説明

高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒

【課題】 本発明は、白金と同等の触媒特性を発揮する安価な高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒の提供を目的とする。
【解決手段】 酸素ガス還元能を有する金属錯体を含有する燃料電池用触媒であって、該金属錯体が、B3LYP密度汎関数法により計算される金属錯体と酸素分子の吸着構造における錯体中心金属に結合する酸素分子のO-O結合距離が0.131nm以上であることを特徴とする高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒に関し、特に、高性能且つ安価な高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒に関するものである。
【背景技術】
【0002】
高分子固体電解質型燃料電池は、高い電流密度が取り出せ、低温作動が可能で、且つコンパクトな電池を設計可能なことから、電気自動車用電源、携帯電子機器用電源等の移動型電源、或いは、家庭用電源等の定置分散型電源としての応用が期待され、実用化に向けた検討が精力的に進められている。
【0003】
高分子固体電解質型燃料電池を実用に供するためには、反応を促進させるための触媒が必須であり、触媒として、水素極、酸素極共に、白金、或いは白金合金が主に検討されている(例えば、非特許文献1)。しかしながら、特に、酸素極での過電圧が大きく、単セルの理論出力電圧1.23Vに対して、1A/cm2程度の実用域の電流を取り出そうとすると、通常の触媒担持量(酸素極側で0.1〜0.5mg/cm2)で、酸素極の過電圧は0.3V以上に達してしまう(例えば、非特許文献2)。過電圧を低減する対策として、触媒に用いる白金或いは白金合金の担持量を多くすることが考えられるが、触媒量の増加による過電圧の低減効果は小さく、他方、触媒増に伴うコストアップと言う課題がより一層大きくなり、コストと触媒パフォーマンスの両立が依然大きな課題となっている。
【0004】
上述のようにコスト、並びに過電圧を低減するような白金を代替する新規触媒が切望され、精力的な研究が展開されている。その中でも、酸素還元能を有する触媒として、古くから、ポルフィリン、フタロシアニン、ジベンゾテトラアザアンヌレン等の金属を含有する大環状化合物の錯体が検討されている(非特許文献3)。これらの金属錯体は、生体内の酸素のメディエーターとして知られており、即ち、酸素分子に対する吸着能を活かして、電気化学的な酸素分子の還元反応に適用すると言うのが基本的発想である(非特許文献4)。研究当初は、リン酸型燃料電池の酸素極用触媒としての実用を目指した検討がなされていたが、リン酸による触媒の劣化、触媒活性が白金に比較して低い等の課題が残り、リン酸型燃料電池への適用は未達であった。他方、高分子固体電解質型燃料電池の場合には、酸性環境下での触媒の劣化は回避可能と考えられるため、近年、新たな精力的研究が進展している状況である。
【0005】
これらの金属錯体を触媒として実用の電極に適用するには、触媒の電子伝導体への固定化が必須である。そのために使用されるのが炭素担体である。具体的には、電子伝導性が高く、且つ表面積の大きなカーボンブラックが用いられる。この炭素担体と金属錯体との組み合わせにより、電極触媒としての連続使用が可能となる。
【0006】
これら炭素担体上に担持された金属錯体の酸素還元触媒としての課題は、過電圧が白金触媒よりも大きいこと、還元生成物が水(4電子反応生成物と呼ぶ)だけでなく、過酸化水素(2電子反応生成物と呼ぶ)の混合物であると言う2点である。過電圧に対する対策として、非酸化性雰囲気中での熱処理が提案されている(非特許文献5)。しかしながら、熱処理後の改善された過電圧は、白金に比較して0.1V以上であり、実用には依然として課題が残る。
【0007】
また、4電子反応生成物の収率の向上として、複核錯体(特許文献1、非特許文献6)、ポルフィリン錯体の2量化(非特許文献7)等が提案されている。しかしながら、合成における収率等の工業的適用が困難なこと、コスト高であること、白金或いは白金合金に比較して過電圧が大きい等の課題が残る。
【0008】
他方、白金の微粒子化、或いは、白金触媒の利用率の向上による白金の使用量を低減、即ち、コスト削減を狙った触媒の開発が検討されている(例えば、非特許文献1)。しかしながら、白金の使用量低減に伴う出力特性の低下も伴い、実用的には課題が残る。
【0009】
【特許文献1】特開平11-253811号公報
【非特許文献1】平成12年度新エネルギー・産業技術総合開発機構委託研究成果報告書「固体高分子型燃料電池低コスト電極の開発」
