説明

高分子アクチュエータ素子の処理方法

【課題】 イオン交換樹脂を高分子電解質に含む積層状の高分子アクチュエータ素子を完成後のアクチュエータ素子に適用できる屈曲率や変位性能を向上させるための処理方法を提供することである。
【解決手段】炭素数1〜5の有機化合物であって少なくともいずれかの末端の官能基がアミノ基、炭素数1〜5の有機化合物であって少なくともいずれかの末端の官能基がチオール基、炭素数3〜7の有機化合物であって少なくともいずれかの末端の官能基がカルボキシル基である有機化合物またはヒドラジンを、液体であればそのまま溶媒として、固体または水と相溶性のある液体の場合は水溶液として、前記高分子アクチュエータ素子を当該溶媒中または水溶液中に浸漬させる処理方法を用いる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、屈曲率や変位性能が大幅に向上するアクチュエータ素子の処理方法に関する。
【背景技術】
【0002】
屈曲可能なアクチュエータ素子である、高分子アクチュエータ素子は、その柔軟性によりカテーテル等の駆動部として用いることができるので、近年、特に注目されている。前記アクチュエータ素子としては、例えば、高分子電解質であるイオン交換樹脂膜とその表面に相互に接合した金属電極との積層体を、該イオン交換樹脂膜の含水状態において、金属電極間に電位差をかけることによりイオン交換樹脂成形品に湾曲または変形を生じさせることができる(例えば、特許文献1参照)。
【特許文献1】特許第2961125号公報(第1頁−9頁)
【0003】
特許文献1では、高分子アクチュエータ素子の屈曲率や変位性能を向上させる方法として、イオン交換樹脂に、良溶媒、例えばアルコール類等の有機溶媒で膨潤させて、高分子アクチュエータ素子自体の可撓性を向上させる方法が開示されている。
【0004】
しかし、前記の膨潤工程による方法では、膨潤が一定以上になると、イオン交換樹脂の形態性が維持できなくなるため、当該方法によるアクチュエータ素子としての屈曲率や変位性能向上には自ずと限界がある。前記良溶媒が金属電極の部分も膨潤してしまうために、該金属電極の層の抵抗値が高くなってしまう。そのため、高分子電解質中のイオンが移動する量がかえって低下し、さらに大きな屈曲率若しくは変位性能を得ることが難しくなる。すなわち、上記の有機溶媒による処理によって金属電極の通電性を不良としない状態で向上できる可撓性、つまり屈曲率若しくは変位性能の向上には限界がある。
【0005】
更に前記膨潤工程は、イオン交換樹脂に電極を設ける前に行う前処理の方法であるので、アクチュエータ素子完成後の素子には適用できなかった。また、イオン交換樹脂を高分子電解質に含む積層状の高分子アクチュエータ素子においては、素子完成後に屈曲率若しくは変位性能を向上させる方法がなかった。このため完成後のアクチュエータ素子が規格以上の屈曲率若しくは変位性能を有していない場合は、不良として処分するしかなかった。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記現状を鑑みた上で、本発明が解決しようとするのは、イオン交換樹脂を高分子電解質に含む積層状のアクチュエータ素子について、完成後のアクチュエータ素子に適用できる屈曲率や変位性能を向上させるための処理方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決する主要な手段として、炭素数1〜5の有機化合物であって少なくともいずれかの末端の官能基がアミノ基、炭素数1〜5の有機化合物であって少なくともいずれかの末端の官能基がチオール基、炭素数3〜7の有機化合物であって少なくともいずれかの末端の官能基がカルボキシル基である有機化合物またはヒドラジンを、液体であればそのまま溶媒として、水と相溶性のある液体、または固体の場合は水溶液として、前記高分子アクチュエータ素子を当該溶媒中または水溶液中に浸漬させる処理方法を採用した。ただし、液体状態である前記分子の溶媒に浸漬させた場合は、その後に水洗工程が必要となる。
【発明の効果】
【0008】
