その他のポリアニリン、ポリフルオレン、ポリフェニレン、ポリフェニレンビニレン等の高分子においても同様な性状を確認している。高い生体適合性を有するβ-1,3-グルカンが、これらの高分子と生体組織とのインターフェースとして機能することにより、前述の問題点を解決し、新規なバイオセンサープローブとしての開発を可能とするものである。
【非特許文献4】TeruakiHasegawa, Shuichi Haraguchi, Munenori. Numata Tomohisa Fujisawa, Chun Li,Kenji Kaneko, Kazuo Sakurai and Seiji Shinkai; Chem. Lett. 2005, 34, 40-41.
【非特許文献5】Chun Li,Munenori Numata, Ah-Hyun Bae, Kazuo Sakurai and Seiji Shinkai; J. Am. Chem.Soc.. 2005, 127, 4548-4549.
【非特許文献6】Chun Li,Munenori Numata, Teruaki Hasegawa, Kazuo Sakurai, and Seiji Shinkai; Chem.Lett. 2005, 34, 1354-1355.
【非特許文献7】Chun Li,Munenori Numata, Teruaki Hasegawa, Tomohisa Fujisawa Shuichi Haraguchi, KazuoSakurai, and Seiji Shinkai; Chem.Lett. 2005, 34, 1532-1533.
【非特許文献8】TeruakiHasegawa, Shuichi Haraguchi, Munenori Numata, Chun Li, Ah-Hyun Bae, Tomohisa Fujisawa,Kenji Kaneko, Kazuo Sakurai and Seiji Shinkai; Org. Biomol. Chem.. 2005, 3(24),4321-4328.
【0010】
【化1】

【0011】
発蛍光性高分子とβ-1,3-グルカンとの複合体化の方法に関しては、PT/SPGおよびPPE/SPGの場合を実施例で記述しているが、一旦、非プロトン性の極性溶媒またはアルカリ性水溶液中で1本鎖に解離させたβ-1,3-グルカンに発蛍光性高分子を混合し、次いで中性の水と接触させることで起こる、発蛍光性高分子へのβ-1,3-グルカンの非共有結合性相互作用によるラッピングを利用するものである。この現象は他の発蛍光性高分子に関しても同様に認められる。
【0012】
本発明の好ましい態様に従えば、細胞指向性の官能基を側鎖に導入したβ-1,3-グルカンを用いることにより、細胞選択的な発蛍光性高分子の導入が可能となり、特定の細胞を検出することができる。例えば葉酸はがん細胞を特異的に認識し、ガラクトースやマンノースは肝細胞を認識することが知られている。従って、各種の細胞認識性または分子認識部位をもつ官能基を付与した多糖を発蛍光性高分子と複合体化したものをプローブとして用いることにより、特定細胞内で起こる様々な化学現象、物質の移動などをリアルタイムにモニターすることができる。実施例で、下記の構造式で表わされる葉酸修飾シゾフィラン(FA-SPG)を用いた例が記述されている。
【0013】
【化2】

【実施例1】
【0014】
SPG/発蛍光性高分子複合体の調製 サンプルは表1の比率に従い調製した。発蛍光性高分子(PTあるいはPPE)のDMSO溶液とシゾフィラン(SPG)のDMSO溶液をよく混合した後、蒸留水を加えSPGのリネイチャーを促進することで、発蛍光性高分子がSPG内部に取り込まれた複合体溶液を調製した。得られた溶液は室温で2日間静置した後、限外濾過(マイクロコン、MWCO=3000)にて溶媒を水へと置換した。最終的な各サンプルに含まれる発蛍光性高分子の濃度(ユニット単位)はSPG/PTが約1.4mM、SPG/PPE
が0.017 mMになるように調整した。
得られた溶液を20μl分取し、培地(FBS無し)180μlを加えて希釈した。次に、予め培養していた細胞から培地を慎重に抜き取り、ここに調製したサンプル200μlを加え、CO2インキュベーター(37℃)で培養を行った。インキュベート時間はこれまでにSPG/核酸複合体の導入が確認されている時間を目安とし、マクロファージで2時間、HepG2では5時間とした。インキュベート終了後、蛍光顕微鏡にて細胞の生存を確認した後、サンプルを含んだ培地を丁寧に抜き取り、新たに培地を加えて細胞表面をよく洗浄した。最後に5%ホルマリン溶液100μlを加え4℃にて20分インキュベートし、細胞の固定化を行った。
【0015】
【表1】