【非特許文献2】平成10年度新エネルギー・産業技術総合開発機構委託研究成果報告書「高耐久性電池実用化のためのイオン交換膜に関する研究」
【非特許文献3】H. Jahnke, M. Schonborn, G. Zimmermann, Topics in Current Chemistry, Vol.61, p.133〜181 (1976)
【非特許文献4】湯浅 真、日本油化学会誌、第49巻、第4号、315〜323頁 (2000)
【非特許文献5】J. A. R. van Veen et al., J. Chem. Soc., Faraday Trans. 1, Vol.77, p.2827 (1981)
【非特許文献6】F. C. Anson et al., J. Am. Chem. Soc., Vol.113, p.9564 (1991)
【非特許文献7】J. P. Collman et al., J. Am. Chem. Soc., Vol.102, p.6027 (1980)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、白金と同等の触媒特性を発揮する安価な高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記課題の解決は、
(1) 酸素ガス還元能を有する金属錯体を含有する燃料電池用触媒であって、該金属錯体が、B3LYP密度汎関数法により計算される金属錯体と酸素分子の吸着構造における錯体中心金属に結合する酸素分子のO-O結合距離が0.131nm以上であることを特徴とする高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒、
(2) 前記金属錯体が、N4-キレート型の錯体構造である上記(1)記載の高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒、
(3) 前記金属錯体が、N4-キレート型であり、かつ中心金属に結合するN原子の内少なくとも2個以上がイミン型である上記(1)又は(2)に記載の高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒、
(4) 前記N4-キレート型金属錯体が、下記(一般式1)又は(一般式2)の一方又は双方である上記(3)記載の高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒、
【0012】
【化1】

【0013】
(但し、Mは金属原子、R1〜R10は、水素又は置換基である。)
【0014】
【化2】

【0015】
(但し、Mは金属原子、R11〜R24は水素又は置換基である。)
(5) 前記金属錯体の錯体中心金属が、周期律表第V族、第VI族、第VII 族又は第VIII族の遷移金属から選ばれる1種以上である上記(1)〜(4)のいずれかに記載の高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒、
(6) 前記遷移金属が、Co又はFeの一方又は双方である上記(5)記載の高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒、
(7) 前記触媒中に、さらに貴金属を1〜5質量%含有する上記(1)〜(6)のいずれかに記載の高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒、
(8) 前記金属錯体又は貴金属の一方又は双方が、担体表面に担持されている上記(1)〜(7)のいずれかに記載の高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒、
(9) 前記担体が炭素材料である上記(8)記載の高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒、
(10) 前記炭素材料のBET比表面積SBETが1000m2/g以上である上記(9)記載の高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒、
(11) 前記炭素材料の直径2nm以下のミクロ孔の表面積Smicroと全細孔表面積Stotalとの比Smicro/Stotalが0.3以上である上記(9)又は(10)に記載の高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒、
(12) 前記炭素材料の直径2nm以下のミクロ孔の細孔直径が1.5nm以下である上記(9)〜(11)に記載の高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒、
により達成される。
(13) 上記(1)〜(12)のいずれか1項に記載の触媒を用いた高分子固体電解質型燃料電池。