本発明の処理方法で高分子アクチュエータ素子を処理することにより得られる高分子アクチュエータ素子は、処理前の高分子アクチュエータ素子よりも大きな屈曲または変位をすることができる。
【0009】
また、本発明の処理方法では、高分子アクチュエータ素子のイオン交換樹脂がほとんど膨潤しない。仮にイオン交換樹脂が大きく膨潤するような処理方法であれば、可撓性の小さい金属や炭素の電極を設けたあとでは、当該形態変化に追いつくことができず、電極剥がれなどが生じる危険性があるが、本発明の処理方法では、そのような心配がないので、電極形成後の高分子アクチュエータ素子の処理方法として好適である。
【0010】
また、アクチュエータ製造工程で行われていた屈曲率または変位性能向上のために行っていた処理なども省略することができるので、コスト的なメリットがある。更に、完成後のアクチュエータ素子にも適用できるので、屈曲率または変位性能が規格以下の素子でも再生できる可能性があり、不良率を低減できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0011】
(浸漬工程)
本発明の処理方法の特徴的な工程は、イオン交換樹脂を高分子電解質に含む積層状の高分子アクチュエータ素子を一定の溶媒または水溶液中に浸漬させる工程であり、当該工程により、高分子アクチュエータ素子の屈曲率や変位性能を向上させることができる。
【0012】
高分子アクチュエータ素子を浸漬させる溶媒または、水溶液とする場合の溶質には、アミノ基(‐NH)、チオール基(‐SH;別名メルカプタン)またはカルボキシル基(‐COOH)のうち、少なくともいずれかの官能基を有機化合物の分子末端の官能基に有するものが用いられる。ただし、分子末端の官能基が前記3つのうちいずれかであればよいというものではない。本発明の処理方法に溶媒または水溶液の溶質として用いられるものは、末端官能基がアミノ基の場合、炭素数1〜5の有機化合物、末端官能基がチオール基の場合、炭素数1〜5の有機化合物、末端官能基がカルボキシル基の場合、炭素数3〜7の有機化合物であることがそれぞれ必要である。ただし前記範囲には入らないがヒドラジンにも同様の効果が認められる。
【0013】
好ましくは前記溶媒または溶質に用いる有機化合物のうち、有機化合物のもう一方の分子末端にも、アミノ基、チオール基またはカルボキシル基のうち、少なくともいずれかの官能基を有する分子を溶媒または水溶液の溶質とすることである。すなわち、分子の一の末端がアミノ基、チオール基またはカルボキシル基のいずれかの官能基であって、他の末端もアミノ基、チオール基またはカルボキシル基のいずれかの官能基である場合である。更に両末端が、アミノ基、チオール基またはカルボキシル基のうちいずれかであって、かつ両末端とも同じ官能基であることがより好ましい。また前記化合物は直鎖状の高分子化合物であることが好ましい。
【0014】
本発明における溶媒または水溶液の溶質として用いることができると確認できた化合物としては、エチルアミン、ヒドラジン、エチレンジアミン、1,2‐プロパンジアミン、1,3‐プロパンジアミン、ブタンジアミン、ジアミノペンタン、ヘキサメチレンジアミン、トリエチレンジアミン、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン、テトラエチレンペンタミン、ペンタエチレンヘキサミン、グリシン、エチレン尿素、アミノエチルエタノールアミン、ピペラジン、アミノエチルピペラジン、EDTA‐2Na、EDTA‐4Na、EDTA‐NH、EDTA‐OH、GEDTA、NTPO、チオグリコール酸、エチレングリコールビスメルカプト酢酸、グルタル酸(プロパンジカルボン酸)アジピン酸(ヘキサン二酸)、ピメリン酸(ヘプタン二酸)、スペリン酸(オクタン二酸)こはく酸、こはく酸アミドを挙げることができる。中でもブタンジアミン、ジアミノペンタン、エチレングリコールビスメルカプト酢酸、こはく酸が特に好適である。これらは上記条件を満たす化合物である。
【0015】