【実施例2】
【0016】
共焦点レーザー顕微鏡を用いた評価 シゾフィラン/発蛍光性高分子複合体が細胞内に導入できたかどうかの確認を、共焦点レーザー顕微鏡を用いて評価した。PTをゲストポリマーとした結果を図2、PPEをゲストポリマーとした結果を図3にそれぞれ示す。SPG/PT複合体およびSPG/PPE複合体の極大吸収波長は約440nmであることを考慮して、本系では共焦点レーザー顕微鏡観察の条件を以下のように設定した。この条件下で細胞のみにレーザーを照射してもサンプルからの蛍光は全く観察されないことを確認している。
Ar 488nm: 38%, 457nm: 50%、Gain:
24.5、Offset:
-40.4、Iris: 2.0、Filter:
HQ 500LP。
【0017】
共焦点レーザー顕微鏡による観察の結果、SPG/PPE,
FA-SPG/PPE,
SPG/PT, FA-SPG/PTいずれの場合も細胞内からポリマーに由来する緑色蛍光が確認できた。また、蛍光像と透過光像はいずれの場合もよく一致しているのが分かる。これらの結果は、1)シゾフィランと複合化した発蛍光性高分子が細胞膜透過性を持ち、細胞内に導入できること、2)細胞内で発蛍光性高分子が消光することなく本来の発光特性を保持していること、3)複合体は細胞毒性を持たないこと、などバイオプローブとしての基本的特性を有していることを示している。一方、発蛍光性高分子のみでは全く細胞への導入は確認されなかった。これらの結果はSPGが発蛍光性高分子表面を被服することにより細胞親和性が向上し、細胞への取り込みが容易になったことを示している。これまで発蛍光性高分子を細胞内に導入し、かつ蛍光を確認した例は存在しない。このことから本システムは人工高分子材料を細胞内に導入するための一般的手法になるものと期待される。
【産業上の利用可能性】
【0018】
本発明の複合体は、高感度バイオセンサープローブとして細胞のセンシングに利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【図1】SPG/発蛍光性高分子複合体を用いたバイオイメージングシステムの概念図。
【図2】(A)SPG/PPE複合体のマクロファージへの導入、(B)FA-SPG/PPE複合体のHepG2への導入、それぞれ左側が透過像と蛍光像の重ね合わせ、右が蛍光像。
【図3】(A) SPG/PT複合体のマクロファージへの導入、(B)FA-SPG/PT複合体のHepG2への導入、それぞれ左側が透過像と蛍光像の重ね合わせ、右が蛍光像。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
多糖/発蛍光性高分子複合体を細胞に導入し、該高分子が発する蛍光像を観察することによって生体材料中の細胞をセンシングする方法。
【請求項2】
多糖がβ-1,3-グルカンであることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
β-1,3-グルカンが、シゾフィラン、スクレログルカンまたはレンチナンから選ばれることを特徴とする請求項2に記載の方法。
【請求項4】
β-1,3-グルカンが、細胞指向性官能基で修飾されていることを特徴とする請求項2または3に記載の方法。
【請求項5】
発蛍光性高分子が、ポリチオフェン、ポリフェニレンエチニレン、ポリアニリン、ポリフルオレン、ポリフェニレン、ポリフェニレンビニレンから選ばれた高分子であることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の方法。


【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−312664(P2007−312664A)
【公開日】平成19年12月6日(2007.12.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−144930(P2006−144930)
【出願日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【出願人】(503360115)独立行政法人科学技術振興機構 (1,734)
【出願人】(501190941)三井製糖株式会社 (52)
【Fターム(参考)】