【発明の効果】
【0016】
本発明の触媒は、酸素還元反応における触媒活性、4電子反応率共に良好であり、白金と同等以上の触媒特性を発揮する安価な高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒を提供することが可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下に、本発明の内容を具体的に説明する。
【0018】
本発明において本質的に重要なことは、
(a) 単独の触媒活性が高い金属錯体を用いること、
(b) 金属錯体と貴金属とを共存させて触媒作用を発現させること、
(c) 前述の触媒を担持させる担体には比表面積の大きい炭素材料を用いること、
の3点である。
【0019】
金属錯体による酸素還元反応は、酸素分子が金属錯体の中心に位置する金属原子に吸着することから始まる。特に、中心金属が遷移金属の場合に安定な吸着状態が得られる理由は、酸素分子の結合性軌道から吸着サイトの遷移金属原子の空のs軌道への電荷移動(donation)と、遷移金属原子のd軌道から酸素分子の反結合性軌道への電荷移動(backdonation)が同時に起こるためである(小林久芳, 山口克, 表面, Vol.23, p.311 (1985))。
【0020】
金属錯体が高い酸素還元活性を有するには、上記2種類の電荷移動の中でも、特にbackdonationの起こり易さが重要である。即ち、酸素分子の電子密度が増加すれば、プロトンに対する親和性が増大し、かつ、酸素分子の反結合性軌道に電子が流入することにより、酸素原子間の結合が弱まるので、O-O結合の切断を伴う4電子還元反応も起こり易くなるからである。したがって、金属原子から酸素分子へのbackdonationの度合いを表す指標である酸素分子のO-O結合距離を計算することによって、酸素還元反応の活性を推定することが可能である。これらの計算は、非経験的分子軌道法や密度汎関数法等の計算方法を用いて行うことができるが、計算が比較的容易で、かつ、高い計算精度が得られる点で密度汎関数法が有効であり、この密度汎関数法としてはB3LYP法を始めとする各種の方法が採用されている。
【0021】
そこで、本発明者らは、B3LYP法の計算結果が、実際の触媒活性と相関性があるか否かを検討した。全ての計算は、Gaussian98プログラムを用いて行った。用いた基底関数は、典型元素に対して6-31G基底関数であり、金属元素に対して”gaussian basis sets for molecular calculations”, S. Hujinaga(eds.), Elsevier (1984)に記載の (14s8p5d)/[5s3p2d]である。先ず、ジベンゾテトラアザアヌレンのコバルト(II)錯体(略号CoDTAA)、5,10,15,20-テトラキス-(4-メトキシフェニル)ポルフィリンのコバルト(II)錯体(略号CoTMPP)、5,10,15,20-テトラフェニルポルフィリンのコバルト(II)錯体(略号CoTPP)、フタロシアニンのコバルト(II)錯体(略号CoPc)と、酸素分子の吸着構造をB3LYP法で計算した。その結果、それらのO-O結合距離は、それぞれ0.1305nm、0.1288nm、0.1287nm、0.1254nmであることが判明した。また、CoTMPP、CoTPP、CoPcをカーボンブラック(ライオン(株)社製ケッチェンブラック EC600JD)上に担持し、未熱処理で回転ディスク電極を用いて、電流-電圧特性を測定した。飽和電流値の半分の電流値のときの電位(飽和甘汞電極(SCE)基準)を比較すると、それらはそれぞれ0.119V、0.083V、0.075Vであった。また、文献(H. Jahnke et al., Top. Corr. Chem., Vol.1, p.133 (1976))によれば、CoDTAAはCoTMPPより、さらに高活性であることが報告されている。したがって、以上の検討により、計算で求めたO-O結合距離と酸素還元触媒活性に相関性があることが判明した。
【0022】
そこで、本発明者らは、さらに酸素還元触媒活性の優れた金属錯体の構造を、吸着酸素分子のO-O結合距離を計算することによって種々検討を行った。その結果、
【0023】
【化3】

【0024】
【化4】

【0025】
に示す金属錯体について、酸素吸着構造におけるO-O結合距離は、それぞれ0.1320nm、0.1316nmと計算され、いずれもCoDTAAの場合よりさらに長くなっており、
【0026】
【化5】

【0027】
【化6】

【0028】
の大環状化合物錯体は、CoDTAA以上の触媒活性を有することが判明した。
【0029】