前記化合物が液体であれば、高分子アクチュエータ素子はその液体中にそのまま浸漬させることもできるし、水との相溶性があれば、水溶液として素子を浸漬させることもできる。前記化合物が固体の場合には、これを溶質として水溶液としたものに浸漬させる。浸漬時間は、溶媒に用いる分子の種類や水溶液濃度の濃度にもよるが、通常30分以上浸漬させれば効果が現れる。水溶液に用いる水は、蒸留水やイオン交換水、逆浸透水などの清浄なものが好ましい。また浸漬中、液体を攪拌したり、容器を振とうしたりすることにより、浸漬させた高分子アクチュエータ素子に用いられるイオン交換樹脂の内部へ、前記化合物の浸透を促進させることもできる。また浸漬中の温度は特に制限無く、上記溶媒や水溶液が室温で安定である限り、室温にて浸漬を行うことができる。
【0016】
(水洗工程)
前記化合物の溶媒に浸漬させた場合、或いは前記化合物濃度の濃い水溶液に浸漬させた場合、取り出した高分子アクチュエータ素子はそのままでは用いることができない。このような場合、取り出した高分子アクチュエータ素子を水洗いすることにより、屈曲率や変位性能が向上したアクチュエータ素子とすることができる。水洗に用いる水は、上記水溶液に用いる水と同じく清浄な水が好ましい。また、水洗は、例えはアクチュエータ素子を水中に30分程度浸漬させることにより行うことができる。この間、攪拌等を併せて行うことができるのは、前記浸漬工程と同様である。
【0017】
(高分子アクチュエータ素子の処理方法)
上記浸漬工程または浸漬工程と水洗工程の組み合わせが本発明の高分子アクチュエータ素子の処理方法である。本発明の処理方法において、どのような機構で高分子アクチュエータ素子の屈曲率や変位性能が向上するのは必ずしも明らかではないが、かかる効果は、高分子アクチュエータ素子のイオン交換樹脂と、前記溶媒または溶質に用いた化合物の官能基が有する電子対による電子供与性基と相互作用することに起因するものと推測される。
【0018】
本発明の処理方法は、完成したアクチュエータ素子にも適用することができ、完成後の素子であっても屈曲率や変位性能を効果的に改善できる特徴を有するものであるが、もちろんイオン交換樹脂を高分子電解質に含む積層状の高分子アクチュエータ素子を製造する最終工程などに組み込むこともできる。製造工程に本発明の処理を組み込むことで、アクチュエータ素子が完成した状態にて、本発明によって生じる屈曲率、変位性能向上という効果を享有することができる。
【0019】
(高分子アクチュエータ素子)
本発明の処理方法によって、屈曲率や変位性能が改善されるアクチュエータ素子は、上述のとおり、イオン交換樹脂を高分子電解質に含む積層状の高分子アクチュエータ素子である。すなわち、アクチュエータ素子の屈曲や伸縮がイオン交換樹脂の変形によって生じるものであれば、本発明の処理方法にて屈曲率や変位性能の向上が期待できる。
【0020】
現に効果が確認されたのは、アクチュエータ素子の電極が金属電極のものである。ただし本発明の処理方法は、電極に作用するものではないと推察されるため、電極の種類は問わず、炭素電極であっても同様の効果が期待できる。またイオン交換樹脂については、陽イオン交換樹脂で効果が確認された。ただし、本発明の処理に用いられる溶媒または水溶液の溶質に用いられる高分子化合物の分子末端官能基としては、カルボキシル基のみならず、アミノ基であっても効果を有することからは、イオン交換樹脂が陰イオン交換樹脂にも同様の効果が期待できる。
【0021】
以下、一例として本発明の処理方法にて、その屈曲率や変位性能が向上するアクチュエータ素子の製造方法を示す。
【0022】
(電極形成工程)
本発明の処理方法で効果がある高分子アクチュエータ素子の製造方法の一例は、陽イオン交換樹脂に金属錯体を吸着させた後に、該陽イオン交換樹脂を還元剤水溶液に浸漬することで該金属錯体を還元することにより金属を析出させて金属電極を形成する電極形成工程を含む。前記電極形成工程は、無電解メッキにより金属電極を形成する工程であり、陽イオン交換樹脂に金属錯体を吸着させる吸着工程、及び金属錯体が吸着した陽イオン交換樹脂に還元剤溶液を接触させる還元工程が含まれる。本発明の高分子アクチュエータ素子の製造方法は、上述の後処理工程を含むことにより、従来法として6回以上サイクルとして行われていた上記吸着工程と還元工程との組が、半分以下の3回程度のサイクルで、従来法で得られた高分子アクチュエータ素子以上の屈曲率若しくは変位性能を発現する高分子アクチュエータ素子を得ることができる。