他方、金属錯体の中心金属原子は、酸素還元時に高酸化状態へ移行しており、次の反応サイクルにおける触媒能を回復するには、中心金属原子が低酸化状態へ還元される必要がある。この還元反応は、錯体配位子の電子吸引性が強いほど容易に進行する。それに対して、前述の吸着酸素分子のO-O結合距離は、金属原子から酸素分子へのbackdonationが強いほど、即ち、配位子の電子供与性が強いほど長くなる傾向がある。以上の点を考慮すると、吸着酸素分子のO-O結合距離が長過ぎる場合は、中心金属の還元反応が困難となる恐れがあるため、前述のO-O結合距離は、0.136nm以下であることが好ましい。
【0030】
本発明に好適に使用される金属錯体は、中心金属に対して4又は5配位のキレート構造であることが好ましく、更に好ましくはN4-キレート構造である。配位数が多いほど、錯体としての化学的安定性が高まり、即ち、触媒寿命が向上するからである。他方、6配位以上の場合は、配位子との立体反発によって酸素分子の吸着が困難となる恐れがある。
【0031】
本発明で好適に使用される金属錯体の配位子としては、(一般式1)、(一般式2)で示した配位子が例示できる。ここで、R1〜R24で示される置換基は、水素又は置換基であって、置換基としては、同じであっても異なっていても良く、置換・非置換のアルキル基、アリール基等を例示できる。これらの置換基として炭化水素基は好ましい。アルキル基としては、メチル基、エチル基、n-プロピル基、i-プロピル基、メトキシ基、エトキシ基等が例示できる。アルキル基は、二つのアルキル基が環状になっていても良く、例えば、R1とR2のアルキル置換基が閉環して、シクロヘキシル環を形成した化合物を例示できる。具体的な配位子としては、5,7,12,14-テトラメチル-1,4,8,11-テトラアザシクロテトラデカ-2,4,6,9,11,13-ヘキサエン、5,7,12,14-テトラメチル-1,4,8,11-テトラアザシクロテトラデカ-4,6,11,13-テトラエン等を例示できる。
【0032】
アリール基としては、フェニル基、アルキル置換のフェニル基等を例示できる。具体的な配位子としては、6,13-ジフェニル-1,4,8,11-テトラアザシクロテトラデカ-2,4,6,9,11,13-ヘキサエン等を例示できる。
【0033】
これらの配位子の中では、アルキル基が置換した化合物が容易に合成できるため、好ましい。
【0034】
また、遷移金属元素の種類によっても触媒活性は変化する。本発明者が鋭意検討した結果、配位子の種類に依存せず高い活性を示すのが、Co又はFeの一方又は双方であり、本発明に好適に使用することができる。
【0035】
本発明における金属錯体の担持量は、金属元素の担持量として2質量%以下が好ましく、更に好ましくは1質量%以下である。2質量%を越えて担持すると、金属錯体の触媒作用が相対的に強くなり、貴金属との共存による触媒活性の増加幅が小さくなってしまう。また、触媒としての機能を発現するため、金属錯体の担持量は、金属元素の担持量として0.01質量%以上が好ましく、更に好ましくは、0.05質量%以上である。
【0036】
本発明における金属錯体と貴金属との共存と言う複合触媒は、後述の実施例にその具体例を示すように、各々単独の触媒活性よりも、共存した状態の方が触媒活性が高いと言う実験事実に基づくものである。その理論的な解釈は未確定であるが、例えば、貴金属上での4電子還元反応と共に、金属錯体上での2電子反応に引き続き、貴金属上で更に2電子還元反応を生じる等、2つの還元反応パスにより酸素還元反応が行われるために、各々単独の場合よりも、共存した場合の方が触媒活性が促進されると推察される。
【0037】
本発明に用いる貴金属は、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金、及び、これらを主成分とする合金を指す。触媒活性の高さから、本発明では、ルテニウム、ロジウム、パラジウム、オスミウム、イリジウム、白金、及び、これらを主成分とする合金の適用が好ましい。白金を主成分とした合金の適用が更に好ましい。他の貴金属は、白金に比較して触媒活性が低く、金属錯体との共存による触媒活性向上は認められるが、その改善幅は小さい。
【0038】
本発明の貴金属の担持量は、20質量%以下が好ましい。20質量%を越えて担持すると、貴金属単独の触媒作用が相対的に強くなり、金属錯体との共存による触媒活性の増加幅が小さくなってしまう。更に、触媒のコストと言う観点も考慮すると、貴金属の担持量は15質量%以下がより一層好ましい。また、触媒としての機能を発現するため、貴金属の担持量は、1質量%以上が好ましく、更に好ましくは、2質量%以上である。
【0039】
金属錯体と貴金属の共存による触媒活性の向上には、触媒の担体である炭素材料の表面積が大きいことが必須の条件である。触媒担体の効果は、単なる反応の場を広くすると言う物理的効果だけでなく、金属錯体に対する化学的な相互作用を通じた触媒作用の活性化が推察される。前述の通り、金属錯体の触媒反応プロセスにおいて、中心金属原子の還元による触媒機能の回復は、金属原子に対してキレート結合している配位子からの電子移動によって達成される。そして、配位子から金属原子への電子移動を更に容易にするのが、巨大なπ電子系を形成する炭素材料の担体である。
【0040】
表面積の大きい炭素材料は一般に活性が高い。その活性は、炭素材料表面に形成される凹凸、微細孔による炭素網面の欠陥やエッジ部分等に起因するものである。本発明では、表面積の大きな(活性の高い)炭素材料を金属錯体触媒の担体に用いることで、炭素材料のπ電子系と配位子のπ電子系との相互作用の増幅を図ったものである。この触媒活性に対応する表面積の大きさの指標には、鋭意検討した結果、窒素ガスの吸着等温線のBET式評価により求められる比表面積(BET比表面積:SBET)が適当であることが分かった。その具体的数値範囲は、1000m2/g以上である。1000m2/g未満では、触媒活性を増幅させると推察される炭素表面の凹凸、微細孔による炭素網面の欠陥、エッジ部分の量が不十分であり、触媒活性の向上は発現しない。他方、3000m2/g以上にまで表面積を大きくすると、炭素内部に深く入り込んだ微細孔が形成され、その微細孔の内部表面が反応場全体に占める比率が高くなるため、酸素の拡散等の物質移動が律速となり、実際の触媒反応の場にはなり得ず、触媒活性はかえって劣化してしまい、本発明には好ましくないことがある。
【0041】
本発明における重要な構成の一つは、この微細孔の最適な構造を具体的な数値により表現し規定したことである。細孔構造の最適化に関する基本的指針は以下の3点である。即ち、(i)4電子反応率を高めるために、錯体同士が互いに適当な距離を挟んでN4面同士を平行に対向した構造が重要、(ii)上記の錯体の対向構造を形成するような錯体の吸着部位の密度が高いことが重要、(iii)対向した錯体の面間隔を決めるのが細孔サイズと推察されるので、細孔サイズには適当な大きさが要求される、である。
【0042】
この指針に基づき本発明者らが鋭意検討した結果、直径2nm以下のミクロ孔の表面積Smicroと全細孔表面積Stotalとの比Smicro/Stotalが0.3以上であること、細孔直径が1.5nm以下であること、が好ましいことが判った。ここで、これら三つの指標:Smicro、Stotal、細孔直径は、各々、直径2nm以下のミクロ孔の比表面積(m2/g)、炭素材料の全表面積(m2/g)、ミクロ孔の平均直径(nm)を表すものである。いずれの指標も、窒素ガスの吸着等温線の測定値のt-Plot解析により得られるものである。Smicro/Stotalは、吸着部位の密度に相当する指標であって、高い触媒活性を発現するための下限値が0.3であり、より好ましくは0.4以上、更に好ましくは0.5以上である。Smicro/Stotalが0.3未満では、対向位置関係を形成する遷移金属錯体対の密度が少なく、4電子反応率が低下して、酸素還元触媒としては不適当である。また、細孔直径は、対向位置関係を形成する遷移金属錯体対の錯体間の間隔を決める因子であり、酸素還元反応に関して4電子反応率を高める効果を発揮する間隙の上限値が1.5nmであり、より好ましくは1.4nm、更に好ましくは1.3nm以下である。他方、酸素還元反応に有効な遷移金属錯体対の錯体間の間隔の下限値に相当する細孔直径は0.5nmであり、より好ましい細孔直径は0.6nm以上である。細孔直径が1.5nmを超える、或いは、細孔直径が0.5nm未満では、錯体対が実質的に酸素還元反応に有効に作用しないため、酸素還元反応における4電子反応率の向上効果が低くなる恐れが高い。
【0043】
本発明に好適に用いられる炭素材料は、上記の表面構造を満たすものであれば特に限定されるものではない。例示するならば、いわゆる導電性グレードのカーボンブラック、カーボンナノチューブ、カーボンナノファイバー、各種原料のコークス、ピッチコークス、フェノール系樹脂、フラン系樹脂、ポリ塩化ビニル等の炭化歩留まりの比較的高い樹脂等の有機化合物を挙げることができる。触媒担体として要求される機能として、粒子自体の導電性を高める必要があり、そのため、X線回折のd002回折線による炭素六角網面(グラフェンシート)間の間隔d002が、0.50nm以下、好ましくは、0.45nm以下を好適に適用可能である。また、d002が0.36nmより小さいと、黒鉛結晶性が高過ぎるために、結晶子サイズが大きくなり過ぎ、その結果、本発明に規定する細孔構造を得難く、d002は0.36nm以上であることが好ましい。
【0044】