【0023】
前記吸着工程は、陽イオン交換樹脂に金属錯体を吸着させる工程であれば特に限定されるものではない。前記吸着工程は、金属錯体溶液を高分子電解質に塗布してもよいが、陽イオン交換樹脂膜を金属錯体溶液に浸漬させることにより行うと作業が容易であるので好ましい。また、前記陽イオン交換樹脂膜を水等の膨潤可能な液体に浸漬して膨潤状態とする膨潤工程を行い、膨潤した陽イオン交換樹脂膜を金属錯体溶液に浸漬させることが、より多くの金属錯体を陽イオン交換樹脂に吸着させることができるので好ましい。さらに、金属錯体を陽イオン交換樹脂膜を浸漬する前に、浸漬等により良溶媒または良溶媒を含む混合溶媒に高分子電解質を浸透させて、陽イオン交換樹脂膜の乾燥した状態での厚さに対して110%以上、好ましくは110%〜300%に膨潤させることが、より多くの金属錯体を吸着できるので好ましい。塩基性塩を1〜30重量%、好ましくは1〜10重量%混合したものを溶媒として前記膨潤工程を行うこともできる。なお、粗面化処理等のような事前の処理を行った後に、前記の膨潤工程を行っても良い。
【0024】
前記吸着工程において用いられる金属錯体としては、還元されることにより形成される金属層が電極層として機能することができる金属であれば、特に限定されるものではない。前記金属錯体は、イオン化傾向の小さい金属が電気化学的に安定であるために金錯体、白金錯体、パラジウム錯体、ロジウム錯体、ルテニウム錯体等の金属錯体を使用することが好ましく、析出した金属が電極として使用されるため、通電性が良好で電気化学的な安定性に富んだ貴金属からなる金属錯体が好ましく、さらに電気分解が比較的起こり難い金からなる金錯体が好ましい。また、前記金属錯体の配位子としては、特に限定されるものではなく、エチレンジアミン等を用いることができる。
【0025】
前記吸着工程において用いられる金属塩溶液は、溶媒が特に限定されるものではないが、金属塩の溶解が容易であって取り扱いが容易であることから溶媒が水を主成分とすることが好ましく、前記金属塩溶液が金属塩水溶液であることが好ましい。したがって、前記金属錯体溶液としては、金属錯体水溶液であることが好ましく、特に金錯体水溶液または白金錯体水溶液であることが好ましく、さらに金錯体水溶液が好ましい。
【0026】
前記吸着工程は、陽イオン交換樹脂に金属錯体を吸着させる工程であれば、温度及び浸漬時間等の条件が特に限定されるものではないが、温度20℃以上であることが効率よく膨潤するために好ましい。また、前記吸着工程は、金属錯体が陽イオン交換樹脂へ容易に吸着させるために、金属錯体溶液中に高分子電解質の良溶媒を含んでいても良い。
【0027】
上記の還元工程で用いられる還元剤溶液は、還元剤が溶解されているものであれば、特に限定されるものではない。前記還元剤としては、陽イオン交換樹脂に吸着される金属錯体の種類に応じて、種類を適宜選択して使用することができ、例えば亜硫酸ナトリウム、ヒドラジン、水素化ホウ素ナトリウム等を用いることができる。なお、金属錯体を還元する際に、必要に応じて、酸またはアルカリを添加してもよい。前記還元剤溶液の濃度は、金属錯体の還元により析出させる金属量を得ることができるのに十分な量の還元剤を含んでいればよく、特に限定されるものではないが、通常の無電解メッキにより電極を形成する場合に用いられる金属塩溶液と同等の濃度を用いることも可能である。また、還元剤溶液中には、陽イオン交換樹脂の良溶媒を含むことができる。
【0028】
前記陽イオン交換樹脂は、特に限定されるものではなく、公知の樹脂を用いることができ、ポリエチレン、ポリスチレン、フッ素樹脂などにスルホン酸基、カルボキシル基などの親水性官能基を導入したものを用いることができる。特に、前記陽イオン交換樹脂として、フッ素樹脂にスルホン酸基及び/またはカルボキシル基を導入した陽イオン交換樹脂を用いることが、剛性が適度でありイオン交換量が大きく、耐薬品性及び繰り返し曲げに対する耐久性が良好であるために高分子アクチュエータとして好ましい。前記イオン交換樹脂の具体例としては、パーフルオロカルボン酸樹脂、パーフルオロスルホン酸樹脂を用いることができ、例えばNafion樹脂(パーフルオロスルホン酸樹脂、DuPont社製)、フレミオン(パーフルオロカルボン酸樹脂またはパーフルオロスルホン酸樹脂、旭硝子社製)を用いることができる。なお、前記高分子電解質は、無電解メッキ方法により得られる積層体として形状に適した形状の高分子電解質成形品を用いることができ、膜状、板状、筒状、柱状や管状等の所望の形状を用いることができる。また、前記積層体は、無電解メッキ法により得られた金属−陽イオン交換樹脂接合体であってもよい。
【0029】
また、本発明の積層体の製造方法においては、吸着工程と還元工程とを1回ずつ行うことにより金属層と高分子電解質層とを備えた積層体を得ることができるが、吸着工程と還元工程とを、この順で、更に繰り返し行うことにより、アクチュエータとして駆動させた場合の変位性能(屈曲率)、並びに金属層と高分子電解質層との界面の電気二重層容量を、従来の値よりも大きくすることができる。吸着工程と還元工程とを繰り返して行う場合には、還元剤を高分子電解質より除去して吸着工程を容易に行うために、還元工程の後に洗浄工程を行うことが好ましい。前記洗浄工程としては、特に限定されるものではなく、水洗して還元剤も除去してもよい。
【0030】
以上のような方法により、本発明の処理方法で効果のあるアクチュエータ素子を得ることができる。ただし、上記製造方法以外で得られたアクチュエータ素子であっても、イオン交換樹脂を高分子電解質に含む積層状の高分子アクチュエータ素子であれば、本発明の処理により屈曲率や変位性能向上の効果が発揮される。
【実施例】
【0031】
以下、本発明の実施例及び比較例を示すが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0032】
(アクチュエータ素子の製造)
乾燥時の膜厚700μmの膜状陽イオン交換樹脂(フッ素樹脂系イオン交換樹脂:パーフルオロカルボン酸樹脂、商品名「フレミオン」、旭硝子社製、イオン交換容量1.4meq/g)を良溶媒であるメタノール中に20℃で1時間以上浸漬した。この浸漬を行う際において、膨潤した前記膜状陽イオン交換樹脂の膜厚を測定して、乾燥膜厚に対して膨潤後の膜厚の増加した割合〔膨潤度(%)〕を算出し、膨潤度が50%となるように前記陽イオン交換樹脂を良溶媒に浸漬した。
【0033】
良溶媒で膨潤させた膜状両イオン交換樹脂を、下記(1)〜(3)の工程を3サイクル繰り返して実施し、金属電極が両側に形成された陽イオン交換樹脂(積層体)を得た。(1)吸着工程:ジクロロフェナントロリン金塩化物水溶液に12時間浸漬し、成形品内にジクロロフェナントロリン金錯体を吸着させ、(2)還元工程:亜硫酸ナトリウムを含む水溶液中で、吸着したジクロロフェナントロリン金錯体を還元して、前記膜状高分子電解質に金電極を形成させた。このとき、水溶液の温度を60〜80℃とし、亜硫酸ナトリウムを徐々に添加しながら、6時間ジクロロフェナントリン金錯体の還元を行った。次いで、(3)洗浄工程:表面に金電極が形成した膜状高分子電解質を取り出し、70℃の水で1時間洗浄した。
【0034】
洗浄後の金属電極が形成された陽イオン交換樹脂(積層体)を取り出た。得られた積層体の厚さは1mmだった。この積層体を3mm×30mmの短冊状の大きさに切断して、本発明の実施例で用いる高分子アクチュエータ素子を得た。
【0035】
(処理方法)
(実施例1〜15)
本発明の処理を行う前に、短冊状の高分子アクチュエータ素子に3Vの電圧を1分間与えた際の短冊先端の屈曲する角度を測定した。それから表1に示した化合物を溶媒とする液体の中に入れ、30分間浸漬させた。30分後取り出した高分子アクチュエータ素子をイオン交換水の中に入れ、30分間浸漬させた。取り出した高分子アクチュエータ素子に表面に残る水滴を拭き取り、処理前と同様の方法で電圧を与えた際の短冊先端の屈曲する角度を測定した。処理後の角度を処理前の角度で除した値を角度比としてそれぞれ表1に示した。すなわち、角度比が1よりも大きい場合は、処理による屈曲率改善が認められ、1以下であれば、処理によって屈曲率は改善されなかったという目安になる値である。なお、実施例1〜15の物質は、炭素数1〜5の液体状有機化合物であって分子末端の少なくともいずれかの官能基がアミノ基であるか、炭素数1〜5の液体状有機化合物であって分子末端の少なくともいずれかの官能基がチオール基であるか、または炭素数3〜7の液体状有機化合物であって分子末端の少なくともいずれかの官能基がカルボキシル基であるという条件を満たす有機化合物、或いはヒドラジンである。