本発明に好適に用いられる活性炭の製造法は、特に限定されるものではなく、例示するならば、塩化亜鉛、リン酸、アルカリ金属水酸化物、アルカリ金属炭酸塩、水蒸気、二酸化炭素等の酸化剤を用いた通常の方法による賦活処理を適用することができる。
【0045】
本発明の電極触媒の担体として用いられる炭素担体は、触媒である遷移金属錯体を高密度に担持するために、微粒子粉末の形状であることが望ましい。最適な粒子径は、平均直径が10nm以上1μm以下である。カーボンブラックのように最小単位である粒子がそもそもアグリゲート構造のような二次構造を有する場合には、前記平均直径は1次粒子の直径とする。平均直径が10nm未満では、実質的に2nm以下のミクロ孔を担体表面に導入することが困難であり、平均直径が1μmを超えると、触媒反応に有効な表面積を確保するための電極層の厚みが増すために、ガスの拡散抵抗が大きくなって、燃料電池としての性能が低下してしまう。
【0046】
本発明において規定する触媒の触媒活性の本質は、炭素材料の表面と金属錯体とのπ電子を通じた相互作用と推察される。そこで、このπ電子相互作用をより強くすることを狙って、触媒の調整方法を鋭意検討した結果、炭素粉末の表面に金属錯体と貴金属とを担持させた後に、非酸化性雰囲気中で700℃〜1100℃の温度で熱処理することにより、高活性な触媒を調製し得ることを見出した。ここで、酸化性雰囲気で処理すると、炭素担体と金属錯体の酸化消耗が発生し、触媒活性を消失することになる。また、700℃未満の温度での熱処理では、炭素担体と金属錯体とのπ電子相互作用が充分でなく、触媒活性が発現しない。他方、1100℃を越える温度での熱処理は、金属錯体の熱的分解を生じるために、触媒活性を消失することになる。この触媒調製法は、遷移金属錯体のみを炭素担体に担持した場合にも同様に有効である。
【0047】
本発明の触媒は、高分子固体電解質型燃料電池の電極触媒層を形成する通常の方法、例示するならば、触媒と高分子電解質溶液とのスラリーを調製し、それをカーボンペーパーに塗布する方法等に適用することが可能であり、特に、触媒層の形成方法に制限はない。
【実施例】
【0048】
以下に、本発明にて規定する触媒に関して具体的に説明する。
【0049】
(遷移金属錯体の合成方法)
本発明において規定するN4-キレート型遷移金属錯体の合成方法を以下に示す。
【0050】
錯体1の合成:文献(R. H. Holm, J. Am. Chem. Soc., Vol.94, p.4529 (1972))に記載の方法により、5,7,12,14-テトラメチル-1,4,8,11-テトラアザシクロテトラデカ-2,4,6,9,11,13-ヘキサエンのコバルト(II)錯体(錯体1と略す)を合成した。収率12%。
【0051】
錯体2の合成:文献((a) T. Hayashi, Bull. Chem. Soc. Jpn., Vol.54, p.2348 (1981)、 (b) R. H. Holm, Inorg. Syn., Vol.11, p.72, (1968))に記載の方法により、5,7,12,14-テトラメチル-1,4,8,11-テトラアザシクロテトラデカ-4,6,11,13-テトラエンのコバルト(II)錯体(錯体2と略す)を合成した。収率8%。
【0052】
(炭素材料担体)
触媒用の炭素材料担体は、燃料電池触媒用の担体として一般的に使用されているカーボンブラックの中で、バルカンXC72R(キャボット(株)、XC72Rと略す)と、本発明において規定する細孔構造を有する活性炭とを用いた。細孔構造を制御した活性炭は、以下の方法により作製した。原料には、石炭ピッチ系生コークスを、500℃〜900℃の温度範囲で不活性雰囲気中熱処理した後、平均粒子径がサブミクロン程度に遊星ボールミルで粉砕したものを用いた。賦活処理には水蒸気を用い、前記の熱処理コークスを800℃〜1000℃の温度で1〜3時間熱処理することにより、所定の細孔構造を得た。なお、細孔構造の測定には窒素ガス吸着法(BET法)を適用し、日本ベル社製BELSORP36を用いて、吸着等温線を測定した。細孔構造の計算には、いわゆるt-Plot法を適用し、具体的計算には上記装置に付属の解析ソフトを使用した。計算した物性値は、BET解析による比表面積SBET(m2/g)、tPplot解析による直径2nm以下のミクロ孔の表面積と全細孔表面積との比Smicro/Stotalと直径2nm以下のミクロ孔の平均細孔直径(nm)である。上記の条件で作製した活性炭の細孔構造の測定値とXC72Rの測定値を表1にまとめて示す。表から明らかに、XC72Rは本発明にて規定するSBETの条件を満たさず、他方、活性炭1、2は、本発明で規定する細孔構造を満たすものである。
【0053】
【表1】

【0054】
(触媒調製法)