【0036】
【表1】

【0037】
(実施例16〜32)
実施例1〜15と同様に、処理前の高分子アクチュエータ素子の短冊先端の屈曲する角度を測定した。それから表2に示した物質を溶質とする10重量%の水溶液の中に入れ、30分間浸漬させた。取り出した高分子アクチュエータ素子に表面に残る水滴を拭き取り、処理前と同様の方法で電圧を与えた際の短冊先端の屈曲する角度を測定した。処理後の角度を処理前の角度で除した値を角度比としてそれぞれ表2に示した。なお、実施例16〜32の物質は、炭素数1〜5の液体状有機化合物であって分子末端の少なくともいずれかの官能基がアミノ基であるか、炭素数1〜5の液体状有機化合物であって分子末端の少なくともいずれかの官能基がチオール基であるか、または炭素数3〜7の液体状有機化合物であって分子末端の少なくともいずれかの官能基がカルボキシル基であるという条件を満たす有機化合物である。
【0038】
【表2】

【0039】
(比較例1、2)
実施例16〜32と同様に、処理前の高分子アクチュエータ素子の短冊先端の屈曲する角度を測定した。それから表3に示した物質を溶質とする10重量%の水溶液の中に入れ、30分間浸漬させた。取り出した高分子アクチュエータ素子に表面に残る水滴を拭き取り、処理前と同様の方法で電圧を与えた際の短冊先端の屈曲する角度を測定した。処理後の角度を処理前の角度で除した値を角度比としてそれぞれ表3に示した。なお、比較例1、2の物質は、アミノ基、チオール基またはカルボキシル基を官能基に有する分子ではあるが、炭素数1〜5の液体状有機化合物であって分子末端の少なくともいずれかの官能基がアミノ基であるか、炭素数1〜5の液体状有機化合物であって分子末端の少なくともいずれかの官能基がチオール基であるか、または炭素数3〜7の液体状有機化合物であって分子末端の少なくともいずれかの官能基がカルボキシル基であるという条件を満たさない有機化物である。
【0040】
【表3】

【0041】
(結果)
実施例1〜32の有機分子或いはヒドラジンで処理した高分子アクチュエータ素子は、いずれも処理前より大きな屈曲角度で屈曲することが分かる。なかでも中でもブタンジアミン、ジアミノペンタン、エチレングリコールビスメルカプト酢酸またはこはく酸を用いて処理した場合には、屈曲率の改善効果は著しいものがあった。
【0042】
これに対し、本発明の要件を満たさない比較例1,2の有機化合物を溶質とした水溶液に素子を浸漬しても、かえって素子の屈曲率が悪くなる結果となった。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明の方法で処理した高分子アクチュエータ素子は、良好な変位若しくは屈曲の変位を生じるアクチュエータ素子として用いることができる。また、前記積層体を、屈曲運動を直線的な運動に変換する装置と組合わせることにより、直線的な変位を生じるアクチュエータとすることもできる。直線的な変位若しくは屈曲の変位を生じるアクチュエータは、直線的な駆動力を発生する駆動部、または円弧部からなるトラック型の軌道を移動するための駆動力を発生する駆動部として用いることができる。さらに、前記アクチュエータは、直線的な動作をする押圧部として用いることもできる。
【0044】
即ち、前記高分子アクチュエータ素子は、OA機器、アンテナ、ベッドや椅子等の人を乗せる装置、医療機器、エンジン、光学機器、固定具、サイドトリマ、車両、昇降器械、食品加工装置、清掃装置、測定機器、検査機器、制御機器、工作機械、加工機械、電子機器、電子顕微鏡、電気かみそり、電動歯ブラシ、マニピュレータ、マスト、遊戯装置、アミューズメント機器、乗車用シミュレーション装置、車両乗員の押さえ装置及び航空機用付属装備展張装置において、直線的な駆動力を発生する駆動部若しくは円弧部からなるトラック型の軌道を移動するための駆動力を発生する駆動部、または直線的な動作若しくは曲線的な動作をする押圧部として好適に用いることができる。前記高分子アクチュエータ素子は、例えば、OA機器や測定機器等の上記機器等を含む機械全般に用いられる弁、ブレーキ及びロック装置において、直線的な駆動力を発生する駆動部もしくは円弧部からなるトラック型の軌道を移動するための駆動力を発生する駆動部、または直線的な動作をする押圧部として用いることができる。また、前記の装置、機器、器械等以外においても、機械機器類全般において、位置決め装置の駆動部、姿勢制御装置の駆動部、昇降装置の駆動部、搬送装置の駆動部、移動装置の駆動部、量や方向等の調節装置の駆動部、軸等の調整装置の駆動部、誘導装置の駆動部、及び押圧装置の押圧部として好適に用いることができる。また、前記高分子アクチュエータ素子は、回転的な運動をすることができるので、切替え装置の駆動部、搬送物等の反転装置の駆動部、ワイヤ−等の巻取り装置の駆動部、牽引装置の駆動部、及び首振り等の左右方向への旋回装置の駆動部としても用いることができる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン交換樹脂を高分子電解質に含む積層状の高分子アクチュエータ素子の処理方法であって、
炭素数1〜5の有機化合物であって、分子末端の少なくともいずれかの官能基がアミノ基、
炭素数1〜5の有機化合物であって、分子末端の少なくともいずれかの官能基がチオール基、
または炭素数3〜7の有機化合物であって、分子末端の少なくともいずれかの官能基がカルボキシル基
のうち、いずれかの有機化合物を溶質とする水溶液に、前記高分子アクチュエータ素子を当該水溶液中に浸漬する工程を有する高分子アクチュエータ素子の処理方法。
【請求項2】
イオン交換樹脂を高分子電解質に含む積層状の高分子アクチュエータ素子の処理方法であって、
炭素数1〜5の液体状有機化合物であって、分子末端の少なくともいずれかの官能基がアミノ基、
炭素数1〜5の液体状有機化合物であって、分子末端の少なくともいずれかの官能基がチオール基、
炭素数3〜7の液体状有機化合物であって、分子末端の少なくともいずれかの官能基がカルボキシル基、
またはヒドラジン
のうち、いずれかの化合物を溶媒とする液体の中に、前記高分子アクチュエータ素子を当該溶媒中に浸漬する工程と
前記溶媒に浸漬した前記高分子アクチュエータ素子を取り出し、水中で洗浄する工程
とを有する高分子アクチュエータ素子の処理方法。
【請求項3】
前記溶媒または溶質に用いる有機化合物が、前記分子末端のもう一方に、アミノ基、チオール基またはカルボキシル基のうち、いずれかの官能基を有する有機化合物である請求項1または2に記載の工程を有する高分子アクチュエータ素子の処理方法。
【請求項4】
前記溶媒または溶質に用いる有機化合物の両方の分子末端の官能基が、両末端とも同じ官能基である請求項3に記載された高分子アクチュエータ素子の処理方法。
【請求項5】
前記溶媒または溶質に用いる有機化合物が、直鎖状の有機化合物である請求項1〜4のいずれかの項に記載された高分子アクチュエータ素子の処理方法。
【請求項6】
前記処理方法に用いる前記高分子アクチュエータ素子のイオン交換樹脂が、陽イオン交換樹脂である請求項1〜5のいずれかの項に記載された高分子アクチュエータ素子の処理方法。
【請求項7】
前記処理方法に用いる前記高分子アクチュエータ素子の電極が、金属電極である請求項1〜6のいずれかの項に記載された高分子アクチュエータ素子の処理方法。
【請求項8】
前記溶媒または水溶液の浸漬時間が30分以上である請求項1〜7のいずれかの項に記載された高分子アクチュエータ素子の処理方法。
【請求項9】
前記請求項1〜8のうちいずれかの項に記載された処理方法を行った高分子アクチュエータ素子。

【公開番号】特開2006−131816(P2006−131816A)
【公開日】平成18年5月25日(2006.5.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−324615(P2004−324615)
【出願日】平成16年11月9日(2004.11.9)
【出願人】(302014860)イーメックス株式会社 (49)
【Fターム(参考)】