所定の質量%になるように、塩化白金酸6水和物(和光純薬(株)製)を計量し、水で適当量に希釈した水溶液に、担体として用いる炭素材料を加えて十分攪拌した後、超音波発生器にて分散を進行させた。エバポレーターを用いて分散液を乾燥固化させた前駆体を担持した担体を、水素/アルゴン混合ガスを流通させた電気炉(水素ガスの比率;10〜50体積%)で300℃に加熱し、塩化白金酸の還元処理を行った。
【0055】
遷移金属元素換算で1質量%になるように、前記の遷移金属錯体を計量し、N,N’-ジメチルフォルムアミド(試薬特級グレード)、又は、ピリジン(試薬特級グレード)を適当量加えた溶液に、上述の白金を担持した炭素材料(Pt-C)を加えて十分に攪拌し、さらに、超音波発生器を用いて分散を進行させた。分散液を70℃のオイルバスにて保温しながら8時間以上還流(アルゴンにフロー下)した後、分散液の5倍量以上の蒸留水に攪拌しながら注ぎ込み、遷移金属錯体のPt-C上への定着を行った。その後、減圧濾過により触媒を分離採取し、再度、60℃程度の温度の蒸留水で洗浄し減圧濾過により触媒を採取し、100℃で真空乾燥した。さらに、アルゴンガス雰囲気中、700℃で1時間処理して、評価用の触媒とした。
【0056】
実施例、比較例に用いた遷移金属錯体は、前記錯体1及び錯体2と、5,10,15,20-テトラフェニルポルフィリンのコバルト(II)錯体(CoTPPと略す)である。
【0057】
なお、遷移金属錯体のみを担持した触媒の調製は、前述の白金担持プロセスを除いて、遷移金属錯体の担持プロセスのみを行い、他方、白金のみを担持した触媒の調製は、遷移金属錯体の担持プロセスを除いて、白金担持プロセスのみを行って、それぞれの触媒を調製した。
【0058】
(触媒活性の評価法)
(1) 評価用サンプルの調製
触媒を予め乳鉢で粉砕した触媒粉末15mgと高分子固体電解質溶液(米国ElectroChem社のEC-NS-05;ナフィオン5質量%溶液)300mgとエタノール300mgとをサンプル瓶に入れ、攪拌子を用い15分間スターラーで攪拌し、十分に混練されたスラリーを調製した。
【0059】
(2) 試験極の調製
回転リングディスク電極のディスク電極上に、上記のスラリーを塗布し乾燥して、試験極とした。ディスク電極は、グラッシーカーボンで製造された直径6mmの円柱で、その底面にサンプルを塗布する。塗布量は0.03mgとなるように調整した。また、リング電極は、内径7.3mm、外径9.3mmの白金製の円筒であり、回転リングディスク電極は、ディスク電極とリング電極とが同心に位置し、ディスク電極とリング電極の間、並びにリング電極の外側をテフロン樹脂で絶縁した構造になっている。
【0060】
(3) 評価方法
(有)日厚計測の回転リングディスク評価装置(RRDE-1)を用いて、触媒の電気化学的な活性評価を行った。電気化学的な評価には、ソーラートロン社SI1287を2台用いて、リング電極とディスク電極を独立に制御して、バイポーラー測定を行った。電解液には0.1Nの硫酸水溶液を用い、基準極にSCE電極、対極にPt板を用いるセル構成とした。評価条件は以下の通りである。酸素ガスをバブリングさせ、酸素が飽和した電解液状態で、2500rpmで回転した電極のディスク電極の電位を1.0V(SCE基準)から-0.2Vまで10mV/secの速度で掃引させ、その際、リング電極の電位を1.1V(SCE基準)に保持して、ディスク電極、リング電極に流れる電流の経時変化を測定し、ディスク電極の電位に対するディスク電流、リング電流のプロットを得た。
【0061】
(4) 過電圧評価法
上記ディスク電位vs.ディスク電流のプロットから、飽和電流値の半分の電流値のときの電位(E1/2)を読み取った。米国ElectroChem社製触媒のEC10PTC(カーボンブラック上に10質量%の白金を担持させた触媒)の飽和電流値の半分の電流値のときの電位E1/20を基準として、実施例、比較例の各触媒のΔE1/2=E1/2-E1/20を評価した。即ち、ΔE1/2=0でEC10PTCと同等の過電圧で、ΔE1/2>0ならばEC10PTCよりも過電圧が小さく、触媒活性が高いことに対応する。
【0062】
(5) 4電子反応率の評価法
リング電流とディスク電流のディスク電位に対するプロットから、下式に基づいて4電子反応率ηを計算した。
【0063】
η(%)=[Id-(Ir/n)]/[Id+(Ir/n)]
ここで、Idはディスク電流、Irはリング電流を表し、nはリング電極によるディスク反応生成物の捕捉率を表す。
【0064】
捕捉率の実験的な測定法は、藤嶋昭ら、電気化学測定法(下)、技報堂出版(1991)に従って評価した結果、実施例に用いた電極においてはn=0.36であった。
【0065】
また、ディスク電位に応じてηは変化する(電位が卑なほどηは小さくなる)が、触媒によるηの差が明確になるように、本評価においてはディスク電位が0V(SCE基準)のときのηを採用した。
【0066】
表2に、遷移金属種、白金担持量、触媒活性の指標として過電圧値ΔE1/2と4電子反応率ηとをまとめて示した。
【0067】
【表2】

【0068】
これらの実施例、比較例の結果から、本発明にて規定している特定の構造の遷移金属錯体は、酸素還元反応における触媒活性、4電子反応率共に良好であることが認められる。また、本発明で規定する遷移金属錯体と白金とを組み合わせた複合触媒は、白金単独、遷移金属錯体単独よりも明らかに優れた触媒特性を示し、遷移金属錯体と白金との協奏効果が認められる。
【0069】
他方、担体の効果に関しても、本発明に規定する活性炭を担体に適用することにより、通常のカーボンブラック担体では発揮し得ない、優れた触媒活性の発現が認められる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸素ガス還元能を有する金属錯体を含有する燃料電池用触媒であって、該金属錯体が、B3LYP密度汎関数法により計算される金属錯体と酸素分子の吸着構造における錯体中心金属に結合する酸素分子のO-O結合距離が0.131nm以上であることを特徴とする高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒。
【請求項2】
前記金属錯体が、N4-キレート型の錯体構造である請求項1記載の高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒。
【請求項3】
前記金属錯体が、N4-キレート型であり、かつ中心金属に結合するN原子の内少なくとも2個以上がイミン型である請求項1又は2に記載の高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒。
【請求項4】
前記N4-キレート型金属錯体が、下記(一般式1)又は(一般式2)の一方又は双方である請求項3記載の高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒。
【化1】

(但し、Mは金属原子、R1〜R10は、水素又は置換基である。)
【化2】

(但し、Mは金属原子、R11〜R24は、水素又は置換基である。)
【請求項5】
前記金属錯体の錯体中心金属が、周期律表第V族、第VI族、第VII 族又は第VIII族の遷移金属から選ばれる1種以上である請求項1〜4のいずれかに記載の高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒。
【請求項6】
前記遷移金属が、Co又はFeの一方又は双方である請求項5記載の高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒。
【請求項7】
前記触媒中に、さらに貴金属を含有する請求項1〜6のいずれかに記載の高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒。
【請求項8】
前記金属錯体又は貴金属の一方又は双方が、担体表面に担持されている請求項1〜7のいずれかに記載の高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒。
【請求項9】
前記担体が炭素材料である請求項8記載の高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒。
【請求項10】
前記炭素材料のBET比表面積SBETが1000m2/g以上である請求項9記載の高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒。
【請求項11】
前記炭素材料の直径2nm以下のミクロ孔の表面積Smicroと全細孔表面積Stotalとの比Smicro/Stotalが0.3以上である請求項9又は10記載の高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒。
【請求項12】
前記炭素材料の直径2nm以下のミクロ孔の細孔直径が1.5nm以下である請求項9〜11のいずれかに記載の高分子固体電解質型燃料電池酸素極用触媒。
【請求項13】
請求項1〜12のいずれか1項に記載の触媒を用いた高分子固体電解質型燃料電池。

【公開番号】特開2006−156013(P2006−156013A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−342296(P2004−342296)
【出願日】平成16年11月26日(2004.11.26)
【公序良俗違反の表示】
(特許庁注:以下のものは登録商標)
1.テフロン
【出願人】(000006655)新日本製鐵株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】